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イスラム問題の理解のために

― イスラム過激派の文化遺産破壊の視点から . ―

米 田 伸 次

帝塚山学院大学国際理解研究所顧問  公益社団法人日本ユネスコ協会連盟理事  私はイスラム問題の専門家ではありませんが、日本ユネスコ協会連盟の役員として長い間ユネ スコの事業にかかわり、ユネスコ世界遺産、とりわけユネスコ世界遺産の保存に深い関心をもつ てきましたので、今回、表記のサブテーマを中心に . 研究所の国際理解公開講座で話をさせてい ただき、イスラム問題の理解への一つのアプローチを試みてみました。ここに当日の私の話の要 約を記させていただきます。 イスラム過激派タリバンのバーミャン大仏像破壊の謎  今年(2015 年)5 月,「イスラム国」(IS)がユネスコ世界遺産のシリアのパルミラ遺跡を支配 下に置き,世界的に貴重な神殿を爆破するなど大規模な文化遺産破壊をしたことが報道され、世 界中からこれを蛮行として厳しく非難されています。こうした文化遺産破壊は IS に限ったことで はなく、今迄にも他のイスラム過激派にその例が多くみられます。とりわけ今回シリアでのイス ラム過激派が引き起こしたといわれる事件は、日本人にイスラム問題への関心を喚起はしました が、逆に「イスラムは怖い、危険だ」など多くの偏見を生み出すことにもなりました。  こうしたイスラム過激派の文化遺産破壊による世界を震撼させた有名な事件として、2001 年 3 月にアフガニスタンで起きたバーミアンの大仏像の爆破があります。東西文明の十字路にあたる アフガニスタンのバーミアン周辺にはかつて多くの仏教徒が住み、彼らは 5 世紀前後に岩の崖を くりぬいて、ユネスコの世界遺産に指定されている 2 体の巨大な仏像〈高さ 55mm、38mm〉を 造りました。当時アフガニスタンを支配していたイスラム原理主義の過激派タリバンはこの大仏 像の爆破予告をしたのです。これに対して、国連やユネスコをはじめとする世界の外交官、宗教 者などがタリバンに破壊の翻意を要請しましたが、それにもかかわらずタリバンはこれを無視し て爆破してしまいました。この破壊は 21 世紀の重大な人類共通の文化遺産の喪失事件でした。ま たこの爆破は、イスラム原理派、タリバンはとんでもない危険集団という印象をつよく世界中に 与えました。  ところで、もともとイスラム原理主義とは「イスラムの理想に戻ろう」「すべての人々は神の前

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に平等」という平和的な運動で決して過激な運動ではなかったのです。しかし、なかには自分た ちの主議を実現するために、元来イスラムの正しい生き方を求めて努力することを意味していた 「ジハード」の名を用いて反対派を武力で抑えるといつた過激派も出てきます。1979 年のソ連軍 のアフガニスタンへの侵攻に対して、イスラム教徒たちは「ジハード」の名のもとにソ連との戦 争を始めます。世界中のイスラム教徒もこのソ連軍への「ジハード」にムジャヒディンと呼ばれ るイスラム戦士として戦いに参加しました。アメリカもこのムジャヒディンを支持、多くの武器 を与えます。実はこの戦いの中からイスラム過激派が成長してくるのです。1989 年、この戦争の 終結後もアフガニスタンでは新たな内部権力抗争が始まりますが、やがてパキスタンの難民キヤ ンプから生まれた極端なイスラム原理主義のタリバンが 1994 年にアフガニスタンに侵入、アフガ ニスタン全域を支配するようになっていきます。  では、なぜイスラム原理主義のタリバンがバーミアンの大仏像を爆破したのでしょうか。もと もと、イスラムの教えでは偶像崇拝を禁止しています。イスラムでは神は唯一絶対、神は偉大で あり人間が勝手に想像して神の像を造つてはならないと教えています。しかし大仏像は仏教の像 ですでに人類の文化遺産として世界的にも定着し長い間住民たちによって保存されてきたもので す。この大仏像の破壊は一見偶像破壊のイスラムの論理に合っているようにも見えますが、果た して、大仏像の破壊を、イスラムの論理だけで片付けてよいものかどうか疑問です。タリバンの 大仏像の破壊の真の狙いはどこにあつたのでしょうか。 バーミアン大仏像破壊の真のねらいは国際的「PR 戦略」か  破壊されたバーミアンの大仏像の復旧作業はユネスコの主導のもとに現在進められています。 日本ユネスコ協会連盟副会長で著名な画家であり、ユネスコ親善大使をも務め、人種や民族、国 家の枠を超えて文化遺産保護に取り組んでこられた故平山郁夫氏は、アフガニスタンでの文化遺 産破壊の復旧を世界に訴える中で、アフガニスタンでのイスラム教徒による文化財の略奪の現実 にも触れながら貴重なコメントをされています。それは、文化財の略奪の原因はアフガニスタン の貧困に原因していることに世界は気付かねばならい。地域の生活の安定が文化財の保護には欠 かせない。文化財の保護の基本は地域の住民が世界の人々の支援を受けつつも彼ら自身の力によ って取り組まねばならない課題である。というのは、今やバーミアンの大仏像は人種や民族を超 えて 1 千年以上も当地に暮らしてきたイスラム教徒たちのアイデンティティになっているのだか ら、というものです。  ところで、今回のタリバンのバーミアンの大仏像破壊は予告から実施までにかなりの日数を要 しています。実はタリバンには破壊に批判的な幹部がいたことも指摘されています。また、大仏 像を自らのアイデンティティとして捉えていた地域のイスラム教徒たちの中にも反対者もいたと いわれています。それにもかかわらずなぜ大仏像が破壊されたのでしょうか。現在のところ、こ れについて必ずしも十分解明されているとはいえません。しかし、あえてその解明にむけて大仏像

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破壊の半年後の 2001 年 9 月 11 日に発生したアメリカでの同時多発テロ(9・11)との関連から 推察してみたいと思います。  9・11 同時多発テロはイスラム過激派のアルカイダによつで引き起こされたといわれています。 純粋で急進的なイスラム原理主義を主張、母国のサウジアラビアを追われたオサマ・ビンラディ ンに率いられたアルカイダがアフガニスタンにやってきたのはイスラム教徒がソ連軍と戦ってい た頃です。アメリカやイスラエルを敵視して自らの戦いを「グローバル・ジハード」と位置づけ ていたアルカイダは、やがてこのアフガニスタンに自らの戦いの根拠地を築いていきます。この アルカイダがとりわけアメリカを敵視していた理由の一つは、アラブ諸国と対立していたイスラ エルをアメリカが支援していたこと、二つは 1994 年、イラク軍のクウェート侵攻を契機にして起 った湾岸戦争の中心的役割を担ったアメリカが戦争後も中東に残留し、サウジアラビアに軍の基 地を置いたことにあるといわれます。  実は、タリバンが大仏像を破壊した当時、アフガニスタンではアフガニスタン人どうしの泥沼 の内戦が継続されていました。内戦でのイニシャティブを狙っていたタリバンには、世界中から 命をかけたイスラム教徒の「ジハード」戦士の結集を喫緊の課題としていたのです。そしてこの 課題は「グローバル・ジハード」戦略を実行する戦士を世界中から求めていたアルカイダの狙い とも合致していたとみられます。  こうした背景のもとに、アルカイダの影響を強く受けていたタリバンによって世界にアフガニ スタンの現実、窮状を知らせ「ジハード」戦士を結集する国際的「PR 戦略」として大仏像の破 壊が実行されることになったとみてよいでしょう。そしてこの大仏像破壊の半年後、アルカイダ によってアメリカの 9・11 同時多発テロが実行されたことは周知の通りです。 イスラム過激派の文化遺産破壊はこれからも続く  イスラム原理主義の過激派アルカイダがアメリカに反発する理由については前記しましたが、 基本的にもつと深いところでこの理由を捉えることが大切ではないかと思います。それは欧米の 物質文明と資本主義がイスラム社会に貧富の格差を生み出し「神の前には人間は平等」のイスラ ムの教えに反した社会を生み出し、イスラム教徒の精神をも堕落させてしまったというイスラム 教徒の認識です。やがてこの認識の矛先はその元凶である欧米に対する怒りへと発展していきま した。  ところでアメリカは、9・11 同時多発テロを素早くアルカイダの犯行と断定し、「テロとの戦い」 を「戦争」と位置づけてテロのリーダのビンラディン探し、アルカイダ殲滅への「戦争」を世界 に呼びかけ、アフガニスタン、さらにはイラクへとその「戦争」を広げていくことになります。  こうしたアメリカを中心とする欧米の中東での「テロとの戦い」の名による「戦争」の中で二 つの現象がクローズアツプされてきます。その一は、従来以上にイスラム教徒はテロリストであ るといつた偏見が世界に広がり、イスラム教徒への嫌悪感、排除が定着していったことです。そ

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の二は、この「戦争」によって多くのイスラム教徒の非戦闘員が殺害され、これがイスラム教徒 の大きな反発、怒りを買うことになったことです。とりわけこのことが欧米と戦うことが「ジハ ード」と信じる若者をイスラム教徒の間に増やしていくことになります。  こうした中東での「戦争」の中で、イスラム過激派たちによる文化遺跡破壊がしばしばくり返 されていきます。とりわけ現在注目されている IS によるパルミラでのユネスコ世界遺産の貴重な 多くの文化遺産の破壊も、実はバーミアンの大仏像の破壊と基本的に同じ目的によるとみてよい でしょう。  近年,IS には人質殺害などのひどい残虐行為をネツトなどで世界に誇示する傾向が目立ちます。 これも、実は明らかな国際的[PR 戦略]の一つとみられます。無論こうした行為に対しては世 界的に厳しい批判、反発があります。それでも IS にはたとえ世界の批判、反発があっても少数で もよい、IS に共感し IS のもとに参集して戦う「ジハード」戦士となり、あるいは欧米において 散発的なテロを引き起こす人たちが出てくれば IS の目的は達成されたことになるわけです。国際 社会が世界的な経済格差問題解決に前向きに取り組み、IS 問題が解決されない限り、彼らの文化 遺産破壊などの国際的[PR 戦略]は続いていくことは十分予想されるところです。 これからのイスラム問題の理解のアプローチのために  イスラム問題を理解することは私たちにとつて難しい課題です。というのは、「イスラムについ て余りにも知らなさすぎる」という現実を卒直に認めるところから私たちのイスラム理解を始め ねばならないからです。  現在、世界に人口の 5 分の 1 がイスラム教徒で、その数は年々増加傾向にあるといわれていま す。現在、少子高齢化社会に向かいつつある日本にとつて労働力として大量のイスラム教徒の受 け入れが予想され、彼らと直接向き合う時代が訪れつつあります。私たちのこれからのイスラム 問題の理解へのアプローチで最も問われるのは、私たちがイスラム問題に向き合う意味とは何か、 どう向き合っていけばよいのかについての明確な視点を抑えておくことではないかと思います。 つまり、グローバル時代の現在、私たちのこれからの在り方、生き方との関連からイスラム問題 をどう捉えていくのかです。これについて 2 点にしぼつて問題を提起させていただきます。  その一は、まず私たち自身の中にあるイスラムへの偏見を自ら問い直し、人権尊重を基本に据 えた多文化理解、多文化共生にアプローチする視点です。どうすればイスラム教徒たちと「仲間」 になれるのかを考えることです。  その二は私たちが中東・イスラム問題をどうの見るのか、イスラムとどう関わっていくのかの 視点です。これまで中東では、日本、日本人に対する信頼が極めて高く、親日的な人たちが多い といわれてきました。その理由は日本が今迄に中東に軍事的な関わりをしてこなかったこと、も う一つは貧困をなくすための NGO などの人道支援活動が大きな成果をあげてきているからです。 このことは日本の世界に誇れる大きな平和貢献活動といってよいでしょう。それが近年、人道支

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援に取り組む人たちが人質になり殺害されるケースが出てきています。それゆえ人道支援が次第 に難しくなりつつあります。これには、日本がイスラム教徒が敵視するアメリカとの連携を強め るなかで、加害者として認識される可能性が濃厚になりつつあるという現実があるからです。こ のことをイスラムの人たちが敏感に受けとめ、日本に厳しい目を向けるようになってきているこ とは確かです。  今回は、中東・イスラム問題理解のために、イスラム過激派の文化遺産破壊を切り口にアプロ ーチを試みました。現在のイスラム過激派による文化遺産破壊は、一般にいわれているように、 単にイスラムの教義によるものだけではない。それは、現在世界がかかえているグローバルなテ ロリズムと深くかかわった深刻な問題であることを理解することが大切でしょう。また、それは、 グローバル時代を生きる私たちの日常と密接につながった問題でもあることを深く知ることでも あります。さらにそれは、私たちが、日本そして世界の平和を考えることでもあるということが 実は私たちのイスラム問題の理解の基本であるということを申し上げることが、今回の私の話の 主旨でもありました。  本稿は 2015 年度帝塚山学院大学㈶大阪狭山市文化振興事業団主催国際理解公開講座(前期)における 講演を、講演者の手による再構成も加えてまとめたものである。

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