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問題提起
非正規雇用者が増えている。 総務省 「労働力調 査」 によれば、 勤務者に占める非正規雇用者の割 合は、 1985年には16.4%であったものが、 95年に は20.9%、 2005年には32.6%と急速に高まってき た (図−1)。 直近の2006年のデータでは33.0% と、 非正規雇用者は勤務者のほぼ3分の1に達し ている。 非正規雇用者の増加はすべての年齢層でみられ るものの、 特に34歳以下の若年層で著しい。 最近 15年間の雇用者全体に占める非正規雇用者の割合 の動きをみると、 「15歳∼24歳」 では91年の20.8 %から2006年には46.1%へ、 「25歳∼34歳」 では 10.8%から25.2%へと、 それぞれ25.3ポイント、 要 旨若年非正規雇用者の新規開業とパフォーマンス
国民生活金融公庫総合研究所 主任研究員深
沼
光
国民生活金融公庫総合研究所 主任松
原
直
樹
近年、 勤務者に占めるパート、 アルバイト、 派遣社員といった非正規雇用者の割合が高まっている。 非正規雇用者の増加は、 特に若年層で著しい。 それにつれて、 開業全体のうち若年非正規雇用者から の開業が占める割合も増加する傾向にある。 クロス集計による分析からは、 若年非正規雇用者による開業は、 若年正規雇用者に比べて、 「飲食 店」 や 「小売業」 が多いこと、 女性の割合が高いこと、 開業費用や従業者が少なく小規模な開業が多 いことが、 特徴としてあげられた。 その反面、 非正規雇用者といっても正社員の経験がある人が多く、 関連する仕事を経験した人の割合も高いこと、 経験年数も正規雇用者と遜色がないことがわかった。 統計的手法を用いた分析からは、 「採算」 や 「売上高」 でみた開業後のパフォーマンスが業種や規模 などをコントロールしても若年正規雇用者と比べて遜色なく、 中高年非正規雇用者はおろか、 中高年 正規雇用者も上回っている場合もあることも明らかになった。 一方、 企業ヒアリングからは、 若年非正規雇用者の多様性と、 いくつかの共通性が示された。 第1 に、 非正規雇用であることにメリットを見出しているケースが多いこと、 第2に、 非正規雇用者とし ての勤務先での経験や人脈を開業に活かしていること、 第3に、 非正規雇用者として働きながら開業 に向けた準備をはじめていることである。 若年非正規雇用者の割合が高くなっているということは、 それ自体が大きな問題である。 しかしな がら、 この傾向が今後も続くとすれば、 そのなかから開業を志す人も、 増加する可能性がある。 彼ら の多様性を十分に理解し、 適切な支援の手を差し伸べることが重要ではないだろうか。14.3ポイントの増加を示している (表−1)1 。 若 年 の 非 正 規 雇 用 者 に つ い て は 、 内 閣 府 (2003) では、 「働く意思はあっても正規雇用者と しての職を得ていない若者」 をフリーターと定義 し、 詳しく分析している (表−2)。 そのなかで、 「パート・アルバイトは、 産業界からは強いニー ズがあり、 失業した場合に雇用を守るセーフティ ネット的な役割を担っている。 家庭の事情や個人 1 非正規雇用者の割合は 「65歳以上」 でも1991年の49.0%から2006年には67.0%と大きく伸びた。 ただ、 65歳以上人口に占める雇用 者の割合は6.9%に止まっていることから、 若年層のほうが、 より大きな問題になっている。 0 10 20 30 40 1985 16.4 16.6 17.6 18.3 19.1 20.2 19.8 20.5 20.8 20.3 20.9 21.5 23.2 23.6 24.9 26.0 27.2 29.4 30.4 31.4 32.6 33.0 (%) 90 95 2000 2005 2006 (年) 資料:総務省「労働力調査特別調査」「労働力調査詳細結果」 (注)2001年以前は「労働力調査特別調査」、2002年以降は「労働力調査詳細結果」の数値(学生を含む)。 図―1 非正規雇用者割合の推移 表−1 年齢階級別非正規雇用者割合 (単位:%) 1991年 1996年 2001年 2006年 増加分 (1991年→2006年) 15∼24歳 20.8 27.5 43.5 46.1 25.3 25∼34歳 10.8 12.8 18.2 25.2 14.3 35∼44歳 20.2 20.0 23.2 27.4 7.2 45∼54歳 20.7 21.9 25.6 30.3 9.6 55∼64歳 28.1 27.5 33.3 40.8 12.8 65歳以上 49.0 51.2 57.2 67.0 18.1 合 計 19.8 21.5 27.2 33.0 13.2 資料:図−1に同じ。 (注) 図−1に同じ。
の価値観など、 ライフスタイルにあわせて働ける 魅力は大きい (抜粋)」 と一定の評価をしながら も、 「補助的業務が中心で職業能力の蓄積は困難、 賃金の増加も見込めないなど、 不安定な状況に置 かれている (抜粋)」 といった問題点が指摘され ている。 また、 酒井・樋口 (2005) は、 一度フリー ターになった者はその状態から脱し難く、 正規雇 用の経験者に比べて低い所得しか得ていないこと、 フリーター経験者は正規雇用経験者より結婚年齢 も出産年齢も高く、 フリーターの増加は少子化の 一因になっていることなどを統計的に示している。 このように、 若年の非正規雇用者の増加は、 大き な社会問題ともなっているといえよう。 非正規雇用者の増加に伴い、 新規開業者のなか で前歴が非正規雇用者であった人の割合も増えて いる。 国民生活金融公庫総合研究所 「新規開業実 態調査」 により、 開業した経営者の開業直前の職 業をみてみると、 非正規雇用者 (開業直前の職業 がパート、 アルバイト、 派遣社員、 契約社員であっ た人) の割合は91年にはわずか1.5%だったもの が、 2007年には8.7%と、 15年間で大幅に増加し た (図−2)。 若年層ではこの割合がさらに高くなる。 総務省 や内閣府の区分にならい、 「34歳以下」 と 「35歳 以 上 」 に 分 け て 非 正 規 雇 用 者 の 割 合 を み る 12 34歳以下 9.7 8.1 7.7 5.3 4.3 2.5 1.5 1.0 8.7全体 35歳以上 10 8 6 4 2 0 1991 2000 2007 (%) (年) 資料:国民生活金融公庫総合研究所「新規開業実態調査」(各年) (注)非正規雇用者の定義は表−2のとおり。以下同じ。 図―2 新規開業者に占める非正規雇用者の割合 表−2 フリーターと若年非正規雇用者 (1) フリーター もともとはフリーアルバイターを短縮したものとされる が、 使用する状況によって以下のような定義がある。 ①厚生労働省 15歳以上34歳以下 (学生と既婚女性を除く) パート・アルバイト、 またはパート・アルバイトを希望 する完全失業者、 無職 (家事も通学も就業内定もしてい ない者) ②内閣府 15歳以上34歳以下 (学生と既婚女性を除く) パート・アルバイト (派遣社員等を含む)、 または働く 意思のある無職 (派遣、 嘱託、 正社員への就業を希望す る失業者なども含む) <アンダーライン部分が厚生労働省の定義よりも広い> ③その他 正規雇用と対立する概念として、 年齢を問わず非正規 雇用者の意味で用いられる場合も多い。 その場合、 「中 高年フリーター」 など、 ①②と矛盾する使われ方をする こともある。 (2) 本稿における若年非正規雇用 15歳以上34歳以下 (学生を除くが、 既婚女性を含む) パート、 アルバイト、 派遣社員、 契約社員 (失業者、 無 職は含まない) 資料:厚生労働省 労働経済白書 、 内閣府 国民生活白書 等をも とに、 筆者作成。
と、 「34歳以下」 では91年の2.5%から2007年には 9.7%となっており、 「35歳以上」 (91年の1.0%か ら2007年には8.1%) をそれぞれ上回っている。 このように、 90年代前半には比較的珍しかった 非正規雇用者から開業するというパターンが、 特 に若年層において、 新規開業者のキャリアを語る うえで無視できない存在になってきているといえ るだろう。
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先行研究
こうした若年の非正規雇用者による開業につい ての先行研究は、 それほど多くない。 若年の新規 開業を扱ったものとしては、 20歳代の開業に注目 した深沼 (1994) があるが、 直前の勤務形態につ いては考慮されていない。 紹介されている事例は ほとんどが元正規雇用者である。 清野 (2002) は 新規開業におけるキャリア形成の重要性について 述べているが、 その際の雇用形態が正規か非正規 かについては触れていない。 その他、 主婦や学生 の新規開業に関する研究もみられるものの、 必ず しも若年非正規雇用者のみを切り口としたもので はない2 。 一方、 統計的手法による新規開業のパフォーマ ンスの分析については、 それぞれ観点は異なるも のの、 近年になって多くの研究がなされている。 売上高、 採算、 収入に関する指標を被説明変数と したものとしては、 玄田 (2001)、 玄田・高橋 (2003)、 本庄 (2004)、 本庄 (2005)、 岡室 (2005)、 深沼・井上 (2007)、 根本・深沼・渡部 (2007) などが、 経営者の満足度を被説明変数としたもの としては、 原田 (2000)、 深沼 (2005) などがあ げられる。 ただし、 これら諸研究においては、 直 前の勤務形態は変数に含まれていない。 数少ない、 直前の職業を考慮した推計としては、 売上高、 採算、 収入の変化を被説明変数とした Harada (2003) がある。 ここでは、 非管理職正 社員を基準として、 非正社員による新規開業は、 利益と売上高については差がみられないものの、 収入の変化についてはプラスに有意である、 すな わち非正社員のほうが収入改善の効果が大きいと 指摘している。 また、 新規開業企業のパネルデー タを利用して廃業確率を推計した鈴木 (2007a) では、 非管理職正社員を基準として、 一部のモデ ルで非正社員による新規開業は廃業確率が高いこ とが確認された3 。 ただし、 これら論文における 非正社員には主婦、 学生などが含まれている。 そ のため、 正規雇用者との対比した場合の非正規雇 用者の特徴をみるのには、 必ずしも適当ではない 可能性がある。3
若年非正規雇用者の定義
若年の非正規雇用者による開業の増加という現 実を踏まえ、 本稿では、 先行研究では必ずしも明 らかになっていなかった彼らの実態を探ることに する。 なお、 ここまで、 漠然と若年という言葉を用い てきたが、 本稿では総務省や内閣府のフリーター の定義と同様、 34歳以下の非正規雇用者を 「若年 非正規雇用者」 と定義する (前掲表−2)。 若年 非正規雇用者が示す特徴のなかには、 「若年」 で あるための特性、 「非正規雇用者」 であるための 特性の両方が混在していると思われる。 そこでク ロス集計による分析にあたっては、 新規開業者を ①若年非正規雇用者、 ②若年正規雇用者、 ③中高 年非正規雇用者、 ④中高年正規雇用者の四つのカ テゴリーに分類し、 その実態を比較していくこと にする。 なお、 一般には 「中高年」 という言葉には厳密 2 例えば、 川名 (2002) など。 3 ただし、 同じデータを使用して従業者数の増加を被説明変数とした鈴木 (2007b) では、 非正社員ダミーは有意とならなかった。な定義はなく、 場面によって 「50歳以上」 や 「55 歳以上」 などさまざまな意味合いで使われている が、 ここでは 「若年」 に対応する言葉として、 便 宜的に 「35歳以上」 を中高年として論述する。 ま た、 非正規雇用者の特徴をより明確に正規雇用者 と対比するために、 主婦、 学生など、 直前の職業 が雇用者でない人については、 ここでは除外して 分析することにする4 。
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データの概要と分析方法
若年非正規雇用者による新規開業について分析 する際には、 サンプルサイズが小さいという問題 から逃れることは難しい。 新規開業に占める直前 の職業が非正規雇用者だった人の割合は、 最近に なって上昇しているとはいえ、 依然として一桁台 にとどまっているからである (前掲図−2)。 そ こで本稿では、 できるだけ正確な結果を出すため に、 国民生活金融公庫 「新規開業実態調査」 の 2006年と2007年のデータをプールして使用するこ とにした。 調査の詳細は表−3のとおりである。 分析にあたっては、 まずクロス集計により、 ① 若年非正規雇用者の実態を、 ②若年正規雇用者、 ③中高年非正規雇用者、 ④中高年正規雇用者と対 比しながら、 業種や規模、 性別、 勤務経験、 斯業 経験といった企業や経営者の属性を、 みていくこ とにする。 また、 経営のパフォーマンスについては、 クロ ス集計だけではなく、 その結果が、 他の条件をコ ントロールしても統計的に有意であるかについて も実証する。 さらに、 実際に開業した非正規雇用者に対する ヒアリングをもとに、 非正規雇用者という働き方 が必ずしもマイナスではなく、 さまざまな形で新 規開業に活かされていることを示していく。5
クロス集計からみる実態
業 種
まず、 ①若年非正規雇用者からの新規開業の業 種構成をみると、 「飲食店」 が33.3%と最も多い (表−4)。 「飲食店」 の割合は、 正規雇用者より 非正規雇用者のほうが、 中高年より若年のほうが、 より高くなる傾向を示しており、 両方が重なった ①若年非正規雇用者で、 ほかのカテゴリーと比べ て最もウエートが高くなっていることがみてとれ る。 続いて多い 「小売業」 (20.2%) は年齢の影 響はあまりなく、 非正規雇用のほうが多くなる傾 向にある。 一方、 「建設業」 「製造業」 「運輸業」 などは、 正規雇用者からの開業のほうが相対的に 多くなっている。 ここで、 34歳以下の若年層のみについて、 非正 規雇用者の占める割合をみてみると、 「飲食店」 (19.6%)、 「小売業」 (17.0%)、 「医療、 福祉」 (13.0%) で相対的に高くなっている (図−3)。 総務省 「労働力調査」 における 「25∼34歳」 の雇 4 厚生労働省や内閣府の 「フリーター」 には含まれない既婚女性の非正規雇用者についてもサンプルに含めて検討する。 表−3 分析に使用するアンケート調査 ①国民生活金融公庫総合研究所 「新規開業実態調査」 (2006年) 調査時点 2006年8月 調査対象 国民生活金融公庫が2005年4月から同年9月に かけて融資した企業のうち、 融資時点で開業後 1年以内の企業 (開業前の企業を含む) 7,850社 調査方法 郵送、 無記名回答 有効回答数 1,972社 (有効回答率 25.1%) ②国民生活金融公庫総合研究所 「新規開業実態調査」 (2007年) 調査時点 2007年8月 調査対象 国民生活金融公庫が2006年4月から同年9月に かけて融資した企業のうち、 融資時点で開業後 1年以内の企業 (開業前の企業を含む) 3,506社 調査方法 郵送、 無記名回答 有効回答数 918社 (有効回答率 26.2%) ①と②の有効回答個票データ2,890件のうち、 開業直前の 職業が 「正規雇用者」 または 「非正規雇用者」 であって、 年 齢を回答している2,522件を、 本稿の分析対象とした。用者に占める非正規雇用者の割合と比べてみると、 非正規雇用者の割合が高い業種で、 開業者に占め る非正規雇用者の割合が高くなる傾向がはっきり とみてとれる。 ただし、 開業者に占める非正規雇用者の割合は、 雇用者に占める非正規雇用者の割合を大きく下回っ ている。 こうしたことから、 もともと非正規雇用 者の多い業種では、 非正規雇用者はある程度は新 規開業者の予備軍となっているものの、 開業する 確率は、 正規雇用者の方が高いことが推測される。 表−4 開業者の前職・年齢別業種構成 建設業 製造業 運輸業 卸売業 小売業 飲食店 医療、 福祉 教育、 学習支 援 個人向 けサー ビス業 事業所 向け サービ ス業 その他 若年 (34歳以下) ①非正規雇用者 4.8 0.0 0.0 3.6 20.2 33.3 16.7 1.2 16.7 3.6 0.0 ②正規雇用者 9.6 3.3 0.8 4.4 13.6 18.8 15.4 1.1 21.1 9.8 2.1 中高年 (35歳以上) ③非正規雇用者 3.1 5.5 0.0 3.1 20.5 22.8 20.5 2.4 11.8 7.1 3.1 ④正規雇用者 10.3 6.6 4.4 10.1 14.1 11.1 13.2 2.3 10.2 13.7 4.1 資料:国民生活金融公庫総合研究所 「新規開業実態調査」 (2006年) (2007年) (注) 情報通信業は事業所向けサービス業に、 不動産業、 宿泊業はその他に含む。 25 20 15 10 5 0 0 10 20 30 建設業 6.3 その他 0.0 製造業 0.0 運輸業 0.0 卸売業 10.0 医療、福祉 13.0 教育、学習支援 12.5 小売業 17.0 y=0.451x−2.963 R2=0.665 飲食店 19.6 個人向けサービス業 9.8 事業所向けサービス業 4.8 雇用者に占める割合 40 50 60 (%) (%) 資料:国民生活金融公庫総合研究所「新規開業実態調査」(2006年)(2007年)、総務省「労働力 調査」(2006年平均) (注)1 グラフ内の数字は開業者に占める割合。 注)2 開業者は34歳以下、雇用者は25歳以上34歳以下のデータ(34歳以下の開業者の97.2% が25歳以上34歳以下のため)。 注)3 雇用者における非正規雇用割合は、卸売業と小売業では卸売・小売業、個人向けサー ビス業と事業所向けサービス業ではサービス業、飲食店では飲食店・宿泊業のデータ。 注)4 近似曲線は、雇用者全体に占める各業種の雇用者数でウエートづけした最小二乗法に よる。 注)5 新規開業のサンプルサイズが小さいため、真の全体像を反映していない可能性がある ことに注意する必要がある。 開 業 者 に 占 め る 割 合 図―3 若年の開業者と雇用者に占める非正規雇用者の割合
性 別
経営者の性別をみると、 ①若年非正規雇用者で は女性の割合が35.7%と、 ②若年正規雇用者の 10.5%よりかなり高くなっている (表−5)。 こ れは、 ①若年非正規雇用者に多い飲食店や小売業 でもともと女性の割合が高いこと、 そもそも非正 規雇用者には女性が多いこと、 などが影響してい ると考えられる。 ちなみに、 ③中高年非正規雇用 者の女性割合は53.8%と、 ①若年非正規雇用者よ りも高くなっている。開業費用と従業者規模
①若年非正規雇用者の開業資金は、 「500万円未 満」 が36.7%、 「500万円以上1,000万円未満」 が 35.4%と、 7割が1,000万円未満となっており、 ほ かのカテゴリーと比べて少ない資金での開業のウ エートが高い (表−6)。 一方、 資金調達額の平 均をみると、 ①若年非正規雇用者の平均は1,172 万円で、 同年代である②若年正規雇用者の1,392 万 円 と 比 べ て 少 な く 、 ③ 中 高 年 非 正 規 雇 用 の 1,258万円も下回っている (表−7)。 自己資金額 も236万円と開業費用の20.1%に止まっており、 金額、 割合ともに4カテゴリーの中で最低である。 表−5 開業者の性別 (単位:%) 男性 女性 若 年 (34歳以下) ① 非正規雇用者 64.3 35.7 ② 正規雇用者 89.5 10.5 中高年 (35歳以上) ③ 非正規雇用者 46.2 53.8 ④ 正規雇用者 90.0 10.0 資料:表−4に同じ。 表−6 開業費用 (単位:%) 500万円未満 500万円以上 1,000万円未満 1,000万円以上 1,500万円未満 1,500万円以上 2,000万円未満 2,000万円以上 若 年 (34歳以下) ① 非正規雇用者 36.7 35.4 12.7 3.8 11.4 ② 正規雇用者 29.4 29.9 18.6 7.5 14.6 中高年 (35歳以上) ③ 非正規雇用者 34.4 29.5 11.5 9.0 15.6 ④ 正規雇用者 30.2 26.7 15.5 6.9 20.7 資料:表−4に同じ。 表−7 資金調達先 (単位:万円、 %) 自己資金 家 族 金融機関 その他 合 計 若 年 (34歳以下) ① 非正規雇用者 236 (20.1) 219 (18.7) 689 (58.8) 28 (2.4) 1,172 (100.0) ② 正規雇用者 321 (23.1) 187 (13.4) 786 (56.5) 98 (7.0) 1,392 (100.0) 中高年 (35歳以上) ③ 非正規雇用者 324 (25.8) 165 (13.1) 696 (55.3) 73 (5.8) 1,258 (100.0) ④ 正規雇用者 511 (28.3) 136 (7.5) 969 (53.7) 187 (10.4) 1,803 (100.0) 資料:表−4に同じ。 (注) ( ) 内は構成比。同年代の②若年正規雇用者と比べても自己資金額 が少ないことは、 非正規社員の給与水準が低く、 正規雇用者に比べて資金をためにくいことを反映 していると考えられる。 同じく金融機関からの調 達額も②若年正規雇用者より少ない。 一方、 家族 からの支援は219万円で資金調達全体に占める割 合は18.7%と、 ②若年正規雇用者の13.4%より高 くなっており、 家族による資金援助がより重要で あることが推測される。 さらに、 従業者の数をみると、 開業時点で平均 3.2人、 調査時点で4.4人と、 これも同年代の②若 年正規雇用者より少ない (図−4)。 こうしたことから、 ①若年非正規雇用者は、 資 金が限られるなか、 比較的小さな規模で開業して いるケースが多いことがみてとれる。
正規雇用者としての勤務と関連業種
の経験
正規雇用者としての勤務経験がある人の割合は、 ①若年非正規雇用者の78.5%に達している (表− 8)。 平均勤務先数は2.2社、 期間は6.4年となって おり、 開業年齢を考えると、 最終学歴の学校を卒 8 6 4 2 0 (人) 調査時点 増加分 開業時点 4.4 1.2 ①非正規雇用者 6.1 2.2 ②正規雇用者 4.3 0.6 ③非正規雇用者 5.8 1.4 ④正規雇用者 若年 (34歳以下) 中高年 (35歳以上) 資料:表−4に同じ。 図―4 開業時点と調査時点の従業者数 3.2 3.9 3.7 4.4 表−8 勤務経験と斯業経験 正社員経験 あり (%) 勤務先数 (社) 勤務年数 (年) 斯業経験 あり(%) 経験年数 (年) 若 年 (34歳以下) ① 非正規雇用者 78.5 2.2 6.4 81.9 6.1 ② 正規雇用者 100.0 2.3 9.0 91.4 8.1 中高年 (35歳以上) ③ 非正規雇用者 92.2 2.6 13.7 80.0 9.7 ④ 正規雇用者 100.0 2.8 22.6 86.5 16.2 資料:表−4に同じ。 (注) 1 「勤務先数」 「勤務年数」 は、 正社員として勤務した経験があると回答した人の平均。 2 「経験年数」 は、 現在の事業に関連する仕事をした経験があると回答した人の平均。業した後のキャリアの過半を正規雇用者として積 んでいる人が、 比較的多いことが推測される。 また、 現在の事業と関連する業種での経験 (以 下、 斯業経験) のある人は81.9%で、 正規雇用者 ほどではないものの高い割合となっている。 経験 期間については、 正規雇用者としてか、 非正規雇 用者としてか、 あるいはその両方か、 アンケート からは判然としないものの、 経験年数の平均は 6.1年で、 これも開業年齢を考えれば意外に長い といってよいだろう。 さらに、 ①若年非正規雇用者について、 斯業経 験と正規雇用者としての経験をあわせて整理した のが、 表−9である。 これをみると、 ①若年非正 規雇用者のうち、 正規雇用の経験があり、 斯業経 験もあるグループⅠが、 全体の67.9%を占めてい ることがわかる。 正規雇用者としての勤務年数は 6.9年、 斯業経験は7.2年と、 ほかのグループより も長い。 グループⅠの割合は③中高年非正規雇用 者でも76.0%となっており、 若年層に限らず、 非 正規雇用者の開業の多くが、 実際には十分な経験 を積んでいることが推測される。 次に、 正規雇用の経験はないものの斯業経験が あるグループⅡは、 全体の14.1%を占めている。 このグループは、 ③中高年非正規雇用者では4.7 %とかなり少ない。 非正規社員としてのみ斯業経 験を積んで開業するのは、 若年層ならではのキャ リア形成の方法であるといえるだろう。 これは、 非正規雇用者の割合が若年層で増えていることを 反映していると考えられる。 なお、 経験年数自体 は平均6.8年と、 グループⅠと比べて少ないわけ ではないことも注目される。 一方、 斯業経験のないグループⅢとグループⅣ は、 それぞれ10.3%、 7.7%となった。 二つの違い は正規雇用経験の有無であるが、 正規雇用経験の 表−9 経験による若年非正規雇用者の分類 (n=78) 斯業経験あり 斯業経験なし 正規雇用 経験あり グループⅠ 全体に占める割合 67.9% 平均勤務年数 6.9年 平均経験年数 7.2年 女性割合 35.8% グループⅢ 全体に占める割合 10.3% 平均勤務年数 3.6年 平均経験年数 N.A. 女性割合 62.5% 正規雇用 経験なし グループⅡ 全体に占める割合 14.1% 平均勤務年数 N.A. 平均経験年数 6.8年 女性割合 18.2% グループⅣ 全体に占める割合 7.7% 平均勤務年数 N.A. 平均経験年数 N.A. 女性割合 16.7% <参考> 中高年非正規雇用者 (n=129) 斯業経験あり 斯業経験なし 正規雇用 経験あり グループⅠ 全体に占める割合 76.0% グループⅢ 全体に占める割合 16.3% 正規雇用 経験なし グループⅡ 全体に占める割合 4.7% グループⅣ 全体に占める割合 3.1% 資料:表−4に同じ。 (注) N.A.は定義より該当データのないもの。
あるグループⅢでも、 勤務年数は平均3.6年に止 まっている。 最終学歴校を卒業してから開業まで の年数を考えると、 むしろ非正規雇用あるいは無 職であった期間のほうが長く、 開業直前の状況は、 グループⅣと似ているケースが多いと推測される。
パフォーマンス
開業後の①若年非正規雇用者の採算状況をみる と、 「黒字基調」 が62.7%と、 ②若年正規雇用者 の67.8%にかなり近く、 ③中高年非正規雇用者の 37.5%、 ④中高年正規雇用者の59.3%をともに上 回っている (図−5)。 売上高の状況も、 「増加傾 向」 が59.3%で、 ②若年正規雇用者の61.5%とほ ぼ同じで、 中高年の二つのカテゴリーよりもよい 成績である。 さらに、 経営者になってよかったと 考えている経営者の割合は96.2%に達しており、 ほかと比べて満足度は最も高い。 アンケートの対象者が当公庫の融資先であり、 調査時点までに経営を断念した企業は除外されて いるというサンプルの特性からくるバイアスはあ るものの、 少なくともアンケート調査の範囲では、 資金が不足しがちで開業規模が小さいにもかかわ らず、 ①若年非正規雇用者の開業後のパフォーマ ンスは同年代の正規雇用者や中高年者と比べて遜 色ないことがみてとれる。6
パフォーマンスに関する推計
前段のクロス集計で確認した、 ①若年非正規雇 用者の開業後のパフォーマンスについて、 「採算」 と 「売上高」 を被説明変数として、 ロジスティク 回帰分析を試みる。 推計式は、 本稿でも使用した 「新規開業実態調 査」 (2006年) のデータを用いている深沼・井上 (2007) を参考にした。 ただし、 本稿では2007年 のデータを追加して分析していることから、 調査 年ダミーを設定しているほか、 2007年調査に存在 しない変数は除外している。 また、 ①若年非正規雇用者の特徴をみるために、 ①若年非正規雇用者を基準として、 ②若年正規雇 100 80 60 40 20 0 (%) 売上高 採算 自己評価 62.7 59.3 ①非正規雇用者 96.2 67.8 61.5 ②正規雇用者 91.5 37.5 43.7 ③非正規雇用者 81.4 59.3 53.4 ④正規雇用者 81.2 若年 (34歳以下) 中高年 (35歳以上) 資料:「採算」「売上高」は表−4に同じ。「自己評価」は国民生活金融公庫総合研究所「新規開業実態 調査」(2003年)。 (注)1「採算」は、黒字基調であると回答した人の割合。 2「売上高」は、増加基調であると回答した人の割合。 3「自己評価」は、経営者になってよかったと思うかという設問に対して、「非常に思う」または 「思う」と回答した人の割合。 図―5 パフォーマンス用者、 ③中高年非正規雇用者、 ④中高年正規雇用 者のダミー変数を設定した。 なお、 「採算」 につ いては法人と個人で定義が異なるため、 法人ダミー を説明変数に加えた。 使用したデータの記述統計 量は、 表−10のとおりである。 推計の結果は、 クロス集計の結果と解釈を支持 するものであった (表−11)。 「採算」 については、 ②若年正規雇用者と有意な違いはみられなかった。 一方、 ③中高年非正規雇用者ダミーのオッズ比 EXP (β) は0.317倍、 ④中高年正規雇用者ダミー については0.627倍で、 それぞれ有意であり、 ① 若年非正規雇用者の黒字になる確率が相対的に高 表−10 推計に用いた変数の記述統計量 名称 備考 度数 最小値 最大値 平均値 標準偏差 採算ダミー 「黒字基調」=1、 「赤字基調」=0 2341 0.0 1.0 0.604 0.489 売上増加ダミー 「増加傾向」=1、 「横ばい」 or 「減少傾向」=0 2437 0.0 1.0 0.551 0.498 若年非正規雇用者ダミー 「若年非正規雇用者」=1 2522 0.0 1.0 0.033 0.179 若年正規雇用者ダミー 「若年正規雇用者」=1 2522 0.0 1.0 0.243 0.429 中高年非正規雇用者ダミー 「中高年非正規雇用者」=1 2522 0.0 1.0 0.052 0.221 中高年正規雇用者ダミー 「中高年正規雇用者」=1 2522 0.0 1.0 0.672 0.469 管理職ダミー 「会社や団体の常勤役員」 or 「勤務者管理職」=1 2522 0.0 1.0 0.554 0.497 大卒ダミー 「大学」 or 「大学院」=1 2511 0.0 1.0 0.362 0.481 男性ダミー 「男性」=1 2521 0.0 1.0 0.868 0.339 LN (斯業経験年数+1) (年) 「斯業経験なし」 は0年とした。 2473 0.0 3.9 2.224 1.081 LN (開業後月数+1) (月) 2501 0.0 3.4 2.710 0.332 LN (開業費用+1) (万円) 2402 0.0 10.6 6.699 1.086 FC 加盟ダミー 「加盟している」=1 2348 0.0 1.0 0.060 0.237 法人ダミー 「法人」=1 2513 0.0 1.0 0.373 0.484 2006年度調査ダミー 2522 0.0 1.0 0.690 0.463 2007年度調査ダミー 2522 0.0 1.0 0.310 0.463 建設業ダミー 2515 0.0 1.0 0.096 0.295 製造業ダミー 2515 0.0 1.0 0.055 0.228 運輸業ダミー 2515 0.0 1.0 0.031 0.174 卸売業ダミー 2515 0.0 1.0 0.082 0.274 小売業ダミー 2515 0.0 1.0 0.145 0.352 飲食店ダミー 2515 0.0 1.0 0.143 0.350 医療、 福祉ダミー 2515 0.0 1.0 0.142 0.349 教育、 学習支援業ダミー 2515 0.0 1.0 0.020 0.140 一般消費者向けサービス業ダミー 2515 0.0 1.0 0.131 0.338 事業所向けサービス業ダミー 2515 0.0 1.0 0.120 0.326 その他業種ダミー 2515 0.0 1.0 0.035 0.183 資料:表−4に同じ。 (注) 1 若年は34歳以下、 中高年は35歳以上。 2 「正規雇用者」 は直前の職業が 「会社や団体の常勤役員」 「勤務者管理職」 「勤務者管理職以外」。 3 「非正規雇用者」 は直前の職業が 「パートタイマー・アルバイト」 「派遣社員・契約社員」。 4 直前の職業が 「家族従業員・家業手伝い」 「学生」 「専業主婦」 「その他」 はサンプルから除外した。 5 斯業経験年数、 開業後月数、 開業費用は、 0のケースがあるため、 それぞれ1を加えて対数をとった。
いことが示された。 「売上高」 についても、 ②若 年正規雇用者との違いはみられなかったものの、 ③中高年非正規雇用者のオッズ比は0.485倍、 ④ 中高年正規雇用者は0.517倍で、 ともに有意に1.0 未満となった。 これも、 クロス集計の結果と完全 に一致している5 。 さらに、 34歳以下の若年のサンプルのみで同様 の推計を行ったところ、 ①若年非正規雇用者と② 表−11 推計結果 名称 推計1−1 推計1−2 推計2−1 推計2−2 被説明変数 採算 売上高 採算 売上高 サンプル 全体 全体 若年のみ 若年のみ 若年正規雇用者ダミー 1.181 0.742 1.031 0.651 中高年非正規雇用者ダミー 0.317*** 0.485** − − 中高年正規雇用者ダミー 0.627* 0.517** − − 管理職ダミー 1.164 1.177 1.439* 1.124 大卒ダミー 1.046 1.205* 1.379 1.494* 男性ダミー 1.075 1.302* 1.261 1.985** LN (斯業経験年数+1) 1.153*** 0.893** 1.124 0.921 LN (開業後月数+1) 1.058 1.026 1.167 1.424 LN (開業費用+1) 1.090* 1.281*** 1.079 1.080 FC 加盟ダミー 1.161 0.634** 2.288 0.465 法人ダミー 0.848 − 1.033 − 2007年度調査ダミー 1.069 1.130 0.949 1.091 建設業ダミー 2.058*** 1.573* 1.036 0.844 運輸業ダミー 1.911** 0.803 − 2.420 卸売業ダミー 1.492 1.825** 0.755 0.721 小売業ダミー 0.883 1.181 0.436 0.535 飲食店ダミー 0.807 0.627** 0.631 0.502 医療、 福祉ダミー 1.556* 1.806** 1.036 1.489 教育、 学習支援業ダミー 0.782 2.822*** 0.393 1.904 一般消費者向けサービス業ダミー 1.084 2.125*** 0.728 2.343 事業所向けサービス業ダミー 1.738** 2.452*** 1.124 1.391 その他業種ダミー 2.163*** 1.525 0.633 0.705 定数 0.520 0.228** 0.579 0.296 Nagelkerke R2乗 0.073 0.100 0.066 0.121 度数 2522 2522 696 696 (注) 1 ***、 **、*はそれぞれ1%、 5%、 10%水準で有意であることを示す。 2 業種ダミーは、 製造業を基準とした。 3 推計2−1ではサンプルサイズの問題から運輸業を除外したため、 業種ダミーは製造 業・運輸業が基準。 5 このほか、 斯業経験年数が採算にはプラスに、 売上高ではマイナスに作用すること、 開業費用が多いほうがパフォーマンスが良く なる傾向にあること、 フランチャイズに加盟することが必ずしも経営にとって有効とはいえないことなど、 係数の多くが一連の先行 研究とほぼ一致している。 このことは、 モデルの妥当性をサポートしていると考えられる。
若年正規雇用者とで、 「採算」 「売上高」 に関する 有意な違いはみられなかった。 これも、 前段のク ロス集計の結果を裏付けることとなった。 ちなみ に、 図−5で確認した、 35歳以上の③中高年非正 規雇用者と④中高年正規雇用者のパフォーマンス の違いも、 統計的に有意となった6 。
7
事例からみる特徴
ここまでアンケートのクロス集計と統計的手法 による分析から、 若年非正規雇用者の開業につい てみてきた。 以下では、 若年非正規雇用者からの 開業の実像について、 表−12の要領で実施した企 業ヒアリングをもとに掘り下げていくことにする。 まず、 前段でグループ分けした際に最も多かった グループⅠに該当する、 正規雇用者の経験も斯業 経験もあるケースを2件紹介する。 ① 経験の幅を広げるために非正規雇用を選択 A さんは、 首都圏の私鉄駅前で、 居酒屋を営 業している。 和風創作料理を中心とした、 多彩な メニューが自慢の店だ。 A さんは高校卒業後、 割烹料理店で4年、 高級すし店で2年、 正社員と して住み込みでいわゆる板前の修業をした。 もと もといずれは自分の店をもちたいと思っていたと ころ、 24歳のときに飲食店の事務をしていた現在 のビジネスパートナーと出会ったことをきっかけ に、 居酒屋を開業することを目標に本格的な準備 を始めた。 「特色のある店をつくるには、 料理の 腕を上げるだけではなく、 メニューの幅も広げる 必要がある。 接客も重要だ。」 そう考えた A さん は勤め先を辞め、 その後3年間で20件ものアルバ イトを経験した。 話題となっている飲食店であれ ば、 洋食和食を問わず門をたたいた。 すしを握る スピードを上げるために回転すし店で働いたこと もある。 料理だけでなく、 仕事の進め方も店ごと に異なる。 多くの店を回ることで、 それぞれのよ い点、 悪い点がよくわかるようになった。 こうし た経験の積み重ねが、 現在の店づくりに大いに役 立っているという。 A さんの腕があれば正規雇用者として職を得 ることも難しくなかっただろう。 それでも、 非正 規雇用を選んだのは、 「後腐れなく短期間で転職 したかったから」 だそうだ。 「最初の店だけで料 理の修業をしていたら、 なかなか開業できなかっ たと思う。 いろいろな店を短期間で回るには、 ア ルバイトは最も有効な手段だった」 と、 A さん は振り返っている。 このように、 開業に向けてそれまで正規雇用者 として勤めていた会社を辞めて、 あえて非正規雇 用を選択する人たちがいる。 1カ所だけでは身に つけられない技術・ノウハウを、 幅広く身につけ るための転職である。 もちろん正規雇用者として A さん 事業内容:居酒屋 従業者数:6人 高校卒業後、 日本料理店2カ所に正社員とし て6年勤務。24歳で開業を目指して退職し、3年 間で20件ほどのアルバイトを経験。 27歳で開業。 6 同様の推計式により、 「35歳以上」 について、 「正規雇用」 と 「非正規雇用」 の違いをみたところ、 「採算」 「売上」 ともに 「非正規 雇用」 のほうがパフォーマンスが悪いことが有意に示された。 なお、 年齢を2分せず、 「全サンプル」 で 「正規雇用」 と 「非正規雇用」 の違いをみた場合も同じ結果となっている。 表−12 企業ヒアリングの概要 期間:2007年4月∼2008年1月 対象:開業直前の職業が非正規雇用 (パート、 アルバイト、 派遣社員、 契約社員) であった新規開業のうち、 開業 時の経営者の年齢が39歳以下の企業。 (注) アンケートの分析では34歳以下としたが、 企業 ヒアリングは39歳以下まで範囲を広げた。 件数:合計14件 (34歳以下 12件、 35∼39歳 2件) 地域:東京都、 神奈川県、 千葉県、 福島県、 島根県転職することもありうるが、 比較的短期間での退 職を前提としているならば、 本人にとっても雇用 する側にとっても、 アルバイトやパートとして働 くほうが適している場合も多いと考えられる。 短 期間で退職することに対して正規雇用者ほどは雇 い主の抵抗が大きくない非正規雇用の特性を、 キャ リアアップにうまく活用しているのである。 ② ノウハウを身につけるため非正規雇用を選択 B さんの店は、 レーズン酵母を使った無添加の パンを売りにし、 小さいながらも地元客の人気を 集めている。 B さんは大学卒業後12年間、 大手ホ テルチェーンに正社員として勤務していた。 収入 は悪くはなかったが、 夜勤も多く体力を使う仕事 で、 いつしか脱サラを考えるようになっていた。 そのころ、 パンの製造小売店でアルバイトとして 働いていた妻が、 趣味で無添加のパンをつくって いた。 B さんはこの無添加パンを前面に出した店 を開こうと、 妻と相談のうえ、 思い切って35歳で 退職した。 正社員としての勤務が長かったこともあり、 必 要な資金はある程度たまっていた。 しかし、 ホテ ルでの仕事は主にフロント係で、 退職したときに は、 B さん自身にはパンに関する知識はほとんど なかった。 そこで、 まずパン焼き釜を購入し、 妻 と一緒に自宅でパンづくりの練習をするとともに、 パンの製造小売店でパートとして働きはじめた。 基礎的な製造技術を身につけようと考えたからだ。 非正規雇用を選んだのは、 「パンづくりを学ぼう という35歳の素人を、 いずれ退職するのがわかっ ていて正社員として受け入れてくれるところがな かった」 からだという。 結局、 約2年にわたって パートの立場で修業した後、 38歳で開業した。 住宅地で開業したこともあり、 当初は売り上げ が伸び悩んだものの、 次第に常連客もついてきた。 「まだまだ経験豊富なパン職人とはいえないが、 日々勉強しながらお客様に安心してもらえる無添 加のパンを、 妻と2人で提供していきたい」 と B さんは語ってくれた。 B さんのように、 新規開業を目指して、 開業に 必要なノウハウを手に入れるために働こうとする 人は多いと考えられる。 ただ、 その分野で経験の ない素人であれば、 正規雇用者として職を得るの はそう簡単ではないかもしれない。 短期間での退 職を前提に勤めるのであれば、 なおさらだ。 非正 規雇用者という立場での修業は、 経験のない業種 で開業を目指す人たちにとって現実的な選択肢の 一つであるといえるのではないだろうか。 A さんや B さんのように、 開業を前提にして 経験を積むために非正規雇用を活用するのは、 必 ずしも若年層に限らないかもしれない。 中高年の 開業であっても、 同様の目的で非正規雇用者を選 択する人もいると考えられる。 次に、 前段でみたように若年非正規雇用者に多 くみられるグループⅡについて、 特徴的なケース をみてみよう。 ③ 求める仕事をするために非正規雇用を選択 C さんは、 東京郊外の JR 駅前で、 地元の主婦 やサラリーマン向けに英会話教室を経営している。 あわせて、 海外からの留学生向けに日本語の講座 B さん 事業内容:パン製造小売 従業者数:2人 大手ホテルチェーンに正社員として12年勤務。 35歳で退職し、 パン製造小売店でパートとして 働いて製造技術を身につけ、 38歳で開業。 C さん 事業内容:英会話教室 従業者数:4人 外国語大学卒業。 1年間専業主婦をした後、 外国人向けの日本語教室と英会話教室で通算4 年間非常勤講師を務め、 27歳で開業
も開いている。 C さんは外国語大学で英語と日本語の教授法を 学んだ。 卒業後は、 外国人向けの日本語学校と英 会話教室で非常勤講師を務めることになった。 語 学関連のスクールでは、 正社員になると生徒募集 をはじめとする事務の仕事が増え、 教室で教える 時間が少なくなってしまうという。 正社員として の就職も不可能ではなかったものの、 収入が少な くても教師として現場で生徒と触れ合いたいと思っ ていた C さんは、 非常勤講師というパートの道 を選んだ。 勤めているうちに C さんは、 自分でスクール をもちたいと考えるようになった。 勤務先では、 語学教育に関して全く知識のない人を、 外国人と いうだけで講師として雇っていた。 「そうした教 え方では、 何時間授業を受けてもなかなか上達せ ず、 生徒のためにならない」 と考えたからだ。 た だ、 勤務先の経営方針に反発していたとはいえ、 非常勤講師としての経験は非常に役立ったという。 カリキュラムで許される範囲ではあるものの、 授 業を行いながら大学で学んだ教え方を実践し、 よ り効果的なものにしていくことができたからだ。 C さんは4年間非常勤講師として勤めた後、 27 歳で開業を果たした。 語学教授法の専門教育を受 けた日本人と外国人の講師とともにスクールを運 営している。 自らつくったカリキュラムで生徒が 成長しているのを実感でき、 非常に充実した毎日 だそうだ。 雇用者に占める非正規雇用者の割合が増えてい ることを鑑みれば、C さんのように、正規雇用者で はなくパートやアルバイトとして事業に関連する 業種の経験を積んでいくというキャリア形成のス タイルも、 今後さらに増加していく可能性がある。 最後に紹介するのは、 グループⅢやグループⅣ に該当する、 斯業経験のない非正規雇用からの開 業である。 ④ 非正規雇用として仕事をするなかでビジネス チャンスを発見 D さんは、 現在、 電力会社を主な顧客として、 電気料金の滞納者への督促、 光ファイバー契約の 案内と事務手続きなど、 いわゆるコールセンター 業を経営している。 開業後約4年で、 事業は順調 に伸び、 現在は60人の社員を抱えるまでに成長 した。 D さんは大学を3年生のときに中退している。 「先輩の就職先をみていて、 自分がサラリーマン として働きたいと思うような仕事に就いた人はほ とんどいなかった。 それなら自分で事業を起こし たほうがよいと思い、 大学も辞めてしまった」 と いう。 居酒屋でのアルバイトは、 在学中に始めた もので、 中退してからは1日13時間、 週5日働き、 毎月30万円以上の収入を得ていた。 アルバイトとはいっても、 辞める直前には仕入 れ管理や新人アルバイトの面接など、 店長のよう な仕事まで任されていたという。 D さんはこう した経験が活かせるレストランやカフェを開店し ようと、 仕事のかたわら、 起業に関する雑誌やホー ムページをみて研究していた。 しかし、 店舗や仕 入れに多額の資金がかかるため、 実現の目処は立 たなかった。 今の会社を立ち上げたのは、 何か事業を起こし たいという話を聞いた居酒屋の常連客が、 コール センターのフランチャイズの代理店を紹介してく れたことがきっかけとなった。 説明会に参加する と、 飲食店よりも低コストで開業できることがわ かり、 貯金をはたいて思い切って独立することに した。 当時を振り返って、 「常に開業を目指してアン D さん 事業内容:コールセンター 従業者数:60人 大学中退。 在学中から行っていた居酒屋での アルバイトを続けた後、 22歳で開業。
テナを張っていたのがよかった」 と D さんは語 る。 管理職のような仕事を若くして任されことで、 人からいわれたことをやるのではなく、 自分で考 えることを学んだ。 自分自身がアルバイトとして 働いていた経験も、 パートが中心である電話オペ レーターの管理や教育に役立っているという。 D さんは、 非正規雇用者から、 それまで全く 経験のない業種で開業した。 開業前のキャリアは、 ほかの事例と比較しても一般的に 「問題とされて いる」 非正規雇用者やフリーターのイメージに最 も近いのではないだろうか。 ただし D さんは、 漫然とアルバイトをしていたわけではない。 仕事 をしながら開業を意識し、 そのための情報収集や 準備を怠らなかった。 アンケート調査でも、 実際 に開業した①若年非正規雇用者のうち、 事業経営 者になることを意識して仕事をしていたと回答し た人は79.7%に達している (図−6)。 これは、 ②若年正規雇用者の82.3%とほぼ同じレベルであ り、 中高年よりも高い割合となっている。 これは、 「何となく」 非正規雇用者になったとしても、 開 業という出口は 「何となく」 では得られないこと を示しているのではないだろうか。
小
括
事例でもわかるように、 若年非正規雇用者の開 業は多様である。 ただ、 そのなかにも、 いくつか 共通していえることがあるようだ。 第1に、 非正 規雇用であることにメリットを見出しているケー スが多いことである。 A さんや B さんは、 開業に 向けて経験を積むために、 短期間での転職に雇用 主側の抵抗が少ない非正規雇用者を選択している。 第2に、 やむをえず非正規雇用者になっていた としても、 そこでの勤務経験を何らかの形で活か していることである。 C さんや D さんのように、 正規雇用者としての就職に魅力を感じられず、 非 正規雇用者となった場合でも、 勤務先での経験や 人脈を開業に役立てていることがみてとれる。 第3に、 実際に開業した若年非正規雇用者をみ ると、 非正規雇用として就職した段階、 あるいは 0 20 40 60 80 100 (%) 資料:国民生活金融公庫総合研究所「新規開業実態調査」(2003年) (注)経営者になる前に、事業経営者になることを意識して仕事をしていたと回答した人の割合。 79.7 ①非正規雇用者 82.3 ②正規雇用者 59.1 ③非正規雇用者 65.8 ④正規雇用者 中高年 (35歳以上) 若年 (34歳以下) 図―6 開業前における事業経営に関する目的意識非正規雇用者として働いているなかで、 開業に向 けた目的意識をもち、 そのための準備を始めてい るということだ。 当然ながら、 漫然と単純労働の アルバイトをしていて、 いきなり開業できるわけ ではない7 。 それでは新規開業は、 冒頭で述べたような、 賃 金の増加が見込めず不安定な状況に置かれている 若年非正規雇用者、 あるいは、 いわゆるフリーター の問題を解決する手段となりうるのだろうか。 実 際にはフリーターの72.2%が正社員としての就業 を希望しており、 自営業を希望する人は9.2%と 少ない (図−7)。 もっとも、 正社員でも自営業 希望者は10.4%に止まっており、 「希望者」 の割 合はほぼ同じである。 しかし、 前述のとおり、 ア ンケートから実際に開業した人たちの前職をみる 限りでは、 非正規雇用者から開業する確率は正規 雇用者からよりも低いと考えられる。 ヒアリング 調査でみられたように、 非正規雇用からの開業者 に 「一時的な」 非正規雇用者が多く含まれている とすれば、 社会問題となっているような若年非正 規雇用者からの開業は、 より少なくなるはずであ る。 いわゆるフリーターの問題は、 開業によって 完全に解決されるわけではない。 では、 若年非正規雇用者の開業を支援すること に意味はないかというと、 そうとはいえない。 ヒ アリング先のなかには、 自分が求める働き方を正 規雇用者に見い出すことができず、 学校を出てす ぐに非正規雇用の道を選んだ人もいた。 彼らが今 後正規雇用者になることが困難だとすると、 非正 規雇用からの出口の一つの手段として、 新規開業 は有効なのではないか。 実際、 結果として開業し た若年非正規雇用者では、 事業に対する満足度が 高い。 また、 若年非正規雇用者の開業後のパフォー マンスも、 アンケートと統計的分析の結果から、 若年正規雇用者と比べて遜色なく、 指標のとり方 によっては、 中高年非正規雇用者はおろか、 中高 年正規雇用者をも上回っている場合もあることが わかった。 一方、 収入が相対的に少ない非正規雇用者は、 開業資金の準備がより困難になる傾向にある。 ア ンケート先は新規開業の際に当公庫が融資した企 業であるが、 融資が受けられなかったら予定どお り開業していなかったという人の割合は、 全体の 38.3%に上っている。 また、 経験を活かしている 7 本稿では詳しくは触れないが、 雇用主が非正規雇用者の能力開発にどこまで真剣に取り組んでいるのかということも、 社会全体の 課題である。 (単位:%) 出所:内閣府『平成15年版 国民生活白書』(2003年) (注)フリーターの定義は表−2のとおり。 図―7 現在の雇用形態と希望する就業形態 その他 自営業希望 正社員希望 パート・アルバイト 希望 10.4 82.7 正社員 フリーター 72.2 14.9 9.2 3.7 3.8 3.1
とはいっても、 「若いこと」 と 「非正規雇用者で あること」 の両方の要因から、 事業経営に関する ノウハウの習得が手薄になることも否めない。 事 業としての成功の可否を見極める必要はある。 た だ、 こうした実態を考えれば、 彼らをある程度積 極的に支援していく意義は認められるのではない だろうか。 少なくとも、 アルバイトやパートとい う経歴を、 マイナスとしてとらえるべきではない だろう。 もちろん、 すべての人が新規開業を目指すわけ ではないし、 そうすべきでもない。 新規開業はい わゆるフリーター問題に関しては、 特効薬とはい えない。 ただ、 一つの出口戦略のメニューとして 開業を紹介していけば、 彼らのなかから開業に向 けた意欲をもつ人が増えてくるかもしれない。 若年非正規雇用者の割合が高くなっているとい うことは、 それ自体が大きな問題であることはい うまでもない。 しかしながら、 仮にそうした状態 が今後も続くとすれば、 彼らのなかから開業を志 す人も、 これから増加する可能性がある。 そうし た意欲ある人を増やしていくとともに、 彼らの多 様性を十分に理解し、 適切な支援の手を差し伸べ ることが重要ではないだろうか。 <注> 本稿は、 国民生活金融公庫総合研究所 「新規開 業実態調査」 (2006) のデータを使って分析した、 深沼・松原 (2007) をもとに、 より精度を高める ために同調査の2007年のデータを追加してサンプ ルサイズを拡大し、 さらに統計的手法による実証 研究を加えたものである。 そのため、 同様の形式 を用いたクロス集計部分の数値に変動がある。 た だし、 データの傾向に大きな違いはみられず、 解 釈もほぼ同じである。 参考文献 岡室博之 (2005) 「取引関係とパフォーマンス」 忽那憲治・安田武彦編 日本の新規開業企業 白桃書房、 pp.101-125 川名和美 (2002) 「非キャリア型創業の現状と支援課題∼主婦、 学生による創業と支援の実態を中心に∼」 国民生 活金融公庫総合研究所編 2002年版新規開業白書 中小企業リサーチセンター、 pp.95-132 玄田有史 (2001) 「独立の旬:開業のためのキャリア形成」 佐藤博樹・竹内英二編 国民生活金融公庫 「新規開業 実態調査」 の再分析 東京大学社会科学研究所 SSJ Data Archive Research Paper Series 17、 pp.9-21 玄田有史・高橋陽子 (2003) 「自己雇用の現在と可能性」 国民生活金融公庫総合研究所 調査季報 2003年2月号、 pp.1-27 酒井正・樋口美雄 (2005) 「フリーターのその後−就業・所得・結婚・出産」 日本労働研究機構 日本労働研究雑 誌 545号、 pp.29-41 鈴木正明 (2007a) 「廃業企業の特徴から見る存続支援策」 樋口美雄・村上義昭・鈴木正明・国民生活金融公庫総 合研究所編 新規開業企業の成長と撤退 勁草書房、 pp.13-54 鈴木正明 (2007b) 「開業による雇用創出と開業後の変動」 樋口美雄・村上義昭・鈴木正明・国民生活金融公庫総 合研究所編 新規開業企業の成長と撤退 勁草書房、 pp.55-94 清野学 (2002) 「勤務キャリアが新規開業に果たす役割」 国民生活金融公庫総合研究所編 2002年版新規開業白書 中小企業リサーチセンター、 pp.31-60 内閣府 (2003) 平成15年版国民生活白書 ぎょうせい 根本忠宣・深沼光・渡部和孝 (2007) 「創業期における政府系金融機関の役割」 中央大学企業研究所 企業研究 第10号 (2007年2月)、 pp.113-137 原田信行 (2000) 「新規開業の満足度」 国民生活金融公庫 調査季報 2000年8月号、 pp.1-16
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