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先住民怒りの話これから先住民の怒りの話をします 先住民とは もともと大昔からその土地に住んでいた人々 よそから後で入ってきた人々でなく その土地に先に住んでいたもとの人々 という意味です ここでは ネイティブ アメリカンの怒り と アイヌ人の怒り の二つの話をします ネイティブ アメリカン とは コ

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Academic year: 2021

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先 住 民 怒 り の 話 これから 先住民 の 怒 りの 話 をします 。 先住民 とは 「 もとも と 大昔 からその 土地 に 住 んでいた 人 々。 よそから 後 で 入 って きた 人 々 でなく 、 その 土地 に 先 に 住 んでいたもとの 人 々」 と いう 意味 です 。 ここでは 、 「 ネイティブ ・ アメリカン の 怒 り 」 と 「 アイヌ 人 の 怒 り 」 の 二 つの 話 をします 。 「 ネイティブ ・ アメリカン 」 とは 、 コロンブス が アメリカ 大 陸 を 発見 する 前 から 、 そこ にもともと 住 んでいた 人 々 です 。 「 アイヌ 人 」 とは 、 日本 の 北海道 に 大昔 から 住 んでいた 人 々 です 。 どんな 怒 り の 話 でしょうか 。 そ の 一 ネ イ テ ィ ブ ・ ア メ リ カ ン の 怒 り コロン ブ ス の 大航海 コロンブス は 一四九二年 、 アメリカ 大陸 を 発見 しました 。 今 から 五百年 ほど 前 になります 。 日本 では 、 室町時代 に 当 た ります 。 それまでは 、 アメリカ 大陸 は ヨーロッパ 人 によって 発見 されていませんでした 。 それで アメリカ 大陸 は 世界地図 にのっていませんでした 。 その 当時 、 地球 はたいらであり 、 地球 の 果 ては 大 きな 滝 と なって 落 ちていると 思 われていました 。 しかし 、 コロンブス は 、 昔 の 学者 の 本 を 読 んで 、 地球 は 丸 いと 信 じていました 。 それで 、 当時 の ヨーロッパ の 人 々 は 東 の 方 から 海 をわたっ て インド へ 行 っていました が 、 コロンブス は ぎゃくに 西 の 方 か らでも 海 をわたって インド へ 行 けるはずだと 考 え ました 。 そして 、 コロンブス は 大航海 を 始 めました 。 ア メリ カ 大 陸 の 発 見 一四九二年八月三日 、 コロンブス は 、 百二十人 の 船乗 りた ちと 、 三 せきの 船 にのって スペイン を 出発 し 、 大西洋 を 西 へ 西 へと 航海 しました 。 これは 、 思 いきった 大冒険 でした 。 七 十日 の 苦 しい 航海 のすえ 、 とうとう 一 つの 島 を 発見 しました 。 「 お ー い 、 陸地 だぞ 。 インド だ 。 やっと 、 イン ド に 着 いたぞ 。」 と 、 みんなは 手 をとりあって 喜 びました 。 そこは 、 イン ド ではなく 、 ほんとうは アメリカ 大陸 の 一部 だったのです 。 今 の バハマ 諸島 の 一部 でした 。 コロンブス は 、

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その 後 、 三回 も 、 大西洋 を 西 へ 航海 して 、 キュ ーバ , ハイチ 、 ジャマイカ 、 中央 アメリカ 、 メキシコ 海岸 などに 到着 しまし た 。 しかし 、 コロンブス は 、 死 ぬまで 、 そこを インド だと 信 じていました 。 だから 、コロンブス は 、 そこ に 住 んでいる 人 々 を インディアン と 呼 びました 。 インディアン とは 、 インド 人 という 意味 です 。 のちに インディアン ( インド 人 ) と 呼 ぶ の はおかしいので 、 アメリカ ・ インディアン と 呼 ぶようになり ました 。 今 では インド 人 とはまったく ちがうので 、 アメリカ 大 陸 に も と も と 住 ん で い た 人 た ち と い う 意 味 で 、 ネ イ テ ィ ブ ・ アメリカン と 呼 ぶ ようにな っています 。 コロンブス が 第一回 目 の 航海 で アメリカ に 到着 した 日 が 、 一四九二年十月十二日 でした 。 そこで 、 この 日 を 記念 して 、 今 でも 、 アメリカ 人 は 、 十月十二日 を 、 コロンブス ・ デー と 呼 び 、 盛大 なお 祝 いのお 祭 りをしています 。 ネ イテ ィ ブ ・ アメ リカ ン の 怒 り ところが 、 ネイティブ ・ アメリカン の 人 々 は 、 コロンブス ・ デー を 喜 んでいません 。 なぜでしょうか 。 ネイティブ ・ アメ リカン の 人 々 は 、 こう 言 います 。 コロンブス は 、 私 たちに 、 インド 人 というまちがった 名前 をつけた 。 コロンブス が アメリカ に 到着 してから 多 くの ヨー ロッパ 人 がわたってきたが 、 私 たちに 、 ひどい 伝染病 をくれ た 。 アステカ 王国 や インカ 帝国 の 遺跡 をこわし 、 そこにあっ た 多 くの 金銀 の 宝物 をうばった 。 ヨーロッパ 人 たちは 、 私 た ちの 小屋 に 火 をつけ 、 肥 えた 土地 をうばい 、 私 たちを 奥地 の やせた 土地 に 追 いやった 。 ひどいことに 、 私 たちの 祖先 の 、 たくさんの 人 々 を 奴隷 として 売 ったり 買 ったりした 。 今 、 私 たちは 観光客 の 見世物 にされている 。 私 たちがはずかしめら れ 、 貧 しい 生活 をしてい るのは 、 コロンブス が アメリカ に 到 着 し 、 ヨーロッパ 人 がわがもの 顔 で 私 たちを 支配 しているか らだ 。 そもそも 、 コロンブス は アメリカ 大陸 を 発見 したというが 、 私 たちから 言 えば 、 私 たちの 土地 に コロンブス が 到着 したに すぎないのだ 。「 アメリカ 大陸 を 発見 」 ではなく 、「 アメリカ 大陸 に 到着 」 な のだ 。 こういうことで 、 どうして 、 コロンブス ・ デー を 祝 うこと ができようか 。 今 でも 、 アメリカ のある 地域 では 、 お 店 に 「 インディアン は 、 入 る べからず 」 と 、 はり 紙 を しているところがあり 、 ネイティブ ・ アメリカ ン の 人 々 が 買 い 物 をできない 店 があるということです 。 また 、 ある 地域 では 、 公衆 トイレ が 、 白人用 と ネイティブ ・ アメリ カン 用 と 別 々 にあり 、 ネイティブ ・ ア メリカン 用 は 白人用 と

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くらべて 粗末 な トイレ になっている ということです 。 このように 、 ネイティブ ・ アメリカン は 、 ヨ ーロッパ の 人 々 にしいたげられ 苦 しめられてきました 。 長 い 間 、 ヨーロッパ 人 に 迫害 を 受 けてきました 。 みなさんは 、 アメリカ の 西部開 拓時代 の 映画 、 白人 と アメリカ ・ インディアン のあらそいの 映画 をみたことがあるでしょう 。 あのようなことが 、 ほんと うにあったのです 。 今 の アメリカ は 、 こうした 人種問題 で 、 大 きな 苦 しみや 悩 みをかかえ ています 。 少 しずつよくはなってきています が 、 まだまだこの 問題 は 根深 いものがあります 。 はだの 色 が 黒 い 、 黄色 い 、 白 いで 、 人間 を 差別 することはとてもよくないこと です 。 人種 がちがっても 、 世界 の 人 々 は 、 みん な 、 なかよく 、 協力 し 合 って 、 平和 な 社会 を 作 っていかなければなりません 。 ネイティブ ・ アメリカン とにたところがあるのが 、 日本 の アイヌ 人 です 。 次 に 、 この 話 をし ていき ましょう 。 そ の 二 ア イ ヌ 人 の 怒 り 北 海道 と 日 本 人 アイヌ 人 は 、 北海道 に 大昔 から 住 んでい た 民族 です 。 一万 年前 からとも 、 五千年前 からとも 言 われています 。 北海道 に は 、 今 も 、 アイヌ 語 の 地名 が 四万五千 もあります 。 アイヌ 人 は 、 アイヌ 語 を 話 し 、 狩 をしたり , 魚 をとって 生活 し たりし ていました 。 農業 はあまりしていませんでした 。 十五世紀 ごろになると 、 アイヌ 人 が 住 んでいる 北 海道 に 日 本人 ( アイヌ 人 は 本州 に 住 む 日本人 を 『 シャモ 』 ( 和人 ) と 呼 んだ 。 ) が 、 本州 から 移 り 住 むようになりました 。 アメリカ ・ インディアン と 白人 とのあらそ いがあったよう に 、 やはり 、 北海道 でも 、 日本人 と アイヌ 人 とのあらそいが ありました 。 日本人 が 北海道 にわたり 、 アイヌ 人 を 征服 ( せ いふく 。 したがわせること ) しよ う とし たのです 。 北海道 に 住 ん で い る ア イ ヌ 人 を 自 分 た ち の 思 う ま ま に 支 配 し よ う と し たのです 。 一四五七年 コシャマイン の 乱 一五一五年 ショヤコウシ 兄弟 の 乱 一五二九年 タナサカシ の 乱 一五三六年 タリコナ の 乱 一六六九年 シャクシャイン の 乱 シャクシャイン の 乱 では 、 日本人 ( 松前藩 ) が アイヌ 人 に 、 なか よくしようと 呼 びかけて 、 酒 もりの 会 を 開 きました 。 と ころが 、 日本人 ( 松前藩 ) は 酒 によった アイヌ 人 の 指導者 シ ャクシャイン をはじめ 、 多 くの アイヌ 人 を だましうちにして 、 ずるく 、 きたないやりかたで 殺 してしまいました 。 こ うして

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戦 い がおこり 、 アイヌ 人 は 負 け てしまい ました 。 やがて 日本 人 ( 江戸幕府 ) による アイヌ 人 への 支配 がはじまりました 。 日 本人 が 移 り 住 む 明治時代 になると 、 たくさ んの 日本人 が 本州 から 北海道 に 移 り 住 み 、 おおがかりな 開拓 がおこなわれ 、 農業 を 始 めるよ うになりました 。 開拓 がすすむにつれ 、 北海道 の 原野 は 焼 き はらわれ 、 森林 は 切 りたおされ 、田畑 や 牧草地 になりました 。 こうして 、 先住民 である アイヌ 人 の 土地 はしだいにせばめ られていきました 。 本州 から 移 り 住 ん できた 開拓者 たちは 、 アイヌ 人 を 安 い 賃金 で 働 かせたり 、 遠 くへでかせぎにいかせ て 開拓 の 仕事 をさせたりしました 。 明 治政 府 の 日 本人 化 政 策 一八九九年 ( 明治三二 ) 、 明治政府 は 「 北海道保護法 」 を 制 定 しました 。 この 法律 は 、 アイヌ 人 を 「 北海道旧土人 」 と いう 差別 のある 言葉 で 呼 び 、 アイヌ 人 が 昔 から 住 んでいる 土 地 を 制限 し 、 昔 からの 職業 を 制限 しました 。 アイヌ 人 の 子 ど もたちは 「 旧土人学校 」 とよばれる 学校 に 集 められ 、 日本語 を 強制的 に 教 えられ 、 日本人 としての 生活 の 仕方 を 身 につけ る 教育 をうけました 。 アイヌ 語 の 学習 や 、 昔 からの アイヌ 人 の 習慣 や 風習 の 生活 は 禁止 されました 。 明治政府 は 、 アイヌ 人 が 主食 とした 川 で サケ を とること 、 狩 りで シカ をとることを 禁止 しました 。 田 や 畑 で 農業 の 仕事 をすることをむりやり にやらせました 。 昔 からの アイヌ 人 の 生活習慣 や 習俗 を 日本人風 に 改 めさせました 。 男子 の 耳輪 , 女子 のいれずみも 禁止 しました 。 こ う し て 日 本 人 に よ っ て ア イ ヌ 人 は 昔 か ら の 伝 統 的 な 生 活習慣 や 習俗 や 文化 をすてさせられ 、 やむなく 、 日本人 と 同 じ 生活 を しなければなりませんでした 。 アイヌ 人 へ の 差別 現在 、 北海道 には 、 およそ 二万人 の アイヌ 人 が 住 んでいま す 。 ひっそりとまずしい 生活 を している 人 がたいへん 多 く 、 就職 や 結婚 で 差別 を 受 けている 人 も 多 く います 。 アイヌ の 子 どもたちは 、 日本人 の 子 どもたちに 、 「 アイヌ 人 は 毛深 い 、 まゆ 毛 が 太 い 、 きたない 、 あっちへ 行 け 。 」 と 、 いじめられ たりもします 。 だから 、 自分 が アイヌ 人 であることをかくして 生活 してい る アイヌ 人 もたくさんいます 。 差別 を 受 けないようにするた めに 自分 の 出生 をかくすなんて 悲 しいことです 。 このように ネイティブ ・ アメリカン が ヨーロッパ 人 にしい

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た げられ 、 苦 しめられたと 同 じ よう に 、 アイヌ 人 も 日本人 に しいたげられ 、 苦 しめ られてきた 歴史 があります 。 アイヌ 人 たちは 、 今 、 日本人 に 、 この 痛 み と 苦 しみ を 分 かってほしい と 訴 えています 。 日本人 が アイヌ 人 の 権利 をうばったことを 知 ってほしい 、 そのことを 認 めてほしい と 訴 えています 。 ア イ ヌ 人 と し て 誇 れ る 生 活 を 堂 々 と や っ て い け る 日 が く る こ と を 願 っています 。 先住民 としての 権利 の 回復 と 、 アイヌ の 伝統文化 の 再生 、 社会的 ・ 経済的地位 の 確立 と 民族 の 自立 を 強 く 願 っています 。 世界中 には 、 いろいろな 民族 がい ます 。 それぞれが 、 さま ざまな 民族的伝統 をもち 、 さまざまな 暮 らし 方 をしています 。 ちがいがあることは 当然 であ り 、 ちがっていることのすばら しさに 気 づくことが 大切 なの です 。 おたがいにちがいを 認 め 合 って 、 なかよく 生活 し 、 平和 な 生活 をしていけるように し たいものです 。

参照

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