C A N C E R 1 7 (2008), p.1-4
ヤシガニ ッキ
2 :
貝殻を背負ったヤシガニの行動
藤田喜久 ・伊藤 茜
はじめに
ヤシガニ Birgus latro (Linnaeus, 1767) は,オ カヤドカリ科に属する陸性の大型十脚甲殻類で, 琉球列島からインド ー西太平洋域に広く分布し ている. 本種が分布する地域では,食用や観光 資源などとして重要視されている( 諸喜田 ,1991; Fletcher, 1993; N g, 1998). しかしながら,現在, ヤシガニは世界的に資源量が減少傾向を示してい るとされ,日本でも環境省や沖縄県のレッドデー タブック (R D B) で絶滅危倶 E 類に指定されて いる( 諸喜田 ・藤田 ,2005; 諸喜田, 2006). ヤシガニは重要な資源生物であることから過 去に数多くの研究が行われているが,野外にお ける初期生活史研究は意外にも少ない (Fletcher, 1993; W a n g
et
al., 2007). 特に, 日本国内におけ る情報は極めて乏しく,本種の資源管理や保全を 進める際の大きな障害となっている. 藤田 ・伊藤 (2007) は,沖縄県の宮古島 におい て甲長が1 - 2 c m 程度の ヤシガニ小型個体を発 見し, 室内飼育下における穴堀行動や脱皮行動を 詳細に報告した 著者らはその後も,琉球列島の 島々においてヤシガニ小型個体の探索を行ってい たが (藤 田・砂川,2008),その過程で,宮古島と 与那国島にて「貝殻を背負ったヤシガニ」を計2
個体採集することができた. 本報では,飼育下で 観察された「貝殻を背負ったヤシガニ j の行動に ついて,写真を添えて紹介する . 材料 と方法 貝殻を背負った ヤシガニは,宮古島では2007年 7 月15 日に,与那国島では2007年10月26 日にそれ Yoshihisa FUJITA&
A kane ITo: Notes on the behavior of shell-carrying coconut crab, Birgus latro (Linnaeus, 1758), reared in the laboratoryぞれ採集したいずれの個体も,海岸の湖上手管転 石域にて,徒手で採集した. 以降, 宮古島で採取 した個体を「ヤシガニ 個体
1
J
とし,与那国島で 採取した個体を「ヤ シガニ個体2 (図 1A )J
とす る. 採集したヤシガニは研究室に持ち帰り,藤田・ 伊藤 (2007) と同様の飼育容器および方法にて 飼育した餌として熱帯魚用配合飼料 (テ トラ社 製「テトラコリドラスJ :
1粒 約0.06g) を与え, 毎日新しい餌と交換した. また,Held (1963) や Fletcheret
al. (1990) の長期飼育の例に 習っ て十分な飲用の淡水を与え,さらに3 - 5 日おき に霧吹きで海水と淡水を飼育容器内に散布した 飼育期間中は,気温 (室温),残餌, その 他特徴 的な行動などを毎日1
回記録した. ヤシガニの体 サイズに ついて は, Fletcheret
al. (1990) の計測 方法に従って,甲長 (C f+ R) と後甲長 (TL) を Mitutoyo 社製デジタルノギスで計測した. その 際,員殻を指で軽くつまみ,ヤシガニが員殻中か ら体を出してきた時に素早く計測する方法を用い た (ヤシガニが貝殻中から 体を出すと きに若干曲 がるため,固定標本を計測する場合に比べて若干 の誤差が生じる可能性がある) . 採集直後の個体 1 の体サイズは甲長 13.66 m m,後甲長6.04 m m, 個体2 は甲長9.71 m m,後甲長4.33 m m であ った . なお,最初の計調JIの後は,ストレ スを与えるこ とによって貝殻から出てし ま うことを避けるた め, 一切計測は行わなかった. 結 果 と考察 1 . 飼育下での行動観察 2個体 のヤシガニは, 日中には常に石の下に 「穴」を掘って潜んでおり (図1 B ),夕方から夜 間にかけてのみ,穴から出て餌を食べているのを 観察することができた. ただし,夜間は常に穴か2 ヤシガニ ッキ 2: 貝殻を背負ったヤシガニの行動 ら出ているわけで、はなく,数時 間後には再び元 の 穴か日Ij の穴を掘って潜んでいた . 夜間の摂食行動 は,気 温が高 いほど活発 に見られ,摂食行動が確 認された最低気温 は18.7t であっ た ( 飼育期間中 の気温は, . なお,飼育期 間中は,常に貝殻を背負った 状態で動き回ってお り,員殻から抜け出ることは観察されなかった. また,観察の際に刺 激を与えると ,員殻の中に隠 れる行動も観察された 2 . 脱皮行動 員殻を背負ったヤシガニを採集してから本報 を まとめる2008年5
月
31日までに ,個体 1 は321日 間,個 体 2 は218日間飼育することができた( そ の後も飼育を継続している) また,飼育期間中 に,1
11i1体 1は2回 (2007年10片201::1と2008年5 月 9 日),個体2 は1回 (2008年 4 月25日) の脱皮 をそれぞれ確認した . すべての脱皮は ,石の下に 掘られた「穴」の中で行わ れていた. この穴は , ぼ 円形の空間で あ った( 図 1 C, D ). 藤田 ・伊藤 (2007) は, 貝殻を持 た ないヤシガニ小型個体の 飼育観察においても同様に 「脱皮用の穴」を報告 しており , 日中に潜むための穴とは異なることを 指摘している. す べ て の 脱 皮 が 石 の 下 の 穴 で 行 わ れ た た め, 本研究では 脱 皮 過 程 の 詳細 な観察は出来なかっ た. しかし , 脱 皮 前 に 絶 食 期 聞 が あ る こ と ( 本 研 究で、は 個 体 1の脱 皮で日 付 順に19日間と37日 間, 個 体2 の脱皮で39日間) や , 脱 皮 後 に 自 分 の 脱 皮 殻 を 食 べ る 点 な ど で, 過 去 の 報 告 と 同 様 であ った(H eld
,1963; A mesbury
, 1980;Fletcher
et al. , 1990;
Fletcher
, 1993;諸喜 田・囲内 ,1996;藤 田 ・伊藤,2007). また,2007年10月20日に脱皮し、
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-e.、
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図1 貝殻を背負 ったヤシガニの飼育下における行動 A,与那国島で採集した貝殻を背負 ったヤシガ 二 (個体2 ); 8,飼育下における「穴掘り行動J ;
C,脱皮周の穴 (矢印の石の下に穴を掘 っている );0,脱皮周の穴 (石を除去した時の様子)藤田喜久- 伊藤茜 3 た個体1 については,脱皮直後の状態を観察する ことができ,その後に脱皮殻を食べる過程を観察 することができた( 図2 ). こ の時,脱皮殻は腹 部も含めて完全に残っていたが,個体1 自体は既 に貝殻の中に入っていた (図2 A ). 24時間後に 再び観察した時には,脱皮殻の頭胸甲と腹部はほ 図2 飼育下における脱皮行動. A,脱皮直後 8,2 4日寺間後 C,3 日後. ぽ食べ尽くされており , はさみ脚と歩脚( 第2 -3 胸脚) は全て残されていた( 図 2 B ). 脱皮後 -3 日目には,右はさみ脚が残るだけとなった( 図
2
C ). そして ,脱皮後 5 日から餌を食べるように なった . この過程は, Held (1963) や 諸 喜 田 ・ 囲内 (1996) の報告と良く一致した. 3 . 貝殻を背負うことの意味は ? 本研究では「貝殻を背負ったヤシガニ」の穴 堀行動,摂食行動,脱皮行動を詳細に観察する ことが出来たが,これらの諸行動は,藤田・伊藤 (2007) が報告した「貝殻を持たないヤシガニ 小 型個体」とほぼ同様であった. また,野外におい て,この両者は,いずれも海岸の湖上帯転石域の 転石下や落葉などの堆積物中などに潜んで、いる状 態 で 見 つ か っており (Fletcher,1993; K adiri-Jan & Chauvet, 1998; 藤田 ・伊藤,2007; 藤田 - 砂川, 2008; 本研究),員殻の有無に よって異なる生息 環境を利用することは無いものと思われる. 一 方, Kadiri-Jan & Chauvet (1998) は,ニューカレドニアの隆起環礁の島における調査において, 後甲長 (T L) が7.0 m m 以下の個体は全て員殻を 背負い,後甲長7.8 m m 以上の個体は貝殻を持た ないことを報告している . ただし,他地域にお ける研究では,後甲長4.0 m m, 6.0 m m, 6.96 m m で殻を持たない例が報告されており (A mesbury, 1980; Fletcher, 1993; 藤田 ・伊藤,2007),員殻を 背負う行動 ( 習性) は,必ずしも体サイズに規定 されるものではないと思われる. 以上のように,本研究では,貝殻という“隠れ 家" を持つことによる特別な生態や行動は見られ なかった.
r
貝殻を背負う」という行動( 習性) が,野外において生態的 ・行動的に何か特別な意 味があるのか,それとも単に祖先種のヤドカリ類 の習性を残したものに過ぎないのかは,今後解明 すべき課題である. 一方,本研究の観察からは ,r
貝殻を背負った ヤシガニ」が,オカヤドカリ類のように 日中に 地表で活動する可能性は低い ことが示唆された 従 って,ヤシガニの新規加入個体には,日中に身 を隠すための環境 (転石や落葉などの堆積物があ る海岸) が必要不可欠であるものと推察される .4 ヤシガニ ッキ2 :貝殻を背負ったヤシガニの行動 従来, ヤ シガニ資源の保全策としては,主に 捕獲 サイズ制限や捕獲禁止期間の設定などの対策がと られ て き た が (Fletcher,1993), 今 後 は , 捕獲 制 限の徹底と共に,海域から陸域の連続性を考慮に いれた海岸環境の保全も必要となるだろう .
謝 辞
本研究を遂行するにあたり,宮古島市総合博物 館の皆様方には,調査器材の保管,博物館施設の 利用,ヤシガニの生息状況に関する情報提供など に様 々な便 宜 を 図 っていた だいた . また,本研究 のとりまとめには,独立行政法人日本学術振興 会 の平成2 0年 度科学研 究費補助金( 奨励研究 : 課 題 番 号20918007) による援助を受けた . 文 献A mesbury, S. S., 1980. Biological studies on the coconut crab (Birgus latro) in the Mariana Islands. University of Guarn Technical R eport No. 17.39 pp
Fletcher, W. ]., B r o w n, I. W ., & Fielder, D . R., 1990. Growth of the coconut crab Birgus latro in Vanuatu. Journal of Experimental Marine Biology and Ecology,
141: 63-78.
Fletcher, W. ]., 1993. Coconut crabs. In: A. Wright & L Hill (edsよ N earshore Marine Resources of the South Pacific. pp. 643-681, IC O D, Canada. 藤田喜久 - 伊藤 茜, 2007 ヤシガニ ッキ .飼育下にお けるヤシガニ小型個体の脱皮について . Cancer, 16: 39-42. 藤田喜久 ・砂川博秋, 2008 多良間島の洞穴性およ び陵性十脚甲殻類. 宮古島市総合博物館紀要, 12: 53-80.
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( 藤田喜久: 琉球大学大学教育センター /