長野大学紀要 第14巻 第3号 232-245頁 1992
ポン ド ・ブロックをめ ぐる英米抗争
― 英 米 金 融 協 定 か ら ガ ッ ト ―
The Pound Bloc; the Struggle between the U.K. and the U.S.
―From the Anglo-American Loan Agreement to the GATT―
Ⅰ
米 英 金 融 協 定 1.米 英金 融 協 定 の意 義 第二次大戦期 に、ア メ リカが武器貸与法 でイギ リスに貸与 した額は290億 ドル(ポン ド換算で71億 9,602万 ポン ド)、逆に、1942年 の英米相互援助協 定で、イギ リスがアメ リカに貸与 した額は、40億 ドル (ポン ド換算 で9億9,255万 ポン ド)であった。 両債権 ・債務 を差 引いて も、イギ リスはア メ リカ に対 して250億 ドル (ポン ド換算で62億347万 ポン ド)の対外債務 を負っていたが、この対外債務 に 戦後 の武器貸与パイプ ライン3
億5
千万 ドル を加 えた253億5千万 ドル (ポン ド換算で62億9,032万 ポン ド) と大戦 中に累積 したポン ド残高33億 ポン ドが 、第二次大戦後のイギ リス資本主義に とって 愁眉の課題 であった。 イギ リスはケインズを代 表 とす る代表団 を1945年9月11日に渡米 させ 、武器 貸与勘定の決済 と戦後の復興資金の供与 を得 るた めア メ リカ との交渉に入った。 この交渉は正式 に は英米金融通商討議 といわれ、議題は、(1)イギ リ スに対す るア メ リカの金融援肋 、戦時中の貿易 ・ 通貨諸制 限の動 員解除、(2)「武器貸与法」及び 「英 米相互援助協定」に もとづ く援助 と逆 貸与の清算、 イギ リス本国内にあるア メ リカの余剰軍需物資の 処分等、(
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)
国際貿易の諸障壁、国際的な貿易機関、 完全雇用 その他 に関す る 「商業政策」等であった。 その中で もイギ リスに とって死活の重要性 をもつ ものは、い うまで もな く英米金融協定 であった。 ケインズは、援助条件についてほ とん ど明 らか にせ ず、援助 の 目的について 「援助 の必要性 は 多 角的制度の もとで共通の利益 をはか るこ とにあ る河 合
正
修
MasanobuKawai
と説いた。 ここで金融援助 を受 け られない と、イ ギ リスは戦時中の為替管理 を維持 し、二 国間貿易 体制 をさらに強化せ ざるをえない」
(
1)と強調 し、も し援助 を与 えられれば、「出来 るだけ早 い時期に、 差別 のない正常の貿易慣習な らびに通商 ・関税面 で 自由化 を促進 で きる体制 に復帰す るための手段 を打 ち出す用意がある」(2)と述べ 、援助 と引換 えに イギ リスは、ア メ リカがいわゆ る大西洋憲章以来 念願 として きた 自由 ・無差別 ・多角主義 を受け入 れ る用意があるこ とを確認 した。逆 に、ア メ リカ としては、「イギ リスがブレ トン ・ウ ッズ協定 を批 准 し、国際貿易機構の設立 に参加す るこ とをか た く約束 しないか ぎり、同国に金融援助 を与 えるこ とは考 えられなか ったのである」(3! ケ インズは本国か ら無償援助 をと りつ け るよ う 要請 されていたが 、ア メ リカ側が これ をのみこめ る状 況になか ったか ら、次に無利子の援 助 を獲得 で きるよう全精力 を傾 けた。金利問題はア メ リカ に とって政 治問題であった。ア メ リカ代 表 団は、 「対英借款は、少な くとも財務省の資金調 達 コス ト に相 当す る金利 を付けない と議会 は承認 しないだ ろ うと主張 した。 これに対 してイギ リス代表団は、 イギ リス としては、金利 を支払 うこ とはけ っして 承服 しないであろ う」(4)と答えた。金融援 助 の金額 も、最終的に経済的要 因よ りも政 治的要 因に よっ て決定 された。ワシン トン交渉の最終議 題は、累 積 したポン ド残高の問題であった。ア メ リカ代 表 団は、交渉中に、イギ リスが戦時中に使 用 した武 器貸与物資に対す る債務 をすべ て棚上 げ し、また 未使用の武器貸与物資につ いて もその債 務 を棚上 げす ることに同意 した。 したが って、ア メ リカの233 長野大学紀要 第14巻 第 3号 1992 イギ リスに対す る250億 ドル相当の武器貸与 は帳 消 しになったのであ る。 しか し、累積 されたポン ド残高 をめ ぐって米英 は激 し く対立 し、金融協定 に ポン ド債務 の処理 につ いて具体 的な数値 を明記 しない ままに とどめ た。 英米金融協定 は1945年12月 6日に調印 された。 同協定 は、第1条一第11条で構成 されている。 ま た、同 日、武器貸与 ・相互援助 ・過剰軍需品及戦 時請求権の決済協定 に関す る英米共同覚書が締結 された。英米金融協定 (正式には英米両 国政府間 の金融協定 )の内容 は 、大 き く分けて、(1)イギ リ ス政府へ の借款供与、(2)その交換条件 とみ られ る 為替 ・貿易 ・通貨に関す る取決めか らなる。借款 供与については、ア メ リカが1951年12月31日まで に総額37億5,000万 ドルに達す る一連の クレジ ッ トをイギ リスに与 え る。償還条件に関 して、同期 日後、50年 閏年航、利率2%、必要 な場合 には利 払 いの放棄 を認める。 クレジ ッ トの 目的は、第3 条に規定 されているよ うに、「戦後過渡期 におけ る イギ リスの経常勘定収 支の赤字 を償 うの を援助 し、 イギ リスが金 ・ドル準備 を適正 な水準に維持 し、 イギ リス政府が、本協 定 ならびに他の協定に規定 されてい る多角 貿易の義務 を負えるよう支援す る こ と」(5)であった。借款 の交換条件 としては、い く つかの制 限条項が挿 入 され、イギ リス側に種 々の 義務 を負わせ た。同協 定が規定 しているイギ リス に対す る最大の義務 は 、貿易 多角化の義務 であっ た。 これにはポン ド地 域諸国の経常取 引、ア メ リ カの経常取 引、第三 国 の経常取 引、ポン ド残高の 累積処理が含 まれる。 ポン ド地域諸国の経常取 引 の規定 は、協定第7条 に記 されてい る。(6)これによ ってポン ド地域のポ ン ドの独 占権 は排除 され、ポ ン ドと ドル との交換性 、ポン ドが ドル と同等の地 位 に引下 げ られたの で ある。 また、ポン ド地域 の ドル ・プール制 に もとづ くすべての差別が撤去 さ れた。 第2の義務は、ア メ リカの経常取 引に関す るも のである。 これによってイギ リスは、ア メ リカ保 有のポン ド残高 につ き、その使用 を制 限 しないこ とになった。 また、差 別制限撤廃 の義務 は、種 々 の例外条項 を認めつつ も、非常に厳密 に規定 され ていた。(7) 第3の義務 は、1946年12月31日以降、イギ リス は貿易の数量制 限 を行 う場合 、ア メ リカを差別 し てほな らない とした。(8) イ ギ リスの第三 国に対す る義務 は、主 として西 ヨー ロッパ と南米諸国 を対象 とした ものであ るO 米英両 国政肝 は協定発動 後-年 以内に、経常取 引 に対す る支払い と振替 え を制 限 しないこ とにす る とともに、これ を第三 国に も通用す る もの とした。 最後に、ここで英米金融協定 はいか な る意義 を もったか を検討 してみ よう。何 よ りもこの協定 は 戦後の危機的状況にあ るイギ リス経済 を救済す る こ とを条件に、ア メ リカが イギ リスに対 して貿易 ・ 為替の 自由化 に応えるこ とを求め た ものであ る。 第
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に、この協定 はI
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協定 の枠内で実施 され る とい う点でI
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協定 と不可分離 となっているこ と である。事実 、この協定 の成立 はI
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協定の批准 とだ さあわせ となっていたこ とは、これ を雄弁 に ものがたっている。第3に、ア メ リカは ポン ド残 高の累積処理 をイギ リスに迫 り、スター リング ・ ブロ ックの解体 を意図 しつつ 、イギ リスに封鎖 さ れているポン ド残高 をポン ド地域諸国に解放す る とい う意味で反 ポン ド主義 であ り、ア ンテ ィ ・グ レー ト ・ブ リテンであ る。第4
に、英米両国の貿 易管理 の撤廃 、為 替制 限、為替統制 を排除す ると い うこ とか ら、イギ リス特恵関税制の撤廃に よる ポン ド ・スター リング ・ブロ ックの解体 と自由貿 易 多角主義 をかかげてい る点が画期 である。第5
に、武器貸与決済 ・相互援助決済 につ いてア メ リ カ側が、債権切捨て等の寛大 な処 置 をとったこ と で、イギ リス側はこの協定 で大幅 な譲歩 を強い ら れつつ も、ア メ リカ側か ら戦後復興 の借款 を得 た とい う意味で、英米金融協定 は妥協の産物である が、この協定に もとづ きスター リング ・ブロ ック は解体 され る運命にある。 2. ポ ン ド残 高の 累 積 処 理 第二次大戦の勃 発時に、イギ リスのポン ド残高 (イギ リスの対外債務 )は、総額4億7,600万 ポン ドに達 し、うち約2億5,000万 ポン ドない し3倍 ポ ン ドは、スター リング地域 内の他 の諸国の保有す るポン ド残高 であった。第二次大戦時のイギ リス の戦時金融は非常 に困難 な問題であった。イギ リ -2-河合正修 ポンド・ブロックをめぐる英米抗争 -英米金融協定からガット- 234 スの戟 費調達財源が主に海外に依存 していたか ら である。イギ リスは戦時金融のため他の諸 国か ら 50億 ポン ド余 を借 入れたが 、その60%はポン ド残 高の累積 とい う形態 をとった。 ポン ド残高の累積 は大戦 中に、二つ の理由か ら生 じた と思 われ る。 第
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は、ア メ リカ とカナ ダがイギ リスに対 して戦 時金融 を武器貸与法等 をつ うじて支援 したに もか か わ らず、イギ リスは戦争遂行 のために保有金及 び保有 ドル を引出 し、その うえで ドル証券 を売却 して ポン ド地域へ のア メ リカ ・カナ ダの貸付決済 に充てなければな らなか った。 このため 、ポン ド 地域諸 国はイギ リス政府 と協定 して、 自国内のア メ リカ軍の支 出又はその取 引か らえた ドル をすべ て ポン ドに引換 えた。 これの取決めは、ポン ド地 域 の ドル ・プール と度々いわれ るが 、この ドル ・ プールの操作 はポン ド残高の累積 に作用 した。 ポ ン ド残高が累積 した他 の理 由は、戦争 に直接にか か わる ものである。 イギ リス政府は軍需物資の調 達 をス ター リング地域 内諸国 (イン ド、エ ジプ ト、 アルゼ ンチ ン等 )に求め たのであって、この際 、 これ ら諸 国に対す るイギ リスの支払いは、ロン ド ンにおけ るイングラン ド銀行勘定に貸記 され る方 法 をとった。 また、これ ら諸国におけ る英米軍の 駐留の費用は、これ ら諸 国が現地調達 をしたので あるが 、イギ リス政府はこれ ら諸国に対す る支払 い も、イギ リスの これ ら諸 欝に対す る債務 として イングラン ド銀行勘定 に借記 されたのである。現 地駐留 のア メ リカ軍に対 して ドルで支払 った場合 には、ポン ドが ドルに引換 え操作 されたのであっ た。 この ように して、中近東及び東南ア ジアにお け るイギ リス及び連合軍の戦費支出は、これ ら地 域諸国の ポン ド残高 を増加 させ た. 1945年年末のイギ リスの対外債務 であるポン ド 残高は、33億3,200万 ポン ドで、その5分の4をポ ン ド地域諸 国が保有 してお り、この うち40%余が イン ドの保有す る残高であった。国際決済銀行 は 第1
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回次年次報告書 に於 いて各国別の ポン ド残高 保 有高 を公表 している。(第1表参照) か くして、ポン ド残高は大戦前の4億7,600万 ポ ン ドか ら第二次大戦 中の この時点で実に8倍 に増 加 した。 イギ リスが第二次大戦 中に対 して負 った 対外負債 であるポン ド残高 をいか に処理す るか は、 重大 な課題 となっていた。 す なわち、この問題は1944年7月の連合 国通 貨 金融会議の前夜か ら国際的な論議の対象 となって お り、イン ド代表はプ レイ トン ・ウ ッズ会議 で正 式に ポン ド残高の清算 を要求 し、エ ジプ トもこれ に賛 同 した。 イン ド代表はI
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が大規模 なポン ド 残高 を処理す るのに十分 な資力 をもたないこ とか ら代案 として、I
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協定 第6
条(
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i)との関連で、 「外 国信 用残 高 の合理 的な範囲内におけ る多角 的 清算」 を提議 したが、英米代表はこれに反対 し、 結局I
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協定 第8
条第4
項(a)にみ られ る外国保有 の外国為替残高の交換性は経常取引に限 られ るこ とに なった。 この規定は同時に、英米金融協定 第 7条 とも正 し く照応す るものであった。イギ リス 代表 ケインズは、ポン ド残高の処理 は当事 国の問 題 でI
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に支援 をあお ぐ意志 はない とした。(9)か くして、ポン ド残高の累積処理 は当事国間の協議 にゆだね られ るこ とになったのである。 ワシン トン交渉のイギ リス代表 はケインズ 、ア メ リカ側代表 はフレッ ド ・ビンソン財務長官、 ク レイ トン経済担当国務次官補 であった。 クレイ ト ンは 「イギ リスに対 して巨額の借款 を供与す るた めの前提条件 は、イギ リスが差別待遇 を改め、輸 入割 当 ・為替管理 ・特恵関税 を廃止 し、さ らに貿 易取 引量な らびにかか る制 限措置の廃止予定時期 につ いて、こまか く取 り決め るべ きであ る」
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と 勧告 した。 交渉の議題 は一つ一つが互 いに関連性 を もって お り、特にポン ド残高の累積 を削減す るこ とは、 ア メ リカに とってイギ リスに援助 を供与す る前提 条件 であったか ら、援助 とポン ド残高 とは密接 な 関連性 をもっていた。ア メ リカは、多角 貿易制度 の再建 に対す る障害 を除 く手段 として、戦 時中に イギ リスが使用 した武器貸与物資についてその債 務 を棚上 げす るこ とに同意 した。 しか し、 ポン ド 残高 の累積については、ア メ リカ代表団はその大 幅 な削減 を強 く要求 した。 また 「ポン ド残 高 を大 幅 に削減す るため 、ポン ド債権国が返済 を求めた 場合 に、その一部 を負担すべ きだ と示 唆 して い る」
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235 長野大学紀要 第14巻 第3号 1992 第1表 イ ギ リ ス の 対 外 債 務 (単位 :百万 ポン ド) 各 年 末 現 在 高 年 間 の 増 減 1944 1945 1946 1945 1946 対外借款 ア メ リカ :R.F.C.借款(1941) 73 63 54 -10 +1-590 武器 貸与決済 - 11262716 161 +161 新規 クレジッ ト - 150 -カ ナ ダ :無利子借款 140 105 -14 -21 新規 クレジッ ト - 129 - +129 イ ン ド:1942年10月借款 - 27 27 - -そ の 他 44 116 108 +72 - 8 対外借款合計 284 493 734 +209 +241 純 ポン ド残高等の債務ポン ド領域 :自治領オース トラ リア 156 148 185 - 8 +37 ニ ュー ジー ラン ド 43 75 83 +32 + 8 南ア連邦 26 59 ll +33 -48 エール地方 165 189 199 +24 +10 調 整自治領計 イン ド、ビルマお よび中東イン ド(15) - +10 -34 +10 -44 390 481 444 +91 -37 943 1,259 1,224 +316 -35 中 東イン ド、中東(16) 計 1,455974 1,649023 1,865326 +4+8095 -4-l6l その他 ポン ド領域諸 国ポン ド領域合計 非 ポン ド領域諸国南米等 477 561 593 +84 +32 2,364 2,944 2,893 +580 -51 89 53 140 -36 +87 欧 州 378 273 356 -105 +83 その他非 ポン ド領域合計 55236 38682 59187 -1+ 635 +1+2999 ポン ド残高等合計 2,887 3,332 3,480 +445 +148 (出所) 国際決済銀行年次報告書第12巻274頁 4
-河合正修 ポンド・ブロックをめぐる英米抗争 一美米金融協定からガッ ト- 236 英米間のワシン トン交渉の最終的な結末は、ポ ン ド残高の累積処理 について具体 的な数値 を挿 入 しなか った。英米金融協定 第10条は、イギ リス政 府が スター リング地域諸国な らびにその他諸国が 蓄積 した ポ ン ド残 高 の早 急 な処 分 に関す る協定 を関係諸 国 との 間 で結 ぶ意 志 が あ り、ス ター リ ン グ諸 国 との取 決 め は、次 の三 つ の カテ ゴ リー に分 けて実施す る と規定 した。す なわち
、(
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即座 に解 除 され、経常取 引のためにいか なる通貨 とも 交換可能な残高、(2)1951年 以降、年賦で解除 され る残高、(3)戦時及び戦後債務 の決済への寄与に応 じて、 また関係諸国がかか る決済か ら受 け る と期 待す る便益 を考慮 して調整 され るべ き残高である。 この ため 、イギ リス政肝はア メ リカ政府に対 して 解除 され、且つ経常支払いのために使用可能 なポ ン ド残高が、本協定発効 の1
カ年以内に、あ らゆ る通 貨地域 において差別待遇 を受 け るこ とな く、 無差別に 自由 に使用 で きるこ とに同意 した。 ポン ドの債務処理 についてその具体 的数字 は明 記 しなか った ものの、「英米両代表団は、非公式に 終局 的に どうい う結果にな るか を推計 し、交換 し た。 イギ リス代表団の1
人は、ポン ド債務 の約3
分の1は棚上 げされ、残 りの90%は長期 間繰 り延 べ られるであ ろうと試算 した。ア メ リカ代表団の 提案 は1946年 と1950年 の間に返済 され るポン ド債 務 は、 2億5千万 ポン ド(10億 ドル)にす ぎず、 その分は海外 ポン ド地域諸国が中央準備 に預託す るこ とによって、ち ょうど相殺 され る とい う前提 に立 っていた」(12)。 ア メ リカ としては、ポン ドの交換性 を回復す る ための前提 条件 として、ポン ド残高の累積 を処理 す る必要 が あったのである。1945年12月 6日の英 米金融協定 でイギ リスに課せ られた義務 に したが って、イギ リスは対英債権 国政府代表 との間でポ ン ド残高決 着剤 こ関す る交渉 を開始 した。国際決済 銀行 第17回年次報告書は 「イギ リスはす でに 多数 の非 ポン ド領域諸国、 とくに南米諸 国 との間に決 済協定 を締結 、イン ド・エ ジプ ト・その他一部諸 国 と交渉中であ る」(13)と告 げている。 ポン ド債務 に関す る公式統計の情報 をすべて入手で きないが、 数 カ国につ いて、BIS(国際決済銀行 )はその統計 を とりまとめている。 ポン ド債務 とは、具体的に はイギ リスの諸銀行の対外負債か ら対 外資産 を差 引いた碩及び諸外国が 自己通 貨の準備 として イギ リスにおいている資金 を含むが 、外国民間のイギ リス証券及び同様の対米請求韻は含 まないこ とをいつ。
第2表 一部諸国のポン ド保有高 (1946年末) (単位 :百万 ポン ド) 保 有 国 銀 行中 央 商 業銀 行 その他判明せる保有 合 計 イ ン ド 1,217 238 7 1,224 エジプ ト 141 46 425 エ - /レ 39 160 -199 オース トラリア 178 7 185 ニュージーランド 172 ll 83 南ア連邦 ll ll 合計
1,658 416 53 2,127 (出所 ) 国際決済銀行年次報告書第12巻278真 第2表 に よると、イギ リス連邦 の一部諸 国のポ ン ド残高は、1946年末21億 2,700万 ポーン ド、この うち5割以上が対 イン ドのポン ド残高 であった。 1947年 7月15日付 で有効 とな る英米金融協定 に も とづ く義務 を履行す るため、イギ リスは ポン ド地 域諸 国 と一連の協議 をして きたが、1946年 2月に カナ ダ と9月にアルゼ ンチ ン との協定 に調 印 した。 ところが、 この ようなポン ド残高の累積処理 は、 当時のイギ リスに とって死活問題 であった。何故 な ら、1946年 2月の石炭危機 、同年 7月の ドル不 足 を原因 として、イギ リスは戦後最大の経済危機 にみ まわれていたか らである。特 に ドル不 足は深 刻で、 ドル不 足額は4億 500万 ポン ドにのぼ って いた。 英 米金融協定の発動 は、深刻 な ドル不 足に落 ち 入っていたイギ リスをか ろうじて借款 を通 じて救 済 していたわけである。すなわち、対米 借款37億 5,000万 ドルの うち、ア メ リカか らの引出 しは1946 年4月の 4億 5,000万 ドル をピー クに、 その後大 体毎 月2- 3億 ドル程度 であったのが 、 7月には、237 長 野大学紀要 第14巻 第 3号 1992 自由交 換 に備 えて 7億 ドル 、 8月に 6億 ドルに 上昇 した。 しか し、ア メ リカはイギ リスを英米金 融協定に もとづ き救済 しつつ も、ポン ド残高の累 積処理 をつ うじて、ポン ド・スター リング圏の解 体 をポン ドの交換性 回復 と多角貿易の推進 とか ら めて意図 していたわけである。 3.英米金 融協 定の諸成果 英米金融協定の結果、ポン ド残高の処理は、結 局、ポン ド地域諸国 との間にみ られ るような各債 権国 との個別的協定の形態で行われた。個別協定 には、(1)アルゼ ンチン、ブラジル、エ ジプ ト、ウ ル グァィ、イン ド、パキスタン、セイロンとの協 定にみ られるように、多 くが毎年改訂 され、その 度に年賦的に来 るべ き1年 間に解除されるべ き額 が決定 された。 (2)オ⊥ス トラ リア、ニュージー ラ ン ドなどの債権国は、残高 をイギ リスへの贈与 と して帳消 しに した個別協定 を締結 した。 (3)解除額 の うちの若干は、イギ リスの輸出に対す る支払い に使用 された。これはいわゆる無償輸出 といわれ るもので、イギ リスに とって実物に よる借入れ返 済であった。 英米金融協定第
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条は、協定実施1
年以内に経 常取引に より取得 したポン ドをいかなる通貨地域 において も、差別 され ることな く、 自由に経常取 引の決済に使用され る措置 を規定 したが、この第 7条のポン ドの免換義務 を開始す るについては、 第10条に規定 された蓄積 されたポン ド残高 と区別 す る必要が生 じた。そこで先にみた各国 との解除 協定 を個別に締結す るにあたって、各国中央銀行 名儀 でイングラン ド銀行にそれぞれ二つの個別勘 定 を置いた。その第1
勘定は解除協定締結 日以後、 入手 した各国のポン ドを振込み、第2勘定にはそ れ以前に累積 したポン ド残高が振込 まれた。後者 が 「旧ポン ド残高」 とよばれ、英米金融協定 第10 条によって一定の方法で、イギ リスが解除すべ き 義務 を負 うものであ り、前者が英米金融協定 第7
条によ り党換 を行 う 「新 ポン ド残高」で、これが 交換性 ポン ドである。後者はイングラン ド銀行が 封鎖 したので 「封鎖勘定」 ともよばれる。だが封 鎖勘定残高はイギ リスの特定証券への投資を認め られ、封鎖 を解除された残高は、逐次第1勘定に 移記 された。 米英金融協定は1946年 7月15日、アメ リカ議会 の批准によって発効 した。そして翌年の7月15日 以内に、イギ リスは第1
勘定のポン ド残高につい て ドルへの交換性の義務 を負ったが、これは居住 者勘定のポン ドの ドル-の交換性 であった。だが、 イギ リスは非居住者ポン ドの交換性のために、非 スター リング、非 ドル地域諸国 と協定 を締結 して 新 たに振替可能勘定 を設定 した。なお、この振替 可能勘定は経常取引に関 してア メ リカ勘定 を含む すべての勘定 との相互振替 を認め られたのである。 ア メ リカ勘定 とは 「ア メ リカ合衆国登録勘定」 と 「中央 ア メ リカ勘 定」が、1945年 7月に統一 され た ものである。ア メ リカ勘定地域の範囲は、第1 図の通 りである。 アメ リカ勘定の特色は、第1に、アメ リカ勘定 保有の ポン ド残高 を無制限に使用 できることであ る。す なわち、ア メ リカ勘定か らのポン ド引出 し は、経常取 引 と資本取 引 とを問わず、可能である ことである。第2に、ア メ リカ勘 定へのポン ド貸 記は、他のアメ リカ勘定か らの ものならば、無条 件 に行 うことができる。 またア メ リカ勘定へのポ ン ド貸記が、 トランスファー可能勘定か らの もの であるときは、経常取引のための ポン ドである場 合に、 トランスファー可能勘定の通貨当局の監督 を要す る。第3に、ア メ リカ勘定保有のポン ドは、 双務勘定地域への もの を除 き、他のいかなる地域 の勘定へ も自由に トランスファー できる。 双務勘定地域は、大戦中にイギ リスがポン ド防 衛のため無数にネ ッ ト ・ワー クした特別勘定協定 におけ る特別勘定地域であるが 、一般に振替は認 め られなか った。以上の勘定地域以外に 「その他 勘定」地域がある。この勘定は 「ポン ド地域」、「ア メ リカ勘定地域」、「振替可能勘定地域」、「双務勘 定地域」以外の勘定地域 であって、その保有ポン ド残高 を経常取引のためにのみ使用す ることを確 約できない諸国か らなる。 振替可能勘定は1946年 9月にアルゼ ンチンに対 して開設され、1947年7月15日までに18カ国に拡 大 された。 したが って、非居住者のポン ドの交換 性はかな りの範囲で実施 された。 しか るに、 7月 のイギ リスの ドル流出額は、 4億 9,800万 ポン ド と急増 したため、当局は期 日直前に協定第8条 を -6-河合正修 ポン ド・ブロックをめ ぐる英米抗争 一英米金融協定からガット一 第 1図 イギ リスの外国勘定管理状況 (1951年 2月現在) ア メ リ カ 勘 定 諸 国 ボ リビア コロンビア コスタ リカ 内部間の キューバ 振替可能 ドミニカ共和国 エ クア ドル ガテマ ラ - イ チ ホンジュラス メキシコ ニ カラガ バ ナ マ フ イリッピン サルパ ドル 米国及保護領 ベ ネズエ ラ 振 替 可 能 勘 定 諸 国 支払いが 「振替勘 定」 とし て指定 さ れた勘 定 か ら行 わ る場合 は 内部問の 振替可能 エ ジフoトスタン *オース トリア チ リ ー チ ェコスロバ キヤ *デ ンマー ク (含 フア ロア諸島 と グ リー ンラン ド) エ ジプ ト エチオ ピア フ ィンラン ド *ギ リシャ *イタ リー *オランダ 貨幣領域 *ノールウェ イ ポー ラン ド スペ イン 貨幣領域 *スエーデ ン タ イ ソ 連 邦 イ ラ ン 其 他 諸 国 内部間の アフガニス タン、アルバニヤ 、キレナイカ、エ リトリア、 振替可能 リベ リア、ネパール、サ ウジアラ ビヤ、南鮮 、トリポ リタニア 指 定 地 域 (傍 域 ) 一般 に内部間の振替は 自由に許 され 英連邦(カナ ダを除 く) アイル ラン ド共和国 てい るが 、南阿、フィジー 、香港 、 英国委任統治領 英保護領及保護 国 印度 、オ-ス トラ ))ヤでは若干の制 ビ ノレ マ ア イスラン ド 双 務 勘 定 諸 国 アルゼ ンチ ン 仏領 ソマ リー海岸 *ポル トガル貨幣領域 *ベ ルギ-貨幣領域 * ドイツ(西方地域 ) ルーマニヤ ブラジル * ドイツ(ソ連地域 )◆ *ス イ ス 英国為振管理 当局 の持 ブルガ リヤ - ンガ リー シ リ ヤ 許がない限 り内部間の カ ナ ダ イス ラエル タンジール 振替は不能○ 中 国 日 本 * ト ル コ 台 湾 レバ ノン ウルガイ *フランス及 パ ラガイ ヴァチカン市 *印は
E.
P.
U参加 臥 アイスラン ドは指定地域 に含 まれているが、E.
P.
U参加 国。 〔註〕 此の図表は ミッ ドラン ド銀行の作成にかか るものである。 (出所) 東京銀行 月報。 238239 長野大学紀要 第14巻第 3号 1992 発動 して振替可能勘 定 設定交渉中の
1
4
ヵ国に対す る交換性 回復の猶予 を求め、ア メ リカは これに同 意 を与 えた。ポン ドの交換性 回復以降、 ドルの喪 失 テンポが一層強 ま り、毎週1億 ポン ドを越 えた。 このため イギ リスは英 米金融協定に もとづ く対米 借款 を大量に引出 した。 8月16日に、対米 クレジ ッ トはわずか8
億5,
0
0
0
万 ドル を残すにす ぎず、 次の1
カ月後に、対 米 借款は底 をつ くこ とが あ き らか となった。 イギ リス政府はア メ ])カ当局 と急速協議 を行 い、2
0
日に振替可能勘定 を通ずるポン ドの交換性 を停 止す るにいたった。 イ ギ リスの交換性 回復の失敗 は、当時の ポン ド ・ス ター リング圏の ドル不 足に あったこ とは言 うまで もないが 、イギ リス国際収 支上の金融勘定収支 の債権 ・債務状態の不安定性 とポン ド残高の累積処 理が不十分 であったこ とに よるのであ る。 英米金融協定 の結果 、ポン ドは ドル との交換性 を回復 した。ポン ド ・スター リング圏は振替可能 勘定の開設によってア メ リカ勘定及びその他 の勘 定 との振替が認め られ ることを通 じて ドルの侵透 を受け るこ とになったのである。 ポン ドの交換性 回復は、ポン ド ・ス ター リング国の諸国が累積 ポ ン ド残高 を通 じてイギ リス通貨当局 に ドルへ の交 換性 を要求 したこ とで 、イングラン ド銀行の外貨 準備は減少 して ドル不 足にみ まわれた。 したが って、ア メ リカのイギ リスに対す るポン ドの交換性 の回復は 、 ポン ド ・スター リング圏の ポン ドか ら ドルへの転 換 、ポン ド・スター リング 圏の解体 を意味 して い たのである。Ⅰ
Ⅰ
国 際 貿 易 機 構 構 想 とGATT
の 成 立 1. 国際 貿易機 構 構 想 と米 英 の抗 争1
9
4
3
年9
月、米英両 国の専 門家 グルー プが ワシ ン トンで通商政策に関す る非公式の会談 を行 った。 イギ 1)ス側か ら、団長 である リチ ャー ド ・ロー 通商同盟案 の起草者 で あるジェームス ・ミー ド、 ア メ リカ側か ら団長 のマ イロン・
C
・テイラー 、通 商政策に関す る多角協 定の起草者 と目され る- リ ー ・ホ- キンズ等が 出席 した。 ここで両 国は、雇 用問題 に関す る一般 的 な原則、数 量制 限な らびに 英米相互援助協定で合 意 をみた第7
条に もとづ く 大幅 な関税引下 げ と特恵関税 を含 むすべての差別 待遇の撤廃 につ いて意見の一致 をみて、そのため に国際貿易機構(
I
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I
TO)
を設立す ることで合意 した。その後、イ ギ リス側の事情 に よって、通商政策に関する協議は 中断 されていた。 ようや く、1
9
4
5
年初めに、I
TO
構想に関す る協議が 、まず ロン ドンで もたれ、次 いで同年9月にワシン トンで もたれた。 ワ シン トン交 渉で、ア メ リカは 「国際貿易雇用 会議 に よる考察 に関す る提案」 を発表 した。 この 提案 のい きさつ につ いて、N
・ガー ドナ- は 「こ の提案 を発表す る時期が、英米金 融協定 と同時に 発表す る意図の もとに引 き延 ば された。それはア メ リカが この提案 をイギ リスに対す る借款な らび に武器貸与 に もとづ く負債 を帳消 しにす る見返 り の一つ であ る と訴 えるためであった」(1) と指摘 し ている。 ア メ リカの この提案 は、「雇用 に関す る提案」と 「国際貿 易機構 に関す る提案」の二つの部分 よ り 構成 されていた。 ここに 「雇用に関す る提案」の 規定が 「国際貿易機構に関す る提案」 と同時に提 案 されたこ とは、雇用問題が1
9
3
0
年代の大恐慌以 来、いか に重要 な問題であるか認識 されていたか らである。 また、雇用問題が貿易障壁 と密接 な関 係があったか らである。1
9
4
5
年11月、ア メ リカ政府 は 「国際貿易 と雇用 の拡大に関す る提案」 を行 った。 これは通商政策 に関す る米英両 国の妥協案 であ り、世 界各国の雇 用及び消費の増大 を図 り、人類の福祉 と繁栄 を達 成す るために、物資の交易 と分配 の過程におけ る 障害 を除去せ ねばな らない とし、世 界貿易に関す る国際協定 を締結 し、国際連合の下 に国際貿易機 関の創設 を唱導 した ものである。 この提案 の中で の最大の中心点は、輸 出入数 量制 限 と関税及び特 恵関税である。 輸出入数 量制 限につ いては、原則 として数量制 限 を行 ってほな らないが 、例 外規定 として国際収 支の均衡 回復 のための一手段 として数 量制 限 を行 うこ とがで きる とした。 また、特別 の例外規定 と して国内価格支持政策 を遂行す るのに必要 な場合 に限 り、農産物の輸入に対 して数 量制 限 を許容す るこ とに した。 この ようにア メ リカは、1
9
3
3
年 に ー8-河合正修 ポン ド ・ブ ロ ックをめ ぐる英米抗争 -英米金融協定か らか yトー 240 制定 した 「農業調 整法」第22条 との適合 をはか っ て国内農業 を保護 したのであ る。 他方で、ア メ リカは関税及び特恵関税につ いて 提案の中で次の三点 を強調 した。 第
1
は多角的二 国間交渉方式の大幅関税 引下 げに関す る取決め を 締結す るこ と、第2は特 恵関税の廃 止、第 3は関 税 に関す る義務規定の免責条項 を設け るこ とであ る。 この免責 条項 は 「互 恵通商協定法」(1934年 ) との適合 をはか って、「急 激かつ 広 範 囲 にわたっ て関係生産者が被害 を受 け るの を防止す るため に 一 時的な措置」(2)をこうじるの を許容す る もので あ る。 1946年2月、国際連合経済社会理事会は、19カ 国か らなる準備委員会 を組織 して、国際貿易雇用 会議 設立に関す る協定の草案 にあた らせ た。同年 9月、ア メ リカは「国際貿易機構憲章草案」を発表 した。 これ をロン ドン草案 とい う。 これが10月の ロン ドン予備会議 で検討 されたか らである。1946 年10月か ら11月にかけて、ロン ドンにおいてITO 憲章起草準備委員会が19カ国の参加 の もとに開催 された。ただ しソ連は参加 しなか った。 この準備 委 員会の討議 の対 象 となったのが、先 のア メ リカ の憲章草案 である。憲章草案の規定は8章89条か らなっている。 ロン ドン草案 の最 も重要 な規定 は 次の通 りである。 まず第1に雇用についての規定が本機構の 目的 との関係につ いて述べ られている。加盟諸Elが需 要 と雇用 とを維持す る政策は、本機構の他の 目的 及び諸規定 と合致す るとい うこ と、そのためには、 国際収支の不 整合の除去 、外部か らのデフレー シ ョンの圧迫 を受け る諸国の保護が必要 であ り、雇 用 に関す る問題、情勢及 び政 策につ いての情報交 換 と分析 ・協議 に加盟諸国が参加す るこ とが不可 欠である としている。(第3章 第4- 9条 ) 第2
に、一般通商政策の規定 である。 これは、 ITO憲章草案 の うち最 も重要 な部分 であ り、ここ で一般通商協定 、関税率 及び特恵、数量的制限及 び為 替制 限、補助金、国営貿易等の広範囲の複雑 な障害 とな る重要 な諸問題 を扱 っている。(第5章 14条∼38条 ) 第3は、制 限的商慣行及び政府間の商品協定 で あ る。(第6章 一第 7章 ) 以上 のア メ リカ案 に対 して、イギ リスは どの よ うに対応 し、抗争 したのであろ うか。 第1の雇用問題につ いて、イギ リスは完全雇用 を重視 して ロン ドン会議 において国際雇用貿易政 策協定 の構想 を示 し、同協定に挿入す る雇用 に関 す る規定の草案 を提 出 した。その構想によれば、 雇用に関す る義務 は、別途協定の形 をとるか 、あ るいは一般協定の一部 を構成す る もの とし、その 協定 は国際貿易機構や 国連の各専 門機関に関連 し た問題 であ る としてい る。イギ リス草案 は次の3 点 を強調 していた。第1は、諸 国の経済政策 との 関連 において果すべ き国際的な義務 、第2
はかか る義務 と通商政策上の義務 につ いて、国内で完全 雇用 を追求 している国は、国外か らのデ フレ圧力 に対 して保護手段 をこうじることが で きる。 第3 に、完全雇用 を維持す るため積極的な国際協 力措 置が必要である。 この うち、第2
の義務 は各国が 国際収 支の不均衡 に陥 り、「絶 えず他 国 に 国 際収 支上 の困難 をもた らし、完全雇用 を阻害す るよう な場合 は国際収支の是正 をはか るため、その政 治・ 経済体制に即 して適切 な措置 をとる」(3)義務 であ る。 この義務 は 「他の諸国の有効需要が極度 に も しくは急激に減少 した場合 、加盟国はそれに よっ て生 じるデ フレ圧力か ら経済 を擁護す るため 、憲 章 の定める規定の範囲内で適切 な措置 をこ うじる 必要が ある」(4)こ とを規定 した もので、 この こ と はア メ リカが不況に陥 った場合 、加 盟国は 多角的 義務 を免除 され るとい う雇用の免責 条項 を設け る とい うものであった。 これはア メ リカに とって承 服 Lが たい もので、ア メ リカのみに義務 を負わせ るもの として反対 した。結局 、両者は妥結 して、 ロン ドン憲章 第7条は 「国際収支に基礎 的不均衡 が生 じ、その結果、他の加盟 国が国際収 支 困難に 陥 り、雇用 を維持す るのに不 利な条件に置かれた 場合 は、不均衡 を是正す るための措置に対 して十 分寄与す る」(5)と規定 している。 第3の提案 は完全雇用 を維持す るため の国際協 力 を要 請 した もので 「国際貿易機構の範鴫か らは ず されて国連の諸機関に委託 されたが、早急 に実 施 され る見込みはほ とん どなか ったのであ る」(6) とガー ドナは述べている。 ロン ドン会議 での英米抗争 の第2
の重要 問題は、 数量制 限の撤廃 であった。 クレイ トンの憲章草案2
4
1
長野大学紀要 第1
4
巻 第3
号1
9
9
2
では、1
9
4
9
年1
2
月3
1
日まで を戦後過渡期 と規定 し、 この期 限 まで加盟国は他の加盟 国 と協議の上 、国 際収支上 の理 由か ら数量制 限を課す ことが で き、 期限終了 とともにかか る制 限 を撤廃す ることにな っていた。 イギ リスは戦後過渡期及びア メ リカが 不況にな った時 ,制 限措置が必要 である とし、ま た他の諸 国のイギ リス- の輸出制 限について もそ の撤廃 を求めたO またイギ ])スはア メ リカの戦後 過渡期 の期間が短 いこ とで反対 し、国際収支上の 理由か ら数量制 限 を行 うか否かにつ いては、各国 の 自主性 に よるべ きだ とした。 こうして、ロン ド ン憲章 には、数量制 限に対す る制約 を緩和 したい とい うイギ リスの要求が受け入れ られて規定 に盛 り込 まれた。差別制 限については、その適用範囲 が問題 とな り、「ア メ リカの憲章草案 では、戦時中 及び戦後初期 に蓄積 された交換可能通貨 を使用す る場合 に限って、差別制 限 を許容す る と規定 して いたが、この条件は きび し く--イギ リスはこれ を受け入れ ようとしなか った。結局 、ア メ リカ と しては、差別制 限の許容期 間 として、 もっ と長 い 期間 を必要 とす る とい う一般 の意見に したがわ ざ るをえなか った。」(7) か くして、ロン ドン憲章第2
8
条に無差別待遇 の 例外条項が規定 されたのである。即 ち、I
MF
協定 第7条第3節に もとづ き認容せ られ る為替制 限 と 同等の効果 をもつ制 限、輸出国がその輸出代金 と して 自国通 貨又は輸出国の指定す るI
MF
加盟国の 通 貨 を受取 るこ とを保証す るため必要 な輸出の附 帯条件等の例外規定 である。ガー ドナは 「結局 、 差別制限につ いては、イギ リスに とって きわめて 都合の良い趣 旨の条項が、最終的なロン ドン憲章 の規定 として挿入 され るこ とになった。
」
(
8)と指摘 している。最終的に、この例外事項に もとづ く差 別制 限は、将来に もちこされ るこ ととなった。 2. 国際 貿易機 構(
l
TO)
の 流 産 国際貿易憲章最終草案 は、準備委員会の委員の 代表者か ら成 る起草委員会が1
9
4
7
年1
月及び2
月 にニュー ヨー クにおいて暫定草案の修正 を行 い、1
9
4
7
年4
月か ら開催 され るジュネーブでの準備委 員会 の基本資料 とした。 ジュネーブ会議前の米英 の態度 は、基本的な点 で全 く対立 していた。ア メ リカは まず英連邦特恵関税 を廃 止に もちこむ こ と が、国際貿易機構(
I
TO)
成立の必須条件 と考 え ていた。に もかかわ らず 、ア メ リカは前年 の1
9
4
6
年 にフ イ リッビン との間で特恵制 度 を設定 した。1
9
4
7
年2
月、ア メ リカ政府は 「貿易協定計画の運 営に関す る大統領訓令」を行 い、「政肝は今後、貿 易協定 を結ぶ場合 、必ず免責 条項 を挿入 し、国内 産業が阻害 され、あるいは阻害 され る恐れが出た 場合 は、譲歩 を取消 し、ない しは修正す る」(9)と し、国内宥和 をはか った。1
9
4
7
年6
月のア メ リカ 議会 は、毛織物産業 に対 し価格支持措置 を施 し、 毛織物輸入税 を引上 げる法案 を可決 したが 、 トル ーマ ン大統領 はこれ を拒否権発動 でほ うむ った。 この ようなア メ リカ側 の動 きに対 して、イギ リス 側 は1
9
4
7
年4
月に、イギ リス代表 団が記者会見 を 行 い、ア メ リカが関税5
0
%
引下げ を提案 して も、 イギ リスは英連邦特恵関税 を廃止 しない と言明 し た。 関税及び特恵関税に関す るジュネーブ会議は、2
3
ヵ国の参加 の もとに同年4
月か ら1
0
月まで催 さ れた。 この ジュネー ブ会議 でア メ リカは、(
1
)
5
0%
の関税引下 げ、(2)3年 の猶予期 間の後、1
0
年以内 に漸進的に英連邦特恵関税 を廃止す るこ とを提案 した。 これに対 して、イギ リスは既存特恵関税の 一部 (3分 の1以下 )の関税引下 げ と全面的廃止は さけ とオー トバ イの2
品 目とした。結局 、この会 議 で妥結 した内容は、ア メ リカ側 が1
9
3
9
年 輸入実 績に換算 して1
7
億7,
0
0
0
万 ドルに相 当す る輸入品 目の大部分について5
0%
の関税引下 げ を行 う。 イ ギ リス側 は、1
9
3
8
年英特恵対象品 目の英連邦諸 国 の対英輸出総額の うち2
5%
に相 当す る輸出品につ いて特恵関税 を引下 げ るの と5%
相 当分の特恵関 税 を廃止す る とした。 先の基本資料は会議 に提 出され、国際貿易機構 最終草案 となった。 この ジュネー ブ案はロン ドン 案 と若干の異同 と削除 を伴 ったが 、第1章 ∼第9章 、1
0
0
条か ら構成 されている。この最 終草案 を土台に して1
9
4
7-4
8
年 の冬、-バナにお いて、5
3
ヵ国の 代表がI
TO
憲章 を作成 したのであ る。憲章 は彪大 な文書で1
0
6
条 と1
6
の附録 を含ん でいる。憲章 の 重要規定は、通商政策 、経済開発及び再建 、商品 協定 、制 限的商慣行 、雇用及び経済活動 、その他 実施上の規定 としての機構 、強制 にわたってい る。 この うち最 も重要 な規定が第4章 の通商政策で、 ー 10-河合正修 ボント ブロックをめ ぐる英米抗争 一英米金融協定からガット-
2
4
2
この部分が憲章 の大部分 を占め且つ 中心的部分 を な した。I
TO
の憲章の完成に至 るまでの最大の稚 関は、両 国に とって重要 な未解決問題 であった差 別制 限に対す る例 外規定 と低 開発国の開発 を促進 す るための例 外条項に関す るものであった。 ガー ドナ- は この二つ の懸案事項につ いて次の ように述べている。第1の差別制 限に対す る例 外 規定 では、ア メ リカはロン ドン草案 に大 きな変更 を加 えることに反対 した。ア メ リカの反対 に もか か わ らず差別 に関す る条項は徹底的に修正 された。 諸 Elは基金協定 で許容 されている差別制限に相 当 す る方法 で差別 しな くて もよいこ とになった。す なわ ちI
TO
加盟 国は次の二つの条件か ら差別待遇 を採用 して もよいこ とになった。第1の条件は、 加 盟国は経常 的国際取 引に関す る支払 い及び送金 に関 してI
MF
協定 第1
4
条によって該参加 国がその 当時許容 されている制 限 と同様の効力 をもつ方法 で差別待遇 を行 うこ とがで きる。第2
の条件は、 ジュネー ブ議定書調 印国は附属書Kの適用 を選 ぶ こ とがで きる。差別待遇 によって輸入 された生産 物 の価格水準が、他 の加 入国か ら正規 に得 られ る 同等の商 品価格 よ りあ ま り高 く設定 されないこ と、 この種の行動 が他のいずれの加 入国の商業上 また は経済上 の利益 をも無用に傷つけ る原因 とな らな い こ とである。-パナ会議 では、イギ リスその他 の諸 国が無差別待遇規定 を一層緩和す るよう要請 した。 第2
の例外規定であ る経済開発につ いては、ロ ン ドン会議 までI
TO
構想の中で重視 されていなか った。ガー ドナ-が指摘 しているように、ロン ド ン会議でオー ス トラ リア、イン ド等の低開発諸国 が 、「国際貿易雇用会議 に関す る提案」 と 「憲章草 案」 はいずれ も低開発国の経済開発問題 を十分考 慮 していない として、先進諸国、 とりわけ英米に 対 して鋭 い批判 を行 った。低 開発諸国は経済開発 が 国際貿易機構の主要 目的であること、それ を推 進す るこ とは先進工業国の責任 である とい う特別 条項 を挿 入す ることに成功 した。 さらに、特恵関 税条項、投資条項につ いて も大幅 な例外規定 を要 求 した。例 えば、経済開発のための地域 的な特恵 関税 、対 内投資に介入す る権利である。(10) -バ ナ憲章(
I
TO
憲章 )の運命 は、1
9
4
9
年1
月 23日の調印以降の英米の論議 にゆだね られ た。イ ギ リスにおけ るI
TO
憲章 に関す る論議 は前途 多難 であった。 イギ リス政肝は、ア メ リカが行動 を起 す までI
TO
憲章の議会批准 をしない と示唆 した。 イギ リス国内の不満は、第1にア メ リカの援助 と 引換 えに通商政策上 、不利な合意 を余儀 な くされ た とい うこ と。第2
に、I
TO
憲章 の規定 で既存の 特恵関税の撤廃 について交渉 を行 うとい う約束が 、 とりか わされたこ とである。イギ リス保守党は、1
9
4
8
年 の年 次総会 で英連邦特恵関税に対す る制約 が除かれ るまでI
TO
とGATT
に反対す るこ とを決 議 したのである。 ア メ リカの雲行 きはI
TO
の成立 に とって一層悲 観的であった。I
TO
に対す る国内の支持 は、ロン ドン、 ジュネーブ、-バナ と経過す る毎 に下降 し は じめ、I
TO
の ような国際機構 を設立す ること自 体が不 可能 となる状況 となった。1
9
4
8
年春 、-バ ナ会議 が終了 した項 、ア メ リカ議会はマー シャル 援助 に忙殺 され る ところ となった。1
9
4
9
年 には、NATO
問題が議会 で討議 された。1
9
5
0
年 に、議会 はI
TO
憲章の公聴会 を開始 したのであるが 、夏に 朝鮮戦争が勃発 したのである。同 じ頃、国内では 全 国製造業者協会 、全国外国貿易協議会 、米国商 業会議 所等がI
TO
憲章 に反対 した。 クレイ トンは 懸命な説得 を行 ったが、効 を奏 しなか った。1
9
5
0
年1
2
月6
日、ア メ リカ政府はI
TO
憲章の案件 を再 び議会 に提 出すべ きでない として、I
TO
憲章 をほ うむ り去 ったのである。I
TO
憲章が流産 した理由 として、ガー ドナ-は四つの原因 をあげている。 す なわち国際通貨基金や世 界銀行 の ように、戦時 中の熱意が さめない うちに計画 を発足 させ なか っ たこと、計画当初に、低 開発諸国の経済的要求に対 して十分 な注意 を払わなか ったこ と、戦 後過渡期 の問題 につ いて時機 をえた対策 を とらえなか った こ と、ア メ リカ とイギ リス とが、I
TO
に それぞれ 都合 の良 い経済原則 を詳細に規定 しよう としたこ とであ る。3.ガッ トの成立
すでにみた ように、I
TO
設立のための準備委員 会 は、I
TO
憲章 を起草す るため4
6
年秋か ら4
7
年夏 にかけて、ロン ドン、ニュー ヨー ク、ジ ュネーブ2
4
3
長野大学紀要 第14巻 第 3号 1992 の世 界各地で会議 をもち、それぞれ ロン ドン憲章 試案 、ニ ュー ヨー クでのI
TO
憲章試案の討論 を経 て、4
7
年 にジュネーブでI
TO
憲章試案の最終審議 を行 っていたが 、これ と並行 して1
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年4
月1
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日 か ら1
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月末にかけて、多角 的関税 引下 げ交渉が 、 準備委員会 の メンバー国 を中心に2
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カ国の参加 を 得て国際貿易機構予備会議 の もとに続け られてい た。会議 に先立 ち、イギ リス を代表 して ク リッブ スは、ア メ リカが仮 にすべての関税 を5
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%
引下 げ ると提案 して も、イギ リスは特恵関税 を廃止 しな い と語 った。 予想通 り、 クレイ トンに率 い られたア メ リカ代 表団は、広範国にわたる輸入品 目について最高限 度5
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%
の関税引下 げ を提案 した。 これに対 してイ ギ リス側 の提案 は、既存の特恵関税の引下 げに と どま り、全面的特恵関税の撤廃は、わずかに2品 目にす ぎなか ったO次いでア メ リカ側は、マー シ ャル援助法第7条 と国際貿易雇用会議に関す る提 案 を引合 いに しなが ら、スムー ト ・ホー レイ関税 の廃 止のみな らず、1
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年 の関税体系に もどるこ とを提案 した。 しか し、イギ リスは現在、深刻 な 経済危機 にあるので、当分の問多角 貿易の義務 を 受け入れ られない と返答 した。両 国の交渉は暗礁 にの り、事態回避 のため、 クレイ トンは3年 の猶 予期 間 をお き、以後1
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年以 内にイギ リス連邦特恵 関税の廃 止 をうたった最終提案 を行 った。 9月後 半に、イギ リスはこの提案 をも拒絶 した。 こ うし て、ジュネーブ会議は決裂状態の一歩手前にあっ たが 、ア メ リカはイギ リスが対英 自治領 との貿易 で享受 している特恵について譲歩す る提案 を受 け 入れ、これ と交換に英連邦 自治領 は対英貿易で享 受 していた特恵 を削減す るこ とに同意 した。か く して、ジュネーブ会議は、最後の段階で決裂 を免 れたのである。 英連邦特恵関税の廃止は、英連邦諸 国の対英輸 出について達成 されたが、実質的にイギ リスの対 連邦諸国に対す る特恵関税の廃止につ いて、ア メ リカはほ とん ど実現 で きなか った。その証拠に、 関税 ・貿易一般協定の附表の特恵関税率表 では、 イギ リスの対連邦諸国向け特恵対象輸出品 目の7
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%相 当分 について変更が行 われなか った し、特恵 関税の撤廃 にいたっては、イギ リスの享受 してい た特恵品 目の輸出の5%
にす ぎなか ったのである。 この ようにジュネーブ会議 にお いて、ア メ リカ は英連邦特恵関税の廃止につ いてほ とん どその成 果 を得 られず 、多角貿易の実現 をみ るにいた らな か ったが 、会議 と並行 して行 われ ていたI
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憲章 草案 の主に通商政策に関す る部分 は、「関税及び貿 易に関す る一般協定」(
GATT)
として成案 をみ た。I
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憲章 は先 に もみた ように1
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年3
月2
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日、 -バナ会議 で正式に採択 されたが 、その後、ア メ リカ、イギ リス をは じめ として各 国の批准 をえ ら れず 、流産 した。その結果 、「関税 及び貿易に関す る一般協定」のみが、1
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年1
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月3
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日、2
3
カ国の 同意 を得て成立 した。その うち8
ヵ国はGm
が 正式に発効す るまで とりあえず相互間で暫定的にGATT
の規定 を通用す る「
GATT
の暫定適用に関 す る議定書」に署名 し、1
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年1
月1
日に発足 し た。か くして、GATT
はI
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の副産物 として産声 をあげたのである。GATT
は、3
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条の本文 と補 足説 明 を行 った附属 書か らなる国際協定 で、それは大 略三部か ら構成 されている。第1部は関税及び輸 出入手続 きに関 す る最 恵国待遇 と関税譲許表の規定 (第1-2
条)、 第2
部 は通商 自由化の規定(第3-2
3
条)、第3
部 はGATT
の機構運用に関す る規則手続 きと補足説 明 を行 った附属書 (第2
4
-3
5
条、附属書 ) とか ら なる。GATT
の 目的は、協定 の前文 で詣 われてい るよ うに 「各国の生活水準の向上 、完 全雇用の達 成、 実質所得の増加 、有効需要の確保 、世 界資源の完 全利用及び物質の生産 と交易の拡 大 を図 るため 、 関税 その他の貿易障害 を軽減 し、国際通商におけ る差別待遇 を廃 止す る」(ll)こ とに あ り、戦後の世 界経済秩序 の大 きな柱の一つ としての 自由貿易の 実現 を阻む関税障壁の引下 げ をはか り、 自由 ・無 差別 ・多角主義 を実現す るこ とに あった。次に、GATT
の内容 につ いて簡単 に検討 してみ よう。 第1
条では、GATT
の中心 原則 ともい うべ き最 恵国待遇 をGATT
加盟国に保証 している。最 恵国 待遇 には種 々の ものがあるが 、この うち最 も重要 な ものが、輸入関税に関す る もの である。 これはGATT
の締約国が一様に受 け る最低税率 の適用で -12-河合正修 ポン ド ・ブ ロ ックをめ ぐる英米抗争 一英米金融協定か らガ ッ ト- 244 あ り、最大の恩 恵である。ただ し、GATTは最 恵 国待遇 の例外 として以下の特恵関税 を容認 してい る。即 ち、英連邦諸 国間特恵、フランス連邦特恵、 ベ ネル クス関税 同盟 とその属領及びイン ドネ シア 間の特恵、ア メ リカ ・フ イ リッピン及びア メ リカ・ キューバ 間の特 恵、南米諸質問特恵である。当時 の状況の もとにお いて、GATTは これ ら既 存の特 恵関税 を認め、新 たな特 恵関税の増設 を防 ぎ、特 恵税率 と最恵国税率 との差 を拡大 しないよ うに配 慮 して、関税障壁の弊害 を出来 るだけ除去 しよう と意図 したのであ る。 また、第2部 第24条で、関 税同盟 、 自由貿易地域等の経済ブロックが事実上 容 認 されている。GATTはこの ように、一方 で関 税障壁の除去 を求めつつ 、他方で特恵関税 ・経済 ブロ ックを容認す る とい う矛盾 した制約条件 を内 包 しているが 、 またそれが故に英米 を中心 とす る 妥協の産物 として、ここに実効 をみた もの といえ よう。 GATTは以上 の最 恵国待遇 の例外 を認め 、この 制約条件 の もとで関税引下 げ、数 量制 限の禁止、 差別的輸入制 限の禁止、その他の貿易障害の排除 を行 うものであ るが 、これについて も種 々の例外 規定 を設けて、実際上 きわめて狭 い範囲での通商 の 多角化 -多角主義 を目標 としたのである。次に この点の諸関係 につ いてみておこ う。 まず 、関税 引下 げにつ いては、GATTは出来 るだけ軽減 しよ うと税率 の変更 を勝手に行 えないこととしてお り、 また関税譲許 につ いては、締約国に対 して3年毎 の税率 の変更、 3年 間の固定化 を義務づ けてい る。 第2の数 量制 限の禁 止について、GATTは他 の締 約 国の商 品輸入 または商品輸出に関 して、割 当制 、 許可制 その他いか なる措置に よる とを問わず、関 税や その他課金以外のいかなる禁止や制 限 を設け た り、維持 した りしてはな らない と定めてい るが、 El際収支 の擁護のための輸入制限、後進 国の特定 産業の確立 のための輸入制限等の種々の数 量制 限 の例外措置 を認めている。国際収支 を擁護す るた めの数量制 限につ いて、す でにロン ドン会議 で一 般 的に合 意 された ものである。なお、輸入数 量制 限について重要 な ものは、国内産業保護のための 輸入制 限が ある。 これが いわゆるGATT25条のウ ェーバー に よる輸入制 限であるO代表的な例 とし て、アメ リカは農業調整法第22条に もとづ き、農 産物の保護 のための輸入制 限 をとっている。 また、 輸出入に関す る数 量制 限 を実施す る時、GATT締 約国が厳守すべ き原則 として無差別通用の原則が ある。 この原則の輸入制 限方式 には、(1)総数量割 当方式、(2)個別的割 当方式、(3)国別割 当方式があ るが 、この原則の例外規定 として、GATTは、(1) 戦後過渡期 において認め られ る特別措置
、(
2
)
その 他 の措置 を認めている。 前者は、戦後過渡期において各国 とも ドル不 足 が常態である上に、 ドル物資が割安 のため世 界貿 易において支配的位置 を占めていた関係上 、輸入 制 限の無差別適用の原則 を貫 くときは ドル地域 と の貿易 に圧迫 され 、各国の貿易の伸 び率 は期待 さ れないので、次の基準によって輸入制 限 を差別 的 に実施す るこ とを認めた。その基準 とは、(1)IMF 第14条が認め る為替制 限の効果に等 しい方 式で行 う差別 的輸入制限、(2)1948年3月1日の実績に よ る差別 的輸入制限、(3)附属書J
項に よる差別 的輸 入制 限である。 後者の措置 として、GATTは、(1)締約 国の許可 を得 て、貿易の少 ない部分 につ いて一時的 に行 う 差別 的輸入制 限、(2)無差別適用の原則に したが っ て使用 できる交換可能通貨の獲得 を増加 させ るた めに行 う差別 的輸出制限、(3)IMF第7条3項(b)に よって、稀少通貨宣言 を行 った場合 、差別 的輸入 制限 を行 い うるとしている。その他の差別 的輸入 制限措置 とは、GATT第19条の緊急措置に もとづ く輸入制 限、加盟 国全体か ら特別の義務免 除の承 認 (ウェーバー)を受けて行 うもの等が あ る. GATTは以上の特恵関税、数量制 限、差 別 的輸 入制 限等の種々の貿易障壁 を包摂 しつつ も、貿易 障害の排除 を推進す るため に、ダンピン グ防止税 、 相殺関税等の措置 を設けている。 以上 の内容 をもったGATTは、1947年8月のジ ュネー ブでの 多角 的な関税 引下 げ交渉の後、1949 年 にフランスのア ヌシーでア ヌシー関税 引下 げ交 渉 を行 い、新 たに10ヵ国の参加 を得 て参加 国は33 カ国に、その結果締結協定数 は前回のジュネーブ の123を大幅 に上 回わ る147とな り、関税 引下 げ譲 許品 目数 は、前回の譲許品 目数4万 5千件 に新 た に5千件 を追加 したのである。 第3表は、GATT成立以降の英連邦内の主要 国 の域内貿易比率 をみた ものである。 これ に よれば、245 長野大学紀要 第14巻 第3号 1992 第3表 英連邦 内主要国の域内貿易比率 1938年 1948年 1957年 イ ギ リ ス 42 47 46 カ ナ ダ 41 24 16 オース トラ リア 78 58 51 ニュー ジラン ド 83 79 67 南 ア 連 邦 52 45 48 (出所) UN;DiyectionofIntemationalT772de1957. あ さ らか な よ うに 、 英 本 国の 貿 易比率 は ほ とん ど 変 って い な いが 、 カナ ダ 、オー ス トラ リア 、ニ ュ ー ジー ラ ン ド、 イ ン ドは いず れ も1948-57年 にか け て域 内 貿易 比率 を低 下 させ て い る こ とが わか る。 この こ とは 、 ポ ン ド ・ス ター リン グ圏 の相 互依 存 度 が低 下 した反 面 、 ドル 圏 との貿 易拡 大 を示 唆 し て い るの で あ る。 (か わ い まさのぶ 教 授 ) (1992.10.15受理 ) 註 Ⅰ 米英金融協定の註 (1)R.N.ガー ドナ- 前掲書 359頁。 (2) R.N.ガー ドナ- 前掲書 359頁。 (3)
R.
N
_ガー ドナー 前掲書 359頁.(
4
)R.
N.
ガー ドナ- 前掲書3
71頁。 (5)R.
N
ガ ー ドナ- 前掲書 616頁。 (6)「英 国政府は、で きるだけ早期 に、 しか もいか な る場合に も、協議 の上後 日取 り決め る とい う例 外 的な場合 を除 いて、本協定の発効 日か ら-年以 内 に、ポン ド地域の為 替取決め を完了す るものであ る。 これ らの取決め が完了後直ちに、すべ ての ポ ン ド地域諸国が経常 取引により取得 したポン ド(英 国政府の軍事支出に もとづ き1948年12月31日以前 に取得 した もので、関係国 との協定に よ り戦時 中 に蓄積 された残高 と同 じ扱いを受けるものは除 く) は、いか なる通貨地 域 において も、差別 され るこ とな く、 自由に経常取 引の決済に使用 され るもの とし、その結果いわ ゆるポン ド地域の ドル ・プー ルに よる差別 はすべ て除かれ、ポン ド地域 の各国 - 14 -は、経常取 引に よ り取得 したポン ドならびに ドル をいか なる地域 との経常取 引の決済に も、 自由に 使用 しうるもの とす る」。R.
N
ガ ー ドナ- 前掲書 618頁。 (7)「(i)英国政府は、本協定 の発効 日以降、為替管理 を行 う場合 、次の取 引を制 限 しないことに合意す る。 (a)英国への輸入が許可 され る米国物資に対す る支 払いない しは振替 えお よびその他二国間の経常 取 引の決済。 (b)経常取 引によ り米 国居住者に支払い をす る場合 におけ るポン ド残高の使用。
」
R.N.ガー ドナー 前掲書 619頁。 (8) R.N.ガー ドナ- 前掲書 619-620頁。 (9) R.N.ガー ドナ- 前掲書 260頁。 (10)R.
N.
ガー ドナー 前掲書 367頁 。 (ll)R.
N.
ガー ドナ- 前掲書375頁 。 (lZ
lR.
N.
カ'- ドナー 前掲書 375頁 。 (13)第17回国際決済銀行年 次報告書 、第12巻 時事通信社訳 278頁。 ⅠⅠ 国際貿易機構の流産 とGATTの成立の註 (1)R.N.グー ドナー (2) R.N.ガー ドナ-(3) R.N.ガー ドナ-(4) R.N.ガー ドナー(
5
)R.
N.
ガー ドナ-(6)R.
N.
ガー ドナ-(7)R.N.ガー ドナ-(8)R.
N.
グー ドナー (9)R.
N.
グー ドナー (10) R.N.グー ドナー 前掲書 300頁。 前掲書 308頁。 前掲書 470頁。 前掲書 472頁。 前掲書4
71頁。 前掲書 474頁。 前掲書 477頁。 前掲書 477頁。 前掲書 570頁。 前掲書 580-586頁。KennethW.Dam,TheGATTLawandInter -nationalEconomicOrganization.P391.