早稲田大学審査学位論文 博士(スポーツ科学)
概要書
中国朝鮮族シルムのエスノグラフィー
Ethnography of Chinese Korean Ssireum2015年7月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
楊 長明
YANG, Changming
研究指導教員: 寒川 恒夫 教授
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中国の朝鮮族は2百万人を数え、その多くが吉林省延辺朝鮮族自治州に住む。
彼らは、16 世紀以来朝鮮半島の主に北部から中国東北地域に移住した朝鮮人 の末裔である。1949 年の中華人民共和国建国後は、中国政府によって少数民 族に認定されている。少数民族としての朝鮮族は、人口の 95%を占める漢族 が担う中国政府が展開する社会の中で、これに適応して生きている。適応は、
自身が保有する民族文化の変容を迫る。本論文は、そうした適応のための変容 を、彼らが古くから伝承してきた伝統的スポーツであるシルム(朝鮮相撲)の 中に認め、シルムを通して、その変容過程を再構成することをめざす。
序章では、本論文の目的、先行研究の検討、研究の方法論が述べられる。
第 1 章では、朝鮮族シルムの独自性を示すため、中国におこなわれる、そし ておこなわれた相撲が概観される。中国は漢族と 55 少数民族からなる多民族 国家であるが、歴史的に知られるのは多く漢族の相撲である。そこで、全体は、
史料により再構成された相撲史と、フィールドワークによって知られる 55 少 数民族の相撲誌で構成された。
第 2 章は、1980 年代後半に急速に進行したシルムの伝承危機を導いた伝統 的基盤(すなわち朝鮮族の伝統的年中行事的祭礼文化)の変質を確認するため、
中国朝鮮族の歴史と文化が概観された。
第 3 章では、次章の背景として、中華人民共和国建国後のシルムのルール変 化が再構成された。
第 4 章は本論文の中心部分で、8 つの節から成り、シルムの伝承危機に対応 して取られた観光化変容、スポーツ化変容、国際化の問題が論じられる。
シルム消滅状況の立て直しに中心的に貢献したのが、2000 年に延辺朝鮮族 自治州延吉市に設立された延辺星州青少年体育クラブであり、シルムの適応変 容は、このクラブを基点に進行したと考えられる。
クラブは延辺州体育局と連携してその下部組織の地位を得、そのことによっ てクラブ員はシルム専門家として延辺州や吉林省の代表選手として国内外の 試合に出場することが可能になり、クラブは、さまざまな機会におこなわれる シルム大会に不可欠な人材を供給する組織に成長する。
クラブのこうした状況が、シルムの観光化を現実のものにするのに大きく与
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かる。2000 年代は国家が文化産業を強く推し進めた時期で、特に少数民族地 区には持続可能な文化産業として民族文化を資源とする観光を推奨した。また、
民族文化観光を支援するため、無形文化遺産の制度を導入し、少数民族の観光 資源を法的・経済的に担保した。これを受け、吉林省や延辺州でも民族文化観 光が計画され(朝鮮族文化テーマパークである「中国朝鮮族民俗風情園」の建 設はその代表)、観光資源の発掘がおこなわれ、シルムも無形文化遺産の認定 を受ける。
シルムは、延辺星州青少年体育クラブと民族観光とを触媒にして、かつて農 民が素朴に年中行事的に楽しんだ次元を越え出る。この現象をシルムの観光化、
またスポーツ化と呼んでよいであろう。
他方、シルムは、同じ朝鮮族国家である韓国においてはプロ・リーグを生む までに発達し、2008 年には韓国主導の世界シルム連盟が結成されるに至った。
中国は 2011 年に世界シルム連盟に加盟し、これをもって中国シルムの国際化 が始まる。
中国朝鮮族は、シルムの観光化とスポーツ化、それに国際化という変容を体 験した。こうした変容は、元来の担い手である朝鮮族からすれば、シルムとい う一つの民族文化を消滅から救った適応戦略と言えよう。しかし、漢族が担う 中国政府からすれば、一連のシルム変容は、少数民族対策という政治的意味を 持つ。シルム変容は、少数民族朝鮮族と中心民族漢族の思惑が交差する境界上 に現れた現象といえよう。