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助産師が中期中絶のケアに携わることに対して感じる困難

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Academic year: 2021

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*1 山梨大学医学部地域周産期等医療学講座(Department of Community and Perinatal Medicine, Faculty of Medicine, University of Yamanashi)  *2 山梨大学大学院医学工学総合研究部成育看護学講座 母性看護・助産学(School of Nursing, University of Yamanashi Maternity Nursing & Midwifery)

2010年4月10日受付 2010年10月12日採用

原  著

助産師が中期中絶のケアに携わることに対して感じる困難

Medical termination of pregnancies:

Difficulties among midwives

髙 木 静 代(Shizuyo TAKAGI)

*1

小 林 康 江(Yasue KOBAYASHI)

*2 抄  録 目 的  本研究の目的は,助産師が中期中絶を受ける女性のケアに携わることに対して感じる困難を明らかに し,記述することである。 対象と方法  胎児異常を理由とした中期中絶ケアの経験のある2年目以上10年目未満の助産師9名から,半構成的 面接によってデータを得た。データを逐語録に起こしデータを理解した上で,困難についての語りの内 容を抽出し,コード化を行った。さらに,コード間の類似性と相違性の比較や,データとの比較を行い ながらサブカテゴリー,カテゴリーへと抽象化した。 結 果  助産師が中期中絶のケアに携わることに対して感じる困難は,4つのカテゴリーから構成されていた。 助産師にとって中期中絶は,人工的に命が淘汰されることであり,亡くなりゆく命を目の当たりにする という受け入れがたい体験であり《絶たれる命に対する苦悩》を感じていた。また,助産師は母親がど のようなケアを望んでいるかが分からず,ケアに迷いが生じていた。これは,十分なケアが行えていな いもどかしさを感じるが,一方では十分なケアを行えるだけの余裕もなく,《ケアに対する不全感》を招 いていた。また,母親への違和感や,母親から感じ取る近づきにくさは,母親と関わることへのためら いとなり,《母親との関係性の築きにくさ》となった。助産師である自分が,子どもの人工的な死に加担 することを役割として認めることができず,助産師自身がどう対応するべきかという戸惑いとなり《ケ ア提供者になりきれない》と感じ,ケア役割を遂行できないと認識していた。 結 論  中期中絶のケアに携わる助産師の困難は,人工的に命が絶たれることへの苦悩や,ケアすることに対 して感じる不全感,さらには母親へのケアを行うという関係性の築きにくさや,助産師としてケアを行 うという役割に徹することができないという4つから構成されていることが明らかとなった。 キーワード:中期中絶,胎児異常,困難,価値観,葛藤

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Abstract Purpose

The purpose of this study was to clarify the difficulties experienced by midwives in caregiving for women who had undergone medical termination of pregnancy.

Methods

The study population comprised 9 midwives who had 2-10 years of work experience and had acted as care-giver for women who had undergone medical termination of pregnancy. Data were obtained using tape-recorded semi-structured interviews. The data were transcribed and interpreted: furthermore they were summarized and segregated into categories and subcategories depending on the similarities and differences between the difficulties experienced by the midwives.

Results

We segregated the difficulties experienced by these midwives while caregiving for the mothers into 4 catego-ries: (1) the distress the midwives experienced on taking a fetal life, which was caused by their sense of value for life; (2) the guilt that they experienced due to incomplete caregiving for the mothers; (3) the strained relationship between the midwives and mothers due to incomplete caregiving; (4) the inability to completely fulfill the role of a caregiver. Medical termination of pregnancy involves artificial termination of a fetal life for the midwives. The mid-wives cannot endure the death of the babies and are at a loss regarding caregiving for the mothers. The sense of incongruity that they experience and the behavior of the distant relatives of the mothers make them hesitate about caregiving for the mothers, and they cannot fulfill their role completely.

Conclusion

The difficulties experienced by midwives while caregiving for mothers who undergo termination of pregnancy include distress due to the fact that they had terminated a fetal life; this distress was due to the midwives' value system that did not support their role in the termination of pregnancy. Because of this, the midwives did not take proper care of the mothers. These 2 issues led to a strained relationship between the midwives and mothers and hampered the ability of the midwives to completely fulfill their role of caregiving.

Key words: termination of pregnancies, fetal anomalies, difficulties, sense of value, conflicts

Ⅰ.緒   言

 近年の周産期医療の発展は著しく,その一つに出 生前診断が挙げられる。そもそも出生前診断の目的 には,胎児治療,分娩方針の決定や出生後のケア準 備,妊娠を継続するか否かに関する情報提供がある (佐藤,1999)。しかし,この3つ目を目的として出生 前診断が行われるとき,それは胎児適応による中絶を 導く可能性から,優生思想ではないかという課題を社 会に投げかける。1994年にはリプロダクティブヘルス /ライツにより,産む・産まないという自己決定の権 利を女性が有することが示されている。しかし,胎児 の命を意図的に終了させる行為と捉えられる中絶は未 だタブー視の傾向が強く,積極的に語られることはな い(日比野,2007)。  このような中絶を巡る動向は,中絶を体験する女性 とケアする看護者の双方に様々な感情をもたらす。中 絶を体験した女性は,自責の念や不安を抱え,うつへ の移行が指摘されている(鈴井・柳・三宅,2001)。ま た,妊娠中期に行われる胎児異常を理由とした中絶 (以下,中期中絶とする)の多くは,陣痛や児との面会, 入院期間や経済的負担の増加が加わりさらに複雑な心 理状態を呈する。加えて,中絶の意思決定における心 理状態は,後の女性の心理に影響を及ぼし,中絶への 迷いがあった女性ほど,後悔の感情が有意に高くなる (Korenromp, Page-Christiaens, & Bout, et al., 2007)。

 他方,ケアを行う看護者にも様々な感情が生じる。 看護者は,胎児異常などの医学的中絶と経済的理由 による社会的中絶において,女性が受ける精神的ダ メージに差があると認識し,ケアへの態度に差が生 じる(大久保,2003)。また,否定的感情はケア行動を 消極的にするという報告もあり(勝又・松岡・三隅他, 2005),中絶を体験した女性へのケアが十分に行われ ていない現状が予測できる。しかし,こうした感情は どこから生じるものであるかという詳細は明らかでな い。また,中絶に関する研究は,時期を焦点化したも のではない。女性にとって特有の体験である中期中絶 は,ケアする看護者にとっても中絶された子どもの扱 いや,産科病棟で中絶が行われることへの疑問といっ た様々な感情を抱かせる(Garel, Etienne, & Blondel, et

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にサブカテゴリー間の比較を行い,サブカテゴリーの 集約化を行い,カテゴリーを生成した。  データの真実性と信憑性の確保のため,研究者の面 接データの解釈を研究協力者に提示し内容の確認を行 った。さらに,分析過程では解釈に対するバイアスや 主観性を見つけるため,指導教員とともに分析内容の 確認を行うとともに,質的研究の実績を持つ母性看護 学の研究者にスーパーバイズを受けた。 5.倫理的配慮  研究への協力が強制とならないよう,研究協力への 同意の可否は葉書による返信を依頼した。同意を得ら れた研究協力者には,口頭と文書で説明し承諾を得た。 研究への協力は自由意志であり,途中辞退が可能であ ることを保証した。さらに,得られたデータは個人お よび施設が特定できないよう匿名化し,本研究の目的 以外では使用しないことを説明した。なお,本研究は 山梨大学医学部倫理委員会の承認を得て行った(承認 番号463)。 6.用語の定義 中期中絶:妊娠12週以降,22週未満に行われた中絶で, 子宮内掻爬ではなく,陣痛誘発剤を用いて経膣的に 排出させる方法によって胎児と胎盤を母体外に排出 すること。 困難:助産師が中絶のケアを行う中で難しいと感じた り,苦しみ悩むこと。

Ⅲ.結   果

1.研究協力者の背景  10名の助産師に研究協力依頼を行い,9名の同意が 得られた。1名は妊娠中であることを理由に協力を辞 退した。また,インタビューは各研究協力者が所属す る施設内で行い,プライバシーの確保ができる個室を 使用した。9名の平均年齢は26.9歳,平均経験年数は5 年であった。中絶介助数の平均は2.9件,中絶前後を 含めたケア数は9.8件であった。面接は各々1回,平 均面接時間は54分であった(表1)。 2.カテゴリーの抽出  助産師が中期中絶のケアに携わることに対して感じ る困難には,4つのカテゴリーと,19のサブカテゴリー が抽出された。以下に,カテゴリーを《 》,サブカ al., 2007)。さらに,中期中絶に携わることの多い助産 師の困難を明らかにすることは,その解決の方法を示 唆し,ケアの実践につながることが期待できる。そこ で,本研究は,助産師が中期中絶を受ける女性のケア に携わることに対して感じる困難を明らかにし,記述 することを目的とした。

Ⅱ.研 究 方 法

1.研究デザイン  助産師が感じる困難の内容を詳細に探ることを目的 とするため,質的記述的研究デザインとした。 2.研究協力者のリクルート  周産期の死のケアにおける看護者の主観的評価は経 験年数10年以上で有意に上昇する(米田,2007)。そこ で研究協力者は,経験年数を2年以上10年未満の中期 中絶ケアの経験のある助産師とした。また,研究協力 者のリクルートは,中期中絶ケアにおいて困難を感じ ていると考えられる助産師の紹介を師長に依頼し,紹 介を受けた後に各個人へ研究協力の依頼を行った。 3.データ収集方法  データ収集方法は,インタビューガイドを基にした 半構成的面接である。対象者の背景として,年齢,助 産師としての経験年数,中絶介助件数,中絶前後も含 めたケアの経験数について質問をした。そして,これ までの中絶のケアの中で困難に感じた場面を具体的に 想起しながら,どのようなことが困難に感じたか,自 分の感情はどうであったかを語ってもらった。面接内 容は,研究協力者の承諾を得て録音した。また,面接 中の研究協力者の表情や声のトーンなどをノートに記 載した。データ収集期間は,平成20年6月∼9月であ った。 4.分析方法  録音したデータを逐語録に起こし,データ収集の際 には気づかなかったことや,感じる印象を付け加えた。 逐語録を繰り返し読み,十分にデータの理解を行った。 語られた内容から中期中絶に対する困難を抽出し,現 象を忠実に記述するために,研究協力者が語った言葉 を用いながらコード化を行った。コード間の類似性や 相違性を比較し,類似しているものはグループとして まとめ,サブカテゴリーとした。コードの比較と同様

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テゴリーを〈 〉,さらに研究協力者の語りを「 」で 示し,具体的内容を記述する。 1) 《絶たれる命に対する苦悩》  助産師にとって中期中絶は,人工的に命が淘汰され ることであり,同時に亡くなりゆく命を目の当たりに するという受け入れがたい体験であった。また,分娩 でありながらも,おめでとうと言うことができない辛 さを感じていた。さらにこれらの感情は,ケアにも影 響することを認識し,中期中絶に関わることへの苦悩 となっていた。 (1)〈人工的に命を絶つことへの抵抗〉  助産師にとって中期中絶は,一つの命を人の手によ って淘汰する行為であった。胎児の命はすでに始まっ ている1つの命であると捉え,その命を人工的に絶つ ことに受け入れ難さを感じていた。 「せっかくなんか,命がもう始まっているわけじゃな いですか。なのに,なんで途中で,途中って言うか, せっかくここまで来た子どもなのになんでか,なんで だろうっていうか….なんか多分,人工的に手を加え ることに対して自分が嫌だなって思う部分があると思 います。人工的になんだろう…人の手でこう,命を淘 汰するっていうか,…っていうことにすごく抵抗があ る。」(G) (2)〈子どもの死に行く場に直面する辛さ〉  助産師にとって中期中絶は,子どもの死に直面する 非常に辛い体験であった。さらに,心臓が拍動する子 どもの生から死への過程を看取る辛さをも持ち合わせ ていた。子どもを計測や面会のたびに目にすることは 何度も死を突きつけられる体験となり,助産師は目の 前の子どもにどう接するべきか揺れていた。 「悲しい。すごい見ちゃう,赤ちゃんを。中期だから 生まれたらクーラーボックスにいれるんですよね,氷 の入った。腐敗しないように。それまでに時間がか かりました。(中略)生きて出てきたときの赤ちゃんは, えっどうしたらいいの?って。この子まだ死んでない のに…,ガーゼも置けないし,氷の中に入れたら寒い だろうしっていう気持ちがすごい働きました。で,ず っとみてました。30分くらいずっと心臓が動いてまし たね。だから30分くらい何もできなかったです。そ こにおいたりはしましたけど,でも冷たいところじゃ なくて,温かいところと言うか。やっぱり違いますね。 冷静になれなかったです。」(H) 「分娩終わった後でも,やっぱりその心拍があるのが わかるときは本当に切ない。」(B) 「赤ちゃんみながら,ちょっと前まで生きてたのにな っていう気持ちは,ずっと持ちながら体重計ったりと か……。」(D) (3)〈おめでとうと言えない苦しさ〉  助産師は,本来命の誕生におめでとうと言えるはず の場で,命が絶たれる中絶を対照的な状況として捉え, 悲しさや辛さを感じていた。このような感情は,元気 な子どもを産む母親と,子どもを失う選択をした母親 の双方に同時に関わることでさらに増していた。 「大体そういう(中期中絶の)時にかぎって,進行中が いるんですよね。気持ち切り替えるのが疲れるしと思 って。こっちでおぎゃーって言ってる横でっていうこ とも実際にあって。(中略)産科だからですよね。おめ でとうっていう場だから。自分の中では,生まれるこ とはおめでたいとか嬉しいことって思ってて,多分, 途中で亡くなっちゃうことってやっぱ悲しいとか。」 (G) 「お産だけれど,中期でも。お産だけれど,おめでと うって言えなかったり,赤ちゃん出て良かったねじゃ ないし……。おめでとうって言いたいじゃないですか, やっぱり。」(H) 2) 《ケアに対する不全感》  助産師は,母親が自分にどのようなケアを望んでい るかが分からず,迷いが発生し試行錯誤しながらケア していた。また,母親への十分なケアが行えないもど かしさや,勤務体制によって制約されるケアへのあき らめも同時に感じていた。さらに,助産師自身に十分 なケアを行える余裕がないことに加え,スタッフ間で ケアの共有化ができない環境は,ケアに対する不完全 さを招いていた。 (1)〈ケアに対する分からなさと迷い〉  助産師は中期中絶を受けた母親に対して,どのよう 表1 研究協力者の背景 研究協力者 年齢 経験年数 中絶介助数 中絶ケア数 A 26 4 1 10 B 29 8 5 20 C 26 4 1 2-3 D 25 3 1 1 E 29 8 5 20-30 F 29 7 2 2 G 27 6 4-5 2 H 24 2 5 10 I 27 3 1 10

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にケアするべきかが分からず,自問自答しながら手探 りの状態でケアを行っていた。これは,母親が自分に どのように接して欲しいと感じているのか,母親の心 情が分からないことに起因していた。この迷いは常に ケアにつきまとい,ケアを難しいと感じさせていた。 「具体的なケア方法が決まっていないですよね。なの で,やりづらいです。(中略)んー難しいなと思います。 (中略)実際,具体的にどんな声を掛けてあげればい いのかとか,どうフォローができるのかっていうとこ ろを考えると,結局,答えが見つからなくて。」(A) (2)〈不十分なケアへのもどかしさ〉  助産師は,ケアには「してあげること,しなければ ならないこと」があると認識していた。そして,タッ チングや寄り添うこと,時間の共有のみでは,自分の 理想とするケアには達していないと感じていた。助産 師は,こうした自分のケアを不十分であると捉え,も どかしいと感じていた。 「ただこう相手に触れるとか,お腹が痛いときに少し 腰をさすってあげるとか,何もいえなくても手で触っ てケアしてあげられるような形でしか関われないって いうのがあって。言葉を選んではいるんですけど,そ れが出てこないところに難しさもあるし…。」(F) 「そばにいることしかできないっていうか,会話はあ んまりなくって。(中略)聞いてあげるのが一番だと思 うんですけど,でもねって言ってあげられなかったん ですね。」(I) (3)〈ケアが継続できない勤務体制へのあきらめ〉  妊娠中から退院後にわたり,助産師は母親に関わり きれていないと感じていた。妊娠中からの長期的,継 続的な関わりには,母親の十分なケアが期待できる。 しかし,勤務体制による関わりの制限は,継続的なケ アに結びつかず,こうした現状にあきらめの感情を抱 いていた。 「お母さんたちからしてみたら,本当は気持ちを聞い て欲しかったり,外来でももっと私たちとかに関わっ て欲しいのかなっていう気持ちはするので,多分ケア は十分ではないなっていうのはあります。ポンと会っ てそれで終わりになっちゃっているので…。もう,お 母さんたちも本当に辛いだろうし,その後のケアとか って誰もしてあげてないので,なんか,そこはもう少 し誰かが入ってあげられるといいんだろうなと思いま すけど…。」(B) 「なんかやっぱり顔を合わせることって大事だと思う んですけど,実際に外来におりてる助産師も日によっ て違うし……」(H) 「本当はね,もっとフォローできたらいいんだろうけ ど,そういうふうな勤務でもないしって思いますね。」 (E) (4)〈自分自身の余裕のなさ〉  中期中絶介助は経験数が少なく,助産師は分娩進行 の判断や予測に自信が持てず,分娩を安全に終えるこ とに不安を抱いていた。しかし,同時に母親の精神的 ケアを行う役割を担っているとも感じていた。その結 果,自分の関わりは分娩進行の判断に焦点が当てられ がちとなり,精神的ケアを行えるだけのゆとりが無い と感じていた。 「分娩とかの知識を見極めるだけで精一杯で声は掛け られなかったですね。やっぱりその入室させるとかそ ういうことの判断が難しかったりしたので。内診する にしてもなんか良くわからないような,ちょっとだ けなんか出ているような…そういうので,そこ(精神 的なケア)まで配慮がいかなかったんだと思います。」 (F) (5)〈スタッフ間での体験共有の乏しさ〉  助産師は,スタッフ間での十分な情報交換が行われ ず,ケアの継続ができていないと認識していた。自分 が直接母親に関わらなければ,母親の思いを知ること ができず,他の助産師のケアを知る機会もないために, 自分自身の方法でしかケアできない。さらに,各々が このような感情を抱えているにも関わらず,それを解 決する機会がないと感じていた。 「事例を出して自分もこういうところで困ったとか, こういうふうに考えてこうしたけ ど,こういう反応が返ってきたとかっていうところを 話すことで,こういうときに自分たちはこういうふう にしてるよっていう,(中略)そういう場があった方が, あまり迷わずに。で,色んな手法を使いながらその人 に関われるんじゃないかなって思います。」(D) 「もし,全く関わってなかったとすると,スタッフ皆 で患者さんがいるときに共有するわけじゃないので。 大きなことがあれば送られますけど,そういうのがな ければ(情報の共有は)ないので……」(I) 3) 《母親との関係性の築きにくさ》  助産師は,子どもへの悲しみや罪悪感を表出しない 母親の気持ちを汲み取ることができず違和感を覚えて いた。さらに,母親から感じる近づきがたさや関わり へのためらいは,母親との関係性を築きにくくしてい

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ると感じていた。また,こうした関係性の築きにくさ には,母親との接することのできる時間の制限や,助 産師自身の中期中絶に対する先入観が影響していた。 (1)〈悲しみを見せない母親への違和感〉  助産師は,母親が子どもに対して抱く罪悪感や悲し みは非常に大きいであろうと考えていた。そのため, 子どもへの感情表出が少ない母親や,中絶を当たり前 のように行っていると感じる母親と自己との感情に隔 たりが生じていた。 「当たり前のように中期中絶とか,中期中絶とかして る人をみると何か,んーっていう。そこのギャップで すよね。自分はこう,命に対する考え方と実際に中期 中絶とかをする人とかの考え方に,そこに多分ギャッ プがあるんですね。」(A) 「もうちょっと,この子に対しての,言葉とか…その 子をおろしたっていうことに対して,そのお母さんが 気に留めるんじゃないかって思ってたんですけど,そ の方はそんな感じではなくて,(中略)ちょっと触った り見たりとかして,またもう次の瞬間には次頑張るみ たいな感じだったので,あれって。もうちょっと,も うちょっとこう…子どもに対してなんかないのかなっ て思ったところもあったり…。」(D) (2)〈母親と助産師の双方からの近づきにくさ〉  中絶ケアへの自信のなさから,助産師はまず自分が 一線を置くことで,母親との意識的な距離を保ってい た。一方で,母親も子どもを亡くす悲しみから,助産 師に援助を求めることを躊躇すると捉えていた。その 結果,助産師は母親との間の関係性が相互に希薄し, 距離が縮まらないと感じていた。 「中絶だったりする方って,まず一線自分が置いてし まうので,自分が看ていけない,関わっていけない自 信のなさからまずスタートして。(中略)で,相手も悲 しみが強いのでこっちには頼ってこないだろうし,深 く入ってこない。だからやっぱり一方通行。普通の分 娩では,まず頼ってきて自分も自信があるから入って いけるから,結局すぐにコミュニケーションがとれ る。」(F) 「やっぱその,初対面の人に話したくないじゃないで すか……。」(G) (3)〈母親との関わりへのためらい〉  助産師は,関わりにくいという先入観やその場の雰 囲気から,母親に接することはエネルギーを使うと捉 え,ケアに向かう覚悟が必要だと感じていた。つまり, ケアすることで生じる自分自身の辛さによって,母親 と関わることへのためらいが生じていた。 「話を聴きに,傾聴しに行っても,やっぱ辛い話とい うか…。(中略)辛い思いを抱いているお母さんたちと 話をするほうが,私たち的にはすごくエネルギーを使 うので,それも,例えばお部屋に訪室するときも,一 呼吸いるというか,ノックするのも重いというか,そ ういう気持ちもありますね。」(E) (4)〈接する期間の短さによる関わりきれなさ〉  助産師は母親との信頼関係を築くことが,中期中絶 のケアには重要であると感じていた。母親を分かりき れないという感情も,母親との信頼関係の構築によっ て払拭できると期待していた。しかし,妊娠中の接点 のなさや入院期間の短さは,母親のケアを行う上で重 要な信頼関係の形成ができないと感じていた。 「もちろん,全部分かれるはずは無いんだけれども, なんか寄り添いきれないというか,なんかもっと分 かってあげたいんだけどなーっていうのが辛いです ね。(中略)妊娠中にかかわる時間があれば,それはま た違うのかも知れない。ただ入院して,お産してって いうだけだと,そこまでの関係性は作れないですね。」 (E) (5)〈払拭できない先入観〉  助産師は,中期中絶に対するマイナスの先入観を持 っていた。そしてこの先入観は,ケア対象である母親 に対して,中絶を受ける母親というレッテルを貼り, 関わることにつながっていた。さらに,こうした助産 師各々が持つ中絶に対する先入観は,ケアの消極性へ とつながっていた。 「なんかこう,もともとマイナスじゃないですけど…。 なんかそういうものが自分の中にあるかも。触れにく いものっていうのはありますね。やっぱりこう,嬉し いとか喜びとかってかかわりやすいと思うんですよ。 でもここでは,遺伝的になんかがあるとかで,子ども 欲しいけど,おろさなきゃいけないっていうのがやっ ぱりあるので,そういう人を見たときに悲しいとか辛 いとかっていうのが前面に出てくる気がするので,そ うするとこう,聞きにくい,触れにくい。」(I) (6)〈母親の悲しみや辛さへの巻き込まれ〉  助産師は,母親が中絶をすることの悲しみを感じと り,それを自分のことのように辛いと感じていた。さ らに,胎動や腹部増大によって妊娠を実感できる妊娠 中期に中絶を選択することは,胎内に感じる我が子の 命を絶つという苦渋の決断であると感じる。その結果, 母親の悲しみや辛さに自分自身も引き込まれ,関わる

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自分も母親と同様に辛さや悲しみを抱えていた。 「中期なのでかなり妊娠も進んで,つわりも乗り越え てちょっとお腹もポコって出始めたような時期に,ま あ自分も妊娠とか分娩を経験しているので,余計そう 思いますけど。かなりこう,妊娠が進んでいるのにこ うなってしまったこと,妊娠がうまく行かなかったこ とは,そこがかわいそうって言うか,感じるんですけ ど,お母さんが。」(F) 「自分の意思であっても,ちゃんと生んであげられな かったというか。(中略)自分の意思とは言いつつも, 悲しいケースというか,そういう方たちのケアの中で, お母さんたちの,自分せいでっていうか,自責の念っ ていうか,そういうのがすごく強くて,なんか私達も 困ったというか。辛い思いをしたりとか。」(E) 4) 《ケア提供者になりきれない》  助産師にとって中期中絶に立ち会うことは,自分が 子どもの死に関与するという助産師自身の役割にそむ くことであり,さらに,喜びのない分娩をする母親に 対しては,ともに頑張ることの意味を見出せず戸惑い となっていた。また,母親を傷つけるのではないかと いう怖さや,ケア役割と自分の価値観との葛藤は,ケ ア役割を遂行できていないと感じる要因となり,助産 師としてケアを提供するという役割になりきれないと 感じていた。 (1)〈子どもの死に加担する罪悪感〉  助産師にとって子どもの命を人工的に絶つことへの 関わりは,自分自身の悪の部分に加担する体験となっ ていた。また,心拍の停止という子どもの死を待つこ とには,悲しみや辛さを超えて自分が子どもを殺すと いう罪悪感が生じていた。 「ちょっと自分の……こう……良いこと悪いことって いうんですかね……。善意の範囲を超えてそれに加担 しなければいけない。」(A) 「極端にいうと,自分が殺してるみたいな。…ってい う気にはなりますよね。心拍があるのに,ただ見てて っていう時ですかね。直接,何かをして私が出したっ ていうわけじゃないですけど,やっぱ介助しているわ けだし,やっぱりそういう思いにはなります。」(B) (2)〈助産師の役割としての認めがたさ〉  助産師は,新しい命の誕生に関わることに自分自身 の仕事の価値を置き,必然的に助産師の役割を喜びや 幸せの場であると感じていた。そのため,誕生の場に いるべき自分が,誕生の喜びとは対照的な中絶に関わ ることを認められないという思いが持続していた。 「中期のときは,私じゃなくてもいいんじゃないかっ て思います。誰でもいいんじゃないかって思っちゃ う。なんか,モチベーションが全然違うんだと思いま す。新しい命を迎えるっていう高ぶりと,あー中期で おろすのか…みたいなへこみ。自分はそこを…中期を したくて助産師になったわけじゃなくて,正常分娩と か,子どもが元気に産まれてきてっていう幸せのほう のお手伝いをしたくて…いるので…。」(H) (3)〈母親を傷つけることへの怖さ〉  母親の気持ちが分からず,助産師は自分の言動が母 親に影響を及ぼす怖さを感じていた。それは,罪悪感 や悲しみの最中にある母親をさらに苦しめたり悲しま せるのではないかという不安であった。ケアを行う上 で怖いと感じることは,自分の関わりが母親を傷つけ, 母親をさらに不幸な状態にすることであった。助産師 は母親を傷つけないよう,自分の言動の細部まで敏感 になり,簡単に言葉を発してはいけないと思っていた。 「その言葉一つがその人にとって,いい言葉なのか, 逆に否定的に捉えられてしまうような言葉なのかが分 からなくて,言葉が出なくなってしまうっていう感じ で。なんか簡単な言葉を発してはいけないって勝手に 思ってしまうので。(中略)その人にとっては,その普 段の何気ない場面じゃなく,子どもの死とか,自分が 中絶をしたっていう状況で,さらに自分にとって,な んなのっていう言葉を言われたら,もうそのこと自体 全部が,なにが起こってもその一言で,その体験が悪 いものに,余計悪いものになってしまうんじゃないか って思ってしまうので,なんか…言葉が出なくなっち ゃうんです。」(C) (4)〈喜びのない分娩への戸惑い〉  母親は辛い陣痛に耐えたその代償として子どもを迎 えるという喜びを感じることができる。助産師である 自分は,子どもを産むという喜びに向かって母親とと もに陣痛の過程を乗り越えることができる。しかし, 中期中絶では,同じ陣痛を体験しながらも帰結は子ど もを失うことである。そのため,痛みに耐える母親に 頑張ることの意味を見出せず,母親にどう関わるべき か戸惑いを抱えていた。 「普通のお産のときって,いいよー進んできてるよー, 頑張れ頑張れって,なんていうかな…喜びに向かって いえるっていうか。だけど,そうじゃない,中絶のと きって,進んでいることとか,がんばっていることは 伝えるんですけど,それがこうなんか,子どもが外に

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出てしまうっていうことにつながっていくので,声は かけてはいるんだけど,多分,自分の声の掛け方とか もすごく違うと思うんですよね。」(I) (5)〈ケア役割の遂行と中絶への価値観との葛藤〉  助産師は,中絶という辛い選択した母親の気持ちを 察し,支えたいと感じていた。しかし,一方では中絶 のケアに関わることへの辛さや中絶を容認できないと いう助産師自身の価値観が存在し,ケア役割と中絶へ の価値観の間で葛藤していた。 「少なからず,自分の正直な気持ちの中には,きっと 葛藤というかがあると思います。本当は,こうしてあ げたいっていう思いと,でも患者さんはこっちのほう を選択したんだっていう,自分とは違うんだっていう ところ……かな。」(A) 「お母さんたちも多分それ(命は自然な形であるべき ということ)は分かってはいた上で中絶を決めたって いう勇気っていうか,決断するまでのその思い,って いうのは寄り添いたいっていう気持ちはすごくあるの で,本当はやりたくない,関わるのは辛いけどってい う思いと,でもお母さんたちの決断したっていうこと には,応援って言うか応援はしてあげたいとは思いま すけど…。全く嫌だとか,…私の仕事はこれじゃない って思っている訳ではないですけど,やっぱり関わる と辛い…辛いですね。」(B) 5.カテゴリー間の関連性  助産師は,中期中絶によって人工的に子どもの命を 絶つこと対する抵抗や子どもの死に直面することへの 辛さを感じていた。さらに,おめでとうと言えるはず の場で言えないことの苦しさは,《絶たれる命に対す る苦悩》となっていた。さらには,母親の悲しみや辛 さに対してケアの必要性を認識しながらも,分からな さや迷いが生じ,試行錯誤しながら行うケアにもどか しさを感じていた。また,関わりきれないあきらめや 自分自身の余裕のなさ,スタッフ間の共有の乏しさは 《ケアに対する不全感》を生じさせた。加えて,この2 つのカテゴリーは,助産師と母親との関係性に影響を 与えていると考えられた。命に対する苦悩やケアに対 する不全感は,母親との関わりへのためらいや先入観 となり,これが《母親との関係性の築きにくさ》を招 いていた。このような関係性にありながらも,助産師 は母親のケアを行うという自己の役割に対する意識や, 悲しむ母親をケアしたいと感じていた。しかし,助産 師の中絶に関わることへの罪悪感や,母親を傷つける ことへの怖さ,ケア役割と自分自身の価値観との葛藤 は,《ケア提供者になりきれない》と感じさせ,母親と の関係性をさらに築きにくくするという悪循環が起こ っていた。

Ⅳ.考   察

1.助産師が中期中絶のケアに対して感じる困難の意味  助産師は人為的な生命の操作を倫理的問題として 強く認識している傾向にある(中尾・長川・大林他, 2005)。こうした助産師の傾向は,生命の誕生を手助 けするという役割と,死に至らしめるという役割の変 化によって引き起こされる(Cignacco, 2002)。これに は,命の誕生と対照的であると捉える中絶が,産科で 行われ,おめでとうと言えるはずの場で言えない苦し さを感じざるを得ない環境であることに起因している であろう。さらには,娩出後も心臓の拍動を感じるな ど,生きたまま産まれてくる子どもの死に直面するこ とは,助産師にとって非常にストレスフルな体験で あり(Garel, Gosme-Seguret, & Kaminski, et al., 2002), 子どもの死をただ待つことしかできないことの悲しみ を抱くことになる。これが《絶たれる命に対する苦悩》 を感じさせると考えられた。つまり,中期中絶におけ る助産師の命に対する苦悩は,子どもの死へのプロセ スに接することによっても促進されていたと思われた。  また,助産師の語りからは,中期中絶の介助におけ る知識や経験の乏しさによる余裕のなさが現れていた。 中絶看護は経験による知識や技術の蓄積には至って おらず,未開発のまま実践されており(大久保,2002), こうしたケアに対する分からなさやもどかしさとい った感情は,助産師として役割不足であると感じさ せ《ケアに対する不全感》を生んでいたと考えられる。 本研究における自己のケアに対するもどかしさは,母 親の辛さを理解し軽減しなければならないという自分 に課した責任から生じていた。さらに,入院期間とい う限られた中でケアを遂行するため,焦りが生じると 考えられた。  さらに,こうした命に対する苦悩やケアへの不全感 は《母親との関係性の築きにくさ》をもたらす。しかし, 多くの助産師が母親との関わりは短い入院期間の中の みであり,母親の心理的側面に目を向ける機会が乏し いことがケアやかかわりへの制約となり,これが母親 への違和感を持つ要因となると考えられた。助産師は, 中期中絶を受けた母親へのケアをしたいという思いや,

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ケアの必要があると認識していた。加えて,中絶決定 までのプロセスに関わる機会の乏しさは,助産師自身 の倫理的な問題を引き起こし(Jallinoja, Santalahti, & Toiviainen, 1999),中絶に対する先入観をもたらすと 考えられる。また,母親自身が中絶は人の命を殺すこ とであり隠したい経験であると認識しており(勝又・ 松岡・関根,2007),助産師は中期中絶を受けたこと に触れて欲しくないと感じているだろうと捉えていた。 そのため,助産師は自分からだけではなく,母親から も近づきにくさを感じ取とると推測された。そして, この心理的な距離の遠さがケアの関係性に影響してい たと考えられた。  さらに,死産の母親への入院中の関わりのみでは, 自分自身のケアの評価をすることは難しく,自分のケ アに対して明確に良いとも悪いともいえないと感じて いる看護者が多い(米田,2007)。同様に,模索しなが ら迷いの中で行うケアは,母親からの評価も得られず ケアに対する怖さや寄り添いきれないという感情をも たらしていると考えられた。岡永(2005)は,周産期 の死のケアにおいて,助産師が難しいと感じることは, 母親や家族との関わり方であると指摘した。本研究か らも,母親との接し方の分からなさが多く語られ,こ れが,母親を傷つけるという怖さを先行させるのでは ないかと考えられた。そして,この怖さは母親の内面 的な感情に目を向けることをためらわせ,助産師と母 親との関係性を成立しにくくする。また,藤村・安藤 (2004)の研究と同様に,母親をケアすることは,母 親だけでなく助産師自身にとっても悲しみの体験とな ることが明らかとなった。子どもの死に加え,自ら中 絶を選択したことは,母親の苦悩が負荷され,助産師 が母親に対して感じる哀れみは,より一層複雑さを増 すと考えられた。また,多くの助産師は胎児を1つの 命と認識していた。そのため,中絶はすでに始まった 命を絶つことであり,自分は子どもを殺すことに加担 すると認識していた。中期中絶に携わる助産師は,自 分の行っていることが正しいことであるのか否かとい う不確実さを体験する(Askey & Moss, 2001)。それは, 子どもの命を絶つことに自分が関与することの罪悪感 であり,助産師が中期中絶を助産師の役割として捉え られないと感じる一因であろう。そして,これらの感 情が《ケア提供者になりきれない》と感じさせていた と考えられた。  しかし,こうした中絶ケアに対する感情は,看護者 間で語られることもなく個人に解決がゆだねられ,癒 されないままケアを続けている(大久保,2003)。本研 究からも,助産師の抱える困難を解決する機会の乏 しさは明白であった。解消されないこれらの感情は, Mayeroff(1971/1987)が述べる,ケアとはその人が成 長することや自己実現を助けることであると同時に, 自分自身も同様に成長することという,助産師自身の 成長をも妨げていると考えられる。 2.中期中絶を取り巻く価値の対立と複雑化  助産師が抱える4つの困難の根本には,個人にと って重要な基準となる2つの価値の対立が存在した と推察された。1つは,助産師と母親との個人的価 値の対立である。個人的価値とは,個人の行動を導 く信念,態度,基準や理想である(Fry & Johnstone,

2002/2005)。価値の対立には,まず命は尊ばれ人工 的に絶たれるべきではないという助産師の個人的価値 が存在し,これが子どもの命を絶つ選択をした母親 との間に対立を生じさせると考えられた。さらにも う1つの価値対立は,助産師の専門的価値と個人的価 値の対立である。専門的価値とは,専門職によって合 意と支持が期待される基準である(Fry & Johnstone,

2002/2005)。この対立は,母親のケアという助産師 としての専門的価値を持ちながら,命を人工的に絶つ べきではないという個人的価値との対立であった。中 期中絶ケアでは,専門職としての態度と個人の信念 との葛藤という解決できない問題が起こる(Cignacco, 2002)。本研究からも,この価値の対立が倫理的な問 題を含む中絶ケアに対して,困難を生じさせる一因と なっていると考えられた。ICNの倫理綱領には,ケア のニーズは普遍的であり,個人の価値がどのようで あっても,ケアすることが義務付けられている。しか し,医療者はしばしばどのような価値から意見が生じ, その価値が自分の行動にどう反映されているかにさえ 気づかない(吉武,2007)。これは,自己の価値につい て語り,明確化する機会が乏しいことを暗示している。 結果,自分自身のどの価値を優先すべきか判断ができ ず,価値の対立はより複雑化すると考えられた。 2.看護への提言 1 ) 自分の価値観を知ること  本研究の結果から導かれた中期中絶のケアを困難に する要因には,助産師の価値対立が一因であると考え られた。そのため,まずは看護者自身が価値とそこ に生じる矛盾や責務を明確にする必要がある(Fry &

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Johnstone, 2002/2005)。何が最も重要かを客観的に評 価することは,自分が行うべきことの意思決定を下す ことにつながる(Thompson & Thompson, 1985/2004)。 また,価値の明確化には自分が感じていることを表現 し,問題を他者と検討することやその機会を設ける ことが非常に重要である。中絶ケアは経験年数に応じ た経験の深まりはほとんど見られない(大久保,2003)。 これは中絶ケアの際に生じる困難は,ケア経験の蓄積 という単純な要因によって解決されるものではないこ とを示している。中絶ケアの態度の決定に最も影響 を与える要因は,道徳や倫理的な個人の信念である (Marek, 2004)。そのため,助産師自身の価値の把握 と倫理的な問題の明確化により,中期中絶ケアに向き 合うための準備をすることが重要であると考えられる。 2 ) ケアへの姿勢を身につけること  中絶を受けるか否かの意思決定の段階からのケアの 必要性は高く(曽我部, 2000),中期中絶の意思決定過 程に参加し母親と体験を共有することは,母親との 関係性を築きケアを促進する一助となりえる。助産師 の語りからも,意思決定からの継続的な関わりによる ケアへの期待があった。しかし,こうした機会は限ら れている。そこで,看護者間でのケアの共有が重要で ある。これは,継続的なケアが担保されるだけでな く,ケアに対する母親の反応や思いを知ることに有効 であり,自分自身のケアへのフィードバックを看護者 間で得ることにもつながると考える。また,助産師は 母親の悲しみや辛さの軽減にケアの重きを置いてい た。しかし,それは達成できない状況が多く,看護者 自身が疲弊しかねない。母親はケアにおいて側にいて くれる存在を最も重要視する(Bourguignon, Briscoe, & Nemzer, 1999)。つまり,ケアの姿勢として重要な ことは,母親の悲しみや罪悪感といった感情の軽減の みではなく,母親の理解者となる姿勢,母親が語るこ とを聴く姿勢を身につけることである。 3 ) 中期中絶をケアする助産師がケアされること  中期中絶ケアに携わる助産師は,自分の感情へのサ ポートやディスカッションを求めていた。しかし,助 産師自身がサポートを受ける環境にあるとは言い難い。 苦しみを抱えるケア提供者こそが,最も支えられる必 要性があり(小澤,2008),そのための環境が整えられ ることは急務である。中期中絶ケアを行うためには, 助産師自身がケアされることを保証された上で,精神 的な安定を図り,具体的なスキルや知識を身につける ことが重要であろうと考える。

Ⅴ.研究の限界と今後の課題

 本研究におけるデータは,研究協力者の経験年数が 限定されており,ケアの経験数も偏りがある。また, 研究協力者の選定は,師長に依頼したため,自己の感 情を語ることのできる協力者によるデータである。し かし,こうした感情は語ることのできない人ほど多く の困難を抱えている可能性もある。一方で,本研究に より明らかになった困難は,中期中絶ケアの方向性を 示唆するものとして有益であると考える。今後は,こ れらの困難を左右する要因を明らかにし,具体的な教 育プログラムの作成によって,困難を解決するための 方法を構築していく必要がある。

Ⅵ.結   論

 助産師が中期中絶のケアに携わることに対して感 じる困難を分析した結果,《絶たれる命に対する苦悩》, 《ケアに対する不全感》《母親との関係性の築きにく さ》,《ケア提供者になりきれない》の4つのカテゴリー が抽出された。人工的な子どもの死に関わることは助 産師自身苦悩となる一方で,母親へのケアの必要性 を認識する。しかし,ケアの分からなさや迷い,あき らめといった不全感も同時に感じていた。この2つの 困難は,助産師と母親との間のケアの関係性を築きに くくする。さらには,中絶に関わる罪悪感や母親を傷 つける怖さ,ケア役割と自分自身の価値観との葛藤は, ケア提供者になりきれないと感じさせ,母親との関係 性をさらに築きにくくするという悪循環が起こってい た。 謝 辞  本研究にご協力くださいました助産師の皆様および 施設の皆様,小冊子「悲しみのそばで」をご提供くだ さいました聖路加看護大学ペリネイタル・ロス研究会 の皆様に心より感謝申し上げます。  本研究は,平成20年度山梨大学大学院に提出した 論文を加筆修正したものであり,一部を第8回日本遺 伝看護学会学術大会において発表した。

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文 献

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参照

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