市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由 : 倉敷市民会館事件
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(2) 横浜国際経済法学第17巻第1号(200S年9月). 地自法244条の2第1項に基づいて制定された倉敷市文化施設条例(以下,本 件条例とする)と倉敷市文化施設条例施行規則(以下,本件規則とする)に従っ て行われている。. Aは平成18年度の倉敷市における公演(以下,本件公演とする)を実行す るため,平成18年8月10日,Xを委員長とするA倉敷公演実行委員会(以下,. 本件公演実行委員会とする)を結成し、本件公演を平成18年10月26日午後 6時30分から本件会館にて開催する旨を決定した。それは,開催要綱による と「中等教育実施60周年を記念し,民族教育を守り発展させ,同胞社会の連 携を深め,民族文化の発展と朝日友好親善の為,A倉敷公演を行なう」という ものだった。本件公演ではt女性器楽重奏,女性独1唱と女性器楽重奏,男性重 唱,舞踊などの演目が予定されていた。. 平成ユ8年8月31日に,Xは,本件公演を開催するため, Y(倉敷市長から 指定された本件会館その他数か所の文化施設の指定管理者でありt当該施設の 使用許可,許可制限,許可の取消し等の市長の権限を行使する者)に対し,本 件公演実行委員会の名義で,本件条例9条及び本件規則2条に基づき,ホール, 第一和室,第二和室及び練習室を利用場所とし、入場料を無料として(但し,. 整理券を要する),本件会館の使用許可申請を行った。同日,Yによりこれが 許可され,Xは使用料10万2,900円を納付した。. その後Xは,Yから,他の団体がAの公演を妨害する目的で使用許可を受 けていない部屋を使用することになれば混乱が生じる恐れがあるので,全館の. 使用許可を受けたらどうかと勧められた。9月15日,Xは本件公演実行委員会 の名義で,Yに対し利用場所を「全館f大会議室兼展示室を除く)」に変更す る旨の使用許可申請を行った。同目,この使用許可申請はYにより許可(以下,. 本件許可とする)され.Xは使用料2万4,670円を追加納付した。 他方で,本件公演のための本件会館使用許可申請に関連して,多くの抗議行. 動が見られた。同年8月14日に右翼団体構成員と思われる者により,本件公 演の後援依頼に関して,倉敷市長に「公開質問状jが送付された。9月15日には, 184.
(3) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. 別の右翼団体幹部によって在日本朝鮮人総連合会(以下.朝鮮総連とする)中. 央本部議長宛に脅迫文などの入った封筒が郵送され、同月19日にT右翼団体 構成員と思われる者3名によって倉敷市に対し,抗議文が送付された。そして,. 9月12日から10月6日までの間には,右翼団体構成員と思われる者が,倉敷. 市文化振興課に2回,同市秘書課に3回,本件会館に5回,Yに3回の延べ13 ・回来訪し,強硬に本件公演の中止を求めた。さらには,本件公演が中止されな. ければ当日は街宣車で抗議に行く旨の右翼団体からの脅迫電話や本件公演の中 止を大音量で訴える街宣車による街宣活動も見られた。これらの抗議は.朝鮮 民主主義人民共和国(以下,北朝鮮とする)による拉致問題やミサイル発射を. 取り上げ、Aを北朝鮮の宣伝隊であるとして,本件公演を申止させるよう強硬 に求めるものであり,暗に混乱を生じさせる旨の予告や施設等を破壊するよう な脅迫も見られた。. 本件条例10条は,1)公の秩序又は善良な風俗を乱すおそれがあると認める とき,2)施設等を破損し,又は滅失するおそれがあると認めるとき,3)暴力. 排除の趣旨に反すると認めるとき,4)前3号に掲げるもののほか,施設等の 管理上支障があると認めるとき.,のいずれかに該当するときは,施設等の使用. を許可しないと規定している。また,使用許可を受けた者が本件条例10条各 号に該当するときは,使用許可を取り消し,又は使用の制限若しくは停止若し. くは施設からの退去を命じることができると規定されている(本件条例12条 4号)。そこで10月ユ3日に,Yは. Xに対して「公演当日及びそれまでの間に 公演に反対するものによる妨害活動が激しくなることが予測され,施設等の管 理上支障が生じるζ認められ」ることを理由に,本件許可を取り消す旨の処分 (以下,本件処分とする)をした。. もっとも,Xは,本件公演について510件余りの協賛広告の申込みを受け, 約1,500万円の広告料を収取しており,Xは, Aに対して本件公演の公演費と して353万700円を支払うことが合意されていた。そして本件処分の日までに,. Xは,当日の入場用の整理券(御招待券),ポスター,チラシ、公演冊子など 185.
(4) 横浜国際経済法学第17巻第1号(2008年9月). の準備に労力と費用を投入してきた。これらのポスター,チラシは岡山全県下 に配ポ∬済みであり,整理券もまた,関係先・広告主.来賓,Aのファンに既に 配布済みだった.なお,整理券を持つ者しか本件公演の会場に入場できないが 右翼団体構成員がこれを多数入手したという情報はなかった。. また,本件公演は入場予定者1,500入規模で行われるカ㍉倉敷市内には収容. 人員や舞台装置等の関係で本件会館に代わる代替施設はない。岡山市内には 市民会館,シンフォニーホー一ルがあるが,公演予定日が迫っており,Aのスケ. ジュールもあるため,再度の広告,宣伝活郵を経て公演予定日である1⑪月26 日ないしこれに近接した日にAの公演を実現することは事実上不可能だった。. そのため.本件会館が公演予定日の10月26日に使用できないことになると, 本件公演を中止するほかない事態となることは明らかであった。. そこで,欝月14日に本件処分に関する通知が到達していたXは,撞月19日, 本件処分の取消を求める訴訟(本案訴訟)を提起し,本件執行停止の申立を提 起した。. 【決定要旨1. 認容 (1)重大な損害を避けるための緊急の必要性. Aが「本件処分により本件会館の使用ができないこととなるとtXにおいて. 倉敷市以外の他の代替施設の使用許可を得た上,再度の広告.宣伝活郵を経て. 公演予定日である平成18年10月26日ないしこれに近接した日に掲様の公演 を実現させることは事実上不可能であるため,本件公演を中止するほかないと いうのであり」,その場合,「これらの準備行為のために要した労力と費用が無 駄になt],配布済みポスター等の回収をしたり,新たに公淡中止の蓮知をした. りしなければならず,またtAに対する公演費約353万円の支払のほか,Xが 奴穣Lた広告料を多数の広告主に返還せざるを得ない上,更にこれらの請手続 186.
(5) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. 等をするために多大の労力と経費がかかることが予想される。このような事情. に鑑みれば,本件公演が申止となった場合には,Xは上記のとおりの多額の経 済的損害を被るばかりか,本件公演の中止が憲法上の保:障を伴うXの集会の自. 由や表現の自由に対する制約となることをも考慮すると,本件公演が中止され. ることによってXが被ることとなるこれらの損害や制約は,行訴法25条2項 一の『重大な損害』に当たるというべきである。そして,本件公演の予定日は平. 成18年10月26日であるから、本案判決の確定を待っていたのでは,上記損 害を避けることができず,同条項所定の緊急の必要性も認められる」。. (2)公の施設の利用を拒むことができる特別な事情 「本件処分は,『公演当日及びそれまでの問に,公演に反対するものによる妨. 害活動が激しくなることが予測され,施設等の管理上支障が生じると認められ. ます。』との理由で本件条例12条4号,10条4号に該当するとして,いった んなした本件許可を取り消すものであるが」、Yは,北朝鮮の「核実験等に対 しての過激な抗議活動や嫌がらせが続発しており,本件公演についても,現に,. 強硬な抗議行動があり,過激な妨害行動も起こり得るとの発言もあること等の 客観的な事実に照らせば,具体的に明らかに本件会館の管理上支障が生ずる事 態が予測され,警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないな どとして,本件処分は,本件条例の上記規定に適合した適法な使用許可取消処 分であると主張する」。. 本件会館は,地自法「244条にいう公の施設に当たるから,Yは,正当な理 由がない限りTこれを利用することを拒んではならず(同条2項),また,そ の利用について不当な差別的取扱いをしてはならない(同条3項)。本件条例は,. 法244条の2第1項に基づき,公の施設である本件会館の設置及び管理につい て定めるものであり,本件条例10条各号は,その利用を拒否するために必要 とされる上記の正当な理由を具体化したものであると解される」。. 地自法「244条に定める普通地方公共団体の公の施設として,本件会館のよ. IS7.
(6) 横浜匡IF祭経済法学第17巻第1号(2008年9月). うな集会の用に供する施設が設けられている場合,住民等は.その施設の設置 日的に反しない限りその利用を原則的に認められることになるので,管理者が 正当な理由もないのにその利用を拒否するときは,憲法の保障する集会の自由 の不当な翻限につながるおそれがある。したがって,集会の用に供される公の 施設の管理者は,当該公の施設の種類に応じ,また,その規模,構造、設備等 を勘案し,公の施設としての使命を十分達成せしめるよう適正にその管理権を 行使すべきである」e. 「以上のような観点からするとt本件条例10条4号は,『施設等の管理上支 障があると認めるとき』を本件会館の使用を許可しない事由として規定してい るが,同規定は,施設等の管理上支障が生ずるとの事態が,許可権者の主観に より予測されるだけでなく,客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測さ. れる場合に初めて,本件会館の使用を許可しないことができることを定めたも のと解すべきである」。. 「またT主催者が集会を平穏に行おうとしているのに,その集会の目的や主 催者の思想,信条等に反対する者らがtこれを実力で阻止し,妨害しようとし て紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことができる のは,前示のような公の施設の利用関係の性質に照らせば,警察の警備等によっ. てもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合に限られる ものというべきであるG。. 「Yが,本件公演が実施された場合,北朝鮮あるいは在日朝鮮(韓国)人に 対して反発感情を有する右翼団体構成員らが本件会館を訪れ、本件会館の敷地 内(本件公演の会場を除く。)及びその周辺において,抗議行動,妨害活動を 行うことが予測されるとしたことにもそれなりの主観的根拠がないわけではな い」。. しかし,「本件許可呂以鋒本件処分日までの間,倉敷市内あるいは岡山県内 において.本件公演の中止を求める抗議や街宣活動はあるものの,それ以上に,. 傷害事件や器物損壊事件等の犯罪行為に至るまでの過激な抗議行動等があった Is8.
(7) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. ことの疎明はないし,北朝鮮が平成18年10月9日に核実験実施を発表した後 においてT本件公演の中止を訴える抗議行動等が特に活発化,過激化したこと の疎明もない。また,前示の事実においても,他県における事件ではあるが, それが犯罪行為となったときには,警察により直ちに犯人が逮捕されているし,. 平成18年9月12日から同年10月6日までの間に行われた右翼団体の構成員 と思われる者による倉敷市文化振興課等に対する抗議等にしても,その申で『過 激な者も沢山おり,その者たちがどんな妨害をするか分からんぞ。』,『トラッ. クで突っ込んで市民会館を壊す者がいるかも知れん。』などとの脅迫文言が用 いられているものの,かかる行為が現実に行われることを具体的に明らかに予 測させる客観的な事実は何も存在しない。加えて,本件公演が実施された場合 に、それに反対する者の勢力やその抗議行動等の規模がいかなる程度となるか を予測させる疎明がないことをも併せ考慮すれば,本件において,本件公演の 開催に関し,警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど の特別な事情があると認めることは困難である」。. (3)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ. 「Yは,本件公演を実施した場合には,過激な抗議活動により,本件会館及 びその周辺地域において混乱が生じ,これにより一般市民の生活の平穏が著し く害される事態が生じるから,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある 旨主張する」。. 「しかし,前示のとおり,本件公演を実施した場合に警察の警備等によって もなお混乱を防止することができない事態力1生じるとまでは認め難いから,行. 訴法25条4項の『公共の福祉に重大な影響を及ぽすおそれがある』というこ ともできない」。. 189.
(8) 横i兵tSIE7…経済}去学第17巻{iAts 1号 (2008=’1三9月). 【研究】. 1 集会の自由とパブリック・フォーラム論 (1)集会の自由の意義. 本件における争点は,市民会館使用許可の取消処分による集会の自由の制限 である。集会とは,「特定または不特定の多数人が政治・経済・学問・芸術・ 宗教などの問題に閲する共通の目的をもって,公園・広場・公会堂のような特 定の場所に一時的に会合する行為」を言う2)。. 集会の自由は,結社の自由とともに「人が一定の目的のために他者と相集い もしくは精神的に結合する行為自体が,人の精神活動の所産の1つの発現形態 に他ならないこと」や,「集合・結合を通じて集団としての意思を形成し,そ れを集団として外部に表明する自由を含むと解すべきであること」を理由に, 表現の自由の一類型として捉えられている:㌔最高裁も,成田新法事件判決4〕. において「集会は,国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想 や人格を形成,発展させ,また,相互に意見や情報等を伝達交流する場所とし て必要であり,さらに,対外的に意見を表明するための有効な手段であるから,. 憲法21条1項の保障する集会の自由は,民主主義杜会における重要な基本的 人権の1つとして特に尊重されなければならない」と述べ,表現の自由の一形 態としての意義を確認、している。. 今日においても多くの情報がマス・メディアを通じて発信されていることを 踏まえると,従来指摘されてきたように「マス・メディアを実際上利用できな い一般国民にとって,集会,集団行進,集団示威運動などの集団行動は,自己 の意見を表明する重要な手段」と言えよう5〕。とは言え,現在ではインターネッ トなどコンピュ・一タ技術が発達して,個々人による情報発信も様々な形で可能 となっている。しかし,インタ・一ネット上で個人がそれぞれ意見を表明したと. しても,それらの意見が特定の相手に的確に伝達され,期待される効果が生じ るとは言い難い。インターネットによる個々人の情報発信は,一定の意見を有 190.
(9) 市民会館の使用不許可処分と在目外国人の集会の自由. する個人が特定の場所に集まって意見を表明することによって生じる衝撃の強 さには到底及ぱないように思われる。今もなお.集会の自由の意義は失われて いない筈なのである。. 集会を行う場所は,公園,広場などの屋外から公会堂など屋内にわたるが, 特定の場所でなくても,集団行進のような場所を移動する場合を含めて考える 説が有力であるc・)。したがって,集団行進の自由も,憲法21条の「その他一. 切の表現の自由」に含まれるか,「動く公共集会」として集会の自由に含まれ. るかについて議論はあるが,表現の自由の一形態として憲法21条の保護を受 けることに疑問の余地はない㌔. (2)集会の自由の性格. 集会の自由とはtその目的T場所,公開性の有無方法,時間などの如何を 問わず,集会を主催し,指導し,集会に参加するなどの行為について,公権力. が制限を加えることを禁止し,またtそのような行為を公権力によって強制さ れないことを意味するs}。このように集会の自由を「国家からの自由」として. 捉えると,集会に必要な場所などの提供を公権力に対して当然に要求できるこ とにはならないだろう9)。. もっとも,最高裁は,皇居外苑使用不許可処分取消事件判決圃において, 傍論ではあるが「厚生大臣が管理権の行使として本件不許可処分をした場合で も,管理権に名を藷り,実質上表現の自由又は団体行動権を制限するの目的に 出でた場合は勿論管理権の適正な行使を誤り,「ために実質上これらの基本的 人権を侵害したと認められうるに至つた場合には,違憲の問題が生じうる」と 示した。最高裁は,集会の自由と公共施設管理権の行使を無関係なものと捉え. ることができたにも関わらず,管理権行使の態様によっては憲法21条違反に なりうることを認めたのである1’)。集会の自由は,集会に対する公権力による. 制限や干渉を排除する自由権的側面を有するが,「公園,広場,公会堂,道路 といった一定の場所の提供を正当な理由なしに拒んではならない」という側面,. 191.
(10) 拙浜固際経済法学第17巻第1号(2008年9月). さらには「公共施設の管理者たる公権力に対し,集会をもとうとする者は,公 共施設の利用を要求できる」という側面を有していると積極的に解することも できよう12)。. しかし、集会の自由の「国家による自由」としての,いわば社会権的側面を 強調していくと,公権力による表現活動への過干渉という危険を招くことにな りかねない。現に政府は学術活動や表現活動に対して補助金などを通じて利益 給付を行っていることもあり,その選択が政府の自由裁量に属するとすれば,. そのような危険は現実に迫っていると言えよう。もっとも,たとえ政府が集会 のための場所の使用を認めなかったとしても,それは政府が特定の集会の開催 を直接的に規制或いは禁止することとは異なり,他の場所を自ら調達して集会 を開催する余地が残されている。とは言え,政府による給付的作用は,規制的 作用とは異なる性格を有しているが,間接的に表現活動を制約或いは禁止する ことに繋がるおそれがあることには留意すべきであろう。政府による給付的作 用を制約するという視点が必要なのである」㌔. (3)パブリック・フォーラム論. そこで重要な意味を持つのが,従来の表現規制や表現形態に基づく検討だけ でなく,表現の「場所」の特性や違いに関する検討である’㌔吉祥寺駅構内ビ ラ配布事件最高裁半‖決面における伊藤正己裁判官の補足意見によると、「一般. 公衆が自由に出入りできる場所は,それぞれその本来の利用目的を備えている が,それは同時に表現の場として役立つことが少なくな」いとして,このよう な「パブリック・フォーラムが表現の場所として用いられるときには,所有権 や,本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるをえないとしても,. その機能にかんがみ,表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要がある」と 述べられている】6)。. もっともtパブリック・フォーラム論は当該施設がどの類型に該当するかが 決定的な意味を持つことになるとの批判も少なくないが17),泉佐野市民会館 192.
(11) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. 事件最高裁判決Is)においてこの理論が念頭に置かれているとの指摘旧)を踏ま. えると,やはり検討を加える必要があろう。パブリ)7ク・フォーラム(Public Forum)論とは,アメリカの判例によると,政府の所有・管理する施設を1)街路,. 公道,公園などの「伝統的なパブリック・フオーラム⊥2)国ないし地方公共 団体が自発的に公衆の表現活動の場所として利用に供してきた公会堂,公立劇 場などの「限定的なパブリック・フォーラム」,3)これら以外の「非パブリック・. フォーラム」に分類するものである。「伝統的なパブリック・フォーラム」に おける表現規制は厳格な審査に服すことになり,「限定的なパブリック・フォー. ラム」の場合、それを設置し維持するか否かは裁量の問題であるが,設置し維 持する限りは「伝統的なパブリック・フォーラム」と同様に扱うべきであると される。そして,「非パブリック・フォーラム」の場合も,それを表現のため に使用させるか否かは裁量の問題であるが,使用させる場合には「特定の見解」 に基づく差別をしてはならないとされるのである2°)。. 本件の場合,芸術公演が行われる「場所」は市民会館であるので,「限定的 なパブリック・フォーラム」として捉えることができる。したがって,市民会 館を設置し維持する限りは,そこにおける表現規制は厳格な審査に服すること になろう。よって,特定の見解や表現内容を理由として市民会館の使用を拒否 することは許されない。また,表現内容中立的な規制であっても必要最小限度 の制約でない限り許されないことになろう。一見すると中立的な理由が挙げら れていても,実際には特定の見解を表明させないために市民会館の使用を拒否. すると考えられる場合には憲法21条違反とされるべきであり,一渡市民会館 の使用を許可しているのに後からそれを取り消す場合も憲法21条の制約を受 けることになるように思われる21)。. 2 集会の自由と公共施設管理権 (1)公共施設管理権の限界. 集会とは多数人が集合する場所を前提とする表現活動であり,純粋な言論活 193.
(12) ‡1町郵巨[目聖き経済i去学第17巻第1号 (2008ヨ|三gJI). 動とは異なり,集団による行動を伴うことから,公共施設を利用する他のWた ちの権利ないし利益と矛盾・衝突する可能性が高い。したがって,集会の競合 による混乱を画避することが必要となる22}。そこで,公共施設の使用許可を得. る際に,「公共施設の保全や他の使用者との調整等,公共施設の管理運営上の 必要性から規制される」ことや21>「公共の安寧秩序の維持等を目的として規制 が行われる」ことがある2・t}。. 公共施設の利用は,一般使用(自由使用)t許可使月],特許使用及び契約に 基づく使用に分けられるUS)e地自法は,「普通地方公共翻体は,住民の福祉を 増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。). を設けるものとする」(244条1項)として,住民の利用に供するための公の 施設の設置を義務付け,その施設の設置目的に反しない隈り2S),住民等の利用 を原則的に認めている。・. この地自法の規定に関連してt私人による集会妨害活動があった場合にt公 共施設管理権者が当該施設の使用不許可処分でもって対応するといった事例 は.これまでにも見られたe「)。公共施設の使用が許可されなかった場合,1). 不許可処分又は許可取消処分の取消・無効確認を求める抗告訴訟.2>許可取 消処分の執行停止の申立,3)不許可処分又は許可取消処分を違法とする国家 賠償請求といった争い方が有り得る鋤。本件では,許可取消処分の執行停止の 申立が提起された。本件のように公演の開催期ヨが既に決まっているなかで公 共施設の使穰不許可処分が決定された場合,最も重要なことは,その開催期日 の前までに当該不許可処分が取消され,公演を実施できることなのである。し. たがって.たとえ施設管理者が本件決定に不服で抗告Lたとしても,本件の場 合,訴えの利益が失われることになりt実際的な意味はほとんどないと言えよ う29}。. 最高裁は,皇居外菟使用不許可処分取消事件判決において「管理権者は,当 該公共嶽秘摺財産の種類に応じ,また.その規模,施設を勘案し.その公共纈 號用財産としての煙命を・十分達成せしめるよう適正にその管理権を行使すべき 194.
(13) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. でありt若しその行使を誤り,国民の利用を妨げるにおいては,違法たるを免 れない」と示しつつも,集会の開催を公共用財産の本来の利用方法と解さず, 集会の自由を重視せずに,公共用財産使用の不許可処分の合憲性について検討 することはなかった鋤。. しかし,「大規模な公開の集会を広大な国民公園等を利用して催すことは、 まさに国民公園本来の用法にかなった利用というべきであ」り,公共施設を集. 会や示威運動の場所として利用することも,その重要な役割の1つと解するこ ともできよう。このように解すると,公共施設の「損壊の防止,利用の調整といっ. た目的達成のため必要やむをえない特段の事情のある場合」以外に,使用不許 可処分にして集会の自由を制約することは,単に違法であるばかりでなく」,「基. 本的人権の侵害を結果する違憲な措置」となろう’1)。公共施設の使用目的を維. 持するため必要不可欠な限度での許可制を採用すること自体を違憲とすること はできないとしても,それは使用の許否が管理権者の自由裁量に属することを 意味するものではないのである3%. その後,泉佐野市民会館事件判決において,最高裁は「本件会館のように集. 会の用に供する施設が設けられている場合T住民は,その施設の設置目的に反 しない限りその利用を原則的に認められることになるので,管理者が正当な理 由なくその利用を拒否するときは,憲法の保障する集会の自由の不当な制限に つながるおそれが生ずることになる」と公共施設管理権を制限しうる判断枠組 みを示した。. 本件決定も「管理者が正当な理由なくその利用を拒否するときは,憲法の保 障する集会の自由の不当な制限につながるおそれが生ずることになる」として、. 泉佐野市民会館事件最高裁判決を踏襲している。. (2)明らかな差し迫った危険. 泉佐野市民会館事件最高裁判決は,「複数の人々が特定の場所に結集する」. 集会における「他の人々の社会的利益との矛盾抵触の可能性jに関し,「集会 195.
(14) 横浜1到際経済法学第17’巻第1号(2008年…9月). の自由と集会用に設置された公共施設管理権との調整」について判断を下した 重要な判例である:叫「従来,必ずしも端的な表現規制立法として取り扱われ てきたわけではな」く,「給付行政ないしは公物管理行政の問題」として捉え. られてきた市民会館等の使用許可制を,地自法244条2項及び3項を根拠に, 地自法や条例の解釈問題として処理するだけでなくt表現内容中立的な規制と して「正面から憲法問題として取り上げたこと」が評価されている:“)。. 泉佐野市民会館事件最高裁判決では,集会の自由と他の基本的人権が衝突す る場合の規制の可否について利益衡量を判断基準として,他の基本的人権に対 する侵害発生の危険性について「利益較量のみによって一義的に結論が導かれ るものではな」いとして,「憲法が集会の自由を保障する趣旨にかんがみ」て,’. 新潟県公安条例事件最高裁判決・35}に示された「明らかな差し迫った危険」の. 基準を採用した。条例による「集会の自由の制限の合憲性について,利益較量. 論次いで『明らかな差し迫った危険』の基準という二段階の判断基準を採用 し」て,条例の規定が「合憲となるように限定して解釈することが十分に可能 である」ことを判断する合憲限定解釈の手法を採用したのである36)。. 本件決定でも,本件条例10条4号が「『施設等の管理上支障があると認める とき』を本件会館の使用を許可しない事由として規定しているが,同規定は,. 施設等の管理上支障が生ずるとの事態が許可権者の主観により予測されるだ けでなく,客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合に初め て、本件会館の使用を許可しないことができることを定めたものと解すべきで ある」として,集会の自由が広範に制限されないように限定的に解釈されてい ると評価することができよう。. しかし,ここでの利益衡量論とは,施設の使用不許可による集会の自由の制 限が「明らかな差し迫った危険」を防止するための必要最小限度のものである ことを要求するものではなく,「必要かつ合理的なもの」であれば良いとして いるので,厳格な基準にはなっていないことに注意しなければならない37)。し. たがって,集会の自由に対する規制目的が合憲であるならば,その目的を達成 196.
(15) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. するための規制手段については施設管理者の裁量に委ねられ,「もっとも制限 ‘的ではない方法を採用しているかどうか,制限が必要最小限にとどまっている. かどうか」など勘案されることなく,その判断に合理性が存する限り合憲と解 されることになるから,集会の自由が容易に制限される危険性が存在している と言えよう鋤。. (3)敵意ある聴衆の法理. 泉佐野市民会館事件最高裁判決では「主催者が集会を平穏に行おうとしてい るのに,その集会の目的や主催者の思想,信条に反対する他のグループ等がこ れを実力で阻止し,妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に. 公の施設の利用を拒むことは,憲法21条の趣旨に反する」と示されたが,会 館使用団体による危険発生の客観的事実などを理由に3D)、「公の秩序をみだす. おそれのある集会」として会館の使用不許可処分が認められた。本事件の場 合主催者は他のグループと過激な対立抗争を続けており,これを「警察に依 頼するなどしてあらかじめ防止することは不可能に近かったといわなければな らず,平穏な集会を行おうとしている者に対して一方的に実力による妨害がさ れる場合と同一に論じることはできない」と「敵意ある聴衆の法理」が妥当し ないとされたのである。. これは,「集会に対する妨害行為が,施設を利用する側の違法な行為に起因 して引き起こされる場合には,反対派の妨害行為による混乱のおそれを理由と して施設の利用を拒むことも許されてよい」4・)という趣旨として読めないこと. もない41)eこのように「集会の日的や主催者の思想,信条に反対する人たちが. 妨害し混乱が生じることを理由に」公共施設の使用を拒否することは,「反対 :者の側に集会を認めるか否かの決定権を与えることになってしま」う。したがっ. て,「集会に対する妨害から生ずる混乱は警察当局の措置によって回避すべき であり,集会主催者の側が集会を開催しないという形で責めを負わされるべき ではない」4% 197.
(16) 枇浜国際経済法学第17…巻第1号(2008年9月). 本件決定が参照している上尾市福祉会館事件最高裁判決43)は,泉佐野市民 会館事件最高裁判決と同様に「公の施設の利用を正当な理由もないのに拒否す. るときは,憲法21条の保障する集会の自由の不当な制限につながるおそれが ある」としつつ,条例の定める「会館の管理上支障があると認められるとき」 を理由とする会館の使用不許可処分を初めて違法とした“㌔すなわち,「主催 者が集会を平穏に行おうとしているのに,その集会の目的や主催者の思想,信 条等に反対する者らが,これを実力で阻止し,妨害しようとして紛争を起こす おそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことができるのは」,「公の施. 設の利用関係の性質に照らせぱ、警察の警備等によってもなお混乱を防止する ことができないなど特別な事構がある場合に限られるものというべきである」 として「敵意ある聴衆の法理」を用いたのである。集会に対する妨害が「客観 的な事実に照らして具体的に明らかに予測されたものとはいえ」ず,「警察の. 警備等によって」混乱を防止できるのであれば「会館の管理上支障がある」 とは言えないのである。. 本件決定においても,「公演が実施された場合,北朝鮮あるいは在日朝鮮(韓. 国)人に対して反発感情を有する右翼団体構成員らが本件会館を訪れt本件会 館の敷地内(本件公演の会場を除く。)及びその周辺において.抗議行動,姑 害活動を行うことが予1則されるとしたことにもそれなりの主観的根拠がないわ. けではない」が,「本件公演の開催に関し,警察の警備等によってもなお混乱. を防止することができないなどの特別な事情があると認めることは困難であ る」と認定された。. 本件の場合,集会主催者とそれに敵対する団体が特定の思想を主張する組織. であった泉佐野市民会館事件や上尾市福祉会館事件とは異なり,Aは特定の思 想を主張する組織ではなく,音楽舞踊集団という合法的な芸術組織であり,右 翼団体とは恒常的な抗争関係にはない。とは言え,施設管理者から「他の団体. がAの公演を妨害する目的で使用許可を受けていない部屋を使用することにな れば混乱が生じる恐れがあるので、全館の使用許可を受けたらどうかと勧めら ig8.
(17) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. れ」ている。この勧めは,Aが北朝鮮の唯一の海外総合芸術団体であり,昨今 の日朝2国聞関係の悪化・緊迫化という政治的,社会的状況の影響を踏まえて のものであると言えよう。本件は,こうした政治的,社会的状況を背景として,. 芸術組織からすれば直接的な敵対的関係にあるとは認識していなかった筈の右 翼団体との聞に起きた事件なのである。. たとえt違法な活動を行っている集団であっても,平穏な集会を行おうとす るのであれば,その集会の自由はできる限り認められるべきである45)。これを. 否定するならば違法な活動を行う集団は適法な活動さえも保障されないことに なり,「『危険な』団体の表現はそもそも憲法保障を受けえない」という大きな. 危険性を孕むことになろう4G)。ましてや,日朝2国摺関係の悪化・緊迫化は見. られるが,合法的な芸術活動を行うAによる平穏な公演の開催を,直接的な敵 対的関係にあるとは認識していなかった筈の右翼団体の妨害行為を理由として 中止することは行き過ぎであるように思われる。こうした点を踏まえると,本 件決定において「敵意ある聴衆の法理」が適用されたことは積極的に評価され るべきである。. もっとも,この法理によれば「警察の警備等によってもなお混乱を防止する ことができないなどの特別な事情がある」と判断された場合,集会の自由が制 限できることになる。では,集会の自由の制限は,敵対者が多数で大きな混乱 を起こすことになれば正” 刮サされ得るのであろうか‘‘?)。「特別な事情」の有無. の判断は,施設管理者に委ねられ,そして.最終的には裁判所による事実の評 価に委ねられることになる。この判断の際には,価値の序列と評価に関する広 範な裁量権の行使が容認され,集会の自由という精神的自由の制限に関する事 件であるにも関わらず,混乱の回避・安全の確保といった公共の利益が優先さ れる可能性が高くなろう。したがって,集会の自由ひいては表現の自由の保障 が容易に制限される危険性を孕んでいることに注意しなければならないのであ る。. 199.
(18) 横浜国際経済法学第17巻第1母(200S年9月). (4)明確性の理論. 他方で,「本条例は,公物管理条例であって,会館に関する公物管理権の行 使について定めるのを本来の目的とするものであるから,公の施設の管理に関 連するものであっても,地方公共の秩序維持及び住民・滞在者の安全の保持の. ための規制に及ぶ場合は(地方自治法2条3項1号),公物警察権行使のため の組織・権限及び手続に閲する法令(条例を含む。)に基づく適正な規制によ るべきである」との泉佐野市民会館事件最高裁半‖決園部裁判官補足意見を踏ま. えると,「具体的かつ明確な基準なしに一律に許可制度に服さしめることは, 事前抑制に該当する」可能性があろう4S}。使用許可制は「管理作用によるもの としても.その形態は事前抑制である以上,事前抑制に関する法理は妥当する」. と解することができるのである。したがって,「集会の自由を不当に侵害しな いよう.明確な基準の下に必要最小限のものにとどまらなければならない」と 言えよう刷。. 公共施設の使用許可制はt確かに社会公共の安全と秩序を維持するという目 的をもって行われる許可制(警察許可)ではなく,公共施設の本来の効用を維 持,増進するという目的に従って公共の用に供せられるよう管理するためにの み認められる許可制であるとすれば,不許可処分によって直ちに集会の自由が 侵害されると解することは難しい。しかし,公共施設で行われる行事に反対意 見を持つ群衆が殺到し,生命・身体ないし財産に対する危害などの発生が高度 の蓋然性をもって予見されるとき,それを考慮に容れて拒否を決することもあ り得ないではない。その可能性をも含めて許可制を設けるとすれば,それは警 察許可であるからt一定の基準を定める法規が必要となるのである「h°)。. ここで,本件条例10条4号の「施設等の管理上支障があると認めるとき」 という規定の仕方が,そもそも曖昧で漠然としており,およそ明確でないと解 すると,その運用如何によっては「集会の自由に対する公権力による恣意的な 規制に至るおそれがないとはいえ」ず,本来の公物管理の範囲を超え,公物警 察作用に転化するおそれを払拭することはできない。故に,「集会の自由が自 200.
(19) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. 由で民主的な社会において果たす重要な役割に照らして文面審査の余地も否定 できない」と言うことができよう51)。「文面上無効として再立法をうながすべ きであった」のかもしれない5%. 3 外国人の人権保障 本件決定では外国人の人権保障に関する議論は展開されていないが,市民会 館使用許可の取消処分の取消を求めたのが在日朝鮮人の音楽舞踊集団であるこ とを踏まえると,とりわけ在日外国人の人権保障と制限という観点に触れてお く必要もあろう。. (1〕積極説. 外国人の人権保障に関する学説を整理すると,大きく消極説(否定説)と積. 極説(肯定説)に分けることができる。消極説は,日本国憲法第3章が「国民. の権利及び義務」と題していることや第3章の最初の条文(10条)が日本国 民の要件を規定していることからt日本国民のみについて権利・義務を定めた ものと解する。もっとも,消極説も,立法政策上外国人をできる限り日本国民 と同等に取り扱うことが政治道徳上妥当であり,憲法の精神に適うとしている SS)。とは言え,消極説}ごよると,外国人の人権問題は全て立法政策に委ねられ. て違憲訴訟の提起が難しくなるという問題が生じてくる。さらに,人権の前国 家的・前憲法的性格に着目すると消極説はそもそも妥当とは言えないだろう。. これに対して,積極説は,日本国民のみを対象とする権利を除き,保障の程. 度に違いはあっても,憲法第3章の人権は外国人にも適用されるとする鞠し かしt積極説に対しては外国人への人権規定の適用を認めているが,多様な制 限も承認して,外国人が国民と本質的に異なることを前提として判断を示すこ とが多い,と準用説からの批判も見られる。. そこで,準用説は「外国人には憲法上の人権保障規定の直接適用を否定する 201.
(20) 横浜匡1際経済法学第17巻第1」書 (2008年9月). 理論の正しさを承認するとともに,現行憲法の精神.人権の前国家的性質、国 際人権保障の趨勢に鑑みて⊥「日本国民とは異なる立場にたつ外国人にも,そ れらを準用して日本国民と等しく取り扱うべきだ」とするのである・”5)。準用説. の指摘する積極説の持つ問題は傾聴すべきであるが,人権規定の外国人への適 用を原理的に否定していることには問題があろう。. こうした点を踏まえると,外国人も人間であること,人権が人聞性に由来す る前国家的.・前憲法的性格を有するa.と,そして日本国憲法が国際協調主義の. 立場から国際法規の遵守を定め(98条2項),人権の国際化の傾向も顕著に見 られることなどを考慮すると積極説が妥当であると思われる軌. (2)権利性質説. 積極説に立つ場合,如何なる人権が外国人に認められ,或いは認められない のか,それを判断する基準を明確にする必要がある。これに関しては,信教の. 自由(20条)のように「何人」と主語が規定されている人権は外国人にも保 障され,生存権(25条)のように「国民」と主語が規定されている人権は外 国人には保障されないとする説がある(文言説)。しかし,「何人」と主語が規. 定されている国籍離脱の自由(22条2項)に着目すると,外国人に日本国籍 離脱の自由を認めることになり,矛盾が生じよう。そこで、外国人にも権利の 性質上適用可能な人権規定は全て及ぶと考えるのが妥当であると考えられるよ うになっている(性質説)。最高i裁も,マクリーン事件判決57}において「憲法. 第3章の諸規定による基本的人権の保障は,権利の性質上日本国民のみをその 対象としていると解されるものを除き,わが国に在留する外国人に対しても等 しく及ぶものと解すべきであ」るとして,この立場をとることを明らかにして いる。. 性質説に基づくと,外国人に性質上保障されない人権としては,参政権,社 会権,入国の自由などが挙げられるfS)。参政権は国民主権の憲法の下では「自. 国の公務に携わる」政治的権利の主体が「国民」に限定されるのは当然である 202.
(21) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. として.社会権は「もっぱら権利者の属する国家によって保障されるべき性質 の権利である」として,入国の自由も「外国入の入国の拒否は当該国家の自由 裁量により決定し得るものであ」ると国際慣習法を理由として,その保障が否 定されるのである。. 他方で,平等権,自由権,国務請求権(受益権)は,原則として外国人にも 保障されることになる59}。しかし、それは,日本国民と全く同じように,これ. らの人権が外国人に保障されることを意昧するものではない。例えば,自由権 は、権力の介入を排除し,その不作為を請求できる権利であるから,外国人に も当然に保障が及ぶ人権である。したがって,思想良心・信教t学問・表現の 自由などの精神的自由は,原則として日本国民と同様に保障される。しかし,. 日本の政治に直接介入するための政治結社の組織政府打倒の運動などは禁止 しうると解されている。特に問題となるのは,参政権的な機能を果たす政治活 動の自由である。外国人には国政レベルの選挙権など一定の参政権が否定され ているので,日本国民よりも大きな制約を受けることになろう。また,職業選 択・財産権などの経済的自由は,社会的な相互関連性が大きいので,精神白勺自. 由に比べ公権力による規制の要請が強い。したがって,職業選択の自由の制限 や外国人登録法による居住移転の自由の制約など,外国人には,日本国、民と異 なる特別の制約が課せられることが少なくないのであるGe)。. もっとも,最高裁がマクリー一ン事件判決において,外国人は,憲法上「在留. の権利ないしひき続き在留することを要求しうる権利を保障されているもので もない」としていることを踏まえると,日本では,外国人の人権は在留資格制 度のなかで保護されているにすぎないとも言える。こうした「在留資格の制度 自体が,外国人の人権を根本的に制約するものとなっている」との有力な批判 も見られる61}。とは言え,日本国憲法には外国人の在留する権利が規定されて. いないことを踏まえると,在留資格制度自体が憲法違反であると主張すること は難しいだろう61t)。しかし,それは,この在留資格制度のもとで,外国人をど. のように扱ってもよいことを意味するわけではない。憲法98条2項が国際協 203.
(22) 横浜国際経済法学第17巻第1号(2008年9月). 調主義の立場から国際法規の遵守を定めていることを踏まえると、在留資格が 認められて合法的に日本に在留している外国人の人権の制約については厳格に 判断していくべきであろう。. (3)定住外国人の人権保障 ところで,外国人と言っても一律に考えてはならず,少なくとも1)定住外国 人,2)難民,3)一般外国人の3つの類型に分け.保障される権利の範囲と程度を. 具体的に考えなければならないm)。外国人の「人権問題を考える際に重要なの は,その人の国籍ではなく、生活の実態なのであるj帥。. しかし,定住外国人に法令上定義が与えられているわけではない。従来,そ. れに当ると解されてきたのは,1)一般永住者(出入国管理及び難民認定法上 の永住資格者),2)協定永住者(いわゆる日韓法的地位協定及び同協定の実施 に伴う出入国管理特別法に基づく永住資格者),3)特定在留者及び特別在留者. (ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係所命令 の措置に関する法律2条6項砧)に該当する在日朝鮮人・中国人及びその子孫で,. 日本で生まれ育ち生活している者)である。なお,協定永住者及び特別在留者. は・199ユ年11月に「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等 の出入国管理に関する特例法」が制定されたことにより,「特別永住者」とし て位置付けられることになった。これらをまとめると,定住外国人とは「日本 社会に生活の本拠をもち,その生活実態において自己の国籍国をも含むほかの いかなる国にもまして日本と深く結びついており,その点では日本に居住する 日本国民と同等の立場にあるが,日本国籍を有しない者」OS)と総称できる67)。. この定義に基づくと,在日朝鮮人は,第2次世界大戦後,今もなお定住外国 人という「外国人」として位置付けられていることが分かる。在日朝鮮人の人 権保障に関する根本的な問題は,’このように「外国人」として彼ら・彼女らを. 扱うこと自体にあるとみるべきであろう。在日朝鮮人は,日本に長く住み,生 活の本拠を持ち,生活の基盤があり,生活実態は日本人と異ならない。さらに 204.
(23) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由. 特殊な歴史的背景のゆえに、日本国籍を保持するか、韓国・朝鮮人としての国 籍を回復するかの選択権が与えられなかったことを踏まえるとSS},日本国籍を. 有しなくても,日本国籍を有する人と同等の権利をもって扱われることを認め るべきではなかろうかG9)。在日朝鮮人は,「憲法を実定化する主体は国民であ り,国民が憲法制定権力の保持者である」7°)と言うときの国家の構成員として. の「国民」に含まれると解することもできるので,日本国籍を有する者に匹敵 する人権享有主体性を有すると言えよう71)。本件決定において外国人の類型に. 基づく議論が展開されていないことは、集会の自由が,日本国籍を有する者で あっても在日朝鮮人であっても同様に保障されることを示唆していると解する こともできるだろう陀}。. 4 おわりに 倉敷市は,本件決:定に対して抗告せず,2006年10月24日に取消処分を撤 回し,本件会館の使用を認めると発表した。こうして公演は,当初の予定通り. 同月26日に行われることになったn}。当日のAによる公演は,180人の警察 官と50人の市職員による警備のなかで本件会館において開催された。本件会 館付近の道路では右翼団体による開催中止を求める街宣活動による渋滞などが. 見られたがt大きな混乱はなかった7% 本件決定は,従来,最高裁判決が用いてきた利益衡量論を判断基準としてt「明. らかな差し迫った危険」や「敵意ある聴衆の法理」を採用して,集会の自由を 澗限する可能性のある本件条例の規定を合憲限定的に解釈した。本件決定に基 づくと,国際関係の緊迫化による日本国内の政治的・社会的状況や市民感情の 悪化を背景として,直接的な敵対的関係にあるとは認識していなかった者によ る妨害行為があったとしても,主催者が平穏に集会を行おうとする限り,「警 察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な皐情」が 存在しなければt公共施設の使用許可は認められるのである。. 205.
(24) 繊浜国際経済法学第17巻第1号(2008年9月). また,本件決定が「警察の警備等によってもなお混乱を防止することができ ないなどの特別な事情があると認めることは困難である」と示して,施設管理 者の裁量権を制限することにより,集会の自由の保障に資する判断をした意義 は大きい。裁判所は,「特別な事情」の有無の判断の際に,施設管理者の判断 を尊重することも可能だった。にもかかわらず,国際関係の緊迫化による日本 国内の政治的・社会的状況や市民感情の大勢に流されずT様々な圧力に屈せず,. 事なかれ主義的発想にも陥らずに,公共施設の使用不許可処分の執行停止の申 立を認容したことは,日本国憲法のもとでは,たとえ多くの人たちの「常識」 に反するような表現活動であったとしても,それをも尊重されることを示す好 例として積極的に評価することができるのである。. 「誰もが自分以外の他者に対して,より厳しい態度をとるようになっ」てい る今だからこそ刑,「他者への寛容」を養い育てていく必要があろう?C,)。その. ためにも「人と人とが結合し連帯をもつことをうとましく思い嫌う傾向にあ」 る日本社会のなかで,様々な立場の人たちの意見に触れることのできる、「異 論との出会い」を創り出す集会を行う自由を意識的に保障していく必要がある ように思われるm。. 1)本件決定は,裁判所ホームページhttp:〃www.conrts.ge.jp/hanrei/pdf/20070621161515,pdf 参照。. 2) 芦部信宴f遊法学班人掘各論(1)』〔増補版〕(宥斐閲.2000年}479頁。. 3〕 佐藤幸治「班法』〔第3版〕(青林書林,1995年)543頁,伊藤正己『憲法」〔第3版〕(弘文 堂,1995年)293頁など参照。. この他に.集会・結社の自由が墾団的行動への参加の自由という内容的な点で言論・出線な どによる表現の自由とは異なり,それぞれの自由が特有の問題を含んでいることを理由とし て.集会・結社の自由を表現の自由とは別に扱う見解もある(橋本公亘「日本国癌法』〔改訂版〕 (青挿書院,1988年〕252頁参照)。. 4}最ゴこ判平旗4年7月1H民集46巻5号437頁。本判決の評釈としてt小林武「成田新法最 搭裁判決の磁法上の問題点一「犯会の自由』を中心に」新聞研究494号(1992年)56頁な どがある。 L. 296.
(25) 市民会館の使用不酢可処分と在日外国人の集会の自由 5) 野中俊彦=中村睦男=高橋和之=高見勝利『憲法{棚〔第4版](有斐閣‘2006年}354頁。 6) 芦部信路{高橋和之補訂)「憲法』〔第4版〕{岩波{』:店、2007年)199頁参照。. 7)芦部・同上202頁参照。 8)佐膜・前掲註3)544頁参照。 . 9)中林暁生「給付的作用と人権論」法学教室325号(2007年)25頁参照。. 10)最大判1問和28年12月23日民集7巻13号1561頁。本判決の評釈として,齊藤芳浩「判批」 憲法判例百選1〔第5版〕(2007年)176頁などがある。 11)中林・前掲註9)25頁参照。 12)伊藤・前掲註3)・297頁参照。 13)この点で興味深いのは,パブリック・フォ・一ラム論において「非パブリック・フri− 一ラム」. とされてきた施設を「パブリック・プォーラム」として取り込もうとする主張や.「場所」 に阻定することなく政府による文化活動への助成措置のような「機会」の給付をも「パプリッ. ㎡ク・フォーラム」として取り込もうとする主張が見られるようになっており,言論・集会の 自由の実質的機会保障の論理としての射程範囲を拡張しつつあることである(中林・前掲註 9)2昏27頁参照)。. また,こうした「個々の行政財産の目的や用途を固定的にではなく⊥それぞれの地域や社 会において当該行政財産が世かれた「具体的状況との関係で流動的に捉えようとする考え方」. は,「設置自的の限定性を特徴とする様々な公共施設にも応用可能な発想である」との指摘 も見られる{亘理格「公立学校施設とパブリック・フt・・一ラム諭一憲法・行政法の共振回路. としての公共施設法」法学教室329号(2008年)48頁)。. 14〕紙谷雅子r一パブリック・フォーラム」公法研究50号{1988年)110頁以下.井上典之「築 会の自由と場所の使用規制」法学セミナー 619号(2006年)66頁以下参照。. 15)最判昭和59年12月18日刑集38巻12号3026頁。 16)伊藤正己『裁判官と学者の間J(有斐閣,1993年)194頁以下参照。 17)紙谷雅子「パブリック・フォーラムの落日∬現代立憲主義の展開上』(有斐悶,1993年)660頁、. 川岸令和「公の施設の管理と集会の自由」法学セミナー553号(2001年)21頁、松井茂記r日 本国憲法』[第3版〕(有斐閣,2007年)472頁参照。. 18)最判平成7年3月7日民集49巻3号687頁.判時1525号34頁。 19)近藤崇ll肯「最高裁判所iHJ例解説」法曹時報49巻9号2354頁参照。 20)紙谷雅子「パブリック・フ#・ 一ラム」公法研究50号(1980年)103頁以下,芦部・前掲註2). 442頁以下,高橋和之『立憲主義とil本国憲法』(有斐閲,2005年)190頁など参照。 21)松井・前掲註17)474−475頁参照。. 22)集会の直由と公共施設の利用に関する問題点を体系的に整理して検討を加えたものとして, 齊藤ラ;浩「集会の自由と公共施設の利用(1)」福岡県立大学紀要9巻1号(2000年)17頁 及び同「集会の自由と公共施設の利用(2)」福岡県立大学紀要9巻2号(2001年)1頁参照。 23}公聞の集会ではないという点で異なるが,東京都青年の家事件束京高裁判決がある。そこで は,青年の家職員が相応の注意を払えば,同性愛の宿泊について管理上の支障を生じること なく対応できるとし,同性愛者団体による1‘f年の家の使用申込の不受理が述法とさ・れた(束. 207.
(26) 描浜£到際経i斉法学第17巷第1号 (2008三tf−9月). 京高判平成9年9月16日判タ986号206頁。本判決の評釈として,君塚正臣「判批」憲法 判例百選1〔第5版〕(2007年}6S頁などがある戊。 24)磯村肺範「公物・公共施設の利用関係」行政法の争点〔第3版〕(2004年)196頁参照。 25}磯村・同上同頁参照。. 26)舩の施設」の目的外使用許可における救量の阻界については,最判平成18年2月7日裁時 1405号1頁。本判決の評釈として,岡田正則「判批」法学セミナr 622号{2006年〕116頁,. 渡辺暁彦「判批」同志社法学59巻1号(2007年)271頁などがある。 27)下級譜判決については,浅利祐一「公の施設の使用拒否と集会の自由一最高裁平成7年3月. 7日第3小法廷判決を中心に一」釧路識築27号(1995年)51−57頁に詳しい。 28)川岸令和「判批」憲法判例百選1〔第5版〕(2007年)179頁参照。 29)戸松秀典=高木光「集会の自由の保障と訴えの提起の方法」法学教室272号(2003年)9頁 以下参照。 30)市川正人「集会の自由表現の自由(4)」法学教室207号(1997年)46・47頁参照〔同r表i現 の自由の法理』(日本評論社.2003年)363頁参照〕。. 31〕原田尚彦「判批」憲法判例百選1〔第3版〕(1994年)161頁参照。 32)芦部・前掲註6)200頁参照。 33)川岸・前掲註28)178頁参照。 34)藤井俊夫「集会の自由と公の施設の使用許可」ジュリスト1091号(1996年)1617頁参照。. 35)最大判昭和29年11月24日刑集8巻11号1866頁。本判決の評釈として,「判批」労働法律 旬報185号別冊(1954)316頁などがある。 36)近藤崇晴「判批」ジュリスト増刊・最高裁時の判例㈱(2003年)29.31頁参照。. 37)川岸・前掲註28)179頁参照。 』 ’ 38)紙谷雅子「判批」判例評治442号{1995年)24頁参照。 39)大野正男『弁護士から裁判官へ」(岩波控店,2000年)256−257頁参照。. 40)秋山寿延「時の判例」ジュリスト1094号(1996年)94頁。 41)市川・前掲註30)49頁参照〔同・前掲註30)370頁参照〕。 42)市川・同上49頁参照〔同上369頁参照〕。. 43)最判平成8年3月15日民集50巻3コ号549頁。本判決の評釈として,藤井樹也「判批」判例 セレクト’96〔法教198号別冊付録〕{1997年)14頁などがあるe 44)秋山寿延「判批」ジュリスト増刊・最高裁時の判例1{2003 J,f・)33頁参照。. 45)紙谷・前掲註38)25・26頁参照。. 46)塚醜之「最蹴判例麟のrWr」ml#Js?」法学セミナー510号(1997年)34頁。 47)小林直樹「敵対的聴衆(Hostile audience)の法理と集会の自由」独協ロージャーナル2号(2007 年)102−103頁参照。. 48〕川岸令和「公物管理権と犯会の自由」惣法の争点〔第3版〕(1999年)ユ20頁。. 4帥佐藤・前掲註3}545頁。 50)芦部・前掲註2)487」488頁参∫i艮。. 51)川岸・前掲註17)22頁参照e 208.
(27) 市民会館の使用不許可処分と在日外国人の集会の自由 52)藤井・前掲註34)ユ7頁。 53)佐々木惣一『改訂日本国憲法論』(有斐閣,1954年)47〔ト471頁,小鴫和司=大石眞『憲法概槻」 〔第6tlfa〕 (有斐1翌1, 2001ゴ{三) 75頁参11興。. 54)芦部信喜『憲法学il人権総謝(有斐閲,1994年)122頁参照。 55)萩野芳夫「基本的人描の研究』(法律文化社,1980年)3637頁。 56) 芦音1三・i罰「i匪}註54) 123頁参1照0. 57)最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁。本判決の評釈として.齋藤靖夫「判批」 憲法判例百選1〔第5版〕6頁などがある。 58)芦部・前掲註54)ユ31−145頁参照。. 59)芦部・同上145158頁参照。 60)「たてまえとして,外国人にも憲法第三章の規定が適用されるとしながら,実際にはきわめ て大幅な例外を容認する論理は,法律論としてはずさんであるといわねばならない。通説的 憲法学説は.人権規定の外国人への『適用』を一般的に肯定したうえで.個々の場合に,合 理的差別の有無という抽象的枠組みを示しただけで,その余のことは恨習国際法と判例の講 租に全面的に依拠するという立場をとってきた。通説的憲法学説は,ある人椛規定が外国人 に対し,どのような内容と効力をもつのかについての考察をしてこなかった」との批判もあ る(萩野芳央『憲法講義’人描』(法律文化社,1994年)81頁)。. 61}安念潤司「r外国人の人描』再考」樋口陽一=高橋和之編『芦部信喜先生古稀祝賀現代立憲 主義の展開上」(有斐摺,1993年)167頁参照。. 62)浦部法穂=山元一「外国人の人描」井上典之=小山剛=山元一編r竃法学説に聞く一ロース クール・意法甜i義一』(日本評詰社.2004年)151頁。 63) 芦部・甫i「掲註54) 130頁参n匡0. 64)浦部法穂『識法学教室』〔全訂第2版〕(日本評論社.2006年)60頁。 .. 65)当該条文では,「El本政府との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日におい て目本の国籍を離脱する者で,昭和20年9月2日(日本が降伏文;!]に調印した日)以前か. らこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留する者(昭和20年9月3日からこの法律施行 の日まで本邦に出生したその子を含む)は,出入国管理令第22条の2項の1の規定(在留 期間と在留資格を定めた規定)にかかわらず,別に法律で定めるところによりその者の在留 資格および在留期間が決定されるまでの問,引き続き在留資格を有することなく本邦に在留 することができる」と規定された(金昌宣r在日朝鮮人の人権と植民地主義」〔社会評論社, 2008=tl三) 214−215頁)。 66) 芦書1呈●61掲註54) 130頁参!!F,匂. 67}さらに,日本に一定期間(約5年程度)在住して生活を世んでいる者も定住外国人として考 えるべきだとするものとして、大沼保IIB「『外国人の人梱論再構成の試み」法学協会詔「法 学協会百周年記念論文薬第2巻憲法行政法・刑事法』(有斐閣,1983年)384頁参照。. 68)サンフランシスコ平和条約発効{1951年9月)直前に発せられた「平和条約の発効にとも ない朝鮮人.台湾人等に関する国籍および戸籍事務の処理について」(1951年4月)という 法務府民事局長通達によると「1.朝鮮および台湾は,条約発効の日から日本国の領土から 209.
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