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友岡學先生のご逝去を悼む

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Academic year: 2021

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友岡學先生のご逝去を悼む

社会科教室主任外山幹夫

 長崎大学教育学部教授 友岡學先生の葬儀にあたり,社会科教室を代表し,御霊前に哀 悼の辞を捧げます。

 さる9月5日,教授会の直前,先生から体調を崩し入院しますのでよろしくとの御電話 を私はいただきました。この言葉を残して先生は御入院になりました。私共一同,一日も 早い御回復を祈っておりましたが,以来3ケ月にして御逝去になられましたことに驚き,

深い悲しみを覚えます。

 先生は昭和5年,大分県にお生まれになり,昭和28年,九州大学経済学部を御卒業,引 続き大学院経済学研究科博:士課程を終了,直ちに助手となられました。その後,鹿児島県 立短期大学助教授を経て,昭和43年,長崎大学教育学部助教授,49年教授に御昇任になり,

今日に至られました。この間,学生部長,評議員,その他の要職をつとめられ,学外にあっ ては,諌早市を初め,多くの市町の委員をつとめられるなど,社会的貢献をはたされまし

た。

 研究においては,農業経済から始められましたが,その後,特定の問題について追求を 続け,その体系化を図ることはせず,むしろ進んで都市,企業,物価,貨幣,さらに共同 体,社会主義体制等々,現代の経済,社会,政治に対する強い関心のもと,極めて多方面

にわたって鋭い所論を展開されました。

 先生の本領は,こうした眼に触れるあらゆる事象を狙上にのせ,論断する点にあったと みられます。旺盛な批判精神は身近にも及び,周囲と緊張関係を時に生みました。が,今

となっては因縁浅からぬ楽しい思い出とすらいうべきかと思います。

 大学院設置を目指している今日,先生の御逝去は,社会科教室はもとより,学部として も痛恨の極みであります。御家族の皆様の御悲嘆もいかばかりかと,御察しいたします。

しかし,これも天命の致すところ,今は先生の御冥福をお祈りするばかりです。どうか安 らかにお眠り下さい。

       平成2年12月6日

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