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相互承認と物象化(1)初期ヘーゲルの社会理論

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(1)

相互承認と物象化(1)初期ヘーゲルの社会理論

著者 壽福 眞美

出版者 法政大学社会学部学会

雑誌名 社会労働研究

巻 28

号 3・4

ページ 91‑138

発行年 1982‑03‑20

URL http://doi.org/10.15002/00006627

(2)

『雛命的自然法とその転回L民族宗教と共和制2キリスト教国家..…・以上水号a愛の共同態二、新たな全休性を求めてL人倫的共同態の理念2近代自然法批判aドイツの日山と統一三、相互承認関係としての市民社会四、市民社会の八内なる革命化v

「革命的自然法とその転回

相互承認と物象化臼

l初期ヘーゲルの社会蝋論11

寿福真美

(3)

一七八九年のフランス並命を、一九才のヘーゲルはテュービンゲン神学校で迎え、その鞘神は一瞬のうちに彼を捉えてしまった。「専制君主反対/無職の徒に死を/心に対する絶対的権力を要求する恐るべき政治に死を/自山万才

/ジャン・ジャック〔ルソー〕万九」これは、彼がメモ帳に記した墓である.それに緋いてルソーの「社会 契約論』からの抜き樽きがある、「もし天使の民族が存在するなら、その民族は自らを民主制的に統治することだろ う。」鍬と二人の親友、ヘルダーリンとシェリングは、フランスの新聞を貧り読み、革命の経過を熱心に追求するだ けでなく、神学校内に結成された政治クラブにも参加し、ヘーゲルはその滅蝋にも立つ砲・それだけでなく、彼とシ

ェリングは自由の樹、球命への北〈感を表わすだけでなく、自らの地にも革命の理念を植えつける決意をも固める自由@の樹、の植樹祭にも参加した、と同窓のシュヴェークラIは伝えている。そしてその大学生時代に、ドイツに革命の理念、自由/平等/友愛/を実現しようとするヘーゲルの情熱が、ライン左岸、南ドイツはもちろん、全ドイツで膨

藤として起った、政治的藷社の紐織翼職人腱長等の蜂起への論、に進んだかどうかは定かではないが、し かし、ヴュルテンベルク王ルートヴィヒ・オイゲンの秘辮書記官J・血・シュヴァープが伝える、ヴュルテンベルク

民衆の意識と態度の一畷であったことは、砿かである。「確かなことは、そして私は自分の体験から知っているので

すが、フランスと、とくにパリの民衆の行吻がどれ程同意を得ていなかったにせよ、フランス革命が依拠する諸原理

は殆んど遍く拍手喝采を受け、教養ある諸階級の下でさえ、粗雑にしる鋭敏な民主主義が支配しています。その諸原

理は帰する所……君主が人氏のためにいるのであって、人民が君主のためにいるのではない、ということです。……

一、革命的自錘蒜法とその転回L民族宗教と共和制 九二

(4)

民衆は、平均的に見て、多かれ少かれフランス風に考えていま頬」

・そのヘーゲルの眼に、ドイツの支配諸階級とそれらを打倒すべき民衆はどのように映ったのか?その認識から、何

を主要な理論的・実践的課題として追求していかなければならないのか?君主、貴族階級、伯侶附級は強固な同盟を 結びながら、その民衆支配を続けてきている。しかもとりわけ宗教が、その支配を正当化するイデオロギーとして民 衆を教化している。「宗教と政治は共謀結託してきた。宗教は専制が欲したこと、つまり人額を軽蔑すること、人類 が何か善きものになり、自分自身の力で何ものかになる能力のないこと、を説教してきたのだ。」(、d鳥・閂・隈) この宗教は、カトリックはもちろん、プロテスタント、ルター派をも含むすべてのキリスト教宗派である。我々は、ヘ

ーゲルの思想が、キリスト教と専制、宗教と政治という視角から、恰も二つの焦点をもちながら一つの統一を形造る(し

桁円として問題を捉える視角から、誕生し発展していくことをここで確認しておかねばならない。なぜなら、この問 題設定から川発することによって、キリスト教評価の転換や、近代市民社会における社会意識の特質の認識過程が鮮

明になるからである。宗教という社会意識は、たんにその理論や教義自体から認識し評価されるだけでなく、それ以

上にその社会的機能に即して、現実の人間の社会的諸関係のひとつとして、ヘーゲルの関心を引くのである。「キリ スト教は専制に抵抗したか?キリスト教が奴隷貿易に抵抗するのは一体どれ程の側か?lその伯職者どもは〔奴隷〕 船と一緒にギニアに行くのだ.’また人間貿易には?従耶佃が一緒に送られているのだI戦争には?ありとあら ゆる専制には?」(司圃白・念【・) 確かに宗教心は、「我々の人生のうちで鮫も大切な耶柄のひとつであ」(、冨己P①)り、「人川の本性そのものの

なかに、我々の意識内にある人間の行為よりも高位の存在を承認し、その完全性の直観……に戒接、時間、施設、感 一、革命的自然法とその転回九三

(5)

一、革命的自然法とその転回九四

傭を捧げるという欲求がある」(帛弓の且口・ロロ、)という信念は、この時のヘーゲルのものであったし、そしてそれは終

生変わるものではなかった。しかしキリスト教の教えが人間の原罪を、超越的な神への帰依による桐背を、しかもイエスという歴史的一人格への信仰を説き、そのことによって理性と自由の能力をもつ人間を卑しめ、しかもドイツ、ヨーロッパ諸国民の支配的宗教となり、専制2御神的文住、目山実現の陣確となっているとすれば、このキリスト教支配の打倒と民衆の自由実現は、同時に達成されねばならないはずである。したがってヘーゲルの課題は、次のように立てられることとなった。「民衆からその偏几を取り除き稗紫するとは……民衆の悟性が、一mでは誤謬の碓信と暴力から実際に解放され、一面では諸根拠を通じて現実的誰具皿を確信することなのだ。..…Lだが、何が真理なのか……人間の知はいかになければならないのか、人川的社会が生成すべきだとすれば、政治的な点に関しても何が想定されねばならないのか?」(同席ロ8・田)民族宗教の創設・実現と共和制の尖塊、これがヘーゲルのさしあたりの解容であるが(我々は、この解容が次第に変容し、政治的に一周急進化していく過漉を後に兄ることになろう)、一七九二’三年に譜かれた『氏族宗教とキリスト教』に関する諸草稿に蛙づいて、この解容を再榊成してみよう。民族宗教とは何か、その性桁はどのようなものであり、他の社会的、政論的思想、諸制度とどのように関係するのか?これらの問いは、ヘーゲルが氏族宗教を、「個人の陶冶形成、徳の特殊的な促進の手だて、個々の苦悩や不幸のなかでの慰めや励ましの教化」(、月口目・巴)を水面的目的とする私的宗教(イエスの教え/)と対立して、公的宗教と規定した視点に基づいて答えられねばならない。なぜなら、「ある民族の信念をなし、その行動と思考様式に影懇し……ある国民の粘神の崗扮と教化」(恩88.]□)を主要目的とする、公的宗教としての氏族宗教を創設し、そ

(6)

の実現可能性を信ずる、という彼の問題関心のうちに、ギリシャ共和制とその宗教に対する彼の憧僚と賛美を、それだけでなくルソーの民主制と市民宗教への共感を、そして恐らくは同時代史としてのフランス革命がⅡ々災践してい

る国民的祝祭日・国民歌への同意を想定できるからである。ギリシャの民族宗教はまさに、共和制という政治的自由と一体化し、それを促進する公的宗教であった。「ギリシャ人の国民的祝祭はすべて、神を、あるいは彼らの凶家に功労のあった、したがって神とされた人間を讃えるための宗

教的祝祭だった。バッカス、演劇、悲劇。」(口汀。8.と)そしてギリシャの宗教が公的宗教としてそのような機能

を果たすことのできた理由は、信仰自体が一面では理性の道徳的欲求と人間の諸々の感覚とに基づいており、他面では現突の諸生活(政治的、経済的、家庭的等々)の内容と不川本雛の関係にあったからである(回円ロ8.患)。総じて

ギリシャは、ローマと対照的に、すでに彼のギムナジウム時代仏堅、その終生を通じて変わらぬ愉慨の対象であった。

「ああ、過去のはるかな日々から、人間的美、偉大さに対する感情を偉大なもののうちにもっている魂に向って、ひ

とつの像がさしこんでくるI諸民族の精神の、幸福の息子の、自由の、美的想像力の教え子の、像が四(因冨口8》も{・)しかし我々は、この愉媛がヘーゲル、身の胸中で州対立し矛盾する意識の蔦藤を育んでいる、という瓶突をもしっか

りと確認しておかねばならない。一方ではギリシャは、現代において政治的自由と人間的宗教とを実現するための亜

要な実例を我々に指し示し、したがってその共和制と氏族宗教を再興することこそが具体的な川標である、という歴 史を超えかつ貫く真理である。が他力では、ギリシャ共和制そのものはすでに脈史的過去の産物であって、現代にお

いてそれを再興することは不可能である、という歴史的認識もすでに成立している。ここでの草稿に言う、「我々は

この〔ギリシj桁神を、噂から知るだけであり、我々に許されているのは、この精神の姿の股された模写のなかで、

一、革命的自然法とその転回九五

(7)

一、革命的自然法とその転皿九六

そのいくつかの性格を愛と蝋嘆の念で眺めることだけなのだ……。この美しい治者は大地から逃げ去ってしまった。

%へ

※西洋は諸凶比の別の桁抑〔キリスト教〕を卿化した・その姿は老化しつつあみ。」(回汀ロ8.』P)※……※は抹消

部分。以下同様)我々がすぐに見るように、この内Ⅲ的関藤は、前打の把搬の優勢のまま、テューピンゲン時代を超え、初期ベルン時代まで続く。そして東洋的専制としてのユダヤ民族、その民族が育んだ東洋的宗紋としてのキリスト教が、ローマの腐敗という社会的、政胎的諸条件を通じて西洋の諸民族をとらえていった。その決定的契機がロー

マにおける私的所有の成立・支配である、というヘーゲルの歴史的把握が確立するや、この関藤は終わりを告げ、キリスト教世界の只巾における古代ギリシャの再興という計画は幻想として斥けられる。一七九六年に彼は、ギリシャの再興、古ゲルマン人の自川の再興、そしてヘルダーの試みに関して断言する、「川民の失われた現像力を再興する

ことは、什から無駄なことだったのであり、全休としてはシーザーの試み、すなわち当時の人々のなかで祖先の神話に、彼らのかっての強さと晋湿性を与える試み雁の成功をおさめることはできなかったのだ。」(ロ肝ロ8.9つ)我々は多少先廻りしてしまったようだが、ここでは彼の問題設定の大枠としてのギリシャという把握を確認しておけばよい。さらにルソーに閲して言えば、W班の引川から分るように、彼の民主制と市民宗教はヘーゲルに深い感銘を与えていた。フランス革命の精神を形成したルソー、という評価が、反吻派、砧命派を問わず、一般的な意見であったと川崎に、とくにヘーゲルにとって興味深かったのは、民主制を形成し発展させるために必要な二大条件とその前提、すなわち、比較的平等な私的所有制と、人間の私利私欲を公的・呰週的意志へと柳く市民宗教、これらを可能⑤)とする古代ポリス、小規模の都巾国家、というルソーの思想だったに違いない。だが、我々が両者の発想の同一性を想定するのは、さしあたり私的宗教に対立する公的宗教という問題設定と、その社会的機能に関係している。(凪比的

(8)

祝祭日・国民歌との共鳴は、民族宗教の形態と関連しているので、そこで検討することにしよう。)

民族宗教は、現実に民衆の意識に働きかけその生活世界を変革していく実践的武器となるためには、三つの本質的属性と一つの独自な表現形態とをもっていなければならない。第一に、人間の普遍的理性、カント・フィヒテ的な実践理性に基づいていなければならない、しかも重要な一点を除いて。「実践理性は、現世に最高善を実現すること、

および道徳性とそれに適合した至福とを、人間の一切の努力の最高目的として人間に設定し、課題として提川する。」 (三P目・巴)「理性も〔愛と同様〕普遍的に妥当する法則として、あらゆる理性的存在者のうちに再び自分自身を認め、

叡知的世界の同市民として認識するのだ。」(ロ汀BPS)我々は、カントの実践理性が、人間の意志の自由を存在根拠とし、人間の岐高善の突呪を、人倫的・市民的共同態に雄づく人倫的・道徳的共同態に求め、そしてそのための根本条件を次の命題、「君の意志の格率〔意志の動機、規定根拠〕が、いつでも、同時に普遍的立法の原理として妥

当しうるように、行為せよ」によって表現したことを知って糺迦〉しかもカントの市民的共同態が実は、ブルジョア

的土地所有者階級の支配する「共和制国家」であり、道徳的北〈同態が、人間にとって永遠に達成できない「物自体」(Ⅱ)の世界であることをも知っている。しかし、この時のヘーゲルが、民族宗教を理性宗教(三田・閂・田)として規定するとき、先の引用からも明らかなように、カント実践理性の根本命題を念頭に置いていることは、疑いの余地がない。しかもヘーゲルの実践理性が、社会変革をめざす実践的性絡を明確にもち、かつ、人間諸個人の主体的決断と行動とを

強調するとき、むしろフィヒテが後年歴剛する絶対的自我の理論ときわめて接近したものとなる。このようなカント・フィヒテ的な実践理性の性洛は、その普遍妥当性の要請(回肩口8・田)によって、また理性的立法の形式的性格の要請(国府口8.召)によって明らかになるだけではなく、理挑宗教の対極をなす呪物信仰としてのキリスト教批

一、革命的自然法とその転回九七

(9)

一、革命的自然法とその転回九八

判からも明白である。キリスト教は、全能の神の啓示を受けたイエスへの信仰を要求し、それを通じた抑への完全な 帰依を要求し、しかもこの両者は教義、神学の教えに対する信仰の上に成立している、つまり、「キリスト教の教え は大部分が歴史に結びつけられるか、あるいは歴史を通して描かれる」B亘日8.召)歴史的信仰であり、「伝統 Iこれを通じてこの宗教は我々に伝承されるlへの信仰に蕊づく、既成的宗教」(画汀§・塁)なのであり、現

在の人間にとっては所与のものにすぎない。しかし、真の宗教とは我々の理性によって承認されなければならず、神の存在自体が人間の水性〔人間的自然〕によって承認されなければならない。「諸々の教えは、たとえそれらの権威

が神の啓示に盤づいているとしても、必らず、それらが真に人間の将咽的理性によって椛威づけられ、また各々の人間がこれらの教えの義務に気づくようになったとき、その義務を洞察し職じるような性画のものでなければならない。」(口冨日8.囹)(我々は後に、このような神把搬が殆んど然神論に接近していく過程にⅢ会う。)との人間の道徳的本性、実践的欲求の水質を追求していくとき、我々は、少くともカント的な火践皿性が充たすことのできない、氏族宗教の第二の瓜性を発見する。つまり、ヘーゲルの民族宗教は感性的でもなければならない。カントの実践理性が「下位の欲求能力」を決して否定せず、それを方向づけるものとして機能するとしても、両者が対

立園係にあることは否定されえないのだか躯ヘーゲルの民族宗教は、はっきりとカント的理性への批判を含んでい

るだけでなく、感性的なものに包摂された理性、という質をもっている。「ある道徳の体系のなかで道徳性が感性から、厳籍かつ杣象的に分離されねばならないとすれば、それだけ感性が道徳性の下に低められることになる。……〔しかし〕理性の諸理念は、人間の諸感覚の織りなした6の総体に活気を与え、その影響によって、人間にとって行為がある固有の光を帯びて現われる。……宗教はところに訴えかけ、我々の諸感覚と意志規定に影騨を及ぼすのであ

(10)

る……・感性的人間にあっては宗教もまた感性的である。l善行への宗教は動機が感性に働きかけうるためには、それは感性的でなければならない。」(恩88.]]{・)我々が先に指摘した、公的宗教としての民族宗教の社会的機能と、むしろフィヒテ的な理性の実践的性桁とを考えるならば、ヘーゲルのこのような要求は決して不自然ではない。彼は確かに、感性と想像力が同時に偏見と迷信との根拠でもあることを看過してはいないし、キリスト教と専制の基盤が感覚的なものにあることも指摘している(ロケ88.B・臼)。だからこそ民族宗教はまず理性的でなければならなかった。しかし、彼の力点は、人間の本性〔人間的自然〕を諸感怖の総体として把握し、キリスト教と神学的悟性

が圧殺してきた道徳的感悩の復権を図る、という点にある。「我々の本性そのもののなかには……悪しき傾向を妨げ人間的最善を要求する、そのような感情が織り込まれている1-善なる渚傾向、同情、親切、友情……道徳的感情。〔このような〕経験的性格の根本原理が愛である。」「本性のこのような美しい糸を本性に従って、高貴な紐帯へと

編みあげることこそ、とりわけ氏族宗教の仕事でなければならない。」(、汀且P四P臼)このような把握は我々に、

ルソーやヒューム、そしてスミスを思い川させ額確かにへ‐ゲルはこのときすでに、理性と感性という対立図式に

よってではなく、実践理性もまた道徳的感情であり、理論もまた実践的欲求である、という立場から、人間の本性〔人間的自然〕を把握し、しかもそれが、社会的。歴史的に形成される、という視点をもっているのである。(我々

は、この把蝋と視点が、彼の独自な社会理論の溌礎へと展開していく次第を、後に兄ることになろう)。

しかしながら、民族宗教が人間諸個人を実践へと促す主体的宗教であるためには、さらに、第三の属性つまり、現実生活の諸要求、とりわけ政治的自由と合致した内容をもっていなければならない。なぜなら、もしそれが、「人間を、つねに視線を上に向けた天国の市民へと教育しようとするキリスト教」(厚の己P台)と同じく、現実生活を一、革命的自然法とその転回九九

(11)

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(12)

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(13)

一、革命的自然法とその転回一○二

「民族宗教は呪物信仰を避けなければならない」(ロウの口目・園)からである)、と同時に、諸儀式を通じて作用す

る。「聖なる音楽、民族総体の歌仙、民族の祝祭……民族宗教の儀式の意図は、〔人間の本性の〕神聖な諸感覚を昂揚

させる礼拝であ」(ロワ88.9)り、そして我々にとって興味深いことは、ヘーゲルがこれらの儀式を鉱祝してい

る、という事実である。というのは、儀式という形態自体が呪物信仰の可能性をもっているにもかかわらず臼序p8・

器)、それを民族宗教の独自な表現形態とするヘーゲルの把握のうちに、ギリシャへの廠保をみることができるだけ 箙忌蛭川繊鮒緬洲灘とくに凶蝋歌(7イラ」と『|…蛭1「ズ』…代…

今や、我々は、ヘーゲルのドイツ変革のプログラムとその実現過程について、語ることができる。民族宗教の飢投・実現と共和制の実現は、民族宗教の基本性格から明らかなように、段階的にではなく、同時に為されるべき一個同一の課遡である。「偉大な志操を産み育てる民族宗教は、目川と手を桃えて進むのだ。……民族の桁神、歴史、宗教、

民族の政治的目山の程度、はそれら相互の影轡からみても、それらの性画からみても、切り離しては考察されない…・・・・民族の精神の陶冶形成は、一つには民族宗教の問題でもあるが、また一つには政治的諸関係の問題なのである。」(ロ肝ロ8.凸{。)したがって、ヘーゲルの課題は、両理念を創造・発展させながら、現実のドイツにおける専制と君主制、支配的思想としてのキリスト教を批判し否定することとなる。そして我々が注意しなければならないのは、第一にヘーゲルが批判・否定を、現実に対する抽象的理念の対置に満足せず、批判されるべき現実の成立と存続にはしかるべき必然的根拠があることを解明し批判することと理解していることであり、第二に、変革の主体を支配的諸階級(君主、貴族、僧侶等)に対立する民衆のうちに求めていることである。前者に関しては、このような理解がすで

(14)

にテュービンゲン時代に確立していたとは言えないとしても、その萌芽は確かに存在している。というのは、一方ではヘーゲルは、ローマにおける公的徳の喪失をキリスト教普及の一原因として示唆し(厚の且四・断)、他方では、

「啓蒙的悟性」を次のように明白に批判しているからである。「人間の不可解な恐昧さについて沢山話せる折、ある瓜族がそのような偏見をもつのは撒挙の棚みだと微密に証明して兄せる背、その際、啓蒙、人間の認識、人斌の雌史、幸編、完全性といった言葉をいつもむやみやたらに振り回す者は、啓蒙のおしゃべり屋、浅薄な万能薬を売る山師に他ならない。……彼らは聖なるもの、人間の諸感覚というしなやかな織物を看過する。啓蒙的悟性の仕事は、客体的

宗教を精査することなのだ。」(ロ房且Pgm)その欠陥は、人間の道徳的諸感情を顧倣せず、したがって原皿・原

川を対価するにとどまる点にある。へ1ゲルのこのような肢史的皿解の方法は、翌一七几四年には明瞭に表現される

ヘーゲルの変革主体概念は、必らずしも具体的に規定されているとは言えないが、しかしすでに確認したように、

支配者階級に対する民衆に定位している点、その民衆が民族宗教と共和制という理念によって変革主体として登場する点、少くともこの二点は砿火である。これらについては、ヘルダーリン、シェリングとの柾復掛而からも一M川腺

になる。というのは、一七九N年七月のヘーゲルに宛てた手紙の一節に、「『神の王囚』の〈Ⅱ言葉と共に我々が別れて以来〔つまり一七九三年十月以来〕」(、1の符・戸①)とあるように、「神の王国よ、米たれ、さすれば我々は拱

手傍観してはいない/……理性と自由が我々の解答であり、我々の集合点は不可視の教会なのだ。」という、一七九五年一月のヘーゲルの一言葉(ロ房。:.]「)は、すでにテュービンゲン時代に三人が共、していたものであり、しかも「抑の王囚、不可視の教会」とは、机々がすでに見た、彼岸ではなく、此岸における氏族宗教の実現と同義である、

「雌命的自然法とその転回一○三 であろう。

(15)

一、革命的自然法とその紘回一○四と想定されるからであり、さらに一七九三l丘年にかけて、この三人がフィヒテ的な尖践哲学に傾斜していく過程に照応しているからである。シェリングは、『哲学一般の形態の可能性について」二七九四年几川)のなかで、「主体一般の形態は無制約性のそれであり、客体の形態は(主体による)彼制約性のそれであり、したがって主体は客体に対してつねに、規定可能なものに対する規定するものとして関係する」、とフィヒテを繰り返し、この哲学こそが一⑯|「人間の意志と余人頬の迎命とに働きかける」のだ、と災践哲学への移行を語り、また、ヘーゲル宛の手紙二七九五年一月)では、現代の最高の哲学としてフィヒテ哲学を規定し、そしてこれは我々にとって敢要だが、フィヒテの「『全知識学の基礎と綱要』〔一七九四年/〕を読んだか?」(回肝且P国)と附いている。そしてヘーゲルが此(Ⅳ)讃した「ドグマティズムとクリティシズムに関する哲学的書簡』(一七九五年)は、実践皿性の優位性に立ちながら、

「クリティシズムは究極u標の理念をたご実践的にのみ、つまり道徳的本質存在〔人間〕の使命のために便川する。

……不変の、己性、猟制約のNⅢ、無制限の活動に向って努力すると囮」、を説く。ヘルダーリンもまた同様であ

(旧)る、もっとも彼は、フィヒテ的絶対的自我をスピノザの尖体として解釈しよ・つとするのだが⑪そして我々のヘーゲル/「この哲学〔フィヒテ哲学〕によれば、人間が最高に高められたのだ。しかしなぜ、人川の鰍厳を打ち鳴らし、胤川の能力lこれが人間を、全精神の平等な秩序のうちに措定する能力なのだ’を認識するのにこれ樫長くかかった

のか?僕が思うに、人斌がそれ自身として、これ程蝋厳に値するものとして描かれること樫、時代のよりよい印は

ない。それは、仰圧者にして地上の神々たる頭目どもからその栄光が消滅することの証明なのだ。哲学者たちがこの尊厳を証明し、民衆はそれを感得することを習うだろう。彼らは殴芥のなかで屈従させられた諸権利を要求するので

はなくて、再び自ら取り入れl我がものとするのだ。」(一七几近年四月シェリング苑・m1鳥・目』)

(16)

それでは一体、フィヒテの実践哲学の突哲は何なのか?それはまさに、民衆による人氏主権の確立、社会的平等を(、)めざす革命的民主主義なのである。したがってシェリングが、「あちこちで人々は僕のことを民主主義者、啓蒙主義

者、鉱ミナーテン等々じゃないかと言・ている」(国…P四m).とへ‐ゲルに書き送。に:決して不思議

ではない。勿論我々は、テューピンゲン時代のヘーゲルが、やがて具体化されるフィヒテ実践哲学の変革主体と同一の民衆像を想定している、と断定することはできない。しかし彼は、民族宗教と共和制の現念を自分の血肉とした民衆が、支配諸階級を打倒する革命に期待し、その運動に参加する、という意志につき動かされている。同時に彼自身が自らに、それらの理念の理論化と具体化の課題を課していることも、明らかである。初期ベルン時代もまた、この理論的・実践的目標によって根本的に規定されている。最後に我々は、次の問いかけをしておこう。そもそもヘーゲルが求めるような民族宗教は存在しうるのか、また尖

現可能なのだろうか?

米ヘーゲルの粁作・草橘等からの引川は次に依り、末足の略叶で示す。

」・函偶の一・のの⑪p日日の岸①三の司厭(函刷宛,く・)恩の一日のOロー雪のの蔑陛一⑪Sのど(且の目のQの「三一脇の。⑩s農の。・可の一員

三の旨の利くの『厨叩出口Bケ貝、ご『、{【・‐‐IIIIIIII-I(○三)

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一、革命的自然法とその転回一○五

(17)

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一、革命的自然法とその転回

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(18)

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、、もるだろう。君たちは今でも、フランスの新附を読んでいるのか?僕の記憶が正しければ、ヴュルテンベルクではフランスの新側

は禁止された、と聞いた。」(国司』aの.『・局・傍点は、筆者によるもの。以下同様)訓幻8の。河口ロN・四・口・○・・の’いい。

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、ガロディは、ルカーチの解釈を「修正」して、神学的。政治的ではないが、しかし宗教的・政治的問題設定の重要性を正しく

指摘している。幻○mの「○口『口且『・ロ一目の⑪戸ロ〕・『(・で閂勝]①3.℃で.Ⅸ1s。⑧一七八K年Ⅱ川の『三人の会話」のなかで、アントニワスに次のように濡らせている。「側川なn-マ人のなかに、川囚愛の火化がまだ燃えていると、君は信じているのか?何らない。蓉侈と逸楽のせいで彼らは、柧先の高貨な魂の品位を吃め、もはや彼らにとって自由は何の関係もない。……兵士は、敵に対してと同じく、市民たちに対しても血を流すのにすっかり慣れているし、彼らは我が方の味刀だ。NI胴の民衆など、食料と金、それに劇で十分だ。」(C・穴ロョの。【の.②【・)また一七八硲尿八月の「ギリシャ人とローマ人の示教について」は、彼らの襖数抑成立の根拠について、雛部族の迎合体であったことと、神が人間の制限の表現であったことを挙げたあと、こう締めくくっている、「ギリシャとその弟子たちは我々に……神についての、はるかに啓蒙され卓越した神の概念を、とりわけ人間の運命に関して示している。彼らは、各人が幸桐になるのに十分

「革命的自然法とその転回一○七 日、の1○耳目⑩の】ロの問いの一気goの⑪の。.(、『の、.)の陣ロー)の『z-8-日・可の一員二の】ロの『ご・・、の『一冒巳。.

(19)

、一七九五年四月のシェリソグ宛手紙、「伐が〔君の〕主要理念を把握したかぎりでは、そのなかに学の完成を見る……。全ドイ

シの理念体系における岐近要の革命に偉大な武献をするであろう頭脳の労作……。」(、1の由の.H・目) 川呼声の一一ごmm三国穴の、。。H・の。『樗帛。 一、革命的自然法とその椛回一○八な手段と力を与える、耶物の水仙は、知恵と道徳的灘によって典の幸柵は達せられろ、と教えたのだ。」

ゆく、],]・』・幻○口⑪⑪田口・旨8コ【『、[Bo区・のい「aの『・勺仰臥⑪己3.]ご『のロ、ロロロ・巨の[一一可の二8口ロ・m

旧昌日凰目の一愚貝・【1鳶口の『ご『具どの・ロのつくのg:沖・冒汽自励三の『丙の(勺同のロ、博すの鈩亙のヨーの)三四一月。の○『旦同・、の『一一コ』@mm。、。oご》の。いつ0

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このようなカント社会哲学の性格規定を円8日□の問いの・囚、目日日・の汁:(目Qoの⑩の』』い◎冨津圖閂目ゴ:ロの]【目[・尿○匡官日日の『ぐ・・の2戸伺い風F口・]の「⑫.m・田{(..]&函・も皿側している。旧肩・穴目▽犀一[一六Qの『□3百m:の.くの「目島・の・鷺〔8のP旧ヘーゲルは、ヒュームの「人間本性論』は読んでいたし(、○百日の。[の.←g)、一年後の草稿では、フィヒテ、カントは勿論、ルソー、シャフッベリーにも言及しているスミスの『逝徳感慨論』に閲しては史料は残っていない。しかし、この点については、第三章で詳細に検討する。

川巨・囚且の一・の日日の。N口頭の囚の」⑪河の。汀厨□臣○m。□三の・句・他・旨・燭$『Pの・屋田「・く‐

旧圃山の樹、七月一四日のお祭り、そしてサ・イラは、ドイツ民衆の共感の表現であった。ぐぃ]・」p【○ヶ】口】⑩○ずの国ロ、仇。ゴュ〔←のロ・(印⑪、.)函・の○ヶのの]・鈩穴圏の日】のぐ8mの旬冒巴忠・函・言・口pmoroの臼○頁の向日ロの口の川口のロ厨◎ず円」、丙○巨口の『・嵩の且円く:の目詳、、吋巨①。・の.『』l巴・臼》弓の1.段・

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(20)

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加川稲、『フィヒテにおける市民社会と国家H・口』、『社会労働研究」第泌巻1号、第妬巻1号参照。

剛イルミナーテソ宮口日甘、←の口とは、一七七八年アダム・ヴァイスハウプ卜により作られたキリスト救改畝・社会改畝をめざす結社で、「典のキリストの教え、つまり皿性」の再興・央現を掲げた。当時ドイツではフリー・メイソンと並んでフランス革命の脈泉として非難、追及された。なおドントは、ヘーゲルがテューピンゲン以来フリー・メイソンであった、と断定しているが、そしてその可能性(イルミナーテン会員の可能性も含め)は決して否定できないが、それらを証明する一次史料がないために、この断定には面ちに同意できない。

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、円一一口】の『Pの.、『19.9』IE-・囚819m.(仏語版未見のため、独語版より引用。)そして念のために付記すれば、当時二八世紀未)のドイツにおいて、民主主義者、革命派、ジャコパン派は同じ内容をもっていた。「民主主銭者のことを人々はよくジャコバソ派とも呼んでいる。」し且司8mmのヶ日:ロ・ぐ○局」陣具碕の句鈩匡貯8]是昏の吋

日・目の品8口陣日のいの国呉⑩忌同耳円冒圀〉日巴忌尋胤・一個月月・日日月甸一月頁シ一貫伍冒①の.

「革命的自然法とその縮回

(21)

一七九三年一○月から三年続く、ベルン巾シュタイガー家の家庭教師としての生漸は、ヘーゲルに、学生時代の自

分の課題と考えを終皿し、さらに発展させる格好の機会を与えた。キリスト教が公的宗教として人間の政冷的・社会的・宗教的生祈を支配する近代ヨーロッパ諸川家、すなわちキリスト教国家の只巾で、それを否定し超克しうる瓜族

宗教と共和制の尖現という視角から、キリスト教の教えそのもの、キリスト教旧家の生成史を徹底的に検討し批判しきること、これがヘーゲルの直接的問題意識であった。「道徳性〔我々はその政治的・社会的・道徳的内容をすでに知っている/〕の促進、宗教のこのような目的の促進は、a教えとb儀式を通して行われる。……国家は国制、統治の精神を通じて、これを行う。そのためにキリスト教は、どの程度資格をもっているか?」(三PF。)我々はへ(し1ゲルの検討・批判をさしあたり、一七九四年までに書かれた五つの草稿に限定して再構成しよう。なぜなら、その過限で先の直接的問題意識が変化し、新たな課題設定が必然化するからである。キリストの教えの内容日体は、二甑の激味でヘーゲルにとっては切実な問題ではない。なぜなら、問題はまさに現在文配しているキリスト教の教えと諸制度であり、さらに、キリスト及びキリスト教の教えが伝達される形態だからである。「主要な問題は、純枠な道徳の諸筬言がイエスの教えのなかにあるかどうかではない。……それらの筬言がどんな光のなかで、どんな脈絡のなかで、どんな序列で提起されているか、ということなのである。」a房&P駅)我々もまた、キリストの教え自体に関しては、さしあたり次の三点を確認しておけばよい(しかし、これらの点は後に亜要な意味をもってくる)。第一に、その内容は、塊実の世俗的社会から遊離し、それに背を向けた、水賀的 「革命的自然法とその態回

2キリスト教囚家

(22)

に個人の道徳的改推、をⅡ的とする「私的宗教」(ロ肝。§・巴〔..『])であり、第二に、教えの形態が内容への信仰ではなく、イエスの人格と彼の示す救いの道への信仰を要求し(「私を信じる者は…・・・」、「澱悔せよ、そして福音を

信ぜよ。」ロ肩口8口・の、)、第三に、これらの特徴は、東洋的専制国家に生きるユダヤ教徒の下で必然的に成立

せざるをえなかった(囚)の目P余・召)、というヘーゲルの認識がそれである。キリスト教の教えの水質はどこにあるのか?「キリスト教によれば、永遠の至柵の岐高の条件は、キリストへの信

仰であり、彼の、宥和のための死の力に対する信仰である。……信仰それ自身が神の意に適う根拠である。」(、汀ロ8.9)だが、歴史的人絡であるキリストへの信仰を要求すること日体が、央践皿性の要求に反する。というのは、一般に歴史的なものとは様々な限界をもっており、真理を汲み尽せるはずがなく、したがってキリストの教

えとされるものも、雁史的に伝えられてきたものであるかぎり、そのような限界を免れないはずであろう。だから、

とヘーゲルは批判する、キリストへの信仰とは、伝えられたもの、与えられたもの、雌史的に形成されてきたものへの信仰を意味するが、このことは我々に対して、皿性を、まさに雁史的なものを自分のぢえに従って検討し批判する理性を放棄せよ、と要求することだからである(ロワ88.①黒・)。さらに、そもそも我々は幸編になるために、なぜキリストという「廻り道」(口汀。8.患)を通らなければならないのか?この考え方は、人間の本性が雌落した

ものであり、従って神によってはじめて救済されなければならない、という人間蔑視の思想であるだけでなく、先の歴史的信仰を一層強化し、人間剛性の発展を阻害するものでもある。なぜなら、この廻り道が、本来の目的であるはずの道徳的改善に至る絶対的条件として要求されるために、条件であるはずの廻り道、つまりキリストへの信仰が主

要目的となり、主客転倒してしまうからである(回汀呂僻巴あの)

|、革命的自然法とその転回一一一

(23)

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(24)

くに〔キリスト教の〕場合には、口碑の本源的形態の根拠や内容は、もはや全員の所有するものではありえない。と

いうのは、それに桁通するには沢山の時間と多様な資料が要求されるからである。こうしてあの身分はやがて公的な信仰を支配するようにな」る(ロウの。§・程)。しかし、社会的諸身分の不平等の成立過程、それと僧侶身分特権化との関係、等は雁史に印して具体的には解明されていない。これらの問題とその歴史的分析とは、ベルン時代後期か

ら、切実な課題となってくるのである(我々はその契機にすぐ出会うはずである)。ヘーゲルは決定的な要素を、私的宗教の公的宗教への転化に見ている。我々はすでに、キリストの教えが個人の道徳的改善を目的とする私的宗教であり、自分の人格への信仰を要求する歴史的信仰であり、そして、その宗教が小さな私的結社においてのみ可能であるというヘーゲルの判断を知っている。そして歴史的信仰を本圃としているが故に、そこではつねに歴史的真理なるものの解釈が問題となり、必然的にその専門職が並要となり(僻侶身分の成立/)、彼らの解釈と救え(教義と神学の成立/)が、キリストへの信仰に至る第二の「廻り道」が、要求されること、これらもまたキリスト教団の必然的帰結なのである。では、このような宗教が社会全体に拡張されると、どういう事態になるのか?実践理性の原理、つまり人間の意志の自由、良心の自由が完全に否定し圧殺されるのである。なぜなら、繰り返しになるが、我々が道徳的になるためには、最高善に至るためには、それを独占する佃侶身分と神学、そしてそれらが指し示すキリストの教えなるもの、この二砿の「廻り道」が絶対的条件であり、その結果各人が主体的に判断し、n分の理性に従って行勅することは許されないからである。「心と思いを検査し、良心を裁き罰するという借越さが、人類の暴力的制度や欺臓のなかでも最も不快な出来損いを生んだ。秘密戯悔、破門、贈罪、そしてこれら人類の屈辱の恥ずべき記念碑の全シリーズを生んだ。」(恩のロ8.Scそして我々人間にとって「最も耐え難いの

「革命的自然法とその転回一一一一一

(25)

だが、このようなキリスト教とキリスト牧剛家を批判していくなかで、ヘーゲルは、深刻な疑問に直川する。一体人々はなぜ、徹頭徹尾人間理性に矛盾するキリスト教を受けいれてきたのか?なぜキリスト教は公的宗教、支配的宗教になることができたのか?自分が追求している氏族宗教もまた、キリスト教同様に、良心の自由と矛盾しはしないだろうか?公的宗教としての民族宗牧は存在しうるのだろうか?最初の疑問に対して、彼はこの段階でも解容しようと努力している。「キリストへの信仰は、人格化された皿想に

対する信仰なのだ。」(回す⑦且PC①)「我々は、人間の本性のうちで不快なものだけをすべて……自分にとってお

くことによって、人間の水性の美しいものを、我々自身が疎逮な佃休のなかにはめこんだのだ。」(口汀且ロムS【)人間が自分の優れた本性や理想像を自分以外の存在に対象化しているのだから、神とキリストへの信仰とは、炎は人間が自分自身を信仰すること、フォイェルバッハに倣って言えば、人間こそが岐高存在であると承認することに他な 一、雌命的n然法とその転回一一四

は、公然と立てられた習俗の番人だ。純枠な心で行動する人が、道徳的で宗教的な定木をもった人々によって、真っ先に懇川されるのだ。」(口FaPs)良心の自川が服殺されるだけではない。ヘーゲルが追求している共和制もまた否定されるのである。なぜなら、キリスト教国家においては、支配的牧会の傾城と社会の傾城とが亜なっているために、教会からの破門は面接社会から

の破門、すなわち人絡と所有に対する権利、政治的自由の喪失を意味するからである。だからこそ逆に、キリスト教は、専制や君主制という、此側制の反対物と同慨し、手をとりあって発展してきたのである。しかし、「君主たちがその司祭たちによって指導された諸時代、佃職者たる支配者が統治した国々、これらこそ岐も不幸な時代ではなかつ

たのか?」(ロワの己四・s)

(26)

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らない。すでにテュービンゲン時代にヘーゲルが、人間の皿性によって承認されてはじめて神の存在があり、人間の

本性が神的なのだ、と考えたことを我々は知っている。だから、今のヘーゲルの言紫がその延長線上にあり、人間から超越した絶対的存在としての神概念を否定する考えを内包していることは、明白である。そして我々は、これ以後

彼が神的存在、神の啓示について語るとき、その神とは人間理性によって承認され、人間理性を体現するかぎりでの

神なのだ、という思想が貫いていることを決して忘れてはならない。神の存在を語るかぎり、彼は無神論者ではない。

しかし人格神を否定するかぎり、少くとも汎神論者ではある(この点について、我々はこれから繰り返し言及するこ

:戸三kJj〆◎とになろう)

(27)

「革命的自然法とその転皿一一一ハの教えの検討とキリスト教国家成立史の批判的・歴史的検討、がそれである。後者の疑問も、すでにこの段階のヘーゲルの諸草稿からはっきり読み取ることができる。「全貝が、あるいはそこ

までいかなくとも大概の者がn発的に同愈できるような宗教的かつ道徳的諸真理の体系を樹立するのは、川難な課題と思われよう。というのは、我々は、民教宗教がその教えを押しつけず、いかなる人間の良心も強制してはならぬこ

とを、その必然的要求とみなすからである。……一疋の表象の仕方を公的に命令したり禁止したりすることが亜典事になるや、人間の良心の自由が傷つけられるだけでなく、危険なファナティズムに容易に火がつけられうる、という経験……。」(、汀。S・『ロ〔・)との経験が、まず何よりも、キリスト教の醗史そのものを指しているのは言うまでもない。しかし同時に、ヘーゲルの眼には、一七几三年六月に始まるジャコバン独裁下の「皿性宗教」の肌もまた映っ

ていたに述いない。彼は、アーヘンホルッの「ミネルヴァ』、ロベスピエール批判を行い、ジロンド派のエルスナー

を破要な寄稿家としていたとの雑誌、が提供する附報に敏感であった(く、-.,.日の。[.E〔・)とくにテロルと「至岡存

在」の強制とが批判されねばならない。(注意せよ、我々が後に兇るように、ジャコパン独裁の理念そのものに対す(&る批判ではない/)確かに『ミネルヴァ』の愉報は偏向しているのかもしれないが、しかし、自分と同じくルソーの市民宗教に鼓舞されたロベスピエールとそのグループによる支配の下で、市民の信条が戒かれる、しかもギロチンにかけられる、としたら、一体剛性宗教とは何なのか?ヘーゲルの心中には先の難問が重くのしかかってきた。それだけに一層彼は、一方では良心の向山と絶対に矛府しない民族宗教の具体的諸条件を求め、その具体的な火災形態を描こうとし、他方では、民族宗教そのものよりも共和制の理念、その基礎づけ、実現の方法等の課題に重点を移して

いく。

(28)

一七九近年、このような新しい問題意識につき勅かされて、ヘーゲルは、カント、フィヒテ、ギポン、モースハイ(3)ムは勿論のこと、恐らくはルソーをも改めて、桁力的に研究しながら、自らの思想を確証し発展させていく。彼の肢も根本的原理は、実践理性、意志の自律と良心の目川であり、すでに我々が再三再四Ⅲ会ったものである。「教会の全体系の根底にある根本的欠陥は、人間桁神のあらゆる能力のもつ権利、とくに諸能力のなかで第一の能力、理性の

権利を否認していることだ。」、「n分で自らの徒を自分に与え、自らがその碇の使川に対する貢爪を負う椛利を、いかなる人間も放棄できない。これを放棄するや、人間ではなくなるから。……自らの心中から碇を自分に与える、

という不可綱の人椛……。」(ゴ戸閂・」の「・』g)だが、我々は注意しよう、この原理が根本的であると同時に、社

会的かつ歴史的に具体化された内容をもっていることに。

ヘーゲルの最初の解答は、「イエスの生涯」のなかで、良心の自由に基く理性宗教を求めるイエス像を再柵成する

試みである(一七九五年五月九日’七月二四日執筆)。この草稿のイエス像は、公的宗教を追求しながら結局は私的宗教に追いやられざるをえなかった挫折せる先行者として描かれるが、その描写に、民族宗教の存在可能性に関するへ1ゲル自身の悩みが投影していることは勿論である。だからこの点を無視ないし満過すると、「ヘーゲル思想の真髄」

(ディルダイ、ロールモーザー)の表現と誤認されたり、完全に無視されたり(ルカーチ)、「探究に際してしばしば、直接対立する概念を巡る、ヘーゲル思想の錯綜した効き」の表われ(グリュガ)として奥の問題が見失われたり

イエスにとって神とは何か?それは、人間の心のなかの理性である、とヘーゲルは答えさせる。「あらゆる制限を免れた純粋な理性が、神そのものである。」「自分のなかに神的力が住んでいない背は、神の王国の市民ではない…

一、砿命的、然法とその松回一一七

(4)

してしまう。

(29)

一、革命的自然法とその転回一一八

…。人間のなかには糀神も、神的本質の火花もあり、すべての理性的存在の分前は、人間に分け与えられているのだ〕 (}さず一・『Pご)イエスにとって、神を信仰することは何を意味するのか?歴史的信仰、権威に基づく信仰ではなく、

人間の内なる神を認識し、その要請に忠実に従うことだ、とヘーゲルのイエスは答える。「もし諸君が、諸君の教会

の諸規則と既成的命令を、人間に与えられた岐高の徒とみなすならl諸君は人間の尊厳を誤認し、自分自身のなかから神の概念と神の意志の認識とを汲みⅢすという人間の能力を誤認しているのだ。lとの能力を自分のなかで崇

めぬ者は、神を崇めてはいないのだ。」(回房且P&)イエスにとって、神すなわち人間理性の最高の要請とは何であり、それに従うとは何を意味するのか?「諸君が欲しうることは、〔それが〕人間の普遍的な徒として諸君に対しても妥当する、という格率に従って行勅することであるlこれが人倫の根本命題でありl全立法と全民族の聖書との内容なのだ。」(厚88.m『)この絡率に従って意欲し実践することによってこそ、人間は自分の水性(理

性的存在者)を現実化し、道徳的改善を達成できるのである、とイエスは教える(ロウのaPmPBm)。しかし、そ れではメシアによる人類の救い、罪の放し》そして神の王国は到来しないのではないか?その通り、とイエスは答え た。我々一人ひとりQ躯体的実践のみが問題なのであり、しかも杣の王国は来世、地上にではなく、我々の心のなか

にのみ、今現在樹立されるのである。「ユダヤ人にイエスは呼びかけた、他人〔メシZに期待するな、自ら諸君の改善に着手せよ……そうすれば、神の王国が到来するのだ。」「神の王国は、諸君の内面に創られねばならぬ。……

外面的で絢燗たる人間の結社のなかにl国家という外的形態のなかに、結社のなかに、教会の公的な徒のなかに11神の王国を見ることを望むな。」(囚)の日酔匿・」届)したがってイエスは、一切の外的形態をとった信仰者間

の結合を拒絶し、たぎ相互の愛による友人関係だけを自分の教えのなかで許したのである(ロ席貝甘・』口、)。

(30)

このイエス像は確かに、テュービンゲン時代のそれを知っている我々を驚かせる。なぜなら、第一にヘーゲルは、イエスの教えを徹底して理性的かつ主体的、反権威的かつ反歴史的信仰として、したがって反既成的宗教として描こ

うと試みるからであり、第二に、個人の道徳性の陶冶それ自体が目標ではなく、それを通じた、愛によるユダヤ民族、全人頬の結合、つまり公的宗救の碓立が目標だからである。しかし大切なことは、このような意図を抱いて行劫したイエスの生漉が、精神的、政治的奴隷制国家に生きるユダヤ人のなかで、しかもその僧侶階級と君主へローデスの

共同の辿轡に抗しながらの生脈であり、彼の死の契機が私欲に走るユダによってもたらされたこと、そしてイエスの

本来の教えと、ペテロをはじめ一二使徒の考えとが異質であり峻別されるべきものであること、をヘーゲルが執勘に

強調していることである(ロ月旦口。『m・田・cPEい」鷺・局の【・)。これらの事情こそが、反既成的で公的な示教をめ

ざしたイエスの主観的意凹に反して、彼、身に既成的形態で語ることを余儀なくさせ、行動をユダヤ氏族総体ではな

く、個人の啓蒙に制限せざるをえなくさせた歴史的条件であった。イエスは、その歴史的諸条件の前で挫折し敗北したのである。だから逆に我々は、『イエスの生椛』のヘーゲルの姿に、イエス自身をその限界を越えてまで主体化・

非既成化しようとするなかで、その試みを究極的には許さない社会的・歴史的諸条件の解明に肉迫する二二才の青年の意気込みと冷徹な分析を予感せずにはいられないのである。

我々は、その成果を、恐らくは「イエスの生涯」に引き続いて書かれたであろう「キリスト教の既成的性格』と、

これに関連した三つの箪純のうちに見ることができる。 (6)

「ユダヤ川瓜の悲惨な状態lとの国民は、とヘーゲルは曾きはじめている、自らの立法を岐筒の神〔エホヴァ、

この神は自然と全人頬を軽蔑し支配する絶対的な主体であり、かつ、絶対的服従の客体である〕自体から導きだし、

一、革命的自然法とその転回一一九

(31)

一、革命的自然法とその松川一二○

その精神は彫像のような命令の下で大地に押さえつけられていた。この命令は、日常生活のどのような璃末な行為に

も杓子定木的に規則を定め、金川氏に倣侶階級への威信の念をおこさせた〔真の始祖アプラハム、そしてモーゼ等々だけが、神の髄児であり、その命令の下でユダヤ人は、一切の政治的権利を否定された専制の臣民であり、何物も所

、できぬ平等な占何背にすぎず、既成的徒に縛りつけられた鮒神的奴隷であった〕。……この国民の附神に残されたものは、自分自らがつくったのではない徒に九いする奴隷の服従への自負だけであった〔徹底して受動的で反主体的であったが故に、選民意識とメシアによる将来の解放だけが、ユダヤ人の誇りであった〕。」(ヨい閂・Sm〔・)ことでヘーゲルはユダヤ教を、エホヴァとアプラハム、モーゼの権威に基く既成的宗教を必然化した自然的・社会的諸条

件、すなわち苛酷な自然、ローマとエジプトを筆頭とする他民族による征服、市民的・政治的自川の欠落と専制(口席日囚・巴《・9℃・一行-.,房a、.&負,図画の魚・)、をも脂摘しようと試みている。その試みが決して成功していないとしても(だからこそ、後のヘーゲルによって、補わざるをえなかった)、我々がすでにテュービンゲン時代にその肪芽をはっきりと確認した、諸現象の社会的・歴史的分析と批判の方法は、キリスト教凶家成立史の諸画期(イエスと十二使徒の時代↓初期キリスト教団↓ローマ帝同におけるキリスト教の支配↓教会山家の成立↓現代のキリスト教国家)に即して具体化され発展していく。さて、このように受助的で既成的なユダヤ人の只巾で、あの主体的で反椛威的なイエス、尖践理性に雄づき諸個人の道徳性の陶冶形成を追求したイエスは、どのように説き、かつ行動せざるをえなかったか?彼は、自分の教えが人間の内なる理性の要求に荘づくからではなく、超越的な絶対者、神の意志であるが故に、その信仰を要求し、神の子とし

てのイエスの人格について語った(、月日P巨心)。彼はまた、教えを説くのに虚櫛と黙に訴え、たとえ主観的意図

参照

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