学 位 論 文 内 容 の 要 旨
博士の専攻分野の名称 博士(医 学) 氏 名 我妻 智博
学 位 論 文 題 名
不死化ヒトアストロサイトの腫瘍化におけるアダプター分子CRKの機能解析
【背景と目的】アダプター分子Crkは、スプライシングバリアントとしてCrkI(SH2-SH3) およびCrkII (SH2-SH3-SH3)が存在し、脳腫瘍においては双方が過剰発現していることが報 告されているが、それぞれが細胞の癌化にもたらす機能の相違については不明である。本 研究では、不死化正常ヒトアストロサイト(Normal Human Astrocyte; NHA、星状細胞)を 用いて、分子生物学的手法により Crk の過剰発現がヒトアストロサイトの悪性化に与える 影響を解析した。
【材料と方法】本研究には、NHA-TS (Normal Human Astrocytes immortalized by hTERT and
SV40ER, earlyregion)細胞を使用した。この細胞にCrkIおよびCrkII発現用レトロウイルス
(pCX4-puroFlag-CrkIおよびpCX4-puroFlag-CrkII)を感染させ、CrkI過剰発現株NHA-TS-C1
およびCrkII過剰発現株NHA-TS-C2、およびその陰性コントロール細胞を作製した。 ① 細胞増殖能:1×10
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個の細胞を10%ウシ胎児血清含有DMEMに懸濁し、直径60 mmの 細胞培養皿またはタイプIコラーゲン塗布培養皿上に播種し、37℃、5% CO2環境下にて 培養した。翌日より連続4日間、血球計算盤(Fisher Scientic, USA)を用いて細胞数を計 測した。
② 細胞運動能(創傷治癒試験):タイプIコラーゲンを塗布した35 mm培養皿に、1.0×10 5
個のCrkIおよびCrkII過剰発現細胞を播種した。24時間後、100%コンフルエントになっ た各種細胞株表面にイエローチップを用いて一直線を引き、PBSで洗浄後、新しい培養 液に交換した。37℃、5% CO2環境下で培養し、0、5、7時間後の細胞の移動度を測定し た。細胞の移動距離の測定は、3回の実験において培養皿上の4視野をランダムに選び、 傷害面間隙を測定し、それらの平均値と標準偏差を算出した。
③ 足場非依存性増殖能(コロニーフォメーションアッセイ):直径60 mmの培養皿に0.7%
bacto agar含有培地(5 ml)を添加し、固化させた。その後、0.36% noble agar(3 ml)に2×10 4
個の細胞を懸濁し、作製したbacto agar上に分注した。冷却後培地が固まったことを確認 後、37℃、5% CO2条件下で3~4週間培養し,ゲル内のコロニー数を計測した。
④ Rac-1及びRasのプルダウンアッセイ:Rac-1及びRasの活性化は、プルダウンアッセイ にて解析した。CrkIおよびCrkII過剰発現細胞は、100 mmコラーゲン塗布培養皿上で約
清を細胞抽出液とした。活性化Rac-1の測定には、2 mgのタンパク質にGST-Pak1 10 μg 及びGlutathione Sepharose 4B を20 μL添加した。一方、活性化Rasの測定には、1 mgの タンパク質にRaf-1 RBD agalose (Millipore)を10 μL添加した。4 °Cで1時間回転後、遠心 し、沈降したビーズをlysis bufferで3回洗浄し、2×Laemli Bufferを20 μL加え、95 °Cで
5分間処理後に遠心沈殿し、それぞれの上清を20 μL泳動した。
【結果】CrkI 過剰発現ヒトアストロサイトにおけるチロシンリン酸化状態を検討したとこ ろ、CrkI過剰発現株であるNHA-TS-C1 細胞においては,p130Cas及びpaxillinと思われる
130 kDaと70 kDa付近のタンパク質のチロシンリン酸化が検出された。一方、CrkII過剰発
現株であるNHA-TS-C2細胞においては、CrkIIと推測される37 kDa付近のタンパク質のリ ン酸化が有意に亢進していた。
NHA-TS-C1細胞においてCrkはp130Casと直接結合し、親株と比べて結合量も増加した。
細胞増殖能はNHA-TS-C1細胞が優位に亢進したが、細胞運動能はCrkII過剰発現株である
NHA-TS-C2細胞が有意に亢進した。これらの結果より、NHA-TS-C1細胞は増殖シグナルを、
NHA-TS-C2細胞は運動能を亢進していることが示唆されたため、次にCrkの下流因子であ
るRac-1およびRasの活性化を解析した。NHA-TS-C1細胞においてはRasが、NHA-TS-C2 細胞においてはRac-1がそれぞれ活性化していた。この結果から、CrkIはRasの活性化を通 じて増殖シグナルを、CrkIIはRacの活性化を通じて運動性を活性化していることが示唆さ れた。さらに、正常ヒトアストロサイトにおいて、CrkI は足場非依存性増殖能を促進する が、一方CrkIIはこれを抑制することが明らかとなった。
【考察】CrkI過剰発現ヒトアストロサイトにおいて、CrkIはリン酸化 p130Casと直接結合 していることが明らかとなった。チロシンのリン酸化が検出された70 kDaのタンパクに関 しては、分子量の増大が認められなかったため、リン酸化パキシリンである可能性と、Crk との結合量が非常に少ないことから、別のリン酸化タンパク質 (Zap70等)である可能性が示 唆された。
CrkIの過剰発現は、通常ヒトアストロサイトにおいて足場非依存性増殖能を促進するが、
CrkIIは逆にこれを抑制することが明らかとなった。従来CrkIおよびCrkIIは、過剰発現に
より双方が細胞の悪性度を亢進すると考えられていたが、正常ヒトアストロサイトにおい ては、CrkIIの過剰発現は悪性度を亢進させなかった。これらの結果から、CrkIIが細胞の悪 性度亢進に寄与する為には、細胞に何らかの遺伝子変異(増殖シグナルの活性化等)が必要で ある可能性が示唆された。本研究における一連の実験から、過剰発現されたCrkIおよびCrkII は、明確に異なる機能を有していることが示された。