中村 剛 ,西 村優紀美
Tsuyoshi Nakamura,Yukilnl Nishirnura:
Fear of I)ining Together
< 索 引用語 : 対 人恐怖, 社 会恐怖, 会 食恐怖, D S M ― Ⅳ >
<]Keywords:anthrOpophobia,sOcial phobia,fear of dining t6gether,DSM―Ⅳ >
は じめ に
別の稿 で, 我 々は対人恐怖 ( A n t h r o p o p h o b i a : T a i j i n ―K y o u f u s h o ) の 典型 的 な症例 につ いて, その臨床的諸特徴 を記述 し若干の考察をお こな っ た 4 ) 。対 人恐怖 の典型 例 とい うの は, 笠 原 3 ) の
「重症対人恐怖」, 植 元 ら6 ) の「思春期妄想症」, 山下7 ) の「対人恐怖の定型例」にほぼ共通 した病
態像 を もつ症 例 の ことで あ って, 我 々の 自験例3 0 の うちで は24例が これ に相 当 した。 本稿 で は,そ の余 の 6例 〜 いわば対人恐怖 の非典型例〜の うち, 会食恐怖 4 例 を と りあ げた い と思 う。
D S M 一 Ⅳ は,会 食恐怖 を社 会恐怖 の定型 とみ な して,そ の診断 的特徴 を 「人前 で食べ る こと, 飲 む こと, ま た は書 くことを避 ける ことが あ る」
と記述 してお り,そ の あ とに補 足的 に 「こ う した 恐 怖 は, 赤 面 , 視 線 また は体臭 が他 の人 に対 して 攻 撃 的 にな るので はないか とい う強 い不安 の形 を と る こ とが あ る (例 :日 本 にお け る対 人恐怖 )」
とい う説 明が続 いて い る1 ) 。つ ま り,会 食恐怖 は s o c i a l p h o b i a を代 表 す る病 態 と して 位 置 づ け ら れ て い るが,そ の一方 でわが国 の臨床家 が対人恐 怖 の典型 と して重 視 して きた病態 は, 文 化 の違 い に起 因 す る social phobiaの単 な る亜 型 の一 種 と
み られて い るのであ る。
この よ うに,欧 米 の考 え方 で は会 食恐怖 は社会 恐怖 の定型 とされ る。 と ころが,わ が国で はよ う や く1983年に佐 藤5)が「会 食 不能症候群 」 と題 し て 4症 例 を紹 介 したのが最初 とされ,そ の後 の研 究 もあ ま り活発 とはいえ ない。 したが って我 々は, 欧米諸 国 の社会恐怖 概念 とわが国 の対 人恐怖 概念 との本質的 な異 同 につ いて理解 を深 め るためには, 当面 の間,会 食恐怖症例 の検討 を積 み重 ねて ゆか な けれ ばな らな い と考 え る。
本稿 にお いて考 察 の対 象 とす る症 例 は 4例 にす ぎな いが,い ず れ も筆者 らが直接治療 を担 当 し, 少 な くと も 2年 間以 上 にわ た って経 過 観 察 を行 っ た もので あ る。 以下 に,そ れ らの症例 を呈 示 し, そ の 臨 床 お よ び人 格 特 徴 を記 述 す る と と もに, social phobiaとanthropophobiaと の臨床 的知 見 に関 して私見 を述 べ たい と思 う。
対 象 症 例
対 象 は,富 山大学保健管理 セ ンター (以下,セ ンター)へ 相談 に訪 れ た学 生 4例 (うち 1例 は卒 業生 )で あ る。彼 らはいず れ も 「人前 で の食事 に, 激 しい苦痛 を と もな う過度 の緊張状態 に陥 る こと
著者所属 :富 山大学保健管理 セ ンター,The Department of Health Services,Toyama University
を , 単 一 症 状 的 に訴 え る」 もの で あ り, 山 田 らの の 会 食 恐 怖 中核 群 に相 当 す る。 山 田 らの経 験 で は 会 食 恐 怖 中核 群 の 患 者 が 自発 的 に受 診 す る こ と は 珍 しい と い うが , 小 論 の対 象 4 例 は, 全 員 が 初 診 に さ い して , セ ン ター あ る い は某 大 学 病 院 精 神 科 外 来 を 自発 的 に訪 れ て い る。
症例 A ( K O ) : 男 子 ・文系
高校 3 年 の秋 頃, 下 校 の途 中 に友人 とカ レー ライス を食べ た ところ, バ スの中で吐 き気 に襲 われた。 その 後, ほ か の人 の前 で食事 をす るのが苦痛 にな り, 大 学 2 回 生 の と き これ が般 化 して授 業 に出 て い る間 に も
「嘔吐す るので はないか」 と不安状態 に陥 るよ うにな っ た。精神療法 によ り 3 回 生 の ころには軽快 したが, 卒 業後 も会社 の接 待 の ときな ど, しば しば食物 が喉 を通
らぬ よ うにな る ことが あ る。 た とえば, 魚 の活 きづ く りを 目の前 にす ると, そ の 日は何 も食べ られ な くな る し, 子 供 の ころ母親が にん に くを使 った料理 を作 って くれ なか ったせ い もあ ってか, に ん に くの匂 いがす る と吐 き気がす る し, 酒 の匂 い, コー ヒーの匂 い も不快 で あ る。
既往歴 : 胃 潰瘍 ( 高校 1 年 時) 。
家族歴 : 特 に問題 はない。 父親 には神経質 な面 と大 雑把 な ところ とが あ るが, 気 の よい性格 で あ る。母親 は男 のよ うな気性 で一人 っ子 の本人 に期待 をか け, な に ごとに よ らず, 「 人 に負 け るな」 と言 うのが 口癖 で あ った。
患者 は, 小 中学校 を通 じて学業成績 は上位 で, 卓 球 部 に所属 し中学 の時 に K 市 の大会 で優勝 した こと もあ る。子 ど もの ときか ら完全癖が あ って, 極 度 に緊張す る こと もあ るが, 一 面, 仕 事熱心 で, 自 営業 の 自動車 関係 に関 わ る保険契約獲得額 で は近年 つね に業 界所定 の地 区の トップを維持 して い る。
〔ま とめ〕
( 1 ) 人前 で の摂食 困難 は心 因性 に起 こる と認識 して い る。
( 劾状況 : 他 の人 が居 ると ころで の摂食困難。
G ) 2 回 生 の ときの授業 中, 嘔 吐 の予期不安があ った。
魚 の活 きづ くりを見 た り, 酒 ・コー ヒー ・にん に くの匂 いは不快 に感 じる。
に) 発症 時期 と経過 : 高 校 3 年 時, カ レー ライス食後 のバ スの中での吐 き気。
( 励子 ど もの ときか ら完全癖 あ り極度 に緊張 しやす い
性格。 スポーツマ ン。
症例 B ( M M ) : 男 子 ・理系
小学校 3 年 頃, ボ ーイスカ ウ トの合宿 に参加 した と き食事 が喉 を通 らなか った ことがあ る。 その後 も余所 へ行 くとま った く食物 が喉 を通 らない。学校給食 だ け は食べ ることがで きたが, 親 戚へ行 って も食事 はだめ で あ る。皆 でつ まみ食 いをす るよ うな場面 に もいたた まれ ない。高校 の野球部 も合宿での食事 を苦 に して退 部 した し, 英 語 の授業 な どで いつ指名 され るかわか ら
ないよ うな ときは, 緊 張 してや は り吐 き気が した。
大学 3 年 の 2 月 頃か ら, 就 職 すれば初任者研修合宿 で食事 を しなければな らな くな ることが気 にな ってお り, 就 職 活動 も躊躇 しが ちで あ ったが教授推薦 で有 名 会社 に就職 が決定 した。 その頃か ら精神安定剤 を服用 して きた。 しか し就職 をま じか に した大学 4 回 生 の1 2 月下旬か ら, 翌 年 1 月 7 日 に予定 されて い る会社主催 の就職 内定者懇親会での昼食 の ことが気 にな って, イ ライ ラ して動悸があ り夜 は夢 ばか り見て熟睡で きない。
その結果, 耐 えがたい不安焦燥状態 に襲 われて某大学 病 院精神科 を受診 し, 精 神療法 をセ ンターに依頼 され た。精神療法 によ り 2 月 下旬 にはやや落 ちつ きを取戻 し, 不 安 を抱 きなが らも 4 月 に就職, 以 後週 1 回 セ ン ターでの精神療法 を継続 した ところ順調 に経過 し, 1 年後 に治療 を終結 した。
治療 を終結 して 2 年 ほど経 った頃, うつ病 を初発。
既往歴 : 特 記 すべ き ことはな い。
家族歴 : 父 親 は売薬 を専業 と してお り, 年 の 2 / 3 は家を留守 に して いる。母親 は, 患 者 の小学校 1 年 頃 か ら近所 の中華料理店 に夕方 の 2 時 間 ばか リパ ー ト勤 務 に出て い る。両親 と も性格 に著 しい偏 りはない。
本人 は一 人 っ子 で子 ど もの頃 はい くらか気 の小 さな ほ うであ ったが, 高 校 の頃か ら割合外向的 ・社交的 に な り, 普 段 はむ しろ陽気 な印象 を人 に与 えて いる。 し か し, 小 学校 1 年 頃か ら夕飯 はいつ も一人で食べ ると い う習慣 にな ってお り, 父 親 は もちろん, 母 親 ともあ ま り口を利 いた ことはなか った。
精神療法 の過程 で本 人が割合早 く洞察 で きた ことと して は, ほ かの人の前 で食事 が とれない とい うことの 裏 に, 親 元か ら離 れ る ことにつ いての不安 が潜 んで い ること, 母 親 との話 し合 いが少 なす ぎた こと, な どが あげ られ る。
〔ま とめ〕
( 1 ) 人前での摂 食困難 は心因的な もの と認識 している。
予期不安 が強 い。
( D 親戚 の人, 部 活 の仲間 だ けで はな く, 他 者 の い る ところでの摂食困難。
ほ) 英語 の授業時間 な どで いつ指名 され るかわか らぬ 時 は吐 き気 がす る。
に) 発症 時期 と経過 : 小 学 3 年 時 の ボーイスカ ウ ト合 宿 の とき。症状 は徐 々に悪化。
後 に うつ病 を発病。
5 ) 家業 の都合 で, 幼 い頃か ら一人で夕食 を とる習慣。
症例 C ( K M ) : 男 子 ・文系
食事 の とき, 周 囲 の雰 囲気 に呑 まれ吐 き気が して食 べ られない。大学 1 年 の 1 月 頃, 失 恋 し, 食 事 中 にそ の ことを思 い出す と吐 き気がす るよ うにな った。 その 後, 食 事 にな ると必 ず吐 き気 を催 す よ うにな り, 同 年 1 0 月に精神科 を受診 して投薬 を受 けた。 この ときは薬 が劇的 に効 き, 治 った と思 ったので服薬 を中止 した と ころ急 に悪化 し, そ の後 は薬 もま った く効 かな くな っ て しま った。
朝, 起 床 す ると気分が悪 いが朝食が済 む と回復す る。
一般 に,食 事が近づ くと気分が悪 くな り,食 事が済む と一仕事 を終 えた爽快感 のよ うな ものが湧 いて くる。
仲間 と一緒 に食事 を しな ければな らない ときは自分 だ け ご く軽 い ものを摂 る。 も し皆 と一緒 の ものを注文 す ると, 食 事 に要 す る時間が人 の 2 〜 3 倍 も必要 なの で, 周 りか らジロジロ見 られているよ うな気がす る。
なん とか症状 を改善 しよ うと思 い, 大 学 3 回 生 の 3 月 に独学 で 自己催眠 をや り始 めた ところ, 2 〜 3 週 間後 に 「ひ きつ け」 ( 本人 はひ きつ け とい うが, 失 神 あ る いは意識混濁 と思 われ る) を 起 こ した。別の病院で検 査 を受 けた結果, この状態 は薬 の副作用で もない し, 脳波 に も異常 はな い と言 われ た。
既往歴 : 特 記事項 な し。
家族歴 : 家族 は, 父 母 と会社員 の兄 の 4 人 で あ る。
父親 は家庭薬配置業 ( 売薬) を してお り, 北 海道 ・岐 阜 ・石川 な どを巡 り, 1 年 の うち半分 は家 を留守 にす る。母親 は主婦 であるが, 日 やか ま しく, 本 人 の小 中 高校 を通 じて勉強 を強制 し, 夏 体 みに半 日ほど近所 の 仲間 とソフ トボールを しただけで も大変 に不機嫌であ っ た。 また, 学 業成績が良 くない と, 家 に入れ ない こと もあ った。 ところが, 本 人が大学 に入学す ると, 今 度 は手 のひ らを ひ っ くり返 した よ うに, 「人付 き合 いの 大切 さ」 を強調 す るよ うにな った。 しか し, 本 人 と し て は, 「小 さい ときか ら勉強 に封 じ込 め られたよ うで, パ ー ソナ リテ ィの核心部分 は非社交的 にな って しま っ
て いる」 ので, 母 親 の変 わ り身 の早 さには とて もつ い て ゆ けな い, と い う。
本人 は, 小 心 で あ るのに 目立 ちたが り屋 で, 小 学校 低学年 の ころは名前 を呼 ばれ ただ けで赤面 し, 動 悸 が す るほどで あ ったが, しだ いにひ ょうきん者 にな り, わ ざ と女 の子 に近 づ いた り して道化 を演 じた りした。
中学校 の頃 は, 皆 に受 けよ うと思 って身 をす り減 らす ほどの道化 を演 じ, か え って人 の燿楚 をか った り した こともあ る。 その反面, な に ごとにつ けて手鈍 いほ う で, テ ス トなど も要領が悪 く問題 の順 に従 って解答 し た りす るので, 成 績が思 うよ うに上が らない。 また, なんで も言 われた とお りにす るので, た とえば レポー
ト ・テス トな どは教科書通 りの答 え しかで きず, 自 分 の考 えを述べ ることがで きない。気が小 さいのに目立 ちたが り屋 の性格傾 向 は大学 に入 って も変わ らず, 大 学 1 年 の夏 には民放 ラデオの歌謡 コ ンクールや地域 の 祭 りの際 の コ ンクルールに出場 し, い ずれ も 「特別賞」
を とって得意 にな った りもした。
〔ま とめ〕
( 1 ) 人前での摂食困難 は心因的 な もの と認識 している。
( 2 ) 食事 の とき, 周 囲 の雰 囲気 に呑 まれ吐 き気 が して 食 べ られ ない。人 が居 な くて も, 食 事 その ものが 苦痛 の種 で吐 き気 がす る。 食事 に時間がかか りす ぎるので, 周 りか らジロ ジロ見 られて い るよ うな 気がす る。
侶) 小心 で, 小 学校低学年 の頃 はす ぐに赤面 し, 動 悸 が した。反面, 日 立 ちたが り屋。
何 をす るに も要領 が悪 い。大学 1 年 の夏, 民 放 ラ ヂオの歌謡 コンクールな どに出場 し 「特別賞」 を とった り した。
に) 発症 時期 と経過 : 大 学 1 年 の 1 月 頃, 失 恋 し, 食 事 中 にその ことを思 い出す と, 吐 き気 がす るよ う にな った。
幅) 売薬業 の父 は不在 が ち, 母 は支配的。
症例 D ( K W ) : 男 子 ・理系
友人 と食事 す ると食物 が喉 を通 らな くな る。極 く親 しい友人, 家 族 な ら気 にな らない。
小学校 4 年 の時 に家で コー ヒー牛乳 を飲 んで登校 し, 気分 が悪 くな って トイ レで吐 いた ことが あ る。 中学 1 年 の ころ, 初 対面 の人達 と向か い合 っての給食 で, 牛 乳 が飲 めな くな った。 その後 もそ う した状態 が続 いて 中学 2 年 の時 に上記 の状態 にな った。 中学 2 年 の春 に 症状が始 まった。春 の ころ, 音 楽の時間 に息苦 しくな っ
た。 内科 や耳 鼻 科 な どを受 診 したが診 断 が つ か ず, 精 神 科 受 診 の結 果 , 「 気 を 楽 に して お れ ば よ い」 とい う
こ とで そ の ま ま に な って い る。 高 校 入 試 の と きの息 苦 しい, 嫌 な体験 で 自信 を喪 失 し, 高 校 時代 は特 に 2 年 の と きが辛 か った。 実 際 , 中 学 ・高 校 時代 もただ座 っ て い るだ けで, 辛 くて ノー トもとれ ぬ こ とが あ った。
4 回 生 に な って, 初 めて セ ンターを受 診 したの は,
「研 究 室 に入 って, 皆 と一 緒 に昼 食 を した りで きな い な どの問題 が あ るの と, 社 会 に出 る と相 談 しに くい」
と思 ったか らで あ る。 専 攻 は○ ○ で教 官 と学 生 合 わせ て , 1 4 人 が研 究 室 に所 属 して い る。
友 人 は あ ま りい な いが, 高 校 の同級 生 ( ○学 部 ) は 親 友 とい って もよ い。 この友 人 が 相 手 で も食事 をす る 時 は緊 張 す る。 誰 も知 らぬ 人 の い る食 堂 で の食 事 が一 番 辛 い。 未 知 の人 が 居 る と気 に な る, 側 に い るだ けで 急 か され て い る よ うな 気 に な る。 「早 く全 部 残 さず に 食 べ な くて は」 と思 う。 そん な こ とが 分 か って い るか ら, 一 人 で はあ ま り行 か ぬ。 買 い物 や本 屋 の立 ち読 み は平 気 で あ る。 電 車 にの る と, 体 調 の悪 い と きは人 の 前 で 吐 い た らど う しよ う と不 安 で辛 い。
人 が近 くに い る と息 苦 し くな り, 緊 張 す る。 皆 の前 で 発 表 す る と きは辛 く, 下 痢 気 味 に な り, 食 事 も喉 を 通 らな くな る。 高校 入 試 の と きは特 に酷 か った。 普 通 の授 業 の と き もそ うだが, テ ス トの時 な どは特 に酷 い。
大 学 院 に進 み た い。 こん な状 態 だか ら, そ の さ きは考 え な い。 状 態 は深 刻 に思 って お り, 社 会 生 活 が で きな い の で な いか, と思 う。 雑談 な どイ ンフ ォー マ ル な時 は そ れ ほ ど緊 張 しな いが, 授 業 な ど フ ォー マ ル な時 に 腹 痛 が 起 きは しな いか と思 い, 実 際 に痛 くな る と, 次 の時 間 は ど うか と予 期 不 安 に陥 る。
父 親 は5 2 歳で ク リー ニ ング店 経 営 , 中 卒 。 両 親 に は 特 に問 題 は な い。 父 は仕 事 一 筋 で 回数 は少 な い。
母 親 は4 6 歳で 父 親 の 店 で 働 い て い る, 中 卒 。 母 は
「何 で もや りた い こ とを や った ら」 と, も う少 し積 極 的 に な って欲 しい様 子 で あ る。
妹 は, 某 宗 教 系 大 学 生 ( 史学 専 攻 ) 。
実 験 が 多忙 で家 に帰 って食事 が とれ な い。 皆 と下 緒 に食 べ る と喉 を通 らな いの で体 が だ る くな る し, 精 神 的 に も落 ち込 み集 中力 に欠 け る。 実験 は院生 の手 伝 い。
夏 休 み に 2 週 間 帰 省 し, 出 席 した同窓 会 で は雑 談 が で きたが , 飯 が 喉 を通 らぬ のが苦 しか った。
翌 年 1 月 2 7 日: 課 題 は少 し見 え て きた。 食 事 はや や 調 子 よ い。
同 年 2 月 1 7 日: 午 前 中 は寝 て お り, 午 後 か らで て き
て夜 は1 2 時か ら午前 1 時 まで デー タ整理 などで研究室 にい る。卒論 は○ 日締切 りだが, ま った く手つかず。
今年 の大学院進学者 は2 / 3 人 ( 自分の研究室 で は) , 全 体 で も2 0 / 3 0 ほど。
同年 3 月 1 0 日 : 卒 論提 出で きた。 同年 4 月 1 4 日 : マ ス ター 1 年 は 2 人 , 2 年 は一人。
同年 6 月 頃 : 教授 の方針で放任主義 のために, 研 究 課題 に しっか り取 り組 めない状況で, 課 題遂行 の充足 感 が得 られず, 漠 然 と した不安状態 にある。食欲 もあ ま りな く, な ん とな く全身倦怠感 を感 じる。一方, 人 の前での食事 は以前 ほど抵抗感 はない。体調不良, 食 欲不振。 研究室 に活気が ない。
同年 9 月 頃 : 研究室 のまとま りな く, ば らば らになっ て いる。興味が薄れた。居心地悪 いので辞 めよ うか と も思 う。先生 は, 院 生 は当然 に興味 と知識 を具 えた も の と して入学 して来 るべ きと考 えているよ うだ。
同年 1 0 ‑ 1 1 月 : 就職未定 だが, も し就職 して も集団 での会食 は難渋す るだ ろ う。先 日の研究室 の旅行で は 1 日 目は全 く駄 目, 2 日 目はそ こそ こ食べれた。 しか し, 食 事以外 は期待 はずれだ ったが, 昨 年 よ りも緊張 感 は少 なか った。 だが, 自分 は周 りに迷惑 をか けない か とオ ドオ ドしてはいたが。
〔まとめ〕
( 1 ) 人前 での摂食困難 は心因的な もの と認識 している。
友人 と食事す ると喉 を通 らな くな る。極 く親 しい 友 人, 家 族 な ら気 にな らない。
未知 の人 の い る食堂 での食事が一番辛 い。未知 の 人 が側 にいるだけで急か されているよ うな気 にな る。
( 2 ) 電車 にの ると, 体 調 の悪 い時 は人 の前 で吐 いた ら ど う しよ うと不安 で辛 い。 人が近 くにいると息苦 しくな り, 緊 張す る。皆 の前 で発表す るときは辛 く, 下 痢気味 にな り食事 も喉 を通 らな くな る。高 校入試 の ときは特 に酷か った。普通 の授業 の とき
もそ うだが, テ ス トの時 な どは特 にひ どい。
ほ) 小学校 4 年 の時 に, 家 で コー ヒー牛乳 を飲んで登 校 し, 吐 いた ことが あ る。 中学 1 年 の時 に, 初 対 面 の人達 と向か い合 って給食 を食べ よ うと した と き, 牛 乳が飲 めな くな った。
に) 発症時期 と経過 : 中学 2 年 の春 に症状が始 まった。
幅) 自営業 の父親 は無 口。母親 は, 患 者が もっと積極 的 にな って欲 しい様子。
察 考
1.対 象者 4名 は,い ずれ も摂食時,特 に会食 の と きの過 緊張 とそれ に と もな う精神 的苦痛 を ほぼ 単 一 症状 的 に訴 えて い る。 患者 に とって この症状 は きわめて深刻 な もので,学 業 や職業 の放棄 につ なが りかね な いほどで あ る。 現 に,症 例 Bは 初診 時 に 「就職 内定 の通知 は返 上 す るつ も り」 で いた し,症 例 Aは 退学 す る予定 で あ った。 また症 例 D は 「人前 で食事 が で きないか ら,就 職 して社会人 にな る自信 が な い」 と訴 えて いた。
そればか りで はない,彼 らは幼小 児期 か ら自身 の小心 で強迫 的 な性格傾 向 に気づ いて お り,そ れ を隠 す ため に意識 的 にふ ざ けて陽気 な 自分 を演 出 す る ほどに,鋭 敏 な洞察 力 と繊細 な性格 の持 ち主 で あ る。 そ して 4名 と も,食 事 にまつわ る最初 の 不快 な体験 を克 明 に記憶 して い る。特 に,症 例 B は 「小学校 3年 の ボーイスカ ウ トの合宿 で食事 が 喉 を通 らなか った」,症 例 Dは 「小学 4年 の と き 家 で飲 ん だ コー ヒー牛 乳 を学校 で嘔吐 した」 と言 うよ うに,一 度 は誰 もが経験 し誰 もが忘 れ去 って いそ うな学童 期 の ̀さ
さい な'体
験 を あ りあ りと 想 起 す る。 こ う した性 格 傾 向 を,彼 らはお とな (大学 生 )に な って もひ きず って お り,絶 え ず 自 己の 内面 をのぞ き こむ習癖 が会食恐怖 を助長 して い るよ うにみえ る。
この よ うな病歴 をた どるなかで,彼 らは 自分 の 症 状 が,らヽ因性 に発 現 す る ことを は っき りと 自覚 す るにいた って い る。 この認 識 は,次 に述 べ るよ う に,会 食恐怖 と対人恐怖 (あるいは思春期妄想症) との決定 的 な相違点 であ るとい ってよいで あろ う6 船 橋 ら2)は,思 春 期 妄 想 症 の臨床 的特 徴 を下 記 の(1)〜(6)のよ うに ま とめて い る ;
(1)自己の身体 的異常 の ため に周囲 の人 々 に不快 感 を与 えて い る とい う妄想 的確信,
(2)それ に よ って他人 に避 け られ るとい う 「忌避 妄想 」 と周 囲 の人 々 に対 す る自責感, G)症状発現 の状況依存性,
に)身体治療 に対 す る執拗 な要求,
(5)思春 期 な い し青年 期 に発症 し,単 一 症 候 的 に
推 移 す る。経過 は長期 にわ た るが人格解 体 が認 め られ な い,
G ) 病前性 格 には, 強 力性 と無力性 の矛盾 す る二 面 性 が認 め られ る。
この うち,(1)〜に)を対 人恐怖 の具体例 (自己視 線 恐怖, T M , 男 子 , 発 症 1 8 歳) に つ いて検証 す る と,患 者 TMに は 「自分 には強す ぎる視線 が肉 体 に具 わ って お り, 取 り去 る ことが で きない」 と い う妄想 的確信(1)があ り,そ の ため 「他者 が不愉 快 そ うにチ ラと見返 して くる」 とい う自責 感( 2 ) が
と もな い, この身体 的欠 陥〜精神症状 で はない〜
を治療 して ほ しい と要求 す る(4ヽそ して, この症 状 は きわ めて親 しい人 た ちや 自分 とは無 関係 の大 衆 が相手 の場合 は割合軽 く自覚 され るので あ るが, ク ラスの仲 間〜 中間的 な親 しみを もつ間柄 〜 には 特 に強 く発現 す る とい う状 況依 存性( 3 ) があ る。
会食恐 怖 4 例 には, 前 述 の よ うに, い ず れ も自 分 の症 状 が, い因 的 に発 現 す る とい う認 識 が あ り,
自分 の症 状 が他 者 に不快 感 を与 え る とい う誤 った 解 釈 は して い な い, つ ま り上 記 の妄想 的確 信 ( 1 ) , 自責 感( 2 ) , 身体 的治療 の要 求 に) は認 め られ な い。
また, 症 状 発現 の状況依存性G)はあ る ことはあ る が,症 例 B, Cは ,人 の い る ところで食事 をす る と 「急 か されて い るよ う」 とか 「ジロ ジロ見 られ て い るよ う」 に重圧 を感 じ,症 例 Dが 「未知 の人 の い る食堂 で の食事 が一 番辛 い。 未知 の人 が側 に い るだ けで急 か されて い るよ うな気 にな る」 と訴 え るよ うに, こ こで の他者 は文字 どお りの他者一 般 , 自 分 とは無 縁 の大 衆 を さ して い る。 しか も会 食恐怖 症者 は食事 をす る機 会 さえ な けれ ば他者 と 愉 快 に交 際 で きる。 た とえば, 症 例 A は 友人仲間 や会社 の接待 で ゴル フコ ンペを大 いに楽 しむ こと が で きる し,野 球 の大好 きな症 例 Bは 野球 の セ ン ス と能 力 を 自他 と もに認 め るほどで あ ったが,高 校 時代 に入部 を断念 した経 緯 は, た だ一 つ 「食事 を共 にす る春 と夏 の合宿 が避 け られ な い」 と思 っ たか らで あ った。
以上 , 臨 床上 の根本 をなす特徴 に関 して, 対 人 恐怖症 ( あるいは思春 期妄想症) と 会食恐怖症 の 間 に は歴然 と した径庭 が存在 す るので あ る。 した
が って,会 食恐怖 の心 的機制 は,DSM― Ⅳ に従 え ば,「 社 会恐怖 」 よ りも 「特 定 の恐 怖症 (以前 は単 一 恐 怖 )Specific Phobia(formaly Simple Phobia)」 の状 況型 (会食)と す る方 が病 態像 を よ り的確 に反 映 して い る と思 われ る。
2.前 述 の よ うに, 4症 例 はみ な幼 い ころか ら自 己の内面 を敏 感 に観 察 す る繊細 な感覚 の持 ち主 で あ った。 4例 と もに家庭 が 自営業 (う ち 2例 は家 庭 薬 配 置業)で あ り,幼 児期 か ら夕 食 はひ と りき りで摂 る ことが多 か った とい う。 他者 と くつ ろい だ時間 を共有 しなが らの食事 とい う経験 は不足 し て お り,そ う した生育環境 が会食恐怖 の症状形成 に少 なか らず影響 を与 え たで あ ろ うことは否 めな いが, こ の点 につ いて は,今 後 よ り多 くの症例 に つ いて検証 を重 ね る必要 が あ ろ う。
さて,山 田 らのは対人恐怖症 を<出 会 いの恐怖 >, 会食恐怖 を <ふ れ合 いの恐怖 >と よび,両 者 の違 い を強調 している。対人恐怖 と会食恐怖 の患者 は,自 身 の立場 か らみた相手 が ご く親 しい人 たちや無縁 の 大衆ではな く, ク ラスや趣味のサークルの仲間のよ うに何 らかの共同体的なつなが りのある人 びと,言 い換え ると 「中間的な親 しみを もつ間柄 (半知 り)」
の人 びととの交流 に際 して苦痛が最大 になるとい う。
この見解 は対人恐怖 についてはすでに言 い古 された 観 があ る。 しか し山田 らはそれ に加 えて, この中間 的 な親 しみのなか に も親疎 の段階が い くつかあ るの であ って,対 人恐怖 は親 しみが まだ浅 い段階で発現 す るが,会 食恐怖 の方 はよ り深 い段階 にいた っては じめて発現す るのだ という。彼 らの表現をか りると,
<顔 見知 り>か ら<気 心が知れ る>ま での間 に,人 間関係の深 まりにつれて 「問いかけの様態 Fragendes Wesen」 か ら 「語 りか けの様態 Redendes Wesen」
へ と移行する段階がある。そ して 「問いかけの様態」
とは 「挨拶程度 の接触 や コ ミュニケー シ ョン」 で間 に合 う対人関係 であ り,「語 りか けの様態」 とい う の は 「雑談で代表 され る程度 の深 ま りであ って,ホ
ンネ も出 し,ホ ンネ も聞 く仲」であるといい,前 者 の段階で対人恐怖が後者 の段階で会食恐怖が発現す るとい うのであ る。
しか し,山 田 らの意 見 は 「会 食 」 の場 を即 「団 簗 」 の場 と思 い込 ん で い る3、しが あ る。 会 食 の実 際 は 「会 社 の接 待 」,「入社 予 定 者 の歓迎 レセ プ シ ョ
ン」 な ど,む しろ儀 式 的 で 他 人 行 儀 な行 事 で あ る こ とが 多 い の で あ る。 現 に,地 区 トップ の保 険 契 約 獲 得 を誇 る症 例 Aは 会 社 接 待 パー テ ィの ことが, 症 例 Bは 2週 間 前 か ら就 職 内定 者 懇 親 会 で の昼 食 の こ とが,こヽ配 の種 で あ った。 ま た症 例 Dは 「相 手 が 親 友 で も食 事 をす る時 は い くぶ ん 緊 張 す るが , 誰 も知 らぬ 人 の い る食 堂 で の 食 事 が一 番辛 い」 と 訴 え る。 これ らの訴 え に接 す る と き,我 々 は 「雑 談 で 代 表 され る程 度 の 深 ま りで あ って ,ホ ンネ も 出 し,ホ ンネ も聞 く仲 に な って は じめ て 会 食 恐 怖 が 発 現 す る」 とい う山 田 らの主 張 に疑 間 を感 じざ るえ な い の で あ るが , こ の点 につ いて もさ らに多 くの症 例 につ い て 臨 床 的 観 察 と検 証 を積 み 重 ね て ゆ く必 要 が あ る と思 う。
文 献
1 ) Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders(Fourth Edition).The Arnerican Psychi―
atric Association,Washington]DC,1994.
2 ) 船 橋龍秀, 村 上靖彦 : 思春期妄想症 に関 して一そ の精神病理 と近縁病態 に関す る文献的展望 ―. 思 春 期青年期精神 医学, 1 ; 卜 2 5 , 1 9 9 1 .
3 ) 笠 原嘉, 藤 縄昭, 関 口英雄 ほか : 正視恐怖 ・体臭 恐怖 ―主 と して精神分裂病 との境界例 につ いて―.
笠原嘉 ( 編) , 医 学書院, 東 京, 1 9 7 2 .
4 ) 中 村剛, 西 村優紀美 : 対 人恐怖症. 学 園 の臨床研 究, No.1:23‑30,2000.
5 ) 佐 藤達彦 : 会食不能症状群 ―吐気を訴え る青年 ―.
臨床精神病理, 3 ; 1 9 3 ‑ 2 0 4 , 1 9 8 3 .
6 ) 植 元行男, 村 上靖彦, 藤 田早苗 ほか : 思 春期 にお ける異常 な確信的体験 につ いて
( その 1 ) ― いわゆ る思春期妄想症 につ いて ―. 児 童精神医学 とその近接領域, 8 ; 1 5 5 ‑ 1 6 7 , 1 9 6 7 . 7 ) 山 下格 : 対 人恐怖 の診断的位置づ け. 臨 床精神医
学 11;797‑804, 1982.
8 ) 山 田和夫, 安 東恵美子, 宮 川京子 ほか : 問題 のあ る未熟 な学生 の親子関係か らの研究 ( 第 2 報 ) ― S 、 れ合 い恐怖 ( 会食恐怖) の 本質 と家族研究 ―. 安 田 生命社会事業団研究助成論文集, 2 3 ; 2 0 6 ‑ 2 1 5 , 1 9 8 7 .