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先住民の「土地権(aboriginal title)」の根拠( )

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(1)

先住民の「土地権(aboriginal title)」の根拠( )

― カナダの判例の生成と展開を手がかりに ―

守 谷 賢 輔

はじめに

Ⅰ.初期の判例

.「土地権」に関する初期の判例

.Delgamuukw 事件下級審判決

.「土地権」と個別的権利(specific rights)の区別に関する判例

(以上本号)

Ⅱ.Delgamuukw 事件最高裁判決と、Delgamuukw テストの適用に関する判例の動向

.Delgamuukw 事件最高裁判決

.Marshall 事件下級審判決

.Bernard 事件下級審判決

Ⅲ.Delgamuukw テストの変容と、その後の判例の展開

.Marshall/Bernard 事件最高裁判決

.Tsilhqotʼin 事件下級審判決

.Tsilhqotʼin 事件最高裁判決 おわりに

はじめに

日本の先住民であるアイヌは、現在の北海道およびその周辺地域はもとも

福岡大学法学部准教授

(2)

とアイヌの土地であると主張してきた

。確かにアイヌがこれらの地域で、

古くから狩猟漁業を中心とする「自治」を営んできたことは、事実である。

日本政府も 年に、「『アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議』

に関する内閣官房長官談話」において、「アイヌの人々が日本列島北部周辺、

とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民 族である」という認識を公式に示している

もっとも、こうした事実から、法的にアイヌの土地であるといえるかどう かは、理論的な検討を要するように思われる。その つの要点に、いわゆる 近代的な土地所有の観念を有していなかったアイヌ

の土地の「所有」「占 有」および「使用」をどのように評価するか(すべきか)を挙げることがで きる

従来、憲法学において先住民問題の論議の中心となってきたのは、集団の

例えば萱野茂『アイヌの碑』(朝日新聞社、 年) − 頁は、「明治以降の近代日本が 同化政策という美名のもとで、まず国土を奪い、文化を破壊し、言語を剥奪し」た、と述べて いる。また、貝澤耕一「二風谷に生まれて」貝澤耕一・丸山博・松名隆・奥野恒久編著『アイ ヌ民族の復権――先住民族と築く新たな社会』(法律文化社、 年) 頁は、「かつて北海道 はアイヌ民族の土地だった。それを日本政府が勝手に奪い取って日本の植民地とし、本州から 多くの和人を移住させ北海道に住まわせた、これが歴史的事実である。このアコ

モシ

(私 たちの大地・北海道)は元々日本の領土ではなく、アイヌ民族の国であり自由の大地であった のである。」と主張する。

アイヌ・モシリの自治区を取り戻す会編『アイヌ・モシリ――アイヌ民族から見た「北方領 土返還」交渉』(御茶の水書房、 年)は、北海道や北方諸島などがアイヌの聖地であり、

アイヌに領有権があると主張する(ⅰ−ⅲ頁)。

もっとも土地の「返還」を求めるか否かは、また別の問題である。今を生きるアイヌの人々 の要求は多様であり、土地の「返還」を主張しない者がいることにも留意しなければならない。

参照、宇梶静江「アイヌとして生きる権利と喜び――『多民族国家・日本』の可能性」都市問 題第 巻 号 頁( 年)。

〈http://www.kantei.go.jp/jp/tyokan/hukuda/2008/0606 danwa.html〉

年に提出された「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の報告書も、この点を指 摘している。〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai10/siryou1.pdf〉

筆者の立場は、「無主地」理論を肯定するものではない。

(3)

権利が日本国憲法のもとで保障されうるか否かについてであった

。確かに、

アイヌの土地問題は、「集団」の「権利」の保障の可否に関係している。し かしながら他方で、アイヌの土地の「所有」「占有」および「使用」が「権 利」を基礎づけうるものかも、あわせて検討しなければならないだろう

))

。 カナダの先住民もアイヌと同様に、いわゆる近代的な土地所有の観念を有 していなかったと指摘される

。そして、彼らの土地の「所有」「占有」およ び「使用」は、先住民の「土地権(aboriginal title)」

を基礎づけるものとは 考えられてこなかった。しかしながら、 世紀後半から、判例および学説に おいて土地権の論議が盛んになってきた。そして、こうした問題は、現在も

市川正人「アイヌ新法と先住権――アイヌ新法制定」市川正人『ケースメソッド憲法〔第 版〕』(日本評論社、 年)、菊地洋「アイヌ民族の権利に対する つのアプローチ――人権 としての権利解釈と集団としての権利解釈の可能性」茨城大学政経学会雑誌第 号 頁(

年)、佐々木雅寿「人権の主体――『個人』と『団体』の関係を中心に」公法研究第 号 頁

( 年)、高作正博「多文化主義の権利論――『文化享有権』の可能性」上智法学論集第 巻 号 頁( 年)、常本照樹「先住民族の権利――アイヌ新法の制定」深瀬忠一・杉原泰 雄・樋口陽一・浦田賢治編『恒久世界平和のために――日本国憲法からの提言』(勁草書房、

年)、横田耕一「『集団』の『人権』」公法研究第 号 頁( 年)、吉川和宏「先住権の 保障――アボリジニとアイヌ民族」東海法学第 号 頁( 年)などを参照。

吉田邦彦『アイヌ民族の先住補償問題――民法学の見地から』(さっぽろ自由学校「遊」、

年)は「補償アプローチ」を提唱する。この主張の一部は、アイヌの「権利」の存在を前提に していると思われる。

この論点は、「北海道」が日本の領土であることの正当性の問題でもある。日本の主権が及 ぶことを自明の前提とすることに異議を唱えるものとして、上村英明「アイヌ民族の『領土権』

と植民地・北海道――『北海道旧土人保護法』の歴史的役割と『アイヌ新法』制定の現代的意 味」国際研究論集(八千代国際大学紀要) 巻 号 頁( 年)を参照。吉川仁「日本の 植民地支配と原住者に対する土地政策」文化科学研究(中京大学) 巻 号 頁( 年)も 参照。

See e.g. Menno Boldt & J. Anthony Long, eds., (University of Toronto Press, 1985).

土地権が aboriginal title の訳語として適切であるかについて異論のあることを踏まえ、括弧 書きとした。以下では、原文に括弧が付されているときに限り、「土地権」と表記する。

なお、本稿のいう「先住民の権利」とは、先住民の自治権(aboriginal right of self-government)、

土地権、そして狩猟漁業権などの個別的権利(specific rights)を含む意味で用いている。

(4)

論争の的である

このようなカナダの土地権の問題をめぐる論議は、アイヌに土地権が保障 されうるか否かを検討するにあたり、参考になると思われる

。そこで本稿 では、土地権に関するカナダの判例を時系列でみていき、先住民の土地の「所 有」「占有」および「使用」と、これらに関連する先住民の自治権(aboriginal right of self-government)(以下では「自治権」とする)の問題を中心に検 討を加える

Ⅰ.初期の判例

.「土地権」に関する初期の判例

カナダの判例において、長らく強い影響力をもち続けてきたのは、「イン ディアンの土地保有条件(tenure of the Indian)は つの人的用益的権利(per- sonal and usufractuary right)であり、主権者の恩恵(good will)に依る」

と述べた St. Catherineʼs 事件における枢密院の判断であった

カナダでもっとも著名な憲法研究者の 人である Peter Hogg は、その概説書の中で、土地 権を含む先住民の権利の問題を、かねてから権限配分の部の中に位置づけている。Peter W. Hogg,

(Carswell, 1977) at 383-390.

琉球の人々が日本の先住民であるか否か、先住民であるとすれば、いかなる権利が保障され うるかの問題はきわめて重要であるが、本稿は議論の射程をアイヌの土地権に限定する。

琉球の問題を国際法の見地から考察する論考として、上村英明「国際人権から日本の近代国 家成立と琉球を考える―― 年の『琉球処分』は『琉球併合』か」神奈川大学評論第 号 頁( 年)を参照。

また、当真嗣清「ウチナーンチュの言葉・文化・歴史、世界の先住民族とともに」反差別国 際運動(IMADR)編『日本と沖縄 常識をこえて公正な社会を創るために』(解放出版社、

年)も参照。

筆者はかつて類似の問題意識のもちながら、異なる観点からカナダの土地権に関する判例を 考察したことがある。拙稿「カナダ憲法における先住民の『土地権(aboriginal title)』に関す る一考察(一)(二・完)――『権原(title)』をめぐる先住民の法廷闘争と学説の応答」関西 大学法学論集第 巻 号 頁( 年)、第 巻 号 頁( 年)。

, (1888) 14 A.C. 46 at 54. [

]. もっとも枢密院は、「インディアンの権利の正確な性質に関して、法学界で多くの学術

(5)

しかし、Nisgaʼa ネーションが、自らの祖先が太古から占有してきた領土 の土地権が消滅していないことの確認を求めた Calder 事件におけるカナダ 最高裁の判決

が、 つの大きな転機となった

すなわち、Judson 裁判官が書いた相対多数 意 見

は、 年 国 王 布 告

( , 1763)が土地権の唯一の根拠ではないとし

、「入植 者が到来したときに、インディアンがそこに存在し、彼らの祖先が数世紀に わたって行ってきたように、社会の中で組織化され、その土地を占有してい た」

という事実が土地権の根拠であると判断した。そして、「『人的用益的 権利』と称することは、この問題の解決に役立つものではない」

と説く。

もっとも、土地権が立法によって消滅したと結論づけた

的議論がなされてきた。しかし、枢密顧問官は、この点について何らかの見解を表明する必要 があるとは考えていない」とも述べている( . at 55)。

本件は先住民が訴訟当事者だったのではなく、連邦と州との権限をめぐる争いであった。

統治機構に関して定める 年憲法は、第 条で連邦議会の権限を規定する。第 条 号は

「インディアンおよびインディアンに留保された土地」を掲げる。第 条は州議会の権限を列 挙し、列挙されていない権限は連邦の権限とされる。

なお第 条は次のように定める。「連邦成立の際に、カナダ、ノヴァ・スコシアおよび ニュー・ブランズウィックの植民諸州に属していたすべての土地、鉱山、鉱物および使用料な らびにこれらの土地、鉱山、鉱物もしくは使用料のために支払う義務のある、または支払い可 能な総額は、これらと同じものが存在しまたは生じるオンタリオ州、ケベック州、ノヴァ・ス コシア州およびニュー・ブランズウィック州に属する。ただし、これらのものについて何らか の信託が存在する場合およびこれらのものについて当該州の利益以外の何らかの利益がある場 合においては、この限りではない。」

, [1973] S.C.R. 313 [ ].

この判決により連邦政府は従来の態度を変更し、土地請求協定(land claims agreement)の 交渉などに着手することになった。この点に関する邦語文献として、佐々木雅寿「先住民の権 利および自治政府とカナダ憲法」比較憲法学研究第 号 頁( 年)を参照。

Martland 裁判官と Ritchie 裁判官が同意。Calder 判決の相対多数意見の抄訳として、拙稿

「カナダ先住民に関する判決 ⑴」福岡大学法学論叢第 巻 号 頁( 年)を参照。

note 14) at 322-323.

. at 328.

.

. at 329-345.

(6)

一方、Hall 裁判官が書いた反対意見

は、Nisgaʼa の人々が、コモン・ロー のもとで明確に言い表すことのできる所有権(ownership)の概念をもつ、

つの独自の文化を有する存在(distinctive entity)であると認める

。そ して、インディアンの権利章典(Indian Charter of Rights)であり、「始原 的権利(original rights)に関して公正な決定をするときに依拠する、 つ の基本的文書」

である、 年国王布告に土地権は根拠づけられる、と解 する。また、枢密院、カナダ最高裁やアメリカ合衆国連邦最高裁の諸判決な どを引用し、土地権が条約、勅令または立法に依存するものではない、とい う判断を下した

Hall 裁判官は、土地権を消滅させるには「明瞭かつ簡潔な意図(clear and plain intention)」が必要であると述べ、本件ではそうした意図は証明されて おらず、土地権は消滅していない、という結論を下した

このように、最高裁の 人の裁判官のうち 人が、先住民の意思と無関係 に一方的に土地権を消滅させうるとしながらも、土地権の存在を認めた

。 もっとも、相対多数意見も反対意見も、国王布告が土地権の唯一の根拠では ないと明言するものの、先住民の占有がいかにして土地権を根拠づけるのか

Spence 裁判官と Laskin 長官が同意。Calder 判決の反対意見の抄訳として、拙稿「カナダ 先住民に関する判決 ⑵」福岡大学法学論叢第 巻 ・ 号 頁( 年)を参照。

note 14) at 375.

. 395.

. at 354-399. Hall 裁判官は次のように述べている。「かつては、もともと住んでいた人々

(original people)の慣習や文化は原始的かつ不完全であり、彼らは一体性をもつことや、法 や文化をもつことがまったくない、実質的に人間以下の存在と考えられていたのであるが、証 拠として提出された史料および諸法令を評価し解釈するにあたっては、そのように定式化され た概念を無視して、現代の研究および認識に照らしてアプローチしなければならない。」( . at 346)

. at 402-422。

本件の上訴人である先住民側も、消滅の可能性を認めていた。

(7)

について、明確な判断を示していなかった

また、相対多数意見は土地権の消滅を認めていることから、法的権利とし ての土地権を認めたか否かは、議論の余地があるとの指摘もある

遊牧の(nomadic)イヌイット

が、およそ , 平方キロメートルの土 地の土地権の確認などを求めた Baker Lake 事件において、裁判所は次のよ うな判断を示した

。すなわち、Calder 判決における相対多数意見と反対意 見を示した 人の最高裁判所の裁判官は、土地権が国王布告や勅令または立 法から独立して存在することについて、はっきりと同意しており、土地権は コモン・ロー上、承認されている、と

Baker Lake 判決によると、この承認は、Marshall 長官による Worcester 事件合衆国連邦最高裁判決

の次の理由づけに、十分な根拠を有する

。そ

人の裁判官全員が、国王布告が土地権の唯一の根拠ではないことを認めたかどうかは明ら かではない、との指摘がある。というのは、反対意見は、土地権を国王布告から独立した、コ モン・ロー上、承認された権利であると判断した合衆国連邦最高裁の Worcester 判決(

(1832), 6 Peters 515, 31 U.S. 530 [ ])に明確に依拠しているが、

相対多数意見の立場はそうではなかったからである。David W. Elliot, “ and the Con- cept of Aboriginal Title” (1980)18 Osgoode Hall L.J. 653 at 655 n.15.

Brian Slattery “Understanding Aboriginal Rights” (1987) 66 Can. Bar Rev. 727 at 731 and 749.

最高裁は、 年憲法第 条 号が定める「インディアン」にイヌイットが含まれることを 認めていた。 , [1939] S.C.R. 104 [ ].

なお、 年憲法第 章は先住民の権利などを定め、その第 条 項は、「この憲法におけ る『カナダの先住民』にはインディアン、イヌイットおよびメティスが含まれる。」と規定す るが、メティスが 年憲法第 条 号の「インディアン」に含まれるかが、長らく解決され てこなかった問題であった。「インディアン法( , R.S.C., 1985)」上の「インディア ン」ではない「非登録インディアン(non-status Indian)」も同様の問題を抱えていた。

近年の最高裁判決より、メティスと非登録インディアンも同規定の「インディアン」に含ま

れることが是認された。 , [2016]

S.C.C. 12 [ ].

, [1980] 1 F.C. 518 [

].

. at 556.

, note 27).

, note 30) at 556-557.

(8)

の判示とは、次のものである

「 つの広大な海でヨーロッパから隔てられているアメリカには、ある異 なる人々(distinct people)が居住し、別々のネーションに分かれ、相互に、

そして世界の他のネーションから独立して存在していた。これら諸ネーショ ンは、自

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、自

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。世界の中 の 分の の者が 分の の者に対する支配権の正当な始源的請求権(right- ful original claims)、または 分の の者が占有していた土地に対する支配 権の正当な始原的請求権を有することができた、という想定は理解しがたい。

また発見(discovery)が、発見した者に、発見した国における権利を当然 に与え、その権利が、古来から土地を保有してきた者がもつ以前から存在す る諸権利(pre-existing rights)を消滅させる、という想定は理解しがたい。」

Baker Lake 判決は次に、コモン・ロー上、認識可能な土地権の立証の要 件を示した。それによると、「 .原告およびその祖先が、組織化された社 会の構成員であったこと。 .組織化された社会が、原告が土地権を主張す る特定の領土を占有していたこと。 .その占有が、他の組織化された社会 を排除するものであったこと。 .英国が主権を主張したとき、その占有が 確立した事実であったこと」を証明する必要がある

そして、これらの各要件に当てはまるかを考察する中で、次のような見解 を示した。すなわち、Calder 判決で Judson 裁判官が「社会の中で組織化さ れた」と述べたこと、Worcester 判決が「自らの独自の制度をもち、自己の 法によって統治していた」と述べた上述の一節を Hall 裁判官が引用してい たことを再度強調し、第 の要件にある「組織化された社会」とは何かを明

, note 27) at 542-543.

, note 30) at 557 cited , note 14 at 383. 強調は Worcester 判決を 引用した Calder 判決の Hall 裁判官の反対意見による。

. at 557-558. 同判決は、これらの要件が Calder 判決や合衆国連邦最高裁判決などによっ

て支持されると解している。

(9)

らかにしようとする

第 の要件の「占有」については、当該土地を占有していた先住民が実際 に存在していたことに関する性質、範囲または程度が事案ごとに決定される、

とする。ここでの占有は、当該先住民の生活様式を参照することが必要とさ れ、本件の原告であるイヌイットの生活様式からすると、荒野も占有の範囲 に含まれると解した

第 の要件の「占有」では、合衆国連邦最高裁の Santa Fe 判決

で、Douglas 裁判官が「先住民の保有を立証することに必要な占有とは、他の問題と同様 に、事実問題である。」

と述べたことに言及し、ここにおける「占有」の要 件を満たすと判断した

Baker Lake 判決は、「組織化された社会」を要件とすることは、Southern Rhodesia 事件に おける枢密院の判断( (1919), A.C. 211 [ ])にみられ ると説き、引用する。なお、Calder 事件最高裁判決における Hall 裁判官の反対意見は、最後 の 文を除き、同じ個所を引用している( note 14 at 387)。

「先住トライブの諸権利の評価には、常にそれに内在する難しさがある。いくつかのトライ ブは社会の組織化の規模が非常に小さいため、彼らの権利および義務に関する慣例や概念は、

文明化した社会の諸制度や法的観念と調和しえないものである。こうした溝を橋渡しすること は、不可能である。こうした人々に、我々の法でいうところの権利を投影し、我々になじみの ある譲渡可能なプロパティの権利の内容に変えることは、馬鹿げているであろう。本件では、

擬制による法定相続を受けた各人およびすべての人を、『すべてのトライブよりも優れた』土 地所有者とするだろう。他方で、我々の法概念と違うかたちで発展し、我々自身のものと決し て同じではない法概念をもつ先住民が存在する。先住民の法概念を研究し理解するならば、そ れらは英法のもとで生じる諸権利と同様に、裁判で実現することのできる権利である。これら の つの間には、広範囲にわたり文化人類学から関心が寄せられているが、そこにおける南 ローデシアの先住民の位置は、非常に不明確である。明らかなことは、彼らは高度に発達して いるというより、むしろあまり発達していない。」 note 30 at 558, cited

at 233-234.

Baker Lake 判決は、当該イヌイットは組織化された社会であるが、インディアンと異なり、

政治組織を有していないとみなしている。 note 30) at 535-536, 560.

note 30) at 559-561.

. (1940), 341 U.S. 339 [ ].

. at 345.

, note 30) at 561-562.

(10)

こうした認定に基づき Baker Lake 判決は、イヌイットの土地権の立証を 認めた

。もっとも、その範囲は、後述する狩猟漁業権などの個別的権利

(specific rights)を行使することに必要な土地に限定されていた。これは、

この当時、個別的権利と土地権を区別するという考えが、判例においても学 説においても、一般的になかったためだと思われる

インディアン法( R.S.C., 1985)が定める保留地

をめぐって争 われた Guerin 事件で Dickson 長官が書いた多数意見

は、Calder 判決にお ける相対多数意見と反対意見が、先住民の占有や保有に由来する独立した法 的権利である土地権を承認した、と解する。そして、土地権を受益的利益

(beneficial interest)とすることと、人的用益的権利とすることに矛盾はな いと説く

Guerin 判決によると、矛盾があるとされてきたのは、これまで裁判所が、

一般的な財産法の用語を適用してきたことに原因があり、先住民が土地にお いて有する利益は、国王以外に譲渡しえないという不可譲性(inalienability)

がある、という意味で人的権利であり、この意味において特殊な(

)利益なのである

こうして、土地権が法的権利であることが、最高裁で正面から確認される とともに、先住民の利益が特殊なものだという認識が示された

. at 562-563.

See e.g. Peter A. Cumming & Neil H. Mickenberg, eds., , 2d. ed.

(Indian-Eskimo Association of Canada, 1972); Bradford W. Morse, ed.,

(Carleton University Press, 1985).

インディアン法上の保留地の問題であったため、立証の問題は存在しなかった。

, [1984] 2 S.C.R. 335 [ ]. Beetz 裁判官、Chouinard 裁判官と Lamer 裁判官が同意。Wilson 裁判官が書いた結果同意意見(Ritchie 裁判官と McIntyre 裁判官が同 意)がある。

. at 376-382.

.

(11)

Kent McNeil は、土地権が占有や保有に基礎づけられるとしたことは、コ モン・ローの基本原理と一貫しているという。他方で、不可譲性という意味 での特殊な性質は、土地権から生じる利益の性質と何ら関係がなく

、また 単純不動産権(fee simple)においても不可譲性がある、と主張する

土地権の根拠を、英法やフランス法の財産法、先住民の慣習のいずれにも 求めず、土地保有に関する先住民のシステムとヨーロッパの財産システムと の溝を橋渡しする、自律的な法の集合体(autonomous body of law)に求め る Brian Slattery は、Guerin 判決が土地権を特殊と特徴づけたことは、自律 的な法の集合体という意味で土地権の根拠を承認したと評する

Slattery によれば、土地権の中心的な特徴は、Guerin 判決が述べたよう に、保有に基礎づけられていることにある。土地権が英法の不動産権(es- tate)に同化させられる傾向を踏まえ、この特徴に留意しなければならない ことを強調する

先住民の権利を明記する 年憲法第 条 項

の内容などについて、最 高裁が初めて判断を示したのは、漁業権の侵害が争われた Sparrow 事件に

Guerin 判決は、保留地における利益と土地権のそれとを同一視する( . at 379)。こうし た見方は、後の最高裁判決でも確認されている See , [1997] 3 S.C.R. 1010 [ ]; , [2001] 3 S.C.R. 746 [ ].

しかし、Guerin 判決で Wilson 裁判官がこれに異論を唱えており( . at 352)、Delgamuukw 事件最高裁判決において、La Forest 裁判官が結果同意意見(LʼHeureux-Dubé 裁判官が同意)

の中で、Guerin 判決の射程を限定する見解を提示している( , at para. 192)。

Kent McNeil, “The Meaning of Aboriginal Title” in Michael Asch, ed.,

(UBC Press, 1997) at 143 -144. McNeil がいうコモン・ローとは、英米法を指す。

. at 145 n. 70.

Slattery, note 28) at 744-745

. at 757, 759-760.

年憲法第 条 項は、「カナダの先住民の現に有する先住民の権利および条約上の権利

は、ここに承認され確定される。」と定める。

(12)

おいてである

最高裁は、権利を主張している Musqueam は、入植者が到来する前から、

組織化された社会集団として長く居住し

、鮭漁が彼らの独自の文化(distinc- tive culture)にとって不可欠な(integral)一部であることを認める

そして、Musqueam に保障される漁業権は伝統的なプロパティの権利で はなく、当該先住民集団の文化と存在に一致した権利であり、先住民の権利 を特殊な性質と称した Guerin 判決の理解を発展させるよう、裁判所は注意 深く、伝統的なコモン・ローのプロパティの概念を適用することを避けなけ ればならない、と説いた

こうした認識を示したうえで、問題となっている権利の意味について、先 住民の視点にセンシティブであることが可能であるし、実際上不可欠である、

と述べる

年憲法第 条 項が保障する権利(本件においては漁業権)が特殊で あることが明らかにされたが、先住民の視点とは何か、センシティブである こととはどのような意味かは、はっきりとしていない

Sparrow 判決が、次のように述べていることに注意を要する。

, [1990] 1 S.C.R. 1075. [ ]. Dickson 長官と La Forest 裁判官が書いた全員 一致の多数意見(Lamer 裁判官、Wilson 裁判官、LʼHeureux-Dubé 裁判官と Sopinka 裁判官が 同意)。

本文で言及しているように、本判決の直接の争点は漁業権であるが、後に土地権や自治権に 影響を及ぼす先例と位置づけられているため、ここで扱っている。

. at 1094.

. at 1099. Musqueam は商業目的の漁業権も主張していたが、最高裁は本件で問題となっ ているのは食料目的の漁業権であることから、判断を留保した( . at 1099-1101)。その後、

最高裁は , [1996] 2 S.C.R. 723 [ ] で商業目的の漁業権の保障の可能性と、

権利の制約の正当化理由を示した。

.at 1112.

.なお Sparrow 判決は、 年憲法第 条 項の「現に有する(existing)」という文言

を、 年憲法制定前に立法などによって消滅した権利を含まないと解している( . at 1091

-1093)。

(13)

「先住民に対する英国の政策は、伝統的な土地を占有する先住民の権利 への尊重に基づいてなされ、 年国王布告はそれを証明する つの計 画であるけれども、主権、立法権ならびに、かかる土地に対する、まさ にその基底的な権原が国王にあることに、最初から疑問の余地がなかっ たことは想起するに値する。」

Michal Asch と Patrick Macklem は、漁業権の行使のあり方の決定も、自 治権の問題と位置づける。そして、Sparrow 判決の上記の前提は、立法や 行政による根拠づけから独立して自治権が存在し、先住民というまさにその 意味に本来的に備わって存在する「固有の権利アプローチ(inherent rights approach)」ではなく、自治権をアプリオリに排除し、立法や行政による根 拠づけがなければ自治権が存在しえないとする「付随的権利アプローチ(con- tingent rights approach)」に依拠するものだと批判する

Sparrow 判決は、資源の保全の目的であれば、政府による漁業権の制約を正当化できると 述べる。そして、資源の保全と管理は先住民の信念や慣行、そして憲法上の先住民の権利の保 障と両立するという。また、政府による漁業権の配分の優先順位などにも言及する( . at 1113-1119)。Sparrow 判決は、漁業権の制約の正当性の検討において、資源の保全の手段に関 して先住民と協議がなされたか否かが問題となるとする( . at 1119)が、これらの説示は、

資源の保全および管理を先住民自身が行う「先住民の権利」が想定されていなかったことを示 唆する。

. at 1103.

Michael Asch & Patrick Macklem, “Aboriginal Rights and Canadian Sovereignty: An Essay on . v. ” (1991) 29 Alta. L. Rev. 498. この点は、Sparrow 判決が示した「現に有する」

の定義にも示されていると Asch と Macklem は解する。

Asch と Macklem は、固有の権利アプローチを採ることが、 年憲法第 条 号と 年憲法第 条 項の解釈に変更を迫るものとみる。前者においては、連邦議会が先住民と条約 を締結するための交渉の権限を規定し、後者においては、ヨーロッパの諸国家(nations)が 本来的に優位するという考えを排除し、民族(peoples)の平等という包括的な価値との関連づけ によって解釈される( . at 508-512)。

Asch と Macklem の見解への批判として、See Thomas Isaac, “Discarding the Rose-Colured

Glasses: A Commentary on Asch and Macklem” (1992) 30 Alta. L. Rev. 708.

(14)

.Delgamuukw 事件下級審判決

年憲法制定後に、土地権や自治権をめぐって争われたきわめて重要な 事件は Delgamuukw 事件である。Gitksan の人々と Wetʼsuwetʼin の人々は、

ブリティシュ・コロンビア州の土地のうち、 万 千平方キロメートルが自 らの伝統的領土であると主張し、そこでの土地権と自治権の存在の確認を求 めた。

事実審であるブリティシュ・コロンビア州最高裁の審理には、多くの証人 が証言し、膨大な資料が提出され、かなりの長文の判決文をもって、結論が 示された

McEachern 長官は、先住民法が本件の諸論点に関連するというのが原告 の主張

である、と確認するものの、原告が「白人の法(the white manʼs law)」と称するものにのみ従って判決を下さなければならない、と述べた

そして McEachern 長官は、国王の基底的権原の正当性を、Emer de Vattel の理論や、それを受容したと McEachern 長官自身が解する合衆国連邦最高 裁裁判官の John Marshall 長官による「発見」理論などに求め、この前提は 絶対的なものだと説く。そして、本件で問題となる実際上の問題は、憲法の 枠内で、国王の権原の つの負担(burden)として承認される先住民の利 益があるかどうかである、と述べる

(1991), 79 D.L.R. (4th) 185 [ ]. 約 年かけて審理が行われ、 人以上の証人が証言し、その記録は 万頁を超えるものであっ た。McEachern 長官が書いた判決文は、判例集(Dominion Law Report)の 頁を割いて示 された。

原告は、先住民法が連邦や州の法律との抵触する場合には、先住民法が優位すると主張して いた。

note 62) at 201. もっとも、「白人の法」が何かは定かではない。

なお McEachern 長官は、司法府よりも政治府が問題の解決にふさわしい役割を担っており、

本判決が最終的な決定(last word)ではないと述べ、司法が謙抑であるべきことを示唆する

( . at 201-202)。また、Calder 判決後に取り組まれた土地請求協定や様々な政策は政治問

題であり、本件で解決すべき法的問題ではないという見解を示している( . at 228)。

(15)

こうした認識を示したうえで、McEachern 長官は本件において何が先例 となるかを検討した。これまでカナダの裁判所は合衆国連邦最高裁判例の影 響を受けてきたが、この事件では参考にならないと退け、カナダの判例と枢 密院の判断に依拠すべきである、と説いた

) )

そこで McEachern 長官は、枢密院の判断とカナダ判例のうち、本件にお いて何が先例となるかを検討する中で、Calder 判決をはじめとする一連の 判決と本件とを区別し、St. Catherineʼs 事件の枢密院の判断がそれにあたる と位置づけた

. at 282-285. 原告も土地権が国王の権原の つの負担であることを認めている。なお McEachern 長官は、原告が主張する土地権が、伝統的な単純不動産権とは異なるものである ことを認めている( . at 242)。

. at 409-410. McEachern 長官は、合衆国の判例は先住民との条約をめぐって争われてき たものであり、またカナダでは先住民を、「国内の従属的な諸ネーション(domestic dependent nations)」と認めてきていないことなどを、その根拠として挙げている。

原告の自治権と土地権の主張には重なり合う内容が含まれている。McEachern 長官は自覚 的に、これらの つの主張を一緒に扱う部分と別個に扱う部分の区別を示しているが、必ずし も明確に区別されていない箇所もある。

なお、原告が所有権(ownership)、主権(sovereignty)、権限(jurisdiction)という用語を 使って主張し、判決文でも、そうした用語が使われているが、所有権については土地権に相当 するもの、主権と権限については自治権に相当するものと、おおよそいえるため、本稿では上 記の用語に対応するものとして、土地権、自治権という用語をあてている。

. at 410-434. McEachern 長官は、Calder 判決における相対多数意見が、土地権の根拠を 国王布告に求めなかったことを、国王布告が規定する先住民の利益を超えるものはないという 意味と捉える。

Baker Lake 判決については、土地権は認められたが、そこで鉱山会社が操業し続けること が法律上の根拠に基づき認められていたことから、当該先住民の利益の制約を認めている、と 解する。

Guerin 判決については、コモン・ロー上の先住民の利益ではなく、保留地における国王の 義務が問題となった事案であること、ブリティシュ・コロンビア州が当事者ではなかったこと を指摘し、本件とを区別する。

Sparrow 判決は Baker Lake 判決が示した排他性という重要な問題を扱っておらず、また、

そもそも漁業権の制約が争点となっており、同判決が示した規制の正当化は、広大な領土の利

用には、ほとんど適用できるものではないとする。

(16)

そして、先住民の権利の特徴を以下のように示した。すなわち、①先住民 の権利は、国王が主権を主張するはるか昔から、特定の土地を占有または使 用することから生じる、②先住民の権利はコミュナルなものであり、それは 財産的利益(proprietary interest)ではなく、生計を維持するための活動か らなる、③コモン・ロー上の先住民の権利は国王の恩恵によって存在し、国 王の明瞭かつ簡潔な意図があれば消滅しうる、④先住民の権利は消滅してい なくとも、制約に服する

McEachern 長官は、原告が先住民法に基づき、土地権や自治権を主張し ていることに対して、以下のように簡潔に応答し、退けている。

彼らの祖先は、居住する村以外の土地で、「法」に基づき普遍的または不 変的に統治していたとはいえない。制度を維持し自治権を行使してきたと主 張するが、制度に基づいて行動していたというより、むしろ生存本能ゆえに 行動していた。土地権の証明として歌(songs)を挙げるが、立証責任を果 たすものといえないし、クレスト、トーテムポールについては、かなり疑わ しいものである。祝宴制度(feast system)を土地権や自治権の根拠とするが、

土地の管理や割当に、どのように重要な役割を果たしてきたかは相当に疑わ しく、少なくとも村以外の場所での役割は曖昧である

続いて自治権について、上記の理由と類似のものを挙げ、その主張を退け た。McEachern 長官によれば、原告らが先住民法と呼んでいるものは、先 住民自身が頻繁に従っていない、もっとも不明確かつ極めて柔軟な慣習であ り、こうしたものを法と分類しえないし、自らの法に基づき領土を統治して いたとはいえない。原告の祖先は社会を組織化してきたが、我々が一般的に 適用する法と呼ぶものをもつ必要性はほとんど存在していなかった。誰も住 んでいない土地における自治権と、同じく誰も住んでいない土地を生存目的

. at 434.

. at 440-442.

(17)

で占有したり保有したりすることとの間に違いを見出すことはできない

。 そもそも McEachern 長官は、原告の自治権の主張が通る見込みは、ほと んどないと述べている。その根拠は、Sparrow 判決が、「主

!

!

、立

!

!

!

なら びに、かかる土地に対する、まさにその基底的な権原が国王にあることに、

最初から疑問の余地がなかった」

(強調は McEachern 長官)と説示してい ることに求められている

土地権の主張について McEachern 長官は、原告の祖先が英国の主権の主 張の前から、生活をするために村に居住し、漁場地やそこに隣接する土地を 占有しまたは使用してきたことを認める。しかし、彼らの所有や自治は、村 とそのすぐ近くの地域に限定されており、他の広大な土地を所有し自治を営 んできたとは、いかなる意味においても法的に承認されるものではないとい う。原告の村から離れたこうした土地のいくつか場所には Nisgaʼa や Talthan が定住しており、原告が彼らに退去を求める法を有していなかったことも、

土地権の存在を否定する根拠とされる

Catherine Bell と Michael Asch は、McEachern 長官が、先住民法を英法 の鋳型に押し込み、自治権や土地権の存在を否定していると批判する。また、

Bell と Asch によると、特殊という概念は、先住民の慣習、伝統および慣行 が、先住民法の拘束力の性質やその執行力を決定する適切な根拠であるにも かかわらず、McEachern 長官はこれを解釈に活かしていない

) )

. at 440-449, 452-455.

note 54) at 1103.

note 62) at 437. McEachern 長官は、先住民の自治権が仮に存 在していたとしても、国王の基底的権原、そして 年憲法の権限配分規定によって消滅した、

と結論づける( . at 454, 473)。

. at 449-455. McEachern 長官は、これらの区域に対する権利は消滅した、と判示した( . at 474-478)。なおMcEachern長官は、 つ以上の先住民集団が生存のために土地を利用していた 場合、その双方に土地を利用する権利を認めることはできない、と述べている( . at 455-456)。

Catherine Bell & Michael Asch, “Challenging Assumptions: The Impact of Precedent in Abo-

riginal Rights Litigation” in Asch, ed.,

(18)

ブリティシュ・コロンビア州控訴審では Macfarlane 裁判官によるものが 多数意見を形成したが、反対意見も示され、ブリティシュ・コロンビア州最 高裁判決(事実審)に対する評価が分かれた

Macfarlane 裁判官が書いた多数意見は、先住民の権利は特殊なものであ り、伝統的な財産法の専門用語で記述することは、不可能ではないとしても 困難である、と述べてきた種々の判例に言及し、先住民の権利の本質的な性 質は土地の占有と使用に由来する、と判示した。そのうえで、Baker Lake 判決は占有の証拠を、広範で制約のない土地権を含むものとみなしたのでは なく、個別の伝統的な活動に焦点を当てていたと解する。そして、土地権は すべての活動を含む、単一の包括的な形態をとるものではない、という判断 を下した

そのうえで、事実審が課した立証のレベルを、土地を排他的に使用する権 利

を主張するには所有権の立証のレベルと類似したものだと解し、事実審

(UBC Press, 1997) at 50-51. Bell と Asch は、McEachern 長 官は先住民法の柔軟性や曖昧さを指摘するが、その判断基準は、英国やカナダの法制度に当て はめるときよりも厳格なものだと批判する( . at 50)。

ブリティシュ・コロンビア州最高裁で判決が下された後、Wetʼsuwetʼen の 人の長(chief)

は、敗訴することは最初から分かっていたと述べたうえで、次のような見解を表明した。

「もし人々が、我々が理解し承知しているコモン・ローが、本件で主張した根本的なものを 受容することができない、と考えているのであるなら、大きな悲劇を招くであろう。」Satsan (Herb George), “The Fire within Us” in Frank Cassidy, ed.,

(Oolichan Books & The Institute for Reserch on Public Policy, 1992) at 57.

, [1993] 30 B.C.A.C 1 [ ]. Taggart 裁 判官が同意。Wallace 裁判官の同意意見、Lambert 裁判官の反対意見、Hutcheon 裁判官の一 部反対意見がある。

. at paras. 78-95. Macfarlane 裁判官は、占有の権利は通常排他的であるが、狩猟権や漁 業権といった権利は共有の可能性があるとの見方を示す( . at para. 90)。

Macfarlane 裁判官は、原告が請求する利益を「所有権」というのは、とりわけ Guerin 判決

が先住民の利益を受益的所有権と同じではないと判示したことからすると、望ましくない用法

だと注意を促す( . at para. 96)。

(19)

の判断を尊重し、それを維持した

Wallace 裁判官は、Guerin 判決が述べたように先住民の権利は特殊である が、これらの権利はコモン・ローや憲法、敷衍して言うならば、西欧の法に よって保障されると述べ、先住民は、Baker Lake 判決が提示したコ

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・ ロ

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、認

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土地権の要件を立証しなければならない、と説いた(強 調は Wallace 裁判官)

また Wallace 裁判官は、国王が主権を主張した後に、先住民法がコモン・

ロー上の保護を受けることはなく、それゆえに法的効力をもつものではない、

と結論づけた

。そして、先住民がかつて自治権を行使してきたことを認め るが、英国が主権を有し、 年憲法によって連邦と州に権限が配分された 後に、自治権が存在するいかなる可能性も失われ、 年憲法第 条 項で 保障されるものではない、と説く

これに対して Lambert 裁判官の反対意見は、先住民の権利とは当該先住 民の組織化された社会の中で確立し承認されたものと位置づける。そして西 欧の法思想の基底にある「権利」の概念によって分析することは、コモン・

ローおよび憲法で承認され確定された先住民の権利を理解することに、ほと んど、あるいはまったく役立たないと批判し、先住民の視点から先住民の権 利を特徴づけるアプローチが必要だと説いた

Lambert 裁判官は、組織化された社会にとって慣習、伝統および慣行が

. at paras. 96-157. Macfarlane 裁判官は事実審と同様に、たとえ先住民の自治権がかつて 存在していたとしても、 年憲法の権限配分規定によって消滅している、という見解を示す

( . at paras. 184-210)。また裁判所は、こうした請求を判断する権限がそもそもない、とも 述べている( . at para. 210)

. at paras. 450-473.

. at paras. 474-483.

. at paras. 543-559.

. at paras. 716-800. もっとも、消滅を目的とする「明瞭かつ簡潔な意図」を示す立法が

あれば、先住民の権利が消滅しうる可能性を認めている( . at paras. 838-850, 864-1012)。

(20)

不可欠であるかどうかが問題であることを強調し、先住民の権利の根拠を、

独自の文化にとって不可欠な慣習、伝統および慣行であることに求める

。 そして、事実審は、侵入者に退去を要求する法が存在するか否かを、保有お よび占有を満たすテストとしたが、これは誤りであると退ける。Lambert 裁判官によると、占有および保有のテストは、組織化された社会が実際に占 有し保有していたかという事実に求められる

そして Lambert 裁判官は、上記のテストを事実審が認定した事実に当て はめると、村以外の土地の土地権が立証されている、と結論づけた

自治権の問題について Lambert 裁判官は、原告の主張は、先住民法がす べての者に適用されるという意味ではなく、当該先住民が、土地権を構成す る土地や資源の保有、占有および使用の権利の行使を管理しコントロールす る権利という意味での自治権だと捉える

そして、自治権が依拠するのは「法」ではなく、独自の文化にとって不可 欠な部分を形成する慣習、伝統および慣行であると主張する。Lambert 裁 判官は、これらに一貫性がなく柔軟なものであることは、自治権の存在を否

. at paras. 716-863.

. at paras. 1082-1085. Lambert 裁判官は、事実審は Nisgaʼa や Talthan が占有していたと いうが、そうした証拠は存在しないと否定する。もし原告と、Nisgaʼa や Talthan と土地を共 有していたとしても、問題なのは、領土を実際に利用していた複数の先住民にとって、そうし た共有する権利が、独自の文化にとって不可欠なものであったか否かが問題だという( . at paras. 1085, 1101)。

また、土地権の共有を事実審は否定したが、 以上の先住民が土地権を共有することはあり うるし、一方の先住民が占有する権利をもち、他方の先住民が狩猟権をもつことは奇妙なこと ではない、と反論する( . at paras. 1086-1088)。

. at paras. 1089-1113.

. at paras. 1114-1123. Lambert 裁判官は、原告が、先住民法が常に連邦法や州法に優位

すると主張していないと捉え、本件の請求において、連邦と州の立法権の権限配分との関連性

はないという( . at paras. 1167)。また、祝宴制度に立法機関が含まれているか否かに留保

を付しながら、立法機関の存在は自治権の存在に不可欠なものではないとも述べる( . at

paras. 1132-1133)。

(21)

定するものではないし、多様な解釈に開かれているのは、コモン・ローにお いても同様だと指摘する

Hutcheon 裁判官は、Lambert 裁判官と同様に、原告が占有していた場所 を村に限定した事実審に反対する。その論拠としているのは、Kent McNeil の所説である。

McNeil は、自分たちの利益と生活様式にしたがって、習慣的かつ排他的 に、一定の土地を移動していた狩猟採集集団が占有の基準を満たすことは、

ほとんど疑いのないことだという。そして、その占有の範囲は、実際に利用 している土地だけでなく、土地を排他的にコントロールする意思と能力があ る限り、一時的にそこにいなくとも(特に、ある季節にいなくとも)、占有 の基準を満たすと主張する

Hutcheon 裁判官は、McNeil のいう占有の基準からすると、原告の土地権 は立証されていると結論づける

。また、祝宴制度の歴史と現状に照らして、

原告が自治権を有していることを是認した

Hutcheon 裁判官が依拠する McNeil の所説は、コモン・ローの原理を基 礎に展開されている

。McNeil によると、コモン・ローにおいて占有はあ らゆる権原の基礎であり、所有は占有の証明によって立証される

。土地権

.

. at para. 1311 cited Kent McNeil, (Clarendon Press, 1989) at 203-204.

. at para. 1312.

. at paras. 1324-1334. Hutcheon 裁判官は、「法」は国家機関によって実現可能であること をその観念に含んでいることを理由に、「先住民法」という用語の使用をあえて避けている。

同様の理由によって、自治政府(self-government)ではなく自己統制(self-regulation)とい う語が用いられているが、本稿は、Hutcheon 裁判官が自己統制権(right of self-regulation)

と表記したものを自治権と記している。

McNeil がいうコモン・ローとは、英米法を指している。

Kent McNeil, “Aboriginal Title and Aboriginal Rights: Whatʼs the Connection?” (1997) 36 Alta.

L. Rev. 117 at 137.

(22)

がコモン・ローによって保障されると主張する McNeil は、先住民法は土地 権の立証のために用いられるべきものではない、と説く

それゆえに McNeil は、これまでカナダの裁判所が先住民法を土地権の証 明 に 不 可 欠 な も の と し て こ な か っ た 点 で 正 し い と 評 す る

。そ し て、

Macfarlane 裁判官が特殊という特徴を、土地権の内容を限定するために用 いており、こうした限定はコモン・ローの原理と一致しないと批判する

Macfarlane 裁判官と Wallace 裁判官は、自治権の消滅の根拠を連邦と州 への権限配分規定に求めているが、先住民問題に関する王立委員会(Royal Commission on Aboriginal Peoples)は、 年憲法が自治権を消滅させて いるという見解は連邦と州の権限の範

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の問題と権限の排

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の問題とを混 同している、と指摘する。すなわち、ある政府が特定の事項に関して権限を 有していることが、必然的に排他的権限となることを意味するわけではない。

連邦議会と州議会が「共同して(concurrent)」権限を有していることは、

よくあることである(強調は原文)

.「土地権」と個別的権利(specific rights)の区別に関する判例 従来の判決は、土地権と狩猟業権などの個別的権利(specific rights)

McNeil は、先住民法は先住民ネーションの内部の土地保有を統治するように発展してきた ものであり、その外部にいる入植者との対抗関係において、先住民法を用いることは不適切だ と説く(McNeil, note 49) at 153)。

. at 135-141, 153.

. at 141-151.

Royal Commission on Aboriginal Peoples,

(Minister of Supply and Services Canada, 1993) at 32.

個別的権利という名称は、Brian Slattery, “Making Sense of Aboriginal and Treaty Rights”

(2000) 79 Can. Bar Rev. 196の用語から借用した。Slattery は先住民の権利を包括的権利(generic

rights)と個別的権利(specific rights)に分類する。前者には、土地権、自治権と言語権が含

まれ、後者には特定の場所を前提とした権利(site-specific rights)、特定の場所を前提としな

い権利(floating rights)と文化的権利が含まれる。

(23)

違いをはっきりと示していなかったが、 年に示された一連の最高裁判決 は、この区別を明確化した。

Lamer 長官が多数意見を書いた Van der Peet 判決

は、第 条 項で承 認し確定された先住民の権利の最善の理解とは、第 に、ヨーロッパ人が到 来する前から、独自の先住民社会が当該土地をすでに占有していた事実を憲 法が承認する手段として、第 に、先住民の以前からの占有が、国王の主権 の主張とを調和させる(reconcile)手段として理解することである、と判示 した

この前提から、個別的権利の立証の要件が示される。すなわち、当該行為 が、当該先住民の独自の文化にとって不可欠な慣行、慣習または伝統の一要 素であること、それらの慣行、慣習または伝統がヨーロッパ人と接触する前 から存在していたこと、それらの慣行、慣習または伝統が現在まで継続して 存在していることを、先住民側が立証しなければならない(Van der Peet テスト)

Van der Peet テストを提示する際に、最高裁は問題となっている権利の 意味について、先住民の視点それ自体にセンシティブであることが不可欠で

本稿で用いる個別的権利とは、Slattery のいう、特定の場所を前提とした権利のことを指す。

, [1996] 2 S.C.R. 507 [ ]. La Forest 裁判官、Sopinka 裁判官、

Gonthier 裁判官、Cory 裁判官、Iacobucci 裁判官と Major 裁判官が同意。LʼHeureux­Dubé 裁判官の反対意見、McLachlin 裁判官の反対意見がある。

. at para.43.

. at paras. 44-65. ヨーロッパ人と接触した後の影響によって生じた慣行、慣習または伝 統は、Van der Peet テストを満たさない( . para. 73)。

Van der Peet テストについて、LʼHeureux-Dubé 裁判官と McLachlin 裁判官が反対した。学 説においても強い批判がある。See e.g. Russel Lawrence Barsh & James Youngblood Hender- son, “The Supreme Courtʼs Trilogy: Native Imperialism and Ropes of Sand” (1997) 42 McGill. L.J. 993; John Borrows, “Frozen Rights in Canada: Constitutional Interpretation and the Trickster” (1997) 22 Am. Indian L. Rev. 37.

最高裁は同年に、自治権についても Van der Peet テストが適用されることを明言した。

[1996] 2 S.C.R. 821 [ ].

(24)

あると説いた Sparrow 判決に言及し、先住民の視点は、カナダの法構造お よび憲法構造が認識可能なものでなければならない、と判示する。そして、

コモン・ローの視点と先住民の視点の双方に等しく重みをおいて、個別的権 利が立証されたかどうかを決定する必要性を説いた

Van der Peet 判決は、先住民の権利が以前からの土地の占有から生じる ものであるが、以前から存在する社会組織や先住民の独自の文化からも生じ ることに留意する必要がある、と述べる。そして裁判所は、先住民と土地と の関係を検討するだけでなく、独自の文化や社会から生じる慣行、慣習およ び伝統も検討しなければならないと説いた

この判決を受けて Adams 判決

は、土地権と個別的権利の区別を示した。

Adams 判決によると、ある土地で行われる特定の慣行、慣習または伝統が、

独自の文化にとって不可欠であることを証明した場合には、先住民が、「た

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」(強調は原文)、保障される先住民の権利が存在する

。す なわち、土地権を証明するほどの土地との関係を証明できなくとも、個別的 権利の存在を証明しうる、ということである。

Adams 判決は、こうした土地権と個別的権利の区別は、遊牧の先住民

がいることを想起すれば理解できるという。このことは、個別的権利が土地

.at paras. 49-50.

. at para. 74.

, [1996] 3 S.C.R. 101 [ ]. Lamer 長官による多数意見(La Forest 裁判官、

Sopinka 裁判官、Gonthier 裁判官、Cory 裁判官、McLachlin 裁判官、Iacobucci 裁判官と Major 裁判官が同意)。LʼHeureux-Dubé 裁判官の結果同意意見がある。この事件は漁業を規制し、

それに反した場合に刑罰を科する規定が、土地権を基礎にした漁業権を侵害するものと争われ た刑事事件であった。

. at para. 26.

Adams 判決は、事実審が、本件被告人が帰属する Mohawk は遊牧民であると認定したこと

に言及する( . at para. 28)。

参照

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〔注〕

記)辻朗「不貞慰謝料請求事件をめぐる裁判例の軌跡」判夕一○四一号二九頁(二○○○年)において、この判決の評価として、「いまだ破棄差

 「訂正発明の上記課題及び解決手段とその効果に照らすと、訂正発明の本

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