東京都水道局におけるクリプトスポリジウム対応について 東京都水道局水質センター 金見 拓 1 はじめに クリプトスポリジウムはヒト、家畜類、野生動物等の消化管に寄生する原虫類の一種で、種 と宿主の組合せによっては激しい下痢症状を引き起こすことが知られている。 神奈川県平塚の雑居ビルの受水槽が汚染されたことにより、我が国で 初めて水道経由のクリ プトスポリジウム症発生の報告 がなされた。二例目として、平成 8 年 6 月に埼玉県越生町にお いて水道水由来のクリプトスポリジウム集団感染 が発生し、13,800 人の町民中 8,800 人以上が 罹患した1)。この事件 は、水道関係者に対し、国内における近年まれに見る水道由来の感染症 アウトブレイク であるというだけでなく、水道水中に消毒剤の塩素が残っていれば微生物学的 安 全 性 は 担 保 さ れ る と の 水 道 関 係 者 の 意 識 を 変 え る き っ か け と な っ た と い う 意 味 で も 大 きな 衝撃を与えた。 同じ原虫類である、ジアルジアも耐塩素性があり、同様の対応が求められている。以下、引 用以外でクリプトスポリジウムとジアルジア両者を併せて言う場合、「クリプト等」という。 2 国の対応 厚生省(当時)は、平成 8 年 10 月に、「クリプトスポリジウム暫定対策指針」(以下、「暫定 指針」)を通知2 )し、水道事業者等へクリプトスポリジウム 対策のための 予防措置や応急措置 等について示した。 この暫定指針の中で水道事業者に対する影響が 大きかったものに、 ・水源がクリプトスポリジウム に汚染されるおそれがある場合には、急速ろ過施設等 除去で きる施設を設けること ・ろ過した水の濁度を 常に 0.1 度以下に維持すること ・給水区域内でクリプト スポリジウム症 患者が発 生し水道が感染源のおそ れがある場合 や、 感 染 症 患 者 が 発 生 し て い な い 場 合 に も 水 道 水 中 で ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム が 検 出 し た 場 合 には給水停止の措置を講ずること等が上げられる。 汚染のおそれの判断は、大腸菌等の指標菌が浄水場の原水で 検出の有無で判断され た。汚染 のおそれありとされた浄水場の中で、特に浅井戸を水源と し、塩素消毒のみで給水している小 規模浄水場が多く財政や管理上等問題から、ろ過施設の設置 がすぐには難しいという 状況にあ った。 平成 10 年暫定指針の改定、平成 12 年「水道施設の技術的基準を定める省令 」に、原水に耐 塩 素 性 病 原 微 生 物 が 混 入 す る お そ れ が あ る 場 合 に は ろ 過 施 設 の 設 置 す る こ と と の 規 定 が 設 け られたこと等を経て、平成 19 年 3 月厚生労働省は暫定指針を廃止し、「水道におけるクリプト スポリジウム等対策指針」(以下、「指針」)をとりまとめ、通知3 )した。 それまでは水源に汚染 のおそれ がある場合は、 その程度にかかわらず 一 律ろ過施設を設け、 管理するのは、特に小規模事業者では合理的でない場合もあった。そこで 指針では、水源の汚 染レベルを、レベル4「クリプトスポリジウム等による汚染のおそれが高い 」から、レベル1 「クリプトスポリジウム等による汚染の可能性が低い 」まで、4つのレベルに分類し、それぞ れについて対応を定めている 。このうちレベル3「クリプトスポリジウム 等による汚染のおそ れがある」(地表水以外 の水を水道水の原水とし ており、当該原水から指 標菌が検出されたこ とがある施設)においては、ろ過施設設置以外に紫外線処理による対応を認めている。我が国 の水道の浄水処理で、紫外線処理が病原性微生物対策で公に認められたのはこれが初めてであ る。また、ジアルジアも対策を取るべき原虫類として指針に明示された。 指針やクリプト等に関する国の対応の詳細については 、厚生労働省健康局 水道課ホームペー ジをご参照いただきたい。 (http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/kikikanri/01a.html 平成 23 年 10 月 17 日確認)
3 東京都水道局のこれまでの対応 クリプトスポリジウム集団感染症事件の発生、国の対応等を受け、東京都水道局では、これ まで、原水の挙動状況の把握、浄水処理の強化、対策指針の制定などを実施してきた。 クリプト等の検査は、 集団感染症事件のあった 平成 8 年から今日まで継続して行っており、 現在は当水道局が管理する浄水場 のうち、汚染のおそれを考慮して 30 箇所で年1~4回の頻 度で原水の検査を行っている。浄水場での検査の他に、後述のとおり、共同調査や水源のクリ プト等の調査も実施している。 これまで浄水処理後の水でクリプト等が検出されたことはないが、浄水場の原水では、利根 川・荒川系の浄水場原水で多く検出され、冬期に検出数が増加する傾向にあり、冬場は 10L 当 たり1~2個程度の検出は 一般的に見られる。これまでの 原水での最高検出数は、クリプトス ポリジウムで 10L 当たり 118 個となっている(後述)。原水で検出された場合、都の福祉保健 局を通して厚生労働省へ 飲料水健康危機管理実施要領に基づき報告を行っている。 浄水処理の強化については、施設と管理の両面で強化を行っている。濁質除去のための施設 の強化としては、ろ過池の 逆洗浄方法の 変更、凝集剤の効果を高めるための 酸注入施設の整備 等を行っている。管理面としては 、上記の検査体制の強化の他、精密濁度計により監視を行い、 浄水場の最終的なろ過水 の濁度が常に 0.1 度以下になるよう徹底した運転管理等を行っている。 その他、浄水処理改善に資するため調査研究等も実施してきた。 また、万が一、都内で水道由来のクリプトスポリジウム症 集団発生や水道水にクリプト等が 発見された時の緊急時対 応について 、「東京都水 道局クリプトスポリジウ ム応急対策指針 」を 策定している。この対策指針では、緊急時の広報や応急給水、復旧について当水道局の対応を 定めている。 また、他の水道事業者とも連携を図り、クリプト 等が原水等で検出された場合には、結果を 相互に連絡する体制を整えている。 下水道関係者との連携については、国土交通省の指導4 )を踏まえ、埼玉県の下水道部局とは 当局浄水場上流における 下水道施設の放流水中のクリプトスポリジウム が、要監視基準を上回 った場合に、情報連絡がある体制が取られている。 4 利根川・荒川水系 を水源とする 水道事業者による共同調査 水道事業者により利根川・荒川水系にお ける原虫類の共同調査を行っている。 この調査は、平成 12 年度に北千葉水道 事 業 者 と 東 京 都 水 道 局 と の 共 同 調 査 と し て始められ、その後参加事業体が増え、平 成 15 年度には利根川・荒川水系水道事業 者連絡協議会(発足昭和 45 年 1 月)の生 物分科会の活動として位置づけ られた。 平成 16 年度、利根川の支川、小山川、 広瀬川で、10L 当たり約 50~60 個検出さ れ検出個数が多かった5 )が、近年は落ち着 いてきている。 23 年度は、9事業者が参加し、 29 地点 年二回、 共同調 査を 実 施 す る 予 定 で あ る 。 こ の 生 物 分 科 会 で は 、 共 同 調 査 の 他 に 、 ク リ プ ト 等 原 虫 類 の 試 験 方 法 の 統 一 や 研 修、精度管理などを実施してきた。 5 荒川水系におけるクリプトスポリジウムの調査 平成 20 年度以降、上記の共同調査や当水道局における水源の定期検査で、 それまでと違う 傾向が見られるようになった。 平成 20 年度、荒川水系の浄水場原水で多数のクリプトスポリジウムが検出された(朝霞浄 水場 26 個/10L:4 月 9 日、東村山浄水場 27 個/10L:3 月 4 日)。当局の浄水場原水で原虫類が 10 個/10L を超過したのは初めての事例である。これらを受け、平成 21 年度から荒川水系にお ける汚染実態の把握や排出源の特定を目的に調査を実施した。
箕田橋・二枚橋 大塚橋 荒川大橋 西野橋 高尾橋 植松橋 朝霞/三園/ 東村山(利)原水 出丸橋 秋ケ瀬取水堰 利根川 荒川 武蔵水路 市野川 入間川 吉野川 図2 荒川原虫類調査採水地点 万年橋 (1) 調査内容 調査は平成 21 年 4 月から月 1~2 回の頻度で 行った。主な採水地点を図 2 に示す。また支川 調査として平成 22 年度に畜産関連施設の影響 を受ける荒川上流の吉野川で調査を行った。試 験 項 目 は ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム 、 ジ ア ル ジ ア 、 水温等とし、一部の試料については遺伝子解析 を行い、種や遺伝子型の同定を試みた。 (2) 調査結果及び考察 (2)-1 各調査地点における検出傾向 調査結果を表 1 に示す。表 1 より、荒川本川 で の 検 出 頻 度 は 冬 季 及 び 降 雨 が あ っ た と き に 増加する傾向が認められた。 検出地点に注目すると、市野川や入間川とい っ た 支 川 よ り 荒 川 本 川 で 多 く 検 出 さ れ る 傾 向 が認められた。 さらに平成 22 年 4 月 19 日には三園浄水場原 水(118 個/10L)で、同 10 月 25 日には荒川大 橋(950 個/10L)及び万年橋(3,600 個/10L) で 多 量 の ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム が 検 出 さ れ て おり、荒川水系において散発的な汚染が生じることが改めて確認された。 また、吉野川においては恒常的に多量のクリプトスポリジウムが検出されており、荒川上流 における汚染源の一つとなっている ものと思われる。この吉野川については後述するように遺 伝 子 解 析 等 の 結 果 か ら 荒 川 で 散 発 的 に 生 じ る 多 量 の ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム の 流 出 経 路 の 一つ になっていることが疑われる。 なお、表 1 の結果はクリプトスポリジウムが検出 された調査日のみを抜粋している。23 年 3 月については震災の影響のため調査は未実施となっている。 武蔵水路 吉野川 市野川 入間川 5/11 0 0 0 1 0 0 6/22 50 155 0 1 0 0 28.0 8/10 0 10 0 0 0 0 5.5 8/24 0 0 5 0 0 0 10/19 0 0 0 0 5 0 11/4 0 5 0 3 0 0 8.5 11/16 6 0 4 1 0 5 0 0 9.0 12/7 0 10 10 15 0 1 0 0 11.5 12/14 15 20 5 15 15 0 0 0 1/6 5 45 5 0 0 3 0 0 1/19 5 0 0 0 0 1 0 0 2/1 30 0 0 0 0 7 30 5 2/15 4 5 3 4 10 5 0 0 2.0 3/1 15 10 25 30 0 0 0 0 13.5 3/15 10 0 10 10 5 0 0 0 4/19 0 245 5 15 10 118 20.0 5/24 20 210 5 40 65 0 42.0 6/21 5 30 0 0 5 0 9.0 7/20 0 55 0 0 0 0 8/16 0 10 0 0 0 0 9/27 0 30 10 0 0 0 10.0 10/25 5 3,565 5 945 5 2 6.0 11/15 0 0 0 0 0 1 12/13 0 85 10 10 0 1 1/24 10 60 25 10 0 0 2/14 5 5 5 1 1 0 1.0 H21 秋ケ瀬 取水堰 植松橋 箕田橋・ 二枚橋 年度 月日 クリプトスポリジウム検出数(個/10L) 荒川本川 浄水場 原水 H22 万年橋 表1 クリプトスポリジウムの検出状況 荒川大橋 高尾橋 西野橋 1-2日前 累積降水 量 寄居町 (mm) 大塚橋 出丸橋
(2)-2 支川調査について 荒川本川でのクリプトスポリジウムの検出については遺伝子解析の結果より、畜産関連施設 の影響が考えられた。そこで平成 22 年度より、畜産関連の施設を有する 吉野川で調査を行っ た。吉野川と荒川本川の位置関係を図 2 に、調査結果を表 1 に示す。表 1 より恒常的にクリプ トスポリジウムが検出されていることがわかる。 (2)-3 検出されたクリプトスポリジウムの種の同定 遺伝子解析の結果を表 2 及び 3 に示す。表 3 より検出された種の 9 割弱が Cryptosporidium andersoni及び C.suisとなっているが、これらはいずれも牛や豚を主な宿主とするクリプトス ポリジウムである 6)。 中でも平成 22 年 4 月 19 日(浄水場原水)や同 10 月 25 日(荒川大橋・万年橋)のようなク リプトスポリジウムの多量検出時には 、ブタ型が 検出される傾向が認められる(表 1 及び表 2)。 特に 10 月 25 日で多量のクリプトが検出された事例では、万年橋及び荒川大橋にて採水した 試料から、いずれもブタ型の C.suis が検出されている(表 2)。このため、吉野川が荒川 で多 量に検出されるクリプトの 流出経路の一つとなっていることが推測され る。 ※表中 の()内は検出できた種 推定オーシスト数 武蔵水路 吉野川 箕田橋・ 二枚橋 万年橋 植松橋 荒川大橋 高尾橋 西野橋 荒川水系 浄水場原水 11/4 C.suis (2) C.andersoni (1) C.sp (1) 11/16 C.sp pig -genotypeⅡ(1) C.andersoni (1) C.andersoni (4) 12/7 C.andersoni (1) 12/14 C.andersoni(1) C.suis(1) C.andersoni (3) 1/6 C.andersoni(1) 2/1 C.andersoni (2) C.meleagridis (1) 4/19 C.sp pig -genotypeⅡ(1) C.suis(3) C.andersoni (1) C.suis(4) 10/25 C.suis(3) C.suis(4) H21 H22
表2 検出されたクリプトスポリジウムの種や遺伝子型
月日 荒川本川 検出検体数 (検体) 検出割合 (%) 38 100C.andersoni
15 39 牛 ごく稀C.suis
19 50 ブタ ごく稀C.
sp pig genotypeⅡ 2 5 ブタ ごく稀C.meleagridis
1 3 七面鳥 集団感染事例ありC.
sp 1 3 ---- ----内訳表3 クリプトスポリジウムの種の内訳
主な宿主 ヒトへの感染事例 全解析検体数(2)-4 雨天時における小規模支川等の調査(埼玉県との共同調査) これまでの調査の結果より、クリプトスポリジウムの多量検出には降雨や荒川上流の小規模 支川の影響が大きいものと考えられた。そこで、降雨時における 吉野川等の小規模支川や農業 排水路等の負荷を把握するため、埼玉県と共同調査を実施 しているところである。今後も引き 続き畜舎排水の影響を受けると思われる地点を中心に雨天時の調査を継続 し、排出源の特定や 汚染実態の把握に努めたい 。 (3) 荒川水系調査 のまとめ ・クリプトスポリジウムの検出頻度は市野川などの支川より荒川本川で高くなる傾向が認め られた。 ・荒川本川でのクリプトスポリジウムの検出量は冬季や降雨時において増加する傾向が認め られた。 ・検出されたクリプトスポリジウムの約 9 割が牛や豚を主な宿主とする種であった。中でも 荒川本川でのクリプト多量検出時には C.suisが検出される傾向が認められた。 ・平成 22 年度の調査より、荒川上流の 小規模支川の影響が大きいことが示唆された。 6 今後へ向けて 一般的な浄水処理 である 急速ろ過方式 での クリプ トスポリジウムの 除去率 は 99.7%~99.9% と言われている。現時点では浄水場において適正な濁度除去の浄水処理により対応が可能 とな っているが、今後、極端に高い濃度の原虫類が原水に混入した場合、対応しきれない状況もあ り得る。引き続き水源・原水の状況の把握を継続 的に行うと共に、原因究明時には 関係機関等 との連携も必要と考える。 また、近年、遺伝子解析によるクリプト等の調査検討が進み、より詳細な情報が蓄積され つ つある。今後これらの連携の充実や研究成果を活用した、更なるクリプト等への対応の向上が 望まれる。 参考文献 1)「クリプトスポリジウムによる集団下痢症」 ―越生町集団下痢症発生事件―報告書 埼玉県衛生部 1997 年 3 月 2 ) 水 道 水 中 の ク リ プ ト ス ポ リ ジ ウ ム に 関 す る 対 策 の 実 施 に つ い て 」 平 成 8 年 10 月 4 日 衛水第 248 号厚生省生活衛生局水道環境部長通知 3)「水道水中のクリプトスポリジウム等対策の実施について(通知)」平成 19 年 3 月 30 日 健水発第 0330005 号厚生労働省健康局水道課長通知 4)「下水道におけるクリプトスポリジウム検出時の関係機関との連携について」 平成 13 年 12 月 28 日国土交通省都市・地域整備局下水道部流域管理官付流域下水道計画 調整官事務連絡 5)宮島裕子ら(2008)「利根川・荒川水系における原虫類共同調査 」用水と廃水 Vol.50,No.8 6)Fayer R. (2010) Taxonomy and species delimitation in Cryptosporidium, Experimental