説明実践に教育心理学は貢献してきたのか? ―説明研究からみた現状と課題―
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(2) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. (1)説き手である教師や児童生徒は受け手の理解不振を把握できているか(論点 1), (2)同じく受け手の 理解不振を本当に改善できているか(論点 2),また受け手の理解不振の把握・改善を基点とした説明力の 育成は進んでいるか(論点 3),である。 キーワード:説明活動,理解不振,把握と改善,説明力育成, 「深い学び」 「明」へと改善する言語活動と捉えた。ところが,この. 討論の趣旨と論点. 説明とは似ても非なる一方的な言語活動を「説明」と 山本博樹. 捉える説明観に従ってしまうと,学業不振児の理解を. 説明の原義が提起する議論. 支援する教師の説明活動までをも教室から締め出すこ. 2020 年度から実施される新しい学習指導要領には,. とになる。もしくは,児童生徒の教え合いで一方が 予測の困難な時代に自ら課題を見つけ,自ら学び考え, 「説く」ばかりで他方が「明らかになる」ことを目的と 判断して行動し,思い描く幸せを実現してほしいとい しない言語活動をも誤って讃えることにもなる。どち う願いが込められている。この願いを実現するために. らの場合も, 「説明とは一方的なもの」と捉える観念に. は「何を学ぶか」だけではなく「どのように学ぶか」. 基づく誤謬である。. を重視して授業改革を進めるべきだという。その上で. 今時の授業改革では説明実践が中心的な役割を担う. 授業改革では教師からの講義形式ではなく,児童生徒. だけに,原義に照らして説明のあり方を問う必要はな. の「主体的・対話的で深い学び」(アクティブ・ラーニン. いだろうか。繰り返すが, 「説く」と「明らかになる」. グ: AL)に大きな期待が寄せられている。実際には「教. の両面から成る説明が独りよがりな言語活動とはなり. 師の一方的な説明に代えて」というスローガンのもと. がたい。 「明らかになる」のは受け手だから利他性を志. で教育現場は始動し ,児童生徒相互の説明活動へと重. 向 す る も の だ と も い い う る。こ れ を 踏 ま え て 山 本. 心を移す形をとり,授業は説明実践の様相を呈してい. (2019) は説明を支援行為と捉え,その基本プロセスが. る。かくて,説明活動を媒介として児童生徒がいかに. 受け手の理解不振の把握と改善だとした。ただ,利他. 「深く」学ぶかが初等・中等教育の本質に関わるテーマ. 性を志向する故に他我のパラドックスに阻まれてアポ. 1. になっているのである。. リア(袋小路)に陥ることになるために,熟慮して対応. ただスローガンとされた「教師の一方的な説明に代. する必要も生まれる。哲学 (特に科学哲学) がかねてよ. えて」については確認が必要である。この趣旨は「一. り説明事象を研究対象としてきた所以である。またそ. 方的な説明」を排したいという意味だととれる。これ. の哲学が心理学に援助を要請したわけでもある(Wilson. に同意はできるが,このスローガンが「説明は一方的. & Keil, 2000)。これほど難儀な言語活動に授業改革を任. なものである」という観念を流布するようなら首肯は. せる中で,心理学,特に教育心理学が哲学からの援助. できない。説明とは説き手の「説く」と受け手の「明. 要請に応えているかどうかを検討することは学問上の. らかになる」から成る言語活動だから,説き手が「説. 使命だろう。. く」だけでは成立せず,もとより「一方的」にはなり. そこで,この機会に説明研究を拓いてきた研究者が. 得ないからである。受け手が「明らかに」ならず一方. 本誌上に集い討論することになった。積み上げられて. 的に「説く」だけの言語活動をいうなら,説明とはい. きた教育心理学の諸研究を概観し,説明の原義に由来. えない。説明とは似て非なる言語活動を「説明」と捉. する諸課題にいかに立ち向かってきたかを振り返り,. える考え方は結果として授業改革を無力化しかねない. 教育心理学の貢献を議論したい。議論を通じて, 「深い. のである。. 学び」を促すと期待される説明実践のあり方を考える. ここで説明の原義にもどると,explain はラテン語を. 機会としたい。 「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺は. 起源とし, 「完全にする」を意味する「ex」と, 「明ら. あてにならぬ期待をすることのたとえであるが(広辞苑. か」を 意 味 す る「plain」か ら な る。こ こ か ら 山 本. 第 6 版) , 「説明を提供すれば『深い学び』になる」式の. (2019)は,説明とは「明らか」ではない受け手の理解. 単純な期待をただ夢想するのではなく,説明の原義に. 状態を前提とし,仮に「無明」ともいうべき状態を. 照らして児童生徒の「深い学び」を支える説明実践と. 1. 学習指導要領に記載は無いが,AL の導入時に,書籍,教育 委員会研修資料等で謳われ, 「教師の一方的な説明をできる限 り減らすべき」との主張が見受けられた(山本, 2017)。. は何かについて本質的に議論したいと考えた次第であ る。企画者が想定した論点は以下の 3 点である。. ― ― 210.
(3) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか?. 受け手の理解不振の把握はできているか(論点 1). がわからない」と表明した際に,ソクラテスがメノン. 改めて,説明とは受け手の理解不振を理解へと改善. の理解不振を果たして把握した上で説明活動を始動し. する支援行為とすると,授業時の説明実践では本当に. たかどうかであるが,該当箇所を読む限りではソクラ. 受け手の理解不振(あるいは理解状態)を把握した上での. テスの対応は些か心許ない。. ものだろうか。つまり,説明の始発点の確認である。. 繰り返すが問われるべきは,説き手が説明に先立っ. 説明が「説き手が説いて受け手が明らかになる」とい. て受け手の理解不振を把握したかどうかである。説明. うものである限り,一般に説き手(教師や教師役の児童生. が支援行為だとすると,このプロセスは割愛できない. 徒もあるいは学校心理士も)は,受け手の立場に立ち, 「相. が,この点については教育心理学研究で積み上げられ. 手意識」を持って,理解不振を把握し確認しようと努. てきた多くの議論があるだろう。そこで,教室場面に. めているはずである(と願いたい)。. おいて教師が児童生徒に,あるいは児童生徒が別の児. ただ,説き手は受け手の理解状態を捏造してしまう. 童生徒に説明する際の理解不振の把握に関してどのよ. ことはよく知られている。Norman(1988)は捏造の起. うな研究が積み上げられてきたかについて,深谷達史. 源を,知識を持った説き手と持たない受け手との間の. 氏に論じていただくことにする。この議論を通じて,. 知識ギャップに求め,説き手は豊かな既有知識がある. 後続の議論の足場を形成したい。. ため,それを活用して受け手の理解状態を把握してし. 受け手の理解不振を本当に改善できたか(論点 2). まうためだという。ならば,この知識ギャップを無く. 授業では説き手が有効だと想定して提供した説明が. せばよいのだが,そうなると受け手が説き手に説明を. 受け手に見事に役立たない場合が実に多く見られる。. 求める必要もまたなくなり,そもそも説明は不要にな. これは論点 1 で示した理解不振の把握を行った場合で. るのである。つまり説明活動の存在理由それ自体が最. もみられる。これを説明の無効性問題と呼びたい。. 初から説明を不発に終わらせることを織り込んでいる. 例えば,経験豊富な教師は様々な説明方略を使って. ように思えなくもない。まさに袋小路なのである。. いる。佐藤・中里(2012)は,説き手が口頭で図形の形. これは説明研究の源流である哲学が手を焼いたアポ. 状を説明し,その説明に即して聞き手に図形を描かせ. リアなのだが,やはり哲学の実例で考えてみたい。古. た。正しく伝わった説明ではメタ説明が多かったとい. 代ギリシャの哲学者であるプラトンは主著「メノン」. う。メタ説明とは「上半分は以上です」 「次は下半分で. の中で,師であるソクラテスを登場させて「徳は教え. す」のように,これからどういう説明をするかを予告. うるか」という問いを立てソクラテスが青年メノンに. したり,説明の構造を示したりする発話である。説明. 説明するという場面がある。両者の哲学対話が終盤に. 経験が増えるほどこのメタ説明が増え,伝わりやすさ. 差し掛かり, 「徳を教える者がいない」という点で両者. が高まったと考えられる。この結果は,説明経験を積. が同意した後,ソクラテスの「説明」が始まる (Table. むことで受け手を意識したメタ説明を提供できるよう. 1)。ここで注目したいのは,メノンが「さっぱりわけ. になり,この積み重ねが説明を熟達させることを示し. Table 1 ソクラテスの説明(プラトン,1994 より) ソクラテス してみると,徳というものは,教えられうるもの ではないということになるね? メノン. … (略) …どうもそういうことになるようですね。 こうなると,ソクラテス,私はもうさっぱりわけ がわからなくなります。…(以下,略)…。 ソクラテス きっと,メノン,ぼくと君はつまらぬ人間なのだ ろう。君はゴルギアスから,ぼくはプロディコス から,あまり充分に教育されなかったのだろう。 … (略) …。 メノン どういう意味でそのように言われるのですか,ソ クラテス? ソクラテス 説明しよう。(この後,ソクラテスはすぐれた人 間とは正しく人を導く者であるとした上で,正し く導くということは「知」がなければできないと 自分とメノンとが同意してきたことはどうやら正 しくなかったと説明する)。そうだろう? メノン ええ。(以下,略). 注) 下線は著者による。. ている。 それでは,説き手がメタ説明を用いると必ず受け手 の理解が高まると考えてよいのだろうか。Lemarié, Lorch, Eyrolle, & Virbel(2008)ではメタ説明が必ずし も理解を促すわけではなく,個人差要因によって調整 されることが述べられている。彼らは,標識化と呼ば れるメタ説明 (メタテキスト) に着目し,これを受け手 に提供すると,その有効性は受け手の受容と利用の過 程 (以下,受用過程) に応じて調整されることを示した (彼らは構造方略に着目し論じている)。説き手が受け手の理. 解を願い提供した説明が無益どころか有害にさえなる と指摘したのである。 こうした無効性問題は学習支援の場合と同根と考え られる。つまり,支援行為である説明が,もともと学 習支援の抱える無効性問題を譲り受けてしまうからで. ― ― 211.
(4) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. ある。手すりがわかりやすい例である。設置者の思い. 要請などの社会的スキルも含まれよう。理解不振を抱. で設置しても,手すりが必ず有効になるわけではない。. えた児童生徒が直截に「わからない」と表明できる場. 有効性を判断するのは被支援者だから,彼自身が握れ. 合だけではないからである。むしろ本当に説明を提供. な い も の は 無 効 に な る か ら で あ る。Lemarié et al.. すべき相手は「わからない」と表明できずに苦戦する. (2008)はメタ説明を提供すれば直ちに有効性が得られ. 児童生徒だともいえるからである。よって認知面だけ. るという効力観を直接有効性(availability)と呼び批判す. でなく社会面まで見すえた育成が望まれる。. るが,これは単純過ぎることがわかる。つまり,説明. もう一つは説き手が受け手の理解不振を改善する力. の有効性は受け手の受用過程を介して発現すると考え. の育成である。これに対しては国語科が担う役割が大. られるからである。この有効性は受用過程を媒介した. きい。例えば 2020 年度から実施される学習指導要領. 効力観(accessibility)として捉え直すべきことになる。. (中学国語科) より育成すべき資質・能力をみると, 「人. Table 1 の例に戻ると,ソクラテスは「説明しよう」. との関わりの中で伝え合う力を高め,思考力や想像力. と宣言し「説明」を提示するが,メノンから得られた. を養う」とある。ただし指摘したように, 「伝えれば」. 反応は「ええ」という曖昧なものであった。教室にお. 「明らかになる」わけではない。残念ながら,教育現場. いても同様の反応をよく見かける。それでは,教師が. では児童生徒がペアとなった説明活動において,受け. 児童生徒に,あるいは児童生徒が別の児童生徒に説明. 手の「深い学び」につながらない場合が散見されるこ. する際には様々な説明方略(説明表現を含む)を用いてい. とは事実である。現下の説明社会では受け手に投げつ. るが,それらは本当に受用され,理解不振を改善し,. けるごときのパターナリズムでは説明責任を果たせな. 「深い学び」に導いているのだろうか。教育心理学研究. いどころかむしろ糾弾される。このため説明責任の履. は,説明方略に関する知見を積み上げてきたが,これ. 行を見すえた育成が求められるのである。. らをもとに以下を検討したい。つまり,説き手の説明. 上記 2 点は育成目標に関する議論だが,これらの育. 方略がどのように受け手に受用されることにより有効. 成にはカリキュラム設計の検討は欠かせない。これら. 性が発現するかを確認するとともに,教師と児童生徒. の知見は十分には蓄積されてはいないが,それでも少. との相互作用の事例を通して,説き手の説明方略が. しずつ進む現下の説明実践を踏まえて,教育心理学は. 「深い学び」に対して有効となり得るメカニズムとは何. 厳にどのような貢献ができているのかを見定めておく. かについて高垣マユミ氏に論じていただくこととする。 時期にきている。そして改めて,どうすれば受け手の 説明力の育成は進んでいるか(論点 3). 理解不振を把握・改善できる説明力を「本当に」育成. これまで説明の基本プロセスが受け手の理解不振の. できるのかを教育心理学の知見をもとに整理し,検討. 把握と改善にあり,説明が利他的な言語活動だと主張. する必要があろう。この説明力の育成に関しては,実. してきたつもりである。ところが,このような言語活. 際に開発された育成手法と,それがどの年齢対象につ. 動は総じて未開発であったことは今日説明責任の名の. いて実施されてきているのか,また,それらに関わる. もとに頻発する種々の世事が物語っている。いや,独. 諸課題を比留間太白氏に論じていただくことにする。. りよがりな言語活動が「説明」と詐称して幅を利かせ. 最後になるが,以上の 3 つの論点だけからでは,教. ている現実が見えてくると言った方がよいのかもしれ. 育心理学が説明実践に貢献してきたのかという問いに. ない。すでに,比留間・山本(2007)は「説明により突. 対して「本当に」答えたことにはならないと言われる. き動かされる社会」(説明社会) が到来したと謳い,独. かもしれない。しかし,ここに取り上げた論点のもとで. りよがりな「説明」を問題視してきたが,それから 10. 諸課題を共有し,説明研究から現状と課題を検討する. 年以上の歳月を経てもなお教師ばかりか児童生徒から. だけでも,大きな示唆が得られることであろう。さら. も産出されているならば重大な問題である。. に,小野瀬雅人氏に最後に総括していただくことを通. もしそうなら,来るべき説明社会を担う児童生徒や. して,説明実践に関わる課題を共有し,よりよい授業. さらには大学生に対して, 「本物の」説明力の育成を確. 改革へと結びつけていくことができればと期待したい。. 約する教育システムを構築しなければならない。これ. 引用文献. に対して本論からは二つの育成目標が提示できよう。 一つはやはり説き手が受け手の理解不振を把握する力. 比留間太白・山本博樹(編)(2007). 説明の心理学―. の育成である。ここには受け手の理解状態に対するモ. 説明社会への理論・実践的アプローチ ナカニシヤ. ニタリングのような認知的スキルばかりでなく,援助. 出版. ― ― 212.
(5) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか?. Lemarié, J., Lorch, R., Eyrolle, H., & Virbel, J.(2008).. 役) と受け手 (聴き役) の役割を付与し,成員同士で学. SARA: A text-based and reader-based theor y of. 習内容を学びあう活動」と定義される (深谷他, 2016)。. signaling. Educational Psychologist, 43, 27-48.. 説き手と受け手の相互作用を分析するチュータリング. doi:10.1080/00461520701756321. 研究を通じて,大学生の理解把握力は必ずしも高くな. Norman, D.(1988). The psychology of everyday things. . いことが明らかにされている。 例えば,Chi, Siler, & Jeong(2004)では,人体の循環. New York: Basic Books. プラトン 藤沢令夫(訳)(1994). メノン 岩波書店. 系を題材に,生物の豊富な知識を持つ大学生が,8 年. 佐藤浩一・中里拓也(2012). 口頭説明の伝わりやすさ. 生の生徒を対象にチュータリングをした際の理解把握. の検討―説明者の経験と説明者-被説明者間のやりと. の実態が調べられた。学生と生徒がそれぞれ人間の循. り に 着 目 し て 認 知 心 理 学 研 究, 10, 1-11. doi:10.. 環系を解説した説明文を一読した後,学生が生徒に一. 5265/jcogpsy.10.1. 文ずつその内容を教えていった。途中,生徒には,人. Wilson, R., & Keil, F.(2000). The shadows and shal-. 体の循環系を描画し,血液がどう流れるかを説明する. lows of explanation. In F. Keil & R. Wilson(Eds.),. 課題が実施された (その間,学生は,生徒がどう理解してい. Explanation and cognition(pp. 87-114) . Cambridge,. るかを描画し説明した)。チュータリング中のやりとりと. MA: MIT Press.. 描画課題の結果から,学生が生徒の理解状態をどう理. 山本博樹(2017). 説明実践を支える教授・学習研究の. 解していたかを評価した。その結果,文章に明記され. 動向 教育心理学年報, 56, 46-62. doi:10.5926/arepj.. た内容については,生徒の理解状態が比較的正確に把. 56.46. 握されていたものの (72%),文章に明記されていない. . 教師のための説明実践の心理 山本博樹(編)(2019). が推論可能な内容についての把握は不正確だった (21%) 。さらに,生徒は,血液の流れに関して科学的に. 学 ナカニシヤ出版. 正確な二重循環モデルとは異なるメンタルモデルを持. 説き手の理解把握力の実態とその改善. つこともあるが(例えば,心臓⇔体を行き来する一重循環モデ. 深谷達史. ル),生徒が誤ったメンタルモデルを持っていても,そ. 本節では,討論趣旨の論点 1 についてこれまでの教. れを正しく把握できた大学生は皆無だった。. 育心理学の知見をもとに論考する。 「理解不振の捏造と. 以上のように,一対一という状況であっても,説き. 把握は異なる」,「理解不振の把握は説明の始発点とな. 手は受け手の理解把握を十分行っておらず,聞き手の. る」ことは,討論趣旨で述べられている通りであろう。. 理解を過大に評価したり捏造したりする傾向にあるこ. そこで本節では, 「児童生徒の理解が十分でない,ある. とが示されている。この原因として考えられるのは,. いは児童生徒が誤って理解していることを把握する能. 説き手が受け手の理解を正確に把握するための教授方. 力」を「理解把握力」と定義し,理解把握力に関する. 略 (理解把握方略) を的確に活用していないことであろ. 実態と理解把握力を高める介入に関する知見の一端を. う。例えば,McArthur, Stasz, & Zmuidzinas(1990)は,. 紹介する。以下では,まず,児童生徒をはじめとする. チューターが,代数の問題を生徒に教える場面のやり. 学習者における理解把握力の実態について述べる。次. とりを分析した。その結果,熟達したチューターでも,. に,児童生徒の相互説明に対する介入事例を紹介し,. 生徒の知識を診断する質問は必ずしも多く発していな. 理解把握力の向上のためにどのような働きかけが求め. いこと,さらに,質問していても「分かった?」と. られるかを論じる。最後に,教師の理解把握力に目を. いった,生徒の理解モニタリングに依存する質問が多. 向け,先行研究で明らかにされていることを概観する. いことを報告している。. とともに,今後の研究に期待される展望を示したい。. いかに説き手の理解把握力を高められるか. 学習者における理解把握力の実態. 前項から,説き手が受け手の知識状態を把握できな. 児童生徒を直接の対象とし彼らの理解把握力を測定. いのは,説き手が有効な理解把握方略を活用できてい. した研究は,多くは行われていないため,ここでは大. ないことに原因が存在することが示唆された。では,. 学生を対象とした研究から,その実態に関する手がか. 受け手の知識状態を正確に診断するために有効な理解. りを得ることとする。学生の理解把握力を直接調べた. 把握方略とはどのようなものだろうか。市川(1993)が. 研究領域として,チュータリング(tutoring)研究が挙げ. 提案した認知カウンセリングの技法は,理解把握方略. られる。チュータリングとは,「学習者に説き手(説明. として参考になる。認知カウンセリングとは,認知心. ― ― 213.
(6) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. 理学を基盤とする実践的研究活動であり, 「〇〇が分か. Co:(まずどちらかの数を揃えたいことを確認). らない」といった学習上の悩みを訴える来談者(クライ. Co:さて,じゃあ数直線だけど,どう書く?. エント)に対して,複数回の個別的な相談を通じて問題. :線,何本あったっけ?. の解決を支援する。学習者の知識状態をいかに診断す. Cl:2 本。. るかは認知カウンセリングでも重要な課題であり,そ. Co:なんで 2 本なの?(筆者注:技法の理由質問). のためにいくつかの技法が提案されている。. Cl:比べるのが 2 個だから。北と南。. 例えば,学習者自身に「どこがなぜわかっていない. Co:あ,なるほど。じゃあ上を北,下を南にする?. のか」を言わせることで,問題点を明確化することを. Cl:うん。. 促す自己診断は,学習者のつまずきを探る診断の段階. Co:実はね,この 2 本って北と南ではないんよ。. で行うものである。また,深谷・植阪(2017)はごく基. :2 つ数値が出てくるでしょ。何?. 本的な診断技法として,クライエントが問題の式や答. Cl:とれた重さと面積。. えを述べた際に, 「なぜそう考えたのか」をたずねるこ. Co:そうだね。重さと面積。これ別々の量だね。. と(理由質問)の重要性を述べている。これらの技法を. :だから 2 本出てくるんだよ。. 活用しながら,つまずきの所在を明確にしていく。ま. :別々の量を別々の線であらわしているんだね。. た,問題が解き終わった後のふり返り段階では,分 かったことをそれを知らない人に教示するつもりで説. 数直線は問題解決の有効なツールで,Cl の教科書や. 明させたり (仮想的教示),「はじめは解けなかった問題. 授業ノートにも記されていた。しかし,抽象的である. が,なぜ解けるようになったのか」などのポイントを. ため,図の理解が伴っていないことはよく見られる。. 抽出させたりすることで (教訓帰納),クライエントの. ここでも, 「なんで 2 本なの?」という Co の理由質問. 理解状態を明確にすることが重視されている。. に対する Cl の回答から,2 本の線が単位が異なる別の. 一例として,筆者らが行った認知カウンセリングの. 量を表していることを十分理解していないという Cl の. 様子を示したい。以下は,算数の文章題が分からない. つまずきが明らかになった。. という悩みを抱え,学習相談に参加した小学 5 年生女. このように,McArthur et al.(1990)で問題とされた,. 子とのやりとりで,前の週に扱った「単位量あたりの. 「分かった?」などの学習者の理解モニタリングに依存. 大きさ」の復習を行った場面である (Co はカウンセラー,. する質問とは違い,認知カウンセリングでは, 「どう考. Cl はクライエントを表す) 。. えているか」 「なぜそう考えたか」というオープンな発 問を通じて,クライエントの思考過程を臨機応変かつ. Co:じゃあ,前回の復習ね。読み上げてごらん。. 詳細に診断する。こうしたやりとりを通じてこそ,そ. Cl:北小と南小のニンジンのできやすさを比べよう. の児童が十分意識していなかったり誤解していたりす. (北小学校では 15 m2 で 45 kg,南小学校では 20 m2 で 56. ることを明確にできるといえよう。また,認知カウン. kg のニンジンがとれたという状況) 。. セリングでは,説き手が受け手の知識状態を把握する. Cl:(考えてみるが,固まってしまう…). ことはもちろん,受け手 (クライエント) が自らの知識. Co:どうかな? いま,どんなこと考えている?. 状態に注意を向けることも目指されている(いわゆるメ. Cl:なんか,どこかに数直線みたいなのを…。. タ認知の育成) 。児童生徒が互いに説明する状況において. Co:前回,数直線を書いたなぁって考えてたんだ。. も,受け手が受け身になるのではなく, 「自分は何が分. : でも,どう書いたのかを思い出せなかった?. かって,何が分からないのか」を積極的に説き手に表 現する力を育むことが重要だろう。. Cl:(うなずく). Co:数直線,難しいよね。じゃあそれも復習しよう。 以上を踏まえ,学習者の相互説明の質を高めること を目指した実践事例を紹介したい。深谷他 (2016) は, Cl は前回似た問題に対して数直線で解決する方法を. 高校 1 年生の生徒を対象に,6 時間の学習講座(講演を. 学習していたものの,手がとまってしまった。すぐに. 中心とした前半 3 時間,2 回の教えあいを中心とした後半 3 時間). Co から説明するのではなく,Co から「いま,どんな. において,生徒同士の教えあい活動を実施した。ここ. ことを考えている?」という質問を行ったところ,数. で目指されたのは, 「知識同士を結びつける,対話的な. 直線を書こうとしたものの,書き方を忘れたというつ. やりとりを行うこと」であった。そのための具体的な. まずきが見いだされた。. スキルとして, (1)「なぜ」「そもそも」を問うこと, ― ― 214.
(7) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか?. (2)図表や具体例を活用すること,(3)説き手の説明. 示したりするなど,学びに必要な指導の在り方を追究. が終わったら,役割を交代し受け手が説明を行うこと, し,必要な学習環境を積極的に設定していくことが求 を生徒に伝えた。また,前半の講演でも,単にスキル. められる。そうした中で,着実な習得の学習が展開さ. のみを伝えるのではなく,具体的な教科の題材と対話. れてこそ,主体的・能動的な活用・探究の学習を展開. 例を使って目指すべきモデルを示した他,あえて問題. することができると考えられる」(文部科学省, 2016, p. 52)。. のあるやりとりを示し「どこが問題か」 「どうすればよ. したがって,授業をはじめとする学習指導の場面に. いやりとりになるか」を考えさせる課題を通じてスキ. おいて,教師が児童生徒の理解状態を考慮し,説明を. ルを活用する機会を設定した。. 行うことは,今後の教育でもやはり重要であろう。た. 介入の結果,生徒の教えあいの質が高まった様子が. だし,一対一のチュータリングと異なり,何十人の生. 見受けられた。理解把握についていえば,説明の前に,. 徒が存在する授業で,一人ひとりの生徒について何が. 説き手が受け手の分からないことを確認する質問をし. 分からないのかを把握し,その子のつまずきに応じた. たり (1 回目の教えあいではやりとりのうち 35%,2 回目では. 説明を行うのは(少なくとも一斉授業という形態では)現実. 55%),受け手が自分の分からないことを明確にしたり. 的ではない。一斉授業では,教師が得られるのはあく. (1 回目 70%,2 回目 82%) する発話が確認された。また,. まで生徒の理解状態の手がかりであり,教師には,そ. 説き手の説明に対して,受け手から「なぜ」「そもそ. の手がかりをもとに,授業前,授業中,授業後それぞ. も」について分からないことを質問するやりとりも見. れで生徒の学習状態を予測あるいは把握,確認しなが. られた (1 回目は 31%,2 回目は 58%)。加えて,1 回目の. ら,有効な教授方略を講じたり,説明も含め自身の授. 教えあいでやりとりした教科内容の理解を測定するテ. 業の進め方を見直したりすることが求められる。. ストを行ったところ,教えあいをした 1 か月後にもか. では,教師の理解把握力についてこれまでどのよう. かわらず,事前からの成績の向上が確認された。この. な 研 究 が 行 わ れ て き た の だ ろ う。教 師 の 意 思 決 定. 実践は,説き手の理解把握力を直接測定したものでは. (Teachers' Decision Making)に関する研究では,教師が授. ないため,その点は今後の研究の課題となるが,理解. 業中に生徒の理解状態を手がかりとしながら授業を進. 把握を含む対話的なやりとりを促すことに奏功した事. めていることが示されている。例えば,下地・吉崎 (1990)は,中学校教員. 例だといえよう。. 3 名を対象に,ビデオカメラで. なお,深谷他(2016)の実践は,教えあいをテーマと. 記録した授業を放課後に視聴してもらい,教師の視線,. した 6 時間の学習講座という特殊な形式であったが,. 指名,机間巡視についてその時の生徒の様子や考えた. その介入内容は,普段の授業で児童生徒の相互説明の. 内容などを再生してもらった。生徒の学力や学習態度. 質を向上させる上でも参考になると考えられる。説明. と意思決定内容との関連を調べたところ,教師は,動. 前後における説き手と受け手の活発で対話的なやりと. 作や発言,ノートなどの手がかりから,学力低位層や. りを促すためには,例えば,深谷他(2016)で行われた. 学習態度の悪い生徒の学習手がかりを多く得ようとし. ように,教師から目指すべきやりとりのモデルを示し. ていることが明らかにされた。. たり,説き手の説明に対して受け手から質問すること. しかし,教師の意思決定研究のみでは,実際に教師. を促したりする工夫が有効だと思われる。. がどの程度生徒の理解状態を把握できているかは明ら. 教師の理解把握力に関する先行研究. かではない。教師の理解把握力を直接測定することを. 討論趣旨では,新学習指導要領の告示に伴い,教師. 試みる研究領域として,教師の判断 (Teachers' Judge-. からの説明を排し,児童生徒相互の説明に授業の重心. ment) 研究が挙げられる。教師の判断研究では,教師. が置かれるようになっていると指摘されている。しか. に生徒のテスト成績の予測を求め,実際の生徒のテス. し,学習指導要領の改訂の指針を示した中央教育審議. ト成績との一致度が算出される。これまでの研究から,. 会答申では,アクティブ・ラーニングが表面的な活動. 教師の予測は完全に正確とはいえないことが示唆され. に陥らないために「深い学び」の視点が重要とした上. ている。例えば,Südkamp, Kaiser, & Möller(2012)は,. で,次のように,教師の説明を初めとする指導の必要. 75 件の研究に対するメタ分析の結果から,教師の予測. 性を強調している。 「質の高い『深い学び』を目指す中. と実際の成績との相関係数の平均が.63 だったと報告. で,教員には,指導方法を工夫して必要な知識・技能. している。また,テスト成績の予測の平均と実際の成. を教授しながら,それに加えて,子供たちの思考を深. 績の平均とのズレにより算出される絶対的正確さにつ. めるために発言を促したり,気付いていない視点を提. いて,教師は,実際の平均成績より高い成績を予測す. ― ― 215.
(8) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. る傾向にあることがいくつかの研究で示されている. (44%) ,およびそうした誤解を解消する直接的な手だて. (e.g., Thiede et al., 2018 の統制群)。ただし,日本の教師を. を挙げた比率(28%)は必ずしも高くないことが明らか. 対象とした研究は行われていないため,同様の傾向が. となった。. 見られるかは今後の研究を待つ必要がある。. まとめると,授業前・中・後の一連の過程で,教師. 以上のように,教師の判断研究によると,教師はあ. は生徒の理解状態に注意を向けているものの,実際,. る程度生徒の理解状態を把握している一方,その正確. どの程度理解把握が的確になされているかについては. さは完全に正確というほどではない。しかし,教師の. 課題も見られた。具体的には,授業後の生徒の理解度. 判断研究で測定の対象となっているのは,あくまで教. を過度に高く見積もるなど,成績の予測が正確でない,. 師に必要な理解把握力の一側面であることに留意が必. また,教科書に明示されていない子どもの誤解を十分. 要だろう。具体的には,「生徒はテストを何点とるか」. 把握していないことがあると示唆される。. という量的な側面のみならず, 「生徒は学習内容をどう. 教師の理解把握力の改善を目指して. 理解したか(あるいはしていないか)」という質的な側面で. 以上のような実態に対して,先行研究でも,児童生. の理解把握も重要である。また,授業設計という観点. 徒のつまずきを踏まえた教師の指導力を向上させる介. から考えれば,テストの成績を予測するという授業後. 入研究が行われている。例えば,古典的な研究である. の判断のみならず,授業の前に生徒が学習内容のどこ. が,小学校算数の足し算と引き算の文章題を題材とし. につまずきそうかを予測し,それを踏まえて説明や活. た介入を紹介しよう。Carpenter, Fennema, Peterson,. 動の工夫を考えるなど,授業前も含めた授業デザイン. Chiang, & Loef(1989)は,足し算,引き算の文章題に. の一連のプロセスに目を向けることが求められる。. 対して児童はどのような問題解決方略を用いるかを学. 児童生徒の誤概念など,質的な観点から教師の理解. び,問題解決方略の発達を促すにはどのような指導の. 把握力を捉えることを試みてきたのは,教師の知識. 工夫が必要かを考える 1 カ月のワークショップの効果. (Teachers' Knowledge) に 関 す る 研 究 で あ る。中 で も,. を調べた。ワークショップでは,児童の問題解決方略. Shulman(1986)が,教科内容に関する知識と有効な教. を詳しく学んだ上で,講師および教師自身により,児. 授法に関する知識があわさった知識(Pedagogical Content. 童の既有知識と問題,概念,スキルをいかに結びつけ. Knowledge: PCK)を,教師に特有の知識として提案して. 理解を促せるかなどが議論された。. 以来,近年に至るまで PCK に関する研究が多くなされ. ワークショップ後に行われた授業を観察したところ,. ている(e.g., Depaepe, Verschaffel, & Kelchtermans, 2013)。特. ワークショップに参加した実験群の教師は,参加しな. に,PCK の主要な要素の一つとされる「学習者に関す. かった統制群の教師に比べ,児童がどんな方略を用い. る知識」(Shulman, 1986)は,本稿でいう理解把握力とも. たかをたずねたり,児童が多様な方略を用いることを. 密接に関連する。 「学習者に関する知識」とは,学習者. 促したりする発話が多かった。また,その結果,実験. が誤概念やバグ(手続き的知識の誤り)を保持していない. 群の教師は,学級の児童がどんな方略を用いるかを予. か,ある概念を学ぶことが学習者にとってどれだけ困. 測する課題でより正確な予測を行った他,実験群の教. 難(容易)かを判断する際に用いられる知識を指す。つ. 師に教わった児童の方が,数の規則,問題解決の成績. まり,理解把握を的確に行うことは, 「学習者に関する. がより高かったことなどが報告された。. 知識」を豊かに保持し積極的に活用することだとも換. 児童がどう文章題を解決するかを詳しく学び,その. 言できる。. 知識を授業に活かす指導は, 「認知的にガイドされた指. 例えば,深谷・植阪(2015)は,様々な校種の現職教. 導」(Cognitively Guided Instruction: CGI)と呼ばれ,他の内. 員 98 名を対象に,小学校算数で学ぶ「台形の面積の公. 容 に つ い て も 指 導 法 が 開 発 さ れ て い る (Carpenter,. 式」の教科書を提示し,指導案の作成を求めた。指導. Fennema, Franke, Levi, & Empson, 2014)。最近の研究でも,. 案を作成した後, (1)どのような点を工夫したか, (2). 既有知識を活用した児童生徒の概念的なアイディアを. 指導案を作成する際,児童がどんなことにつまずきそ. 取りあげたり,多様な方略を用いるよう促したりする. うかを考えたか,(3)考えたとしたらどんなことを考. 授業を行うことが,教師の予測の正確さの向上につな. えたかをたずねた。調査の結果,ほとんどの小学校教. がることが示されている (Thiede et al., 2018)。教師の理. 師が児童のつまずきを予測したと回答した一方 (96%),. 解把握力を高める上で,こうしたアプローチは有効で. 教科書に明記されていないが児童が誤解しそうな事柄. あるといえるだろう。. (例えば, 「下底を下の辺と混同してしまう」)に言及した比率. ただし,CGI は特定の教科の特定の内容に基づくも. ― ― 216.
(9) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか?. のであるため,日々の教科指導を進める上で,どのよ. の理解把握力を直接指標とした介入研究はまだ十分な. うに授業をデザインするかという汎用的な手だてとな. されていない。教師の理解把握力を高める研究が展開. りにくい。その中で,児童生徒のつまずきを考慮した. されることが今後の研究に期待される。. 授業デザインの進め方として,市川 (2014) が挙げる. 引用文献. 「困難度査定」は注目に値する。困難度査定とは,その 授業で児童生徒にとって理解が難しいことや誤解しそ. Carpenter, T. P., Fennema, E., Franke, M. L., Levi, L., &. うなことを予測することを指す(市川, 2014)。困難度査. Empson, S. B.(2014) . Children's mathematics: Cogni-. 定を踏まえ,つまずきを解消するための手だてが設定. tively guided instruction(2nd ed.). Portsmouth, NH:. される。市川 (2014) は,「教えて考えさせる授業」と. Heinemann.. いう習得型の授業論を解説する中で,困難度査定の重. Carpenter, T. P., Fennema, E., Peterson, P. L., Chiang, C.. 要性に触れているが,児童生徒にとって新たに習得す. P., & Loef, M.(1989) . Using knowledge of children's. る内容が含まれる授業であれば,どんな指導法をとる. mathematics thinking in classroom teaching: An. にせよ,困難度査定を行うことは授業デザインの重要. experimental study. American Educational Research. なプロセスとなるだろう。. Journal, 26, 499-531. doi:10.2307/1162862. 困難度査定の一例として,小学 2 年生算数の分数に. Chi, M. T., Siler, S. A., & Jeong, H.(2004) . Can tutors. ついての指導案の内容を紹介しよう(衣畑, 2016)。この. monitor students' understanding accurately? Cogni-. 授業の目標は,前時で学んだ 1/2 の学習をもとに,1/2. tion and Instruction, 22, 363-387. doi:10.1207/s1532. をさらに半分にすると 1/4 と表現できることを理解す. 690xci2203_4. ることであった。 「半分の半分」という言葉だけでは実. Depaepe, F., Verschaffel, L., & Kelchtermans, G.. 際の量をイメージしにくいことから,紙テープなど具. . Pedagogical content knowledge: A systematic (2013). 体物を操作したり,指差しながら説明したりする活動. review of the way in which the concept has pervaded. が設定された。さらに,児童の理解が難しい事柄とし. mathematics educational research. Teaching and. て, 「同じ 1/4 であっても,もとの円の大きさが異なれ. Teacher Education, 34, 12-25. doi:10.1016/j.tate.2013.. ば違う大きさになること」,「4 等分されたテープ図の. 03.001. どの部分を取りだしても 1/4 になること」,「同じ大き. . 子どものつまずきを踏ま 深谷達史・植阪友理(2015). さの正方形を 4 等分しても,等分にする仕方が異なれ. えた授業設計力測定の試み―指導案作成課題を通じ. ば 1/4 の形は異なること」などが予測された。そこで,. た検討 日本教育心理学会第 57 回総会発表論文集,. 授業ではこれらのつまずきを解消する課題や活動が設 定された(授業の詳細は衣畑, 2016 を参照)。. 292. doi:10.20587/pamjaep.57.0_292 深谷達史・植阪友理(2017). 個別支援の実践体験を取. ただし,前述したように,児童生徒の理解度を把握. り入れた教員養成課程の授業実践 日本教育工学会. しようとすることは,授業前にのみ行うものではなく,. 論文誌, 41, 157-168. doi:10.15077/jjet.41007. 授業中および授業後と,一連の過程の中で適宜行う必. 深谷達史・植阪友理・太田裕子・小泉一弘・市川伸一. 要がある。実際に授業を行ってみると,授業前には予. . 知識の習得・活用および学習方略に焦点を (2017). 測していなかったつまずきが見られる場合がある。例. あてた授業改善の取り組み―算数の「教えて考えさ. えば,課題が難し過ぎた場合にはヒントを出すなど,. せる授業」を軸に 教育心理学研究, 65, 512-525.. 授業中にも理解を把握し柔軟に修正することが求めら. doi:10.5926/jjep.65.512. れる。また,授業後には,児童生徒が記入したワーク. 深谷達史・植阪友理・田中瑛津子・篠ヶ谷圭太・西尾. シートやふり返りをもとにしたり,他の教師も交えた. . 高等学校における教えあい 信一・市川伸一(2016). 研究協議などを通じたりして,児童生徒の理解がどの. 講座の実践―教えあいの質と学習方略に対する効果 . 程度達成されたか,目標とすべき理解が達成されてい. 教育心理学研究, 64, 88-104. doi:10.5926/jjep.64.88. ないようなら,どのように改善が可能かなど,教師自. . 学習を支える認知カウンセリ 市川伸一(編)(1993). 身も授業をふり返ることが肝要だろう。. ング―心理学と教育の新たな接点 ブレーン出版. 筆者を含む研究グループでは,こうした教師の授業. 市川伸一(2014). 授業力と授業改善 市川伸一(編) . デザインプロセスを支援する実践研究を実施してきて. 学力と学習支援の心理学(pp. 177-188) 放送大学. いるが(例えば,深谷・植阪・太田・小泉・市川, 2017),教師. 教育振興会. ― ― 217.
(10) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. 衣畑味里(2016). 算数 2 年分数―「半分の半分」を分. 学習者の日常的な認識や暗黙知が反映される」(Hicks,. 数で表す 市川伸一・植阪友理(編) 最新 教えて. 1995; Wertsch, 1991),こと等である。筆者らは,こうし. 考えさせる授業 小学校(pp. 36-41) 図書文化. た説明活動の枠組みとなるマクロな知見を個別のカリ. McArthur, D., Stasz, C., & Zmuidzinas, M.(1990).. キュラムに適用し,ミクロな観点から説明方略を考え,. Tutoring techniques in algebra. Cognition and. 説明活動過程を分析する教育実践研究に取り組んでき. Instruction, 7, 197-244.. た(高垣・田爪・中西・波・佐々木, 2009; 高垣他, 2011; 高垣・富. 文部科学省(2016). 幼稚園,小学校,中学校,高等学. 田, 2012) 。. 校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必. こうした問題意識の下,本稿の目的は,抽象的な. 要な方策等について(答申)Retrieved from https://. 「仮説構成体」ではなく,教育実践から説明活動の現象. www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/. を質的に捉えることで知見を提示することにある。こ. toushin/1380731.htm(2019 年 7 月 15 日). れにより,具体的な文脈でどう説明活動が機能するの. 下地芳文・吉崎静夫(1990). 授業過程における教師の. か,説明が受け入れられるためにはどう教師が介入す. 生徒理解に関する研究 日本教育工学雑誌, 14, 43-. ればいいのか,という学校教育場面に直接的な示唆を. 53. doi:10.15077/jmet.14.1_43. 与えうる。. Shulman, L. S.(1986). Those who understand: Knowl-. 説明活動の「無効性問題」. edge growth in teaching. Educational Researcher,. さて,討論趣旨の論点 2 で取り上げられているよう. 15, 4-14. doi:10.3102/0013189X015002004. に,説明活動において説き手が有効だと想定するメタ. Südkamp, A., Kaiser, J., & Möller, J.(2012). Accuracy. 説明を提供すれば,直ちに有効性が得られるという効. of teachers' judgments of students' academic achieve-. 力観は「直接有効性」と呼ばれ,これは単純すぎる。. ment: A meta-analysis. Journal of Educational Psy-. 支援の有効性を判断するのは被支援者だからである。. chology, 104, 743-762. doi:10.1037/a0027627. そこで本節では,説き手が有効だと想定する,教育心. Thiede, K. W., Brendefur, J. L., Carney, M. B.,. 理学研究が積み上げてきた説明方略の知見が通用しな. Champion, J., Turner, L., Stewart, R., & Osguthorpe,. い,という説明の無効性問題がなぜ生じるのかを,あ. R. D.(2018). Improving the accuracy of teachers'. くまで一つの事例であるが,筆者らの行った教育実践. judgments of student learning. Teaching and. 事例を深く掘り下げることで問い直してみたい。. Teacher Education, 76, 106-115. doi:10.1016/. 高垣・中島 (2004) では,有効な説明方略として,. j.tate.2018.08.004. ①認知的文脈2 である「ブリッジングアナロジー方略」. 「深い学び」を促す説明活動のメカニズムを考える ―教育心理学研究の実践事例を通して 高垣マユミ. (Clement, 2000) と②社会的文脈3. である「仮説生成型の. 問題志向討論」(Berkowitz & Simmons, 2002; Engle & Conant, 2002)を組み合わせた認知的/社会的文脈の学習環境を. デザインし,小学校理科 4 年生「作用反作用の概念学. 本稿では,論点 2 のテーマとされている, 「説き手の. 習」の全 4 時間にわたる授業を対象とし,子どもの説. 説明方略がどのように受け手に受用されることにより. 明活動過程をミクロに分析している。. 有効性が発現するか」を確認するとともに,教師と生. 以下では,これらの説明方略下での仮説検証段階(静. 徒との相互作用の事例を通して, 「説き手の説明方略が. 力学の 2 時間の授業を受けた後の,動力学の 2 時間の授業)にお. 『深い学び』に対して有効となり得るメカニズム」につ. ける討論過程を分析した結果に着目する。子どもたち は, コ ン ピ ュ ー タ ソ フ ト を 使 っ た 自 作 VTR 教 材 の. いて論考する。 従来,教育心理学の説明研究では,以下の点が明ら かにされてきた。それらは, 「学習過程における説明活. 「Bridge(=走っている車が静止した車に,バネを介して衝突し 2. 動は,自分の理解をモニターし,精緻化することで学 習を促進する」(Chi, Bassok, Lewis, Reimann, & Glaser, 1989; Chi & VanLehn, 1991), 「他者とのやりとりで生じる社会. 認知的葛藤が既有知識の見直しを促進し,新しい知識. 認知的文脈として,初等力学の現象の背後にある力のメカニ ズムは極めて抽象的であるため, 「具体(Anchor)と抽象(Target) とをアナロジーを用いてブリッジし,定性的理解を促すアプ ローチ」を採用した。. 3. の獲得を促進する」(Chan, Burtis, & Bereiter, 1997; Howe, Tolmie, & Rodgers, 1992) ,「教室の談話過程には,教師や. ― ― 218. 社会的文脈として,「創造的な説明者になるために失敗や多 様性が許される大らかな環境作り」(富田, 2007),及び,既有の 考え方に基づく多様な解釈が比較できる「仮説検証型の問題志 向の討論」を組み合わせた。.
(11) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか? ている現象) 」の実験場面を観察している(C は児童,T は. この結果が示唆しているのは,具体の世界の現象とい. 教師)。. うのは,抽象の世界の知見だけでは決して作ることは できないということである。具体の世界には必ず「制. T1:左の車と右の車にバネをつけて衝突させてみせ. 約」がある。走っている車と静止している車の「衝突. るよ。OK ?(VTR を見せる)もう一度。〔中略〕. 時」に「バネの縮みが互いに同じ」という,「力の作. T2: わかった? 実験の結果。どうだった? はい,. 用・反作用により生起する現象」に注目させようとし. ここで。左の車(走ってくる A の車)と右の車(止. ても, 「衝突後」の「飛ばされたキョリや転倒などのダ. まっている B の車) が,互いに受ける力は同じか,. メージ」という,「運動エネルギーにより生起する現. ちがうか…。みんなの意見を聞かせて。. 象」も,同時に視界に飛び込んできてしまう。抽象の. C1:だいたいおんなじ。. 世界の「Target(力の作用・反作用の概念)」を理解させた. C2:だって,左も右も,バネが 10 cm ちぢんだから。. かった教師が「T3:ダメージが大きい? それってど. C3:バネの縮みが同じだったから,受ける力の大き. ういうこと?」と問い返し,その意見自体を否定する. さは同じ,っていうことを,意味してる。. ことができず動揺している様子が窺われ,残念ながら. C4:でもさ,バネの縮みは同じくらいだったけど。な. 具体の世界で生じる「制約」を十分に想定していたと. んか,右の車の方がダメージが大きいような…。. は言い難い。. T3: ダメージが大きい? それってどういうこと?. 次に,既有の考え方に基づく多様な解釈が比較でき. C5:ぶつかった後,飛ばされたりとか,ひっくりか. る「仮説生成型の問題志向討論」の方略だけでは,説. えったりとか。右の車の方がダメージが大き. 明がうまく伝わらなかったという結果が示唆している. かったでしょ。. のは,説明を伝えようとする説き手と受け手の頭の中. C6:キョリを比べれば,右の車の方がダメージを受 けてるってしょうこ。. の「要素と構造化」が一致しなかった,という可能性 である。世の中の現象は要素と構造から成り立ってお り,要素がつながって構造を作っている。目の前の現. VTR の実験場面の視聴後は,力は相互作用により働. 象の「要素の抽出と構造化」が一致していないと相手. き合う,A=B という物理量論的視点からの発話が生. に説明は伝わらない(畑村, 2008)。今回説明が伝わらな. 成されている (C2, C3)。一方で,抽象度の高い「力の. かったのは, 「要素(走っている車が静止している車に衝突す. 作用・反作用」という概念の理解が難しい児童もおり,. る現象において,バネの縮みが互いに同じ)」は一致している. 一連の討論の中でも最後まで A<B の視点を捨てず,現. が, 「構造(力は物体と物体の相互作用であるという概念(物理. 量論的視点)vs. 力は単独で存在するという概念(現象論的視 象論的視点からの,衝突後のダメージ (C4) や飛ばさ れたキョリや転倒(C5, C6)と根拠を移動させながらも, 点))」が一致していなかったためと帰結されるであろ. 自らの仮説を裏付づけようとしていた。この局面では, う。 「力は物体と物体の相互作用である」と捉える物理量論. これらの重要な討論過程で浮き彫りにされた, 「無効. 的視点と「力は単独で存在する」と捉える現象論的視. 性問題」は見逃してはならず, 「制約」と「要素と構造. 点の間には,科学の基礎概念としての根本的に対立す. 化」というキーワードは,押さえておく必要がある。. る解釈上の違いがある(Watts, Alsop, Gould, & Walsh, 1997). 受用過程を媒介した効力観. ことが如実に映し出された。ここで示唆されることは,. これまでの教育心理学研究においては,前項で浮き. 教師が「ブリッジングアナロジー方略」や「仮説生成. 彫りにされたような「無効性問題」については,存外. 型の問題志向討論」のような効果的な説明方略を提供. 議論の俎上には上ってこなかったといっても過言では. すれば,確かに一定の効果をもたらし得るが,全ての. ない。討論趣旨の論点 2 で取り上げられているように,. 学習者に有効性が得られるわけではない,という点で. 説明の有効性とは,受け手の受用過程を介して発現す. ある。. ると考えるべきであり,この有効性は「受用過程を媒. では,討論趣旨でいう「無効性問題」の原因として. 介した効力観」として捉え直すべきである。そこで本. どのようなことが考えられるのだろうか。まず,具体. 項では,説き手の説明方略がどのように受け手に受用. と抽象をつなぐアナロジーを用いて定性的理解を促す. されることにより,理解不振が改善され,受用過程を. 「ブリッジングアナロジー方略」を用いるだけでは,. 媒介した効力観が発現するかを考えてみたい。具体的. 「力の作用・反作用」の概念の理解が不十分であった。. には,引き続き高垣・中島(2004)の実践事例における. ― ― 219.
(12) 教 育 心 理 学 年 報 第 59 集. 教師と児童生徒との相互作用のプロセスを通して,説. だったね。今日の実験は,左の車がスピードを. き手の説明方略が「深い学び」に対して有効となり得. 出してて「運動エネルギー」が発生したから,. るメカニズムについて論ずる。. 「力」と混同して分かりにくくなっちゃったけど,. 以下では,前節で取り上げた仮説検証段階での後半. ぶつかったとき受ける「互いの力」は,前の実. の討論過程に着目する。この文脈では, 前半で表出さ. 験でやった,静止しているもの同士の時と同じ. れた「力は物体と物体の相互作用である (物理量論的視. なんだよ。. 点)」と「力は単独で存在する(現象論的視点) 」とが明確. C12:右手がバネから受ける力と,左手がバネから. に対峙し,クリティカルな問題を共有し合う談話構造. 受ける力は同じ。それと同じ原理かと思う。. が形作られている。. C13:そういえば,この前のビデオで,もし押した 力と同じ大きさの力で押し返されなかったら,. T4:C5 や C6 たちは今,ぶつかった後のことを話し. バランスがとれないって習った。. てるよね。ね? 今,みんなが調べたいのは何. C14:右の車もスピードを受けてかなりのダメージ. だ っ た? し ょ う と つ し た 時。そ う, 「ぶ つ. を受けたと思うけど。こうやって手をたたくと. かった瞬間」でしょう? いい? もう一回ビ. どっちもいたい,と言うことと同じ。ぶつかっ. デオもどすからぶつかった瞬間を,スローモー. たとき受ける力は両方おんなじ。. ションでよおく見てみよう。 「ぶつかった後」の ことを考えている人が何人かいるから,ちょっ. ここで,前節の討論過程で見出された, 「無効性問. と補足説明しておくね。走ってくる左の車は. 題」に対する「制約」と「要素と構造化」のキーワー. 「運動エネルギー」というエネルギーを持ってい. ドを再掲して整理する。. るから, 「ぶつかった後」に,止まっている右の. まずは, 「制約」の問題に着目して討論過程を見てい. 車を遠くに飛ばしたり,ダメージを与えたりす. く。辻(2007)によれば,理解不振を改善するために説. るわけ。そのエネルギーっていうものと力とは, 明者は,被説明者の理解状況 (被説明者の先行知識や置か そもそも性質がちがうものなの。エネルギーに. れた状況などの背景要因) を推測して説明内容を選択する. ついてはもっと後に習うから。今は, 「ぶつかっ. 必要があり,また被説明者も説明者に対して理解状況. た瞬間」の力の大きさだけを見ててね。いいか. を伝達する必要があると指摘する。そうした観点から. な? どうだった?. すると,今回,失敗や多様性が許される大らかな環境. C8:えっと…,A は,右の車の方がキョリが飛ばさ. 作りがなされていたため被説明者の理解状況は表出さ. れるっていったけど…。左の車は動いてて,右. れており,説明者 (教師) は,理解不振を引き起こす. の車は止まってたんだから…。右の車の方が遠. 「制約」になっていた運動エネルギーによって生起する 現象をあえて取り上げることができた。教師は,かな. くに飛んで当たり前。 C9:けっきょく,あれ。ぶつかった瞬間が問題なん. り意識的に,「物体が衝突した瞬間に物体間に働く『力. だから。左のバネが 10 cm ちぢんで,右のバネ. の作用・反作用の現象』」を強調すると同時に,理解不. が 10 cm ちぢんだんだから,受ける力の大きさ. 振の「制約」となっていた「運動している物体が静止. は同じってことを意味してる。. している物体に衝突した後に影響を与える『運動エネ. C10:ぶつかった瞬間に受ける力は同じなんだから, ルギーの現象』」を取り上げて説明し,論点の明確化 ぶつかった後,飛ばされたキョリでは比べらん. (時間軸に着目させることで,両者の現象の違いは何に起因する のかを明確にする) 」を図った(T4)。. ない。 C11:前やったみたいに…。バネでこうやって,確 かめてみたんだけどね (バネを動かしながら)…,. この教師の介入がきっかけとなり, 具体と抽象のマッ ピング (直接見ることができない力の大きさをバネの縮みとし. 右手と左手の受けた感じはいっしょ。むかって. て数的表現にマッピングする)を,主張の支持(あるいは非支. 右の手を左の車にたとえて,左の手を右の車に. 持)の根拠にしながら, 「力の作用・反作用」と「運動. たとえると同じだから。. エネルギー」の各々によって生起する現象を踏まえた. T5:そう,前の時間にやったことよく思い出したね。 発話が生成され始めたことが読み取れる (C8, C9, C10)。 2 人の人が押し合っているとき,バネの縮みの. 畑村(2008)によれば,説明を伝える場合に留意するこ. 大きさが同じで押した力と押し返した力が同じ. ととして,世の中は「陽(スポットが当たる事柄)」と「陰. ― ― 220.
(13) 山本・深谷・高垣・比留間・小野瀬:討論―説明実践に教育心理学は貢献してきたのか? (スポットが当たらない事柄)」から成立しているため,一. 完璧ではない説明で全く問題はない。 「双方向性」が保. 方の面からの見方だけでは物事の本質に迫る部分まで. たれている場での説明において問われるのは,説明の. の知識を伝えることができない。真の理解には「陽」. 完璧性ではなく,説明の実用性(説明への主観的な納得性). だけではなく「陰」の部分の知識も必要であり,説明. なのである(海保, 2007)。本稿で焦点を当てたのはあく. を伝える場合には説き手が「陰」の知識を積極的に使. まで一つの事例ではあるが,得られた実践的知見を吟. い表出することで受け手に深い理解が生まれると指摘. 味すると, 「深い学び」が促される説明活動のメカニズ. する。. ムには,完璧な説明が元々そこにあるわけではない。. おそらく今回の場合,受け手から発現された「陰. 従来有効とされてきた説明方略を提供すれば確かに一. (衝突後に生起した「運動エネルギー」の現象) 」の部分の知識. 定の効果はもたらされるが,それは完璧なものではな. を説き手が聞き流すことなく積極的に説明したことで, く, 「無効性問題」が生じ得る。説明をしている目の前 受け手が陽と陰の知識を踏まえた発話を生成し始めた. の現象には「制約」があり,説き手と受け手の頭の中. ことから,理解不振が改善されていったという可能性. の「要素と構造化」が必ずしも一致するわけではない. が考えられる。. からである。. 次に, 「要素と構造化」の問題に着目して,討論過程. 「双方向性」が保たれている場での説明は,元々そこ. を見ていく。今回の討論過程では,前項で分析したよ. にあるものを伝えるだけではなく,元々そこにはな. うに,「要素」は一致していたが「構造」が不一致で. かったけれども説明が行き来するうちに,それまで認. あった (力は物体と物体の相互作用であるという概念(物理量. 識されていなかった「陽と陰」の知識の部分が浮き彫. 論的視点)vs. 力は単独で存在するという概念(現象論的視点) )。. りにされる。それらの知識を用いながら,説き手は受. 野中・竹内 (1996) によれば,説明を伝えるためには,. け手の「暗黙知」を,アナロジーを用いて明確な概念. 「暗黙知」を何らかの形で共有しないかぎり他人の思考. として表出化し,積極的に説明していく過程で,受け. プロセスに入り込むことは難しいと指摘する。暗黙知. 手の受用過程を媒介した効力観が発現し,理解不振を. を,メタファー,アナロジー,モデルなどの形をとり ながら対話や共同思考を通して,次第に明確な概念と. 改善していくのである。 「深い学び」を促す説明活動の今後の展開可能性. して表出化していくプロセスは,知識創造の真髄であ. 最後に, 「深い学び」を促す説明活動について,今後. るという。. の展望を示す。本稿では, 「解を発見する課題」の実践. その意味からすると,教師は「力は単独で存在する. 事例(高垣・中島, 2004)に着目して話を進めたが,今後,. ため,衝突後のダメージ (飛ばされたキョリや転倒) が生. 不確実性にあふれた時代に私たちが求められているの. じる」という,力と運動エネルギーの概念とを混同し. は, 「解のない課題」に向かう説明活動であることを提. ている「暗黙知4」を議論の俎上に上げ,力と運動エネ. 案したい。. ルギーはそもそも次元が違う概念であることを説明し. わが国では,平成 30 年に学習指導要領が公示された. 共有化したことは肝要であった。こうした文脈の中で, が,今回の改訂では知識基盤社会を見据えて, 「予測困 子どもたちは,教師の説明(T4, T5)を思考の根拠とし. 難な課題に対して受け身ではなく主体的に取り組む授. ながら,前時までに学習した「静力学の知識(Anchor)」. 業」を構築することが目指されている(清原, 2018)。ま. を想起した。この局面では, 「静力学(Anchor),動力学. た今回の改訂では「理数科」という新教科が新設され. (Bridge) ,力の作用・反作用(Target)」を関連づけ,新. (文部科学省, 2018) ,生徒が自身の興味・関心に基づき,. たな根拠をつけ加えて精緻化する説明 (C11, C12, C13). 多角的,複合的に事象を捉えて数学や理科の教科の枠. が生み出されていること, 「力の作用・反作用」と「運. を越えて課題を広く設定し,アイディアの創発,挑戦. 動エネルギー」の両者の概念を統合する説明(C14)が. をより重視することが目指されている。実際に,世の. 創出されていること,現実的に説き手の説明が受け手. 中は解がない問題であふれている。そこで求められる. に受用され利用されていることから,「受用過程を媒介. ことは, 「分かり易い/分かりにくい」の二分論に飛び. した効力観」が発現したことが推測される。. ついたり,イメージの段階で分かったつもりになって,. 以上見てきたように,説明には完璧はあり得ないし, 4. ここで, 「運動エネルギー(運動する物体が衝突後,止まるまでにな しうる仕事の量) の概念」を, 「力の概念」と混同している結果,. 「力は単独で存在する」という現象論的視点が導かれている。. 思考停止をしないことである。すなわち,予測困難な 「解のない課題」における「深い学び」には,白黒つか ない問題に真摯に向き合い,何か良い解決法はないか とひたすら考えてベターな答えを出し続け,失敗し別. ― ― 221.
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