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現代労働者の階級意識下造

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現代労働者の階級意識下造

成  瀬  龍  夫

1.階級意識論の若干の基本間題

 第2次大戦後に展開されたマルクスの階級論および階級意識論に対する理論 的批判としては,次のような2つの内容が指摘される。

 一つは,マルクスの階級や階級意識の概念は,生活過程が無視され,生産 過程第一義の視点に立つものであり,それに対して現代は,生産過程の意義 が後退し,むしろ消費過程において形成される意識とそれを軸とする社会成層       1)(socialstratification)こそが重要である,とするものである。こうした批判 は,戦後アメリカにおける労働者の「階級意識の欠如」や「中流意識化」の 現象 「大衆消費社会の到来」などと結びつけて論じられ,また理論的にはウ

ェーバー=ヴェブレソ流の「社会成層」=「消費」標識論を主流に展開されて

きた。

 もう一つは,「階級」の実在性を否定し,それを社会心理的概念として扱う 傾向である。「階級とは社会心理的な分類概念で,性格上本質的に主観的な存 在で,階級意識(たとえば階級の構成員たる感情)に依存することによって成      ラ

立している」とのべたかのR.センタースなどはその代表であるが,こうした 傾向は,とくにプラグマティックな実証主義的社会学や集団意識の形成を階級 存在の標識とみなすデュルケーム派社会学の動向と結びついている。

 1)たとえば,その代表的見解の一つとして,C、 A. R. Crosland, The Future of S。c.

 ialism,1956(関嘉彦監訳『福祉国家の将来』論争社,1961年,とりわけその第8章)

 があげられる。

 2) R.Centers, The Psychology of Social Classes,1949.松島静雄訳『階級意識』東  京大学出版会,1958年,31ペーシ。

(2)

 今日に至るまで,以上のような消費主義的社会成層論と実証主義的社会心理 論の2つは,マルクスの階級・階級意識論に対するもっとも有力な批判的枠組 を形成しているということができる。

 しかし,こうした批判に対して若干のコメントを与えるならば,マルクスの 階級や階級意識の概念において消費過程が無視されてきたとは必らずしもいえ ないし,また,現代において消費過程の意義が増大しているとしても,そもそ も労働者の消費過程が資本主義の生産関係の枠外にあるかのように考えること はナンセンスだといわねばならない。さらにまた,r階級」を社会心理的概念 化しようとする説も,階級の存在と意識を顛倒させる議論であって,「階級意 識が形成されなけれぽ階級が存在しないのではなく,階級が存在するるから階         おう

級意識が形成される」のであるといわなければならない。

 しかし,以上のような諸批判は別にして,これまでの労働者の階級意識に関 する理論研究において階級意識の形成や発達の過程の考察が十分であったかと いえば,必らずしもそうとはいえない。

 とくに,以下の問題が指摘されよう。

 まず第1は,マルクスが用いた労働者の「即自的階級」(Klasse an sich)と「対 自的階級」(Klasse f r s宝ch)の区別や関係にかかわる点であるが,従来マルク ス理論を擁護する側でも,「即自」「対自」の理解は,レーニンが強調した労 働組合的意識と社会主義的意識の区別および階級意識形成における外在的契機 の決定的重要性という論点(=階級意識の「外部注入」論)以外にそれほどみ るべき理論的進展はなかったといえる。いいかえれば, 「対自的」状況の諸契 機の理論的重視が追求されてきた反面,労働者の「即自的」な状況の具体的な 理論分析が軽視され,資本主義の発達にともなう労働者状態の変化,とりわけ       の意識状況の変化の具体的な把握の追求が不足してきたといわざるをえない。

 3) 河村望「現代社会集団論批判」「講座現代社会学 2〈集団論〉』青木書店,1965年,

 61ページ。

 4) こうした反省に立って,「対自的階級」の側面を捨象し,あくまで「即自的階級J   としての労働者状態に研究を限定して解明を試みたのが,ブレイヴァマン(H.Brav一

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 第2は,従来の階級意識に関する議論の多くは,労働者の意識形成の源泉や 基盤をもつぼら労資関係や生産過程の労働様式にもとめ,消費生活過程におけ

る意識形成の問題は必らずしも十分考察されてこなかったことてある。労働と 生活の分離が発展している現代の資本主義のもとでは,労働者の消費生活過程 における意識形成の相対的独自性を認め,労働過程的意識と生活過程的意識を 綜合的に把握していくことが重要になっているといえよう。しかし,先ほども ふれたごとく,現代の労働者の階級意識形成基盤として消費生活過程の相対的 独自性や重要性を新たに重視するとしても,そのことはただちに戦後のマルク ス批判家の人びとが主張してきたような労働者の「意識衰退」や「中産階級意 識化」という結論を支持することになってしまうわけではない。むしろ,それ は現代における労働者意識の形成・発達基盤の新たな拡大・深化としてとらえ

ることもできる。

 ここでは,以上のような問題意識に立って,労働者の階級意識論の理論的再 検討をおこなってみたい。

2. 「即自的階級」と「対自的階級」

 マルクスは, 『哲学の貧困』において, 「即自的階級」と「対自的階級」の 区別を次のようにのべている。

 「大産業が,たがいに一面識もない多数の人間の群を一ヵ所によせあつめ る。競争が,彼らの利害関係において彼らを分裂させるが,しかし賃金の維持 が,雇い主だちに対抗して彼らのもっこの共通な利害関係が,抵抗という一個 同一の思想において,彼らを結集させる,  それが団結である。だから団結 は,つねに二重の目的を有している。すなわち労働者間の競争を中止さぜ,そ

うすることによって,資本家にたいする労働者全体の競争をなしとげうるよう

  aman, Labor and Monopoly Capital,1974.富沢賢治訳『労働と独占資本』岩波書店)

  である。ただし,労働者の資本に対する自然発生的な抵抗や労働者相互の団結,相互   援助,集団形成等をまったく無視している点において,彼の「即自的階級」に関する   考察は一面的である。

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にするという目的をもつ。たとえ最初の抵抗目的が賃金の維持にすぎなかった にしても,次に資本家のほうが抑圧という思想で結集するにつれて,最初は孤 立していた諸団結が集団を結成する。そして,つねに結合している資本に対決 するとき,彼らにとっては組合の維持のほうが賃金の維持よりも必要不可欠に なる。……ひとたびこの程度に達するやいなや,組合は政治的性格を帯びるよ

うになる。

 経済的諸条件がまず最初に国民大衆を労働者に転化させたのである。資本の 支配は,この大衆にとって,共通な一つの地位を,共通な諸利害関係をつくり だした。だからこの大衆は,資本にたいしてはすでに一個の階級である。しか し,まだ,大衆それ自体にとっての階級ではない。さらに,われわれがその若 干の局面だけを指摘した闘争において,この大衆は自己を相互に結合するよう になる。大衆自体にとっての階級に自己を構成するのである。大衆の防衛する        5)

利害が,階級的利害となる。」

 「即自」「対自」はヘーゲル弁証法の用語に由来するものであるが,マルク スはそれらを社会階級概念に適用し,労働者の階級としての存在と意識の発達 の基本ステップを表現した。したがって,「即自的階級」と「対自的階級」の        ラ

区別を客観的基準と主観的基準による区別(センタース)とか,あるいは経済       ア 

的基準と心理的基準による区別(S.オソウスキー)とする2元論的解釈は,

正確なとらえ方とはいいがたい。「即自的」 「対自的」の三二は,労働者の客 観的な経済状態と主観的な心理状態との差を意味するものではなく,労働者の 階級としての意識,自覚の発達水準における差をあらわすものである。

 さて,先ほどの引用の文脈に即していうならば,労働者がさしあたり互いに 競争し分裂しているような状態,それとともに自然発生的分散的ではあるが,

自分達の直接の雇い主に対して共通の利害関係(賃金維持)の立場から互いに

 5)Karl Marx−Friedrich Engels, Werke, Band 4.「哲学の貧困」『マルクス;エンゲ  ルス全集』第4巻(大月書店).188−189ページ。

 6)前掲,邦訳,24−26ページ。

 7)S.オソウスキー,細野武男・大橋隆憲訳『社会意識と階級構造』法律文化社,1967  年,96ページ。

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団結しあうような状態が「即自的」な状態だといえる。こうした労働者の団結 に対して,資本は互いに結集して労働者の抵抗を抑圧するようになる。労働者 の側もまた労働組合という恒常的な集団組識を形成して対抗するようになり,

それがさらに労働組合の全国的組織や労働者自身の政党の結成にまで至ること になる。このように,当初は自然発生的分散的な労働者の諸団結が「恒久的団 結」としての労働組合という集団形成に展開し,それがさらに労働者全体の利 害を守るために資本全体との闘争をおこなう労働組合の全国的組織や政党を結 成する段階に至れば,それが「対自的」な状態だといえる。

 マルクスが,『哲学の貧困』においてのべている「即自的」と「対自的」の 区別はおよそ以上のものである。「対自的」とは,あらためていうならば,階 級的な利害対立を自覚し,自己の階級的利害を守るために相手階級全体に対抗 する集団(労働組合と政党)を形成して闘争  『哲学の貧困』でマルクスが あげている例では「全国労働組合連合協議会」の組織化やチャーティスト運動   をおこなう状態である。とりわけ,政党の結成とその綱領は,労働者の

「対自的階級」としての存在と自覚をもっとも集約的にあらわすものだといえ

るQ

 ところで,今日では,階級意識概念の説明はレーニン的な理解が支配的とな っているが,マルクスとレーニンとのあいだには階級意識論の論理次元に一定 の違いがあることが注意されなければならない。

 レーニンの階級意識論は,彼の『なにをなすべきか?』から,その論点を要 約してみると,次のようになる。

 第1に,彼は,労働運動の自然発生性と社会民主主義(=社会主義)的運動 の意識性との関係をとりあげ,両者の違いや前者の限界を徹底して強調してい る。レーニンによれば,組合主義(トレードユニオニスト)的闘争や意識は,

社会民主主義的闘争や意識と明確に区別されるべきであって,たとえ労働運動 が政治的性格を帯びたとしても,組合主義的政治と社会民主主義的政治とのあ いだには根本的な相違が横たわるものとして把握される。

 第2に,労働運動の自然発生的高揚には「意識性の萌芽形態」が見出される

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が,社会民主主義的意識そのものはあくまで「外部からしかもたらしえないも の」である。何故ならば,

 「労働者階級が,まったく自分の力だけでは,組合主義的意識,すなわち,

組合に団結し,雇主と闘争を行い,政府から労働者に必要なあれこれの法律の 発布をかちとるなどのことが必要だという確信しか,つくりあげえないこと は,すべての国の歴史の立証するところである。他方,社会主義の学説は,有 産階級の教養ある代表者であるインテリゲンツィアによって仕上げられた哲       8)

学・歴史学・経済学上の諸理論のうちから,成長してきたものである。」

 「労働者大衆自身が彼らの運動の行程それ自体のあいだに独自のイデオPギ        9)

一をつくりだすということが,考えられない」以上,労働運動の自然発生的な 発展は社会の支配的イデオPギーたるブルジョア・イデオPギーに従属する方 向にしかすすまない。こうした方向から労働運動をそらすためには,社会主義 的イデオロギーによる意識性を発達させるしか方法はありえない。また,経済 闘争は,イギリスの労働者の歴史のごとく「意識的社会民主主義者の関与がな くても,政治性をおびてくる」が,「経済闘争に政治性を与える」だけでは真       ユ。)

の政治的意識や運動は発展しえない,とされる。

 レーニン以降,こうしたレーニン的な階級意識論が流布することとなった。

労働者の階級意識の概念は,社会民主主義的意識と同義となり,しかもそれは 8) レーニン「なにをなすべきか?」『レーニン全集』⑤,大月書店,395ページ。

  レーニンが,「なにをなすべきか?」で展開している労働者に対する社会民主主義  的意識の外部注入論は,Kカウツキーがオーストリア社会民主党の新垂領草案にっ  いてのべた社会主義的意識の発生に関する命題一「近代の社会主義的意識は,ただ  深遠な科学的洞察をもととしてはじめて生まれうる」が,「科学の担い手は,プpレ  タリァートではなく,ブルジョア・インテリゲンツィア」であること,したがって,

 「社会主義的意識は,プロレタリアートの階級闘争のなかへvon Ausssen Hineing・

 etragenes(外部からもちこまれた)或るものであって,この階級闘争のなかから  urwtichsig(原生的に)生まれてきたものではない」一に,ほぼ全面的に依拠した  ものであるといってよい。(同上,404−406ページを参照。)

9) 同上,406ページ。

10)同上,444−445ページ。

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科学的社会主義の学説として外部から労働者大衆に注入されねばならないとす る理論形式を備えるようになった。

 こうしたレーニン的理解とマルクス的理解とのあいだには,あきらかに差が ある。マルクスが労働者の政治的性格をもつに至った闘争の発展段階を「対自 的」ととらえたのに対し,レーニン的理解においては,労働者の経済闘争がた

とえ政治性を帯びたとしてもそれ自体は「即自的」な「組合主義」的枠内にと どまるものにすぎず,社会民主主義的意識を獲得した状況のみが「対自的」と してとらえられることになる。

 さて,レーニンの理解は,マルクスとの時代的相異,とくに体制内的な労働 組合主義と社会主義との対立・緊張関係が強まり,「改良」と「改良主義」と

の区別が必要とされるようになった時代状況を考慮しなけれぽならないが,そ れにしてもそれが階級意識論として敷術されると若干の問題をはらむことが指 摘されよう。

 それは,「対自的」な階級意識の幅が狭くとらえられてしまうことである。

マルクス的理解でいうならば,「対自的」とは,労働者大衆が階級的利害の一一 般的な自覚に立って政治闘争をおこなう状態や段階から社会主義的意識にもと づいて政治闘争をおこなう状態や段階までをひろく含んだ概念,としてとらえ

るのが適当といえよう。レー=ンが「組合主義的政治」として排除した国家的 法律による労働者保護の要求や闘争は,そうした観点からすれぽ,労働者大衆 の階級的政治的発達の一定の内容や程度をあらわすものとして,「対自的」意 識のなかに含められることになる。また,レーニンやレーニンに先立ってカウ

ッキーが主張した,社会主義的意識は階級闘争に対して内生的でな:く外生的で あり,それゆえに外部からもちこまれなければならないとの見解は,それ自体 は正当であるとしても,社会主義的意識は,「対自的」な階級意識のなかでそ の上位に位置する高次な自覚として,あるいは階級的利害の一一般的自覚の帰着 点として考えるのが適切であろう。と同時に,労働者大衆の「即自的」な状態 についても,自然発生的意識や「組合主義」の限界を強調するだけにとどまら ず,むしろ労働者意識の自然発生的基盤やレーニンのいう「意識性の萌芽形

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態」自体がより直接的な考察の対象とされる必要があろう。何故ならば,労働 者の階級的利害の自覚の発達の仕方や社会主義的意識の受容のあり方はいつの 時代にも同じではありえず,一般の労働者大衆が教養文化水準や民主主義的意 識をどの程度身につけているかといった状況をはじめとしてその時代の労働者

の「即自的」な意識状況が大きくかかわってくるからである。

3.階級意識の階層性

 「即自的階級」と「対自的階級」の区分を用いて労働者の階級意識の概念的 な内容,範囲をあらためてまとめてみるならば,以下のように整理されよう。

 〔「即自的階級」としての労働者〕 「即自的階級」の概念は,これまでし ばしば「自覚のない」「あるがままの」の状態といった無規定的な説明がなさ れてきた。しかし,マルクスの叙述からもあきらかなように,そこでは労働者 の個人的分散および相互の競争と対立という状況と,個々の労働者が賃金維持 という利害の共通性によって雇い主に対抗するために集団的に結合しあう状況 の,2つの原生的状況が指摘される。労働者のこの集団的結合は,雇用主に対 する「要求獲得」と友愛的な「相互扶助」の2つの機能目的を有しているとい ってよいが,一定の発展段階でこの2つの機能の組織的分化が生じ,労働組合 と消費組合という2種類の労働者の基本的な集団組織が形成されることにな る。労働組合組織や労働組合的意識が労使関係や生産過程での労働様式に対応 して発達するのに対して,消費組合組織や消費組合的意識は生活過程での相互 扶助的関係や生活様式に対応して発達するようになる。

       ロ コ サ ロ   コ   ロ ロ ロ コ      ユユラ

 労働組合は,マルクスが「労働能力の価値は労働組合の意識的な明白な基礎」

とのべているように,労働者が自己の労働力商品の価格(=賃金)をその価値 通りに維持しようとする意識の所産である。労働組合的意識は,この限りでは 自然発生的必然性をもつ意識である。消費組合とその意識もまた,労働者の特 別の意識性の産物というよりも,さしあたり労働力再生産の個別的な負担を相 11) マルクス(岡崎次郎訳)『直接的生産過程の諸結果』大月書店(国民文庫),199ペ   ージ。

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互扶助や生活手段商品の共同購入,あるいは生活資金の共同基金化などによっ て軽減しようとする自然発生的必然性を有するものにすぎない。

 労働組合的意識と消費組合的意識が何故さしあたり「即自的」かといえば,

それらはまだ労働者の労働力商品所有者としての団結という論理次元にとどま り,労働者全体の基本的な利害や長;期的利害の自覚にまで達していないからで ある。部分的利害や一時的利害が優先され,労働者の階級的な全体性や統一性 が末確立な状況である。その意味において,「即自的階級」としての労働者は

「部分的存在」としての労働者ということもできる。

 〔「対自的階級」としての労働者〕 これに対して,「対自的階級」としての 労働者は「全体的存在」としての労働者になる。 「澱自的」な段階では,労働 組合は,自分の直接の雇い主から部分的一時的な賃金や労働条件の改善をかち

とるだけでなく,国家の法律により全資本家に対して全労働者の精神的肉体的 保護手段を強制するようになる。労働者は,その強制手段を自己の社会的権利 のかたちで獲得しようとする。消費組合においても,もっぱら労働者内部での 相互扶助の段階から次第に流通過程における資本の支配や収奪との対抗関係が 比重を増大させる。とくに資本主義の独占段階になると,独占的高物価の規制 や生活手段の質の確保など勤労者全体の消費生活を守るための全国的組織の形 成や運動が発展するようになる。

 商品所有者や商品消費者としての直接的な利害を守るための団結から,さら にすすんで自らの労働力や生活手段の商品性そのものを規制し止揚するための 団結という論理次元が展開される。部分的一時的利害に対する全体的長;期的な 利害の優先,直接の雇い主相手から資本全体との対抗関係の展開,自己の要求 や利害の社会的共同性や公共性の自覚,これらが「対自的階級」としての労働 者の一般的なメルクマールとして,またその帰着点が労働力商品化の終局的止 揚をめざす社会主義的意識として展開されるといえよう。

 しかし,なんといっても労働者の「対自的階級」としての自己形成の中心を なすのは政党の結成である。労働組合や消費組合は,労働者大衆の経済生活や 社会生活における民主主義的意識の発達を担うことができるが,政治的民主主

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義意識や社会主義的意識を直i接に育てるものではない。また,労働組合や消費 組合は,労働者の全体的利害を自覚し防衛しようとする意識性をもつが,労働 者全体の階級的政治的な統一性をつくりだしたりすることはできない。労働者 のなかに政治的民主主義意識を発達させ,その階級的政治的統一性をつくりだ すのは政党である。このような意味において,政党の結成によって,「対自的 階級」としての労働者は「全体的存在」としての労働者からさらに「統一的存 在」としての労働者になるということができる。

 さて,以上にのべてきた労働者の階級意識構造は,もっとも原生的な労働者 相互の「競争的対立」の段階,労働組合や消費組合などの集団形成による「部 分的団結」の段階,さらにすすんで組合が政治闘争によって全労働者のための 経済改良や社会改良を追求する「全体的団結」の段階,そして政党の結成によ る労働者の政治的民主主義意識と社会主義的意識の発展に集約される「階級的 統一」の段階,という4つの意識段階に整理される。それらは,図のように,

労働者の階級意識構造の4階層モデルとしてあらわすことができよう。

労働者の階級意識 の階層性

/{組司

     杜会主義

4呵謙懸

    意識

   経済的民主主義意識    全体利害意識    対全資本・政冶斗争

﹁対自的﹂階級一←

一一

o個人}

部分的利害音識 対個別資本・経済斗争

団結・相互扶助・闘争 分散・競争

→﹁即自的﹂階級⊥

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4.現代における階級意識の発達基盤

 最後に,現代資本主義における労働者の階級意識の形成基盤をめぐる問題を 若干とりあげてみよう。

 一つの問題は,最初にふれたように,資本主義の発達とともに労働と生活の 分離がすすみ,現代の労働者の意識形成においてはマルクスやレ・・一ニソの時代 と較べてはるかに意識形成基盤としての生活過程の相対的独自性や重要性が高 まっていることである。

 こうした生活過程の相対的独自性や重要性が高まってきた主な事情として は,以下のような点があげられる。

 ① 工場法による標準労働日の制定とそれによる生活時間と労働時間の区 携,労働者の自由な生活時間意識の発展

 ② 普通選挙権の確立と労働者の政治的選択機会の増大

 ③ 学校教育や地域公共サービス,社会保障など,直接的な労使関係をこえ た労働者の権利保障や生活保障の制度的発展

 ④交通手段の発達にともなう都市化と郊外化による労働者の職場と生活の 場の空間的な分離の進展

 ⑤ 労働力の再生産過程での生活手段の質や物価,税金,環境問題などの重 要性の歴史的な増大

 以上の諸事情のなかで,①の生活時間と労働時間の区別や②の普通選挙権の 確立,④の権利保障制度の発展などは,資本主義のもとで労働者の〈個〉とし ての意識が発達するもっとも基本的な歴史的契機をなしてきたといってよい

し,現代においても,それらは労働者のく個〉としての意識の形成や発達のも っとも重要な基盤をなしているといえよう。

 ところで,すでにふれたように戦後,消費生活過程で形成される労働者の意 識に関しては,労働者の階級意識を曖昧にし,労働者の「中産的」階級意識を 発達させるものであるとする見解が強く主張されてきた。たとえば,D.リー スマンは,かつての都市の労働者街と対比して現代の労働者の郊外生活の階級

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      12)意識との断絶を強調した。F。ッヴァイクは,現代の「ゆたかな」労働者は貧困 の観念や被搾取意識が衰退し,家族の団らんや子供の教育への強い関心など家 庭中心的生活志向が顕著であることを強調して,労働者の生活と意識が中産階        13)

級のそれに接近していることを指摘した。

 これらの指摘は,19世紀的な労働老の状態や意識と現代の違いをみる上では 重要な内容を含んでいるが,逆に19世紀的な労働者の状態や意識を基準にして 現代の労働者の意識の衰退や変質を主張することには同意でぎない。たとえ ば,父親としてただ子供を叱りつけるだけで,子供の教育にたいして具体的関 心をもたなかった19世紀的な労働者と,子供の面倒をよくみ,その教育に積極 的な関心をもち,あるいはもたざるをえないようになっている現代の労働者と は,そのいずれが労働者として意識水準の高さを示しているであろうか。かつ ての労働者は,子弟の教育問題にほとんど関心がなかったがゆえに,教育問題 や文化問題における社会的イニシアティブを支配階級や知識階級にゆだねざる をえなかった。しかし,現代では,そうではなくなっている。子供の教育問題 への関心は,ツヴァイクのいうような現代の労働者の社会問題に対する無関心 の例証ではなく,まったくその逆だといえる。

 現代の生活過程は,一方では確かに19世紀には考えられなかったような労働 者生活の個人主義的意識や「私生活主義」の傾向を生みだしている。しかし,

他方ではまた,19世紀にはみられなかったような学校教育や公共サービス,住 宅・都市計画,環境問題など,労働者の自らの生活問題や社会の公共的問題へ 12)D.Riesman, Abundance for What?,!964.加藤秀俊訳『何のための豊かさ』みす  ず書房,1968年,52−53ページ。

13)F.Zwei9, The Worker in an Affluent SQciety,1961.なお,ツヴァイクの主張に  ついては,萬成一編『新しい労溢者の研究〈産業構造の変革と労働問題〉』(白桃書房,

 1973年)が,要点を紹介してくれている。なお,労働者の中産階級化を否定する点で  ツヴァイクと異なるが,ゴールドソープとロックウッドもッヴァイクと同様現代の労  働者が階級意識に欠け,私生活主義の傾向を強くもっていることを指摘してきた。た  とえば,ロックウッドの「私事本位労働者」( the privatised worker )に関する指摘  については,D. Lockwood, Sources of Variation in Working一一Class Images of  Society , Sociological Review 14(2),1966,を参照。

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の全面的な関心と社会的イニシアティブへの意欲とを生みだすに至ったという ことができよう。

 もう一つの問題は,T.ガイガーやR.ダーレンドルフによって主張されたい わゆる「階級闘争の制度化」とそれがもたらす労働者の階級意識の変化につい てである。彼らは,労働組合結成や闘争手段の法認,ストライキに対する第3 者の調停・仲裁機関の存在などを念頭において,現代資本主義のもとで階級闘 争の激化を緩和・予防する条件が成立しているものと考えた。ダーレンドルフ は,「階級抗争の制度化は階級抗争そのものの存続を否定するものではなく,

その存続をこそ意味しているのであるが,にもかかわらず,制度化された抗争 は,マルクスが心に描いていた情容赦のない絶対的な闘争とははるかにかけは なれたものである。……集団抗争の舞台は,もはや戦場ではなく,比較的自治        ユの 的な力が,一定のゲームの規則に従って相競う一種の市場となってきた」とい

う。

 こうした階級闘争の制度化は,確かに対立の激化を回避する有効な社会的方 法といえるが,しかし,いつでもそれがうまく機能するとは限らないし,また たとえうまく機能している場合でも労働者意識を完全に体制内化しうるという 保証はないであろう。

 第1に,こうした制度が有効かつ円滑に働いていくためには,「それに従う ことによって,労働者階級の要求を実現する可能性が与えられていなけれぼな

   うらない」が,経済的不況や恐慌の可能性など,その条件がいつも与えられると は限らない。

 第2に,これは社会改良の諸制度全般についてもいえることであるが,こう した制度機能の増大は,労働者の側の制度的利害意識と政治的な制度闘争を促 すことになる。

14)RDah「endo「f, Class and Class Conflict in Industrial Society,1959.富永健一  訳『産業社会における階級および階級闘争』ダイヤモンド社,1964年,90ページ。

15)長尾周也『現代の階級理論』ミネルヴァ書房,1967年,320ページ。

(14)

 したがって,階級闘争の制度化は,必らずしも階級闘争の激化の緩和という 側面に本質があるのではなく,階級闘争の性格を運動戦から陣地戦へ,短期戦 から長期戦へと変化させるとともに,労働者階級の意識や闘争を制度改革をめ ぐる社会的政治的イニシアティブの拡大という方向へ向けさせる点に本質があ るといえよう。その意味で,階級閾争の制度化は,グラムシ的表現を借りるな らば,社会的な「ヘゲモニー装置」の形成と発達を意味するものといえるであ

ろ。

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