◎論説旅遊中国
中 国 の ユ ネ ス コ 世 界 遺 産 政 策
文化外交にみる﹁和譜﹂のインパクト
加 治 宏 基
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世界遺産という政治の中の中国‑問題提起1
経済社会理事会と連携協定を有す専門機関のひとつに国
連教育科学文化機関(UNESCO)がある︒その事務局
長である松浦晃一郎氏が指摘するとおり︑世界遺産は観光
収益が誘引する国家規模での経済成長の起爆剤となり︑そ
ム の傾向は殊︑途上国にあって顕著となる︒二〇〇三年以
降︑二桁台のGDP成長率を取り戻し﹁世界の工場﹂と称
されて久しい中国は︑イタリア(四一件)︑スペイン(四
〇件)に次いで三五もの物件を有す﹁世界遺産大国﹂とい
う横顔をもっており(二〇〇七年一〇月現在)︑北京の皇 宮群・諸庭園や万里の長城のほか︑マカオの歴史的景観な
ど世界的観光スポットを数えれば枚挙にいとまがない︒こ
れは︑自然環境に比し観光資源(経済成長誘因)と化しや
すいという文化財・遺跡などの性質を反映したものだろ
う︒こうした観点とその重要性が︑世界遺産について考察
する上で留意すべきファクターであることは別言を侯たな
い︒
ただし本稿は︑世界遺産がもたらす経済的意義ではなく
政治的意義に焦点を絞り︑中国の世界文化遺産政策と﹁和
譜﹂をキーワードとする同国の対内外政策との連関を討究
するものである︒数年来︑中国は﹁和譜社会の構築﹂を政
治目標として掲げており︑二〇〇五年には胡錦濤国家主席
が国連外交の表舞台である総会での一般演説において﹁和
中国のユネス コ世 界遺産政 策
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譜世界﹂という外交指針を提起した︒一連の政策展開は︑
中国の内政施策と外交政策のシンクロを明示するものであ
るが︑ソフトパワi(軟実力・軟力量)に着目し伝統文化
振興と文化外交を展開する中国政府は︑いかにして﹁和
譜﹂理論を世界文化遺産政策へと注入しているのか︒また
その対内外的意義・インパクトを検証するが︑国内政治目
標として掲げられた﹁和譜﹂理論の外交政策への引用に
は︑政策対象となるアクター︑すなわちユネスコが政治の
場であることが前提となる︒
しかし︑概して国連安保理や総会が内包する政治性に関
する論説に比し︑経済社会分野に携わる国連機関の実態に
ついては︑良質な概説書でさえ︑歴史︑活動内容やその構
成に焦点があてられ︑国連システムをとりまく現実政治か
らの乖離や力の空白を前提に語られること(もしくは︑そ
ヨ うした力学を想定しない議論)は少なくない︒もちろん︑
理念上は政治性やその種のバイァスは排されてしかるべき
ものであり︑原理的にもその機能に関する概説書の記述に
相違はない︒他方で︑例えば政治・安全保障分野での機能
強化と経済社会分野における機能活性化は︑ともに越境的
課題に対処しうる超国家主権性を帯びたシステムおよびス
キームを模索するという点で目的を共有し︑その論点も国
連改革という各国の利権のせめぎあいに帰一される︒この
視角から言えば︑経済社会分野の諸機関はとりもなおさず 政治の舞台であることが露見される︒
UNESCOの機能活性化をめぐる議論は︑この意味で
典型的経緯を有す︒つまり︑米国(一九八四〜二〇〇三)︑
英国(一九八五〜一九九七)およびシンガポール(一九八
五〜現在)が︑UNESCOの﹁過度の政治化﹂や﹁親ソ
連・反イスラエル化﹂を理由に同機関を脱退したという時
代背景を鑑みれ噂ユネスコ自身ならびにそこからの脱退
という行為自体もまた政治的判断の賜物に他ならない︒管
見の限りではあるが︑特定の研究者や関係者により該機関
をめぐる内在的(本質的)政治性を議論した先行研究が蓄
ムら 積されている︒最上は︑﹁(批判する)主体が変わるのに応
じて﹃政治化﹄であったりなかったりする﹂と︑その﹁相
対性﹂および主観性を指摘すると同時に︑﹁一つの機構に
ついて時代を問わず見られる(その申し立てがある)(中
略)例が少なくないという﹂政治化の﹁普遍性﹂について
ハ も指摘・分析した︒
上記指摘は︑UNESCOに限らず多くの国連機関をも
射程内に捉えたものであろう︒しかしながら︑経済社会分
野︑とりわけ教育や文化という思想形成に直接的作用を及
ぼす分野に携わる該機関の特殊性・政治性を考慮すれば︑や
はり他の機関と同一視すべきでない︒さらに︑UNESCO
の主要任務のひとつに世界遺産の認定・保護などがある
が︑その理念と実際についても留意すべき点がある︒詳細
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は次章にて後述するが︑今日︑八五〇を超す文化財︑自然
環境およびその混合物件が世界遺産リストに登録されてお
り︑その本来的意義は﹁顕著な普遍的価値を有する文化遺
産及び自然遺産﹂を﹁認定し︑保護し︑保存し︑整備し及
び将来の世代へ伝えることを確保すること﹂とされる︒こ
のUNESCO憲章が掲げる世界遺産の理念は︑多国間主
義的政治の範疇では﹁遺産﹂と化していることを認めざる
を得ない︒
一方︑UNESCOの政治化を刺激する各加盟国は︑独
自の政策理論に則って国益の確保・拡大に努めており︑そ
の姿勢は世界遺産登録を目指す申請国という立場にあって
も不変であるどころか︑むしろ顕著となる︒よって本稿で
は︑その政策モジュールとしての世界遺産︑主として文化
遺産をめぐる申請国側の政策理論と政策的意義について討
究する︒ユネスコにおける世界遺産政策という分析枠組み
は︑各国の﹁国情﹂が対外政策に反映されるインパクトと
同時に︑文化政治力の有用性をも提示しうる︒そしてこう
した中国の世界遺産政策研究は︑翻って国連というグロー
バルアクターの政治性︑ひいては各加盟国の国連外交の政
治力学を考察する上でも参考となろう︒なお︑引用箇所・
文献名等を除き︑本稿では国連専門機関である国連教育科
学文化機関それ自体の名称を"UNESCO"と表記し︑
加盟国間の利害関係が交錯する政治システムとしては﹁ユ ネスコ﹂と表記することにより︑必要に応じて両者の区分
を行う︒また︑人物の肩書きについては︑特に断りのない
限り当時のものとする︒
世界遺産の分類・登録プロセスとその理念
﹁顕著な普遍的価値を有する遺跡や自然地域などを人類
全体のための世界の遺産として保護・保存し︑国際的な協
力及び援助の体制を確立する﹂ことを目指して︑一九七二
年=月︑第一七回UNESCO総会は﹁世界の文化遺産
および自然遺産の保護に関する条約﹂(08ぎヨ8鍵子・
鴫﹃︒侍︒∩門一︒昌︒h子o≦げ﹃匡O巳2﹃巴曽昌αZ曽2巨徊ゆ﹃同丹9︒αQ︒"世界遺
産条約)を採択した(七五年一二月︑発効)︒これに続
き︑﹁世界遺産条約を履行するための作業指針﹂(O℃§ユ︒〒
alGuidelinesforImplementationoftheWorldHeritage
Convention)が策定され︑登録手続き・評価基準など実務
細目が示された︒以来︑一四一か国の計八五一もの物件が
世界遺産リストに登録され︑詳細は後述するが三分類の内
訳は︑文化遺産が六六〇件︑自然遺産は一六六件︑複合遺
産が二五件である(二〇〇七年一〇月現在)︒
世界遺産は︑﹁文化遺産﹂﹁自然遺産﹂︑そしてその両方
の性質を含む(世界遺産条約では個別言及されない)﹁複
中国のユネ スコ世界遺産政 策
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表1世 界遺産 の評価基 準 文化遺産
C(i) 人 間 の創 造 的 才 能 を表 す傑 作 で あ る こ と。
C(ii)あ る期 間 、 あ る い は世 界 の あ る文 化 圏 に お い て 、 建築 物 、 技 術 、 記 念 碑 、都 市 計 画 、 景観 設 計 の 発展 に おい て 人類 の 価値 の重 要 な 交流 を示 して い る こ と。
C価) 現存 す る、 あ るい はす で に消 滅 して しま った 文化 的 伝 統 や文 明 に関 す る独 特 な 、 あ るい は稀 な 証拠 を示 して い る こ と。
C(iv)人 類 の 歴 史 の 重 要 な 段 階 を物 語 る建 築 様 式 、 あ る い は建 築 的 ま た は技 術 的 な集 合 体 、 あ る い は景観 に関 す る優 れ た 見 本 で あ る こ と。
C(v)
あ る文化(ま た は複 数 の 文化)を 特徴 づ け る よ うな人 類 の伝 統 的 集 落 や土 地 利 用 の 優 れ た例 で あ る こ と。 特 に抗 しきれ な い歴 史 の流 れ に よっ て そ の存 続 が危 う くな っ て い る場 合 。
C㈹
顕 著 な普 遍 的 価値 を もつ 出来 事 、 生 きた伝 統 、 思想 、 信 仰 、芸 術 的 作 品 、 あ るい は 文 学 的 作品 と直 接 ま た は実 質 的関 連 が あ る こ と(極 めて 例 外 的 な場 合 で 、 かつ 他 の 基 準 と関連 して い る場 合 の み適 用)。
自然遺産
N(i)
生 命 進化 の記 録 、地 形 形 成 に お い て進 行 しつ つ あ る重 要 な地 質 学 的 過 程 、 あ る いは 重 要 な地形 学 的 、 あ る い は 自然地 理 学 的特 徴 を含 む、 地 球 の 歴 史 の主 要 な段 階 を代 表 す る顕著 な例 で あ る こ と。
N(ii)陸 上 、 淡水 域 、 沿 岸 ・海 洋 生 態 系、 動 ・植 物 群 集 の進 化 や 発展 に お いて 、進 行 しつ つ あ る重要 な生 態 学 的 ・生 物 学 的過 程 を代 表 す る顕著 な例 で あ る こ と。
N(iii)ひ とき わ優 れ た 自然 美 お よび 美 的 要 素 を もっ た 自然現 象 、 あ るい は 地 域 を 含 む こ と。
N(iv)
学 術 上 、 あ る い は保 全上 の 観 点 か ら見 て 、顕 著 な普遍 的価 値 を もつ 、 絶滅 の お それ の あ る種 を含 む、野 生状 態 に お け る生 物 の多 様 性 の保 全 に とっ て、 最 も重要 な 自然 の生 息 ・生育 地 を含 む こ と。
注:複 合 遺産 は、 文化 遺 産 お よび 自然 遺産 の各 一 項 目以上 の 評価 基 準 に合致 す る こ と。
出所:「 世 界遺 産 条 約 を履 行 す るた めの 作 業 指針 」
合遺産﹂の三つに分類・定義
されるが︑世界遺産リスト登
録には︑評価基準(表1を
バ 参照)の一項目以上に合致す
るとともに︑法的措置などに
より価値の保護・保全が十分
担保されていること︑ならび
に管理計画を有すことなどの
諸条件を満たしていること
が︑必須とされる︒また登録
プロセスは︑世界遺産条約が
定める下記手続きを経ねばな
らない(図1を参照)︒世界
ムリ 遺産委員会の要請に基づき︑
自然遺産はIUCN(国際自
然保護連合)が︑文化遺産は
ICOMOS(国際記念物遺
跡会議)が︑同条約締約国の
推薦する候補物件(毎年二件
を上限とし︑うち一件は自然
遺産であること)について調
査評価を行う︒その審査を通
過した候補地についてのみ︑
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、
締約国政府
」
i 世界遺産暫定一覧表
ノ ウ 、
世 界 遺 産 暫定 一 覧 表 (UNESCO事 務 局 ・世 界遺 産 セ ンタ ー)
㌧ ノ
ii
文化遺産 自然遺産
寺 寺
ICCR・M…[IC・M・S【IUCN
世 界遺 産 委 員 会
(UNESCO事 務 局 ・世 界 遺 産 セ ンタ ー)
各 国 が 「世 界遺 産 条 約 」 の 締 約 国 とな る。
① 締 約 国 は 、 自 国 の 世 界 遺 産 候 補 物 件 を 「暫 定 一 覧 表 」事と して世 界 遺 産 委 員 会 に提 出 。
② 締 約 国 が 、 暫 定 一 覧 表 に記 載 さ れ て い る物 件 を 登 録 申 請(毎 年2件 を 上 限 と し、 うち1件 は 自然 遺 産 で あ る こ と)。
③ 世 界 遺 産 委 員 会 が 、 候 補 物 件 の 調 査 評 価 を諮 問 機 関 へ 依 頼 。
文 化 遺 産 はICOMOS(国 際 記 念 物 遺 跡 会 議)へ 、 自然 遺 産 はIUCN(国 際 自然 保 護 連 合)へ 。
④ 調 査 評 価 の審 査 を 通 過 し た も の に つ い て の み 、 毎 年1回 開 催 され る 世 界 遺 産 委 員 会 で 、ICOMOS、
IUCN、 お よ びICCROM(文 化 財 保 存 修 復 研 究 国 際 セ ン タ ー)を 交 え て 候 補 物 件 を 評 価 審 議 。 評 価 基 準(表1)の うち1つ 以 上 を満 た して い る こ
とが 、 世 界 遺 産 リス ト登 録 の 必 要 条 件 とな る。
⑤ 世 界 遺 産 委 員 会 が 、世 界 遺 産 リス ト登 録 を 承 認 。 評価 基 準 ク リア
o
登録決定
*「 暫 定 一 覧 表 」 と は 、 条 約 の 各 締 約 国 が 、 将 来
「世 界 遺 産 リス ト」 に 記 載 す る こ と が 適 当 で あ る 物 件 の 目録 と し て、 世 界 遺 産 条 約 の 事 務 局 で あ る 世 界遺 産 セ ン タ ー へ提 出 す る リ ス ト。
図1世 界 遺 産 リ ス ト登 録 の プ ロ セ ス
出 所:「 世 界 遺 産 条 約 」、 「世 界 遺 産 条 約 を 履 行 す る た め の 作 業 指 針 」 お よ び 日 本 ユ ネ ス コ 協 会 連 盟http://www.unesco.jp/contents/isan/decides.htm1よ り作 成 。
毎年一回召集される世界遺産委員会
は︑上述の諸条件に着目して候補物件
を世界遺産リストに登録するか否かを
審議する︒
有形文化財や自然環境については︑
一九七二年の世界遺産条約によって保
護体系が整備されたが︑無形の文化財
や伝統技能については︑その後も拘束
力のある多国間協定が確立することは
なかった︒そこで︑人類の口承文化お
よび無形遺産を﹁条約﹂という法的枠
組みによって国際的に保護することを
目指し︑二〇〇三年一〇月︑第三二回
UNESCO総会において﹁無形文化
遺産の保護に関する条約﹂(08ぎ昌ユ8
fortheSafeguardingoftheIntangible
O巳ε目巴=︒.博丙曽αq鴫脚無形文化遺産保護条約)が採択された︒無形の文化財や伝
統芸能が︑同条約により即座に世界遺
産の一分類として認可を受け定着した
わけではないが︑以下五分野を保護対
象とすることが定められた︒ω口承に
よる伝統および表現(無形文化遺産の
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