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グローバル・ガバナンスと金融危機対応 ―正当性の視点から―

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(早稲田大学大学院アジア太平洋研究科学位申請論文)

グローバル・ガバナンスと金融危機対応

―正当性の視点から―

Global Governance and the Response to the Financial Crisis:

from the Viewpoint of Legitimacy

学籍番号:4012S0021 岩崎 淳

(2)
(3)

<目次>

序章:はじめに …… 1

第1章:グローバリゼーションとグローバル・ガバナンス …… 5

1-1.グローバリゼーションの定義

…… 5

1-2.グローバル・ガバナンスの定義

…… 12

1-3.グローバリゼーションの進展とグローバル・ガバナンスの関係 …… 14

1-3-1.グローバル・ガバメントの不在 …… 15

1-3-2.グローバル公共財問題への対応の困難さ …… 20

1-3-3.グローバル公共財問題の拡大・深化 …… 24

1-4.グローバリゼーションの下での国家の役割 …… 25

1-4-1.グローバリゼーションの程度に関する見解 …… 28

1-4-2.グローバル・ガバナンスにおける国家の位置づけ …… 31

第2章:グローバル・ガバナンスにおける正当性についての考察

…… 36

2-1.グローバル・ガバナンスを機能させる規則遵守の諸動機

…… 36

2-2.正当性に関する議論 ……

43

2-3.正当性の判断基準 ……

49

2-3-1.インプット面の正当性とアウトプット面の正当性

…… 50

2-3-2.アウトプット面の正当性の判断基準 ……

51

2-3-3.インプット面の正当性の判断基準 ……

54

2-3-3-1.先行研究 ……

54

2-4.インプット面の正当性と民主主義

……

56

2-4-1.垂直的な正当性の説明 ……

57

2-4-2.水平的な正当性の説明 ……

62

2-5.インプット面の正当性とアウトプット面の正当性の緊張関係 ……

66

2-6.インプット面の正当性とアウトプット面の正当性の両立 ……

68

第3章:命題提示-グローバリゼーションの進展と正当性向上 ……

73

3-1.グローバリゼーションのトリレンマと正当性向上

……

73

3-2.強制・自己利益の質的変化と正当性向上の要求増大

……

76

3-2-1.強制の質的変化

…… 76

3-2-2.自己利益の質的変化

……

78

3-2-3.正当性向上の要求増大

……

82

3-3.リーダーシップの重要性

……

84

第4章:金融危機の実相 ……

86

4-1.グローバル金融危機の特徴:グローバル公共財の重要性再認識 ……

86

(4)

4-2.金融危機とグローバリゼーション

……

92

4-3.国家の役割(金融・財政政策)の再認識

……

98

4-3-1.金融政策対応

…… 99

4-3-2.財政政策対応

…… 105

4-4.グローバル金融危機における

IMF

の存在感低下 …… 109

4-4-1.アウトプット面の正当性の欠如

…… 110

4-4-2.インプット面の正当性の欠如

…… 114

第5章:グローバル・ガバナンスの新体制

…… 119

5-1.

G20

サミットの創設

…… 119

5-2.

G20

サミットに関する先行研究

…… 124

5-2-1.従来のガバナンス体制との比較 …… 124

5-2-2.各メンバー国との個別の関係 …… 126

5-3.

G20

サミットが国際的な銀行規制見直しに果たした役割

…… 127

5-4.バーゼルⅢの概要

…… 132

5-5.

FSF

の拡充、

FSB

の創設

…… 135

5-6.

BCBS

メンバーの拡充

…… 138

第6章:命題の検証1(正当性向上)

…… 140

6-1.金融危機後の銀行規制見直しを用いることの妥当性

…… 140

6-2.正当性向上要求命題の検証 …… 141

6-2-1.グローバリゼーションと民主主義の併存のための正当性向上 …… 141

6-2-1-1.インプット面の正当性向上 …… 141

6-2-1-1-1.垂直的な正当性向上 …… 141

6-2-1-1-2.水平的な正当性向上

…… 144

6-2-1-2.アウトプット面の正当性向上

…… 146

6-2-1-2-1.時間軸の正当性向上 …… 146

6-2-1-2-2.効果軸の正当性向上 …… 147

6-2-1-3.非メンバー新興国の意見尊重による正当性向上 …… 153

6-2-2.強制の質的変化を通じた正当性向上 …… 154

6-2-3.自己利益の質的変化を通じた正当性向上 …… 157

第7章:命題の検証2(リーダーシップの重要性)

…… 163

7-1.ターナー報告書を通じた英国のリーダーシップ発揮

…… 163

7-2.英国当局が主導的な役割を果たしたことの背景

…… 169

7-2-1.攻めの側面

…… 170

7-2-2.守りの側面

…… 171

7-3.リーダーシップの行使

…… 173

(5)

7-3-1.具体的・包括的処方箋のタイムリーな提示

…… 174

7-3-2.理論的・実証的分析の提供

……

174

7-3-3.妥協

……

176

7-3-4.議長職の活用

……

177

終章:おわりに

…… 180

<参考文献> …… 185

(6)
(7)

<英略語一覧>

ASEAN Association of Southeast Asian Nations AU African Union

BCBS Basel Committee on Banking Supervision BIS Bank for International Settlements

BOE Bank of England

CGFS Committee on Global Financial System CPR Common Pool Resources

ECB European Central Bank EU European Union

FSA Financial Services Authority FSB Financial Stability Board FSF Financial Stability Forum FT Financial Times

FRB Board of Governors of the Federal Reserve System GFSR Global Financial Stability Report

GHOS Group of Central Bank Governors and Heads of Supervision G-SIBs Global Systemically Important Banks

G-SIFIs Global Systemically Important Financial Institutions GVC Global Value Chain

IAIS International Association of Insurance Supervisors IEA International Energy Agency

IMF International Monetary Fund

IOSCO International Organization of Securities Commissions LLR Lender of Last Resort

MMLR Market Maker of Last Resort

NIESR National Institute of Economic and Social Research OECD Organization for Economic Cooperation and Development SIBs Systemically Important Banks

SIFIs Systemically Important Financial Institutions TARP Troubled Asset Relief Program

UK United Kingdom

WEO World Economic Outlook

WFA World Financial Authority

WTO World Trade Organization

(8)

1

序章:はじめに

国際政治経済学の分野で、グローバリゼーションやグローバル・ガバナンスとの用 語が取り上げられ、活発に議論されるようになって久しい。しかし、特に

2016

年に 相次いで生じた国際政治上の大きな2つのショック、すなわち英国の国民投票での

EU

離脱決定と米国における「America First」を唱えるトランプ大統領の選出は、反 グローバリゼーションや反エリート主義の動きを象徴するものとして受け止められ ることが多い。このような反グローバリゼーション(自国中心主義)や反エリート主義

(ポピュリズム)の動きのうねりは、元を辿ると、2000 年代後半の金融危機が原因 との見方も聞かれている1。新興国も含む世界経済は、2017年入り後漸く回復基調に 転じているが、世界中に多大な負のショックを及ぼした金融危機は、依然として様々 な社会的側面にまで影響を及ぼしていると思われる。本稿は、この

2000

年代後半に 発生した金融危機への対応、具体的には銀行規制の見直しを事例として、グローバリ ゼーションとグローバル・ガバナンスについて論じようとするものである。

このグローバリゼーションという現象は、人類発生以来継続しているものと考える ことが妥当であろう。アフリカ南部に生まれたとされる人類の祖先が、その後地球上 で拡散していったプロセス自体、まさにグローバリゼーションと捉えることが出来る。

その後のグローバリゼーションのプロセスは直線的なものでなく、長い間停滞するこ ともあれば、何らかのイベント(例えばコロンブスによる米国大陸の発見や、最近に おける通信・交通技術の飛躍的発展)を受けて急速に発展することもあるといったか たちで、そのテンポは変化してきたものと考えられる。

現在のグローバリゼーションの程度につき、過去の状況と比較して飛躍的に進展し たものとして見るかどうか、またそれが人々の生活に及ぼした影響の功罪については、

後述するように見方が分かれ、様々な議論が行われている。しかし、この地球上で暮 らす人々の日々の生活において、グローバリゼーションがすでにその存在が意識され ないほどに日常化しているものであることに異論を述べることは難しい。他国で生産 された財やサービスなしに暮らすことは、殆どの人々にとって、もはや不可能なこと となっている。

但し、このグローバル化した世界において、例えば「無法者国家」の出現時などに おいて強く認識されるのが、各国家レベルでは通常存在する強制的執行力の欠如であ る。この点は、裏を返せば、こうした強制的執行力が欠如する下でも、殆どの国家は、

殆どの場合、国際的なルールを遵守しているということが指摘できよう。その前提と して、遵守されるルールが何らかの枠組みの下で策定されていることが必要となるこ とも明らかである。

さらに、このグローバル化した世界において、国家間の様々なレベルで交流が生じ、

各国家の活動が一段と活発化してくると、それまでは問題として生じなかった、ある

1 例えば、Martin Wolf, “The Economic Origins of the Populist Surge: Inequality and Joblessness will Fuel and Sustain the Wave of Voters’ Anger”, Financial Times ( June 28, 2017)

(9)

2

いは認識されなかった問題が生じてくる。その典型例が、地球温暖化現象であり、グ ローバルな金融危機であろう。これらはグローバル公共財に関する問題と捉えること ができ、その解決にはグローバルな対応、すなわち何らかのルール策定とそれを如何 に遵守させるかに関する枠組みが必要となる。

筆者は、こうした状況を議論の射程に捉えるため、例えばその実体を探るために、

グローバル・ガバナンスという概念が生み出されてきたと考える。本論文の主たる目 的は、このグローバル・ガバナンスが機能するメカニズムとその中で窺われる変化に ついて分析することで、この曖昧とも思われる概念に関する理解を深めることに貢献 することにある。

では、このグローバル・ガバナンスが機能するメカニズムにおいて、中心的な「動 力」として、何が考えられるのか。本稿では、ハード(Ian Hurd)が主張した、強制、

自己利益、正当性という、グローバル・ガバナンスが機能するために必要な、規則遵 守の動機を構成する3要素2に焦点を当てる。その上で「グローバリゼーションの進展 は正当性向上の要求を高める」との点を中心的な命題に据え、議論を展開する。グロ ーバリゼーションの進展により正当性向上の要求が高まる背景として、ロドリック

(Dani Rodrik)の主張する、グローバリゼーションの進展、主権国家、民主主義の 3つを同時に達成することはできず、どれか1つはあきらめなければならない、との グローバリゼーションのトリレンマ問題3を挙げる。そして、特にグローバリゼーショ ンの進展と民主主義の間には緊張関係が生じやすく、これに対応するために正当性向 上が求められるメカニズムを説明する。

また、グローバリゼーションの進展とそれに伴う相互依存関係の強まりは、正当性 以外の要素、すなわち強制と自己利益の変質をも通じて、グローバル・ガバナンスに おける正当性向上の要求を高める、との点についても分析する。

さらに、正当性に関しては、シャープ(Fritz W. Scharpf)が示した「インプット 面の正当性」と「アウトプット面の正当性」4につき、前者を「垂直的な正当性」と「水 平的な正当性」、後者を「時間軸での正当性」と「効果軸での正当性」との判断基準に 分けて論じた上で、これらの判断基準を勘案するとインプット面の正当性とアウトプ ット面の正当性を同時に達成することは困難であり、これを達成するために必要とさ れるのがリーダーシップの存在との命題を掲げる。

これらの議論を行い、筆者の命題を検証するために用いるのが、2000 年代後半の 金融危機と、それを受けて創設された新たなグローバル・ガバナンスの枠組みである

G20

サミット、及びこの

G20

サミット主導で行われた銀行規制見直しの事例である。

世界経済に多大な負のショックをもたらした金融危機は、まさにその世界的なショッ

2 Ian Hurd, “Legitimacy and Authority in International Politics”, International Organization, 53: 2 (Spring, 1999), pp. 379-408.

3 ダニ・ロドリック(柴山桂太・大川良文訳)『グローバリゼーション・パラドックス:世界経 済の未来を決める三つの道』白水社、2014年。

4 Fritz W. Scharpf, Governing in Europe: Effective and Democratic? ( Oxford: Oxford University Press, 1999)

(10)

3

クの大きさゆえに、世界的な金融安定というグローバル公共財の重要性を改めて認識 させ、グローバル・ガバナンスの枠組みの変更をもたらした。その中では、筆者が主 張する正当性向上の要求に応える対応が様々な側面に多くみられている。そうした事 例を詳しく説明していく。

なお、この金融危機に直面し対応した、国家の首脳を含む多くの当局者が、この金 融危機やその後の銀行規制見直し対応にかかる自らの経験につき、回顧録などを作成 して説明している。その背景には、この金融危機が、文字通り危機的な状況をもたら したことがあり、これら当時の当局者は後世の人々にこうした経験を繰り返さないよ う、自らの知見を語り送りたいとの強い意思があったのではないだろうか。

しかし、そうした中にあっても、この大恐慌にもつながりかねなかったイベントを 題材に、こうした危機の再来を回避すべく行われたその後の銀行規制見直しの対応に つき、グローバル・ガバナンスの観点から、包括的かつ実証的に説明する取り組みは 未だ行われていないように思われる。この

2000

年代後半の金融危機に1当局者とし て関わった経験を有する筆者にとって、まさにそれこそが本稿を記した一番の動機で ある5

以下、各章を略述すると、第1章ではグローバリゼーションとグローバル・ガバナ ンスにつき、先行研究を用いて議論を整理する。そこでは、なぜグローバリゼーショ ンやグローバル・ガバナンスの定義が困難か、といった点を踏まえた上で、本稿にお けるそれらの用語の定義を試みる。また、本稿の主たる研究対象であるグローバル・

ガバナンスが抱える根源的・構造的問題を指摘するほか、グローバル・ガバナンスを 考える上で重要な論点である、グローバリゼーションの下での国家の役割についても 考察を加える。

第2章では、グローバル・ガバナンスを機能させるために必要な規則遵守の動機を 構成する要素、すなわち前述のハードの主張に則り、強制、自己利益、正当性につい て説明し、特に正当性に関して、前述の通りシャープの示したインプット面とアウト プット面の正当性との観点をさらに掘り下げた判断基準を示して、この概念の具体的 把握を試みる。その中で、正当性と民主主義の関係なども含めた議論を展開する。ま た、インプット面とアウトプット面の正当性は、相互にトレードオフの関係にあり、

その同時達成が難しいこと、それを克服するにはリーダーシップの発揮が重要である ことの2点を指摘する。

第3章では、グローバリゼーションの進展が正当性向上への要求を高めるとの命題、

またインプット面とアウトプット面の正当性が包含する構造的な問題を解決するた めに正当性を備えたリーダーシップが求められるとの命題を提示し、これを説明する。

第4章では、2000 年代後半の金融危機について、グローバリゼーションとグロー バル・ガバナンスの観点を視野に入れて、その実相について分析する。そこにおいて

5 なお、本稿は、岩崎淳「グローバル・ガバナンスの正当性を巡る動態的関係」『アジア太平洋 研究科論集(20163月)』31号、81-104頁の論旨、内容を大幅に拡充して作成されたもの である。

(11)

4

は、2000 年代後半の世界的な金融危機は、その被害が非常に甚大で、グローバルな 金融安定というグローバル公共財の重要性が改めて示されたこと、この金融危機は金 融のグローバリゼーションの進展を明確に反映したイベントであったことの2点が 指摘される。また、この金融危機を受けた対応において、まずは国家の役割、すなわ ち金融・財政政策の重要性が改めて認識されたこと、その過程において既存の国際組 織である国際通貨基金(International Monetary Fund、IMF)は有効性を発揮でき ず、その背景には正当性の欠如が指摘出来ることの2点を説明する。

第5章では、この金融危機への対応として生まれた

G20

サミットというグローバ ル・ガバナンスの新体制について、先行研究も踏まえて分析し、金融危機後の銀行規 制見直しがこの

G20

サミットの主導の下に行われたことを指摘する。その上で、バ ーゼルⅢと呼称される今回の銀行規制見直しの具体的内容、並びにその策定作業を担 当した組織である金融安定化理事会(Financial Stability Board、FSB)並びにバー ゼル銀行監督委員会(Basel Committee on Banking Supervision、BCBS)について 説明する。

第6章では、第3章で提示した命題を金融危機後の銀行規制見直しの事例を用いて 検証する。そこにおいては、インプット面の正当性(垂直的・水平的正当性)、アウト プット面の正当性(時間軸、効果軸)の双方から検証して、今回の銀行規制見直し作 業においては、従来と比べ、格段に正当性が向上していることが様々な観点から説明 され、グローバリゼーションの進展が正当性向上への要求を高めるとの命題が検証さ れる。

第7章では、この銀行規制見直しで正当性向上を達成する上で、

G20

サミット主導 の枠組みの下で、英国のリーダーシップが重要な役割を果たしたことを説明し、イン プット面・アウトプット面の正当性を同時達成する上で正当性を備えたリーダーシッ プが求められるとの命題の検証を試みる。

このように、本論文の射程と目的を定め、グローバル・ガバナンスの理論的検討の みならず、金融危機後の国際的な銀行規制見直しという事例検証に裏付けて議論を展 開することで、グローバル・ガバナンス研究の一助となることを目指すものである。

(12)

5

第1章:グローバリゼーションとグローバル・ガバナンス 1-1.グローバリゼーションの定義

国際政治経済学の領域では、グローバル・ガバナンスが重要な論点として、様々な 視点から議論されている。その直接的な背景には、グローバリゼーションの急速な進 展が挙げられよう。では、このグローバリゼーションとはそもそも何か、との点につ いて、まず考察を加えたい。

ナイ(Joseph S. Nye, Jr.)とウェルチ(David A. Welch)は、グローバリゼーション を「相互依存の世界的なネットワーク」1と簡潔に定義付けたが、多くの先行研究に共 通している指摘は、グローバリゼーションに関して、その普遍的な定義は難しいとの 点である。例えば、「グローバル化には明確な定義がないのである」2との指摘がある。

また、「非常に一般化したレベルでは、「グローバリゼーションは社会の全ての側面に おいて増大する相互関係性と相互連関性」と定義出来る。しかし、こうした非常に幅 広い定義を越えると、グローバリゼーションにはかなりの幅で競合する定義が存在す るのも事実である」3との主張もある。さらには、「グローバリゼーションという用語 は、あまりにつかみどころがなく、曖昧で、誤解されやすく、政治的なごまかしに用 いられやすので、更なる使用は禁止されるべきだ」4との指摘までもみられる。

このようにグローバリゼーションに関する定義が困難であるのは、まず、この現象 が政治・経済・社会・文化などの幅広い領域で観察されるものであること、また、こ の現象と同時に、

ICT

技術などの急速な技術革新といった現象が生じており、これら が輻輳していることが考えられよう。まさに、「グローバリゼーションとは何か。それ は、国際化、政治的・経済的自由化、技術革新の組み合わせである」5といえ、さらに その「組み合わせ」にも様々なバリエーションが存在し、これらにつき様々な見解を 相応に説得的に述べることが可能との点が挙げられる。

例えば

2016

年に発生した英国の

EU

離脱問題、あるいは保護主義的政策を打ち出 したトランプ政権の出現という米国の状況をとらえて、「グローバリゼーションの進 展に伴い顕現化した格差問題が背景」との理由付けを行い、グローバリゼーションの 限界を説明する見解がメディアなどで幅広く聞かれる。そうした見解をサポートする ための、相応に説得的な材料を探し出すことはさほど困難でない。例えば、所得格差

1 Joseph S. Nye, Jr. and David A. Welch, Understanding Global Conflict and Cooperation: An Instruction to Theory and History (Ninth Edition), (Boston: Pearson, 2013), p. 255.

2 デイビッド・ヘルド、アンソニー・マグルー、デイヴィッド・ゴールドブラット、ジョナサン・ペ ラトン(訳者代表:古城利明・臼井久和・滝田賢治・星野智)『グローバル・トランスフォーメ ーションズ』中央大学社会科学研究所翻訳叢書1、2006年、1頁。

3 Andrew Jones, Globalization: Key Thinkers(Cambridge: Polity Press, 2010), p.4.

4 Gerald K. Helleiner, “Markets, Politics, and Globalization: Can the Global Economy be Civilized?”, in Timothy J. Sinclair (ed.), Global Governance: Critical Concepts in Political Science (London: Routledge, 2004), p. 253.

5 Ngaire Woods, “Global Governance and the Role of Institutions”, in David Held, and

Anthony McGrew (eds.), Governing Globalization: Power, Authority and Global Governance (Cambridge: Polity Press, 2002), p. 25.

(13)

6

拡大の背景としてよく指摘される論点として、経済のグローバル化に伴い、賃金の安 い新興国に製造拠点が移ることにより、それまで先進国内の製造拠点で当該製品(例 えば衣料品)の製造に従事していた労働者が職を失う、との主張がある。そうした事 象が発生していること自体を否定するのは難しく、その点では、こうした国境を越え た製造拠点の移動(その結果生じる国内生産から輸入への転換)とそれに伴う失業の 発生は、グローバリゼーションのもたらす負の影響の1つと言えなくはない。

しかしながら、ギルピン(Robert Gilpin)は、以下のように述べている。

世界における経済的、政治的、そしてその他の問題の殆どがグローバリゼーション によるものとの見解は、明白な誤りか大幅な誇張のいずれかである。実際のところ、

技術開発や思慮に欠く国家の政策といった他の要因が、グローバリゼーションによ るものとされる、殆どでないにせよ多くの問題の原因である。6

実際、例えばこの所得格差の問題に関して、経済学者の植田和男は、米国の所得格 差の拡大は、①高所得者の所得の伸び、しかも給与所得の伸びが主因であり、②中所 得者と低所得者の格差は拡大していないこと、③雇用では、大学院修了者以上の高学 歴者の雇用の伸びは高いが、学歴中位者の雇用は減少、③しかし低学歴者の雇用はあ まり減少していない、との3点を指摘し、こうした賃金・雇用の動きは、「分配の変化 の主因が貿易によるものではなく、技術の変化である点を示唆している」と結論付け ている7。同様に、インド準備銀行総裁を務めたラジャン(Raghuram Rajan)は、所 得格差問題に関するインタビューに答え、「真の問題はテクノロジーが急速に進歩し、

多くの人々の仕事がリスクにさらされていることだ。(中略)それでも開かれたグロ ーバルなシステムを維持していれば、新たなテクノロジーに適応する道を見つけられ るだろう」8と述べている。つまり、貿易量の増大などをもたらす「グローバリゼーシ ョン」と

ICT

技術の進展に代表される「イノベーション」という現象の間にはかなり の重複部分があり、かつ同時進行的に進展しているので、それらと所得格差問題の間 の因果関係をどのように考えるか、という問題の解決は容易ではないといえよう。

また、前述の通り、グローバリゼーションを擁護するラジャンらの主張と同様に、

経済学者には、「自由貿易の推進が一律に格差拡大をもたらしたとはいえない。(中略)

自由貿易の拡大は、グローバルな所得水準を引き上げ、停滞気味の生産性を高め、長 期停滞を脱する上で不可欠な政策手段だ」9との主張も根強い。リカード(David

Ricardo)による「比較優位論」に代表されるこうした自由貿易のメリットを強調す

6 Robert Gilpin, Global Political Economy: Understanding the International Economic Order.

(Princeton: Princeton University, 2001), p. 9.

7 植田和男 「日本の停滞映す所得分配」『日経ヴェリタス』(201725日)59頁。

8 日本経済新聞「国家主義強まり混乱」『日本経済新聞』(2017226日)朝刊9面。

9 岩田一政 「TPP漂流が問う通商政策㊤ 日本は「自由貿易の砦」に」『日本経済新聞』

(2017111日)経済教室 26面。

(14)

7

る議論は、グローバリゼーションを推進する1つのアカデミックな論拠を提供してき た。もちろん、この比較優位論への反論として、例えば前述の国内生産から輸入への 転換、それに伴い発生した失業者の比較優位分野への転職という産業構造の転換には、

それが行われたとしても時間がかかること、また国により労働市場の流動性が異なり、

転職のための職業訓練制度の充実度合いも国により異なる、といった多くの論点を挙 げることは可能である。このように考えると、グローバリゼーションという現象自体 が、他の多くの社会的事象と同様に、時間軸により、あるいは各国固有の社会構造に より、その効果・影響の発現の程度が異なるものであるとの側面を有するともいえよ う。「グローバリゼーション」という言葉の定義の困難さは、このような複雑な状況を 反映しているとも考えられる。

加えて、グローバリゼーションの定義を困難化させるもう1つの要因は、グローバ リゼーションを推進させ、その影響を受ける主体(アクター)が国家(政府)のみな らず、個人、並びに法人を含む各種グループに跨り、かつその数が増加していること であろう。例えば、国連加盟国数をみると、

1945

年の発足時には

51

か国であったが、

現在は

193

か国に増加10しているほか、世界の人口は

1950

年の約

25

億人から、

2015

年には

3

倍近くの

73

億人に増加11している。また、わが国だけに限ってみても、日 系企業の海外拠点数は

2005

年の

3.5

万から

2015

年には

7.1

万に増加、海外在留邦 人数も

1989

年の

58.6

万人から

2015

年に倍以上の

131.7

万人に増加している12。さ らに、非政府組織(Non- Governmental Organization)などを含めると、国際的な活 動を営む法人を含む各種グループの数は大幅に増加していると思われる。また、それ らのアクターは、何らかのかたちでグローバリゼーションを推進し、かつその影響を 受けつつも、各々グローバリゼーションとの関与の度合いが異なることも論点を複雑 化させる要因となろう。ヘルドは、「グローバリゼーションの意義は、もちろん個人、

グループ、そして国によって異なる」と指摘した上で、これがグローバリゼーション への異なるアクセスの素因となり、それが権力の問題につながることで、「グローバ リゼーションの理論に関係する権力の特定の形態は、ヒエラルキーと非均等性に特徴 付けられる」13としている。

また、2001 年にノーベル経済学賞を受賞し、世界銀行で上級副総裁兼チーフエコ ノミストを務めたスティグリッツ(Joseph. E. Stiglitz)は、自著『世界に格差をバラ 撒いたグローバリズムを正す』において、以下のように述べる。

10 外務省「よくある質問集:世界の国数(2015515日)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/comment/faq/area/country.html (2017513日)。

11 United Nations Department of Economic and Social Affairs Population Division, World Population Prospects: The 2015 Revision, Key Findings and Advance Tables (New York:

United Nations, 2015), p. 1.

12 外務省領事局政策課 『海外在留邦人数調査統計:平成28年要約版(2015101日時 点)』外務省、2016年、18頁、53頁。

13 David Held, “Democracy and Globalization”, in Daniel Archibugi, David Held and Martin Köhler (eds), Re-imagining Political Community: Studies in Cosmopolitan Democracy.

(Cambridge: Polity Press, 1998), pp. 13-14.

(15)

8

グローバル化には、先進国と途上国の双方に巨大な利益をもたらす潜在力がある、

とわたしは信じている。しかし、これまでの証拠が雄弁に物語る通り、その潜在力 は発揮されるに至っていない。本書では、問題がグローバル化自体にあるのではな く、グローバル化の進め方にあることを示していきたい。14

この観点からは、グローバリゼーションという事象を抽象的な概念論に止めること なく、人・組織の営みとその相互作用に基づくプロセスといった具体的なレベルで論 じることの重要性が指摘されている。さらに、スティグリッツは、「グローバル化の舞 台では、さまざまな社会的対立―例えば基本的価値観の対立―が繰り広げられる。こ れらの最重要課題の中には、政府の役割と市場の役割を巡る争いも含まれる」15と指 摘し、グローバリゼーションという現象自体が、人・組織の営みとその相互作用であ るがゆえに様々な価値規範を内包するものであると述べる。

グローバリゼーションの定義を困難にする要素の1つとして考えられるのが、まさ に、この用語に一定の規範性が包含され得る点である。前述したように、ウッズ

(Ngaire Woods)は、グローバリゼーションを「国際化、政治的・経済的自由化、技 術革新の組み合わせ」16と説明するが、この中に「政治的・経済的自由化」が含まれ ている点は注目に値すると思われる。同様の指摘は、例えば、ショルテ(Jan Aart

Scholte

)による定義においても可能であろう。ショルテは、「グローバリティ」

(globality)との用語を用いて、このグローバリティが増加する傾向をグローバリゼ ーションと定義し、この「グローバリティ」が「国際性、自由性、普遍性、超領土性 という少なくとも4つの相互に連関する側面を有する」と説明している17。こうした 状態が増大することがグローバリゼーションであると定義されることで、グローバリ ゼーションとは、国際性、超領土性の高まりという側面とともに、自由性や普遍性と いう一定の規範性の増大を招来する事象として認識されている。

また、クラーク(Ian Clark)は、「ハレル(筆者注:A. Hurrell)とウッズは、グ ローバリゼーションの概念にしばしば付随するリベラルな仮説の強力な言説を確認 している。即ち、グローバリゼーションは、経済的効率性を高め、国際制度の発展を 促進し、問題解決アプローチを支持しているという言説である」18と指摘する。

一方でクラークは、「これとは別に、搾取的資本主義、社会的に後退していく政府の 経済対策に対する口実、国内的・国際的不平等性が一層固定化していく手段の別の局

14 ジョセフ E. スティグリッツ(楡井浩一訳)『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正 す』徳間書店、2006年、37頁。

15 同上、27頁。

16 Woods, op.cit., p. 25.

17 Jan Aart Scholte, “Governing Global Finance”, in Held and McGrew (eds.), Governing Globalization: Power, Authority and Global Governance, op.cit., pp. 190-191.

18 イアン・クラーク(滝田賢治訳)『グローバリゼーションと国際関係理論:グレートディヴァ イドを超えて』中央大学出版部、2010年、68頁。

(16)

9

面であるとグローバリゼーションをみる批評家もいる」19と指摘し、グローバリゼー ションが包含する規範性の幅広さについて指摘している。さらに、クラークは、こう した分析概念としてのグローバリゼーションの幅広さ、多様性こそが、その強みであ り、弱みでもあるとし、こうした論争が、「問題解決に頑強に抵抗するのは、(概念の)

中核的意味が論争的性質を持っているためである」20と指摘する。なお、その上で、

クラーク自身は、「民主化はグローバリゼーションの進行を示す主要な証拠であり、

同時にグローバリゼーションは、民主化拡大の主要な源泉である」21と主張している。

このように幅広い多様な概念を有するグローバリゼーションにつき、何らかの方向 性を有する動きと定義する場合、ショルテのように、ある一定の状態を想定し、その 増加をグローバリゼーションと定義するとの方法は有効であろう。例えば、吉川元に よる「グローバル化」の定義は、以下の通りである。

まずグローバル化とは何か。国境を越えて地球大に財・サービス、資本、思想、情 報の相互依存関係が網の目のように張り巡らされ、地球人アイデンティティが形成 され、地球が1つの共同体に発展した状態をグローバリズムと呼ぶとする。そうし たグローバリズム状態に向かう過程がグローバル化である。つまりグローバル化と は、地球上のある地域で発生する出来事が、国境を越えて他の地域や人々にそれま でにも増して影響を及ぼすほどに相互依存関係が全地球大に進展する過程である。

それは、国家単位で営まれていた政治、経済、社会、文化が国境を越えて全地球大 に拡大するという意味で越境化であり、脱領域化である。22

この吉川による議論では、ショルテの「グローバリティ」との用語は「グローバリ ズム」という用語に置き換えられているが、一定の状態を想定し、それが増加する状 態をグローバリゼーションと定義する点において共通している。同種の定義は、コヘ イン(Robert O. Keohane)とナイによっても行われている。すなわち、コヘインと ナイは、吉川と同様に「グローバリズム」との用語を用いて、これを「複数の大陸間 にまたがる相互依存のネットワークを含む世界の状態」と定義した上で、「グローバ リゼーションと脱グローバリゼーションとは、各々グローバリズムの増加と減少を意 味する」と定義した23。吉川の定義と、コヘインとナイによる定義は、「グローバリズ ム」をグローバリゼーションが完結した状態と捉えるか、増減しうる状態と捉えるか という点で異なっているが、グローバリゼーション(=グローバル化)を、「発展」あ るいは「増加」するとの

1

つの方向性を持った動きの過程として定義付けている点は

19 同上、69頁。

20 同上、84頁。

21 同上、252頁。

22 吉川元「序章 グローバル化とグローバル・ガヴァナンス」吉川元、首藤もと子、六鹿茂 夫、望月康恵編『グローバル・ガヴァナンス論』法律文化社、2014年、2頁。

23 Robert O. Keohane and Joseph S. Nye Jr., “Globalization: What’s New? What’s Not? (And So What?)”, Foreign Policy, Issue 118(Spring 2000), p.105.

(17)

10

同じである。

また、前述の通り、グローバリゼーションという複雑な事象を、包括的に定義しよ うとする試みもみられている。ヘルド(David Held)らは、「グローバル化とは、も っとも単純に言えば、地球的規模での相互連関性が拡大し、深化し、加速化する現象 を表現しようとするものであるが、そのような定義では十分でなく、さらに精緻化す る必要がある」24として、以下のような定義を試みている。

社会的関係と交流のための空間的組織の変容を具体化し――それは社会的関係や 交流の広がり、強度、速度そして影響によって評価されるのだが――大陸横断的な フローもしくはリージョナル間のフローと、活動、相互作用、パワーの行使3つの ためのネットワークを生み出す過程もしくは複数の過程の組み合わせである。25

このような複雑な定義を必要とする背景として、ヘルドは、「グローバル化につい ての満足のいく定義には、広がり、強度、速度、インパクトの4つの要素が含まれる べきである」といった論点を挙げている。また、先述の通り、コヘインとナイは、グ ローバリゼーションについて、「グローバリズムが増加した状態」と定義したが、グロ ーバリゼーションを分析する段階では、更なる説明を加えている。すなわち、(最近 の)グローバリズムの増大(=グローバリゼーション)の程度は、「その程度だけでな く、その種類に関わる3つの変化、すなわち、ネットワークの濃密化、組織的な(変 容の)速度、国家間の参加の増加をもたらしているかもしれない」26としており、こ こまで含めて考えると、コヘインとナイの説明するグローバリゼーションは、ヘルド らの主張する定義と通じるともいえる。このように、定義自体が複雑化せざるを得な いという状況は、繰り返しになるが、グローバリゼーションという事象自体が複雑で あることを顕著に示すものとも考えられよう。

なお、このグローバリゼーションについての先行的な議論をみると、

20

世紀の最終 四半期になって急速に進展したと指摘されることが多い。その背景には、前述した通 り

ICT

技術の急速な進展による「カネ、情報」の交流の増大とともに、近年の輸送手 段に関する目覚ましい技術進歩による「ヒト・モノ」の交流の増大が指摘可能である。

加えて、冷戦の終結という政治環境面における変化の影響も大きいと指摘されており、

この冷戦終結とグローバリゼーションの関係自体が

1

つの論争となっていることは、

まさにグローバリゼーションという事象が有する幅広い多様性を示すと思われる。

「グローバリゼーションに関する議論は、1990 年代初頭になって突然花開いたよう

24 ヘルドほか、前掲『グローバル・トランスフォーメーションズ』、25-26頁。

25 同上。27頁。

26 Keohane and Nye, “Globalization: What’s New? What’s Not? (And So What?”, op.cit., p.108.

(18)

11

に思われる」27との指摘がなされるのも、こうした状況を反映したものといえよう28。 このグローバリゼーションと冷戦終結の関係についてやや敷衍すると、まずクラー クは、以下のように指摘する。

例えば、グローバリゼーションが冷戦終結とどう関係しているかについては、理解 の仕方に対立があるという事実の中にグローバリゼーションをめぐる論争の本質 が現れている。ある説明では、グローバリゼーションは冷戦終結の結果としてみな されるが、他の説明では冷戦の顕著な特徴と、冷戦の存在理由を破壊したと考えら れているのはグローバリゼーションの進展である。29

確かに、例えば吉川は、「冷戦期の国際社会は政治的に、経済的に、そして社会的に 分断されていた。ところが冷戦が終結したことで状況が一変する。あたかも地球

(globe)が1つの政治空間になったかのようである。冷戦の終結を機にグローバル化 が加速した」30と指摘する。つまり、冷戦期には、物理的な交流の面でも東西両陣営 が分断されていたが、冷戦の終結とともにこうした分断も終結し、世界的に、ヒト、

モノ、カネ、情報の交流が拡大し、まさに地球規模でのグローバリゼーションが進展 したとの見方である。

一方で、例えばライニッケ(Wolfgang H. Reinicke)は、ソ連の統合参謀本部長の 発言として、米国では子供が就学前からコンピュータと親しみ、どこにでもコンピュ ータがあるが、ソ連では国防省のオフィスでさえコンピュータがないところがあると の現実を踏まえ、「経済的な革命がないと、我々は近代兵器で米国に追い付けないが、

問題は政治的な革命なしに経済的な革命を得ることが出来るのかという点だ」との発 言を引用し、冷戦構造の終結自体が技術革新や情報革命と深く結びついた経済的グロ ーバリゼーションの結果によるもの、との認識を示している31

こうしたグローバリゼーションと冷戦終結の関係に対する異なった見方は、変化と 継続性という対立しうる概念が、国家と国際システムという異なる階層で機能する事 象であることを示していると考えられる。クラークは、この点につき、次のように主 張する。

27 Nick Bisley, Rethinking Globalization (Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007), p.11 cited in Jones, op.cit., p.7.

28 但し、例えばギルピン(Robert Gilpin)は、「グローバリゼーション」という用語が一般的に 用いられるようになったのは1980年代半ばからで、それは多国籍企業による海外直接投資が 大幅に増加したことを受けたもの、と指摘している(Gilpin, Global Political Economy:

Understanding the International Economic Order, op.cit., p.7.)

29 クラーク、前掲書、83頁。

30 吉川、前掲書、1頁。

31 Wolfgang H. Reinicke, Global Public Policy: Governing without Government. (Washington, D.C.: The Brookings Institution, 1998), p.2. 但し、ライニッケも1990年代入り後、冷戦の終 結がグローバリゼーションへの制約を取り払い、その地理的な拡大の可能性を増大させた、と している(同 p.3)

(19)

12

そこでグローバリゼーションは、原因なのか結果なのか。実際には両方である。グ ローバリゼーションは、国家が第2次世界大戦後の国際秩序から解放されるように なった程度を描き出している。今度は、冷戦終結が、国家が活動する新しい秩序の 潜在的空間を拡大した。グローバリゼーションが冷戦終結を引き起こしたのか、そ れとも冷戦終結によって生じたのかをめぐる混乱は、グローバリゼーションは国家 レヴェルと国際システム・レヴェル双方で同時に発生していたことを思い出せば、

雲散霧消する。32

このようにみると、グローバリゼーションを単純に定義付けすることは容易ではな い。この点を考慮に入れた上で、本稿では、グローバリゼーションという事象そのも のではなく、これを受けた経済面でのグローバル・ガバナンスという枠組みを主な分 析対象として取り上げるとの目的を勘案し、グローバリゼーションの定義については あえて厳密化を試みず、ナイらの議論を参考として「世界的規模での相互関係性と相 互依存性の増大」と定義することとしたい。

1-2.グローバル・ガバナンスの定義

こうしたグローバリゼーションの進展は、「すっかり相互依存化した世界において、

全てのアクティブな要素を取り込んだ真に公的な場所を作り上げることが直ちに必 要となっている」33状況を生み出した。グローバル・ガバナンスとは、まさにこの「全 てのアクティブな要素を取り込んだ真に公的な場所」の統治に関わるものといえる。

しかし、グローバリゼーションの定義が困難であることと同様に、グローバル・ガバ ナンスに関する定義も実に困難であり、結局その定義は「曖昧で空虚なものと思われ るかもしれない」34と指摘される。また、「『グローバル・ガバナンス』は、事実上何 であってもよいように思われる」35との評価もある。一方で、「世界の政治に関するア カデミックな論争において、『グローバル・ガバナンス』があらゆるところにある」36 との状況も指摘されている。

そうした中で、先行研究者による定義をみると、グローバリゼーションの定義と同 様に、かなり幅のある多様なものとなっている。例えば、ロゼナウ(James N. Rosenau) は、グローバル・ガバナンスを「コントロールの実行を通じた目標の追及が国境を越

32 クラーク、前掲書、83‐84頁。

33 Marie-Claude Smouts, “International Cooperation: From Coexistence to World

Governance” in Marie-Claude Smouts (ed.) The New International Relations. (London:

Hurst, 2001), p. 83.

34 James N. Rosenau, “Governance in a New Global Order”, in Held and McGrew (eds), Governing Globalization, op.cit., p.71.

35 Lawrence S. Finkelstein, “What Is Global Governance?”, Global Governance 1, no. 3 (1995), p.368.

36 Klaus Dingwerth and Philipp Pattberg, “Global Governance as a Perspective on World Politics”, Global Governance 12, no. 2 (2006), p.185.

(20)

13

えた影響を有する、家族から国際組織に至る全ての階層における規則の体系」37と定 義した。なお、ロゼナウは別稿において、「グローバル・ガバナンスとは、権威を行使 しようとする努力がなされる世界中のあらゆる地点を要約するフレーズである」38

「グローバル・ガバナンスは、異なった歴史、目標、構造、プロセスにより操られた 無数の―文字通り幾百万の―コントロールのメカニズムである」39とも述べている。

また、ヘルドらは、「グローバル・ガバナンスは、世界経済を統御する規則や規範を制 定維持する公式の諸制度や諸組織(中略)を意味するばかりでなく、トランスナショ ナルな規則や権威システムに関係のある目的や目標を追求するあらゆる組織や圧力 団体(中略)をも意味している」40との定義を掲げている。また、フィンケルシュタ イン(Lawrence S. Finkelstein)は、様々な角度からグローバル・ガバナンスを論じ た上で、「グローバル・ガバナンスとは、主権なくして、国境を越える関係を統治する ことである。グローバル・ガバナンスとは、政府が国内で行うことを国際的に行うこ とである」41と述べている。一方で、コヘイン(Robert O. Keohane)は、「グローバ ル・ガバナンスとは、地球的な規模における規則策定と権力行使を意味する」42と述 べる。同様に、スターンズ(Jill Sterns)は、「ガバナンスとは、(中略)規則策定、

モニタリング、遂行という集合的なプロセス」43と説明している。

このように、グローバル・ガバナンスという用語の定義が研究者によりかなり異な る背景には、まず「グローバル」な部分で、前述の通りグローバリゼーションが幅広 い領域、アクターにまたがる複雑な事象であること、またそれもあって、「ガバナン ス」という行為をどのような機能を果たすものとして捉えるか、という点で様々な視 点が可能であることが挙げられよう。さらにグローバリゼーションと同様に、このグ ローバル・ガバナンスという用語自体が一定の規範性を含み得る概念であることも指 摘可能である。南山淳は、以下のように指摘する。

肯定的なものであれ、批判的なものであれ、ウエストファリア・システムを前提と した伝統的国際政治理論が示してきた国家中心主義/権力政治に象徴される闘争 的世界観に対して、グローバル・ガバナンス研究は、トランスナショナルな政治経

37 James N. Rosenau, “Governance in the Twenty-first Century”, Global Governance 1, no. 1 (1995), p.15.

38 James N. Rosenau, “Governance in a New Global Order”, op.cit., p.71.

39 James N. Rosenau, “Governance and Democracy in a Globalizing World”, in Archibugi, Held and Köhler (eds), op.cit., p.32.

40 ヘルドほか、前掲『グローバル・トランスフォーメーションズ』、82-83頁。

41 Finkelstein, op.cit., p. 369.

42 Robert O. Keohane, “Global Governance and Democratic Accountability”. Chapter prepared for a volume to be edited by David Held and Mathias Koenig-Archibugi from the Miliband Lectures, London School of Economics, Spring 2002. p. 3.

http://unpan1.un.org/intradoc/groups/public/documents/apcity/unpan034133.pdf (August 15, 2015)

43 Jill Sterns, “Global Governance: a Feminist Perspective” in Held and McGrew (eds),Governing Globalization, op.cit., p.87.

(21)

14

済領域の拡大を背景として協調的な世界観を提示してきた。それはリベラル多元主 義の系譜に属するものであり、当初においては、グローバリゼーションと冷戦終結 が、グローバル・ガバナンス論の延長線上にあるコスモポリタンな市民社会論に内 在する規範的秩序への期待を促した。44

この点につき、特に南山の指摘する「コスモポリタンな市民社会論」の代表的論者 と考えられるヘルドらは、「20世紀から新世紀への最も重要な遺産として、グローバ リゼーションのプロセスの強まり、冷戦の終結、正当な政府システムとしての民主主 義の主張が挙げられる」45としている。

グローバル・ガバナンスの定義を巡るこのような多様な議論の存在は、当然のこと とも言えよう。例えば、前述のフィンケルシュタインによる「グローバル・ガバナン スとは、政府が国内で行うことを国際的に行うことである」を前提としても、では「政 府が国内で行うこと」とは何か、つまり個々の主権国家における政府の役割は何かと いう論点には、非常に多様な議論が存在する。すなわち、政府の役割の実情は国によ り区々であり、では如何にあるべきかという議論に至っては、国際的合意の不在はも とより、各国内においても多様な議論が存在し、その時々の環境によっても異なる議 論が行われているのが実情であろう。例えば、米国における「大きな政府」を指向す る民主党と、「小さな政府」を指向する共和党の長年にわたる対立は、その代表例とい えよう。

このような多様な議論を踏まえ、グローバル・ガバナンスに期待される根本的な機 能を抽出すると、コヘインの定義などに示されるような「規則策定(rule-making)」 と、そうした規則を遵守させるためのメカニズムの2つがあると思われる。従って、

本稿では、グローバル・ガバナンスの定義として、「国際的な規則策定と、それを遵守 させるためのメカニズムの枠組み」を用いることとしたい。

1-3.グローバリゼーションの進展とグローバル・ガバナンスの関係

では、グローバリゼーションの進展とグローバル・ガバナンスとの関係をどのよう に考えるか。

この問題を考える上で、グローバル・ガバナンスの直面する根源的かつ構造的な課 題について考えることが有益であろう。この根源的・構造的問題を端的に説明すると、

まずグローバル・ガバメント不在の下、グローバル・ガバナンス体制は生来的に強制 的な執行力を有し得ない一方で、グローバル・ガバナンスで対応すべきグローバル公 共財のコスト負担問題を解決するには、強制的な執行力に代わる何らかのメカニズム が必要で、しかもグローバリゼーションの進展によりこのグローバル公共財問題は拡

44 南山淳「グローバル・ガバナンスとグローバルな統治性―主権/規範 構造としての概念」

『グローバル・ガバナンス』第2号、201512月、82頁。

45 Daniel Archibugi, David Held and Martin Köhler, “Introduction”, in Archibugi, Held and Köhler (eds), op.cit., p. 1.

(22)

15

大・深化している、との論点が挙げられる。これらを順に説明する。

1-3-1.グローバル・ガバメントの不在

まず、グローバル・ガバナンスの根源的な問題として指摘されるのは、その遂行主 体となり得る「グローバル・ガバメント」の不在である。すなわち、国際社会は個々 の主権国家で構成される一方、これらの主権国家を統治する、あるいは主権国家の上 位に位置付けられる「世界政府」のような枠組みが存在しないことである。従って、

通常の主権国家内には存在する、強制的な権限を行使出来る立法・行政・司法当局の 枠組みが国際レベルでは基本的に存在しないため、どのようにして国際的なルールを 設定・行使し、遵守させるかという点でグローバル・ガバナンスの根源的な問題が生 ずることとなる。つまり、ヘルドらの指摘する通り、「政府なきガバナンス」46が求め られるということになる。また一方で、このような状況の下で、「強制的な執行力の存 在しない国際社会において、必ずしも短期的には自己利益にもそぐわない場合におい ても、日々相当な程度で、国家が国際法などのルールを遵守するのはなぜか」との規 則遵守に関する問題意識が提示されることとなる47

このグローバル・ガバメントの不在問題は、グローバリゼーション自体が抱える構 造的な問題と表裏関係をなす。すなわち、ロドリック(Dani Rodrik)は、以下の通 り、グローバリゼーションの進展、国民国家(国家主権)、民主主義の間には緊張関係 が存在し、この3つは同時に達成できないというトリレンマの状況にある、と指摘す る。

(図表1)グローバリゼーションのトリレンマ

(出所)ダニ・ロドリック(柴山桂太・大川良文訳)『グローバリゼーション・パラドックス:

世界経済の未来を決める三つの道』白水社、2014年、 17頁。

46 Ibid., p.3.

47 例えば、Thomas M. Franck, “Legitimacy in the International System.”, The American Journal of International Law, 82: 4 (Oct., 1988), p.705.

ハイパーグローバリゼーション

国 民 国 家

(主権国家)

民主政治

「 黄 金 の

拘束服」 グローバル・

ガバナンス

ブレトンウッズの妥協

(23)

16

このグローバリゼーションのトリレンマに関するロドリックの言葉を引用すると、

以下の通りである。

この本の読者は、世界経済の原理的な政治的トリレンマ―民主主義と国家主権、グ ローバリゼーションを同時に追求することは不可能だ―と私が名付けた概念をま ず理解することになる。もしグローバリゼーションをさらに推し進めたいのであれ ば、国民国家か民主政治のどちらかをあきらめなければならない。もし民主主義を 維持しさらに進化させたいのであれば、国民国家か国際的な経済統合のどちらかを 選ばなければならない。そして、もし国民国家と国家主権を維持したいのであれば、

民主主義とグローバリゼーションのどちらをさらに深化させるか選択しなければ ならない。48

このように、ロドリックが論じたグローバリゼーションのトリレンマ問題を説明す る。まず、グローバリゼーションの急速な進展(ロドリックはこれをハイパーグロー バ リゼ ー ションと し ている ) と主権 国 家との 関 係は、 フリードマ ン(

Thomas Friedman)が以下の引用の通り、「黄金の拘束服」と名付けた「自由市場資本主義」

という、自国民の自主的な選択というよりは、外部から、経済成長を実現するために 必要とされた一定のルールに従ってきたものとされる。

どのシステムが今日、最も効率的に生活水準を向上させるかという問題になると、

これまでのような歴史的な議論はもう役に立たない。答えは決まっている。自由市 場資本主義だ。(中略)ある国がこの事実に気づいたとき、つまり今日のグローバ ル経済が自由市場のルールで動いていることに気づいて、それに従おうと決めたと き、その国は、私が“黄金の拘束服”と名付けたものを身に着けることになる。49

なお、この「黄金の拘束服」と同様の論点は、他の識者からも指摘されている。例 えば、スティグリッツは、以下のように指摘する。

経済は、特に通信コストと輸送コストの低下を通じて、グローバル化を加速させた。

しかし、グローバル化の「形」をつくったのは政治だ。たいていの場合、ゲームの ルールは先進工業国によって―また先進国内の特定の利益集団によって―決めら れており、当然先進国の利益を増大させる「形」が採用されてきた。50

スティグリッツは、経済開発促進に最も適した組み合わせとして、

IMF、世界銀行、

48 ロドリック、前掲書、 17頁。

49 トーマス・フリードマン(東江一紀・服部清美訳)『レクサスとオリーブの木:グローバリゼ ーションの正体』草思社、2000年、140-141頁。

50 スティグリッツ、前掲『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』37頁。

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