昭 和54年12月20日 687
原
著
TCBS培
地 に発 育 不 良 な コ レ ラ菌 株 に つ い て
厚 生 省 神 戸 検 疫 所 榊 原 久 雄 田 辺 巌 江 本 雅 三 (昭 和54年4.月17日 受 付) (昭 和54年5月21日 受 理)Key words: Vibrio cholerae, TCBS agar
は じめ に 1977年8月,マ ニ ラ市 経 由,ホ ー チ ミ ン市 よ り 来 航 し た 英 国 船``コ ー ラ ル プ リ ン セ ス"を 検 疫 し た 際,乗 客1名 か ら コ レ ラ菌 を 検 出 した.こ の 菌 は 検 索 時,ア ル カ リ寒 天 培 地 で 十 数 個 の コ ロ ニ ー が 認 め ら れ た が,TCBS培 地 で の 発 育 は 認 め ら れ な か つ た.そ の 後 の 実 験 に よ り,こ の 菌 か ら TCBS培 地 に 発 育 良 好 な 一菌及 び 特 に 発 育 不 良 な 菌 (Plate Fig.1)が 分 離 さ れ た. 発 育 良 好 な 菌 は 新 鮮 分 離 コ レ ラ菌 と ほ ぼ 同 様 な 発 育 を 示 す が,発 育 不 良 な 菌 は 長 時 間 培 養 が 必 要 で あ つ た. 今 回,TCBS培 地 に 極 端 に 発 育 が 悪 い 新 鮮 分 離 株 を 検 出 し た の で,そ れ ら の 詳 細 に つ い て 報 告 す る. 実 験 方 法 1)供 試 菌 株 患 者 か ら 分 離 した エ ル トー ル コ レ ラ 菌,KCP 242株,更 にKCP242株 か ら再 分 離 し,TCBS培 地 に 発 育 良 好 な 菌 をKCP242(K-2)株,発 育 不 良 な 菌 をKCP242(K-4)株 と し た. 対 照 菌 株 と し て,エ ル トー ル コ レ ラ菌,瀬 株,丸 橋 株(コ ー ラ ル プ リ ン セ ス の 他 の 乗 客 よ り分 離), J3株,J4株 及 びM11株(1977年 有 田 市 で 分 離),ME16株(1962年 御 影 丸 で 分 離),古 典 的 コ レ ラ 菌,NIH35A3株(NIH標 準 株,USA),H 218Smr株 が 用 い られ た 。 2)形 態 学 的 試 験,生 化 学 的 性 状 試 験,生 物 型 の 決 定 試 験 及 び 血 清 学 的 試 験 上 記 の 各 試 験 に つ い て は コ レ ラ 菌 検 査 方 法1)に 準 じ て 行 つ た 。 3)ペ プ ト ン水 に お け る増 殖 実 験 液 体 培 地 と し て は,pH7.2並 び にpH8.6に 調 整 した ペ プ ト ン水 を 用 い た.そ れ ぞ れ の 培 地 に 一 定 量 の 菌 を 接 種 し,37℃ で 静 置 培 養 を 行 い,6, 9,12,24及 び36時 間 後 に 菌 液 を と り出 し,普 通 寒 天 培 地 で 混 釈 培 養 し,生 菌 数 を 測 定 した. 4)ロ ッ ト 番 号 の 異 な るTCBS培 地 上 の 発 育 試 験 TCBS培 地``栄 研"と し て,Lot.No.NAOO4C, NEIl7A及 びNCO16Hを 用 い た.対 照 分 離 培 地 と し て,ア ル カ リ寒 天 培 地 及 び ビ ブ リオ 寒 天 培 地 "栄 研"を 用 い た. ペ プ ト ン水(pH7.2)に16時 間 培 養 した 菌 を 生 理 的 食 塩 液 で10倍 階 段 希 釈 し て,各 希 釈 菌 液 の 0.1m1を 各 平 板 に 接 種 し,コ ン ラ ー ジ 棒 で 平 板 全 体 に 塗 抹 し発 育 状 況 を 観 察 した. 5)TCBS培 地 上 の 発 育 実 験 各-菌株 のTCBS培 地 上 に お け る 発 育 状 況 を 時 間 を 追 つ て 観 察 し た.対 照 分 離 培 地 と し て は,ア ル カ リ寒 天 培 地 及 び ビ ブ リオ 寒 天 培 地 を 用 い た. ペ プ トン 水(pH7.2)に16時 間 培 養 し た 菌 を 生 理 的 食 塩 液 で10倍 階 段 希 釈 し て 各 希 釈 一菌 液 の0.1ml を 各 平 板 に 接 種 し,コ ン ラ ー ジ 棒 で 平 板 全 体 に 塗 抹 した.な お,本 実 験 はMiles & Mislaの 方 法2) に よ る 実 験 を 併 せ 行 つ た.こ れ に 併 せ て,37℃ 及
Plate fig. 1 Colonies of KCP242 (K-4) strain V.
cholerae on TCBS plates incubated at 37C. (This
strain was isolated from the original strain (KC
P242).)
After 24 hrs After 36 hrs After 48 hrs び30℃ に お け る 発 育 状 況 を 観 察 し た. 成 績 1)形 態 学 的 試 験,生 化 学 的 性 状 試 験,生 物 型 の 決 定 試 験 及 び1血清 学 的 試 験 Tablel及 びTable2に 示 した ご と く,本 菌 は エ ル トー ル コ レ ラ菌 と 同 定 さ れ た .た だ し,分 離 コ レ ラ 菌 か ら は カ ヅ パ 型 フ ァ ー ジ3)は 検 出 さ 才/ ず,非 溶 原 性 の コ レ ラ 菌 と 思 わ れ,他 の 菌 の カ ッ パ 型 フ ー ア ジ に も こ の 菌 は 溶 菌 さ れ ず 耐 性 で あ つ た, 2)ペ プ ト ン水 に お け る 増 殖 実 験 Fig.1に 示 し た ご と く,pH7.2,pH8.6の ヘ フ トン 水 に お け る 各 菌 株 の 増 殖 曲 線 を み る と,pH 域 に よ る 影 響 は 各 菌 株 に お い て ほ と ん ど 認 め ら れ な か つ た.し か し,KCP242株,NIH35A3株 及 びMEl6株 の 増 殖 は 培 養 後9時 間 に お い て,新 鮮 分 離 株 の そ れ と 比 較 し て 増 殖 が 悪 か つ た. 3)ロ ッ ト 番 号 の 異 な るTCBS培 地 上の 発 育Fig. 1 The growth of V. cholerae in peptone water
pH 7.2
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Table 1 Tests of morphology and biochemical activities
*
The strains of KCP 242 (K-2) and KCP 242 (K-4) were isolated from the original strain(KCP 242).
** F: Fermentative 実 験 Table3に 示 し た ご と く,3種 のTCBS培 地 で は 有 意 の 差 は 認 め られ な か つ た. 4)TCBS培 地 上 の 発 育 実 験 Table4に 示 し た ご と く,ア ル カ リ寒 天 培 地, ビ ブ リ オ 寒 天 培 地 に は 各 菌 株 と も18時 間 で 良 好 な 発 育 を 示 した.し か し,TCBS培 地 で はJ3株, 丸 橋 株,NIH35A3株 及 びKCP242(K-2)株 はTable 2 Differentiation tests between V. cholerae and V. cholerae biotype El Tor and antiserum tests
Table 3 Growth of V. cholerae strain on various TCBS agar (Incubated for 18 hrs at 37•Ž)
*: Each strain was incubated in pH 7.2 peptone water for l6hrs at 37•Ž, and 0.1m1 of each dilution
was inoculated into media. Numbers of organisms inoculated were 1.1 •~103•`6.9•~103 at the 10-5 dilution.
+: More than 1,000 colonies.
s: Small sized colonies.
c(+): Positivecolorchange.
c(-): Negative color change.
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Table 4 Growth of V. cholerae strain on various selective media
(A)
after 12 hrs
(B)
after 18 hrs
(C)
after 24 hrs
(D)
after 36 hrs
*: Numbers of organisms inoculated werel.4 X
103•`5.3 x103 at the 10-5 dilution. The other remarks were same Table 3.
18時 間 で 分 離 可 能 な コ ロ ニ ー を 形 成 した の に 対 し,KCP242株 及 びME16株 は 発 育 が 悪 く,小 粒 子 状 で 無 変 色 の コ ロ ニ ー の み が 認 め られ た.24 時 間 後 にME16株 は 新 鮮 分 離 株 と 同 様 な 発 育 を 示 し,36時 間 後 に 初 め てKCP242株 も そ れ と 同 様 な発 育 が 認 め ら れ た.な お,Plate Fig.1に 示 し た ご と く,KCP242(K-4)株 は さ ら に 発 育 が 悪 く,36時 間 後 で も微 細 な コ ロ ニ ー に 混 つ て,比 較 的 大 き い コ ロ ニ ー も散 見 さ れ,48時 間 後 に 新 鮮 分 離 株 の そ れ と 同 様 な コ ロ ニ ー を 形 成 した.ま
た,各 菌 株 並 び に各 培 地 と も,37℃ 培 養 の ほ うが
30℃ 培 養 よ り発 育 が 良好 で あつ た.
考
察
わ れわ れ が分 離 したKCP242株
は,形 態 学 的,
生 化 学 的 性 状 試 験,生 物 型 の決 定 試 験,血 清 学 的
試 験 並 び に薬 剤 耐 性 試 験 に お いて,他
の コ レラ菌
と相 違 す る こ と ころ は なか つ た.し か し,生 物 型
の決 定 試 験 で カ ッパ型 フ ァー ジを 検 出 しなか つ た
が,こ の フ ァー ジ はす べ て の エル トール 型 コ レラ
菌 で検 出 され る もの で な い3).ま た,本
菌 は 他 の
菌 株 の カ ッパ 型 フ ァ ー ジに よつ て 溶菌 され な か つ
た.従 つ て,こ の菌 は セ レベ ス 型 で な く,大 陸 系
の古 典 的 エ ル トール コ レラ菌4)と 思 わ れ る.
コ レ ラ菌 の増 殖 培 地 と して ,ア ル カ リペ プ トン
水 が 一 般 に 使 用 され て い るが,こ の培 地 に お け る
増 殖 実 験 で は,肉 眼 で は つ き り比 較 す る こ とが で
き る程,増 殖 の差 が 認 め られ た.増 殖 の模 様 か ら
み る と,KCP242株
は 新 鮮 分 離株 とい うよ りは む
しろ長 期 に 保 存 され た菌 株 に 似 て い る よ うに思 わ
れ る.
TCBS培
地 に お いて,KCP
242(K-2)株
は 一
般 的 に発 育 良 好 で あ るが,KCP242(K-4)株
は
極 め て不 良 で あ り,KCP
242株 は両 者 の 中 間 で あ
つ た.KCP
242株 はKCP
242(K-4)株
の 干渉
か,拮 抗 作 用 に よつ て 発 育 が 妨 げ られ,そ れ が発
育 の遅 延 を もた らす の で な い か とい う可 能 性 も考
え られ る.な お,こ の こ とは 遺伝 学 的 に解 析 され
ね ば な らな い で あ ろ う.
TCBS培
地 は コ レラ菌 の分離 に 欠 か せ な い培 地
と して広 く使 用 され,良 好 な成 績5)を 収 め て い る
が,今
回,TCBS培
地 上 に 発 育 しな い,ま た は発
育 の極 め て 不 良 な コ レラ菌 が存 在 す る こ とが確 認
され た.ま た,白 糖 を 遅 れ て分 解 す る コ レラ菌 も
検 出 され て い る6).古 い保 存 菌株 の 中 に は,TCBS
培 地 に発 育 しに くい も のが あ るの は よ く経 験 す る
と ころ で あ り,わ れ わ れ の 実 験 で も保 存 菌 株66株
中,18時 間 培 養 で発 育 不 良 で あつ た もの が38株 を
数 え て い る.
一 般 に コ レ ラ菌 の分 離 に際 して
,TCBS培
地 と
他 の分 離 培 地 との併 用 が す す め られ て い るが,検
体 数 が 多 くな る とTCBS培
地 のみ に た よ りが ち
で あ る.し か し,以 上 の事 実 か ら コ レラ菌 の分 離
に はTCBS培
地 のみ で な く,必 ず 他 の分 離 培 地
の併 用 が必 要 で あ る と考 え られ る.
1なお,菌 の発 育 を よ くす るた めに,TCBS培
地
組 成 の うち,抑 制 試 薬 を除 去 す る こ とは選択 培 地
と して の 意 義 を 失 う こ と に な る.そ の 含 量 を 変 え る こ とに よ り,コ レ ラ 菌 の 発 育 が ど の よ うに 変 化 す る か は,現 在,明 ら か で な く,今 後 の 実 験 に ま た ね ば な ら な い.ま た,こ れ ら の 抑 制 試 薬 と菌 の 生 物 活 性 の 関 係 の メ カ ニ ズ ム に つ い て は,保 存 菌 株 がTCBS培 地 に 発 育 不 良 と な る こ と と併 せ て, 更 に 毒 性 の 問 題 に つ い て も 検 討 を 加 え ね ば な ら な い. 結 語 コ レ ラ 患 者 か ら 分 離 さ れ た コ レ ラ 菌 で,TCBS 培 地 に 発 育 不 良 な コ レ ラ 菌 を 検 出 し た.こ の 菌 株 は,1)形 態 学 的 試 験,生 化 学 的 性 状 試 験,生 物 型 の 決 定 試 験 及 び 血 清 的 試 験 に お い て,他 の エ ル トー ル コ レ ラ菌 と 同 一 で あ つ た が,カ ッパ 型 フ ァ ー ジ は 検 出 さ れ ず,大 陸 系 の 古 典 的 エ ル トー ル コ レ ラ 菌 と 思 わ れ る. 2)ペ プ トン 水 中 で,他 の 新 鮮 分 離 株 と 比 べ 著 し く増 殖 が 悪 か つ た. 3)TCBS培 地 上 で 発 育 す る の に36∼48時 間 を 必 要 と し た. 稿 を 終 るに 臨 み,ご 指 導,ご 校 閲 を 賜 っ た 神 戸 大 学 医 学 部 微 生 物 学 教 室,堀 田 進 教 授,ま た 実 験 遂 行 上 種 々 ご 協 力 を 頂 い た 栄 研 化 学 株 式 会 社,榎 本 省 二 博 士,並 び に 神 戸 検 疫所,柳 瀬 敏 子 技 官 に 深 謝 い た し ます. 文 献 1) 坂 崎 利 一, 島 田 俊 雄: コ レ ラ, 微 生 物 検 査 必 携, 細 菌 ・真 菌 検 査, 第2版: 303-317, 1978.2) Miles, A. A., Misla, S. S. and Irwin, J.:
Estima-tion of bactericidal power of the blood. J.
Hyg., 38: 732-746,
1938.
3) 神 中 寛, 霜 鳥 翔 一: コ レ ラ菌 の 検 出 と 同 定, と く に 迅 速 診 断 法 と カ ッ パ 型 フ ァ ー ジ の 応 用 に っ い て,感 染 症 学 雑 誌, 45: 43-49, 1971. 4) 武 谷 健 二: コ レ ラ 菌 フ ァ ー ジ と ビ ブ リ オ シ ン. 日 本 細 菌 学 雑 誌, 28: 213-223, 1973. 5) 小 林 俊 一, 榎 本 省 二, 坂 崎 利 一, 桑 原 章 吾: 病 原 ビ ブ リ オ の 新 し い 選 択 分 離 培 地. 日 本 細 菌 学 雑 誌, 18: 387-392, 1963.6) John, P. and Graig, S.:
Cholera in Guam.
Symposium on cholera., 13-16,
1974.
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A Strain of Vibrio cholerae Showing Undergrowth on TCBS Agar
Hisao SAKAKIBARA, Iwao TANABE and Masami EMOTO Kobe Quarantine Station, Ministry of Health and Welfare, Kobe
A strain of V. cholerae isolated from a cholera patient found in Kobe was proved to have the
following charactristics:
1) The strain grew very slowly or was distinctly undergrown on TCBS agar which can well
support the growth of V. cholerae organisms generally. It took 36-48 hrs before the formation of visible
colonies (1-2 mm in diameter) . At earlier stages of growth (about 18 hrs after the beginning of
in-cubation at 37•Ž), the colonies had greenish tone, instead of yellowish tone as generally shown by the
V. cholerae organisms. This was due to the lack of ability of decomposing sucroce. However, after
24 hrs of incubation, the colonies became yellowish. The same statement was made as to the results
using peptone water. In general properties, this strain resembled those successively cultivated in
peptone wa.ter.
2) Since there are V. cholerae strains which can grow very slowly on TCBS agar, it is absolutely
necessary to use additionally other kinds of selective media, such as alkaline agar or Endo's agar, for
the purpose of primary isolation of V. cholerae from natural sources.
3) Other characteristics such colony morphology, biochemical activities, sugar decomposition
capacities and agglutinability against antiserum, etc. were essentially the same as those of typical
V. cholerae. However, no Kappa type phage was isolated. Based on these data, we regarded this strain as classical El Tor vibrio of the continental type.
