115 〈研究ノート〉
「計劃的商品経済」再評価の若干の
基準について
中 罵 太 一
工 問題接近の前提 つ 従来社会主義経済の理論的枠組は実質上「古典マルクス主義」に依拠するも のであり就中資本論の部分的諸命題或はゴータ綱領批判(及びレーニンの国家 と革命等)の直接的適用に限られていた。換言すれば,資本論自体はあくまで 資本主義経済の分析論理として自閉・完結していたと言える。ところが最近の 社会主義経済を資本論の基本原理の発展として把える見方,従って資本論,マ ルクス自身に一定の歴史的限界性(局限性)が存したという見方が中国の一連 の論争の過程で中国社会主義経済の改革との関連で主要な学問的潮流となって いる。例えば資本論の基本原理は労働価値説と並んで,商品経済の一般理論で あり,商品経済の一般原理は異った生産様式下の商品経済の共通的性格であ り,資本論の第3の基本原理たる社会生産一般の理論体系の構成部分をなすと され,この社会生産理論は社会主義に適用できるとされる。これは資本論に於 ける或種の観点と結論が百年以上の年月を経た現在,その基本観点に発展が必 を 要であることを意味する。その「発展」が社会主義商品生産の範疇とされる。 労働過程と価値増殖過程の統一として生産過程は拡大商品(単純産品でなく) 生産過程であるからこの一系列の範疇は決して資本主義商品経済に特有な範疇 ではないし,この点で資本論の局限性を越えたその発展が「最新マルクス主義」 1) 湯永華「関予堅持和発展く資本論〉基本原理的争鳴」社会科学τ986.3,7頁。 2) 楊永華,前掲論文5−6頁。116 彦根論叢 第243号 ヨ として理論的に要求されるのである。干光遠によれぽマルクス・エンゲルスは 基本的に社会主義経済のモデルを構築しなかったし,ゴータ綱領のスローガン 4) 5) 的規定も一過性的な文言である。玉丑の総括によれば,このような社会主義経 済制度の根本性質は生産の発展に有利な多種多様な形式が所有制(複数)の具 体状況に基き,管理水準と人民の願望に基いて選択確定されるものであり,そ の意味で本来幣制のものではなく,労働人民自身が創造するものである。そし て正しく計画的商品経済という体制がそのようなものとして提示された。理論 的系譜からいうと,このような観点は所謂毛沢東思想と直接関係なく,むしろ 反対物である。これは該理論の先駆的理論家であった故孫冶方が文革以前の段 階で毛の直接の指示によって全学界の批判的対象にさらされた事実で明らかで 6) ある。故に端的に言えばマルクス・エンゲルス,レーニン,毛沢東思想を越え た考え方である。中国経済学界の流れで言えば1950年代末の孫冶方,顧準,楊 7) 8) 9) 堅白を先駆者として文革後の干光遠,劉国光,董輔祀等の孫につながる親友・ 弟子グループ,78年秋の第11期3中全会以降は彼等に繋がる若手研究者の全国 の 的ラインに添って確定したものである。 3) 陽酒病,前掲論文6頁。 4) 干光遠『論我国的経済体制改革』1985,263−264頁。 5) 王王玉『社会主義商品経済理論野馬』1985,199頁。 6) 干光遠「経済科学研究応該受壷特別鼓励」新華文摘,1985,8,42−43頁。 7)孫冶方死去の後,その実質上の後継者として,又社会科学院顧問として子光遠は全 国の経済学界に非常に大きな影響力と人的脈絡をもつが,最:近く一切向恵雨〉イデォ ロギーの代表者として暗に批判されている。 8) 社会科学半田院長。代表的理論経済学者で代表的著書『社会主義再生産問題」!980 がある。 9)薫輔萌は孫杣方の直系の弟子であり,孫の理論活動に参加し,その形成過程を熟知 している。特にソーボリ理論と比較した『論孫冶方的社会主義経済理論』1983があ る。他に著書多数。孫の理論的発展をめざす指導的立場にある。 10) 最近の若手研究者による孫理論の再評価として例えば周叔蓮,注海波『論孫地方 撮:小一最大e理論』1985参照。又包括的文献として『建国以来社会主義商品生産和 価値規律論文選』上,下,1979参照。
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 117 皿 社会主義経済における商品経済の存在理由 この領域での理論的先行者であるソ連学界での論争の諸基準が略々中国に継 11) 承・反映していると言えるから,先ずソ連学界の主要見解を見る必要がある。 主流として特殊商品説があり,それは部分的商品説と全般的商品説に分れる。 前者は周知のスターリン説であり,後者は更に伝播説と内在説に分れる。伝播 説によれば,社会主義経済の統一性の為に第1部門の商品化が可能となると主 張するものであり,内在説は種々のヴアリアントによって計算工具説=異質労 働還元説や按労分配説に分れるが,労働の性格に論拠を求める点で労働説とい える。以上の分類は機械的に分立しているのではなく部分的には重り合う。他 方,非商品説はH,マルイシエフとB.ソーボリによって主張された。論争は ターミノロギー的性格なものと批判されるが,その中で労働説が比較的正確で ユカ あるとされている。それは社会主義下の労働の質的差異を等質労働の量的差異 に還元した上でも等労働交換が問題であり,その社会的形態は価値にほかなら ぬと主張する。 他方,社会主義下での価値法則の利用(乃至存在理由)に関してソ連での到 達点は,1943年以後の変化が「生産の規制者としての価値法則と社会主義的計 画化との本質的な非両立性が否認されたという点にあるのではなくて,労働に よる価値の規定と価値による交換比率の規定という労働価値論の根本思想を, 社会主義的計画化と結合することが単に可能な:ぽかりでなく必要でもあると考 エお えられるようになった」ことであったとされる。要するに「社会的必要労働に よる生産物の価値規定を具体化し,価値形態による社会的労働計算を発展させ の る」こと,「第2に価格(交換比率)ならびに価格に立脚する貨幣的諸指標を 利用して労働に応じた分配をうける勤労者とホズラスチョート企業を刺戟して !!) 岡稔『計画経済論序説一価値論と計画化一』1963,岩波,127−129頁参照。 12) 岡稔前掲書,135−140頁参照。 13) 岡稔前掲書,142頁。 14) 岡稔前掲書,145−146頁。
118 彦根論叢 第243号 ロ ロ ユの 社会的労働の配分と労働の節約を間接的に規制する」ことを意味する。 (傍点 一中鳥) 上記のソ連の諸規定を念頭において中国の諸見解を整理すれぽ,社会主義商 ユの品経済存在原因として先づ10種の見解が挙げられる。(1)二種の公有制並存説, (2)特定物質利益関係説(労働者個人と社会,生産単位と経営単位の間に在る 等量労働の交換原則を主張),㈲社会的分業説,㈲両三分離説(国家と企業の 商品関係を主張),(5)全民所有制不全説((1)の変種),⑥不完全の直接社会労働 説(生産組織の相対的独立性に照応する独立利益を主張),(7)労働力個人所有 説(後述),⑧経済計算工具説,(9)消費品個人所有説(全民所有制の産品が分 配を経て消費者個人所有と主張),㈹二三分配説。この中でソ連の内在需労働 説とその折衷説が主なものと言えるが,これらは価値形態の利用=価値決定と それに基く交換比率の利用の範囲に止まるので社会主義生産過程の直接的規制 の審級まで及んでいない。その中で労働力個人所有制の視点が基本的に上記の 労働=計算説を媒介して価値法則による労働力の均衡的配分の機能を可能にす ると言えよう。社会主義の基本生産手段は労働者の公共所有に帰せられるが, ラ この種の公有はそれを労働者個人支配に均分することではない。全民所有制企 業の中で頭脳労働と肉体労働の間では消費品分配上の差別がある。これらの物 18) 質的根拠は労働者の個人所有制にある。即ち簡単な肉体労働に従事する生産者 については,その労働力の生産・再生産費用は基本的に家庭私人が負担するも のであり,これが労働カ所有権の主として労働者自身或はその家庭に帰せられ る事情を決定する。中国の広大な農民・労働者の労働力は殆んどこの種の状況 に属する。次に頭脳労働・複雑労働に従事する工作者に就いて言えば中国は完 全な公費教育を実行していないから,教育・成長に必要な生活費用と教育訓練 費用を主としてか部分的にか家庭私人が負担せねばならず,このことがその労 15) 岡稔前掲書,146頁。 16)蘇東斌「社会主義商品経済存在原因」新華文摘,!985,9,44−46頁。 17) 蘇東斌前掲論文,46頁参照。 18)王保庚「一個十分重要的理論問題一試論馬克思議干『生産条件所有制』的科学思想 一」新華三二,1986,1,51−52頁。
〈研究ノート〉 「二二的商品経済」再評価の若干の基準について 1!9 働力の個人所有たることを決定している。この労働力の労働者私人所有制が社 会主義社会の個人消費品の分配を制約しているのであって,商品等価物を交換 する中に半開する同一原則を実行せざるをえず,これによりはじめて生産手段 公有制企業の間に利益区別が存在し普遍的に商品形式でその労働を交換する客 観的必要が生じるとされる。従って社会主義社会が労働力の私人所有を廃滅で きない以上,労働も根本的に個人生計手段としての特微より抜け出すことは出 来ない。このような個別労働力は公有され,就中各企業に占有された生産手段 と結合することにより質的には所有者としての権力”を実現する。これは量 的には支出された個別労働により該企業の商品の個男可価値決定(価格従って利 潤)と報酬決定(労働力価値を対価とする等価交換)が可能となり,更にその 結果として一種の平均利潤率を確保できるような全社会的規模での社会的必要 労働の均衡的配分がおこなわれているということを意味する。 更に制度的条件として従来,生産手段と労働力の流通過程が無視され,流通 市場の代りに統包統配制度と固定工制度が続き企業の経営主体性を阻害し経済 ラ 変動に全く対応出来なかった点が指摘される。商品経済の法則より出発して社 コン トロのル 会主義労働力市場を開放し国家の巨視的控制下に労働者に職業選択の自由を与 え,労働力を自由に合理的に流動させることが不可欠なのである。労働力市場 コントロ ル の社会的控制は行政手段ではなく経済手段(価格一需給一競争)を用い,国家 は全社会的に重点地区,部門,項目を保証しながら企業の労働需要に基き労働 の 力市場のバランスを保証せねぽならないと指摘される。 結局,以上の諸見解の収敏点は,社会主義経済における生産物はすべて基本 的には商品であるということであり,それは論拠としては内在的な労働=計算 説と結合した労働力個人(私人)所有によって説明できるということである。 そしてこのような商品範疇の全体的位置づけとしては,「社会主義経済の中 21) 22) で最も基本的な関係は商品関係である」ことになる。界川によば,何よりも中 !9)孫浩「関野開放社会主義労働力市場的思考」新華文摘,!985,9,50頁。 20)孫浩前掲論文,51頁。 21) 延川「社会主義経済三三商品経済形態」南開経済研究1986,4,57頁。 22)延川前掲論文,57頁。
120 彦根論叢 第243号 国の現実の経済生活と発展趨勢からみて経済学界は一切の肉体・頭脳労働によ り形成される有形・無形の生産物は基本的には商品であることを承認する段階 に達したのであり,社会主義経済の最基本・最普遍的関係が商品関係であると 承認する段階に到達したのである。これに依拠すれば,すべての生産物はすべ て労働を費さねばならず耗費する具体労働は等しくないとしても労働一般が抽 象で.きるから社会的必要労働が比較可能となり一致か乖離を生み出し,且つ社 会的承認を得ることができる。 また守谷寛は世界史的に商品経済の発展段階を総合し,①小商品生産経済, ②工業化商品経済,③現代化大経済のシェーマを画き,①原料→商品→市場, ②市場→原料一〉商品,③資源→商品→市場としているが,③の資源概念は現 代化された大工業と大農業,大工程,大科学を基礎として,新技術・情報,特 許,ノウ・ハウ等を意味し,世界的な開放段階における市場創出,収益効率の 最も高い情報化・システム化,科学化・人才化経済を指す。彼は米国の研究を 引用して中国が最も有利な条件で現代化大経緕の軌道を走っていると為し,更 に世界市場的にみた管制高地の第1として国内市場の商品流通量と国際市場総 流通量に占めるその比重を挙げ,両者は相互輔車的機能を持つが前者が後者を 決定する基礎であり,後者も前者の発展を促す最もダイナミックな要素である 23) と言う。 このような現代化大経済=商品生産という考え方はその弟子達によって修正 された形での孫冶方によって早くから提唱されている。孫の原型理論は商品と 価値範疇を分離した非商品説であったが,これは孫の理論の全体系の質的意味 に実質的影響を与えていない。従って現在の「開放」説(世界市場における中 国社会主義の商品経済としての積極的特徴づけ)は孫冶方理論に通浸している といえよう。次に社会主義下の労働力(価値増殖主体)は商品かどうかを検討 しよう。 23)王紀寛「論国際経済発展的戦略動向和対策」新華文摘1985,3,65頁,67一一68頁。
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 121 11r 社会主義下の労働力の性格 現在の計画的商品経済に於いて価値増殖の主体である労働力についてそれが 商品なのか否かという、論争は地味であるが続いている。旧来の伝統的視点は, 大ていの商品が非商品であり,いわんや労働力が商品であることはありえない というものである。従って文革後70年代後半より計画的商品経済の中の労働力 規定がはじめて理論的検討の対象とされたといえる。伝統的非商品説は措くと して最近の論争では非商品説,商品説,商品属性説(中間説)に大別される。新 しい非商品説の論者は社会主義下の,就中計画的商品経済下の労働力の開放即 ち労働力市場の設定とこれに対応する労働者個人の諸権利を完全に承認し,労 働力の移転の自由をも主張するけれども,このような労働力が商品であること ヨの は認めない点で共通している。その最大の根拠は,(1二二に伴う所有権の移転 が欠除していること,(2)同じことの裏返しであるが,労働者が階級として生産 手段の所有者であること,(3)労働の主要形式が連合労働であることである。例 えば王保庚によれば, 「社会主義条件下では労働者は公共占有の形式をもって 生産手段と結合し,労働産品中の蓄積部分(m)は最終的に労働者自身に奉仕 するものであり,産品分配は労働の報酬であって労働力の価値或は価格ではな ら い。……故に社会主義生産手段公有制条件下の労働力は決して商品ではない」。 以上の論理の批判的検討は全人民所有制(国営企業)内部の商品化の根拠と しての「生産手段の所有権が分離することにより引起された生産手段所有権と 生産物所有権の分離」という考え方を援用すれば,社会主義下の労働力商品 化を云う場合,生産手段所有権(代表的なものとして国営企業単位)とその生 産物の所有権は分離しているから(傍点一筆者),その生産物が個人労働力の 再生産費用として個人労働力と交換されるのである。この場合,明らかに交換 された主体は相対的に異なり,交換生産物の所有権は移転する。そしてこの 24) 孫浩前掲論文,51頁,王保庚前掲論交,53頁各参照。 25)王保庚前掲論交,53頁。 26)黄菜武「国有企業産品商品化的理論探索」経済体制改革,1986,!,1Q頁参照。
122 彦根論叢第243号 相対的独立性をもった生産物が商品である限り,その対価たる労働力は等価形 態を媒介せねばならず,商品以外の何物でもなくなる。更に賃金と異る労働報 酬の量的規準は全くあいまいになる。何故なら商品賃金財の一定量が価値形態 (G)を通じて労働力の価値として支払われ対象化しているからである。 聯合労働は公有制下の労働者と物質的生産条件の結合形態で直接の社会的労 働であり,全国範囲みそれと各企業での直接・局部結合があるとされる繋,そ の論理は不明確で集団労働という概念と区分されない一種のターミノロギーで ある。 従って,個人的労働カ所有と労働市場及び企業の独立採算と雇用の自由の承 認を前提とする限り実際の機能として労働力の商品化を否定するのは困難さが 増大するだけであろう。 次に社会主義労働力の商品属性を積極的に承認する見解として例えば蘇東斌 によれぽ,商品関係の基本特徴は等価交換であるから現実の社会主義経済にお いてマルクスが限定する労働力商品化の二つの前提条件は失われていない。そ れは,①労働力の個人所有制は充分に労働力の所有者が一個の自由人たること を証明する。彼は経済的に完全に各種形式の人身支配より抜け出ており完全に 自己の労働力を支配する権利をもつ,②生産手段の公有制は全部の財産を労働 者個人所有として分給しない,ということである。この二つの可能性が次の四 つの経済条件と結合して必然的に社会主義労働力を商品にする。@労働力の消 耗補顛即ち労働力の再生産は無償供給たりえないので労働者は必ず先ず労働を 支出して然る後に消費資料を獲得できる。⑮労働力の消耗はすべて企業生産物 のコストに算入され,交換を通じてはじめて生産物価値を実現でき,企業はは じめて貨幣をもって労働者の賃金を支払う。故に一旦生産物価値が実現できな ければ,労働力の再生産を阻害する。◎按労分配による所得と労働力の価値は 量的に類似性をもち,等価交換が両者の関係を制約する。即ち労働者が賃金形 27) 聞人馨郊樹清,黄文灼「社会主義労働不二直接社会労働」経済研究,1986,2, 58頁。 28)蘇東斌「社会主義労働力的商品属性」経済学文摘1986,7,12−13頁。
〈研究ノート〉「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 123 式で回収する全ては只労働力価値の量に相当するにすぎない。④労働力の需給 は千差万別であり,労働者の綜合状況(心理要素を含む)に対して適時に正確な 評価を与えるのは困難で労働力の価値は,統垂統配されるなら往々にして切下 げられ適材適所を実現出来ない。資本主義と社会主義制度の根本区別は生産要 素の一つとして労働力が商品でない点に在るのではなく,剰余労働が結局誰に の 帰するかという点に在る。更に積極的論者の延川によれば,資本主義の場合と 同じく社会主義経済における労働力は一種の特殊商品としてその価値或は価格 決定は例外ではありえない。その原因は労働力の増養費用は基本的に家庭が負 担し,国家が部分的に負担する培養費用もその源泉は労働者が国家に提供する 余剰労働であるから労働力は労働者の個人所有に属することに疑問はない。こ れに対応して全民所有制企業は自主経営,ホズラスチョートの商品生産者,経 営者として労働者を雇用・解雇する権力を享有するから労働者も職業選択権を 持つべきである。凡そ権力(権利)なき義務はなく,義務なき権力もない。権力 (権利)は対等であるべきである。労働力商品を承認するとすれば,必然的・ 論理的結論として搾取の存在を承認せざるをえない。事実をよく見て搾取の利 益が弊より大きければ法律による禁止は意味がない。現在,中外合資,合作企 業,外商独立企業,私人企業,集団企業等に事実上既に雇用現象と搾取が存在 するのであって今後の聞題は只搾取の範囲と量を規定することだけである。社 会主義下の労働力が商品となることは,商品経済発展の必然的結果であり,歴 史的進歩である。労働力商品化(G→A)は生産経営過程が発展できる前提条件 となる。即ち労働力商品化は労働力素質の上昇に繋るのであり,さもなければ 買主を見つけるのが困難となり労働力は正常な価格を獲得できず,労働力価値 を実現できなくなり,労働者と家庭成員の再生産は維持困難となる。このよう な生計の圧力が労働者を学習に向わせ労働技能と熟練度を高める。更に労働力 の商品化は労働者の雇用と報酬に有利であり待遇に直接繋ってくる。結局,労 働力の再生産と物質資料の再生産が直接統一されることになる。正しく労働力 29)延川前掲論文,57−58頁。
124 彦根論叢 第243号 商品化は社会主義商品経済の発展の為のダイナミックな活力を増大させる役割 を果たす。延川によれば,このように社会主義社会は全ての経済生活が基本的 に商品の特徴と原則に基いて組織され,運行されている限り,社会主義経済が 商品経済性質を帯びているとか,商品生産とか商品交換が存在していると表現 するのは,この社会の基本特徴を反映しないのであって,正しく事実に基いて 社会主義経済は商品経済であると云うべきだし,資本主義経済に代って社会主 義商品経済が商品経済発展の高級形式或は段階であると言うべきであると総括 している。 ラ 次に中間説として楊高潮の見解をみよう。結論を先に言えば社会主義労働力 は既に商品性を有すると同時に又非商品性も有している。この主要根拠は生産 手段と労働カ所有者の異っていることであり,この不同一性が国家の生産手段 公有制と社会労働力の分離の源泉である。社会主義公有制は三個の重層に分か れる。国家は社会的代表として生産手段の直接所有権を管理するが,これが第 一層(審級)である。企業はその限定された範囲内で生産手段に対し直接所有 権を享受する。これは第二層に属する。労働者は全体的概念の上では社会生産 手段の主人であるが,個人は随意に用益を占有できない。何故なら彼等は既に 生産手段の直接所有権を国家と企業に委托し,個人の保留しているものは生産 手段の間接所有権であり,これが第三層である。生産手段の三重層と適応して 社会主義の労働力も三個の重層に分れる。先づそれは社会労働力あり,必ず全 社会範囲で比例配分されねばならない。次は局部労働力で企業の使用に供さ れ,最後は個人労働力であり労働力として生計手段となる。生産手段所有制の 重層の核心は公共所有であり,社会主義労働カ所有制の重層の起点は個人所有 である。そこで,国家・企業と労働者との問に所有制の重層を通じて不同一性 が生れる。労働者個入は社会生産手段と真に結合せねばならないが,必ず名義 上の労働権から実際の労働権への転化過程を経過しなけれぽならない。この過 程は即ち選択と被選択の過程,即ち労働者が自己の労働力を国家と企業に交給 して評価され,選抜を受け,雇用された後は労働能力の使用成果に基いて賃金 30)楊高潮「社会主義労働力既有商品性,又有非商品性」経済学文摘,1986,7,12頁。
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 125 の大きさを確定される過程である。これは正しく貨幣を媒介とする交換過程で あり,従って社会主義労働力は商品属性を具有している。しかし,他方その非 商品性の根拠は上記の不同一性が資本主義のような根本対立でなく,一種の非 本質的対立であり,国家,企業,個人三者の根本利益が一致する点で非商品属 性を具有している。私見ではこの非商品性の論拠は一種のターミノロギーであ り,実際の機能は商品性にこそある。 総じて労働力の非商品性を主張する論拠は,直接生産過程における労働力の 客体としての対象性を極めて軽くみるか,逆に生産関係(所有制)の主体とし て過大に偏崎的に評価していることより生じてくる。商品経済にあっては,マ ルクスの指摘するように労働力は自然対象であり,物”=生きている意識をも つ物であることを再認識しなければならない。 この場合,極めて有益な考え方として,旧来,生産手段所有制形式を所有制 の唯一の内容とみなし,社会生産関係一切の方面を決定する唯一の基礎と見倣 していたが,これは総合的でな:く,生産手段所有制,労働カ所有制,労働及び その生産物の所有制を相対的に独自な範疇として,一定の社会の所有制即ち, き 一定の社会生産関係の基礎を構成するものと主張する視角がある。これは先に 述べた開放説と結合して社会主義経済における労働力商品を規定する構造の論 理である。 IV 価値法則と計画化の関係 きヨラ 計画的商品経済における価値法則の位置づけは主として四種の意見がある。 この分類の基準は計画化と価値法則の関係ということである。第1の見解は価 値法則は計画化,或は計画的発展法則の基礎であるとするもので,孫冶方とそ の学派の主張である。それによれぽ,価値法則と国民経済の計画的・比例的発 展法則は相互排斥するものではなく,各自が夫々の機能を果す並行的なもので 31)吉忌引,林集友「生産資料,労働力,労働和産品二二所有制的客体」経済学二二, 1986,7,14頁, 32) 谷書堂,楊玉川,常修澤『社会主義商品経済和価値規律』1985,163−166頁。
126 彦根論叢第243号 ある。計画的・比例的発展法則は必ず価値法則の基礎の上に建てられてはじめ て実現可能になるのであり,もし価値法則を離れれば計画的・比例的法則を絶 対化することになり,就中,部門の比例を社会的必要労働の比例,価値の比例 と見倣さないことになり,主として使用価値の比例を重視することになる。そ ノ ルマ の結果,工芸技術定額を各生産部門の問の社会的必要労働のバランス(膨化 労働と活労働の均衡を含む),価値的均衡に代替させることになり,結局計画 と比例を破壊することになると主張する。しかし孫の所謂価値法則は普通理解 されているものではなく,特に全人民的所有制経済の内部で直接作用するの は,市場メカニズム(競争)と分離された「計画価値」の法則であり,異った 生産部門に計画的均衡的に労働を配分する機能を以って生産過程を直接規制す る価値法則の存続する作用と考えているから,批判者がいうように,価値実体 そのものの法則=労働時間節約法則のようなものである。 第2の見解は両者を於福関係として謡えるもので,相互補完的な両法則の同 時作用を起すという。その主・従関係はその条件と情況により交替・変化する が一般的には計画的・比例的発展法則が主導的作用を起し,価値法則は補助的 作用に止まると主張する。 第3の見解は両者を対立・統一関係と見る説である。この両者の統一・同一 性は両者がすべて社会面労働を各生産部門に均衡的に分配する法則である点に 求められ,対立・矛盾性は価値法則の自発的調節作用と計画的調節の間に在る と主張する。そして価値法則依存は資本主義自由化の途に国民経済を引きこむ と批判する。 第4の見解は相互侵透の関係として把握するものである。即ち価値法則と計 画的・比例的発展法則は内在的連繋であり,一種の合力(共同)を形成し作用 を発生すると言う。現在の中国学界ではこの見解が多数派になりつつあるとさ れる。社会主義経済には種々の経済法則が存在するが,それらは相互に影響し 合い,相互侵透する中で総体として一種の合成的作用を発生する。計画的・比 例的法則と価値法則の関係で言うと両者は矛盾の一面をもつが,作用方向と要 求は基本的に一致している(特に労働の部門配分の機能)。従って総体から諸法
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 127 則の要求を考慮すべぎであり,孤立的にある一種目法則に依存して事をおこな うことはできないとされる。 これらの諸見解の中で(1)と(4)は実質上,同じ基本的認識に収醒する。という のは,(1)の所謂計画価値の法則は(4)の計画的・比例的発展法則と名称は異るが 同じ機能を果すものとして,しかも所謂価値法則とそれは,(1)にあっては同じ 範疇に包括され,ωではその機能において実質上分離できないものとされるか らである。ここから我々は,価値形態の所謂「利用」 (価格,貨幣,利潤,利 子,地代等の範疇)と価値法則に基づく市場(競争)メカニズムが,計画的商 品経済の内部では機能的には分離できない一同時的に発生することを確認でき る。従って,更に一歩進んでいえば,計画的・比例的発展法則とは,客観法則 の範疇というより,国家の価値法則に対する一種の制度的関係であり,従って 計画化とは,価値法則に基づくマクロ的調整,換言すれぽ,むしろ価値法則の 最適自由な貫徹の為の組織=多角的・合理的市場構造の建設のことを意味して いる。 おね 何故なら中国社会科学院経済研究所の捕る論者がいうように, 「社会主義商 品経済の条件下で価値法則は自身固有の市場メカニズムを通じてミクロ経済活 動を既に調節し,叉マクロ経済の基本比例を調節する。しかし指令性計画体 制は市場メカニズムを排斥し窒息させ,企業と市場の連繋を切断し,資金流動 を閉塞し,分配・生産・実現の関係を割裂せしめた。」 この調節作用は「人の 意志をもって動かすことは出来ないものである。何故なら価値法則はどのよう な商品経済においてもすべて基本法則として調節作用を発生するし,市場メカ ニズムは正しく価値法則が商品経済の運行を調節する唯一可能な必要形式であ ま う る。」故に市場メカニズムと経済柱杵の作用は調節体系中の主要形式であり, 指令性計画にとって代えることは出来ない。それは第1に企業の活力を増強で き,企業を政府の任意に動かしうる算盤玉にさせず,あらゆる財政的依存より 抜け出させ,原料,材料,エネルギーを不当に安価に取得できないようにし, 33)干祖発「指令性計二二社会主義計劃経済再認識1経済体制改革,1985,5,7頁。 34) 干祖発前掲論文,7頁。
128 彦根論叢 第243号 リスク 統一購買・統一配分で経営危機を回避することが出来ないようにする。総じて 市場メカニズムは企業に精励して内在的動力を創造させるのである。第2に経 済を活性化するのに有利である。生産手段の市場,技術・情報市場,資金市 場,労働力市場を開放し全国的に横断的連繋を創出し適材適所,物,土地,貨 物それぞれその用を尽し,各地区,各部門,各企業に充分それぞれの長所を発 あ 揮させるとされる。この枠組はコルナイのタイプ2に一致する。 従って計画(化)と価値法則という場合,正しく商品経済に内在する価値法 則の市場メカニズム(競争)が社会主義国家によって価値形態の利用を通じて 事前的に国民経済のマクロ的規制として事後的には一定の定量:的枠・水準をも ちうるように組織・制度化されることを意味する。それは計画的・比例的発展 法則の作用というようなものではない。それは前述したように国家による計画 の制度それ自体を指すのである。換言すれば,それは国民経済的見地よりする 市場均衡,従って生産均衡に自動的に導かれ,二二するようなマクロ的規制の 制度という意味をでない。 勿論,ここで言う「計画的商品経済」とは中国での現状と正確に一致するわ けではなく,現実は遙かに複雑であるにせよ,いわば従来いわれている企業自 己調節型モデルに近似する一つの理想型であるが,現状の理論的収敏点を示唆 するものであることも確かであろう。 きの 現状分析よりすれば,現段階における国家の指令性計画の範囲は以下の若干 の方面に限定される。(1)国家予算内の固定資産投資総規模と大中型の基本建設 項目,(2)貨幣発行量,(3)国家統一買付けの主要農副産品の一部,国家による統 一分配三二の主要原材料,エネルギーの一部,重点建設項目が需要する大型プ ラント,(4>重要な国計民生に関係する主要産品の輸入限度量,大宗産品の輸出 地区政策,分配量と価格変動幅,(5)国家統一買付け,統一配分物資・商品の価 格その他国計民生に関係する主要産品価格の上限と下限。これらの指令性計画 の内容は段階性をもち不変的なものではなく可変的なものである。以上の内容 35) 干祖尭前掲論文,8頁参照。 36) 曽国祥「社会主義条件下一計劃和市場」『中国経済体制的新模式』1984,97頁。 ’
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 129 をみれば,(1)は生産的性格をもった財政投融資政策であり,(2)は中央銀行の 普通の任務,(3)は一種の供出制度であり,又資本主義国の資源計画・統制に共 通し,㈲の統制価格(固定価を中心とする)と結びついたものと考えられる。 ㈲は実質上子も資本主義市場と連繋せざるをえない共通領域である。 きり 中国の現行の計画制度は産品分配管理を主とする双軌制(部門計画と地方計 画の二系統並立)で,工業生産,物資供給,技術改造,基本建設各計画の決定 関係は,企業一公司一市主管局一省主管局一中央(国町営,国経委,国物資局 等)の5層の上下行政隷属構造を形成する。この計画を実現する主要方法は指 お 令性分配指標と行政手段への依拠であるとされる。1983年統計によれぽ国家計 委と国家物資局の管理する計画物資は256種で国務院関係部局管理の物資は581 種,計837種とされる。しかし,この数字は東欧・ソ連の数値に比べて著しく きヨラ 小さいものであり,しかも,生産手段市場の漸次緩和,開放に伴って,指令性 調発の比重は縮小し,主として重点建設,国防,外援戦略儲備などに限定さ ヰの れている。企業が自ら販売する比重は増大している。これらは明示的な:市場メ カニズムの復活であり創出過程でもある。この他に過去の二本足で歩く路線の 影響で地方政府が分配する比重は極めて大きいし(79年,石炭の46%,鋼の42 %,有色金属の36%等),更に地方国営企業とくに都市ど郷村の集団企業の,国 家計画に入らない産品の比重は相当に大きいのであって,正に計画経済中の潜 在的市場要素を集中的に表わしているのである。中国の計画分配の不足分はソ 連.・東欧のように価格操作(討価・逐価)待機,強制代替,生産能力の調整で 填めることができず,70年代初より計画外の協力,物々交換,補償取引などが 普及し改革後の産出額の上昇に伴って,計画外取引も市価による取引に転換 37) 曽国祥前掲論文,92−93頁。 38) 曽国財前掲論文,100頁。 3g)華生,何家成,張学軍,夢幽明,迦勇壮「経済運行摸式動転換一試論中国進一歩改 革的問題和一路」5頁,ソ連の場合2千種以上の産品をゴスプランにより,3万種以 上の物資を中央各省より分配している。 40) 曽国祥,前掲論:文,100頁。
130 彦根論叢 第243号 41) した。84年末統計では,計画外取引総量は計画調発産品価額の約50%に達した。 結局,以一ヒの一例でわかるように中国の計画化における生産・流通・分配 は,公社企業以上の全国企業長長40万単位の複雑なからみ合いによって種々多 様なそれらの形式を生み,とくに同一物に対する多岐にわたる複数価格をうみ 出している。これは現行の計画化の根本的欠陥であり,国民経済の大浪費を生 み出しているとされる。 指令性計画=国家集権管理型モデルは周知のようにスターリンの創出したも 42) のであったが,この内在的欠陥は今日,自明となっているから計画モデルの転 換が不可避とされてから既に久しいが,転換の共通の困難性は,・マクロ的規制 るおう の問題である。微視的次元の活性化とマクロ的規制の統一が目標とされるが, 大体後者に失敗する。中国の場合,社会的需要の膨張の要素が明確に存在す る。予算内外の基建投資規制の失敗により基本建設規模が過大となり,固定資 フオノド 産投資も過大化し,生産基金は生産手段の供給可能量:とテンポを超過し,エネ ルギー・交通・原材料供給への一層の緊張圧力を形成したとされる。次に祉会 フオンド 消費が過熱し消費基金の増大が速すぎ生活資料の市場供給可能量を超過した。 フオンド 又消費基金の増大は賃金と農民収入のテンポ増大を伴い国民所得の増加をも超 過したからインフレ傾向を惹起した。更に信用増大が速すぎ貨幣発行量が過大 となり,流通貨幣が供給可能な商品量を超過して市場の緊張を惹起したとされ る(84年の純貨幣投入量は計画発行の2倍以上)。 このような混乱はモデル転換に由来するが,これを収束させる「計画的商品 経済」の理想型は計画化と価値法則の関係の具体化としてどのように図式化さ れうるだろうか。先ず計画化を基本的に廃絶できない以上,指令性指標の数と 比重を可及的に縮小し,少くとも企業レベルの日常の生産・販売業務に属する ものは自主的に委任しその他のものでも指導性指標に代替させる方向に添って 41) 華生,他前掲論文,5頁。 42) 三四発前掲論交,5頁。 43) 弱輩解,他「対社会主義国家経済模式転換時期宏観好評的探索」世界経済,1985, 9,21頁。
〈研究ノート〉 「計劃的商品経済」再評価の若干の基準について 131 長期指標として科学的に再編すること,更に責・権・利を区分した民主化を実 むラ 施し,最低必要な法律化をおこなうことが要求される。 所謂価値法則の作用は従って事後的には少くとも完全自由競争の自然的結果 として現われるわけではなく,といって行政的な制度に全く依存するのではな うう い一種の不完全競争の過程・結果として現われる。本来中国の企業の集中度は 世界的水準よりみて相対的に低いが,主要経済単位は既に近代化された大企業 であるから,その経済的市場メカニズムも発展すればするほど一種の独占的競 争に類似した機能をもたざるをえない。従って市場構造の核心は大企業と企業 集団を意識的に扶慨するような成長でなければならず,当然規模の経済を推進 するものになる。一般的に言って大企業は比較的長い予定期と安定性をもち, 小企業の待ちの政策に対し自然に主導力をもつ。このことは大企業保護ではな く効率性の高い企業が低い企業を打まかし兼併する方向での急速な発展と拡張 を奨励し,異なる企業の興廃を通じて資源の高効率企業への不断の集中を実現 し,経済動態の拡大の中で最も有利な単位を形成することを意味する。このよ うにしてはじめて体制転換を通じ高い効率に基き,継続的に強大な資源動員と 産業の能力上昇を増大できる。そしてこの方向は企業の株式化を必然化するで るの あろう。このような場合,価格は国定価格でも完全な自由競争価格でもない。 物資の独占的競争市場の中で一連の大企業が連合して部門企業価格を決定する 方法を用いて市場トレンドを左右する方向性が出現する。現代の独占的競争市 場の中で独占企業の短期平均生産費曲線は安定的であり且つ決定的な力をも つ。変動価格の外部生産費が比較的に高いことから独占組織の価格引上げは自 己の市場シェアを減少させうるし,引下げは競争相手の模倣により又は市場シ ェアを増加できないことにより起りうる。これを以ってしても現代独占企業の 44)チ二三前掲論文,8頁。 45)弾琴,他前揚論文,8−9頁。不完全競争とそれ以下の論述部分は,主として本論 文の内容を整理したものである。 46)中国企業の株式会社化の理論的主張と現状紹介は属以寧「所有制の改革構想につい て」北京周報,1986,!2,30参照。中国で株式企業総数は6−7千にのぼり,資金総 額は60億元に達している。
132 彦根論叢 第243号 商品価格は明白な安定性と粘着性をもって現れ,中小企業の競争価格形成と鮮 明な対照性を示す。このような競争価格は既に国家による価格ではなく完全に 企業にによる価格である。故に次のような過程が推断,しうる。国営商業,物資 単位が国家行政への隷属から若干の相互に競争的な大型企業に転換した時に, 彼等は生産部門における大企業・企業集団と同じく,継続的に市場を左右する 主導的な力となる。他方,社会主義国家が確固として主要物資の計画分配と価 格決定権を規制しなければならないのは,主として資源の極端に不足した緊急 条件下に国家工業化の骨幹と企業の独占的地位を確保する意味に限られる。こ のように計画化における国家の価格決定は,大企業・企業集団の協定価格と各 部門企業が先導する価格の方向に進化する可能性が最も強いのである。国家の 指導意図(計画化の目標)は極めて著しい程度において国家と大企業と大企業 集団の協調を通じて実現される。この視点では計画化と価値法則が対立的に或 いは単に主従・補完的関係として把えられていないことは明らかであり,私見 ではそれは社会主義所有制が私有制にまでつながる所有形態の多様性を可能に する理論的・実践的遡及性を有していることに由来するといえる。 × × × 多くの文献から以上紹介的に検討してきた諸規定と見解を,いわば選択的に 抽出し整理することにより,初歩的ではあるが全体的な理論的イメージとして 現段階の中国「計画的商品経済」の性格を,抽象的な概念をめぐる論争より一一 47) 歩進んで具体化した枠組の中で把握することができるのではないかと考える。 政治的変動はこの構造への発展にとり決定的障害には決してなりえないことは 明らかである。 47) この点で先駆的意義をもつ研究としてM・ドツプ,佐藤経明訳『社会主義計画経済 論』1973参照。又.経済改革の規範枠組を与えたとされるハンガリーのコルナイ・ヤ ーノシユ〈中国はハンガリー経済改革に何を学ぶか〉盛田常夫編訳,エコノミスト, 86.5.6参照。