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Keywords: Atayal, Seediq, fossilized affix, shoulder, hand キーワード : アタヤル語,セデック語,化石接辞,肩,手
* 本稿は言語記述研究会103回例会(2020年2月14日,京都大学)において行った発表に基づく。
本発表に助言をくださった方々に感謝する。ただし本稿の不備は執筆者のみの責任である。
アタヤル語群における「肩」の再建
*落 合 いずみ
Reconstruction of “shoulder” in Atayalic Languages
OCHIAI, Izumi
This paper discusses the history of the word for “shoulder” in the Atayalic subgroup of the Austronesian language family, including the Atayal and Seediq languages, from the viewpoints of semantic and formal transitions. In the early history of the Atayalic subgroup, the word for “shoulder” was *qabaga (early Proto-Atayalic), which is a reflex of the Proto-Austronesian word *qabaRa (also meaning shoulder). However, in the early history of Proto-Atayalic, the meaning of *qabaga became “hand.” In order to supplement “shoulder,” an innovative form came into use. This innovative form was reconstructed as the Proto-Atayalic term *qəhirang by Li (1981: 292). However, this paper proposes another form, Proto-Atayalic’s *qahiŋ, by taking into account more data that has not dealt with Li’s reconstruction; for example, the forms for “shoulder”
in the Paran dialect of Seediq and the C’uli’ dialect of Atayal. In this paper, Proto-Atayalic *qahiŋ is reconstructed by comparing the present-day forms in two Seediq dialects, (i) Paran Seediq and (ii) Truku Seediq, as well as two Atayal dialects, (iii) Squliq Atayal and (iv) C’uli’ Atayal. By investigating the forms in each dialect (that is, (i) ahiŋ, (ii) hiraŋ, (iii) qəhiyaŋ, and (iv) haŋaliʔ), three patterns of phonological changes are obtained. In the first pattern seen in (i), the proto-form is properly reflected in the present-day form by deleting only the initial consonant q. In the second pattern, which is commonly seen in (ii) and (iii), an infix reconstructed as *<ra> is inserted before the final consonant, thus resulting in *qahi<ra>ŋ (> hiraŋ in Truku Seediq and qəhiyaŋ in Squliq Atayal). In the third pattern, as seen in (iv), a suffix reconstructed as *-liq is added after the final consonant ŋ, and a vowel a is inserted between them to break the consonant cluster resulting in *qahiŋ-a-liq, which further underwent a neutralization of vowels in the antepenultimate syllable, resulting in the word *qahaŋaliq (> haŋaliq). It turned out that Truku Seediq and Squliq Atayal underwent the insertion of the infix, which is not shared by the other dialects in either language. It is likely that this infixation first appeared in either Truku Seediq or Squliq Atayal, and then spread to the other.
1. はじめに
本稿はオーストロネシア祖語から第一分岐する語群であるアタヤル語群(Blust 1999)につ いて,その「肩」という語彙にまつわる議論をする。アタヤル語群は台湾で話される先住民族 の言語である。アタヤル語とセデック語のふたつの言語を含み,小川・淺井1935によると両 者ともふたつの方言に大別される。アタヤル語はスコレック方言とツオレ方言,セデック語は パラン方言とトゥルク方言に分けられる。
本稿の目的は,「肩」の形式をアタヤル語群祖語に再建することである。再建はアタヤル語 の二つの方言とセデック語の二つの方言のデータに基づく。アタヤル語群祖語の「肩」の形式 は,Li 1981: 292においてすでに,*qəhiraŋと再建されているが,本稿が再建する形式は異な る。本稿がアタヤル語群祖語の「肩」に再建する形式は*qahiŋである。本稿の再建形は,典 型的に語根は二音節から成るという,アタヤル語群の音韻的特徴にも合致する。
Liが本稿で再建する形式に至らなかったのは,再建に用いたデータの不足によると考え られる。Liの再建形は,セデック語トゥルク方言hiraŋとアタヤル語スコレック方言の形式
qəhiyaŋを基に作られたものであり,セデック語パラン方言の形式ahiŋとアタヤル語ツオレ方
言の形式haŋaliʔ(Ferrell 1969: 236)が考慮されなかった。というのも,表1にも掲げたよう
にLiが再建に用いたふたつの方言(アタヤル語スコレック方言とセデック語トゥルク方言)
は容易に同源語の関係にあると認められるものの,Liが再建に用いなかった二つの方言(ア タヤル語ツオレ方言とセデック語パラン方言)の「肩」の形式との間にはこれらが同源語の関 係にあるとは判定できないほどの差異が認められる。
表1:現代アタヤル語群諸方言の「肩」
アタヤル語ツオレ方言 アタヤル語スコレック方言 セデック語トゥルク方言 セデック語パラン方言
haŋaliʔ qəhiyaŋ hiraŋ ahiŋ
本稿はこれら四つの形式を同源語と同定する。そして同源関係にあることを見えにくくして いる原因を化石接辞の付加に求める。Li 1985は,他のオーストロネシア諸語における同源語 との比較の上でアタヤル語群にのみ見られる特殊な接尾辞と接中辞を認定しているが,この接 辞の機能については述べていない。これら接辞は古くは何らかの意味を持っていたがその意味 が今では分からなくなってしまったのか,ただ単に言葉遊びの一種として語根に付け加えられ た意味のない音配列なのか,不明である。これらの接辞についてわかっていることと言えば,
現代では非生産的であり,さらには数十という少数の内容語においてのみ,その付加した形式 が知られているのみである。しかも接辞の形式は一種類ではなく,接中辞と接尾辞のどちらに 1. はじめに
2. セデック語パラン方言における祖形の反 映形
3. セデック語トゥルク方言における反映形 と化石接中辞<ra>
4. アタヤル語スコレック方言における反映
形と化石接中辞<ya>
5. アタヤル語ツオレ方言における反映形と 化石接尾辞*-liq
5.1 曖昧母音に関わる音変化
5.2 化石接尾辞*-liqとそれに伴う音変化 6. おわりに
おいてもいくつかの形式(接中辞<al>, <ra>, <na>, <in>, <il>など,接尾辞-lid, -niq, -qig, -ti,
-nux, -al, -iŋなど)1)が挙げられている。どの語にどの接辞が付くかは,恣意的であると考えら
れる。本稿ではこれらの接辞を化石接辞と呼ぶことにする。これらは化石接中辞と化石接尾辞 に分けられる。
化石接中辞についてOchiai 2018bは,語頭子音の直後に挿入される部類と語末子音の直 前に挿入される部類があるとし,それぞれを前方接中辞,後方接中辞と呼んでいる。例えば
CVCVCという音節構造の語根があったとして,前方接中辞が挿入された構造がC<x>VCVC,
後方接中辞が挿入された構造がCVCV<x>Cである(xは接中辞の挿入される位置を示す)。本 稿では,化石前方接中辞・化石後方接中辞と呼ぶことにする2)。
次節ではアタヤル語群祖語における改新的な形式としての「肩」をそのまま反映しているの がセデック語パラン方言の形式であることを述べる。その他の方言の形式には化石接辞が付加 されているが,接辞の形式と挿入方法も一様ではない。アタヤル語スコレック方言とセデック 語トゥルク方言の二つに接中辞*<ra>が,語末子音の前に挿入されていることを第3節と第4 節で述べる。第5節では,アタヤル語ツオレ方言において接尾辞*-liqが付くことや接尾辞の 付加に伴う音変化などについて述べる。
2. セデック語パラン方言における祖形の反映形
セデック語パラン方言のデータは執筆者のフィールド調査による。表2にあるようにセデッ ク語パラン方言の「肩」はahiŋと言う。母音から始まる語である。ただ,この語がアタヤル 語スコレック方言の形式qəhiraŋと同源の関係にあるとすると,語頭子音であるqはパラン方 言の反映形には見られない。このことから,「肩」のアタヤル語群祖形では語頭にqが見られ たが,セデック語パラン方言では消失した可能性が考えられる。実際,アタヤル語群祖語の
*qとセデック語でのゼロでの対応について,Li 1981: 249は,アタヤル語群祖形に建てられ る語頭のqが,セデック語では声門閉鎖音になると述べている3)。しかし,セデック語におい て語頭に声門閉鎖音があるかないかは弁別的でない。そのため,本稿では声門閉鎖音を建てず に,*qは失われたと解釈する。Liの挙げた例はアタヤル語qasuとセデック語asu「舟」,アタ
ヤル語qalaŋとセデック語alaŋ「集落」などである4)。
1) これら接辞はLi and Tsuchida 2009: 335とLi1985: 258–259から引用。
2) 化石前方接中辞の例を挙げると,Ochiai 2019a: 137–139によればセデック語トゥルク方言r<ən>abaw
「葉」という形式があるが,これは同方言に見られるrəbag-an「夏」という語と派生関係にある。
本来の語根rabaw「葉」に対し,接中辞<ən>が挿入されることで作られている。派生語された語 において語頭の母音は,強勢(次末音節)前の母音弱化によって曖昧母音になっている。また,語 根末のwは接尾辞が付いた場合,gで現れることが多い。
化石後方接中辞の例を挙げると,Ochiai 2016: 305, 309–310によればセデック祖語として*hapuy
「調理する」という形式が再建されうる。これはオーストロネシア祖形*Sapuy「火」の反映形であ る。この形式はセデック語トゥルク方言ではそのままであるが,セデック語パラン方言では化石後 方接中辞の<ra>が挿入されてhapu<ra>yとなった。これがさらに音変化(語末の二重母音ayのe への単母音化と前次末音節における母音のuへの弱化)を経て現代ではhupureまたはpureとなる
(後者は前者から前次末音節が脱落した形式である)。
3) ただし,この観察を逆に説明すると,セデック語で母音から始まる語について,アタヤル語の側で 恣意的に語頭子音qを加えたということもできる。もしこの説明の方が正しければ,アタヤル語群 祖語に再建されるべき「肩」は*ahiŋとなる。
4) Li 1981: 249では,母音で始まる語,母音で終わる語には全てそれらの直前・直後に声門閉鎖 ↗
これらから,アタヤル語群祖語として*qahiŋという形式が再建できることになる。つまり,
以下の変化が想定される。アタヤル語群祖語*qahiŋ > セデック祖語*ahiŋ > セデック語パラ
ン方言ahiŋ。セデック語パラン方言の「肩」の形式は,アタヤル語群の諸方言の中で唯一,
アタヤル語群祖形*qahiŋをそのまま反映していることになる。以下第3節から第5節では,
この再建形に接辞の付加された同源形式を見ていく。
3. セデック語トゥルク方言における反映形と化石接中辞<ra>
セデック語トゥルク方言の「肩」はhiraŋである(Rakaw他編2006: 293)。この形式がセデッ ク語パラン方言の形式ahiŋと同源関係にあるとの前提のもとで,表2に示したように両者の 分節音を比較してみる。ここからわかるのは,パラン方言の語頭母音aがトゥルク方言には見 られないことと,セデック語パラン方言には見られない音配列raが,セデック語トゥルク方 言の語中に見られ,その位置は語末子音ŋの直前にあることである。その他の三つの分節音h,
i,ŋは共通している。
表2:セデック語二方言の「肩」の音配列比較
セデック語パラン方言 a h i ― ― ŋ
セデック語トゥルク方言 ― h i r a ŋ
ここで思い起こされるのが,アタヤル語群に見られる,化石接辞の付加という特殊な音韻的 変化である。セデック語トゥルク方言の語中にみられる音配列raは,化石後方接中辞として 挿入された可能性がある。Li 1985: 258–259はアタヤル語群について,本稿で言うところの化 石接辞の種類をいくつか挙げているが,その中にアタヤル語群祖語として*<ra>という接中辞 が建てられている。
この接中辞を再建するにあたりLi 1985: 258が挙げた例は,「顔」という語である。オース トロネシア祖語の「顔」の形式*daqiSは,アタヤル語スコレック方言ではrəqi<ya>sとなり(*d はアタヤル祖語で*rになり,*rはアタヤル語でyになる)。「顔」は,セデック語においても 同一の接中辞*<ra>の挿入が見られる。セデック語においてアタヤル祖語の*rはrで反映さ れるので,挿入される形式は<ra>である。セデック語トゥルク方言ではdəqə<ra>s「顔」とい う形式で現れる5)。
セデック語トゥルク方言の「肩」に挿入されていると考えられるraについて言えば,その 現れる位置と形式がともに化石後方接中辞<ra>に符合する。そのため,本稿ではセデック語 トゥルク方言の「肩」には,セデック祖語*ahiŋに対し,化石後方接中辞<ra>が挿入されて いると見なす。ただ,<ra>の機能は不明である。化石後方接中辞が挿入されることで得られ
る形式はahi<ra>ŋとなるが,実際の形式では語頭母音のaが除かれている。これはセデック
↗ 音が添えられているが,本稿ではこれらの大部分を音声的な現れと判断し表記から除いている(た だし,アタヤル語群祖語の*dがアタヤル語スコレック方言において声門閉鎖音に変わる変化につ いては声門閉鎖音を採用している)。
5) トゥルク方言の形式において語中qの直後の母音がなぜ,期待されるiではなく曖昧母音なのか はよくわからない。このほか,化石後方接中辞の<ra>が挿入される並行的な例として,脚注2で も述べたがアタヤル語群祖語*hapuy「調理する」が挙げられる。セデック語パラン方言において
<ra>が挿入されてhapu<ra>y > hupure > pureとなる。
語における以下のような音素配列規則によるものと考えられる。楊1976: 638,落合2016a:
17, 119によると,前次末音節が母音から始まる語は許容されない。そのため,前次末母音が
削除される変化が起きたと考えられる。例えば,imah「飲む」やeniq「とどまる」という語根 という語根に命令の接尾辞-iが付くと,imah-iやeniq-iになりそうだが,このような形式は得 られず,実際は語頭母音が脱落した形式mah-iやniq-iとなる(落合2016a: 119)。
つまり,以下の変化が起こった。アタヤル語群祖語*qahiŋ > セデック祖語*ahiŋ > セデッ ク語トゥルク方言ahi<ra>ŋ(中間的形式) > セデック語トゥルク方言hi<ra>ŋ。
4. アタヤル語スコレック方言における反映形と化石接中辞<ya>
表2にあるようにアタヤル語スコレック方言の形式qəhiyaŋは,セデック語トゥルク方言の
形式hiraŋに類似しており,Li 1981はこれらを同源語と認定してアタヤル語群祖語の「肩」
を*qəhiraŋと建てた(本稿では,この祖形を早期アタヤル語スコレック方言の形式と見なす)。
Liの祖形は,そのままで語根を表しており,化石後方接中辞が挿入されているとは分析して いない。
本稿では,第3節のセデック語トゥルク方言の形式において化石後方接中辞が挿入されて いると議論したように,アタヤル語スコレック方言においても化石後方接中辞が挿入されてい ると考える。第2節ではセデック語パラン方言の「肩」の形式であるahiŋを基に,アタヤル 語群祖語の「肩」の祖形として*qahiŋを再建した。この祖形のアタヤル祖語での反映形は,
祖形と同様の形式の*qahiŋとなるはずである。この形式に対し,第2節で見たように,化石 後方接中辞<ra>が挿入されると,qahi<ra>ŋとなる。ただし,アタヤル語群祖語の*rは,Li
1981: 264で観察されたようにアタヤル語においてyに変わるため,qahi<ya>ŋという形式が
得られる6)。さらに,アタヤル語には強勢が置かれる位置は基本的に次末音節であるが,こ れより前の音節における母音は弱化して曖昧母音になるという音韻規則がある(小川・淺井
1935: 22)。そのため,当該形式qahiyaŋの前次末音節が曖昧母音となり最終的にqəhiyaŋが得
られる。
5. アタヤル語ツオレ方言における反映形と化石接尾辞*-liq
表2にあるように,アタヤル語ツオレ方言の「肩」の形式はhaŋaliʔである。アタヤル語 群祖形に建てた*qahiŋからは形式的に大きくかけ離れている。第3節のセデック語トゥルク 方言と第4節のアタヤル語スコレック方言で見た「肩」の形式であるhiraŋとqəhiyaŋも祖形
*qahiŋからかけ離れているように見えるが,これらは化石後方接中辞の挿入により説明され
た。アタヤル語ツオレ方言の形式の場合,祖形からかけ離れている原因は化石接中辞の挿入で はなく,化石接尾辞*-liqの付加にあると分析される。
この分析の妥当性を示すために5.1節ではアタヤル語ツオレ方言の形式が生じる過程を説明 するために必要な音変化を説明し,5.2節では化石接辞-liʔ(*-liqに遡る)の付加による一連 の音変化を説明する。
6) ここでは化石接中辞<ra>が挿入されてから,のちに子音rがyに変わったと考えている。このよ うに考えることで,セデック語トゥルク方言に見られる同一の化石接辞<ra>の挿入が説明できる
(第6節参照)。
5.1 曖昧母音に関わる音変化
まずアタヤル語ツオレ方言に特有の音韻変化として,曖昧母音のaへの変化について説明す る。Huang 2018: 273は,アタヤル語ツオレ方言のマタバライ下位方言において,歴史的に 曖昧母音に遡る母音はaで現れることを示している。例えば,アタヤル語スコレック方言の
kəliʔ「豹」に対し,ツオレ方言マタバライ下位方言ではjakalitという形式が挙げられている。
この語についてLi 1981: 287に再建されているアタヤル語群祖語の形式は*rakəlidである。
スコレック方言では,次末音節の曖昧母音がそのまま保存されているのに対し7),ツオレ方言 マタバライ下位方言ではaで現れている8)。Huangが挙げた例は歴史的曖昧母音が次末音節 に現れるものであった。
しかし,先行研究に挙げられた語例の分析から,曖昧母音のaへの変化は次末音節だけでは なく,前次末音節にも適用されることが分かった。これは,アクセントが落ちる位置である次 末音節より前の音節における母音が弱化し,曖昧母音に変化する段階を経た後で,これら曖昧 母音がさらにaに変わる変化が起きたためと考えられる。例えば,Li 1981: 296に挙げられて いるスコレック方言の「冬」はqəmis-anである。これはLiが示しているように,アタヤル語
群祖語*qamisを語根とし,接尾辞-an(場所や時空を表す接尾辞)を付加した語である。ス
コレック方言の形式では,前次末音節に移動した母音aが弱化し,曖昧母音で現れる。それに 対し,Li 1981: 296におけるツオレ方言マリナハ下位方言の形式はqamis-anである9)。母音が 弱化を被るはずの前次末音節の母音はaで現れている。
このほか,先行研究に挙げられた語例の分析から,子音連続を避けるために他の方言では 曖昧母音が挿入されるところ,ツオレ方言ではaで現れることも分かった。アタヤル語群に はCVCという音節構造を重複することにより作られる歴史的重複語が見られる。CVCだけ では一つの語を成さず,重複されたCVCCVCが一つの語を成す。Ochiai 2018はセデック語 における歴史的重複語を調査し,CVCCVCに見られる子音連続の間にセデック祖語の段階 で*əが挿入されると説明した。つまり*CVCəCVCという構造を持つ。例えばセデック祖語
に*luŋəluŋ「考える」という語が再建されうる。これはluŋを語根として作られた歴史的重
複語である10)。この語の同源語がアタヤル語にもみられる。スコレック方言は,l<əm>əŋəluŋ
(小川1931: 65)という形式であり,これには動作主態を表す接中辞<əm>が挿入されている
が,これを除いた部分ləŋəluŋは歴史的重複語の構造を示す。重複の境界に生じる子音連続の 間には曖昧母音が見られることがわかる。なお,前次末音節の母音は母音の弱化を被ったこ とで曖昧母音になっている。アタヤル語ツオレ方言マシパジ下位方言の形式はLi 1981: 294に
l<m>ŋaluŋと挙げられている。音声的に分析しなおすと恐らくl<əm>əŋaluŋとなる。接中辞を
除いた部分はləŋaluŋであり11),子音連続の間に挿入された母音はaで現れている。ここまで 7) スコレック方言では前次末音節が脱落している。
8) 但しHuang 2018: 271–274は,アタヤル語の二つの方言ともに,語末音節における歴史的曖昧母
音はuに変わると説明している。
9) 但し,Huang 2018: 273ではツオレ方言マリナハ下位方言において歴史的曖昧母音は消失すると述 べている。しかし,この例を見る限り曖昧母音がaに変わることもありうると言える。
10) Ochiai 2018: 29はセデック祖語を*ləŋələŋと再建しているが,再建の基にしているデータを誤っ て引用している。本来ならセデック語トゥルク方言において用いるべきデータはləŋəluŋ-an(Rakaw
他編2006: 437)であり,前次末母音がuで現れることが重要になる。しかし,この形式を誤って
ləŋələŋ-anと引用している。本稿において再建形を*luŋəluŋへ修正する。
11)ただ問題なのは,ツオレ方言であれば前次末音節の母音がaで現れることが期待されるのだが,こ こでは曖昧母音で現れていることである。前次末音節が弱化母音である曖昧母音のままか,そ ↗
述べたように,アタヤル語ツオレ方言では次末音節と前次末音節の曖昧母音がaに変わるのが 特徴であり,これがツオレ方言の「肩」の分析にも関わってくる。
ツオレ方言の「肩」には化石接尾辞が付いている可能性がある。Li 1981: 259はアタヤル 語群における化石接尾辞の形式をいくつか挙げているがその中に,アタヤル語群祖語として
*-lidという形式が見られる。これらの形式はhaŋaliʔの後部要素liʔと形式的に似ている。そ
れより前の要素haŋaにおける子音hとŋはアタヤル語群祖語*qahiŋに含まれる子音hとŋ に相当するものだと考えられる。
そこで,まず化石接辞*-lidの付加により引き起こされる一連の変化から,「肩」の形式との 類似性を探っていく。化石接尾辞*-lidが付いている例としてLiが挙げるのは「蝿」という語 である。オーストロネシア祖語では*laŋawであり,Li 1981: 284ではアタヤル語群祖語とし
て*raŋawと再建し,アタヤル語スコレック方言ではŋəliʔ,アタヤル語ツオレ方言(パルガワ
ン下位方言)ではraŋalicと反映されるとする12)。「蝿」について,アタヤル語群祖形*raŋaw から現代のアタヤル語二方言の形式ŋəliʔとraŋalicに至るまで変化を以下で分析する。以下で 分析する一連の変化が,アタヤル語ツオレ方言の「肩」にも起きたと考えられるからである。
まず,*raŋawから語末のVCが消去され*raŋとなり13),これに化石接尾辞の*-lidが付加 される14)。これによりraŋ-lidが作られ,さらに子音連続を避けるためにこれら二つの要素の 境界に曖昧母音が挿入され,raŋ-ə-lidとなる。これによって三音節語が作られ,前次末音節に 移動した母音aは母音の弱化を被って曖昧母音に変わりrəŋ-ə-lidとなる。
これまでの音変化を経て中間形式として得られたrəŋ-ə-lidであるが,スコレック方言の「蝿」
の形式ŋ-ə-liʔではさらに前次末音節のrə(スコレック方言ではyəになっていることが期待さ
れる)が脱落している。語末の*dは声門閉鎖音に変化している15)。変化の流れをまとめると
↗ れともaに変わるかはツオレ方言の中でも下位方言によって,さらには下位方言のなかでも単語に よってばらつきが見られるようである。
12)アタヤル語群祖語の*rは現代アタヤル語ではyに変わるが,この例外がツオレ方言のパルガワン 下位方言であり,Li 1981: 264によるとこの下位方言ではrはrとして現れる。
13)語根に化石接尾辞が付く際に,語根末の要素を消去することなくそのまま接尾辞が付くタイプと語 根末の要素を消去してから接尾辞が付くタイプがある。そのままつくものとして,Li 1985: 259の 例ではオーストロネシア祖語*batu「石」に由来するbatu-nux(アタヤル語ツオレ方言パルガワン 下位方言)が挙げられている。これは語根が子音で終わる語だが,語根が子音で終わる語の例とし て,小川・淺井1953: 25にはオーストロネシア祖語*qudaN「雨」に由来する形式であるqoal-ax(ア タヤル語スコレック方言)が挙げられている。語根末が消去されるものとして,Li 1985: 259から 化石接尾辞は-iŋが付いた例を挙げるとオーストロネシア祖語*tuDuq「滴る」がmsi-tur-iŋ(アタ ヤル語ツオレ方言マリナハ下位方言)となる。中央の要素turにおいて本来の語根の末尾のuqが 消去されていることがわかる。これは語末の要素VCの消去の例だが,語末の子音のみが消去され る例として挙げられるのはオーストロネシア祖語*bulaNに由来する語bəya-ʨiŋ(アタヤル語スコ レック方言)である(Li 1985: 259)。ここでは本来の語根の語末子音Nが消去され,化石接尾辞 の-ʨiŋが付加されている。「蝿」について言えば,語根末のVCが消去されるタイプに属する。また,
アタヤル語ツオレ方言の「肩」について言えば,語根の消去がないタイプに属することになる。
14)アタヤル語群祖語の接尾辞としてLi 1985: 259は,「蝿」の例に*-lidを再建しているが,厳密に言 えばこれはアタヤル語群祖語ではなくてアタヤル祖語の形式である。「蝿」に対して,セデック語 の側にはセデック祖語として*-diという化石接尾辞が建てられる。セデック語トゥルク方言では rəŋəʥi(Rakaw他編2006: 684)である。音変化の流れはraŋ-di > raŋ-ə-di(子音連続を避けるため に曖昧母音を挿入)> rəŋ-ə-di(前次末音節の母音の弱化)> rəŋ-ə-ʥi(dの口蓋化)である。セデッ ク語パラン方言はruŋ-e-diとなる。この方言では次末音節の曖昧母音はeに(Ochiai 2018a),次 末音節より前の母音はuに変わる(Li 1981: 239)。
15) Li 1981: 254はアタヤル語スコレック方言において語末子音の*dは声門閉鎖音に変わると説明し
ている。
raŋ-lid > raŋ-ə-lid > rəŋ-ə-lid > ŋ-ə-lid > ŋ-ə-liʔとなる。ただし接尾辞付加後に起きた音変化の順 序はこの通りとは限らない。
次にツオレ方言の「蝿」の形式についてだが,上に示したスコレック方言の変化の流れにお ける第三番の形式rəŋ-ə-lidまで共通であったと考える。そしてこの形式に対し,ツオレ方言で は曖昧母音がaに変わる変化が起きたと推察される。この形式において曖昧母音はふたつあり,
ひとつは子音連続を避けるために挿入された次末音節に当たるもの,もうひとつは本来の語根 の一部raŋが前次末音節に移動し,そのことで母音弱化を被ったものである。次末音節と前次 末音節における曖昧母音がともにaに変わることでraŋ-a-lidという形式が得られる。さらに,
Li 1981: 254によるとツオレ方言パルガワン下位方言において語末子音の*dはcに変わると
ある。この変化を経て最終的にツオレ方言の形式であるraŋ-a-licが得られる。変化の流れを まとめるとraŋ-lid > raŋ-ə-lid > rəŋ-ə-lid > raŋ-a-lid > raŋ-a-licとなる16)。
5.2 化石接尾辞*-liqとそれに伴う音変化
アタヤル語ツオレ方言では「肩」という語に対しても,「蝿」の例に見られたのと類似の一 連の変化が起きたと考えられる。この化石接尾辞の形式はアタヤル語ツオレ方言の現代の形式 では-liʔとして現れる(のちに述べるが,早期の段階では*-liqと再建されうる)。変化の流れ を以下で説明する。
まず語根*qahiŋに対して化石接尾辞-liqが付加し,qahiŋ-liqとなる。形態素境界の子音連
続を避けるために曖昧母音が挿入されてqahiŋ-ə-liqとなり,四音節の語が形成される。そこか ら,第一音節が削除されhiŋ-ə-liqとなる。前次末音節の母音が弱化してhəŋ-ə-liqとなる。そ して曖昧母音がaになる変化が起きて,haŋ-a-liqとなる。
しかし実際の形式はhaŋ-a-liʔである。化石接尾辞の末尾の子音qではなく声門閉鎖音とし て現れる。それなら,そもそも化石接尾辞を-liqではなく-liʔと建てるという選択肢も考えら れそうであるが,-liʔではなく-liqと建てることの妥当性について以下で述べる。
伊能1998という資料がある。これは伊能嘉矩が1897年から翌年にかけて台湾全土の調査 を行った際に収集した台湾オーストロネシア諸語の語彙集である。この中に「肩」も記録され ており,アタヤル語に関しては10の調査地点において収集された語形が載せられている。そ の中の8つの語形がツオレ方言の形式を示している17)。これら伊能が表記したツオレ方言の
「肩」の形式を表3に挙げる。その隣に執筆者が伊能の表記を解釈し音韻的表記に書き写した ものを付した。なお,調査地点におけるローマ字表記は伊能による。それらの調査地点に対応 する集落名を森1917におけるアタヤル語群の分布を基に括弧内に加えた。
16)ただし接尾辞付加後に起きた音変化の順序はこの通りとは限らない。
17)残りの二つの形式のうち,ひとつはSinaji:で収集されたもので,kaiyanと表記されており,スコレッ ク方言の形式を示していると考えられる。ただしこの形式では語中のhが脱落している。また語頭 のqはkで表記されている。もうひとつの形式は,Pi:rai 2(Pi:rai集落の第二地点)で収集された もので,ava:と表記されている。これは,オーストロネシア祖語*qabaRa「肩」の反映形である と考えられる。アタヤル語群ではこの形式を「手」の意味に移行したため,「肩」がこの形式で現 れることは期待に反する。恐らく,Pi:rai 2の形式は他の台湾オーストロネシア諸語の「肩」を借 用したと考えられる。
表3:ツオレ方言の形式*haŋaliq「肩」を示す形式(伊能1998)
調査地点 伊能の表記 音韻的表記
Sipaji:(カラパイ蕃) hangare haŋaliʔ
Pi:rai(カラパイ蕃) hangare haŋaliʔ
Ha:rao18) hangarek haŋaliq
Watoan(大湖番) hangaryak haŋaliq
Sumahan(北勢蕃) ngare ŋaliʔ
Manapan(北勢蕃) hangare haŋaliʔ
Maivara(バイバラ蕃) hangare haŋaliʔ
Ka’aran19) hangare haŋaliʔ
このうち,Ha:rao,Watoan,Sumahanを除く集落の形式は同一であり,伊能の表記では
hangare [haŋali(ʔ)]となる。伊能の表記では最終音節の母音がeとなっているがアタヤル語の
音配列規則上,語末にeは現れない(Hirano 1972: 111)20)。そのため,音韻的なiを表した ものであると考えるが,語末に声門閉鎖音があることで,直前の母音がiからeに音声的に 引き下げられた可能性もある21)。Sumahan集落における形式は,伊能の表記で言うところの
hangareから第一音節を削除した形式,ngareとして現れている。伊能の表記におけるこれら
の形式では語末に子音が現れない。
一方,語末に子音が現れる形式も見られる。これらはHa:rao集落とWatoan集落で収集 された形式hangarekとhangaryakであり,どちらも伊能の表記では語末子音としてkを用い ている。音韻的には[haŋaliq]であったろう。語末の子音をqとするのは,アタヤル語群祖語 の*qがツオレ方言において声門閉鎖音に変わったことがLi 1981: 248–249に報告されている からである。これは1980年代における所見であるが,それを数十年も遡る1890年代に伊能 が調査を行った時は,qが声門閉鎖音になる変化の過渡期であったかもしれない。そのため
Ha:rao集落とWatoan集落ではqがまだ保存されているのに対し,それら以外の集落におい
ては声門閉鎖音に変わったことが表4から見て取れる。
以上のように,アタヤル語ツオレ方言の「肩」の早期の形式の語末子音として*qが再建さ れた。子音qは,現代ではアタヤル語スコレック方言において見られるのみだが,この方言 においてqは音声的な変化を引き起こすことが知られている。子音qに高舌母音iまたはuが 隣接する場合,これら母音の調音位置が引き下げられ,それぞれeまたはoに変わるという ものである(黄・呉2018: 22)。Ha:rao集落の形式hangarekの最終音節における母音の表記 にeが用いられているのは,当時のツオレ方言にも,現代のスコレック方言に見られるこの 18)森1917にこの集落の詳細がないため,伊能の調査後まもなく消滅したと考えられる。この集落の
語彙について落合2016b: 186–187は,大湖集落(汶水集落)のものに近いと主張している。
19)伊能1996: 187–191によると,この集落は「眉蕃」と呼ばれ埔里周辺に位置していた。伊能の調査
時にすでに消滅していたらしく,伊能はこの集落出身でかろうじてアタヤル語を覚えていた女性に 就いて語彙調査をした。伊能1996: 190は語彙について北港渓蕃(バイバラ蕃)と類似していると 述べている。
20)ただしHirano 1972: 86で述べられるように,ke「言葉」など,語末に母音eが現れる少数の例外
はあるが,歴史的にみればこれは二重母音aiが単母音化したものであり,実際に小川1931: 138 の時代ではkaiという形式が挙がっている。また,Hirano 1972: 111は最終音節における音素配列 規則を表にしている。語末にeが用いられる条件は限られており,語末子音がq,h,ŋの場合のみ 現れ得る。Hiranoの分析にもあるように,これは音素的にはiであるものが子音の影響で引き下 げられたためである。
21)声門閉鎖音の調音法がqと同じ破裂音であり,調音位置がqに近いことから,qと同じように直前 の母音を低める働きがある可能性があると考えた。
音韻変化が作用していたためとも考えられる。また,Watoan集落の形式hangaryakにおいて も同質の音韻変化が起こったことが予想される。セデック語パラン方言において,語末の子 音がqでその直前の母音がiの場合,わたり音的な母音e(またはa)が音声的に挿入される
(落合2016a: 28)。例としてseediq [se.e.diᵉq]「人,他人」が挙げられる。これと同じ変化が
hangaryakにも起こったと考えられる22)。但し,母音i(伊能表記では語末から三番目の記号y
に相当する)と語末のqの間に挿入されたわたり音はさらに調音位置の低いaとなって表記さ れている。
以上をまとめると,アタヤル語ツオレ方言の早期の形式として再建される「肩」は*haŋ-a- liqであり,三つの要素haŋ,a,liqから成る。一つ目のhaŋは語根*qahiŋ「肩」の第二音節 に相当する部分,二つ目のaは子音連続を避けるために挿入された母音,三つ目のliqは化石 接尾辞であるが,この化石接尾辞の機能は不明である。現代のアタヤル語ツオレ方言の「肩」
の形式では語末のqが声門閉鎖音に変わっている。
6. おわりに
本稿はアタヤル語群祖語の「肩」にまつわる語義の移り変わりと語形の移り変わりについて 議論した。アタヤル語群祖語におけるこの改新的「肩」は,アタヤル語二方言(スコレック方 言・ツオレ方言)とセデック語二方言(パラン方言・トゥルク方言)の「肩」の形式を同源語 であると判断し,これらを分析することで*qahiŋと再建された。この再建形から現代の反映 形に至るまでに三つの音変化の経路が見られた。一つは再建形を反映する形式(セデック語パ ラン方言),二つめは再建形に対し化石後方接中辞*<ra>を挿入する形式(セデック語トゥル ク方言とアタヤル語スコレック方言),三つめは再建形に対し化石接尾辞*-liqを加える形式(ア タヤル語ツオレ方言)である。これら変化の流れを図1に示す。
セデック語 トゥルク方言
hi<ra>ŋ アタヤル語
ツオレ方言 haŋ-a-liʔ(<haŋ-a-liq)
アタヤル語 スコレック方言
qəhi<ya>ŋ
アタヤル語群祖語*qahiŋ
アタヤル祖語*qahiŋ セデック祖語*ahiŋ
セデック語 パラン方言
ahiŋ 化石接尾辞*-liq 化石後方接中辞*<ra>
図1:アタヤル語群祖語の改新的「肩」*qahiŋ とその反映形
化石後方接中辞*<ra>の挿入に関しては,アタヤル語スコレック方言とセデック語トゥルク 方言に共通している。アタヤル語・セデック語のいずれにおいても,もう一方の方言では接中 辞の挿入は共有されていない。これら別々の言語の方言間で共有される特徴は,系統樹では説 22)伊能におけるhangarekとhangaryakをともに本稿で[haŋaliq]と音韻的に再現しているのはこのた
めである。後者の形式ではわたり音が音声的に挿入されている。
明できない。おそらく,アタヤル語スコレック方言かセデック語トゥルク方言の一方において,
「肩」の形式に対して接中辞*<ra>の挿入が行われ,この音韻変化がその当時は隣接していた だろうもう一方の方言に伝播したのではないだろうか23)。
図2:アタヤル語群の分布
23)この見解に沿うと,アタヤル語スコレック方言において*qahiŋに接中辞*<ra>が挿入され
qəhi<ra>ŋとなり,この接中辞における子音rがyに変化する前の時期に,セデック語トゥルク方
言にこの接中辞<ra>の挿入の方法が借用されたと考えられる。セデック語トゥルク方言は,セデッ ク語パラン方言と同源語を有していると期待される語がパラン方言とは同源語を持たず,アタヤル 語スコレック方言と類似の形式を持つ語が見られることがある。例えば,セデック語パラン方言
rebu「尿」,セデック語トゥルク方言səhəmu「尿」(Rakaw他編2006: 755),アタヤル語スコレッ
ク方言hamuq「尿」,məs-hamuq「小便する」(小川1931: 178)など。このことはトゥルク支族が
アタヤル語スコレック支族と過去において接触があったことをうかがわせるものであり,この間に
「肩」の形式に化石接辞が入るというアタヤル語スコレック方言の特徴がセデック語トゥルク方言 に導入されたのではないだろうか。
図2は1910年代におけるアタヤル語群の分布を示した地図である24)。馬淵1954: 129–130 によると,アタヤル族スコレック支族は本来マレッパ集落周辺に居住していたが,数百年前ご ろから北へ移住するようになり,サラマオ集落,マリコワン集落,ガオガン集落などを築いた とされる。原住地であるマレッパ方面はセデック族トゥルク支族と対峙する位置にある。なお 図中の霧社蕃がセデック族パラン支族に相当する。
ちなみに,オーストロネシア祖語において再建されている「肩」の形式は*qabaRaである
(Blust and Trussel 2010)。このオーストロネシア祖形の反映形がアタヤル語群において見ら
れるとOchiai 2016: 315–316は述べるが,この形式の現代アタヤル語群諸語における反映形
―アタヤル語qəba(小川1930: 24)とセデック語baga―の意味は「肩」ではなくて「手」に 変わっている。アタヤル語群祖語として,*qabagaという形式が再建される。恐らく早期の アタヤル語群祖語において,*qabagaは「肩」の意味を持っていたが,その後「手」を意味 することになった。
ところで,オーストロネシア祖語において「手」を意味する語は*lima(Dahl 1981: 73)で あり25),アタヤル語群祖語ではLi 1981: 284にあるように*rimaとして反映されるが26),この 形式の現代アタヤル語群諸語における反映形―アタヤル語ima-gal 27)とセデック語rima―の 意味は「手」ではなくて「五」に変わっている28)。これも恐らく早期のアタヤル語群祖語にお いて,*rimaは「手」の意味を持っていたが,その後「五」を意味することになったと考えら れる。「手」から「五」への意味的な変化が通言語学的にみられることはHeine and Kuteva
2002: 166でも述べられているところである。
アタヤル語群祖語におけるこれら二つの形式*qabaga「肩」と*rima「手」について仮定さ れる意味的な変遷を表4にまとめた。まずアタヤル語群祖語の*rimaの意味が「手」から「五」
へ変わり,「手」を表す新たな語が必要になった。そこでアタヤル語群祖語*qabaga「肩」を「手」
の意味に替えた。すると「肩」を表す新たな語が必要になった。それを補うために新しい形式
*qahiŋが導入された。ただ,この新しい「肩」の形式がどこから来たかはわからない。
表4:アタヤル語群における「肩」と「手」にまつわる形式・意味の連鎖的変化
オーストロネシア祖語 アタヤル語群祖語(早期) アタヤル語群祖語(後期)
肩 *qabaRa *qabaga *qahiŋ
手 *lima *rima *qabaga
五 ― ― *rima
24)地図は森1917を参考に作成した。「蕃」とは台湾先住民族に対する蔑称であるが,本稿では単に 集落名を指すものとして扱っている。
25)ただしDahlはオーストロネシア祖形*limaに対し「手」と「五」の両方の意味を与える。
26) Liの挙げた形式と意味は,アタヤル語群祖語*rimaʔ「五」である。この形式には語末に声門閉鎖 音が添えられているが,本稿では音声的に加わったものと見なし省いている。
27)このアタヤル語の「五」の形式は,Tsuchida 1975: 231, 258が分析したように,本稿で言うところ の化石接尾辞である-galが付いている。
28) Ochiai 2015はオーストロネシア祖語の段階で数詞は「4」までであったとし,数詞「5」はオース
トロネシア祖語の段階に再建されないとの立場を取る。本稿はこの考えに従う。
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