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アブダクションと神経科学 太田 宏之 (

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アブダクションと神経科学 太田 宏之 (

Ohta, Hiroyuki

) 防衛医科大学校 生理学講座

アブダクションとは、結果が得られた時点においてその結果を引き起こす事となった未 知の原因を指定する、帰納・演繹とは別種の、逆行的かつアドホックな推論形式である。

アブダクションは論理学をその出自としており、経験科学における仮説演繹プロセスを説 明するための形而上学的な概念として扱われてきた。しかし、近年の神経科学の進展によ って、そのような経験科学を成立させている我々の学習プロセス自体をも経験科学の対象 として取り扱う事と成って来ている。そこで「アブダクションはどのようにして神経科学 的に自然化されうるのか」という疑問が必然的に発生する。

このようなアブダクションの自然化という視点は、学習プロセスに関する既存の神経科 学に対し、どのような新規なテーマを提供するだろうか。一つは、まずアブダクションを 含んだ推論形式の3分類と、既存の神経可塑性に関する知見との対応関係についての議論 である。現在の神経可塑性に関する研究においては、多かれ少なかれヘッブ則が念頭に置 かれている。ドナルド・ヘッブは動物心理学の観点から、「ニューロン Aの発火がニュー ロンBの発火に対して繰り返し寄与する事があればニューロンAがニューロンBを発火 させる効率が向上する」という法則を仮説として提案した(ヘッブ則)。このヘッブ則は、

帰納推論との関連を予感させるものである。一方、演繹はニューロンA・B・C の間の直 列的なシナプス結合が、ある一つのまとまった機能(入力Aならば出力C)を実現する、

といった基本的な神経系の伝達機能と対比させられるであろう。では、神経ネットワーク の可塑性の中でアブダクションはどのように位置づけられるであろうか。最終的にはこの 種の問題設定に基づく電気生理的知見の取得および検討によって、帰納とヘッブ則の関係 に比するような、アブダクションに対応した神経可塑性のルールの導出が期待されよう。

また、アブダクションの自然化という問題提起によって得られるもう一つの新規なテー マとして、アブダクションの逆行的特性・アドホック性と学習プロセスの関係についての 議論が挙げられる。アブダクションは結果が固定され、その結果を引き起こすこととなっ た原因を、誤る可能性を含みつつ推論する過程である。物質的過程においては、原因は結 果に対して先行する。それ故、神経系のような物理的実体に依る推論過程は時間的な逆行 を必要とする。この逆行の実現のためには、原因の痕跡が何らかの形で持続していること が要請される。これは記憶の問題であることに間違いはないが、記憶の記銘の問題という よりもむしろ記憶の想起の問題であり、かつ、その採用の方向性が問題となる。すなわち、

結果に相当する発火よりも以前に発火した神経経路をどのような形で採用し接続するか、

という問題である。また、事後的な検証を踏まえる以前のアブダクションが進行する最中 においては、原因は複数想定されうる。そのため、原因はアドホックに選択されて行かざ るを得ない。このことから、記憶の想起とその採用には誤謬の可能性が含まれる。誤謬と は、たしかにネガティブな印象を受けるだろう。しかし、誤謬はアブダクションの創造的 側面を照らすものでもある。ある結果を満足させる原因をとにかく探す事が求められてい るとき、事後的な検証を恐れることなく、何らかの原因を仮説として持つ。このことは、

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既存の検証の枠組みからはみ出た、新規なシステムの形成を促すものである(そして検証 の枠組み自体の変更が要請される)。アブダクションの自然化という問題設定によって、こ のような逆行性とアドホック性を持った神経系の動的変化とはいかなるものであるか、が 問われることになる。

では、その逆行性とアドホック性を持った神経系の変化の仕組みを研究する枠組みには どのようなものがあるか。一つは、機能局在を前提にアブダクションに関与する脳の領野 を特定する事から始める方法である。もう一つは、前述のヘッブ則が扱うような、たかだ か数個~数十個のニューロンから成るネットワークにおける可塑性において逆行性とアド ホック性を見出す研究手法である。前者にはfMRIなどの比較的マクロな情報を得る研究 手法がある。後者は伝統的な電気生理実験技術とオプトジェネティクスを組み合わせた実 験手法がありうる。本発表では特に後者の小規模ネットワークを対象にして、逆行性とア ドホック性について議論を行う。

参照

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