名古屋地学 83 号,1–9 ページ(2021 年 3 月)
Nagoya Journal of Space and Earth Sciences, no. 83, pages 1–9, 2021
愛知県三河湾周辺に分布する領家花崗岩類の帯磁率
Initial magnetic susceptibility measurements of the Ryoke granitic rocks around
Mikawa Bay, Aichi Prefecture, Japan
星 博幸*・森里真希**・西村悠里***
Hiroyuki HOSHI*, Maki MORISATO** and Yuri NISHIMURA***
* 愛知教育大学自然科学系理科教育講座([email protected])
** 愛知教育大学初等教育教員養成課程理科選修(卒業生)
*** 愛知教育大学中等教育教員養成課程理科専攻(卒業生)
キーワード:帯磁率(初磁化率),三河湾地域,領家帯,花崗岩類,斑れい岩,角閃岩,名古屋城 Key words: initial magnetic susceptibility, Mikawa Bay area, Ryoke belt, granitic rocks (granitoids), gabbro, am-phibolite, Nagoya Castle
1. はじめに 筆者らは名古屋城築城の実態解明に資する目的で,名 古屋城の石垣石材及びその産地に分布する岩石について 主に岩石観察と帯磁率(初磁化率)測定の手法によって 調査を進めている。名古屋城の石垣には広い意味での花 崗岩類(狭義の花崗岩,花崗閃緑岩,トーナル岩などを 含む)が多く使われており,それらの主要産地は愛知県 三河湾(図 1)の三河鳥羽・幡豆・西浦半島周辺,及び篠 島・沖島・前島・竹島などの島嶼であった(髙田, 1999; 加 藤, 2008, 2016; 石橋, 2014)。文献記録や推定石材産地(採 石丁場)の露頭・転石に刻まれた刻印などの証拠に基づ き,名古屋城の石垣構築に命ぜられた大名のそれぞれの 採石丁場が推定されているが(髙田・加藤, 2013; 市澤・ 西本, 2018),実態解明には至っていない。この問題の解 明には詳細な岩石学的調査が有効と考えられるが,岩石 薄片観察や岩石化学分析は岩石を破壊して試料を採取す る必要がある。推定採石丁場の多くでは露頭や転石から 試料採取が可能である一方,国の特別史跡に指定されて いる名古屋城では石垣石材からの試料採取は困難である。 そのため,岩石破壊を伴わない非破壊調査を行う必要が ある。その一つの方法として筆者らは帯磁率測定を採用 している。帯磁率測定が有効な手法と考えられる理由に ついては星・森里(2019)が詳しく説明している。 今回筆者らは三河湾周辺に分布する領家花崗岩類とそ れに伴われる苦鉄質岩から新たに帯磁率データを取得し たので,それらについて報告する。小論で報告するデー タは第二著者の森里及び第三著者の西村が愛知教育大学 卒業研究の一部として取得したものである。なお,三河 湾周辺での帯磁率測定の先行研究としては伊藤・星 (2011),星・太田(2012),星・森里(2019)がある。 2. 調査地の概要 今回の調査地は知多郡南知多町の篠島(図 2),西尾市 吉良町の梶島(図 3),西尾市鳥羽町田尻地区及び崎山地 区の海岸(以下,田尻・崎山海岸; 図 4),西尾市鳥羽町 の八貫山(図 4),西尾市寺部町の海岸(以下,寺部海岸; 図 5),西尾市東幡豆町の沖島及び前島(図 6),西尾市東 幡豆町の海岸及び内陸部(以下,東幡豆地域; 図 7),蒲 郡市西浦町の西浦半島(図 8)である。図 1 には帯磁率を 報告した先行研究(伊藤・星, 2011; 星・太田, 2012; 星・ 森里, 2019)の調査地も示してある。 調査地には領家帯の深成岩と変成岩が分布している(領 家研究グループ, 1972; 牧本ほか, 2004)。名古屋城石垣石 材のうち三河湾周辺が産地と考えられるものには深成岩 (特に花崗岩類)が多いため(西本・市澤, 2018; 田口ほか, 2019; 西本, 2020),今回の調査は深成岩を中心に行った。 調査地に分布する深成岩の多くは中∼粗粒で片状のト ーナル岩及び花崗閃緑岩で,石材関係者の間で「幡豆石」 と呼ばれるものである。片状構造の程度は様々である。 最近までこれらの花崗岩類は古期領家花崗岩類の神原ト ーナル岩及び天竜峡花崗閃緑岩に属するものと考えられ てきた(領家研究グループ, 1972)。しかし星・森里(2019) が概説しているように,U‒Pb 年代測定データ(Takatsuka et al., 2018a, b)が充実してきたことに伴い現在それらの 帰属が再検討されている。 花崗岩類以外の深成岩としては,斑れい岩のやや規模 の大きな岩体(乙川斑れい岩体)が八貫山とその周辺に 分布している(Asami, 1977; 浅見ほか, 1982; 沓掛, 1982, 1988, 1993)。乙川斑れい岩体は最大径約 4 km の北東-南 西にやや伸びた形体をなし,花崗岩類の貫入を受け,変 成作用を受けた形跡もある(Asami, 1977; 浅見ほか, 1982; 沓掛, 1982)。この斑れい岩体の帯磁率は伊藤・星(2011) が詳しく報告しているが,八貫山の矢穴と刻印が発見さ
図 1 調査地(図 2∼8)の位置図。岩石帯磁率に関する先行研究(伊藤・星, 2011; 星・太田, 2012; 星・森里, 2019)の調 査地も示す。ベースマップには国土地理院の電子国土基本図(URL1)を利用(図 2∼8 も同じ)。
図 3 梶島の帯磁率測定地点(×印)と測定番号。
れた地点(加藤, 2008)からは帯磁率データが報告されて いないため,今回新たにその地点の岩石の帯磁率を測定 した(表 1 の#37, #38; 本文中では#を付した数字で測定 番号を示す)。 花崗岩類分布域には苦鉄質火山岩が変成して生じたと 推定される角閃岩の小規模岩体も見られ,本研究ではそ れらのいくつかも測定対象とした(#91, #97, #140)。その 代表的なものは西浦半島先端付近にシンプルトニック岩 脈として産する角閃岩である(西浦団研グループ, 1974; 図 5 寺部海岸の帯磁率測定地点(×印)と測定番号。 図 7 東幡豆地域の帯磁率測定地点(×印)と測定番号。 図 6 沖島及び前島の帯磁率測定地点(×印)と測定番号。
鈴木・三宅, 2006)。この岩脈状岩体の帯磁率は星・太田 (2012)が報告しているが,今回再び測定した(#140)。 3. 方 法 各調査地において,矢穴や刻印の調査文献(髙田, 1999; 松下, 2006; 加藤, 2008, 2016; 石橋, 2014)を参考にしなが ら踏査・帯磁率測定を行った。帯磁率の測定方法は基本 的に伊藤・星(2011),星・太田(2012)及び星・森里(2019) と同じである。測定には携帯型帯磁率計(Explorarium 製 Kappameter KT-9)を使用した。KT-9 の特性については星・ 亀井(2003)が報告している。測定ではできるだけ平滑な 面を選び,測定誤差が小さくなるように努めた。露頭面 の凸凹の影響を最小限にするために測定はピンモード(pin mode)で行った。1 地点の地理的範囲(面積)は 1∼25 m2 程度とした。地点内で少しずつ場所を変えて 50∼60 回測 定することを原則とした(=1 つの測定番号)。ただし小 面積のいくつかの地点では 10∼20 回の測定に限られた。 同一地点内で異なる岩相が見られる場合は岩相毎に分け て測定・集計し,別個の測定番号とした。緯度・経度の測 定にはスマートフォンの位置情報機能を使用した。緯度・ 経度測定には最大 25 m 程度の誤差があると推測される。 測定値(測定回数)は総数 6611 個である。 4. 結果と解釈 全測定値のヒストグラムを図 9 に示す。この図で帯磁 率は常用対数で示されている(例えば,測定値が 0.1 × 10−3 SIのときは−1,1 × 10−3 SIのときは 0,10 × 10−3 SIのと きは 1)。大局的に見ると,10−0.3 (~0.5) × 10−3 SI前後にピ ークを持つ対数正規分布に近い分布になっている。全測 定値のうち 3 × 10−3 SIより小さい値は約 89%,1 × 10−3 SI より小さい値は約 74%であった。岩石に含まれる Fe-Ti 酸 化物の種類に基づく花崗岩類の分類では,3 × 10−3 SI(例 えば,Ishihara, 1990)または 1 × 10−3 SI(石渡ほか, 2011) を境に帯磁率が高いものを磁鉄鉱系花崗岩類,低いもの をチタン鉄鉱系花崗岩類と便宜的に分類することがある。 これらの基準に従えば,今回測定した岩石の大半はチタ ン鉄鉱系花崗岩類に属することになる。領家帯の花崗岩 類はチタン鉄鉱系とされており(金谷・石原, 1973; Ishihara, 1979),今回の結果はその従来の見解と概ね整合する。 しかし,図 9 のヒストグラムは明らかに左右非対称で ある。また,101 × 10−3∼102 × 10−3 SI付近に小さな盛り上 がりもあるように見える。さらに,最小値(#67 で得られ た 0.01 × 10−3 SI)と最大値(#102 で得られた 183 × 10−3 SI)との間には 4 桁にも及ぶ差がある。これらの最小値・ 最大値はいずれも花崗岩類から得られた。同様の結果は 先行研究(伊藤・星, 2011; 星・太田, 2012; 星・森里, 2019) 図 8 西浦半島の帯磁率測定地点(×印)と測定番号。
でも認められている。星・太田(2012)と星・森里(2019) が示唆したように,一部の花崗岩類が示す異様に高い帯 磁率は変質作用による二次的な強磁性鉱物の生成が原因 である可能性が高い。ただし多くの場合,高い帯磁率を 示した花崗岩類の岩相は比較的低い帯磁率を示した花崗 岩類の岩相とほとんど変わらない。そのため,肉眼観察 では認識できない変質の影響が考えられる。 各測定番号内での測定値分布は,図 10 に示した典型例 に見られるように大きく 3 つのタイプ(I, II, III)に分類 可能である。タイプ I は明瞭な単峰的(unimodal)分布を 示し,分散が比較的小さい。全測定番号(n = 140)のう ち 111(約 79%)をタイプ I と判断した(表 1)。タイプ IIは明瞭な双峰的(bimodal)分布を示し,それぞれのモ ードの分散が比較的小さい。タイプ III は明瞭な単峰分布 あるいは双峰分布とは言えない幅広い分布を示し,全体 として分散が大きい。タイプ II と III を合わせた測定番号 数は 29(約 21%)であった。こうした 3 タイプは伊藤・ 星(2011)が報告したデータにも認められる。ここで注目 すべきは,同じ地域内の同一岩石種で比較すると,タイ プ II と III のデータの中で低い測定値がタイプ I の測定値 と類似していることである。例えば,図 10 に示した 3 つ の例はいずれも西浦半島の花崗岩類のものだが,タイプ II(#128)の低い方のモードとタイプ III(#127)の比較的 低い値はタイプ I(#134)の値に近い。この事実は,上述 のように高い帯磁率の原因を変質作用による二次的な強 磁性鉱物の生成と考えると説明できる。つまり,タイプ IIと III の岩石も変質を受ける前の(本来の)帯磁率はタ イプ I の岩石と同様であった可能性が高い。したがって, タイプ II と III の岩石については測定値の平均と分散(あ るいは標準偏差)にあまり意味がないと考えられる。 以下では,調査地ごとに帯磁率データの特徴について 概観する。 篠島の花崗岩類(#1∼#29) 各測定番号の幾何平均は 0.4 × 10−3∼0.6 × 10−3 SIが多い。#5, #6, #9 では 1 × 10−3 SIよ りも高い幾何平均が得られたが,各測定番号の最小値は 他の測定番号の帯磁率と同程度である。最も高い幾何平 均を示した#9 の帯磁率分布はタイプ III に属する。 梶島の花崗岩類(#30∼#36) 測定番号数が少ないが, 幾何平均は 0.3 × 10−3∼0.6 × 10−3 SI程度で上述の篠島と ほぼ同じである。#35 では 1 × 10−3 SIよりも高い幾何平均 が得られたが,最小値は他の測定番号の帯磁率とそれほ ど変わらない。 八貫山の斑れい岩(#37, #38) 2 つの測定番号はいずれ 図 9 帯磁率の全測定値のヒストグラム。横軸は帯磁率の常 用対数。
図 10 測定番号の帯磁率分布の 3 タイプ(I, II, III)。横軸は 帯磁率の常用対数。
も高い幾何平均を示したが,いずれも帯磁率分布はタイ プ III である。八貫山を含む乙川斑れい岩体からは伊藤・ 星(2011)が多くの帯磁率データを報告している。それに よると,帯磁率は岩体内で大きな変化を示す。各測定地 点でも本研究のタイプ I, II, III のすべてがあることから, 帯磁率は露頭規模から岩体規模までの様々なスケールで 変化に富むことがわかる。 田尻・崎山海岸の花崗岩類と斑れい岩(#39∼#52) 花 崗岩類は露頭内でも地域内でも帯磁率に大きな変化が見 られた。各測定番号の最小値にも大きな違いがある。こ うした帯磁率の違いは,隣接する乙川斑れい岩体との間 で何らかの岩石鉱物学的な相互反応が起こったためかも しれない。#43 の斑れい岩の帯磁率分布はタイプ II であ り,幾何平均も最大値も八貫山の#37, #38 のデータに比べ て低い。 寺部海岸の花崗岩類(#53) 1 測定番号のみだが,帯磁 率分布はタイプ I で,幾何平均は上述の篠島や梶島のデ ータと類似している。 沖島の花崗岩類(#54∼#71) 全測定番号の幾何平均は 1 × 10−3 SIよりも低いが,比較的大きなばらつきを示す。 全体的に見ると篠島や梶島の花崗岩類より帯磁率が低い ようである。幾何平均 0.1 × 10−3 SI前後の特に低い帯磁率 を示す測定番号の岩石は,無色鉱物含有量が比較的多い 優白色質のものである。 前島の花崗岩類(#72∼#86) 幾何平均は最小 0.22 × 10−3 SI(#86),最大 5.63 × 10−3 SI(#78)でばらつきが大きい。 各測定番号の最小値にも大きなばらつきがある。 東幡豆地域の花崗岩類と角閃岩(#87∼#101) 花崗岩類 はすべての測定番号でタイプ I の帯磁率分布だが,幾何 平均は最小 0.34 × 10−3 SI(#99),最大 3.00 × 10−3 SI(#90) でばらつきがやや大きい。各測定番号の最小値にも大き なばらつきがある。角閃岩は 2 つの測定番号(#91, #97) とも幾何平均が 1 × 10−3 SI前後である。 西浦半島の花崗岩類と角閃岩(#102∼#140) 花崗岩類 の幾何平均は測定番号間で大きなばらつきが見られるが, 最小値に注目すると#133 を除き 0.3 × 10−3∼0.6 × 10−3 SI 程度が多い。#102 と#133 の帯磁率は異様に高い。角閃岩 の#140 は周囲の花崗岩類と同程度の帯磁率を示した。こ の角閃岩を含む西浦半島先端部の岩石については星・太 田(2012)が帯磁率と岩石磁気学的性質について詳しく 調査している。 5. 謝 辞 株式会社 C-ファクトリーの佐藤好司氏と田口一男氏に はいくつかの調査地に同行していただき,矢穴や刻印に ついてご教示いただいた。佐藤氏には地形図と関連文献 も提供していただいた。東幡豆漁協,西三河漁協及び篠 島漁協の方々には前島,沖島,梶島,篠島での調査に協 力していただいた。本研究の一部には JSPS 科研費 (17K05680)を使用した。 6. 文献・URL
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