「職業・家庭科」から「技術・家庭科(女子向き)」へと継承された諸問題
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(2) . 「職業・家庭科」 から 「技術。家庭科 (女子向き)」 へと 継承された諸問題. 中. 屋. 紀. 子. は じめに. 日本経済の戦後史的転換期にあたり, 国家独占資本は 教育の反動化政 策をとらせる一方 その , , 政策的意図を浸透させる手段とし て,公教育を自 らのマン・ パワー政策に組 み込む努力に適進した , それを受け, 教育内容の大中な再編成を余儀なくさ れた一例が 「職業・家庭科」 から 「技術・ 家 , , 庭科」 への教科名称及 び教育内容の変更 であった この変更の文部省の理論的根 拠の一つは 憲法 , , でいう 「能力に応じてひとしく教育を受ける権利」 を歪曲した 国民のもっ ている能力に応じて教 , 育するというもの であっ た. 性別, 階級な どの相違に応じて異なっ た 「教育要求」 をもつことを理 由にし,それに合致させた教育体系を形成させ ること であっ た 義務教育の段階から 性別や階級, . , 階層の相違による異っ た進路を前提とし, それに応じて 異っ た教育体 系をつくり上げようとするこ とは, 戦後教育(民主教育)の原則ときびしく 対立する教育思想であっ た 性別の相違 によっ て異っ , た教育内容としたのは, 他でもない 「技術・家庭科」 であっ た , 第二は, 戦後, 急速に発展 した科学技術の国際的水準に合致させようとする科学技術振興政策の. 要請に応えて職業教育の再編成がなされたことである , 教育内容にわたっ て国家権力による再編成をせ まられたのは ひとり 「職業・家庭科」 のみでは , なく, 戦後教科 であっ た社会科をはじめと して, すべての教科にわたったことは 既に周知の事 実 , である, しかし「職業・家庭科」 が 「技術・ 家庭科」 と変更するに到っ た経過は 教育の 「反動化」 , の理論に直接かかわる内容を保持 していたため, とりわけ ドラスチッ クな 「変更」 となっ た しか . も, 「職業・家庭科」 は単一教科としての体裁はもちながら, 多教科性ともいうべき内実 があり そ , の矛盾の 「解決策」 として 「技術・ 家庭科」 が新に登場したものであった . この小論では, 「職業・家庭科」 から 「技術・ 家庭科」 への移行に際して露呈した家庭領域と職業 領域の関連部分にスポッ トをあて, 家庭領域の側からそれを見きわめ 「技術・ 家庭科」 移行の問題. 点を明らかにしようとするもの である. 科学技術政策とかかわっ て教科の再編がなされる限り 家 , 庭領域からの分析だけではきわめて不十分である 最も織烈に再編を要求された職業領域との関連 . 内容を明らかにすることによっ て, より深く 「技術・家庭科」 への移行の問題点が明白になると考 えたからである. これらの考察の上に立っ て, 家庭科の自主編成に対する基本的な理論構成へとり 組 む 一 ス テ ッ プ と した い と 考 え る ,. 153.
(3) . 職・家の中学校における位置を先生方 にも説明し指導の際は常に他教科の実 践の場であることを熟知させ毎時自己 評価を行わせアチーブにも必ず組み入 れる. 熱谷 イク 分離がよい 染 (大分県 確谷中). 駒井 とよ (埼玉 川口西中). 田中 花子 分離がよい。 但し男女ともに課すこと Fとする。 技術だけでなく、技術 (東京都 を必畷 奥沢中) を通して産業との関係を理解し家庭生 活の改善をはかる。仕事の面では男女 の比重をもたせる. 大賀 サキ 分離がよい。 融合は理論上もっともで あるが、実際あらわれたものは影が薄 師 (宮崎 上野中) い。 分離すれば、この点はハッキリす ると思う。. アチーブが通ればよいという考え方を 捨てるべきである。薄く広く仕事をし たのでは理解も興味も起こらない。理 論のみでも同様、基礎的な仕事をシッ カリ学び自信をもたせ喜びを味わせる. いなかでは指導者が定数に達しないた この程度でもよいが教科書が次々と変 め校内でも必要なことば提唱されなが わることは賛成できない。 今少し 小 ら いつの間にか片すみに追い込まれ 中、高一貫したものが望ましい。 )、生徒も余り重要さを感じ る感があ1. 藤田 恭子 分離がよい。但し男女共 職業及び家 1 .父兄及び生徒を啓蒙して必要性を徹 底させる。2 庭を必修とする 市 .施設設備を充実し、生徒 教 (岐阜 が楽しんで興味を以って仕事し学習で 加納中) きるような環境をつくる. 青山 蒸 科 (岡崎市 竜海中). 庭. 家. 藤井まさ子 (千葉 茂原中). 政岡タキノ (東京 足立四中). 森 英子 (福岡高部中. の. 校. 星 はまこ 学 (栃木県 壬生中). 大学において優秀な職家教員が養成で きるような方針をとってほしい. 4時間は必愛 … と思う. 女子にも職業的な面を大いに理解させ 産業面に進出してゆかしたい。その過 程として現在の生活をどう処理するか 能率をあげることを学ばせたい. 農村において高校に進学しない生徒の 実力ある指導者の養成。一般職員の認 ことを考えると今少し時間数を増し基 識を高める 礎的なものだけでも自分でできるよう にしたい. もう少し多くしたいと思われる向きが 少い 多いのではないか。本校では非常にわ ずかしか取り扱っていないが、それで }ない位である。 も時間は足r. 考える 実技競技会など学校、郡、県などで実 入試全廃。 入試やむを得ねば、職・家 いけない。 いい家庭婦人は決っして得 少い。但し他教科との時間数を とやむを得ぬかも知れぬ。分離して3~ 施することはどうか )。 られぬおそれあr の技術面の試験をやる J 要 4時は是非必 高校入試に実技の試験を入れると一心 一週に3時(女子ゴースは2時)ではど 教材を少くしてもう少し深くやってみ 実技コンクール研究発表会 分離すべきだと存じます てはいかがでしょうか。 うすることもできません。 になると思います せめて5時間位ほしい。 き ) 設備の完備を切に望む 1 分離がよい .施設設 基礎的なものの修得を完全にすればよ 4時間でよい(選択の時間が必霧 .専門の優秀な教員の養成。2 備の充実。3 .職業指導の重視 ’なくて 家庭科は週2時間きりしかないところ 家庭科の振興しないのは、その原困の 分離がよい。 カリキュラム表はどこで われわれの生活に必要な職業や家庭生 もっと希望するが、 時間かた1 も多い。4時間もらえるところは少い。 一つに教師もあると思う。もっと熱意 もできているが、 事実は別々にやって 活の理解、知識、技術の大切なことを 実際にはできない。 実技の習得にはこの時間では足りない をもつこと と理 それには教 生徒 にも 解させる 衝い もや と て最 いる。 この事実をもっ っ 。 師の熱意を要する。 りよい方向に進むべきだと思う 設備をよくして地域社会のモデルとす 設備の問題にかかると思う 外国語と同列の選択になっているので この程度でよい。 融合がよい る家庭との連絡を密にし 指導内容を 進学生は必然的に外国語をとるのだか 家庭に知らす ら外国語を必修にすればよい。 HPの指導に努力することによって職・ この程度でよい。 特に希望 必修毎週4時間は確保したい 融合がよい 髪雪を認 一般的には 家教科は家庭にも地域社会にも浸透し、 霊竪雛騨理 際繋繋ぎ するものは、家庭クラブ活動によって その振興をはかることができる 識させる努力をする。担任教師の熱と 個性に応じて発展的学習をする すべての教 信念によって達成される。 科と連絡づける。 学校全体を生きた教 育とし、生徒の生活態度を向上させる 施設設備を早急に完備してほしい。女 校長、職員、母親、家庭の人の認識を 実生活に役立つ仕事を中心とする知識、 融合がよい 子職員の引込思案と不勉強のため職業 深める。 生徒が魅力をもつ教科とする 技能、態度より見れば必ずしも減少し 要 にひきまわされる感がある。 奮起が必駆 ていない。 ように努力する. 学校により非常にまちまちだが、或程 度どの学校でも学習させる。 そうしな いと高校ではとり扱いに困る. チカ 分離がよい. 佃. 山崎美代子 分離がよい 中 (鳥取 八頭一中). 会. 職家科(女子コース)振興のためその ( 5 ) 他の御意見. 家庭科の先生は自身の生活において常 々指導すべき事柄を実際に行ずること が大切 要性を説いて内容を充実さ - 旧制の時間だけはとても困難であり、 家庭科を独立させて2~3倍位ほしい 家庭科の必 せること その必要もない。減少Lてもよいもの もあるが加えなければならぬものもあ る。 月1回校内展覧会を催し、必ず1点出 分離の場合は不足と思うが、現在の女 適当と思う 品させると創作欲がみえる。母の会とも 子コースならこの程度で充分 連繋すること. 4 ) 職・家料は現在の必修毎週3~4時 3 ) 女子コースの教材は旧制に比しかな { 進学希望者の多い中学校では職家科 ( 2 ) ( ) 中学の職業・家庭科は融合の方がよ ( 1 で適当とお考えでですか り減少しておりますが、この程度で は軽視されがちですがどのような策 いとお考えですか、 分離すべきだと よいとお考えですか。 を綴じたらよいでしょうか。 お考えですか。 全 教科の教育的価値を確信し、熱意を以 地区的に研究し、地域によっては今少 1年は3~4時でもよいが2‐3年は 国 遠藤 テイ 絶対分離すべしと考えます 4~5時必要 し増加すること って指導しうる教育者を育てること 家庭科協. N. ’ 第1 表 の 「家庭科 教育一誌アンケー トにみる中学職 業・家庭科(女子コース)の振興策 53年2月号~ 9月号掲載.
(4) 家庭科教育」誌アンケートにみる中学校職業・家庭科(女子コース)の振興策. 地. ( } 1 ( 2 ) ( 3 ) { 4 ) ( 5 ) ノ ” ’ ▲ i 」 :/-柘ぞ二鎖の線を 正しい意味における産振法の精神の徹 女子コースの教材はもう少し充実する 必修4時間を下らないこと コ”- ・嬰」 産振法による設備の充実 (東京都 落ち付かせる意味で融合がよいと思い 底をはかることが大切ですがそのため 必畷 さがありましょう 愛宕中長) ます には中学校に対する国庫補助を大幅に 増額する 中 秋山松太郎 現在のままの方がよいと思う 都中 はそのようなことをきくが、生 決してこれでよいとは考えない。 中学 少くとも5~6時間ほしい そして上 女子コースの先生が一類 二類 三類 。 、 、 (荒川 活の基礎となること事項や仕事はゼヒ 校を卒業した女子が自分のあわせも縫 級でしぼるようにすれば相当の ことが の仕事についても一応はわかってほし 学 八中長) 学習させなければならぬと思う。 中学 えないということは気の毒だと思う できる。 しかし中学は普通教育の建前 い。調理や裁縫さえできればよいとい ‐ 校 義 務教 りで 育の終 社会に出て働ける しかし教科編成上やむを得ないから教 なのでやむを得ない 岳 う考えでは振興はのぞめない ≦ 人間にしてやるという認識をもつこと。 科外活動で指導するほかない 学力検査で他の科目と同様のウエイト 校 を置くこと 金田 公平 分離 教師の小挙複教育v 止がよ ノ中質ん対する自覚 もっと充実させる必要あり 5時間はほしい 家庭科・職業科を各女子向コースの課 枝 (群潟 を促すような現職教育の企画が必朝 さ 程を欄成する。 現在では物的環境の充 。 東横野中長 それとともに職家教育の内容を検討し 実が急速に望まれる。 て地についたものにする 長 ご 小柴 貴 刀鍵 ん よし 高校の文教科目のなかに加えてはどう よろしい 比 よろしい 施設の充実に努力しては如何 (栃木県 か。 専門教師を養成して立派な授業を 松原高校) 受けられるようにする 倣中肉には高校を無試験全員入学制に 中′ h ≠卒業後の教育体制との関連で 考え 必修は現状でよし (東京 でしょう するよりほかに道はありますまい。そ るべきことですが、 ÷般に選択する教 教育大) れに向って努力すべきだと考えます 科の幅を広げることには賛成。 その意 味で職・家も選択としてはもっと時間 数も教材も多くしてよいと思います。 安藤 寛雄 分離がよ と 主分離し てそれぞ れ 魅 ネ庭升は女子にとっては普通教科であ 必修の時間は3~4時間で適当 峨 ・ 氷↑ キ が叱【 職業科と家庭科の分離が振興の絶対条 大 (東京 力あるものにすること。要は教師の能 るから もっと家庭における女子の任 件 教育大) 力向上が先決問題 務を考えて、男子とは異なる教材を多 くすること 旧制時代の教材との比較はどのように 足りないと思う(職業.家庭科ならば) 簡単にはのべられない しかし担当者 。 {日本 らそれを加味して) いうのではなくて家庭科教師自身のも してされたのか問の本旨に対して疑義 としては、個人的に奮闘するつもりで 女子大) つ本質的問題解決が何よりの対策。 現 をもちます す。 段階としては必ず軽視され勝ちだとい 学 う事態が大きいのではなくそこに到っ たとすればその原因の検討を考える必 要を感じる 泣A.′ よい。 生産と消費との合理的な 職業・永」”:中核として‐それに社 統合的な教科とすればもっと内容を豊 少ない 特に実験および実習の時間を 職業‐家庭科は特に男子協力による学 。 (北海道 調和の必要を理解させるために 会科特に数字と理科を統合させるよう 富にしなければならない。 多くすること 習を必霧 …とする 大学) な力1 jキュラムを作ればよい。 それに 高等学校の入学試験にこれに関する問 教 題を必ず出すようにすること 徳山 敬子 一口にいえない。 根本的となる問題の源は一つだと思う。 進学しない子供達は まだよく研究していない 1.2年ではしかたないが、3年では 二行三行では答えられない (共立 中学時代に家庭科の勉強をしなければ一生通じてこの面を勉強する機会はない。 せめて少し多くしてほしい 女子大) だから父兄も学校も教師も虚栄やゴマカシはやめて、真に子供達の将来を幸に する気持になって‐進学する人としない人を区別して進学しない人には家庭科 教育を投げることに熱心になってほしい ′よい、融合は案としてはよいが 1 校長はじめ職員全体によくこの教 減少したと思わない 例えば 被服の 現在ではやむを得ないだ う 清水 歌 分離‘ ぅ ろ ‐ 簡単には答えられない 。 、 師 (奈良 実施上の困難がある。但しその方法は 科の重要性を認敵させる 2 .生徒にも 製作では数は少なくなったが広範囲に 女子大) 相当熟慮せねばならぬと思う よく認識させる3 城家科教師の 亘 実力 くな て浅 た っ ‐ っ をつける4 ‐高校入試の科目に加える 竹 〒 - 分離がよい ゑ を #大 ( 始 ) 選択コースで充実すること . 分離して3~4時 設備の充実 教員の再教育 ‐ 高尾こいし 分離がよい 必修とし(筒枚入試の際にも問題を考 生徒の日常生活を主として考えるべき 適当と思います 学校全体として、また地域社会の理解 (神戸大) 慮(実習しない場合には解答しにくい で、旧制時代には特にこだわる必堺 と協力を必要と思います ヌは ものを選ぶ)家庭科の指導内容の充実 ありません をはかることがのぞましい 楽大学教師として紹介しなかったのは一7月号以降にのった、 小野テル(福岡教育大)牛込ちゑ(昭和女子大)石山修平(東京教育大)確井勝次(湊川女子短大)酒井のぶ子{山梨大)の諸氏である 。. ; 7i 項 芦 競γ. 第1表{ ) 2. . 勢 仙 さ対講端圏. 代豪. ヒ. ( 片 爵俳. 狩 岡孝. 『 「 談・ 講. 」夢. 洲廓違. 「 ・ 運搬.
(5) . 中. 屋. 紀. 子. 「職業・家庭科」 時代における職業領域と家庭領 域の関連性 りから, 「職業・家庭科」 をみると, まず第一の潮流に, 表むきは 「・」 で結ばれては 家庭領 域の憤 いるものの, 家庭科と職 業科とは, 全然別個の教科としてみるべき である, という考えがあっ た, この思潮は, 職業領域は家庭領域の教育内容と連関する部分はなく, 家庭領域はあくまで独自の教 育対象と教育方 法をもつ領域であると考えていた.「技術教育」 誌上で, 清原道寿氏が家庭科の存立 1 } 政治的圧力をもっ て家庭科の存立をはかっ た 継承に関して,きわめて痛烈に批判した潮流である{ . というのである, 家事・裁縫教育の継続を願い, 家庭科の独立教科としての可能性をあくま でも追 求し, 可能性のある 「母 屋」(現実的には職業科) を借用しつづけている, という批判 であっ た. ’ 第1表は,「家 庭科教育」 誌のアンケートに答えられたものを一覧表に したものである.(53年2 53年9月号) アンケートに答えた38名の回答者のなかから, 全国家庭科協会, 現職の家 月号から’ グルー プ 25名 を と り 出 して 紹 介 した. ス ペ ー 庭科教師(中学校) , 中学高校長, およ び大学教師の4 スの関係上, 大学教師の一部は掲載できなかっ たが, 全体の傾向をみるのに 大きな影響はないと考 えられた. 全国家庭科協会所属の家庭科教師, そして, 「職業・家庭科」 を実際に担当している教師 たちの多くは, 家庭科と職業科の融合よりは分離をのぞんでおり, しかも実技の時間をふやすこと を希望している. いかに 「実技」 を重んじていたかは, 「職家科の振興」 の間にこたえて, 学校内外 の実技コンクールを奨励した回答が多く, 入試 (高校) の際にも実 技をテストできるような試験内 容を主張している, などからも充分に汲みとることができる, ここ でなされている 「融合もしくは. 分離」 という設問が, 職業もしくは家庭のそれぞれの領域の教育内容を どれだけ必要としているか 否かについて直接答えるもの ではない, だが, 女子に職業教育 を必要とする主張の場合には第1表 の藤田恭子氏や田中花子氏 の例のように 「分離-ただし書き で双方の 分野の教育を必要」 と答えて. いる, ただし書きのない 「分離論」 者の多くは, 職業教育の存在を殆ん ど評価せず, これに充当さ れている時間を, 裁縫などの実習にあてることを望ん でいることを読みとることができる, とくに この意見は, 大学教師以外の人々に 多く支持されていることが分かる. 第二の潮流は,戦後教育思想の代表的思想であっ た男女平等を教育 課程の中 で実現しよう とした, 男女ともに職業教育と家庭科教育が必要 である, という考え である, 先のアンケートでは 「融合」. 賛成と「分離したとしても双方を学ばせる必要 がある」という 意見がそれに該当する, 公式的には, この見解が,「職業・家庭科」 を成立させてきた文部省の立場と一致するものである, しかしながら この潮流は, 男女ともに 職業領域, 家庭領域を学ぶ必要があるという 前提に立ちながら, その必要 性をめぐっ ての現状認 識には大きな幅があることに 注意を払わねばならない, 「職業教育」 で何をどう教えるか, という職業教育自 体が抱えている問題とは別に, 「職業と家庭 の連繋」 は,「女子にとっ ての職業」 を学ぶ意義について, 家庭科の側が一定の解答を持たねばなら ぬ, という事態に直面させられた. その一つの回 答が, 農業, 工業, 商業などと同様に, 主婦のし ごとすなわち家庭内労働も一つの職業であると 位置づけようとするものであった. 文部省の戦後初 ’ 期の家庭科教育担当官山本キク氏の所論にそれが典型的にみられる.49年の文部省の公式見解がこ 2 )に 基 づ い て い た と い え る 山 本 氏 の 所 論 は, 必 ず し も明 確 に, こ の 論 理 の み を 主 張 して い る の 理 論( ,. わけ ではなく, 時代の変化にともなっ て立論を変化させているの で, 時期を限っ てみなければなら 49年7月号 では, 「…独立のためには どうしても, 女子が職業人として起ち得 ない,「家庭科教育」’ る実力をもつこ とがきわめて肝要 である」 とのべ,「民主社会 では, 男女平等が理想であっ て, それ には女子の地位の向上が肝要 であり, 女子の地位向上にはその経済的独立が前提となっ て, 女子に 156.
(6) . 「職業・家庭科」 から 「技術・家庭科 (女子向き) 」 へと継承された諸問題. 3 ) などとのべている ここ で見られる ( 職業的能力の必要なことを今,研究される必要 があるだろう」 . ように, 女子にとっ て, 職業人としての自立を強調している このよう な思想は 対日占領軍の職 . , 業教育に対する考え方に影響されているといえる アメリカにおける職業教育は 当時 家庭科す , , ,. ingeducat ion も 職 業 教育 概 念 の 中 に 包 含さ れ て いた 女 子 の場 合 home mak な わ ち home mak ing . ,. ion を受けると そのままその能力 が職 業人としての労働 能力になると educat いう 位置 づけ であ. っ た, 日本の現実のなか で, この原則を定着させようと山本氏は努力したもの であろう . この山本氏の立論をひきつ ぐ理論として次のよう な主張があっ た ’ , 49年以降, 職業科と 家庭科を 結びつけた原則である 「実生活に役立つ しごと」 に関連した主張である しごとという用語を用 い . てはいるが 「しごと」 の教育は労働の教育を指しており, 私的労働, 社会的労働を問わず すべて , 労働である, という位置づけである, 海後宗臣氏はこの点を中心的にとり出し 「家の生活が延長し , て目から職業の生活になっ ている, 例えば, 子供服の裁縫に優秀な技能をもっ ている婦人は その , 4 技能をもっ て直ちにこれを職業に延して子供服の店舗を開 いて生活することができるの である」 ( ). とのべ, 「職業・家庭科」 ではなくて 「生活技術科」 にすべきであるという構想を早くから主張して いたのである, 家庭内労働も社会的労働 も労働ではあるが, 資本主義の発展 にともない労働対象は 同じでも, 労働手段が異なり, それに応じて必要とさ れる労働能力も異なる しかもその格差は拡 ,. 大するばかり である. それゆえ, 家庭内労働での労働 能力を身につけていて それがそのまま社会 , 的労働 での労働力として通用する分野は, 単純不熟練労働や手工業的分野に限定される この点を , 考慮に入れて, 家庭内労働を原点にしながら, 一定の労働市場へむけ ての職能人を養成する教育課 程を 「職業教育」 としたアメリカ型職業教育はそのまま日本には定着しなかっ た 産業構造の相違 , もあったが, 男女平等, 教育の機会均等を貫ぬくべく樹立された単線型教育体系と さきの産業教 , 育体系とは一定部分矛盾をきたすからであっ た, 具体的に教育課程 でとり組まれた職業領域の教育は, 1) 労働教育の観点に従ったしごととし て典型的なしごとにしごとが陶汰されず, 2) 技術と科学の関連が不明確 であったため, 3) 技術教育が実習にとり組んだとしてもありきたりの仕事を伝統的な方法で教育されたりしたため,. しごとの数だけ羅列的に実習が行なわれ, 幅広す ぎる教育内容となっ た. そのために,「技術・家庭 科」 成立の際に, 大幅に整理されるところとなっ た, その整理は, 産業構造の現実にあわせて, 分. 野のみ限定されるという方法で, 行われた, このよう な再編成を批判 し, 産業教育が持っ ていた問 題点を克服する方向 で, 生産技術を教育の中に正しく位置づける努力をしてきた産教連は, 家庭内 労働を生産技術の原則でとらえなおすことを追求してきている. 海後氏のア プローチと丁度逆方向 を む いて … …,. 女子にとっ ての本来的なあり方としての 「職業教育」 をさきにのべたように規定する一方, 日本 的な現実を踏まえて, 家庭責任を全うする女子を念頭におきながら, 山本氏はさらに家庭と職業と. の分野上の両立をはかることを主張した, 教育課程の上 での両立の形態は, 次のよう な山本氏の 発言から汲みとることができる. 職業2時間対家庭科1時間という開設では, 行きすぎであり, 職 5 ) 男 子 は Soc ia I 業1対 家庭科2 を 順 当 で あ る と 指 摘 し て い る も の で あ る( .. Voca ion t , 女 子は. Domes ic Vocat i t on を学ぶべき であるから,女子にとっ てその意味で職業領域を学ぶ必要がある,と. いう指摘をする一方, 家庭科には, 仕事以外の原理が含まれていることを主張し, 職業と家庭とそ 6 ) 家事・裁縫 れぞれの相違点を明らかにしつつ,男子が家庭領域について学ぶ必要性を説いている( . i t を主要 な教育内容とすることを主張する保守的な傾 向に 対する牽制 を行う 一 方, 単に Don c l e s i Vo t ca onだけが家庭科の目標 ではなく, 社会認識, 自然認識も含めて家庭科の内容であることを主 張して 「家庭領域」 の重要性を説いたのであっ た. このような 「職業」 と 「家庭」 の連関に対する 157.
(7) . 中. 屋. 紀. 子. 7 ) 解釈は, 山本氏のみ ではなく, 当時の文部省の他の担当官も主張しているところである( , 男子は主に農工商の職業領 域を学 び, 女子は主に家庭領域を学ぶことが職業教育 であるというこ の考えは, C・1・Eの指導を日本的に合致させたもの であり, アメリカ並みの生産力水準に達し た晩には, まさにアメリカ的な形 での 「職業教育」 の実現へと導かれる可能性もまた潜在的に意識 さ れ て い た の であ る ま い か.. このよう な複雑な二つの教科の連関を可能とさせ た理論的枠組として見逃せないのは, 新生日本 の教育改革の 基本構想であっ た.「民主的家庭づくり」「すべての国民に職業教育を」「男女平等を貫. く教育過程」 などの原則が前面におし出されていたことである, 家庭生活の 貧困, 農業と家庭内労 働との過重労働,家族制度の桂格,など,アメリカ型家族とは大きく異なる家族や婦人をめ ぐる現実 は, これを解決 できる 展望を示すことの できる教育課程や教育 内容が, 客観的には要求されていた えなく, 単なる家庭内の 技能教科と ことを示していた, この要求を家庭領域の中に盛りこま ざるを. し て 終 らせ な い, と い う 努 力 へ と む か っ た と 思 わ れ る。. 基本的には男子に対し, 農工商などの職業教育を与え, 女子には家庭領域の教育を前提としなが ら, 双方の領域についての 「理解」 ができるようにという目的で, 当時の我国の職業群に対 応させ, それを羅列した教育内容を 編成した,「家庭の理解をもつ職 業を主とする男子, 職業に理解をもち家. 庭の建設を目標とする女子 (能率的な家務の処理による新しい家庭の型とも言うべき姿をうちたて そこから職業につくす時間を女子ももち得る様に) を教育する 一 つの重大な科目と考えるべきであ 9 ( 8 } { } という指摘が 如実にそれを示している る」 , ,. ’ このような教科編成の原則は, 小学校家庭科においても当初志向されており, 47年の指導要領に 示されているように男女別 教育を念頭において構想されてい た. が, 教育の場 では, 逆に男女別教 0 1 ) このようにして定着した小学校での男女共修 が 中学校の教育内容や編成 育が不可能となっ た{ , . へ の 一 つ の圧 力 と な っ て い た であ ろ う.. 「男子には職業を主に, 家庭を理解さ せ, 女子には家庭を主に, 職業を理解させる」 という教育 61年の 「技術・家庭科」 の実施までひきつがれていくこととなっ た, そし 課程の編成上の原則は,’ 」 の教育内容のなかに, この理念は 生かされてゆき, 現在に到るまで, て「技術・家庭科(女子向き) 脈々 と流れつ づけているの である, 男子むきでは, 家庭の 理解の部分は削除されるから, 女子むき に 限 っ て 言 及 でき る,. 女子にとっ て必要な 「職業」 の内容を具体的にみよう. この場合, 現実の職業 (産業) の地域的 た教育内容とし 分布 (偏在) を .考慮したために, 農業地域, 商業地域, 工業地域などによ っ て異っ 漁村 では漁業を, た職業領域に影響された, 農村では, 将来, 農業に従事することが前提とされ,. 都市 では商 工業を念頭において編成された男子の職 業領域の教育にわずかに 影響をうけたの であ る. わずかにとのべたのは, 家 庭領域は, 職業領域と異っ て, 農村むき, 都市むきのちがいにかか わらず, 内容的には殆どかわらなかっ たからである. ’ 51 年 か ら’ 59年にわたっ て行なわれ た国立教育研究所の 「教育課程実態調 査」 によると, 太田満 恵氏によっ て指摘されているいわば「男女同一内容教育」 の可能性{=} は, 余り実現していない. 男. 女が全く 共通した内容 で教えられているケースは5%に過 ぎない,と報告されている.大多数(80%) は男女コース型をとっ ていた. しかも第2表に示したように, 男子教材に 多く採用されるしごとの. 分野4ま , 女子にとっ ても少なく ない パー センテージを占めているのに対し, 女子教材として多く採 1, 0%対女子1 0. 用されるしごとの分野は男子の履習が著しく少いことに 気がつく,「栽培」は男子8 3. 0 7,0対1 4対1 5. 6 9%対共通8.0% であり, 「飼育」 は夫々80.0対4. , などに対 , 「機械操作」 は8 し, 「手技」 は0.1対96.5対8.4 , 「衛生・保育」 は8.1対79.0対 , 「調理」 は7.1対78.6対14.3 158.
(8) . 「職業・家庭科」 から 「技術・家庭科 (女子向き) 」 へと継承された諸問題. 第2表 職業・家庭科の教育課程計画の実態-1 2分野での計画- 項. しごと名. 農. 目. 村. 地. 都. 市. 地. 域. 計. 男. 男. 女. % 54.o. % 6.5. % 1.5. % 27.o. % 4,4. % 6.6. % 81.0. % 10,9. 48.9. 2.2. 6.7. 31,1. 2,2. 8.9. 80,O. 4.4. 26,8. 18.3. 18.3. 55,O. 38.O. 7,0. 0. 49,I. 3,4. 0.l. 96,5. 3.4 9,3. 栽. 培. 137. 飼. 育. 45. 女. 域. 単 元 数. 共 通. 男. 女. 共 通. 共 通 % 8,0 15,6. 漁. 7. 食品加工. 71. 26.8. 21.1. 2.8. (手技). 117. 0・l. 47.4. 0. (エ作). 43. 27.9. 2.3. 4.7. 60,5. 0. 4.7. 機械操作. 88,4. 2.3. 46. 43.5. 8.7. 0. 43.5. 4.3. 0. 図. 13,O. 0. 製. 87,O. 49. 16,3. 28.6. 0. 文書事務. 32,7. 20.4. 2.O. 49,O. 49 .O. 2,O. 27. 29.6. 11.l. 0. 29.6. 22,2. 経営記帳. 7,4. 59,3. 33,3. 7.4. 59. 35,6. 16,9. 0. 35.6. 8,5. 3.4. 計. 算. 71.2. 25.4. 3.4. 15. 33,3. 20.O. 0. 40.O. 0. 理. 73.3. ※20,O. 調. 6,7. 84. 6.7. 4.8. 50,O. 2.4. 2.4. 28.6. 衛生保育. 11.9. 7.I. 78,6. 14,3. 86. 4.7. 41.9. 5,8. 3.5. 37.2. 7,0. 8,I. 79,O. 12.8. ※国立教育研究所「全国小中学校教育深校実態調査」(第二次報告)第6分冊より作成. ☆の 数 字 は 同 誌 では 0 と な っ て いた ミ ス プリ ン ト であるこ と明 らか な の で訂正 した 。. 1 2.8などである. 男子にとっ て (職業領域にとっ て) 家庭領域の及ぼした影響より も 女子にとっ , て, 職業領域の果たした役割の大きさがこの数字からも類推できるものである とくに女子と男子 . のパーセンテージが近 いものは, 1 2分野のうち 「製図」「文書事務」「経営記帳」「食品加工」 があげ られ, 当時の女子の就労産業とのかかわりを如実に示している 家庭領域と卒業後の進路と して想 , 定した第3次産業を念頭において編成した女 子の職業分野は,「家庭責任を全う し 職業領域を理解 , する」 という枠をす でに超えている. このことは, 女子に対する職業 (産業) 教育の要求に 応えた も の であ る こ と が 分 か る.. 一方, 「実生活に役立 つしごと」 によっ て 「しごと」 を分類した’ 5 1年指導要領が形成 さ れてい た一時期に, 「女 子のしごと」 について, さきにのべた職業 (労働) の場 での職業教育に応えたのと は対象的に, あくまでも家庭内のしごとに限定しようとする意見があっ た 女子のしごとは 「…… , , 家庭的職業を意味するもの であるから, 栽培といっ ても本来的 なものを意味しない ……菜園庭園 . の栽培程度でよい. 飼育も鶏2, 3羽, 山羊一匹の程度でよい ……これらの家庭的職業も裁縫 . , 1 2 ( ) という指摘がそれである これは 職業生 調理のような家庭的仕事も同様に啓発的経験となる」 . , 活と家庭生活の二分化の認識のうえにさらに職業生活分野にあらわれる仕事 を 家庭生活にとっ て , 有用なし ごとに限定して, それを教育対象とすべきである という主張であった 職業分野の体系 , , から見れば, それはまさしく 「家庭科」 的歪曲ともいいう るが, 家庭分野を主とし 職業分野を従 ,. とするか ぎり, 著しく時間数の少ない職業領域の教育内容の的をしぼる作業は 焦眉の課題 であっ , た. いわゆる 「精選」 の観点の一つとして, この主張は見逃すことの できない理論である 「職業・ , 家庭科」 の基本的性格を理解しようとする時, この理論は, 混乱をひきおこす議論にみえながら , 「技術・ 家庭科」 の成立に際して, 女 子にとっ ての職業 (技術) 分野の教育内容の低水 準を定めて いくことになる, 極めて重要な主張 である, 職業教育の教育内容が極めて低水準の技術教育 であっ 159.
(9) . 中. 星. 紀. 子. 3 1 }ということに規定されながら, 更にそれを上まわわる 無内容, 低水準を結果する. た{ 最後に, 女子に 「生産技術教育」 を男子に 「家庭経営能力 をつけさせる教育」 を, という前提で, 男女ともに職 業分野, 家庭分野の教育を必要とする主張が存在したことに触れねばならない. 女子. に対する生産技術教育を主張したのは, 主に, 技術教育, 産業教育にたずさわる 人々や教育学者が ’ 1 4 }( 多かっ た, 典型的な主張は, 中央産業教育審議会の第一次建議である( . 53年3月 9 日 「中学校 職業,家庭科の改善に ついて」) 男女の同権, 平等を真剣に追求しており, 勤労の権利, 義務を遂行. するためには, 男女ともに 生産技術教育を与えねばならない, というものである. 婦人労働者の増 加, 女子に対する大学教育の門戸解放 などの背景をもっ て, この 思想は, 漸次国民のなかに浸透し, 定着していくものであっ た. これまでの男子の独壇場としていた分野への女子の進出ともいえる現 象である, ’ ’ 51年指導要領 では, 「家庭生活・職 業生活に関する社 会的経済的な知識・ 理解」 , 57年指導要領 では6群に 分類された分野は, 主に男女共通に学んだ部分が多かっ た, 「わが国の産業分類」 「資格 を必要とする職 業」「労働法」 など, 職業についてのインフォ メーショ ン を与え, それによっ て将来 の 「しごと」 を選びやすくするという意図 で設けられた, いわゆる職業指導の分野がそれである,. その内容は, 社会科と教科外活動としての進路指導で充足できるとして,「技術・家庭科」 時代には 整理されていく. しかし, 女子生徒の現実に 立脚して, この 分野をみなおすと, 社会科と進路指導 で充足しきれたとはいえない, この期の教科書をみると, 労働法規のなか で, とくに女子の保護を 1 6 )がある 本来的には それ 1 5 )や 婦人の就業状態などをとりわけ紹介した例{ 重点的に紹介した例( , , , は社会科の内容に属しているの であろう が, 婦人問題の所在を射程に 入れた社会科は少なく, この 分野の 「割愛」 によっ て, 教育内容編成上大きな穴があげられたことは事実 である. 社会現象の諸 法則の認識教育のなかに, 婦人問題の所在にたち入っ た教育内容は, 独自の教科とするかしないか は別問題として教育されねばならぬ内容 であることを強調したい. さきの男女平等の教育思想は, 車の両輪のように, 男子にも家 庭生活を営む力をつける家庭科の. 学習も男女ともに なされるべき である, という原則をももっ ていた. しかしこの原則は, 婦人問題, 女子差別の科学 的認識の未発達に規定さ れて,「技術」 を女子も学ぶこ とと比べて, なかなか浸透 し 1 7 } さらに 家庭領域の教科構成上の問題とからみ合っ て, 内容的にも制 度的にも容易に なかっ た{ , . 57年指導要領 でも, 男子の家庭領 域は漸減させられ 51年学習指導要領,’ 前進することができず,’ てゆき, 「技術・家庭科」 に到っ ては, 家庭領域については, 男子生徒から学ぶ機会を奪っ てしまっ た, 産業教育の男女平等履習を主張し, 現在の 「技術・家庭科」 の技術分野の教育 内容の男女 差を 告発してきている産業教育分野の教育研究者たちのなかにおいてすら,「家庭科」の男子学習に対し 1 8 ) このよう な実情 では 家庭領域の 教科構成の矛盾を克服していく努力 ては疑問を持つ人が 多い{ , , が い っ そ う 必 要 と さ れ て い る と い わ ね ば な ら な い.. 職業領域, 家庭領域の関連を考察して, 戦後教育史の展開過程すなわち, 戦後教育を精力的に 指 導した対日占領軍の教育 政策の影響を強くうけてきた プロセスと民 主教育の実現を目 ざす努力の足 跡が明確となっ た, だが, 日本の家 庭をめ ぐる現実は, 「職業教育の民主化」 「民主的家庭科への再 生」 を受けとめる 基盤が余りにもとぼしく, 教育の反動化の時代までの短かい間に, 芽生えた芽を 十分に伸ばしきることができ なかっ た.. 当時の婦人たちは, 農業を中心とする第一次産業において, 家族従事者として働きつつ家庭責任 を全うするといった生活状態がもっとも典型的であっ た.しかも農業従事 の際の 生産技術に関してみ れば, 農業経営の主体的経営 者として ではなく, 補助的な労働に従事することが 多く. しかも労働 内容は主に手作業であっ た. そのために, 農業経営者などからの指揮監督を念頭に入れることがで 160.
(10) . 「職業・家庭科」 から 「技術・家庭科 (女子向き) 」 へと継承された諸問題. き, 必要な農業技術は伝承的に伝えられていた. このような実情 では, 農業に関する 「職業教育」 は, 女子にとっ ては, 義務教育の段階で, 国民の実生活上からは期待されていなかっ た. 又, 賃金 労働者としての労働態様は増えつつあっ たが, 労働分野は単純不熟練労働分野が多く結婚迄の未婚 労働者が標準的 であっ た, それゆえ, 現実的な就業状態からは, きびしく職業教育が期待されてい る と は いえ な か っ た,. このような歴史的条件は, 家庭領域にも, 重くのしかかっ ていた. 農村を中心として, 女子に対 しては主婦準備教育の要求は大きく, 家事・裁縫教育の充実が要請されていた. 戦後初期の 「民主. 的家庭づくり」 の教育目標は, 家族関係の民主化を中心的な課題としたため, 家庭内労働の技術の 教育とは一定の距離があっ た, そのために,「民主的家庭づくり」 を道徳主義的な心がまえ教育とし. て位置づけ, 家事・裁縫の技術は従来通り独立した分野として教えることができる, と考えた数 多 くの教師たちが存したことは想像に難くない. その点, 教育内容の構造そのものを大きく変更せ ざ るをえなかっ た社会科とは全く異る, 社会科と比べても大きな課題をかかえていた「職業・家庭科」 が, 職業教育, 家庭科教育の持つ矛盾を発展的な方向で解決されたのではなかった, 産業界の要請. にみあう部分のみがとり出され, 教科として再編成され,「職業・家庭科」 のかかえていた諸問題を より 一層, 深刻な矛盾とさせた 「技術・家庭科」 のなかにそれが凝集されてきたのである.. 当時の家庭領域 が独自にもっていた諸問題 職業領域と家庭領域の関連に関する分析を通 じて, 逆 に 家庭領域 が独自 にもつ 問題点 があり, 両者の関係に影を落としていることが明らかになっ た. その点の考察が続いて必要とされる, 家庭領域の問題 点の第一は,「民主的家庭づくり」という教育目標そのもの である,「家庭 づくり」 を目標にかかげて, 家庭生活という社会生活上の一つの領域をそのまま教科と しなけれ ばならな. かった背景と実態にまさしく問題が存する. 裁縫・家事を教えていた教師たちに教育活動の場を確 保せねばならず, 家事・裁縫以外に教育目標を持たねばならないというせっ ぱつまっ た状況におか れていた, すなわち, 理論的には, 旧い家族制度を残存させておかねばならぬとする勢力 の圧力と, i ion の 要 求 を 眼 前 に して の leducat 対日占領軍, 民主教育をすすめる教育界の男女平等と Vo t ca ona. 複雑な背景であっ た, 占領政策を遂行したアメリカの家庭生活との比較検討 を行なうに及 び, 婦人 の地位の低さ, 家庭生活の貧困に, 家庭科の指導者たちは気がついていっ た, そのこと自身が, い. わゆる社会問題化されていないという歴史的未成熟 の状況にあっ て,「民主的家庭づくり」を登場さ せたのであっ た. 教育現場におかれた数多くの教師たちは, この目標を岨嚇しきれず, 職業領域の. 教育研究者たちに, ぬきがたい不信感を植えつけた, この新しい教科の教育内容の 「伝達」 は今日 のような情報量と比べると, はるかに乏しいもの であっ た,「技術・家庭科」 を成立させた際のいわ. ゆる講習は, 全教師を射程に入れており, 中央で講習を受けた者が, 地方 でも 「伝達」 できうるよ うに十分にその機会が設けられていた. それに比して, 戦後初期の教育研究は, 新教育体制 が, 家 庭科の場合, 2~3年遅れて本格的にはじまり, しかも, 「講習」 は, 教員養成大学の教員を中心と して, 東京周辺 で主に開催されており, 浸透度の違いは大きい, 又,「民主的家庭づくり」 という目標自身が, 家族制度イ デオロ ギーとアメリカ型家庭観を基盤と. したイ デオロギーの歴史的な桔 抗の上に形成されたため, その時, その時の為政者のイ デオロギー に影響されるという性格から脱しきれず, 常に新たなイ デオロ ギーと向き合っ て展開せ ざるをえな かった, 家族制 度イ デオロ ギーから 「民主的家庭づくり」 イ デオロギー への変化のなか で, 家族を 161.
(11) . 中. 屋 紀. 子. いかなる存在として 把握するかという社 会科学上の理論的ベースが当然にもそこには存在する, そ. 1 9 } の大きな枠組が家族は国家形成の一つの単位 であるというといいことであっ た( .. ここ で言う国家とは, 新生日本の新憲法を推進する国家であるから, 天皇制軍国主義のもとの戦 前の国家とは性格を大きく異にしていた. 国家の形成者としての家族という理論は, 国家体制の変 化にともない家族の果たすべき役割りも変化 せ ざるをえず, 個人の尊厳, 国民主権との関連 で大き な矛盾をもつ立論 であっ た, 実際, 国家独占資本が, 労働力政策として労働者の労働強化を強める とき, 労働強化にも耐えうる労働者の生活を支える家庭としての 「憩いの場」 を強調されれば, そ. れを受けとめてきた, 又, 主婦の労働者化を労働力政策として要求されれば,「生活の合理化と婦人 の能力再開発」 を受けとめるいわゆる 「マイホーム家族」 づくりに迎合してきた. このような国家. 政策順応型の家庭科教科づくりは, 既に批判されているところ である, 個別家族の内部構造にかかわっ てのべられたのは, 家族の役割 は,「人間のエネルギーの再生産の 2 0 { ) をもつこと であっ た 個別家族という小集団は 衣食住を完備して 人間のエネルギーを 機能」 , , . 再生産 できるちからを培かうところという理解である. 国家の-単位としての家族の存在と, 小集. 団としての家族がエネルギーの再生産を行なうことを前提にして, 家族認識がなされたのである. 1 }でふれたように 家族の機能をより科学的に把握 小学校家庭科 では, この枠組のなか で, 前報2 , しようとし, 個人の尊厳を全面にうち立て, 人間の再生産 の場としての生活を営む力を子 どもたち 58年指導要領への変化のなか 51年指導要領から’ の発達にそく してつけようとしたもの であっ た,’ 2 2 ( ) といわ でも, 小学校は中学校と比較して 「あまり変わらなかっ たといえることができましょ う」. れている. 教科の到達度を示す用語として 「考える」「つとめる」 といっ た表現に変わっ たり, 指導 内容の細目にいたるまで細かく書かれてあっ たりなど, 文部省の指導をなぞらえねばならぬという 56年指導要領の内容を踏襲している 印象を与えることなどをのぞいては, 全体的な体系としては,’ といえる であろう.. 家族を科学的に 把握しようとする時, 社会科学の成果が反映できる可能性は存在する, その時に は, 家族が国家の一形成単位 であるという枠そのものと, 科学的にとらえ た家族論と厳しく対立す. る, 又男女平等, 個人の尊厳を家族のなか で追求するとき, 家族という小集団のなかで十分にそれ が解決されず, 家族をとりまく社会の問 題 をも解決せねばならぬ 課題として, もち込ま ざるをえ なく なる, 個別家族のなかで, 人間らしい生活を営む生活内容を追求すれば, 個別家族をかかえ込. ん でいる諾々の問題とも直面し,「人間のエネルギーの再生産」という規定と対立してゆく可能性を もつ, しかしながら, さきにふれたような家族理論を強力におしすすめればおしすすめるほど, 科. 学的な把握が困難となり, イ デオロ ギー性により一層組みこまれていく運命にあることを, 前報で は,「民主的家庭づくり」 の積極的評価に 注意を払いす ぎたあまり, 正しく位置づけられていないこ とを指摘しておきたい. 第二に指摘しなければならないのは, イ デオロ ギー的性格とメタルの表裏 である 「家庭」 領域を. 教科として設定したこと である. 今日ま での家庭科の研究教育活動は, 国民的な要求として, 家庭 領域を設定した意義を今日的に確認してきている. 戦後教育改革時点 での家族や婦人の問題をとり. わけ解決せねばならぬ課題としてとりあげた 意義を積極的に評価しながら, そこで出された課題の 多くは, 今なお 続く課題 であることを再確認している, さらに、 戦後の国家独占資本による家族政. 策によ っ て,「家庭破壊」といわれるよう な家族をめくる歪みが大きく なっ てきていることを位置 づ けなおし, 家庭領域を教科として設定しつ づける意義を新たに問いなおしている, それを 「いのち 2 3 ( } と いう 概 念 を用 い て い い あ ら わ して い る とく らしを守る」 . この領域設定教科の性格のために, 今日に到るま で, 教科 の性格をめ ぐる議論が数多い, という 162.
(12) . 「職業・家庭科」 から 「技術・家庭科 (女子向き) 」 へと継承された諸問題. のは, 家庭という領域に立ちあらわれる自然科学, 社会科学, 技術, 芸術 保健・体育な ど 言語 , , や数学教育の一部をの ぞいて, 現存するすべての教科の内容と密接不可分に関連しあ い そのため , に, 教科の独自性が問 われることとなっ たのである, 家庭科の教科としての基本的な性格を追求 し 2 4 ( }「技術である」 2 5 ( )「総合である」 ( 2 6 てきた現在最もす ぐれた教科論として, 「科学である」 ) という 一つの潮流をあげることができる 領域設定教科として 国民の要求に支えられて発展していく教 , , 科として, 把握すると, そのそれぞれの教科論から次のことを学びとることができる 1) 家族や . , 家庭生活のなかにある社会現象の法則性を子どもたちに教育したり (この中には婦人問題 も含まれ よう) , 家庭生活をいとなむときに必要な自然現象の法則性を教育す ることは, 科学の系列に位置づ けられる, 又, 2) , 家庭内労働を営む技術の教育は, 根源的にみれば, 社会的労働の一 つの特殊私 的形態であるから, 技術教育の原則を家庭内労働教育の原則にも採用することができる この点は , , マカレンコが「愛と規律の家庭教育」 で指摘したような家庭教 育がなされれば この部分の教育は , , 学校教育として必要がなくなるだろう だが, 今日の家庭生活の現実と照らし合わせるとき 家庭 , , 内労働をいとなむ技術の教育はき わめて重要な位置づけをもつのではなかろうか( 2 7 } 3) 科学 技 . , , 術そして他の分野も含めて, 家庭生活にあらわれる諸々 の諸事象のうち教育されるべき対象を選び ぬきそれを教育することを 「総合」 という概念は含ん でいる その点を正しく受けとめ ねばならな ,. し、 ,. 教科の基本的性格をめぐる議論 ですら,このような年月を必要としてきたほ どの困難性をこの「領 域」 設定教科はもちつづけ, そのための教育実践の研究も他教科に比しておくれをとっ ている 戦 . 後になっ てはじめて試みられた領域教科であったという歴 史の短かさにも関連しよう… , 第 三 に 指 摘 し なけ れ ばな ら な い の は, 第1 に ふ れ たイ デ オ ロ ギー の 一 部 に つ い て な の だ が と り ,. わけ強調する意味で触れておきたい, それは女子と 「家庭」 「職業」 の連関である 「女子は家庭生 , 活を中心的に営む存在」 という規定を して, その女子に特に家庭生活に関連する技術を教育するこ とを教育体系に盛り こむにあたっ ては, 家族の構造の認識と家庭内労働についての方向性を教育の. なかでいかに位置づけるか, について一定の回答を持たねばならない 教育哲学にま で遡っ て 現 , , 状記述的に教育するか, 理想にむかっ て教育するのかといった答えが要求されよう しかし この , , 領域を設定した時点では,将来の歴史的な理想としてアメリカ型家族を照準にあてたの であるから , この議論には解答が既に与えられている, しかし,「技術・家庭科」 の進行の プロセスでは現状肯定 というよりむしろ, イ デオロ ギー的に「女子の性別役割論」を押しつけてき ている かつて 「職業・ . , 家庭科」 時代には, わずかに存在した職業領域を足がかりにして 家庭を見る眼とは異なっ た観点 , で, 生産技術の能力をより充分に つけてゆくことを, 子 どもたち自身の主体的な要求とする可能性 は残存していたのだが……, しかし,’ 80年代から開始される 「技術・ 家庭科」 の新課程においては 女子にとっ ても技術教育 , 部分の履習 が可能となり,「相互乗入れ」方式を採用 し, 家庭領域 技術領域の実践がすすん でおり , , 展望は必ず しも暗くないことをのべておこう .. お わ り に. 以上の考察から次のようなことが明らかになっ た,. 1) 技術革新時代 へ移行してゆくとき, 産業界からの婦人労働者の労働能力の開発は更に要請さ れ, 女子に対する生産技術教育の必要性は完全に否定しきることはなく, なんらかの形で, 女子の 163.
(13) . 中. 尾. 紀. 子. 生産技術教育を教育内容の中に入れこま ざるをえなく なっ た,「技術・家庭科」の女子向き内容のな かにも表むきは, それに対応した内容は盛りこまれたが, 内容はきわめて乏しかっ た. それは労働 力政策としての家庭 づくりと密接にからみ合っ ていたため である, 2) 「職業・家庭科」 形成時点では, 家庭領 域の教育者たちの多くは, 女子生徒 への職業教育 (生 産技術教育) の男女平等履習を主張することができなかっ た, そのことが, 産業界の要請を強力に おしすすめた 「技術・家庭科」 成立の際, 「技術・家庭科」 の男女別修荊, 「技術・家庭科 (女子向. き) 」 の技術領域の低内容を形づくる一つの基盤として利用された. 「民主的家庭づくり」 が, 戦後家庭科の教育目標とされ ながら, 「女子は家庭を守る」 とい 3). う現状と理想的家族形態をアメリカの家族を照準にあてたがために,′教育の男女平等を教育課程の なかに充分に実現できえ なかっ た, 教育 の反動化の期にあたり, 男子の職業教育 (生産技術教育) ,. 女子の家庭科教育という枠を固定化せ ざるをえなかっ た, 4) 家庭領域の体系自体のなかからは, 職業教育 (生産技術教育) の要求をもたないという歴史 的事実は, 「民主的家庭づくり」 の限界を逆に明らかにした, それは, 家族という小集団の国家形成 機能と, 家族集団の内部的機能としてのエネルギーの再 生産機能という機能論であっ た. そしてこ の家族機能論は 現状肯定的イ デオロギーと化し, 家庭科を縛りつける プロセスをた どらせた, 5) 家庭と職業が 「・」 で結びあわされた教科形成の過程のなか で, 「家庭科」 は独自の領域を常. に主張しつ づけ, その独自の領域は, 常に政策的意図によっ て変転を遂 げなければならぬ状況にお かれてきている, その一 つの 原因としては,「家庭科」 存立の 際のイ デオロギー であり, さらにその イ デオロ ギー性に支えられた 「家庭」 領域を教科としたという 基本的性格によっ てであった,. 家庭科は, 家庭領域にたちあらわれるすべてのことがらを受けとめるの ではあるが, 教育活 動においては,「家族」 の現実を社会科学的にとらえ, そのなかから教育対象とすべきものを精選し てゆくというきわめて高 度なプロセスが必要とされる, きわめて 「高度」 とのべたのは, 教科 でい 6). えば, あらゆる教科にまたがるというこ とと, 現実をいかに把握し, 子どもの発達をいかにとらえ るか, という認識活動は容易 なことではなく, その困難性を克服してはじめ て, 子どもの発達を保 障する教育内容となりうるからである. 高度な教育活動を可能とさせる家庭科の教育 内容の自主的 展開 が今日ほ ど明白に要請されている時はない, と思われるの である. 付. 記. 論文作成にあたり, 本学の清野きみ教授のご指導を頂いたことについて感謝したい, 〈注〉. 2月号から’60 年8 月号に連載 5 9年1 (1) 清原道寿 「技術・家庭科 の性格・目標」 技術教育’ 49年5月 (2) 文部省初等教育局 「中学校における職業・家庭科について」 ’ (3) 山本キク「職業家庭科の反省」80頁 職業指導協会 日本職業指導協会編 職業・家庭科の新方向 実業之 日本社 ’ 53年 3頁 家庭科教育 28年2月号 (4) 海後宗臣 「何故家庭学習が職業学習と結びあうか」 1 (5) 山本キク 「最近家庭科の動向」 3頁 家庭科教育 24年7月号 4 9年11月号で次のように指摘している.「…仕事すなわち家 (6) 山本キク 「家庭科と職業科」 家庭科教育 ’ 庭生活のすべてではない, 家庭生活の一部が仕事なのである, 家庭生活において睡眠やしクレイションは大切な 役割を演じているが, それは仕事ではない筈である. 家庭生活に起る出生も結婚も仕事ではない. ……そこで家 庭科の内容には仕事を伴わない理解もあるわけである, また調理などは栄養・食品・献立・経済などの理解から 進めなければならない, 従ってこの場合は理解から仕事への行き方であって, 職業科のようにいつでも仕事から 理解へとは限らない.」(4頁) 164.
(14) . 「職業・家庭科」 から 「技術・家庭科 (女子向き) 」 へと継承された諸問題. (7) 『職業指導』 ’ 57年8月号掲載座談会「職業家庭科の一般教養としての理念の確立について」 において 大 , 埜氏 は 「… プ レ ボケー シ ョ ナ ル バリ ュ ー と いう の は 男 女 の 差 を前提 と し て いる わけ では あり ます. が… …」 と のべ. ている,『家庭科教育』 ’ 49年11月号 で, 重松伊八郎氏は,「アメリカで ボケーションというとき 家庭婦人 , , が家事 に い そ しむこと を 彼女の ポケー シ ョ ン と い っ て 少 しも矛盾 を感 じない か ら ホー ムメ ーキ グが 一部 ン あっ ,. ても差支えない」 とのべている, (8) 野上象子 「職業・家庭科の見解」 8頁 家庭科教育 1 50年5月号 (9) 同じく, 山本キク氏は『家庭科学』 ’ 53年, 1号の「家庭科の現状と動向」36頁で 次のようにのべている , , 「…女子は家庭に重点を置き, 最少必要程度の職業を 男子は職業に重点を置き 最少必要程度の家庭を学習さ , , せるように方向づけられるのである ド …・女子に職業 男子に家庭の理解を持たせることは 民主的家庭 社会 , , , を形成するには重要なことである」 ’ (1 0 ) 重松伊八郎氏は, 『家庭科教育』 4 9年9月号で 「そもそも文部省試案は, 男子にはボタンをつけたり ほ , ころびを縫ったりの程度に止め,本格的に運針を指導させるつもりはなかったのです ただ男女別学でや ている っ , と二本建ての指導になって面倒なもの ですから それに子供も 『ナニ ぼくらだって出来らい』 というわけで負 , , けずに運針を競っているのを文部省として制止する意志もありません」 と発言している , (1 1 ) 太田満恵「第7節 家庭科教育」16 3頁 現代中学校教育体系4 教材・教具 明治図書 1 65年, で,’ 5 1年 学習指導要領について触れ,「女子はほとんどDコースを学校選択としてとることになってしま たが しかし っ , , 女 子 がA, B, C コー ス の どれをと っ て もよ い道 が開 か れ てい た」 と 指 摘 して いる ,. (1 2 ) 山本キク 「職業・家庭科 (女子) の行 G金」 6頁 家庭科教育 ’ 5 0年3月号 (13 ) さきの国教研の調査でも,この点が具体的に指摘されている 「技術的な組織や体系を無視して平面的羅列的 , ’ にとり上げられた」 と清原氏は 『中学校技術・家庭科の新教育課程』( 5 8年 国土社 6 2頁) で指摘しており, その他, 城戸幡太郎氏, 長谷川淳氏らによっても同様に指摘されている , (1 4 ) 同じような主張は数多いが, 日本教育学会政策特別委員会科学技術教育小委員会が提出した「科学技術教育 ’ についての意見書」( 58年11月) でも触れられていることが特筆できる . (1 5 ) 教育図書 昭和31年発行 女子向教科書 「中学職業・家庭 (女子同) 」 3年 (16 ) 実教出版 昭和27年版教科書 「家庭科」 1年 (1 ) その困難な状況を植村千枝氏は次のようにのべている 「…かんじんの家庭科教師は 伝統的女子教育の『 7 家 . , 事・裁縫』 もしくは 『家庭科』 を学ん でいるので その価値の転換は困難である 『民主的家庭』に賛成な男 , 性教 , 師も, 家事処理技能についてはオフリミットで 一般教育として見直す姿勢は示さない 理くつは理くっで実際 , , はその方が都合がよいという気持がありはしないだろうか」(産教連編『技術家庭科教育の創造』 1 60頁 国土 社 1 9 68年) (1 8 ) 佐々木亨「技術・家庭科の男女差別に反対しよう( 1 )及び( 2 ) 」 技術教育 ’ 69年6, 7月号で, 家庭科教育の 男子に対する履習への消極論のアウトラインが紹介さている , (1 ) 山本キク氏は,「…生活のすべてが経済につながり 消費のしかたが国の経済を動かす潜勢となりさらに各家 9 , 庭の貯蓄が労働とともに国の産業に寄与することを念頭においている また育児が次代国民の育成として重要な , 面をもっていることも考え方の根底をなしている」 とのべている (「改訂職・家における第5群の学習方法に つ , ’ いて」 職業指導 57年6月号) (2 0 ) 山本キク 前掲論文 では,「…私どもの身心を支え健康にして 労働力を毎日し かり再生産していくという っ , 非常に根本的な基礎的な生活の問題と存じます」 とのべている . (21 ) 拙稿 「戦後家庭科の展開過程」 北海道教育大学紀要 (第一部C) 第2 9巻第1号 ’ 7 8年 (2 2 ) 文部省 「新しい教育課程」1 07頁 ’ 58年 (2 3 ) 日教組教育課程検討委員会や家庭科教育者連盟な どがこの点を理論化しており 京都府の教育実践が 戦後 , , 教育改革時点にさかのぼって, 家庭科の存立基盤を明らかにしている , (2 4 ) 村田泰彦氏を中心とする研究者たちがこの点を指摘している 村田泰彦 『家庭科教育の理論』 青木叢書 . 工 97 8年. 村田泰彦編 『家庭科教育の基礎理論』 法規文化出版社 ’ 77年 参照 (25 ) 産教連を中心とする研究教育活動がこの点を主張している 岡邦雄,向山玉雄 『男女共通の技術,家庭科教 , 育』 , 明治図書 岡邦雄 『技術・家庭科授業入門』 明治図書 参照. (2 6 ) 教員養成大学学部教官研究集会の議論では, この点が主張されている 清野きみ 「家庭生活と家庭科教育の . 関連」 家庭科教育の研究 教員養成大学学部教官研究集会 家庭科教育部会 学芸図書 ’ 7 8年参照. (2 ) 真下弘征 「家庭科教育の内容と方法の探究」 秋田大学教育学部研究紀要 教育科学第2 7 7 7集 ’ 7年, (本学講師・函館分校) 165.
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