自由経済の変動と社会保障.
田
寸 ホ 貞
雄
*この小論は早稲田大学社会科学部における経済政策科目の講義ノートと昭和五五年日本医師会編﹃国民医療年
鑑﹄︵春秋社刊︶に発表した﹁自由主義経済と社会保障﹂を土台にして構成したものである︒
はじ め に
﹁人はすべて社会の三貝として︑社会保障を受ける権利を有し︑また国家の努力と国際的協力を通し︑更に各国の
組織及び資源に応じて︑自己の尊厳と自己の人格の自由な発展とに欠くことのでぎない経済的︑社会的及び文化的権
利を実現する権利を有する︵世界人権宣言二十二条一九四八年︶﹂この引用文は︑一九四八年に発せられた世界人権
宣言の二十二条であるが︑われわれは︑この小論で︑社会保障を自己の尊厳と自己の人格の自由な発展とに欠くこと
のできない経済的社会的及び文化的権利を実現するための個人的︑社会的努力の内容でとらえたい︒したがってこの
小論で取りあげる社会保障は︑ただ単に個人の経済的権利の側面だけではなく︑社会的︑文化的権利の側面も考察の
対象としているということになる︒この場合︑個人の経済的︑社会的︑文化的権利の実現の問題は︑貨幣的評価の経
済福祉の達成を超えて︑新しい福祉体系の確立の視点が必要となる︒
91
個人の社会生活におけるセキュリティ︵ωΦ︒霞一指︶の確保において︑個人の自己管理と社会管理の有機的結合が要
請される︒これまでの人間生活において︑個人と社会との結合技術がいろいろな形で開発されてきた︒これまでの歴
史的観察から次のことはかなり明白な事実としてあげられよう︒社会環境の変化により湘それまでに利用されてぎた
結合技術が陳腐化し︑それに代わって新しい結合技術が︑ある時は自然発生的に︑またある時は︑計画的に開発され
てきたという事実がそれである︒われわれは︑環境変化と人間の社会適応という視点より︑自由経済における社会保
障の歴史的実態を再検討し︑この小論の目的に迫りたい︒経済学が人間のよりよい生存のための実践科学であるとす
るならば︑このテーマは︑現代経済学の再生にとって基本的なものであるということができる︒
92 1
自由経済の生成・発展期における社会保障
ここでは︑自由経済の生成・発展期における社会保障の制度化過程をドイツ︑アメリカ合衆国︑イギリス︑日本の
場合に分けて要約的な考察を行う︒
自由経済はこの期において︑人口は著るしく増加し︑経済技術としては︑産業革命を基軸として工業化技術が定着
し︑そして政治技術としてば︑自由主義を見現する手段としての民主主義が確立され︑社会の近代化が進展してゆ
く︒このような自由経済の生成・発展期において︑国家的介入の社会保障が制度化されることになったのは︑それぞ
れの国によって事情は幾分異なるが︑基本的には︑理由経済の経済技術と政治的技術の行使が理論通りの実績を生み
出さなかったことにその原因がもとめられる︒すなわち︑資本の自由な活動を基軸としての産業革命の進行過程にお
いて︑激しい労使の対立や予期せぬ経済変動におそわれて︑基本的人権としての自由権の確保だけでは︑民主主義社
会の円滑な運営が困難になってきた︒ここに社会権としての社会保障権が︑基本的人権の中に組み込まれることにな
った歴史的条件が古い出されるのである︒しかし︑この期に観察される社会保障制度の成立事情を観察すると︑理念
はともかく︑実際の姿は資本の自由な活動を阻害する要因の除去という形をとっていることは各国とも共通している
ものといえよう︒
自由経済の変動と社会保障
ω ビスマルクによる社会保険技術の導入
ドイツは︑十九世紀半ぽ以降に工業化技術の確立を基盤として自由経済の生成期を迎えた︒しかしドイツはこの時
期にすでに︑自由な資本の活動の担い手と労働者との間の対立が観察されている︒この時期において︑ドイツ労働運
動も社会主義運動もすでに全国的な広がりを見せていたといわれている︒全国組織の労働組合組織としては︑フェル
ディナンド.ラッサールらによって全ドイツ労働者同盟が設立されている︒ついで︑一八六九年には︑社会民主労働
党が結成されている︒この政党は一八七五年にドイツ社会主義労働党に合流し︑労働組合の戦線統一や労働運動のも
り上げに大いに貢献したといわれている︒このような労働運動︑社会主義運動の活発な動きに抗して当時のドイツ宰
相ビスマルクは︑一八七八年に﹁社会主義者鎮圧法﹂を制定した︒これと同時に︑ビスマルクは一八八三年に﹁疾病
保険法﹂︑一八八四年に﹁労働者災害保険法﹂︑また一八八九年には﹁老齢・擾疾保険法﹂を次々に議会に承認させ
た︒歴史上名高いいわゆる﹁アメとムチの施策﹂の実践である︒疾病保険法は工・鉱業労働者および年収二︑○○○
マルク以下の職員を対象とする共済組合により︑労使が協同で管理することによる強制加入制度︵ただし運輸︑通信
関係と農業労働者は任意である︶︒保険料は労働者が%︑使用老が%を負担︒そして労使が協同で運営する方式をと
93
つたため社会保険が使用者の労務管理に利用される道を開いたといわれている︒
労災保険法は保険料は全額資本家が負担︑管理は︑資本家の同業組合が担当し︑国家は監督にあたる︒
老齢.療疾保険法は七十歳以上および簸信者に一定額の支給︒保険料は労使が%ずつ負担し︑国家が管理運営する︒
ビスマルクは保険原理を基軸として所得補償の面より社会保障政策を実施したわけであるが︑これらの三つの法の
内容は︑時間とともに修正され︑また拡充されていった︒そしてこれらは一九二一年に成立した﹁ドイツ国社会保険
法﹂という形で体系化されて行った︒︵この項は参考文献3︑7︑8を参考にしている︶
② ニューディール政策と連邦社会保障法の成立
アメリカは︑十九世紀後半以降︑人口の増加︑資本蓄積︑技術革新により︑経済発展を実現していった︒たとえば︑
GNPでみれば︑一八七四年から一九二九年までの平均実質成長率は五三・五%であった︒労働生産性も上昇し︑就
業者の労働時間も大幅に短縮されていった︒このような順調な経済発展過程を経験していたアメリカにおいて一九二
九年十月に大異変が起った︒そして︑この異常な状態が加速化されていった︒GNPは一九二九年一〇四〇億ドルで
あったのが一九三三年には五六〇億ドルへと急落した︒失業者は一九二九年の一五〇万人から一九三三年には約一二
〇〇万人になった︒この結果︑雇用労働老の平均賃金も激減した︒このような歴史的状況を背景にしてルーズベルト
のニューディール政策が断行された︒︵参考文献16︶
ルーズベルトのニューディール政策は︑短期的には大不況から脱けだすための政策工夫であり︑長期的には︑アメ
リカ合衆国の社会的︑経済的不安を防衛するための政策工夫の実践であったということができよう︒ルーズベルトは
94
自由経済の変動と社会保障
大統領に就任してから3ケ月の間に一五もの法案を連邦議会で成立させた︒この中には︑歴史的に著名な農業調整法
︵A・A・A︶︑テネシイ漢谷開発公社法︵T・V・A︶︑全国産業復興法︵N・1・R・A︶などが含まれている︒
︵参考文献6︶そして一九三五年には社会保障︵曽9巴留︒ξ一昌︶という用語の法律を世界ではじめて誕生させた︒
この法律は当初は違憲判決を受けたが一九三七年に再決判のもとで実際に制度として発足している︵参考文献12︶︒
連邦社会保障法は次のような要素から構成されている︒
ω公的扶助に属する老齢扶助制度に対する州政府への補助
㈹社会保険による連邦老齢給付制度
㈹各州の失業補償に対する州政府への補助
㈹扶養されている児童の援助に対する州政府への補助
この法律に社会保険として規定されたものは︑㈹の連邦政府が実施する老齢給付制度と州政府が実施する失業補償
制度だけであった︒ ︵参考文献12より︶
ルーズベルトは連邦社会保障法を立案するにあたって︑アメリカ合衆国全国民を﹁ゆりかごから墓場まで﹂一貫し
て保障する腹案を持っていたが︑経済保障委員会や議会の強い抵抗にあって︑実現をみるにいたらなかったといわれ
ている︒しかし︑州政府の権力が非常に強いという伝統を持つアメリカ市民社会において︑連邦社会保障法を成立さ
せたということは大不況からの経済回復の実績とともに高かく評価されている︵参考文献6︶
ニューディール政策は自由社会を信条とするアメリカで︑そしてケインズ﹃一般理論﹄による経済技術が存在しな
い時点における︑自由社会の修正のため壮大な社会実験として位置づけられよう︒このルーズベルトの実践思想がケ
95
イソズ経済学に支えられて︑これ以降のアメリカ社会に成熟して行くのである︒
96
㈹ ︑︑ヘヴァリツジ報告と福祉国家への途
混合経済としてのひとつの歴史的実態であるイギリス福祉国家形成におけるベヴァリッジ報告は︑図1のように位
置づけることができる︒自由放任思想においては︑失業や貧困は個人的責任とされ︑他方︑フェビアソソシャリズム
ケインズ一般理論
ベヴァリッジ報告
イギリス福祉国家
社会権
自由放任経済思想 フェヒアン・ソシャリスト (保 守 党) (労 働 党)
図1 ベヴァリッジ報告の位置づけ
においては︑失業や貧困は社会的責任であるとされる︒ベヴァリッジ報告
はこのような二つのイデオロギーの対立の流れの中で作成されたものであ
る︒ つまり︑救貧法思想と社会主義思想の血みどろの確執の土壌のもと
で︑自由権と社会権の接穂が行なわれたのであった︒
ベヴァリッジは社会保障を次のように定義している︒﹁失業︑疾病もしく
は災害によって収入が中断された場合に︑これに代わるための︑また老齢に
よる退職や本人以外の者の死亡による扶養の喪失に備えるための︑さらに
また出生︑死亡および結婚などに関連する特別の支出をまかなうための所
得の保障を意味する︒﹂この場合︑所得の保障は︑生存に必要な最低の保障
であり︑同一拠出︑同一給付を原則としている︒このような生存に必要な最
低の保障の資金は︑社会保険方式で調達し︑最低生存保障を超える国民生
活の向上部分は︑任意保険方式で調達することを特徴としている︒なお︑
自由経済の変動と社会保障
表1 社会保障適用区分別人口,1939年7月のグレート・ブリテンにおける概数
社 会 保 障 計 画 と の 関 係
人口数 社 会 保 障 規 定
区 分 〆単位 、 A100万人ノ
拠 出 現 定 医疲
葬祭一一時
退職
N金
労働
s能汲??
失業 汲?寸
「f)
P練虚t
業務
ミ害N金 その他の給付
雇用手帳による週
i
移転および宿泊一1.被 用 者 18.4 払い拠出にもとつ1 × × × × × 一 X 時金,業務災害一
く保険加入 i 時金
その他の有II『 業者
2.5
職業カーードによる 衷oにもヒづ.く保 ッ加入
× × ×
lb)
w 一
lxi ⁝
一
⁝
結婚一時金,出睦
〔a) 結贈と同時に,宝 〔c〕 IC」 給付〔d)および出産 m.主 婦 9.3 婦保険証券により × × X 一 一 × i空 一時金,寡婦給付,
保険加入
⁝
保護者給付 ,別1}}
1 給付
その他の労 保障カードによる 1
IV.働年齢にあ 2.4 拠出にもと..∫く保 × × x 一 一 x 一
る者 険加入
!
労働年齢にV. 達しない者 9.6〔9)
な し × X 一 一 一
1一 ﹁ ⁝
一
労働年齢を 労働年齢の問行な 「e1
W.すぎた愚職 4.3 つた拠出にもとづ × × × 一 一 一 x
者 く保険加入 ト
46.5 i
「a}1,400,000人と推定される収入のある職業に従事している既婚の女子は第m難の人ロ数に含ま≠L、第工穫および第【1種の入[1数が ちは除外されている。
ap13虚聞以上にわたる疾病.
{c}収入のある職裳に従事しており,適用免除を認められているとき.
ノd}適用免除されていながら,収入のある職業に従事しているとき.
{e}退職年齢に達する以前に権利が付与され,かつ退職年金よりも額か高いとき,
・:f}必要な場合には移転および宿泊一時金を含む。
割 第V樋の人口数は,現行の学校卒業の最低年齢,すなわち14歳を基礎としたも乃て.ちろ、本剛7てぽ,児童手当の目的のために 学校卒業の敢低年齢を15歳と仮定されている。
1:山田雄二遭ll訳「ベヴァリッジ報告 社会保険および関遷サービス」よりg)
労働不能等の特別のケ;スに対しては公的扶
助方式で行うこととしている︒このように社
会保険方式︑任意保険方式︑公的扶助方式の
三つの方式が合して社会保障体系をつくりあ
げている︒ベヴァリッジは︑このような社会保
障政策は︑国家による完全雇用政策と密接に
関連したものでなければならないと強調して
いる︒ここにべヴアリッジ報告とケインズ篁
般理論﹄の結合点が見い出せるのである︒
次にベヴァリッジ報告における社会保障体
系の構成内容を示すと表1のようになる︒同
表からわかるように︑ここでは︑国民は1被
用者︑2その他の有業者︑3主婦︑4その他
の労働年齢にある者︑5労働年齢に達しない
老︑6労働年齢をすぎた退職者の六つの階層
に分類され︑そして給付が必要とされる要因
は八つに分けられている︒なお︑児童手当︑
97
保健医療サービス︑リハビリテーションサービスは国の責任で行うこととされている︒︵参考文献5︑15︶
98
ω 日本の社会保障制度の特徴
一八五九年の開国を契機として︑日本の産業も激烈な国際競争の場に立たされることになった︒そこで富国強兵︑
殖産興業の理念のもとで日本の工業化社会建設がはじめられた︒ここで優れた企業家は経営家族主義︑経営ナショナ
リズムの理念のもとで︑工業化社会の実現に努力した︒ ︵参考文献26︶このような環境のもとで日本の社会保障制度
は形成されていくのである︒しかし︑このような国の経済力の上昇の政策思想のもとでは︑社会保障関連の施策は︑
決して優遇されはしなかった︒
このような歴史的環境を背景にして︑日本の社会保障関係法の動ぎを一覧してみよう︒
︵参考文献10︑11︑24を参考︶
ω 明治初年︵︸八六八︶より第一次世界大戦まで
日本抗法︵一八七三︶
秩禄公債授与︵一八七三︶
憶救規則︵一八七四︶
官役人夫死傷手当規則︵一八七五︶
鉱業法︵一八八二︶
官吏恩給令︵一八八四︶
自由経済の変動と社会保障
阿仁鉱山共済組合設置︵一八八八︶
官吏遺族扶助法︵一八九〇︶
市町村立小学校教職員退職ならびに親族扶助法︵一八九〇︶
内務省︑労働者疾病保険草案作成︵一八九八︶
国鉄共済組合設立︵一九〇七︶
工場法︵一九一一︶
以上にあげた法の動きから︑官尊民卑の思想︑殖産興業のための環境整備という特徴がはっきりと読みとれる︒こ
の時期において福祉の性格が強い法は惟救規則だけであるが︑これとてもイギリスの救貧法の思想の流れを汲むもの
である︒この時期において鐘紡の共済組合が福田徳三博士の思想を取り入れて誕生している︒ここでは経営家族主義
の思想に立脚して病気︑負傷者への救済︑遺族への救済︑妊婦への手当︑年金制度が取扱われている︒
② 第1次大戦から第2次大戦まで
ILOの設立︵一九一九︶
健康保険法公布︵一九二二︶
労働者災害扶助法施行︵一九三一︶
労働者災害扶助責任保険法施行︵一九三二︶
社会保険調査会設置︵一九三五︶
・退職積立金および退職手当法施行︵一九三六︶
99
〔外国からの影響〕
〔日本的土壌〕
厚生省設置︵一九三八︶
国民健康保険法施行︵一九三八︶
船員健康保険法施行︵一九三九︶
L官尊民卑・官僚統制
Q.富国強兵・殖産興業
R.経営ナショナリズム
@・経営家族主義 S.儒教的生活態度
日本の社会保障制度
←第1期イギリス救貧法
ゥ第2期ビスマルク社会保険法
@ 第3期アメリカ社会保障法思想
図2 日本の社会保障制度の特徴
賃金統制令︵一九三九︶
医療保護法︵一九四一︶
厚生年金保険法︵一九四四︶
この時期には工業化の移行につれて︑労働運動が高まってきたので︑労務対
策の必要陸がでてきた︒すなわちこの時期にはビスマルク的発想の社会保険政
策の展開がみられるのである︒
周 第二次大戦後から国民皆保険制度の実現まで
労働組合法︵一九四五︶
社会保険制度審議会︵一九四五︶
社会保険制度調査会設置︵一九四六︶
生活保護法施行︵一九四六︶
GHQ公的扶助に関する覚書︵一九四六︶
児童福祉法︵一九四七︶
労働基準法施行︵一九四七︶
100
自由経済の変動と社会保障
労働者災害補償保険法︵一九四七︶
失業保険法︵一九四七︶
失業手当法︵一九四七︶
緊急失業対策法︵一九四七︶
社会保障制度審議会設置︵一九四八︶
日雇労働者健康保健法施行︵一九五三︶
厚生年金保険法全面改正︵一九五四︶
国民健康保険法全文改正公布︵一九五八︶
国民年金法施行︵一九五九︶
無拠出制福祉年金実施︵一九五九︶
最低賃金法施行︵一九五九︶
国民皆保険制度実施︵一・九六一︶
この時期では一九四五年のポツダム宣言の受諾により︑GHQによる占領政策が実施され︑新憲法が布告されたこと
が決定的に重要である︒すなわち︑アメリカの社会保障法の基本精神が新憲法に盛り込まれたことにより︑これにの
っとって上で示したような諸施策が次々に実行されていった︒
わが国の社会保障制度は形式的には社会保険と公的扶助の二本立となっているが︑その論理的一貫性ではべヴァリ
ッジ報告にもとつくイギリスの社会保障制度と大きく異なるものということができる︒すなわち︑わが国の社会保障
101
制度は富国強兵・殖産興業︵官︶︑経営ナショナリズム・経営家族主義︵民︶という日本的土壌にビスマルク的社会
保険方式と第二次大戦後に顕著であるアメリカ社会保障法的方式を移植した継ぎ木であるという特色を持っていると
いえよう︒
日本は重化学工業化の達成によってGNP世界第二位と強固な官僚統制支配技術の形成という目標を達成はした
が︑これは福祉課での多くの犠牲を払ってのうえであるということの認識は重要である︒日本は国際競争の面からだ
けでなく︑国際協調の面からも国際活動に参加することと日本の土壌に見合った新しい社会保障体系を確立すること
がとりわけ急務であるといえよう︒
102
㈲ この節のむすび
この節では社会保障制度の歴史的考察として︑ビスマルクによる社会保険技術の導入︑ニューディール政策と連邦
社会保障法の成立︑ベヴァリッジ報告と福祉国家への途︑日本の社会保障制度の特徴という項に分けて考察してき
た︒社会保障はコミュニティを基盤として形成される︒ここに取りあげた諸国はそれぞれの特色のあるコミュニティ
づくりをしているので︑その影響が当然に社会保障制度のうえにもあらわれている︒しかしここには︑自由社会の新
しい発展の問題として社会保障を取り上げざるを得ないという形の共通性も存在している︒
2
混合経済下の社会保障の展開
前節で考察した社会保障制度の成立から浸透の橘寺を経済優先の社会保障の時代と呼ぶとすれぽ︑この節で考察す
自由経済の変動と社会保障
る混合経済下の社会保障の展開期は︑経済優先の社会保障の反省の時代と呼ぶこともできよう︒
J・ティソバーゲソは﹃最適体制の経済学﹄の中の第一章両面査収敏論において︑自由経済の変化について次のよ
うに説明している︒
︵参考文献14︶
q 十九世紀に比しての公共部門のウェイトの増大
② 課税額の増大と課税による所得再分配機能の採用︒政府貯蓄の増大
㈹ 自由競争の制限
ω 反トラスト法によって企業の自由を制限
㈲ 政府の提供による教育の機会の拡大
⑥不安定な市場とりわけ農業では市場の力の排除または修正
ω 私的大企業においても︑また国家の経済政策の立案においても計画の重要性が増大
㈲ 計画的な開発政策の重要性の増大︒公共政策によりへき地や貧困地域の発展が促進されている
㈲ インフレーションを防ぐ直接的手段として︑価格・賃金統制の利用
P・サムエルソンは変化した自由経済の状態を混合経済と定義した︒混合経済を端的に定義すれぽ︑市場経済活動
と非市場経済活動の混合によって︑自由社会の経済の開発と配分が営なまれる状態ということになる︒前節で考察し
た社会保障制度は非市場経済活動の法的基盤を与えるものである︒したがって自由社会においても非市場経済活動の
具体的実行のために経済政策︵経済計画を含む︶が重要な位置を占めることになった︒このような社会経済情勢を背
103
景にして︑ベヴァリッジの社会保障計画やルーズベルトのニューディール政策はより包括的な形で展開されることと
なった︒ 自由経済諸国は︑持続的な経済成長の達成とそれを基盤としての政府支出の増大を行ない続けてきた︒このことは
社会資本の蓄積とともに所得再分配機能による社会保障支出の増大を骨子としているということができる︒
104
ω 混合経済の理論的側面
次に︑混合経済の理論的側面を整理して示しておこう︒
図3に示してあるように︑混合経済下の社会保障面策における国家の役割は次のようである︒市場経済組織にたい
しては自由で公正な競争のルールづくりと監視の役割と補助金︑租税特別措置によって開発の援助を行う︒また金利
の傾斜配分によって投資計画に影響を与える︒公共経済組織にたいしては︑公共財・公共サービスの開発と配分計
画︑所得再分配政策︑非営利組織に対する補助金︑租税特別措置︑金融面での優遇等により影響を与える︒全体とし
ては︑均衡成長と社会保障の実現を目標として経済計画のプログラムを作成する︒ここでは人口︑エネルギー︑地域
開発等の環境政策も重要な要素として考えられるようになってぎている︒たとえばわが国の所得倍増計画は全国総合
開発計画の関連のもとで施行された︒しかし︑社会経済技術の未熟さのために︑環境破壊や地域間所得格差の出現を
阻止することができなかった︒
J・ミードは﹃理性的急進主義者の経済政策︑混合経済への提言﹄の中で次のように主張している︒︵参考文献15︶
﹁理性的急進主義者は︑自由競争市場の機能への不必要な制約を除去すべきだということをまず主張する︒しかし︑
自由経済の変動と社会保障
需 婆
一農
鶉 鐘 混 合 経 済 組 織公 均 市
共 衡 場
→経 → 済 成長
←
経済
組 と 組
織 社 織
△瓜 保 障
︹民主主義の原理︺
独占禁止政策 財政政策 金融政策 経済計画
(指示的経済計画)
三星政策
図3 混合経済下の社会保障政策のパターン
この市場機構を基礎として政府の介入や管理とい
う上部構造が作られていなければならないという
ことを認めている︒これらの介入のうちのいくつ
かは︑自由競争が有効に機能できる条件の背景を
つくりだすために必要とされる︒市場機構が有効
に機能しないと思われる場合に︑市場機構を全部
置換えてしまうのに必要な介入もある︒また︑そ
の中間的役割として︑市場価格機構を全部置換え
てしまわないで︑修正するための介入もある﹂そ
して︑ミードは管理や介入という必要な上部構造
の内容として︑つぎの八項目をあげている︒
ω 自由価格機構が働くのは貨幣価値を通じてであること︒インフレーションやデフレーションの場合は特定の価
格︑費用︑所得についての特別の官僚的管理に頼らないで一般的な財政金融手段で行うことの重要性の強調︒
吻 インフレーションの抑制にあたっては︑財政金融政策だけでなく︑賃金率を含む価格メカニズムを併用しなげ
ればならないこと︒価格メカニズムの有効な作用のために企業独占や労働独占に対して適切な社会的管理を行う
必要があること︒
㈹ 鉄道や電力のように大視模経済の利益が非常に重要であって独占がさけられない場合は︑完全なる国有と国に
105
よる管理が必要であること︒ 06 1 ω 公共財の提供において︑中央・地方の政府が大ぎな役割を演じなければならないこと︒
㈲ 理性的急進主義者は機会の平等を推進するような国家の行動を推奨する︒しかし︑機会の平等は所得と富の平
等と同じことではない︒生まれつきの能力︑相続資産︑社会的接触の面から生じる所得と富の格差を直接的な財
政手段を使って平等化すると主張しているのではないこと︒
㈲ 市場機構が将来の不確実性から危険にさらされるという事実を考慮して︑政府の指示的計画の有効性を容認す
ること︒
ω 経済の大きな構造変化を扱うような中央計画の必要性も容認すること︒
圖 私的なものと対立するような社会的費用と社会的便益についての管理が必要であること︒環境管理︑澗渇する
可能性のある資源の利用︑人口成長といった問題は︑政府の行動を必要とする度合が高まっていること︒
最後に︑ミードは理性的急進主義の経済政策によって経済改革が成功するかどうかは︑冷静であり︑公平な心を
もつ︑理性的な市民を前提としなければならないということを強調している︒︑ここに経済効率性と人間性の結合の理
論的展開の努力の一端をうかがうことがでぎるといえよう︒
② 混合経済体制の論理構造の問題点
0の@混合経済体制では︑市場管理︵市場経済組織︶
効な理論を持ち合わせていないこと︒ と国家管理︵公共経済組織︶を統合する社会管理についての有
自由経済の変動と社会保障
② 国家管理による公共財︑公共サービスの提供における計画性と効率性に欠点を持っていること︒
㈹ 公共経済組織が開発し︑配分しなけれぽならない財に貨幣的評価だけでは不十分な要素が多く存在しているこ
と︒ω 市場経済組織の活動目標の場合は経済効率の達成で首尾一貫性があるが︑これに公共経済組織を加えると経済
効率達成の目標では統合し切れないこと︒
㈲ 社会保障の権利の確保に資するとされる民主主義は︑ミードのいう冷静で公平な心を持つ︑理性的な市民を前
提としているので︑大衆性を持つ市民行動を前提とした場合の政治的決定のプロセスの問題が欠落しているこ
と︒また情報化社会における公共財・サービスの性質を考えると専門性と大衆性の区別が重要であること︒
㈲ 前節での考察で明白なように︑社会保障の実現のための経済政策において︑個人の社会連帯心が根底になけれ
ぽならないが︑混合経済の理論においてはこのことが強調されていないこと︒
⑦ 人口︑資源等を問題とする場合︑環境と資源のリサイクルの分析が必要となるが︑この面についての分析が欠
落していること︒
㈹ この節のまとめ
成立当時は革新的であったビスマルクの社会保険法も︑ルーズベルトの社会保障法もそしてまたビバリッジ報告に
よる社会保障計画も︑混合経済下の経済政策においては市民権を獲得し︑技術面でも多くの改善をみた︒経済が成熟
してくると国民は経済効率性の達成だけでは満足せず人間性の追求を行うようになってくる︒したがって︑混合経済
107
下の経済政策においては経済効率性と人間性のバランスが重要な政策目標となり︑
い社会技術の開発を迫られることになったのである︒
3
社会保障の新しい方向 各国はその目標達成のための新し 鵬
ω 社会保障概念の更新の必要性
これまでにみてぎたように︑経済優先の社会保障の時代においても︑また経済優先の社会保障の反省の時代におい
ても社会保障政策は︑経済政策よりも狭い領域をカバーするものと考えられていた︒これは所得補償を基盤とした社
会保障の考え方であって︑国民生活の事実に立脚した社会保障の考え方であるとはいえない︒社会保障という用語に
おける社会は経済よりも本来的に広い領域を形成するものである︒したがって経済政策が社会保障の実現を目標とす
る場合︑既存の経済政策の理論と技術だけで考えるわけにはゆかないのは当然であろう︒混合経済下において経済効
率性と人間腔のパラソスが達成できなかったのは︑このことについての十分の認識がなく︑既存の経済政策の理論と
技術の中に個人の社会行動を無理に押し込もうとしたからであるということができよう︒個人の社会行動の十分な観
察のうえに︑経済政策の理論と技術が考えられなければならないといえよう︒このことをこれまでに社会保障の実現
のための政策手段として用いられてきた所得再分配政策を例にとって説明してみよう︒これまでの歴史にあらわれて
きた所得再分配の手段として次のようなものがあげられる︒
一 自然的所得再分配
自由経済の変動と社会保障
ω 血縁的所得再分配
② 地縁的所得再分配
㈹ 慈恵的所得再分配
二 計画的所得再分配
ω 租税制度
累進課税制度︑相続税制度︑負の所得税制度
② 社会保険制度
同一拠出制・所得比例拠出制
自然的所得再分配における血縁的所得再分配は確実性をもっているが︑それは同時に閉鎖的な面を持っている︒地
縁的所得再分配はこれに準じて考えることができよう︒また慈恵的所得再分配は︑必要な目的に必要な額の財源が規
則的に確保される保証はないという意味において確実性に欠ける︒そこで社会保障の目的を実現するための財源を継
続的に確保するために計画的所得再分配制度が社会技術として開発されたわけである︒わが国の国民所得における振
替所得の比率は昭和四十八年度には六・○%であったが︑昭和五十二年には九・二%と上昇し︑アメリカの水準︵一
〇.二%︶に近づいている︒しかしこの比率の大ぎさから社会保障の面で先進国水準に近づいたと判断するのは早計
である︒この比率は混合経済の度合を示すひとつの数字にすぎないと解釈すべぎである︒第一節で示したような内容
での社会保障のもとで所得再分配を考えるに際しては︑人類連帯性の視野での社会連帯性を考える必要がある︒この 09こどを︑図解して示すと図4のようになる︒ ユ
自己管理
国家管理
家族連帯性
企業組織連帯性
地 ±或 連 帯 性
国民連帯性
国民経済国際経済
一→
図4 社会連帯性の構造
次に︑所得再分配を考える場合︑資源の再分配の視点を基礎にして包括的に把握
することが必要である︒たとえば︑親が子に与える愛情と教育︵躾︶は資源の再分
配の要素を持っている︒また地域連帯性のもとでは︑PTA活動をはじめ文化的活
動やボランティアによる老人ケアへの奉仕等は資源の再分配である︒そして国民連
帯性のもとでは︑ナショナル・インタレストの視点から社会資本による重点的開発
や国家による地域文化開発︑環境開発は資源の再分配の例である︒人類連帯性のも
とでは︑国際的な視点から発展途上国への技術開発援助や食糧援助や保健活動援助
は資源の再分配の例であるといえる︒また︑エコ・システムのバランスのもとで世
界的な均衡成長を考えるというのもその例である︒
以上において考察したように社会保障の概念は人類の連帯性の認識のもとで自己
管理と国家管理の統合による福祉開発というポジティブな形で考え︑その概念に立
脚する新しい技術開発がなされなければならない︒このことをひらたくいえぽ生活
破綻の社会保障から生活予防の社会保障への移行ということになろう︒経済政策は
このための目的設定と目的達成の手早を具体的に提示することを任務としなければならない︒
② 新しい福祉体系の考え方
新しい福祉体系は武見太郎前日本医師会長によれば図5で示したような内容で考えられなければならないという
110
自由経済の変動と社会保障
(人間生活のよりよい 状態の達成)
(福祉開発の条件〉
福 祉
SerVlce Comprehensive
@ Teohnology
資 源 人間活動
環境
図5 新しい福祉体系の基本構造 (武見太郎前日本医師会長による)
いる︒ポジティブヘルスの構造は︑遺伝的因子に影響を与える環境要因︑
健康に影響を与える家庭組織および社会組織を重視して︑
の支援により国民の健康を守り︑国民の福祉生活の基盤形成を行うことを意味している︒
心理学の手法を用いて︑新しい経済学の方向づけを模索しているW・ワイスコフは人間性と経済思想の中で福祉を
精神的・肉体的健康の概念に関連させ︑経済的厚生や効用をそのうちに内包される要素として考えている︒ワイスコ
フの福祉概念は武見太郎前日本医師会長が提唱する福祉概念に近いものということがでぎよう︒しかし︑ワイスコフ
が経済的厚生や効用を健康福祉に内包させる場合に留意しなければならないのは︑所得・消費構造と健康構造におけ ︵参考文献21︶︒ピグーの厚生経済学の出現以来多くの経済学者が福祉の問題に挑戦してきたが︑この節でいう新しい社会保障概念に見合う福祉概念に到達したものはひとりもいなかったといっても過言ではないであろう︒たとえ︑たまたまそれに近い発想がみられたとしても︑それは空想的社会でのものであり︑実態による裏打ちというものがなかった︒それにたいして武見太郎平日本医師会長の提唱する新しい福祉体系は健康福祉を重要な構成要素としている︒健康福祉は遺伝的健康︑形態的健康︑機能的健康の推進という形のポジティブヘルスの構造のもとで考えられている︒このような考え方のもとで︑実際に全国における各地域医師会は地域の特性に見合った形でシステムづくりを行い︑地域の健康福祉の開発に貢献して 形態的健康に寄与する運動・訓練︑精神的 疾病の治療やリハビリテーションの関連のもとで専門技術
111
る時間構造の相違ということである︒消費や貯蓄はフローの概念であり︑経済学では通常一年間を単位にとってい
る︒それに対して健康構造は一貫した歴史性と未来性を持ち︑その中で特定のライフサイクルを形成してゆく︒
たとえばひとつのライフサイクルをとってみても医学的成果の達成においては︑五年とか一〇年あるいは三〇年と
いう特定の時間構造を持っている︒たとえ︑疾病の回復が短期間において︑おこなわれたとしても︑疾病もまた歴史
性と未来性を持っているから︑回復後の追跡調査を含めて︑これらのことは健康構造における時間構造の中で考えな
ければならない︒
こう考えてみると︑一年間を支出の単位とする所得・消費構造と健康構造が見合う場合は︑一年間における健康お
よび疾病への支出金額だけである︒いわゆる国民総医療費の概念がこれである︒この国民総医療費の額からは︑国民
の健康構造における最適バランスの達成度は読みとることはできないのである︒したがって国民医療費の数値からだ
けでは福祉達成度は評価できないことになる︒この場合に健康構造の最適バランスという評価基準に所得・消費構造
を合わせてゆくということが必要となる︒ここに健康福祉を考える場合においてはフローとしての所得・消費構造を
ストックにつながる貯蓄︵投資︶・資産構造の面から考察する必然性があるのである︒すなわち健康への支出は消費
支出の面からではなく︑投資支出の面から規定しなければならないのである︒定義により︑
所得−投資︵貯蓄︶11消費
であるから︑ある特定の期間において与えられる一定の所得のもとでは投資︵貯蓄︶が決まれば消費の大きさが決ま
るのである︒連綿として続く世代間のライフサイクルの中で考える消費者であれば︵普通の家庭のひとはそうである
が︶将来のことを考えて現在を計画するのが常である︒したがって︑健康構造の最適バランスの達成という長期的目
112
自由経済の変動と社会保障
標とのバランスのもとで短期的な消費行動が計画されなければならないのである︒
もちろん個人の行う投資︵貯蓄︶は健康のためだけでなく︑教育のため︑住宅のため︑老後のためという具合に他
の因子による投資︵貯蓄︶も存在する︒しかし︑これらも健康構造の最適バランスの達成と競合する形においては決
定することはできないのである︒健康開発の条件に反するような住宅投資は︑一時的にはともかく︑長期的には維持
できないし︑教育投資は健康開発の条件に合せてはじめて有効なものとなるのである︒また︑老後のための貯蓄も︑
健康な老人として自由な意志決定がでぎる存在として生存し続けるのでなけれぽ︑貯蓄目的が有効に達成されたとは
いえないであろう︒
このように︑福祉を人間の生存の時間構造の軸でとらえるとすれば︑個人と社会の健康構造の最適バランスの達成
における時間軸に合わせて所得・消費構造の最適バランスの達成を考えなければならないということが明白になろ
う︒したがって︑個人と国家の協同による生活防衛の目標設定においては健康福祉の開発が基軸とならなければなら
ないということができよう︒ワイスコフのいう経済的厚生も効用も身体的健康・精神的健康の中に内包されるもので
あり︑福祉と健康福祉を同義語として用いるということは︑以上において説明したような内容で考えなけれぽならな
いといえるだろう︒
㈹ 新しい福祉体系への接近のための実証的基盤
以上において説明した論旨から︑われわれは新しい福祉体系を健康福祉の最適化を目標とする日本の地域医療活動
の実証的観察から明確にしたいと思っている︒図6は健康福祉の最適化の実践モデルを示している︒ここでいう最適
113
医療福祉の最:適化
ポジティブヘルス
医学研究 計画
讃ガ 治療
譜包括噛
医療母子 保健
社会復帰計画
学校 産業 保健 保健
地域医療システム
ド
ニ
イフ
﹁ーーー婁﹂︐9﹁窟塗猛51−IIーーー1ーーー!ーーーー1︑ 偶
バ一 簾計
ッ一 教画二 育
} 闇︑健脚保
資金循環機構
社会拠出機構
個人・企業拠出・財政支出 拡大再生産の費用
人 口
経済発展 技術開発
教 育 資本蓄積 制 度
り
システムの効率化
効率的な組織づくり 地域医療情報システム 地域行政システム
︐︸1ーー1整︐5匪6聖置1︐一駐−撃6﹁馨ll璽−墨量−巳58−1﹂−
←一一一一一一一一一一一一員一一一一一一一一一一一一」
図6 大分地域における健康福祉開発の実践のモデル
114
化の用語の中には所得・消費︵貯蓄︶構造と健康福祉開発のバランスを考えるということが含まれている︒われわれ
は医師会病院を基軸とする地域健康福祉開発の実践活動の観察から︑混合経済を超える自由経済への組織革新の例証
をひきだすべく︑福祉立地論の視点より研究を積み重ねている︒すなわち︑大分地域をモデルとして︑健康福祉の最
適化の問題をマルチチャンネル・ウェルフェア・システムの理論と実践により具体化する作業を行なっている︒︵参考
文献21︑26︑27︶
ω この節のまとめ
自由経済の変動と社会保障
われわれは本節で︑自由経済の成熟期としての混合経済下における社会保障の展開の問題点にたいして︑ひとつの
考え方を提供した︒それは︑福祉を健康福祉を標的に定めて新しく体系化するということである︒経済福祉もこの体
系の中で新しい展開の可能性がでてくるものといえよう︒社会保障を自由経済のお荷物として考えるのではなく︑そ
れは︑自由経済活動の目標であり︑また自由経済をよりょく生存させるための要素でもあるという考え方が必要であ
る︒われわれは最後に︑イデオ冒ギーを超えて人間の実際の社会生活の観察にもとづいて︑われわれの生活に密着し
た新しい福祉体系の技術集積の実践を行わなければならないと主張したい︒
参考文献︵1︶ 増田四郎﹃西洋経済史概論﹄春秋社
︵2︶ 荒井政治﹃国際経済史入門﹄東洋経済新報社
︵3︶ 肥前栄一﹃ドイツ経済政策史序説﹄未来社
︵4︶ A・ルイス︑石崎昭彦・森恒夫・馬場宏二訳﹃世界経済論﹄新評論
115
((((((((((((((((((((((((
2827 26 25242322 21 20 19 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5
))))))))))))))))))))))))
塩野谷九十九・平石長久訳﹃ILO・社会保障への途﹄東京大学出版会 田村貞雄﹁医療技術の高度化と費用上昇﹂早稲田社会科学研究第二三号 杉田肇﹁医師会活動と医療情報システム﹂第一九回日本医学総会発表 森川英正﹃日本型経営の源流﹄東洋経済 高須裕三﹃福利厚生の話﹄日本経済新聞社 OECDマクラッケソリポート︑小宮隆太郎・赤尾信敏訳﹃世界インフレと失業の克服﹄日本経済新聞社 経済企画庁国民生活政策課﹁総合社会政策を求めて﹂大蔵省印刷局 武見太郎﹁新しい福祉体系﹂ ﹃国民医療年鑑﹄S52年 武見太郎﹁社会保障制度の崩壊過程と今後の医療﹂ ﹃国民医療年鑑﹄50年 武見太郎﹁福祉国家と医師の倫理﹂ ﹃国民医療年鑑﹄S45年 武見太郎﹁医療保障の一般理論﹂ ﹃国民医療年鑑﹄S44年 W・A・ワイスコフ︑小口忠彦訳﹃人間性と経済思想﹄産業能率短期大学 R・L・ハイルブローナー︑小野高治・岡島貞一郎訳﹃経済社会の形成﹄東洋経済新報社 ﹂・Eニミード︑渡部経彦訳﹃理性的急進主義者の経済政策−混合経済への提言﹄岩波書店 J・ティソバーゲン︑加藤寛・古田精司監訳﹃最適体制の経済学﹄東洋経済新報社 平田富太郎﹃社会保障一その理論と実際﹄日本労働協会 平石長久・保坂哲哉・上村政彦﹃欧米の社会保障制度﹄東洋経済新報社 今岡健一郎・星野貞一郎・吉永清﹁社会福祉発達史﹂ミネルバ書房 石原孝一﹃福祉経済学﹄干城 荒木誠之﹃現代の社会保障﹄同文館 大前朔郎﹃社会保障とナショナルミニマム﹄ミネルバ書房 小松隆二﹃社会政策論﹄青林書院 アーサー・M・シュレジンガー︑中屋健一監訳・佐々木専三郎訳﹃ニュLディール登場﹄ぺりかん社 W・ベヴリッジ︑山田雄三監訳﹃社会保険および関連サ:ビス﹄至誠堂116