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文化的な構えが色嗜好に与える影響

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.4

文化的な構えが色嗜好に与える影響

1

熊 倉 恵 梨 香

a,

*・信 田 拓 也

b

・浅 野 倫 子

c

・横 澤 一 彦

a a東京大学大学院人文社会系研究科 b東京大学文学部 c立教大学現代心理学部

Effects of cultural set on color preferences

Erika Kumakura

a,

*, Takuya Nobuta

b

, Michiko Asano

c

and Kazuhiko Yokosawa

a

aGraduate School of Humanities and Sociology, The University of Tokyo bFaculty of Letters, The University of Tokyo

cCollege of Contemporary Psychology, Rikkyo University

Previous studies have shown that color preferences can be modulated by altering the observer’s mental set about color through environmental change (e.g., seasonal change). This study investigated whether color preferences changed when the mental set on color was manipulated, by providing participants with instructions about different cultural sets without any physical change in the environment. To this end, we compared the color preferences of Jap-anese participants under three different cultural sets, namely, “colors that are used in America,” “colors of Japanese traditional culture,” or no specified cultural set. We also investigated the degree to which participants matched col-ors with each cultural set, i.e., American or traditional Japanese. The results demonstrated the modulation of color preferences. Furthermore, the size of the modulation for each color positively correlated with the degree of the match between each color and each cultural set, suggesting that the cultural set affected the color preferences.

Keywords: color preference, mental set, cultural difference

は じ め に

近年,人の色の好み(色嗜好)は固定的なものではな く,動的に変化することが報告されている (Schloss & Heck, 2017; Schloss, Nelson, Parker, Heck, & Palmer, 2017; Schloss, Strauss, & Palmer, 2013; Schloss & Palmer, 2014; Strauss, Schloss, & Palmer, 2013)。例として,季節ごとにその季節 の事物に関連した色の嗜好度が上昇したり(Schloss & Heck, 2017; Schloss et al., 2017),米国で選挙シーズンにな ると,その人が支持する政党のイメージカラーの嗜好度 が上昇したりする(Schloss & Palmer, 2014)ことが知ら れている。Schlossらはこの結果を生態学的誘発性理論 (Ecological Valence Theory; Palmer & Schloss, 2010)に基づ いて説明している。生態学的誘発性理論とは,色の好ま しさが色から連想されるさまざまな事物の好ましさと連 想強度の積和平均に基づくという仮説である2。季節や 選挙にまつわる事物の連想が活性化され,色から連想さ れる事物集合が変化したことで,色の好ましさが変化し たと考えられている。 先述の季節や選挙シーズンによる色嗜好の変動は,そ の季節や選挙シーズンといった環境に身を置くことで色 嗜好が変化するということを示している。こうした状

Copyright 2019. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. * Corresponding author. 7–3–1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo

113–0033, Japan. E-mail: Kumakura@l.u-tokyo.ac.jp

1 本研究は科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究 課題 番号: 17K18695)の補助を受けて行われた. 2 この仮説の検証実験は,(1) 色から連想される事物, (2) その事物の嗜好度,(3) 各事物と色との連想強度 (どれくらい色と事物が合っているか)を測定し,そ れらを基に色ごとの連想事物の嗜好度と連想強度の 積和平均(すなわち,連想強度によって重み付けが なされた,色から連想される事物の平均的な好まし さの推定値.Weighted Affective Valence Estimateの頭 文字をとってWAVE値と呼ばれる)を算出するとい うものであった.このWAVE値が,独立に実測され た色の嗜好度と高い相関を見せたことから,この仮 説の妥当性が示された(Palmer & Schloss, 2010). J-STAGE First published online: July 31, 2019

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況下では,参加者が物理的に接触する事物も変化する (例: 木々が紅葉・黄葉する,メディアで支持政党のイ メージカラーをよく見るようになる)と考えられる。す なわち,先行研究は環境の物理的変動に基づく参加者の 色に対する構え(例: その色を何の事物の色と見るか) の変化が色嗜好に影響することを明らかにしている。し かし,例えばある色を「伝統的な色として見るように」 と教示するなど,環境の物理的変化を伴わずに色に対す る構えを変化させることも可能である。本研究では環境 の物理的変動によらない色嗜好の変化について,日本人 における「和風/洋風」の概念を用いて参加者の文化的 な構えを操作することで検討した。 和室と洋室,和食と洋食といったように,われわれ日 本人は日本の伝統的な事物を指す「和風」という概念と, 欧米の事物を指す「洋風」という概念に日常的に接して いる。歴史的に日本は外来文化を取り込んで発展してき たが,開国後は一挙にさまざまな外来文化が流入した。 明治以降は西洋化を推し進め,太平洋戦争後は米国文化 にも同化しようとしてきた。しかしそれによって日本の 伝統的な文化が駆逐されるということはなく,日本人は 欧米文化・伝統文化どちらも共存して受容した。この二 つの文化は,それぞれが指す事物のみならず,色という 観点においても特徴的な違いがある。日本伝統色につい ては,江戸時代に使われていた色の復元色票500種以上 を計量的に分析した研究において,その8割以上を占め る有彩色の中には黄・橙・赤系が多く見られるが青緑色 が非常に少ないこと,にぶい色や暗い色が多いが鮮やか な色や明るい色が少ないことが示されている (小林・ 鄭・鈴木,2000)。一方,欧米の色については,たとえ ば建築の分野では開国の頃に洋風の建築様式とともにペ ンキが輸入されて素材による色ではなくペンキによる塗 装色が日本に誕生し,20世紀以降には化学工業の発達 により顔料や染料の色彩が豊かになり,高彩度の色も含 めた多様な色が町並みに利用されるようになったという 歴史的経緯が存在する(森下,2007)。このような知見 や事例から考えると,伝統的な事物には彩度および明度 の低い特定の色相がともなう傾向があるのに対し,日本 における欧米の事物には鮮やかで多様な色がともなう傾 向があると言える。日常的にこれらの事物に接している 日本人であれば,欧米由来の事物ないしは日本で古来使 われている事物,およびそれらの色についてのイメージ が,各個人の中で形成されているので,文化的な構えを 作りやすいと予測される。よって本研究では,欧米,特 に今回はイメージをより明確にするため対象を米国に絞 り,米国で使われている色という意味での「米国色」と, 日本で古来使われている色という意味での「伝統色」の それぞれを文化的な構えとして用いることにした。 本研究では,何も構えを与えないときの色嗜好をベー スラインとして,米国色/日本伝統色という文化的な構 えを与えたときの色嗜好の変化を調べた。次にその色嗜 好の変化の大きさと,色と文化的構えの関連性の強さを 反映すると考えられる,参加者が色に対して主観的に米 国色/伝統色らしいと感じる度合いとの関係について検 討した。 方 法 実験参加者 米国色に関する実験には38名(男性27名,女性11名, 平均21.3歳)が参加した。日本伝統色に関する実験には 40名(男性20名,女性20名,平均21.8歳)が参加した。 いずれも日本で生まれ育った大学生または大学院生であ り,実験遂行に問題のない正常な色覚を有していた。 実験刺激

Apple computer 社 製 の iMac20 イ ン チ 2.66 GHz モ デ ル MB324J/A (ハードディスク,液晶ディスプレイ一体型 コンピュータ)の画面に刺激を呈示した。刺激画像の呈 示はソフトウェア Presentation (Neurobehavioral Systems 社製)を用いた。刺激の呈示画面には,32色(刺激色) の正方形が画面中央に1つずつ呈示された。32色はラン ダムに呈示され,呈示される順序は参加者および各課題 によって異なっていた。刺激色として使用した32色は, Palmer & Schloss (2010) と同じもの (以下,PalmerとSchloss の研究での呼称に基づき,バークレイ色プロジェクト 32色と呼ぶ)を用いた。この32色は8つの色相,すなわ ち赤(Red), 橙(Orange), 黄(Yellow), 黄 緑(Char-treuse),緑 (Green),青緑 (Cyan),青 (Blue),紫 (Purple)

と4つのカット3 (中間的明度かつ高彩度の「高彩度条件

(Saturated)」,高明度かつ低彩度の 「高明度条件 (Light)」, 中間的明度かつ低彩度の「中間条件(Muted)」,低明度 かつ低彩度の「低明度条件(Dark)」)を掛け合わせた有 彩色であった。刺激色は,CIE1931xyY表色系に基づいて 各色の色度および輝度を設定し,Palmer & Schloss (2010) で用いられた刺激色と同等になるように調整した。ディ スプレイ上での正方形のサイズは縦7.5 cm,横7.5 cmで あり,ディスプレイからの参加者の観察距離は57 cmに 3 カット (cut) とは,Palmer & Schloss (2010)の研究で 用いられている用語で,彩度と明度の複合的な概念 を指す.

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保たれていた。 実験手続き 米国色に関する実験の参加者(以下,米国色実験群) は,文化的構えを与えないときの単色嗜好度評定課題, 米国色としての単色嗜好度評定課題,米国色らしさ評定 課題の順に実験を行った。すべての課題は5月から6月 にかけて実施された。日本伝統色に関する実験の参加者 (以下,伝統色実験群)は,文化的構えを与えないとき の単色嗜好度評定課題,日本伝統色としての単色嗜好度 評定課題,日本伝統色らしさ評定課題の順に実験を行っ た。すべての課題は7月から8月にかけて実施された。 なお,以下の各課題では,刺激色32色はすべて異なる ランダム順に呈示された。 文化的構えを与えないときの単色嗜好度評定課題 最 初にディスプレイに実験の教示とバークレイ色プロジェ クト32色の一覧が呈示された。参加者には,実験の目的 は色の好みを調べることであると伝え,様々な色の正方 形に対し,その色をどれだけ好きであるかを評定するよ う教示した。実験が開始されると,ディスプレイに32色 のうちランダムに選ばれた1色と,両端にそれぞれ 「まっ たく好みではない」と「とても好みである」というラベ ルが付記され中心にゼロ点を示す縦線がつけられた直線 が呈示された。参加者はマウスを左右に動かすことで直 線上のポインターを操作し,ポインターが参加者の感じ る嗜好度に合ったところでマウスをクリックした。参加 者が直線上でクリックした位置は,後に数直線を「まっ たく好みではない」(−100)から「とても好みである」 (100)までの201段階のスケールとした時に対応する数 値に変換された。参加者が嗜好度を回答すると色刺激は 消え,次の色刺激が呈示された。 米国色/日本伝統色としての単色嗜好度評定課題 最 初にディスプレイに実験の教示とバークレイ色プロジェ クト32色の一覧が呈示された。米国色実験群には,実 験の目的は米国色の好みを調べることであると伝えた。 様々な色の正方形を米国色であるという説明とともに呈 示し,その色をどれだけ好きであるかを評定するよう教 示した。米国色への理解を統一するために,米国色とは 「米国で使われている色」であるという教示も加えた。 伝統色実験群には,実験の目的は日本伝統色の好みを調 べることであると伝えた。様々な色の正方形を日本の伝 統色であるという説明とともに呈示し,その色をどれだ け好きであるかを評定するよう教示した。日本伝統色へ の理解を統一するために,日本伝統色とは「日本で古来 から使われている色」であるという教示も加えた。実験 が開始した後の刺激画面および試行の流れはどちらの実 験群も単色嗜好度評定課題と同じであった。 米国色らしさ/日本伝統色らしさ評定課題 最初に ディスプレイに実験の教示とバークレイ色プロジェクト 32色の一覧が呈示された。米国色実験群には,実験の 目的は日本人がどのような色を米国色とみなすのかを調 べることであると伝え,様々な色の正方形に対し,その 色がどれだけ米国色らしいかを評定するよう教示した。 伝統色実験群には,実験の目的は日本人がどのような色 を日本伝統色とみなすのかを調べることであると伝え, 様々な色の正方形に対し,その色がどれだけ日本伝統色 らしいかを評定するよう教示した。実験開始後の刺激画 面および試行の流れは,数直線の両端に付記されるラベ ルが米国色実験群では「まったく米国的ではない」およ び「とても米国的である」になり,日本伝統色実験群で は「まったく伝統的ではない」「とても伝統的である」 になった他は,単色嗜好度評定課題と同じであった。 結 果 文化的構えを与えないときの単色嗜好 米国色実験群 における文化的構えを与えないときの単色嗜好度(Fig-ure 1a)について,カットと色相を要因とした2要因参 加者内分散分析を行ったところ,カットの主効果が有意 であった (F(3, 111)=16.25, p<.001, η2=.061)。ライアン 法による多重比較により,高彩度条件と高明度条件の嗜 好度が,中間条件と低明度条件の嗜好度よりも1%水準 で有意に高いことがわかった。高彩度条件と高明度条件 の間,中間条件と低明度条件の間にはそれぞれ嗜好度の 有意差は認められなかった。また,色相の主効果も有意 であり(F(7, 259)=12.13, p<.001, η2=.102),多重比較の 結果,赤と橙および黄と黄緑の間を除いて他のすべての 色相間に嗜好度の有意差が認められた。さらに,色相と カットの交互作用が有意であった(F(21, 777)=5.365, p<.001, η2=.044)。単純主効果の検定では橙,黄,黄 緑,緑,青緑におけるカットの単純主効果,および 4 カットすべてにおける色相の単純主効果が有意となっ た。橙,黄,黄緑,緑,青緑におけるカットの単純主効 果についてそれぞれ多重比較を行ったところ,橙および 黄では高彩度条件と高明度条件の嗜好度がもっとも高 く,次いで中間条件,低明度条件の順に嗜好度が低かっ たのに対して,黄緑,緑,青緑では中間条件と低明度条 件との間に嗜好度の有意差は認められなかった。 伝統色実験群における文化的構えを与えないときの単 色嗜好 (Figure 2a) についても同様にカット,色相の2要 因参加者内分散分析を行ったところ,カットの主効果が

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有意であった (F(3, 117)=15.92, p<.001, η2=.055)。ライ アン法による多重比較の結果より,高彩度条件と高明度 条件の嗜好度がもっとも高く,次いで中間条件,低明度 条件の順に低いことがわかった。また,色相の主効果も 有意であり(F(7, 273)=14.29, p<.001, η2=.106),多重比 較の結果,赤と橙の間を除いて他のすべての色相間に嗜 好度の有意差が認められた。さらに,色相とカットの交 互作用が有意であった (F(21, 819)=8.538, p<.001, η2 .063)。単純主効果の検定では,米国色実験群と同様に, 橙,黄,黄緑,緑,青緑におけるカットの単純主効果, および4カットすべてにおける色相の単純主効果が有意 となった。橙,黄,黄緑,緑,青緑におけるカットの単 純主効果についてそれぞれ多重比較を行ったところ, 橙,黄,青緑では低明度条件が他の条件よりも嗜好度が 低かったのに対して,黄緑,緑では高彩度条件と高明度 条件のときに中間条件と低明度条件のときよりも嗜好度 が高いという関係が見られた。 両群の文化的構えを与えないときの単色嗜好は,それ Figure 1. (a) Single color preferences (when no cultural set was given), (b) American-color preferences, and (c) ratings of the

degree to which the colors were regarded as American (American-color ratings) by 38 Japanese participants.

Figure 2. (a) Single color preferences (when no cultural set was given), (b) traditional-color preferences, and (c) ratings of the degree to which the colors were regarded as traditional (traditional-color ratings) by 40 Japanese participants.

Figure 3. Correlations between (a) American-color ratings and the amount of color preference changes when the colors were presented as American colors, and (b) traditional-color ratings and the amount of color preference changes when the colors were presented as traditional color.

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ぞれの分析では中間条件と低明度条件の嗜好度の関係, および黄と黄緑の嗜好度の関係について違いが見られた ものの,両群の32色の単色嗜好度について群,カット, 色相の3要因混合計画分散分析で直接比較した結果,群 とカットの交互作用,群と色相の交互作用,および群, カット,色相の交互作用はいずれも有意ではなく(それ ぞれF(3, 228)=1.14, p=.33, η2=.002; F (7, 532)=0.78, p= .60, η2=.003; F(21, 1596)=0.82, p=.69, η2=.003),カット, 色相,および色ごとのいずれのレベルにおいても群間で の嗜好度の有意差は認められなかった。このことを踏ま え,本研究では,両群における単色嗜好に違いはないと みなす。 米国色/日本伝統色として見た時の単色嗜好 米国色 実験群における,米国色としての単色嗜好の結果をFig-ure 1b に示す。文化的構えを与えない場合(Fig実験群における,米国色としての単色嗜好の結果をFig-ure 1a) と比べて嗜好が変化した色を調べるため,課題(文化的 構えを与えない単色嗜好度評定/米国色として見たとき の単色嗜好度評定),カット,色相の 3要因参加者内分 散分析を行ったところ,カット,色相の主効果および課 題とカット,課題と色相,カットと色相の交互作用に加 えて,課題,カット,色相の3要因の交互作用が5%水 準で有意となった(F(21, 777)=1.677, p<.05, η2=.005)。 単純交互作用の検定では,高彩度条件および中間条件に おける課題と色相の単純交互作用が有意,高明度条件に おける課題と色相の単純交互作用が有意傾向となった。 それぞれについて単純・単純主効果の検定を行ったとこ ろ,米国色として色を見た場合に,高彩度条件では赤, 黄,紫の嗜好度が上昇する一方で黄緑の嗜好度が低下 し,高明度条件では緑,青緑の嗜好度が低下し,中間条 件では緑,青緑,青の嗜好度が低下したことがわかっ た。 日本伝統色実験群における,日本伝統色としての単色 嗜好の結果をFigure 2bに示す。文化的構えを与えない場 合(Figure 2a)と比べて嗜好が変化した色を調べるため, 課題(文化的構えを与えない単色嗜好度評定/日本伝統 色として見た時の単色嗜好度評定),カット,色相の3要 因参加者内分散分析を行ったところ,カット,色相の主 効果および課題とカット,課題と色相,カットと色相の 交互作用に加えて,課題,カット,色相の3要因の交互 作用が有意となった (F(21, 819)=1.783, p<.05, η2=.005)。 単純交互作用の検定では,高彩度条件,中間条件,低明 度条件における課題と色相の単純交互作用が有意となっ た。それぞれについて単純・単純主効果の検定を行った ところ,日本伝統色として色を見た場合に,高彩度条件 では緑,青緑の嗜好度が低下し,中間条件では黄緑の嗜 好度が上昇し,低明度条件では赤,黄,黄緑の嗜好度が 上昇した一方で紫の嗜好度が低下したことがわかった。 このように,米国色として見たときと伝統色として見 たときの色嗜好の変化はそれぞれの群で異なっていた。 群間での文化的構えの影響の違いを直接比較するため, 文化的構えを与えないときの単色嗜好と米国色/伝統色 として見たときの単色嗜好の差分を取り,その差分につ いて群(米国色群/伝統色群),カット,色相の 3要因 混合計画の分散分析を行った。その結果,群とカットの 交互作用,および群と色相の交互作用が有意となった (それぞれ F(3, 228)=5.742, p<.001, η2=.010; F(7, 532)= 2.814, p<.01, η2=.011)。群とカットの交互作用について は,多重比較の結果,高彩度条件,高明度条件,中間条 件において2群で課題間の嗜好度の差分が有意に異なっ ていた。群と色相の交互作用については,多重比較の結 果,黄緑と紫において2群で課題間の嗜好度の差分が有 意に異なっていた。すなわち,米国色と伝統色という2 つの異なる文化的構えが,色嗜好に対して異なる影響を 与えていたことを直接的に確認することができた。 米国色らしさ/日本伝統色らしさ 米国色実験群によ る32色の米国色らしさの評定,および日本伝統色実験群 における32色の日本伝統色らしさの評定値をそれぞれ Figure 1cおよびFigure 2cに示す。米国色らしさと日本伝 統色らしさとの間には強い負の相関が見られ (r=−.71), 両者は大きく異なっていた。高彩度条件の色は米国色ら しいが伝統色らしくなく,中間条件の色と低明度条件の 色は伝統色らしいが米国色らしくないと評定される傾向 が見られた。 32色の米国色らしさ/伝統色らしさの評定値と,文 化的構えを与えない単色嗜好に対する米国色/伝統色と して見た時の単色嗜好の上昇・減少値との相関をFigure 3に示す。どちらも中程度の正の相関を示し(それぞれ r=.61, .43,いずれもp<.05),米国色/伝統色らしいと 感じられる色ほど米国色/伝統色として見た時に色嗜好 が上昇し,逆に米国色/伝統色らしくないと感じられる 色ほど色嗜好が低下するという対応関係があることがわ かった。 考 察 本研究では,日本人が同じ色セットを「米国色」ない しは「日本伝統色」として見た時に,何も文化的構えが 与えられない時と比べて色嗜好が変化するのかを調べ た。そしてその変化が,日本人が色に対して主観的に感 じる米国色らしさないしは日本伝統色らしさとどのよう な関係にあるのかを調べた。

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米国色実験群でも,日本伝統色実験群でも,文化的構 えを与えない時の単色嗜好には「平均的に高彩度条件お よび高明度条件の色が,中間条件および低明度条件の色 よりも好まれる」「橙および黄色は低明度条件のものが もっとも好まれない」という傾向が一貫して見られた。 これらの傾向は,同じバークレイ色プロジェクト32色 を用い,日本人とアメリカ人の色嗜好を調べた先行研究 (Yokosawa, Schloss, Asano, & Palmer, 2016)の日本人参加 者の単色嗜好でも見られた。特に前者の傾向は,その先 行研究において,高明度条件と中間条件の色の嗜好度に 差が見られないアメリカ人の色嗜好と比較した場合の日 本人の色嗜好の特徴として挙げられている。本研究で別 の日本人参加者群でも同じ色嗜好の傾向が確認されたこ とから,この傾向は若年層の日本人に頑健に見られる色 嗜好の特徴であると言える4 文化的構えを与えないときと比べ,米国色として色を 見たときには32色中9色の,日本伝統色として色を見た ときには32色中7色の嗜好度が有意に変化した。米国色 として見た時には主に高彩度条件の色の嗜好度が上昇 し,高明度条件および中間条件の色の嗜好度が低下し た。高彩度条件の色をより好むようになるという点にお いては,米国人が高彩度条件の色を好むという色嗜好 (Palmer & Schloss, 2010; Yokosawa et al., 2016)と一致する。

一方,日本伝統色として見た時には主に中間条件および 低明度条件の色の嗜好度が上昇し,高彩度条件の色の嗜 好度が低下した。このような米国色/伝統色として見た ときの色嗜好の上昇または低下と,日本人がその色に対 して主観的に感じる米国色/伝統色らしさとの関係につ いて次に考察する。 同じ色セットに対する米国色らしさの評定と日本伝統 色らしさの評定は異なるパターンを示した。高彩度条件 の色は米国色らしいが伝統色らしくなく,中間条件と低 明度条件の色は伝統色らしいが米国色らしくないと評定 される傾向が見られた。この結果は,江戸時代に使用さ れていた色にはにぶい色や暗い色が多いという傾向(小 林・鄭・鈴木,2000),および洋式塗料であるペンキに よって自然素材の塗料に比べ鮮やかな発色が可能になっ たという歴史的経緯(森下,2007)とも整合する。この 米国色らしさ/日本伝統色らしさの評定値と,米国色/ 伝統色として見たときの色嗜好の変化との相関を調べた ところ,米国色/伝統色らしいと感じられる色ほど米国 色/伝統色として見たときに色嗜好が上昇し,逆に米国 色/伝統色らしくないと感じられる色ほど色嗜好が低下 するという対応関係が見られた。これらの結果は,「米 国色」「日本伝統色」という文化的構えが色の嗜好度を 変化させたことを示唆する。 本研究の結果については,文化的構えと色との一致性 が色嗜好に影響した可能性がある。処理流暢性の研究に おいて,先行呈示される情報(例: 絵画のタイトル)が ターゲット(例: 絵画)と意味的に一致している/不一 致であるとき,好ましさの判断が上昇/低下するという ことが報告されている(Belke, Leder, Strobach, & Carbon, 2010)。この結果はターゲットの意味的処理の流暢性と いう観点から説明がなされている。ターゲットと意味的 に一致する情報が与えられたことでターゲットの意味的 な処理が容易になり(流暢性が上がり),好ましさにポ ジティブな影響を与えたということである。このような 研究に基づくと,今回の実験結果についても,米国色/ 伝統色らしいと感じられる色ほど「米国色/伝統色」と いう意味的に一致した構えが与えられたときに色の意味 的処理がしやすくなり,好ましさも上がったという説明 が考えられる。 本研究では,環境の物理的変化がなくとも,教示に よって色を見るときの文化的構えを操作することにより 色嗜好が変化することを示した。すなわち色嗜好は,そ の色をどのような文化の中に位置づけて認識するかとい うような,その時々の参加者の色に対する認知的構えを 受けて柔軟に変動するものであると考えられる。 色嗜好に関する先行研究の理論として,生態学的誘発 性理論(Palmer & Schloss, 2010)がある。この理論では, 色嗜好は色から連想される事物の好ましさと連想強度の 積和平均によって決まり,季節などの環境の物理的変化 に伴う色嗜好の変化は,色と事物の連想関係が変化する ことにより生じると説明されている。本研究では文化的 構えを与えることによって色から異なる事物が連想され たかを調べていないため,本研究の結果が生態学的誘発 性理論でも説明可能であるかを確かめることはできない が,色をどのような情報と関連づけて処理するかが色嗜 好を左右している点では,本研究の結果は生態学的誘発 性理論と矛盾しない。この理論が提唱する通りに事物の 連想の関与が重要であるかどうかについては今後さらな る検討が必要であり,そのような検討を行うことで,色 4 Yokosawa et al.の研究も本研究も,日本人参加者が20 代の若年層であったため,この傾向がより幅広い年 齢層に当てはまるかどうかについては注意が必要で ある.10代から50代までの日本人参加者1,600名を 対象に色嗜好を検討した齋藤・富田・向後 (1991) で は加齢による色嗜好の変化が報告されていることか ら,年齢層によって色嗜好が異なる可能性は残され ている.

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嗜好の決定メカニズムについての理解がさらに深まるこ とが期待される。 結 論 日本人の参加者に対して「米国色として見る」ないし は「日本伝統色として見る」という文化的構えを与えた とき,物理的に同じ色について判断しているにもかかわ らず,色嗜好度が変化した。その際,日本人にとって米 国色/日本伝統色らしいと感じられる色ほど色嗜好が上 昇し,逆に米国色/日本伝統色らしくないと感じられる 色ほど色嗜好が低下するという関係が見られた。このこ とから,色嗜好は文化的構えによる影響を受けることが 示された。 引用文献

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