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<論説>フィリピンの中等教育改革K+12をめぐる課題─公共ガヴァナンスの視点から─

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フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 415. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題 ──公共ガヴァナンスの視点から──. 浅野恵里奈 椛島 洋美. はじめに. 本稿は、フィリピンの中等教育の概要を素描し、B. アキノ 3 世政権以降の. フィリピンにおける中等教育改革に関する課題を、公共ガヴァナンスの視点. から検討するものである。フィリピンの中等教育は少なくとも 100 年以上の歴. 史があり、中等教育制度の見直しもたびたび行われてきたが、経済格差が就. 学率の差になっているだけでなく、特に後期中等教育における教育の質、内. 容、方法について問題が山積していることが各方面から指摘されてきた(ADB. 2019)。フィリピンは、近年、中産階級や若年層の人口増加がダイナミックな. 経済活動を後押しし、中所得国として確実な歩みを見せている。しかし今後、. 経済構造や国内制度を積極的に転換することができなければ、いわゆる中所得. 国の罠に陥り成長率が落ち込んだり長期にわたって経済が低迷したりすること. もある。中所得国の罠を回避する上で、1 つの有用な方策が中等教育や高等教. 育の充実化であり、その意味で近年アキノ 3 世大統領の下で展開された中等教. 育の抜本的改革は大きく期待された。しかし実際には、アキノ 3 世大統領によ. る改革から約 10 年近くが経つにもかかわらず、フィリピンの中等教育が果実. 論 説. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 416. を生んできていないという手厳しい指摘がある 1)。ただ、その指摘の多くは、. 相当な国家財政を投入しているにもかかわらず施設や教員が整っていなかった. りカリキュラムが適切でなかったりするなど、教育ツールの問題を論じている. にすぎない 2)。教育システムツールそのものの問題だとすると、テクニカルに. 改善すれば、早晩ある程度の結果が見えてくるかもしれない。しかし、ある程. 度の公費を投入しているのも関わらず、中等教育上、顕著な成果が見られない. のは、教育ツールの問題というよりは、教育の体制や関与するアクターを含め. た構造の問題ではないのか。先行研究では、フィリピンの中等教育を成り立た. せる根幹となる、中央政府、自治体、企業、市民の相互作用など公共ガヴァナ. ンスから中等教育が論じられることはほとんどなかった。果たしてフィリピン. の中等教育をめぐる構図はいかなるものなのか。. 本稿では、まず、公共の概念を確認して、中等教育の公共空間に関して検討する。. その後、フィリピンでの中等教育の歴史的展開を概観し、アキノ 3 世政権下での. K+12 教育改革をみていく。そして、アキノ 3 世大統領が教育改革を進める上で. 特徴的で、かつ公共ガヴァナンス上も重要視された地方分権と民間への権限委. 譲について検討する。本稿を通じて、K+12 プログラムの展開に関し、公共ガヴァ. ナンスが効いているとは言いにくい状態になっていることが指摘される。. 1.公共ガヴァナンスと中等教育. (1)公共ガヴァナンス 私たちの周りには私事と公事がある。私事については、基本的には私たち個. . 1) https://www.philstar.com/headlines/2019/10/21/1961981/house-review-k-12 (2021 年 1 月 27 日閲覧). 2) https://www.philstar.com/other-sections/education-and-home/2019/06/27/1929821/deped- hit-lack-learning-materials (2021 年 1 月 29 日閲覧). フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 417. 人あるいは家族、親戚、友人レベルで対処するのに対し、公事については社会. あるいは行政レベルで対応すると一般的に認識されている。それでは、私事と. 公事の境界線はどこにあるのか。例えば高齢者の介護や相続は元来、極めて私. 事の性格が強い一方で、家族形態の変化や人的金銭的負担等から国や自治体が. 制度整備を進めてきたことをどう見るべきか。また、日本では私事ととらえら. れてきた不妊治療について最近になって政府が公的負担に舵を切ったが、フラ. ンスでは 1982 年から自然妊娠できないカップルに不妊治療の公的負担を行っ. ていることについてはどうだろうか。高齢者の介護、相続、あるいは不妊治療. 以外にも、婚活、貧困、起業、各種依存症、ヤング・ケアラー、ドメスティッ. ク・バイオレンスなどは、社会の趨勢というよりはむしろ私たちの認識が変化. したことにより公共問題へと躍り出てきた。私事か公事かは時代や国家、社会. によって違いがあり、かつて私事とされてきた問題が公共問題として顕在化す. るのは、人々の認識の変化や作用に他ならない(足立 2009:3─4)。. ハーバーマスは、公衆として集合した私人たちの生活圏として市民的公共性. を説明した。それはかつての王族や貴族による権威に基づく支配とは異なり、. 18 世紀のヨーロッパにおいては社会的地位とは関わりなく、喫茶店やサロン. やクラブにおいて、新聞や雑誌を読み議論する空間において実現した。もちろ. ん、市民的公共性は私人からなる公衆によって成り立つという性質上、そこに. は私人の利益が関与する余地があり、公と私の線引きが難しいところも出てく. る。しかし、前提としてすべての人の参加が許容され、その空間にハーバーマ. スは公共を見ていた。一方で、国家の諸機関が入居しているという意味で「公. 共の建物」という言い方がされることもあるが、その場合、すべての人がそ. の建物内に入ってよいというわけでは必ずしもない。同じ法律にかかる全ての. 人々に配慮することを課題とするのが、国家であり国家機関であるゆえに公共. 機関という言葉が使われ、公共の建物とはその意味の限りである(ハーバーマ. ス 2006、川出・谷口 2017)。. こうしてみると公または公共には、図 1 のように人々、空間、国家政府の 3. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 418. つの要素があることに気づく。ただ、公または公共という言葉が使われるとき. に、それらの要素は全て重なっている場合もあれば、2 つの要素が重なってい. る場合もあり、1 つの要素だけで意味されることもある。3 つの要素が重なる. 場合、あるいは空間と国家が重なる部分がしばしば公や公共として捉えられが. ちだが、ハーバーマスの言う市民的公共性とはまさに主体となる人々の存在を. 前提としている。但し、人々という要素は例えばサービスを享受するなど客体. として公共をなすこともある。. ところで、ガヴァナンスは論争的な概念であり、様々に定義されてきた。本. 稿では河野勝の議論に基づき、「ステークホルダーの利益のためのエージェン. トの規律付け」を意味する機能としてのガヴァナンスと、「それが成立してい. ることで公共財が提供される状態」を意味する状態としてのガヴァナンスの 2. つがあるとする(河野 2006)。公共政策における機能としてのガヴァナンス. となると、「ステークホルダー=市民、エージェント=国家政府」と考えられ. やすいが、ステークホルダーには市民のほかにも企業、NGO、自治体、国際. 人々 国家政府. 空間. 図1 公共の要素. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 419. 機構なども含まれ、民間委託の場面を想起すると国家政府がステークホルダー、. 企業がエージェントということもありうる。ステークホルダーにとっての何ら. かの価値や目標を実現するための法整備や制度化が行われること自体が機能と. してのガヴァナンスであり、そこでは必ずしも成果は保証されないかもしれな. い。また、機能としてのガヴァナンスが実現できなくとも成果が見られる――. すなわちガヴァーンされている状態が実現できる場合もある。. 政府なきガヴァナンス (governance without government) が注目されてきた. 背景には、支配する側、支配される側といった二元的、固定的な関係ではなく、. 市民をはじめとする様々なアクターが主体あるいは客体となって相互に関係す. ることへの関心がある。政府なきガヴァナンスが当然視される国際関係論で. は、いかに国家等のアクターが国際システムを創り、国際システムがアクター. を制御するかが、ガヴァナンスに関する重要な論点の 1 つとして議論されてき. た(Young 1999)。それと同様、国内社会でも国家政府が公事を決するという. よりは、様々なステークホルダーが絡んでいる中で規律がどうつくられ、規律. 付けがどのようにおこなわれるか、そして特に市民がどう絡んでいるかが、ま. さに公共ガヴァナンスと言われるところであろう(大山 2010)。ハーバーマ. スの言う市民的公共性が生み出される時代にあっては、ステークホルダーが比. 較的公平、公正に取り扱われ、透明性や説明責任を伴う規律付けが公共ガヴァ. ナンスを担保することになる。さらに公共ガヴァナンスは、予め想定されたス. テークホルダーだけではなく、それ以外のアクターにも成果が波及する外部効. 果もしばしば観察される。貧困対策のための職業訓練プロジェクトによって治. 安が改善する例は、公共ガヴァナンスの外部効果であり、公共ガヴァナンスの. パフォーマンスを検討する上で、外部効果は重要な視点である。. (2)中等教育の公共空間 イギリスのパブリック・スクールが、国家の介入をできるだけ避け、貴族ら. が自分たちの子弟を教育しオックスフォードやケンブリッジなどの大学に進学. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 420. させることを目的として生み出されたことに典型的に見られるように(大田 . 1983)、私事として中等教育が展開されてきた時代、国もあった(前田 2009)3)。. 一方、近代になるにしたがい、次第に国家や自治体が中等教育の実施に介入す. るようになる。第二次世界大戦後は、多くの先進諸国で、大学の予備教育とし. てだけでなく、現代の専門化された知識や技術を学んで職業につなげるための. 教育として、あるいは階層間の社会的経済的格差をなくすための教育としてな. ど、国家や自治体が先導し中等教育を推進することが一般的になった。中等教. 育は個人の厚生を拡大させるだけでなく、国民統合、国家の発展、社会の安定. 等に寄与すると期待され、民主化や人権上問題を抱える国においては、中等教. 育が社会を変えるツールとしてその拡充が行われることもある 4)。今日、中等. 教育は、自己の能力を向上させるという個人のニーズだけでなく、国家や社会、. さらには国際社会の要求に応えるものとなっている。ここで、能力構築や将来. への投資という優れて個人的な課題が公共の課題でもあることに留意しなけれ. ばならない。. はたして「公」と「私」が同じ空間にある状況をどのようにとらえれば良い. のか。藪野は、公的領域を国家の枠組みに紐付けた近代にあっては、私的領域. は公的領域の収奪や抑圧の対象だったと説明する。全体主義はその典型的な例. であるが、公的領域が必ずしも国家と紐付くわけではない現代においても、と. もすれば私的領域が公的領域から収奪され抑圧されるという例は事欠かない 5)。. しかし、私的領域が公的領域から一方的に収奪、抑圧されつづけることは現代. 社会において成り立ちにくいと藪野は言う(藪野 2005:183─192)。これは H. ア. . 3) 日本においても、例えば広瀬淡窓による咸宜園等の私塾が、教養教育や予備教育を行い、 明治期に中等教育制度が整備されるまで一定の役割を果たしてきた(前田 2009)。. 4)日本において GHQ が行った戦後教育改革はその典型であろう。. 5) パンデミックや自然災害などの非常時はもちろん、平時においてもインフラ建設、学校 教育、社会保障政策、経済活動など様々な場面で見られる。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 421. レントを踏まえた議論である。アレントは、権力が人々に対して一方的に収奪、. 抑圧するのではなく、相互に共同して活動する人々の集団を基盤にして成り立. つものであり、一方的な支配-服従関係から生まれる暴力と一線を画するとし. て両者を区別した。本稿での「公」が複数の人々から成る空間を問題にしてい. る限り、公的領域での権力は人々を抑圧、淘汰しては成り立たない。「私」があっ. てはじめて「公」が機能する。中等教育に関しても、経済発展や社会の安定等. を目的に、国家政府が主導する公的領域が主導するとしても、「公」のみで成立. するものではない。中等教育の「公」と「私」をどうとらえるべきか。中等教. 育における「公」と「私」について考えてみよう。. (3)教育提供者と教育受給者の空間 近代国民国家としての体. てい. を確立していく中で、各国家政府は着実に中等. 教育の制度を整備し、国際機構も中等教育の必要性を指摘してきた。近年. では 2015 年 9 月の国連総会で採択された持続可能な開発目標(Sustainable. Development Goals: SDGs)のうち、目標 4 において、2030 年までにすべての. 青少年に中等教育を受けさせることが盛り込まれたこともあり、全世界的に中. 等教育政策を促進する気運が高まっている。統計上、世界の中等教育対象年齢. にある人々のうち、退学を含め、中等教育を受けていない人の割合は次第に減. 少してきているなど、国連が旗振り役となっていることは奏功しているかも. しれない。しかし SDGs 目標 4 を 2030 年までに達成するためには世界で合計. 390 億米ドル以上の資金が毎年必要とされ、特に中等教育人口が問題となって. いる途上国でどのように資金を確保するかは課題である。さらに教育プログラ. ムはもちろん、教室の建設や、水、トイレを含めた学校インフラの改善、奨学. 金等、教育に必要な施設、設備、制度も、国家政府が中等教育政策を促進して. いく上で鍵となることも指摘されてきた(UNESCO 2016)。中等教育の理念. と制度設計、そしてそれを支える税収、政府開発援助、技術協力等の必要性、. あるいは中等教育による労働人材の高度化の影響を考慮すると、もはや中等教. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 422. 育の完全実施は中等教育対象者以外にも広く影響するという意味で公共問題で. あり、公的領域の付託を受けた政府など各アクターが先導せずして実現するこ. とは不可能だ。とは言え、教育を受ける受給者(生徒や学生)側のニーズを無. 視しては展開することは難しい。UNESCO も、生徒が学校で教えられている. ことと、生活に関連していると認識していることの間に断絶があると、学ぶこ. とへの関心が薄れることを指摘する(UNESCO 2016)。教育提供者なくして. 中等教育は成り立たないが、教育を受給する側のニーズを反映させることなく. 持続させていくことは難しいことを示唆している。但し、教育受給者のニーズ. は正当なものとして認められる一方で、教育受給者に対しては教育提供者への. ものとは別の一定の規律付けがなされるという、ガヴァナンスの側面があるこ. とにも留意する必要がある。次項で説明するマス教育の時代においては、教育. の目的上、教育受給者の要求やニーズ以外に考慮すべき事項もあるためだ。. 中等教育に限らず教育サービスは、国立大学や市立小学校のように国家や自. 治体など公的領域が担う場合もあるが、私立学校のように私的領域が担う場合. もある。しかし、教育サービスが教育受給者に与えられ、教育受給者が学習す. る機会を得て知識を獲得し、考える能力を向上させる、あるいは就職やキャリ. ア向上の可能性を高めることでは、公的領域が担おうと私的領域が担おうと変. わらない。さらに教育受給者が教育を受けることは、自己の能力向上や自己の. 将来への投資という私事に留まるわけではなく、往々にして社会全体の豊かさ. を増進させる。一般的にモノやサービスの提供と受給と言えば、二者間に限定. された債権債務関係となりゼロサム・ゲームの構造となりやすい。しかし教育. サービスにおいては、教育を提供する側と受給する側の二者間は必ずしもゼロ. サムとはならないし、二者を超えた関係も往々にしてある。すなわち、教育受. 給者が教育を受けた果実を、受給者本人はもちろん、教育を提供する教師や学. 校、さらには社会の構成員、企業、自治体、国家も享受する場合もあることを. 考えれば、教育は社会にポジティブ・サム・ゲームを作り出すサービスと考え. ることもできる。教育受給者のニーズという極めて個別具体的な要因から出発. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 423. しつつも、教育提供者と教育受給者の関係性は外部効果も発生させており、そ. の意味で公共空間を創出していると言えよう。. (4)エリート教育からマス教育へ 上層階級や経済的に裕福な人々の子弟に中等教育、高等教育を受けさせるエ. リート教育の時代を経て、多くの国では、教育労働者層を広く含めたマス教育. (大衆教育)が展開されてきた 6)。ここではマス教育を、「社会の人口増加に伴っ. て、知識や技能を教授する対象を階層、人種、性別等を問わず拡大させるとと. もに、一定の合理的かつ秩序立てられた社会を実現するよう人間性を涵養し、. 個々人を社会に組み入れ、ときに国民統合を実現させる試み」として措定する。. J. ボリらは現代マス教育システムについて、3 つの特徴を指摘している。1 つ. は、普遍性ないし標準性である。中央政府からは離れた地方、あるいは経済的. に貧しい地域であっても、教育の内容において普遍的、標準的な形が採られ合. 理化される。これはマス教育の基本的考えでもあり目標でもある。2 つめは、. 制度化である。教育がどこで行われようが誰に行われようが、同じ目標を設定し、. 同じような組織や制度の中で実施されることである。UNESCO が国を問わず世. 界レベルで教育に関する統計を集めることができるのは、均質化された制度が. 広く展開されてきているおかげでもある。3 つめに挙げられるのは社会化であ. る。教育自体は均質化され、標準化された価値や制度である一方で、教育を享. 受する側は社会の一メンバーとして責任ある行動をとることが求められる。社. 会の主要な単位とされる各個人の社会化はマス教育の重要な目標の重要な点で. あり、特に国家統制が重要であるという時代や国にあっては、マス教育が国家. 目標を実現する 1 つの方法として推進された(Boli, Ramirez and Meyer 1985)。. . 6) マス教育の達成は社会にとっても意味がある一方で、その弊害への指摘もある。たとえ ば日本の高等教育において、1980 年代に言われた大学のレジャーランド化は、その典型 と言えよう。. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 424. マス教育を実現するにあたっては教育の質と量の双方が確実にされる必要が. ある。学校の建物や公衆衛生等を含めた施設の整備、一定の教育内容を教える. ことのできる教員の量的確保、カリキュラムの整備、教授内容の統一化、中等教. 育にあっては初等教育との連続性や、将来のキャリアにつなげるための職業教. 育と高等教育への予備教育等は少なくともマス教育を成立、維持していくために. 欠かせない。これらに配慮してマス教育を確実なものとするには、財政上の担保. が不可欠である。人口増加と経済成長に加え、経済的、財政的安定性とそれを. 担保する確実な税収等が求められることになる 7)。若い世代の人口増加が続き、. 2012 年以降、6%以上の経済成長が続いてきているフィリピンにおいて、近年の. 中等教育はどのように展開してきているのか。次節では、フィリピンの中等教育. の歴史を概観した上で、アキノ 3 世政権下で行われた中等教育改革を見ていく。. 2.20世紀後半までのフィリピンの中等教育概略. (1)スペイン統治下での教育 フィリピンがスペイン支配下にあった 1565 年から 1898 年の間に展開された. 教育政策は、スペイン人向けの学校とフィリピン人向けの学校を設けるなど植. 民地特有の二重構造を創り出した(鈴木 1997:298─301)。スペインは当初、. フィリピンを植民地として統制していくために、大きく分けて 3 つの目的──. 大衆のキリスト教化、スペインへの忠誠心の醸成、エリート階級のヒスパニッ. ク化──を反映した教育政策を展開した。. 第 1 の目的であった大衆のキリスト教化については、スペインのキリスト教. 宣教師が最初にフィリピンに到着して以降、彼らは熱心にカトリックを広め、. 地方自治体が作られると教会を建設し、宗教、読み書き、算術、スペイン語、. . 7) 日本では団塊の世代が中等教育を受ける頃に高度経済成長を実現させたこともあり、着 実に中等教育の制度整備を図ることができたと言えよう。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 425. 教会音楽を教える学校を設立した 8)。キリスト教の教義を、宗教教育を通じて、. 改宗者に教え込むカテキズム(catechesis)が推奨され 9)、カテキズム学校で. は主にキリスト教の教義とその宗教的義務の認識を可能にするために必要な読. み書きを指導した(Schwartz 1971: 203)。フィリピン人のためのスペイン語教. 育は、彼らをカトリックに改宗させ、その信仰を維持するように設計されたの. だが、これはスペイン語を広め、スペイン文化の浸透を促進させることが伏線. にあった。当時のスペイン人は、カトリック信仰とスペイン国王への忠誠を同. 一視しており、植民地政府が教育を通じてフィリピン人にキリスト教を教え込. むことはスペインへ従順に忠義を尽くす心を持たせる意図が含まれていた(菅. 谷 2000)。また、スペイン支配下でのカトリシズム布教を中心とする学校教. 育の拡大は、植民地の役人養成をはじめとするスペイン語を話すフィリピン人. エリート層の創出も企図されていた。植民地を安定的に経営するために、植民. 地の書記官等エリートの育成は重要な課題だった。スペイン王朝は、英国の東. インド会社をモデルとして 1785 年に王立フィリピン会社、1862 年にはスペイ. ン・フィリピン銀行を設立し、フィリピン人を法律や会計の専門家、あるいは. 中間管理層として養成する専門教育機関を設立した(遠藤 2015)。1863 年に. はフィリピンの植民地教育システムを改革するために教育令が出された。教育. 令は各島の市町村に最低でも 2 つの男女別の小学校を設け、カリキュラムの標. 準化と師範学校との整備によって体系化された教育を多くのフィリピン人が利. 用できるようにするものであった。しかし、それは単なるマス教育の整備とい. うよりは、植民地経営のためのエリート層を養成する専門教育機関につながる. 候補を育成する公的スペイン語教育機関としての位置づけでもあった 10)。し. 8) 最初の教区学校がアウグスチノ会によって 1565 年にセブ島に設立されたのを皮切りに、. スペインの宣教師たちは 16 世紀の終わりまでに、約 1,000 のカトリック学校を設立した。 9) http://www.vatican.va/archive/ENG0015/_INDEX.HTM (2021 年 1 月 7 日閲覧)。 10) 1863 年まで、大衆向けの公教育を管理する法律はなく、以前の子ども達は、家族の富、. 地位、居住地に見合った教育を受けた(Hardacker 2014)。. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 426. かし、間もなくしてスペイン統治は終わりを見せることになる。. (2)アメリカ統治下での教育 米西戦争の結果、フィリピンの領有権を譲り受けたアメリカは、1898 年 8. 月 13 日にマニラを占領した直後に 7 つの学校を設立した。その後数ヶ月で征. 服した全ての町に学校を設立し(Casambre 1982: 7)、同年発効したマロロス. 憲法により、無償で義務化された初等教育制度を確立した。アメリカ統治の最. 初の 10 年間に、無料の公立学校制度がシュルマン委員会の勧告に基づいて確. 立され、その際に、英語を教授言語として使用するよう定められた 11)。1900. 年 3 月に可決された法律第 74 号では、既存の全ての学校を監督および管理す. る公立教育部門の創設を規定し、公立学校での宗教科目を禁止した。その後、. フィリピンの子ども達に初等教育を無料で提供するため、法律第 74 号にいく. つかの修正がされ、島全体で小学校の数が大幅に増加することになった。スペ. イン統治時代にも一定数の学校が設立されていたが、統治権がアメリカに移っ. てから当局が各島津々浦々に学校を増やしたのは、地方によって言語、文化、. 宗教、生活習慣などで大きく異なるフィリピンにアメリカ型民主主義を社会に. 根付かせ、アメリカ型の統治をスムーズに行い、国民統合を急ぐ必要があった. からである(岡田 2014)。. 1902 年、立法機関は全ての州都に高等学校を設立することを規定する法律を. 制定したが、州レベルの財政状態はどこも総じて芳しくないことから、州が学. 校の維持費を全て負担できるようになるまで、教師の給与は中央政府によって. 支払われることが盛り込まれた(Alzona 1932: 228)。一方、公立学校での教授. 言語は英語であるとされつつも、英語を話す教師の不足という問題もあり 12)、. その対策としてアメリカ人教師たちは現地の子ども達に単に英語、数学、芸術. . 11) https://www.deped.gov.ph/about-deped/history/ (2021 年 2 月 1 日閲覧)。. 12) https://www.deped.gov.ph/about-deped/history/ (2021 年 2 月 1 日閲覧 )。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 427. の他、アメリカの歴史を学ばせるだけではなく、将来、植民地政府の教師と. して指導できるよう教授した(Alzona 1932: 215)。さらにアメリカ及び植民地. 政府は、英語で教える教師不足の問題を解決するために 6 年の Pensionado プ. ログラムを設立した。これは将来を嘱望され選抜されたフィリピン人学生をア. メリカへ留学させるものであった。彼らがプログラムを終えて島に戻ると行政. サービスを提供する側になり、植民地官僚機構で専門的な仕事を与えられた人. もいたが、大多数は公立学校の教師になった。中には監督者など、教育システ. ムの責任ある役職に任命された人もいた。. 1908 年、フィリピン大学が設立された際、学制の基礎が築かれた。様々な. 検討がされたが、最終的にフィリピンにおけるアメリカ植民地下の公立学校シ. ステムは、7 年制の初等教育、4 年制の中等教育、そして高等教育(大学)の. 3 つのレベルで構成された (Casambre 1982)。初等教育はかつて 3 年間だった. が、1907 年に見直され 7 年間に期間を延長された。中等教育は学制制定以前. から 4 年間で行われていた(Alzona 1932: 229)。高等教育は先に述べた 1908. 年に、フィリピン共和国法 1870 号によって、フィリピンで初の大学が設立され、. フィリピン人のより高度で専門的な人材の育成を目指した(Casambre 1982:. 8)。. (3)戦後の中等教育政策 フィリピン共和国は 1946 年に独立し、1947 年には教育省が設置された。中. 等教育については 1956 年以降、USAID(アメリカ国際開発局)の援助によっ. て中等教育の学校 25 校を対象に、5 カ年の中等教育改善プロジェクトが実施. された。また、中等教育の数学、理科、工業技術等の教員に対して国内外で研. 修を受けさせる機会も USAID、アジア財団、コロンボプラン、フルブライト. 等によって与えられ、フィリピンの中等教育体制の底上げが図られた。しかし. 学校の施設の不足や職業教育を行う教員の数と質の問題を解決できていなかっ. た。1950 年代半ばにおいて、中等教育の普通課程就学者は 90%を越えていた. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 428. が、途上経済の根幹を支える労働者を輩出するための職業課程就学者は数%に. すぎないなど、普通中等教育がいびつな形で肥大していることが明らかになっ. ていた。1954 年に発足した国民教育審議会は職業中等教育の抜本的解決を図. るべく、1957 年に 2─2 制を導入した。これは、普通中等学校の 4 年間のうち、. 最初の 2 年間を共通の普通カリキュラム、最後の 2 年間を普通コースと職業. コースに分け、職業コースにおける授業時間数を増やすことが規定された。そ. の他にも進学や就職に関する進路選択のガイダンスを強化したり、数学と理科. の教育を強化したりすることが盛り込まれた。しかし、全国の中等教育学校の. 多くは私立の小規模校で職業コースを設置する財政的余裕はなかった。加えて、. 政府は経済開発につながる労働人材として職業コースに望みを託したが、社会. 的地位の向上をめざして職業コースではなく普通コースを選択する生徒たちの. 行動変容にはつなげることができなかった。F. マルコス政権下の 1973 年の省. 令第 20 号では、普通コースと職業コースを廃止して選択制を採用し、経済開. 発を第一とする国家として必要な中級レベルの労働人材を養成することとした. (西村 1979)。しかし政府の思惑どうりには動かず、他の ASEAN 諸国が経済. 成長する中、フィリピンは経済停滞と政治腐敗を経験することとなった。. 1986 年の政変を経て大統領に就任した C. アキノ大統領は、マルコスによる. 権威主義政治を清算し民主主義を根付かせるとともに経済を成長させることを. 政権の課題とし、行政機構の改編や地方分権改革のほか様々な制度改革を行っ. た(川中 2003)。教育について言えば、1987 年 2 月に国民投票で承認された. 憲法において、すべての国民に対し教育へアクセスする権利を保障したが、そ. れは初等教育のみならず中等教育についても人々が等しく享受できるという施. 策であった。C. アキノの教育に対する想いは、1987 年 3 月にフィリピン師範. 学校において行った演説の中に顕著である 13)。C. アキノ大統領の意思を反映. . 13)https://www.officialgazette.gov.ph/constitutions/1987-constitution/ (2021 年 1 月 5 日閲覧). フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 429. し、1988 年に成立したフィリピン共和国法第 6655 号(公立中学校教育無償化. 法およびその他の目的の設立および提供する法律)では教育の民主化が企図さ. れた。同法において、各州政府が資格ある全ての市民に無償の公立中等教育を. 提供し、全てのレベルで質の高い教育を促進することを明示した 14)。同法に. 基づく改革が進められた結果として学校教育へのより容易なアクセスが提供さ. れることになり、小学校と中学校の修了率が上昇するとともに、平均就学年数. も増加し、高等教育を受ける割合も増えるなど成果が見られた(Revilla, Ma.. Laarni D 2014)。しかし、学校を卒業しても各人の能力に見合った雇用先が見. つからなかったり、地方での教育資源が不足したりするなど、様々な問題を抱. えつづけることになった。. 3.K+12をめぐって. (1)K+12制定へ向けて 2010 年 6 月の大統領選で勝利し第 15 代フィリピン共和国大統領となったア. キノ 3 世は教育改革に着手し、その一環として 2012 年 4 月に K+12 プログラ. ム構想を発表した後、2013 年 5 月に成立したフィリピン共和国法第 10533 号. (2013 年基礎教育法の改正法、K-to-12 Act)により中等教育が 2 年間延長され. ることになった。. フィリピン教育省が実施する全国到達テストは、基礎教育の主要な科目の. 学力を見るためのテストであり、3 年生、6 年生、10 年生(日本の高等学校 1. 年生相当)、12 年生(日本の高等学校 3 年生相当)を対象に毎年行われてい. る。2009─2010 年に行われた全国到達テストにおいて 6 年生の合格ラインに達. した割合は 69.21%、12 年生の合格ラインに達した割合は 46.38%であり、特. . 14)https://www.officialgazette.gov.ph/1988/05/26/republic-act-no-6655/ (2021 年 1 月 30 日閲覧). 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 430. に 12 年生については 2008─2009 年の 47.40%から下落するなど、子供たちが十. 分に指導を受ける時間と学習する時間を取得できていないと指摘されていた. (Department of Education 2010)。また、2003 年に行われた TIMSS(Trends. in International Mathematics and Science Study)による算数、数学、理科の到. 達度に関する調査で、数学は 38 か国中 34 位、理科は 46 か国中 43 位にランク. 付けされ、2008 年には、中等教育最終学年の数学のスコアにおいて、フィリピ. ンは最下位となっていた(Mullis, Martin, Robitaille, Foy 2009:70)。. また労働市場では、基礎教育のカリキュラムを 10 年間で終わらせることに. よって、労働に不可欠な基本的能力を欠く状態が続き、教育市場と労働市場の. ミスマッチを招いていることも指摘されていた。さらに基礎教育期間が世界標. 準として一般的になっている 12 年間よりも短いことから、留学を希望する人々. や、海外出稼ぎ労働者として職を求める人々、特に専門家身分で就業する人々. にとって不利にはたらくケースがしばしばあることがわかっていた。他方、10. 年という短い基礎教育プログラムでは、子どもたちが未熟なまま労働者になる. か高等教育へ進学するかしなければならず、人間成育上の観点からも 10 年の. 基礎教育は問題視された(Department of Education 2010)。アキノ 3 世政権は. これらを重大問題と認識して基本的な教育カリキュラムの強化を優先的政策事. 項とし、2011 年に 5 歳以上の子供たちに幼稚園教育を義務化したあと、2012─. 2013 年に 1 年生から 7 年生までの新しいカリキュラムを実装化し、2016 年以. 降、中等教育を 6 年制に転換するなど段階的に進めることとした 15)。. . 15) アキノ 3 世大統領は、従来の 10 カ年教育体制を「強制給餌」と呼び、教育制度改革を 実施して国際レベルでは一般的な 12 カ年の教育体制にすることで、世界的に競争力の ある質の高い教育を提供するとともに、教育を教授する子供たちを含め各ステークホル ダーのニーズに対応するプログラムになると自負した。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 431. (2)K+12プログラム K+12 プログラムとは、旧来、小学校入学から中等教育修了まで 10 年(K +. 10)だったのに対し、小学校から中等教育レベルまで 12 年間で実施する基礎教. 育プログラムを指す。特に中等教育では、大学進学、将来の就職、起業家精神. を身につけることを目的とし、従来 4 年間の中等教育で終わっていたのを前期. 中等学校 4 年に後期中等学校 2 年を追加して合計 6 年間で修了するものである。. 基礎教育の年数を増やすことによってフィリピンの基礎教育システムを強化し、. 国民、国および社会全体のニーズに応じた適切かつ統合された教育システムを. 確立し、維持し、支援するというものであった。それにより新たに誕生した後. 期中等学校では、①教養、②技術・職業・生活、③スポーツ、④芸術・デザイ. ンの 4 つのコースに分け、各生徒はいずれかを選択できるよう設計し、将来キャ. リアにつなげられるようにした。. フィリピン政府は、2013 年 5 月にフィリピン共和国法 10533 号を成立させ、. 学習と雇用の双方に不可欠な能力、スキル、価値観を備えた生産的で責任ある. 市民を育成する機能的な基礎教育システムの構築をめざすこととし、基礎教育. カリキュラムの開発は教育省が設計と詳細を策定することを決めた。また、雇. 用へつなげるプログラムとして実質化するため、教育省は、高等教育委員会、. 技術教育・技能開発機関庁と協力するとともに、教育カリキュラムの調整を行. う労働雇用省、専門家規制委員会、民間およびその他のステークホルダーとの. 協議を行うとされた。. K+12 プログラムは段階的に開始された。幼稚園は 2011 年から 2012 年にかけ. て義務化された後、2012─2013 年以降、初等教育、中等教育でも順次新しいカリ. キュラムが実装された。そして 2016 年に 11 年生が、2017 年に 12 年生が追加さ. れた。それを裏付けるように 2011 年の教育省の予算が 2070 億ペソだったのに. 対し、2012 年には 2388 億ペソへと 15%の増額になった。この増額分について. 当時の教育省長官は、学校での学習の質を向上させ、より良い未来のために若. 者を準備するというアキノ政府の継続的なコミットメントを維持するものである. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 432. と説明し、K+12 プログラムを確実なものとするアキノ政権の意欲を示した 16)。. K+12 を展開していくにあたり、フィリピン政府は教育環境が大きく改善し. たと自負した。2010 年から 2013 年までに 6 万 6,813 の教室を各地に建設し、. 最終的には、全国に 5,899 の高等学校を設立する予定であった。教師に関して. は、2010 年から 2014 年にかけて、128,105 名を新しく増員し、2016 年には高. 校のみで 37,000 名の教師を雇用する予定であった。教科書も全て新しいカリ. キュラムに応じたものに切り替え、高校の専門科目においては専門的な教科書. を使用する予定であった 17)。. (3)ドゥテルテ政権での教育政策 2016 年 6 月、アキノ 3 世に代わりミンダナオ島ダバオ市で長く市長を務め. ていた R. ドゥテルテが大統領に就任した。アキノ政権期、政治状況は安定し、. 年 6%の経済成長を記録するなどマニラ首都圏では所得が改善されたが、地方. では所得は変わらないか低下する状況となり、また全人口の 20%以上が貧困. 層であることは大きく変化してはいなかった(影山 2019)。. そのような中、K+12 のうち、中等教育の追加 2 年の実施はドゥテルテ政権. の手に移った。ドゥテルテはもともと、教育省の資源が限られているために. K+12 を実施するには不十分であり、追加の 2 年については既定路線ではなく. 任意にすべきと K+12 プログラムには否定的だった。しかしドゥテルテは大統. 領に就任する直前の 2016 年 5 月、グローバル社会においてフィリピンが遅れ. をとっている状況を教育省官僚から説得され、追加 2 年の新しい教育カリキュ. ラムに賛同を示した 18)。アジアではフィリピンを除いて、途上国を含むすべ. 16) https://www.officialgazette.gov.ph/2011/12/16/deped-gets-15-budget-increase-for-2012/ . (2021 年 1 月 10 日閲覧) 17)https://www.officialgazette.gov.ph/k-12/(2021 年 2 月 4 日閲覧) 18) https://www.philstar.com/headlines/2016/05/25/1586787/duterte-backtracks-k-12-. beneficial (2021 年 2 月 4 日閲覧). フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 433. ての国が初等・中等教育を 12 年で実施している中、フィリピンが東南アジア. で唯一、経済成長で足踏み状態が長かった経験から、ドゥテルテを説得する理. 由としてかなり大きく影響したかもしれない。. しかし K+12 を採用した後も、思うような結果は出なかった。フィリピン. 政府は 2018 年に経済協力開発機構(OECD)による国際学生評価プログラム. (PISA)に初めて参加し、国際基準に関連するベースラインを確立して、教. 育改革の有効性を図ろうとした。けれども、2018 年 12 月 3 日に発表された. PISA の結果によると、フィリピンは数学で 353 点、科学で 357 点、リーディ. ングで 340 点と、全ての教科において OECD 諸国の平均を下回った 19)。また、. K12 実施後の全国到達テストの平均スコアについても、2015─2016 年、6 年生. が 41.5%、10 年生が 44.7% であったに対し、2016─2017 年、6 年生は 40.0%、10. 年生は 44.1% など、むしろ低下している状況にあった。さらにこれらの数値は、. K+12 の影響がなかった 2013─2014 年の平均スコアよりも低下していた 20)。. 2019 年 12 月、教育省は K+12 の見直しとして「基礎教育の質の挑戦」(Sulong. EduKalidad)と題する文書を発表した。同文書は、アキノ政権下にて実施さ. れた K+12 が基礎教育へのアクセスの面で大きな進展をもたらしたと評価しな. がらも、教育の品質向上にシフトしていく必要性を指摘した。そして教育の質. の向上のために、① K+12 のカリキュラム見直しと更新、②学習環境の改善、. ③教師の能力改善、④ステークホルダーの支援と協力の 4 つを挙げた。まず. K+12 カリキュラムの見直しと更新では、その中心に批判的思考の醸成を置い. た。ここで言う批判的思考とは批判することを教えるのではなく、科学、技術、. 工学、数学といったフィリピンが遅れをとる STEM 教育分野で、基礎知識や. 専門知識を用いて解決策を見いだし、イノベーションに貢献できる人材を創出. . 19)PISA-2018-Philippine-National-Report.pdf (2021 年 1 月 5 日閲覧 ). 20) https://www.bworldonline.com/k-to-12-review-finds-declining-test-scores-skills-mismatch/ (2021 年 2 月 4 日閲覧). 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 434. することを目指すものである。但しカリキュラムの見直しで STEM 教育を強. 化するとしながらもそれだけに傾倒せず、人文科学や社会科学系の学びともバ. ランスをとるべきだとした。2 番目に挙げた学習環境の改善とは、物理的な施. 設や設備のみならず、学校が学習のための安全な空間として機能することを目. 的とするものである。一部の地区では生徒一人一人にコンピュータを与え、教. 室に電子黒板が備えられているように、教育省は早急なデジタル機器の整備に. 動く必要があることを示唆した。3 つめに挙げている教師の能力改善は、教育. 省大臣自らが教育の質においてもっとも重要な課題として認識しているもので. あった。教育の質の基準が目まぐるしく変化する時代に質の高い教育を提供す. るには、教師が常に最新の知識を獲得している必要がある。このため、教育省. は、現職教師の専門能力開発に投資し、全面的に支援するとした。また教師の. 能力向上に伴い、昇進の機会を通じて適切なインセンティブを提供することに. も言及した。4 つめのステークホルダーの支援と協力について、教育省は全て. のセクターとコミュニティの支援を求めた。自治体、保護者、同窓会、NGO、. 民間セクター、開発パートナーなど誰もが、物理的な施設寄贈のような貢献に. とどまらず様々な貢献をすべきと指摘した。社会の様々なアクターが、K+12. について戦略的な政策や計画に関わったり教育政策の分析やアドバイスで関. 与したりすることにより、教育の質を向上させることを期待したのである 21)。. 第 46 回閣僚会議において、ドゥテルテ大統領が「基礎教育の質の挑戦」プロ. グラムの施行を承認したのはそれから約 2 か月後の 2020 年 2 月であり、先の. 教育省の発信した骨格がほぼ踏襲された形だった 22)。. アキノ 3 世政権下の K+12 では、国際基準よりも 2 年少ない基礎教育カリ. キュラムによってもたらされる障害を取り除き、国際市場の競争に参入できる. 人材育成を目指し、憲法が定める国民全員に行きわたる教育を目指した。制. . 21) https://www.deped.gov.ph/2019/12/04/sulong-edukalidad/ (2021 年 1 月 7 日閲覧). 22) https://www.pna.gov.ph/articles/1092963(2021 年 2 月 3 日閲覧). フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 435. 度が立ち上がって約 10 年が経つ今日、結果としてその目標は実現できている. のか。これに対して政府や K+12 を推進してきた団体からは、新カリキュラム. 下の後期中等学校 2 年生の学期開始は 2017 年であるため、K+12 が結果を出. していないとすることは時期尚早という主張が繰り返されているものの、現在. までに、国際競争に耐えうる人材育成という点で成果はほとんど見られない。. K+12 のカリキュラムを実施する上で十分な施設、設備、教員等が不足してい. ることが指摘されており、国民からは中等教育の追加の 2 年のための費用が余. 計にかかるようになっただけだという手厳しい批判もある 23)。教育に直接関. 係する当局、学校、教員、生徒だけではなく、企業や NGO あるいは納税者を. 巻き込んで公共ガヴァナンスを実現すべきところで、関係するステークホル. ダーの賛同を失う状態に来ている。. 一方、ドゥテルテ大統領は主に貧困層を対象にして、新たに高等教育無償化. 制度と代替学習システム制度を開始した。アキノ政権での教育改革は、基本的. にフィリピン人労働者の高度化や外資の誘致を目的としたマクロな視点が中心. だったのに対し、ドゥテルテ政権での教育改革は、格差や治安、紛争問題など. を考慮し、規律を尊重する「善き市民」の創出を促すというミクロの視点に重. きを置いていると言えるかもしれない 24)。但し、ドゥテルテ政権が教育にス. テークホルダーをうまく巻きこめているかについては、改めて調査、検討をし. なければならない。. . 23) https://www.philstar.com/headlines/2019/10/21/1961981/house-review-k-12 (2021 年 1 月 28 日閲覧 ). 24) 日下渉は、「善き市民」としての主体性を確立した人々こそがドゥテルテを大統領にし た立役者だったという(日下 2020)。. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 436. 4.中等教育をめぐる分権. (1)地方への権限委譲 フィリピンでは、スペイン統治下及びアメリカ統治下いずれの時代において. も各地域に学校を配置する方針を展開した。しかし、より意図的に権限や財. 源を中央政府から州政府に移そうと試みたのは C. アキノ政権期以降であった。. 地方分権が出てくる背景として、一般的には次の 3 点が指摘されている。. 1 つは、国際環境の変化である。1990 年代半ば以降、世界各地で同時多発的. に地方分権の波が現れたことは、その少し前におこった冷戦の終わりや市場原. 理を導入する国が増えたことによる経済グローバル化の加速によって、国家さ. らには地方政府がグローバルな競争に容易に晒されるようになったことが影響. しているというものである。ただ、このような国際環境の変化がすべての国や. 自治体で同じように影響したわけではなく、国際関係や国内の制約条件も絡ん. で地方分権の出方に違いを生じさせた。2 つめは、「反中央」戦略である。中. 央政府による中央集権政治にメスを入れ改革するものとして、ソ連や東ヨー. ロッパ等で経験した旧共産政権の改革や、民族、文化、言語等の多様性に向け. た運動が例として挙げられよう。いわゆる自由民主主義体制にあっても、中央. 集権によるひずみや限界が顕在化し、草の根的に地域の独自性や自治が求めら. れるようになった。3 つめとして、社会経済の成熟に伴う変化がある。国家建. 設初期あるいは経済や社会発展が途上の時期には全国一律の国家政府による配. 分が有用である一方、ある程度のレベルに来ると地方の実情に即した対処が求. められるようになる。日本においても地方の過疎化が 1970 年代以降問題とな. る中、自治体の首長のイニシアティブが注目されるようになった。フィリピン. において、C. アキノ政権において地方分権が本格的に展開されたのは、マル. コス大統領による権威主義的な中央集権政治に対するものとして「反中央」戦. 略が生まれ、さらにその後グローバル経済という国際環境の変化が地方分権を. 促すことになったとされる(秋月 2003:159─163)。ただ、教育の分権は、マ. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 437. ルコス政権期にその端緒を見ることができる。. 1975 年、執行命令第 452 号の実施により、教育省の地方分権化が始まり、. 以降、教育セクターは、その有効性と効率を高めることを目的として改革. されることになった。その後 1982 年教育法で知られる統合教育システムの. 構築及び維持を規定する法律(An Act Providing for the Establishment and. Maintenance of an Integrated System of Education)が制定され、学校教育に. おける国家政府、地方政府、学校、保護者等ステークホルダーそれぞれの責任. が明確にされた。また、学校の財政と支援にも触れ、地方政府は中央政府から. 配分される財源を使って地方の公立学校の運営を行うこと、特に公立の中等学. 校に配分される予算を用いて学校の設立、維持、運営に地方政府が積極的に関. わることが示唆された。加えて C. アキノが大統領となって発出した 1987 年の. 執行命令第 117 号では、教育アクセスの平等性と地域コミュニティの回復のた. めに教育省の再編を求めた。同命令第 23 節で、教育省は、各リージョンに地. 域事務所を設立し、域内の学校の運営と監督に責任を持つ責任者を置くことが. 定められ、学校教育の地方分権を支える制度整備を急いだ。これらの執行命令. や法律はいずれも、公共サービスの提供における、その有効性と効率を高める. ことを目的とし、構造、管理業務、官僚的手続きに対する改革として行われた. (Guzman 2007: 615)。マルコスと C. アキノは権威主義対反権威主義、民主化. と政治スタンスが大きく違っていたものの、教育を地方へ分権化していくこと. については大きな断絶はなかったと言えよう。. C. アキノ政権下、1991 年に制定された地方政府法(フィリピン共和国法第. 7160 号)は、地方分権を進めるとともに地方政治での NGO や市民参加を制度. 化するもので、基本的なサービスの提供の管理と責任は地方政府に移された。. 地方政府は自立して、国に委任された事務を責任持って遂行しなければならな. いと規定される一方、地方の開発に民間セクターや市民を参加させる必要があ. ることが明示され、ステークホルダーが教育政策の決定と実施に参加を促す根. 拠が整えられた(Guzman 2007: 615)。教育については、2001 年に制定された. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 438. 基礎教育法(フィリピン共和国法第 9155 号)で、共有ガヴァナンス原則と称. する中央と地方の協調と責任体制が示された。共有ガヴァナンス原則とは、教. 育省及びその配下の役人がそれぞれ決まった役割、任務、責任を持ち、その結. 果に説明責任を負うという行政サイドの基本的指針である。教育サービスにか. かる意思決定は民主的な協議プロセスを必要とし、学校及び地方政府の各レベ. ルと中央政府との間でフィードバックを実質化するとともに、他の政府機関や. 地方政府、NGO との連携も必要であるとした。そして地方分権化として、各. 学校単位での管理体制を推進し、中央政府あるいはリージョンのような単位で. はなく、市民の生活に近い地方政府、行政単位、学校へと権限移譲を促進させ. つつ、市民に近い地方自治単位や保護者などのステークホルダーと教育におけ. る責任を共有することが定められることになった(Guzman 2007: 616)。限ら. れた資源を中央政府がすべてコントロールするのではなく市民に身近な単位に. 権限を移譲したほうが効率的かつ効果的に使われるということは、今日までに. 学界で共有されている地方自治の根拠の 1 つであるが、既に多くの論考で、地. 方分権化により教育へのアクセス改善を指摘しており、フィリピンの地方分権. でもその効果が期待されていた。近年でも、各学校の管理運営体制を強化し、. コミュニティの参加と関与を拡大することにより、効率的かつ効果的な教育. サービスを提供することを目的として、2015 年に教育省命令第 44 号(強化さ. れた学校改善計画プロセスと学校のレポートカードに関するガイドライン)が. 発出された。. しかし、フィリピンにおいて教育の地方分権化の成果は限定的にしか出てい. ない。確かに教育予算は国から地方政府へ、あるいは地方政府から各学校へと. 配分されたが、教育省を頂点とするトップダウンの構造は大きく変わらず、地. 方政府や学校現場もまた問題を抱えつづけている。教育政策のほとんどは、い. まだにケソン市にある教育省の本部が管理し、教育省本部が地方政府に指示し、. その運用を監督する状況にある。特に教育省の地域局等は学校経営に影響を与. える施策の決定権限を握りつづけている。また各学校は管理運営権を与えら. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 439. れ、学校運営の予算の配分や支出などの権限も付与されたが、学校改善計画や. 作業計画、財務報告書などの管理書類を作成できるような人材が不足しており、. 多くの学校では予算を適切に分配できないでいる。学校を管理運営できる能. 力を持つ校長が不足し、さらには、学校を監督する中央政府及び地方政府の部. 局長が足りないことが問題の解決を一層難しくしている(Saguin and Ramesh. 2020)。. 新型コロナウィルス感染拡大に伴い、フィリピンでもオンラインによる遠隔. 授業が導入された。授業を受ける生徒はおろか、配信する学校も必ずしもイン. ターネット環境を備えているわけではなく、フィリピンの教育は新たな壁にぶ. つかることになった。教育の地方分権化の中で、学校独自の工夫で乗り切った. り、WiFi にアクセスできない生徒たちをジプニーでアクセスポイントまで連. れていったりするなど地域コミュニティを巻き込んだ対策がとられつつあるも. のの、7000 以上の島にいる生徒たちが質の高い教育を受け続けることができ. ているかは、学校経営の現状から見て疑問がある。また生徒の中には劣悪な住. 環境や隣人のカラオケの音の中で、自宅で学習しつづけなければならない状況. を強いられる者もいる。フィリピン国家警察は、地方政府や行政の末端組織で. あるバランガイに対して、学校の授業時間中に地域の騒音レベルを規制するよ. う指示し、教育という公共サービスを担保しようとした。しかし、コミュニティ. にいる人々のカラオケやおしゃべりなどのコミュニケーションが公共性を持つ. と言われれば、違うレベルでの 2 つの公共性がぶつかることになり、地方レベ. ルではこれらの公共性の対立を解消できない可能性もある 25)。. (2)民間への権限委譲 1980 年代、日本、アメリカ、イギリスなどの先進国ではそれまで国家が提. . 25) https://www.philstar.com/opinion/2020/10/07/2047689/educational-divide (2021 年 1 月 30 日閲覧). 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 440. 供してきたサービスであっても民間に任せられるものは民間に任せ、市場原理. の導入で効率的、効果的なサービスを提供するという新自由主義による改革が. 進められた。同時に、途上国の社会経済開発上、政府の不適切な介入を是正す. るために行政サービスに民間アクターを参加させる民間化が積極的に取り込ま. れるようになった。民間化は、①所有するアクターを国家や自治体から民間へ. 移行、②運営するアクターを国家や自治体から民間へ移行、③方針を策定した. り監視、監査したりするアクターを国家や自治体から民間へ移行という 3 つに. 分類できる。その分類に基づけば、日本で 1980 年代半ばに行われた国鉄、電. 電公社、専売公社の民営化は、①所有するアクターと②運営するアクターの移. 行によるものだった。一般的に民営化によって公共サービスの改善が期待され. ることがしばしばあるが、経済理論的には民営化によって必ずしも経済的にプ. ラスの影響をもたらすのかは明らかになっていないという(鈴木 2006)。む. しろ途上国の開発においては、民間化よりも適切な制度や政策を整えているか. が問題とされてきた(小林 2018)。しかし、フィリピンにおいては、電力や. 水道をはじめ公共サービスを民間化することで問題解決を図ろうとする考えが. 強く、教育サービスにも民間アクターを積極的に活用しようとしている。. 加えて、ここでは政府と民間との連携にも注目する必要がある。近年多くの. 国において、教育システムの競争力と効率を高めることを目的とし、教育官民. パート ナーシップ(Educational Public–Private Partnerships、以下 EPPP)を. 採用している。これは教育政策における官民パートナーシップであり、教育サー. ビスの適切な提供のために、国家や自治体と、企業や市民社会等民間アクター. が連携するものである。EPPP は質の高い教育を提供するための費用対効果の. 高い手段として考えられているため、政府が公共支出を制限しながら教育への. アクセスを増やす必要がある低所得国において、特に人気が高い (Robertson,. Mundy, Verger and Menashy 2012: 1)。また、EPPP は、貧しい家庭を含む様々. な社会的背景を持つ家庭に学校選択の機会を提供し、学校提供者間の競争を促. 進するなど、選択と競争の両方によって、教育の質を高めることが期待されて. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 441. おり(Patrinos, Barrera-Osorio, and Guaqueta 2009: 2)、フィリピンにおいて. も EPPP が採用されてきた。. フィリ ピ ン に お け る EPPP の 取 り 組 み の 例 と し て Affordable Private. Education Centers(略称 APEC)がある。APEC は、2013 年に国際的な教育. 企業であるピアソンとフィリピンの一大財閥であるアヤラ・グループとの合併. 事業として、K+12 プログラムを提供する私立の後期中等学校をマニラ首都圏. とカラバルソン地方に設置し、フィリピン人に手頃な価格で質の高い教育を提. 供し、大学進学や就職に向けた教育を行うことを目的としてきた。政府が全て. の若者に質の高い教育を提供できないことから、民間企業による市場ベース. の教育サービスを提供する APEC は生徒数を順調に増やし、2013 年に 130 人. の生徒で始まった事業は 2018 年には 18065 人に達するまでになった 26)。K+12. プログラムの実行段階において、特に教育期間が 2 年追加されたことに伴って. あふれた生徒の受け皿として APEC は機能しており、教育省も限られた財源. の中で、官民パートナーシップとして民間企業が中等教育に参入するのを積極. 的に認めてきた。. APEC の中等教育事業は、企業が学校を所有、管理することにより、低料金. で経済的に不利な立場にある多くの若者に教育を提供するということを売りと. している。しかし、APEC の事業が初等教育ではなく中等教育に重点を置いて. いることもあり、教育サービスを産業界の労働ニーズに合わせ、アヤラ・グルー. プ等民間企業が必要とする人材を生産することを目指しているという批判もあ. る (Riep 2015: 3-6)。また APEC 傘下の学校の中には、商業ビルのテナントス. ペースを教室として使い、学校として必要とされる体育館や図書館などの施設. を備えていなかったり、教員資格を持たない者が教師として在籍していたり、. 教員を低賃金で雇っていたりするなどしていることが報告されている。教育省. は、APEC の立ちあげを承認し、民間企業の教育への参入に際して規制緩和を. 26)https://www.apecschools.edu.ph/about-us/ (2021 年 1 月 31 日閲覧). 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 442. 行ったとされるが、むしろ重大な規制を崩壊させたという非難もある 27)。. 教育省は、高校入学者数増加に対応するため、官民パートナーシップを通じ. て民間の投資とリソースを活用するバウチャー・プログラムを 11 年生と 12 年. 生にまで大幅に拡大した(Riep 2015: 27)。教育バウチャーはアメリカの経済. 学者 M. フリードマンの 授業料クーポン制度に発するものである。縷縷変化す. る社会の要請に適切に応答しない国家や自治体に代わって、公教育の供給、管. 理を行う新しい体制を確立するにあたり、教育を受ける側にそのしわ寄せがこ. ないよう、経済的負担の軽減を図り学校教育における選択の幅を広げることを. 目的としている(黒崎 2000:7─8)28)。アキノ 3 世政権は、K+12 の実施に伴っ. て必要になる学校と教職員を増やすため、公立学校の数を拡大する代わりに、. 私立学校の数を増やし私学での教育を助成するとした。これにより 2016 年と. 2017 年の 11 年生と 12 年生の 60 〜 70%が公立学校へ、残りの 30 〜 40%の生. 徒が私立学校へ入学する指標を打ち出した(Department of Education 2015: 26-. 27)。教育バウチャーとして、フィリピンでは、私立学校に入学する学生は、年. 間 8,750 〜 22,500 ペソの補助金を受け取れることになったが、実際の私立学校. の年間授業料は 24,850 ペソ〜 70,000 ペソと、補助金以上の費用を学生または. その親が負担しなければならない(San Juan 2016: 87─88)。バウチャー制度は、. 原則として経済的貧困により教育が受け入れられない若者を対象として設定さ. れているにもかかわらず、実際にはバウチャーと私立学校の授業料の差額を家. 族が負担できる裕福な学生によって使用されることになり、不平等を拡大させ. る状態をつくりだしている。フィリピンでのバウチャー制度は貧しい人々の教. 育機会の拡大をもたらすという目的を完遂しにくい形になっている(Termes,. Brent Edwards, and Verger 2020: 111─112)。. . 27) https://canteachersfedcandesenseignants.wordpress.com/2016/10/29/apec-schools-model- undermines-education-quality/ (2021 年 1 月 31 日閲覧). 28)但し、教育バウチャーの定義は、論者や国家政府により異なることに留意する必要がある。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 443. 結びにかえて. 教育には単に教員と生徒の二者による関係性のみではなく、中央政府や地方. 政府とその役人、議員、企業、NGO、市井の人々が関わり、またそのように. 様々なステークホルダーが関わることが認識されてきた。教育における公共ガ. ヴァナンスが成り立つためには、言わば自動運転を可能にするようなステーク. ホルダーの規律づけや調整を行うこと、あるいはステークホルダーを含め社会. に広く受け入れられる利益を創出できることが鍵になる。フィリピンの中等教. 育政策は、スペイン及びアメリカが統治していた時代から国民統合や社会の安. 定等を目的としてマス教育が展開され、独立後も教育が国家や社会の形成に影. 響することを意識した教育政策が展開されてきた。マルコス政権から C. アキ. ノ政権にかけては教育の地方分権がはじまり、K+12 プログラムの実施におい. ても各島、各地域で追加の 11 年生、12 年生にあたる中等教育について地元の. ステークホルダーを巻き込んで実施されることが政府の文書や法令で求められ. てきた。また、追加された後期中等学校の 2 学年の生徒を受け入れるための施. 設や設備、教員等の確保が公立学校のみでは追いつかないことから、政府は積. 極的に民間企業を巻き込み私立学校を開設して、産業界との連携を図った教育. を展開していくとした。制度や法令上は、多様なステークホルダーを巻き込み、. 規律づけ、質の高い教育を実現しフィリピンの発展を進めていくという公共ガ. ヴァナンスの形式要件は整っている。しかし実際には、地方分権の中でも教育. 分野だけはなかなか中央政府が権限を手放さず、予算の決定、分配についても. 教育省の縛りが大きい。たとえ行政や財政の権限が地方にあるいは学校に移さ. れたとしても、それを采配できる人材が不足しており、地方政府や各学校が地. 域住民を巻き込んで運営できる状態ではない。さらに社会の中で人々が必ずし. も教育に理解を示しているわけではなく、教育への市民参加はうまくいってい. ない。. 他方、学校の設立や運営を民間企業が担う余地は格段に増えている。硬直し. 横浜法学第 29 巻第 3 号(2021 年 3 月). 444. た官僚組織よりも市場に任せたほうが効率的、効果的に運営されるという新自. 由主義の考え方が根拠になっているが、民間企業の経営する学校が必ずしも効. 率的、効果的に運営されているわけではなく、教育の質も公立学校に比べて同. 等、あるいはそれ以上になっているわけでもないという。公共サービスならば、. その内容や質は、最終的に投票という形で異議申し立てを示すことができるは. ずだが、公共サービスを民間化するとその賛否は、サービスを買うか買わない. かという形で出てくることになる。しかし教育サービスについては、特に学校. の数が限られている地方となると選択肢が限定され、「買いたくないものを買. う」という選択をせざるを得ない場合もあろう。また中等教育の民間化をめぐっ. ては、本文中で指摘したとおり、経済格差を埋めるはずの教育バウチャー制度. が格差を広げることにもなっている。. フィリピン人を国際競争に耐えうる人材として育成するための K+12 プロ. グラムは、構想としては間違っていなかったのかもしれないが、実施方法や. 運営体制が十分に整わないまま走り出したことから、就学者が増える一方で、. K+12 プログラムの所期の目的達成を難しくしている。K+12 の今後の進め方. によっては、経済格差を埋めるどころか中間層と貧困層の分断を大きくし、経. 済成長や社会の安定を脅かすことにもなろう 29)。本稿では、教育改革の問題. を公共ガヴァナンスという概念から考察したが、教育の公共性を創り出すこと. が求められる中央-地方の関係や、政府-民間の関係については改めてケース. スタディから明らかにされねばならない。とりわけ K + 12 のプラス 2 年の特. 徴の 1 つである職業教育に関する政府-民間関係と公共性については別稿で考. 察したい。. 【参考文献】 秋月謙吾(2003)『社会科学の理論とモデル 9 行政・地方自治』東京大学出版会. 29)中間層と貧困層の二重公共圏の構造については、(日下 2013 年)を参照。. フィリピンの中等教育改革 K+12 をめぐる課題. 445. 足立幸男(2009)『公共政策学とは何か』ミネルヴァ書房。 遠藤雅巳(2015)「フィリピンにおける共同体意識の形成-共通語と宗教から見た植民地支. 配下における国家共同体意識形成の社会史─」『神戸国際大学紀要』第 88 号、1─29 頁。 大田直子(1983)「もう 1 つの教育行政制度原理-英国中産階級のための教育行政制度構想」. 『人文学報』289 号、39─64 頁。 大山耕輔(2010)『公共ガバナンス』ミネルヴァ書房。 岡田泰平(2014)『「恩恵の理論」と植民地―アメリカ植民地期フィリピンの教育とその遺制―』. 法政大学出版局。 影山昇 (2019)「ドゥテルテ政権前半の経済政策-フィリピン人のための改革─」『ファイナン. ス』49─55 頁。 川中豪(2003)「フィリピンの民主化と制度改革」『アジア民主化過程と法:フィリピン・タイ・. インドネシアの比較』日本貿易振興機構アジア経済研究所、21─39 頁。 日下渉(2013)『反市民の政治学─フィリピンの民主主義と道徳─』法政大学出版局。 日下渉(2020)「ドゥテルテの暴力を支える『善き市民』─フィリピン西レイテにおける災害・. 新自由主義・麻薬戦争」『アジア研究』第 66 巻第 2 号、56─75 頁。 黒崎勲(2000)「教育の市場化・民営化と教育行財政 : 規制された市場と学校選択」『日本教. 育行政学会年報』第 26 巻、3─14 頁、日本教育行政学会、2000 年、7─8 頁。 河野勝(2006)「ガヴァナンス概念再考」『制度からガヴァナンスへ-社会科学における知の. 交差』東京大学出版会、1─19 頁。 小林誉明(2019)「第 19 章 政策改革支援」木村宏恒監修『開発政治学を学ぶための 61 冊─. 開発途上国のガバナンス理解のために─』明石書店、245─256 頁。 菅谷成子(2000)「18 世紀中葉フィリピンにおける中国人移民社会のカトリック化と中国系. メスティーソの興隆─『結婚調査文書』を手がかりとして」『東洋文化研究所紀要』444 ─420 頁。. 鈴木静夫(1997)『物語フィリピンの歴史「盗まれた楽園」と抵抗の 500 年』、中央公論社。 鈴木有理佳(2006)「『民営化』のコスト─フィリピン電力部門の事例─」『アジ研ワールド・. トレンド』日本貿易振興機構アジア経済研究所、16─19 頁。 ハーバーマス ユルゲン(2006)『公共性の構造転換-市民社会の一カテゴリーについての探. 究-』第 2 版(細谷貞雄、山田正行訳)、未來社。 前田勉「広瀬淡窓における学校と社会」『日本文化論叢』第 17 巻、35─52 頁。 西村俊一(1979)「フィリピンにおける教育の大衆化と教育改革の課題」『教育学研究』第 46. 巻第 3 号、216─225 頁。 藪野祐三(2005)『ローカル・デモクラシーⅡ ─公共という政治的仕組み-』法律文化社。. Abaquin, Lorenzo, Caleda, Mary J

参照

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