︿論説﹀
給 水 契 約 の 締 結 拒 否 に つ
いての正当性‑水道法一五条一項にいう﹁正当の理由﹂の意義1
宮暗淳
目次
第一章はじめに
第二章判例の類型化とその分析
第一節國正当の理由﹂に関する判例の類型化
第二節判例の分析
第三節供給規程と給水拒否の関係
第三章﹁正当の理由﹂に関する学説の対応
第一節学説の対応
第二節小括
第四章結びにかえて
117
118
第一章はじめに
水道水の供給は︑水道事業者と需要者との給水契約に基づいてなされている︒したがって︑需要者が水道水の供給
を受けようとするときは︑水道事業者との間で給水契約を締結しなければならない︒
水道事業は︑水道水が日常生活にとって必要不可欠な物であることから︑需要者の必要とする質と量の水を供給す
ることにより︑健康で文化的な生活を確保し︑公衆衛生の向上とともに都市活動を円滑にする機能を担っている︒こ
のように水道事業は住民の生活環境および公衆衛生に大きな影響を与えるため︑水道法は︑水道の有する高度の公共
性︑公益性の観点から︑水道事業の開始や水道の利用関係等について各種の規制を加えている︒
給水契約は︑公法上の制限があるとはいえ︑水道事業者が水道により常時水を供給する義務を負担し︑需要者がこ
ユ の給水に対して水道料金の支払義務を負う有償双務契約である︒しかし︑給水契約は水道事業者と需要者間の自由意
思による合意によって締結されるのではない︒水道法一四条一項において︑﹁水道事業者は︑料金︑給水装置工事の
費用の負担区分その他の供給条件について︑供給規程を定めなければならない﹂と規定しているため︑地方公共団体
の水道事業者が条例等でこの供給規程を制定し︑需要者が当該供給条件を受け入れてはじめて供給契約が成立すると
いうことになる︒そして︑この供給規程が水道事業者と需要者との給水契約の内容となるのである︒このような契約
を通常︑附合契約または附従契約と称している︒すなわち︑給水契約においては︑契約自由の原則が制限されている
のである︒したがって︑給水契約は︑附合契約を前提にした需要者からの給水申込みおよびそれに対する水道事業者
の承諾によって成立することになる︒
水道事業者は︑このような供給規程を一方的に定める権限を有するが︑その反面︑需要者に対して給水義務(水道
給水 契 約 の締結 拒 否 に っ い て の正 当性
法一五条一項)︑事業継続義務(同法一五条二項)︑平等取扱義務(同法一四条四項四号)等の法的義務を負っている︒
水道事業者の義務の中でも特に給水義務については︑解釈上の問題点がある︒水道法は︑一五条一項において︑﹁水
道事業者は︑事業計画に定める給水区域内の需用者から給水契約の申込を受けたときは︑正当の理由がなければ︑こ
れを拒んではならない﹂と定め︑給水申込みの原則的な承諾義務を規定している︒この義務が解除される﹁正当の理
由﹂の意義について解釈が分かれるのである︒すなわち︑どのような場合に﹁正当の理由﹂があると判断され︑給水
契約の締結を拒絶することができるかという問題である︒
本稿では︑まず︑今までの給水拒否に関する裁判例を類型化し分析したうえで︑次に学説の状況について論考し︑
水道法一五条一項にいう﹁正当の理由﹂の意義について考究していくことにする︒
注1
厚生省水道環境部水道法研究会﹃水道法逐条解説﹄二一六頁(日本水道協会︑昭和五八年)︒
第二章判例の類型化とその分析
第一節﹁正当の理由﹂に関する判例の類型化
水道事業者が給水申込みを拒否した場合に︑水道法一五条一項に定める﹁正当の理由﹂
くない︒以下に︑給水拒否の類型別に裁判例を挙げ︑判例の傾向を分析する︒ の存否が争われた例は少な
119
120
ω土地を不法占拠しかつ違法建築物に居住する者に対する給水拒否
︻判決例1︼違法建築物給水廃止請求事件第一審判決
︹大阪地判昭和四二年二月二八日判例時報四七五号二八頁︺
(事実の概要)
原告X所有の本件土地は︑駅周辺土地区画整理事業施行区域内の道路予定地であるが︑訴外A等によって不法占拠
され︑家を建築されてしまった︒そこで︑Xは︑水道事業者としてのY市を相手どり︑Yがこれら不法占拠者に対し
て給水しているのは︑不法占拠を助けるものであり︑また本件土地に建てられた家屋はいずれも都市計画法に違反し
知事の許可を得ないもので︑しかも︑建築基本法に違反する建物であるから︑Yとしてはその居住者から給水の申込
みがあってもそれを拒否すべき義務があり︑本給水は︑当該義務に違反して原告の土地所有権を不法に侵害するもの
であると主張し︑給水停止および損害賠償等を求める旨の訴えを提起した︒
(判旨)請求棄却
﹁︹水道︺法第一五条にいう給水を拒否できる正当な理由が何であるかも︑前記︹水道法一条の︺公共目的にのみ
したがって解釈されるべきものであって︑たとえ給水申込者がその占有する土地につき土地所有者に対する関係で正
当な占有権原を有しないとしても︑それは︑給水申込者と土地所有者との間の私法上の法律関係の紛争として処理さ
れるべきものであり局外者である水道事業者がそれを理由に給水を中止して拒むことは許されない︒(中略)給水申
込者が右法令の違反を犯しているものであっても︑水道事業者はそのことを理由に給水申込みを拒絶することは許さ
れない︒都市計画法等の法令の企図する行政目的と︑水道法の企図する行政目的とは全く別個のものであり︑水道法
一五条にいう給水を拒否できる正当な理由とは︑前項に述べたように︑もっぱら水道法自体の有する行政目的に従っ
てのみ判断されるべきもので︑たとえ両法令の実施主体が同一であるからといって︑一方の手段をもって他方の目的
を達しようとすることは許されないところである︒この理は︑給水申込者が建築基準法に違反する建築物の所有者で
ある場合にも︑また同様である︒したがって︑Yが居住者らに給水することは正当な業務行為である﹂︒
給 水 契 約 の締 結拒 否 にっ いて の正 当性 121
︻判決例2︼違法建築物給水廃止請求事件控訴審判決
︹大阪高判昭和四三年七月三一日判例時報五四七号五〇頁︺(事実の概要)
本判決は︑︻判決例1︼の控訴審判決である︒本訴において︑水道供給にあたっては土地所有者Xの土地通過承諾
書の提出が要件とされているが︑本給水に際してY市に提出された承諾書は偽造であるから︑Yと需要者A等との間
の給水契約は無効であるとの新たな主張がなされた︒
(判旨)控訴棄却
﹁土地の不法占拠者に対する給水が該不法占拠の継続を助長する︑という理由で不法占拠者への給水義務を否定す
るならば︑公衆衛生上ゆゆしい事態を招くおそれが多分に存することから考えても︑一般に︑水道事業者は︑需要者
の申込みに応じて無制限に水を供給する義務を負うものと解すべきである︒したがって︑不法占拠者に対する給水契
約も有効であり︑また︑土地所有者の同意ないし承諾も給水のための要件ではなく︑提出された同意書や承諾書が偽
造であるからといって給水契約を無効とすることはできない︒(中略)たしかに同法違反の建築が公共の安全を害す
べきことはいうまでもないけれども︑これに給水を拒むときは︑すでにはいっている善意の居住者からは生活用水を
奪うことになるほか︑公衆衛生上も憂慮すべき結果を惹起するに至ることも否定できないところである︒したがって︑
かような諸点について慎重な措置を十分に講じたうえであるならば︑同法違反の建築物に対する給水拒絶も現行法上
許されると解する余地もないわけではない︒しかし︑これはまったく公共の安全のためにする施策にほかならず︑そ
122
の結果同法違反の建築が事実上なくなりそのためたまたま該建築に承諾を与えていなかった敷地所有者が反射的に利
益を享受することがあっても︑このことを理由に該敷地所有者から水道事業者に対し給水拒絶の措置をとるべきこと
を請求できる権利があると解することはできない﹂︒
②違法建築物に対する給水拒否
︻判決例3︼豊中市違法建築給水拒否事件控訴審判決
︹大阪高判昭和五三年九月二六日判例時報九一五号三三頁︺(事実の概要)
豊中市は︑激増する違反建築物対策として昭和四一年に同市水道事業給水条例施行規程一〇条二項に﹁管理者が必
要と認めるときは︑︹給水装置︺工事申込者に対して︑当該工事の申込にかかる建築物の確認通知書の提示を求める
ことがある﹂との定めを設けた︒そして︑同市は﹁給水工事の申込みがあったとき︑建築確認通知書の提示を求める︒
建築確認のないものは︑大阪府建築部に速報する︒建築部職員が直ちに現地調査を行ない指導又は工事中止命令等が
出される︒工事中止命令等が出されたものは︑建築部から解除の連絡があるまで給水工事を延期する﹂との﹁違反建
築に対する給水制限実施要綱﹂を定めて行政指導をすることになった︒同市内に賃貸用共同住宅を所有しているXは︑
昭和四五年五月頃その増築工事をしたが︑右増築部分は建築基準法上の建ぺい率に適合しない等の違反建築物であっ
たため︑建築確認が受けられなかったにもかかわらず︑市水道局に対し給水装置新設工事の申込みをした︒これに対
して︑同局給水課長Aは︑当該申込みの受理を事実上拒絶し︑建築基準法違反の点を是正し建築確認を受けたうえで
申込みをするよう勧告した︒そこで︑Xは︑申込みが拒絶されたので︑条例違反と知りつつ既存の給水装置から増築
部分へ私設水道装置を作って水を引き︑増築部分をB等に賃貸し居住させた︒その後約一年半後︑Aの後任者の指示