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死と生の連続性に焦点を当てた作業療法のあり方に関する検討 -作業科学的観点からの一考察-   

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研究ノート

 受付:2020. 9. 2受理:2021. 2.23

死と生の連続性に焦点を当てた作業療法のあり方に関する検討

-作業科学的観点からの一考察-

森 本 真太郎

日本福祉大学 健康科学部

A Study on Occupational Therapy Focusing on Death and Life Continuity

− Consideration from the perspective of occupational science −

Shintaro Morimoto

Faculty of Health Sciences, Nihon Fukushi University

Keywords: Meaning of occupation,Occupational science,Occupational therapy,Death 意味のある作業,作業科学,作業療法,死 エントの支援にあたる専門職が作業療法士である.日本 の作業療法士は,その約 75% が医療機関に勤務してい る4).先に述べた日本人の死亡場所を踏まえると,作業 療法士は,クライエントの死に近い環境にいると思われ る.しかし,作業療法で死について積極的に議論されて きた感がない.ここには生物学を学問的背景にもつ医学 を基本とした作業療法教育の影響があると思われた.  多田5)は,生物学は「生」の学問のため,対極にあ る死は見ていないし,人間の生死を扱う医学にも死の医 学はない.死は医学の敗北であり事故であったと述べて いる.  こうした生物・医学偏重の作業療法教育により,作業 療法では,生物的に「いかに生きるか」が前提となり, 死を問うことがなかったのではないか.  しかし,死生学では,死の捉え方が異なる.藤井3) は,死はその人の生き方を表し,生きることは死ぬこと を 意 識 す る こ と で 具 体 的 に み え る と 述 べ て い る. Deeken6)7)も,人間らしく死ぬことは,人間らしく生

1.はじめに

 死は自然の摂理である.我が国の年間死亡者数は, 2025 年に 150 万人を超えると想定され,まもなく多 死社会を迎える.日本人の死亡場所の推移1)をみると, 1950 年代は自宅等(病院施設以外)が 80% 以上であっ たが,1970 年代半ばに約 50% に減じ,2010 年代には 約 15% になった.一方,病院・老人保健施設での死亡 者は,2010 年代から全体の約 85% で推移している. つまり,現代日本人の多くは医療・福祉施設で死ぬ.  この背景には,死を遠ざける現代日本の文化がある. 例えば養老2)は,現代人は死を考えないようにしてい ると述べている.藤井3)も,現代人は死について考え る時間がほとんどなく,もはや専門職に委ねられている と述べている.専門職とは医療者,つまり専門家である が,専門家がどのように死を捉え,どのような死生観を もてばよいのかが,教育の中で抜け落ちているとされて いる3)  他方,「作業」という概念を治療手段として,クライ

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2.1.2 作業パラダイム期(1900 〜 1920 年代)  この頃の作業療法は,精神障害者,結核患者,戦傷 者に対して行われていた.精神科医の Adolf Meyer ら は,人間は,活動を通して精神と身体を形成する「作 業的存在」であることを提唱した.「作業的存在」と は,人間の本質的なありよう示す概念で,人は意味の ある活動をすることでその人となりを形成していくこ とを示している13)  治療では,道徳療法による人道的観点から,動機付 けや作業参加と環境との結びつきに焦点化され,全人 的にクライエントを捉えることに価値が置かれた.こ れが作業療法として知られるようになり,1917 年に は,世界初の作業療法職能集団が設立された.  一方,日本では精神科医の呉秀三が,精神障害者に 対する無拘束による治療を推進していた. 2.1.3 機械論パラダイム期(1930 〜 1960 年代)  この頃の作業療法は,機械論的な還元主義が優位と なり,科学的基盤を構築するよう医学界からの圧力に さらされていた時期である.20 世紀の医学は,精神 と身体機能を分析して病気を理解し,手術,薬物,精 神療法による問題点の治療を目指していた.こうした 還元主義は,作業療法は医学サービスの一部であると の認識をもたらした.作業療法でも神経学,生体力 学,精神分析に焦点化され,診断に基づいて検査測定 を行い,客観的に問題点を明らかにすることが重視さ れた.こうした機械論への転換は,前項にみた全人的 な作業療法が失われたことを意味している.  一方日本では,還元主義只中の 1963 年,政府が米 国から作業療法士を講師として招き,日本での作業療 法士養成が開始された.2 年後の 1965 年には,理学 療法士及び作業療法士法が制定された.この条文にあ る作業療法の定義を表1に示した.定義によると,作 業療法の対象は「障害のある者」「医師の指示の下に, 作業療法を行なう者」とあり,作業療法は医学サービ スであることが窺われ,米国の還元主義の考えを踏襲 したと考えられる.なお,1965 年以降この定義は変 更されていない.他方,法制化の翌年,日本初の作業 療法職能団体である日本作業療法士協会が設立され た.  そのころ米国では,機械論的な還元主義の作業療法 に対する批判が湧き上がった.それは,クライエント きることと述べている.また,三木8)は,哲学の観点 から,生に対して絶対的な他者である死こそ,生を全体 的に眺める唯一の立場であると述べている.つまり,こ れらの言説は,死の立場からみて,はじめて生を把握で きるということであり,死は生の連続性の中にあるとの 主張である.  こう考えると,我が国における死のタブー視は,クラ イエントの「生」,即ち,豊かな生き方を促進するのか 疑問が残る.これを作業療法学の観点から考えれば,死 は作業か,作業療法が対象とする現象に死を含めるか, ということに目を向けることで,我が国の作業療法の対 象範囲が,現在の「いかに生きるか」から,「いかに生 き,そして死ぬか」へと拡大し,作業療法のあり方に関 する新たな視点を得ることができると考えられた.  そこで本稿は,作業療法思想の変遷と作業療法学の学 問的位置づけから,我が国の作業療法および作業療法学 が置かれている状況を俯瞰し,作業療法が対象とする現 象に死を含みうるのかを探求する.その後,死と生の連 続性に焦点を当てた作業療法のあり方について視点提示 を試みる.  なお,本稿で扱う死の概念に自死は含まないことを前 置きする.

2.作業療法思想と作業療法学

2.1 作業療法の歴史にみる思想的背景  作業療法思想の基盤は米国で発展した.ここでは米国 における創設期からの作業療法思想9)10)を辿りながら, 日本に作業療法が導入された歴史11)と現状を俯瞰する. 以下,パラダイムという用語を用いる.パラダイムと は,一時期の間,専門家に対して問い方や答え方のモデ ルを与えるもの12)である. 2.1.1 前パラダイム期(19 世紀)  この頃,道徳療法が精神障害者に対して実施されて いた.道徳療法は,クライエントの存在を肯定し, 様々な活動への参加によって健康で満足な機能状態に 回復できるという考えに根差した作業療法の基盤とな る考え方である.しかし 19 世紀半ば,適者生存の考 えが精神障害者に対する偏見を生み,科学主義による 拘束的モデルが台頭した.その結果,道徳療法は一時 的に終焉を迎えたが,19 世紀末に精神障害者への社 会的配慮から道徳療法が復活し,道徳療法を基盤とす る作業パラダイム期に入った.

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 他方,作業療法分野では,「人間作業モデル」や 「カナダ作業モデル」が開発された.  2001 年には,国際生活機能分類(以下,ICF)が 発表された.ICF は,生活機能と環境との相互作用に 焦点をあてて健康状態を系統的に分類するモデルであ り,より一層 holistic な作業療法思想に近づいたモデ ルになったと考えられる.  その後,2012 年に世界作業療法士連盟による作業 療法の定義が改定され,「作業を通して健康と安寧」 を促進すること,「クライエント中心の専門職」であ ることが明記された(表1).2018 年に改定された 日本作業療法士協会による作業療法の定義では(表 1),「人々の健康と幸福を促進する」という普遍的な 目的が示され,「作業」に焦点を当てた治療,指導, 援助であることが明示され,作業の定義にも「対象と なる人々にとって目的や価値を持つ生活行為」という 中立的な言葉が用いられている.生物学や医学に限定 しない holistic な作業療法思想や多様化する作業療法 を表現したものと推察される. 2.2 学問的位置づけからみた作業療法学の特徴  本節では Peter Checkland が提唱した学問の階層と序 列を元に,作業療法学の専門性と問的位置づけを明らか にした作業療法士の宮前15)の論考から,新パラダイム における作業療法学の特徴について考察する. の作業的存在としての全体性と,生活における作業の 重要性が失われたという批判である.そこで作業療法 士の Mary Reilly らは,作業パラダイムへの回帰を求 め,パラダイムシフトが起こった. 2.1.4 新パラダイム期(1970 年〜現在)  この時期は「意味のある作業」の遂行に関わる要素 を,環境も含めて holistic(全体的,包括的)に捉え ること,即ち,人・作業・環境の相互作用に焦点化し た時代である.  一方で,日本の作業療法は,機械論的な還元主義の 優勢により,クライエントの機能や能力の改善を重視 したため,holistic な概念を取り入れ実践することに 苦戦してきたとされている14)  そうした中,1984 年に日本作業療法士協会から作 業療法の定義が示された(表1).その内容からは, 対象には「心身に機能の障害をもつ者」,目的には 「諸機能の回復,維持」等の言葉が並ぶ.この背景に は 1980 年 に 発 表 さ れ た 国 際 障 害 分 類( 以 下, ICIDH)がある.ICIDH は,疾患により機能・形態障 害が起こり,それに伴い能力障害や社会的不利が生じ ることを示したモデルである.障害を生物・医学的に 捉えることに加え,社会的環境にも視野を広げた点に おいては,holistic な作業療法思想に近づいたと考え られる. 理学療法士及び作業療法士法の条文(1965 年) 作業療法とは,身体または精神に障害のある者に対し,主としてその応用的動作能力又は社会適応能力 の回復を図るため,手芸,工作,その他の作業を行わせることをいう. この法律で「作業療法士」とは,厚生労働大臣の免許を受けて,作業療法士の名称を用いて,医師の指 示の下に,作業療法を行なうことを業とする者をいう. 日本作業療法士協会による作業療法の定義(1984 年) 作業療法とは,心身に機能の障害をもつ者,または,そのおそれのある者に対し,主体的な生活の獲得 を図るため,諸機能の回復,維持および開発に役立つ作業活動を計画し,指導すること. 世界作業療法連盟による作業療法の定義(2012 年) 作業療法は,作業を通して健康と安寧を促進することに関心をもつ,クライエント中心の健康関連専門 職である.作業療法の主な目標は,日常生活の活動に人々が参加できるようになることである.作業療 法士は,人々や社会の人と一緒に,彼らがしたいこと,必要なこと,期待されていることに関する作業 ができるようになることをしたり,彼らの作業への関わりをサポートするために環境や作業を修正した りすることでアウトカムを達成する. 日本作業療法士協会による作業療法の定義(2018 年改定) 作業療法は,人々の健康と幸福を促進するために,医療,保健,福祉,教育,職業などの領域で行われ る,作業に焦点を当てた治療,指導,援助である.作業とは,対象となる人々にとって目的や価値を持 つ生活行為を指す. 表1 法令と職能団体が示した作業療法の定義 表 1 法令と職能団体が示した作業療法の定義

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変化する動的構造として捉えることを提唱し「クライエ ントにとって善く生きることの意味を問い続ける営み」 と定義した.  以上の議論より,クライエントの QOL 向上,あるい は健康と幸福の促進を目指す作業療法では,複雑で具体 的な現象を対象とするシステムアプローチを用いて,そ の構造やパターンを動的構造として認識することが妥当 と 考 え ら れ る. そ の 理 由 は, 作 業 療 法 学 は 人 間 を holistic かつシステム的に捉えなければ見えてこない, 個別具体的で複雑な「健康」や「幸福」という概念を, 文脈依存的な「作業」を用いて扱うことに専門性を見出 しているからである.こうした認識論は,クライエント を holistic に捉えようとする作業療法学の特徴を示して いると考えられる. 2.3 日本における作業療法思想と作業療法学の現状  前節の作業療法思想史と学問の位置づけより,我が国 では,生物学と基礎医学が共有された学際の中で,機械 論的な還元主義の影響を受けた作業療法が根付き,作業 や作業的存在という holistic な概念を取り入れ実践する ことに苦戦していることが明らかとなった.  一方で,クライエントを holistic に,生きているシス テムとして捉えることで作業療法学の専門性が見出され ると考えられた.  以上より,我が国の作業療法は,思想的にも学問的に も生物的に生きている人や現象を対象とすることが前提 となっている.つまり,現代の作業療法は,機械論的な 還元主義の影響によって「いかに生きるか」に着目され ており,死と生の連続性には焦点化されていないと考え られた.

3.作業療法が対象とする現象に死を含みうるか

 本節では,作業療法が対象とする現象に死を含みうる かを論じる上で,死を作業として捉えることを試みる. そのために作業という概念の特徴を概観し,その後,作 業科学の観点から死と作業の接点を考察する. 3.1 作業の定義と特徴  作業の概念には,一律に決まった定義はない.そこで 作業療法界の主要人物と職能団体が示した作業の定義を いくつか取り上げ表 2 に示した.  表 2 より,作業に含まれる共通要素を探る.すると 文化,個人,価値,目的,意味という単語が並ぶ.作業  Checkland の学問の序列には,物理学,化学,生物学, 心理学,社会科学があり,先に挙げたものほど対象が単 純で抽象的,後に挙げたものほど複雑で具体的なものと される.  宮前は,作業とは個人・社会・文化の所産であり,作 業療法は,クライエントにとって意味のある作業を可能 にすることを通して心身の健康の回復を図るものと述べ た.これを踏まえて,作業療法学の学問レベルは,社会 科学,心理学,生物学であるとした.  ここに付言すれば,現在の作業療法は,スプリント (手の装具),福祉用具の作成・適合,機能的電気刺激な ども行われていることから物理学も含まれると考えられ る.  いずれにせよ,宮前の言説は, holistic な学問へとパ ラダイムシフトした現代の作業療法学の学問的な位置づ けを示していることがわかる.  さらに宮前は,作業療法学の他に医学,薬学,看護学 等の医療専門分野と学問レベルの関係を考察し,各専門 分野に共有する学問は生物学(基礎医学)と述べてい る.つまり,生物学(基礎医学)が共有された学際の中 に作業療法学が存在する.ここにも医学的な還元主義の 認識論が日本の作業療法学に影響していると考えられ る.このことは,前節で述べた還元主義の優位性によ り,holistic な概念を取り入れて実践することに苦戦し ている現代の作業療法を裏付けていると示唆される.  では,社会科学や心理学に位置付けられた場合の作業 療法学をどう捉えるか.学問の序列によれば,社会科学 や 心 理 学 は, 複 雑 で 具 体 的 な 現 象 を 対 象 と す る. Checkland によると,こうした場合,統制下での実験に よる還元が難しい.そのため,システムアプローチを用 いて,「還元できない全体」を系統的に分析し,その構 造やパターンを認識することの妥当性を主張している. 宮前も作業療法では,人間と作業の複雑な関係性や,作 業の意味が文脈依存的であることから,生きているシス テムとして捉える必要があると述べている.この理由と して,救命率が上がり慢性障害をもつ人々が増加し, 「いかによく生きるか」という Quality of Life(以下, QOL)の問題が生じたことを挙げている.しかし,QOL には共通した理論的基盤がないため,Cummins16)は, QOL の語源から「生きることを問う営み」と定義した. 作業療法士の京極ら17)は,Cummins の考えを発展さ せ,QOL が「営み」である以上,時間を内在し絶えず

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療法では,「意味のある作業」の遂行が,クライエント の健康と幸福を促進すると考えられている.また,日常 生活を特徴づける,日々の生活で行われる,日々の活 動,時間を占有という言葉も含まれる.  従って「意味のある作業」とは,クライエントが生活 する文化の中で習慣化し,先に挙げたような肯定的な意 味をもつ作業と考えられる. 3.2 死と作業の接点  本節では,作業療法学の基礎学問にあたる作業科学の 観点を取り入れ,死と作業の接点について考察する.作 業科学とは,作業的存在である人を研究すること,作業 の意味・機能・形態の 3 つの概念から作業とは何かを 問い探究する学問である18)19)20) 3.2.1 作業としての死をどのように捉えるか  死の概念には,多様な捉え方があり,死の定義や死 とは何かについて正答はない.養老2)は,生死の境 目は生きている状態の定義が必要だが,その定義すら ないため,死は社会的に決められるものと述べてい る.それほど死の解釈は難解で多様である.  ところで Deeken6)7)は,人間の死を次の4つに分 類している. ◦心理的な死:生きる意欲や喜びを失った状態 ◦社会的な死:社会的な繋がりが絶たれ外部とのコ ミュニケーションが途絶えた状態 ◦文化的な死:生活に文化的な潤いが乏しく医療機器 等に囲まれた状態 ◦肉体的な死:生物学的な個体死  還元主義に基づく作業療法では,死を肉体的な死と して捉えると思われる.一方,死を作業としてみた場 合,クライエントにとって肯定的な意味が付与される ことを前節で述べた.作業に対する意味生成はクライ エント自身が行う.つまり,作業としての死は「観 念」と考えられ,クライエントの死に対する意味づけ を管理・強制・否定することは望ましくない.  従って「作業としての死」を「観念」と捉え,そこ に付与された意味を尊重することで,死が意味のある 作業になり得ると考えられる.そして元来,作業は holistic な概念であるため,「作業としての死」は, Deeken の死の 4 側面も包括し,クライエントが抱く 多様な死の意味を受容すると考えられる. 3.2.2 作業としての死の意味  作業の意味には,クライエントが行う作業が生活の 中で習慣化することで肯定的な意味を生成することを 前節で述べた.一方で,日本文化は死を排除するた め,多くの人は死に対する実感がない2)3).さらに, 専門家への死の教育が不十分なことや,還元主義の作 業療法が優位という側面もある.こうした文化では, 死の肯定的な意味づけは困難と思われる.  しかし,慢性障害をもつ人々は,様々な苦しみを抱 えているのは想像に難くない.例えば太田21)は,身 体障害を抱えて地域生活を送る人々が抱く苦しみを次 のようにカテゴリー化した.「生活感覚の戸惑い」「役 割の喪失」「目標の変更」「獲得された無力感」「可能 性がわからない」「悪化や再発の不安」「孤立と孤独 感」.また,筆者がデイサービス利用者を対象に行っ た研究22)では,「子供に迷惑をかけたくない」「迷惑 Clark 作業とは,文化的個人的に意味をもつ活動の一群で,文化の語彙のなかで名 づけられ,人間が行うことである.

Zenke & Clark 作業は,人生で生じる目的にある活動の特徴やパターン,人の日常生活を特 徴づける目的指向的活動で,これは健康と安寧に影響する. 吉川 作業とは,人が行うことで,その人や周囲の人々にとって意味のあること. カナダ作業療法協会 作業とは,日々の生活で行われ名づけられている一群の活動で,個人と文化 によりどの価値と意味が付与されたもの. 作業とは,セルフケア,レジャー,生産活動など,人が行う全ての営み. 世界作業療法士連盟 作業は人々が個人として,家族の中で,コミュニティーとともに行う日々の 活動であり,時間を占有し人生に意味と目的をもたらす.作業には人々がす る必要があること,したいこと,することが期待されていること含む. 日本作業療法士協会 作業とは,対象となる人々にとって目的や価値をもつ生活行為を指す. 表2 作業の定義 表 2 作業の定義

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をかけるなら自殺したい」「自殺しても迷惑がかかる」 という切実な心情が明らかになっている.  こうした心情は,死が自然の摂理ではなく,苦しい 生を終わらせる「手段」に置き換わっていると考えら れる.これは自身の存在意義に関わる根源的な苦し み3)と言える.Deeken7)は,人間らしく死ぬことは, 人間らしく生きることと述べたが,ここに挙げた研究 結果は,人間らしさはともかく,生きることに価値を おく現代文化に絡めとられ,Quantity of life(生命の 長さ)を尊重した結果とも考えられる.  こうして考えると,「作業としての死の意味」を問 うことにも価値があると考えられる.Frankl23)も, 死の瞬間も人生の意味は存在し続けると述べている.  以上より,例えば,善き死を迎えるために何をした いか,身近な人々とどのような関係を築きたいか,死 ぬ時どのような文化的意味に満たされていたいか,そ うした心情にはどのような意味があるか等の問いを立 てることができよう.これは即ち,未来志向の目的論 的な死の意味生成につながる.  従って「作業としての死の意味」を捉える場合,ク ライエントにとっての善き死にはどのような意味が付 与されているかを問い続ける営みと言える. 3.2.3 作業としての死の機能  作業の機能とは,作業がどのように適応に役立つか を考えるとされ24),作業療法の創設期から積極的に 論じられている.Jackson ら25)によれば,作業療法 は高齢者のライフスタイル再構築を助け,健康と幸福 感に肯定的な効果を継続的に及ぼし,医療経済的側面 からも効率が良いことが示されている.  このように,作業療法の有効性は明らかであるが, 先行研究における言及は「いかに生きるか」に暗黙裡 に着目していると考えられる.また,作業の概念には 「文化」の要素も含まれることから,その研究が行わ れた場所の文化的影響を考慮する必要がある.先述の ように,日本文化は,死を排除する傾向がある2).ま た三木8)も,現代人は健康を病気からの快復として しか感じておらず,これは現代人の極めて特徴的な病 気と述べている.つまり,現代人の健康(病気でない こと)を前提とした健康観は,もはや病的であるとの 主張であり,この言説からも日本文化において死は間 遠であることが窺われる.  一方,藤井3)は,死と向き合うことで,自身の人 生に対する意味づけや,死に関する悲嘆経験が人間的 成長を促し,人生の意味を再構成するための意味生成 活動に発展すると述べている.ここに「作業としての 死の機能」を問う価値があると考えられる.  前項でも述べたが,慢性障害を抱えたクライエント は,疾病を原因とし,その結果,苦痛に耐え,他者に 迷惑をかけたくないが,思うように回復せず,死ぬこ とも許されず,自分一人ではどうすることもできない 難題を付加されて生活している.また,こうした難題 を抱える者は,慢性障害を抱えた人々に限られたもの ではないと思われる.  そこで死を作業と捉えることで,クライエントが直 面している難題が,作業としての死に付与された肯定 的な意味によって,疾病(原因)と苦痛(結果)とい う因果関係から抜け出す境涯に達し,死に対する新し い価値観や人生の意味を再構築し,健康と幸福を促進 する機能を発揮すると考えられる. 3.2.4 作業としての死の形態  作業の形態とは,その環境,時間,空間との関係で どのように作業しているかを捉えることとされる24) 例えば,作業中のパフォーマンスを観察することで作 業の形態が明らかになる.同時に,作業の形態は文脈 依存的であるため自然な環境下で捉える必要がある.  しかし,我が国では多くの人々が自宅以外で死ぬ1) 住み慣れた場所で最期を好きなように過ごしたいと思 いつつも,自宅では家族の介護負担が大きいと考え, 迷惑をかけたくないとの思いから,医療機関を選択す る者も多いと考えられる.Deeken6)7)も,医療機器 に囲まれた環境は,文化的に潤いがあるとは言えない と述べている.とりわけ,死に際の延命措置にクライ エントの意思不在であれば,死の形態としての倫理が 問われる.  他方,天寿を全うした死,苦しんだ死,大切な人に 看取られながら迎える死,孤独な死,人生に満足した 死,後悔の死など,死の形態の裏には意味があると考 えられる.作業の特性(表 2)を踏まえれば,例えば 文化的潤いの乏しさ,孤独,後悔等の否定的な意味づ けがなされた死の形態には,クライエントの言動にも 表れるであろうし,否定的な意味づけがなされている ことは「意味のある作業」ではない.

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 近年は,生前葬において花の配置,進行などを工夫 して自身の心情を表現する者もいる.他にも,エン ディングノートや自叙伝を執筆する者もいる.また, 僧侶の髙橋卓志氏が手掛ける手作りの葬儀が注目され ている26).ピアノ講師の葬儀では,葬儀中にピアノ 演奏を取り入れ,理容師の葬儀では,理容椅子に座っ て読経するなど,本人や遺族の苦しみをどう緩和する かを模索している.こうした実践は,クライエントの 「作業としての死の形態」を体現していると考えられ る.  以上の議論から,「作業としての死の形態」は,そ の作業に付与された肯定的な意味,死に至る文脈など を包括した結果が,作業の形態として観察できる.つ まり「作業としての死の形態」とは,死に至る過程や 文脈において,クライエントらしさが体現された死の あり様であると考えられる.

4.死と生の連続性に焦点を当てた作業療法の

あり方

 ここまで,我が国の作業療法と作業療法教育は,思想 的にも学問的にも還元主義が優位であったが,作業とし ての死を観念と捉え,そこに付与された意味を尊重する ことで,死が「意味のある作業」になりうると考えられ た.そして「作業としての死の意味・機能・形態」の捉 え方を次のようにまとめた. ◦意味:クライエントの善き死にはどのような意味が付 与されているかを問い続ける営み. ◦機能:死に対する新しい価値観や人生の意味を再構築 し健康と幸福を促進すること. ◦形態:死に至る過程や文脈において,クライエントら しさが体現された死のあり様.  以上より,死と生の連続性に焦点を当てた作業療法の あり方について視点提示を試みる.  まず死は,心理,社会,文化,肉体的要素や,個別的 な死に付与された意味が含まれるため具体的で複雑な現 象といえる.つまり,死は様々なつながりをもつ総体的 な現象である.死を総体的な現象として捉えるために は,還元主義的な作業療法観のみでは限界がある.そこ で包括的な作業療法観との統合,即ち,要素に分けすぎ た作業療法学をまとめ,Holistic science としての作業 療法学の復権・確立と,学際的な学問の位置づけの流布 が重要と考えられる.  これを踏まえ,死と生の連続性に焦点を当てた作業療 法のあり方を考える.作業療法の定義(表 1)からは, 作業を通して健康と幸福を促進することが共通してい る.そして,第 3 章で述べたように,死の立場から生 を眺めること,そして死を作業として捉えることで,死 に付与された未来志向の肯定的な意味によって,死に対 する新しい価値観や人生の意味の再構築につながり,そ の結果,クライエントらしさが体現された健康と幸福な 死を迎えることができると考えられる.  他方,作業療法士はリハビリテーションの専門家とし てクライエントの前に立つ.無論,専門家は特定の能力 をもつが故に,クライエントは信頼,期待,安心感等を 寄せると思われる.一方で,専門家が有する能力は依存 を生み,クライエントの主体的な人生設計を阻む可能性 がある.これは本来のリハビリテーションの考えに逆行 することに加え,死を遠ざける文化的背景も相まって, 死と生の連続性に焦点を当てることは困難であろう.  しかし,これではクライエントが直面する,自分では どうすることもできない難題(因果関係)の解決にはな らない.つまり,クライエントが直面する難題とは,人 間存在の根源的な苦しみ,即ち,全人的苦痛だからであ る.そして,全人的苦痛は,死に直面したときに感じる 生きる意味や価値,人生観,人間関係など,自分の存在 そのものについての苦痛なのである3)  では,作業療法ではどうしたら良いのか.藤井3)は, 全人的苦痛に向き合う人に対して唯一できることは, 「寄り添い」であると述べている.寄り添いとは,専門 家自身が能力の限界を認め,専門性を手離してクライエ ントのありのままを受け入れるプロセスとされる3).つ まり藤井の主張は,作業療法の専門性を捨てる必要があ ることを意味している.作業療法においてクライエント を治療・支援することは,あまりにも自明的であるた め,寄り添いの概念は受け入れ難いかもしれない.しか し,作業療法のルーツは人道的観点に立った道徳療法に ある.この事実は,全人的苦痛に向き合う人々の存在肯 定,およびクライエントを holistic に捉える作業療法学 の学問的特徴を根拠に,「寄り添い」,即ちクライエント のありのままを受け入れるプロセスが,作業療法思想に も潜在的に存在していると推察される.これは「なにも できないから寄り添うしかない」という冷めたニヒリズ ムではなく,むしろ作業療法の専門性を意図的に排した 積極的関与によって,死と生の連続性に焦点を当てた作

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業療法の実践が可能であることを意味していると考えら れる.  以上より,死と生の連続性に焦点を当てた作業療法の あり方とは,意味のある作業の遂行を通して,人間らし く生き,善き死を迎えるための全人的支援により,クラ イエントの存在を肯定し続けることと言える.

5.今後の展望

 機械論パラダイムに埋没し,作業や作業的存在という 作業療法の原点が見えにくくなった現代日本の作業療法 において,死と生の連続性に焦点を当てた作業療法の全 人的支援により,クライエントが真の幸福や健康を日常 生活の中で実感できる支援方法の体系化を目指したい. ただし,医療において本稿で述べた考えは受け入れられ ないことが予測されるため,差し当たって,クライエン トを holistic に捉えることに利点を見出しやすいと考え られる高齢者福祉や地域リハビリテーション領域におい て調査を行いたい.

6.結論

 本稿では,多死社会を迎えようとしている我が国の作 業療法において,作業療法が対象とする現象に死を含み うるのかを探求し,死と生の連続性に焦点を当てた作業 療法のあり方についての視点を提示した.  その結果,我が国の作業療法と作業療法教育は,思想 的・学問的に還元主義が優勢であったが,「作業として の死」を「観念」と捉えて,そこに付与された意味を尊 重することで,死が「意味のある作業」になりうると考 えられた.  また,作業としての死の意味・機能・形態を踏まえ, 死と生の連続性に焦点を当てた作業療法のあり方をまと めると,意味のある作業の遂行を通して,人間らしく生 き,善き死を迎えるための全人的支援により,クライエ ントの存在を肯定し続けることと考えられた.

引用文献

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参照

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