『総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
島根県立大学 総合政策学会
<研究 ノー ト
>
地域創生に資する「現代アー ト」の力
― 調査事例か らの一考察―
八
田
典
子
は じめに
1.調査事例 の実際 (1)概要
(2)NAOSHIMA STANDARD2
(3)神戸 ビエ ンナー レ (2007及 び2009) (4)越後妻有2008冬
(5)ドクメ ンタ12
2.新潟県 における新 たな試 み― 「水 と上 の芸術祭2009」 ―
3.「
ミュ ンス ター彫刻 プロジェク トJの特質 とその効果(1)プロジェク ト倉1設の経緯 と第
4回
展 の内容 (2)その特質 と効果むす び
イ よじめ に
近年、国内タトの各地で、現代 アー トを中心 とした国際展の開催やアー トプロジェク トの 実施が相次いでいる。また、コレクシ ョンの内容 を現代 アー トに特化 した美術館の開館や、
現代 アー トによるユニークな企画展やワークシ ョップ等 に力 を入れる美術館 も増加傾 向に ある。
21世紀 も
10年近 くが過 ぎ、難解なイメージが先行 して敬遠 されがちであった現代 アー
トも、社会の中で徐 々に市民権 を獲得 して きた感がある。
この ような昨今の動 きの中で も顕著であるのが、現代 アー トと地域の関わ りを重視 した 多彩 な試みである。本稿は、過去
3年間
(2007年度〜
2009年度
)に筆者が実地調査 を行 なっ た事例 を中心 に、地域 における現代 アー トによる取 り組みの現状 を把握 し、地域創生 に資 す る現代 アー トの力について一考 を傾 けるものである。
1.調
査 事例 の実 際
(1)概要
この
3年間
(2007年度〜
2009年度
)は、先述 した状況の中で も特 に、本稿の問題関心に 照 らして大変実 りの多い期間であつた。
2007年 度 は、まず海外で、美術界 における「惑星直列現象」 と呼ばれる、 ヨーロッパ
3島根県立大学F総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
大国際美術展の同時開催が起こった。すなわち、 2年 に 1度 の「ヴェネツィア・ビエンナー レ」、5年に 1度 の「 ドクメンタ」、10年に 1度 の「ミュンスター彫刻プロジェク ト」がそ ろって開催 されるという特別な 1年 であった。一方、国内においても、香川県直島では
「
NAOSⅢ
MA STANDARD2」 (2006年 度 か らの継 続企 画)、 神 戸 で は初 め て の ビエ ンナ ー レ、 また、2000年 以来3年に1度、夏季 に芸術祭 を開催 して きた新潟県 の越後妻有地域 で、雪深い という地域の特質を見据えた初めての企画 として、冬季におけるアー トプロジェク ト「越後妻有2008祭Jが実施 されるなど、継続的な取 り組みとともに新たな動 きが見 られ た。
次いで、2008年度には、
トリエンナーレとしては初回となる「プラハ'ト リエンナーレ」、
国内では、 3回 目を迎えた「横浜 トリエ ンナーレ」や、初めての試みであった「金沢アー トプラットフオーム」等が開催 された。
2009年度には、恒例の「ヴェネツイア・ビエンナーレJ「リヨン・ビエンナーレ」、4回 目を迎 えた「大地の芸術祭・越後妻有アー トトリエンナーレ」「福岡アジア美術 トリエン ナーレ」、
2回
目を迎えた「神戸 ビエ ンナーレJ等
に加え、新たな取 り組み として、別府 市で「別府現代芸術 フェステイバル・混浴温泉世界」、新潟市では「水 と土の芸術祭Jが実施 され、それぞれ大 きな注 目を浴びた。
これ らの中か ら本稿では、特 に本稿 のテーマに関わる興味深 い取 り組み として、
「NAOSⅢ MA STANDARD2J「 神 戸 ビ エ ン ナ ー レ (2007及び2009)」 「 越 後 妻 有
2008冬
」「 ドクメンタ
12」
「水と土の芸術祭2009」「ミュンスター彫刻プロジェクト07」 を具体的事例 と して考察 す る。 まず 、本 章 で は、「NAOSHIMA STANDARD2」 以 下 の4事例 を取 り 上 げ る。次 いで、「水 と上 の芸術 祭2009」 以 下 の2事例 につ い て は、章 を改 めて検証 す る
こ ととす る。
(2)NAOSHIMA STANDARD2
「NAOSHIMA STANDARD2」 は、2006年10月
7日
‑12月24日及 び2007年2月
24日‑4月15日 を会期 として、香 川県直 島及 び直 島諸 島 を会場 と して実施 された ものであ る。地域 の 自然 や歴 史、文化 とアー トとの関わ りを重視 して1980年 代後半 か ら展 開 されて きたアー
トプロジェク ト「ベネ ッセアー トサ イ ト直 島」
1)の一環 として催 された もので、
2001年の
「 THE STANDARDJに 続 く企画であつた。今 回は、
11名 1組の作家が参加 し、「アー トの 日常化」及び「風景 をつ くる
Jことをテーマに、港や海辺の岩壁、古民家、神社 など、島 内の多様 なサイ トにおいて地域 に根差 した作 品の制作、設置が行 なわれた。
まず、来訪者の 目を引 くのは、直島の玄関口である宮浦港 に鎮座す る、草間弥生の《赤 かぼちゃ≫である。 これは、直径
696cal、高 さ
395cmとい う巨大 な作品であ り、全体 に赤 く 塗 られた表面 には、黒い大小の水玉 もペイン トされている。内部は空洞であ り、何箇所か、
円窓の ような開口部が開けられているので、中を覗 き込んだ り、逆 に、かぼちゃの中に入っ て外 の景色 を見 ることもで きる。の どかな瀬戸内の海景 には一見そ ぐわない
E「象の、強烈 な個性 をもった作品であるが、それだけに、妻
1着早々この巨大かばちゃを目にする人々は、
アー トサイ ト直島にやつて来たことを強 く実感することになる。
≪赤かばちや≫は、新たな風景 を創 出 し、現在の直島の特性 を印象づける効果 を発す る
作 品 といえるが、今 回のプロジェク ト全体の傾向か らすると、島の歴史や伝統 を喚起する
試 みの方が多かった。
地域創生に資する「現代アート」の力
伝 統 的 な家並 みが続 く本 村 地 区 には、全 12作 品の うち7作品が設 置 され た。家 々 に囲 ま れた空 き地 のほか、明治時代 に製塩業で栄 えた「石橋家」や、かつては人々が集い碁 を打 っ
た場所であった とい う「碁会所
J、歯科医院兼住居であった とい う「はい しゃ」、直島全体 を守護する「直島入幡神社
Jなどが、そのサイ トとして選ばれた。「石橋家」では、修復 ・ 再建 された家屋全体 を会場 として、千住博 の滝 をモチーフとした色鮮やかな連作が並べ ら れ、「碁会所 Jで は、江戸時代 の蘭学者の書斎 をイメージ した家屋 とその座敷 に点々 と置 かれた リアルな椿の花
(木彫作 品
)の双方が、須 田悦弘の作品 として展覧 された。多 くの 島民の信仰 を集める「直島八幡神社」では、上原三千代 の≪いつかは眠 り猫 ≫等の猫 をモ チーフとしたユーモラスな作 品が鑑賞者の笑顔 を誘い、 また、本村地区の数十メー トル沖 合 に位置する向島には、住民票 も移 した とい う川俣正が住 まい とス タジオを設 け、「向島 プロジェク ト
Jを展開中であつた。
本村地区以外で も、かつての卓球場や理容院等 を活用 したプロジェク トが行 なわれてお り、アー トによる新 しい空間の提示が、島の歴史を掘 り起 こし、人々の意識 と島の歩みを 取 り結ぶ役割 を果た していた。 また、積浦地区の休耕田では実際 に稲作 を行 う「コメづ く
リプロジェク ト
Jも実施 された。
総合プロデューサーである福武紹一郎 は、アー トを美術館 とい う枠組みの中だけでな く、
生活の中に置いて、「アー トは、地域 を元気 にする」 ことを多 くの人々に実感 してほ しい と語 っている劾。
2010年
には直島をは じめ とす る瀬戸 内海の島々を舞台 とした「瀬戸内国際芸術祭」の開 催 も予定 されてお り、この地域 におけるアー トプロジェク トの今後いっそ うの展 開が注 目
されている。
(3)神
戸 ビエ ンナー レ
(2007及び
2009)「神戸 ビエ ンナー レ
2007」は、
2007年10月 6日 ‑11月25日を会期 とし、港町・神戸のシ ンボル的なサイ トであるメリケ ンパークを主会場 として開催 された。神戸市では、阪神 ・ 淡路大震災後
10年を機 に、 まちづ くりの基本理念 として「神戸文化創生都市宣言」がなさ れた。 この「宣言」 は、古 くか ら多様 な文化が流入・交流する地であった神戸の歴史 と、
震災後の混乱の中で芸術文化が人々の心 を癒 し復興への活力 を与 えて くれた とい う経緯 を 踏 まえて行 なわれた ものである。「ネ 申戸 ビエ ンナー レ」 は、 この宣言の もと、「神戸 の芸術 文化の更 なる振興 を図るとともに、 まちのにぎわい、活性化 につなげる試み」 として創設 された ものであ り、「神戸 らしい都市 イメージの発信」「若手 アーテ イス ト等の育成」「多 種多様 な芸術文化の交流・融合」「芸術文化 を活か した者る 市づ くり
Jをその理念 とする°。
2007年
に開催 された第
1回展 では、「出合い一人 ・町・芸術 ―」 をテーマ として掲 げ、
現代 アー トに限 らず、生け花や洋菓子 などの伝統文化や生活文化のジャンル も含めた多彩 な企画が実施 された。
その うち、メイン事業 として実施 された「アー ト イン コンテナ」 コンペティシ ョンは、
港町・神戸の発展 にゆか りの深い輸送用のコンテナを展示空間 とした、ユニークな試みで
あった。 これは、アーテ ィス トの創意 によつて、奥行
12メー トル、幅
2.4メー トル、高 さ
2.5メー トルのコンテナの内部 を作品化するもので、
356点の応募作か ら
45点が選 ばれ展示
された。来場者は、会場いっぱいに設置 されたコンテナを次々 と訪ねては、 コンテナごと
に表現 された独 自の作品世界 を目にした。 コンテナ とい う同一の、閉鎖的なスペースを使
島根県立大学 『総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
うという制約の大 きな表現であるだけに、その多様性が多 くの来場者の目を引いていた。
最優秀賞である「神戸 ビエ ンナーレ大賞」には、スーパーボールがコンテナ内を勢いよく 飛び交 う、臼井英之の作品≪40%≫が選ばれた。「アー ト イン コンテナ」のほかにも、
「大道芸」、「現代陶芸」、「ユニバーサルデザインポスター」「浮遊するオブジェ」等のコン ペティションや、「こども絵画コンクール」「エイブル・アー ト『仲間たち』展」等の企画 がなされ、計約5千点の応募があった。また、来場者は51日間の期間中、14万4千人を数 えた。
2009年 には、10月
3日
‑11月23日の会期で、「わ waJをテーマ とする第2回展が開催 された。「わ wa」 とは、「平和」「調和J「オロみ」「環J「輪」などを意味 し、総合デイレク ターの吉田泰巳によると、次のようなメッセージが込められているという。「いまや地球上の社会のすべてが、環境 とともにある『美』意識を見直す時を辿えて います。私たちの文化の根底に受け継がれてきた古 くて新 しい Fわ』の姿勢を、21世 紀の地球環境および文化創生のキーコンセプ トとして国内外 に提示 したい と思いま す」°
会場は、「メリケンパーク」「兵庫県立美術館J「ネ申戸港」「三宮・元町商店街ほか」の4 カ所であ り、国内外の作家のみならず多 くの市民が参加 しての多様な取 り組みが展開され た。会場に関 して今回特にユニークであつたのは、初めての試みとして設置 された「神戸 港会場」である。「海上アー ト展」 と銘打って、船に乗って、メリケンパークと県立美術 館を結ぶ海上ルー トに設置 された作品を鑑賞するという趣向であ り、船中では、前衛的な パフォーマンスも披露され、芸術祭の雰囲気を盛 り上げた。作品鑑賞とともに、海から見 える神戸の景観や海の息吹 も楽 しんでもらおうとするものであ り、神戸 らしさをいかに出 すか、という工夫の感 じられる取 り組みであった。
メイン事業は前回に引 き続いて開催された「アー ト イン コンテナ」国際展であ り、今 回は398点の応募作から、30作品が選ばれて展示された。「神戸 ビエ ンナーレ大賞」には、
「コンテナの内部に、限 りな く広がる海を表出させ、彼方へ続 く空間」 を生み出 した、戸 島麻貴の≪beyond thc sca≫が選ばれた°。「アー ト イン コンテナ」以外 にも、陶芸や写 真、大道芸等の6つのコンペテイションが行われている。その中で、今回、新たな試みで あったのが、「グリーンアー ト展」「市民国芸アー ト展」 という、植物を素材 とする表現を 対象 とした取 り組みであった。「グリーンアー ト展Jの説明に、「 日々少 しずつ形・色を変 えてい く植物が、新 しいアー トの形 を倉1造します」°とあるように、ガーデニングとアー ト を融合 させたユニークな造形表現の可能性を感 じさせるものであった。
コンペテイション以外にも、いけばな未来展、書の世界展、「人 と人とアー トと人と一 三宮・元町アー トプロジェク トー」等の数々の展示やイベン トが行なわれた。
このビエンナーレの特徴 として目を引 くのは、コンペテイションをはじめ参加型の企画 が多いことと、多様 なジャンルを取 り込んでいることである。このことは、できるだけ多 数の人々の関与を誘ってまちの魅力や活力を向上させてい くという効果を生む。現代アー トの表現活動の最先端に触れる機会 となるとともに、特に、市民にとって、自分 自身や身 近な人々の作品発表・鑑賞の場 としても親 しめる機会 となることが、大 きな目標 とされて いるビエンナーレであるといえる。来場者は52日 間の会期 を終え、約15万人であつた。
地域創■に資する「現代アート
Jの
力(4)越 後 妻 有 2008冬
「越後妻有
2008冬 Jは
、2000年 以来 、「大 地 の芸術 祭 ・越後 妻有 アー トトリエ ンナー レ」が 開催 され てい る新潟県 の越後妻有地域 において、 同芸術 祭 の実行委員会 によって実施 さ れた、初めてのバのプロジェク トである。2008年 1月から
3月
の期間に、地元住民 と作家、サポーターの協働により、現代アー トとともに小正月や雪まつ り等の地元の祭事 を核 とし た多種多様なワークショップやイベント等が行なわれた。具体例 としては、新潟県で活動 する11名の作家たちによる「越後妻有 雪アー トプロジェク ト」、2006年夏の芸術祭の「空 奈プロジェク ト
Jで
空家を活用 して作 られた「名ケ山写真館」でのワークシヨップ、やは り同時期の「空家プロジェク トJで
焼 き物によるインスタレーシ ョン等で作品化 された「 うぶすなの家」でのひな祭 リイベ ント、アー ト体験 と地元の行事 ・食文化体験 を兼ねた い くつかのツアーの実施が挙げられる。
筆者は
2月
中旬、「越後妻有 雪アー トプロジェク ト」が実施される時期に当地を訪ねた。この「雪アー トプロジェク ト」は、十日町市中里エリア (旧中里村)の温泉保養施設「ミ オンなかさと」周辺の雪原 を舞台に行なわれた。一面の積雪の上にさらに間断なく雪が降 り注 ぐ白一色の景色の中、作本 と地元の子供たちが思い思いに作ったオブジェに雪を降 り 積 もらせた作品「雪ぼうしJ、 かつて雪下ろ しに使われていた古いはしご80本を林立 させ た「はしごの森 アー ト」、かんじきで踏み固め、融雪剤で着色 して描かれた巨大な雪上絵 などが披露 され、雪原に投身してスタンピングするボデイアー ト体験、地元で木材の運搬 に使われていた大ぞ りに乗る体験、作家がデザインしたかまくらの中でのお抹茶による接 待などが行なわれた。大ぞ りは、作家 と地元の人々が協力 して復活させたものという。他 にも、地元オリジナルの温かい汁物の無料配付や産品の販売等 も行なわれてお り、「雪J と向き合つた珍 しいアー トプロジェク トとしての面白み とともに、地元の人々が参加 し楽 しんでいる様子が印象に残る催 しであった。
「雪アー トプロジェク トJの他、東京綜合写真専門学校によるワークショップが行なわ れていた「名 ケ山写真館」や、旧名ケ山小学校周辺でのかまくらを使 ったアー ト作品とど んど焼 き、旧松代町の「まつだい F農舞台』農舞台ギヤラリー」で開催 されていた「8人 の妻有焼展」、 この時期 に限定的に公開されていた、2006年夏の芸術祭の作品であるクリ スチャン・ボルタンスキー十ジヤン・カルマンの≪最後の教室≫と、日本大学芸術学部彫 刻 コース有志 による≪脱皮する家≫にも多 くの人々が訪れていた。「妻有焼
Jは
、2006年 の芸術祭での「土」 をキーワー ドとしたプロジェク トによつて興 されたものであ り、「妻 有焼展」では、その後の継続的な取 り組みの成果が発表 されていた。越後妻有地域の特筆すべ き地域特性である「大雪」に、初めて正面から向き合ったこの 冬のプロジェク トは、この地におけるアー トプロジェク トの継続性が もたらす様々な効果 を確認 させて くれるものであつた。背丈をはるかに超える雪の壁に挟まれた道をたどって のアー ト体験 を経て、何 より印象深 く思われたのは、アー トと地元の行事が混在 したイベ ン ト会場や、≪脱皮する家≫の受付等、行 く先々で出会った地元の人々の笑顔であり言葉 であった。農閑期 ということで、夏季 よりも比較的ゆった りと過ごせる時期であるとの話 も伺ったが、アー トを結び手 とする様々な試みが地元に自然に受け入れられている状況が 窺え、アー トと地域 との関係のいっそうの深化が感 じられた。
島根県立大学『総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
(5)ド ク メ ンタ12
「 ドク メ ンタ」 は、1955年 の創設以来 、当初 は4年毎 、近年 で は5年毎 に、 ドイツ中央 部 のヘ ッセ ン州 に位 置 す るカ ッセ ル市 で 開催 され て きた国際美術 展 で あ る。「 ドクメ ンタ
12Jはそ の第12回 展 であ り、2007年
6月
16日‑9月23日を会期 と して開かれた。カッセルは、 フルダ川沿いに広が る人口
19万4千人の地方者Б 市である。グリム兄弟が長 らく暮 した町で もあ り、「メルヘ ン街道」の主要都市 として も知 られているが、第
2次世 界大戦 では大 きな戦禍 を被 った とい う。「 ドクメンタ」 は、戦争の記憶 も未だ褪せぬ時期 に、ナチス政権下で抑圧 された前衛芸術 の復権 を図 り、新生 ドイツにおける芸術文化活動 の自由さ、先進性 をアピールすることを大 きな目標 として始め られた。カッセルは旧東 ド イツに隣接す る位置 にあるため、特 に冷戦時代 においては、「 ドクメンタ」が持つ政治的 な意味合 いは大 きな ものであつたとい う。その後 の時代の変化の中で、当初の政治色が薄 れてい くとともに、現代美術の最先端 を示す、「 ヴェネツイア・ビエ ンナー レ」 と並 び称
される世界有数の国際美術展 としての地位 を確立 し、今 日に至 る。
「ヴェネツイア・ ビエ ンナーレ
Jと異 なる「 ドクメンタ」の特徴 は、一人の総合 デイレ クター
(芸術監督
)が、 テーマの設定や作家の人選等、すべ てを取 り仕切 る点 にある。
「 ドクメ ンタ 12」 では、 ロジヤー・M・ ブーゲルが、
20年ぶ りの ドイツ人デ イレクター と して この任 に当たつた
(妻のルース・ノア ックもキュ レーター として参画
)。テーマ とし て、「近代性 は我 々の過去か
?」「む き出 しの生 とは何 か
?」「
(教育 において )何 がなされ
るべ きか
?」とい う
3つの問いかけが示 され、
43カ国
109人/組 の作家の参加 により、
500点以上 もの作品が展覧 された。チケ ッ ト購入 による入場者 は
75万4千人を数 え、それ以外 に、美術 関係者や ジヤーナ リス トたち約
2万人 も来場 した とい う。 カッセルにとつての
「 ドクメンタ」 は、「 ドクメンタあってのカッセル」 といわれるほどの大 きな存在であ り、
今回 も
5年に
1度の現代 アー トの祭典 を楽 しむ人々で町は賑 わつた。
前々回
(1997年)の「 ドクメンタ」では、初の女性芸術監督であつたカ トリーヌ・ダヴイツ ドの もと男性 中心主義か らの脱却が旗印 とされ、前 回
(2002年)では、初の有色人種の芸 術監督、ナイジエリア出身のオクウイ・エ ンヴェゾーによリヨーロッパ中心主義か らの解 放が図 られた。今 回の「 ドクメンタ 12」 では、その ような明確 な方向性 を見出す ことは難 しいが、その代 りに、著名作家の招請や奇抜 な作 品による話題づ くりに頼 るのではな く、
男女比や、 アジア、アフリカ、中南米地域出身の作家への配慮 も窺 える、バ ランスの良さ が特質 とされる。 また、現在活躍中の現代美術作家 だけでな く、田中敦子 ら
20世紀の先駆 的作家や葛飾北斎 も含めた古今東西の多様 な作家の作 品 も並置 され、地域 と時間の枠組み を超 えたアー トの在 り方が提示 された。
例年の主会場であるフリデリチアヌム美術館 とその周辺 に点在する複数の施設のほか、
郊外 の緑豊 かなヴィルヘルムスヘーエ公園に立つ ヴイルヘルムスヘーエ城が会場 とされた ことも今 回の特色であつた。ヴイルヘルムスヘーエ城の内部 は、国立の古典絵画 ・彫亥
Jの美術館 となってお り、バ ロック時代の名品等、伝統的な作 品を蔵 している。今 回の「 ドク
メンタ」では、 レンブラン トの肖像画の横 に写真 を使 った現代作品が並置 されるなど、古 典的な常設展の中に現代美術の作品を混在 させ る試みがなされ、来館者の目を引いていた。
市街地 を見下 ろす丘 に位置するヴイルヘルムスヘーエ公園は、ヴイルヘルムスヘーエ城の
ほかに も城館 やヘ ラクレス像、「水 の芸術」 と呼ばれる流水 によるスペクタクルが楽 しめ
地域創生に資する「現代アート」の力
る水路や滝が設えられた庭 も有 し、市民の憩いの地であるとともに、カッセルの重要な観 光ポイン トで もある。 この地での作品展示は、展示内容のみならず、カッセルの伝統的な 名所へ鑑賞者 を誘い、「 ドクメンタ
Jと町の結 びつ きを一層強める効果 を発す る仕組み と
して も注 目されていた。
2.新潟県における新たな試み―「本と土の芸術祭2009」 ―
上記のように、地域 との結びつ きを重視 した現代 アー トによる試み も、歴史 を級 り、広 が りと深み を増 して きた現状がある。その歩みを踏 まえ、第
2章では、新潟県 において実 施 された最新の事例 を取 り上げ、そ こに見 られる地域 と現代 アー トの関係 に注 目する。
新潟県 における地域 と関わる芸術活動 といえば、
2000年か ら
3年に
1度、越後妻有地域 で開催 されている「大地の芸術祭・越後妻有 アー トトリエ ンナー レ」が知 られている。 こ れは、現代 アー トによる地域活性化の代表的事例であ り、回を重ねるごとに地域 とのつな が りを深めつつ多彩 な取 り組みが展 開 されている。今では、
3年毎の夏 に行 なわれる トリ エ ンナー レのほか、毎年、秋や冬のプロジェク トも実施 され、地域内外での存在感や影響 力 を強めている感がある。
2009年
にも、
7月26日か ら9月
13日までを会期 として
4回目の トリエ ンナー レが開かれ、
約
37万人の来場者があった。今回は、
26の国 と地域か ら約
150組の作家が参加 し、約
350点 (前回までに設置 された恒久展示作 品
160点を含む
)の作品が、妻有地域全体 を舞台 として 展覧 された。作品の制作、展示のみな らず、田島征三の「絵本 と木の実の美術館」 など、
廃校 を美術館や地域づ くりの拠点 として再生 ・活用する試みや、集落の長期的な地域計画 にアー トの力 を活用 しようとい う「芸術村
Jの始動、住民 と来訪者 を「食」でつなげるプ ロジェク ト「む しろ旗 。おにぎリプロジェク ト」 など、連動 した多様 な活動 も実施 された。
4回
目を迎 え、地域 との関係性の深化 や国内外 の多様 なファクター との連携 の拡大 ・強化 が窺 える内容であ り、 また、 よ り長期 的視野 に立 ち、「継続性」 を意識 した取 り組みが多 いことが印象的であつた。
10年を越 えた「大地の芸術祭」の一連の活動が、地域 にもたら
した ものについては、稿 を改めて考 えてみたい。
新潟県 における新 たな試み として、 ここで注 目す る「水 と土の芸術祭」 は、先述 した
「大地の芸術祭 Jで 創設以来一貫 して中心的役割 を担 って きた北川 フラム
(新潟市美術企 画監
)のがデイレクターを務めて、新潟市 において初めて開催 された ものである。篠 田昭・
新潟市長 を実行委員長 とす る「水 と土の芸術祭実行委員会
Jの主催で、会期 は
2009年7月
18日
か ら
12月27日、会場 は妻有の場合 と同様 、
726平方キロメー トルに及ぶ新潟市全域で あ り、
13の国 と地域か ら参加 した61組 の作本 による多種多様 な
71作品が展覧 された。同 じ 新潟県内で、同 じ人物がデ イレクター とい うことで、「大地の芸術祭
Jと比較 して新味の あるもの となるのか、危惧する声 もあったが、妻有地域 とはまった く異 なる新潟市の地域 特性 を活か した、興味深い取 り組み となっていた。来場者数は、当初の目標の
35万人 を大 幅 に上回る約
53万人であつた。
信濃川 と阿賀野川が 日本海 に注 ぎ込 む地 に位置す る新潟市 は、川 と海 とのせめ ぎ合いの 中で形作 られて きたまちである。両潟川が もた らす大量の水 と土 と、対馬海流 と海か らの 季節風 によって形成 された砂丘が、 この地の風土 を作 り上げて きた。そこに暮 らす人々は、
殊 に水 との過酷な戦いを強い られなが らその営みを続けて きた。新潟市 は、今 も市域の
4島根県立大学 F総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
分の
1は海抜
0メー トル地帯 とい う低地の多い まちであ り、市内にはラムサール条約 に登 録 されている佐潟 をは じめ とす る潟や潟の跡地がい くつ も存在 している。
20世紀初頭か ら 機械排水が導入 されて土地の改良が進み、人々は徐 々に水 を制圧 して今 日の新潟のまちを 作 り上げて きたが、腰や胸元 まで泥水 に浸か りなが らの田植 えや、同様 に腰 まで水 に浸かっ ての稲刈 りなど、過酷 な農作業 を強い られて きた地域の記憶 は、そう遠い ものではない。
このような新潟の地域特性である「水 と土」 を名称 とした今 回の芸術祭 は、先人たちの労 苦 に思いを馳せるとともに、芸術表現 を通 して新潟 らしさを見つめ直 し、 まちのアイデン テ ィテ ィを確認する好機 となっていた。
潟や潟の跡地、川辺や海辺、旧家の屋敷や廃校 となった小学校の体育館 など、市内各所 において、サイ ト・スペシフイックな作品力滞
J作・設置 された。例 えば、かつては東洋一 と言われた旧・栗 ノ木排水機場では、約700枚 の 自動車のフロン トガラスを並べて水面 を 再現 した、マーリア・ヴイル ッカラの≪
INTERVALS≫が制作 された。 また、旧亀 田浄水 場では、「役割 を終 えて眠つていた浄水場 を再起動 し、水 を蓄 える場所 としてではな く、
水 を逆流 させ て、約
10メー トル上 か ら滝の ようにあふれ させ た」遠藤利克の《
Tricb一氾 濫≫が、訪れる人々の 目を驚かせ た。≪
Tl・icb一氾濫≫は、水 の恩恵 を受 ける一方、「水 と 聞い、水の恐怖 に向 き合いなが ら日々を過 ご し、また水 をめ ぐり争 って きた新潟の人たち の、愛憎交錯する水へ の感情、情念 を沸 き上が らせる」 もの とい う
D。浄水場の水槽 か ら 勢いよく水があふれ、流れ落 ちる光景 は、 日常 においては異常事態であ り、特 に、往時の 浄水場 を知る人々にとつては、恐怖 に近いインパク トを与える作品 として注 目されていた。
同 じく旧亀 田浄水場では、 日比野克彦 のプロジェク ト≪明後 日朝顔
NIIGATA 2009≫も 展開されていた。 これは 日比野が
2003年の「大地の芸術祭 Jに 参加 した際、訪平集落で開 始 した≪明後 日新 聞社 ≫ と銘打 ったアー トプロジェク トの一環であ り、蒻平の朝顔の
DNAを
受け継 ぐ種 をまき、花 を咲かせ るとい う試みである。朝顔 は、巨大 な円形のタンクの 外壁 に張 られた、古着で編 んだロープを頼 りに成長 してい くが、その材料 となる古着の収 集 とロープの作製には、多 くの市民が参加 した。旧木津小学校体育館で展示が行 われた、
酒百宏― による≪Nligtta水 の記憶 プロジェク ト≫も、市民参加型の作 品であつた。民具 や農具、石碑 など、水 と土の記憶 をとどめる様 々な物 を、フロッタージュとい う技法で紙 に写 し取 る市民参加 ワークシ ヨップを
1年前か ら開催 し、集 まった約
4千枚 の作品が一堂 に会 した ものである。膨大 な数の作品が、体育館のスペースいっぱいにさざ波の ような形 状で展示 され、 「市民の水の記憶 を、広い水面 として表現」 のしていた。
新潟市美術館 と新津美術館 で も、ユニークな特別展示がなされた。新潟市美術館では、
新潟県唯―の国宝である縄文時代 の「火焔型土器」 も展示 された≪信濃川火焔土器プロジェ ク ト≫、新潟市 をは じめ とする日本各地で、布 と接着剤 によつてそのままはが し取 つた土 壊 を作品化 した、チーム・モノリス
(坂井基樹
&平山良治
+中井信
)の≪はが したての地
球 ―土壊モノリス≫、磯辺行久の≪上のオベ リスク≫、久住有生の≪土の一瞬≫など、土 その ものを素材 とした取 り組みが 目を引いた。一方、新津美術館では、展示室の床いっぱ いに敷かれた新潟市の巨大 な地図 を使 った
2点の作品が異彩 を放 っていた。 1点 目は、磯 辺行久の≪水のラビリンス≫ と題 された、地図の上 にその場所で採取 した水 を入れたペ ッ
トボ トルカ湘己置 されているとい う作 品である。キャップの色が青、水色、オ レンジ色 と分
けられてお り、その うち、オ レンジ色 は温泉 を示 しているとい う。鑑賞者 は地図の上 を自
地域創生に資する「現代アート
Jの
力由 に歩 くこ とが で きるため、空 か ら新 潟市 を見 下 ろ してい る ような感 覚 が味 わ える。特 に 地元住民 に とっては、身近 な地域 を思 いがけない視 点か ら見つ め直す興味深 い機会 となっ ていた。 もう1点 は、山口啓介の≪アノマリーー新潟絵地図 niigata map≫ である。これ は、新潟の地形や風土か ら作者がイメージした形を拡大 トレース し、彩色 したものである が、多 くの市民 との協働 により、新潟市美術館、旧′烏屋野小学校体育館、新津美術館 と場 所を変えなが ら、約
1カ
月半かけて制作 されたものである。新津美術館の担当学芸員の話 によると、土地から生 じる「気」のようなものが表現 されているという。また、同じく新 津美術館 に展示 された作品の 1つ 、小原典子の《 ミズタマ リーNIICATA≫ も、市民参加 の手法で「新潟らしさ」を表現 したものであっため。暗い展示室の中いつぱいに、天丼か ら吊るされた色 とりどりの小 さなオブジェがきらきらと輝いているインスタレーションで ある。様々な形状の小 さなオブジェは、蓄光塗料 を練 り込んだ樹脂 を素材 としたものであ り、市内の小学校2校で行なったワークショップで子 どもたちが制作 した「ニイガタの夕 カラ」である。「タカラ」の中で一番多いのは、新潟の名産「笹団子Jで
あるそうだ。以上、実見 した作品か らい くつか例 を挙げたが、「新潟 らしさ
Jの
抽出と、市民参加の 手法について工夫 し、効果 を挙げているものが多いとの印象を受けた。先行する越後妻有 地域における「大地の芸術祭」の経験を活かしつつ、「新潟市」 という新たな舞台で、アー トの力が活 き活 きと発揮 されている状況が窺えた。「アー トが呼び起 こす、『水Jの記憶、『土』の匂いJというフレーズが、この芸術祭のチラシや作品集の表紙などに記載されて いたが、「契機」 となり「結び手」 となる現代アー トの優れたはたらきが実感される取 り 組みであつたといえる。
3.「ミュンスター彫刻プロジェクト」の特質とその効果
(1)プ
ロジェク ト創設の経緯 と第
4回展の内容
本章では、現代 アー トによる地域 に根差 した芸術活動の先進事例 として、
30年以上の歴 史 をもつ ドイツ・ ミュンス ター市 における「 ミュンス ター彫刻 プロジェク ト」 を取 り上げ る。 このプロジェク トは、創設以来、同一人物が中心 とな り、「公共空 間におけるアー ト の在 り方
Jを一貫 したテーマ として、
10年に
1度とい う長期の開催スパ ンで実施 されてい るものであ り、数々の国際美術展の中で もユニークな存在 として知 られている。
ここでは特 に、第
4回展である「 ミュンスター彫刻 プロジェク ト
07Jに注 目しなが ら、
その特質 と効果について検証す る。
「 ミュンス ター周〃 刻 プロジェク ト
07Jは、 ドイツ】ヒ西部、ノル トライン・ヴェス トファー レン州の北部 に位置する人口約
27万人の地方都市、 ミュンス ター市で、
2007年6月
17日か ら9月
30日までを会期 として開催 されたものである。世界各地か らの来訪者は、約
55万人 を数えた。 このプロジェク トは、
1977年か ら
10年毎 に実施 されてお り、今回が
4回目の開 催であった。
ミュンス ターは、中世以来、ハ ンザ同盟の一員 として交易で栄 え、
30年戦争の終結に当 たっては
1648年にこの地でウェス トファリア条約が結ばれるなどの陰影豊かな歴史 を有 し、
伝統的に保守的なカ トリックの町 とい う性格 を持つ町である。
この「彫刻 プロジェク ト」は、
1970年代 に、ヘ ンリー・ムーアらの作品寄贈 をミュンス
ター市や ミュンス ター大学が拒絶 したことか ら起 こった「芸術 と公共性」 をめ ぐる論争 を
島根県立大学
F総合政策論叢』第
19号 (2010年 3月)きっかけとして、市民の芸術への理解 を深めることを目的に、州立美術館が中心 となって 始め られた ものである。当初か ら、町の歴史や地理、文化 を踏 まえ、設置場所 と作品の関 係 を考慮 した上で作 品制作 を行 なうというス タイルが とられた ものの、初回は多 くの批判 を受 ける結果 に終 わった とい う。 しか しその後、対話 を重ねる地道 な取 り組みを続け、今 では多 くの市民 に支持 される国際美術展 に成長 した。
1977年の初回か ら
2007年の第
4回ま で、その開催 にあたって中′ と ヽ 的役割を果た して きたのが、当初は州立美術館のキュレーター であ り、その後 ドイツ美術界の要職 を歴任 して きたカスパー・ケーニ ッヒである。第
4回展では、彼 のほか、ブリギ ッテ・フランツェン、カリーナ・プラス もキュレーター として 参画 し、
33人/組の作家たちが、市中心部及びアー湖畔の公園 を主要な舞台 として思い思 いの作 品を制作、発表 した。
中心部で注 目された作品には、マルコ・レハ ンカの≪ ミュンスターのための花 ≫、アン ドレアス・ジークマ ンの≪ トリクルダウン 私有化の時代 の公共空 間≫、マイク・ケ リー の≪
Pctting Zoo≫などがある。 レハ ンカの作品は、人通 りの多いメインス トリー トの一角 に立て られた、サーフボー ドを花 びらとした巨大 な花である。その中心部 にはモニターが 設置 されていて、町の住民の名 をもつ人物たちが登場す る映像作 品が流 されている。ジー クマ ンの作 品は、歴史的な建造物の前庭 に、プラスチ ック製の牛 などの動物 オブジェの残 骸 を、巨大 な球状 にまとめた形で設置 した ものである。 これ らの動物 オブジェは、近年、
ドイツ各地の州や市で盛 んに設置 されているもの とい う。駅近 くの、 ビルに囲まれた空 き 地に設置 されたケ リーの作 品は、小屋 を設けて牛やポニー、ロバ、羊、山羊やニワ トリを 飼育 し、来訪者 と動物たち力踊虫れ合えるとい う、一見、 タイ トル通 りの ものである。 しか し、乾 し草が敷 き詰め られた小屋の中には塩でで きた女性像が立 ってお り、時折動物たち が近づいてはなめているのが奇妙である。実は、 この女性 は、神 に減ぼされるソ ドムの町 か ら逃れた ものの、天使の言いつけを守れずに振 り返 って しまい、塩 の柱 となったロ トの 妻であるとい う。小屋の天丼付近には、 3カ 所 にスクリー ンが取 り付 けられ、死海やオー ス トラリアなどにある、塩柱 となったロ トの妻の姿 を思わせ る形状の岩塊が映 し出されて いた。
アー湖畔 に歩 を進めると、建物が立て込む街 中 とは全 く異質の、緑豊かなのびやかな空 間が広がる。その中に、広大 な麦畑 をサイ トとしたパ ヴェウ・アル トハメルの≪路 》、地 中か ら教会の尖塔が発掘 されたとい う格好の、ギ ョーム・ベイルの≪考古学現場≫、こん もり繁 った木々を分厚い生垣の ように長方形 に造形 し、その中ほ どにアー湖がのぞ き見 え る隙 間 を設 け た、 ロー ズ マ リー・ トロ ッケ ル の 「植 物 彫 刻 」 《
Less Sauvagc thanOhcrs≫ 、湖 にかかる橋 の両端の橋桁 に仕掛 けを施 し、橋 の下で女性の歌声が響 きあ う、
スーザ ン・フィリップスのサ ウン ド・インスタレーシ ョン≪失 われた反響 ≫、市街地 に一 番近いアー湖の岸辺 に設置 され、汲み上げた水 を浄化 して湖 に戻す働 きを している、
トゥ エ・グリー ンフォル トの噴水車≪
Diffusc Enttics≫などの作 品が点在 していた。
後述するが、第
3回展 までに出展 されてその後 も恒久展示 されている作品 も併せて目に
することがで きるため、プロジェク トの歴史にも触れなが ら、 まちの様 々な場所 に歩 を進
めてい くことになる。 まち全体 に漂 う穏やかなが らも祝祭的な雰囲気の中で、多 くの人々
が、作 品 とともにまちその ものの多様 な魅力 に出合 うひと時 を楽 しんでいた。
地域創生に資する「現代アート
Jの
力(2)そ の特 質 と効 果
「ミュンス ター彫刻プロジェク ト」の特質としてまず挙げられることは、町の歴史や文 化、自然等 を踏まえ、それぞれの「場」の個性を作品の重要な要素 として取 り込んだ上で の創作が重視 されていること、つまり、そこでしか見 られない「サイ ト・スペシフィック」
な作品が制作 され、設置されている、という点である。これは、プロジェク ト創設の経緯 か らして、このプロジェク トの根幹をなす仕組みであるが、実際に現地で作品を訪ね歩い てみると、町の存在そのものと深 く関わるプロジェク トの在 り方が実感 される。それぞれ の「場」が持つ文脈に配慮 したサイ ト・スペシフィックな作品を制作 ・設置することや、
町を昇台にそのような作品によってアー トプロジェク トを展開することは、昨今、世界的 なアー トシー ンの中でよく見 られる動 きであるが、 ミュンスターでの取 り組みは、その先 駆 をなす ものである。同時に、先駆者 としての存在感のみならず、現代美術の最先端のプ ロジェク トとして、「ミュンスターならでは
Jの
独 自性や力強さを発信 し続けているとこ ろが注 目される。以下 ここか らは、より具体的に、今回の実地調査 を通 して看取 された「ミュンスター彫 刻プロジェク ト」の特質を挙げ、そこから生 じるこのプロジェク トの魅力と効果を考察す る。
町の規模
(作品展示の範囲 )が 程 よ く、鑑賞者は、徒歩や 自転車 により、 自分のペース で、落 ち着い た′ ふ持 ちで作 品を見て回ることがで きる。
作品のほ とんどが屋外展示であ り、町の中に点在 しているため、開放的な寡囲気の中、
時には住民 に道 を尋ねなが ら町の様々な場所 を回ることにな り、町に対する親 しみが
'曽
す。
主会場の
2つが、隣接 は しているものの、市街地 とアー湖畔 とい う大 きく性格の異 なる 地域であるため、作品の展示空間としてのそれぞれの個性が引 き立 ち、プロジェク ト全体 の印象 をメ リハ リのあるものにしている。
第
3回展 までの旧作のうち
39点が′ 匡久展示 されていて、プロジェク トの歴史 を感 じさせ る。例 えば、市街地中心部の広場 には、大 きな赤い さ くらんぼを
2つ頂いた、脚部分が引 き廷ばされて柱 の ような格好 になった丈高い コンポー トが、 まるで何かの歴史的モニュメ ン トの ように立 ち、湖岸の緑地では、複数の巨大 な白い球体が、 どこか らか転がって きて 今 その場 に停止 したばか りのように件 んでいる
(前者 は、
1987年の第
2回展 に出品 された トーマス ・シュ ッテの≪
Kirschcnsttle(さくらんぼの柱
)≫、後者 は、
1977年の第
1回展 に出品 された クレス・オルデ ンバーグの≪
Giant Pool Balls≫ )。どち らもすっか り町の風 景 となって人 々に親 しまれてお り、このプロジェク トが町に根付 いている様子が実感 され た。また、2007年 の新作であるが、 ドミニク・ゴンザ レス
=フェルステルの《ミュンスター 物語≫は、過去
3回のプロジェク トでの代表的な作 品の数々をミニチュアとして再現 した ものであ り、 プロジェク トの歩みを振 り返 るユニークな試み として注 目されていた。市街 地 とアー湖 の 間に位置する公国内の広 々 とした緑地 に、市民や フアンにとってはな じみ深 い造形がかわい らしいサイズ となって点在 してお り、作 品に腰掛けてのんび りとくつろ ぐ 人々や作 品の 間を走 り回つて遊ぶ子供 たちの姿が見 られた。
プロジェク ト実施のスパ ンが
10年であるのは、ス ピー ドや効率が求め られがちの現代社
会 においては長す ぎるようにも感 じられるが、実は、 ミュンス ターとい う町のあ り方には
マ ッチ した仕 組みであるといえる。 ミュンス ターは、ゆった りとした時の流れを実感 させ
島根県立大学『総合政策論叢』第
19号 (2010年 3月)る町である。戦後の復興 を経て、中世以来の面影 を残す町並みには、往時か らの連綿たる 歴史が感 じられ、 また、細長いアー湖 に沿 った遊歩道では、 日常の忙 しなさを忘れての散 策が楽 しめ る。 また、 ミュンス ターは ドイツーの自転車の町 として も知 られる。車道 と歩 道の間には 自転車専用 レーンが設け られ、市内の どこで も数多 くの 自転車 を見かける。人 力 をエネルギー とし、車 よりもず っと小 回 りが利 き、 自然の息吹や町のにぎわいを直 に感 じつつ、 ゆ っ くりと移動で きる自転車 は、環境 にや さしく、「人間性」豊かな乗 り物であ る。 自転車 の町・ ミュンスターには、昨今注 目される「スローライフ」のコンセプ トに通 ずる、 じっ くりとした時の歩みがある。彫刻 プロジェク トが もた らす
10年ごとのサ イクル
も、 この ような ミュンスターでの時の流れ と調和す る もの といえよう。
10年とい うスパ ンでこれまで4度実施されてきた彫刻プロジエク トは、ミュンスターと いう町に何 を与えてきたのだろうか。回を重ねるごとに増える作品と、それらが作 り出し た新 しい風景が、まず挙げられる。それに加えて、プロジェク トを目当てに国の内外から やって来る多 くの来訪者たちや、 ミュンスターの知名度アップも指摘 されるであろう。さ らに、町のあちらこちらに設置された作品とそれによつて生み出された新 しい風景 を介 し て、自分たちの町に向けられる市民のまなざしが、数量的、質的に変化 したことが、この プロジェク トがもたらした非常に大 きな成果であると考えられる。
ミュンス ターは、2004年に、
UNEP(国
連環境計画)とIFPRA(国
際公園 レクリ エーション管理行政連合)によつて承認 される国際的表彰制度LivCom(Tlle lnttmatlonalAwttds for Livcablc Communities)に
おいて、人口20万人か ら75万人規模の部で、450を 超える候補の中か ら世界でもっとも住みやすい市 に選ばれ、Gold LivCom Awardを 受賞した。 この賞の受賞は、
ドイツでは初めてのものであった。「よりよい景観づ くりJ、「歴 史的遺産の保全」、「環境に配慮 した生活」、「市民の参画・協働」、「総合的・持続的な将来 計画」の5項目で高い評価 を受けたというn。
このような評価に至るミュンスターの歩みの中で、彫刻プロジェクトはどのような役割 を果たして きたのだろうか。多 くの意見の対立や様々な試行錯誤 を繰 り返 し、30年という 時をかけて今に至ったこのプロジェク トは、住民の町に対する関心を深め、 ミュンスター の多様な特質 と有機的に連関しながら、 じっくりと、内側か ら、町を元気づけその魅力を 増すことに力 を発揮 してきたことは確かであろう。
むす び
今回の調査 ・研究 を通 して、あらためて浮 き彫 りにされたものは、「契機 としての」あ るい1ま「結び手としての
J現
代アー トの力である。本来、芸術には、日常のまどろみから 人々を覚醒 させ、多 くのことを考えさせ、人と人、人 と町、人と自然を結びつける優れた 力が備わっているが、ここまでの検証 を振 り返ってみる時、そのような力がとりわけ現代アー トにおいて活 き活きと発揮 されている感を受ける。
昨今、各地において現代アー トによる活動が盛んになっている背景には、現代アー トそ のものの質的な変化や受け手側の「慣れ」や「成熟」 とともに、より積極的に、現代 アー トならではの魅力やはたらきを認め、その力 を広 く社会の中で活か していこうとする動 き が強まっている状況がある。
現代アー トの手法では、テーマにおいても素材や技法においても非常に自由な発想を活
地域創生に資する「現代アー ト」の力
かす ことがで きるため、人 をハ ッとさせ るような「意外性
Jのある作品が生み出される。
それ らは、地域 を新たな視点か ら見つめ直す契機 を人々に与 えることがで き、それ までは 想像 もで きなかったような新鮮 な魅力 を地域 に付与する存在 ともな り得 る。
また、同様の理由か ら、多 くの人々が参画 し協働する可能性が大 きい とい うことも、現 代 アー トの強みである。伝統的な芸術作 品の制作では、一人の作家が長年の修練 を経て習 得 した技法 を駆使 して、一つの小宇宙 といえる作品を作 り上げてい くとい う過程が普通で あるが、現代 アー トの世界では、その ような伝統的な芸術の在 り方か らは、 まず考 えられ ない ような、人々 と作 品 との様 々な関わ りが実現 している。
現代 アー トが持つ「自由度
Jは、従来、「難解である
J「公共性の観点か らは リスクが大 きい
Jといった批判 を受けがちなものであった。今 日において も、「難解 さ Jや 「 リスク
Jが払拭 されたわけではないが、その ような性格 も含め、現代 アー トを「面 白い もの」 とし て肯定的にとらえて、楽 しみ、活かそ うとする人々の存在 は、確実 に増 えている。その よ うな流れの中で、今後 も「現代 アー トな らではの力
Jに注 目し、芸
af表現 と地域社会の関 係性 に関する考察 を深めてい きたい。
注
1)「 ベネッセアー トサイ ト直島
Jは、直島を舞台にベネッセホールディングスと直島福武美術 館財団が展開している多様なアー ト活動を指 して、
2004年から使われている総称である。
2)秋 元雄史・徳田佳世企画『
NAOSHIMA STANDARD2』財団法人直島福武美術館財団、
2007年、
138頁。
3)神
戸ビエンナーレ組織委員会「神戸 ビエンナーレ
2007開催概要 J
(http77`
VWW citykobe lg jp/infOrmation/COmmitte/innOvation/prOposa1/1mg/03 biennale pdf)4)主催者 (神戸 ビエ ンナー レ組織委員会 ・神戸市)発行 のパ ンフ レッ ト「港 で出合 う芸術祭 神戸 ビエ ンナー レ2009」 よ り。
5)神戸 ビエ ンナー レ組織委員会 「『アー ト イ ン コンテナ」国際展
J
(httpヽ絲ww kObe― biennale jp/compc/containettndex html)
6)神戸 ビエ ンナー レ組織委員会「 グ リー ンアー ト展
J
(http:〃
www kObe―biennale jp/compc/grcCIVindex html)7)第4回 展 にあたる「大地の芸術祭 ・越後妻有 アー トトリエンナーレ2009」 では、総合 プロデュー サ ー を福武紹一郎、総合 デ イレク ター を北川 フラムが務めた。
8)≪Trieb―氾濫 ≫ につ い ての解説 は、北 川 フラム・水 と土 の芸術 祭実行委員 会監修 『水 と土
の芸術祭 2009」 水 と上 の芸術 祭実行委員会事務局、2009年 、61頁。
9)同上書、63頁。
10)新津美術館 の他 に も、市 内 2カ 所 (祖父興野米倉庫 、 旧JA新 潟市濁川支店)で、小 原典子 の同様 の手法 による作 品が展覧 された。
11)City Of Munst∝ :L Com Awald
(http://WWW.mucnstcr de/stadt/1iVCOm/1ndcx218.htm)
参 考 文 献
秋元雄史・徳田佳世企画 『NAOSHIMA STANDARDゼ 』財団法人直島福武美術館財団、2007年 。 大森正夫監修・神戸 ビエ ンナー レ組織委員会事務局編集『神戸 ビエ ンナーレ
2007J神
戸 ビエ ンナー島根県立大学『総合政策論叢』第19号 (2010年 3月)
レ組織委員会、2008年 。
北川 フラム・大地の芸術祭実行委員会監修『アー トをめ ぐる旅 ガイ ドー大地の芸術祭 ・越後妻有 アー トトリエ ンナーレ2009公式 ガイ ドブ ックー』美術出版社、2009年 。
北川 フラム・水 と上の芸術祭実行委員会監修 『水 と上の芸術祭 2009』 水 と上の芸術祭実行委員 会事務局、2009年 。
美術手帖編集部『美術手帖』美術出版社、2007年 9月号。
美術手帖編集部『美術手帖』美術出版社、2009年 5月号。
Brigittc Fl・
alazen,Kasper Kё nig and Carina Pl航h,♂θ′つと,κ 角り9θお /1re/2dtt θtt Kblni Vcrlag dcr Buchhandlung Walthα Kδ nig, 2007.Chista Falwick alld Adam Ricse, T/Pθ れ句コ∫rcr Bοοtt Munster Dacdalus Vel・ lag,2007 Docunenta12,つοθv42Cr2惚 K2ssd′ε/υσ
‑23/09ク
θθ7働[江
ogun Kёln:Taschcn GmbH,2007
Michael lmhof,K2郎 プ デσフアJθ 溌 力 了縫 、Petttsbcrg:Michael lmhof V∝ lag,1997Skulptur Proiektt Minstc■
07, LWL―
Landesmuseum ful・ Kunst und Kulturgcschichtc, Munsttr,♂θtP/Pと,Ⅲ9PFOycθrb・ 7FtrerPdrer θZ Kё lni Verlag dcr Buchhandlung Walhcr Kё