震災を契機に発症した重症全結腸型潰瘍性大腸炎の1例
岡 部 敏 夫, 大 矢 敏 裕, 坂 本 輝 彦
本 広 志, 倉 林
誠, 高 橋 憲
家 里
裕, 横 森 忠 紘, 竹 吉
泉
大和田
進, 森 下 靖 雄
要旨 新潟県中越地震を契機に発症した重症全結腸型潰瘍性大腸炎の 1例を経験したので報告する. 症例は 42 歳の女性で, 2003年の検診で 潜血が陽性となったが, 大腸内視鏡検査では異常なかった. 2004年 10月 23 日の新潟県中越地震後より下痢が続いていた. 症状が改善しないため近医を受診し, 諸治療を受けるも下痢 が改善せず, 発熱,血 が加わったため,当科紹介となった.大腸内視鏡検査で,直腸から連続する出血を伴っ た深掘れ潰瘍が判明し, 全身症状, 血液生化学検査所見から重症全結腸型潰瘍性大腸炎の活動期と診断した. prednisolone静注, 5-aminosalicylic acid の内服と granulocytapheresis (以下, GCAP) で治療を開始した. 発 熱や腹痛は徐々に改善したが, 下血は続き, GCAP 1クール終了した時点の大腸内視鏡検査所見の改善は乏 しかった. 手術も 慮したが, GCAP2クール目に azathioprineを併用したところ寛解となった. 2005年 9 月 より職場に復帰し, 現在は通院加療中である.(Kitakanto Med J 2006;56:149∼153) キーワード:潰瘍性大腸炎, 地震, ストレス 緒 言 潰瘍性大腸炎 (UC) は Crohn病とともに炎症性腸疾 患 (IBD) に包括される疾患で, 近年, 我が国でも患者数 が増加してきている. IBD の病因については数多くの研 究がなされているが, いまだ明らかになっていない. こ れまでは, 外敵から身を守る免疫機構が正常に機能しな い自己免疫反応の異常による炎症性疾患としてとらえら れている. UC の増悪因子は様々であるが, 種々のスト レスも一因と えられている (表 1). 今回, 新潟県中越 地震を契機に発症した重症全結腸型潰瘍性大腸炎の 1例 を経験したので, 若干の文献的 察を加えて報告する. 症 例 症 例:42歳, 女性. 主 訴:下痢, 血 , 腹痛, 発熱. 家族歴:IBD などなし. 既往歴:虫垂切除の既往なし. 嗜好歴:能動喫煙はなし. 夫および職場での受動喫煙あ り. アルコールは機会飲酒のみ. 現病歴:2003年の大腸癌検診で 潜血偽陽性となり, 大 腸内視鏡検査を受けるも異常がなかった (図 1). 2004年 10月 23日の新潟県中越地震後より下痢が続いていた. 地震後数日間は保存食を摂取し, 車中泊をしていた. 同 年 11月になり仕事が再開されると, 地震の被害状況の 1 新潟県小千谷市本町1-13-33 小千谷 合病院外科 2 東京都荒川区西尾久2-1-10 東京女子医科大学附属東医療センター検 査科 3 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学大学院臓器病態外科 平成18年2月9日 受付 論文別刷請求先 〒371-8511 群馬県前橋市昭和町3-39-22 群馬大学臓器病態外科学 岡部敏夫 表1 潰瘍性大腸炎の増悪因子 外的環境の変化:季節, 転居, 海外旅行 薬 剤:5-ASA 製剤の中止, 下剤の乱用, NSAIDsや抗 生剤の 用 感染症:サイトメガロウイルス感染,上気道感染,尿路感 染, 胃腸炎など 検 査:下部消化管内視鏡検査, 注腸透視 生 活:過労, 睡眠不足, ストレス, 結婚, 妊娠, 経口摂取:アルコール, 高脂質食注:5-ASA, 5-aminosalicylic acid
把握など多忙となり, かなりの疲労を自覚していた. 同 年 12月になっても下痢は改善せず, その頃より, 時々血 にも気付くようになった. 近医を受診し, 止痢薬の投 与を受けるも下痢は改善しなかった. 同年 12月より発 熱が継続し, 紹介医を受診した. 抗生物質 (levofloxacin) や止痢薬の投与, 輸液の点滴治療を受けるも改善しな かったため, 精査加療目的で当院紹介入院となった. 入院時現症:身長は 160cm, 体重は 51kg, 体温は 37.7℃, 脈拍は 72/ で整, 血圧は 120/70mmHg であった. 眼瞼 結膜に 血があり, 眼球結膜に黄疸はなかった. 腹部は 平坦で, 下腹部に圧痛がみられたが,筋性防御,Blumberg 兆候はなかった. 浮腫もなかった. 入 院 時 血 液 検 査 所 見:WBC は 13160/mm , CRPは 9.9mg/dlと炎症所見と,桿状球が 40%と著明な核の左方 移動がみられた. Hbは 8.7g/dlと低下していた. 蛋白 は 5.0g/dl, アルブミンは 2.4g/dlと低蛋白血症がみられ た. 腫瘍マーカーは正常であった (表 2). 腹部CT検査所見:直腸および結腸壁全体に浮腫がみら れ, 壁が肥厚していた. 腹水はなかった. 入院時大腸内視鏡検査所見:痛みが強く下行結腸下部ま でしか観察できなかった. 直腸から下行結腸まで連続す る出血を伴った深掘れ潰瘍がみられ, 内視鏡診断は活動 型の潰瘍性大腸炎であった (図 2). 生検の病理学的診断 も潰瘍性大腸炎に矛盾しない所見であった. 入院後経過:排 回数は一日 10回以上, 発熱は 39℃台 となり, 顕血 もみられ, 重症と診断し, 潰瘍性大腸炎治 療指針改訂案 にしたがって治療を行った. TPN (Total Parenteral Nutrition) 下に, 60mg/dayの水溶性 pred-nisolone (以 下, PSL) を 静 注 し, 1.5g/dayの 5 -aminosalicylic acid (以下, 5-ASA), メサラジンの経口 投与を開始した. Hbが 6.9g/dlまで低下したため濃厚赤 血球液を 4単位輸血した. granulocytapheresis (以下, GCAP) 開始後, 発熱や腹痛は徐々に改善した. 再度の大 腸内視鏡で全結腸型潰瘍性大腸炎と診断した. PSL を 図1 入院 2年前の大腸内視鏡所見 : 粘膜に明らかな異常は ない. 図2 入院時大腸内視鏡所見 : 直腸から S状結腸にかけて深掘れ潰瘍がみられる. 表2 入院時血液生化学検査所見 WBC 13160/mm 白血球 画 (%) RBC 340×10 mm Myelo 1.0 Hb 8.7g/dl Meta 7.0 Ht 27% Sta 40.0 Plt 53.2×10 /mm Seg 20.0 TP 5.0g/dl Eo 1.0 Alb 2.4g/dl Baso 0.0
GOT 11 IU/l Mono 13.0
GPT 9 IU/l Ly 18.0
LDH 152 IU/l
ALP 173 IU/l 腫瘍マーカー
κ-GTP 9 IU/l CEA 1.1ng/ml T-Bil 0.5mg/dl CA19-9 2以下 U/ml
UA 2.3mg/dl BUN 5.6mg/dl Cr 0.5mg/dl Na 133mEq/l K 3.5mEq/l Cl 93mEq/l Amy 39 IU/l CRP 9.9mg/dl
40mg/dayの内服に変え, 2005年 1月より脂肪制限食を 開始した. この頃より, 心窩部痛を訴えたため, 上部消化 管内視鏡検査で十二指腸球部にビランを認め, 30mg/day の lansoprazoleの内服を開始した. その後も下痢, 下血 は続き, GCAP 1クール終了した時点での大腸内視鏡検 査所見の改善は乏しく, ステロイドの強力静注療法後に 深掘れ潰瘍が残存しているため手術も 慮した. 重症 度診断では中等症に改善したものの, ステロイドの減量 が困難であったことから, GCAPの 2クール目に azath-ioprine (以下, AZA) 50mg/dayの経口投与を併用した. その後, 全身症状や血液生化学検査所見で改善を認めた ため, PSL を漸減した. 大腸内視鏡検査所見でも劇的に 改善したため (図 3), PSL を 20mg/day, 5-ASA を 1.5g/ dayおよび AZA を 50mg/dayの維持投与で退院となっ た (図 4). 退院後経過:退院後は定期的に外来通院しながら PSL を漸減し, 最終的に 5mg/dayとした. 退院の 5ヵ月後, 子 供の感冒を契機に下痢が増悪したため, 大腸内視鏡検査 を施行したところ, 直腸炎型の再燃であった. サイトメ ガロウイルスの検査で陰性であったため, ステロイド (betamethazone sodium phosphate, 3.95mg/day) の注腸 投与を行い, 症状は改善し, 社会復帰した. 退院より 1年 2ヶ月経過した現在は月 1回の外来通院で様子をみてい る. 察 潰瘍性大腸炎 (UC) は Crohn病とともに炎症性腸疾 患 (以下,IBD)に包括され,欧米に多い疾患である.近年, 我が国でも患者数が増加してきており, 2003年度の厚生 労働省の特定疾患受給登録患者数が 77,571人と, 10年 前の 2倍以上となっている. 男女比はほぼ同数で, 発症 年 齢 の ピーク は 男 性 が 20−24歳, 女 性 は 26−30歳 に 図3 退院前大腸内視鏡検査 : Pseudopolyposis (矢印) がみ られ, 血管透見像も改善している.
図4 入院経過 : CF ; colon fiber, GCAP; granulocytapheresis, PSL ; prednisolone, AZA ; azathioprine I.V.; intravenous, P.O.; per os
なっている. IBD の病因や病態に関しては多くの研究がなされて きているが, いまだ明らかになっていない. 一般的には, 腸管の外敵から身を守る免疫機構の異常による自己免疫 機序が働いている炎症性疾患としてとらえられている. IBD 発症の修飾因子として遺伝的素因に加え, 喫煙, 幼 少期の感染, 虫垂切除, 食事, 経口避妊薬の服用, 乳児や 幼児期の環境因子, 麻疹や Mycobacteriumの感染などが 挙げられる. IBD 発生の地域差や人種格差, さらには IBD の家族暦などから遺伝的素因が重視されている. 一 方, UC の発生の危険を下げる因子として喫煙暦や虫垂 切除の既往が挙げられる. UC は緩解再燃を繰り返し, 慢性に経過する疾患であ ることから, 増悪因子を把握し再燃を避けることが治療 の要点となる. 表 1に示した UC の増悪因子 の中で自 験例に当てはまるのは, 過労, 睡眠不足, ストレスおよび 抗生物質の 用である. 三品ら は, 転職や家 内の不和 から急性増悪し, 外科切除となった症例を報告している. また, 岩井ら はラットの実験的大腸炎モデルに水浸拘 束ストレスを加えたところ, 大腸炎は増悪し, その機序 として末梢循環障害が えられると報告している. これ らは, 精神的および身体的ストレスが UC の増悪因子の 一つであることを示している. 阪神大震災後の初期に急 性心筋梗塞が多発し, さらに震災後一ヶ月の間に胃潰瘍 の発生が著明に増加していることは, 大震災が強いスト レスを惹起していることを物語る. 自験例は, 地震による自宅の損壊を受けなかったが, ライフラインは約 1週間停止しており, 衣食住の環境は 極度に悪化していた.また,職業柄,震災の影響で精神的, 肉体的に過労状態に陥っていた. UC が重症化するに十 な精神的, 肉体的ストレスがあったものと推定される. 2003年の検診時に 潜血が陽性であったが, 大腸内視鏡 検査では異常がなかったことから, その後に何らかの原 因で UC が発症し, 新潟県中越地震を契機に UC が増悪 し, 重症化したと えるのが妥当である. さらに震災の 影響による医療機関の混乱などからの受診の遅れや, 発 症後の抗生物質の内服も重症化の一因であろう. UC 重症全結腸型に対しては, 潰瘍性大腸炎治療指針 改訂案 にしたがって治療し, GCAPを 1クール終了し た時点でも大腸内視鏡検査所見の改善は乏しく, 深掘れ 潰瘍が残存していた. 重症度診断では中等症に改善した ものの, ステロイドの減量は困難であった. ステロイド 抵抗性の可能性もあり, 手術も 慮したが, 重症度が改 善していたことより免疫抑制剤の追加としてシクロスポ リンの静脈内投与 ではなく, 治療指針改訂案 にした がって AZA を選択した. AZA の併用で, 大腸内視鏡検 査所見や症状が劇的に改善し緩解導入が可能となった. しかし, 重症 UC の治療抵抗例は手術適応であり, 手術 時期を失することのないことが肝要である. なお, 本論文の要旨は第 70回日本消化器内視鏡学会 会 (2005年 10月, 神戸) で発表した. 稿を終えるにあたり, 新潟県中越地震の際, 小千谷 合病院にご援助いただいた災害支援医療チームの方々に 深く感謝いたします. 文 献 1. 渡邉 明,名川弘一.潰瘍性大腸炎の疫学―欧米と我が国 の比較. 日本臨床 2005; 63: 750-756.
2. Loftus, JR EB. Clinical epidemiology of inflammatory bowel diease: Incidence, prevalence, and environmental influences. Gastroenterology 2004; 126: 1504-17. 3. 井上 子, 仲瀬裕志, 千葉 勉. 潰瘍性大腸炎の発症機序 と増悪因子. 日本臨床 2005; 63: 757-762. 4. 棟方昭博 : 潰瘍性大腸炎の治療指針改訂に関する研究. 厚生労働省難治性腸管障害に関する調査研究班 平成 15年度報告書, 2004: 14-18. 5. 杉田 昭,荒井勝彦,木村英明ら.〔外科治療選択のタイミ ング〕重症潰瘍性大腸炎. 臨床外科 2005; 60: 61-68. 6. 三品秀人, 大 堅太郎, 北島寛元ら. ストレスを契機に急 性増悪し,外科切除となった潰瘍性大腸炎の 1例.静岡赤 十字病院研究報 2004; 24: 91-96. 7. 岩井淳浩, 宮原 透, 小山 洋ら. 実験的大腸炎モデルに おけるストレスの影響―潰瘍性大腸炎とストレスの関連 を えるうえに―. 心身医療 1994; 6: 69-77. 8. 千葉 勉. 震災後にみられた内科系疾患の状況―ストレ ス 起 因 性 疾 患 を 中 心 に―. 通 医 学 1999 ; 53: 166 -171.
9. Hannauer SB. Medical therapy for ulcerative colitis 2004. Gastroenterology 2004; 126: 1582-92.
Severe Ulcerative Colitis Due to the Stress
of an Earthquake Disaster
A Case Report
Toshio Okabe,
Toshihiro Ohya,
Teruhiko Sakamoto,
Hiroshi Matsumoto,
Makoto Kurabayashi,
Norifumi Takahashi,
Hiroshi Iesato,
Tadahiro Yokomori,
Izumi Takeyoshi,
Susumu Ohwada
and Yasuo Morishita
1 Department of Surgery, Ojiya General Hospital
2 Department of Clinical Laboratory, Tokyo Women s Medical University Medical Center East 3 The Second Department of Surgery, Gunma University
A case of severe ulcerative colitis of the entire colon, initially diagnosed after the Niigata-ken -Chuetsu earthquake,is presented. A 42-year-old woman underwent a colonoscopic examination after a positive immunochemical test for fecal occult blood in 2003. The colonoscopic examination showed no abnormal lesions. After the Niigata-ken-Chuetsu earthquake in Oct., 2004, she suffered frequent diarrhea. She was transferred to our hospital because of bloody diarrhea, rectal bleeding, abdominal cramps,and fever. Active ulcerative colitis (UC) was diagnosed on colonoscopy,which showed severe ulcers with bleeding from the rectum to the ascending colon, and the diagnosis of severe UC was confirmed microscopically by biopsy. She was treated with intravenous prednisolone (PSL), oral 5 -aminosalicylic acid (ASA),and granulocytapheresis(GCAP). After one course of granulocytapheresis, the colonoscopic findings,abdominal cramps,and fever improved slightly,although the bloody diarrhea continued. Azathioprine as an immunosuppressant was added to the PSL and ASA and a second course of GCAP was performed. She responded to the treatment well,with no adverse events,and this led to disease remission. She has been in remission for one year, and has resumed her job.(Kitakanto Med J 2006;56:149∼153)