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事象関連電位のサイズとタイミングの定量化

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Quantifying the size and timing of an event-related potential (ERP) component is an essential part of ERP studies that focus on human information processing in the brain. The present paper overviews currently available methods for quantifying (1) a size of an ERP component (i.e., measurement of peak amplitude, local peak ampli-tude, mean ampliampli-tude, and signed area amplitude),(2) a midpoint of an ERP component (i.e., measurement of peak latency, local peak latency, and 50% fractional area latency), and (3) an onset point of an ERP component (i.e., measurement of onset latency, 25% fractional area latency, and 50% fractional peak latency). An important point is that each quantification method has both advantages and disadvantages, and the best method varies de-pending on the nature of data set to be analyzed, such as morphologies of an ERP component of interest, the shape of waveforms in which the ERP component is included, and the level of noises included in the waveforms. Therefore, it is always required for researchers to select the best method with careful consideration of compatibility between quantification methods and data set.

Keywords: event-related potential (ERP), peak amplitude, local peak amplitude, mean amplitude, signed area amplitude, peak latency, local peak latency, 50% fractional area latency, onset latency, 25% fractional area latency, 50% fractional peak latency

1. は じ め に

事象関連電位(event-related potential: 以下,ERP)は, 刺激や運動といった事象に時間的に関連して生じる,脳 の一過性の電位変動である。事象の開始点を基準時点と して,頭皮上から記録した脳波(electroencephalogram: EEG)を加算平均(averaging)することで算出される。 脳内情報処理過程を検討するためのツールとして,1960 年代以降,心理学,医学,人間工学の分野で幅広く用い られてきた。 ERPを用いて情報処理過程を検討するには,(1)実験 の計画(研究目的を定め,それに適った実験をデザイン する),(2) 脳波記録 (記録に適した環境を整え,複数の 実験参加者から脳波を記録する),(3) ERPの算出(記録 した脳波に対し,再基準化・フィルタリング・エポッキ ング・アーチファクト補正と除去・ベースライン補正・ 加算平均,という一連の処理を施し,ERPを算出する), (4) ERPの定量化(ERPの特徴を示す少数の代表値を測 定する),(5)統計検定(代表値を統計的に分析する), という一連の手続きが必要となる。これらの手続きにつ いては,日本語で書かれた優れた入門書 (入戸野,2005, 2017)や,その具体的な方法をわかりやすく示した実践 書(開・金山・河内山・松本・宮腰,2016)がある。本 稿では,(4) ERPの定量化,に焦点を絞り,これまで以 上に詳しい解説を試みる。 1.1. ERPの定量化 上記の通り,ERPの定量化とは,ERPの特徴を示す少数 の代表値を測定することである。より正確には,脳波を加 算平均して得られるERP波形(ERP waveform)や,ERP 波形を条件間で引き算して得られる差分波形(difference waveform)を対象に,興味のある情報処理過程を反映す るERP成分 (ERP component) の特徴を端的に示す,少数 の代表値を測定することである。ERP成分とは,潜時・ Copyright 2018. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: National Institute of Advanced

Industrial Science and Technology (AIST), 1–1–1 Higashi, Tsukuba, Ibaraki 305–8566, Japan, E-mail: m.kimura@aist. go.jp

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頭皮上分布・極性・課題操作に対する感度などから定義 される,ひとまとまりの電位変動のことである。ERP波 形や差分波形は,複数のERP成分が時間的・空間的に重 なり合うことで形作られている。広く知られているP300 (以下,P3)をはじめ,数多くのERP成分がこれまでに

同定されている (総説として,Luck & Kappenman, 2012)。 ERP成分を定量化する際に最も重要なのは,ERP成分 の特徴を示す代表値をできるだけ正確に,すなわち隣接 する他のERP成分の重なりや,波形に含まれるノイズの 影響を最小限にとどめつつ,測定することである。測定 された代表値は,その後の統計検定に使用される。統計 検定によって結論が決まることを踏まえると,代表値を どのように測定するかは,どのような結論が導かれるか に直結している。そのため,代表値の測定には高い確度 が求められる。 定量化は,主にERP成分の二つの側面について行われ る。サイズとタイミングである。タイミングはさらに, 中心点 (midpoint) と開始点 (onset point) のタイミングに 分けることができる。よく知られた定量化方法として, サイズについては頂点振幅(peak amplitude)の測定, 中心点のタイミングについては頂点潜時(peak latency) の測定,開始点のタイミングについては開始潜時(onset latency)の測定がある。しかし,よく知られたこれらの 方法にも欠点があり,決して万能なものではない。また, これら以外にも様々な方法があり,定量化したいERP成 分が含まれる波形の形状や,波形に含まれるノイズの状 態によっては,そちらを使う方がよい場合もある。本稿 では,現在用いられている ERP成分の定量化方法を, (1)サイズ,(2)中心点のタイミング,(3)開始点のタ イミングの三つに分けて解説する。その中で,各方法の 利点と欠点,使用する際の注意点について述べる。 なお,本稿を執筆するにあたり,S. J. LuckによるERP の入門書 (Luck, 2005, 2014),T. W. Pictonらによるガイド ライン (Picton et al., 2000)1,A. Keilらによるガイドライン

(Keil et al., 2014)を主に参考にしたので,ここに記して おく。 1.2. 用語の定義 定量化方法の解説に先立ち,ERP研究におけるデータ 処理の基本的な流れを説明するとともに,ERP研究でよ く用いられる用語について定義しておく。Figure 1に, ERP研究でよく用いられる2要因・被験者内計画 (within-subject design)の実験における,データ処理の基本的な 流れを示した。この実験では,二種類の視覚刺激(刺激 AとB)からなる刺激系列を呈示し,実験参加者に二種 類の注意状態(注意AとB)で観察してもらい,その際 の脳波を記録したものとする。 各実験参加者の各試行で記録される脳波波形のこと を,“単一試行脳波波形(single-trial EEG waveform)”と よぶ(Figure 1A)。そして,各実験参加者の単一試行脳 波波形を,条件ごと(ここでは,刺激2水準×注意2水 準からなる4条件ごと)に加算平均して得られる波形の ことを,“個人 ERP 波形(individual ERP waveform)”と よぶ (Figure 1A)。さらに,ある条件 (ここでは,刺激B) の個人ERP波形から,別の条件(刺激A)の個人ERP波 形を引き算して得られる波形のことを,“個人差分波形 (individual difference wave)”とよぶ(Figure 1A)。ERP成 分の定量化は,この個人ERP波形または差分波形を対象 に行われる。個人ERP波形をすべての実験参加者で平均 することで,“総加算平均 ERP波形(grand-average ERP waveform)”が得られる。また,個人差分波形をすべて の実験参加者で平均することで,“総加算平均差分波形 (grand-average difference wave)”が得られる。

なお本稿では,個人ERP波形と個人差分波形を総称し て“個人波形(individual waveform)”,総加算平均ERP 波形と総加算平均差分波形を総称して“総加算平均波形 (grand-average waveform)”とよぶ。また,個人ERP波形 と総加算平均ERP波形を総称して“ERP波形”,個人差 分波形と総加算平均差分波形を総称して“差分波形”と よぶ。 ERP波形と差分波形において観察される,陽性ないし 陰性方向への振れのことを,“波(wave)”とよぶ(Figure 1B)。波が最大(陽性方向への波の場合は最も陽性,陰 性方向への波の場合は最も陰性)となる一点のことを, “波の頂点(wave peak)”とよぶ(Figure 1B)。そして, ERP波形と差分波形を,時間的・空間的に重なり合いな がら形作っている電位変動のことを,“ERP成分”とよ ぶ(Figure 1B)。波形を形作っているERP成分の数は, ERP波形よりも差分波形の方がずっと少ない。引き算に よって,条件間で共通するERP成分が相殺されるためで ある。 2. サイズの定量化 特定の情報処理過程に関わる神経活動の大きさが条件 間でどう異なるかを知りたいときは,その情報処理過程を 反映するERP成分のサイズを定量化し,条件間で比較す る。サイズを定量化する方法には,(1) 頂点振幅,(2) 局

所 頂 点 振 幅(local peak latency),(3)平均振幅(mean

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amplitude),(4) 符号付き領域振幅 (signed area amplitude) の測定がある。 2.1. 頂点振幅 Figure 2に,頂点振幅の測定方法を模式的に示した。 頂点振幅を測定するには,まず,定量化したいERP成分 が最も顕著に出現すると思われる(あるいは,実際に出 現した)電極部位を一つ選択する(例えば,P3ならPz 部位; 原則,実験参加者間や条件間で同じ電極部位を用 いる)。次に,定量化したいERP成分を反映すると考え られる波の頂点が含まれるよう,時間窓(time window) を設定する(定量化したいERP成分に関する先行研究に できるだけ準拠しつつ,実際の個人波形と総加算平均波 形の形状を見て設定するとよい; 原則,実験参加者間や 条件間で同じ時間窓を用いる)。次に,その時間窓の中 で,個人波形の振幅が最大となる一点(最大振幅点: 定 量化したい ERP成分が陽性の場合は最も陽性となる一 点,陰性の場合は最も陰性となる一点)を特定する。特 定された最大振幅点の振幅を,基線(baseline: 0 μV)を 基準として求めたものが,頂点振幅である。この値を各 実験参加者の各条件について算出し,統計検定を行う際 の代表値とする。Figure 2Aは,300–600 msの時間窓を 用いて,P3の頂点振幅を測定した例である。 なお,頂点振幅は基線(0 μV)を基準に求めるのが一 般的だが,隣接(すなわち,先行ないし後続)する波の 頂点の振幅を基準に求めてもよい。この場合の頂点振幅 は,基線を基準とした頂点振幅と区別するため,頂点間 振 幅(peak-to-peak amplitude) と よ ば れ る。 例 え ば, Figure 2Aに示した波形におけるP2やN2のように,大き な波に埋もれた小さなERP成分を定量化する場合には, 頂点間振幅を測定する方が妥当なことが多い。 頂点振幅の測定は非常に古くから用いられてきた定量 化方法であるが,現在では様々な欠点が指摘されてい る。第一の欠点は,定量化したいERP成分を反映する波 の頂点を,全実験参加者の全条件において,最大振幅点 として特定できない場合があることである。例えば,同 じ実験の別の実験参加者において,Figure 2Bに示した個 人ERP波形が得られたとする。この場合,先ほどと同じ Figure 1. Basic steps of data processing in ERP studies.

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300–600 ms の時間窓を用いると,P3 を反映する波の頂 点ではなく,先行するP2を反映する波の立ちさがり部 分が,最大振幅点として特定されてしまう。その結果, 測定される頂点振幅は,本来測定したいP3を反映する 波の頂点の振幅から,大きく逸脱してしまう。このよう な実験参加者がいた場合,例えばFigure 2Cに示したよ うに,時間窓の幅を狭くすることで対処できる場合があ る。ここでは,時間窓を350–500 msに変更することで, P3 を反映する波の頂点が最大振幅点として特定され, 妥当な頂点振幅が測定されている。しかし,時間窓の幅 を狭くしすぎると,今度は別の実験参加者において,最 大振幅点として特定したい波の頂点が時間窓の外に出て しまうという新たな問題が生じる場合があるので注意す る。このような時間窓の調整を行っても,定量化したい ERP成分を反映する波の頂点を,全実験参加者の全条件 において,最大振幅点として特定できない場合は,次に 紹介する局所頂点振幅の測定を試してみるとよい。 第二の欠点は,ノイズの影響を受けやすいことである。 個人波形に大きなノイズが含まれると,頂点振幅は,定 量化したいERP成分を反映する波の頂点の本来の振幅か ら,大きく逸脱する。例えばFigure 2Dは,Figure 2Aの 個人ERP波形にノイズを加えた波形であるが,ここでの 頂点振幅は,P3を反映する波の頂点の本来の振幅 (すな わち,Figure 2Aにおける頂点振幅)に比べ,過大評価さ れた値となっている。この過大評価のバイアスは,ノイ ズが大きくなるほど強く生じる。そのため,ノイズの大 きさが条件間で異なる場合,妥当な条件間比較はできな い。条件間で加算平均の回数が大きく異なる場合などが これに該当する。例えば,Figure 1Aに示したような呈 示回数が多い刺激Aと少ない刺激Bの場合,個人ERP波 形を算出する際の加算平均の回数は,刺激Aに比べて刺 激Bで少なくなる。その結果,刺激Aに比べ,刺激Bに 対する個人ERP波形にはより大きなノイズが含まれ,過 大評価のバイアスがより強く生じることになる。このよ うなノイズの問題に対処するには,低域通過フィルター (low-pass filter)を用いてノイズを減衰させ,さらに条 件間で加算平均回数を同程度にそろえる(刺激Bの加算 平均回数と等しくなるよう,刺激Aの加算平均回数を減 らす)といった工夫をするとよい。ただし,極端な遮断 周波数(cut-off frequency: 例えば10 Hz以下)のフィル ターは,波形を大きく歪めるので避けた方がよい。この ような対処法がうまく機能しない場合は,後で紹介する 平均振幅や符号付き領域振幅を測定するとよい。 第三の欠点は,単一試行脳波波形におけるERP成分の 潜時ジッター(latency jitter: ERP成分が生じたタイミン グのばらつき)の影響を受けやすいことである。例え ば,Figure 3に示したように,単一試行脳波波形におけ るERP成分のサイズは全く同じだが,潜時ジッターの程 Figure 2. Schematic illustration of the measurement of peak amplitude.

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度が異なる二つの条件を考えてみる。条件 Aでは潜時 ジッターが小さく,条件Bでは大きい。この場合,加算 平均によって得られる個人ERP波形におけるERP成分は, 条件 Aに比べ,条件Bでより不鮮明になる(すなわち, “なまる”)。その結果,単一試行脳波波形における ERP 成分のサイズが条件間で同じであるにもかかわらず,個 人ERP波形で測定される頂点振幅は,条件Aに比べ,条 件Bで小さくなってしまう。このような理由から,潜時 ジッターの程度が条件間で異なる場合,頂点振幅の条件 間比較は危険である。なお,実際の実験において,潜時 ジッターの程度が条件間で異なっていたかどうかを確認 するのは非常に難しい(定量化したいERP成分を反映す る波が,単一試行脳波波形上で観察できるほど大きくな い限り不可能である)。しかし,もしこのようなケース に該当すると思われる場合は,頂点振幅の測定を避け, 平均振幅や符号付き領域振幅を測定するのが安全であ る。 第四の欠点は,定量化したいERP成分を反映する波の 頂点そのものが見当たらない場合,対処ができないこと である。例えば,Figure 2Aに示した波形におけるP2や N2のような小さなERP成分を反映する波は,しばしば P3のような大きなERP成分を反映する波に覆い隠され てしまう。波の頂点そのものが見当たらない実験参加者 がいた場合,妥当な頂点振幅を測定しようがない。 このように,頂点振幅の測定による定量化には様々な 問題があり,最近ではあまり用いられなくなっている。 多くの場合,後で紹介する平均振幅や符号付き領域振幅 を測定する方が,確度の高い定量化ができる。 2.2. 局所頂点振幅 Figure 4に,局所頂点振幅の測定方法を模式的に示し た。局所頂点振幅の測定方法は,頂点振幅の測定方法と 基本的に同じであるが,異なるのは,時間窓に含まれる 波の局所的な頂点を最大振幅点として特定できるよう (すなわち,隣接する波の立ちさがり部分や立ちあがり 部分が特定されないよう),制約条件を設ける点である。 まず,頂点振幅を測定する場合と同様の手続きで,時間 窓の中の最大振幅点を特定する。次に,この最大振幅点 の振幅が,“その直前のN ms区間(例えば,40 ms区間) にわたる振幅の平均,および,その直後の N ms区間 (40 ms区間)にわたる振幅の平均よりも大きい(すなわ ち,定量化したいERP成分が陽性の場合にはより陽性, 陰性の場合にはより陰性)”という条件を満たしている かどうかを判定する。満たしている場合,この一点を最 Figure 3. An ERP component included in single-trial EEG waveforms and grand-average ERP waveforms in two conditions

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大振幅点として採用する。満たしていない場合,次の最 大振幅点を特定し,条件を満しているかどうかを判定す る。この作業を,条件を満たす最大振幅点が特定される まで繰り返す。こうして特定された最大振幅点の振幅を, 基線(0 μV)を基準に求めたものが,局所頂点振幅であ る。この値を各実験参加者の各条件について算出し,統 計検定を行う際の代表値とする。Figure 4は,Figure 2B に示したものと同じ個人ERP波形を対象に,300–600 ms の時間窓,および40 msの時間区間を設定して,P3の局 所頂点振幅を測定した例である。Figure 4Aに示したよ うに,最初に特定される最大振幅点(Figure 2Bと同じで ある)の振幅は,直後の40 ms区間の振幅の平均よりも 大きいが,直前の40 ms区間の振幅の平均よりは小さい。 この場合,条件を満たしていないので,Figure 4Bに示し たように,次の最大振幅点を特定し,条件の判定を行う。 この作業を繰り返すことで,Figure 4Cに示したように, P3を反映する波の頂点が,条件を満たす最大振幅点とし て特定され,妥当な局所頂点振幅が得られる。 なお,最適な時間区間 (N ms区間) の長さは,定量化 したいERP成分を反映する波の形状と,その前後の波の 形状に依存する。全実験参加者の全条件における波の頂 点を,最大振幅点としてうまく特定できる時間区間の長 さを,試行錯誤的に探り当てるとよい。また,頂点振幅 の場合と同様,隣接する波の頂点の振幅を基準に局所頂 点振幅を測定することもできる。 局所頂点振幅の測定による定量化の欠点は,頂点振幅 の場合と同様である。 2.3. 平均振幅 Figure 5に,平均振幅の測定方法を模式的に示した。 平均振幅を測定するには,まず,定量化したいERP成分 が最も顕著に出現すると思われる(あるいは,実際に出 現した)電極部位を一つ選択する(原則,実験参加者間 や条件間で同じ電極部位を用いる)。次に,定量化した いERP成分を反映する波の頂点が含まれるよう,時間窓 を設定する(定量化したいERP成分に関する先行研究に できるだけ準拠しつつ,実際の個人波形と総加算平均波 形の形状を見て設定する; 原則,実験参加者間や条件間 で同じ時間窓を用いる)。そして,その時間窓に含まれ る個人波形の振幅の平均を算出する。この値を,基線 (0 μV)を基準に求めたものが,平均振幅である。この 値を各実験参加者の各条件について算出し,統計検定を 行う際の代表値とする。Figure 5Aは,300–600 msの時間 窓で,P3の平均振幅を測定した例である。

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平均振幅の測定には様々な利点がある。第一の利点 は,安定性が高いことである。例えば,Figure 5Bに示し たように,隣接する他のERP成分(ここでは,P2やN2) を反映する波が時間窓の中に部分的に含まれた場合で も,平均振幅は,P3を反映する波の本来のサイズから 大きく逸脱しにくい(Figure 2Bに示されている頂点振幅 と比較してほしい)。 第二の利点は,ノイズの影響を受けにくいことであ る。時間窓にわたってノイズが定常的である限り(すな わち,陽性と陰性の両方向に一定のペースで変動してい る限り),平均振幅を求めることで,ノイズの影響は互 いに打ち消しあう(実質的に,低域通過フィルターをか けるのと同じである)。そのため,大きなノイズが波形 に含まれても,平均振幅にはほとんど影響しない。例え ばFigure 5Cは,Figure 5Aの個人ERP波形にノイズを加 えたものであるが,ノイズの有無にかかわらず,平均振 幅はほぼ一定となっている。そのため平均振幅の場合 は,条件間でノイズの大きさが異なる場合でも,妥当な 条件間比較ができる。ただしこの利点を活かすには,時 間窓の幅を,ノイズの打ち消しあいに最低限必要な時 間,すなわち陽性方向への変動1回と陰性方向への変動 1回を含む時間よりも,広く設定する必要がある。例え ば,ノイズの周波数が25 Hzであれば,陽性方向への変 動 1回と陰性方向への変動1回を含む時間は40 msであ る(1000 ms÷25 Hz)。この場合は,時間窓の幅を少な くとも40 ms以上にする必要がある。 第三の利点は,単一試行脳波波形におけるERP成分の 潜時ジッターの影響を受けにくいことである。Figure 3 に示したように,個人ERP波形におけるERP成分は,単 一試行脳波波形におけるERP成分の潜時ジッターが大き いほど,不鮮明になる。この“不鮮明になる”という表 現が意味するのは,波の高さは小さくなるが,その分, 波の裾野が広がる,ということである。そのため,平均 振幅を測定するための時間窓の幅が,両条件における潜 時ジッターがカバーされるほど広ければ,両条件で測定 される平均振幅は同じになる(すなわち,単一試行脳波 波形におけるERP成分のサイズが条件間で同じであるこ とを,忠実に反映した結果になる)。先に述べたように, 実際の実験において,潜時ジッターの程度を直接確かめ ることは難しい。そのため,両条件の潜時ジッターがカ バーされる時間窓の幅を,データ駆動的に決定すること はできない。しかし,もし設定した時間窓が潜時ジッ ターのすべてをカバーできていなかったとしても,波の 頂点の振幅のみに依拠する頂点振幅や局所頂点振幅に比 べれば,潜時ジッターに由来する虚偽の条件差をより小 さく抑えられる。 このように,平均振幅の測定には様々な利点がある。 しかし,この方法を用いる際には注意すべき点がある。 第一の注意点は,時間窓を設定する際のバイアスに気を つけることである。上記の通り,平均振幅は,時間窓に 含まれる個人波形の振幅の平均である。したがって平均 振幅は,頂点振幅や局所頂点振幅に比べ,時間窓の設定 により直接的に左右される。そのため,時間窓の設定に は合理性(つまり,他者が納得するような理由づけ)が 求められる(この点は,特に論文を投稿する際に重要と なる)。先行研究でよく用いられる時間窓の設定をその まま採用できれば,それが一番よい。しかし,実験間で 刺激や課題のパラメータが変わると,ERP成分のタイミ ングが変わることはよくある。そのため現実的には,先 行研究の時間窓の設定をそのまま採用できるケースはそ う多くない。たいていの場合,各研究者が実際の個人波 形や総加算平均波形の形状を見て,経験則に基づいて時 Figure 5. Schematic illustration of the measurement of mean amplitude.

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間窓を設定することになる。この過程において,(意識 的にしろ,無意識的にしろ)研究者自身がそうであると 信じる結果が出やすい方へ,バイアスがかかることがあ る。平均振幅を測定する際は,このようなバイアスに十 分気をつける必要がある。 第二の注意点は,定量化したいERP成分を反映する波 のタイミングが条件間で異なる場合,両方の条件を平等 に扱える(すなわち,一方の条件が有利にならない)時 間窓を慎重に設定することである。例えば,二つの条件 の総加算平均波形において,定量化したいERP成分を反 映する波の頂点時点が異なっていたとする。この場合, 第一の対応は,両条件の波の頂点がカバーされるよう な,幅の広い時間窓を設定することである。ただし,時 間窓の幅を広くしすぎると,隣接する他のERP成分の影 響を受けやすくなるので注意する。第二の対応は,条件 ごとに時間窓を設定することである。各条件の総加算平 均波形において波の頂点を特定し,その頂点時点を中心 とする一定の幅の時間窓(例えば,頂点時点の直前の 25 msと直後の25 msを含む,51 msの時間窓)を設定す る。第三の対応は,条件を平均した波形に基づき,時間 窓を設定することである。二つの条件の総加算平均波形 を平均した波形において波の頂点を特定し,その頂点時 点を中心とする一定の幅の時間窓を設定する。この時間 窓を,各条件における平均振幅の測定に共通で用いる。 上記三つの対応のいずれがよいかは,定量化したいERP 成分の特性や条件差の大きさによって異なるが,いずれ を採用する場合でも,二つの条件を平等に扱えているか どうかを十分吟味する必要がある。 平均振幅の測定は,現在最も広く用いられている優れ た定量化方法である。妥当性の高い時間窓をどう合理的 に設定するかが課題となるが,多くの場合,最も確度の 高い定量化を可能にする。なお,時間窓の設定に苦慮す る場合には,次に紹介する符号付き領域振幅を測定でき ないか,検討してみるとよい。 2.4. 符号付き領域振幅 符号付き領域振幅の測定が,平均振幅の測定に比べて 効力を発揮するのは,定量化したいERP成分の極性(陽 性ないし陰性)が,波形を構成する他のERP成分の極性 と異なる場合である。そのためこの方法は,少数のERP 成分から構成される差分波形を対象に実施されることが 多い。以下,この状況を例に測定方法を解説する。 Figure 6に,符号付き領域振幅の測定方法を模式的に 示した。符号付き領域振幅を測定するには,まず,定量 化したいERP成分が最も顕著に出現すると思われる(あ るいは,実際に出現した)電極部位を一つ選択する(原 則,実験参加者間や条件間で同じ電極部位を用いる)。 次に,定量化したいERP成分を反映する波が余裕をもっ て含まれるような,かなり幅の広い時間窓を設定する (原則,実験参加者間や条件間で同じ時間窓を用いる)。 次に,個人差分波形,時間窓の両端,境界線(boundary: 一般的には,0 μVを示す基線)によって囲まれた領域を 特定する。特定された領域のうち,定量化したいERP成 分の極性と合致した極性の領域を積分する(すなわち, 面積を求める)。この積分値が,符号付き領域振幅であ る。単位には,“μV·ms”を用いる。この値を各実験参加 者の各条件について算出し,統計検定を行う際の代表値 とする。Figure 6Aは,100–600 msの時間窓で,N2の符 号付き領域振幅を測定した例である。 符号付き領域振幅の測定の第一の利点は,平均振幅を 測定する場合と異なり,時間窓の設定に悩まなくてよい ことである。この方法では,領域の極性に基づき,定量 化したいERP成分を反映する波を,隣接する他のERP成 分を反映する波から分離する。そのため,隣接する他の ERP成分の重なりの影響を気にせず,かなり幅の広い時 間窓を設定することができる。ゆえに,定量化したい ERP成分を反映する波のタイミングが,実験参加者間や 条件間で大きく異なる場合でも,時間窓を変えることな く,一定の基準で評価できる。 第二の利点は,潜時ジッターの影響を受けにくいこと である。かなり幅の広い時間窓を設定するため,平均振 幅以上に,潜時ジッターの影響を排除しやすい。 このように,符号付き領域振幅の測定は,定量化した いERP成分の極性が,波形を構成する他のERP成分の極 性と異なる場合に,非常に確度の高い定量化を可能にす る。しかし,この方法にも欠点がある。第一の欠点は, 定量化したいERP成分の極性と合致した領域が特定でき ない実験参加者がいた場合,対処ができないことであ る。この場合,符号付き領域振幅は0 μV·msとなるが, 妥当な測定ができているとは言いがたい。 第二の欠点は,ノイズの影響を受けやすいことであ る。Figure 6Bは,Figure 6Aの個人差分波形にノイズを 加えたものである。ノイズが加わったことで,定量化し たいERP成分と極性を同じくする領域が増加してしま い,符号付き領域振幅は,N2の本来の符号付領域振幅 (Figure 6A)に比べ,過大評価された値となっている。 この過大評価のバイアスは,ノイズが大きくなるほど強 く生じる。そのため,条件間でノイズの大きさが異なる 場合,妥当な条件間比較はできない。第一の対処法は, 時間窓の幅を狭めることであるが,あまり狭くすると,

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平均振幅の場合と同様,時間窓の合理性や妥当性が問題 となり,この方法のせっかくの利点を生かせなくなるの で注意する。第二の対処法は,加算平均の回数をそろえ るなどの工夫により,条件間でノイズを同程度にするこ とである。第三の対処法は,境界線の設定を変えること である。Figure 6Cに示したように,基線(0 μV)ではな く,一定の振幅(例えば,−0.5 μV)の境界線を設定す ることで,ノイズの影響を軽減できる場合がある(例え ば,Kiesel, Miller, Jolicœur, & Brisson, 2008)。

第三の欠点は,定量化したいERP成分を反映する波の 形状によっては,妥当な条件間比較が難しいことであ る。例えば,Figure 6Dおよび6Eに示したように,同じ サイズと形をもつ持続的な波が条件間で異なるタイミン グで出現するようなケースでは,二つの条件を平等に扱 える,幅の広い時間窓を設定するのは困難である。 符号付き領域振幅の測定は比較的新しい方法である が,データとの相性によっては,平均振幅の測定以上に 確度の高い定量化を可能とする。 3. 中心点のタイミングの定量化 特定の情報処理過程のタイミングが条件間でどう異な るかを知りたい場合,一つのやり方は,その情報処理過 程を反映するERP成分の中心点のタイミングを定量化し, 条件間で比較することである。中心点のタイミングを定 量化する方法には,(1)頂点潜時,(2)局所頂点潜時 (local peak latency),(3) 50%分数領域潜時 (50% fractional

area latency)の測定がある。 3.1. 頂点潜時 Figure 7に,頂点潜時の測定方法を模式的に示した。 頂点潜時を測定するには,頂点振幅を測定するのと同じ 手続きで,最大振幅点を特定する。この最大振幅点の時 点を,加算平均の基準時点 (0 ms) を基準に求めたものが, 頂点潜時である。この値を各実験参加者の各条件につい て算出し,統計検定を行う際の代表値とする。Figure 7A は,300–600 msの時間窓で,P3の頂点潜時を測定した 例である。 頂点潜時の測定にはいくつかの欠点がある。第一の欠 点は,定量化したいERP成分を反映する波の頂点を,全 実験参加者の全条件において,最大振幅点として特定で きない場合があることである。例えば,Figure 7Bに示し た個人 ERP波形の場合,300–600 msの時間窓を用いる と,P3を反映する波の頂点ではなく,先行するP2を反 映する波の立ちさがり部分が,最大振幅点として特定さ Figure 6. Schematic illustration of the measurement of signed area amplitude.

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れる。その結果,測定される頂点潜時は,本来測定した いP3を反映する波の頂点の潜時から,大きく逸脱して しまう。このような実験参加者がいた場合は,頂点振幅 の箇所で述べたように,時間窓を調整してみるとよい。 時間窓の調整で対処できない場合は,局所頂点潜時の測 定を試してみるとよい。 第二の欠点は,ノイズの影響を受けやすいことである。 Figure 7Cに示したように,個人波形にノイズが含まれる と,測定される頂点潜時は,P3を反映する波の頂点の本 来の潜時 (すなわち,Figure 7Aに示されている頂点潜時) から逸脱してしまう。ノイズが大きくなるほど,この逸 脱の程度は大きくなる。特に,定量化したいERP成分を 反映する波が,ゆるやかで持続的な形をもつ場合,逸脱 の度合いはかなり大きくなる恐れがある。低域通過フィ ルターの使用や,加算平均回数を条件間で揃えるといっ た工夫をしたうえで,頂点潜時を測定することが推奨さ れる。 第三の欠点は,定量化したいERP成分を反映する波の 頂点そのものが見当たらない実験参加者がいた場合,対 処ができないことである。波の頂点が見当たらなけれ ば,妥当な頂点潜時を測定しようがない。 頂点潜時の測定による定量化は,現在でも広く行われ ている。しかし,上記のような問題が顕著な場合は,後 で紹介する50%分数領域潜時を測定できないか,検討し てみるとよい。 3.2. 局所頂点潜時 局所頂点潜時を測定するには,局所頂点振幅を測定す る場合と同じ手続きに従い,制約条件を満たす最大振幅 点を特定する。この最大振幅点の時点を,加算平均の基 準時点(0 ms)を基準に求めたものが,局所頂点潜時で ある。この値を各実験参加者の各条件について算出し, 統計検定を行う際の代表値とする。 局所頂点潜時の測定による定量化の欠点は,頂点潜時 の場合と同様である。 3.3. 50%分数領域潜時 Figure 8に,50%分数領域潜時の測定方法を模式的に 示した。50%分数領域潜時を測定するには,まず,符号 付き領域振幅を測定するのと同じ手続きに従い,領域を 特定する。次に,特定された領域の面積が半分(すなわ ち,前半 50%と後半50%)に分割される時点を特定す る。この時点を,加算平均の基準時点(0 ms)を基準に 求めたものが,50%分数領域潜時である。この値を各実 験参加者の各条件について算出し,統計検定を行う際の 代 表 値 と す る。Figure 8A は,100–600 ms の 時 間 窓 で, N2の50%分数領域潜時を測定した例である。 50%分数領域潜時の測定には二つの利点がある。第一 の利点は,符号付き領域振幅の箇所で説明したように, 時間窓の設定に悩まなくてよいことである。 第二の利点は,ノイズの影響を受けにくいことである。 Figure 8Bは,Figure 8Aの個人差分波形にノイズを加え たものである。波形に含まれるノイズが時間窓にわたっ て定常的である限り,ノイズが加わっても,50%分数領 域潜時はほとんど変動しない。ERP成分によって作り出 される領域と同様,ノイズによって作り出される領域も, 分割時点の前後で半分ずつになるからである。そのため, 条件間でノイズの程度が異なる場合でも,妥当な条件間 Figure 7. Schematic illustration of the measurement of peak latency.

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比較ができる。 50%分数領域潜時の測定の第一の欠点は,定量化した いERP成分の極性と合致した領域が特定できない実験参 加者がいた場合,対処ができないことである。領域その ものが特定できなければ,分割時点を求めようがない。 第二の欠点は,定量化したいERP成分を反映する波の 形状によっては,妥当な条件間比較ができないことであ る。Figure 8Cおよび8Dに示した例では,同じサイズと 形をもつ持続的な波でありながら,一方の条件では波の 頂点に比べてかなり遅い時点が,他方の条件では波の頂 点に比べてわずかに遅い時点が,50%分数領域潜時とし て測定されている。 4. 開始点のタイミングの定量化 特定の情報処理過程のタイミングが条件間でどう異な るかを知りたい場合のもう一つのやり方は,その情報処 理過程を反映するERP成分の開始点のタイミングを定量 化し,条件間で比較することである。開始点のタイミン グを定量化する方法には,(1)開始潜時,(2) 25%分数 領域潜時 (25% fractional area latency),(3) 50%分数頂点 潜時(50% fractional peak latency)の測定がある。

なお,開始点のタイミングの定量化は,サイズや中心 点のタイミングの定量化とは異なり,実施できるケース がかなり限定される。具体的には,定量化したいERP成 分が,波形における最初の(すなわち,最も早く出現す る)ERP成分である場合に,ほぼ限定される(例外的に, 最初のERP成分ではないが,隣接する他のERP成分と比 較にならないほど大きなERP成分の場合,実施できるこ ともある)。このような制約のため,開始点のタイミン グの定量化は,主に差分波形における最初のERP成分に 対して実施される。以下,この状況を例に定量化方法を 解説する。 4.1. 開始潜時(統計検定に基づく) 開始潜時を測定するにはいくつかの方法がある。第一 の方法は,統計検定を利用するやり方である。まず,定 量化したい ERP成分が最も顕著に出現すると思われる (あるいは,実際に出現した)電極部位を一つ選択する (原則,実験参加者間や条件間で同じ電極部位を用い る)。次に,全実験参加者の個人差分波形の振幅に対し, タイムポイントごとに統計検定(t検定や分散分析)を 繰り返し実施して(いわゆる,“ベタうち”して),振幅 が基線(0 μV)から有意に異なり始める時点を特定する。 特定された時点を,加算平均の基準時点(0 ms)を基準 に求めたものが,開始潜時である。この値を各条件につ いて算出する。 統計検定に基づいて開始潜時を測定する方法には, 様々な欠点が指摘されている。第一の欠点は,多重比較 (multiple comparisons) の問題が顕著なことである。この 方法では,タイムポイントごとに統計検定を繰り返すた め,タイプIエラーが生じやすい。この問題に対処する ため,多重比較の補正を行うこともできるが,たいてい は保守的になりすぎ,ERP成分の実際の開始点に比べ, 大きく遅れた値が測定されてしまう。 第二の欠点は,ノイズの影響を受けやすいことである。 ノイズが大きいほど,ERP成分の実際の開始点ではなく, Figure 8. Schematic illustration of the measurement of 50% fractional area latency.

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ノイズを特定してしまう可能性が高まる。そのため,条 件間でノイズの程度が異なる場合,妥当な条件間比較は できない。この問題の第一の対処法は,“後続するNタイ ムポイント(例えば,10ポイント)連続して基線(0 μV) から有意に異なる場合にのみ,その時点を開始潜時とし て採用する”という制約条件を設けることである。タイ ムポイント数は,定量化したいERP成分を反映する波の 形状からみて妥当な範囲で,できるだけ大きい方がよ い。第二の対処法は,低域遮断フィルターを用いてノイ ズを減衰させることである。ただし,研究の目的上,開 始潜時の値そのもの(すなわち,ERP成分の開始点が何 msだったか)が重要な場合には,低域通過フィルター はできる限り使わない方がよい。低域通過フィルターは 一種のスムージングであり,使用することで波のすそ野 が広がる。その結果,ERP成分の実際の開始点よりも早 い時点が特定されやすくなる。 4.2. 開始潜時(基準振幅に基づく) 開始潜時を測定する第二の方法は,基準振幅を設ける やり方である。まず,定量化したいERP成分が最も顕著 に出現すると思われる(あるいは,実際に出現した)電 極部位を一つ選択する(原則,実験参加者間や条件間で 同じ電極部位を用いる)。次に,偶然には生じないと考 えられる基準振幅(すなわち,ノイズなら超えないが, ERP成分なら超えると考えられる振幅)を設定する。そ して,個人差分波形がその基準振幅を最初に超える時点 を特定する(統計に基づく方法と同様,“その後のNタ イムポイント連続して基準振幅を超える場合にのみ,そ の時点を開始潜時として採用する”という制約条件を設 けてもよい)。特定された時点を,加算平均の基準時点 (0 ms)を基準に求めたものが,開始潜時である。この 値を各実験参加者の各条件について算出し,統計検定を 行う際の代表値とする。 基準振幅は,個人差分波形や総加算平均差分波形を見 て主観的に決めてもよいが,よりデータ駆動的な方法と して,基線区間(一般的には,加算平均の基準時点の直 前区間)にわたる振幅の標準偏差(standard deviation: 以 下,SD) を求め,2–3 SD程度に相当する値を基準振幅と することもできる(詳しくは,Kiesel et al., 2008)。 基準振幅に基づいて開始潜時を測定する方法の利点 は,多重比較の問題が生じないことである。しかしこの 方法でも,条件間でノイズの程度が大きく異なる場合, 妥当な条件間比較は難しい。 統計検定や基準振幅に基づく開始潜時の測定は,比較 的古くから用いられてきた定量化方法である。しかし上 記の通り,多重比較やノイズに対する脆弱性という問題 があり,最近では論文投稿時に批判を受けることが多 い。原則,25%分数領域潜時や50%分数頂点潜時の測定 を第一の選択とすることが推奨される。 4.3. 25%分数領域潜時 Figure 9に,25%分数領域潜時の測定方法を模式的に 示した。25%分数領域潜時を測定するには,まず,符号 付き領域振幅を測定する場合と同じ手続きに従い,領域 を特定する。次に,特定された領域の面積が 4分の1 (すなわち,前半25%と後半75%)に分割される時点を

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の場合と同様,定量化したいERP成分の極性と合致した 領域が特定できない実験参加者がいた場合に対処ができ ないことと,定量化したいERP成分を反映する波の形状 によっては,妥当な条件間比較ができないことである (Figure 9Cおよび9D)。 25%分数領域潜時の測定は,上記のような問題がない 場合,確度の高い定量化を可能にする。原則,25%の比 率を用いればよいが,定量化したいERP成分によって は,他の比率を用いることでさらに確度が上がる場合が ある(詳しくは,Kiesel et al., 2008)。 4.4. 50%分数頂点潜時 Figure 10に,50%分数頂点潜時の測定方法を模式的に 示した。50%分数頂点潜時を測定するには,まず頂点振 幅を測定する。次に,個人差分波形の振幅が頂点振幅の でも,妥当な条件間比較ができる。 第二の利点は,同じサイズと形をもつ持続的な波が, 条件間で異なるタイミングで出現するようなケースで も,妥当な条件間比較がしやすいことである。Figure 10Cおよび10Dに示したように,二つの条件で,波の頂 点からみて同様の時点が特定されている。 50%分数頂点潜時の測定の欠点は,頂点振幅や頂点潜 時の場合と同様,定量化したいERP成分を反映する波の 頂点そのものが見当たらない実験参加者がいた場合,対 処ができないことである。例えば,Figure 10Aの個人差 分波形において,P3を反映する波が非常に大きく出現 し,N2を反映する波を覆い隠してしまうような場合に は,妥当な50%分数頂点潜時を測定できない。 50%分数頂点潜時の測定は,25%分数領域潜時の測定 と同様,確度の高い定量化方法である。原則,比率は50%

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でよいが,定量化したいERP成分によっては,他の比率 を用いることでさらに確度が上がる場合がある(詳しく は,Kiesel et al., 2008; Miller, Patterson, & Ulrich, 1998)。

5. お わ り に 本稿では,ERP成分のサイズとタイミングの定量化方 法について解説した。上記の通り,どの方法にも利点と 欠点がある。定量化したいERP成分の特性,ERP成分が 含まれる波形の形状,波形に含まれるノイズの状態を考 慮して,研究目的に応じて使い分けるとよい。一般的な 推奨として,サイズを定量化する場合は,平均振幅や符 号付き領域振幅の測定を第一の選択とし,頂点振幅と局 所頂点振幅の測定は次の選択にするのがよいだろう。中 心点のタイミングを定量化する場合は,50%分数領域潜 時の測定を第一の選択とし,それが難しい場合に,頂点 潜時や局所頂点潜時の測定を選択するとよいだろう。開 始点のタイミングを定量化する場合は,50%分数頂点潜 時や 25%分数領域潜時の測定を第一の選択とし,それ が難しい場合に,開始潜時(基準振幅に基づく)の測定 を選択するとよいだろう。開始潜時(統計検定に基づ く)の測定は,できるだけ避けるのが無難である。 なお本稿では,説明をできるだけ単純化するため,一 つの電極部位の波形を例に定量化方法を解説したが,実 際には,複数の電極部位の波形を扱わなくてはならない 場合も数多く存在する。例えば,ERP成分の頭皮上分布 を検討したい場合である。この場合,平均振幅に基づい て頭皮上分布を求めるなら,すべての電極部位で共通の 時間窓を用いるのが原則である。頂点振幅に基づいて頭 皮上分布を求めるなら,ERP成分が最も顕著に出現した 一つの電極部位で頂点潜時を求め,その時点を,すべて の電極部位における振幅測定に用いるのが原則である。 このような,複数の電極部位を扱う場合に推奨される方 法については,Keil et al. (2014), Luck (2005, 2014),入戸野 (2005, 2017),Picton et al. (2000)などを参照するとよい。 統計検定との関連については,これまで述べたよう に,各実験参加者の各条件における個人波形を対象に定 量化を行い,測定された代表値を統計検定にかけるのが 最も一般的である。しかし,よく問題になるのは,代表 値が実験参加者間で大きくばらつき,本来あるはずの条 件差が統計検定で有意に達しないというケースである (すなわち,検定力が低いことによるタイプ IIエラー)。 この問題は,ジャックナイフ法(Jackknife technique)を 用いて解決できる場合がある。ジャックナイフ法は,実 験参加者1名分のデータを除いた総加算平均波形(leave- one-out grand-average waveform: 一人抜き総加算平均波

形)を実験参加者と同じ数だけ算出し,それらの波形を 対象にERP成分の定量化を行う方法である(Kiesel et al., 2008; Miller et al., 1998; Ulrich & Miller, 2001)。例えば,実 験参加者が20名の場合,1人目の実験参加者以外の19名 の個人波形を平均し,一人抜き総加算平均波形を算出す る。次に,2人目の実験参加者以外の19名の個人波形を 平均し,一人抜き総加算平均波形を算出する。これを全 実験参加者について繰り返し,20の一人抜き総加算平均 波形を算出する。これらの一人抜き総加算平均波形を, 個人波形と同じやり方で定量化し,測定された代表値を 統計検定にかける。一人抜き総加算平均波形間のばらつ きは,個人波形間に比べて劇的に小さくなるため,検出 力が大きく改善し,条件差を検出しやすくなる。この方 法は,特に開始点のタイミングの定量化方法(50%分数 頂点潜時や 25%分数領域潜時の測定)との相性がよい (例えば,Kiesel et al., 2008)。なお,ジャックナイフ法を 用いた場合,統計検定を行う際に統計量 (t検定ならt値, 分散分析ならF値) の調整を忘れずに行う必要がある (詳 しくは,Ulrich & Miller, 2001)。その他の注意点について は,上記の論文やLuck (2014)などを参照してほしい。 最後に,本稿で解説したすべての定量化方法に関わる, 非常に厄介な問題の存在について言及しておきたい。上 記の通り,頂点振幅,局所頂点振幅,頂点潜時,局所頂 点潜時の測定は,波の頂点を評価する方法である。その 根底には,“波の頂点はERP成分の頂点を反映している はず”という,暗黙の仮定がある。一方,平均振幅,符 号付き領域振幅,50%分数領域潜時,開始潜時,25%分 数領域潜時,50%分数頂点潜時の測定は,波の頂点その ものを評価しているわけではない。しかし現実的には, 波の頂点を含むよう,時間窓などの変数が設定される場 合が多く,波の頂点を評価する方法と同じ仮定に基づい ている。この仮定は,我々の直観と非常によく合ってい る。例えば,二つの波をもつ波形を目にしたとき,我々 は直観的に,二つの波と対応した頂点をもつ,二つの ERP成分の存在をイメージするはずである(Figure 1B)。 そして事実,この仮定に基づくERP成分の定量化は,長 きにわたる研究の歴史の中で驚くほどうまく機能してき た(Picton et al., 2000)。しかし,この仮定が実際に成り 立っている保証は,実はどこにもない。ある波形を生み 出しうるERP成分の組み合わせは,理論上は無限に存在 する(例えば,Figure 1Bに示されている波形を生み出し ているのは,より複雑な形をした二つのERP成分かもし れないし,三つの ERP成分かもしれない)。そのため, ERP成分の真の頂点は,見かけ上の波形の頂点から直観 的に推測されるものと,必ずしも一致するとは限らな

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もってしても重畳問題を完全に解決することは難しい が,差分波形の巧みな活用は,問題を軽減するための強 力な手段である。重畳問題への別の対処法として,主成 分分析(principle component analysis: 以下,PCA)を用

いてERP成分を分離する試みも行われている(例えば,

Barry & De Blasio, 2018; Dien, 2010)。筆者はPCAに明る くないので,上記の論文や,Keil et al. (2014), Luck (2005, 2014),入戸野(2005, 2017), Picton et al. (2000)を参照し てほしい。ERP成分の定量化を行う研究においては,こ のような対処法を効果的に用い,重畳問題をうまく軽減 できるかどうかが,研究の質を大きく左右する。 一方,上記とは全く異なる対処法もある。解決できな いのなら回避すればよい,というアプローチである。こ れはすなわち,ERP成分を定量化する,という発想その ものから離れるアプローチである。例えば,二つの条件 の波形に違いがあることさえわかれば,二つの条件で生 じた情報処理に何らかの違いがあることだけは,間違い なく断定できる(ただし,波形に違いがない場合,二つ の条件で生じた情報処理が同じとはいえないので注意す る; 例えば,入戸野,2017)。本稿で紹介したサイズや 中心点のタイミングの定量化方法は,この観点で活用す ることができる。また,二つの条件の波形が異なり始め た時点さえわかれば,遅くともその時点までに,二つの 条件における情報処理が異なっていることだけは,間違 いなく断定できる(条件間の波形が異なり始めた時点 は,情報処理の違いが生じ始めた時点とは見なせないの で注意する; 入戸野,2017)。開始点のタイミングの定 量化方法は,この観点で活用することができる。このよ うなERP成分に依存しない実験(component-independent experiment)は,危うい仮定に基づかないため,得られ る知見の信頼性が非常に高い (Luck, 2005, 2014)。もちろ ん,このように原始的な使用法のもと,インパクトのあ る発見をなすことは簡単ではない。しかし,独自性の高

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Figure 4. Schematic illustration of the measurement of local peak amplitude.
Figure 8. Schematic illustration of the measurement of 50% fractional area latency.
Figure 9. Schematic illustration of the measurement of 25% fractional area latency.
Figure 10. Schematic illustration of the measurement of 50% fractional peak latency.

参照

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