コーポレート・ガバナンス論からみた地方政府のガ バナンス
著者 野間 敏克
雑誌名 同志社政策研究
号 1
ページ 53‑69
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学政策学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011087
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コーポレート・ガバナンス論からみた 地方政府のガバナンス
*野間 敏克
1.
はじめに「ガバナンス」governanceを英和辞典で引くと、ほとんどのものに「支配・統治」
と記されているだろう。「コーポレート・ガバナンス」になると、一般の英和辞典 にはあまり載っていない。経済学や経営学の辞典をみると、「株主など企業の ステークホールダー(利害関係者)によって企業が指揮され、統制されるシステ ムのこと。「企業統治」とも訳す。」(『経済新語辞典』日本経済新聞社)、「企業の基 本的なあり方、企業のあるべき運営の仕組みないし規律のこと」(『経営学史事 典』)などと、かなり幅広く定義されている。ただ、「より限定的には、企業の所 有者の立場、あるいは企業を構成する諸ステークホールダーの立場から、経営 者の行動を関しないし規律づけていく活動のこと」(同『経営学史事典』)と、ガ バナンス対象を経営者にしぼった定義も併記されている。
コーポレート・ガバナンスについて書かれた研究論文でも定義は一致してい ない。経営学者のモンクス&ミノウ(1995)で「企業の方向性と活動内容を決定す る際に、様々な参加者が互いに作る関係のこと」とかなり曖昧に定義している のに対して、小佐野(2002)など経済学者やファイナンス関係者は、「経営者に対 する規律づけ」と明確にして議論を進めることが多い。
ガバナンスの議論は、誰の誰(何)に対するガバナンスかを明確にしておかね ば余計な混乱に陥ることがあり、ときには宮川・山本(2002)のように、同じ書物 の中で気づかずに異なるガバナンスについて論じるというケースさえ起こりかね ない。本章では、コーポレート・ガバナンスに関しては小佐野(2001)と同様に
「コーポレート・ガバナンスはわが国では「企業統治」と訳されているが、一般に は企業経営者に対する規律付け」(p.1)ととらえ、ただし規律付けをする主体に は、株主だけでなく様々な主体をとりあげたい。
ガバナンスを規律付けととらえたとき、それをしなければならないものは企業 だけではない。親は子を規律付けねばならないし、教師は生徒を規律付けね ばならない。そして政府についてもガバナンスが必要である。本章の目的は、
企業のガバナンスに学びながら、政府・自治体のガバナンス問題について考察 することである。
まず2節で、株式会社のガバナンスをめぐり議論されてきたことを、金融市場 の影響にもふれながら簡単に整理する。株主から経営者へのせまい意味のガ バナンスだけではなく、多様なステークホールダーとの関係にも注目する。
政府・自治体のガバナンスの場合、株式会社の構図とどこが同じでどこが違
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うのかを、3節で考察したい。株主が経営者を「統治」したり、官が民を「統治」
することが現代のガバナンス問題ではない。多様なステークホールダーの関わ りを許容し、あるいは利用しながら「規律づけ」を適正に行うことが、現代のガ バナンス問題なのである。この点は企業でも政府でも共通している。しかし誰 が誰を規律づけることが大切なのか、どこに障害があるのかという点で、やはり 企業とは異なる問題がそこにはある。ガバナンス構造あるいはエージェンシー 構造が違うからである。
さらに近年の政府のガバナンスには、かつてなかった課題が生まれている。
公共サービスに対する住民ニーズの多様化と政府部門の非効率性が明らかに なったためである。4節では、いまの政府のガバナンスをどのような形で行うこ とが望ましいのかについて、ガバメント・ガバナンスからパブリック・ガバナンス への移行、あるいは「官」の規律付けから「公」の規律付けへの移行が求められ ていることを主張する。その文脈のなかで、政府と民間の中間的な組織の役割 と、自治体間のパートナーシップの重要性についても触れてみたい1)。
2.
コーポレート・ガバナンス 2.1.所有と経営の分離株式会社の所有者は商法上株主である。株主の利益が最大になるように企業 は律せられねばならず、それを効率よく達成する体制を整え運営できることが、伝 統的で最も狭い意味での良いコーポレート・ガバナンスと定義される(図1)。
図1:企業統治(せまい意味でのコーポレートガバナンス)
注:矢印は、規律づけのインセンティブと手段がある、という意味。
ところが、株主と経営者とは多くの場合別人であり、資本主義経済が発達する ほどに両者の距離は遠くなった。株主にとって望ましいと考えることと、経営者に とって望ましいと考えることとが一致しなくなったのである。たとえば高い経営者 報酬や豪華な社長室は、経営者の生活向上には役立っても、株主への利益配当 を減少させてしまう。逆に、高値買収をもちかける企業が現れたとき、株主にとっ ては大きな利益が得られるが、経営者は自らの地位を追われることになる。その ため、あらかじめ株式を安定株主と呼ばれるグループ企業に保有を依頼したり、
経営者 株主
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故意に株式価値を低下させるような経営を行う可能性もある。株主と経営者との 間で「利害対立」の生じることが多くなったのである。
この時、あくまでも会社は株主のものとの立場からすると、経営者の行動を監 視し、会社の利益を高める経営を行わせることが望ましい。しかし、会社が日々 どのような課題に直面しているのか、経営者や従業員が日常どのような業務を行 っているか、課題にどう対処しているのか、などを株主が監視するためには、費 用がかかり限界もある。経営者との間には、情報格差ないし情報の非対称性が あって、会社の業績悪化に対しても、株主は、やむを得ない事情で業績が悪化し たのか、経営者の能力不足やなまけによるものなのかを識別することが難しい。
能力不足の経営者を廃し、なまけやごまかしを防ぎ、株主の利益のために経営 者が働くように律する、あるいは律する組織を作る、それが「最も狭い意味での 良いコーポレート・ガバナンス」である(図1)。
2.2.よりよい組織体制
経営者と株主との利害対立から生じる企業価値の低下を避けるために、企業 の内部および外部組織にさまざまな工夫が取り入れられている。たとえば情報の 非対称性がモラルハザードを生むのであれば、そのギャップを埋めるように経営 者の監視をする役割を、取締役会の構成や監査体制などの組織の見直しにより 強化することが考えられる。実際、日本ではバブル期のモラルハザードの原因の ひとつに、経営者内部で情報を隠蔽したことがあったとの考えから、よりオープン に外部の力を利用しかつ自律力を高めようと、外部取締役の拡充や、委員会設 置などの組織改善が行われている。
また、株主と経営者との利害対立をやわらげるために、経営者報酬が企業業 績と連動するような報酬体型にしたり、ストックオプションによって株価上昇のメリ ットを経営者に与えるなどの手段がとられている。株主代表訴訟などの形で、経 営者への罰則を強化することで、株主の利益に反する経営者の行為を抑止する ことも考えられる。
2.3.ファイナンスとガバナンス
企業の所有者である株主は、企業業績が上がり配当が得られるようになること を望む、あるいは株価上昇のキャピタルゲインが得られることを望む。それには、従 業員への賃金支払いや負債に対する元本返済をしたあとにもまだ高い利益が残 ってなければならない。多少のリスクがあっても高いリターンの期待できるプロジェ クトの方が、期待値として高い利益を株主にもたらすのである。
一方銀行などの債権者にとっては、貸し出した資金の元利は株主への配当に 優先して返済されるのであるから、それらが完済されるところまで収益をあげるプロ ジェクトであれば十分である。いくら高いリターンが期待されても、リスクの高いプロ ジェクトだと元利返済される可能性が低下する。安全に収益をあげるプロジェクト
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の方が望ましい。
株主と債権者という資金の出し方の違いによって、企業に実行してほしいプロ ジェクトタイプをめぐる利害対立が存在する。このとき経営者はどのような立場なの だろうか。どのような態度をとるのだろうか。もしオーナー経営者であったり株式を 多数保有しているのであれば株主側に立つだろう。逆に銀行から派遣された経営 者であれば元利返済第一に考えるであろう。オーナーでもなければ銀行派遣でも ない大多数の経営者は、両者の利害を調整しながら、かつ経営者本人にとって好 ましい会社経営を選択する。このようなことは、「会社は株主のため」が貫徹してい ればもちろん許されず、株主は経営者が銀行優先の行動をとらないように監視と 修正のメカニズムを用意しておく必要がある。
限られた個人資産で株式を購入した小規模株主にとっては、日常的に会社を監 視し修正を求めることはまず無理である。そこには大きな情報の非対称性が存在 し、経営者に対して有効に働きかける手段はない。その場合、ハーシュマンの有名 な用語を使えば、voice でなくexit が彼らの意思を表明する手段となる。債権者や 銀行を利するような、安全だが利益のあがらないプロジェクトを選択した会社の株 式に対しては、売却することで株価を下げ経営者に抗議することができる。一方、
大規模株主の場合には、日常的に経営者と意見交換する機会があり、多少のコス トをかけてでも会社の動向を探るインセンティブがある。情報の非対称性の程度は 個人投資家より格段に低いと考えられる。株主のなかにも情報劣位なグループと 優位なグループがあり、経営者に対する働きかけも異なる。
債権者の代表である銀行の場合には、安全第一に経営者を導きたい。融資先 の預金口座の動きや、取引関係にある会社の動向や、手形・債券などの市場の動 向も把握できることから、小規模株主はもちろん、大規模株主よりも情報の非対称 性が小さいと考えられる。それだけ経営者への意思表示も強く頻繁に行うことが できるのである。
このように、株式会社の経営者と資金の出し手である株主や債権者との間には、
利害対立や情報の非対称性が存在し、その程度もまた様々なのである。それらを 調整しながら企業経営を適正に行わせることが経営者に求められ、それを効率的 に行わせることが、「やや広い意味でのコーポレート・ガバナンス」の目的であろう
(図2(a))。
57 図2:企業経営の規律づけ
(a)資金供給者および従業員によるコーポレートガバナンス
注:太線矢印では、より強いガバナンスが働いていると思われる。
現実の企業は、とくに日本企業については、それ以外に従業員もガバナンスの 参加者と考えられる。それは従業員組合が経営者との懇談や交渉の機会をもつ というだけでなく、多くの経営者が、平社員から出発して同じ会社で長年かけて 昇進し成り上がったからでもある。その間に、従業員へのシンパシーをもち、会社 は従業員のものという感覚が強まるだろう。経営者市場が発達し、全く違う業界 の会社に突然新しい社長がヘッドハンティングされてくるアメリカとは、状況がずい ぶん違っている。伊丹(2000)は「従業員主権」をキーワードに、株主との関係を保 ちながらも従業員がガバナンスの主体としてより強く参加する方向を、日本的なガ バナンスの形として推奨している。
2.4.多様なステークホールダー
経営の巧拙から利害を受けるステークホールダーは、株主、債権者、従業員 だけではない。自分にとって良質な製品を安くと望む顧客は重要なステークホ ールダーである。近年は、多くの企業が顧客の意見を取り入れて新規開発商品 を決定している。もちろん以前から、市場調査をし、開発した商品を消費者モ ニターにかけるなどの形で顧客の意見は採り入れられてきただろう。しかしそ れがより強く、継続的に意見を徴収したり、決定会議に参加させるなどの形で、
企画段階から顧客ニーズをとりこむ傾向にある。それはつまり、顧客の嗜好が 多様化し変化が早く激しくなったために、企業内部だけで意思決定をすること の危険性が増したためである。またITの発達によって、情報や意見のやりとり が容易に行われるようになったことも関係している。
従業員 経営者
債権者 株主
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日本の企業は、特定の相手と長期継続的に取引する傾向があった。相手方が効 率化し、より良い商品をより安く仕入れることができれば互いに業績を上げられる共 存共栄関係になることができた。企業間信用(買掛、売掛)というファイナンス面でも、
取引相手との関係は深く、互いの信頼を保つことが安定した経営には欠かせなかっ た。場合によっては株式を持ち合って、互いの経営を監視し口出しすることも可能だ った。取引相手の経営に対する関心は高く、日常の情報交換や取引のなかで情報 の非対称性を引き下げ、共存共栄を保つ努力がはらわれてきた。
図2:企業経営の規律づけ
(b)広汎なステークホールダーによるコーポレート・ガバナンス
優位産業の移り変わりが速く、激しい競争に生き残るために、近年では取引 先に損失を押しつけても自社の利益を優先するという冷徹な関係が増えたかも しれない。しかしそれでは長く利益をあげ続けることはできない。むしろ柔軟に 素早く、協力して新しい商品や新しいビジネスに取り組むほうが効果的である。
取引先との情報交換、提携、共同開発の必要性はますます高まっており、経営 を規律付けるガバナンスの担い手としても重要性が増している。
以上のように、企業をとりまくステークホールダーには、経営者、株主、債権者、
従業員、顧客、取引先などのさまざまな立場の人がいる2)。それらの間を調整し 適正な経営を行うことが「広い意味でのコーポレート・ガバナンス」の問題であり、
そのような組織をつくり運営することが経営者にとっても他のステークホールダー にとっても重要である(図2(b))。
ただ、これら多様なステークホールダーの内部では、たとえば個々の株主の間 で会社への要求が大きく食い違うことは少ない。株主であれば誰もが高い配当 か株価上昇を望むはずである。従業員であれば誰もが会社が長く継続し高い給 料を払うことを期待するだろう。いろいろな立場の人が会社には関わっているけ
従業員
顧客 経営者
取引先企業
債権者 株主
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れど、各グループ内では比較的一様と考えられるのである。
それに対して、次節でみる政府の場合はどうであろうか。国民という究極のス テークホールダーの内部にこそ、もっとも大きな利害対立があり、しばしば正確な 情報をもたないままに何となく対立だけが深まるケースがある。国民間の利害対 立を反映して、議会というグループ内でも利害対立が常にある。議員の個人的な 利益のために国民間の利害対立をあおることもある。このような複雑な構造を理 解したとき、政府のガバナンスには、企業とは異なる要素が加わっており、よいガ バナンスためには、本節で述べたような、経営者が調整役を果たしたり、経営者 のインセンティブを誘導する報酬制を考えたり、外部取締役などの組織を作った り、というだけでは済まないことが予想できよう。
3.
ガバメント・ガバナンス 3.1.投票・決定・実行の分離図3:ガバメント(政府による統治)
ガバメントgovernmentという単語には、「統治」という意味合いが込められてい る。国家権力をもった政府が、いかに国民を「統治」するかが、ガバメントの課題で あった(図3)。上の意思通りに下を従わせることが良いガバメントであった。しかし 民主主義の考え方が浸透し、主権者は国民であることが共通認識となってくると、
国民が政府を律することが重要だという理解が生まれてきた。納税者であり、かつ 公共サービスの顧客でもある国民のためにこそ、政府は働くべきである。ガバメント を効率的に規律づける仕組みや運営を考えることが、「ガバメント・ガバナンス」の 課題である。
国民 政府
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図4:間接民主主義のガバメント・ガバナンス
選挙
注:点線は地方政府の場合の首長選挙
企業について図示にならって、政府のガバナンス問題を図示したのが図4である。
日本の場合、国民主権と三権分立が国家原則となっており、政府としての活動は 内閣の指図により行政(役人)が執行することになる。企業のガバナンス構造にあ てはめると、内閣が経営者で行政が従業員ととらえてよいだろうか。国民は顧客と して行政サービスを受け、その満足度が高まるような内閣や行政が好ましい。同時 に、国民は投票という人事権を持っており、議員内閣制のもとで、間接的には経営 者である内閣を選ぶ権利ももっている。国民が株主で議会が経営者とみるべきな のか、内閣が経営者とみるべきなのか。地方自治体の場合はさらに直接首長を選 ぶこともできる。彼らの行動を律する最も強い手段は投票権にある。
これらステークホールダーの間で、利害対立はあるだろうか、情報の非対称性は あるだろうか、監視と修正のメカニズムは働いているだろうか。
結論を先に述べると、各所にそれが存在する。企業の場合には、経営者を中心 に各ステークホールダーからの矢印が入ってくる図2や図3が描かれた。ステークホ ールダー間に情報の非対称性や利害対立があって、いわゆるエージェンシー問題 が発生するとしても、経営者が調整役としてもっともふさわしい立場にあった。とこ ろが政府の場合は、有権者と議会、議会と内閣、内閣と省庁役人、そして役人と 国民との間にも、積み重なるようなエージェンシー関係が存在している。最終的に 利益を得るのも責任を負うのも国民であり、国民のために、国民によってこの構造 をうまく動かすことがガバメント・ガバナンスの課題だろう。
3.2.ガバメントのエージェンシー問題
依頼人と代理人の関係がうまくいかないことをエージェンシー問題と言い、情報 格差と利害対立がその根本原因となる。まず情報格差が、国民と議員の間にも、
議員と内閣の間にも、内閣と役人の間にもあるだろう。
内閣・首長 省庁・部局
官僚・役人
議会 国民・市民
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たとえば国民は議員の活動内容や意図をどの程度知ることができるのか。近 年になって、インターネットを通して議員や内閣が何を調べ議論し決定したかを 早く容易に知ることができるようになったが、かつては新聞やテレビで知ること ができる議員活動はごくわずかだった。ときたま地元に報告に帰ることはあっ ても、それを聞くのはごく限られた有権者である。ましてや国会に出かけたり国 会中継を通して議員活動を監視できる者はほとんどいない。そのため、公約に 反する活動や、国民の利益を損なう活動をしていたとしても、その情報をつか むことは難しい。多くの国民は、選挙をすぎれば候補者に関心を持ち続けるこ ともないだろう。
議員と内閣との情報格差はそれに比べれば小さいかも知れない。個々の議員 に国政調査権があり、国会質問や委員会質問によって情報を引き出すこともでき る。何よりも情報収集することが彼らの職務であり、そのための歳費も払われて いる。もちろん内閣に比べれば情報能力は劣るだろう。議員の関知せぬままに法 案作成が進められることもあるかもしれない。だが、国会審議を通して情報の非 対称性を埋め合わせる機会はある。
国会で決議された法案や予算を実行するのが省庁である。長年の実務で蓄え られた情報の量と質は内閣や国会とは比べものにならない。それを議員や内閣が 活用することはできても、全容を知ることはできないだろう。その意味で、政策の決 定主体と実行主体との間には大きな情報の非対称性がある。それだけに、ここに は他よりも強い監視と修正のメカニズムが必要である。
図4のような、エージェンシー関係が積み重なった構図なかで、国民の利益、議 員の利益、内閣の利益、役所の利益は一致するだろうか。とちゅう一致しなくても 国民の利益につながる政策は実現されるのだろうか。
各者の利害は対立する場合もあればしない場合もある。たとえば無駄な官僚を なくせという政策は、国民、議会、内閣まで一致しても、官僚は反対する。官僚の 協力を得たい議員と内閣の一部も反対に回るかもしれない。あるいはまた、減税 などの人気取りの政策は国民と議員が賛成し、心ある内閣と行政が反対するとい う構図になるかもしれない。
より多くみられる構図は、国民の一部と議員の一部の利害が一致し、他とは 一致しないケースである。たとえば高速道路建設を促進しろという政策は、工 事を担当する建設業者とそれで潤う地方住民および地方選出住議員の利害が 一致し、残りの大多数の国民とは一致しない。つまり委任者の利害そのものが 統一されぬままに代理人に経営をまかせている状況なのである。また、高速道 路建設を実現したい国民は、予算制度、法律、政府組織、議員の勢力関係など を研究し、有効な働きかけを実施しようとするだろう。それに対し、本当は予算 が無駄に使われるという害を受ける大多数の国民は、そのような情報を知りも しない。後であらためて述べるように、国民というグループ内での利害対立と 情報格差の拡大が、政府のガバナンスを複雑で困難なものにしている。
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3.3.よりよいガバナンスのために
「主権者である国民にとって望ましい」ことが明確に共有されていて、その目的を 有効に達成するように規律付けることが、良いガバメント・ガバナンスである。この ような定義ができるのであれば、ガバメント・ガバナンスの問題は比較的容易に解 決策を考えることができる。重層的なエージェンシー構造を、それぞれ目的に適うよ うに組織改革したり利害が一致するようなインセンティブメカニズムを埋め込めばよ い。まさにコーポレート・ガバナンスの考え方が援用できる。
たとえば政府内部の組織改革によってガバナンスの実効をあげるためには、評 価システムと情報の開示が重要になる。会社経営の発想と同じように、国民・市民 を顧客とみなし、顧客満足度を指標に政府活動を評価するのである。各段階で その目標は守られていたのか、効率的にその目標を達成する努力がはらわれたの か。効率的に実行する体制になっていたのか。事後評価をして改善する、あるい は事後評価をプレッシャーに事前の効率をあげる仕組みを導入することが求められ るのである。現在総務省を中心に政策評価が導入されているが、政府のガバナン スを改善するための極めて適切な方策と言えよう。ただし、評価の客観性を担保 するためには、外部組織に評価を委任することも考えられる。また、年に一度の評 価ではなく、日常的に議員、内閣、役所の活動を監視し、改善や修正を求めるた めにはやはり外部機関の活用が欠かせないだろう。
3.4.ファイナンスとガバナンス
企業に対する資金の出し手である株主と債権者は、コーポレート・ガバナンスの 重要な担い手であった。なかでも株主は、有限責任ではあるが最終的な責任を負 っているため、重要なガバナンス主体であった。政府に対する最終的な出資者は 国民である。もし政府が税金を無駄遣いすれば出資金は返ってこない。出資した 対価として、国民は配当金ではなく政府サービスを受け取っている。つまりコーポ レート・ガバナンスの構図で言えば、出資者でもあり顧客でもあるのが国民である。
そしてまた、たとえば安全を確保するという公共サービスのために住民の協力・参 加が欠かせないというのであれば、従業員や取引先のような性格も国民はもって いる。そしてまた国債を購入すれば、債権者としても政府へのガバナンスの資格と 責任があると言えよう。
ファイナンスとガバナンスの関係に注目すると、地方自治体の場合にはやや複雑 である。地方財政の収入は、住民税など地方住民からの税金と、地方交付税交付 金や補助金など国からの資金によって成り立っている。近年は地方債が増発され てきた。地方債の買い手は、地元金融機関(縁故債)と簡保資金など公的機関が 中心であった。郵貯資金も全額自主運用に移行しているため、地方債の購入や自 治体への貸出が比重を高めると予想される。また、市民債(コミュニティ・ボンド)の 発行も増えていることから、納税者としてだけでなく公債の買い手(資金の貸し手)
としての市民の役割が高まってきた(図4)。
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地方自治体の場合、住民と、投票によって住民から委任された議員および首 長が、住民からの監視をうけながら、住民のための行政を運営していくように規 律付けすることがガバナンスの課題である。ところが、情報の非対称性と利害対 立が存在し、住民自身は間接的な監視しかできない。修正を求めるのも選挙の ときだけ、というのでは良いガバメント・ガバナンスは達成できない。そのため、
最終的な受益者である国民にとって望ましい行政運営のためには、監視・情報 収集の専門組織が必要なのである。それは市民オンプズマンやNPOが果たすの かもしれない。
その他に、今後増えてくる地方債購入者にその役割を期待できよう。なかでも、
地方債の買い手として地方自治体に資金提供してきた郵貯・簡保には、これまで よりも大きな役割が求められる。巨額の資金運用にくらべれば監視費用は小さく、
きめ細かい情報生産ができるまれな主体であること、また郵便局を通じて地域情 報を得ることもできるからである。彼らがガバナンス主体として地方債の価格付けを リードし、自治体を評価し、さらによりよい自治体経営のための発言する資金提供 者となれば、あらたなガバナンスメカニズムとして機能することが期待できる。
3.5.ステークホールダー「内」の多様性
先述したように、「主権者である国民にとって望ましい」ことが明確に共有され ている場合には、より良いガバメント・ガバナンスに近づける組織や仕組みを、コ ーポレート・ガバナンスの発想を援用して考えることが可能であった。議会や役人 を監視し、足並みそろえて目的を達成するように修正すればよいのである。
以前は確かに、すべての国民や市民に、たとえば高度成長や地域経済活性化 という共通の目的があったかもしれない。国民の間で利害が一致していれば、議 会も行政もその目的を掲げて動きやすい。財政的に余裕があるならばさらにそれ は容易である。ところが一方に福祉重視の市民がいて、経済活性化を重視する 市民と対立したとき、議会で調整し決議された内容を行政が実施するとしても、
その内容はどちらにとっても不満が残るものになりがちである。問題が認識され てから決議実行に至るまでの時間もかかる。さらに実行する行政にしても、どちら からも不満を言われることが分かっているなら、自信をもって推進することはでき ないだろう。財政的に厳しくなると、限られた予算を、対立する市民ニーズの割 り振りや優先順位を決定することが、ますます困難になる。
国民が望んだある政策に対して、誰が得をし、誰が損をするのか明確で、誰もが 利害対立を理解しているのなら、民主主義の手続きにのっとって議論し結論を出 せばよい。たとえば地方の公共事業は地方の建設業者とその周辺を潤わせる一 方、多くの税金を負担する都市の企業および国民にとってマイナスが大きい政策 であったとしても、それを互いに認識したうえで、あとは選挙で選ばれた議員による 議会審議にまかせればよいだけである。利害対立があっても、それが開示されて いるのであれば、社会的な公平性も保たれる。
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ところがここでは、多くの場合情報の非対称性が大きいがために、利害対立が よくみえないことが多い。公共事業者の方がはるかに必死に情報収集するため、
税金が無駄に使われるという損失を被るのに気づかない国民との間には、大き な情報差がある。むしろそのような情報を隠し、あたかも特定の利害は生み出さ ないかのように情報を歪曲したり、ほんとうは損なのに得をするかのような情報 が作られることもある。
無論以前も市民が一枚岩ということはなく、特定の利益を代表する団体が政治 的に働きかけて有利な政策を実現させてきた。経済全体が右上がりの中で、相 対的に不利な扱いを受けてきた市民にも恩恵が与えられてきたために、不満は 目立たなかった。国民が知ろうとするインセンティブも議員が国民に知らせようと するインセンティブも低かった。
現在、市民のニーズは多様化し、統一した目的にそってガバメントが動くことは少 なくなってきた。いわば細切れの市民ニーズを吸い上げ実行する、あるいは実行さ せるためには、間接民主主義で議会から行政の長に伝わり、行政の末端におろし てくるような悠長な仕組みではいけなくなったのである。政策内容の点でもスピード の点でも、多様になった国民および市民のニーズを満たすことはできにくくなった。
4
. パブリック・ガバナンスへ4.1.情報はどこにあるのか、利害対立はどこにあるのか
前節最後に述べたように、住民の考え方やライフスタイルは、高度成長期など にくらべはるかに多様になった。また情報技術の発達にみるように、住民の暮ら しやすさに直結する社会システム変化のスピードは速く専門的になった。このよ うなニーズを素早く正確につかみ政策に反映させることは、政府がそれを吸い上 げて行政におろすという形では追いつかなくなっている。かつては、国の方針や、
産業情報、国際動向などに関して、政府の方が企業や住民より情報優位にあっ たのだろう。その優位性をいかして、求められている政府サービスも政府の判断 で選び政府自身が提供していた。ところが今、最新の正確な情報は、民間にこそ ある。国民のなかにある。
考え方やライフスタイルが多様化するということは、国民が政府に望むことも多 様化し、住民の利害対立の形が多様になることも意味している。税金も社会保障 も水準が高い大きな政府を選ぶか、小さな政府を選ぶかなどといった二者択一 の意見対立ではとらえることができない。かつて住民同士の意思疎通ができてい た地域でも、多くの住民が流出した過疎地域や、逆に日本中から異なる生活習慣 をもった人々が流入する都市部では、基本的な価値観さえ住民同士でそろえるこ とは難しいだろう。それを調整する機能が昔のコミュニティの中に備わっていた のかもしれないが、もうそれは失われている。
代わって利害調整役を負わされてきたのが行政であった。騒音をめぐる住民
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同士の争いにまでかり出されていたのである。しかしそれにも限界がみえてきた。
利害調整専門の部署を役所内におくほどの予算はなく、たとえ置いたとしても多 様化し件数も増える利害対立に対処することはできないだろう。
コーポレート・ガバナンスの発想では、ステーク・ホールダー内部の利害を調整し たり情報の非対称性をやわらげることは求められていなかった。経営者がステーク ホールダー間を調整すればよかった。それに対して政府のガバナンスでは、国民 内部や議会内部の利害調整ができて、初めてより良いガバナンスに近づくことがで きる。現時点ではそれぞれの政策の利害得失を明確にすることさえ行われていな い。その仕事は経営者にあたる内閣や首長の役割なのだろうか、役所の役割なの だろうか。それとも、本稿では全く登場してこなかった裁判所の機能強化を求める べきだろうか。政府の役割は、情報の非対称性と利害対立の観点だけからながめ ても、変わらなければならない。ガバナンスの形も変わらなければならない。
4.2.「官」ではなく「公」のガバナンス
政府部門の役割は効率性と公平性を改善することにある。市場の失敗である外 部経済性を補い、同時消費や消費の非排除性という特殊な性質をもった公共財 を提供することが効率性改善のための政府の本質的な役割である。また、水平的
(同所得間)、垂直的(異なる所得階層間)、世代間の公平性を守るために社会福 祉や社会保険の提供に税金を費やしている。ただし、それらの必要性が認められ たとしても、それをすべて税金によってまかなう必要はない。それらを公共サービス と呼ぶならば、公共サービスに対する国民のニーズと政府介入の正当性を把握す れば、どこかでそれが提供されることを保証するのが政府の役目となった。提供者 が民間企業であっても、公共サービスが提供されていればよいのである。
これらの公共サービスをすべて官が提供しようという傾向が日本では強かった。
そのとき、いかに効率的に政府が行政をとおして政策を実施するかということが政 府のガバナンスにとって最も重要な点であった。政府内の組織を整えることが、こ のガバメント・ガバナンスの中心テーマだったのである。
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図5:パブリック・ガバナンス
(a)市民による監視と規律付け
選挙
ところが論じてきたように、住民間のニーズや利害対立は以前より格段に多様 になった。政府が情報優位であった時代は去り、多様な住民ニーズを早く正確 に把握することさえも以前ほど容易ではなくなった。また実行においても、行政 組織の煩雑さや遅さがじゃまをして、多様な住民ニーズに的確に施策をマッチさ せることが難しくなった。政府が効率性や公平性を改善しようにも、以前ほど効 率的にその役割を果たすことはできなくなったのである。それでも提供が必要な 公共サービスであれば、政府に代わって住民ニーズをとらえ効率的に公共サービ スを行うことができる主体を探さねばならない。官自身が提供してなくても、誰か によって「公」の役割が果たされていればよいのである(図5(a))。
政府のガバナンスの課題は、「求められた政策をいかに効率的に「官」が実施 するか」というものから、より広くなった。「いかに住民ニーズをとりこみ、情報の 非対称性や利害対立を回避しながら、住民の満足に結びつくように「公」のサー ビスを保証するか」、これが政府のガバナンス問題の最大の課題となったと筆者 はとらえている。ガバメント・ガバナンスではなく、パブリック・ガバナンスの視点で ある。効率的に政府を規律付け、効率的に公共サービスが提供されるよう、民間 企業や市民を最大限に活かすような仕組みと運営が目指されるNPM(New Public Management)の考え方に通じる。
4.3.パートナーシップの役割
この時、ひとつは住民に近いところで早く正確に情報を取り込む仕組みと、多 様な利害対立の調整に早く柔軟に対応できる仕組みが求められる。それは官で はなく、民の力に頼らなければならない。他の主体との協働による、「政府の規律 づけ」というよりむしろ「公共サービスの規律づけ」が増えてきた背景には、そのよ うな事情があると思われる。
顧客である市民からの意見収集や政策策定への参画を促したり、市民への説 内閣・首長
省庁・部局 官僚・役人
議会 国民・市民
67
明の機会を増やすことで、情報の壁は低められる。その役割をNPOやNGOなど 外部専門機関に依頼することをも有効だろう。そしてニーズが認められた公共サー ビスをやはり住民に近い機関に外部委託する(図5(b))。
そしていまひとつは、新しい事態に対処する新しい仕組みを創り出すとき、同 じような問題をかかえた他者の情報は非常に役に立つ。地方自治体同士で意見 交換しながら、自分たちに合ったパブリック・ガバナンスを発見する必要がある。
場合によっては、自治体間の連携によって、同じ外部機関に委託することで最も 効率的な「官」から「公」への移行ができるかもしれない。中央政府と地方という タテの連携以上に、地方どうしのヨコの連携が重要になってきている。
図5:パブリック・ガバナンス
(b)参画・協働・パートナーシップによる
選挙
5
. おわりにStoker(2003)は、英国における地方政府のガバナンス体制の移り変わりとその 特徴を、表1のようにまとめ、NPM(New Public Management)からさらにネットワ ーク・コミュニティ・ガバナンスへ移行していくことを見通している。そこでは、ガバ ナンス主体がガバメントからパブリックへというだけでなく、パブリックの範囲が、
地域住民や他地域住民、そして国やEUにまで広がっていることがわかる。
日本においては、他国にまで広がることはまだまだ先だと考えられるが、ガバナ ンス参加者の広がりと多様性の高まりは間違いなく進展する。情報交換や意見交 換、そして調整と協調がいま以上に求められるガバナンスとなることが予想される。
他の自治体等
内閣・首長 省庁・部局
官僚・役人
協働の場
議会 国民・市民
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表1:地方政府ガバナンスの変遷
出所:Stoker(2003)p.11表1.1より。
注:兵庫大学経済情報学部田端和彦助教授が引用したものを参考に、一部変更を加えた。
戦後型・選挙制度の もとでの地方政府
NPMのもとでの地方 政府
ネットワーク型コミュニ ティ・ガバナンス
ガバナンスの目標 国民福祉サービスの ための投入管理
経 済 活 動および 消 費 者への対応を保証する ような投入・産出管理
公的に最も大切な課 題に取り組むための 有効性を高める
おもなイデオロギー 専門性重視と政党・
党派主体
管理重視と消費者主 権
管理重視と地域主義
公的関心事の定義 政治家と専門家によ る。国民からの吸い上 げはあまりない
顧客志向、個人の選 好を積み上げ
複雑な相互作用を経 て個人及び公的な選 好を抽出
アカウンタビリティを はたす仕組み
民主主義手続き全般
(選挙、政党政治家、
政治家による官僚コ ントロール)
政治と行政管理の分 離(政治家は方向を 示し、行政管理は専 門の管理者、消費者 による監視の仕組み を取り込み)
選挙で選ばれたリー ダー、行政官、主な ステイクホールダー がコミュニティの 抱 える問題を解決・実 行をさぐる(選挙、国 民投票、審議会、監 視、住民意見の変化 などにより試練)
サービス提供のシス テム
階層的な組織と自己 制御できる専門性
民間、または政府との 距離を規定された公 的な代行機関
実用的観点からさま ざまな選択肢 公共サービス精神を
高めるために
公共部門だけが公共 サービス精神、すべ ての公共主体が保持
公共部門の公共心に 疑問(非効率と拡大 志向)、顧客サービス 重視
公共サービスをひと つ の 部 門 が 独 占 せ ず、価値の共有と分 け合いにより関係を 維持することが本質
上位政府との関係 サービス提供をふくめ 中央政府の各省と提 携関係
上 位 政 府と 成 果 契 約、公共サービスに 成果指標
複雑、複合的(地域、
国家、EU)交渉によ り柔軟に
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註
*本稿は、2005年度の財団法人21世紀ヒューマンケア研究機構地域政策研究 所『ガバナンスとパートナーシップに関する研究』の一環としてなされたもの を加筆修正したものである。
1) 日本の場合、県市町は地方「政府」といえるほどのものでなく、地方「自治体」
と呼ばれている。本稿では国にも言及するため、地方「政府」という名称を 通して使っている。
2) 企業の社会的責任(CSR)の観点からすれば、地域社会(雇用、環境、社会 活動)や国家経済、地球環境、世界の貧困などへと、ステークの範囲が大き く広がっている。
参考文献
伊丹敬之(2000)『日本的コーポレート・ガバナンス』日本経済新聞社 大村敬一・増子信(2003)『日本企業のガバナンス改革』日本経済新聞社 岡本康雄編著(2003)『現代経営学辞典三訂版』同文館出版
小佐野広(2002)『コーポレート・ガバナンスの経済学』日本経済新聞社 経営学史学会編(2002)『経営学史事典』文眞堂
谷川寧彦(2000)「コーポレート・ガバナンス」筒井義郎編『金融分析の最先端』
第5章、東洋経済
日本経済新聞社編(2004)『経済新語辞典2005』
野間敏克(2003)「コーポラティブズのガバナンス−スウェーデン社会的調査よ
り−」『商大論集』第54巻第5号
深尾光洋・森田泰子(1997)『企業ガバナンス構造の国際比較』日本経済新聞社 宮川公男・山本清編著(2002)『パブリック・ガバナンス』日本経済評論社 ロバート・モンクス&ネル・ミノウ著、ビジネス・ブレイン太田昭和訳(1999)『コー ポレート・ガバナンス』生産性出版(Robert A.G.Monks and Neil Minow, Corporate Governance, Blackwell ,1995.)
Stoker, Gerry(2003), Transforming Local Governance: From Thatcherism to New Labour, Palgrave.