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会計概念の論理

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会計概念の論理

上野清貴

Abstract

When we explain accounting systematically, we have to define con- cepts of the accounting elements (asset, liability, capital, revenue, ex- pense and income) first. In that process, the definitions of accounting elements must be one of the terms such as language. Furthermore, these are not direct definitions of extension of the terms, but definitions of the intension of the terms. In the results of definitions of the account- ing elements, if there are differences of language levels between the elements, we can not calculate corporate income truly which is the main purpose of accounting, nor can we indicate the corporate financial position logically. In order to define the concepts of accounting

elements, we have to study accounts theories in Germany. The history of German accounts theories is that of making accounting elements from meta-accounts to object-accounts.

I 問題提起

会計を体系的に説明していこうとする場合,まず会計を構成する諸要素の 概念を明らかにする必要がある。会計の構成要素とは,資産,負債,資本,

収益,費用および利益であるが,これらの意味を明確にすることが,会計を 論理的に考察していくための第一歩となるのである。

従来,会計の構成要素を定義する方法として,大きく分けて2つのものが

(2)

ある。 1つは資産および負債をまず定義し,他の構成要素はこれらの定義か ら派生的に導き出す方法であり,他は収益および費用をまず定義し,これら に基づいて他の構成要素を派生的に概念化する方法である。これらの方法が 異なるのは,その背後には結局利益に対する見方の相違があるからであり,

前者の方法では,利益は期末の純資産から期首の純資産を控除したものであ ると考えるのに対して,後者の方法では,利益は l期間の収益から費用を控 除したものであると考えるためである。

米国財務会計基準審議会 (FA S B)の『討議資料』は,純資産の増加と しての利益を強調する利益観を「資産・負債観J(asset and liabi1ity view)  とよび,収益と費用の差額としての利益を強調する利益観を「収益・費用観」

(revenue and expense view)とよんでいる。

そこではまず,前者の資産・負債観を次のように説明している。「ある人 々は利益をl期間における企業の純資源の増加測度とみる。それゆえ,彼ら は利益を主に資産および負債の増加および減少に関して定義する。利益の積 極的要素‑収益ーはその期間における資産の増加および負債の減少とし て定義される。利益の消極的要素‑費用ーはその期間における資産の減 少および負債の増加として定義される。資産および負債一企業の経済的資 源および将来他の企業(個人を含む)に資源を譲渡するその債務ーはこの 利益観における鍵概念である。その提唱者によれば,資産および負債の属性 の測定およびそれらの変動の測定が,財務会計における基本的な測定過程で ある。他のすべての要素一所有主持分ないし資本,利益,収益,費用,利 得,および損失ーは,資産および負債の属性測度の差額もしくは変動とし て測定される白J[FASB, 1976, par. 34J 

そして,この考えに基づいて,資産・負債観における会計の各構成要素は 次のように正式に定義されている [FASB1976pars.9 1149, 194J 1)

1)なお,この資産・負債観および次の収益・費用観において,資本の定義について特別

(3)

(1)  資産は経済的資源の財務的表現である。資産は,過去の取引または事 象の結果として,ある特定の企業に正味キャッシュ・インフローを直接 的または間接的にもたらすと期待される将来の経済的便益である。

(2)  負債は,過去の取引または事象の結果として,ある特定の企業が将来 他の企業に経済的資源を譲渡する債務の財務的表現である。

(3)  1期間の利益は,資本それ自体の変動を除いた,その期間における企 業の純資産の変動である。

(4)  収益は,資本それ自体の増減を除いた,資産の増加または負債の減少 (または両者の組み合わせ)である。

(5)  費用は,資本それ自体の増減を除いた,資産の減少または負債の増加 (または両者の組み合わせ)である。

これらの定義において重要なことは,企業の経済的資源を表さない項目は 資産ではないということであり,企業が将来他の企業に経済的資源を譲渡す る債務を表さない項目は負債ではないということである。そしてさらに,利 益および、その他の構成要素は,企業の経済的資源の変動もしくは将来他の企 業に経済的資源を譲渡する債務のみから生じるということである。この見解 では,経済的資源を表さない項目は資産ではなく,債務を表さない項目は負 債ではないので,利益は資産と負債の変動のみから生じることになる。

これに対して,収益・費用観は次のように説明されている。「ある人々は 利益を,アウトプットを獲得して有利に販売するためにインプットを使用す ることにおける,ある企業の効率の測度とみる。彼らは利益を主に 1期間に おける収益と費用との差額として定義する。その提唱者たちは,収益および 費用の概念が資産および負債の概念よりも正確に定義でき,妥当な会計をよ

に述べていないが,それは,資本が両者の会計観において同じ概念であると思われるか らである。『討議資料』は資本を次のように述べている。「所有主持分または資本は,企 業の資産と負債の差額によって定義される。……資本は純資産に等しい。J[FASB1976,  par.188J 

(4)

り明確に示唆しうるように定義できると主張する。収益および費用‑企業 の利益稼得活動からのアウトプットおよび利益稼得活動へのインプットの財 務的表現一ーはこの利益観における鍵概念である。収益および費用は,その 期間の収入および支出においてではなく,その期間のアウトプットおよびイ ンプットにおいて認識される。ある提唱者は,その目的がある企業の収益力 を測定することであると主張する。J[FASB1976, par.38J 

さらに,

r

収益・費用観においては,収益および費用の認識の時が 1期間 の収益からその収益を稼得するための費用を控除する時になるならば,利益 は正確に測定されることになる。その提唱者によれば期間における努力 (費用)と成果(収益)とを関連づけて収益および費用を測定し,それらの 認識時を決定することが,財務会計における基本的な測定過程である。彼ら は通常財務会計,とりわけ利益測定を,費用・収益対応の過程として述べる。」

[FASB1976, par.39J 

このように,ここでは,収益および費用が支配的な概念であるので,資産 および負債の測度は一般に利益計算過程の必要条件によって決定される。そ れゆえ,収益・費用観を反映する貸借対照表は,資産および負債もしくは他 の要素として,企業の経済的資源や他の実体に資源を譲渡する債務を表さな い項目を含みうる。

そして,この考えに基づいて,収益・費用観における会計の各構成要素も 正式に次のように定義されている [FASB1976pars.9 1149, 194J

(1)  資産は上記の定義に次のものを加えたものである。すなわち,資産は,

企業の経済的資源を表さないが期間利益を測定するために収益と費用 を適正に対応させるのに必要なある「繰延費用」も含む。

(2)  負債は上記の定義に次のものを加えたものである。すなわち,負債は,

経済的資源を譲渡する債務を表さないが期間利益を測定するために収 益と費用を適正に対応させるのに必要なある「繰延収益」および「ヲ│

当金」も含む。

(5)

(3)  1期間の利益は,その期間の収益に費用を対応させた結果である。

(4)  収益は,財の販売および役務の提供から生じる。収益は,棚卸資産以 外の資産の売却または交換からの利得,投資によって稼得された利息お よび配当金,および資本出資と資本修正からのものを除いた 1期間にお ける所有主持分の他の増加も含む。

(5)  費用は,その期間の収益から控除しうる(収益に対して適正に対応さ れる)すべての費消原価(歴史的原価,カレント取替原価,または機会 原価)を含む。

これらの定義において重要なことは,期間利益の計算が最初に来るのであ り,適正な利益計算が資産,負債,および他の関連する諸概念の定義によっ て妨げられるべきではないということである。そしてさらに,利益は収益と 費用に関して定義され,これらの要素はさらに経済的資源や債務とは独立に もしくは部分的に独立に定義されるので,資産や負債の定義から派生しない ということである。

以上によって明らかなように,会計構成要素の概念規定に関して,資産・

負債観と収益・費用観とでは,利益観の相違を背景として構成要素のとらえ 方がまったく異なっている。そこで,次に当然考察すべきは,これらの会計 観のうちどちらを会計の論理的説明のために採用すべきかという問題であ る。これに関して,筆者は従来次のような見解をもっていた[上野.1993.7 8頁;上野.1995. 1920]

両会計観における諸定義をみてみると,まず資産・負債観では,会計構成 要素の中心概念は資産であり,これを基礎として,利益や他の構成要素を定 義している。すなわち,負債は負の資産項目であり,利益は純資産の増加額 であり,収益は資産の増加であり,費用は資産の減少である。そして,資産 それ自体は,企業にキャッシュ・インフローをもたらすと期待される将来の 経済的便益であると規定されている。これによって,資産・負債観における 諸定義は,論理の一貫性と操作性を備えているということができる。

(6)

これに対して,収益・費用観では,諸要素の重要な概念は収益と費用であ るが,それらを統一的に定義する一貫した概念が示されていないことに気づ く。というのは,それらの定義は lつの中心的な概念によって行われてはお らず,列挙形式で行われているからである。このような状況では,収益と費 用を具体的に定義しなければならない場合,現行の会計実務や会計慣習に頼 らざるをえないが,その場合,首尾一貫した定義に欠ける可能性がある。と いうのは,会計実務や会計慣習が変更されると,定義も変更されることにな るからである。

このことは,収益・費用観における資産と負債の定義についても同じであ る。ここでも,これらの定義は列挙形式で行われており,統一的な概念が示 されていない。しいて,これを統一的に解釈しようとするならば,次のよう になろう。すなわち,資産は未だ収益に対応されていない原価であり,ペイ

トン=リトルトンのいう「未決状態の対収益賦課分J[Paton and Littleton,  1940, p.25 ;訳書,43頁]を意味する。そして,この意味からするならば,負 債は未だ収益として認識されていない部分であり,

r

未決状態の収益分」を 意味することになろう九

このような解釈ないし定義においては,資産と負債の定義が収益と費用の 定義に依存していることが明らかである。しかしながら,基礎となる収益お よび費用の定義それ自体に確固としたものがないのであるから,それから派 生する資産および負債の定義も,首尾一貫性に欠けざるをえないのも当然で ある。

さらに,収益・費用観では,収益を財の販売および役務の提供から生じる アウトプットないしは成果であるとし,費用を収益から控除しうる費消原価

)しかしながら,これとても資産および負債の完全な説明とはいえない。というのは,

シュマーレンバッハが直面した問題を引合いに出すまでもなく,常識的に考えて,現金 等の貨幣性資産は「未決状態の対収益賦課分」とはとうていいえないし,借入金等の負 債は「未決状態の収益分」とは考えられないからである。

(7)

たるインプットないしは努力であるとするので,ここでの収益と費用は,原 理的に操作性の観点から疑問視されざるをえない。というのは, I成果」お よび「努力」という概念は,抽象的な概念であり,現実世界との対応関係を 見出しにくいために,会計的測定が困難となる概念であるからである。それ ゆえ,かかる操作性のない概念を中心におく収益・費用観は,会計の構成要 素を定義するには不適当であるということになる。

このような考えに基づいて,筆者は少なくとも会計構成要素の定義に関し てはこれまで資産・負債観に立ち,会計理論を構築してきた。換言すれば,

筆者の理論構築の出発点は資産・負債観であり,この会計観をいわば前提と し,資産・負債観についてそれ以上考察の対象とはしなかったのである。し かしながら,会計理論の構築をより完全かっ精微なものにしていくためには,

この出発点を改めて検討する必要があると思われる。ある会計理論の善し悪 しはその出発点の論理にあるといっても過言ではないからである。

そこで本稿では,会計を体系的・論理的に説明していくための第一歩とし て,資産・負債観を改めて考察の対象とすることにする。その場合, FAS  Bはその後『討議資料』を発展させたものとして, ~財務会計の諸概念に関 するステートメント第 6 号:財務諸表の構成要素~ (以下,単に「概念ステー トメント」とする)を公表し,その内容が資産・負債観を踏襲していると思 われるので,これを題材として具体的に検討し会計概念の論理を解明する ことにしたい。

概念ステー卜メン卜

FASBは概念ステートメントにおいて,会計の各構成要素を次のように 定義している [FASB1985, Highlights;訳書,279‑281]

(1)  資産は,過去の取引または事象の結果として,特定の実体により取得 または支配されている,発生の可能性の高い将来の経済的便益である。

(2)  負債は,過去の取引または事象の結果として,特定の実体が他の実体

(8)

に対して将来資産を譲渡しまたは用役を提供しなければならない現在の 債務から生じる,発生の可能性の高い将来の経済的便益の犠牲である。

(3)  持分または純資産(資本)は,負債を控除した後に残るある実体の資 産に対する残余請求権である。

(4)  包括的利益(利益)は,出資者以外の源泉からの取引その他の事象お よび環境要因から生じる 1期間における営利企業の持分の変動である。

(5)  収益は,財貨の引渡もしくは生産,用役の提供,または実体の進行中 の主要なまたは中心的な営業活動を構成するその他の活動による,実体 の資産の流入その他の増加もしくは負債の弁済(または両者の組み合わ せ)である。

(6)  費用は,財貨の引渡もしくは生産,用役の提供,または実体の進行中 の主要なまたは中心的な営業活動を構成するその他の活動の遂行によ る,実体の資産の流出その他の費消もしくは負債の発生(または両者の 組み合わせ)である。

(7)  利得は,実体の副次的または付随的な取引および実体に影響を及ぼす その他のすべての取引その他の事象および環境要因から生じる持分(純 資産)の増加であり,収益または出資者による投資によって生じる持分 の増加を除いたものである。

(8)  損失は,実体の副次的または付随的な取引および実体に影響を及ぼす その他のすべ ての取引その他の事象および環境要因から生じる持分 (純資産)の減少であり,費用または出資者への分配によって生じる持 分の減少を除いたものである。

前節で示唆したように,これらの定義は基本的に資産・負債観に基づく定 義と同じであり,そこでは,会計構成要素の中心は明らかに資産である。こ のことは,概念ステートメントにおいて次のような表現に現れている。「経 済的資源または資産およびそれらの変動は,個々の実体の存在および活動の 中心をなす。営利企業および非営利組織体は,いずれも本質的に資源または

(9)

資産の加工媒体である。そして,資源が現金その他の資源に交換される能力,

または必要とされ要求される希少資源または用役を生産するために他の資源 と結合される資源の能力が,実体にとっての資源の効用および価値(将来の 経済的便益)を付与するのである3)oJ[FASB1985, par. 11 ;訳書,289290頁]

かかる資産は次のような 3つの本質的な特徴を有しているといわれる

[FASB1985, par.26 ;訳書,297]

(1)  資産は,単独でまたは他の資産と結び、ついて直接的または間接的に将 来の正味キャッシュ・インフローに貢献する能力を有する,発生の可能 性の高い将来の便益である。

(2)  特定の実体がその経済的便益を獲得することができ,その便益に他の 実体が接近するのを支配することができる。

(3)  その便益に対する実体の権利または支配を付与する取引その他の事象 がすでに発生している。

そして,これらの特徴を総合してみると,資産のある 1つの特質が浮かび 上がる。すなわち, rすべての資産(経済的資源)が有する共通の特徴は, w 役潜在能力』または『将来の経済的便益』であり,それらを利用する実体に 用役または便益を提供する希少な能力である。営利企業おいては,このよう な用役潜在能力または将来の経済的便益は,最終的に当該営利企業への正味 キャッシュ・インフローをもたらす。J[FASB1985, par.28 ;訳書,298頁]

3)同じことが,さらに別の箇所で次のようにも述べられている。「経済的資源または資産 はまた,営利企業の活力の源泉でもある。資源または資産は,交換され,使用され,さ もなければ投資されることによって営利企業に便益を与えるので,資源または資産の変 動は営利企業の活動の目的であり,手段であり,結果である。営利企業は,主に資源を 獲得し,使用し,生産し,分配するために存在している。それらの活動を通して,営利 企業は社会の構成員に財貨または用役を提供するとともに,出資者をはじめ営利企業へ の資源提供者に報酬を支払うための現金その他の資産を獲得する。J[FASB1985, par.  15 ;訳書,291頁]

(10)

つまり,資産の本質は将来の経済的便益であり,これは将来の正味キャッシ ュ・インフローによって具体的に概念化されるのである。

次に負債であるが,これは資産の対概念さらにはマイナス概念として位置 づけられる。かかる負債も次のような3つの本質的な特徴をもっているとさ れている [FASB1985par.36 ;訳書,302]

(1)  負債は,特定の事象の発生または請求にしたがって,ある特定の期日 または確定しうる期日に,発生の可能性の高い将来の資産の譲渡または 使用による弁済を伴うような,一以上の他の実体に対する現在の義務ま たは責任を具体化している。

(2)  その義務または責任は,将来の犠牲を避ける自由裁量の余地をほとん ど残さないかまったく残さずに,ある特定実体に義務を負わせる。

(3)  その実体に義務を負わせる取引その他の事象はすでに生起している。

これらの特質を一言で言うならば,負債は将来の経済的便益の犠牲である ということができ,その具体的内容は将来のキャッシュ・アウトフローなの である。そして,上記の資産と相侯って,さらには資産を補足する概念とし て,負債は会計構成要素の中心的役割を担っているのである。

概念ステートメントでは,その他の要素,つまり資本,利益,収益および 費用の概念は資産および負債の概念から導き出されることになる。まず,資 本は資産から負債を控除した残額として定義される。すなわち,

r

営利企業 および非営利組織体の双方における持分または純資産(資本一筆者)は,

その実体の資産と負債との差額である。それは,総負債を増減させるのとは 異なる金額で総資産を増減させるすべての事象によって影響を受ける残余で ある。J[FASB1985, par.50 ;訳書,308頁]

したがって,ここでは資本は独立して決定できず,資産と負債に対する従 属概念として位置づけられることになる。これは次のように述べられている。

「営利企業における持分は出資者請求権であり,その金額は出資者による投 資,包括的利益および出資者への分配の累積的結果である。その特徴は,負

(11)

債が企業の資産に対する請求権としては出資者請求権より優先性を有してい るという特徴と相倹って,持分を資産および負債から独立して決定されない ものとしている。持分はさまざまな方法でこれを記述することができるし,

異なる認識規準および測定手続がその金額に影響を与えるにもかかわらず,

持分は常に純資産(資産一負債)に等しい。それは持分が残余請求権であ るからである。J[FASB1985, par.213 ;訳書,384頁]

この事情は,利益においても同じである。上述したように,概念ステート メントによれば,利益は l期間における営利企業の持分の変動,つまり資本 の増加として定義されているが,これは具体的には,期中に資本取引がない と仮定すれば,期末資本から期首資本を控除して算定されることになろう。

これはいわゆる「財産法」による利益計算方法にほかならず, FASBはこ の利益概念を念頭においているのである。さらに,この利益は資本という従 属概念から派生することになり,いわば従属概念の従属概念としての性格を

もつことになるのである。

この従属概念性はさらに収益および費用にも妥当する。ここでは,収益お よび費用はともに資産および負債から導き出される。すなわち,収益は企業 の主要な営業活動に基づく資産の増加または負債の減少として定義され,費 用は企業の主要な営業活動に基づく資産の減少または負債の増加として概念 づけられる。したがって,概念ステートメントでは,収益および費用も資産 および負債に対する従属概念として位置づけられるのである。

いま,今後の考察のためにこれらの関係をまとめ,概念ステートメントに おける各構成要素の概念を整理すると,次のようになる。

(1)  資産は将来の経済的便益である。

(2)  負債は将来の経済的便益の犠牲である。

(3)  資本は資産から負債を控除した残額である。

(4)  利益は資本の増加であり,期末資本から期首資本を控除して算定され

(12)

(5)  収益は営業活動によって生じた資産の増加または負債の減少である。

(6)  費用は営業活動によって生じた資産の減少または負債の増加である。

E  定義に関する問題

これで, FASBの会計構成要素に関する概念規定の内容と考え方が明ら かとなったので,これより本格的にそれらの内容を論理的に検討していくこ とにしよう。その場合,論点は2つ で あ り つ はFASBが会計の各構成 要素を概念定義した方法に関する問題であり,他はFASBの立脚点である 資産・負債観を論理的に検討する場合の言語の階層性に関する問題である。

後者の問題は次節で論じることにし,本節では定義に関する問題について考 察することにする。

概念の内包と外延

一般に, I概念は人間の思考活動の基本的な形態であり,人間は事物につ いての概念を形成し,これを使用することによって事物の本質的な特徴をと らえることができる。概念は言語とともに生まれ,言語によって表現される。

言語によって表現された概念のことを『名辞』という。J[哲学事典, 197 1216  頁]すなわち,概念は事物の本質をとらえる思考の様式であり,それは名辞 によって言語的に表現されることになる。

かかる概念がどのように形成されるのかというと,それは一般に,経験さ れる多くの事物に共通の内容を取り出して抽象し,個々の事物にのみ属する 偶然的な性質を捨象することによって行われる。例えば, I資産」といった 一般概念は,類似した多くの事物を比較して,それらに共通な特徴を抽象し,

総括することによって形成される。ここに,普遍は実在するとみなし,言語 がそれを指示するとみなす実念論の考え方を受け入れる素地が生じることに なる。

そして,このようにしてある多くの事物のもっさまざまな特徴のなかから

(13)

取り出されてきた,それらの事物に共通な,しかもそれによってそれらの事 物が他の事物から明瞭に区別されうるような本質的な特徴が,普通ある概念 の「意味」とか「内容」といわれるものである。こうした概念の「意味内容」

のことを,論理学では概念の「内包Jとよぶ。これに対して,ある概念に適用 しうる事物の集合,すなわち概念の「適用範囲」のことを,概念の「外延J( ラス)とよぶ。例えば, I資産」という概念の内包は資産の資産としての特 徴であり,外延はそれを適用することによって認識されたあらゆる資産であ る。内包と外延とは,概念の基本的な構成契機をなすものであって,不可分 の関連をもっ。ある概念の内包が確定すれば,必然、的にその外延も確定する。

概念の意味を問題にする場合,それには「指示的意味」と「表現的意味」

という 2つの意味があることに注意しなければならず,またこれらを厳格に 区別しなければならない[永井,196430頁]。指示的意味とは,言語(記号)

と客観的な存在との間に指示関係があるということの意味であり, I言語x は(客観的な)対象yを指示する」という意味である。例えば, I現金」と いう言語と貨幣という固体との間に, I現金」は貨幣を指示する,という指 示関係がある。このような指示関係としての意味のことを指示的意味という のである。これは,記号論において記号と指示対象との聞の指示関係を扱う 意味論の領域に属し,主観から相対的に独立な客観性をもっ九

)ここで, r主観から相対的に独立な客観性」ということについて説明しておく必要があ る。意味論は言語の使用者への表現関係を捨象することによって成立する。捨象できる ということは,捨象された具体的内容についての知識を必要としないということである が,言語の使用者との関係がまったくないというのではない。言語の使用者から絶対的 に独立した客観性というようなものは,指示的意味の客観性ではない。言語の使用者(=

主観)から絶対的に独立するならば,もはや記号ではなくなる。記号の指示対象を扱う のは意味論であるから,言語の使用者(=主観)との関係がなくなってしまったのでは ない。ただ,このような表現関係を捨象することによって指示関係が抽象され,このよ うな抽象による記号論の分野として意味論が成り立っているということなのである[永 19643132]

(14)

これに対して,表現的意味とは,言語とその使用者との聞の主観的な表現 関係の意味であり, i言語Xは言語の使用者の心像(心情,経験,思想など)

yを表現する」という意味である。例えば, i今月の家計は赤字である」と いうときの「赤字」という言語は,それを使用する当人の収入の少なさに対 する落胆の感情や出費の多さに対する不満の感情などを表現している。「赤 字」という言語が表現している主観的内容が,表現的意味とよばれるもので ある。これは,記号論において記号とその使用者との聞の表現関係を扱う語 用論の領域に属し,主観的である。

これらのことを前提として, i概念」に戻ってみると,もともと概念と名 辞との聞の関係は表現関係である。 ixは資産である」という文の述語は,

言語使用者の思考が構成する資産という概念を表現している。名辞を概念の 表現として扱う記号論の観点は語用論であって,意味論ではない。つまり,

概念は必ずだれかの概念であって,主観的であり,概念は名辞によって表現 される思想・心像であり,それは表現的意味であって指示的意味ではないの である。

かかる表現的意味をもっ概念自体を会計構成要素の定義に適用することは できない。というのは,概念は主観的なものであって問題の一般的な解決は 望めず,会計の構成要素を論理的に定義していこうとする場合には,客観的 な指示的意味を取り扱わなければならないからである。現在の論理学では,

これは,概念それ自体を心理的・思想的に扱うのではなく,概念の内包と外 延を論理的・言語的に扱うことによって解決している。つまり,認識論上の 諸対象や諸観念を主観的・心的な体験や過程に還元してそれらを心理学的要 素や法則から導出する「心理主義」では,事物を十分にとらえることができ ないとし,論理に依存して問題を究明しようとする「論理主義」に立ってい るのである。

永井教授によれば, i内包は,述語の指示的意味であり,論理学において 客観的な扱いができるものである。伝統的論理学では,概念を扱っているよ

(15)

うに考えて心理主義に陥ったが,実は,概念そのものではなく,概念の内包 (および外延)を扱っているのである。より正確には,概念を表現している 述語(=名辞)の内包(および外延)を扱っているのである。J[永井, 1984,  185頁]

そこで,名辞の内包および外延とは何であり,それらがどうして客観的な のかを改めて述べてみることにしよう。一般に,名辞の内包とは,名辞が指 示する可能的対象,つまり指示対象の範囲のことである。還元すれば,その 名辞が現実に存在する対象を指示する(これを「現示する」という)かどう かにかかわりなしそれが指示する指示対象の範囲である。これに対して,

名辞の外延とは,名辞が指示する現実的な対象,つまり現示対象の範囲のこ とである。還元すれば,名辞が現示する指示対象の範囲である。内包は可能 的存在あるいは存在可能性であり,外延は現実的存在である。

指示対象と現示対象とは明確に区別しなければならない。名辞は必ず指示 対象をもち,何かあるものを指示する。指示対象をもたない,つまり何かあ るものを指示しない名辞というものはありえない。指示対象は記号過程の不 可欠な因子であるからである。しかし,それは名辞は必ず現実に存在する対 象を指示するという意味ではない。名辞が指示する指示対象は必ずしも現実 に存在するとは限らない。例えば,想像上の動物としての竜を指示する「竜」

という名辞および想像上の人間としての鬼を指示する「鬼」という名辞は,

指示対象をもっているが,現実に存在する指示対象,つまり現示対象をもっ ているわけではない[永井,19798586頁]。これが名辞の内包と外延を区別 する鍵となる。

いま, I竜」と「鬼」の例を続けてこの関係をさらに説明すると,これら の名辞が指示する可能的対象の範囲が明らかに異なるので,これらの内包は 異なる。しかし,現示対象のいう現実的世界を経験的世界にとるならば, I も「鬼」も指示する現実的対象がないので,その外延は空であり,空集合で ある。したがって, I竜」と「鬼」の外延は等しいのである。

(16)

これらの内包および外延は言語使用者の主観には依存せず,主観から独立 な客観的な存在である。まず,名辞が記述的名辞・記号である限り,その外 延は固体の集合であり,それは言語との相関性を捨象して対象理論の次元で 考えれば,現実的世界に属する客観的な事象である。したがって,名辞の外 延は客観的な存在であることが明らかである。

これに対して,名辞の内包は固体性の集合としての可能的性質であり,そ れは現実的世界には属さない。しかし,言語の使用者に相関的な表現的意味 という心理的・主観的な存在であるのではない。内包は,言語の使用者に依 存しない指示関係としての指示的意味である点では外延と共通であり,言語 の使用者に相関的な表現的意味のように心理的・主観的ではない。それは可 能的世界に属する存在性格をもっ客観的対象である[永井,1974102]

一般に,名辞の意味とは,意味論の観点からは名辞が現示するための条件 であり,名辞の内包である。名辞が現示する条件が満たされれば;名辞は(空 でない)外延をもっとか,現示するとかいわれ,名辞が現示する条件が満た されなければ,名辞は(空でない)外延をもたないとか,現示しないとか,

空な外延をもっとかいわれる。名辞の内包も外延も,主観から独立な客観的 な存在であるから,意味論的な意味での意味は,主観にはまったく依存しな いことを強調しておかなければならない。名辞の意味であるから,言語に依 存するのは当然であるが,言語に依存するということは,言語の使用者=主 観に依存するのではなく,言語の文法上の規約=規則に依存するという意味 である。

意味論の扱う指示的意味のうち,外延についての理解はかなり普及してい るようであるが,内包についての理解がはなはだ不十分で,まったくの誤解 が会計学者をも含めて論理学者や言語学者の間にさえ横行している。内包は 指示的意味であるからこそ,指示関係の理論としての意味論において扱われ,

したがって論理学の対象となるのであるが,内包を指示的意味でなく表現的 意味と混同・同一視する考えがかなり支配的である。そして,外延は客観的

(17)

存在であることを認めて,外延に関しては論理主義をとるが,内包を主観的

・精神的存在とみて,内包に関する心理主義を維持しているのである。外延 に関して論理主義をとり,内包に関して心理主義をとる思想は,経験主義の 伝統のなかに根強く残っている心理主義と唯名論(唯一の客観的な存在を固 体とみなす考え方)の傾向の現れであると解される[永井,197148]

以上のように,名辞の内包も外延も,論理的意味で客観的である。そこで,

IXはyを指示する」は, IXはyを内包的に指示するJI Xyを外延的 に指示する」というように区別される。前に, I可能的JI現実的」という 用語を用いたが,これらの用語は様相語で5),それは経験から論理的に独立 であり,現実的世界を経験的世界にとるかどうかは,論理学には直接関係し ない。すなわち,意味論そのものは経験から論理的に独立であるから,意味 論的基準は経験的基準から論理的に独立なのである。

「竜」と「鬼」の外延が空で,同じ空集合であるというためには,もちろん 現実的対象を経験的対象にとらなければならない。しかし現実的対象を経 験的対象にとるかどうかは,意味論としての論理学に属する事柄ではなくて,

意味論のほかに,さらに語用論を含む知識の理論としての認識論に属する事 柄である。意味論の経験主義的基準は,経験主義的認識論すなわち語用論に 属し,意味論としての論理学には属さないのである[永井,1984186]

直示的定義の問題点

概念の内包と外延について少し詳細に述べたが,以上のことを踏まえて,

本節の主題であるFASBが会計の各構成要素を概念定義した方法について 検討してみることにしよう。ここでの問題は, FASBでは,会計の各構成

)様相とは,哲学用語で,可能的であるか,現実的であるか,必然、的であるかという見 地からみた事物の在り方のことである。カントは判断をこの見地から蓋然的・実然、的・

必然、的に分け,その根底にある思考様式として可能性・現実性・必然、性という様相の範 時を考えた[広辞宛,19912634]

(18)

要素が財務諸表における財務的表現としてのみならず,それが指示する現実 的対象としても表されているということである。つまり,財務的表現と現実 の事物や取引等が同ーの名称でよばれているのであり,例えば, w資産』は 貸借対照表に計上される言語としての「資産」を表すのみならず,この「資 産」が指示する現実の資産をも表現しているのである。

このことは,概念ステートメントにおいて次のように述べられている。「本 ステートメントは,財務諸表における財務的表現と,それが表す資源,請求 権,事象または環境要因との双方を,同一名称でよぶという一般的な実務に したがっている。例えば,棚卸資産または資産は,小売業の庖舗にある商品 か,その実体の財務諸表において当該商品を表す言葉と数値かの,いずれか を表している。また,売上または収益は,その商品のうちのあるものが顧客 に譲渡される取引か,その実体の財務諸表においてその取引を表す言葉と数 値かの,いずれかを表している。J[FASB, 1985, par. ;訳書,287288頁]

すなわち, FASBでは,本稿の用語で述べれば,会計構成要素に関して 言語の名辞とその指示対象が区別されずに,同ーの名称でよばれているので ある。これに対して,永野教授は,例えば資産という言語が表現とその対象 を指示しているというとき,貸借対照表の「資産」は何らかの対象を指示し ているが,同時に,資産という言語がこの「資産」という表現を指示してい るとはいえないと,批判しておられる。

そして,次のように述べられている。「メタ言語としての用法を別にすれ ば,例えば『本というコトパは「本」という表現とその対象を指示する』と いえば,そのおかしさが理解できるであろう。こうした論法では,すべての コトバは表現と対象を指示するという『二重性』をもつことになる。本とい うコトバではなく,特定の表現体系で用いられる『本』というコトバが対象 としての本を指示するのである。会計についていえば,財務諸表という表現 関係に用いられる『資産』というコトバが対象としての資産を指示するので ある。J[永野,199259頁]

(19)

このように, FASBの概念ステートメントでは,会計構成要素は名辞と 対象の「二重性Jをもっているのであり,この二重性をもった各構成要素が 定義されているのである。したがって,ある構成要素の定義が,名辞と対象 の両方の定義となり,言語の使用に関して重大な誤りを犯しているのであ る九定義とはあくまでも名辞に対する定義のことであり,これにその指示 対象に対する定義を含めることはできないのである。

そもそも,指示対象を直接的に定義することは,論理的に不可能である。

指示対象を直接的に定義するとは,言い換えれば名辞の外延を直接的に定義 するということであり,これは一般に「直示的定義」とよばれている。例え I赤」という表現の意味を子供に教えるには,赤い物を直接示し,赤く ない物との区別を知らせる方法を繰り返すしかない。しかし,このような直 接的定義によって表現される意味は内包であって外延ではない。現実的世界 や経験的に現れる諸事物に名称を付せば,外延としての物(=固体)を名指 す名辞が得られたように思いがちであるが,それは誤解である。このように して物(=固体)の名称であると思い込んだとしても,実際は物(=固体) を名指しているのではなく,内包としての固体性を名指しているにすぎない

[永井,1974, 108]

一般的にいうと,外延と名辞との問に直接の指示関係はなく,内包と名辞 との聞の指示関係を媒介とする間接的な関係にとどまるのである。すなわち,

あらかじめ名辞の内包が与えられていなければ,経験によって外廷を認識す ることができないのである。名辞と直接に指示関係をもちうるのは内包であ

)この点で, FASBの概念ステートメントは『討議資料』よりも後退しているといわ れざるをえない。前述したように, ~討議資料』では,資産は経済的資源の財務的表現で あり,負債は債務の財務的表現である。ここでは,会計の構成要素はあくまでも言語と しての要素であり,この要素が現実の対象を指示しているのである。ここには言語使用 の誤りはなく,例えば「資産」としての名辞が対象としての資産を指示しているのであ

り,まさにこの「資産」が定義されているのである。

(20)

って,外延ではありえないことを確認することが大切である。

名辞の外延は集合であることを前に述べたが,集合という名辞の外延が名 辞の内包である性質を媒介として二次的に与えられるということは,集合は 性質によって定義できるが,逆に性質は集合によっては定義できないという ことである。より正確にいうと,あらかじめ内包を仮定せずに外延だけで性 質を定義することはできないのである。一見すると集合によって性質が定義 できたかのような外観を呈することがあるが,立ち入って調べてみると,あ らかじめ内包を仮定して集合が与えられ,その集合を用いて性質を定義して いるにすぎないことが判明するのである[永井,197678]

別の観点から述べると, I現金」や「商品」のような名辞は,固体のもっ ている性質を指示する言語である。そして,性質は名辞の内包である。われ われが指示の規則を用いて名辞が何を指示するかを取り決めるとき,名辞の 内包が与えられる。したがって,言語の意味論的用法が既知である場合には,

名辞の内包は与えられており 2つの名辞の内包の異同を決めるのに経験に よる確証の必要はない。その意味で先天的(ア・プリオリ)に決められる。

「現金」と「商品」の内包が同じでないことは,日本語および会計の慣用的 使用における意味論的な解釈の規則が既知である限り,先天的に分かる事柄 である。

これに対して,名辞の外延が同一であるか否かは,言語の意味論的解釈の 規則が既知であっても先天的には決まらない。さらに経験による確証の手続 が必要である。したがって,名辞の外延としての集合は,上述したように,

内包としての性質に基づいて二次的に与えられるもので,名辞が直接的に集 合の名称となることは不可能である。このことから, FASBが会計構成要 素の外延を直接的に定義している方法は,論理的に誤りであるといわなけれ ばならないのであり,定義はあくまでも言語としての名辞に対する定義でな ければならず,さらには,名辞の内包としてでなければならないのである。

(21)

言語の階層性に関する問題

前節では, FASBが会計の各構成要素を概念定義した方法について論じ たが,本節では,さらに一歩進めて概念の内容それ自体について論理的に論 じてみることにしよう。第E節で明らかにしたように,FASBの概念ステー トメントは資産・負債観に立っており,そこでの中心要素は資産および負債 であり,他の構成要素はこれらの資産および負債から派生して概念づけられ た。つまり,資本,利益,収益および費用の各概念は資産および負債の概念 から導出された。

そこでは,資産は将来の経済的便益であり,負債は将来の経済的便益の犠 牲であった。そして,資本はかかる資産から負債を控除した残額であり,利 益はこうして定義された 1期間における資本の増加であった。さらに,収益 は営業活動によって生じた資産の増加または負債の減少であり,費用は資産 の減少または負債の増加であった。

このようにみてくると,資産・負債観では,資産および負債は独立概念で あり,他の会計構成要素は従属概念であることが分かる。これは,論理学的 観点からすると,資産および負債と他の構成要素との間には言語の階層が異 なるということであり,言語レベルの相違があるということである。そこで,

言語レベルが異なる場合,会計構成要素の概念定義にどのような問題が生じ るかを考察してみよう。

対象勘定とメタ勘定

一般に,言語には階層性があり,すべての言語は対象言語とメタ言語に区 別される。これに関して,永井教授は次のように説明しておられる。「言語 には対象言語とメタ言語の区別がある。対象言語は対象=存在者について語 る言語である。メタ言語は対象=存在者について語る言語ではなく,言語に ついて語る高次の言語である。すると対象言語はメタ言語の対象となってい

(22)

る。そこで, w対象言語』は『対象について語る言語』という意味と, wメタ 言語の対象になっている言語』という意味との二重の意味を含んでいる。メ タ言語はさらに高次のメタ言語の対象になる。対象についての思考を対象的 思考とよび,思考についての思考を反省的思考あるいは反省とよぶことにす れば,対象的思考の言語が対象言語で,反省の思考がメタ言語である。言語 によって了解されている表現の意味についてさらに反省的に語る言語はメタ 言語であり,特に意味論的言語である。J[永井,197968頁]

すなわち,言語は階層性を有しており,対象言語とは,言語外の対象につ いて考察する言語であり,メタ言語とは,対象言語について語る言語であり,

反省的思考に対応し,反省的思考の媒体となる言語である。換言すれば,対 象的思考・認識(第 l次的思考・認識)を表現する言語を対象言語といい,

反省的思考・認識(第2次的思考・認識)を表現する言語をメタ言語という。

2次的思考・認識はさらに反省されて第 3次的思考・認識となる。同様の 繰り返しでいくらでも高次の反省的思考・認識が可能である。

それらの媒体となる言語の方からいえば,対象言語を起点として,第2 的言語であるメタ言語は,さらに一段高次の第3次的言語としてのメタメタ 言語となり,同様に繰り返していくらでも高次のメタ言語が構成可能である。

これが言語の階層性である。そして,対象言語で構成される理論を対象理論 といい,メタ言語以上の高次の言語で構成される理論をメタ理論という[永 197424]

この言語の階層性を資産・負債観における会計の各構成要素に当てはめて みるならば,そこにおける資産および負債は会計が認識すべき言語外の経験 対象,つまり財および用役を対象としており,これらは対象言語に属するこ とは明らかである。これに対して,資本は対象言語たる資産と負債との差額 と定義したものにほかならず,言語外の対象について何ら語らずに,対象言 語について語っているので,メタ言語に属することになる。

さらに,利益はといえば,これはかかるメタ言語としての資本について語

表 2 財産法的損益計算 ( 2 )   貸 借 対 照 表 期 末 資 本 内 勘 定 ) I 期 首 資 本 内 勘 定 ) 利益(メタメタ勘定) これが資産・負債観における財産法的損益計算の本来の姿であり,これま でこれを前提として,利益勘定をメタメタ勘定として性格づけたのである。 しかしながら,この貸借対照表は,後で詳述するように,貸借対照表の主要 な任務である財政状態を表示できないという重大な欠陥を有している。した がって,かかる貸借対照表を財務諸表として作成し,利益を計算することの 意味は,損益

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