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世界のナマズ食文化とその歴史

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Academic year: 2021

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[資  料]

日本食生活学会誌 第₂₅巻 第 ₃ 号 ₂₁₁︲₂₂₀(₂₀₁₄) (₆₃)₂₁₁

世界のナマズ食文化とその歴史

寺嶋昌代

・萩生田憲昭

**

東海学院大学健康福祉学部管理栄養学科,

**

武庫川女子大学附属高等学校)

(平成₂₅年₁₀月₂₁日受付,平成₂₆年 ₉ 月 ₃ 日受理)

Catfish foods and catfish gastronomic culture

in all ages and countries

Masayo Noda-Terazima

, Noriaki Hagiuda

**

Tokai Gakuin University, Department of Food and Health Sciences

5-68, Nakakirino-cho, Kakamigahara-shi, Gifu, 501-8511

**

Mukogawa Women’s University Senior High School

4-16, Edagawa-cho, Nishinomiya-shi, Hyogo, 663-8143

〒₅₀₄︲₈₅₁₁ 岐阜県各務原市那加桐野町5︲68

**

〒₆₆₃︲₈₁₄₃ 兵庫県西宮市枝川町4︲16    

This paper investigates the present situations of the catfish foods in Japan and the world, and summarizes the traditions related to catfish foods and the eating of catfish in Japan and the world. Although it is a familiar freshwater fish and eating habits are common, especially in the western part of Japan, the environmental condition of the river got worse during the economic high-growth era, and catches of natural catfish have decreased. However, the catfish dishes remain common in some areas of Japan as local culinary specialties.

Many other parts of the world also have catfish traditions and cuisines, and the fish catch of cultured catfish is markedly increasing in Asia and United States. If development of catfish farming technology progresses also in Japan and the stable supply becomes possible, an expansion of catfish food consumption will be expected, because catfish has the nutritional merit such as high protein, low fat, and low cholesterol, which meets the needs and tastes of modern consumers.

1 .はじめに

 日本に生息する淡水魚ナマズ属は,ナマズ(マナマズ) (Silurus asotus),ビワコオオナマズ(Silurus biwaensis),

イワトコナマズ(Silurus lithophilus)の ₃ 種である₁ ,₂ ) 最 近 で は 特 定 外 来 生 物 ア メ リ カ ナ マ ズ(Ictalurus punctatus)が観察されている₃ )  わが国でナマズを食用として利用している地域は埼玉, 千葉,群馬,茨城,栃木,岐阜など限られた地方である という₄ )。昭和₄₀年代の経済の高度成長期に,埋め立て 干拓事業や河川の中・下流域の護岸化,水田での化学肥 料や農薬の使用などにより,ナマズの生息環境が悪化し, ナマズ資源が減少したことから₄ ),その養殖技術開発が 必要とされるようになった。  埼玉県(₁₉₇₈年)を始め各県でナマズ養殖技術開発試 験が開始され,今日ではナマズの仔魚期の共食いがミジ ンコと配合飼料の連続給与により解決され₅ ),本格的な 養殖事業が₁₉₉₆年に発展し,埼玉県では養殖場が₁₆か所 となり,生産量は年間₂₃トンに増加し₄ ),食用魚生産に 寄与している。ナマズは漁業権魚種に指定されていない ところが多いので,日本全体でのナマズの漁獲高として 数値が示されていない。しかし,琵琶湖での水揚げ高は ₁₉₉₄年には,₁.₄トンという報告があり₆ ),岐阜県では, ₁₉₈₈年に最高量₁₀₂トンとの報告がある₇ )。内水面漁業 での漁業権魚種としてナマズを指定している県は茨城, 長野,愛知,岐阜,岡山の ₅ 県である₈ )  漁業権魚種に対しては,資源を増やす努力義務があり, 種苗放流や産卵所造成が行われる。岐阜県では₁₉₇₆年以

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₂₁₂(₆₄) 降,毎年ナマズの稚魚の放流が₅₀₀~₁,₂₆₀ kg 程度行わ れてきており,資源の保護・増加が図られてきた₇ )。し かし,このような努力にもかかわらず,岐阜県の河川で のナマズ漁獲高は揖斐川,長良川,木曽川において, ₂₀₀₉年の₁₀トンを記録してから減少しつつある。一方, 地域起こしと関連させて,海津市,大垣市,養老町,安 八郡,揖斐郡,飛騨市などに養殖場ができ₉ ),年間 ₁ ト ン前後のマナマズが養殖されるようになった。  世界に目を移すと,アジア地域では古くからナマズを 食用として利用しており,アメリカ南部でもナマズ類を 食用として利用している。本稿では,ナマズに関する膨 大な資料のうちから,日本および世界におけるナマズ食 の実態とその食文化の歴史をまとめ,ナマズ食の伝統と 文化を未来に継承するための資料とする。

2 .日本におけるナマズ食

 日本には上述のナマズ ₃ 種類が存在している₁₀)。ほぼ 日本全土に分布する全長₆₀ cm のマナマズ,滋賀県の琵 琶湖でのみ生息する全長 ₁ m のビワコオオナマズ,さ らに琵琶湖と余呉湖に生息する全長₆₀ cm のイワトコナ マズである。これらは,小糸網,モンドリ,はえ縄,置 き針などの方法で採捕されてきた₆ )。このうち,食用に 適するものはマナマズとイワトコナマズであり,肉質は 淡泊な白身でやわらかく,天ぷらやかば焼きに適し,た たき,さしみ,姿煮やすっぽん煮(ぶつ切りにして煮た もの)としても食されている₄ )。ビワコオオナマズにつ いては,「黄色い脂質の層が厚く形成されており,その 脂肪層のためか,本種を鍋で煮ると他の魚種にはない強 烈な臭気があり,この臭気のためか,本種の肉は食用と して流通することはない」₁₁)とされる。滋賀県教育委員 会編の報告書(₁₉₈₀(昭和₅₅)年)₁₂)にも,ビワコオオ ナマズの肉は油が多くて味がよくないためにほとんど食 用とされないとある。まれに市場へ出されても,値段は ₁ kg 当たり₁₀~₂₅円と極めて安いと記載されている。  イワトコナマズについては,彦根藩士の従臣である小 林義兄による『湖魚考』に美味と称賛されている₁₃)。市 場では,イワトコナマズはマナマズの ₃ 倍ほどの値で取 引されていたこともあったようだ₁₂)  日本では,ナマズ料理は郷土料理として賞味される。 文献より,東は岩手県の「なまずのすり身汁」から,西 は宮崎県に伝わるハレの百日の祝いで用意される「なま ずの煮つけ」まで,₁₈県において₃₇事例を挙げることが でき,表 ₁ にまとめた。  徳島県では「なまず汁」として次のような郷土の伝統 として受け継がれている₁₄)。「ナマズはお産のときには とくに重宝がられ,娘が出産すると里の親がナマズをわ らで編んだ『すぼけ』に入れて持っていく。このナマズ を『なまず汁』にして食べると,産後の肥立ちがよい」 という。このように,産婦の肥立ちを早め,母乳の出が よくなるようにとのことでナマズを食べさせる地域とし て,福岡県の城島町₁₅)と大木町₁₆),滋賀県湖北町₆ )など がある。さらに福井県丸岡町の女形谷の白山神社の境内 に鎮座する国堂様といわれているお堂は,お産の神様の お堂であり,この神様のお使いは白ナマズといわれてい る₁₇)。ナマズを食べると産後の肥立ちがよい,あるいは 母乳の出がよいなどと考えられてきた。  滋賀県栗東町大橋の三輪神社では, ₅ 月 ₃ 日の三輪神 社大祭でドジョウとナマズのスシがふるまわれる。この ナレズシは,大祭の前年の ₉ 月₂₃日に漬け込み半年かけ て発酵させたナレズシである₁₈)  木曽三川(木曽川,揖斐川,長良川)が合流する地域 である輪中地帯には,ナマズのかば焼きなどを食べさせ る川魚料理店が多く,商売繁盛の神社である千代保稲荷 神社に参って,ナマズを食べて帰るという参詣者が多く, 月参りの習慣ができてからは,参拝客は年間₁₀₀万人を 超えており₁₃),ナマズは観光資源としても役立っている のである。₁₉₀₄(明治₃₇)年に岐阜市に「なまずや」が 創業し,その後各地に店を出している。この店は,現在 では,ナマズよりもウナギ店として繁盛しているようで ある。地元産のナマズだけでは需要を満たせず,琵琶湖 産のものや岡山県,兵庫県,四国地方などからも仕入れ ることもあったようである。  一方,阿蘇の国造神社にある「鯰社」が代表されるよ うに,ナマズが神格化された故に,ナマズを食べないと いう風習がある地域もある₁₉)

3 .日本におけるナマズ食の歴史

 化石資料としてのナマズは,香川県の中期中新世讃岐 層群₁₅₀₀万年前の凝灰岩中から検出されており,世界的 にみても古いといえる。また,約₃₀₀万年前の古琵琶湖 層群からも検出されている₂₀)。ナマズの動物遺存体が検 出されているのは西日本においてであり,東日本へは水 田耕作や移植などにより人為的に分布したと考えられて いる。江戸時代初期までは,関東地方には分布しなかっ たが,江戸時代中頃には関東地方に見られるようになり, 東北地方では江戸時代後半に確認されるようになったと いう₁₃)  日本ではいつ頃からナマズを食していたのであろうか。 縄文時代早期から中期に位置付けられる滋賀県大津市の 粟津貝塚湖底遺跡より,ナマズ科の歯骨片が出土してい ることから₂₁),この時代にはナマズを食していたといえ る。  平安時代末期(₁₁₂₀年前後)に成立された『今昔物語 集』巻第二十「出雲寺別当浄覚食父成鯰肉得現報忽死語 第三十四」において,ナマズが煮て食べられていたこと が記されている₂₂)  室町時代の公家の山科家による日記『山科家礼記』(応 永₁₉年から明応元年〈₁₄₁₂~₁₄₉₂〉)には,日常,食し ていた魚介類が全体では₇₁₀件,₃₉種類確認できるが, そのうち淡水魚介類は ₇ 種類,海水魚介類は₃₂種類を数

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(₆₅)₂₁₃ える₂₃)。淡水魚では鮎・鮒・鯉がほとんどの中で,ナマ ズが ₃ 例(文明 ₉ 年〈₁₄₇₇〉 ₃ 月₁₄日条,同₁₈日条,同 年 ₄ 月 ₄ 日条)見られる。注目すべきことは, ₃ 例とも, 例えば文明 ₉ 年 ₃ 月₁₈日条にある「飯尾賀州鯰ニ遣之, これにてなまつのしる仕候て(後略)」と記されている ようにナマズを贈答品として利用していることである。  また,ナマズが京の六角町の魚棚で売られていたこと が,次の浄土真宗の本願寺第 ₈ 世蓮如の作と伝えられる 歌謡「蓮如上人子守歌」に示されている₂₄)。「(前略)六 角町ニ売り物。コイフナ,タイトスヾキト。ウグイカレ イナマヅト(後略)」。さらに同時代の『宗五大双紙』(大 永 ₈ 年〈₁₅₂₈〉)の「料理の事」項には,「かまぼこハな まづ本也。蒲のほをにせたる物なり。」とナマズの利用 法が記されている₂₅)  江戸時代の料理書である『料理物語』(寛永₂₀年〈₁₆₄₃〉) の川魚の部「なまず」項には,「汁,かまぼこ,なべ焼き, 杉焼き」と記されている₂₆)。人見必大著『本朝食鑑』(元 禄₁₀年〈₁₆₉₇〉)にも「(前略)味は稍佳いとはいえ,但 鱠や蒲鉾にするにすぎない。それ以外では食べるによく ない(後略)」とするナマズの料理法が記されている₂₇)  貝原益軒著『大和本草』(宝永 ₆ 年〈₁₇₀₉〉)には,「甚 大ナルモノアリ,本草曰ク,毒ナシ,或イハ曰ウ,毒ア リ,肉羹(カマボコ)トスレバ病人ニモ害ナシ,虐疾ニ ナマツヲ食ヘバヨクオツル妙方ナリ」などと記されてい る₂₈)。『当流節用料理大全』(正徳 ₄ 年〈₁₇₁₄〉)の「川 魚の部」のナマズに関する箇所に,「これはいつもあるが, あまり祝儀用の料理には出さない。ただし,料理にはか まぼこ汁,こくしょうにも使う」という記述がある₂₉) つまり室町時代の『山科家礼記』にはナマズは贈答品と して使われていたが,江戸時代中期の『当流節用料理大 表 1  ナマズを用いた郷土料理名(37種類) 料理名 所在地 報告書:『日本の食生活全集』農産魚村文化協会より ₁ なまずのすり身汁 岩手県南部 『日本の食生活全集 ₃  岩手の食事』p.₂₁₉(₁₉₈₄) ₂ なまずの煮くずし 茨城県南部水田地帯 『日本の食生活全集 ₈  茨城の食事』p.₁₂₅(₁₉₈₅) ₃ なまず(うどんだし,焼いて乾燥) 栃木県鬼怒川上河内 『日本の食生活全集 ₉  栃木の食事』p.₇₃(₁₉₈₈) ₄ なまずのてんぷら 栃木県渡良瀬川輪中 同上,p.₂₆₅~₂₆₆(₁₉₈₈) ₅ なまずのたきだんご(味噌だんご) 同上 同上,p.₂₆₆,₃₄₇(₁₉₈₈) ₆ なまずの煮つけ 同上 同上,p.₂₆₆~₂₆₇(₁₉₈₈) ₇ なまずのおつけ 同上 同上,p.₂₆₇(₁₉₈₈) ₈ なまずこく 同上 同上,p.₂₆₈(₁₉₈₈) ₉ なまずのたたき 群馬県東毛平坦地 『日本の食生活全集₁₀ 群馬の食事』p.₂₉₀(₁₉₉₀) ₁₀ なまずのすっぽ煮 同上 同上 ₁₁ なまずの姿揚げ 同上 同上,p.₂₉₀~₂₉₁(₁₉₉₀) ₁₂ なまずのてんぷら 埼玉県東部低地 『日本の食生活全集₁₁ 埼玉の食事』p.₂₃₆(₁₉₉₂) ₁₃ なまずのひっこかし 千葉県利根川流域 『日本の食生活全集₁₂ 千葉の食事』p.₃₁₈~₃₁₉(₁₉₈₉) ₁₄ なまずの煮つけ 同上 同上,p.₃₁₉(₁₉₈₉) ₁₅ なまずの色づけ 石川県加賀潟河北潟 「『日本の食生活全集₁₇ 石川の食事』p.₂₀₅(₁₉₈₈) ₁₆ なまずの味噌汁 同上 同上 ₁₇ なまずの味噌漬 石川県能登山里吉田 同上,p.₂₆₃(₁₉₈₈) ₁₈ なまずのかき焼き(砂糖醤油) 福井県福井平野 『日本の食生活全集₁₈ 福井の食事』p.₅₄(₁₉₈₇) ₁₉ なまずのかば焼き 岐阜県南濃輪中 「『日本の食生活全集₂₁ 岐阜の食事』p.₂₉₉(₁₉₉₀) ₂₀ なまずの刺身 静岡県中遠水田地帯 『日本の食生活全集₂₂ 静岡の食事』p.₂₀₄(₁₉₈₆) ₂₁ なまずの煮つけ 滋賀県琵琶湖沖島 『日本の食生活全集₂₅ 滋賀の食事』p.₄₈(₁₉₉₁) ₂₂ なまずのじゅんじゅん 同上 同上,p.₄₉(₁₉₉₁) ₂₃ なまずのかば焼き 同上 同上,p.₅₂(₁₉₉₁) ₂₄ なまずの浜炊き 同上 同上 ₂₅ なまずの味噌汁 岡山県吉備高原 『日本の食生活全集₃₃ 岡山の食事』p.₂₁₉~₂₂₀(₁₉₈₅) ₂₆ なまずの照焼き 同上 同上 ₂₇ なまずの煮つけ 同上 同上 ₂₈ なまずの干乾し 同上 『特別展鯰百話』千葉県立大利根博物館,p.₃₇(₁₉₉₁) ₂₉ なまずの刺身 同上 同上,p.₂₃₄(₁₉₉₁) ₃₀ なまず汁 徳島県那賀川下流 『日本の食生活全集₃₆ 徳島の食事』p.₂₄₈~₂₅₀(₁₉₉₀) ₃₁ なまずの炊きごみごはん 愛媛県肘川流域大洲 『日本の食生活全集₃₈ 愛媛の食事』p.₁₁₂~₁₁₃(₁₉₈₈) ₃₂ なまずご飯 福岡県筑後川流域 「『日本の食生活全集₄₀ 福岡の食事』p.₁₇₄(₁₉₈₇) ₃₃ なまずのかまぼこ 佐賀県佐賀平野クリーク 『日本の食生活全集₄₁ 佐賀の食事』p.₅₁(₁₉₉₁) ₃₄ なまずのがんもどき 同上 同上 ₃₅ なまずの味噌炊き 佐賀県多良山麓 同上,p.₃₀₀ ₃₆ なまずのかば焼き 大分県祖母・傾山麓 『日本の食生活全集₄₄ 大分の食事』p.₁₄₀(₁₉₉₂) ₃₇ なまずの煮つけ 宮崎県延岡 「『日本の食生活全集₄₅ 宮崎の食事』p.₉₃~₉₄(₁₉₉₁)

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₂₁₄(₆₆) 全』には祝儀用の料理には,ナマズが用いられることが 少なくなっていたことが示唆される。  また,同じ書物の「魚類能毒書」にはナマズの効能が 次のように記されている。「甘く,平の物。毒なし,大 小便を通じて水腫の病を治す。乳がでないときに味噌汁 にして与えるとよい。牛,猪,鹿,きじは食い合わせを 嫌うから心する。目の内が赤くひげのないのは毒,箒色 ならば人を殺す」。  現在にも伝わる,乳がでないときに味噌汁にして与え るとよいという慣習は,この頃に登場している。『飲膳 摘要』(文化元年〈₁₈₀₄〉)にも,「母乳をよく出るよう にする」と記されている₃₀)  『山科家礼記』に挙げられている贈答品のナマズは, 江戸時代後期の小林義兄が著す『湖魚考』(文化 ₃ 年 〈₁₈₀₆〉)に「味よろし」と記されている岩とこなまつ(イ ワトコナマズ)₃₁)であると考えられる。  琵琶湖の魚類を記した渡辺奎輔著『淡海魚譜』(天保 年間〈₁₈₃₀~₁₈₄₄〉)には,「ナマズハ(筆者補足),湖 沢中ニ多シ,渓澗ニモアリ,四時共ニ捕フ,冬春尤モ多 シ,梅雨ノ比ハ陸ニ上ル事アリ,(中略),串ニ押テ炙ル ヲ蒲ヤキト云,鮓トナシテ美味也,黒津ノ名産也,又煮 テ食ス虚労及疳疾ヲ治ス,腸ト骨トヲ焼テ酒ニテ服ス, 疳眼雀盲ヲ治ス」と記述されている₃₂)。江戸時代の庶民 の生活を窺うことができる俳諧にもナマズは夏の季語と して次のような句の中に読み込まれている₃₃)。「地震の 蒲鉾雷の香の物」(柳多留)。当時地震と連想されていた ナマズが蒲鉾の材料として用いられ,庶民に食されてい たことがこの句から推察できる。  歌川広重の「東海道張交圖會」(₁₈₅₀年頃作成)に描 かれた吉原宿の名物として「不ニ沼 鯰鱣」がある₃₄) つまり不ニ沼(現・浮島沼)で捕れるウナギとともにナ マズも名物とされていたわけである。江戸時代末期とみ られるが,この不ニ沼産のウナギのかば焼きの味は日本 一と評判が高く,鯰丼はこの鰻丼より ₄ 割安かったとい う₃₅)  ナマズが,江戸時代後期の安政時代頃には池沼等で養 殖されていたという資料が,₁₉₀₃(明治₃₆)年発行の『大 阪府誌』である₃₆)。この資料の「三島郡」項に記されて いる「養殖及び池沼漁業数(溜池,入江等にして自然蕃 殖又は季節を限り,水戸口を堰き止め捕獲するものを含 む)」には,江戸時代の安政時代から明治₃₄年までの期間, 魚種の種類としてナマズがコイ・フナ・ウナギ・雜魚と ともに挙がっている。ナマズの漁獲時期として ₄ 月から ₁₁月までとなっている。この資料にある「水産物種類別 及数量價額」には,コイ・フナ・ウナギとともにナマズ も数値が示されている(表 ₂ )。  この表において,文久年間から明治₃₀年まではウナギ の數あたりの價はナマズの ₂ 倍から ₅ 倍である。しかし, 安政年間には,ナマズのほうが ₆ 倍も高価であった。ナ マズを買い求める庶民が多くいたから値段が上昇したと みられるが,ナマズの価格が高騰した理由は何であろう か。安政年間は,各地で地震が多発し,特に₁₈₅₅(安政 ₂ )年₁₀月 ₂ 日は江戸直下型大地震が起きた年である。 この地震直後に出版された錦絵が鯰絵である。鯰絵の一 つ「流行三人生酔」を読み取ると,「大工や左官たちは, たしかに復興景気の恩恵を受けて大喜びであり,地震を 引き起こした鯰に感謝する立場にあり,笑い上戸として 描かれ」とある₃₇)。大工や左官たちは,地震特需に感謝 の意味を込めてナマズを買い求めた結果,ナマズの価格 が高騰したとも考えられる。その他多くの鯰絵に登場す るナマズは,着物を着てじゃんけん遊びをしていたり, 化粧回しをつけて相撲をとっていたり,鹿島大明神に押 えられたり,ひょうたんや要石で首根っこを押さえられ たり,畏れられつつも,とても身近でユーモラスな存在 として描かれている。岐阜県大垣市の八幡神社例大祭で は,鯰軕という山車が出て,そこではナマズをひょうた んで押さえる人形からくりが演じられる₁₃)  このように身近な魚類であるナマズを食べることは, 日本では,滋養がある,乳の出がよくなるという滋養強 壮面のみならず,ハレの日のごちそうであったり,ある いは地震と関連づけられたりして,単に食べ物である魚 というだけではなく,文化的意味づけがされてきた₃₈) 表 2  『大阪府誌』による「水産物種類別および数量價額」 魚族種類名 鯉 鮒 鰻 鯰 数量價格 數 價 數 價 數 價 數 價 安政 ₃₀₀  ₉₀   ₆₀₀   ₁₂₀ ₂₀₀   ₁₀₀ ₃₀₀ ₉₀₄ 文久 ₃₀₀ ₁₂₀   ₅₀₀   ₁₅₀ ₁₅₀   ₁₅₀ ₂₀₀  ₈₀ 明治元年 ₂₅₀ ₂₁₀   ₆₀₀   ₁₉₀ ₁₅₀   ₁₃₅ ₁₅₀  ₆₀ 明治 ₅ 年 ₂₅₅ ₁₇₂ ₁,₂₀₀   ₄₉₀ ₁₉₈   ₂₁₉ ₁₅₀  ₅₅ 明治₁₀年 ₂₉₅ ₂₀₆ ₁,₂₈₄   ₅₆₇ ₂₀₈   ₂₁₉ ₁₆₁  ₆₂ 明治₁₅年 ₃₈₃ ₂₄₄ ₁,₃₀₀   ₅₉₅ ₂₉₁   ₂₈₄ ₁₈₂  ₆₂ 明治₂₀年 ₃₉₁ ₂₉₂ ₁,₃₂₄   ₆₅₁ ₂₈₃   ₃₃₃ ₁₇₁  ₆₈ 明治₂₅年 ₄₇₆ ₃₆₂ ₁,₄₈₃   ₇₂₉ ₃₃₂   ₃₈₄ ₂₂₂  ₉₄ 明治₃₀年 ₆₅₈ ₅₀₈ ₁,₆₃₅   ₈₅₀ ₄₀₈   ₄₆₅ ₂₃₈  ₉₆ 明治₃₄年 ₇₄₉ ₇₂₉ ₂,₂₄₉ ₁,₁₃₀ ₆₀₉ ₁,₀₀₉ ₆₄₇ ₂₃₂ ※數=貫,價=円

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(₆₇)₂₁₅ 今日でも,ナマズは一部の地域で郷土料理として愛好さ れ,伝承されている。

4 .世界のナマズ食

 ナマズは世界に広く分布するが,北欧,シベリア,カ ナダなどの寒帯地区とオーストラリア南部には生息して いない₃₉)。世界的にみてナマズの食材としての利用価値 はどうであろうか。『世界漁業・養殖業白書 ₂₀₁₀年』 によると,「養殖生産物からの産品は水産物の貿易向け シェアの増加に寄与しており,エビ類,サケ・マス類, 貝類,ティラピア類,ナマズ類(バサ),スズキ類,タ イ類等が主なものである」₄₀)と記されている。なお,バサ (Pangasius bocourti)はカンボジア名で,チャー(Pangasius hypophthalmus)と共に日本でも流通しており,日本で も通常バサの名称が使用されている。また,「₂₀₀₈年に は養殖は漁業・養殖業全体の食用向け生産のおよそ₄₆% を提供した。養殖は主として天然に漁獲していたエビ類, サケ・マス類,二枚貝類,ティラピア,バサ等の魚種を 主として養殖による生産に移行し,価格を引き下げて, 商品化を促進することによって需要と消費を後押しし た」という記述がある。ナマズは養殖魚として世界的に 注目されていることがわかる。  世界のナマズ養殖生産量(上位₁₀か国)は,₅₄₁,₈₈₃ トン(₁₉₉₉年)から₂,₇₈₀,₈₉₇トン(₂₀₀₈年)へと,こ の₁₀年間で約₅.₁に倍増加している(表 ₃ )。地域別(₂₀₀₈ 年)では,アジア地域(ベトナム,中国,インドネシア, タイ,マレーシア,ミャンマー,インドの ₇ か国)だけ で約₈₇%を占めている。アメリカ地域(アメリカ)で約 ₈ %で,アフリカ地域(ナイジェリア,ウガンダの ₂ か 国)で約 ₃ %になる。種名別(₂₀₀₈年)でみると,アジ ア 南 部 原 産 の Pangasius spp. で 約 ₅₀ % 近 く を 占 め る ₁,₃₈₀,₇₀₂ ト ン, 第 ₂ 位 は 北 ア メ リ カ 原 産 Ictalurus punctatusの₄₆₂,₄₁₆トン(約₁₇%)である(表 ₄ )。  ナマズは白身で脂がのっているため,フライ,ソテー, ムニエルにも適し,冷凍フィレとしても出回っている。 フィッシュ&ティップスの白身魚,弁当の白身魚フライ 表 3  世界のナマズ目の養殖生産量 (単位:t) 国名 ₁₉₉₉年 ₂₀₀₀年 ₂₀₀₁年 ₂₀₀₂年 ₂₀₀₃年 ₂₀₀₄年 ₂₀₀₅年 ₂₀₀₆年 ₂₀₀₇年 ₂₀₀₈年 ベトナム ₈₇,₀₀₀ ₁₀₀,₀₀₀ ₁₁₄,₀₀₀ ₁₃₅,₀₀₀ ₁₆₃,₀₀₀ ₂₅₅,₀₀₀ ₃₇₆,₀₀₀ ₅₂₀,₀₀₀ ₈₅₀,₀₀₀ ₁,₂₆₀,₀₀₀ 中国 ― ― ― ― ₂₇₄,₇₀₃ ₃₂₅,₉₀₈ ₄₁₂,₅₅₆ ₅₁₉,₁₈₆ ₆₄₈,₀₉₈ ₆₉₀,₀₁₅ 米国 ₂₇₀,₆₂₉ ₂₆₉,₂₅₇ ₂₇₀,₈₄₆ ₂₈₆,₀₃₉ ₃₀₀,₀₅₆ ₂₈₅,₉₇₀ ₂₇₄,₆₆₄ ₂₅₈,₀₄₉ ₂₅₅,₇₈₁ ₂₃₃,₅₆₄ インドネシア ₂₇,₃₅₀ ₃₁,₆₂₉ ₃₆,₉₇₉ ₄₉,₄₅₇ ₇₀,₈₂₆ ₈₀,₂₃₄ ₁₀₂,₀₉₀ ₁₀₉,₈₁₁ ₁₃₀,₇₆₇ ₂₁₈,₀₆₂ タイ ₈₃,₆₂₈ ₈₉,₂₂₆ ₉₂,₅₄₃ ₁₀₁,₃₁₂ ₁₂₄,₆₉₁ ₁₈₉,₉₄₀ ₁₆₈,₆₅₀ ₁₆₉,₇₅₇ ₁₅₇,₅₈₄ ₁₅₈,₆₅₅ マレーシア ₁₁,₇₆₇ ₁₂,₁₁₅ ₁₅,₁₂₄ ₁₅,₆₂₃ ₁₈,₃₄₅ ₂₀,₈₄₉ ₂₄,₆₈₉ ₂₅,₀₅₆ ₂₈,₈₇₆ ₅₀,₁₇₄ ナイジェリア ₂,₆₅₄ ₄,₅₁₈ ₄,₈₄₁ ₇,₈₉₆ ₁₀,₆₈₄ ₂₇,₅₉₃ ₃₅,₆₆₉ ₅₃,₅₄₇ ₅₃,₈₇₀ ₃₈,₉₀₂ ウガンダ ₉₅ ₁₂₀ ₅₄₀ ₂,₇₂₈ ₃,₀₀₀ ₃,₈₂₇ ₆,₅₂₈ ₂₀,₉₄₁ ₃₄,₀₉₆ ₃₅,₀₀₀ ミャンマー ― ― ― ₃,₇₀₀ ₄,₇₀₀ ₇,₄₀₀ ₈,₇₀₀ ₁₀,₅₀₀ ₁₁,₁₀₀ ₂₀,₄₁₉ インド ₄₂,₈₇₈ ₂,₁₄₀ ₂,₆₁₇ ₄₀,₉₃₉ ₄₂,₀₁₆ ₄₄,₂₄₇ ₄₅,₇₄₀ ₅₆,₄₅₃ ₃₈,₂₁₂ ₁₈,₁₀₀ その他の国の計 ₁₅,₈₈₂ ₂₀,₄₁₇ ₂₁,₄₈₁ ₂₃,₈₀₀ ₂₂,₁₇₆ ₂₈,₁₂₁ ₄₄,₃₂₄ ₄₈,₆₉₉ ₅₃,₃₆₃ ₅₈,₀₀₆ 総計 ₅₄₁,₈₈₃ ₅₂₉,₄₂₂ ₅₅₈,₉₇₁ ₆₆₆,₄₉₄ ₁,₀₃₄,₁₉₇ ₁,₂₆₉,₀₈₉ ₁,₄₉₉,₆₁₀ ₁,₇₉₁,₉₉₉ ₂,₂₆₁,₇₄₇ ₂,₇₈₀,₈₉₇

数値の原典は Fishstat Plus ₂₀₁₀:FAO(国連食糧農業機構)の時系列世界水産統計 Online 版₂₀₁₀

表 4  世界のナマズ目の種別養殖生産量

種の英名 種の学名 生産量(t) 和 名

Pangas catfishes nei Pangasius spp. ₁,₃₈₀,₇₀₂ 諸種のパンガシュウス属の魚

Channel catfish Ictalurus punctatus ₄₆₂,₄₁₆ アメリカナマズ

Amur catfish Silurus asotus ₃₂₁,₀₇₁ ナマズ(マナマズ)

Torpedo-shaped catfishes nei Clarias spp. ₂₃₇,₆₃₄ その他のヒレナマズ種の魚

Catfish, hybrid C.gariepinus × C.macrocephalus ₁₃₅,₅₀₇ ※

Yellow catfish Pelteobagrus fulvidraco ₁₃₄,₄₄₈ 和名なし

North African catfish Clarias gariepinus ₃₃,₉₂₄ アフリカンクララ

Striped catfish Pangasius hypophthalmus ₂₃,₁₈₆ チャー

Freshwater siluroids nei Siluroidei ₁₉,₇₀₀ その他諸種のナマズ目の魚

Chinese longsnout catfish Leiocassis longirostris ₁₅,₃₄₇ 和名なし

Other Other ₁₆,₉₆₂ その他

TOTAL ₂,₇₈₀,₈₉₇

数値の原典は Fishstat Plus ₂₀₁₀:FAO(国連食糧農業機構)の時系列世界水産統計 Online 版₂₀₁₀ ※ Clarias gariepinus と Clarias macrocephalus の交配種

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₂₁₆(₆₈) にもなっている。

5 .世界のナマズ食の歴史

 今日,アメリカの大規模なナマズ養殖地として位置付 けられている南部のミシシッピ州のデルタにおいて,紀 元前₂₀₀₀年頃に花開いたアメリカ先住民のポヴァティ・ ポイント(Poverty Point)文化が存在する。その貝塚な どからナマズの骨が出土していることから₄₁),先住民た ちは州内を流れるミシシッピ川に生息するナマズを食し ていたとみられる。  より古い資料が,ドナウ河が流れ込むヨーロッパ南東 部セルビア共和国において紀元前₅₉₈₀~₅₅₂₅年頃の遺跡 レペンスキ・ヴィール(Lepenski Vir)である₄₂)。この 遺跡から動物遺存体の約₂₀%がコイであるが,ナマズ (Silurus glanis)も約₁₀%近くを占めていた。  以前,萩生田が論じたように₄₃),古代エジプトでは, ナマズは,「ナルメル王パレット(紀元前₃₁₅₀年頃)」, 墓の壁画,新王国時代(紀元前₁₅₆₉~₁₀₈₁年頃)の「宗 教パピルス(洞窟の書,アムドゥアド)」,「医術パピル ス(エーベルス・パピルス)」などに記されている。観 察力に優れた古代エジプト人は,魚の特徴や習性を微細 に壁画に描いている。それゆえ,今日,壁画などから

Clarias anguillaris,Clarias lazera, Heterobranchus bidorsalis,

Heterobranchus longifilis, Schilbe mystus, Synodontis schall, Synodontis batensoda, Malapterurus electricusのナマズが確 認できる₄₄)

 例えば,古王国時代第 ₅ 王朝時代の高官ティのマスタ バ墓には,小舟から投げられた魚網には₃₃種の魚類が描 かれており,すべて魚類の同定が行われている。その中に,

Synodontis schall, Synodontis batensoda, Clarias anguillaris, Clarias lazera, Schilbe, Malapterurus electricus のナマズが 描かれている₄₅)。興味深いことに,古代エジプト人はナ マズが濁った水を好むことから,夜間,冥界の世界の暗 やみの川を通る太陽船をナマズが導くと信じていた。ま た,ナマズの鬚から彼らはネコを連想していたので,ナ マズはネコの頭をもった神聖なバステト女神の現れとも 見なしていた₄₆)。いつ頃から,ナマズが特別な地位ある いは神聖な魚類として存在していたかは明確ではないが, すでにナマズは,初期王朝第 ₁ 代ナルメルの王名(象形 文字ナル=ナマズ+象形文字メル=鑿で表示)に用いら れていることから,ナマズは古代エジプト人にとって特 別な魚類であったとみられる。  ナマズを食している壁画などは見出せない。しかし, 新王国時代の『夢占い本』には次のようにナマズが食さ れていたことが窺われる₄₇)。「身を開いているナマズを 食している夢をみると,凶;クロコダイルに襲われるこ とを意味する」。エーベルス・パピルスには,すべてを 柔らかくするための軟膏の薬材料としてナマズの肉が用 いられている₄₈)。古代ギリシアの哲学者アリストテレス (紀元前₃₈₄~₃₂₂年)はその著『動物誌』において,食 材としてのナマズを次のように記している₄₉)。「川や湖 沼の魚は卵や精液を放出して後,完全に回復したときが 最上である。はらんでいる時は,サペルディスのように 良質のものと,ナマズのように駄目なのとある。ところ で,他の魚はみな雄の方が雌より良いが,ナマズは雌の 方が雄より良い」。同時代の喜劇詩人エピッポスは,ナ マズの切身が食されていたことを書き残している₅₀)。 ₂ 世紀頃にローマでの宴会に供された食材を描いた,アテ ナイオスの著『食卓の賢人たち』において,ナマズ料理 の位置付けが描かれている₅₁)ことは注目に値する。  「(前略)例えばロドスの方でもお呼びになってごらん なさいまし,お着きになったらもうすぐに,大きなシル ロス(著者註―オオナマズ)かレビアス(著者註―魚の 一種)かの,まだ熱いのをお出ししなければなりません。 天人花の香りをつけた水で手をおすすぎになるよりは, この方がずっとお気に召すようで」「真っ先にシルロス というのは文化的だな」。  シルロスを食することが文化的といわれているという ことは,ナマズを食することがステータスシンボルに なっていたのではないだろうか。 ₁ 世紀後に記された, アイリアノスの著『動物誌』には,「シルロスは(筆者 補足),あまり大きいので,これを引き揚げるときは馬 か牛(いずれも複数)を使う」と記述されている₅₂)  またプリニウス(₂₃年頃~₇₉年)も,その著『博物誌』 に「ナマズはうろつきまわっていて,ところかまわず, どんな生物をも求めてゆく。泳いでいるウマを引き込む こともしばしばである」と書いている₅₃)。つまりシルロ スは,巨大で貪食であることが窺われることから,それ なりの身分か地位の者が食することにふさわしい魚とい う認識であったのかもしれない。プリニウスは先の書物 の中で「海棲動物から得られる薬剤」として,ナマズの 利用を次のように記している₅₄)  「咽喉の薬」項目:生のあるいは塩漬けにしたナマズ を食物として食べると声がよくなる。「坐骨神経通の薬」 項目:ナマズの塩水を浣腸剤として注入することによっ て癒える。「腸の薬とイガイの薬効」項目:腸は,ナマ ズをその煮汁といっしょに食べることによって,デンキ ナマズを食べることによって,栽培キャベツに似たハマ ナによって―これは胃には悪いが効き目の早い下剤であ る。そしてその刺激性のため脂肪の多い肉で煮る―そし てまたどんな魚でもよいがそれを煮た液によって緩めら れる。この最後のものはまた利尿剤でもある。「肉にく いこんだ武器を抜く方法」項目:カワナマズ(これはナ イル河その他の諸河にいる)の肉を,生のものでも塩蔵 したものでもよいが,塗りつけると抜ける。この魚の灰 は鋭いものを抜き取る。その脂肪と背骨の灰は骨灰の代 りをする。「婦人の病気の薬」項目:ナマズ,とくにア フリカナマズは分娩を容易にし(中略)わたしがデンキ ナマズについて知ったことも不思議だ。すなわち,月が 天秤宮にあるときそれを捕え,三日間戸外に放置してお

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(₆₉)₂₁₇ く。それが部屋に持ち込まれた後は出産の都度,産が楽 になる。  プリニウスと同じ時代に,小アジアのキリキア地方生 まれのディオスコリデスが著わした『薬物誌』にも次の ようにナマズの効能が描かれている₅₅)。「ナマズは新し いうちに食べると,滋養分も多く胃によいが,塩で味つ けすると,滋養物がなくなってしまう。しかしこれは, 気管を浄化し声をきれいにする作用がある。塩で味つけ された肉は,とげを抜く効果がある。その塩水は坐浴に 用いると血性下痢に効き,初期カタル性疾患を追い出す。 またこれで浣腸すると,坐骨神経痛疾患を癒やす」。  ディオスコリデスが記した薬材料としてのナマズの利 用について,同時代のプリニウスも記していることから, この時代には,ナマズを薬剤として用いたことが浸透し ていたことが窺われる。  ナマズ類が民間療法に使われた歴史もある。それはア ラビア湾産のハマギギ科の Arius bilineatis である₅₆)。そ の表皮分泌物には血を固めるなど,₆₀種類程度の治療効 果が存在するという。日本産のナマズの表皮分泌物に関 しては,江戸時代前期の『食物和解大成』(元禄₁₁年 〈₁₆₉₈〉)に,「鯰ノ皮ニ粘滑ナルモノ毒ナリ能粘ヲ去テ 食ベシ」と記されている₅₇)。一方,皮膚病の一種である 癜(なまず)を癒すためには,「ナマズ(筆者注―癜) を鯰(筆者注―ナマズ)の腹でこすると癒る」という言 い伝えが存在する₅₈)  中世ヨーロッパに入ると,ドイツのルペンツベルクの 女子修道院を設立したヒルデガルト(₁₀₉₈~₁₁₇₉年)が 記した医学に関する著作『フィジカル』(“ 薬 ” あるいは “ 薬効のある薬の本 ”)が伝えられている₅₉)。この書物の 第五の書として「魚」が記されており,ナマズに関する 記述が次のようにある。「ナマズは冷性というよりも温 性の空気からなる。夜よりも昼を好む。水中に落ちた穀 物とその良質の植物を餌にしている。身は健康であり, 健康人だけでなく病人にも食用に適している。放卵は他 種の魚と同様である。眼が曇っている人は胆汁を採取し, フェンネルの液汁を少量とワインを数滴加えなさい。こ れらを混合して,液が眼に直に入らないよう注意して眼 の周りにそっとすり込むと,眼の曇りは晴れるだろう。 また肝臓を煮て食べると,胃の中の泡状粘液と毒物はす べてこの肝臓の周りに集まり引き寄せられるだろう。そ してこれらが肝臓とともに排出されてトイレに至ると胃 は癒されるだろう。しかしこの魚の心臓は食用にも薬用 にも無価値であり,これを食べた人は害をこうむる。ナ マズのその他の部分は薬としての価値はない」。  近世にはいると,スイスの博物学者コンラート・ゲス ナー(₁₅₁₆~₁₅₆₅年)は,その著『動物誌』第 ₃ 巻「魚 類」₆₀)の中で,ナマズに関して「若い個体の肉は美味で あり好ましく食することができ,王国の食卓にも出る。 年老いた大きなものは食べるには不快である」とされる。 この「王国の食卓にも出る」とされるナマズは,同じ₁₆ 世紀頃,ドイツで作成され「料理と家庭,そして滋養と 健康への実践的な助言を与える料理カレンダー」にも描 かれている。つまりこのカレンダーの ₃ 月は「公爵の魚」 として,王侯貴族が食する魚がナマズであったことが記 されている₆₁)。この ₂ つの文献にナマズが「王侯貴族」 に値することが記されていることは,先のアテナイオス の著『食卓の賢人たち』に描かれたナマズを食すること がステータスシンボルになっていたと推察したことの傍 証になるのではないだろうか。  ₁₇世紀におけるナマズの旨味に関して次のような興味 深い記述がある₆₂)。「ナマズ(ないし,〔魚の〕カジカ)は, 食べてみると美味しい魚だが,そのひどい姿のため,ま たヒキガエルに酷似しているため,多くの女性は調理す るのを嫌がっていた」。  ₁₉世紀後半には,ロシアでは,南部の都市アストラハ ン(Astrachan)から毎年塩漬けのナマズ約₁₆₇万 kg が 輸出されていた₆₃)  すでに記したように,プリニウスがその著『博物誌』 で,アフリカナマズが分娩を容易にし,デンキナマズを お産の場所に置くと,お産が楽になることを描いている。 これと類似した風習として,今日,アフリカのマリに住 むドゴン族やナイジェリアのティヴ族もナマズを出産に かかわる儀礼に用いている₆₄)ことは興味深い。  ザイールで焼畑農業を主に生業としているソンゴーラ 族エニャ支族の魚類の性質を調べた安渓遊地氏は,ヒレ ナマズ科の Heterobranchus longifilis の味覚に関して次の ように記している₆₅)。「大変美味。皮は柔らかく,脂鰭 には脂がのっている。頭の中央は石のように堅いが両側 には肉があり,腹には黄色い脂肪がある。包み焼きにし たら “ ほっぺたがおちるほど ” 美味。女も喜んで食べる」。  この脂肪に関して興味深いことを記したのが,タンザ ニアに住むトングウェ族による₂₁種の魚類の旨味を調べ た伊谷純一郎氏である₆₆)。トングウェ族による魚の旨味は, 脂肪の多いことが美味であることのひとつの基準になっ ていること,そして小骨の多いことと肉が軟らかいこと が不味であることを明らかにしている。この基準によると, この地で食されるオオナマズ(ヒレナマズ科の Dinotopterus cunningtoni)は第 ₉ 位であった。ちなみに第 ₁ 位はイエ ローベリー(カワスズメ科の Boulengerochromis microlepis) である。  中国においては,李時珍が『本草綱目』(₁₆₀₃年初版, ₁₆₃₇年和刻初版)の中で,ナマズの肉に関して次のよう に記している₆₇)。「〔甘,温〕は臛にすると水腫を治し小 便の出をよくする。また五痔・下血・肛痛を治す〔葱と 一緒に煮て食べる〕,と」。食用というよりは,薬として 用いられていたようである。日本にもこの本草学の考え 方が₁₆₃₇年以降流入してきたと考えられる。

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₂₁₈(₇₀)

6 .日本における食材としてのナマズと

ナマズ食のこれから     

 以上のように,世界のナマズ食文化をみてきたが,食 材としてのナマズの利用には共通した以下の ₃ 点がある と考えられる。  ①栄養素として(熱量およびたんぱく質)  ② 健康を増進するため(例えば,産後の肥立ちや母乳 の出が良くなるために)  ③ 病気を予防するあるいは治療するため(例えば,身 体の機能を回復させるために)  ナマズの栄養成分に関しては,『日本食品標準成分表 ₂₀₁₀』₆₈)より,ウナギ(養殖)とアユ(天然)と比較す るため表 ₅ とした。ナマズは,ウナギよりたんぱく質が やや多く,脂質,コレステロール,レチノール(ビタミ ンA)が少ない。リノール酸,アラキドン酸,α︲リノ レン酸などの多価不飽和脂肪酸が多いという特徴がある。  ナマズの脂肪についての研究₆₉)によると,日本産のマ ナマズの脂肪酸組成の特徴として,オレイン酸(₁₈:₁ n ︲ ₉ )が多く含まれており,また,外国産ナマズと比べ て日本産ナマズは n︲ ₃ /n︲ ₆ の比率も高い。  高たんぱく質で低脂肪,低コレステロールであり,コ レステロール低下作用をもつ脂肪酸や多価不飽和脂肪酸 も多く含有するというナマズの特徴は,ヘルシー志向で ある現代のニーズにあった魚であるといえる。  ナマズは,内水面に存在する淡水魚としては大型の魚 で可食部が多く,内陸地域の貴重なたんぱく源であった が,最近,日本各地での天然のナマズの漁獲高は減って きている。ナマズだけではなく日本の水産業および養殖 業は減少傾向にあるという₇₀)。一方,日本人一人当たり の年間水産物消費量は₆₀ kg で,日本人は世界平均の ₄ 倍近くの水産物を消費している₇₁)。日本人の旺盛な水産 物資源消費量に対応して,十分な供給を図る国家的戦略 が必要である。表 ₃ に示したような世界におけるナマズ 養殖生産量の増大を考えても,水産物資源の消費国であ る日本は,国や県などの行政レベルでその養殖高拡大に 関して尽力すべきである。  近年,養殖用のウナギの稚魚が減少し値段が高騰して きたため,ウナギに代わるものとして,ナマズを食べよ うという意見もみられる₇₂)。ウナギの完全養殖も望まれ るが,ナマズの養殖量を増大させ,安定的供給が可能に なるようになれば,ウナギに代わる漁業資源として期待 できる。ナマズを郷土料理として提供していた県は表 ₁ で示したように₄₂都道府県のうち₁₈県も含まれていたが, 現在,漁業権魚種としてナマズを指定している県はわず 表 5  ナマズの可食部100gあたりの栄養素 単位 ナマズ ウナギ※ アユ※※ エネルギー kcal ₁₅₉ ₂₅₅ ₁₀₀ たんぱく質 g ₁₈.₄ ₁₇.₁ ₁₈.₃ 脂質 g ₈.₆ ₁₉.₃ ₂.₄ カルシウム mg ₁₈ ₁₃₀ ₂₇₀ レチノール当量 μg ₇₁ ₂,₄₀₀ ₃₅ ビタミンD μg ₄ ₁₈ ₁ α︲トコフェロール mg ₆.₃ ₇.₄ ₁.₂ ビタミンB₁₂ μg ₂.₃ ₃.₅ ₁₀.₃ 葉酸 μg ₁₀ ₁₄ ₂₇ パントテン酸 mg ₀.₈₁ ₂.₁₇ ₀.₆₇ 脂肪酸総量 g ₆.₉₉ ₁₅.₄₅ ₁.₈₃ 飽和脂肪酸 g ₁.₇₆ ₄.₁₂ ₀.₆₅ 一価不飽和脂肪酸 g ₃.₄₈ ₈.₄₄ ₀.₆₁ 多価不飽和脂肪酸 g ₁.₇₅ ₂.₈₉ ₀.₅₄ n︲ ₃ 系多価不飽和脂肪酸 g ₀.₉₆ ₂.₄₂ ₀.₄₆ n︲ ₆ 系多価不飽和脂肪酸 g ₀.₇₅ ₀.₃₉ ₀.₀₈ パルミチン酸 mg ₁,₂₀₀ ₂,₈₀₀ ₄₉₀ ステアリン酸 mg ₂₉₀ ₇₁₀ ₄₁ パルミトレイン酸 mg ₅₈₀ ₉₇₀ ₂₇₀ オレイン酸 mg ₂,₅₀₀ ₅,₉₀₀ ₂₉₀ リノール酸 n︲ ₆ mg ₅₃₀ ₂₂₀ ₆₂ α︲リノレン酸 n︲ ₃ mg ₁₂₀ ₅₉ ₂₄₀ アラキドン酸 n︲ ₆ mg ₁₂₀ ₇₁ ₁₅ イコサペンタエン酸 n︲ ₃ mg ₂₁₀ ₅₈₀ ₈₉ ドコサペンタエン酸 n︲ ₃ mg ₁₂₀ ₄₅₀ ₃₄ ドコサヘキサエン酸 n︲ ₃ mg ₄₄₀ ₁,₁₀₀ ₅₈ コレステロール mg ₇₃ ₂₃₀ ₈₃ ※ウナギ(養殖) ※※アユ(天然) データは日本食品標準成分表₂₀₁₀

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(₇₁)₂₁₉ かに ₅ 県のみである。ナマズ資源の保護増加のために, かつてナマズの郷土料理が存在した県すべてに漁業権魚 種としての指定を拡大することも提案したい。  ナマズには食材としての価値だけではなく,郷土の伝 統料理としての価値があり,ナマズ食文化というものが 存在する。滋養強壮や産後の肥立ちによいとか,ハレの 日のごちそうとか,ナマズを食することがステータスシ ンボルになっていたり,その薬効が宣伝されたり,いず れも,ナマズを尊重する意味づけがなされ,大事にされ てきた。身近な生き物を食する文化というのは一朝一夕 にできるものではない。現代のように食材が世界各地か ら供給される時代にあっても,同じ土地に生きる生き物 を食べて生命をつなぐという郷土料理は食の原点である 思う。また,泥の中のプランクトンを餌にしてしたたか に生息するナマズの姿の中に古代からの人々は強力な生 命力を感じ,ナマズのその生命力をいただくという意味 において,食文化として定着したのではないだろうか。  ナマズ食文化は,同じ河川の食文化であっても山紫水 明な日本の河川の清流に釣り糸を垂れるアユやアマゴの 食文化とは異なる。ナマズは下流の泥の中に生きる。洪 水から集落を守る堤防で囲まれた輪中でも有名な濃尾平 野の長良川,木曽川,揖斐川という三川が合流する河口 近くの三角州地帯に,現世ご利益商売繁盛のお千代保稲 荷がある。通称「おちょぼさん」と呼ばれるその参道に は今日でも十軒ほどの川魚料理の店が軒を連ね,ユーモ ラスなナマズの看板が参拝客をナマズ料理に誘う。ナマ ズの生命力は,商人や民衆にとっては困難にもめげず泥 の中のような混迷の時代でも生き延びる活力にもつなが り,珍重されてきたのであろう。  筆者は,ナマズ食文化は生命力の礼讃であると考える。 日本においても世界においても,形は変わっても通じる ものは共通である。日本各地に伝わるその地方固有のナ マズの食文化が消滅しないうちに,ナマズ食の伝統と文 化を確認し未来へ継承するためにこの資料が一助となる ことを願っている。

謝  辞

 本稿を作成するにあたり,慶應義塾大学三田メディア センター貴重書室,真道重明(元東南アジア漁業開発セ ンター事務局次長),深川慎吾(古代学協会客員研究員), Wolf Jan(語学学校主宰),望月宏充(郷土史家)〔敬称略〕 には,多大なるご協力をいただき感謝申し上げる。特に, 真道重明先生には,FAO Fishstat の世界データのナマズ 目の養殖生産および種名を,日本語版エクセルにエクス ポートして絞り込み調整し,作成していただいたことを 感謝したい。また,岐阜県農政部農政課水産振興室中居 裕氏には,岐阜県のナマズについて資料を提供していた だいたことに感謝したい。 文  献

₁ ) Tomoda Y: Two new catfishes of the genus Parasilurus found in Lake Biwa-ko. Memoirs of the college of Science,

University of Kyoto, Series B, 18(₃), ₃₄₇︲₃₄₅(₁₉₆₁) ₂ ) 友田淑郎:日本の野生動物₁₀ 進化の秘密をさぐる 琵 琶湖とナマズ,汐文社,東京(₁₉₇₈) ₃ ) 水産庁:霞ヶ浦におけるペペレイとアメリカナマズの生 態調査,及びワカサギ,モクズガニ,カマキリ,カジカとヨー ロッパウナギの養殖技術開発,新養殖技術開発事業報告書 (平成₁₂~₁₅年度),新魚種開発協会(₂₀₀₄) ₄ ) 田崎志郎,金澤光:ナマズの養殖技術,新魚種開発協会, 緑書房,東京(₂₀₀₁) ₅ ) 水産庁:新魚種養殖技術開発事業報告書 コレゴヌス, ナマズ,カジカ,ペヘレイ,大型ザリガニの養殖技術開発, ₂₃︲₅₁(₂₀₀₀) ₆ ) 水産庁:日本の希少な野生水生生物に関する基礎資料, ₃₉₉︲₄₀₅(₁₉₉₄) ₇ ) 岐阜県農政部水産課:岐阜県の水産業,p.₄₀(₂₀₁₁) ₈ ) 滋賀県立琵琶湖博物館編:近江文庫₂₆ 鯰―魚と文化の 多様性―,サンライズ出版,滋賀,p.₁₇₃(₂₀₀₃) ₉ ) 岐阜県:岐阜県広報 平成₂₅年 ₅ 月₃₁日号外( ₂ ),(₂₀₁₃) ₁₀) 川那部浩哉,水野信彦編・監修:山渓カラー名鑑 日本 の淡水魚[特装版],山と渓谷社,東京,p.₄₁₂︲₄₂₁(₁₉₉₀) ₁₁) 高井則之 : ビワコオオナマズの基礎生態に関する研究, エコフロンティア, 2 ,₄₈(₁₉₉₉) ₁₂) 前畑政善:びわ湖の魚介 びわ湖の専業漁撈 琵琶湖総 合開発地域民俗文化財特別調査報告書Ⅱ,滋賀県教育委員会, ₁₇︲₁₈(₁₉₈₀) ₁₃) 宮本真二編:鯰―魚がむすぶ琵琶湖と田んぼ―,滋賀県 立琵琶湖博物館,滋賀,p.₂₁,₃₁,₃₆,₃₇,₄₀,₄₂,₁₄₄, ₁₄₇︲₁₅₀(₂₀₀₁) ₁₄) 日本の食生活全集徳島編集委員会編:日本の食生活全集 ₃₆ 聞き書 徳島の食事,農山漁村文化協会,東京,p.₂₄₈ ︲₂₅₀(₁₉₉₀) ₁₅) 城島町教育委員会編:城島町史蹟・遺跡・文化財,城島 町教育委員会,福岡,p.₅₇₃︲₅₇₄(₁₉₉₀) ₁₆) 大木町誌編纂委員会編:大木町誌,大木町誌編纂委員会, 福岡,p.₁₁₈₆(₁₉₉₃) ₁₇) 丸岡町教育委員会編:丸岡町の民話と伝説,丸岡町民憲 章推進協議会,福井,p.₅₃(₁₉₇₅) ₁₈) 前掲書 ₈ ),p.₁₂₈︲₁₃₅(₂₀₀₃) ₁₉) 熊本日日新聞編集社編集:新・阿蘇学,熊本日日新聞社, 熊本,p.₄₁(₁₉₈₇) ₂₀) 小早川みどり,奥山茂美:古琵琶湖層群伊賀油日累層産 のナマズ族魚類の化石について,瑞浪市化石博物館研究報告, 11,₁₀₇︲₁₁₀(₁₉₈₄) ₂₁) 宮本真二:縄文時代以降のナマズの分布変化.鯰〈ナマズ〉 イメージとその素顔(川那部浩哉監修,前畑政善,宮本真 二編),八坂書房,東京,p.₃₉(₂₀₀₈) ₂₂) 馬淵和夫,国東文麿,今野達校注訳:日本古典文学全₂₃  今昔物語集三,小学館,東京,p.₁₃₂︲₁₃₆(₁₉₈₉) ₂₃) 澁谷一成:山科家の日記から見た一五世紀の魚介類の供 給・消費 日本中世魚介類消費の研究―一五世紀山科家の 日記から―,琵琶湖博物館研究調査報告,25,₁₈,₂₃,₃₀, ₁₀₅(₂₀₁₀) ₂₄) 殿南直也:「蓮如上人子守歌」をめぐって,解釈と鑑賞,

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₂₂₀(₇₂) 63(₁₀),₉₃(₁₉₉₈) ₂₅) 塙保己一編纂:武家部十四 宗五大艸紙 郡書類従卷第 四百十三,群書類従・第二十二輯,武家部,八木書店,東京, p.₅₈₀(₁₉₈₉) ₂₆) 平野雅章編:料理物語.日本料理秘伝集成 第 ₁ 巻 日 本料理法秘伝Ⅰ,同朋舎出版,京都,p.₂₃(₁₉₈₅) ₂₇) 島田勇雄訳注:本朝食鑑 ₃ ,平凡社,東京,p.₃₅₃(₁₉₇₈) ₂₈) 矢野宗幹,河本寿之校註:大和本草第 ₂ 冊,有明書房, 東京,p.₈₃(₁₉₈₀) ₂₉) 平野雅章編:四條家高嶋氏撰 当流節用料理大全.日本 料理秘伝集成 第 ₃ 巻 日本料理法秘伝Ⅲ,同朋舎出版, 京都,p.₆₁,₈₀︲₈₁(₁₉₈₅) ₃₀) 中村璋八,佐藤達全編:小野蘭山:飲膳摘要.日本料理 秘伝集成 第₁₇巻,食品食物学・食医学 同朋舎出版,京都, p.₁₃₈(₁₉₈₅) ₃₁) 前掲書₂₁),北原糸子:本草学のナマズから鯰絵の鯰へ, p.₆₈︲₆₉ ₃₂) 前掲書₂₁),p.₇₂ ₃₃) 磯直道:江戸の俳諧にみる魚食文化,成山堂,東京,p.₉₄ (₂₀₀₆) ₃₄) 図録 東海道張交圖會,東海道広重美術館,東京,p. ₄ (₁₉₉₄) ₃₅) 松尾四郎:史話と伝説 富士郡,松尾書店,静岡,p.₅₈︲ ₅₉(₁₉₅₈) ₃₆) 大阪府:大阪府誌 第三編,p.₁₁₆₀,₁₁₆₃,₁₁₆₆(₁₉₀₃) ₃₇) 小松和彦:民衆の記憶装置としての鯰絵.鯰絵―震災と 日本文化(宮田登・高田衛監修),里文出版,東京,p. ₅ , ₄₇,₁₁₇︲₁₁₈,₂₃₅︲₂₃₇,₃₅₅︲₃₅₆(₁₉₉₅) ₃₈) 萩生田憲昭:いにしえの人々はナマズをどのように表現 していたのか?.真道重明(元東南アジア漁業開発センター 事務局次長)ホームページ,http://home.att.ne.jp/grape/ shindo/mougoA.htm, ₄ 月 ₁ 日付投稿(₂₀₁₂) ₃₉) 木村重:魚紳士録,緑書房,東京,p.₂₃₁(₁₉₈₃) ₄₀) 国際農林業協働協会,嶋津靖彦翻訳:世界漁業・養殖業 白書₂₀₁₀(日本語要約版),国際農林業協働協会,東京,p.₄₆, ₅₀(₂₀₁₁)

₄₁) Richard Schweid: Catfish and Delta, Ten Speed Press Berkeley, California, p.₁₇₇ (₁₉₉₂)

₄₂) John Langridge: The Complete Book of the Giant Catfish, The Medlar Press Ellesmere, p.₁₁ (₂₀₀₉)

₄₃) 萩生田憲昭:ナマズにみる象徴表現―古代エジプト文明 と現代アフリカの種族を例として―,JANES ニュースレ ター,12,₁₆︲₁₈(₂₀₀₄)

₄₄) Ingrid Gamer-Wallert: Fische und Fischkulte im Alten Ägypten, Otto Harrassowitz, Wiesbaden, S.₉ (₁₉₇₀) ₄₅) 前掲書₄₄),S.₁₄₀

₄₆) Douglas J.Brewer, Renée F.Friedman: Fish and Fishing in Ancient Egypt, Aris & Phillips, Warminster, England, p.₂ (₁₉₈₉)

₄₇) Susan Tower Hollis:The Ancient Egyptian“Tale of Two Brothers”, University of Oklahoma Press, Norman and London, ₁₁₁︲₁₁₂ (₁₉₉₀)

₄₈) Ghaliougui, P: The Ebers Papyrus, Academy of Scientific Research and Technology, Cairo, p.₁₆₈ (₁₉₈₇)

₄₉) 島崎三郎訳:アリストテレス全集 ₈  動物誌第₃₀章,岩 波書店,東京,p.₅₁(₁₉₆₉) ₅₀) 丹下和彦:食べるギリシア人―古典文学グルメ紀行,岩 波書店,東京,p.₈₇︲₈₈(₂₀₁₂) ₅₁) 柳沼重剛編訳 : 食卓の賢人たち,岩波書店,東京,p.₉₅, ₄₂₂,₄₂₇(₁₉₉₂) ₅₂) 前掲書₅₁),p.₄₂₂ ₅₃) 中野定雄,中野里美,中野美代訳:プリニウスの博物誌  第Ⅰ巻,雄山閣出版,東京,p.₄₀₂(₁₉₈₆) ₅₄) 前掲書₅₃),第Ⅲ巻,p.₁₃₁₄︲₁₃₁₅,₁₃₂₀︲₁₃₂₂(₁₉₈₆) ₅₅) 小川鼎三ほか編,鷲谷いづみ翻訳:ディオスコリデスの 薬物誌,エンタプライズ,東京,p.₁₂₉(₁₉₈₃)

₅₆) Catfish Slimeʼs Healing Agents: The New York Times MEDICAL SCIENCE, Tuesday, January ₂₆ (₁₉₈₈)

₅₇) 馬場幽閑:食物和解大成.食物本草本大成 第₁₁巻(上 野益三監修,吉井始子編),臨川書店,京都,p.₄₄(₁₉₈₀) ₅₈) 市橋鐸:俗信と言い伝え,泰文堂,名古屋,p.₁₈₂(₁₉₇₀) ₅₉) 井村宏次監訳,聖ヒルデガルト研究会訳:聖ヒルデガル トの医学と自然学,ビイングネット・プレス,相模原, ₇ ︲ ₈ ,₂₁₉︲₂₂₀(₂₀₀₂) ₆₀) コンラート・ゲスナ-:動物誌 魚,オンライン・デジ タル・ファクシミリ,慶應義塾大学所蔵,S.₁₈₄(₁₅₉₈) ₆₁) Barbara Rias-Bucher: Die echte Bayerische Küche im

Jahreslauf, Südwest Verlag GmbH & Co KG, München, S.₈₀ (₁₉₉₉)

₆₂) キース・トマス著,山内昶監訳 : 人間と自然界,法政大 学出版局,東京,p.₇₅(₁₉₉₇)

₆₃) B. Fries, C. U. Ekström and C. Sundevall: A history of Scandinavian fishes, P.A. Norstedt & soner, Stockholm, オン ライン・デジタル・ファクシミリ,p.₇₀₂(₁₈₉₂) ₆₄) 前掲書₄₃),p.₁₈ ₆₅) 安渓遊地:ザイール川とタンガニイカ湖漁撈民の魚類認 知の体系,アフリカ研究,21, ₂ ,₁₆,₂₄(₁₉₈₂) ₆₆) 伊谷純一郎:トングウェ動物誌,伊谷純一郎・原子令三編, 人類の自然誌,雄山閣,東京,p.₄₅₈,₄₅₉,₅₁₀(₁₉₇₇) ₆₇) 島田勇雄ほか訳注:和漢三才図会 ₇ ,平凡社,p.₁₈₅︲₁₈₆, 東京,(₁₉₈₇) この書物は『本草綱目』を引用してナマズ の形態・効能などを記す ₆₈) 文部科学省科学技術・学術政策局政策課資源室:日本食 品標準成分表₂₀₁₀(転載許可済み) ₆₉) 白井展也ほか:天然および養殖ナマズの可食部の脂肪酸 組成,Nippon Suisan Gakkaishi,65( ₅ ),₈₅₉︲₈₆₈(₂₀₀₀) ₇₀) 片野歩:魚はどこに消えた? 崖っぷち,日本の水産業 を救う,ウエッジ,東京,p. ₅ ,₁₈,(₂₀₁₃) ₇₁) 勝川俊雄:漁業という日本の問題,NTT 出版,東京,p.₂₀ (₂₀₁₃) ₇₂) 有路昌彦:絶滅寸前ウナギに代わるのは,ナマズのかば 焼き―ホントが知りたい食の安全,日本経済新聞 ₂₀₁₃年 ₇ 月₂₆日

表 4  世界のナマズ目の種別養殖生産量

参照

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