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英語の等位接続構造について
一・ サの自成的表現と他成的表現一
英文科研究室 東 信 行 幅
(1970年11月2日受理)
1 序
英語のand始めとする等位接続詞によって構成される等位(接続)構造は,極めて簡 単な構造のように思われる。例えば,andについて『研究社英和大辞典』は「一般に語・
句・文を対等につなぐ」と説明し,astatesman and a poet/pens and pencils/black and white bread/buy and sellという用例を与えている。また砂励5彦8〆5 N6ωμ!07Z4 1万漉oη鰐2は used to join elements of equal grammatical value という説明のあとに,
似たような用例をあげている。他の辞書や文法書の扱いも大体これらと変らないことが多
註1
い。 一般にCoordination as a process involves use of similar stmctures in similar ways.
などといわれ,その結果をXandYで表わすとすると, XとYは文法的に「同一」
の「構造」の構成要素であると述ぺれば,すぺて問題が残らないかのように思われる。
しかし,この「同一」とか「構造」とかいう用語で具体的にどういうものが指示される 筈であるのか,多少注意して調ぺると,そこにはかなり多種多様な表現が見られ,上述の 如き単純なとらえ方ですませてよいか疑問になる。例えば,次の(1)と(2)における conjunctsを注目してみよう。
(1) Firstly, to my wife, who did valuable work, 吻ゴη8,α4漉πg o, oηψ∫伽gプヶoη2 and 6乃66肋g the origlnal manuscript._−W. Stannard Allen, L勿∫η8 Eηg115乃 8徽6伽76.
(2) make history の定義:To 660r 40 something important enough to be recorded・
一砂 8ゐ5彦6〆5八彰ω 07♂41万6彦.2
上の方の引用文にみられるcopying, adding to, compiling from, checkingは,文中にお いて統語上同一機能を果たしていて,一つの等位構造体となっている。もっと詳しく言え ば,個々のconjunctsを作りあげている要素の違いはどうであれ,またそれらの素材の
「由来」はどのように相違するものであれ,この文全体におけるデザインの門題として は・同一一と認めることのできる機能上の位置,つまりi一格一i(functional place)を共有す
るという「等格性」を持っている。等位構造の本質とそれに関連するいくつかの間題は,註2
既に拙論(1969:Il8−127)で論じた。その上に立って,ここで問題にしたいのは,例え
ば,上記のadding to,さらにcompiling fromには, copyingやcheckingと比較して特
異性がみられないか,後者のcopyとcheckを文中の他の要素との関係,特にthe or三gi・
nal manuscriptとの関係で Verb とcategorizeするとすれば,同様に前者のadd to,
compilc fromを Verb として不都合がないであろうか。もしあるとすれば,どういう点
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に問題があるのか。また,(2)のbeとdoは,全体より機能的にみれば,或る一定のレ ベルで等格性を共有しでいるが,後続するsomethingとの内的関係においては異なってお り,両者が同じ関係をもつ等位表現と比べて,その等格性に差異をみせているのではない か。こうした問題を言語学的にどうとらえて,どう説明すぺきであろうか。従来,こうし た問題の所在をさえ十分に明らかにしたものがなかったし,また等位構造についての,こ れ迄の説明や記述がこの事象に十分対処できるものになってもいない,と思われる。
OED(s. v.!動4)によれば, andは lntroducing a word, clause, or sentence, which is to be taken 3ピ4θの5ゴ46ω 読,αJoη9ω励, or∫ηα44」 ∫oη o, that which precedes it・ の
働きをするとしているが,そこに示された多くの用例の中にも,今問題にしているような 種類のconjunctsを含む文は見当らない。同じように07の項にもこれに該当する用例は
● ● ● ● ●
見いだせないが,OEDの説明文とか定我そのものの中には,この種の表現が多く使われ
ている。現に上に挙げた説明文中のside by side with, along with, in addition toとか,
魚 の項にある As adve「sative conjunction aPPending a statement 60η αワ o o「伽o雛 1)α励♂8ω励,one that is nagatived. や Appending state皿ent whichゴ5 not 60η〃αびごo,
butゴ∫ηoり勉1000η∫oη朋 ω∫漉, or乞∫60η 7α∫ 64ω拗, that already made・ の中のイタリッ ク体にした部分は,こうした種類のものである。
後であげる用例にみる通り,こうした等位表現が英語の,特に論理的な書きことはに多 数現われている。これは考察に価する問題を含むと考え,この小論では,特にphrase level 以下の等位構造について用例を相当数検討楚理して,諸問題を明示し,より一般的に言語 現象を究明する上に役立つような観点から,これらを説明する予定である。
皿 等位接続構造の諸問題
芙語のandを代表とする等位構造についての,上にも触れたような,伝統文法のin・
forma1な説明は, Chomsky(1957:35−37)によってformalに規定されたと一般に考え
られており,その後の変形生成文法(TGG)内での相当な修正にもかかわらず,基本的 〕3
lえ方は変わっていないようである。その.規定は次の通りである・
〔1〕 If 31 and 82 are grammatical sentences, and 5「ユdiffers from 520nly in that X appears in 31 where Y appears in 52... and X and y are constituents of the same type in 31 and 32, respectively, then 33 is a sentence, where 33 is the result of replacing.X by X「十απゴ十yin 5 1・…
即ちZ十X十WとZ十Y十Wの二.つの文からZ−X十and十Y−Wが生成されるために は,(i)XとYが我々の用語で表わせば「等格性」を有していること,σi)さらにXと Yが現にそれが関係する文の構成要素(collstituents)であり,しかも同じタイブのもの
註4
であることを必要とする,という規定である。
この規定は,一応妥当なものであるが,英語における実際の等位(接続)表現をみると き,多くの究明されなければならない問題を残している。当面思い付く主なものをあげれ ば次のようになる。(a)変形文法内の修正やDik q968)の批判において同題にされてい
ることであるが,等位接続詞を含む文は常に2文から導かれると考えてよいかどうか・例
えば,訴and〔§〕were felt as one and the same thing_.−A. S. C. Ross, Eりηηo!ogγ./
Repeated and nonrepeated materia玉in English sentenccs are treated quite differently.
芙語の等位接続構造について 91一
一Lila R・GleiIman, Coordinating Conjunctions in English. などの文は,2文からの連 結変形は考えらない・2文が連結されたものとして考えることのできる等位接続構造文の 場合と異なり,こうした文に関与する動詞,形容詞,副詞(句)には共通または類似する 意味(相互性〈Reciprocity>とか一体性<Unity>といったような)が感じられる。また 証5
ハの統語特徴として・この種の等位構造体は主に名詞句であり,そこには我々がこの小論 で論述しようとしているような表現(「他成的表現」)がみられない。(なお,日本語に 直す場合はandを常に「ト」で表わすことが可能であろう。)C£:Of the three defヒ距 dants...,two were respectively president and secretary of the... Society.〔OED〕
(b)次にBecker(1967)の批判の対象になっている問題,即ち・constituents of the same type はもっと厳密な規定を必要とするということ。これには二つの方向で深められ
なければならない課題がある。(i)一つはX と Yの fbrm あるいは grammatical function が同一であるというだけではconjoinされるとは限らない。 Tagmemic apProach から・XとYはそのgrammatical fbrmとmeaningが identical である場合に・K−equiv一 alent (co両oinable)である,とする一つの解決策が示されているが,まだこれでも不十
註6
分である。拙論(1969:121−2)で明らかにしたように,顕在するcorjuncts XとYは,
潜在的にはparadigmatic relationにあるのであって, cor噸oinabilityの問題もparadigmatic relatiOnS(あるいはassoCiatiVe relatiOnS)の究明という大きい課題と密接な関係をもって いる。(ii)もう一つは, conjoined elementsのxとYは, John stepPed into the water oα7⑳1砂andω」 加麗αω074〔Becker〕にみられるように, d三ffbrent fbrms でもありう るが,英語の等位接続表現にどの程度の多様な形がみられるか,ということと,(iii)そ れに付随して of the same type をTGG流に dominated by the same node in a phrase structure tree としても,例えばlfloated and he swam across the lake.〔Becker〕のよ うな文が説明されず,さらに引用(1)のcompile f沁mの扱いに困ることになるが,こ れらの種類の表現は英語では特殊なものとしてもどの程度実際に行なわれているのか,を 記述し,それを言語学的に説明すること。既述のように,これが小論の主な課題である。
(c)さらに等位接続詞として認められるものが英語にはどれだけあって,それら及びそ
れらのcorjunctsは相互の統語的・意味的特徴においてどう異なるか。例えばFrles(1952:サ 94−95)はGroup Eとして幾つかの語をリストし, butはconnectorとしてadjectivals
(poor but honest)やadverbials(slowly but carefully)と一層普通に用いられる,といっ た注意をしている(玉崎1968:135−6参照)。
(d)Francis(1958:361−2)が elllptical structure と名づけているもの,例えば1 1ike fresh fish not salted/he told John to come at ten and Bill at noon/can any words be taken out of any of these parts and other words ffom other parts substituted fもrthem P−A・E・Darbyshire,魚67 」585♂η五初9κ∫3 ピ63.にみられる等位構造に関連する 省略を究明すること。Francisは,こうした場合,省略が考えられるのは同じ構造での既 出の語句に限るとし,fresh not salted行shにおいては〔ffesh not salted〕£shと分析さ註7
れて省略を考える必要がないと述べている。しかし,問題がなお残っているように思う。
というのは,afresh not a salted Nにおいては a fresh や a salted に統語論上も意味論
上も殆どまとまりが感じられないことから,afreshの後にNの省略を考えたい。こうい
う種類の省略を, regressive ellipsis (逆行省略)と呼び,上述の progressive ellips三s (進
■
■
@ ピ
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行省略)と呼ぶぺきものと区別する。こういうellipsisとしては後者が本来的で前者が派 生的である。類例をあげるとThese men_need to be trained not only∫η5碗η 那6 but漁加ηzαηterms.−C. P. Snow,丁加丁ωo(勉1 膨83./At one pole, the scientific culture really is a culture, not onlyゴη{z/z伽 6」160伽α1 but alsoゴηαηoη魏7ψoZog 6α1 sense.
一1∂詔,またThese violations of linearity condition incidentally show.・. the incor・
rectness of the claim∫加彦ヵんoηoJo紗oαη(or, even more unaccountably,漉α彦露ηzπ∫のbe
.
b≠唐?п@on synonymy...._Chomsky, Current Issues. /... he has not even touched
on the idea of generating a language, i.e. specif夕ing ω乃α α76 and ω乃α α7θ ηo the 註8
grammatical sentences of that language・−McCawley, in L伽9翅9844・No・3・P・559・に みられるものも,こうした syntactic clipPing と・考えてよいと思うが・ここまでくると,
Chomskyが conjunction crosses over constituent boundaries に該当する例としてあげた John e切oyed and my friend liked the play・(NP十verb十and十NP十verb−NPの形の連 鎖)とカ3gE。。n wi・h・hi・typ・・f pe…i丘ca・i・n, 乃・・蜘・∫諮・・,・nd 乃・剛ψ乃・・∫・
60η 6η嬬∫π,the predicate.−M. W. Bloom丘eld, E∬の5αη4魚ψ10纏oη5./The vertica1 contrast...is a diffヒrence that would be discussed... as involving a distinction between
岬・伽・・」伽…ω乃励翻磁・nd♂ゐ…ωh励…備劾th・verb ph・a・e c・n・tL
tuent.−charles J. Fillmore, The case fbr case・ (c£:An apParent contrast apPears just in case the same verb may apPear∫o鋭8 翻θ5ωゼ彦んand∫o膨 珈65ω励oπ alocative
...complement.一乃猛)などを通って上記Beckerの例Inoated and he swam across the lake.にまで微妙に関連している。まだ明らかにされなければならない問題を残して いるが,上述のregressive ellipsisという考えによって或る程度説明が付くと思う。 Re・
9・essive ellip・i・の複雑な夢Uを追記しておく・N・ca・eful・ch・du1・・f伽・4功・・・・…
・・卿伽帆伽・・・・…彦utterance・i・necessa・y・−G…g・A・Miller・ Th・P・y・h・1ひ
gi・t…nth…w・ci・nti・t・・f l・ngu・g・・ / R・ther in I w・uld・ath・・ i・an・d…bげ 塵伽∫∫θ,in・rather good げ疹η4げ厩 6 measure・−H・Sweet∴V・EO・・§347(これはand
をもたぬparatacticな文であるが,後半のin rather good の前後にprogressive ellipsis も行なわれて複雑になっている)/the 60η∫彦8η Zo∬げ014 and/b7ηz4蜘ηげπ8ωdiph・
thongs illustrate._the life and movement inherent in any spoken language・−E・E・
Wardale,」η1脇oぬ伽η彦o M翅」8翫9〜勅. C£:and where lt is necessary to distinguish・
長)rexample, y 4η4レrザ11αう18∫ω痂∫π 加1 f士om漉056ω痂勲αZ palatalization and labiovelarization, the additional concept of fbcus or fbcal point has been employed.一 R.H. Robins, General Linguistics in Great Britain l 930−1960!,(C£tmesis)
この(d)と関連して,respectivelyを含む等位文とこうした省略との結びつきはどうか,
という問題がある。例えばthe缶st and second prizes went to Mary and George・
み
E・脚切〔Webste〆∫ノ>ew World 1)ict.2〕はth・且・・t p・ize w・nt t・Mary・nd th・
second to Georgeと,またTraining colleges fbr men and women respect量vely are to be built at Leeds and Hull〔Hornby〕はAtraining college fbr men is to be built at Leeds and for women at HulLと書きかえることができようし,逆に上に引用したSweet
の文を.Rα伽〆s in 1ωoπ」47α 乃θ7 and in 7α彦ん67 goo4 are adverbs of de伽ite and in・
definlte measure, respectively・と改めることが可能である・
英語の等位接続構造について 93
(e)上述のellipsisが,例えばWhat s the ldea of giving it to him and not to us〜一 T・Rattigan,乃6 B70ω漉9玲73Joη.において,進行的に既出の語のすぺてに行なわれな いで,toが共通要素のまま残っている。同じことがconjuncts XとYにもみられ, Xと Yに共通の語あるいは形態素が全部「くくり出される」わけではない。ここに働く統語 上の制約は何か。単に文体上の問題にとどまらない。普通,英語では単語の中に組み込ま れている形態素は,conjunctsに共通していても等位構造の外には出せない。つまりm・r・
phologyがsyntaxに影響を及ぼすのである。(1)のcopying, adding to, compiling f沁m,
checkingにおける一ingと,(2)のto be or do…でのtoの扱いの違いに注目すること。
(C£:…do you think it is significant that they haven,t given China the important secrets of how to make theα o襯一and 1匹bombs〜−B・1〜π∬61!5妙64ん5、研5 M∫加L)またThere is little in them except the irresponsible carping of people who加06ηθ汐676θ8ηandη6び〃
6砂θ ∫ 066in a position of power・−OrwelL England Your England. において,前 のcol加nctをneverとhave+−enとbeの組み合わさったもの,後のをneverとexpect toとbeの結合と解すことができるとすれば,相異なる要素はhave十一enとexpect toだ けで,あとは共通であるが,beは勿論, neverもくくり出すことはできないであろう。
一般的に等位構造をZ(X+Y)Wで表わせば,上の文の場合X=A8C, Y=ADC,従って Z(ABC+ADC)Wとなるが, ZA(B+D)CWのようにすることができない。言語に数学 的公式は中々成立しない。TGG的に生成の順序を問題にすれば,2文の連結変形は,そ の各文が表層構造に展開された後で行なわれなければならない,といえよう。
(f)等位構造内に入っている副詞(句)も複雑な問題を含んでいる。上のOrwellの文 におけるneVerも文法上COnjUnCtだけを修飾しているのではなく,いわゆる文否定の働 きをしている。以下の例にみられる副詞も文副詞と考えられる。However desirable, it would be impractical to attempt to acknowledge individually those many who have given us, and勿η昭妙ゴη∫ απ06∫continue to glve us, aid and advice.−Dav三d B. Gura夏nik, Fore一 word toレ施ゐ・ 3 jV6ω耳ゲorZ41万6 .2/Japanese skill in the handling and arrangement of theηz4 is extraordinary and produces adm三ration and o600∫ガoηαZウ606ηawe in Europeans.
一Edward T. Hall,乃8田読加D ηzθ2z3∫oη./There must be several dozell critical and aesthetic theor三es based on the assumption that su切ective pleasure and the specific response to art are, or develop f士om, or疏加α♂のbecome, the same thing.−N、 Frye,
・4ηα励り(ガα漉6ゴ∫ηz・/It s not that any of these patterns must orα伽のノ∫will be carried
over from childhood into marriage.−Benjamin Spock, Problems of Sex and Sex Role・ このように,特にphrase以下のlevelでの等位構造に文副詞が入っていると,そ の「等格性」が不安定になり,(d)で扱った(regressive)ellipsisのある文に接近してく る。なおまた,各cO切UnCt(の前)に対照的に副詞が置かれる場合(thiS i皿VOIVeS,ガ甥 identification with and,1砺7, hatred fbr the parent of the same sex, who is considered by the chi豆d as a rivaL−」01).)を除いて,こうした問題をもつ場合の副詞は,通常第
2番目以下のcorjunctの前に入る。第1番目のco切unctに先行する副詞は,一般的に,
そのあとのconjunctをも修飾するもので,等位構造の外にあるとみることができる。
(9)上に述べたことから,(f)における文のconjunctsのXとYが現われる順序を 入れ換えることは,もとの意味を変えることになるか,ungramrロa‡icalな文を作り出すこ
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とになろう。また(d)で触れたrespectivdyを含む文においてもconjunctsのイv;崖交換は・
Of the three defendants...,two were respectively president and secretary of the...
Soc三etメ〔OED〕のような場合を除いて,制限が必要である・その他の場合でも(例えば・
John stepPed量nto the water carefhlly and witbout a wordのconjunctsは入れかえると おかしい)このword・orderに関しては多くの容易でない問題が考えられる・
噛 (h)最後に,まだ残っている種々の問題の中で,英語のX+and十Yの構造分析は,
どうであるぺきか,という問題をあげることができる。これについても拙論(1969:123一 4)でほぼ十分に考察した,と思うが,language・universalに M1十co十M2 (M=・member・
co讃coordinator)の構造分析を次の①,②のどちらかに決めて・それで全く問題がないよ うに考える見方が強い(Dik I968:52−60参照)ので,少し付け加えておきたい・
、 ① MI co M2 ② MI co
@ i 【 【 1 −1一
M2
1 1
一一噛一一
一般的に言って,言語(及びその部分やそこに含まれる諸関係)は,ただたんにそこに あるのではなく,いろいろな程度に人間の認識の対象ともなる。他の判断基準に照せば,
正確には同じでないものを同じだと同定する。逆にこの同定の操作について,そう「認識 する」のであると同時に,そう「認識できる」要素が背景にあると述ぺることもできる。
しかも,注意すぺきは,要素や諸関係が「異なっている」と「認載できる」場合でさえ
■ ● ●
も,機能的に同じだとすることが起こりうることである。この二重構造化の可能性を忘れ てはならないと思う。M1十co十M2という構造体において,これを「等位」化されている
ものと全体的に広い視野から機能的に判断する限りでは,そうしてまたそう判断されるや 否や,①ではなく②のように分析することは正しい。またこうして始めて,文法記述 に有意的な,「従位」との区別が可能となることも事実である。しかし構造体内部におけ る単位要素間の結びつきの親疎は,枠をはずして,個々の単位に即しながらlanguage・
speci負c(さらに・connectorspeci負c )に調ぺてみる必要があると思う。同じように等位化 の働きをしている日本語の「ト・ヤ」と比ぺて,英語のandは明らかにM1よりもM2
との結びつきが密である。英語のandを含む構造体の,こうした機能と構造の二重性を 想定することによって,andが一個の言語単位(音声・意味複合体)として英語使用者に 意識されている事実を説明することが可能であろう。②の方式だけですぺてが考えられ
るとすれば,厳密にはM1十and十M2は常にM2十and十M1と等価である筈であろう。
ところが英語における実態は,感情的色彩を除いてもなお両者を等価と考えることができ ない場合が相当ある上に,andが他の形態と共に表わす,等位表現以外の種々のpa亡terns 例えばStir, and you will be shotなどにみられるもの迄加わっている(服部1968:318参 照)が,この見方ではこれらを統一的に説明できない。我々の方式によって始めて全体的 にとらえることができ,andの意味分析の結果提示されているand:〔(comb三nation)+
(accumulation)〕(国広1969 b:97)という見方とも旨く対応するのではないだろうか・
ともあれ,以上のような諸問題は相互に関連する面も多く,簡単にみえるcoordination は,言語学的に追究するとsubQrdinationに劣らず,ある意味ではそれ以上に複雑微妙で
あるφ
英語の等位接続構造について 95
皿 英語の等位接続表現の種々相
さて,上の(bii),(bi恥に述ぺた問題を検討することになるが,特に後者は,例えば 例文(1),(2)にみられるように,等位接続詞の働きによって定められる「境界線」が,
それを含む文において文構成上考えられた筈の構成要素区分線をいわば無視する形でひか れたり,関連するconjunctsが他の同一要素に文法機能上異なる関係を有していたりする 場合で,いずれもそれだけCO切unctionによる分節に無理が感じられ,従って「等格性」
が不安定になっている。これを別の面から,CO煽unctsとなる素材の由来に特異性がみら れる,と言うことも可能である。
先ず,他の構成要素と機能上は同一の関係でありながら,本来的に「晶詞」や「構造」
隔
ェ異なるconjunctsを含む例をあげる。
(A)(3) It is the mostη2α吻ηz副6α1かandη24 ゐ珈・oriented linguistic theory yet to appear.
一J.P. Hughes, L伽8π15 ゴ63ω4加㎎獺9θ乃α6痂π9・/The people in them believe in education exactly as my grandfather did, and fbr the same mixture of∫46α1魏げ6 and∂7θα4一αη4・∂観〃reasons.−C. P. Snow,7ゐθ7「ωo C物伽r85.
(4) The problem of determining what data is罎」醐う16 and o 乃6ρo∫η is not an easy one.−Chomsky, Current Issues. /Compounding the confUsion三s the fact that Dixon accepts theノ㌃6g鉱6πめ;6砂r85584 but g協6初 r6ゴピ61θview that the relation ofりηo尾γηり(・rdegree of synon)m))holds between two expressionsび(or彦o彦乃86κ㈱μゐαの毒hey have the same probability of occur rence in particular contexts.−Chomsky,7ψゴ05./If we fbrget the scientific culture, then the rest of western intellectuals have never彦7 θ4,ωαη 64,0r 666π α618to understand the industrial revolution....−Snow,7初o α1加765./
For these disciples use symbols which are oftenηo ρ70πoε4η08α{う♂θorρ70ηoπη6θ4 癖漉g76α彦4塀 π1り,.−Y. R. Chao,五απg襯86&8yη2∂01∫ 蝕5彦〃z5./...
the central characters are above our own level of power and authority, thought ωゴ彦ん勿読60ア46γげπα彦πγ6and∫πの86μ0506翅 r5 ゴ6諭η.−N. Frye,。4πα oηり げ07漉6」5肱/These mythsψρ6αZ∫η2舵64ゴα 6砂andぎηプね6凄7ηoん8αη2の∂760η彦γゴ・
6漉oπto an individua1,s paranoid belief in the imperf6ctability of human kind.
...−v.0 Neil, Foreword to N. R. Cattelrs 7偽θ〜》卿伽gJ勅07.
(5) Between them is another small door,80蜘η妙μ ゴηωん6η ゐ8乃o%3600π08吻4 and ωゐ∫6乃9あ830 68∬ oα琵妙んゴ彦oんθπ・−Rattigan,7乾81)8ψ β1π6 Sθα・
Cf.:You wish 07⑳7 oηz8 and/bプη〜6彦oη2αん6ηりψ666んbefbre you come
註10
to Fletcher〜−Rattigan,η16βアoね3痂η9陀75ゴoη・ ■
以上の(4)の例の多くにおいて,接続詞のあとのCOnjUnCtを他のCOnjUnCtと入れか えることは不自然と思われる。後に来るものが,意味上前のもののをいわば「意識」した 上での言い換え・激1汀・対照などを含みとすることが多く,形態的にも…・層重くなる傾向 がある。ただし,(5)のmathematicallyとmachineの場合は,むしろ統語的な理由から こうした順序になっていると見るべきで,そこではorientedのごとき過去分詞は〜1yの 形との結びつきの方がmachineのような名詞とのそれより一層本来的であるため,却っ
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てorientedから離れた位置をとることが名詞の場合より可能なのである。同様の見方が idealisticとbread・and・butterのco切unctsについても当てはまる。また(5)においてもwhich が先行詞との関係を明示する働きを有するだけに,この場合あとに回ることができる。
次に動詞句関係のものをまとめてあげる。最初の2例は「構造」は同じとみるべきか。
(A) (6) The continuation of French language and French influence at court does not mean that no English literatureωα∫66」η8・or加466θηwritten, but it suggests.
...− v.F. Bolton,』S伽撚助げ加67αりl Eη8・/…this book∫5ηo and αηηo彦56 a panacea.−J. Aurbach 6 α」,7 r4ηげb7鷹α ∫oηα1σr./cf:
Everyone believes in his heart that the Iaw 6α氾66,0μ8窺 06θ, and on the whole,ω〃ゐ6 impartially admin三stered.−Orwell, Englan(L Your England. //
National pride both/b5 θr3 and歪5/b5 θr64のρ0536∬ oηげanat五〇nal lan一 guage, as the artificial and politically stimulated rev五val of Erse in Ireland and Hebrew in Israel has demonstrated in our day.−W. N. Francis,丁乃6 Eπ8あ3乃Lαπ8/ In the natural sciences theseα76 and乃α08うθθηand{z7θ1猛6ζγ
, 060η伽π8 06θheroic days.−J. R. oPPenhe三mer,1)70ψ60彦3勿彦ゐ6オ7彦5 αη4So伽6θ3./General American dialect J5πo , and∫∫鴛o面η θη4θ4 068, the
窒奄№?煤hdialect._Aurbach,7}αη∫. Gア./This variety can have nothing to do with the fbrmμγ5θexcept in the trivial sense that fbrms加び8, andα78 r6009ηた64 oんαη8, precisely this kind of variability of reference・..・−A・
Mclntosh, Graphology and Meaning. /Such infbrmation is particularly valuable when syntactic difFerences 607プ8Zα θ, or 7ηの26θ 乃o〃g勉 0607rθ1α彦6,
with differences in posit五〇n, intonation, or punctuation.−S. Greenbaum,
3伽4ピθ5勿Eπg∠4ゴo.乙肋g8./This is apparently what an analysis on the basis of hierarchies of ICs of a larger body of materia1_げ∫6雀ρ66 綴彦o and 406∫accomplish.−Chao, Lαπgπα88.
最後の例文では形の上では軽いと思われそうなdoesがあとになっているが,強勢が置か れるから,むしろこれが自然な順序であろう。
次は,「品詞」としては同じ動詞であるが,文法機能上「自動詞」と「他動詞」に分か れて,いわばそれぞれを代表するbeとdoがconjoinされている例である。既出の(2)
にみられるもののほかに,
(B)(7) rival の定義:person who competes with another(because he wants the
註11
same thing, or toう60r 40 better than the other).−Hornby,.4五DOE.
をあげることができる。(2)の場合は,後続するsomethingは「補語」,「目的語」と いう機能範疇化以前の「名詞」のレベルでとらえられており(C£:those who kept their English holdings soon 686αη36 EηgZ勧because there was no longerα御,塀ηg else fbr them
一
狽盾薰U.−Myers,η16 Roo彦3げ・Mo48rηEη9.)(7)の場合は,「補語」または「形容詞」,
「修飾語」または「副詞」という区分以前の,ある統一的単位として.とらえられている9 更に「中間動詞」の代表格のhaveが加わって,等位構造を形成している場合がある。
(B) (8) You eat, sleep, play, love, study and pray so that you can 40,6θand加06 more of that which makes for greater pleasure_agre昂ter sense of fulfill一
英語の等位接続構造について 97
ment。−Dan Custer,η18ルf勿618{ヅM∫π4 Poω8監/Each one of us can map his own destiny... as to what he wil1んω80r 400r 6a一乃鼠 以上のような文がgrammaticalなものであるとすれば,従って文法が他のすぺての文と 区別なく生成すべきものであるとすれば,現在のTGGのやり方ではこうした文をも十分 に生成できないのではないか。皿(e)で生成の順序を問題にしたときのことから言えば,
2文から連結されたと考えられる等位文は,もとの2文がそれぞれ十分に展開されてから ¶
でないと連結変形が行なわれるぺきではない。ところが,(B)においては動詞句VPが動 詞Vを下位範疇化した規則によって展開されてしまったのでは具合が悪い。この矛盾を
ある程度解消する方法として,ここに recategorization (再範疇化)とか neutrahzation
(中和)とかの考えを持ち込むことができるかも知れない(Lyons】969:282参照)が,
語彙面だけでなく統語面のある部分にさえ,交差する規準を適用しなければならないので 註12
はないか(Quirk l965参照)。類例を追記する。
(B) (9) ...and in terms of the general law we can then pred三ct what comb三nations of such entitiesω〃う8,0rω〃74}76∫8η , gramatical sentences.−EP. D三neen,
ノ4η1窺704協ゴoη oσ6ηθγα1Lfπg厩s彦げ &/For it will seldom be the case that the apPropriate ref℃rence is to any particular experience that I eitherα〃〜, or
7伽伽う〃・hav三ng・−A・J・Ayer,7乾8 P70616加qプノ動oω164ga 祠
次に問題にするのは,我々が最も強く論じたい場合に当たるが(1)のadd to, compile fromにおけるように主として「前置詞」を含む等位構造体である。英語において,本来 的には名詞旬の前に前置詞が立つ。しかし,現在の英語では前置詞がその働きのいくつか
に「後置詞」的現われ方を示し,それが構造分析に微妙な影響を及ぼすほどになってい 、
る。例えば,alot lゾ(・=much・many);acoupleげ(==a few, several);no end〔ガ(・=
considerable);come認(=reach, atta量n);100k/b7(・こsearch;expect)などにおいて, no end Iげbooks;look l力r a jobとあるぺき本来的な分析を「誤って」no endげ1 books;Iookプbアlajobと分析する。この現象を乾氏(1961)は syntactical metanalysis
と呼び,「ある構文環境において,それぞれ同意語的な形容詞・他動詞との対照や連想に よって行なわれた類推が根本原因をなしているであろう……」と述べておられる。具体的 に例示すれば・who are you speakingげP/the things that we are sureσ/these you must believe鉱などいわゆる preposition at end に当たる場合とか,受動態 (I was spoken渉o by a stranger.)などにみられる。これがもっと進んだ例としては, the book which I had read some(ゾ/the report which I wrote to you∫ηプ68αプ♂彦oなどがあげら れる。これらは後述する「他成的表現」に属するが,同じく形の上では後置されたもので あってもall the world ooθア/pray you, hasten Your generalsψ6A−Shak.,オη彦.απ4 α80・などは,別種の表現例であって「固定的表現」と呼ばれるべきである。〔以上の例 は,清水護編『英文法辞典』(1965)より〕
以上の現象の背後にあるものと関連して,次にあげるようにconjunctsを構成する最後 の要素として前置詞が用いられる表現が行なわれる。
(C)(10) And just as there is nothing which the philosopher cannot consider philosoph・
ically・・. so the critic should be able to 60η5 7π6 and 4ω6!」加aconceptua1
ゴ
u
98 茨城大学教育学部紀要 第20号
universe of his own.−Frye,」〃α oηり./The fヒeling for language... comes 丘om♂麟8厩π8》o and 78α漉π9900d language and literature・−Aurbach・7}碑5・
0A/context==that which 16αゐψ彦o and/b〃oω5 andミρ86哲8∫the meanlng
of a particular expression.一 ∠12ηθア∫αzπ11診ガ α9θ1万6ム
(ll)We are enabled to see the general import of the issue and at the same time to be both 4∫∫如π084プンoη2 andゴηψ1ゼ 魏4ぎη三t as human be五ngs.−Bloom・
且eld, E∬の5./... adoptio血from other languagesηα勘θ o, or 6ro%g乃彦∫η彦o,
the American continent....−W. A. Craigie, Tん6070ω んげオ㎜. Eπg./He is撚ηzピπ顧π1(ジ 06Z功fo〃5彦o, his power to direct his own ship of hl飴....一 Custer,、M加6Z8./Most of the present English dialects are so isolated呈n their development and so given over to disintegrating influences as to be, on the whole,」6∬60η5θπα励8 加ηand g6η6rαZ γぎψ7ゴ07 o the standard dialect.一 Sweet,乃61%伽びげLoπg雌g6。/The familiar arguments to the effbct that democracy is ゴπ56伽3αη28α5 or ブπ∫ α5加4α∫ totalitarianism never take account of this fact.−Orwell, England Your E. ,/The English diphthong ou... starts with a tongue・position∫η440αη 6げand∫oηzθω乃認Joωθγ んαπthat 一 〇fcardinal o....−Jones, ∠{π Ozご あηθqブEη9L Pゐoπ6あ6∫・/Ihave expressed
o
Dessent三a11y this same opinion o物ηψoプαηθoπ∫ヶω伽and伽4ψ6η4θη吻{ゾLamb.
...− v.L. Cha免, Review of伽伽6げ3彦rα彦那6伽ηα」Or./_they do not face the problem of presenting the system of generative rules that assign structural descriptions to arbitrary utterances and thus embody the speaker,s oηψ6娩6θゴηandんπoω16496げhls language.−Chomsky, Current Issues. /In the situation of the artist today there are both απαZogf85 o and 頃が8r6η685/}oη1 that of the scientist._−Oppenheimer, Pro功60 5./typology
=5拗・ゾ…吻・∫5・7・♂α・ψα伽ゐ…4・ηtyp…一確・65納N6ω0・Z」θ一 8漉Dゴ6∫・7
以上の用例をみて,(A)の場合とは多少異なることは,cOI加nctsの位置交換が大部分 可能であることのようである。ところで(Cll)中のOrwellの文にある引用符つきの corOunctsによく示されているように, asまでの所で発想上は一応predictableなまとまり
をなすとこれらの多くは考えられる。勿諭,本来的統語構成は,…selnantic differences in the relationships between suhjects and verbsαγ6げ6κα66夢〃診θ5αηz60ア協7 and 6幼必露 彦ん63卯28θκ θη彦qブむα7ゼ6ウas can be found fbr the other case・−c・J・Fillmore・ The case
for Case. のようにasの前に切断が来るようになされるぺきである。同様に…Francis
has written the book in such a way that the serious reader will come away withα6θ 67 麗46ア5如η4げπ8〔ジand碗αω話6η64∫η 6プ65 ゴη, the English language.−L. F. Nilsen,
Review of Francis sη16 Eπ8. Lαπ9.のようにではなくて, … they should not rest content with less than an understanding, so far as it can be achieved,げhow the present situation has come about,−B. M. H. Strang,」研3 oぴ≦ゾEη9・に見られるように,前 1岸詞の前に分節点がおかれるのが,英語本来の統語形成である。一方・辞書の定義,例え ばbehead=・cut off the head of あるいは慣用語の提示とか定義,例えばon behalf of
英語の等位接続構造について 99
== 唐垂?≠汲奄獅〟@fbr ;in behalf of・= in the interest of に典型的に示されているように,発想
上は(ということはparadigmaticまたはassociativeには,ということである)前置詞ま でのところでむしろまとまりをもつ場合があり,これが英語の構文上本来的な断続を「無 視する」形で「異分析」的に表現上定着したのが上にあげた諸例の等位文である。英語の SyntaXとSemantiCSの交差・競合現象といえよう。既述したようにこの種の等位表現が最
もよくみられるのも辞書においてである(ただしその用例にではない!)。また特に論理 的な書ことば(「論理言語」)に多く見いだせるのであるが,その「発達」に辞書の定義が ある程度関与していることも考えられる。躍6∂蜘〆5丁肋4N6ω癬67π罐oηα1 D傭oηαり・か ら1例をあげる:nativist=¢加痂g疏60乃〃α 認5彦f65娚o「∫吻oグ励9 Political nativism・
上の諸例よりも複雑化し,「まとまり」が弱くなる例を列挙しよう。
(C)(12) The theory of competence_ can at the present stage of knowledge雄σω
ηo ⑳ゼ48η6θプテoη2 and ηzαん6 π0 4 766彦 60η〃∫6εご彦∫oη oωαr4∫ the study of the
mechanisms that may realize the mental structures_.−Chomsky,7bμ6&/ ,
In general, the technical definitions wereω7漉8π勿, or」ρ7ψαrθ4歪π 4げr60 60π5α1彦α彦づoπω励,Ieading speciaHsts in every field.−Guralnik, Foreword to
レ」ノθう・ 3 /V6ω 確07」41)診 ム2/Ido not think that linguistics has ever ∫ゐoωπ 976α 6r 伽 6γ65彦 」η, or gあ6η ∫o η2π読 乃ψθ 9ブ3π606∬ α , explaining facts of
such general import…・−R・P・Stockwell, Generative Gr. /They were preeminently words to do with those aspects of lifb which the Norman con・
querors had彦盈8ηoo6rノテoηz or 痂彦704π6θ4 o the vanquished Anglo・Saxons,
notably the law...._Bolton,∠l S乃07,1万5,.げ五げ,.翫g/a generative
descriptionωπ17げ66・ andゴη46846αηうθ漉oz69勉げα3θ4》」α動伽8,, the native 一
sl)eaker,s ability・… −Lyons, 1寵70・ o 乃θ076彦げ6α」 五fη9 / Obviously 疏6 んη・ω16496ρ7・4π6θ4妙彦乃8α7 5げ∫η・痂65σ膨α3,n・r 40θ3ゼ彦60ψ ω紘the knowledge produced by the sciences.−G. R. Walker, Art, Science, and
最後の3例では cor巾ncts のまとまりは非常に不安定で,上記(∬d)で説いたregressive ellipsisの例とみるべきであろうか。そこにあげたnot only勿α廊η 〃66彦παJ but also∫ηαη 翻んπψOJO9伽J S6nseに見られる ConjUnCtS は発想上も殆どまとまりを欠いたもので,こ れを本来的なprogressive ellipsisから類推的に定立される「他成的」省略と考えるのであ るが,合わせて本節の(C)の例を通してみるとき,英語等位構造においてくprogressive ellipsisによる表現→regressive ellips三sによる表現〜(C)型の表現←Chomskyの規定[1]
型の表現》といった図式で示せるような関係を確認できよう。我々は[1]型の表現を「自 成的表現」,(C)〔及び(A)(B)〕型の表現を「他成的表現」と呼ぶことにするが,次に 節を新たにして説くことにする。
W 自成的表現と他成的表現
以上のような規定[1]では処理できないandを中心とする等位表現は,どう原理的に 把えるぺきであろうか。TGGは言語におけるemic的要素あるいは関係のみを,始めか ら文法の対象とすることを考えており,その文法観と方法論的要請から,本質的にgram一
100 茨城大学教育学部紀要 第20号
matical・ungrammatlcal dichotomyを基盤としているが・そうした観点でこれらの表現を ungrammaticalであると片付けてしまうことは,英語(表現)の十分な理解のために望ま
しいことではないし,文法論の建設にもマイナスであると思う。ことば・言語において本 質的な意義をもつものを認識するためには,我々は, grammatiCaPとされるものを,も
う一度内容豊かで多様なものにし,これらの表現をも intragrammaticaP(内文法学的)
なものにする(拙論1969:98)ことが必要である。ここでは拙論(1969:104−9)に論述 したことば・言語観に立って,こうした言語現象にもっと明確にアプローチするための一 般的観点を提示する。
Jespersen(1924:18−24;1933:18−9)は,表現の種類を二つに大きく別けて, formulas
(or fbrmular un五t)とfree expresslonsと名付けている。前者にはHow do you do P You re welcome. Good・bye・などが入り,これらは全体としてある慣用的な意味を表わすもので,
通常その部分の意味の集合ではないし,音声面でも統語面でもすべて固定的である。これ に対し,例えばIgave the boy sixpence・ではどれかある語を強調したり,ある場所に pauseを置いたり,あるいは1をheで・gaveをlentで, the boyをTomで入れ替え
ることなどが可能である。Friesもこれらをそれぞれformulas, patternsと称し,言語・の 文は普通このどちらかによって作り出されていると考えている。Jespersenは,これを次 のように要約している(1933:18)。
While in handling formulas memory is everything, free expressions involve another kind of mental activity;they have to be created in each case anew by the speaker,
who inserts the words that fit the particular situation, and shapes and arranges them accord{ng to certain patterns・The words that make up the sentences are varlable,
but the type is且xed・
Grammaticalな表現をこのように2分するだけではまだ十分でないことを後述するが,
先ずこの大別は有効である。もう一度我々の立場で言い換えると・対象とする表現が,全 体として単なる感覚的確信の対象,即ち事実上与えられている特定の固体定項にとどま るか,あるいはとどまろうとするものであると見倣しうる場合,これを「固定的表現」
({ormular o7 fixed expressions)と呼ぶ(c£Lyons 1968:177: ready・made utterances ; Saussure l955:171: les locutions faites )。これに対し,現に与えられていると否とに拘 らず,規則的に入れかわる一定数の可能な場合の一つとしてこれを含むような構造,即ち
型と関連して,その一つの具体例,または実現と見傲しうる表現を「非固定的表現」と呼
註13
ヤことにする。例えば,等位表現についてみれば,pens朋4 pencilsやblack碑4 white
breadは後者に属し,これらはZ(X+Y)Wと・書き表わすことのできる「関数」の可変項 一
が個体定項によって充たされた例である。これに対し,pens, pencils碑4 融露ん8では andだけではなく conjunct の一つであるthe likeも同様に他との入れ代わりを許さず,
幽
≠獅п@the like全体が一つの固体定項にとどまろうとするformular unitになっている。
ここで注意しなければならないのは,言語においては,数学の場合と異なり,相対的な のが通則であって,絶対的規定を受けつけないことである。例えば, pensαη4 pencils,
boys 4η4 girls, blackαπ4 white, slowlyαη4 careftllly,… などはandを中心とした類群
であって,関数的にとらえることができるが,逆に例えばslowlyとcarefullyを「不変 化」的部分として,それを中心に510ωウand 6聯⑳」ウ,310ωウor 6〃⑳」ウ・(neither)510卿ウ
英語の等位接続構造についで 101
nor 64rψめち∫10ωO but α7⑳砺_ などの類群が考えられる。勿論,両者には大きな
違いがあって,後者は前者ほどdominantではない。しかし,後者のような類群が考えら 團
れることを忘れてはならないし,また,ここに,等位接続詞は語義をもつ,とする根拠も あるのである。さらにまた,固定的な慣用的表現と見倣されているものにもvariationの 幅をもつ,ある「表現定型」( schemata )に属するとみることができる場合がある(国広 1969a:70;Lyons l 968:178)。 Andについて言えば, again碗4 againのような「反 復」を示す定型の一例などがこれに当たるであろう。また言語表現の過程で「構造と機能 の可変的遊離」といえる現象が常に起こりうる(拙論 1969:114−8)。
ところで上でも触れたように,grammat三ca1な表現を固定表現と非固定的表現に2分し ただけでは,言語表現の本質的な諸相を認識するには不十分である。我々は後者の表現に も2種類あると考え「自成的表現」(autogenic expressions)と「他成的表現」(allogenic
註14
expressions)と呼ぶことにしたい。前者はemic的に把えられた言語体系の中心的型にそ った,あらゆる点で「自然な」実現と見倣しうる表現である。後者は内部に或る点で「異 質な」ものを含みながらも,前者に関連する,或る型やその表現群の支えによって定立可 能と考えるぺき表現である。前者が本来的・基本的であるのに対し,後者は派生的・類推 的と言うこともできる。非固定的なXand Yは, conjunctsとしてのXとYの可変項 に種々の語句を充たして,不変的なandを中心とした類群を形成することになるが,こ うした等位構造体を含む全体の中で,他の要素とも安定した関係をもち,それだけその conjunctsも自律性をもち,安定したもの,つまり自成的等位表現と,等位の構造あるい
は型の圧力または支えによって等位格を占めて,等格性を帯びてはいるものの,文の他の 要素との結びつきによってconjunctsとしてのまとまりを不安定にする要素あるいは関係 をその内部に含むもの,つまり他成的等位表現とが区別されることが,上にあげた多くの 例の検討を通じて十分言えよう。
以上の考えを1angueとparoleの2分割,あるいはemicとeticの対立に一応対応さ せる形で整理し,図式化すれば次のようになろう。註15
㎞9 ・ 血@ 「 pam㎏・甑 ]
: formula ←→ formular expressions 撃堰c…………一…一…… ………一・ 一・・ 一・・一一…1
c ,。tt。m1 _au、。geni, exp,essi。ns
……一
@…………・・・… …・・ \ allogellic expressionsl ,可
1 (pattern2) 」〆
P
●
ここで付言すれば,allogenic expressionsは型の支えによって類推・拡張的に定立する 傾向があるだけに,その型の影響を脱して,他の新しい型へ向かう可能性を一層強くもっ ている。他律性は,別個の他律性への移行のみでなく,新しい自律性への芽をもつことも ありうる。型も流動性をもつpatterningsである。一一般的に言って,言語の体系的枠組の中 でも構造的規則性が明白に認められる中央の部分と,それほどでない周辺の部分があるが,
後者は unproductive な古い残存形か,今後の発展が考えられる芽であることが多い。註16
102 茨城大学教育学部紀要 第20号
さらに等位表現と関連させて言えば,その他成的表現は,自成的表現に比して,分節度
が低く,自律性も弱いが,これは別個に文体的価値の問題としてみれば,分節度が低くな ■
るほど「卓立性」(prominence)が大きくなり,逆に「連絡性」(coherence)が小さくな る,ということであり(佐々木1966:104参照),従って,この種の表現はコンマの多用 を伴い(c£Chomsky l 957:36 fn.),論理的な文体の書きことばにしばしばみられる,と いうことになる。またいわゆる creative aspect of language use の問題として考えれば,
さきに引用したJespersen( free expre鈴ions involve another kind of mental activity;they have to be created in each case anew by the speaker_ )のいうcreativityについて
も,主に自成的表現に即した basic creativity in language use と他成的表現(の一部)に 係わってくる secondary creativity を種別すぺきであろう。言諸使用者としての我々は,
前者に「慣れ」切っているので,これをとくに問題にすることは少なく,通常creativity が話題になるのは専ら後者に関してである(拙論19δ9「三31,39参照)。「日常言語」に対 するのとは別のレベルで「論理言請」(上述のようにandを含む他成的表現はこれに主
として係わる)に対立する,詩などの「文学言語」における表現文体についても,こうし た面からの考察がなお必要である(c£poet三c licence)。
V 結 語
従来,辞書はその定義などには英語にみられる他成的等位接続表現を多く用いていなが ら,そうした用法に注意して,それ自体を説明の対象にしていない。英文法書においても 殆ど扱われていない,といってよい。つまり,この表現は intragrammatiCal になってい
一 ・
驍ニは言いがたい。
我々は,英語の等位構造とその表現の諸問題に一応触れ,その幾つかについて整理の方 向を提示した。その上で,等位構造の可変項を充たす個体定項に2種類の β11er variation
があることを明らかにしたが,それは自成的表現と他成的表現に識別できるものであっ 1 た。この種別は,言語…般にみられる固体的表現と非円体的表現に関連して理解されるべ きで,後者を構成するものが自成的表現と他成的表現である。こういう観点を定立できた のは,言語使用者にとって言語はどういう係わり方を示すかを問うことによって,言い換 えれば,表現に視点を置き同時に言語使用者の「タテマエ」を考慮に入れることによって 可能となったと考える。
上に述ぺたように,従来の辞書・文法書の扱いが「不十分」であった理由は,専らemic standpointから,等位接続におけるpatternのより自然な実現としての自成的等位表現に
しか注意が向けられなかったか,あるいはそれで十分であると感じて言語表現の「有り 様」を無視することになったか,のどちらかであると言えよう。(310ctober 1970)
主1.Wθゐs∫θ〆8丁雇ア4 Nθω1撹θ柳認oπα11万砿の扱いは他のものに比ぺて詳しい。
註2. 「格」は,Tagmemicsのいわゆる slot よりもう少し広く考える。
註3.Reibel(1969)の第2昌こ集められている諸論考を参照。
ヒ4.梶田(1969:31)に「冠詞のごとく等位接続できないものの方がむしろ例外的…」とあるが 次の引用例を参照:If such a theory is reali∠ed as an automation, this automatioll should be able to discover飾θ, orαη, adequate grammar for any human language