東北大学付属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題
勝
俣
隆
翻 刻凡 二
一、
アの翻刻は︑東北大学附属図書館狩野文庫に所属される中世
小説﹃あめわかみこ﹄︵書写年不明の写本一冊︶の全丁を︑原本
に基づいてできる限り忠実に翻刻したものである︒二︑翻刻にあたっては︑次の方針に拠った︒
ω 漢字︑仮名の区別をはじめ︑仮名遣︑宛字︑振仮名等は︑
すべて原本通りに活字化した︒② 従って漢字の字体は︑原本における使用例に従って︑旧字
体︑あるいは略字体を使用した︒
⑧ 誤字︑脱字などは︑原本のまま記し︑特に問題のある場合
のみ︑その右側に︑括弧を付して︑細字で注記を加えた︒
ω見せ消ち等による訂正は︑下に書かれた文字を本文に採り︑
その右側に﹁×﹂記号をつけ︑訂正の文字を︑括弧で囲み細
字で記した︒
⑤ 喜入は︑思入記号︵・︶のある場合もない場合も︑できる限
り︑原本の体裁のまま翻刻し︑﹁ホ﹂と仮名を振って注記し
た︒長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 ⑥ 傍点のある場合は︑原則として同じ体裁で表記した︒勘物 については︑本文中の該当部分の右側に︑﹁*﹂印をつけ︑括 弧で囲み細字で記した︒なお︑傍点︑勘物とも朱で記されて いる︒ω 本文には︑句読点は施したが︑濁音表記は付さなかった︒㈲ 会話文︑独白文︑心中表現とも︑原則として︑﹁﹂︑及び ﹃﹄をつけて示した︒働 ﹁︿﹂﹁﹀﹂﹁一﹂等の踊字の符号は原本通りのものを用 いた︒⑩歌は地の文より二字下げて書き出し︑上句・下句の頭を揃 えて二行書きにした︒これは原本と同じ書式である︒⑪ 丁数は︑原本の本文が開始する丁を第一丁とし︑原本の丁 の表︑裏が終わるごとに︑﹂記号を付し︑その右側に︑丁数を 示す漢数字と︑オ︵表︶︑ウ︵裏︶の略号とを記した︒あめわかみこ 全
イへたいらのきやうのたちはしめ むかし大この京のたちはしめは︑さかの天皇の御時︑三条たかく
らに︑内大臣ときこえし人おはしけり︒いみしき人にてそわたら
せ給ひける︒きんたち五人おはします︒ちゃくしはとうの中將︑
三
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶
四
二はんは四位の少將︑三はんは三位の異容とそ申ける︒そのつき
は姫君にてそおはします︒いつれもみめかたちすくれ給ひける︒
なかにも乙姫はならふ人こそなかりけり︒三十二さうをこえ︑八 へ十二さうの御よそほひ︑あたりもか﹀やくはかりなり︒しかれは︑
ヘ へち﹀は﹀いっきかしつき給ひて︑きさきのくらみに奉らんとそ オ ﹂
おぼしめしける︒御かともきさきにまいらすへきよしせんしなる︒ その外︑天上にかたをならふる人≧︑﹁我もく︒﹂と︑心をつく へ ママ さぬ人はなし︒かくて月日も過行は︑あね御せんは十七八︑もうと姫君は十五と申八月十五夜の急くまなくてらし︑雲のうへもす
みわたりて︑やうくわかぬひかりに︑姫君御心をすまし︑にし
のたいにたち出て︑みすをまきあけ︑きんをしはししらへて︑時 ママ のてうしにあわせて︑しうふうらくをそあそはしける︒人いまた
ねしつまらて︑﹁いかなれは︑何事につけても︑かやうの人にすく ウれ給ふ ﹂
らん︒﹂と︑しるもしらぬもをしなへて︑すいきのなみたせきあへ
す︒ち﹀は﹀きこしめし︑﹁いかにや︒夜ふくるに見きく人もこそ
侍れ︒いそき食せ給へ︒﹂とて︑あんせちの大なごんとのを御つか
ひにて︑﹁とくく︒﹂と仰られけれとも︑きょしん所へいらせ給
ふ︒さらくまとろみ給はて︑御こ﹀ろをすまし給ふに︑囲うつ﹀ ママ ともなく︑きちやうのうちさ﹀めきて︑れいならぬ匂ひうちこん
して︑御年の程はたちはかりなる天上人︑玉のかふりうつくしく
めして︑あでやかにおはしますか︑かたはらによりふし給ふもし
り給はて︑ひめ君は月のなこり御身にしみておはしけれは︑かの ニオ天上人︑ひめ ﹂
君の御袖をひき︑ くまもなき月のなこりにさそはれて 心はそらになりにけるかなとうちなかめ︑よりふし給へは︑ひめ君おとろき給ひて︑﹁これもむかしのちきりありてこそ︑これまて参り侍れ︒﹂と︑やうやうくにこしらへ給へとも︑とかくの悪いらへもしたまはす︒夢人うらめしけにて︑﹁此世ならぬ御ちきりにて侍るに︑なとや︑かくまて御心つよくおはしますそ︒﹂とて︑ いにしへのちきりもふかし此世にて ニウ ふたたひきみにめくりあひぬる ﹂とうちなかめ給へは︑ひめ君き﹀入給ふ御心ちして︑恋いきのしたにて︑ いにしへのちきりはしらし此世にて イへゆくゑ か﹀るうきめのうちゑしらしなとうちすさみ給へは︑夢人やうくこしらへなくさむるとおぼしめしけれは︑夜も明ぬ︒御あたりを御覧しけれは︑人もなし︒﹁夢なりけり︒﹂と︑うれしくおぼしめしける︒うつりかさなからうつりて︑さうなくうせさりけれは︑その日もやうく暮︑又︑うちまとろみ給へは︑又︑かの人おはします︒今は夜もへたてすかよ ニオひ ﹂云ふ︒うつ︾にも見え︑おもかけにもたちそひ給へる︒此夢人のたまふやう︑﹁我にむかしょり︑ちきりありてむまれ給ふ︒されは︑わか身は︑此世のすまいありがたき身なれとも︑あまりにきんの音おもしろく侍りて︑聞すてがたくて参りより︑露ほとも︑たちさるへしともおほえす︒我まいりかよひ候はん程は︑いかに へ むエ ロ 御かとの文と申とも︑とりあけ御覧すへからす︒まして 返事の
事は申におよはす︒﹂と︑いましめ給ひけり︒かくてたかひに︑あ
さからぬ御ちきり︑一いうならぬ御ことにてや侍りけん︑夢のう ニウちとはおほせとも︑御身た﹀ならすおはし ﹂
ます︒いよくたくひなくおぼしめし︑御そはをたちさり給ふ事
なく︑すてにそのとしも暮︑あくる三月の比︑春の日のなかきに︑
御つれくに︑御かとおぼしめすやう︑﹁いかなれは︑内大臣はい
ま﹀て姫をまいらせぬやらん︒﹂と︑おぼしめして︑﹁おとろかし
給はん︒﹂とて︑藤かさねのうすやうに︑ 訂しれすいまやくとあふさかの
こ﹀ろのまつにか﹀るふしなみ
かやうにあそばして︑藤の枝につけて︑頭中將をめして︑﹁これい
もうとの乙姫にたひて︑返事とりてまいれ︒﹂と︑せんしなる︒中 オ將これをたまはりて︑ち﹀の ﹂
内大臣の御かたへまいり︑くるまよりおりて︑此よし轟けれは︑
は﹀うへ︑西のたいへいらせ給ひて︑此よしのたまへは︑ひめき ママ みおほしめすやう︑﹁夢人のいましめ給ひつる物を︒﹂と︑心うお
ほしめして︑打ふし給へは︑は﹀うへ御らんして︑﹁あなあさま
し︒一天下のあるしにておはしますこくわうの文を︑かやうにと
りあけ給ふなとは︑たれやの人の申そや︒﹂とて︑文をよみて︑き
かせたてまつりて︑いろくのうすやうとりそへて︑御す﹀りひ
きよせ︑筆をそめて︑ふしたまへる御手にもたせたてまつり︑﹁と ウくく︒﹂との給へは︑心うき ﹂
事におぼしめし︑御なみたにむせひ給ひて︑筆にまかせて︑うは
のそらにあそばして︑うちおき給ふ︒ ママ かすならぬ身にはおもひのふしの花
まつふくうらにかひやなからん
とあるを︑は﹀うへとりて︑中期殿にたてまつり給ふ︒やかて此
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 よしそうもん申させ給へは︑御かと言文ゑいらんありて︑﹁うつく ママ しや︒筆のたてと︑すみのなかれ︑もしのならひ︑たくひあらし︒﹂そのかたちもあらはれて︑いと﹀御心いそかれさせ給ひて︑﹁卯月十三日︑内大臣のおと﹀︑ひめ重きさきまうてあるへし︒﹂と︑せ オんしなり︒ ﹂大臣殿は大きによろこひ給ひて︑﹁よの人は︑す﹀めたてまつりてこそ︑きさきにたてまつり給ふに︑これはかたしけなくも︑御かとよりせんしをかうふりてまいらすること︑めんほくこれにすきす︒﹂と︑よろこひ給ふ事かきりなし︒ひめ君は︑﹁さても︑夢人の︑さしもいましめ給ひし物を︒﹂と︑認むねのうちさわきて︑﹁さるにても︑我身すこしさる事あらはこそ︒﹂と︑おぼしめしてまち給へは︑すてにさよふくるまて︑みえ給はす︒あさましく覧しめして御覧すれは︑やうく夜あけかたにおはします︒れいのやう ウにもなれくしくはし給はて︑きちやうの ﹂そとに︑玉の笛をあそはし︑うらみたる御けしきなり︒や﹀しは ママ しありて︑御なみたをなかし︑の給ふやう︑﹁さしも起つるかいもなく︑みかとの文御らんして︑返事申させたまへは︑御身はけかれ給ふ︒我は︑あさからすおもひたてまつれとも︑こよひをかきりとおぼしめすへし︒御ちきりはふかき身にて侍れとも︑君は又︑ ママ 都にもちきりありて︑此世の人とむまれ給へり︒されは︑我は此世の物にてはあるましき御ちきりにて侍れとも︑きんの音あまりにおもしろく侍りて︑あくかれ出て︑何となくちかつきたてまつ オり︑たくひなき御ちきりに ﹂ ママ 心をまよわし侍るそや︒さるにても︑わすれがたみをとめぬる事こそ︑かへすくくやしく侍れ︒過にし秋の比より︑夜かれなくかよひたてまつり侍れば︑﹃いかなる物そ︒﹄とおぼしめす覧︒我
五
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶
はこれ天のかみ雨わか御子とは我事なり︒君はてんにんにておは
します︒されとも︑とうくうに御ちきりふかきによりて︑みめか
たちすくれて︑此世の人にむまれ給へり︒返く此かたみと﹀め
侍るこそ心うけれ︒さりなから︑此もの三さいと申さん時︑今一 ママ 度よそなからまいり︑けんさん申へし︒此かたみゆへ︑御身も心 ママ くるしくしはしおはしまさんことの︑いとおしさよ︒さりなから ウ ﹂
末はめてたくおはしますへし︒我身もめにこそ見えたてまつらす
とも︑心は君のかけ身にそひたてまつるへし︒さるにても︑此世
にはおもひよらぬちきりして︑かたみをのこし侍るこそふしきな
れ︒此かたみをゆかりの草とおぼしめし候へ︒﹂とて︑
わするなよしのふの草のつゆけくと
見はてぬ夢のかたみともみよ
とて︑御くしかきなて﹀︑﹁くれく申侍りつるに︑つらき御心こ
そ︑たくひなくおほえ侍れ︒﹂と︑かへすくうらみ給ひて︑御 ママ モオなをしのぞてを御かほにおしあて﹀︑さめくとなき ﹂ ママ 給へは︑姫君もせんかたなくかなしくおぼしめして︑御なをしの
ぞてにとりつき︑御なみたもせきあへさせ給はて︑
なにしにかわすれかたみをのこす覧
いと﹀しのふのつゆのしけきに
﹁うらめしの御ことや︒おもふこともなかりし物を︑御かとの返
事心ならすの事にて侍しそかし︒我身はいか﹀なり侍らん︒﹂とか
なしみて︑
これやこのかきりなるらんむは玉の よるくかよふ夢のかよひち モウとて︑たかひに御そてをひきちかへ︑御なみたにふし ﹂
罪
しつみ給ふ程に︑夜も明ぬ︒御あたりを見まはし給へは︑人もな
し︒御うつりかは︑さなからのこりて︑御町は︑なみたにうくは
かりなり︒何となくさきくよりも心ぼそく︑物かなしくおぼし
めして︑御さぬひきかっきふし給ふ︒されとも︑うつ﹀にてもあ
らはこそ︑たのもしくおぼしめして待給へとも︑とこもむなしく
ママ みへ給はす︒くるよも︑又くる夜も見え給はす︒いまはかけろふ
のそのおもかけたへはて︑有しうつりかはかり︑御身にしみて︑
夢のかよひちたえはて﹀︑そのおもかけも見えたまはす︒﹁今はか オひなき ﹂
露のいのちなからへても何かせん︒﹂と︑あくかれ給ふ︒御心のう
ちせんかたなき御ありさま︑しるへなけれは︑﹁いかに︒﹂と訴人
もなし︒御まへの女はうたちは︑﹁た﹀よのつねの御こ﹀うなやみ
にこそ︒﹂と︑とりくに申侍れとも︑とかうの御いらへもし給は
す︑おぼしめし︑しつませ給ふ︒
夢にたに見えこぬ人のうつりかの
何とてふかく身にはしむらん
いまは︑はやおきさせ給ふ事もなし︒すてに卯月十日比に成ぬれ
は︑御かとよりは︑有し文の﹀ち︑たひく文ありしかとも︑う ウき事おぼしめしけれは︑堅く ﹂
御返事もなかりけり︒みかとは︑﹁なとや其後は御返事もなきやら
ん︒﹂と︑心もとなくおぼしめして︑卯月十日に︑うのはなかさね
のうすやうに︑
かたらはんことをはいそく時鳥
をもはぬかたにしのひねやなく
とあそばして︑﹁此たひは返事とりてまいれ︒﹂と︑せんしありけ
れは︑中く富めをたにもふれ給はす︒すてに卯月十三日になり
ぬれは︑ち︾大臣殿は︑きさき呪いてたちに心をつくし給ふ︒女
はうたち︑衣のぞてくちをかさね︑こし・くるま︑こんくなり オに ﹂
みかきたて︑その日になりぬれは︑姫君をは大臣殿へ︑うつした
てまつらせ給ふ︒さなから御こ﹀うも︑心ならぬ御身なれは︑な
き人のやうにそおはしましける︒﹁なとや︑かやうにうつもれ給ふ
そや︒﹂とて︑色くになくさめたてまつらせ給ふ︒さて︑御ゆと
のへ入たてまつる︒姫君︑﹁心うや︑夢人のおはしまさは︑か﹀る
うき事はあらし︒﹂と︑おぼしめし︑いつよりもこひしく︑御むね
うちさはき給へは︑ゆとの﹀うちにて︑たえ入給ひぬ︒御かいし ママ ママ やくの女房たち︑さはきあはて︑は﹀うへにかくと申侍れは︑御 ウめのと︑は﹀北のかた︑﹁此程︑物も御まいりなく︑ ﹂
やみ給ひて︑御こ﹀うまとひ給ふらん︒﹂とて︑きちやうのうちへ
入たてまつり︑北の御かた︑いそきとりつき給ひて︑﹁いかにせん︒﹂
と︑かなしみ給ふ︒おと﹀も︑あまりのかなしさに︑きちやうの
かけにた︾せ給ひて︑かなしみ給ふことかきりなし︒ひめ君は︑
御心もなく︑御むねあきて︑す﹀しの御さぬにすきたるをひきあ
はせんとて︑御覧すれは︑雪の御はたへくまもなくうつくしくて︑
御ちのさきくろくと︑た﹀ならぬ御すかたに見え給ふ︒は﹀う
へは︑おとろき給ひて︑﹁いかにやく︒たれやの人のまいりか ホオよひしそや︒あな心うや︒あさましや︒ ﹂
御そはにさふらひし人≧は︑しりたてまつらぬことはあらし︒い
かなるひとのまいりしそや︒うらめしや︒﹂とて︑なきかなしみ給
へとも︑夢のうちの事なれは︑一人もしり侍る人はなし︒御かい
しゃくの女はうたちは︑﹁あな謡うや︒いかなる人のいらせ給ひけ
ん︒おぼろげにもしり侍らす︒﹂とて︑さ﹀やきかなしみ給ふはか
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 りなり︒あまりの心うさに︑﹁いかにやく︒ひめきみ︒たれ人のまいり侍りしそ︒たしかに仰られ候へ︒うらめしの事や︒﹂とて︑なけき給へは︑ひめ君︑御心におぼしめすやう︑﹁は﹀うへに エ ウかくし奉るへき平ならす︒﹂とて︑御いきの ﹂したより︑ありのま﹀に申させ給へは︑ち﹀大臣も︑比よしきこ ママ しめし︑御なをしの袖を御かほにあて﹀︑さめくとなき給ひ︑
﹁心うきことかな︒た﹀人のもつましき物は女子なり︒むまれ出しより︑たくひなくもてなしかしつきたるかひもなく︑か﹀るう
き事を聞物かな︒さても︑いか﹀せん︒﹂とて︑ふしまろひ︑なけ
き給ふより外の事そなき︒﹁もとより︑しきくならは︑あねひめをこそまいらすへけれとも︑御かたちおとり給へは︑御かとの御
畳もいかならん︒﹂と︑おぼしめしけれとも︑﹁今のはちをかくさ キよオはや︒﹂と︑毒しめし︑俄に ﹂
あねこせんを入たてまつりて︑さまくに︑御出たちをそ︑し給
ひけり︒此暮の事なれは︑とかくまきらはしたてまつり︑乙姫君 ママ とかしつき奉りて︑此程︑心をつくし侍る女はう︑みるくあね
君へそまいり給ふ︒此程は︑ゑにかきたるやうなる人にそひ奉て︑た﹀今俄にひきかへられ侍る事を︑みなく忍ひくになきかな
しみあひ給ふ︒大臣殿は︑あねひめ君を御らんして︑﹁いもうとに
おとり給御かたち︑御かとの御おほえもいか﹀あるへき︒﹂と︑いよく御むねふさかり給ひて︑なくく急追かたにかへり給ひて︑ ママ 姫君の御かたへ御つかいをたて︑﹁さやうに︑ゆひかひなき ムウ ﹂
ふるまひし給へる人は︑ひとつうちにもかなふからす︒はやく ママ ママ 御所のうちを出給へ︒﹂と︑たひくつかいありしなは︑は﹀う
へ︑きこしめて︑﹁あな心うや︒かほとめてたき御かたちを︑いつ
七
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶
かたへ出し奉るへき︒我身にあまるとかありとも︑いかて出し侍
るへき︒心うや︒﹂とて︑なきかなしみ︑もたへこかれ給へとも︑ ママ 御つかひ︑きひしくたち侍れば︑ちかくおよはす︒ひめきみは︑
きえもはてぬ御身に此よしを聞給ひ︑御いきの下に︑﹁露霜なら
は︑きえもうせなん物を︑さすかに心にまかせぬうき身なれは︑ ママ ニオさからなし︒身つからゆへに︑さのみうき ﹂
事をなけかせ給はんよりも︑とくくいつかたへもいたし給へ︒﹂
とて︑御なみたをなかし給へは︑母うへきこしめし︑﹁長めのとた
にいきて侍らは︑かほとに物をはおもはし物を︒行ゑもなき︑わ
かき物ともに︑あっけ奉てはいか﹀せん︒﹂と︑かなしみ給へと
も︑ちからなくいたし給ふ︒は﹀うへ︑なくくの給ふやう︑﹁い
かにや︑みつからを︑さこそつらしとおほすらん︒わらはもつれ
て出侍るへけれとも︑こよひは︑あね君うちまいりに︑あはすは︑
ち﹀おとンのはらたち給はんこともかなしく侍りて︑我身はこ﹀ じ ニウうならす︑と﹀まり侍るそや︒心は御身にこそそひまいら ﹂
せん︒﹂とて︑御くるまにいそきのせたてまつり︑御なみたせきあ
へす︒姫君は︑﹁計うき我身のありさまにて侍れば︑ち﹀の仰も御
ことはりにて侍る︒いかなるふち・川にも身をしつめはや︒﹂と仰
らたれけれは︑﹁あなかしこ︒さやうにおもひ給ふへからす︒女はう
たち︑へんしも︑めはなし給ふな︒いかならん各色もあらん時は︑
こ﹀うえ給ふへし︑御めのとこは︑こさいしやうとて︑おと﹀ひ
あり︒としは十七と十九とにそ︑なられける︒ほんのめのとは︑
過にし春︑きやうにうせられけり︒これさへ姫君の御ふうん︒﹂ キ ニオと︑いまさらこひしくおぼしめす事︑かぎりなし︒ ﹂
今のわかき御めのとこ︑その外︑五六人そつけたてまつらせ給ふ︒
やかて︑内大臣のあね御せん︑伊よのかみにおくれて︑あまにな
八
りて︑一条におはします所へ︑御車よりおはしたてまつり給ふ︒
おはこせん︑﹁あないとをし︑いかなる御ことそや︒﹂とて︑御いとをしみかぎりなし︒ひめ君は︑一条におはしまして後は︑おき
出給ふこともなし︒うちふしてわたらせ給へは︑御かいしゃくの
女房たち︑なけきかなしみ給ふはかりなり︒
臣殿には︑やうく日暮︑夜ふくるま﹀に︑
て︑きさきいてさせ給ふ︒その御ありさま
いもうとの姫君ほとにはおはしまさねとも︑
たにてそはします︒かすくの女はうたち︑
御かいしゃくし給ふ御ありさま︑
ひにてましませば︑﹁御かとも︑
ほしける︒すてに︑御くるま︑
ことに御心をつくし給ふ人なれば︑ さるほとに︑ち﹀大ちんにくるまやり入 ニウ ﹂なへてならぬ御すかいっきかしつき奉︑
まことにふしきなり︒御さひわ
おろかにはおほしめさし︒﹂とお
ちかつきたてまつる︒御かとは︑
うれしくおぼしめして︑御車
よりおりさせ給ふもおぼつかなくおぼしめし︑とうたいのかけよ
り︑まつ此御ありさまともに御覧すれは︑十二人の女はうたち︑ オ八人の御かいしゃく︑きぬのつま ﹂
あざやかにうつくしさかきりなし︒さるにつけても︑﹁姫きみさそ
あるらん︒﹂と︑いよく御心も.たへさせ給ひて︑ゆかしくおほし︑きちやうのはつれより︑のぞき給へは︑御たけのほとすこし
たかく︑御くしは毒たけに二しやくはかりあまりて︑すこし亡くしのか﹀りあららかに︑かねておぼしめしつるにたかひたる心ち
して︑﹁ふしきや︒されは日比聞し人なるにや︒それかあらぬか︒﹂ ママ と︑ふしきにおほしめして︑なをいそき好けんさんありて︑それ ママ ともおぼしめしなをす御こともなし︒明もはてぬに御かへりあり ウて︑やかて︑とうの中将をめして︑ ﹂
﹁ふしきや︒何とて聞しにたかひ侍らん︒みめかたちこそ聞しに
たかふとも︑藤の時の返事あまりにうつくしさに︑いまた我身を
はなさすもち侍れば︑手をとりて御らんせん︒﹂とて︑文をあそばしてたひにけり︒中将殿は︑せきめんして︑しょきやうてんへそ︑
たてまつり給ふ︒﹁返事よきやうに︒﹂と︑御かいしゃくの女はう
の給ふ︒ あひみてはうれしかるへきけさなれと
くれまつほとそくるしかりけり よ オとあるを御覧して︑やかて御返事に ﹂
なにかそのくれまつ程をなけくへき
明たにはて﹀かへるこ﹀うに
とあそばしてかへし給ふ︒御かと︑此よしゑいらん有て︑﹁あらふ
しき︒これもわろきにてはなけれとも︑藤の時の返事にすこしも
にたる所なし︒あらふしきや︒まるかあまりにせつにおもふをに
くみて︑おと姫をとうくうにたてけるやらん︒さるにても︑あま ママ りにふしきにおほゆる︒ゆきてみなをすこともや︒﹂と覚しめし て︑やかて天上人十人はかりめしくして︑しょきやうてんへきや へ ウうかうなりて︑御らんし入させ給へは︑ ﹂ ママ 量人はかりなみい給へる女はうたち︑おと﹀の心をつくし給へる
人ζなれは︑﹁た﹀天人のあまくだり給ふか︒﹂と︑この女はうた
ちには︑御心のとまる人ζおほかりけり︒﹁ふしきや︒おやの心は ママ やみにあらねとも子をおもふ道にまかふ物かな︒これ忌めてたからんむすめに︑女はうたちをえりすくりてつけたることのほいな
さよ︒あら︑うつくしの人≧や︒翼翼はうたちの中には︑御心の
うつる人≧おほかりけれは︑やかて御いうにいてにけり︒いかて
か︑﹃あけたにはて﹀﹄とかこたせ給ふおそろしさに︑まいりてあ ロ オけさせ侍る︒﹂とて︑もたせたまへる ﹂
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 御しやくにて︑きちやうをうちあけさせ給ひて︑御覧し入させ給
へは︑﹁ち﹀は﹀にかしつかれ侍るか︒﹂とおぼしくて︑しろくき
よけに︑ものくしくはみゆれとも︑やさしくけたかきふせいは
ましまさす︒御らんしなをす御こ﹀ちもましまさす︒﹁この年月︑ ママ 心をつくし侍りけんことのくやしさよ︒﹂と︑御くわうくわいかき
りなし︒﹁くれなはまいり侍らん︒﹂とて︑御かへり曾て後︑又と
もいらせ給はす︒文のたよりもかきたえさせ給ふ︒御かいしゃく
の女はうたち︑その外の人≧まても︑﹁乙姫にてましまさは︑ キよハウ ﹂
いかてか︑かく御つれくましますへき︒﹂と︑さ﹀やきたまふも ママ ことはりとそきこえし︒一条の姫君︑此よしきこしめし︑﹁あな心 ママ うや︒かしこうそまいりさりける我も︑さこそあらんすれ︒﹂□た﹀ ママ 何事につけても︑夢人の懸しさに︑御なみたにしつませたもふ︒
さる程に︑ち﹀の大臣殿は︑きさきの御事をおぼしめして︑﹁心う
や︑た﹀人のもつましき物は女子なり︒都のうちにて︑たれやの ママ 人はかたをならふへきに︑よしなき姫ゆへ︑うきなをなかし侍る ママ モオ事のくちおしさよ︒これにつけても︑一条の姫にて ﹂
ましまさは︑いかなる御かと﹀申とも︑いかてかめてさせたまは
さるへき︒もとよりあねは︑おやのめにさへ︑あらまほしき所も
なし︒まして御かとの御めにいらぬもことはりなり︒御かとのお
はしまさ﹀る人を︑ひさしくおきたてまつるへきことならす︒女
はうたちの心もいたはしく侍に︑さらは︑おろしたてまつるへし︒﹂
とて︑﹁は﹀御せんのかせの御こ﹀ち︒﹂とて︑御車を御むかいに
たてまつらせたまふ︒その﹀ち︑めさぬは︑まいり給はす︒さる
程に︑一条のひめ君は︑夢人の御うつりか御身にしみて︑さらく アモウうする ﹂
九
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶
御事もなし︒いよく日にまして︑白しくおぼしめすはかりなり︒
すてに︑そのとしもとかく過行ま﹀に︑秋もなかはなりぬれは︑
八月ちうしゆんの事なるに︑十五夜の月さやかにてらして︑はし
ちかくいさりいて給ひて︑﹁こそのこよひ︑うかりし夢の見えそめ
て︑いま﹀てなからへ侍る事の心うさよ︒﹂とおぼしめしいて﹀︑
し︑ゆうのことかきならし給ひて︑﹁こそのこよひ︑西のたいにて︑
しうふうらくをひき侍し時︑見そめたりし夢そかし︒うきかなや︒ オよしなきいのちはなからへて︑月日はめくりきたれとも︑ ﹂ にみなしゆめのかけもなし︒﹂と︑いつよりも御心ほそくおぼしめし
つけて︑御なみたせきあへさせ給はす︒やかて︑ひき給ふ御こと
のうへに︑きえ入給ふ︒人≧おとろきて︑きちやうのうちへ︑い
たき入たてまつりて︑夜もすがら︑なけきかなしみあかし給ふ︒
されとも︑またたえはて給ふほとの御事もなく︑たえくとなり
給へは︑御めのとも︑いまたわかき人≧なれは︑何のあやめもな
く︑さしあつまりて︑なけきかなしみ給ふはかりなり︒御めのと
の女はうたち︑恵み﹀にくちをあてン︑下給ふやう︑﹁いかに︑御 ロ ウいのちもあや ﹂
うく見えさせ給ふ︒何事をおぼしめすらん︒仰をかせ給へ︒﹂と︑なくく申せば︑言いきのしたよりの給ふやう︑﹁は﹀うへの給ひ
しは︑﹃あひかまいて︑いのちをまたふして︑ち﹀のふきやうをゆ
りよ︒﹄との給ひし︒御ことのわすれ侍らねは︑﹃いま一たひ﹄と
ママ をもふなり︒﹂と仰られけれは︑﹁御かんたうふかき御身にてまし
ませ共︑をんあひの厭なれは︑いそき三条殿へ此よし申せ︒﹂と
て︑いそきつけ奉る︒此よしは﹀うへきこしめし︑大きにおとろ
き給ひて︑大臣殿への給ふやう︑﹁いかにや︑きこしめせ︒﹃一条 し オの姫こそ︑た﹀今をかきり︒﹄と申侍る︒ ﹂ 一〇
﹃起つからを今一め見はや︒﹄と申︒いまをさいこの事なれは︑﹃今
一たひ見えて︑よみち心やすくさせ︑しての山︑三つの川をこさ
せはや︒﹄と思ひ侍るそや︒ふきやうをゆるさて︑ころし侍る物な ママ らは︑つみのふかさをいか﹀せん︒﹂と︑﹁いかやうのせんこんを
させ給ふとおぼしめしてゆるす︒﹂とはかり︑仰有候へは︑﹁ひめ
にきかせて︑よみち心やすくころし侍るへし︒みつからにもへん
しのいとまをたひ候へ︒一め見てよみち心やすくころさん︒﹂と仰
有て︑御こゑもおしますなき給へは︑大臣殿きこしめして︑ふし ママ キ ウまろひ︑御なをしの袖を御かほにをしあて﹀ ﹂
御なみたに︑しはしはむせひ給ひて︑や﹀ありての給ふやう︑﹁い
かにや︑きこしめせ︒五人の子ともの中にも︑とりわけてふひん
とおもひたてまつる此ひめかためならは︑ひんのかみを一すし
つ﹀ぬくとも︑いなんましくこそおもひ侍りつれとも︑た﹀よの
人のおもわくのはっかしさに︑心ならぬかんたうとは申せしなり︒
此程もへんしのまも︑わする︾ことは侍らす︒﹃いまをかきり︒﹄
と︑うけ給候ひしこそ︑かなしけれ︒今のあひたも︑いか﹀おは
しますらん︒とくく入せ給へ︒﹂との給へは︑うれしさかきりな ニキロオくおぼしめして︑こしのおしくるまの ﹂
とふをおそしといそき︑一条とのへそおはします︒いそき御車よ
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させたてまつりて︑御すかたは︑しほめるふせひして︑ふし給ふ
御ありさま︑か﹀やくほとにそみえ給ふ︒は﹀うへ︑御そはにさ
しより︑みつからこそまいりて候へ︒姫君︒﹂と︑仰有て︑なき給
へは︑きえもやり給はす︑くるしけなる良いきのしたよりの給ふ
やう︑﹁かいなき露の身の﹃きえはきえて︒﹄とおもへとも︑﹃は﹀
うへに今一たひ見え奉らん︒﹄とおもひて︑いま﹀てきえもやり侍
ニ ウらぬそや︒﹂との給へは︑は﹀うへきこしめし︒ ﹂
﹁あな︑いとおしや︒人≧は見しり給はぬか︒なとやいそきつけ ママ させ給はぬそ︒﹂とて︑ふし給へるをかきおこしまいらせて︑﹁は﹀
うへまいりて侍︒﹂との給へは︑こんしきちやうはつ︑はのかた ママ ち︑三十二さう︑八十しゅかう︑嶋こんしき︑た︾今︑なつの地
に︑はちすのほうれんけ︑はしめてひらけたるなかより︑ひゃっ
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給ふ︒その時︑北の御かた︑なにはのつらさもうちわすれ︑いそ
きいたきあけ奉り︑﹁あな︑うつくしや︒こは︑いかなる人の御子 ニド オそや︒これ人ζ御覧せよ︒は﹀姫君も見給へ︒ ﹂ ママ これにつけても︑いよく御身あんをんにたひらかに︑をはしま
せかし︒﹂との給へは︑ひめきみ何となく御らんしゃらせ給へは︑
﹁今︑ちのなかにて︑なんのいうめは見えねとも︑か﹀やくはか ママ りにうつくしくわたらせ給ふ御かほっき︑雨わか御子にちかい給
はぬ事のふしきさよ︒﹂と︑おぼしめして︑言いきのしたにそおぼ
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夢ならはゆめにもやまてあさましや
こはいかなりしわすれかたみそ御なみたもれ出給ふ︒は﹀うへやかて︑御手つから御うふゆ ニナヘウ ﹂
ひかせてたてまつらせ給ひて︑﹁へんのつほね︑ぬしはたれともし
らぬ事はあらしや︒ふかき人≧かな︒﹂とて︑北の御かたは︑やか
て立蹄らせ給ふ︒おと﹀の御まへにおはしまして申給ふやう︑﹁ふ
しきや︒いかなる人の御子そや︒よのつねのひとにてはましまさ
す︒た﹀ひかりとは︑これをこそ申侍らん︒は﹀をゆるしして︑
御らんし候へかし︒﹂との給へは︑﹁むかしも今も︑おやとこの︑
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 ママ あわれさはふかく︑﹃御かんたう︒﹄と仰有侍しか︑さて姫は︑つ﹀ ニ ニオかなくてさふらふかや︒さやうに若君むまれ ﹂給へるか︒﹂とて︑いそき御車にめして︑一条殿へおはします︒﹁大臣殿いたら給ふ︒﹂と申せば︑はっかしさいそきかたはらに忍ひ給ふ︒﹁わか君こなたへ︒﹂と仰ければ︑へんのつほね︑いそきまいらせて出給ふ︒おと﹀御らんして︑﹁あらうつくし︒されは︑いかなる人の御子そや︒﹂とて︑なをしの御袖にうけとり給ひて︑﹁いまは若君にけんさん申ほとにては︑ひめ君こなたへいらせ給へ︒﹂とありしかは︑おひたされ給ひし時のうらめしさ︑はっかしさに︑さうなふいて給はねは︑此よし・を御らんして︑﹁なとや出させ給は ママ ニホニウぬそ︒うちまいりの事︑ち﹀とて ﹂人めしりのうらめしさに申せしことを︑ふかく繕うらみこゆらん︒﹂とて︑うちなき給ひて︑﹁いかにや︑人≧き﹀給へ︒かすならぬ身さへ︑子をもちては︑女こ・きさきのくらゐをのぞみ奉るに︑かたしけなくも︑ちきにせんしをかうふりて︑た﹀いまきさきのくらみにつけ申さんとすれは︑﹃た︑ならすおはします︒﹄と︑聞し時の心うさ︑いかはかりとはおぼしめす︒又︑あねひめをま ママ ママ いらせて︑うきなをなかすもなにゆへそと︑くちをしかりつること﹀もをは︑いかはかりそや︒されとも︑まことにくしとおもひ ニエエニオたてまつらす︒人のおもわくを ﹂おもひ侍りてこそ︑﹃かんたう︒﹄とは諸候へとも︑何のあやまちもとかも︑温潤君にへんしもはなれてあるやともおほえす︒﹂と ママ て︑御車にめさ有て︑御めのと︑北の御かた︑は﹀ひめ君︑若君ひきくして︑三条殿へそいらせ給ふ︒をんあいの中ほと︑あはれありがたき事はなし︒さる程に︑むかしの西のたいをしつらひて︑すへたてまつり︑いっきかしつき給ふ事かきりなし︒さる程に︑
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶一二
神無月升日比にもなりしかは︑四方の山人も︑おもひのいろをあらはして︑のきはのしのふ︑にしき﹀て︑身にしむあらしも ニ ニウ ﹂ ママ すさましく︑おきのうは風そよめき︑ものあわれなりしかは︑う
らやましくおぼしめして︑御ことかきならし給ひて︑かくそゑひ
し給ふ︒ ことの葉をさそふあらしにしらせはや
われも此世にあれはつる身を
と︑くちすさひ給ひて︑つきせむ御なみたそ︑もれいて給ふ︒か
くて︑若君すてに三さいにならせ給ふ︒大臣殿かりそめにも︑は
なちたてまつり給はす︒内里へ御しゆつしの時も︑つねにはくし
たてまいらせ給ふ︒﹁御かとをはしめたてまつり春宮その外さらぬ ニホ オ ﹂
くきやう殿上人︑いつれにかにさせ給へる︒﹂と︑御らんしくらへ
たまへとも︑いつれの人にもにさせ給はす︒ふしきにそおぼしめ
す︒御かと春宮その外のくきやう殿上人︑﹁あなうつくしの若君
や︒いかなる人の御子そや︒御おやのゆかしさよ︒ち﹀はたれと ママ てはたらせ給ふそ︒は﹀うへはかのいもうとひめ君にておはしま
すそや︒﹂と︑さ﹀やきあひ給ひて︑若君をいたきわたして︑あひ り ヨニナコ い させ給ふ事かきりなし︒さる程に若きみ︑三さいの二月より溶く ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へしおき給ひて︑七月の比は︑御かたのほとにゆらくとみえさせ ニロ ウ︐給ふ︒七月七日に ﹂
ホ な ぬ コ なりぬれは︑七夕のあふ日にもなりぬ︒女はうたち︑かちの葉とり
てもちて︑うたなんとかきて︑とりくにあそひ給へは︑若君︑ ママ ﹁我にもかちのはをまいらせよ︒けふこそは便宜とおほゆる︒ち﹄ の御かたへ文まいらせん︒﹂との給へは︑人≧申されけるは︑﹁若君にもち﹀のわたらせ給ふか︒﹂と申せば︑若君の給ふやう︑﹁ち︾ ママ なくて人の子のむまる﹀ことやあるへし︒きはめてめてたきち﹀のましますそや︒人≧はしり給はす候や︒﹂と仰豪けれは︑みなく ニ オふしきに覚えて︑かちのはたてまつりけれは︑ ﹂ ママ ホモタ ﹁御す﹀りきよめてまいらせよ︒いものはの露とりて︑す﹀りの ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ水に︒﹂との給ひて︑御す﹀りひきよせて︑うちかたふき給ひて︑
一しゅの寄をそあそはしける︒
天川いかにちきれるなかなれは
としに一度あふせなる覧 ママ とあそばして︑七夕のけたひくいとふたひきひかせて︑ひきむす ママ ママ ひてまいらせ給ふ︒すなわち︑かくすきたりて︑さしふくみて︑
天をさしてそあかりける︒女はうたち︑此よし︑大臣殿︑北の御
かたへ申されけれは︑﹁あないとをし︒みな人は︑ち︾といふ人の ニ ウ ﹂
あるそかし︒若君にち﹀のましまさぬと覚しめしてこそ︑さやう ママ にの給ふらん︒いとおしや︒こなたへいらせ給へ︒﹂とて︑若君を
しやうし奉る︒﹁まことに︑若君︒ち﹀はおはしますか︒﹂と︑と
ひ給へは︑﹁寒くめてたきち﹀のわたらせ給ふなり︒けふはさた
めて︑むかひにいらせ給ふへし︒露あつめて︑きやうすいしてし
やうしせん︒ひころめしたるきよいをぬきかへん︒﹂との給へは︑
おと﹀此よしきこしめして︑﹁いかやうにも若君の仰られんま﹀
に︒﹂とて︑御こそて二かさねめさせかへ︑黒きやうすいまいらせ ニ オけれは︑ち﹀の ﹂
心いりあらんほと︑これにてあそはん︒﹂とて︑せんさいの水の山
ママ に煮出給ふ︒ひっしのおはりはかりに︑空より玉の御車ふりくた
りて︑避けんしんとうして︑御こしひかりか﹀やくいきやうくん
し︑ゆらめきて︑御こしのうちより︑﹁あらくめつらしの若君や︒﹂
と︑仰有けれは︑いそきはしりよらせ給ひけり︒御こしのうちよ ホ は り︑まことにうつくしくにほひみちたる文を・とり出し給ひて︑
﹁これ︑なんちかは﹀にたてまつれ︒﹂との給へは︑若君とり給ひ ママ て︑は︾うへにまいらせ給ふ︒﹁いかに︒いつくにいらせ給ふそ︒﹂ ニド ウと仰渇けれは︑ ﹂
﹁にしのひさしに︒﹂と申給へは︑﹁若君三さいといはん時よそな
から︒﹂とちきり給ひしことのは︑おぼしめし出て︑御心もこ﹀う
ならす︒﹁いっち︒﹂とて︑いそきたち出させ給ふ︒﹁いかに︑﹃今
一たひ︒﹄と︑ちきりしことは︑わすれ給へるか︒この若君をのこ
しをきて︑上下はんみんのくちに︑﹃いかなる人﹄﹃たれやの人の
子にてあるらん︒﹄とあっかひ申ことの心なさよ︒いかにかしこき
御かと﹀申とも︑まるか子をひんなき事にて侍るなり︒日のした
にすませては︑かなふまし︒されは︑た﹀いまくしてのほるへし︒ ニ ロモオいかになけき給はん︒いとをしさかぎりなく ﹂
侍れとも︑いつをかきりにあらはこそ︑これになけきをわする﹀
くすりあり︒まいる︒わすれ給へ︒﹂とて︑うつくしくひかりか﹀
やくつほに︑くすりを一はい入たるをとりいたさせ給ひて︑まい
らせ給ふ︒ひめ君︑此よしきこしめし︑﹁こはいかに︒君にすてら ママ れまいらせ︑したもへのふしのたかねの夕げふり︑我身のうへと︑
かなしくのへになくむしの音も︑我身をとふらふたくひそと︑と
もになみたをなかして︑心にまかせぬうき身なれは︑かひなきい
のちなからへて︑二たひうつ︾に忌めにか﹀るはっかしさよ︒す ニキコセウてられまいらせて︑行うかりしおもひをも︑此若君に ﹂
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 なくさみて︑いま﹀てなからへさふらふそや︒若君をくしておはしまさは︑まつ身つからをかいして︑のちはともかくも御はからい︒﹂との給ひて︑なきかなしみ給ふを︑大臣殿も北の御かたも︑此よしをきこしめして︑いそきはしり皇恩ひ︑若君をいたきとり給ひ︑﹁いかに仰さふらふとも︑此若君をはやり奉るまし︒我等かいのちをめされて︑その﹀ちとりておはしませ︒若君にはなれたてまつりて︑命なから侍るへしともおほえす︒﹂とて︑いたきとめて︑出し給はす︒此よしを御らんして︑﹁たはかりてのほらん︒﹂ ニキ オとおぼしめし︑﹁さらは︑此たひはをき奉るへし︒ ﹂心やすくおもひ給へ︒﹂と仰られけれは︑みなくよろこひ給ふ事かきりなし︒﹁さらは若君に申をきたき事あり︒こしのきわへいらせ給へ︒﹂とありしかは︑大臣殿よろこひ給ひて︑﹁さらは御まいり候て︑き﹀給へ︒﹂とて︑御手をはなち給へは︑若君は︑二さうをえたる御人なれは︑これをかきりとおぼしめし︑たちかへり御覧して︑むつからせ給へは︑﹁とくくわたらせ給へ︒﹂との給へ ママ は︑若君︑御め︑をしのこひて︑まいり給へは︑玉の御こしのうちより︑御手をさしのへて︑﹁若君これへ︒﹂とて︑いたきとり奉 ニう ウらせ給へは︑御は﹀姫君も御こしの ﹂きはまて出たまふ︒﹁さて︑いかに︒﹂との給ひて︑姫君の御手をとりて︑ ホきりのすき 夢とのみおもひてきりのすき枕 けふあらはる﹀すかたとも見よとて︑うつくしきあまの羽衣とり出させ給ひて︑若君にきせ漏せ給ひて︑御めのとのかたへ︑﹁御かたみに見よ︒﹂とて︑をしいたさせ給ふ︒おとと︑北の御かた︑此よしを御らんとして︑ひめ君︑へんのつほね︑こゑくになき給ふ︒御こしひかりめいくとし
=二
東北大学附属図書館蔵﹃あめわかみこ﹄の翻刻及び解題︵勝俣︶
て︑いきやうくんとして︑むらさきの雲まいさかり︑天より花ふ ニ オり︑ゆらめき ﹂
わたり︑天をさしてそあからせ給ふ︒大臣殿は︑御こゑをあけて︑ る ﹁いかなにおに・きしんなりとも︑しゅしやうをたすけ︑此たひ
はかりは︒﹂と︑こゑもおしますなけき給へとも︑いなつまのひか
りのことく︑ひさしのうへにひらめきて︑なこりなくそあかり給
ふ︒みなくなけきかなしみ給ふごゑ︑天にもひ﹀くはかりなり︒
物によくくたとふれは︑みやうりやうのある月︑しゃかねはん
のなけき給ひしには︑はるかにましてそきこえける︒大臣殿︑北
のかた︑姫君は︑庭のいさごにたおれふし︑﹁今一めなりとも︑若 ニし ウ君を見せたはせ給へとよ︒それかなふましくは︑ ﹂
身つからは命をめし給へ︒﹂と︑なきかなしみ給ふ事かきりなし︒
姫君は︑御なみたのひまよりも︑﹁あな心うや︒此若君︑つねは︑﹃は︾うへ﹄とて︑うちあまへ︑なつかしけにて︑たちよらせ給
へとも︑よその人めのはっかしくて︑さらぬやうにてすこし侍り
しに︑いかにつらくおぼしめしけん︑くやしさよ︒﹂とて︑五たい
をちになけふし︑まろひてそなけき給ふ︒心なきも︑心あるも︑
これをあが拶みたてまつる︒大臣殿御あにくわんはく殿は︑さし ママ て御用の事有て︑入せ給ひけるか︑此よしを御らんして︑あわれ ママ ママ キ オにおほしめして︑内里へまいり給ふ天上にて ﹂
御物かたりのつみてに申させ給ふやう︑﹁世にはふしきなる事も侍
るそや︒かやうの事もためしある事かや︒けふおと﹀にても︑大
臣の乙姫をはしめて見侍るそや︒うつくしきなんと﹀も︑なへて あめ ホかは の事をこそ豊漁へ︒ことの葉におよはす︒すてに皇子御子のおよひ
給ひけるか︑﹁三さいになる若君を︑た﹀今天へ取てのほらせ給
ふ︒﹂とて︑大臣︑北のかた・は﹀ひめ君︑庭のしらすにたをれふ 一四
し︑なけき侍りつるふしきさよ︒されは︑かの若君た︾人とは見 ママ え給はす︑うつくしく侍りつるこそ︑ことはりなれ︒かたしけな キナウくもほとけの御子 ﹂
をまうけたまへるありかたさよ︒﹂とかたり給ふを︑御かとつく
くときこしめして︑﹁あなふしきや︒されはこそ︑しさいあり︑
あねをまるにえさせつることよ︒﹂とおぼしめして︑﹁おと姫た﹀
ならぬなんと﹀きこえしは︑まことにてありけるよ︒まるか心さ
しせつなれは︑た﹀人なりともくるしかるまし︒ましてや天の縛
縄御子のかよひ給ふなれは︑さこそうつくしくおはすらん︒﹂と︑
おぼしめして︑やかてせんしをくたされける︒﹁まことや︑内大臣
のおとひめ︑そのかたちすくれたるによりて︑天の雨若御子のか ニキよオよひ給ひけるとかや︒すこしも ﹂
くるしからす︒﹂とて︑﹁きさきにそなへ奉るへし︒﹂とせんしをく
たし給ふ︒大臣殿︑﹁こはいかに︒若君にわかれ奉て︑いまよにあらんとおもふにこそ︑せんしもおそろしくおもひ侍らん︒そのう
へ一かたならぬなけきある人を︑﹃た﹀いまきさきにたてん︒﹄と ママ こそ申ましけれ︒およそあねをまいらせて︑おさまらぬこそ︑め ママ ママ んほくなく︑くちおしく侍るに︑﹃いもうとまいらせたり︒﹄とい
ママ われん事も見くるし︒﹂とて︑御返事をさへ無給はねは︑御かとき
こしめし︑ことはりとおぼしめして︑﹁さらは︑まるかくらゐをす ウへりて︑内大臣のさとへゆきて︑心のま﹀にとりて ﹂
みん︒﹂と仰られ︑帝号のさ﹀へもましまさぬ御身にて︑御年升七
と申に御くらゐをすへり給ひて︑御おと﹀の春宮に御代をゆすり
給ふ︒すてに大臣殿へきやうかうならせ給へは︑姫君は︑﹁夢みか ママ とゆへにこそ夢人にもすてられ奉いとをし︒﹂と︑﹁若君にもはな
れ申事︑ひとへに御かとうき事﹂とおぼしめし︑しつませ給ひし
御事なれは︑﹁我身はち﹀にくたかれ申とも︑したかひ奉るまし︒﹂
と仰有けれは︑御かと︑ほいなくおぼしめし︑くわんかうなり給
ひけるとかや︒さる程に︑今の春宮と申奉るは︑御としは升三に ニ ニオそならせ給ふ︒御みめかたち︑御かとよりも ﹂
はるかにうつくしく︑御心はへも一しほめてたくわたらせ給ふ︒
せんわうは御おもひにならせ給ひて︑ひたそら御なけきふか﹀り
けれは︑つやくく御も御らんし入させ給はす︒よるのおと﹀に
のみこもりいらせ給ふそ︑かたしけなき︒さる程に︑春宮は︑志しれす此姫君の御ことおぼしめしけれとも︑さきの御かとにおそ
れさせ給ひて︑若いうにも出し給はす︒したもへのけふりに︑御
むねをのみこかし給ひしか︑いまのしこくを侍えさせ給ひて︑御しうとの中三殿して︑きさきにたてまつるへきよし︑せんし ニ ニウ ﹂
あり︒中くき﹀入給ふ御事もなく︑おもひにはうしたまふ︒せ
んしはたひくありけれは︑すてに八月の事なれは︑﹁御なけきは ママ わたくしごと︒わうとのすまいにてありなから︑たひくの御か
とのせんしをかへし申さんこと︑そのおそれもいかならん︒又︑
雨若御子の文にも︑﹃春宮にちきりふかくて︑此世の人とはむまれ
給ふ︒﹄とあそはし侍れば︑かくておはすへき縦ならす︒はやく ママ まいらせ給へ︒﹂と︑御あに中潜さいしゃう︑とりくにいさめ給 ママ ママ へは︑大臣殿も︑﹃ことはり︒﹄とおぼしめし︑御うけおそ申させ コアエニオ給ふ︒御かとはかきりなく ﹂
御よろこひあり︑﹁やかて︑けふあすにも︒﹂と︑おぼしめしけれ
とも︑ふるきみかとのおほしめさん御こともさすかにて︑十月十
三日にそさため給ひける︒ひめ君は︑此程の御おもひに︑みたれ
かみをさへとりあけ給ふ御こともなく︑うちやつれ給ふ御すかた︑
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第三八号 いと﹀うつくしく︑あたりもひかりか﹀やくはかりにそおはします︒此たひは︑大臣殿も︑北の御かたも︑御心をつくして︑御したてとも︑画く申はかりなし︒ひめ君は︑いまさらおぼしめしいたすことおほくて︑御なみたはひまもなし︒すてにその日にも ニホ ニウ成しかは︑﹁わさとひるなるへし︒﹂と︑せんし ﹂ありけれは︑せんしのま﹀︑ひる午のこくにそ︑御まいりあり︒ ママ うしかい︑みすいしん︑﹁我もく︒﹂と身をかさり︑御車二十五 れうやりつ﹀け︑くきやう・天上人のありさま︑たとへんかたも ママ へなかりけり︒やうく内里へまいり給ふ︒人も︑﹁御けしき︑われもく︒﹂と︑おひた﹀しくそきこえ奉る︒﹁わさときちやうもあるへからす︒﹂とのせんしにて︑なんてんのひろひさしにて︑御かと御らんしとをさせ給ふ︒八十四人の女はうたち︑けふの御しやうそくの衣まても︑心をつくして︑したて給へは︑申はかりもな キ オかりけり︒御かと ﹂は︑﹁わさとさきの御かとのやうに︑たはかられやせん︒﹂とおぼしめして︑ひろひさしより︑御覧しとをされけり︒比は十月十三日の事なれは︑ひめ君の御しやうそくには︑もみちかさねの十五に︑ことにいろこくてりたるに︑うす物のかいねりに︑なてしこにまつをあをく花やかにかさねて︑りんたうのおり物に︑ちしほの御はかまふみく﹀みて︑十ゑの御あふき︑さしかざし給つるに︑すこしはつれ給ふ御かほっき︑さしあゆみ給ふ御すかた︑たとへ ママ んかたそなかりける︒﹁天の雨若御子のまよひ給ふもけにことはり ニチ ウかな︒﹂と︑ ﹂おぼしめし︑﹁天人なとのあまくだり給ふか︒﹂と︑御心もあくかれ︑たとへんかたなくおぼしめす︒姫君は︑た﹀いにしへの事おぼしめし出て︑御むねのみあくかれて︑御なみたそもれ等流ふ︒
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