世代重複貨幣経済における
景気変動と負債デフレーション*
中 島 巖 序 金融市場における借り手の正味資産にもたらされるショックが実物的変 動の発生要因であり,固定的な約定利子率の下で期待インフレーション率 が予想水準以下に低下すると実質タームでの元利償還の負担感が増し,借 り手のバランス・シート・ポジションが悪化し,それが,例えば,労働雇用 量を減少させると唱えるⅠ.Fisher [10]の「負債デフレーション論」 (the 'debt-deflation')が,約半世紀を経て, 「ニュー・ケインジアン経済学」 (New Keynesian economics)の文脈の中で復活を遂げることになった。Bernanke = Gertler [6], Greenwald=Stiglitz [15]は,借り手としての 企業側のバランス・シートの状態に基づく景気変動の(非貨幣的な)実物的 合理的期待モデルを提示した。そこでは,負債デフレーションの故に,イ ンフレーションと信用(credit)の間に負の関係が支配し,失業が低下す ると主張する。そこには,負債デフレーションに起因するフィリップス曲
級(the Phillips cuⅣe)の存在性が合意されている。
かかる負債デフレーションに起因するフィリップス曲線の存在性は,
-* 本稿は,筆者による前稿に対する姉妹篤に相当するが,若干の発展を含むもの
万で,貨幣供給の数量方程式(quantity equation)が妥当するところでの
Frisch流の景気循環の発生可能性の議論への発展をみ,もう一方で,貨幣 政策のバランス・シート回路を通じた実物経済-の影響の発生可能性のそ れへの発展をみた。 (Frisch [11]参照。)
各労働者は1単位の労働賦布をもち,若年期には非弾力的に労働を供給 する一万で,老年期には労働は供給しないものとする。したがって,ある t期における総労働供給量は,重複世代の下で常に一定量L-で与えられる。 さらに,同一世代に属する経済主体は,同一の評価函数をもち同一の意思 決定を行なう同質な労働者,同質な企業家を成すものとする。 さて,各世代の労働者は,若年期における消費CtYと老年期におけるそれ Ct0.1から効用を得る一一万で,若年期の労働供給に際しての労働努力etに不 効用を覚えるものとすると, t期における若年期労働者の期待生涯効用は Ut ≡ u (CtY)+Jgu (C,0.el)-et (1) で表わされる。ただし, 〟は瞬時的効用函数(instantaneous
utilityfunc-tion)で, β… 1/1+plま時間選好率(rate oftimepreference) pの下での
割引因子(discount factor)であり,さらに, Ct0.elは老年期の期待消費を
貨幣1単位を消費に当てることと貯蓄することが無差別となるためには, 1-β・R,+.Pt/pte.1なる関係がしたがわなければならない。この関係は,上 の(8)式の関係に外ならない。この関係を Rt.I -β-1苦し (9) と変形しておこう。 もし, Rt+1が(9)式によって決定される水準以下であれば,資本が供給 されることはなく,資本に対する超過需要が生じ得る。逆に,それ以上で あれば,全所得を資本市場に供給し超過供給が生じ得る。したがって,餐 本市場が均衡するためには(9)式が成立することが要請される。すなわち, (9)式は,資本市場の均衡条件を構成する。 以上から,所与の実質賃金u)tの下で,労働者の期待生涯効用最大化行 動のみから,均衡利子率,したがって,均衡利子要因が決定されてくるこ とが確かめられた。 最後に,最終財の価格決定のあり方を規定しておこう。いま,貨幣数量 説(quantity theory ofmOney)の示唆にしたがって,最終財の価格水準は,
うものとしてみると,期待の定義から
log77t - Et-1 llog77t]+Et (12)
がしたがう。ただし, Etは白色ノイズであり, i-l期における期待値はゼ
ロに等しいものとする。
このとき, Eトlllogqt]-lo即ト1なる関係から
logヮt -logq卜1 +Et (13)
で表されるものとする。ただし, 6)tは確率変数で,その変動は企業固有
生産性ショック(firm-specific productivity shocks)を構成し,また, 6)tは,期 間を通じて同一かつ独立に分布(identically and hdependently distributed
で表わされる。ただし, W*≡e*/qである。ここで, W*の水準の賃金率 が支配するところで,雇用労働者は怠業を行わず, e*の水準の労働努力 を惜しまないものとする。この賃金水準は,名目効率的賃金(nominaleffi-ciency wage)と呼ばれる。 上の名目効率的賃金の下で,企業家の生産函数は yt - 6)tF(e*Lt, It-1) で表わされ,名目利潤(nominalprofit)
II, ≡ OtPtF(e*Lt, Iレl)-W,*L
が定義される。
(24)
62 5)
しかるに,名冒効率的賃金が決定される以前に貨幣的ショックqtが観察 され,したがって,最終財価格が既知であれば,実質賃金率に不確実性が 作用することはなくなり,均衡実質効率的賃金(equilibrium real efficiency
wage) wl*=W,*/p,がしたがう。しかるに,予算制約式((5)式)と資本市場 均衡条件((9)式)の下で,危険中立的雇用労働者の期待生涯効用はwt*-e* となる。このとき, wt*-e*≧(1-q)W,*,ないしwt*≧e*/q(≡W*)ならば, 労働者は怠業をしないから,上の実質効率的賃金u)t*は完全硬直的(com-pletelyrigid)な賃金となる。これをW*で表わせば,企業家の実質利潤 (real profit) nt ≡告- otF(e*Lt, It-lトW*Lt Q6) がしたがう。不完全労働市場では, Lt<Tと仮定されるから,かかる賃金
硬直性(wage stickiness)は,均衡失業(equilibrium unemployment)の存
在性を示唆する。
さて,企業家は,生産性ショック6)tが既知となった後に,所与のW*,e*,
It-1の下で,上の実質利潤(Q2)式)を最大化すべく労働雇用量を決定するも
のとする。
ole*aF(e*1,i, It_.)
a(e*Lt)
-W*=o L'71
がしたがう。ただし,労働の限界生産力は∞-0に低下していくから,最
適雇用量Lt* -L(It_1, Ot)が存在する。いま,生産函数が肝/∂(eLt)>0,
∂2F/∂(eL,)2<0; aF/∂Itll >0, ∂2F/all.2_1<0,かつ∂2F/aIt_1∂(e*Lt)>0
を満たすものとすれば aLt* aF/8(e *Lt) 86)t 6), e*∂2F/∂(e*Lt)'2 aL,* ∂2F/∂It_. ∂(e*I,t) ∂It-1 e*∂ 2F/∂(e*Lt).2 >0 >0 ez8) C29) がしたがう。 いま,最適雇用量I,t*-I,(It-1, Ot)を実質利潤(Q6)式)に代入すれば, 所与の6)i , I,i-1に対して最大実質利潤を与える間接実質利潤函数(indirect real pro丘t function)
7r*(I,ll,Ot)--OtFlI卜1,e*(, (I, 1,Ot)トW*L (Itll,6)i) (30)
がすべての6)tに対して成り立ち, aF(e*I.(,-)/∂It-I-Oを仮定すれば ∂7r*(-,0,) ハaF(e*(,i,∞) ∂It_ l ∂Itー1 -0 がすべての6)(に対して成立する。 いま,包絡面定理((31)式)をItllで微分すれば, 1 ∂27r* 1 Ot ∂It21. ∂2F/∂(e*IJt)2 ∂2F ∂2F ∂It21 ∂(e*L,)2 ∂2F all_lee *Lt (33) )2]<o ㈲ を得る。生産函数の厳密な凹性の仮定の下で糾式は直ちに負の符号をとり, 間接実質利潤函数はJ卜1に関して厳密な凹函数となる。 さらに,もう一つの包絡面定理 監-F・(ote* aF a(e*Lt) -u)* ) (3!FI; -F>0 (3 5) がしたがう。最適において,んの変化は利潤に影響を与えないから,雇用 水準の誘発変化を通じた間接効果は作用しないことが示唆される。 ここで, ∂7r*/ ∂OtをIt11で微分すれば, ∂21[* 翠_+e* aF ∂6)t∂Itll ∂Jtll ∂(e*I,I)
浩,o
(36) がしたがう。すなわち,すべてのOtに対して, 2T*(0,6),)-0の下で間接 実質利潤函数はIt11の逓増的,厳密な凹函数となる。すべてのOtに対して, ∂7r*/∂It-lが, IHが0-∞に変化するにつれて, ∞-0に降下していくこ とになり, Otの上昇は, 7r*を上昇させ, ∂7r*/∂I,_1をも上昇させることが 確かめられた。 1 )世代重複(overlappinggenerations)の発想は,Allaisが先駆を成すごとくであ るが,仏語の制約で英語圏には知られぬまま, Samuelson [21],Diamond [9]が 先駆的作業とされる。ニュー・ケインジアン経済学(NewKeynesianeconomics) の文脈においては, Bernanke-Gertler [6]が先駆を成す。充当可能な正味資産(networth)の形での遺産(bequest)を残していく ものとする。いま,簡単化のために,企業家は若年期には消費を行なわず, 老年期において,実現した利潤額に一定割合の消費性向(consumption pro-pensity)を乗じた水準の消費を行なうものとする。 このとき,企業家は,若年期の投資決定に際して老年期の消費水準と子 孫に残す遺産水準とからの効用を最大化するものとする8)。いま,効用函 数Vは,老年期の瞬時的効用函数vl, V28こ対し, V- vl(ct)+v2(at) (37) で与えられるものとする。ただし, C庸老年期の消費量, at-告は実質 正味資産の形での遺産水準である。また,企業家は,危険中立的であるも のとする。 ところで,標準的負債契約の下で,利子因子斤目こ対して企業家の正味
資産の帰納的遷移式(recursive transition equation)は
上の割引期待効用を最大化する最適投資量が満たすべき最適必要条件は yE(vl'(ct)・C I∂7T*(It¶1, Ot)
と書き改められる。
しかるに,
d¢ ∂7r*(I*,0*)ヮ* ∂7[*(I*,Q)
∂It- 1 才 ∂Iト1 監†-o (u)
I \、ノ
random determined図-4
ことになる。
まず,適応的期待形成(adaptive expectations formation)を規定しよう。 さて, Friedman[12]は,将来所得の予測のために, Cagan[7]は,ハ イパーインフレーション(hyperinflation)が支配する中でインフレーショ ンの予測のために,さらに, Nerlove [19]は,いわゆる「蜘味の巣現象」 (cobwebphenomena)の説明のために,期待形成に際して,次の適応ル ール(adaptive rule)を採用した。すなわち,今期の予測値Ptelと実現値 Pt-1を比較して,その乗離幅をある配分率K(0くK<1)によって緩和する 形で来期と今期の予測値の差を導くものであり,
P,e -P,e_. - K (Pt-l-Pte_I)
Pt_l Pte pt_1 Pt_I Pt_2 (58) を採用した。 (58)式は, i-1期とt期との間の期待インフレーション率が, 卜2期とト1期の間の実現インフレーション率に等しいことを主張してい る。 (図-5参照。) しかるに, (58)式の適応ルールは,より普及度の高い合理的期待形成仮説
(rational expectations hypothesis)におけるルールと好対照を成す。 Lovell [18]は,実証的には適応的期待形成をより妥当とし, Thomas [23]は,
を得る。 (65)式は,実質負債がインフレーション変化分に逆相関関係に立っ ていることを意味し,もし,インフレーションが一定で,かつ期待が自己 充足的(self-fulfilling)であれば,実質負債はβ~1に等しくなる。 ところで,もし,企業家が若年期に形成した生産性ショック,貨幣的シ ョックに関する確率判断が適用され続けるならば,その確率判断の下で導 かれた厳密な倒産回避制約の下で投資量,元利償還額が決定されるとき, 老年期において企業家はかかる投資量,元利償還額を所与として何ら倒産 の可能性に配慮する必要もなく,利潤最大化を図るべく労働雇用量を決定 し得た。 しかるに,厳密な倒産回避制約の変更につながる生産性ショックに関す る確率判断の変更は,老年期において,投資量,元利償還額を所与として, 修正された厳密な倒産回避制約条件下で期待利潤の最大化を図るべく労働 雇用量を決定しなければならなくなる。 いま,新たに修正がなされた生産性ショックに関する確率変数由,は, 台【9,6]をもち,期待値Oeをとるものとする。このとき,若年期の企
業家の負債Pt-lIt1. -Aト1の老年期における実質元利償還額策(Iト1 -all)
したがって価格Ptが既知となり,硬直的な名目効率的賃金W*の下で実質
賃金W*=W*/Ptが既知となり,賃金不確実性(wageuncertainty)は作
用しなくなる。
このとき,企業家の老年期の問題は
log(1-C,H・(Lt・,≧lo纏(It 1-at-,]-2.ogβ一△2pt (72,
を得る。
次に,制約条件((68)式)を等号で満たす労働雇用水準の中での最大値を L(st)とすれば,
log(1-C)lQF(I卜1, e*L(st))- W*I,(st))]
と書き改められる。 (76)式は,インフレーション率△2♪iと失業率uの関係 を再定式化したもので,そのグラフは,フィリップス曲線として知られる。 もし,インフレーション率が一定(△2pt-0)ならば,失業率は, log(1-C)lQF(It-., e*(1-u)i-u'*(1-u)-L] -lo据(′卜1 -α斗210gβ-△2♪′ (77) から決定される。インフレーション率の増加は,実質負債の負担感を引き 下げ,図-6における直線の高さstをf方にシフトさせ,雇用量L(st)を増 加させ,したがって失業率を減少させるごとくである。すなわち,フィリ ップス曲線は右下りの形状をもつ。このことをみるために, (76)式を微分す れば, d(△2pt) le*QF'-W*]IT; du ∂F- W*L <0 (78) がしたがう。分母は, 7[*(It-1,a)に他ならず正の符号をとり,他方,分子 はL(S,)-(1-u*)L-で評価した雇用量Ltに関する7T*(I1-1, a)の微係数で あり,図16から明らかなごとく負の符号をとり, d(△2pt)/du<0と結論 され,フィリップス曲線が右下がりの形状をもつことが確かめられた。 (図-7参照。) 8)かかる目的函数の設定に関して, Andreoni [1]参照。 9)かかる厳密な倒産回避的行動の想定について, Amold [3]に負う。 10)企業家は若年期に消費を行なわないものと想定されているが,消費可能性を排 除するものではない。 ll)かかる仮定は, Carlstrom-Fuerst [8]におけるγ<βなる仮定の貨幣経済の均 衡への適用の性質をもつ。
12)自己充足的期待(self-fulfilling expectations)の妥当性について,例えば, Azari-adis [5]参照。
13)かかる適応的期待形成(adaptive expectations formation)に関しては,例えば,
性が確かめられた。
上の議論の合理的期待形成が適用される場合への拡張は,興味深い発展 化の一つであろう。
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