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渡辺潤さんの「私社会学」

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Academic year: 2021

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8  渡辺潤さんの社会学は「私社会学」である。渡辺さんの社会学の特色,独自性,強みをひ とことで言い表そうとすると,「私小説」になぞらえて用いられるこの言葉が最も適切だと 思う。  『ライフスタイルの社会学』(1982 年)の「あとがき」で渡辺さんは,「自分自身の日常生 活そのものの中から研究テーマを捜し,そこで被験者としての自己をできるだけ自覚的に, 自己反省的に見つめるという視点をとること」が自分の方法論だと述べ,また『私のシンプ ルライフ』(1987 年)の「あとがき」では,常に「自分の目や耳や皮膚感覚を通して知りえ たことを頼りに書いている」と述べている。しかしもちろん,それだけで「私社会学」がで きあがるわけではない。「私」の個人的な体験,「私」の個人的な興味や関心を「社会学」と いう学問の平面で適切に扱うのは決して容易なことではない。にもかかわらず,そこをうま くクリヤーして独自の「私社会学」を成り立たせ,社会学関係の学問共同体においてプロの 社会学研究者として十分に評価されてきたところが立派である。  それはもとより本人の能力と努力の賜物であるが,渡辺さんにとって幸運な条件もいくら かあったと思う。その一つは時代的な要因である。渡辺さんが社会学を学びはじめた時期 (それは,私がたまたま同志社大学大学院に出講し,院生だった渡辺さんと知り合った頃で もある)は,ほぼ日本の社会学の変動期と重なっている。つまり,戦後の日本の社会学を主 導してきた二つの大きなパラダイム(マルクス主義と構造機能主義)が力を失いはじめ,シ ンボリック・インタラクショニズムや現象学的社会学やエスノメソドロジー,あるいは解釈 学的社会学やパーソナル・ヒストリー研究などなど,パラダイムや方法論の多様化が一気に 進んだ時期である。これは明らかに「私社会学」にとって有利な条件であった。  もう一つは空間的な要因,つまり渡辺さんが社会学を学び,社会学者としてのキャリアを 積んだのが関西地域においてであったということである。必ずしも社会学に限ったことでは ないが,関西にはオーソドックスでないものを面白がり,その意義を評価する知的風土があ る。これも渡辺さんにとって幸運であったと思う。  もちろん「私社会学」が関西の専売特許だというのではない。東京の社会学者でいえば, たとえば副田義也さんは『家庭教育ノート』(1975 年)という著書の終わりの部分で,父親 としての自分と二人の娘を対象としたこの本はいわば「私社会学」であると述べている。し かし副田さんの社会学全体から見れば,この著作はむしろ例外的なものであり,副田さんは

渡辺潤さんの「私社会学」

井 上   俊

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コミュニケーション科学(47) 9 やはり「本格派」の社会学者である。  私がはじめて「私社会学」という言葉を耳にしたのは,先輩の仲村祥一さん(1925~ 2009)からであったと思う。それがいつのことだったのか,ずいぶん以前という以外に,は っきりした記憶はない。また,仲村さんが副田さんの「私社会学」に言及したという記憶も ない。おそらくお二人は,それぞれ独立に「私社会学」という言葉を使用したのであろう。  仲村さんは社会病理現象を体制の病理としてとらえるマルクス主義的な立場から出発した が,しだいに自己の日常的経験を重視する「私社会学」的立場に移行した。仲村さんの最後 の著書は『夢みる主観の社会学―私社会学ノート』(2000 年)と題されている。この本に よると,仲村さんが「私社会学の試み」を開始したのは 1970 年代の前半期であるという。  渡辺さんは,「私社会学」の先駆者ともいうべき仲村さんと追手門学院大学で同僚であっ た。年齢もキャリアも違うけれど,渡辺さんが東京経済大学に移るまで 10 年近くの間,二 人は同僚として親しくつきあい,「私社会学」への関心を共有する者として影響を与え合う ところもあったと思われる。渡辺さんの『メディアの欲望』(1994 年)は,仲村さん(と領 家譲さん)に捧げられている。  渡辺さんは「退職と同時に研究もやめることにした」そうだ。けれども,渡辺さんの「私 社会学」とその精神は,直接・間接に渡辺さんに接し影響を受けた若い世代の人たちによっ て,何らかの形で(つまり,それぞれの人にそれぞれの仕方で「私社会学」風に)受け継が れていくに違いない。少なくとも私はそう信じている。

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