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刑訴法198条と明治憲法期における被疑者の任意取調-香川大学学術情報リポジトリ

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刑訴法

条と明治憲法期における

被疑者の任意取調

Ⅰ はじめに Ⅱ 刑訴法 条の成立経過 Ⅲ 明治憲法期における被疑者の任意取調 Ⅳ 若干の検討

Ⅰ は じ め に

被疑者の取調を検討する視点は,刑事手続における手続的権利保護の視 点と,取調権限の適正行使に分けられる。前者の視点からは被疑事件の告 知,黙秘権(自己負罪拒否権)の保障,弁護人依頼権(アクセス)権の保 障,通訳・翻訳を受ける権利などが⑴,後者の視点からは取調権限の根拠 論,取調権限の行使の要件と手続,権限行使の相当性など,多くの問題が 議論されてきた。これらのうち,被疑者取調権限の根拠としては,刑訴法 条があるわけであるが,それは明治憲法期に行われていた司法警察官 による被疑者取調と関連を持つものであろうか。 明治憲法期の被疑者取調については,既に多くの議論はあるが ⑵ ,現行刑 訴法 条による被疑者取調との関連を検討するためには,明治憲法期の 被疑者取調の取調権限そのものについて整理する必要があると思われる。

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本稿ではこのような観点から,警察官による被疑者取調を念頭に,刑訴法 条の成立経過と,明治憲法期における司法警察官による被疑者取調の 準則の展開を整理し,そのうえで刑訴法 条と明治憲法期の被疑者取調 との関連について考えてみたい。

Ⅱ 刑訴法

条の成立経過

(一)強制処分としての被疑者訊問の制度化の追及 ⑴ 現行刑訴法(昭和 年法律第 号)(昭和 年施行)の制定過程 については,いろいろな時期区分が行われているが,憲法との関連の視点 からみれば,大きく第 期(戦後初期−司法制度審議会の時代),第 期 (新憲法草案下の立案作業−刑事訴訟法改正草案第 次案から第 次案・ 刑訴応急措置法制定までの時期),第 期(新憲法・刑訴応急措置法下で の立案作業−第 次案から第 次案まで),第 期(第 次案に基づく GHQ との折衝時期)」,第 期(国会審議から成立まで)とおくことがで きる⑶。 被疑者の取調権限規定(刑訴法 条)から見ると,このうち第 期と 第 期は強制処分としての被疑者訊問または被疑者尋問の制度化が追及さ れ,第 期から後は任意処分としての被疑者取調の制度化がはかられた時 期である。 ⑵ 第 期(昭和 年 月まで)の制定作業の指導的な原理は,「国民の 欲するのは法規の形のうえでの自由ではなく,実際上の自由である。むし ろ捜査に必要な権限はあたえた上で,これに適当な法的規制を加えた方が いいのではないか。」という考え方であったと言われる ⑷ 。具体的な刑事訴 訟法の改正作業としては,司法制度審議会「刑事訴訟法中改正要綱」( (昭和 )年 月 日) ⑸ が作成された。この要綱案の「第 ,強制捜査 権ニ関スル事項」は,「 検事及司法警察官ニ左ノ如キ強制捜査権ヲ認 ムルコト」,「 右ニ伴ヒ強制捜査権行使ノ公正ヲ確保スルタメ数左ノ如

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ク措置スルルコト」により構成されていた。そして前者の検事及び司法警 察官の強制捜査権として,検事の被疑者訊問( 項)および司法警察官の 被疑者訊問( 項)があった。 しかし,司法制度審議会「刑事訴訟法中改正要綱」の方向での刑事訴訟 法改正は,憲法改正につきGHQ からいわゆるマッカーサー草案が示され (昭和 年 月 日),政府の憲法改正草案が発表(昭和 年 月 日) されるなかで見直しとなった。 ⑶ 第 期(昭和 年 月から昭和 年 月)は,憲法改正草案発表後 から憲法施行までの時期である。司法省刑事局別室「刑事訴訟法改正方針 試案」( (昭和 )年 月 日)が作成され⑹,さらに臨時法制調査 会・司法法制審議会で憲法改正に伴う法律改正が審議されるなかで,刑事 訴訟法改正も議論された。具体的には刑事訴訟法については臨時法制調査 会(第 部会)と司法法制審議会(第 委員会)の連係のもとで作業が行 われて刑事訴訟法改正要綱案(昭和 年 月 日臨時法制調査会)⑺が 承認され,この作業と関連しつつ司法省で刑事訴訟法改正草案第 次案か ら第 次案までが作成された。第 次案(昭和 年 月)⑻は第 帝国議 会提出を目指して作成されたが,新憲法の施行を控えた第 帝国議会の 会期切迫の中でGHQ による諸法案の審査の日程が難しくなり, この第 次案による刑訴法改正は見送られた。諸法案審査のため日本側委員参加の 特別法案改正委員会が開かれ,その承認を得て裁判所法,検察庁法などが 制定され,刑事訴訟法については「日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の 応急措置に関する法律」が制定されて(昭和 年 月),新憲法施行の昭 和 年 月 日から施行された。 被疑者取調については,この時期においては,強制捜査権限の制度化の なかで検察官及び司法警察官の被疑者訊問または被疑者尋問の権限を認め ることが追及された。例えば 次案( 年 月)では,「第 条 検察 官,検察事務官又は司法警察官は,犯罪の捜査をするについて必要がある ときは,被疑者を,召喚し,且つこれを尋問することができる。この場合

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は,第 条,第 条,第 条及び第 条の規定を準用する」とされ ていた。 条は召喚状の記載事項で,「正当な理由がなく出頭しないと きは,拘引状を発することがある旨を記載」することが求められていた。 この場合,裁判所の許可(憲法 条, 条の適用)は想定されていない。 但し,「被告人は,自己に不利益な供述をこばむことはできる」( 条) との規定を含む「 章 被告人尋問」の規定は,被疑者を尋問する場合 にも準用されることになっていた( 条)。 次案から⑼,被告人訊問の 被告人尋問への語の変化と同様に,被疑者の訊問ではなく被疑者の尋問の 語が用いられている。 (二)任意処分としての被疑者取調の制度化 ⑴ 第 期(昭和 年 月 日から昭和 年 月 日)は,新憲法・ 刑訴応急措置法下で刑事訴訟法の立案作業が再開された時期で,裁判所, 検察庁,弁護士会から意見を聞くとともに刑訴懇談会等が開かれて改めて 検討が行われ,第 次案から第 次案が策定された。 強制処分としての被疑者尋問としての,第 期の 次案 条は,第 期の 次案( 年 月 日)において,以下のように変更された⑽。 次 案のこの規定は,変更されることなく 次案( 条), 次案( 条) となって,GHQ との折衝のために示された。 「 次案第 条 検察官,検察事務官又は司法警察官吏は,犯罪の 捜査をするについて必要があるときは,被疑者を呼 び出し,且つこれを取り調べることができる。」 召喚の語が用いられず「呼出」となり, 次案 条のような召喚の諸 規定の準用がなくなって,出頭義務がなくなり,任意の取調べ制度に転換 されたのである。これに伴って「尋問」の語も「取調」になったものと思 われる。この転換の直接の理由は明らかではないが, 次案において 次 案「第 章 被告人尋問」の全条( 条乃至 条)が削除され,公 判手続に関わる規定のなかに被告人質問の規定がおかれたことに関連する

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ものと思われる。 ⑵ 第 期(昭和 年 月 日から昭和 年 月 日)は,GHQ との 間で第 次案が刑事訴訟法改正法律案(日本側最終案)として示され, GHQ 側と日本側の双方の委員からなる会議体で折衝が行われた時期であ る。具体的にはその折衝は,刑事訴訟法改正法律案(日本側最終案)に対 し,マイヤース,アップルトン,ブレークモア 氏による意見書が作成さ れ,それに基づき各氏ごとの刑事訴訟法改正小審議会がもたれ,さらに刑 事訴訟法改正協議会における合計 問の協議問題・プロブレムシートが 整理され(昭和 年 月 日)⑾,それについての刑事訴訟法改正協議会 の協議の結果が,刑訴小委員会で成文化され確認される過程であった。こ れらの折衝をへて「刑事訴訟法を改正する法律案」⑿が確定し,その国会提 出が 月 日の閣議で承認された。 現行刑訴法 条については, 次案 条がプロブレムシート第 問 (法廷外供述を証拠として使用する場合の基準),第 問(司法警察職員 の訊問,取調及びその作成書類の証拠能力),第 問(供述拒否権告知) を併合した形で刑事訴訟法改正協議会で議論され⒀,その結果が条文として 起案された。 ⑶ 刑事訴訟法改正協議会での議論が条文として起案された経過は,以下 のようである。 ⒜ まず,プロブレムシート 問に対応して,第 項の「呼出し」が「出 頭を求め」に改められるとともに,第 項(供述拒否権告知)が附加さ れた(昭和 年 月 日)⒁。 ⒝ 司法省(日本側)のプロブレムシート「第 問,第 問,第 問に 関する修正案(その )(昭和 年 月 日)」は,以下の通りである ⒂ 。 「第 条 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査を するについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,こ れを取り調べることができる。 前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,供

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述を拒むことができる旨を告げなければならない。 被疑者が供述を拒まない場合には,その供述を調書に録 取することができる。 前項の調書は,これを被疑者に閲覧させ,又は読み聞か せて,誤がないかどうかを問い,被疑者が増減変更の申立 をしたときは,その供述を調書に記載しなければならな い。 被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,こ れに署名押印させることができる。但し,これを拒絶した 場合は,この限りでない。」 ⒞ 司法省(日本側)の修正案(その )(昭和 年 月 日)」にある, 第 条第 項から第 項については,直接の説明は見いだせないが, 司法省(日本側)の修正案「第 章 公判(第 次案)(昭和 年 月 日)」の 条の が⒃,被告人が作成した供述書,「その者の供述を 録取した書面で供述者の署名又は押印のあるもの」に,一定の要件の下 で証拠能力を認めたことに符節を合わせたものと思われる。署名又は押 印を得るために,それを被疑者に求める法律上の根拠が求められたと思 われる。 先行する「第 問及び第 問に関する修正案(横井)(昭和 年 月 日)」⒄は,被告人又は被疑者の供述の供述を録取した書類その他に つき一定の要件のもとに証拠能力を認めるのであるが,署名又は押印を 要求していない。しかし,「第 問及び第 問に関する修正案(横井) ⑵(昭和 年 月 日)」 ⒅ ,「第 問及び第 問に関する修正案(横井) ⑶(昭和 年 月 日)」 ⒆ では,署名又は押印が要求されている。 ⒟ 刑訴小委員会審議日誌 (昭和 年 月 日) ⒇ によれば,同委員会 の「第 問,第 問,第 問に関する修正案」は,「第 条第 項 に『被疑者は退去することができる』と言う趣旨を書くこと」,第 条第 項を「日本文は『被疑者が供述した場合には』」という趣旨に書

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き改める。」というものであった。 これに対する対応が,司法省(日本側)のプロブレムシート「第 問, 第 問,第 問に関する修正案(その )(昭和 年 月 日)」で ある。 「第 条 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査を するについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,こ れを取り調べることができる。但し,被疑者は,逮捕又は 勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭 後,何時でも退去することができる。 前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,供 述を拒むことができる旨を告げなければならない。 被疑者の供述は,これを調書に録取することができる。 前項の調書は,これを被疑者に閲覧させ,又は読み聞か せて,誤がないかどうかを問い,被疑者が増減変更の申立 をしたときは,その供述を調書に記載しなければならな い。 被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,こ れに署名押印させることができる。但し,これを拒絶した 場合は,この限りでない。」 この司法省(日本側)の修正案(その )(昭和 年 月 日)は, そのまま「第 問,第 問,第 問に関する修正案(GHQ 提出後)(昭 和 年 月 日)」に引き継がれ,刑訴法 条として「刑事訴訟法 を改正する法律案」の一部になった。 (三)第 期(昭和 年 月 日から昭和 年 月 日) 第 期は国会審議から成立までの時期である。昭和 年 月 日に国 会に提案された刑事訴訟法を改正する法律案は,国会で審議され,昭和 年 月 日の両院協議会および両院での可決をへて,昭和 年 月

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日に現行の刑事訴訟法として公布され,昭和 年 月 日に施行され た。国会審議の中で修正された条文も少なくないが,被疑者取調に関する 条は,そのまま条文となった。 このような経過をへて成立した任意処分としての被疑者取調規定( 条)であるが,先行する大正刑訴法までの時代,すなわち明治憲法期に行 われていた司法警察官による被疑者取調との間で関連性はどうなっている のであろうか。次に,明治憲法期における司法警察官による被疑者取調の 展開について検討してみたい。

Ⅲ 明治憲法期における被疑者の任意取調

(一)明治初年の刑事手続 ⑴ 明治初年の刑事手続を見ると,明治政府発足直後の刑罰の執行は「断 獄」と呼ばれていたが,当初は地方官によって行われており行政と司法の 分離はなかった。廃藩置県後に定められた県治条例(明治 年太政官達第 )でも,県庁に置かれた事務 課中の聴訟課が,「県内ノ訴訟ヲ審聴シ 其情ヲ尽シテ長官ニ具陳シ及県内ヲ監視シ罪人ヲ処置シ捕亡ノ事ヲ掌ル」 ものとされていた。 ⑵ 行政と司法との分離がはかられたのは,明治 年の司法省設置から で,明治 年の司法職務定制(太政官無号達)により,司法省,裁判所, 判事,検事,警保寮(警察)その他を包含する司法制度の構築が目指され た。 しかし,この方向は変じ,明治 年に内務省が設置され,明治 年には 警保寮の内務省移管,東京警視庁事務の内務省統括,太政官達「司法警察 事務当分使府県ヘ委任可致旨別紙之通司法省ヘ相達候條比旨可相心得事」 (明治 年太政官達第 号)が行われ,警察は組織的には地方官のもと に置かれ,それが内務省に取り込まれることになった。

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他方,刑事司法制度の整備が進み,大審院裁判所職制章程(明治 年太 政官布告第 号)などにより裁判組織が整備されるとともに,検事職制 章程司法警察規則(明治 年太政官達第 号),その改正たる検事職制章 程(明治 年太政官達第 号)により,司法省に属する検事と内務省・ 地方官に属する警察との間での,司法警察の事務に関する関係調整がはか られた。その内容は,検事の任務の中心を,「検事ハ非違反ヲ案検シテ之 ヲ裁判官ニ弾告スルコトヲ掌ル」こと,訴追に置き,第一次的な犯罪捜 査,検挙を警察に委ねて,その関係調整をはかるものであった。 ⑶ 他方警察の側から見れば,この時期の警察は一方では行政警察規則 (明治 年太政官達第 号)により行政警察の事務を行い,他方では司法 警察仮規則(明治 年司法省達 号)により司法警察の事務を行うもの であった。 司法警察仮規則は,「凡ソ司法警察ノ為ニ止ムヲ得サル処分ニ於テハ人 ノ身体ヲ勾留シ居宅ニ侵入シ物料ヲ押ヘ書簡ヲ開ク事ヲ得而シテ司法警察 ノ処分ヲ行フハ司法警察官タル者若シクハ司法警察官ヨリ委任ヲ受ケタル 者ニ限ルヘシ。」( 条)とし,司法警察官現行犯処分(第 章)において, 「現行犯ヲ除クノ外罪犯ヲ告訴若クハ告発スル者アリ」などの場合,「但時 宜ニ依リ第 条第 条第 条ノ規則ヲ通シテ用フル事ヲ得」( 条)と していた。この 条は現行犯人の拿捕,糺問口書であり, 条は技術の 人による験察,証書作成であり, 条は証憑文書物件を判事に送り裁判 を求むべしとの規定である。 (二)明治憲法における「立憲の制」と司法官による審問 ⑴ 明治刑訴法(明治 年法律第 号・明治 年施行)は,形式的に は明治憲法以前に制定されたものであるが,明治憲法の施行に合わせて制 定されたものであり,治罪法(明治 年太政官布告 号・明治 年施 行)は明治刑訴法が承継したとされるものである。いずれも明治憲法下で 制定された大正刑訴法と併せて明治憲法期における刑事訴訟法ということ

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ができる。明治憲法期における刑事訴訟法を理解するために,まず明治憲 法における刑事訴訟に関わる規定を検討することにしたい。 ⑵ 明治憲法は,第 条において「日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮 捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ」と定めていた。『憲法義解』は明治憲 法の審議に際し配布された説明を基に伊藤博文著で出版されたものと言わ れるが,警察官による被疑者取調の問題については,以下の審問について の説明が注目される。 「本条ハ人身ノ自由ヲ保明ス逮捕監禁審問処罰ハ法律ニ載スル所ノ 場合ニ限リ其ノ載スル所ノ規程ニ従イ之ヲ行ウコト得ヘク…各人ノ自 由ヲ尊重シテ其ノ界隈ヲ峻厳ニシ威権ノ蹂躙スル所タラシメサルハ立 憲ノ制ニ於テ尤モ至重ノ要件トスル所ナリ故ニ…審問ノ方法ニ至テハ 亦之ヲ警察官ニ委ネスシテ必ス之ヲ司法官ニ訴ヘシメ…」 すなわち審問は法律の定めた要件(場合)と手続(規程)によって行わ れなければならないが,その内容として審問の方法は警察官に委ねず司法 官によるべきであり,その所以は自由を尊重してその界隈を峻厳にし威権 の蹂躙する所たらしめざることが立憲の制の至重の要件であるからであ る,とされているのである。また,ここでの法律は,「凡テ法律ハ帝国議 会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス」(明治憲法 条)とされている法律のことであ る。 ⑶ この『憲法義解』の説明によれば,審問の方法を定める法律のありか たを枠づけるものとして「立憲ノ制ニ於テ尤モ重要ノ要件」が想定されて いることになる。 他方,当時の政府は,領事裁判制度の撤廃と関税自主権の回復を内容と する条約改正を最も重要な課題としていた。領事裁判制度の撤廃について 英,米,仏,独などの交渉相手国の同意を得るためには,わが国の刑事司 法に対する信頼を獲得する必要があり,そのためにはわが国の刑事司法が 交渉相手国の刑事司法といわば共通最小限基準を共有する必要が生じてい たのである。現に,結局は締結されなかった条約であるが,当時の政府

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は,一時は各国との条約改正予備会議において,いわゆる司法(裁判管轄) 条約草案(明治 年 月 日)を議定し,そこでは「泰西の主義に従い 且本条約の條款に拠り」,裁判所の章程を制定するとともに,「 刑法, 治罪法, 民法, 商法, 海上法及為替手形に関する法律, 訴訟法, 第 項に掲げる事項の訴訟法, 身代限法」の法典の編制を実施するこ とを記されたこともあったのである(条約案 条)。また,国際公法会に よる刑事訴訟法の精査や実際の運用の調査にも積極的に応じ,明治 年 のそのジュネーヴ会議には当時既に貴族院勅選議員となっていた金子堅太 郎が出席している。 「審問ノ方法ニ至テハ亦之ヲ警察官ニ委ネスシテ必ス之ヲ司法官ニ訴ヘ シメ」(憲法義解)という原則は,「立憲ノ制ニ於テ尤モ至重ノ要件」たる ものとなり,司法条約草案のいう「泰西の主義」となって,単なる理念で はなく,現実の条約改正交渉の相手国,国際公法会の構成員との間で,い わば実体として存在していたのである。 明治憲法 条については,違憲立法審査権によって担保されていな かった点などその限界の指摘が行われているが,他方では,明治憲法期に おいては議会の協賛を要する「法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ 受クルコトナシ」(明治憲法 条)の規定そのものは存したのである。そ してその法律の制定においても,「審問ノ方法ニ至テハ亦之ヲ警察官ニ委 ネスシテ必ス之ヲ司法官ニ訴ヘシメ」(憲法義解)との原則が,『憲法義解』 のいう「立憲ノ制ニ於テ尤モ至重ノ要件」たるもの,司法条約草案のいう 「泰西の主義」であったのであり,それは明治憲法期を通じて,原理的に はなお根底で失われていなかったものと思われる。 ⑷ 以上の議論を,警察官による被疑者取調の問題に当てはめれば,警察 官による被疑者取調は「審問」ではあり得ないということになる。したがっ て明治憲法期における「警察官による被疑者取調」としては,「審問」で ない,任意の,被疑者取調しかあり得ないものであった。

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(三)治罪法・明治刑訴法期の警察官の捜査権限と取調 ⑴ 治罪法に規定されている捜査は,「検察官ハ…犯罪アルコトヲ認知シ 亦ハ犯罪アリト思料シタル時ハ其証憑及ヒ犯人ヲ捜査シ…起訴ノ手続ヲ為 スヘシ」(治罪法 条)とされ,検察官がこれを行うべきものとされてい た。 これに対して司法警察官は,軽罪の告訴を受けて(治罪法 条 項)其 の書類を検事に送致し(治罪法 条 項),違警罪の告訴をうけてこれを 違警罪裁判所検察官に移すべしとされるとともに(治罪法 条 項),「官 吏其職務ヲ行フニ因リ重罪軽罪アルコトヲ知リタル時ハ速ニ其職務ヲ行フ 地ノ検事ニ告発ス可シ」(治罪法 条 項),あるいは重罪軽罪の現行犯 を逮捕し(治罪法 条 項),仮にその逮捕した被告人の訊問及び検証 をなしうるとともに(治罪法 条),現行犯の予審において,令状を発 することを除いて検事に許された処分をすることができる(治罪法 条 項)とされているのみであった。 ⑵ しかし治罪法下でも,警察官の取調が任意捜査として行われた。治罪 法以前に司法警察仮規則により行われていた警察官の活動は,治罪法の制 定によっても,任意捜査として残り,検察捜査に役割を譲らなかったので ある。出射義夫『検察制度の研究』(昭和 年)は,その理由として前示 の司法警察仮規則 条などが,「慣行的に任意捜査として引継がれたので はないかと考えられる」と指摘している。 この任意捜査の実施を受け,明治 年には司法大臣の訓示の形で,全 文四編 条にわたる「司法警察訓則」が示されている。それによれば, まず司法警察の目的は「司法警察ハ犯罪ノ証憑及ヒ犯人ヲ捜査シ公訴ノ提 起及ヒ実行ノ資料ニ供スルヲ目的トス」( 条)もので,司法大臣の統括 下に( 条),検事,警部,憲兵将校下士,区長郡長などが司法警察の職 務を行うものとされた( ∼ 条)。また警視総監府知事県令は司法警察 の職務を行うにつき検事同一の権を有すとされた( 条)。次に,司法警 察官の職務は犯罪の捜査と現行犯の仮予審とされ( 条),「司法警察官

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ハ捜査ヲ為スニ付キ検事ノ指揮ニ従フ可キハ勿論ナリト雖モ事毎ニ其指揮 ヲ待ツ可キモノニ非ス故ニ犯罪アルニ当テハ直ニ捜査ニ着手セサル可カラ ス」( 条)とされた。また捜査着手については「捜査ハ適法ノ原由即チ 告訴告発現行犯自首新聞風説其他見聞シタル事物ニ因リ犯罪アルコトヲ認 知シ又ハ犯罪アリト思料シタル場合ニ於テ着手ス可キモノトス」( 条) とされた。さらに捜査処分(第四編)として,「捜査処分ハ犯罪ノ原由性 質方法情状日時場所被害ノ形状多寡被告人ノ氏名年齢職業住所身分品行前 科ノ有無及ヒ証人ノ誰タルコト其他証憑ト為ル可キ一切ノ事物ヲ取調フル ニ在リ」( 条)とされ,さらに「現行犯ト非現行犯トヲ問ハス又臨検 シタル場合ト否トニ拘ラス捜査上必要トスル時ハ証人鑑定人及ヒ被告人ヲ 呼出シ又ハ其ノ所在ニ就キ取調ヲ為スコトヲ得」( 条),「呼出ヲ為ス ニハ報知書ヲ用フ可シ但時宜ニ因リ巡査憲兵卒小使等ヲシテ口達セシムル モ妨ケナシ」( 条)としていた。 ⑶ 明治刑訴法においては,「検事ハ…犯罪アルコトヲ認知シ又ハ犯罪ア リト思料シタル時ハ其証憑及ヒ犯人ヲ捜査ス可シ」(治罪法 条)とさ れ,警視総監及び地方長官(東京府知事は除く)は,司法警察の職務を行 うにつき検事と同一の権を有すとされた( 条 項)。また警視刑部長, 警部,警部補,憲兵将校,下士などは,「検事ノ補佐トシテ其指揮ヲ受ケ 司法警察官トシテ犯罪ヲ捜査ス可シ」とされた(明治刑訴法 条)。これ に対して司法警察官は告訴を受けて( 条 項)其の書類を検事に送致 するとともに( 条 項),「官吏其職務ヲ行フニ因リ犯罪アルコトヲ認 知シ又ハ犯罪アリト思料シタルトキハ速ニ其職務ヲ行フ地ノ検事ニ告発ス 可シ」( 条 項),あるいは犯罪の現行犯を逮捕し(治罪法 条 項), 現行犯の予審において,令状を発することを除いて検事に許された処分を することができる( 条 項)とされているのみであった。 ⑷ 明治刑訴法下で発された司法警察官執務心得(明治 年司法大臣訓 令民刑甲 号)では,司法警察官は犯罪の捜査と現行犯罪の仮予審が職 務であるとしたうえで( 条),「司法警察官ハ捜査ヲ為スニ付キ検事ノ指

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揮ニ従フ可キハ勿論ナリト雖モ事毎ニ其指揮ヲ待ツヘキモノニ非ズ故ニ犯 罪在ルニ当テハ直チニ捜査ニ着手セサル可カラス」( 条)としている。 また,捜査処分(第 章)において,「捜査処分ハ犯罪ノ原由,性質, 方法,情状,日時,場所,被害ノ形状,多寡,被告人ノ氏名年齢,職業, 出生ノ地,住所本籍,身分,品行,前科ノ有無及ヒ証憑ノ誰タルコト其他 証憑ト為ル可キ一切ノ事物ヲ取調フルニ在リ 被告人ノ利益トナリ模様ニ 注意ス可シ」( 条)とされ,「捜査上必要トスルトキハ犯罪ニ事実ヲ知 ル可シト思料スル物又ハ被告人ヲ呼出シ若シクハ其所在ニ就キ陳述ヲ聴ク コトヲ得但呼出ヲ為スニハ書面又ハ口頭ヲ以テ報知ス可シ 又其承諾ヲ得 テ犯所其他ノ場所ニ同行スルコトヲ得」( 条)とされていた。 (四)大正刑訴法期の警察官の捜査権限と取調 ⑴ 大正刑訴法においては,「検察官ハ犯罪アリト思料スルトキハ犯人及 ヒ証拠ヲ捜査スへシ」( 条)とされ,警視総監,地方長官(東京府知 事は除く)及び憲兵司令官は,司法警察官として犯罪の捜査をするにつき 検察官と同一の権を有すとされた( 条)。これに対して庁府県の警察 官,憲兵の将校,准士官及び下士は,「検察官ノ補佐トシテ其ノ指揮ヲ受 ケ犯罪ヲ捜査スへシ」( 条),巡査,憲兵卒は検察官又ハ司法警察官ノ 命令を受け「司法警察吏トシテ捜査ノ補助ヲ為スへシ」( 条)とされ た。また司法警察官は,明治刑訴法と同様に告訴を受けて調書を作成し ( 条 項)其の書類を検察官に送付するとともに( 条),「官吏又ハ 公吏其ノ職務ヲ行フニ因リ犯罪アリト思料スルルトキハ告発ヲ為スへシ」 ( 条 項)とされた。また新たに,「捜査ニ付テハ其ノ目的ヺ達スル為 必要ナル取調ヲ為スコトヲ得但シ強制ノ処分ハ別段ノ規定アル場合ニ非サ レハ之ヲ為スコトヲ得ス」( 条 項)という規程が設けられたので, これを用いて司法警察官も「捜査に必要な取調」をすることができた。 ⑵ 司法警察職務規範(大正 年司法省刑事第 号)は,第 章捜 査の実行第一節通則において,司法警察官による捜査の目的につき「司法

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警察官ノ職ニ在ル者ハ公訴ノ起否及遂行ノ資料ヲ蒐集保全シ並犯人ノ所在 ヲ韜 スルコトヲ防クヲ目的トシテ捜査ノ事ニ膺ルヘシ」( 条)とした 上で,捜査の開始について「司法警察官又ハ其ノ職務ヲ行ウ者犯罪アリト 思料スルトキハ検事ヨリ別段ノ命令アリタル場合ノ外直ニ捜査ニ著手スヘ キモノトス但告訴,告発又ハ自首ニ係ル事件ニ付テハ第 条ノ規定ニ依 ルヘシ」( 条),「捜査ニ付テハ其ノ目的ヺ達スル為必要ナル限度ニ於テ 諸般ノ取調ヲ為スヘシ但シ法律ニ特ニ定メタル場合ノ外強制ノ処分ヲ為ス コトヲ得ス」( 条)と定めている。さらに捜査は通常捜査(第 章第二 節)と強制捜査に分けられ,通常捜査として「捜査上必要アルトキハ被疑 者其ノ他ノ関係者ニ任意ノ出頭ヲ求メ又ハ其所在ニ就キ若シクハ承諾ヲ得 テ犯所其他ノ場所ニ同行シ其ノ陳述ヲ聴クコトヲ得」( 条)とし,「被 疑者其ノ他ノ関係者ノ陳述ヲ聴キタルトキハ自ラ之ヲ録取スヘシ」( 条 項)としていた。なお強制捜査(第 章第 節)としては,大正刑訴法 条(要急事件と勾引)及び現行犯人を逮捕し受け取った場合が定めら れている。 ⑶ 大正刑訴法には,捜査権限の強化という側面があり,要急事件におけ る検察官の勾引( 条)と検察官による予審判事または裁判所に対する 強制処分の請求( 条)が認められている。そして前者につき,司法警 察官は,現行犯人を逮捕し若しくは受け取ったときに加えて,要急事件で 勾引状の執行を受けた被疑者について,釈放または検察官等への送致の前 の,即時の訊問権限が認められた( 条,明治刑訴法における現行犯の 予審(仮予審)の制度は大正刑訴法ではない)。後者( 条)の強制処 分の請求の中には被疑者の訊問も含まれ,その結果は検察官に送付された が( 条),訊問そのものは裁判官により行われた。 なお戦時立法の中で,国防保安法(昭和 年法律 号)( 条),治 安維持法改正(昭和 年 月 日法律第 号) 条 項により,検察 官の被疑者尋問権限が認められた。

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Ⅳ 若干の検討

(一)現行刑訴法 条は,現行刑訴法制定過程において,第 期の 次 案 条により,出頭義務を生じさせる召喚を前提とする強制処分たる被 疑者尋問制度が断念され,その代替として任意取調制度として定められた ことに始まるものである。任意取調制度の立法ということになれば,明治 憲法期において司法警察職務定制などにより実際に行われてきた任意取調 制度が参考にされるのは,むしろ当然のことであったと思われる。 この点においては, 条の文言と「司法警察職務定制」の文言との類 似性も見逃すことはできない。関連ある「司法警察職務定制」の文言を, 整理すると以下のようである。 条 捜査上必要アルトキハ被疑者其ノ他ノ関係者ニ任意ノ出頭ヲ 求メ又ハ其所在ニ就キ若シクハ承諾ヲ得テ犯所其他ノ場所ニ 同行シ其ノ陳述ヲ聴クコトヲ得 条 項 被疑者其ノ他ノ関係者ノ陳述ヲ聴キタルトキハ自ラ之ヲ 録取スヘシ 条 被疑者其ノ他ノ関係者ノ陳述ヲ録取シタルトキハ法律ニ定メ タル書類ニ非スト雖モ之ヲ陳述者ニ読聞カセ又ハ閲覧セシメ 其ノ記載ノ相違ナキカ否ヲ問フヘシ 陳述者増減変更ヲ申立テタルトキハ其ノ趣旨ヲ記載スヘシ 書類ニハ陳述者ヲシテ任意ニ署名押印セシムヘシ陳述者署名 押印スルコト能ハサルトキハソノ旨ヲ付記シ捺印スルコト能 ハサルトキハ花押又は拇印セシムヘシ 前示のように,現行刑訴法 条第 項から第 項(司法省(日本側) の修正案(その )(昭和 年 月 日)第 条第 項から第 項)は, 「被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるもの」 (現行刑訴法 条)に証拠能力を認めたことに関わるものと解されるが, それは他面では司法大臣が司法警察官に対して定めた,いわば組織内部的

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な司法警察官職務定制を,被疑者(国民)に対する司法警察職員の権限に 転換するものであった。しかし,その権限は,元々の司法警察官職務定制 の取調権限が任意捜査に止まるものであったと同様に,あくまで任意捜 査,任意取調の枠内に止まるものであった。 (二)但し,任意取調の限界の根拠付けには相違がある。 明治憲法期においては被疑者の取調,特に警察官による被疑者の取調 は,当初から「審問」ではないことを前提に認められていた。『憲法義解』 によれば,「審問」が司法官にしか認められないことは,「立憲ノ制ニ於テ 至重ノ要件」であり,条約改正を実現するための刑訴法が備えなければな らない「泰西の主義」からも同様に考えられた。大正刑訴法時代の議論で もそれらが直接援用されることはないが,その背景にはなお存したものと 思われる。戦前の立法において刑訴法改正で被疑者尋問が正面から認めら れることはなく,軍機保護法,治安維持法改正法律でしか認められなかっ たことは,ある意味ではその証左である。 これに対して,現行刑訴法制定における第 期の 次案 条による強 制処分たる被疑者尋問制度の断念は,召喚や勾留のある被告人尋問制度の 断念と軌を一にするもので,その理由は自己負罪拒否権(憲法 条 項) の存在と思われる。 任意取調により生まれる被疑者の供述調書については,明治憲法期,こ とに治罪法・明治刑訴法下においては,審問でない取調によって得られた ものとされたが,審問になっているかの判断の基準は,供述調書の許容の 問題として「自由任意の供述」の調書であれば適法,かつ証拠能力ありと された時期が招来したと論じられている。審問になっているか否かという 取調の限界論が,供述の「任意性」論に転換されたとも見ることができよ う。現行刑訴法においても,被疑者取調の検討に際して,生じた供述の任 意性論(証拠能力の要件)に終わらず,自己負罪拒否権等が保障されるべ き任意取調そのものを論じて,権利や自由の保障される範囲が確保される

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べきと思われる。 (三)なお 条 項但書は,GHQ との議論の最終段階(第 回刑訴小委 員会・昭和 年 月 日)における,「第 条第 項に『被疑者は退 去することができる』と言う趣旨を書くこと」との要請に応えるために起 案されたものである。身体不拘束の者の任意取調を念頭において,「任意 取調」を捜査機関に認めることが,被疑者の身体拘束を認めることを意味 しないことを注意的に明らかにする規定である。そのために,退去できる こと,「自宅に帰ること(withdraw)」を注意的に記載したのである。「逮 捕又は勾留されている場合を除いては」の意味は,刑訴法 条 項但書 と逮捕勾留の制度が併存する(逮捕勾留の効力が失われない)ために必要 になった文言である。このような必要性からの注意的規定は,刑訴法 条 項と但書の関係と同様に,刑訴法 条 項(被疑者以外の者の取調) と同 項,さらには警察官職務執行法 条 項(職務質問),同 項(任 意同行)に対する同 項(身柄の拘束,意に反する連行および答弁の強要 がないこと)の規定として現れているところである。なお,取調室での滞 留の問題(いわゆる取調受忍義務)は,取調権限行使の相当性の限界とい う別の問題である。 ! 例えば参照,久岡康成「捜査段階における弾劾告知と逮捕・勾留−EU 指令 / /EU, / /EU, / /EU を参考に−」立命館法学 ・ 号 頁( 年)。 " 例えば参照,小田中聡樹「被疑者取調権の沿革史的考察」自由と正義 巻 号 頁( 年),多田辰也『被疑者取調べとその適正化』成文堂( 年)。 # この時期区分は三井誠「現行刑事訴訟法の制定経緯および制定後の法改正」法学 教室 号 頁( 年)によっている。現行刑訴法制定過程の全体については, 井上正仁・渡辺咲子・田中開(編著)『刑事訴訟法制定資料全集 ―― 昭和刑事訴訟 法編( ∼ 完)―― 日本立法資料全集 ∼ 』(信山社, ∼ 年)(本稿 では「井上・渡辺・田中刑訴法制定資料*巻資料**」などの形で引用し,利用さ せてもらった),渡辺咲子「制定経過から見た現行刑事訴訟法の意義と問題点」ジュ

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リスト 号 ∼ 頁( 年)等がある。なお参照,久岡康成「起訴状謄本送 達制度等の成立経過 ―― 被告事件について弾劾告知を受ける権利 ―― 」立命館法 学 ・ 号 頁( 年)。 ! 参照,団藤重光「新刑事訴訟法の構想」法律タイムズ 巻 号 頁( 年)。 " 刑事訴訟法中改正要綱案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 # 刑事訴訟法改正方針試案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 $ 刑事訴訟法改正要綱案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 % 第 次案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 & 第 次案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 ' 第 次案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 ( 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。また,プロブレムシート自体につ いては,横井大三「新刑訴制定資料」刑法雑誌 巻 号横書 頁( 年),法務府 検務局(横井大三)『検察資料〔二八〕新刑事訴訟法制定資料(一)』( 年)を参照。 ) 刑事訴訟法を改正する法律案については,井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻 資料 。 * 第 回協議会(井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 ),第 回協議会(同 資料 )で議論されている。そこでは,withdraw の訳語を巡っても議論され,「退去」 になったとのことである。 + 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 , 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 - 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 . 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 / 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 0 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 1 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 2 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 3 井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻資料 。 4 国会で説明された提案理由などにつき参照,法務庁検務局『改正刑事訴訟法提案 理由書』(昭和 年),井上・渡辺・田中刑訴法制定資料 巻, 巻。 5 参照,横山晃一郎「明治五年後の刑事手続改革と治罪法」法政研究 巻 ・ 号 頁( 年)。 6 明治前期の法令検索については,参照,国立国会図書館調査及び立法考査局『日 本法令索引[明治前期編]データベース利用のために』(平成 年 月)およびそ れに所収( ∼ 頁)の岩谷十郎「(解説)明治太政官期法令の世界」。 7 伊藤博文『憲法義解』国家学会蔵版(明治 年)は,国会図書館デジタルコレク ション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/ を利用した

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! 条約改正との関係では,参照,富永良朗「刑訴法 条 項の系譜その今日的展 開」判例タイムズ 号 頁以下,ことにその「第 条約改正交渉と刑事手続法」 ( 頁)。同論文において資料として用いられている昭和 年外務省調査部監修, 日本学術振興会編纂『条約改正関係日本外交文書』財団法人日本国際連合協会発行 の内容は,外務省,日本外交文書デジタルアーカイブ/明治期特集/条約改正関係 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/shiryo/archives/b - .html)で,第 巻,第 巻,第 巻,第 巻,追補,会議録,別冊経過概要 附年表,と見ることができる。 また,条約改正全体について参照,松井芳郎「第 章 条約改正」福島正夫編『日 本近代法体制の形成』下巻 頁特に,その 頁( 年日本評論社)。なお,条 約改正は,明治 年改正条約調印,明治 年実施で実現している。 " 参照,清瀬一郎「憲法草案における人権担保の規定について」法律新報 号 頁( 年),特にその 頁以下(「 明治憲法における人権担保の失敗」)。 # 出射義夫『検察制度の研究』(司法研究報告書第 輯 )(昭和 年) 頁。な お,同書 頁は,明治 年以前においては,「検事には審問権なきが故に検事が 取調を為し調書を作成するは憲法違反なるとの論が行われ」,検事の取調が行われる ことが少なかったという。なお,これにつき参照,田中輝和「明治刑事訴訟法下に おける取調調書証拠化の経過 ―― 大審院判例変遷の一考察 ――」東北学院法学 号 頁( 年)。 $ 司法警察訓則は,国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/ を利用した。 % 司法警察官執務心得は,司法省総務局庶務課「司法例規」(明治 年 月 日)を 利用した。なお,同書 頁所収の明治 年 月司法省刑甲第 号司法省刑事 局長通諜「司法警察官現行犯ヲ受取リタル時取調ヘ方ノ件」は,予審処分として被 告人を訊問することは出来ないが,「捜査処分トシテ被告人ヲ取調フルハ差支ナキ儀 ニ有之候」と述べている。 & 司法警察職務規範については,高井賢三『司法警察論』松華堂(大正 年)を利 用した。なお参照,久岡康成「捜査における手続保障 ―― 捜査の密行性概念の再批 判」刑法雑誌 巻 号 頁( 年)。 ' 例えば参照,前掲注⑵掲記の小田中聡樹「被疑者取調権の沿革史的考察」 頁。 ( 参照,前掲注 田中輝和「明治刑事訴訟法下における取調調書証拠化の経過 ―― 大審院判例変遷の一考察 ―― 」 頁。なお,同論文等で強調される「治罪法以来 の『審問行為は裁判官』の原則」(小田中聡樹『刑事訴訟法の歴史的分析』日本評論 社・ 年, 頁は,本稿で述べている「立憲ノ制ニ於テ尤モ至重ノ要件」で, 司法条約草案のいう「泰西の主義」である,「審問ノ方法ニ至テハ亦之ヲ警察官ニ委 ネスシテ必ス之ヲ司法官ニ訴ヘシメ」(憲法義解)を指摘されているものと思われる。 ) 久岡康成「法律留保原則・比例原則と接見禁止 ―― EU 指令 / /EU を参考に

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―― 」立命館法学 ・ 号 頁( 年)は,強制処分たる接見禁止につい てであるが,処分そのものの検討を試みたものである。

参照,平野龍一『刑事訴訟法(法律学全集)』(有斐閣, 年) 頁,田宮裕 『刑事訴訟法(初版)』(有斐閣, 年) 頁など。

参照

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〔追記〕  校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」

第2 この指導指針が対象とする開発行為は、東京における自然の保護と回復に関する条例(平成12年東 京都条例第 216 号。以下「条例」という。)第 47

計量法第 173 条では、定期検査の規定(計量法第 19 条)に違反した者は、 「50 万 円以下の罰金に処する」と定められています。また、法第 172

・ 改正後薬機法第9条の2第1項各号、第 18 条の2第1項各号及び第3項 各号、第 23 条の2の 15 の2第1項各号及び第3項各号、第 23 条の

(大防法第 18 条の 15、大防法施行規則第 16 条の 8、条例第 6 条の 2、条例規則第 6 条の

第1条

・その他、電気工作物の工事、維持及び運用に関する保安に関し必要な事項.. ・主任技術者(法第 43 条) → 申請様式 66 ページ参照 ・工事計画(法第 48 条) →

(5) 帳簿の記載と保存 (法第 12 条の 2 第 14 項、法第 7 条第 15 項、同第 16