VIVIR FLAMENCO カンテ・ホンドの世界
序
筆者は、パセオフラメンコ誌(Paseo Flamenco)の 2009 年 1 月号から 12 月号まで、カンテホンドの世界に フラメンコ愛好家を誘
いざないたい思いから、この資料の表題 にある「カンテホンドの世界(Vivir Flamenco)」を連 載させていただいた。この連載に先立ち、福岡大学人 文論叢 36 巻(2004 年)に”Expresiones de dinamismo emocional en la poesía flamenca / Expresiones de sosegado sentimiento en el haiku (primera parte)、
同 論 叢 38 巻(2006 年 ) に ”Expresiones dinámicas del flamenco: Segunda parte del "expresiones de dinamismo emocional en la poesía flamenca・
expresiones de sosegado sentimiento en el haiku.” と いう論文を発表して、カンテホンドにおける表現の「動 性」と俳句における表現の 「静性」 の比較の序論とした のだが、以来カンテホンドにおける表現の動的な側面と、
その表現の背後にあるイスラム思想と、そのジプシーへ の影響に興味を持ち、論説を準備して、出版の機会を窺 っていた。そこにパセオフラメンコ誌から、準備してい た論説の中から読者の興味を惹くテーマのいくつかに絞 って連載してはどうかという申し出があり、フラメンコ 愛好家がカンテホンドの深淵な世界に触れるきっかけに なればと思い、喜んで連載させていただいた。
以下では、連載が終了したことから、この分野の研究 家の資料となるように同誌のお許しを得て、連載した記 事全体を一つにまとめて、ご覧いただくことにした。構 成は次のようになっている。まず、連載が何回目か、そ の回全体のテーマ、とりあげたカンテの中の表現の主題、
原文、和訳、音源(ない場合も)、解説の順である。な お、作者や音源などについては、筆者も不明の部分が多 く、もし文中に誤りや作者不詳としたカンテの作者がわ かる場合などには、是非とも青木までご指摘いただけれ
ば幸甚です。
なお、連載記事の再掲を快く承諾していただいたパセ オフラメンコ誌の関係者、とくに編集の谷口哲哉氏には、
さまざまにお世話になり、心から改めてお礼申し上げます。
第 1 回:激情
「激情(furia pasional)」のレトラ
Si mi mare no me casa para este domingo que viene le pego fuego a la casa con toíto lo que tiene
※ mare = madre, toíto = todo
次の日曜日までに
母が私に結婚させてくれないなら 何もかもいっしょに
この家に火を放つ
作詞:不明
カンタオール:アントニオ・マイレーナ (Antonio Mairena)
曲種:タンゴまたはガロティン
参考音源:フラメンコ ・ サイト「flamenco y universidad (http//flun.cica.es/flamenco_y_universidad)」
より「Grabaciones(録音)」の項目から試聴可
フラメンコの詩は総称してカンテ(cante)と呼ばれ るが、カンテ・ホンド(cante hondo)〈註①〉は力強い 感情的情感を込めて歌われるカンテのことである。アン
【資料】
パセオフラメンコ誌への連載を終了して
青 木 文 夫*
Vicente Haya**
パロ解説協力:María del Carmen Corpas Martín***
* 福岡大学人文学部教授:メールアドレス [email protected]
** 長崎外国語大学専任講師
*** カンタオーラ(在スペイン)
ダルシアの詩人マヌエル・マチャードが、 「カンターレス、
我が祖国のカンターレス、カンターレスはアンダルシア だけのもの(Cantares〈註②〉, Cantares de la patria mía…Cantares son sólo los de Andalucía)」と詠ってい るように、深い感銘を与えてくれるほとんどの詩は、ア ンダルシアの民衆の心そのものと言っても過言ではない であろう。
フラメンコを知ることは、アンダルシアの民衆の心に 触れること。とくにフラメンコの詩を知ることは、アン ダルシア地方のスペイン語〈註③〉を理解するとともに、
ジプシーたちの心の叫びを体感することである。今回か ら毎月、カンテ・ホンドの広大な精神世界の一部を、そ のテーマに沿って眺めてみたい。
フラメンコの詩には「静まることのない動性」〈註④〉
がある。これは挑発的で主観的で無遠慮な言語を用いる アンダルシアの民衆の特徴であり、論理よりも画像的イ メージを追究する視覚的な性格であることに由来する。
カンテ・ホンドが具象化する典型的な例は、嫉妬、復讐、
自尊、死、愛、脅迫、不信、罵倒、不誠実、呪術、誇張、
不服従、快楽、放蕩、怠惰など。まさに「情熱(心の激 しさ:pasión)」の世界である。
これらの感情や情態は、敏捷で、針で刺すように鋭く、
瞬時に捕まえることができない動的なアンダルシアの言 語によって表現される。
ちなみに「情熱」は、カンテ ・ ホンドにはところかま