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Vol.67 , No.1(2018)071﨑山 忠道「『稲〓経』漢訳諸本の構成とその思想」

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印度學佛敎學硏究第67巻第1号 平成30年12月 (116) ― 405 ―

『稲 経』漢訳諸本の構成とその思想

 山 忠 道

1.はじめに 『稲 経』(Śālistambasūtra)と総称され十二支縁起をテーマとする 大乗経典には,『了本生死経』(大正no. 708),『仏説稲芋経』(大正no. 709)(以下,第 一訳),『慈氏菩 所説大乗縁生稲芋喩経』(大正no. 710)(第二訳),『仏説大乗稲 経』 (大正no. 712)(第三訳),『大乗舍黎娑擔摩経』(大正no. 711)(第四訳)の五つがあり, 3–10世紀に漢訳された.梵文原典は失われたが蔵訳が現存し,蔵訳から復元し た梵文刊本がある1).本稿は,『稲 経』五漢訳の用語・表現等を相互に比較し, それらの構成や思想の変遷を明らかにする.また,五漢訳のうち,どの漢訳が蔵 訳に最も近いかを明らかにし,その成立時期を推定する. 2.『稲 経』教説の構造 「縁起を見るものは法を見,法を見るものは仏を見 る」という仏陀の言葉から2),縁起を「外」「内」に,夫々を「因」「縁」「五観」 に分け法の無自性を説く.「因」「縁」の各要素は自己の働きに無自覚とされ,そ れらには各種の否定辞が充てられ,法は無自性とされる.「五観」は,「不常・不 断・不移・小因多果・相似相続」で外・内縁起に共通の概念である.「外縁起」 は植物の成長過程に擬えた外界の因果関係で,「因」は「種子・芽」などの各支, 「縁」は「地水火風空時」である.「内縁起」は人の苦の因果関係で,「因」は 十二支縁起の各支,「縁」は「地水火風空識」(六界)である.「内縁起」「因」と「五 観」の間には,「内縁起の様々な考察」が挿入される.①無明を三つの観点から 捉えた考察,②十二支縁起の本質を四つの観点で,考察するものである.『了本 生死経』に後続する四漢訳はこの挿入個所等を中心に独自の解釈を加え思想的に 変遷していった. 3.『了本生死経』と「四漢訳」の構成上の差異 最古の『了本生死経』は, 未だ大乗経典の形式を備えていない.他方,後続の四漢訳では,「序分」に「王舎 城,千二百五十人の比丘」等の場面設定があり,「結語」に「授記」が明記され構 成面で,大乗仏教経典への発展が見られる.

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(117) 『稲 経』漢訳諸本の構成とその思想(  山) ― 404 ― 4.「四漢訳」とサンスクリット文献の関係 Schoening [1995]は,『稲 経』 蔵訳は全ての大蔵経で,教説構造,用語,表現が一致するという.そこで,四漢 訳のうちいずれが最も蔵訳に近いかが,問題となる.四漢訳と蔵訳からの復元梵 文原典を比較すると,第三訳の用語・表現が復元梵文原典の対応部分と良く一致 する.蔵訳から推定される梵文原典は,Śāntideva(685–763)のŚikṣāsamccayaに引 用されるŚālistambasūtraのテキストと一致するので3),第三訳の原典のインドで の成立の下限は,西暦8世紀前半までたどれる. 5.「四漢訳」の思想的系譜 四漢訳は用語・表現,思想的特徴から二種類に区 分される.(A)第二訳と第三訳,(B)第一訳と第四訳である.同じグループは 用語と表現が類似し,グループ間では思想的差異がある.(A)(B)間の思想的差 異を検証するが,漢訳の要所には日本語訳を( )内に示し,第三訳には対応す る復元梵文の原語を,〈 〉内に示す. 5.1.「内縁起」の縁(六界) 六界のうち,「地界」「風界」の表現は,(A)(B)間に,思想的差異はないが, 「水界」「火界」「空界」「識界」の表現には差異がある.(A)は,「水界」を「摂持」 「聚集〈anuparigraha〉」,「火界」を「食飲成就」「食飲嚼噉〈aśitapītabhakṣita〉」,「空界」 を「竅 」「虚通〈śauṣirya〉」とする.「識界」は,ともに「五識相應身及有漏意識 (五識身と有漏の意識)〈pañcavijñānakāya saṃyuktaṃ sāsvaraṃ ca manovijñānam〉」が,「如束 蘆〈naḍakalāpayogena〉」により「名色芽」に「転換」「成就」すると表現される.外 界の存在を否定せず,人の心身や外界(一切法)は,相互の関係性においてのみ 成立するという中観的表現と思われる.他方,(B)では,「水界」は「潤漬」「滋 潤」,「火界」は「成熟」「温暖」とされ,「空界」は「無障礙」とされる.「識界」 は「四陰五識亦言爲名亦名爲識 有漏心名爲識 如是四陰爲五情根名爲色(四陰 五識を名といわれ,また,識といわれる.有漏心は識といわれる.このような四陰が五根と なることが色といわれる)」「眼識乃至第八識」とされる.第一訳の有漏心の識は, 第四訳の第八識と対応する.外界も心の世界に収める唯識思想の表明である. 5.2.「内縁起の様々な考察(1)」―「無明についての三つの観点」― ①無明は,六界に自性があると誤解する「無知」である. (A)では,無明と 行の縁により夫々の対象に「貪瞋癡〈rāgadveṣamoha〉」が生じる.その事で四蘊の 識が生じ,識は「彼名色所依諸根 則六處三法和合名爲觸(その名色が諸根に依拠 す れ ば, 六 處 は 三 法 と 和 合 し て 觸 と い わ れ る)〈nāmarūpasaṃśritāni indriyāṇi ṣaḍāyatanam trayāṇām dharmāṇām saṃṇipātaḥ sparṣaḥ〉」とされる.三法和合による法の成立を中観的

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(118) 『稲 経』漢訳諸本の構成とその思想(  山) ― 403 ― に表現する.他方,(B)では,無明は五識に「貪欲瞋恚」を生じ,行も対応す る.識は「隨著一切假名法名爲識」「行亦如是著於假名 生諸妄想名識」として, 名色以降を論じる.「痴」を欠くのは,「痴」が縁起を包摂するという唯識思想の 表現である.②無明は正体の知れない「闇黒」である. (A)では,無明は 「愚闇」「大黒闇〈mahāndhakāra〉」,行と識は,ともに「造作〈abhisaṃskāra〉」および 「了別〈vijñāpana〉」,名色は「互相攝持」「相依〈anyonyopastambhana〉」と定義される.法 の相互依存を主張する中観的表現である.他方,(B)では,無明は「闇冥」「大 黒闇」,行は「造集」「造作」,識は「分別」,名色は「建立」「安立」と定義される. 「分別」は「誤った認識(vikalpa)」,「建立」は「設定された(vyavasthita)」,「安立」 は「仮説(vyavasthā)」の漢訳と思われる.名色を心による設定とする唯識思想の 表明である.③無明は福・非福・不動の行を生じる.(無明と業の関係が論じられる)  (A)では,無明は「無知」「不了眞性顛倒無知(真実を理解せず,顛倒する無知) 〈mithyāpratipattir ajñāna〉」のため「福近行・非福近行・不動近行」「福 ・ 罪 ・ 不動 〈puṇyopaga, apuṇyopaga, āneñjyopaga〉」の行を起こし,識と名色も対応する.他方, (B)では,「邪見妄解」「邪見爲正見」の無明により,身口意の行がなされ,その 「業」の善悪の果報を受け「汚穢・無記・不動」「福・非福・不動」の識となり名 色を縁起する.縁起を心の作用とみる唯識思想の文脈である. 5.3.「内縁起の様々な考察(2)」―「十二支縁起の本質の四つの観点」―  ここでは,中観と唯識の思想的差異が見られる二個所についてのみ以下に示す. ①十二支縁起を無始来の「河の流れ」に譬える議論. (A)では,各支が「迭互 爲因」「互相爲因 互相爲縁」〈anyonyahetuka, anyonyapratyaya〉」として縁起の相依性を中 観的に示す.(B)では各支が「各各有果」「有因有果」として,因果関係の時間 性を認める唯識思想の表現である.②「法はこの世からあの世に行かない」とす る「輪 」の議論. (A)では,法はこの世からあの世にゆかないが,「有業報 施設因縁不闕」「因縁無不具足故業果亦現(因と多くの縁は不備が無いので,業の結果 は現れる)〈karmaphalaprativijñaptiḥ hetupratyayāṇām avaikalyāt〉」とされる.「業煩惱所生」 の識種子は名色の芽に転じる.法は無主・無我で幻のようである.「自性法因縁不 闕」として法に自性を認めれば,縁起は現れるとされる(第二訳).第三訳ではこれ に胎生学的説明が付加される.このように縁起の真理性と法の無自性が中観的に 強調される.(B)では,法はこの世からあの世に行かないが,「但業果莊嚴衆縁 和合便生(もし,業果の装飾あれば,衆縁は和合し忽ち〔後生は〕生じる)」「業結生識 周遍諸趣(業と煩悩に識が生じ,諸趣を巡る)」とされる.更に,衆生にも業果の応

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(119) 『稲 経』漢訳諸本の構成とその思想(  山) ― 402 ― 報はあるので「不可損減(あるものをないとすることは出来ない)」とされ,「善悪因 縁果報隨業不亡(善悪の因縁の果報は,業に随い亡びない)」とされる(第一訳).業感 縁起の影響と,識が輪 の主体であるとの唯識思想が明確に表明されている.第 四訳にも胎生学的説明が付加される. 6.おわりに 以上,『稲 経』の構成と思想的変遷を,五漢訳,蔵訳および復 元梵文原典の相互比較によって考察した4).その結果は以下に要約される.①五 漢訳のうち,『了本生死経』は,未だ大乗経典としての形式を整えていないが, 後続の四漢訳は,これを整えている.②後続の四漢訳は龍樹(Nāgārjuna)以降の 大乗思想変遷を反映し,中観系と唯識系へ分岐した.第二・三訳は前者,第一・ 四訳は後者に属する.③第三訳は,復元梵文との一致から,蔵訳が依拠した原典 と 最 も 近 い. ま た, 第 三 訳 の 用 語・ 表 現 は,Śikṣāsamuccayaに 引 用 さ れ る Śālistambasūtraの用語・表現と類似することが,蔵訳から確認できるので,第三 訳の原典は,7–8世紀頃インドで流布していたものと考えられる.

1)La Vallée Poussin [1913], Shastri [1950], Vaidya [1961].  2)斎藤[1960]は,『中部経 典』(MN 28)に「法を見る者は縁起を見る」という表現はあるが,「法を見る者は仏を見る」 という表現は大乗経典で現れたとされる.  3)Vaidya [1961, 102–106]が,Bendall [1897–1902, 219–227]と一致する.  4)『稲 経』漢訳の検討には,『仏阿毘曇経』「出 家相品」(大正no. 1482)を考慮するべきとのご指摘を佐々木閑先生より頂いた.今後の課 題としたい. 〈参考文献〉 浅野守信1991「稲 経の諸テキスト―その原型と発展―」『佛教學』31: 25–46.   斎 藤精也1960「稲 経の成立―大乗縁起説形式についての一視点―」『法然学会論叢』1:

67–76.   Bendall, Cecil, ed. 1897–1902. Ҫikṣāsamuccaya: A Compendium Buddhistic Teaching Compiled by Çāntideva Chíefly from Eariler Mahāyāna-sūtras. Bibliotheca Buddhica. 4 vols. St. Petersburg: Commissionnaires de l Académie Impérial des Sciences.   La Vallée Poussin, Louis de, ed. 1913. Theorie de douze causes: bouddhisme, études et materiaux. Gand: E. van Goethem.   

Schoening, Jeffrey D. 1995. The Śalistamba Sūtra and Its Indian Commentaries. Wien: Arbeitskreis für Tibetische und Buddhistische Studien, Universität Wien.   Shastri, N. A., ed. 1950. Ārya Śalistamba Sūtra. Madras: Adyar Library.   Vaidya, P. L., ed. 1961. Śālistambasūtram. In Mahāyāna Sūtra Saṃgraha, 100–106. Darbhanga: Mithila Institute.

〈キーワード〉『稲 経』,十二支縁起,中観思想と唯識思想の系譜

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