話題
実録! シダムシの研究
~続・アマチュア研究者新種記載顛末記~
A memory on the study of Dendrogaster: descriptions of three new parasites infecting the
Japanese goniasterid sea-stars
齋藤暢宏
1Nobuhiro Saito
シダムシ属Dendrogaster Knipovich, 1890は嚢胸下
綱甲殻類の1分類群であり,ヒトデ類を宿主とする
体 腔 内 の 寄 生 生 物 で あ る(cf. Grygier & Høeg, 2005).寄生主体はメス個体で,時に宿主体腔内に 広く成長する(Fisher, 1911; Saito et al., 2020).その 様子はあたかもヒトデの臓器のようである.メス個 体の樹状の体は外套様に発達した背甲で(図1A), 成熟個体では内部に多数の卵および幼生を充満させ る.外套の中心にはmiddle pieceと呼ばれる乳頭状 の部位があり,その内部に1対の微小な第1触角 (antennule)と口丘(oral cone)を備え(図1B),口 丘内には第2小顎などの口器を収める.Middle piece の先端にはわずかなスリットが開き,そこから亜鋏 脚形の第1触角(図2)を出し入れすることができ る.オスは矮雄でメスの外套内に位置する.オスの 体幹は蔓脚類のキプリス幼生様に二枚貝形背甲に覆 われ,多くは長大な一対の側突起を備える.シダム シ属は世界から31種が知られ(Grygier, 2020),こ の う ち 日 本 か ら5種が報告されているが(Yosii, 1931; 内海,1965; 小川,1995; 伊藤ら,2009),い くつかの未記録種も発見されている(e.g., 中川ら, 2012)(表1).今回著者らはこれら未記録種研究の 第一弾として,本邦産ゴカクヒトデ科から得られた 3新種を報告した(Saito et al., 2020). 2015年10月11日,東京海洋大学で開催された日 本甲殻類学会第53回大会の会場にて,口頭発表後 の休憩中に広島大学の若林香織さんから,「シダム シの研究をしてみませんか」と唐突に話を持ち掛け られた.著者は学部生時代(今から30年前)に『新 日本動物図鑑(中)』でオカダシダムシ Dendrogas-ter okadai (Yosii, 1931)の図(内海,1965)を見て以 来シダムシ類に魅せられてしまっていたが,残念な がら直接その標本を観る機会には恵まれていなかっ た.シダムシへの想いはつのるばかりであったが, いきなり新種記載とはハードルが高く,若干の躊躇 があった.とはいっても甲殻類研究家の本能にはあ らがえず,とりあえず翌年のゴールデンウィークま で猶予をいただいて考えたいと解答した.若林さん が研究対象とされたのは東シナ海で採集したオトヒ メゴカクヒトデNymphaster euryplax Fisher, 1913か ら得た個体であった.実はその時同席していた鳥羽 水族館の森滝丈也さん(その時の学会発表の共同研 究者)が思いのほか興味を抱かれ,熊野灘漸深海帯 生物調査(齋藤・森滝,2015; 森滝,2020)で採集 したヒトデ類を調査してみたい,と申し出た.その 翌日に実施された調査で,森滝さんはユミヘリゴカ クヒトデMediaster arcuatus (Sladen, 1889)から,ピ ンク色の美しいシダムシ類を何とも簡単に発見され た(図1A).その後の調査によってユミヘリゴカク ヒトデから10個体以上のシダムシを採集し,また 同 属 の ウ デ ナ ガ ゴ カ ク ヒ ト デM. brachiatus Goto, 1914からも4個体が得られた.さらに,当時世界で 唯一残存していたと思われていた貴重なヤマトイシ 1 株式会社水土舎 〒214–0038 神奈川県川崎市多摩区生田8–11–11 Suido-sha Co. Ltd., Ikuta 8–11–11, Tama-ku, Kawasaki,
Kanagawa 214–0038, Japan E-mail: [email protected]
ダタミヒトデLithosoma japonica Hayashi, 1952の所 蔵標本2個体のうち,破損の激しかったほうの個体 を解剖し,その体内を埋め尽くす大型のシダムシ類 2個体を発見した.ゴカクヒトデ科へのシダムシの 寄生は国内からは知られておらず未記載種である可 能性が期待され,学術的には23年ぶり,国内では 実に90年ぶりのシダムシ類の新種記載研究が始 まったのである. これらの標本は何回かにわたり著者のもとに送ら れてきた.当然のなりゆきだが標本を手にするとい てもたってもいられなくなり,機会をみてはそれら を観察しはじめた.そしてこれらシダムシの観察結 果を約束どおり2016年5月4日に速報として提出し た.この時点ではメスの全形のスケッチしか行えて いなかったが,既報を参考にして論文の骨子を組み 立てはじめた.シダムシ類の記載論文は若林さんが 収集されていて,論文執筆をスムーズに開始するこ とができた.とはいえシダムシ類の記載は他の甲殻 類とは異なる独特な部分が多く,また用語について も不統一であった(図2).シダムシ類の同定には (既報を勉強してはじめて知ったのだが),middle piece内の第1触角の観察が不可欠であるのだが,こ れにはmiddle pieceの切開が必要であり,この時点 では未着手であった.これをクリアしないことには シダムシの記載は完結しない.まず個体数の多いユ ミヘリゴカクヒトデ寄生種について遂行した.が, 観 察 は 失 敗 し た. 切 開 し たmiddle piece内から触 角・口丘をみつけることができなかったのである. 図2. シダムシ類の第1触角の構造(カギカッコ内 は別称).I~IV, 第1~第4節. 図1. 日本から約90年ぶりに新種記載されたヒ ト デ 類 内 部 寄 生 性 甲 殻 類 シ ダ ム シ 類.A, ユ ミ ヘ リ ゴ カ ク ノ シ ダ ム シDendrogaster tobasuii Saito, Wakabayashi, & Moritaki, 2020 のホロタイプ(NSMT-Cr 26860),体サイズ 59.9 mm, mp=Middle piece(写真提供:鳥羽 水族館);B, シダムシ類のmiddle piece内に 収 容 さ れ る 第1触角(an)及び口丘(oc), ヤマトイシダタミノシダムシDendrogaster komatsuae Saito, Wakabayashi, & Moritaki, 2020のホロタイプ(NSMT-Cr 26858).ス ケールバー=A, 10 mm; B, 0.2 mm.
これでは前に進まないので,嚢胸下綱甲殻類研究の 第一人者であるMark J. Grygier博士に研究のご助言 を受けたいと申し込み,滋賀県立琵琶湖博物館に伺 うこととなった.Grygier博士はご多忙の中お時間 を割かれてシダムシ研究のノウハウを丁寧にご教示 され,大量の関連文献を惜しみなく閲覧させてくだ さった(図3).後に試行錯誤の末,なんとか著者 も触角,小顎の観察,オスの摘出に成功した.観察 を進めると,ウデナガゴカクヒトデ属2種から得ら れたシダムシは外套の分岐に若干の差異がみられ, 両宿主への寄生率が大きく異なるのが気になった. しかし2宿主から得られたシダムシのDNA塩基配 列の分析により,同一種であることが確認された. 寄生虫の研究では,形態の主観的な観察と宿主特異 性という思い込みによる誤同定の危険性がある.そ れを客観的ツールであるDNA分析を慎重に行うこ とで回避できたのであった.これらの研究結果を, 第13回棘皮動物研究集会(2016年12月3日),日本 動物分類学会第53回大会(2017年6月3日),日本 甲殻類学会第55回大会(同年10月7日)で口頭発 表 し,2019年3月 に 学 会 誌Species Diversity(日 本 動物分類学会)へ論文を投稿したのであった.査読 者や編集委員からの有意義な助言により論文原稿は 磨かれ,納得のいくクオリティーに仕上げることが できた.本論文にかかわった方々には本当に感謝の 図 3. Grygier博士とプロジェクトチーム“Shida-mushi”, 滋賀県立琵琶湖博物館にて(2017年 1月14日). 表1. 日本産シダムシ類8種と未同定種. シダムシ 宿主(ヒトデ) 出典
1 Dendrogaster okadaiオカダシダムシ Yosii (1931)
Coscinasterias acutispinaヤツデヒトデ(マヒトデ科)
2 Dendrogaster astropectinisモミジガイシダムシ Yosii (1931)
Astropecten scopariusモミジガイ(モミジガイ科) Astropecten polyacanthusトゲモミジガイ(モミジガイ科)
3 Dendrogaster ludwigiルソンヒトデシダムシ Grygier (1996)
Echinaster luzonicusルソンヒトデ(ヒメヒトデ科)
4 Dendrogaster rimskykorsakowi和名なし 伊藤ほか(2009)
Ctenodiscus crispatusスナイトマキ(スナイトマキ科)
5 Dendrogaster murmanensis和名なし 伊藤ほか(2009)
Crossaster papposusフサトゲニチリンヒトデ(ニチリンヒトデ科)
6 Dendrogaster komatsuaeヤマトイシダタミノシダムシ Saito et al. (2020)
Lithosoma japonicaヤマトイシダタミヒトデ(ゴカクヒトデ科)
7 Dendrogaster tobasuiiユメヘリゴカクノシダムシ Saito et al. (2020)
Mediaster arcuatusユミヘリゴカクヒトデ(ゴカクヒトデ科) Mediaster brachiatusウデナガゴカクヒトデ(ゴカクヒトデ科)
8 Dendrogaster nagasakimaruaeオトヒメゴカクノシダムシ Saito et al. (2020)
Nymphaster euryplaxオトヒメゴカクヒトデ(ゴカクヒトデ科)
- Dendrogaster sp. アカヒトデシダムシ Yoshimoto et al. (2019)
Certonardoa semiregularisアカヒトデ(ホウキボシ科)
- Dendrogaster sp. 和名なし 中川ほか(2012);
Fromia indicaアミメジュズベリヒトデ(ゴカクヒトデ科) Yoshimoto et al. (2019)
- Dendrogaster sp. 和名なし 中川ほか(2012)
念が尽きない.
はじめての新種記載研究からちょうど10年が過
ぎた.最初の記載論文では,右も左もわからず七転
八倒な論文執筆であったが(齋藤,2011),その後
も研究活動を続けながら,計8新種を報告すること
ができた(Saito et al., 2010, 2020; Saito, 2012, 2015; Saito & Shimomura, 2015; Saito & Yamauchi, 2016). 我々のプロジェクトチーム“Shida-mushi”の活動 も続いており,今若林さんのもとで勉強している大 学院生の吉本明香里さんによって国内9番目のシダ ムシの記載が進められている.若き研究者の到来を 頼もしく思いながらも刺激をうけつつ,著者もモチ ベーションが続く限り,(業務の傍ら)個人研究を 続けていきたいと考えている. 謝 辞 唐突にこの興味深いテーマを持ち掛けていただい た若林香織博士(広島大学),トリカジカエラモグ
リElthusa moritakii Saito & Yamauchi, 2016の記載か ら引き続き共同研究にご参加いただき,根気よく熊 野灘漸深海帯生物調査でシダムシを探し続けていた だいた森滝丈也氏(鳥羽水族館),嚢胸下綱甲殻類 研究の初歩的な質問に対してご丁寧に解説していた だいたM. J. Grygier博士(国立台湾海洋大学),お かげさまで5年間に及び有意義な研究ライフを堪能 することが出来ました.改めて謝意を表します. 文 献
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So-ciety of Japan, Program and Abstracts.