日 独 警 察 法 理 論 の 相 違
︱︱
「警 察権 の限 界論
﹂に 対す る批 判に 答え て︱
︱
須 藤 陽 子
序節
問題 の視 角 第一 節 一般 概括 条項 の不 存在
︱︱ 日独 警察 法理 論の 相違 その 一︱
︱ 第二 節
﹁危 険﹂ 概念 欠落 の意 味︱
︱日 独警 察法 理論 の相 違そ の二
︱︱ 第三 節
﹁公 共の 安全 と秩 序﹂ 論の 欠如
︱︱ 日独 警察 法理 論の 相違 その 三︱
︱ 結 び 序節
問題 の視 角
ઃ 危険 防止 法の 三つ の基 本要 素 わが 国で
﹁学 問上 の警 察の 観念
﹂を 立て るの に対 して
、ド イツ では 実質 的警 察概 念︵ ma te ri el le rP ol iz ei be gr if f︶ とい う。 この 実質 的警 察概 念は
、責 務︵ Au fg ab e︶ によ って 定め
( )
られ
、こ の責 務を
﹁危 険防 止﹂
︵G ef ah re na bw eh r︶ とい い、 いず れの 官庁 に属 する かを 問わ ず、
﹁公 共の 安全 及び 秩序 を脅 かす 危険 を防 止し 障害 を除 去す る﹂ とい う 警察 の責 務と して 理解 さ
( )
れる
。わ が国 では
﹁学 問上 の警 察法
﹂と して 警察 法理 論を 論じ るが
、ド イツ では
﹁危 険防
止法
﹂︵ Ge fa hr en ab we hr re ch t︶ が学 問上 の概 念で ある
。 ハー バー メー ルは
、﹁ 危険 防止 法﹂ の意 義を 以下 のよ うに 説明 する
。﹁ 危険 防止 法﹂ は、 狭義 及び 広義 の意 味に 区 別さ れる
。狭 義の 意味 での
﹁危 険防 止法
﹂は
、公 共の 安全 と秩 序に 関す る州 法上 の諸 規定
、警 察法 律な いし 諸法 律 を含 む一 般警 察法
・秩 序法 を指 して いる
。広 義の 意味 での 危険 防止 法は
、公 衆の 利益 のた めに 一定 の承 認さ れた 保 護法 益を
、適 合的 な高 権的 措置 によ って 毀損
︵B ee in tr äc ht ig un g︶ から 防護 する こと を狙 いと した 公法 上の 諸規 定 の総 体を 意味 して いる
。広 義の 意味 での 危険 防止 法は
、立 法者 が公 衆の 利益 のた めに
、被 害を 及ぼ し得 る潜 在的 な 危険 な事 態を 考慮 して
、行 政権 に予 防的 規制 可能 性︵ pr äv en ti ve Ei ng ri ff sm ög li ch ke it en を︶ 容認 した 規範 であ ると さ
(# )
れる 危 。 険防 止法 と他 の法 領域 を区 別す るの は、
﹁公 共の 安全 と秩 序﹂
、﹁ 公衆 の利 益﹂ とい う保 護法 益、 保護 法益 を脅 かす
﹁危 険﹂
、危 険を 除去 する ため に講 じら れる
﹁高 権的 措置
﹂と いう 三つ の基 本要 素で あり
、一 般警 察法
・秩 序 法は この 三つ の基 本要 素か らな る概 括条 項を もち
、広 義の 危険 防止 法に 属す る個 別法 律も
、こ の三 つの 要素 を基 礎 とし て
($ )
いる
。 ナチ ス時 代に 警察 が極 度に 集権 化さ れて いた こと を踏 まえ て、 第二 次大 戦後
、権 限面 と組 織面 で、 執行 警察 から 行政 警察
︵た とえ ば、 営業 警察
、建 築警 察、 外国 人警 察、 衛生 警察
、動 物警 察︶ の分 離を 図る 脱警 察化
︵E nt po - li ze il ic hu ng
︶が 行わ
(&
)
れた
。権 限面 でい う脱 警察 化は
、個 別法
︵S pe zi al ge se tz
︶に よっ て個 別的 危険
︵s pe zi fi sc he Ge fa hr を︶ 捕捉 する こと を意 味し てい る。 一般 警察 法・ 秩序 法と 危険 防止 法の 領域 に属 する 各個 別法 に共 通し てい るの は、
﹁公 共の 安全 と秩 序﹂
︵な いし 公衆 の利 益︶
﹁危 険﹂
﹁高 権的 措置
﹂と いう 三つ の基 本要 素が 授権 を基 礎づ け てい る点 であ り、 他方 で、 違い もま たそ の三 つの 基本 要素 に存 する
。 一般 的に
、一 般警 察法
・秩 序法 にお ける
﹁公 共の 安全
﹂と は、
﹁国 家の 存立
、そ の諸 施設
、個 人の 生命
・健 康・
自由
・名 誉あ るい は財 産の いず れか に脅 威を 与え る障 害の 防御
﹂と され
、﹁ 公共 の秩 序﹂ とは
、﹁ その 遵守 が警 察区 域内 の居 住者 の良 好な 共同 生活 にと って 不可 欠の 要件 であ る、 と当 時の 支配 的社 会観
・倫 理観 によ って みな され る よう な規 範の 総体
﹂と 定式 化さ れる
。一 般警 察法
・秩 序法 の一 般概 括条 項は
、す べて の考 え得 る行 為、 状態 を捕 捉 し、 公共 の安 全と 秩序 とい うグ ロー バル な保 護法 益の ため に、 それ らの 行為
・状 態が 危険 閾を 超え て十 分な 蓋然 性 を伴 って 損害 を及 ぼし 得る と考 えら れる 限り にお いて
、官 庁に 措置 を講 じる 権限 を与 えて いる
。非 常に 広範 な範 囲 をカ バー する と同 時に
、抽 象的 な規 定の 仕方 をし てい るた め、 権限 発動 に関 して 要件
・手 段面 で不 明確 さが つき ま とう 欠点 があ る。 これ に対 して 個別 法は
、あ る一 定の 行為
、そ の行 為か ら生 じる 危険 を個 別的 危険 とし て捉 えて 措置 を講 じる こと を認 めて いる
。交 通・ 航空 問題
、テ クノ ロジ ーの 進展 によ る環 境に 対す る負 荷、 生活 上重 要な 共同 体利 益︵ 自然
・ 景観
・水
︶の 欠乏 とい った 一定 の危 険源 の出 現、 及び 法治 国家 的な 明確 性の 要請
︵B es ti mm th ei ts ge bo t︶ は、 危険 防 止の ため の要 件及 び手 段に 関し て、 プロ イセ ン警 察行 政法 の流 れを 汲ん だ古 典的 な概 括的 授権 の方 式よ りも
、よ り 特殊 化・ 精緻 化さ れた 規律 の仕 方を 要求 する
。概 括的 授権 から 個別 法に よる 個別 的授 権へ とい う流 れの 立法 的契 機 は、 社会 にお ける 技術 的進 歩と 法政 策的 進歩 であ ると いう
。 個別 法は
、保 護法 益に 関し て、
﹁公 共の 安全
﹂と いう 伝統 的な 枠組 みに よっ て把 握さ れな い自 然・ 景観 保護 とい った 公衆 の利 益、 ある 一定 の法 益の 保護 を採 用し てい る。 権限 発動 の要 件と なる
﹁危 険﹂ の存 在に 関し て、 ある 一 定の 行為
・状 態か ら生 じる 個別 的危 険を 規定 し、 その 危険 域は 個別 法に よっ て異 なる
。一 般警 察法
・秩 序法 にお け る損 害︵ Sc ha de n︶ は、 公共 の安 全及 び秩 序と いう 概念 の下 に含 まれ てい る規 範、 権利
、法 益を 害す るこ とで あっ て、 単な る迷 惑事
、不 愉快 な状 態、 不利 益と は区 別さ れる が、 個別 法の なか には
﹁著 しい 不利 益及 び迷 惑﹂ の除 去 を認 め、 それ によ って 危険 配慮 の領 域へ 介入 を拡 大し てい るも のも あり
、そ の一 方で
、具 体的 危険
︵k on kr et e
Ge fa hr
︶で はな く、 差し 迫っ た危 険︵ ak ut eG ef ah r︶ を要 求す るも のも ある
。 手段 面に つい てい えば
、一 般警 察法
・秩 序法 の概 括授 権に おけ る﹁ 措置
﹂と は、 主と して 作為 命令
、受 忍命 令、 不作 為命 令な ど執 行可 能な 警察
・秩 序処 分で ある のに 対し て、 個別 法は 命令 とい う伝 統的 な手 段に よっ てで はな く、
﹁許 可﹂︵ Ge ne hm ig un g︶ 制度 を通 じて 操作 を図 って いる
。許 可を 与え るこ とも 拒否 する こと も可 能と し︵ 拒否 裁量
、︶ 附款 を付 する こと
、付 加的 な指 示な いし 許可 の取 消し を行 い得 るよ うに して いる
。許 可を めぐ る義 務が 強 化さ れ、 また
、警 察目 的に よる 個人 デー タの 収集
・利 用な ど、 危険 防止 官庁 の規 制可 能性 を手 段面 にお いて 拡大 し、 特殊 化し てい る。 危険 防止 のた めの 要件 及び 手段 を規 定す る﹁ 公共 の安 全と 秩序
﹂﹁ 危険
﹂﹁ 高権 的措 置﹂ とい う三 つの 基本 要素 は、 概括 条項 では 抽象 的で あっ たも のが 個別 法に おい ては 具体 化さ れ、 非常 に広 範で あっ たも のが 狭め られ
、あ る いは 概括 条項 では 限定 して 理解 され てい たも のが 拡大 され て用 いら れて いる
。三 つの 基本 要件 の修 正に 伴っ て、 個 別法 によ る個 別的 危険 の把 握、 個々 の保 護法 益の 精緻 化、 手段 の特 殊化
、許 可に 際し て課 せら れる 義務 の強 化に よ って
、概 括条 項に よる 対応 に比 して 行政 が早 期に 介入 する こと が可 能と なっ て
() )
いる
。
﹁も はや 警察 法で はな い﹂ わが 国の 警察 法理 論は
、ド イツ 警察 法か ら多 大な 影響 を受 けて 形成 され たも ので あり
、第 二次 世界 大戦 前・ 後を 通じ てド イツ 警察 法か ら多 くを 学び なが らも
、ド イツ 警察 法と わが 国の 警察 法の 間に は、 実定 法上 も理 論面 にお い ても 大き な隔 たり があ る。 その 隔た りは
、学 問上
、十 分に 整理 でき てい ない よう に思 われ る。 危険 防止 法の 三つ の基 本要 素に 関し てい えば
、戦 前・ 戦後 に出 版さ れた わが 国の 著名 な警 察法 教科 書に は﹁ 危 険﹂ の項 目は ない
。﹁ 公共 の安 全と 秩序
﹂に 関し ても 理論 的蓄 積が ない
。ほ ぼド イツ の警 察法 教科 書か ら引 き写 し
たか のよ うな 説明 があ るの みで ある
。﹁ 危険
﹂概 念論 を欠 き、
﹁公 共の 安全 と秩 序﹂ 論の 内容 的掘 り下 げが 止ま った まま の理 論状 況で は、 ドイ ツ警 察法 理論 が行 った
﹁修 正﹂
、す なわ ち﹁ 公共 の安 全﹂ 概念 と保 護法 益の 理論 の精 緻 化、 個別 法に よっ て﹁ 危険
﹂を 把握 する 意義 を、 比較 法研 究の 成果 とし て受 け止 める こと がで きず
、わ が国 の警 察 法理 論の 修正 に資 する こと がで きな かっ たの では ない だろ うか
。 現在 もド イツ 警察 法の 研究 成果 はも たら され 続け
、一 九九 六年 以降 は﹁ 危険
﹂概 念に つい て、 二〇
〇六 年に は
﹁公 共の 安全 と秩 序﹂ に関 して も、 ドイ ツ警 察法 研究 の成 果は わが 国の 学界 にも たら され てい る。 しか し、 比較 法 研究 の対 象と すべ き警 察法 理論 が、 はた して 現在 のわ が国 に存 在す るだ ろう か。 この 疑問 が考 察の 根底 にあ る。 比較 法研 究は 比較 法研 究を 行う こと 自体 が目 的で はな く、 日本 法に おけ る理 論形 成に 寄与 する ため に行 うも ので ある と筆 者は 信じ る。 しか し、 警察 法理 論を 研究 対象 とす る場 合、 比較 法研 究の 成果 を受 け止 める 日本 法で の理 論 の発 達が 止ま って いる
、な いし は理 論の 存在 意義 が否 定さ れて いる
、理 論そ のも のの 存在 が疑 われ る状 況に ある
。 この よう な状 況下 での 比較 法研 究の 進め 方、 比較 法研 究の 成果 の受 け止 め方 は、 どう あっ たら よい のだ ろう か。 比 較法 研究 の成 果が あた かも 日本 法で すぐ に適 用可 能な 理論 であ るか のご とく
、日 本法 の解 釈論 に即 座に 導入
・展 開 され るこ とに は抵 抗を 覚え る。 それ は外 国法 理論 の紹 介に 過ぎ ず、 空理 空論 では ない かと 筆者 は自 省す るこ とが あ る。 比較 法研 究の 成果 を受 け止 める ため に、 わが 国で いわ ゆる
﹁伝 統的 警察 法理 論﹂ とさ れて きた もの を振 り返 る 必要 があ ると 思わ れる が、 わが 国の 警察 法理 論を 論じ た論 稿を 読む につ け、 その 存在 意義 を否 定す るよ うな 批判 ば かり を目 にし てき た印 象が ある
。 警察 法理 論の 展開 とい う観 点か らみ れば
、わ が国 では 警察 法理 論の 発展 を促 すの では なく
、む しろ 警察 法理 論の 枠組 みで 捉え るこ とを 強く 否定 する 見解 が主 張さ れて きた
。﹁ もは や警 察法 では ない
﹂と いう
、下 山瑛 二氏 の﹁ 国 民の 健康 権﹂ 論が 著名 であ る。 下山 氏は
、一 九七
〇年 代か ら一 九八
〇年 代に かけ て、 国民 の﹁ 健康 権﹂ とい う概 念