右翼運動とテロリズムの系譜 : 自伝・回顧録から みた右翼運動家とテロリズムの源泉
著者 塩出 環
雑誌名 キリスト教社会問題研究
号 56
ページ 219‑241
発行年 2008‑02‑20
権利 同志社大学人文科学研究所
キリスト教社会問題研究会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011348
研 究 ノ ー
右
ト翼 運 動 と テ ロ リ ズ ム の 系 譜
︱ 自 伝
・ 回 顧 録 か ら み た 右 翼 運 動 家 と テ ロ リ ズ ム の 源 泉
塩 出 環
目
は
次
じ め に 一
︑ 右 翼 運 動 に 関 す る 自 伝
・ 回 顧 録 二
︑ テ ロ の 源 泉 を た ど る
︱ 井 上 日 召
・ 小 沼 正
・ 末 松 太 平
・ 新 井 勲 の 自 伝
・ 回 顧 録 か ら 三
︑ 自 伝
・ 回 顧 録 か ら 見 た 五
・ 一 五 事 件 四
︑﹃ 神 兵 隊
﹄ と テ ロ リ ズ ム
︱ 中 村 武 彦 の 自 伝
・ 回 顧 録 よ り お わ り に
は じ め に
何 を も っ て 右 翼 と す る べ き か
︒ そ の 客 観 的 基 準 の 設 定 は 不 可 能 か も し れ な い
︒ 広 辞 苑 で は
﹁ 右 翼
﹂ を
﹁ 保 守 派
︒ ま
た
︑ 国 粋 主 義
・ フ ァ シ ズ ム な ど の 立 場
﹂ と 説 明 し て い る
︒ 保 守 派
=
﹁ 右 翼
﹂ と し て 解 釈 す る な ら
︑ 戦 後 の 日 本 政 治 の 大 半 は
︑ 右 翼 政 権 が 握 っ て き た こ と に な る し
︑ 保 守 政 党 の 議 員
・ 支 持 者 は
﹁ 右 翼
﹂ と い う こ と に な る
︒ 保 守 派 の 議 員 と そ の 支 持 者 で
﹁ 右 翼
﹂ の レ ッ テ ル を 貼 ら れ る こ と に 違 和 感 を 覚 え る 人 は 少 な く な い は ず で あ る
︒ 一 般 的 に
﹁ 右 翼
﹂ と い っ た 場 合
︑ そ れ が 単 な る 保 守 派 を 指 す の で は な く
︑ 国 家 主 義
︑ フ ァ シ ズ ム 運 動
︑ 民 族 主 義 運 動 を 意 味 し て い る こ と か ら 見 て も
︑ 単 な る 保 守 派 を
﹁ 右 翼
﹂ か ら 除 外 し て も 差 し 支 え な い で あ ろ う
︒ そ こ で 本 稿 で は
︑ 便 宜 上
︑ 国 家 主 義
︑ フ ァ シ ズ ム 運 動
︑ 民 族 主 義
︵ 本 稿 で は
﹁ 民 族 派
﹂ と 書 く
︶ の 運 動 に 関 与 し た 人 物 を
﹁ 右 翼
﹂ と 定 義 づ け
︑ こ れ ら を 分 析 対 象 と し た い
︒ 右 翼 運 動 家 で 研 究 書
・ 論 説 も 多 く
︑ 様 々 な 角 度 か ら の 分 析 が な さ れ
︑ 一 定 の 成 果 を 挙 げ て い る 北 一 輝 や 大 川 周 明 な ど は
︑ 研 究 書 や 論 文 に お い て
︑ そ の 自 伝
・ 回 顧 録 が 取 り 上 げ ら れ る こ と も 珍 し く な い
︒ 右 翼
・ 左 翼 と い っ た 社 会 運 動 に 限 ら ず
︑ 芸 術
・ 財 界
・ 政 界 等 で 活 躍 し 自 伝
・ 回 顧 録
・ 研 究 書 な ど 個 人 に 類 す る も の を 総 合 的 に 取 り 上 げ た 辞 典 類 も 過 去 に 刊 行 さ れ て い る︵1
︒︶
右 翼 運 動 家 の 自 伝
・ 回 顧 録 の み に 着 目 し た 場 合
︑ 辞 典 類 で は そ の 性 質 上
︑ 断 片 的
・ 分 散 的 で あ り
︑ こ れ ら に 関 し て 系 統 的 な 総 括 も な さ れ て い な い の が 現 状 で あ る
︒ 本 稿 で は
︑ 右 翼 運 動 家 の 自 伝
・ 回 顧 録 を と り あ げ 分 析 を 試 み る が
︑ そ の 際
︑ 特 に テ ロ リ ズ ム と ク ー デ タ ー と い う 二 つ の 行 動 様 式 に 着 目 し て み た い
︒ 今 の 時 代
︑ ク ー デ タ ー は 無 く な っ た も の の
︑ 右 翼 に よ る テ ロ は
︑ 度 々 起 こ さ れ る ば か り で な く
︑ 歴 史 上 幾 度 も 繰 り 返 さ れ て き た
︒ わ が 国 に お い て は
︑ テ ロ と ク ー デ タ ー の 共 通 項 と し て あ げ ら れ る 存 在 が
﹁ 右 翼
﹂ で あ っ た
︒ し か し
︑ 近 年
︑﹁ 右 翼
﹂ の 視 点 か ら 見 た テ ロ と ク ー デ タ ー の 原 因 追 及 が 学 術 的 に な さ れ る 場 合 が 少 な い よ う に 思 わ れ る︵2
︒︶
テ ロ 事 件 が 起 き る た び に
︑ そ の 真 相 解 明 の 必 要 性 が 強 調 さ れ な が ら
︑ そ の 作 業 の 多 く が 不 徹 底 に 終 わ っ て し ま う
背 景 に は
︑ 右 翼 運 動 そ の も の に 対 す る 理 解 不 足 も あ る よ う に 思 え て な ら な い
︒ そ こ で 本 稿 で は
︑ テ ロ
︑ ク ー デ タ ー と い っ た 直 接 行 動 に 走 っ た
﹁ 右 翼
﹂ た ち の 立 場 か ら
︑ そ の 原 因
・ 背 景 並 び に 行 動 原 理 の 源 泉 を た ど る 作 業 を 第 一 義 と す る
︒ そ の 際
︑ テ ロ
︑ ク ー デ タ ー を 自 ら の 体 験 と 思 想 に 基 づ き 直 接 的 に 語 り か け る 自 伝
・ 回 顧 録 の 分 析
・ 検 討 は
︑ 現 在 で も
﹁ 右 翼
﹂ に よ っ て 繰 り 返 さ れ る テ ロ 事 件 と そ の 本 質 を 問 う こ と に つ な が る の で は な い だ ろ う か
︒ 残 る 問 題 と し て は
︑ 自 伝 と 回 顧 録 の 区 別 の 基 準 を ど こ に 設 定 す べ き な の か と い う こ と で あ る
︒ し か し
︑ 本 稿 で は こ の 二 つ の 明 確 な 区 分 は 問 題 で は な い
︒ と い う の は
︑ 自 伝
・ 回 顧 録 ど ち ら と も 判 別 の つ き に く い も の も 少 な く な い と い う こ と も あ る し
︑ 何 よ り
︑ こ の 二 つ を 厳 密 に 区 別 す る こ と が
︑ 本 稿 を 進 め る 上 で 大 き な 障 害 と は な ら な い か ら で あ る
︒
一
︑ 右 翼 運 動 に 関 す る 自 伝
・ 回 顧 録
本 稿 で は
︑ 分 析 に あ た り
︑ 便 宜 上
﹁ 右 翼
﹂ 運 動 家 の 自 伝
・ 回 顧 録 を 四 類 型 し た
︒ 五
・ 一 五 事 件 と 二
・ 二 六 事 件
︑ ま た こ の 両 事 件 と 関 係 性 の あ る も の を
﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂ と し て 第 一 グ ル ー プ に 分 類 し た
︒ こ の
﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂ に 関 係 あ る 人 物 の 自 伝
・ 回 顧 録 を 一 覧 表 に ま と め た も の が
︑以 下 に 示 す 表 一 で あ る
︒﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂関 連 の 自 伝
・ 回 顧 録 は
︑ 直 接
・ 間 接 的 に テ ロ 計 画 に 携 わ っ た 者 の 回 顧 録 が 多 い こ と で あ る
︒ 特 に
︑ 血 盟 団 事 件
︑ 五
・ 一 五 事 件 と 二
・ 二 六 事 件
︵ 以 下
︑ 本 稿 で は
﹁ 維 新 グ ル ー プ
﹂ と す る
︶ 及 び 神 兵 隊 事 件 に 関 与 し た 人 物
︵ 以 下
︑ 本 稿 で は
﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ と 書 く
︶ に 関 す る も の が 大 半 を 占 め る が
︑﹁ 維 新 グ ル ー プ
﹂ と
﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ と は
︑ 一 応 分 け て 考 え て み る こ と が 必 要 で あ ろ う
︒﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ が 民 間 右 翼 の み に よ る テ ロ 行 動 で あ る の に 対 し て
︑ 前 者 は 民 間 右 翼 と 軍 が と も に 関 与 し た と さ れ る 軍
・ 民 抱 合 に よ る テ ロ
︑ ク ー デ タ ー 事 件 で あ っ た と い う 性 格 の 違 い に よ る も の で あ る
︒
﹁ 維 新 グ ル ー プ
﹂ に 関 す る も の の う ち
︑ 二
・ 二 六 事 件 に 関 す る も の が 多 数 を 占 め る
︒ 表 一 の 内 訳 は
︑ 末 松 太 平
︵ 三 著 作
︶︑ 新 井 勲
︑ 西 田 税 に よ る 各 一 点 の 五 冊 が 二
・ 二 六 関 係 で
︑ あ と は 小 沼 正 と 井 上 日 召 に よ る 血 盟 団 関 係
︵ 三 冊
︶ の 計 八 冊 が
﹁ 維 新 グ ル ー プ
﹂ の も の で あ る
︒﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ に 関 す る 著 作 は
︑ 影 山 正 治
︵ 二 点
︶ と 中 村 武 彦
︵ 二 点
︶ に よ る 四 冊 で あ る
︒ こ れ に そ の 他 二 点 を 加 え 全 一 四 点 と な っ て い る
︒ 表 一
︑﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂ を め ぐ る 自 伝
・ 回 顧 録 一 覧 著 者 新 井 勲 大 川 周 明 小 沼 正 影 山 正 治 影 山 正 治 西 田 税 中 村 武 彦 中 村 武 彦 末 松 太 平 末 松 太 平 末 松 太 平 井 上 日 召
書 名
﹃ 日 本 を 震 撼 さ せ た 四 日 間
﹄
﹃ 安 楽 の 門
﹄
﹃ 一 殺 多 生 血 盟 団 事 件
・ 暗 殺 者 の 手 記
﹄
﹃ 一 つ の 戦 史
﹄
﹃ 民 族 派 の 文 学 運 動
﹄
﹁ 戦 雲 を 麾 く
﹂
﹃ 維 新 は 幻 か
︱ わ が 残 夢 猶 迷 録
︱
﹄
﹃ 私 の 昭 和 史
﹄
﹁ 青 森 歩 兵 第 五 連 隊 の 記 録
︱ 赤 化 将 校 事 件
︱
﹂
﹃ 私 の 昭 和 史
﹄
﹃ 軍 隊 と 戦 後 の な か で
﹄
﹃ 日 本 精 神 に 生 よ
﹄
分 二 類 一 一 一 一 一 二 二 二 二 二 一
出 版 社 文 藝 春 秋 出 雲 書 房 読 売 新 聞 社 大 東 塾 出 版 部 大 東 塾 出 版 部 不 明 い れ ぶ ん 出 版 展 転 社
村 上 一 郎 ほ か
﹃ ド キ ュ メ ン ト 日 本 人 3 反 逆 者
﹄︵ 学 芸 書 林
︑ 一 九 六 八 年
︶ 所 収
︒
み す ず 書 房 大 和 書 房 改 造 社
発 行 年 一 九 四 九 年 一 九 五 一 年 一 九 七 四 年 一 九 五 七 年 一 九 六 五 年 不 明 一 九 九 四 年 二
〇
〇 五 年 一 九 六 八 年 一 九 五 三 年 一 九 八
〇 年 一 九 三 四 年
備 考 一 九 八 六 年 文 藝 春 秋 社 よ り 文 庫 版 で 再 刊
︒
﹃ 日 本 人 の 自 伝 11
﹄︵ 平 凡 社
︑ 一 九 八 二 年
︶ 所 収
︒ 末
松 太 平﹃ 軍 隊 と 戦 後 の な か で
﹄
︵ 大 和 書 房
︑ 一 九 八
〇 年
︶ に
﹁ 赤 化 将 校 事 件
﹂ と し て 再 録
︒
第 二 グ ル ー プ と し て 戦 後 の 右 翼 の 中 で も 特 徴 的 な
﹁ 新 右 翼
﹂ と 呼 ば れ る グ ル ー プ の 自 伝
・ 回 顧 録 を
﹁ 民 族 派
﹂ と い う 呼 称 で ひ と ま と め に し た
︒ こ れ が 表 二 で あ る
︒ 民 族 派 に は
︑﹁ 新 右 翼
﹂ 一 水 会 の 顔
︑ ま た 論 客 と し て 現 在 で も 活 動 を 続 け る 鈴 木 邦 男 と 大 東 塾 を 率 い て 戦 後 の 右 翼 活 動 を リ ー ド し た 影 山 正 治 ら の 自 伝
・ 回 顧 録 が 存 在 す る が
︑ 極 め て 特 徴 的 な の は
︑ 参 議 院 選 挙 に 立 候 補 し た だ け で な く
︑ 河 野 一 郎 邸 放 火 事 件
︑ 経 団 連 占 拠 事 件
︑ 朝 日 新 聞 社 本 社 立 て こ も り 事 件 の 後 自 殺 し た 野 村 秋 介 の 著 作 の 多 さ が 目 立 つ こ と で あ る
︒ 本 稿 で は
︑ 枚 数 の 都 合 上
︑ こ の グ ル ー プ に は 触 れ て い な い が
︑ 彼 ら の 行 動 は
︑ 現 代 社 会
︑ 現 代 史 上 に お け る 右 翼 テ ロ 活 動 を 考 え る 上 で
︑ 捨 象 で き な い も の と な っ て い る
︒ こ の グ ル ー プ に つ い て は
︑ い ず れ 別 稿 を 期 す こ と に し た い
︒
井 上 日 召 島 津 書 房 編 表
二
︑ 戦 後 に お け る
﹁ 民 族 派
﹂ の 自 伝
・ 回 顧 録 著 者 鈴 木 邦 男 影 山 正 治 影 山 正 治 野 村 秋 介
﹃ 日 召 自 伝
﹄
﹃ 証 言
・ 昭 和 維 新 運 動
﹄ 書
名
﹃ 新 右 翼 民 族 派 の 歴 史 と 現 在
﹄
﹃ 占 領 下 の 民 族 派 弾 圧 と 超 克 の 証 言
﹄
﹃ 日 本 民 族 派 の 運 動
﹄
﹃ 獄 中 十 八 年 右 翼 武 闘 派 の 回 想
﹄
一 分 二
一 類 一 一 二
日 本 週 報 社 島 津 書 房 出
版 社 彩 流 社 日 本 教 文 社 光 風 社 書 店 現 代 評 論 社
一 九 四 七 年 一 九 七 七 年 発
行 年 一 九 九
〇 年 一 九 七 九 年 一 九 六 九 年 一 九 八 二 年
一 九 五 三 年 に 日 本 週 報 社 よ り
﹃ 一 人 一 殺
﹄ と 改 題 出 版
︒ 一 九 七 二 年
︑新 人 物 往 来 社 よ り 再 刊
︒ 備
考 一 九 九 四 年 に 新 増 補 版
︑ 二
〇
〇 五 年 に 改 訂 増 補 版 を 発 行
︒ 一
九 九 一 年
︑ 二 十 一 世 紀 書 院 か ら 第 二 版 発 行
︒
戦 前 の 右 翼 団 体 の 結 成 の 主 体 者 と し て 活 動 し た 人 物 を 一 括 り に し た も の が 表 三 で
︑ こ れ を
﹁ 右 翼 政 治 運 動 家
﹂ と し て 分 類 し た
︒ 明 倫 会 の パ ト ロ ン で あ り
︑ 化 学 メ ー カ ー 石 原 産 業 の 創 業 者 で あ る 石 原 広 一 郎 の 著 作 三 点 を 中 心 に
︑ 大 日 本 生 産 党 を 率 い た 内 田 良 平
︑ 国 本 社 の 主 宰 で あ り 首 相 ま で つ と め た 平 沼 騏 一 郎 が こ の グ ル ー プ に 入 る
︒ 本 稿 の 考 察 に お い て は
︑ こ の グ ル ー プ の 自 伝
・ 回 顧 録 に つ い て は 言 及 し な い こ と に す る
︒ こ の グ ル ー プ の 作 者 に 共 通 す る こ と は
︑ そ の 自 伝
・ 回 顧 録 に お い て
︑ 右 翼 運 動 に つ い て
︑ ほ と ん ど 触 れ ら れ て い な い か
︑ 触 れ て い て も ご く 僅 か で
︑ 右 翼 運 動 と い う 視 点 か ら は 見 る べ き 価 値 が 乏 し い た め で あ る
︒
野 村 秋 介 野 村 秋 介 野 村 秋 介 野 村 秋 介 野 村 秋 介
﹃ 美 は 一 度 限 り
﹄
﹃ 塵 中 に 人 あ り
﹄
﹃ さ ら ば 群 青
﹄
﹃ 友 よ 荒 野 を 走 れ
﹄
﹃ い ま 君 に 牙 は あ る か
﹄
二 二 二 二 二
二 十 一 世 紀 書 院 広 済 堂 出 版 二 十 一 世 紀 書 院 二 十 一 世 紀 書 院 幸 洋 出 版
一 九 八 九 年 一 九 八 六 年 一 九 九 三 年 一 九 九 一 年 一 九 八 四 年
一 九 九 二 年
︑ 二 十 一 世 紀 書 院 よ り
﹃ 汚 れ た 顔 の 天 使 た ち
﹄ と 改 題 し て 発 刊
︒ 表
三
︑﹁ 右 翼 政 治 運 動 家
﹂ の 自 伝
・ 回 顧 録 著 者 赤 澤 史 朗
・ 粟 屋 憲 太 郎
・ 立 命 館 百 年 史 編 纂 室 石 原 広 一 郎
書 名
﹃ 石 原 広 一 郎 関 係 文 書 上 回 想 録
﹄
﹃ 八 十 年 の 思 い 出
﹄
分 二 類
一
出 版 社 柏
書 房 石
原 産 業
発 行 年 一
九 九 四 年 一
九 七
〇 年
備 考
第 四 グ ル ー プ は
︑ 右 翼 運 動 家 と し て 著 名 で あ り
︑ 現 代 社 会 に お い て も 相 応 な 足 跡 を 残 し た 右 翼 運 動 家 の 自 伝
・ 回 顧 録 を と り あ げ
︑ そ の 他 と し て 分 類 し た の が 表 四 で あ る
︒ 児 玉 誉 士 夫 と 田 中 清 玄 の 著 作
︑ 計 三 点 が こ の グ ル ー プ に 含 ま れ る
︒ 児 玉
︑ 田 中 と も に 戦 後 右 翼 と し て 存 在 感 が あ り
︑ 分 析
・ 検 討 す る に 足 る 人 物 で あ る が
︑ 特 に 児 玉 の 場 合
︑ 戦 後 の 政 治 と 関 係 も 深 く
︑ ど ち ら か と い え ば 右 翼 運 動 家 と い う よ り 右 翼 の 政 治 的 フ ィ ク サ ー と い う 側 面 が 大 き く
︑ ま た 両 者 と も 本 稿 が 取 り 扱 う テ ロ
・ ク ー デ タ ー 事 件 と は 直 接 的 な 関 係 が 薄 い こ と も あ り
︑ 今 回 は 分 析 か ら は ず す こ と に し た
︒
石 原 産 業 株 式 会 社 社 史 編 纂 委 員 会 内 田 良 平 平 沼 騏 一 郎 回 顧 録 編 纂 委 員 会
﹃ 創 業 三 十 五 年 を 回 顧 し て
﹄
﹃ 硬 石 五 拾 年 譜
﹄
﹃ 平 沼 騏 一 郎 回 顧 録
﹄
二 一 二
石 原 産 業 葦 書 房 平 沼 騏 一 郎 回 顧 録 編 纂 委 員 会
一 九 五 六 年 一 九 七 八 年 一 九 五 五 年
一 九 二 七 年 私 家 版 と し て 上 巻 の み 発 行
︒ 表
四
︑ そ の 他
︑ 注 目 す べ き 右 翼 運 動 家 の 自 伝
・ 回 顧 録 著 者 児 玉 誉 士 夫 田 中 清 玄 田 中 清 玄 分 類
:
一 は 自 伝︒ 二 は 回 顧 録 を 示 す
︒
書 名
﹃ 悪 政
・ 銃 声
・ 乱 世 風 雲 四 十 年 の 記 録
﹄
﹃ 世 界 を 行 動 す る
﹄
﹃ 田 中 清 玄 自 伝
﹄
分 一 類 二 一
出 版 社 弘 文 堂
情 報 セ ン タ ー 出 版
文 藝 春 秋
発 行 年 一 九 六 一 年 一 九 八 三 年 一 九 九 三 年
備 考 一 九 七 四 年 廣 済 堂 よ り 再 刊
︒
二
︑ テ ロ の 源 泉 を た ど る
︱ 井 上 日 召
・ 小 沼 正
・ 末 松 太 平
・ 新 井 勲 の 自 伝
・ 回 顧 録 か ら
﹁ 維 新 グ ル ー プ
﹂ は
︑﹁ 血 盟 団
︑ 五
・ 一 五 事 件
﹂ と
﹁ 二
・ 二 六 事 件
﹂ と に 分 け る こ と が 可 能 で あ ろ う
︒ 最 初 に
﹁ 血 盟 団
︑ 五
・ 一 五 事 件
﹂ に 関 す る 自 伝
・ 回 顧 録 か ら
︑ 特 に 彼 ら の テ ロ リ ズ ム と い う 側 面 に 着 目 し て
︑ 彼 ら を テ ロ 行 動 に 走 ら せ た 契 機 に つ い て 検 討 し て か ら
︑﹁ 二
・ 二 六 事 件
﹂ に つ い て 考 え て み た い と 思 う
︒ な ぜ
﹁ 血 盟 団
︑ 五
・ 一 五 事 件
﹂ と
﹁ 二
・ 二 六 事 件
﹂ の 両 者 を 分 け る 必 要 性 が あ る か に つ い て の 疑 問 は
︑ 本 論 の 中 で 明 確 に し た い
︒ 表 一 で
︑ こ の
﹁ 血 盟 団
︑ 五
・ 一 五 事 件
﹂ に 関 す る 自 伝
・ 回 顧 録 は
︑ 一 九 三 二 年 二 月 に 選 挙 応 援 中 の 元 蔵 相
・ 井 上 準 之 助 を 暗 殺 し た 小 沼 正 と 彼 ら を 直 接 指 導 し た 井 上 日 召 の 三 冊 で あ る
︒ 五
・ 一 五 事 件 に 関 す る 人 々 の 直 接 的 な 記 述 と い え ば
︑ 島 津 書 房 編
﹃ 証 言
・ 昭 和 維 新 運 動
﹄︵ 島 津 書 房
︑ 一 九 七 七 年
︶ に 収 録 さ れ た 川 崎 長 光 の 証 言 が あ る
︒ 血 盟 団 の 構 成 員 や 五
・ 一 五 事 件 の 如 く
︑ 彼 ら を 非 合 法 テ ロ 活 動 に 走 ら せ た 原 因 は ど こ に あ っ た の だ ろ う か
︒ ま ず 井 上 日 召 の 場 合 を 見 て み よ う
︒ 井 上 日 召 が テ ロ リ ズ ム に 走 っ た 原 因 と し て よ く 指 摘 さ れ て い る の が 日 蓮 宗 の 影 響 で あ る
︒ 日 召 は
︑ 大 正 一 三 年 頃 か ら
︑ 日 蓮 の 教 義 と
︑ 自 覚 安 心 を 得 た る 自 己 の 肉 体 と を 武 器 と し て 国 家 革 新 運 動 に 参 加 し よ う と 決 意 し
︑︵ 中 略
︶ 日 蓮 の 教 義 を 研 究 し
︑ 法 華 の 題 目 を 唱 え
︑ 自 己 の う ち で
︑ 天 皇 親 政
︑ 君 臣 一 如 の 右 翼 国 家 革 新 の 思 想 を 醸 成 し て い っ た
︒︵ 森 長 英 三 郎
﹃ 新 編 史 談 裁 判
︵ 四
︶﹄ 日 本 評 論 社
︑ 一 九 八 四 年
︑ 五
〜 六 頁
︶ 日 蓮 宗 と 日 召 と 革 新 思 想 と を イ コ ー ル で 結 び つ け て 説 明 す る こ の 一 文 は
︑ こ れ ま で の 研 究 動 向 や 日 召 に 対 す る 一 般 的 な 認 識 を よ く 表 し て い る と 言 え る
︒ こ う し た 見 方 に 対 し て は
︑ 所 頃 重 基 氏 に 見 ら れ る よ う な 異 論 も 存 在 す る が︵3
︑︶
多 数 存 在 す る 井 上 日 召 研 究 の う ち で
︑ 最 新 の 著 作︵4︶ で あ る 岡 村 青﹃ 血 盟 団 事 件 井 上 日 召 の 生 涯
﹄︵ 三 一 書 房
︑ 一 九 八 九 年
︶
で も 以 上 の よ う な 見 解 を 踏 襲 し て い る
︒ 自 伝
・ 回 顧 録 か ら 見 た 場 合
︑ テ ロ へ 向 か う 契 機 と 日 蓮 宗 と の 関 係 は ど の よ う に 記 述 さ れ て い る の だ ろ う か
︒ 以 下 で は
︑ 日 召 の テ ロ
= 非 合 法 活 動 の 契 機 に つ い て 自 伝
・ 回 顧 録 の 視 点 か ら 考 え て み た い
︒ 自 伝 に よ れ ば
︑ 日 召 は
︑﹁
﹃ 天 地 は 一 体 で あ る
﹄﹃ 万 物 は 同 根 で あ る
﹄ と い ふ 感 じ
﹂︵ 井 上 日 召
﹃ 日 召 自 伝
﹄ 日 本 週 報 社
︑ 一 九 四 七 年
︑ 一 九 二 頁
︶ を 体 感 し
︑ あ る と き
﹁﹃ お 前 は 救 世 主 だ
︒ 一 切 衆 生 の 為 に 起 ち 上 が れ
!
﹄﹂
︵ 井 上 日 召
﹃ 前 掲 書
﹄ 二
〇 四 頁
︶ と い う
﹁ 天 の 声
﹂ を 聞 い て 革 新 運 動 へ と 進 む 決 意 を し た と い う
︒ こ の 運 動 は あ く ま で 合 法 的 な も の で あ っ た と い う が
︑ こ う し た 日 召 の 行 動 は
︑ 日 蓮 宗 の 修 行 を 積 む 過 程 で 得 ら れ た も の で あ り
︑ 彼 を 革 新 運 動 へ 動 か す 原 動 力 の 一 つ で あ っ た こ と を 物 語 っ て い る
︒ こ の 意 味 に お い て
︑ 日 蓮 宗 と 日 召 と イ コ ー ル で 結 び つ け る こ と は
︑ 一 見
︑ 正 し い よ う に 思 わ れ る
︒ で は
︑ こ れ が ど の よ う な プ ロ セ ス を 経 て
︑ 非 合 法 活 動 へ と 転 化 す る の で あ ろ う か
︒ 日 召 に よ れ ば
︑ 彼 が 非 合 法 運 動 へ と 転 化 す る 契 機 と な っ た の は
︑ 朝 比 奈 知 泉 な る 人 物 の 紹 介 に よ り
︑ 日 本 主 義 陣 営 の 人 物 を 訪 ね 歩 い た こ と に は じ ま る
︒ 特 に 頭 山 満 の 知 人 で あ る 金 子 雪 齋 と 日 蓮 宗 僧 侶
・ 野 口 日 主 な る 人 物 と の 再 会 が 大 き な 意 味 を 持 っ て い た 旨 が
﹃ 日 召 自 伝
﹄ で は 記 述 さ れ て い る
︒ こ の 金 子
・ 野 口 の 両 人 は
﹁ 支 配 階 級 並 び に そ の 亜 流 六 千 人 を 殺 害 し
︑ 日 本 の 革 新 を 実 現 す る
﹂︵ 井 上 日 召
﹃ 前 掲 書
﹄ 二 二
〇 頁
︶ と い う 国 家 革 新 の 非 合 法 案 を 持 っ て い た
︒ こ の
﹁ 国 家 革 新 計 画 の 実 行 を 依 嘱 さ れ
﹂ こ れ を 引 き 受 け た も の の
︑ そ の 時 は 決 心 が つ か な か っ た と い う
︒ 同 様 の 記 述 は
︑ 一 九 五 三 年 に
︑ や は り 日 本 週 報 社 か ら 発 行 さ れ た
﹃ 日 召 自 伝
﹄ の 増 補 版
︵ 二 二 五
〜 二 二 七 頁
︶ に も 見 ら れ る
︒ 血 盟 団 事 件 や 井 上 日 召 の 研 究 で は
︑﹃ 日 召 自 伝
﹄ を 史 料 と し て 活 用 し て い る に も か か わ ら ず
︑ こ の こ と は 評 伝 や 先 行 研 究 で も さ ほ ど 重 要 視 さ れ て い な い
︒ 日 召 が 最 終 的 に 非 合 法 運 動 を 指 向 す る よ う に な っ た 理 由 と し て よ く 取 り 上 げ ら れ る の が
︑ 藤 井 斉 と の 関 係 で あ る
︒
非 合 法 活 動 の 契 機 に つ い て は
︑ 日 召 が
﹁ 昭 和 五 年 に 藤 井 斉 が 時 勢 の 急 迫 を 訴 へ て
︑ も つ と 積 極 的 な 運 動 を 敢 行 す る 必 要 が あ る こ と を 力 説 し
︑ 私 に 上 京 を 促 し て か ら
︑ 私 も 漸 次 非 合 法 の 方 針 に 移 転 し て 行 つ た
﹂︵ 井 上 日 召
﹃ 前 掲 書
﹄ 二 四 三 頁
︶ と 述 べ て い る よ う に
︑ 当 時
︑ 井 上 と 交 流 の あ っ た 海 軍 に お け る 革 新 運 動 の 中 心 人 物
・ 藤 井 斉 の 強 い 要 望 だ っ た と い う の で あ る
︒ こ れ は 既 に 横 地 尚 氏 ら に よ っ て か な り 以 前 か ら 指 摘 さ れ て い る︵5
︒︶
な ら ば
︑ 日 召 の テ ロ へ の 直 接 的 引 き 金 は
︑ 藤 井 斉 と の 邂 逅 に よ っ て も た ら さ れ た こ と に な る
︒ 一 方 で 前 述 の 森 長 氏 や 松 本 清 張 氏︵6 の︶
ご と く
︑ 日 蓮 宗 に 帰 依 し た こ と に よ っ て テ ロ に 走 り
︑ 非 合 法 活 動 の 契 機 も そ の 延 長 線 上 で と ら え よ う と す る 説 も あ る
︒ 血 盟 団 事 件 の 先 駆 的 な 研 究 で あ る 安 田 常 雄 氏︵7 の︶
古 く か ら の 指 摘 も あ る こ と か ら
︑ 藤 井 の 日 召 に 対 す る 影 響 力 は 捨 象 で き な い と み る べ き だ ろ う
︒ 非 合 法 活 動 へ の 転 機 と い う こ と に 限 っ て み れ ば
︑ 日 蓮 宗 の 影 響 は か な り 希 薄 で あ っ た と 結 論 付 け て も 差 し 支 え な い よ う に 思 わ れ る
︒ 日 蓮 宗 の 右 翼
・ 国 家 主 義 者 は 多 い か も し れ な い が
︑ そ れ ら の 人 物 が 全 て テ ロ リ ス ト で は な い こ と を 考 え る と
︑ 日 召 の 場 合 に も
︑ 日 蓮 宗 と テ ロ と を 直 接 的 に 結 び 付 け る こ と は
︑ 不 適 切 と ま で は 言 え な い に し て も
︑ 再 検 討 す べ き 課 題 で あ る と 思 わ れ る
︒ 小 沼 正 は
︑ 井 上 準 之 助 の 暗 殺 者 と し て 知 ら れ て い る が︵8
︑︶
彼 の 経 歴 に つ い て は 多 く の 先 行 研 究 で 触 れ ら れ て い る の で
︑ こ こ で あ え て 繰 り 返 す こ と は し な い︵9
︒︶
こ こ で 指 摘 し た い の は
︑ 師 で あ る 井 上 日 召 以 外 に
︑ 小 沼 に 影 響 を 与 え た 人 物
︑ 藤 井 斉 に 関 し て で あ る
︒ 一 九 三
〇 年
︑ 藤 井 が
﹁ わ れ わ れ の 指 導 者 は
︑ 和 尚 の ほ か に は 無 い
︒ 小 沼 君
︑ わ れ わ れ は 和 尚 を 中 心 に
︑ 死 を も っ て 団 結 し
︑ 国 家 の 改 造 を や ろ う で は な い か
︒︵ 略
︶ 今 日 の
︑ こ の 日 本 を 護 り
︑ 腐 敗 堕 落 し た 国 家 社 会 を 救 い
︑ や が て は 日 本 が 名 実 と も に ア ジ ア の 支 柱 と な れ る よ う に す る こ と だ
﹂︵ 小 沼 正
﹃ 前 掲 書
﹄ 一 四 三 頁
︶ と 小 沼 に 語 り か け
︑ こ れ に 感 動 し た 小 沼 は
︑ こ の 後 す ぐ
﹁ 地 を も 揺 る が せ と ば か り け ん め い に お 題 目 を 唱 え 続 け た
﹂ 結 果
︑ そ の 数 週 間 後
︑﹁ 法 華 経 を 通 じ て 国 家
︑ 社 会 を み る 眼 を 持 つ こ と が で き た
︒ 自 身 め い た も の が 湧 い て き た
﹂︵ 小 沼 正
﹃ 前 掲 書
﹄ 一 四 四 頁
︶ と 述 べ て い る
︒ こ の 記 述 か ら も
︑ 藤 井 と い う 人 物 が 血 盟 団 事 件 を 考 え る 上 で
︑ か な り の 程 度 の 影 響 力 を 持 っ て い た こ と が 推 測 さ れ る
︒ 藤 井 は 上 海 事 変 に 出 征 し 戦 死 を 遂 げ た た め
︑ 井 上 日 召 や 小 沼 が 彼 に 責 任 を か ぶ せ て し ま っ た と い う 可 能 性 も 否 定 は で き な い が
︑ 資 料 的 な 制 約 の せ い か
︑ 日 蓮 宗 が 日 召 や 小 沼 に 及 ぼ し た 影 響 の よ う に
︑ 藤 井 の 小 沼 に 対 す る 影 響 力 に つ い て 詳 細 に 検 討 し た 研 究 に は
︑ 未 だ 出 会 っ て い な い
︒ 次 に
﹁ 二
・ 二 六 事 件
﹂ に 関 す る 自 伝
・ 回 顧 録 の う ち
︑ 末 松 太 平 と 新 井 勲 の 著 作 を と り あ げ て み た い
︒ 特 に 昭 和 維 新 運 動 と 二
・ 二 六 事 件 に 参 加 し た 青 年 将 校 に 対 す る 北 一 輝 の 思 想 的 影 響︵10 と︶
い う 側 面 か ら
︑ 末 松 太 平 と 新 井 勲 の 二 人 の 人 物 に 関 す る 検 討 を 試 み た い
︒ 青 年 将 校 の 間 に お け る 北 一 輝
﹃ 日 本 改 造 法 案 大 綱
﹄ の 受 け 取 り 方 に つ い て
︑ 決 起 し た 将 校 た ち と 深 い 関 係 に あ っ た 新 井 は 次 の よ う に 述 べ て い る
︒ 青 年 将 校 は 北 一 輝 の
﹁ 日 本 改 造 法 案 大 綱
﹂ を そ の ま ま 信 奉 し て い た の で は な い
︒ 北 一 輝 に は 社 会 主 義 的 傾 向 が あ る か ら 注 意 せ よ と 言 い つ つ
︑ こ の 国 家 改 造 の 方 法 に 注 目 し た の で あ る
︒︵ 新 井 勲
﹃ 日 本 を 震 撼 さ せ た 四 日 間
﹄ 文 春 文 庫
︑ 一 九 八 六 年
︑ 一
〇 六 頁
︶
﹁ 日 本 改 造 法 案 大 綱
﹂ も 卓 見 で は あ る が
︑ あ れ に は 検 討 す べ き 幾 多 の 問 題 が あ っ た
︒ あ れ が そ の ま ま 実 現 し て よ い も の と は 青 年 将 校 の 誰 も が 思 わ な か っ た
︒︵ 新 井 勲
﹃ 前 掲 書
﹄ 一 二 二 頁
︶ こ れ を 見 る 限 り で は
︑ 新 井 勲 と い う 人 物 は
︑ 北 の 影 響 を 受 け て 維 新 運 動 に 参 加 し た の で は な い こ と が わ か る
︒ そ れ ば か り で な く
︑ 青 年 将 校 の 多 数 が 同 様 の 意 見 を 持 っ て い た こ と も 示 唆 し て い る
︒ 同 じ く
︑ 陸 軍 将 校 と し て 昭 和 維 新 運 動 に 参 加 し
︑ 二
・ 二 六 事 件 に お い て
﹁ 叛 乱 者 を 利 す る の 罪
﹂ で 禁 固 四 年 を 言 い 渡 さ れ た 末 松 太 平 も ま た
︑ 北 一 輝 の 影 響 を 受 け て い な い 者 の 一 人 で あ っ た
︒ そ も そ も 末 松 が 維 新 運 動 に 入 る こ と に な っ た 契 機 は
﹁ 大 岸
︵ 頼 好
︱ 塩 出 註
︶ 少
尉 と 出 会 っ た こ と が
︑ 当 時 士 官 候 補 生 だ っ た 私 の 国 家 革 新 病 み つ き の も と で あ る
﹂︵ 末 松 太 平
﹃ 私 の 昭 和 史
﹄ み す ず 出 版
︑ 一 九 六 三 年
︑ 一
〇 頁
︶ と 書 い て お り
︑ 彼 の 影 響 の 根 源 は
︑ 大 岸 頼 好 で あ り
︑ 北 の 著 作 が 維 新 運 動 の 直 接 的 と は な っ て い な い 点 に 注 意 す べ き で あ る
︒ 末 松 は
﹁ 私 は
﹃ 国 体 論 及 び 純 正 社 会 主 義
﹄ に か ぎ ら ず
︑ 北 一 輝 の 著 書 に は
︑ ど れ を 読 ん で も
︑ そ の 一 行 々 々 に は 感 銘 す る の だ が
︑ 一 巻 読 み 終 わ っ て の あ と は
︑ ど う い う こ と が 書 い て あ っ た の か 印 象 の う す い の が 常 だ っ た
﹂︵ 末 松 太 平
﹃ 前 傾 書
﹄ 二 四 二 頁
︶ と
︑ 北 の 著 作 に は 消 極 的 評 価 し か 与 え て い な い︵11
︒︶
と は い っ て も
︑ 北 が 一 定 程 度 の 影 響 力 を 持 っ て い た こ と は 間 違 い な い
︒ 末 松 は
﹁ 一 方 に は 磯 部 浅 一 の よ う に
︑﹃ 日 本 改 造 法 案 大 綱
﹄ に 誤 り な し
︑
︱ で 一 点 一 画 も 改 変 を ゆ る さ な い と い う 金 科 玉 条 組 が い た
︒ 西 田 税 も ま た
︑ こ の 金 科 玉 条 組 に 衛 ら れ て 牙 城 に 立 て こ も り
︑ 一 木 一 石 も 絶 対 に 動 か す べ か ら ず と
︑ そ れ を 固 守 し よ う と し た
﹂︵ 末 松 太 平
﹃ 前 掲 書
﹄ 二 四 二
〜 二 四 三 頁
︶ と 書 い て い る よ う に
︑ 北 の 影 響 下 に あ る も の も い た︵12
︒︶
末 松 を 運 動 に 引 っ 張 り 込 む き っ か け を 作 っ た 大 岸 は
︑﹃ 皇 政 維 新 法 案
﹄ な る も の を 自 ら 書 い て
︑ 西 田 ら と の 確 執 を 明 ら か に し て い た
︒ 別 の と こ ろ で
︑ 末 松 は
﹁﹃ 改 造 法 案
﹄ を 後 生 大 事 に
︑ 箱 入 娘 の よ う に 疵 物 に す ま い と す る 金 科 玉 条 組 の 偏 執 と と も に 了 解 し が た か っ た
﹂︵ 末 松 太 平
﹃ 前 掲 書
﹄ 一
〇 五 頁
︶ と 述 べ
︑ こ れ に も 反 対 し て い る
︒ こ れ は 末 松 が 北 の 影 響 は も と よ り
︑ 大 岸 に 対 し て も 絶 対 的 服 従 と い う 関 係 に は な く
︑ 思 想 的 に 独 立 し た 立 場 を 持 っ て い た こ と を 示 し て い る
︒ 新 井 の 証 言 と 末 松 の 記 述 か ら 言 え る こ と は
︑ 彼 ら の よ う に 北 の 著 作 の 影 響 を 受 け な か っ た 人 物 が 例 外 的 存 在 で あ っ た と は 考 え に く い こ と で あ る
︒ 北 の 思 想 的 影 響 を 強 く 受 け た も の が い る 半 面 で
︑ 北 ら と は 無 関 係 に 独 自 の 思 想 と 理 念 で 活 動 し て い た も の も 大 勢 い た こ と を 忘 れ て は な ら な い だ ろ う
︒
三
︑ 自 伝
・ 回 顧 録 か ら 見 た 五
・ 一 五 事 件
自 伝
・ 回 顧 録 に よ っ て 描 か れ る 血 盟 団 事 件 と 五
・ 一 五 事 件 は
︑ 表 一 に 示 し た よ う に 三 編 存 在 す る
︒ 本 節 で は
︑ 五
・ 一 五 事 件 に つ い て
︑ 既 存 の 評 価
・ 位 置 づ け に お け る 幾 つ か の 問 題 点 を 指 摘 し
︑ 自 伝
・ 回 顧 録 か ら 見 た 場 合 に ど う な る の か
︑ 再 検 討 し て み た い
︒ 五
・ 一 五 事 件 が 血 盟 団 事 件 の 延 長 線 上 に あ る こ と は
︑﹁ 井 上 ら が 検 挙 さ れ た あ と
︑ 第 二 陣 を 実 行 す る た め
︑ 古 賀 を 中 心 と す る 海 軍 側 士 官 ら は
︵ 略
︶ 集 団 テ ロ に よ る 国 家 改 造 の 謀 議 を す す め た
﹂︵ 田 中 時 彦
﹁ 五
・ 一 五 事 件
﹂︑ 我 妻 栄
﹃ 日 本 政 治 裁 判 史 録 昭 和
・ 前
﹄ 第 一 法 規
︑ 一 九 七
〇 年 所 収
︑ 四 六 八 頁
︶ と の 記 述 か ら も 分 か る よ う に
︑ ほ ぼ 間 違 い な い し
︑ こ れ ま で も 度 々 指 摘 さ れ て お り
︑ 通 常 の 理 解 と し て 定 着 し て い る︵13
︒︶
し か し
︑ こ う し た 定 説 と も い え る 見 解 に 対 し
︑ 東 京 書 籍
︵ 二
〇
〇 六 年
︶ 発 行 の 中 学 校 歴 史 教 科 書 の
﹁ 満 州 の 主 要 部 を 占 領 し た 関 東 軍 は
︑ 一 九 三 二 年 三 月
︑ 清 朝 最 後 の 皇 帝 溥 儀 を 元 首 と す る 満 州 国 を 建 国 さ せ
︑ 実 質 的 に 支 配 し ま し た
︒ 当 時 の 内 閣 は
︑ 満 州 国 の 承 認 に 反 対 す る 態 度 を と り ま し た が
︑一 九 三 二 年 五 月 一 五 日
︑総 理 大 臣 の 犬 養 毅 は 海 軍 将 校 の 一 団 に よ っ て 暗 殺 さ れ ま し た︵ 五
・ 一 五 事 件
︶﹂
︵ 一 八 六 頁
︶ と い う 記 述 に 見 ら れ る よ う に
︑ 犬 養 が 暗 殺 の タ ー ゲ ッ ト と な っ た 要 因 を
﹁ 満 州 国 の 不 承 認
﹂ に 求 め
︑ こ れ に よ り 犬 養 首 相 が 暗 殺 さ れ た と の 立 場 が 存 在 す る︵14
︒︶
本 章 の 目 的 は
︑ 自 伝
・ 回 顧 録 の 記 述 か ら 見 た
︑ こ の 見 解 に 対 す る 妥 当 性 を 検 討 す る こ と に あ る
︒ 犬 養 暗 殺 の 要 因 を
﹁ 満 州 国 の 不 承 認
﹂ に 求 め る 説 は
︑ 井 上 や 小 沼
︑ 川 崎 の 証 言 を 反 映 し た 結 果 で あ る と は 言 い 難 い よ う に 私 に は 思 え て な ら な い
︒ 彼 ら の 事 件 関 係 者 の 記 録
︵ 自 伝
・ 回 顧 録
︶ と 犬 養 暗 殺
﹁ 満 州 国 不 承 認
﹂ 説 と の 間 に 齟 齬 が 生 じ て い る か ら あ る
︒ こ の 点 を 特 に 注 意 し て
︑ 以 下 で 検 証 を 行 っ て み た い と 思 う
︒
井 上 日 召 ら 血 盟 団 の 中 心 メ ン バ ー は
︑ 一 九 三
〇 年 の 十 月 事 件 の と き に 既 に テ ロ を 計 画 し て い た
︒ し か し 周 知 の 如 く
︑ 十 月 事 件 は 事 前 に 計 画 が 漏 れ 未 遂 に 終 わ っ た︵15
︒︶
そ の 後 も 非 合 法 路 線 を 歩 ん だ 血 盟 団 グ ル ー プ は
︑ 一 九 三 二 年 一 月 九 日 に な っ て
﹁ 革 命 実 行 案︵16
﹂︶
な る も の を 立 案 し
︑ 同 年 二 月 一 一 日 に 血 盟 団 一 斉 蜂 起
︵
= 要 人 暗 殺
︶ と い う シ ナ リ オ を 準 備 し て い た
︒ こ の 計 画 案 は
﹁ 関 西 の 陸
︑ 海 軍 の 同 志 の 意 向 を 聞 く べ く 派 遣 し た 四 元
︵ 義 隆
︱ 塩 出 註
︶﹂
︵ 小 沼 正
﹃ 前 掲 書
﹄ 三 四 三 頁
︶ が 実 行 期 日 が 近 づ い て も 東 京 に 戻 ら な か っ た 上
︑ 第 一 次 上 海 事 変 に よ る 海 軍 側 同 志 の 相 次 ぐ 出 征
︑ 四 元 か ら 意 見 を 求 め ら れ た 藤 井 斉 が 西 田 税 に 連 絡 し た た め
﹁ 秘 密 計 画 が 西 田 一 派 に 筒 抜 け
﹂︵ 小 沼 正
﹃ 前 掲 書
﹄ 三 五 三 頁
︶ に な っ た こ と な ど に よ っ て
︑ 変 更 を 余 儀 な く さ れ た
︒ 計 画 変 更 の た め の 会 合 が 開 か れ た の が 同 年 一 月 三 一 日 で あ り
︑ 席 上
﹁ 一 人 一 殺
﹂ の 方 針 が 最 終 確 認 さ れ た
︒ こ の 会 合 に お い て
︑ 井 上 日 召 は 民 間 側 同 士 の み の 決 起 か
︑ あ る い は 機 が 熟 す る ま で 待 つ か と い う 二 案 を 提 案 し た と い う
︒ 日 召 は 後 者 を 勧 め た が
︑ 血 盟 団 の 同 志 の 多 く が 前 者 を 支 持
︑ こ こ に 血 盟 団 の み に よ る 暗 殺 計 画 の 実 行 が 決 定 し た
︒ こ の と き 血 盟 団 の 同 志 の 間 で 協 議 の 結 果
︑ 暗 殺 対 象 者 と さ れ た が 以 下 の 人 物 で あ っ た
︒ 政 友 会 犬 養 毅 床 次 竹 二 郎 鈴 木 喜 三 郎 民 政 党 若 槻 礼 次 郎 井 上 準 之 助 幣 原 喜 重 郎 財 界 池 田 成 彬 団 琢 磨 郷 誠 之 助 木 村 久 寿 弥 太
︵ ほ か 三 名
︶ 特 権 階 級 西 園 寺 公 望 牧 野 伸 顕 徳 川 家 達
︵ 小 沼 正
﹃ 前 掲 書
﹄ 三 五 四 頁
︶ 政 友
・ 民 政 両 党 の 領 袖
︑ 政 財 界 の 重 鎮 ま で 名 前 が 挙 げ ら れ て い る
︒ こ の と き の 暗 殺 リ ス ト に 犬 養 の 名 が あ り
︑ 血 盟 団 員 が 暗 殺 し た 井 上 準 之 助
︑ 団 琢 磨 の 名 も 見 え る
︒ 井 上 日 召 は 自 ら の 自 伝 の な か で
︑ 政 党 や 財 界 の 中 心 人 物 を 狙 う 理 由 に つ い て 次 の よ う に 述 べ る
︒
政 友 会 と 民 政 党 と
︑︵ 略
︶ ど ち ら が 内 閣 を 組 織 し て も 政 治 は ち つ と も 巧 く 行 か な か つ た
︒ そ れ は
︑ 彼 ら が 党 利 党 略 を 考 へ る 外 に
︑ 毫 も 国 利 民 福 を 慮 ら な か つ た か ら で あ る
︒ 彼 ら は 国 民 大 衆 の 生 活 を 犠 牲 に し て
︑ 財 閥 に 奉 仕 し た
︒︵ 略
︶ 政 友 会 は 三 井 財 閥 に
︑ 民 政 党 は 三 菱 財 閥 に そ れ ぞ れ 結 託 し て
︑ 専 ら 財 閥 本 位 の 政 治 を 行 つ て ゐ た こ と は
︑ 当 時 の 有 識 者 の 常 識 で あ つ た
︒︵ 略
︶ こ れ に 反 し て
︑ 国 民 大 衆 は 失 業 と 薄 給 と に 虐 ま れ て
︑ 月 と 共 に 疲 弊 し 困 憊 し て 行 つ た
︒︵ 井 上 日 召
﹃ 前 掲 書
﹄ 二 四 五 頁
︶ 暗 殺 リ ス ト に は
︑ 政 友
︑ 民 政 の ト ッ プ と し て 犬 養
・ 若 槻 の 名 が あ げ ら れ て い る が
︑ 日 召 も 小 沼 も
︑ 犬 養 個 人 が 襲 撃 リ ス ト に 入 っ た 理 由 に つ い て
︑ 犬 養 首 相 に よ る 満 州 事 変 の 不 承 認 が あ っ た と か
︑ 上 海 事 変 の 早 期 妥 結 を 主 張 し た か ら と い う 記 述 は 全 く 見 ら れ な い
︒ 血 盟 団 員 は 小 沼 正 に し ろ 団 を 暗 殺 し た 菱 沼 五 郎 に し ろ
︑ 国 家 の 捨 石 と な る べ く
︑ 現 状 破 壊 す る こ と を 信 条 と し
︑ そ の た め の 直 接 的 行 動 を 主 た る 行 動 原 理 と し て い た
︒ 五
・ 一 五 事 件 が 血 盟 団 事 件 の 延 長 線 上 に あ る こ と か ら 考 え る と
︑ 五
・ 一 五 事 件 に よ る 犬 養 首 相 暗 殺 は
︑ こ の と き 策 定 さ れ た 血 盟 団 の リ ス ト が 影 響 し て い た こ と は 否 定 で き な い で あ ろ う
︒ そ し て
︑ そ の 主 た る 要 因 は
︑ 当 時 政 治 の ト ッ プ の 座 に あ っ た 首 相 を 殺 害 す る こ と で
︑ 多 く の 面 で 様 々 な イ ン パ ク ト を 与 え る こ と が で き
︑ こ れ に よ っ て 国 家 革 新 を 推 進 し よ う と し た か ら と 考 え る の が 自 然 で あ ろ う
︒ 中 野 雅 夫 氏 は
﹁ 犬 養 首 相 は
⁝ 国 家 権 力 を に ぎ り
︑ 犬 養 を 殺 さ な い と 政 変 が 起 こ ら な い
︒ そ こ で 主 力 を 首 相 官 邸 に 集 中 し た
﹂︵ 中 野 雅 夫
﹃ 前 掲 書
﹄ 二 五 五 頁
︶ と い う
︑ 五
・ 一 五 事 件 の メ ン バ ー の 一 人
︑ 古 賀 清 志 が 中 野 氏 に 対 し て 直 接 お こ な っ た 証 言 を 紹 介 し て い る
︒ 五
・ 一 五 事 件 を 裁 い た 軍 法 会 議 の 判 決 文 は
︑ 犬 養 を タ ー ゲ ッ ト に し た 理 由 に つ い て
﹁ 政 党 の 首 領 に し て 内 閣 の 首 班 た る も の を 斃 し 君 側 の 奸 と 目 す る も の を 除 き 政 党 財 閥 打 破 の 意 思 を 鮮 明 に す る と 共 に
︵ 略
︶ 速 か に 国 家 革 新 に 向 ふ の 端 緒 を 開 く に 至 ら ん 事 を 庶 幾 し た
﹂︵ 我 妻 栄
﹃ 前 掲 書
﹄ 五
〇
〇
〜 五
〇 一 頁
︑ 海 軍 側 軍 法 会 議 判 決
︶ と 述 べ て お り
︑ そ の 前 段 に お い て 彼 ら の 決 起 の 理 由 に つ い て
︑ 以 下 の よ う に 述 べ て い る
︒
我 国 現 下 の 情 勢 を 目 し 国 民 精 神 退 廃 し 建 国 の 本 義 日 に 疎 ん ぜ ら れ 所 謂 支 配 階 級 た る 政 党 財 閥 特 権 階 級 は 腐 敗 堕 落 し 国 家 観 念 に 乏 し く 相 結 託 し て 私 利 私 慾 に 趨 り 国 政 を 紊 り 国 防 を 軽 視 し 外 交 の 不 振 農 村 の 疲 弊 思 想 の 悪 化 を 招 く 等 事 態 憂 慮 に 絶 へ ざ る も の あ る の み な ら ず 満 洲 事 変 に 伴 ふ 国 際 情 勢 の 変 化 及 び ロ ン ド ン 海 軍 条 約 の 結 果 に 因 り 対 外 関 係 の 危 機 又 切 迫 し
︑ 帝 国 は
︵ 略
︶ 未 曾 有 の 難 局 に 横 着 す べ く 今 に し て 国 民 の 覚 醒 を 促 し 挙 国 一 致 時 弊 の 刷 新 を 図 り 建 国 の 精 神 に 基 づ き て 皇 道 を 宣 揚 し 皇 国 日 本 の 真 姿 を 顕 彰 す る に 非 ず ん ば 邦 家 の 前 途 真 に 憂 ふ べ き も の あ り
︑ 而 も 事 態 急 迫 を 告 げ 合 法 的 手 段 を も つ て し て は 到 底 焦 眉 の 急 に 応 ず る の 遑 な き も の と 認 め
⁝ 以 下
︑ 略
︵ 我 妻 栄
﹃ 前 掲 書
﹄ 四 九 七 頁
︑ 海 軍 側 軍 法 会 議 判 決
︶ こ こ に 示 し た 軍 法 会 議 判 決 文 か ら も わ か る よ う に
︑ 彼 ら を テ ロ へ と 突 き 動 か し た の は
︑﹁ 腐 敗 堕 落
﹂ し た 支 配 階 級 で あ り
︑ ロ ン ド ン 条 約 に と も な う 国 際 的 孤 立 感 と 危 機 意 識 で あ り
︑ 満 州 事 変 に よ っ て 与 え ら れ た 国 家 革 新 へ の 強 い 意 志 か ら で あ っ た
︒ 同 時 に 犬 養 首 相 の 暗 殺 は
︑ 五
・ 一 五 事 件 の プ ロ ロ ー グ で あ る 血 盟 団 事 件 の 段 階 で 既 に 計 画 さ れ て い た も の を 血 盟 団 の 第 二 次 行 動 と し て
︑ 血 盟 団 に 同 調 す る 海 軍 の 一 部 青 年 将 校 が 実 行 に 移 し た も の で あ っ た
︒ 犬 養 首 相 暗 殺 の 動 機 と し て
︑ 犬 養 が 満 州 国 の 建 国 に 消 極 的 だ っ た か ら と か
︑ 上 海 事 変 の 早 期 妥 結 や 議 会 擁 護 の 態 度 を 示 し た こ と に 原 因 を 求 め る こ と は
︑ 早 計 で あ る と 言 わ ざ る を 得 な い だ ろ う
︒
四
︑ ﹃ 神 兵 隊
﹄ と テ ロ リ ズ ム
︱ 中 村 武 彦 の 自 伝
・ 回 顧 録 よ り
﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ は
︑ 影 山 正 治 と の 絡 み で 記 述 さ れ る こ と が 多 い た め
︑ 平 沼 騏 一 郎 襲 撃 事 件 も
︑ こ れ を 起 こ し た
﹁ 勤 皇 ま こ と む す び
﹂ も さ ほ ど 注 目 さ れ て こ な か っ た︵17
︒︶
私 は 平 沼 騏 一 郎 襲 撃 事 件 を 単 な る 右 翼 テ ロ 事 件 と し て 総 括 す る
気 に は な れ な い
︒ そ こ に は 戦 前 に お け る 民 族 派 の 右 翼 学 生 運 動
︑ 神 兵 隊 事 件 か ら 現 在 に ま で つ な が る 右 翼 運 動 の 潮 流 が 存 在 し て い る こ と に 加 え
︑ 軍 部 と 結 び つ き を 全 く 持 た な い 右 翼 集 団 テ ロ と い う
︑ 特 殊 性 を も 持 っ て い る か ら で あ る
︒ そ こ で
︑ 本 節 で は
﹁ 神 兵 隊 グ ル ー プ
﹂ の 急 進 分 子 で あ り
︑ 平 沼 騏 一 郎 襲 撃 事 件 と い う テ ロ 事 件 に 関 与 し た 中 村 武 彦 を 取 り 上 げ
︑ 彼 の テ ロ の 源 泉 と
︑ そ こ に た ど り 着 く ま で の プ ロ セ ス を 検 討 し た い
︒ 一 九 二 五 年 に 山 口
・ 岩 国 中 学 に 入 学 を 遂 げ た 中 村 武 彦 は
︑﹁ そ の 頃 最 も 魅 力 あ る 思 想 と し て 青 年 学 生 を 捕 え た マ ル ク ス
・ エ ン ゲ ル ス の 思 想
︑ 共 産 主 義 に 洗 脳 さ れ て 唯 物 史 観 を 信 じ
︑ 天 皇 制 を 否 定 し て
︑ ひ と っ ぱ し の 革 命 青 年 を 気 取 り
︑
︵ 略
︶ 家 出 し て 社 会 主 義 運 動 に 飛 び こ み た い と 思 い つ め
﹂︵ 中 村 武 彦
﹃ 私 の 昭 和 史
﹄ 展 転 社
︑ 二
〇
〇 五 年
︑ 一 七 頁
︶ た 中 学 時 代 を 送 っ て い た
︒ 中 村 自 身 が
﹁ 不 景 気 と 社 会 不 安 は ヒ シ ヒ シ と 感 じ ら れ
︑ こ れ は 資 本 主 義 の 欠 陥 と 解 す る 外 な く
︑ 大 山 郁 夫 や 浅 原 謙 三 を リ ー ダ ー と す る 無 産 党 の 主 張 に 共 鳴 せ ず に お れ な か っ た
︒﹂
︵ 中 村 武 彦
﹃ 前 掲
・ 私 の 昭 和 史
﹄ 一 七 頁
︶ と 述 べ て い る よ う に
︑ 中 学 当 時 の 中 村 は
︑ 紛 れ も 無 い 共 産 主 義 の シ ン パ で あ っ た
︒ そ れ が ど の よ う に し て
︑ 右 翼
・ 民 族 主 義 に 転 化 し た の だ ろ う か
︒ そ の 決 定 的 契 機 は
︑ 満 州 事 変 で あ っ た
︒ 中 村 は 以 下 の よ う に 述 べ る
︒ 私 は 関 東 軍 の 蹶 起 に よ っ て 民 族 我 の 自 覚 を ハ ッ キ リ さ せ て い た だ き
︑ 天 皇 仰 慕 の 思 い を 蘇 ら せ て い た だ い た
︒ こ れ ま で 考 え て き た 社 会 主 義 の 妄 想 を 越 え る も の と し て 日 本 の 国 体 を 見 直 し
︑﹁ 昭 和 維 新
﹂ と い う 理 想 に 身 震 い す る よ う な 共 感 を 覚 え る よ う に な っ た
︒︵ 中 村 武 彦
﹃ 前 掲
・ 私 の 昭 和 史
﹄ 二
〇 頁
︶ 満 州 事 変 の 体 験 は
︑ 中 村 に
﹁ マ ル ク ス 主 義 や そ の 革 命 方 式 は 日 本 に は 絶 対 に 適 合 し な い と い う 判 断 に 間 違 い な か っ た と 確 信
﹂︵ 中 村 武 彦﹃ 前 掲
・ 私 の 昭 和 史
﹄ 二 四 頁
︶ さ せ た
︒ さ ら に 中 村 を 民 族 意 識 を 自 覚 さ せ る 方 向 へ と 導 い た の が
︑ 一 九 三 一 年 に 熊 本 で 行 わ れ た 陸 軍 特 別 大 演 習 で 天 皇 を 直 接 仰 ぎ 見 る と い う 出 来 事 で あ っ た︵18
︒︶
一 九 三 二 年 四 月 に 国 学 院 大 学 に 入 っ た 中 村 を 非 合 法 運 動 へ の 道 に 進 ま せ る 最 大 の 出 来 事 が
︑ 血 盟 団 事 件 で あ っ た
︒
血 盟 団 の テ ロ 行 動 に
﹁ 同 志 的 な 親 近 感
﹂ を 覚 え た 中 村 は
﹁ 国 難 を 救 う た め
︑ 或 は 国 政 の 非 を 糾 す た め の 直 接 行 動
︑ 非 常 手 段 は
︑ い わ ゆ る
︑ や む に や ま れ ぬ や ま と 魂 の 発 現 で あ っ て
︑ 日 常 的 な 是 非 善 悪 の 戯 論 を 超 え た も の と さ れ な け れ ば な ら ぬ
﹂︵ 中 村 武 彦
﹃ 前 掲
・ 私 の 昭 和 史
﹄ 三 一 頁
︶ と
︑ テ ロ 行 動 を 容 認 し
︑ 自 ら も テ ロ へ と 走 っ て い く こ と に な る
︒ 中 村 ら 神 兵 隊 ク ル ー プ が
︑ 血 盟 団 事 件 や 二
・ 二 六 事 件 と は 異 な り
︑ 民 間 だ け の 力 で テ ロ を 行 っ た 理 由 に つ い て
﹁ 軍 人 が 本 分 の 軍 務 を 捨 て て 政 治 的 な 運 動 に 携 り
︑ ま し て や 軍 律 を 犯 し て 亡 国 政 権 打 倒 の 直 接 行 動 に 出 る こ と は
︑ 非 常 の 際 ま こ と に や む を 得 な い 例 外 で あ っ て
︑ 平 常 無 事 の 時 に 許 さ れ る こ と で は な い
﹂ と
︑ 軍 に よ る テ ロ
︑ ク ー デ タ ー 行 動 に は 反 対 の 姿 勢 を 取 り つ つ そ の よ う な 仕 事 は
︑ 権 力 も 武 力 も 持 た な い 代 り に 何 も の に も 拘 束 さ れ る こ と の な い 民 間 草 莽 の 同 志 に 委 ね る べ き で あ る
︒ 我 々 は
︵ 五
・ 一 五 事 件 の
︱ 塩 出 註
︶ 青 年 将 校 た ち の 壮 挙 を 讃 え る よ り も
︑ 彼 ら に 軍 紀 を 破 ら せ た の は 民 間 有 志 が や る べ き こ と を や ら ず
︑ 怠 慢 無 能 で あ っ た た め に
︑ 彼 等 を 煩 は す に 至 っ た も の で あ る こ と を 反 省 し
︑ こ れ か ら は 軍 人 を 煩 は せ る こ と な く
︑ 民 間 だ け で や る
︒︵ 中 村 武 彦
﹃ 前 掲
・ 私 の 昭 和 史
﹄ 四
〇 頁
︶ と 主 張 し
︑ 直 接 行 動 は 民 間 が 行 う の が 本 筋 で あ る と 考 え て い た の で あ る
︒ こ う し た 考 え が 平 沼 騏 一 郎 襲 撃 事 件 に 結 び つ く の で あ る
︒ 国 学 院 に 入 学 後
︑ 弁 論 部 に 入 っ た 中 村 は
︑ 影 山 正 治 ら と と も に 民 族 運 動 へ と 乗 出 す が
︑ こ の 運 動 が
﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂ へ と 変 化 し た 契 機 は 中 村 に よ れ ば
︑ 五
・ 一 五 事 件 で あ っ た
︒﹁ 昭 和 維 新 運 動
﹂ を 通 じ て 大 日 本 生 産 党 に 入 党 し
︑ 日 本 主 義 者
︑ 亜 細 亜 主 義 者 と 交 流 を 深 め た 中 村 は︵19
︑︶
一 九 三 三 年
︑ 神 兵 隊 事 件 に 参 加 し た
︒ し か し 決 起 行 動 は
︑ 周 知 の 通 り
︑ 決 行 直 前 の 七 月 一 一 日
︑ 計 画 が 事 前 に 警 察 に 察 知 さ れ
︑ 不 発 に 終 わ っ た
︒ 決 起 計 画 の 挫 折 は 神 兵 隊 の 分 裂 を 生 ん だ
︒ 中 村 ら の 神 兵 隊 天 野 グ ル ー プ は
︑ 計 画 の 事 前 漏 洩 が あ っ た と し て 一 九 三