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日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の 受容と変化について -近・現代の吹奏楽史と中山冨士雄の教則本における教授アプローチの変遷から-

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(1)Title. 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の 受容と変 化について −近・現代の吹奏楽史と中山冨士雄の教則本における教授ア プローチの変遷から−. Author(s). 小山, 知倫. Citation. 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第50号: 77-86. Issue Date. 2018-12. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/10475. Rights. publisher. Hokkaido University of Education.

(2) 釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第50号(平成30年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.50(2018):77-86. 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の 受容と変化について -近・現代の吹奏楽史と中山冨士雄の教則本における教授アプローチの変遷から- 小 山 知 倫1 北海道教育大学釧路校1. An Acceptance and Change of the Modern Era Trumpet and Cornet Manual Books -From The History of Brass Band and a Change of Teaching Approach in Fujio Nakayama's Manual Book- KOYAMA Tomonori1 Hokkaido University of Education, Kushiro Campus1. 今日の国内における管楽器教育は、学校教育におけるスクールバンド(吹奏楽部)をはじめとする多様な場で展開され ている。そこで活用されるものの一つに「教則本」が存在する。吹奏楽部では「教則本」は合奏を想定したものが多く活 用されるが、その一方で個人の技術向上のための「教則本」も存在する。個人の技術向上のための「教則本」では、時や 場所、人間によってその教授アプローチに差異が見られるが、国内の教則本における教授アプローチの変化の分析を通し て、トランペット・コルネット教則本の受容と変化について探ることを試みた。黎明期の数少ない教則本の代表として、 中山冨士雄の『トランペット・コルネット教則本』が挙げられるが、この教則本では、1957年の初版と1983年の改訂版で 教授アプローチが大きく変化している。本研究では、国内のトランペット・コルネットの教則本や教授アプローチが、黎 明期においてはイギリスやフランスのメソッドの影響を大きく受けていたが、次第にアメリカのメソッドの影響も受ける ようになったという変化を、中山冨士雄の教則本の記述や譜例から検証した。現在では、フランスとアメリカをはじめと する世界中の様々なメソッドを統合的に捉え、技能を向上することを通して、吹奏楽部や自身の演奏に資することが目指 されている。. はじめに. 則本が流通していることからも明らかである。筆者は、フ. 今日の日本国内において、管楽器教育は、学校教育にお. ランスとアメリカを中心に国外で出版された様々なトラン. けるスクールバンド(以下、吹奏楽部)をはじめとする多. ペット・コルネット教則本に出会って来たが、その教授様. 様な場で展開されている。小学校・中学校・高等学校の吹. 式とアプローチの違いを感じ取った。同じ基礎的な奏法の. 奏楽連盟加入団体は、2016年10月1日時点において12,158. 説明でも、著者によって記述が異なる部分があり、譜例も. 1. 団体 となっており、管楽器演奏者の人口が多いことは想. 多種多様である。. 像に難くない。筆者も、中学校の吹奏楽部を発端とし、管. それでは、日本国内においては、こういった国外におけ. 楽器教育を受けてきた一人である。. る技術・教授法やその成果の一つとしての「教則本」をど. 日本において盛んにおこなわれている管楽器教育だが、. のように捉えて来たのだろうか。本稿においては、国内に. そこにおいて管楽器の技能を習得することについて、直接. おける管楽器教育の需要や、黎明期の教則本の特徴から考. 的な指導を受ける以外に、教則本やエチュードといった教. 察していく。. 材を用いて技能の向上を図ることも見られる。このこと は、国内に限らず、現代においても世界中に多種多様な教 1. 一 般 社 団 法 人 全 日 本 吹 奏 楽 連 盟 会 報『 す い そ う が く 』2017.7 No.205 p.2 より、総務報告における加盟団体数の推移より引用。. - 77 -.

(3) 小 山 知 倫 1.トランペット・コルネットの教則本全般について. きいといえるだろう。. 1.1 海外黎明期におけるトランペット・コルネットにお. 以上のような背景や特質から、「アーバン教則本」は、. ける教則本の位置付け. 前述の通り士官学校および音楽大学の奏者に向けて書かれ. いわゆるトランペットと呼ばれる楽器は、そのルーツを. たことに加え、アーバン本人が名手の一人としてピスト. 古代ローマのトゥバ(tuba)に見られるような一本の円錐. ン・コルネットの技術を広く伝えることを目的とし、書か. 管の形態を持つものまで遡ることができる。 その後、バロッ. れたと考えられる。. ク期のナチュラルトランペットに見られるような円筒形の. 近代におけるトランペット・コルネットの名手として、. 形態に変化し、今日の変ロ管のトランペットに至る。. アーバン以外の人物も活躍している。アーバンと同世代に. 今日のトランペットに至るまでに、大きな転機となった. コルネットで活躍した演奏家では、L.A.サンジャコム(1830. のがバルブ機構の開発である。ロータリー・バルブが1835. 〜 1898)やJ.レヴィ(1838 〜 1903)などがあげられる。. 年にヨーゼフ・リードルとヨーゼフ・カイルによって発明. 彼らもアーバンのように教則本を執筆し、サンジャコム. され、フランソワ・ペリネのピストン・バルブの開発によっ. は、 『Grand Method for Trumpet or Cornet』を1870年に、. て発展した。コルネットはその恩恵を受け、それまでの演. レヴィは『Levy's Instruction Book』を1895年に出版して. 奏性を大きく変え、旋律を演奏できる魅力的な独奏楽器と. いる。いずれも、数百もの譜例が記述された「全般的・総. して活用されることになる。. 合的な教則本」である。. ジョセフ・ジャン=バティスト・ロラン・アルバン(1825 〜 1889、アメリカでの表記が日本国内で一般的なため、. 1.2 アーバン以降の時代におけるトランペット・コルネッ. 以下アーバンとする)もその魅力に惹かれた人物の一人で. トの教育と教則本について. ある。アーバンは、ピストン・コルネット黎明期における. 近代以降においては、先に述べたようなアーバンと彼の. 名手の一人である。. 世代がトランペット・コルネットの教則本を出版したこと. 最初、ピストン式コルネットを演奏した音楽家は、ほと. に加え、次の世代においても教則本の出版が行われてい. んどがホルン奏者あるいはトランペット奏者であったと. た。H.L.クラーク(1867 〜 1945)もその一人で、1893年. アーバン自身がその教則本で語っている。アーバン自身も. から1917年まで、アメリカの軍楽隊・スーザ楽団で演奏し. また、ピストン・コルネットの演奏家として活躍しなが. ていた奏者である。クラークは、全4巻のコルネット教. ら、その普及に尽力していたと考えられる。アーバンをは. 則本2を出版した。これら4冊は、それぞれ対象とする学. じめとするコルネット奏者が活躍することにより、ピスト. 習者の段階が異なるという特質がある。他にも、フランス. ン式コルネットの有用性が次第に明らかになっていき、の. で はG.バ レ イ(1871 ~ 1943) が『Méthode complète de. ちにトランペットにおいてもピストンやロータリーが一般. cornet à pistons ou de trompette ou de saxhorn』を出版. になっていく。. した。アメリカにおいては、M.シュロスバーグ(1877 〜. アーバンは、近代におけるピストン式コルネットの教育. 1936)の教えを没後、弟子がまとめた『Daily Drills and. を展開する教育者の一人でもあった。1857年に士官学校. Technical Studies for Trumpet』が出版された3。シュロ. のサクソルン教官に任命され、1864年に教則本『Grande. スバーグの教則本は、オーケストラでのトランペット演奏. méthode complète de cornet à pistons et de saxhorn』を. を想定した構成や内容が特徴的で、対象が明確であるとい. 出版した。これが現在日本国内でも使用されている「アー. える。. バン金管教則本」の原著であり、今なお世界中で影響力の. アーバン以降の世代でも、その時代その国々における名. ある近代金管楽器教則本の金字塔の一つである。その後. 手が教育的な意図をもったり需要に応じたりする形で出版. アーバンは、1869年から1874年にかけての5年間と1880年. されている点において共通している。. から1889年にかけての9年間、断続的にパリ国立高等音楽. また、アーバンがコルネットクラスの教授として着任し. 院のコルネット教授として教鞭をとっていた。. た1869年のパリ国立高等音楽院において、トランペットと. 「アーバン教則本」では、楽器を持つ際の心構えや楽器. コルネットの合同専攻科が設けられたことも、教則本を考. の特性・構造から始まり、奏法や音楽表現に至るまで体系. える上で重要な出来事である。それ以前のパリ国立高等音. 的に網羅されているという特徴がある。コルネットの演奏. 楽院では、トランペット科が1833年にドヴォルネによって. 法や練習法について、膨大な譜例とページ数によって全般. 設置され、1869年からはトランペット科とコルネット科が. 的・総合的にまとめあげたという点でアーバンの功績は大. 併設されていた。合同専攻科設置以降、トランペットとコ. 2. 3. 第 1 巻 は『Elementary Studies』 (1909) 、 第 2 巻 は『Technical Studies』 (1912)第3巻は『Characteristic Studies』 (1915) 、第4巻 は『Setting Up Drills』 (1929)であり、現在もCarl Fischer社から出 版されている。. 最初の弟子とされるHarry Freistadtが ” Notes on the Schlossberg Method”を最初のページに掲載させていることと、没後の出版であ ることから、そのように推測できる。. - 78 -.

(4) 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の受容と変化について ルネットは原則同様の指導を受けることとなり、最終的に. 1.4 日本国内黎明期における「トランペット・コルネッ. 1943年に2つの楽器の専攻科は統合されることとなる。こ. ト教則本」について. のことからは、アーバン以降の時代においてトランペット. 先ほど述べたように、日本国内において総合的な金管教. とコルネットの教則本が共有されるようになったと考えら. 則本の出版は数少ない。これは、トランペット・コルネッ. れる。. トにおいても同様にいえることである。トランペット・コ ルネットが日本に普及していくのは、明治時代初期におけ. 1.3 日本国内における金管楽器教則本の一般的な受け止. る軍楽隊の発足から民間の音楽隊への波及、そして明治時. められ方. 代末期の吹奏楽部の発足と発展に至る過程の中であると考. 日本の管楽器教育は、最初に述べたように、吹奏楽部の. えられる。. 影響が強く、独奏者教育よりも吹奏楽等合奏教育の中で管. 広岡(1983)によると、1869年から1870年にかけて、薩. 楽器教育を受けている奏者が多い。学校現場においても、. 摩藩の鼓笛隊から30名が選ばれて上京し、当時駐日イギリ. 独自の吹奏楽文化が大成しており、吹奏楽部での練習を想. ス大使の下にあった軍楽長のウィリアム・フェントンにイ. 定した教則本も多く出版されている 。村方(1984)によ. ギリス式の吹奏楽を教えられたことがわが国軍楽隊の発足. ると、わが国のスクール・バンドのなかには、メソッドを. であるとされる。その後、軍制が陸軍と海軍に分かれ、軍. 使わないで曲に取り掛かる例も多かったという。現在で. 楽隊も同様に分かれることになり、フェントンは海軍の指. は、『JBC バンドスタディ』 (日本バンドクリニック委員. 導者となった。一方で、陸軍の指導者として、フランス人. 会 監修、ヤマハ・ミュージックメディアコーポレーショ. のジョルジュ・ダグロンを指導者として招いた。このこと. ン刊)等の確立された新しいバンド教本が出版されてお. で、日本の管楽器教育においてフランスのメソッドが取り. り、その内容としては、合奏メソッドと個人メソッドが混. 入れられるようになった。陸軍は、その後、1884年にシャ. 合している。 『JBC バンドスタディ』のような教則本が出. ルル・ルルーを後任とし、ヨーロッパの水準にまで上達さ. 版される以前には、海外の教則本を日本語に訳し、出版さ. せる功績を残したとされる。以降、陸軍では、太平洋戦争. れることも多かった。. の終結までフランス方式が続いたようである。. このように、日本においては、合奏教育を中心に想定し. 以上のような洋楽受容の経緯から、管楽器教育の黎明期. た教則本が、吹奏楽部での練習等に活用されてきた。しか. においては、最初はイギリスのメソッドを受容し、その後. しその一方で、アーバン金管教本のような独奏者教育を中. 陸軍の軍楽隊を中心にフランスのメソッドの影響を大きく. 心に想定したものは、専門的もしくは独学、個人練習で練. 受けて演奏技術の発展に資していたことが考えられる。. 習する際に活用されやすい。限られた時間で活動を行い、. その後、国内の管楽器教育において指導者が養成され、. 効率的かつ確実に一定の水準の合奏技術を身につけさせる. 教則本が出版されるのは、20世紀に入ってからのようであ. という観点では、前者のような合奏教育中心の教則本が広. る。国立国会図書館サーチ(NDL Search)5によると、こ. く用いられることも必然だといえるだろう。. のような黎明期に日本国内で出版された「トランペット・. 以上のように、吹奏楽等合奏教育の中での教則本の活用. コルネット教則本」は以下の通りである。. 4. 方法は、複数の教則本を使い分け、個人の技術向上に資す るというより、1冊で合奏および個人の技術を効率的・同. ⑴広岡九一『トランペット・コルネット教則本』(共益商. 時並行的に向上する教則本が吹奏楽部においては使用され. 社書店)1934年. やすいようである。. ⑵全音樂譜出版社 編著『トランペット,コルネット教則. 日本独自の教則本としては、吹奏楽部で演奏している奏. 本』(全音楽譜出版社)1948年. 者を想定した教則本や、初心者・趣味で演奏するアマチュ. ⑶広岡淑生6『トランペット・コルネット教則本』(音楽之. アをターゲットにした教則本が多く出版されている。一方. 友社)1948年. で、アーバンのような職業音楽家を目指す学生を主な対象. ⑷中山冨士雄『トランペット・コルネット教則本』 (全音. とした「全般的・総合的な教則本」はこれらと比較すると. 楽譜出版社)1957年. あまり多くは出版されていない。 当時普及していた教則本は、以上の4冊7に加え、1936 年にアメリカから輸入・全音楽譜出版社から出版された 4. ヤマハ・ミュージックメディアコーポレーション『ティップス・ フォー・バンド』 『JBC バンドスタディ』 『3D バンド・ブック』 『トレジャ リー・オブ・スケール』 『ファースト・ディヴィジョン・バンド教本』 などが挙げられる。 5 http://iss.ndl.go.jp/(2018年5月24日アクセス・確認済み)でキーワー ドを「トランペット・コルネット教則本」として検索。. 6. 広岡九一と同一人物。 「九一」が出生名である。 国立国会図書館には所蔵されていないが、深海善次『トランペット・ コルネット教則本』 (楽苑社)1944年、 『トランペット教本』 (音楽之 友社)1954年なども出版されていることが筆者の調査によって確認さ れている。. 7. - 79 -.

(5) 小 山 知 倫 『アーバン金管教則本』や1966年に共同音楽出版社から出. よって置き換えることは大変有益だと思われた。それ. 版されたA.F.Robinson著『初等科トラムペット(コルネッ. らの実例こそ、まさに、汲めども尽きせぬ教訓の源と. ト)教則本』 (ルバンク社)の翻訳書のみである。. なるのであり、積み上げて積み上げすぎることのない. これらのことから、 20世紀の日本国内ではフランス『アー. 富である。こうして本書は、あらゆる困難と問題に対. バン金管教則本』を主とする海外の教則本を受容しつつ、. する解決法を収めようという企図のもと、大部の著作. 独自の文化が発展していったと考えられる。近現代の日本. となったのである。. 国内の管楽器教育は、海外の教則本の受容と国内教則本の. (日本語訳:曽我部清典校訂(2009)『アーバン金管. 変遷を分析することで捉えられるのではないかと考えてい. 教則本』全音楽譜出版社より抜粋). る。 2.フランス・アーバンの金管教則本とアメリカ・クラー. 以上の記述からは、アーバンが意図的に教則本のスタイ. クの教則本のアプローチの違いについて. ルを構成していることがわかる。つまり、実際に演奏する. 本項では、近代と近代以降における海外のトランペッ. ことを通して学びを得るという視点のもと、本書を書いた. ト・コルネット教則本の教授アプローチに見られる特徴を. と考えられる。. それぞれ考察し、比較する。対象とする教則本は、近代コ. 本書においては、呼吸法や楽器の特性なども説明されて. ルネットの名手であるフランス・アーバンの『アーバン金. いる。特に、呼吸法については、当時一般的だったとされ. 管教則本』と、アーバン以降のコルネットの名手であるア. る胸式呼吸が取り入れられている8。また、最初の練習曲. メリカ・クラークの4冊からなる教則本とする。. (Premières Etudes)において、絶え間なく続く中音域. 2.1 アーバン金管教則本(原典版)の特徴. のロングトーンが印象的である。この練習曲が最初に置か. 先に述べた通り、フランス・アーバンの金管教則本は、. れていることからは、この教則本が初心者や初めて楽器に. 今なお世界中で影響力のある近代金管楽器教則本である。. 触れた学習者よりも、ある程度楽器に慣れている学習者を. フランス国内のみならず、多くの国へ輸出され、様々な版. 想定していると考えられる。序盤の双方に関する説明があ. がある。アメリカから輸入され、1936年に日本国内で出版. ることで、初心者等に対する指導にも対応できると考える. された『アーバン金管教則本』は、フランスの原典版から. こともできるが、アーバン本人の言葉を借りるとすれば、. 改変されている点が散見される。アーバン本人の教授アプ. 「生徒は何ページにもわたる長い文章を必ずしも読みはし. ローチに忠実に考察するために、本論における『アーバン. ない」のであるから、譜例から教授対象を判断することは. 金管教則本』は、原則原典版を指すこととする。. 可能であると考えられる。. 『アーバン金管教則本』の記述上の大きな特徴は、序盤. このことからは、前述の通り当時アーバンが主な指導対. に説明の文章が連続して掲載してあり、そのあとは膨大か. 象としていた士官学校やパリ国立高等音楽院の生徒を中心. つ多様な練習曲で構成されている点である。この特徴につ. として想定していることが考えられる。. いては、本書の序文の中でアーバン自らが以下のように. アメリカ版を日本語訳し、国内で出版されたものは全3. 語っている。. 巻構成になっており、第2巻ではフレージングの技法とし て150曲のメロディー譜、デュエットとして68曲の楽譜、. Mes explications seront aussi brèves et aussi claires. 終章として14の特別な練習曲と12の幻想曲とアリアの楽譜. que possible, car je veux instruire i'élève,et non pas. が掲載されている。第3巻では第2巻の12の幻想曲とアリ. i'effrayer. On ne lit pas toujours les longues pages. アの伴奏譜が掲載されている。以上の構成からは、アーバ. de texte, et li y a tout profit à les remplacer par. ン金管教則本は、全体を通して基礎的な技術から音楽的表. des exercices et des exemples. Voilà les richesses. 現まで系統的に学ぶことのできる教則本であるといえる。. que j'ai cru ne jamais pouvoir trop accumuler, les sources auxquelles j'ai cru ne pouvoir jamais puiser. 2.2 クラークの教則本の特徴. d'une solution de toutes les difficulés et de tous les. これも先に述べた通り、クラークは生涯4冊の教則本を. problèmes.. 出版した。それぞれにコンセプトと対象があり、書名と内 容から1巻は初級者、2巻は中級者以上向けの技巧的練. 8. 解説はできる限り明晰で簡潔なものとした。目的は生. 習、3巻は上級者向けの応用的練習、4巻はプロフェッショ. 徒を教えることであって、尻込みさせることではない. ナル向けのウォーミングアップ・エクササイズであると判. からである。生徒は何ページにもわたる長い文章を必. 断できる。1巻から順に学ぶことも可能であり、自分のレ. ずしも読みはしない。従って、それを練習曲や譜例に. ベルに合わせて学ぶのもまた然りである。クラークの教則. 現在では、腹式呼吸が一般的となっている。. - 80 -.

(6) 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の受容と変化について 本は初級者から上級者・プロフェッショナルまであらゆる. するための練習と応用ができるように書かれている。. 範囲の奏者に向けて書かれており、コンセプトに沿って巻. (中略). を分けていることが大きな特徴である。. 私は何年もこの練習曲を自分の日課練習として活用. このことについて、クラーク本人も第1巻・第2巻の中. しており、2時間のコンサートでの演奏の後でも最高. で以下のように述べている。. 音にたどり着ける方法であるし、私の唇を守り、疲れ ることのないようにする方法である。私を助けてくれ るこの練習曲は、 間違いなく他のコルネット奏者にとっ. During my career as a cornetist, I have given many thousand lessons to cornet players, from beginners. てもよいものである。. to the best players in the country. Many cornet. (筆者訳). methods, all good, useful and highly recommended by me are available, but in this work I have had the. 以上のように、それぞれの学習者の段階に向けて目的と. beginner in mind. It is my purpose to help him lay a. 到達目標を示している。また、国内においては、特に第2. solid foundation by means of simple exercises, easy. 巻の「Technical Studies」がしばしば使用される9。. to play, without strain of any kind, and in this way. クラークの教則本の特徴としては、最初の説明文に加え. assist him to reach the highest mark of perfection. て、各練習セクションの冒頭において、説明文が掲載して. for which we are all striving.. いることが挙げられる。段階的に説明を加えていくという. (第1巻 [Carl Fischer版]Introductionより). 構成であり、練習曲にもいくつか工夫が見られる。例えば、 第1巻の序盤においては、教師が伴奏パートを演奏して、. これまでの私のコルネット奏者としてのキャリアを. 生徒が取り組むといった点や、第2巻の各セクションの譜. 通して、 初心者から最高の奏者まで、 何千ものコルネッ. 例の音形は全て統一されており、あらゆる調または音域で. ト奏者にレッスンをした。多くの優良かつ有益で、私. 繰り返し示されているといった点である。. が強く推奨してきたコルネットの教則本は、今なお活. 譜例を比較すると、第1巻・第2巻で特に顕著なのが音. 用できるが、この教則本では初心者を念頭に置いてい. 域である。序盤では低音域を中心としており、セクション. る。シンプルな練習で、楽に演奏することができ、い. もしくは教則本の後半に向けて徐々に音域が拡大していく. かなる類の緊張もなくしっかりとした基礎を築くのを. 構成になっているのが特徴である。譜例の難易度や音域は. 助けるのが私の目的である。このようにして、私たち. 奏法と直接的に関わるため、それぞれのIntroductionに示. が全力を尽くしている「最高の完成度」を達成する助. されたクラークの「楽な奏法で練習する」「唇を守り、疲. けになってくれる。. れないようする」といった意図にのっとった構成であると. (筆者訳). 考えられる。. This work is especially written to enable the. 2.3 アーバンとクラークの教授アプローチの比較. student, by practice and application, to overcome. ここまで、二者の教則本の特徴を挙げてきたが、その教. any obstacle which may occur in musical passages. 授アプローチの違いについて比較すると、以下の3点にま. written for the cornet.. とめることができる。. (中略) I have used them for my daily practice for years,. 9. ① 教授対象の拡大. and they have been the means of my reaching the. アーバンの教則本は、構想された背景から士官学校やパ. highest notes after playing a two-hour concert, also. リ国立高等音楽院の学生を中心として想定していたと考え. of preserving my lips so that they never tire, and. られるが、クラークは初級者から上級者まで幅広く対象と. what has been a help to me is surely good for other. していた点で相違が見られる。約半世紀の間にコルネット. cornet players.. 自体の普及10や管楽器教育の状況が変化していることが関. (第2巻 [Carl Fischer版]Introductionより). 係することが考えられる。. この練習曲は、特に学生がコルネットのために書か. ② シリーズの扱い方の違い. れた音楽のパッセージにおけるいかなる障害をも克服. アーバンでは、シリーズのうち第1巻がそれだけで膨大. http://www.senzoku-online.jp/list01/index.html(2018年1月23日 最 終アクセス)洗足学園音楽大学 音楽学部「4年間で修得すべき楽曲 一覧」にも掲載されている。. 10. 19世紀後半に産業革命の一つの成果として、楽器の工場がフランス やドイツ、イギリス、アメリカに初めて出現した。その後、管楽器の 生産と普及に繋がっていく。. - 81 -.

(7) 小 山 知 倫 な量の譜例が掲載された総合的な教則本であり、その後の. なお、広岡は『トランペット・コルネット教則本』だけ. 第2巻においてフレーズの練習としてメロディーや高度な. を著しているのではなく、1933年から1937年にかけて、当. 練習曲が掲載されている。それに対してクラークでは、そ. 時の吹奏楽部で用いられていた楽器11の教則本を著してい. れぞれの巻で対象とする学習者と目的があり、練習の意図. る。つまり、『トランペット・コルネット教則本』は、吹. を焦点化している点で相違が見られる。. 奏楽で用いられる楽器それぞれに向けた教則本のシリーズ の中の一冊として出版されたのである。. ③ 奏法のアプローチの違い. 本書の全体の構成としては、楽器の性質や持ち方、手入. ここでは、奏法のアプローチの違いが特に顕著である点. れ、整調法12、練習の心得、合奏についてなどの基礎知識. を、3つに焦点化して述べる。. や、楽典、練習曲、小曲集などからなる。小曲集において. まず、それぞれの教則本における「最初の練習曲」から. は、吹奏楽コンクール課題曲を含む9曲が掲載されている. 比較すると、アーバンの「最初の練習曲」は、五線内Gを. 13. 基準とする跳躍進行を含む中音域のロングトーンとなって. れており、フランツ・ヴュルナーによる合唱教則本『コー. いる。この音域と音価では、無理のある奏法で演奏する場. ルユーブンゲン』の構成に類似している。本書全体の構成. 合、呼吸や唇に負担がかかり、 困難に感じる可能性がある。. については、戦前に出版された共益商社書店版と、戦後に. これは、試行錯誤しながら無理のある奏法を排除し、正し. 出版された音楽之友社版でほぼ共通であり、変化はほとん. い奏法を習得していくようなアプローチであるといえる。. どない。. それに対して、クラーク第1巻の「最初の練習曲」では、. 広岡の経歴をたどると、吹奏楽の指導者の一人として、. 五線内Gに加えてその下の倍音である五線下Cを基準とし. 1940年に行われた第1回吹奏楽コンクールにおいて、東京. て、大幅な跳躍がないため、無理のない奏法を確実に定着. 府立第一商業学校吹奏楽団で指揮をした記録が残ってい. させていくようなアプローチであるといえる。. る。また、広岡は、雑誌『音楽の友』、『教育問題研究』な. 次に、それぞれの教則本における半音階の練習から比較. どに吹奏楽部に関する記事や作曲作品を掲載しており、吹. すると、アーバンでは一つの練習曲で音域を広く拡張して. 奏楽黎明期に活躍した教育者の一人であると考えられる。. いくが、クラークは同一の音型からなる複数の練習曲で. 日本国内の吹奏楽部は、1905年に高知市立高知商業学校. 種々の調で少しずつ音域を広げていく「スモールステッ. で創立された音楽隊14に始まるとされ、日本最古の吹奏楽. プ」的なアプローチとなっている。. 部とされている。そして、これを皮切りに全国各地に吹奏. それぞれの教則本における「説明文」から比較すると、. 楽部が増えていき、東海地方に初の吹奏楽連盟が発足した. アーバンでは特に音の鳴らし方と正確さに焦点を重視して. のが1934年のことである。広岡はまさにこの時期の吹奏楽. おり、クラークでは反復記号を用いて一息で演奏する長さ. 部における指導者であり、折しも、本書(共益商社書店版). と、唇への配慮を重視している点でアプローチの違いが見. の出版年と重なっている。. られる。. 1940年代に入って、戦争が激しくなり、戦局が厳しくな. 。練習曲については、音程や技術項目ごとに並び替えら. るにつれて、吹奏楽もその活動が制限されていき、1945年 3.国内における黎明期のトランペット・コルネット教則. の終戦と同時に軍楽隊が解散された。終戦後においては、. 本とその変遷について. 学校種別が小学校・中学校・高等学校という現在のかた. 本項においては、国内における黎明期のトランペット・. ちに改革された「新学制」への移行後、1947年ごろから吹. コルネット教則本について、その記述と歴史的背景から変. 奏楽部の活動が再開された。その1年後、1948年に音楽之. 遷を探っていく。なお、1.4で示した教則本のうち、今回. 友社版が出版されており、これもまた吹奏楽部の転機と重. 筆者が入手することのできた⑴、⑶、⑷をもとに検討して. なっている。. いく。. 以上のことから、現代の教則本と同様に、日本国内で最 初に出版された教則本についても、吹奏楽部の需要を意識. 3.1 広岡九一(広岡淑生)の教則本について. して出版されたという点で共通していることがわかる。ま. 前述のように、国立国会図書館に所蔵されているトラン. えがきなどがないことから、広岡自身の真意は明らかに. ペット・コルネット教則本を検索した結果、日本国内にお. なっていないものの、本書は吹奏楽指導者としての立場か. いて最古のものは、1934年に共益商社書店から出版された. らトランペット・コルネットについて書かれたものであ. 広岡九一の教則本であると考えられる。. り、吹奏楽部の個々の楽器の技術向上を目指し出版された. 11. 14. 戦前には、スライドトロンボーン、クラリネット、バリトン(バル ブトロンボーン) 、バスチューバ、アルトホルン、ピッコロの教則本 が出版されている。 12 いわゆる「チューニング」に当たるものである。 13 三版(昭和29年3月31日発行)における内容である。. 秋山紀夫(2013)『吹奏楽の歴史〜学問として吹奏楽を知るため に〜』 (ミュージックエイト)によると、その編成はクラリネット2、 トランペット1、バリトン1、バス1、大太鼓1、小太鼓1の7名編成で あったとされている。また、スクールバンド以外では、1894年に札幌 農学校予備科に音楽隊が存在した記録がある。. - 82 -.

(8) 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の受容と変化について ものであると考えられる。 3.2 中山冨士雄の教則本(1957年版)について 1957年に出版された教則本は、東京芸術大学の教官が共 同して執筆した、吹奏楽の各楽器の教則本の1冊である。 全音楽譜出版社による教則本は、ほかにも1948年に出版さ. 譜例1(アーバン・P.11). れたものが確認されているが、1957年版はそれとは全く異 なる教則本である。中山の教則本の冒頭で、元東京芸術大 学音楽部長 加藤成之による「推薦のことば」が、以下の ように記されている。 譜例2(中山・P.33) わが国における吹奏楽の歴史は、オーケストラに比 べて、もっと古いのであるが、その発達は、必ずしも. これらの類似点を、トランペットに共通する一般的な事項. すぐれたものとはいえない。その原因は、おのおのの. に由来するとみることもできるが、中山が研究した対象の. 管楽器の演奏方法の研究があまりよくなされなかった. 一つがアーバン金管教則本であったと推測することもでき. ことによるものと考えられる。東京芸術大学において. る。どちらにせよ、中山がその研究の成果として、当時の. は、この弊を改めなければならないとして、数年前か. デファクト・スタンダードを凝縮して、一冊の教則本とし. ら「吹奏楽研究部」を作り、各教官たちは熱心に研究. て仕立てたのだと考えられる。. を遂げ、なお、外国人の教師を数人招いて、本格的に 演奏方法を学んで、その結果、わが国においては、もっ. 3.3 中山冨士雄の教則本(1983年版)について. とも本格的演奏ができる吹奏楽団も作られた次第であ. 中山冨士雄は、1957年版の教則本に抜本的な改訂を行. る。この度の教則本は、各教官が、研究に研究を重ね. い、1983年に再出版した。先に記述した通り、1957年の版. た末に作られたものであるから、画期的なよいものが. においては、吹奏楽再興の時期に改革的意識をもって出. できることを私は確信している次第である。. 版されたが、約四半世紀の時を経て、1983年の版では内容. (1957年版 P.3「推薦のことば」 ). や指導観に変化が生じている。特に顕著である例として、 1957年版と1983年版の中山による「まえがき」「はじめに. 以上の記述からは、戦後になって、東京芸術大学が吹奏. 必ず読んでください(1983年版のみ)」を比較すると、指. 楽教育に力を入れたことがわかる。. 導観の転換が明らかである。. また、国内の管楽器教育を見直した末に吹奏楽に関する 楽器全てに対する改革を目指して、各楽器の教本が出版さ. この本は、中高生諸君は勿論、職場などのブラスバ. れたことがわかる。本書は、そういった吹奏楽教育の一環. ンド、オーケストラの奏者の技術を高い水準にあげる. として出版されたものである。. ために、その大切な基礎になる正しい唇の当て方を重. また、この頃は、先に述べたように、吹奏楽が再建され. 視して書かれてある。(中略)なおさらに技術をあげ. た(あるいは再興していく)時代であることに加え、特に. て勉強したい人は、この本のみに止まらず、特にフラ. 関東において東京芸術大学吹奏楽研究部が先進的・本格的. ンスの教則本をこの上に勉強されることを望む。 (1957. に管楽器教育の研究に乗り出していた時代であるとされ. 年版 P.5「まえがき」). る。本書はその研究の成果の一つとして、出版されたと考 えられる。. この教則本は高いレベルの演奏家が生まれてほしい. 中山の『トランペット・コルネット教則本』の構成や内. という願いをこめて書きました。そのために、これら. 容を大まかに見ると、アーバン金管教則本の構成との類似. の楽器を初めて吹く時から悪い吹き方の習慣がつかな. 点が見られる。それは、序盤に演奏に関する心構えや、楽. いように、良い習慣がつくようにと考えて書いてあり. 器の構造・名称があり、技術の分野別(スタッカート、シ. ます。(1983年版 P.3「まえがき」). ンコペーションなど)に譜例が羅列している点である。 また、譜例においても、譜例1(アーバン)および譜例2. この教則本は入門書であり、楽な奏法を唇や身体に. (中山)のように、音価・音域・音型などといった点で類. 教え、訓練するために記してありますから、奏法の基. 似している練習曲があることがわかる。. 礎をしっかり身につけたならば、フランスやアメリカ などから出版されている技術を磨くために書かれた各 種の練習曲を更に勉強することが必要です。(1983年 版 P.6「はじめに必ず読んでください」). - 83 -.

(9) 小 山 知 倫 以上の記述から推測される指導観の変化は以下の3点であ. 現在世界にはその目的に応じて沢山の教則本が出版. る。. されていますが、初めのうちは選び方が大変むずかし. ① 本書の対象となる学習者について、1957年版において. いと思います。. は主にブラスバンド等合奏教育を受けている奏者に向. (中略). けて書かれているが、1983年版においては対象を限定. 今ここに、この教則本を着実に勉強した人が、更に. せず、高いレベルの演奏家を育てたいという願い・理. 上達するために、その本の次に引き続いて勉強される. 念のもと書かれている。. と一層効果の上がる教則本をいくつかあげておきま しょう。(後略) (1983年版 P.23「参考になるその他の教則本」 ). ② 本書の基礎におけるキーワードが、1957年版において は「唇の当て方」であり、1983年版においては、「良 い吹き方の習慣」である。1957年版では「唇」に重き. 以上の記述では、中山自身が少なからず影響を受けてい. を置いているが、1983年版ではそれだけではなく奏法. ると考えられるアメリカやフランスの教則本について述べ. 全般について言及している点が特徴的である。. ている。中山が挙げた教則本を、表1に示した。. ③ 本書と他の教則本との関連性について、1957年版にお いてはフランスの教則本を挙げており、1983年版にお いては、フランスに加えてアメリカの教則本を新たに 挙げている。このことから、1957年以降、中山を含め トランペット・コルネット教育全体がアメリカのメ ソッドの影響を受けるようになったと考えられる。 これらの推測をもとに、1983年版の構成および内容を見. 表1:参考になるその他の教則本. ていきたい。まず、1957年版と1983年版を比較して、大き. (中山冨士雄(1983)『トランペット・コルネット教則本』. く変化した点は、以下の3点にまとめられる。. P.23より抜粋). ① 勉強の順序の新設. 表1から、中山が挙げた教則本の多くがアメリカから出. 教則本全体の練習の見通しを詳しく説明しており、第一. 版されたものであることが明らかである。このことから. 部・総論のトピックに番号を振っている。. は、中山のアメリカの教則本の有用性についての認識が高 まったことがわかる。この変化が特に反映されている練習. ② 「楽な奏法」の理念の提示. 曲のセクションの例として、「唇のまわりの筋肉と腹筋を. 教則本の最初に目的を「楽にトランペットやコルネットが. 発達させるための練習曲」が挙げられる。このセクション. 演奏できるようになること」と明記しており、そのために. では、譜例3や譜例4に代表されるような、フランスの代表. どのような理解のもと、練習を進めていくかという記述が. 的教則本『アーバン金管教則本』にはみられない音型と音. 続いている。終始一貫して「良い習慣」 「楽な奏法」の理. 域が特徴的である。トランペット・コルネットが通常使用. 念のもと系統的に教則本が記されている。. する音域のうち最も低い音域15(第2倍音)を用いた順次 進行の音階的な動きで、スラーで繋ぎながら複数回繰り返. ③ 「基礎編」の新設と内容の段階化. す練習曲(譜例3)や、それらの練習を経て、広い範囲の. 第三部・奏法において、 「基礎編」を新設し、1957年版と. 音域をスラーで滑らかに演奏するような練習曲(譜例4). ほぼ同一の内容を「応用編」とした。新たに加えられた「基. がある。. 礎編」は、正しい奏法の基礎、唇の周りの筋肉と腹筋を発 達させる練習曲の2つの要素で構成されている。 「基礎編」 で身につけたことを生かして、1957年版の練習曲に取り組 ませるといった内容の段階化がなされている。. 譜例3(中山・P.31). これらのうち、③については教則本の譜例自体に影響す る大きな変化であるといえよう。中山自身も、そのことに 関わって以下のように述べている。 15. 譜例4(中山・P.38). 第2倍音より低い音域は、一般的に「ペダル・トーン」と呼ばれ、. 特殊な場合に用いられる音域であるとされる。. - 84 -.

(10) 日本国内における近・現代トランペット・コルネット教則本の受容と変化について 表1で中山が挙げた教則本や、各練習曲にみられるアー. や、細かい音価や音階などの練習によって、初学者から熟. バンにはないような特徴からは、アメリカの教則本からの. 練者まで広く通用する「楽な演奏」を可能とする基礎を. 強い影響がうかがえる。 そこで、 中山が挙げた教則本から、. 養うことなどが挙げられる。これらは、吹奏楽部の普及や. アメリカの教則本の一つであるH.L.クラーク『Technical. 国内のトランペット・コルネットの技術水準が上がってい. Studies for the Cornet』 (CARL FISCHER) を 比 較 検 討. くことによって、一人の奏者として確固たる基礎と技術を. した。その結果、譜例3と類似する練習曲を発見した(譜. 身に付けることが求められるようになったためと考えら. 例5) 。. れる。そのためには、それぞれの学習段階に応じたメソッ ドを取り入れ、様々な教授アプローチによって技能向上を 図っていく必要があると考えている。 今後は、具体的な教授アプローチについて、各教則本の 譜例の分析を行い、比較・考察することで、より詳細にそ の変化や教則本間の類似性・関連性を捉えていきたいと考. 譜例5(クラーク・P.31). えている。観点としては、音価、音域、音程関係、音型 譜例4に見られるような練習曲は、 クラークの『Technical. (フレーズの性質)などの要素に分ける予定であり、本研. Studies for the Cornet』に顕著な類似性や共通性がみられ. 究を通して、日本の管楽器教育の様相と今後の課題につい. なかったものの、筆者独自に調査した結果、同様にアメリ. て探っていきたい。. カの教則本であるL.リトル『The Embouchure Builder』 引用・参考文献. (CARL FISCHER)の譜例に類似していることが分かっ. 秋山紀夫(2013)『吹奏楽の歴史:学問として吹奏楽を知. た(譜例6) 。. るために』ミュージックエイト エドワード・タール(2012)『トランペットの歴史』中山 冨士雄訳 ショット・ミュージック 音楽之友社 編(1983)『吹奏楽の編成と歴史』音楽之友社. 譜例6(リトル・P.8). 戸ノ下達也(2013)『日本の吹奏楽史:1869-2000』青弓社 以上のような譜例の類似性や共通性からも、1983年版で. 中山冨士雄(1957)『トランペット教則本』東京芸術大学. はアメリカの教則本の影響を色濃く受けていることがわか. 吹奏楽部編纂、全音楽譜出版社. る。約四半世紀の間で変化した管楽器教育を反映している. 中山冨士雄(2005)『トランペット・コルネット教則本』. ことが考えられる。. 全音楽譜出版社 広岡淑生(1948)『コルネット トランペット教則本』音楽. 4.まとめ. 之友社. ここまで、近代から現代に至るまでの国内外のトラン. J.B.アーバン(2009)『アーバン金管教則本』曽我部清典校. ペット・コルネットの教則本の教授アプローチの変遷につ. 訂 全音楽譜出版社. いて、教則本の記述と背景となる吹奏楽史などを踏まえな. Arban,Jean-Baptiste(1864)“Grande méthode complète. がら述べてきた。. de cornet à pistons et de saxhorn”Leon Escudier(フラ. 国内でのトランペット・コルネットの教則本や教授アプ. ンス国立図書館 電子図書館「Gallica」URL:http://gallica.. ローチは、はじめ、軍楽受容を経て、イギリスとフランス. bnf.fr/ で公開されているものを使用、2018年5月22日アク. のメソッドの影響を大きく受けていた。そして、軍楽隊か. セス・確認済み). ら民間の音楽隊や吹奏楽部へと管楽器教育が広がっていく. Herbert L. Clarke(1912)“Technical Studies for the. 過程において、これらの影響が反映されていったと考えら. Cornet”L. B. Clarke. れる。黎明期における国内の教則本は、フランス・アーバ. Herbert L. Clarke(1915)“Characteristic Studies for the. ンの影響がみられ、特に当時最前線の研究者であった中山. Cornet”L. B. Clarke. 冨士雄の初期の教則本には、それが顕著に表れている。戦. Herbert L. Clarke(1909)“Elementary Studies for the. 後になって、次第にアメリカ・クラークなどのメソッドが. Trumpet”L. B. Clarke. 海外で普及するにつれて、日本でもそれまでのアーバンの. Herbert L. Clarke(1929)“Setting Up Drills for the. メソッドに加える形で、その影響を受けるようになった。. Trumpet”Carl Fischer Music Publisher. 1983年に入って、中山冨士雄の教則本に抜本的な改訂がな されたのも、こうしたメソッドによって四半世紀かけて教 授アプローチが変化したためと考えられる。大まかなアプ ローチの変化は、低音域から段階的に積み上げさせること. - 85 -.

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