シューベルトのピアノ・ソナタの特徴と
ピアノ・ソナタ
D.960
変口長調に関する演奏上の一考察山 内 悠 子
後の演奏会を聞いたが、これまでのシューベルト
はじめに のソナタに対する印象から、さらに内面的な深さ
1997年はシューベルト生誕200年の年にあたり、
ラジオのA M、F M等 を 通 じ て 、 大 変 多 く の シ ュ ーベルトの音楽に接することができた 1年であっ た 。 シ ュ ー ベ ル ト い え ば 、 色 々 な ジ ャ ン ル の 作 品 を 残 し た 作 曲 家 で あ り 、 ピ ア ノ の た め の 作 品 も 多 くある。ピアノ作品の中でとくに人気のある曲は、
即典曲や楽典の時など、比較的小品と呼ばれるも の が 多 く 、 演 奏 さ れ る チ ャ ン ス も 多 い 。 そ れ に 反
して「ソナタ」となると大変美しい作品が多くあ る に も か か わ ら ず 、 な ん と な く 敬 遠 さ れ が ち で ある。
ハ イ ド ン 、 モ ー ツ ア ル ト 、 ベ ー ト ー ヴ ェ ン 等 の ソナタは、演奏会等で取り上げられるチャンスも 多 く 、 と く に モ ー ツ ア ル ト 、 ベ ー ト ー ヴ ェ ン の ソ ナタにいたっては全ソナタを組み入れた演奏会も 時 々 催 さ れ る 。 そ れ に 比 べ て シ ュ ー ベ ル ト の ソ ナ タは演奏会のプログラムに加えられる機会は大変 に少ないように思う。シューベルトのソナタは、
作品の規模が大きく、内面的で取り付きにくいと い う 印 象 が あ る た め で あ ろ う 。 こ れ ま で シ ュ ー ベ ル ト の ソ ナ タ に 対 す る 一 般 的 な 評 価 と し て は 、 構 成力が弱く、曲が長すぎるとか、ピアノ的でなく 面 白 味 が な い な ど と 言 わ れ て き た 。 最 近 に な っ て
ようやくシューベルトのソナタに対する評価も高 まりつつあり、 C D等の録音も増え、コンサート で も 取 り 上 げ ら れ る 機 会 も 大 変 多 く な っ て き て い る。生誕200年の記念の年にあたり、 11月にアンド ラ ー シ ュ ・ シ フ に よ る 「 シ ュ ー ベ ル ト ・ ソ ナ タ 連 続 演 奏 会 」 が6回 に 分 け て 催 さ れ 、 筆 者 は そ の 最
を感じさせられる感動的なすばらしい演奏会であ った。
本研究では、シューベルトのソナタの中でも最高 傑作と言われている最晩年の作品、 D.960変口長 調 を 取 り 上 げ 、 演 奏 上 の 留 意 点 を 研 究 す る こ と に
した。
1.生涯と作品の背景
フフ../ツ・シューベルト一、 (FranzSchubert)は 1797年1月31日、ウイーン北西に位置するヒンメ ルプフォルトグルント地区で生まれる。先祖はモ ラヴィアの農民であり、シューベルトの父、フラ ンツ・テーオドル・フローリアンの時代にウイー ンに移住し、職業は学校長であった。 1785年にマ リア・エリーザベト・カテリーナと結婚し、 14人 の子供が生まれたが成長したのは 5人だけであり、
その4人目がシューベルトである。一家は音楽を 愛 好 す る 父 親 に よ り 、 何 ら か の 楽 器 を 習 わ さ れ て いた。シューベルトは父よりヴァイオリンを、ま た一番上の兄からピアノの手ほどきを受けたが、
たちまち父や兄達の演奏技術を越える上達ぶりを 示す。彼が10オの頃に、父の勧めでリヒテンター ル教区教会のオルガニストであったミヒャエル・
ホ ル ツ ア ー に 師 事 し 、 ヴ ァ イ オ リ ン 、 ピ ア ノ 、 歌 唱 法 、 和 声 楽 等 の 基 礎 教 育 を 受 け た 。 多 く の 天 才 がそうであるように、シューベルトも、「新しい何 か を 教 え よ う と し た 時 は す で に 知 っ て い た 」 と 師に言わせるほどであった。 11オの終わり頃に、
シ ュ ー ベ ル ト は 、 宮 廷 礼 拝 堂 の 合 唱 児 童 と し て 採
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察 37
用 さ れ た 。 こ れ と 同 時 に 「 王 立 寄 宿 制 学 校 ( シ ュ タット・コンヴィクト)」に入学することになる。
この寄宿学校には学生オーケストラが編成されて お り 、 シ ュ ー ベ ル ト も ヴ ァ イ オ リ ン の 演 奏 が 優 れ ていたのでコンサートマスターを務めていた。ま た 、 指 揮 者 の 都 合 が つ か な い 時 な ど 代 わ り に 指 揮 をしたりした。この経験を通してシューベルトは ハ イ ド ン や モ ー ツ ア ル ト 、 ベ ー ト ー ヴ ェ ン の 交 響 曲 に 精 通 し て い き 、 ま た 、 交 響 曲 の 技 法 を 学 ぶ 貴 重 な 体 験 と な っ た 。 こ の オ ー ケ ス ト ラ を 通 じ て 知 り合ったヨーゼフ・フォン・シュパウン (Josefvon Spaun)は生涯の友としてシューベルトの音楽活動
を支えることになる。
ま た 、 こ の 時 期 に 宮 廷 学 長 で あ っ た ア ン ト ニ オ・サリエーリに作曲を学んでいるが、サリエー リはハイドンの友人、モーツアルトのライバル、
またベートーヴェンも作曲を学んだことのある作 曲家と言われている。シューベルトの作曲家とし ての基礎はコンヴィクト時代に培われた。シュー ベルトは 1811年頃より作品を残しているが、初期 の時代に比較的多くの「弦楽四重奏曲」がある。
これは、シューベルトが 15オの 1812年に父、 2人 の 兄 、 そ し て シ ュ ー ベ ル ト で 家 族 四 重 奏 団 を 編 成 しており、そこで演奏するために次々と作品を完成 させたものと思われる。このことが生涯のうちに室 内楽のジャンルにおいても多くの傑作を生むきっか けとなったのであろう。
シューベルトは 1814年、 19オの時には父の学校 で教師を始めるが、その間も次々と作曲を続ける。
宗 教 曲 、 室 内 楽 、 リ ー ト 、 オ ペ ラ 、 ピ ア ノ 曲 等 い ろいろなジャンルにおいての作曲を手がけて多く の傑作を残している。
1年後の 1815年に、教職にあることが作曲の障 害になっていると感じ教職を捨てる決意をする。
1815年は生涯のうちで最も多くの作曲をした年で もある。その数はさまざまなジャンルを含め少な くとも 189曲にも及ぶと言われている。その内 145 曲がリートの作曲であり、その中の30曲がゲーテ の詩によるものである。有名なく魔王>は、この 年ゲーテの詩につけた最後のリートである。ピア
ノ・ソナタを初めて作曲したのもこの年である。
1816年頃になるとシューベルトの友人を中心に 定期的にサロンコンサートが開かれるようになり、
そのコンサートではシューベルトの作品が演奏さ れ た こ と か ら 「 シ ュ ー ベ ル テ イ ア ー ゼ 」 と 呼 ば れ る よ う に な っ た 。 こ の コ ン サ ー ト で は シ ュ ー ベ ル ト自身もピアノを弾いたり、リートの伴奏をした り、また時には歌ったりして音楽を楽しんだ。そ れまでは音楽は貴族のためのものであり、サロン 音 楽 会 は 貴 族 の 邸 宅 で 催 さ れ て い た 。 し か し 今 や 市 民 階 級 に も ピ ア ノ が 普 及 し 、 楽 器 を 演 奏 す る 人 が 増 え て い た 。 当 然 の こ と な が ら 、 そ の よ う な サ ロンコンサートにおいては大規模なオーケストラ 用の曲より、ピアノが楽器の中心となり、ピアノ 曲 や ピ ア ノ と 歌 の た め の リ ー ト 等 が 多 く 作 曲 さ れ るようになった。この時期にシューベルトもリート の作曲のほか、ピアノの小品も多く作曲している。
舞 曲 も シ ュ ー ベ ル ト の 作 品 の 中 で 重 要 な 位 地 を 占める。踊ることは苦手だったシューベルトは、
舞 踏 会 や 友 人 の 集 い で は そ の 当 時 流 行 し て い た ワ ル ツ 、 レ ン ト ラ ー 、 ギ ャ ロ ッ プ 等 の 舞 曲 を 弾 き 楽 しんだ。「ワルツ」 D.365も1816年ー 1821年にか けて作曲されており、仲間内で大変評判となり、
1821年に 36のオリジナル舞曲として出版されてい る。これらの舞曲は鑑賞用としての舞曲ではなく、
実際にサロンで踊るための曲として作曲された。
また、シューベルトは他の作曲者に比べると大 変多くの連弾曲を残している。彼は 1818年に友人 の 紹 介 で ヨ ハ ン ・ エ ス テ ル ハ ー ジ 候 の2人の娘マ リーとカロリーネの音楽教師を引き受けている。
この間にも次々と二人の娘のために四手のための ピアノ曲を作曲している。また、上記した家庭的 音 楽 サ ロ ン に お い て も 気 楽 に 友 人 と 連 弾 を 楽 し む ということがあり、必要におうじて作品を書いた の も 事 実 で あ ろ う が 、 そ れ 以 上 に シ ュ ー ベ ル ト に とって連弾は重要な表現手段の一つであったもの と思われる。
1816年頃になるとシューベルトの名声は徐々に 高 ま り つ つ あ っ た 。 彼 は こ の 頃 、 父 の 家 を 出 て 友 人 の 家 に 移 り 住 み な が ら 生 涯 を 送 っ て い る が 、
1822年の終わりに病気になり、父親の元へ戻って いる。病名は梅毒であった。その病気のため、シュ ーベルトは生涯ひどい頭痛やめまいに悩まされ続 けることになる。そのような健康状態の中でも次々
と作曲を続け、多くの傑作を生み出している。 1828 年、死の年の作品はシューベルトの創作活動の頂 点をなすものが多く、最悪の健康状態の中、熱に 浮かされたような興奮状態で作曲を続けた。後期 のピアノ作品の中では、ソナタの他にシューベル トのピアノ曲では最も人気のある、 8曲の即典曲 が含まれている。これらの曲は、それまではピア ノ曲で支配的であったソナタ形式から抜けだし、
ロマン派時代への先駆けとなった。ハイドン、モ ーツアルト、ベートーヴェン等、大作曲家が活躍 した同じウイーンで生まれ、大先輩達に畏敬の念 を持ち、古典的な形式を重んじながら作曲を試み たシューベルトではあったが、その作品は初期の 頃より独創的でシューベルトらしい個性に満ちて いる。シューベルトは古典派とロマン派の橋渡し 的な役割を担った作曲家と言える。 1828年11月29
日に息をひきとるが、この年の9月からわずか2 ヶ月の間に晩年のピアノ・ソナタ 3曲を立て続け て作曲している。
2.シューベルトのソナタの特徴
シューベルトは生涯のうちでピアノ・ソナタを 22曲作曲している。そのうち11曲は未完成の作品 であり、残りのI1曲が完成作品とされている。し かしながら未完とされる作品の中には、完成こそ していないが演奏価値を十分に持っている作品も 多く、現在では、足りない部分を演奏家の手によ り補完されて演奏されているケースもある。しか しこの点に関しては賛否両論で、たとえわずかで も手を加えるべきでないという意見もある。また、
ヘンレ版では、 1巻と 2巻で完成作品を編集し、
3巻に未完作品を納めている。
シューベルトの作品番号は以前は作曲された年 とは関係なく出版された順序で付けられていたが、
1951年 に オ ー ス ト リ ア の 音 楽 研 究 家OttoErich
Deutschによる作品目録がJ.M.デント・アンド・
サイズ社(ロンドン)により出版され、シューベルト の全作品が作曲年代順に整理され、大変わかりや すく、また作曲順序を知る上でも大変便利になっ た。以後は番号の前にD.あるいはD.V.と記すの が一般的となった。
それにしてもシューベルトのソナタはなぜこの ように多くの未完のソナタを残したのであろうか。
シューベルトが最初のソナタを書いたのは1815 年、 18オの時である。この時期は、彼はリートや 室内楽等のジャンルにおいてはすでに完成度の高 い作品を続々と生み出している。彼は一時代先に 活躍したハイドン、モーツアルト、ベートーヴェ ンを大変尊敬しており、彼らの残した作品に接す る機会を多く持ち、ソナタ形式に対する興味は持 ち続けていた。ほとんど独学に近い形で作曲を続 けていたシューベルトにとってソナタの作曲に関 しては、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェ ンの作品の模倣から入っていった。とくにシュー ベルトにとってはベートーヴェンの作品は手本で あると同時に目標であった。しかしシューベルト の天分は美しい旋律にあり、モチーフを展開して 曲を構成する手法はシューベルトの得意とすると ころではなかったようだ。常に試行錯誤を繰り返 し、自分自身の道を模索していたのであろう。そ の結果、とくに初期のソナタに多くの未完の作品 を残す結果となった。
シューベルトのソナタは大きく分けて 3つの時 期に分けることができる。 1815‑1819年を初期、
1823 ‑ 1826年を中期、そして最後の年の1828年で ある。シューベルトは大変短い生涯であったので 3つの時期に分けたとしても、第 1作目のソナタ から最後のソナタまでわずか10年あまりしかない。
普通それ位の年月を 1期としたいところである。
彼はソナタの第一作目を1815年2月に作曲して いる。 D.157ホ長調である。この曲は最初の3楽 章だけでフィナーレが欠けている。同じ年の 9月 には2作目のD.279ハ長調を作曲しているが、これ も終楽章が書かれておらず、同じ頃書かれたハ長 調「アレグレット」 D.346がこのソナタの終楽章
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察 39
で は な い か と い う 意 見 も 一 部 の 研 究 家 に よ っ て 推論されている。 1816年8月にはD.459ホ長調が 作 曲 さ れ て い る が 、 こ れ も 未 完 の 作 品 と な っ て い る。 1817年 に は 3月ー 8月 ま で の 間 に 7曲もの ソナタに着手している。 (D.567変二長調はD.568 変 ホ 長 調 の 第1稿 と な っ て い る の で 、 そ れ を 1曲
と数えると 6曲ということになる)。この年の第1 作 の ソ ナ タ がD.537イ短調のソナタである。ここ で初めてシューベルトはソナタを完成させている。
譜例 1 (ア) D.53 7
Allegretto quasi AndanUno
~ I :;‑.
模倣から入ったとはいえ、このソナタの調の扱いに しても大変シューベルト的である。シューベルト は短調のソナタを 5曲作曲しているが、そのうち の3曲 を イ 短 調 で 書 い て い る 。 ま た 、 第 2主 題 も 近 親 関 係 調 と は 関 係 な く 、 長 三 度 下 の へ 長 調 ヘ と 転 調 し て お り 、 何 の 前 触 れ も な く 遠 隔 調 へ 転 調 す る こ と は 、 シ ュ ー ベ ル ト の ソ ナ タ の 特 徴 の 一 つ と い え る 。 こ の 曲 の 第2楽章アレグレットのテー マはD.959で 形 を 変 え て 、 再 度 使 用 さ れ て い る
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(イ) D.95 9
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(譜例l)。
それに続く D.557変 イ 長 調 で は 、 む し ろ 一 歩 後 退 し た 感 が あ り 、 シ ュ ー ベ ル ト ら し さ や 斬 新 さ に 欠 ける作品となっている。続く D.566ホ短調は再び シューベルトらしい作品となっているが、 D.537 を越える作品とはいえない。 D.567変二長調の第
l稿 を 経 て 作 曲 さ れ たD.568変 ホ 長 調 は 第2楽章 の 調 が 変 え ら れ 、 ま た メ ヌ エ ッ ト 楽 章 が 加 え ら れ た 。 こ の 曲 に よ っ て シ ュ ー ベ ル ト は 初 め て 4楽章 の ソ ナ タ を 完 成 さ せ て い る 。 特 殊 な 調 性 感 覚 を 持
っ て い た シ ュ ー ベ ル ト はD.567で気に入らなかっ た調性をD.568に 書 き 改 め て 完 成 さ せ た も の と 思 われる。
7月にはD.571嬰 へ 短 調 を 作 曲 し て い る が 、 こ の 曲 も 未 完 の 曲 で 第1楽 章 の 断 片 の み と な っ て い る。しかし、このD.571のソナタは、その後D.570
「スケルツォとアレグロ」と共に3楽章のソナタと して誕生。さらにD.604「ピアノ小品」を加えた
4楽 章 で 構 成 さ れ た 版 も あ る 。 し か し 欠 落 部 分 を 後 世 の 人 の 手 に よ り 補 筆 し て 演 奏 す る こ と に 関 し
ては賛否両論がある。 1楽章の途中で中断されて いるこの曲は大変シューベルトらしい情感をたた え た 美 し い 曲 で あ り 、 シ ュ ー ベ ル ト の 円 熟 期 の ソナタヘの橋渡しの位置にあり、そのまま捨て去 るのはもったいない曲である。アンドラーシュ・
シフはこの曲の一楽章の途中まで、(シューベルト 自身によって書かれた部分のみ)を演奏し、収録 している。 1817年8月にはこの年に作曲された最 後のソナタを完成させている。 D.575口長調であ る。この曲はそれまでの歌曲的な流れの主題から 離れて、一段とスケールが大きく、大胆な主題設 定が行われており、シューベルトのソナタに対す る新しい試みを感じさせる。
1818年には2曲のソナタを手がけている。 4月 に着手したD.613ハ長調はやはり未完成のまま放 置されており、 9月に作曲されたD.625は3楽章 まで書き進められているが、 1楽章は主題操作に よる統一された楽章であるにもかかわらず、再現 部の前で突然中断されている。残りの部分を補完 し て 出 版 し て い る 楽 譜 も あ る が 、 ア ン ド ラ ー シ ュ・シフはこの曲の場合もやはり、シューベルト 自身が書き進めた個所で演奏を中断し、収録して いる。ー音足りとも他の人が筆を加えるべきでな いと言う姿勢をつらぬいているが、筆者もその意 見に同意するものである。
1819年4月にはD.655嬰ハ短調に着手している が、これは提示部、 38小節のみに終わっており、
単なるスケッチの意味しかない。こうしてD.613、 D.625、D.655のソナタを続けて未完に終わらせて いるシューベルトはこの時期、ハイドン、モーツ アルト、ベートーヴェンの影響から離れ自分自身 のソナタヘの目ざめのために苦闘していた時代で あった。この気持ちの揺れがこの時期、特に多く の未完のソナタを残す結果となったのであろう。
そしてD.655の着手の後にD.664イ長調のソナタ を完成させている。このソナタは旧全集版におい ては1825年の作であるとされていたが、その後の 研 究 に お い て1819年の作曲であると変更された。
D.959のソナタ「イ長調」に対して「小さなイ長 調」と呼ばれ、親しまれている。初期の最後にあ
たるソナタで小じんまりとまとまり、シューベル トらしい美しい旋律にあふれており、シューベル トのソナタの中では最もよく演奏される曲の一つ である。このソナタを作曲した後、シューベルト は4年の間、ピアノ・ソナタの作曲から遠ざかっ ている。そして1823年より中期のソナタの作曲を 再開する。
1823年2月にはD.784イ短調を作曲した。これ はシューベルトの成熟期の第1作目のソナタであ る。ここまでくるとシューベルトのソナタ形式は、
ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン等のソ ナタ形式から解き放たれ、自由に、独自にシュー ベルトらしい新しい世界に踏み入っている。とく に 2楽章はシューベルトらしさにあふれた作品で ある。この年はこの 1曲のみで、その後2年間は ソナタを書いていない。
1825年になると 4月、 5月、 8月と続いて3曲の ソナタを作曲し、最初に作曲されたD.840ハ長調 は4楽章作品であるが、 1、2楽章は完成されて いるものの 3、4楽章は、完成されておらず、し かも終結部まであとわずか、という個所で中断さ れている。この曲は音楽の友社出版の「シューベ ルトピアノ・ソナタ全集I」の原典版においては 中断された部分まで納められており、ヘンレ版の ピアノ・ソナタ全集第3巻「初期および未完のソ ナタ集」の中には、パウル・バドウラ・スコダが 補作して完成させた形で収録されている。続いて 作曲されたD.845イ短調は、 D.840を試作として 書 か れ た 。 第1楽章の主要動機は明らかに同じ発 想から生まれたものである。このソナタの第2楽 章はシューベルトの全ソナタの中でも唯一の変奏 楽章となっている。この年の最後に作曲された3 曲はベートーヴェン的なソナタの手法から解き放 たれ、シューベルトの感性が花開いていく。いわ ゆる動機操作でなくて主題を調的に変化させ、和 声的に色づけしながら押し進める手法を取ること によってシューベルトの個性を存分に発揮してい る。古典の模倣から入った音楽も今やロマン派の 音楽への橋渡しのような感じとなっている。
1年後の1826年10月には中期最後のソナタとな
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察 41
るD.894卜長調が作曲されている。このソナタは 1827年にハスリンガー社より出版された折に、ソ ナタとしてでなく「ファンタジ一、アンダンテ、
メヌエットおよびアレグレット」として発表され たため、今日では「ファンタジー」という副題を 持つことになった。 D.845、D.850、D.894は共に シューベルトが生存中に出版された数少ないソナ タである。
そしていよいよシューベルトのソナタも後期へ と入る。 D.894を作曲した2年後の1828年9月に D.958ハ短調、 D.959イ長調、 D.960変口長調の 3曲のソナタを書いている。死のわずか2ヶ月前 であり、病状もかなり悪化していた時期である。
そのような時期にきわめて短期間に全く性格の違 う大ソナタを三連作することは驚きに値する。中 期のソナタでシューベルト独自の世界を開いた彼 も、 D.958、D.959のソナタでは今まで以上にベー トーヴェン的な作品となっている。とくに冒頭動 機においてはその感が強い。
シューベルトは死の 1年前にベートーヴェンの 死の床を見舞っている。同じウイーンに住んでい ながら、シューベルトがベートーヴェンに会った のはこの時、一度限りであった。尊敬するベート ーヴェンに初めて会い、また彼の葬儀の列に加わ ったシューベルトにとって、この経験は再びベー トーヴェンの音楽に思いをはせるチャンスとなっ たのであろうか。とは言ってもその音色はシュー ベルト的であり、古典的な様式を用いながら彼自 身の中で十分に消化されて無理なく音楽が流れて 行く。 D.960はシューベルトのソナタの総決算と もいうべき作品であり、最後のソナタにふさわし く堂々たる構成を持っていると同時に叙情性あふ れ、魅力ある作品である。
全体にシューベルトのソナタを分析してみると、
ハイドンやモーツアルトのソナタのように動機操 作をし、発展させていく手法は、大変苦手であっ たようだ。シューベルトの特質は美しい旋律にあ り、結局はその旋律を転調したり、和声的に色づ けしたりして曲を発展させていく手法を用いてい る。初期の段階では古典的ソナタの形式の枠の中
で試行錯誤し、結果として未完成の作品を多く残 したものの、中期のソナタでは、それらの枠を乗 り越え、シューベルト独自の音楽へと向かってい く。転調にしても、古典的ソナタで行われている ような近親関係調の中での転調に留まらず、何の 移行楽句もないままに、突然遠隔調へと転調を繰 り返すという手法を用いている。この何の前触れ もなく次から次へと転調することはシューベルト にとってはごく自然なことのようであった。また 結果的には転調を繰り返しながら、さらさらと流 れていく音がシューベルトのソナタの大きな特徴 となっている。展開部においては、主題を移調し、
リズムに変化をつけたり、あるいは伴奏型を変え たりすることによって展開させているが、ベート ーヴェンのソナタの展開部等とは違い多少平面的 な感じを受ける。再現部に関しても、ほとんど提 示部をそのままの形で再現される場合が多く、こ れらもシューベルトのソナタの特徴といえる。
シューベルトのソナタにおいて、曲の途中でゲ ネラル・パウゼゃ^を使用することにより、長い 休止を取ることがしばしばある。 これらの長め の休符の後に突然転調することもあり、転調の手 法の一つでもある。また、シューベルトは 3連音 符を好んで使っている。 2連符のメロディーに対 して 3連符の伴奏をつける方法はシューベルトの 曲のあちこちで見受けられ、このようなリズムの 扱いがシューベルトの音楽にやさしさと叙情性を かもし出す助けとなっているように思う。
3.ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察
前述したようにD.960は最後の3連作の3曲目 にあたるソナタであり、 1、2曲目がそれまでに ない位ベートーヴェン的なものであるのに対して D.960はまさにシューベルトの個性がいかんなく 発揮されており、シューベルト様式はここに浄化
され、完成されたといえよう。死のわずか 2ヵ月 前に作曲されたこの作品は、すべてを超越し、そ の精神はあたかも広い宇宙へ解き放されているか のような美しさを感じさせる作品となっている。
1楽 章 モ ル ト モデラート 変 口 長 調 ソ ナ タ 形式 4分の4拍 子
提示部 第1主題
(1‑117小節)
(1‑18小節)
エピソード (19‑35) 推移部分 (36‑47小節)
第2主題 (48‑79小節)
譜例 2
始される(譜例 2)。
こ の 主 題 は ほ と ん ど 形 を 変 え る ことなく、伴奏型 や調性の変化を繰り返しながら曲を支配していく。
ま ず 、 テ ン ポ の 設 定 で あ る が 、出だしのテンポ を 急 ぎ 過 ぎ ず 、 ゆ っ た り と 歌 え る テ ンポで弾き始 めるべきでJ=100位が適当のように思う。
第1主題は ppで開始されている。この指示 は第2主 題 に 入 る 前 の 第34小 節 目 のcresc.ま で続けられる。この個所は弱音ペダルを使用 すると響きがなくなってしまうので演奏者の 注 意 力 によって弱音をだすべきであり弱音ペ ダルは使用しない方が良いように思う。また、
曲全体を支配している右手のメロデイーは響 きにムラが出ないように上声部の響きを浮き 上がらせて、歌わせなければならない。
左 手 は 右 手 の メ ロ デ ィ ー が 弱 音 で あ る の で 、 それをさまたげないように、さらに弱音 で弾き、低音部の動きには、よく心を向けて 弾く。
8小 節 め の 左 手 の トリルは決して音量を上 げずppで奏すべきである。トリルの後の長い 休符は前のフレーズの終わりであると共に、
次に始まる音への暗示をしている大切なポー ズである。完全に音の響きを切って次の音を
終結部 展開部 再現部
(80‑117小節)
(118‑215小節)
第1主題部 (216‑266小節)
第2主題部 (267‑344小節)
コーダ (345‑357小節)
叙 情 性 あ ふ れ る 楽 章 で あ っ て 、 い か に もシュー ベ ル ト ら し い 大 変 美 し い 旋 律 の 第 1主題で曲は開
引き出す準備をする。
19小 節 目 の 左 手 の ト リ ル は シューベルト自身の 書 い た 手 稿 で は 譜 例3の ( ア ) の よ う に 書 かれて い る 。 ヘ ン レ 版 は 譜 例3の ( イ ) の よ う に 書 き 替 え て お り 、 他 の 多 く の 版 で は 、 手 稿 そ の ままで記 譜している。
譜例 3 (ア)
(イ)
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口艮調に関する演奏上の一考察 43
(ア)のように書いているということは、作曲者と しては、 トリルはより細かく繊細に演奏すること を意図していると思われる。
19小節目で準備されたトリルによって変卜長調 へ転調して、エピソード旬が現れる。第 1主題は ここでは16分音符の伴奏型を伴い、夢見るような 美しい旋律となっている。
左手の16分音符の伴奏型は右手のppのメロデイ ーに対する伴奏であるから、できるだけ弱くなめら かに弾く努力をすべきである。この部分のテンポは 曲の出だしより幾分速めのJ=108位にしたい。
ペダルに関してはシューベルト自身で書き入れ た ペ ダ ル は ソ ナ タ に 全 体 で2、3個所しかない。
版によっては曲全体にペダルを書き込んでいるが、
オリジナルペダルでないことを認識した上で自分 自身の耳で確かめながら使用すべきであろう。 19
小節からは左手は明るく保ち、ハーモニーの変化 に合せてペダルを注意深く使用すべきである。ま た、 27小節から32小節にかけての 1拍目と 3拍目 の変卜音がペダルに入るようにタイミングに気を 付けなければならない。
34小節目から 3連符の動きに変わる。それまで ずっとppの指示であったが、ここで初めてcresc.が 指示されている。ここでクレッシェンドをかけな がら音の広がりと共に途中で速められたテンポを 元へ戻し、推移部分へと入っていく。この部分は 第1主題のメロデイーの繰り返しであるが、音量 はフォルテでたっぷりと弾き進め、やがい 4小節 の転調旬を経て第2主題へと入っていく。
第2主題は左手内声部に嬰へ短調で静かに歌い 出される(譜例4)。
譜例 4
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︑ ` ー
︑
やがて主題は形を変えながら右手の高音部へと移 され、調も変卜長調、イ長調、二短調、口短調等 の調をめまぐるしく通過しながら、やがてへ長調 へと落ちつく。
第2主題も大変美しい部分である。メロディー が左手の内声部へ出てくるが、この線をあまり強 調しすぎると全体に雰囲気が壊されるので、あく
までも弱音の中で歌が響いてくるように気を付け、
また、和声的な変化にも十分心を向けて演奏しな ければならない。
80小節目から出てくる三連符の音型ではペダル は使用しないで、指先のタッチでー音・ー音を歯 切れ良く演奏する。反対の手に出てくる 8分音符 の和音は、スタッカート扱いで短か目に音を切る
方がこの個所には合っているように思う。
曲はこの歯切れ良い三連符を繰り返しながら提 示部の終わりへと近づいていく。 99小節目から音 型を変え、休符を伴いながら提示部の終わりへと 進められるが、この個所はゆったりとしたテンポ で演奏したい。
103 ‑ 105小節のそれぞれの最後の和音は再現部 においては、アルペジオ記号が付いている。作曲 者が書き忘れたという考え方で、 103‑ 105小節に も ア ル ペ ジ オ 記 号 を 書 き 入 れ て あ る 版 も あ る 。 (Howard Ferguson : Complete pianoforte sonatas. Schubert Vol. III)。
提示部の繰り返しについては、単にシューベル トのソナタは長大過ぎるという理由で、反復する
ことなしに先へ進む演奏家(アルフレッド・ブレ ンデル)もいる。一方、そのような意見に反して、
アンドラーシュ・シフは「シューベルトのソナタ は一秒たりとも長すぎることはない」10)という考え で反復記号を忠実に守って演奏している。アシュ ケナージ、ポリーニ、ゼルキンも反復して演奏し ており、こちらの意見の方が主流のようである。
反復のための 1番カッコは、わずか9小節である が、大変個性的なパッセージであり、反復するこ とにより、この曲の大きな広がりが感じられるよ うに思う。
展開部
展開部は嬰ハ短調で静かに始められる。第1主 題と第2主題を巧妙に織りまぜながら、シューベ ルトらしい展開方法が取られている。旋律線はほ とんど変化はないが、リズムの上では3連符と 2 連符を組み合わせたり、提示部では一部を除いて ほとんど高まることなしに弱音で進められた音楽 も展開部ではピアニッシモからフォルテイッシモ にいたるまで音量の幅を出すことによって曲の盛
譜例 5
コーダ
コーダは静かに第 1主題を繰り返しながら、第
1楽章を閉じる。長大な楽章の割には驚くほど短
り上がりをはかっている。とくに168小節から172 小節ではクレッシェンドを加えると同時にテンポ
も動き出すことによりさらに曲を盛り上げていく。
173小節からは調子は二短調におさまり、単純な 伴奏型に 2種類の基本音型を配して展開していく。
173小節目からは和声の動きに注意を払うと同時 に音量のバランスが変わらないように気を付ける。
この動きはやがて現れる最弱音のトリルによって ニ短調から変口長調の再現部を導き出す。
再現部
提示部と同じ変口長調で現れた再現部は、ほとん ど同じ音型で進み、途中で調子をイ長調へと移す。
第2主題は口短調で開始され、やがて変口長調 に落ちつく。
322‑324小節の各小節の最後の和音には、前回 の同じ個所にはなかったアルベジオ記号が付けら れている(譜例5)。324小節の3拍目は、右手ア ルペジオの低音F音と左手の和音を同時に響かせ る方がクライマックスの雰囲気が出せる。
いコーダである。テンポもだんだんとゆるやかに、
また遠くかなたに消え去るように奏する。
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察 45
2楽 章 ア ン ダ ン テ ソステヌート 嬰 ハ 短 調 3部形式 4分 の3拍 子
譜例 6
2楽章はABA'+コーダという単純な三部形式 で書かれている。 Aの 出 だ し はppで付点のリズム
1
¥
Andnnle sostcnulo
1 '・
col pヽdall
を伴い神秘的に静かに歌い出す(譜例6)。 左手は3オクターブにわたる嬰ハ音のみの伴奏型 が右手のメロデイーの間をぬってリズムに色づけを
譜例 7
Andante 808tenuto
している。この左手伴奏の2点ハ音はヘンレ版では 手稿そのままに記されているが、春秋社版、ペータ ース版等では譜例7のように書き替えてある。
キ‘``’’→~
. .
L│し
oo
.
9 P・視覚的には、そのほうが分かりやすいように思う。
最初の小節にcolpedaleと記されているが、これは シューベルトのソナタの中での作曲者自身による 数少ないペダル指示の一つである。
出だしの付点リズムは複付点となっている。 32 分音符と16分音符の区別に十分留意したい。また、
ppの メ ロ デ ィ ー に 対 す る 伴 奏 で あ る の で 、 さ ら に 弱 音 を 要 求 さ れ る 。 響 き を 失 わ ず2楽 章 前 半 を 支
譜例 8 (ア)
配 し て い る 特 徴 あ る リ ズ ム を 大 切 に し た い 。 と く に9小 節 目 か ら 右 手 に 付 点 音 符 が 出 て く る の で 右 手の後に左手の音を入れるように注意を要する。
10小 節 目 の 右 手 のF音 に は ヘ ン レ 版 で は 臨 時 記 号 は 付 い て い な い ( 譜 例8のア)が、ペーター ス 版 、 春 秋 社 版 は ダ ブ ル シ ャ ー プ が 付 け て あ る
(譜例8のイ)。
(イ)
r
'
‑
'
ii2今 ︳
` ー
作曲者自身が付け忘れたという解釈である。ダブ ルシャープを付けたほうが自然な響きとなるので その解釈を採用したい。
曲の出だしより静かに歌われてきた同型のリズ ムは43小節より左手が16分音符の伴奏に変わり、
イ長調に転じて歌い継がれていく。 (Bの部分)
この中間部は少しテンポを速め、曲を盛り上げ ていきたい。
51小節目から右手上声部に対して内声部に6連 符の伴奏を伴っている。上の旋律は手首を柔軟に 保ち、音を柔らかく響かせ、内声部の伴奏の16分 音符は音を均等に響かせるように注意を払う。
Bの部分は89小節目にゲネラル・パウゼを伴っ て終了し、最初のメロディーが再び現れる (A'(!) 部分)。今回は左手伴奏の付点音符は8分音符に修 正され、新たな装飾音符が加えられて一段と美し
譜例 9 Scherzo
さを増している。調子は曲の最初と同じ嬰ハ短調 である。
左手伴奏の16分音符は他の部分より幾分響きを 出した方が音のバランスが良いように思う。
このリズムパターンは延々と続き、コーダの部 分はこのリズムパターンのまま調子を嬰ハ長調に 転じ、 PPPからさらにデイミヌエンドを加えながら 消え去っていく。
3楽 章 ス ケ ル ツ オ アレグロ ヴィヴァーチェ・
コン・デリカッツア 変口長調 4分の3拍子
この楽章は型通りのスケルツオで書かれている。
快 活 さ と 繊 細 さ が こ の 曲 の す べ て の よ う で あ る
(譜例 9)。
Allegro vIVnce con dol!catezzn
この楽章は一部を除いてほとんど弱音を要求され ている。弱音でしかも軽快に演奏されなければな らない。とくに伴奏部がメロデイーを妨げないよ うに、最弱音で音の均ーを崩さないように気をつ けたい。
旋律が高音部と低音部に交互に現れている。メ ロディーの交替が行われる時は、すき間が空かな
譜例 10
f
いように、インテンポのままで演奏したい。交替 の都度、少し間を空けて演奏している例(ルドル フ・ゼルキン)もあるが、一気に弾き進める方が 軽快さが出て良いように思う。
35小節を初めとして数ヵ所の和音に、スタッカ ートと区別してスタカッテイシモの記号が付いて いる(譜例10)。
シューベルトのピアノ・ソナタの特徴とピアノ・ソナタD.960変口長調に関する演奏上の一考察 47
これらの音は鋭く短く切るとともに、瞬間的に 音 の 強 さ を 与 え て 浮 き 立 た せ た い 。 こ の 時 、 ペ ダ ルは使用しない。これらのアクセントはスケルツ オ楽章の軽快さを一段と際だたせる要素となって いる。
変口長調で始められたスケルツオは、 トリオ部 分 で シ ン コ ペ ー シ ョ ン の リ ズ ム に 変 わ り 、 趣 を 異 にする。ここでも左手に 1小節おきにfpを加えて リズムの面白さも加えている。これらの音もスタ ッカートと区別してスタカッテイシモが記されて い る 。 作 曲 者 の 要 求 し て い る も の を し っ か り と 踏 まえて演奏すべきであろう。ここでは、 fpの付い ている音にペダルを使用し、音量を増す。曲はス
ケルツオ部分を繰り返した後、 4小節のコーダを 経て静かに終わる。
4楽章 ア レ グ ロ ・ マ ・ ノ ン ・ ト ロ ッ ポ 変 口 長 調
4分の 2拍子
この楽章は、はっきりとした展開部を持たない ソナタ形式で書かれているが、ロンドの惑じも強 い楽章である。
曲は意表をつくようなG音のオクターブで始ま る。主調は変口長調であるが、ハ短調で開始される
(譜例11)。
譜例 11
Allegro, ma non troppo
, ¥ 'ー'
ー
︑
か
このオクターブは10小節目で再び現れ、ハ短調 になりきるのを防ぐ役割をしている感がある。
第一主題は大変軽快な弾むような旋律である。
とくに主題の後半に出てくる旋律はとりわけ印象 的である。
ハ短調で始められた第一主題は、少しずつ形を 変えて、やがて主調の変口長調に落ちつく。
右 手 の 旋 律 は 軽 い タ ッ チ で 歯 切 れ よ く 弾 く 。 左 手8分音符も重たくならないように、軽くスタッ
カートで弾く。
86小節より第二主題が現れるが、この部分の86 小節から 155小節までと 156小節から224小節の2 つに分けることができる。後半の部分は3つ目の テーマと考えれることもできる。この部分が展開 部的な雰囲気がある。
第二主題の前半はへ長調で始められる。右手内 声部に 16分音符を伴った 4分音符による流れるよ
うな旋律が現れる(譜例12)。
譜例 12
冒
右手旋律をなめらかに弾くために、手首の動き を柔らかく保ち、また内声部の16分音符が強くな らないように十分に注意する。
このなめらかな旋律は153小節で終了し、 2小節 の全休符の後に、突然フォルテイッシモで付点の 和音が現れる。第二主題の後半部である。この付
譜例 13
古典的奏法においてはこのようなリズムの場合、
右手の16分音符と左手の最後の音を一致させて弾 く習わしがある。シューベルトの場合は、一致さ せて弾く場合と 16分音符を左手3連符の後にずら して弾く場合の二通りがある。ここに出てくる付 点音符は、その前の段階ですでにリズムが確立さ れているので、伴奏が 3連符に変わってもそれま での付点リズムを生かして弾くのが妥当だと思う。
このあたりはタランテラ風のリズムとなっている。
224小節目に第一主題に戻る。 225‑229小節、
234‑238小節においては前回と違い、休符は付点 8分休符となり、従ってそれに続く音符は16分音 符となっているので注意する。そのリズムによっ て前回よりさら軽快さを増している。それは275小 節より伴奏型に3連符を伴い、華やかさを増して いく。 2連符と 3連符の組み合わせは、シューベ ルトらしいリズムの組み合わせである。
この嵐のような動きに対してはテンポも速める 必要がある。このテンポの動きは、次に冒頭主題 が現れる少し前の、 306小節あたりから少しずつ元 のテンポに戻す。
曲はこのまま提示部の構成をそのまま繰り返し、
490小節よりコーダに入っていく。
コーダは第1主題を中心に構成されている。 512
点のリズムは168小節より 16分音符の伴奏を伴い 発展していく。
この楽章の盛り上がりの部分であるテンポは幾 分ゆったりと取り、力強く演奏する。
この付点リズムは185小節より左手伴奏が3連符 に変わる(譜例13)。
小節からprestの指示があるが、冒頭主題との関係 が失われないようにするため、早すぎないように 注意したい。
曲は冒頭主題に 3連符の伴奏を伴いクレッシェ ンドで音量を増しながら力強く終わる。
おわりに
今回、シューベルトのD.960を研究するにあた り、平素あまり耳にしない未完成のソナタも含め て、収録されているソナタについては、ほとんど 聴くチャンスを持った。歌曲やピアノ小品におい ては、情感あふれるままに次々に名曲を残したシ ューベルトもソナタ形式の前では、大変な葛藤が あったようである。その結果があのように多くの 未完成のソナタを生み出したのであろう。現在出 版されているソナタ全集の中には、未完成の作品 も含めて編集されているものがあり、収録されて いるC Dでも作曲者自身が書き進めた「その場所」
までで演奏を中断しているものも多くあることに 興味をひかれた。たとえ未完成の作品であっても そのまま捨て去るにはしのびないという、シュー ベ ル ト の 音 楽 に 携 わ る 人 々 の 気 持 ち を 感 じ と る ことができたとともに、シューベルトソナタ作曲