プライス・リーダーシップ〔1〕 : アメリカ自動車 工業を中心に
その他のタイトル Price Leadership [1]
著者 井上 昭一
雑誌名 關西大學商學論集
巻 24
号 3
ページ 167‑195
発行年 1979‑08‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00020937
関西大学商学論集第24巻第3号(1979年8月) (167)1
フ゜ライス・リーダーシップ〔1J
ー ア メ リ カ 自 動 車 工 業 を 中 心 に 一 一
目 次
I 集中度と両極分解
井 上 昭 一
I GMと非自動車部門(以上本号)
l
l[ 非価格競争と管理価格
IV GMの価格政策と概準操業度 結びにかえて
I 集中度と両極分解
小論は,アメリカ自動車工業界で圧倒的な市場支配力を有するジェネラル
・モークーズ社 (GeneralMotors Corporation,以下 GMと略称)による 管理価格の設定という超過利潤追求方式ならぴにプライス・リーダーシップ について論及することを目的にしている。
GMが自動車工業界で主導権,つまり価格設定権をどのように行使してい るかをみる前に,自動車工業がアメリカ資本主義経済,とりわけ同国の関連
・資材産業に占める比重の高さを表Iによって概観しておこう。量的・可視 的な一覧表は,多くの抽象的な言葉を費すよりもはるかに説得力をもち,雄 弁に本質を物語ってくれるものである。表Iから看取しうるように,自動車 工業は関連・資材産業の単一の最大の顧客として君臨し,いぜんとして死活
2(168) 第 24巻 第 3 号
,
表I 自動車工業の原料消費比率 (1929年と77年の比較)
! 1929 ¥I 1977 ¥ , 全 米 消 費 高
I 自動車消費高 鉄 鋼 20 叫23.6彩 9114万7000トン 2149万2000トン
アルミニューム 27.7 17.1 133億5500万ポンド 22億8000万ボンド 銅 ・ 合 金 14.6 13.1 61億9100万ボンド 8億1100万ポンド 鍛 鉄 53.9 82万6000トン 44万5000トン ニ ッ ケ ル 28.0 11.3 3億6000万ボンド 4060万ボンド 亜 鉛 4.5 30.0 110万6000トン 33万2000トン 天 然 ゴ ム 80 79.9 78万トン 62万3000トン 再 生 ゴ ム 72.1 11万1000トン 8万トン 合 成 ゴ ム 59.4 246万4000トン 146万4000トン
'
〔出所J:Wilfred Owen, Automotive TransjJortaion, 1949, p. 6, Motor Vehicle Manufacturers Association, Motor Vehicle Facts and Figures'79, p. 76 より作成。尚, ガソリンについてみれば, アメリカの自動車は1978年1年間 に約1100億ガロン (4億1600万キロリットル)のガソリン一ーアメリカの1日 当たり石油消費量の40彩にあたる1日当たり 720万バレルの石油に相当一一 を消費している(「日刊自動車新聞」 1979年5月17日号)。
現在G Mは,アメリカ自動車工業界で50数彩の生産シェアを有している。
ということは,上表の自動車が消費する資材のうちの少なくとも50彩強は G Mによって消費されているということになろう。
の 産 業 の 地 位 を 保 持 し て い る 。 た と え J.J.フリンク (JamesJ. Flink)や E.ロ ス チ ャ イ ル ド (EmmaRothschild)た ち が 自 動 車 工 業 衰 退 論 を 展 開 し
(1) ようとも。
(1) この点については James J. Flink, The Car C叫t釘e, 1975や Emma Rothschild, Paradise Lost: The Decline of the A如In必strialAge, 1973
を参照。
表llメーカー別乗用車生産台数とシェア \年次会\社\名、G M フォードクライスラーA M C その他合計 台数1%台数196 台数196 台数1%台数1%台数1% 1966年4,448,668 51. 7 2,425,442 28.2 1,445,616 16.8 279,225 3.2 5,761 0.1 8,604,712 100.0 1967 4,117,860 55.5 1,696,224 22.9 1,363,696 18.4 229,057 3.1 5,822 0.1 7,412,659 100.0 1968 4,592,114 51.9 2,396,924 27.1 1,585,591 17.9 268,514 3.0 5,477 0.1 8,848,620 100.0 1969 4,420,442 53.7 2,163,109 26.3 1,392,526 16.9 242,898 3.0 5,417 0.1 8,224,392 100.0 1970 2,979,248 45.5 2,017,152 30.8 1,273,455 19.4 276,127 4.2 4,146 0.1 6,550,128 100.0 1971 4,853,015 56.5 1,176,335 25.4 1,313,306 15.3 235,669 2.7 5,328 0.1 8,583,653 100.0 1972 4,775,344 54.1 2,400,871 27.2 1,367,354 15.5 279,132 3.1 5,504 0.1 8,828,205 100.0 1973 5,252,734 54.3 2,495,853 25.8 1,556,377 16.1 355,855 3.7 6,333 0.1 9,667,152 100.0 1974 3,585,513 48.9 2,205,245 30.1 1,176,662 16.1 352,088 4.8 4,996 0.1 7,324,504 100.0 1975 3,679,126 54.8 1,808,038 26.9 902,902 13.4 323,704 4.8 3,181 0.1 6,716,951 100.0 1976 4,891,982 57.6 2,053,799 24.2 1,333,402 15.7 213,918 2.5 4,792 0.0 8,497,893 100.0 1977 5,259,657 57.1 2,555,867 27.7 1,236,359 13.4 156,994 1. 7 4,777 0.1 9,213,654 100.0 (注) 1978 5,284,498 57.6 2,557,197 27.9 1,126,168 12.3 163,554 1.8 44,419 0.4 9,175,836 100.0 〔注J:44,419台のうち40,194台はVW・オプ・アメリカ社分である。 〔出所〕:井上昭ー・仲田正機・渡辺峻「経営管理概論」文理閣,1979年,177ページ。もし輸入車を含めると,1978年の販売シェ アは次のとおりである。GM47.7%,フォード22.9%,クライスラー10.2%,AMCl.4%,輸入車17.8%。
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4(170) 第 24巻 第 3 号
アメリカにおける産業集中は高度な段階に達しており,自動車工業も例外 ではない。それは主要産業のなかでも,アルミニューム業界に次いでその経 済力の集中度はもっとも高く (1978年には4社で99.6%,) 典型的な寡占状 態にある(表I参照)。 GM,フォード (FordMotor Co.)およびクライス ラ ‑(Chrysler Corp.)の3社による寡占体制が確立されたのは1930年代 初頭のことであり(表皿参照),大恐慌がアメリカ自動車工業における「分
(2)
水嶺」の役割を演じたことは,別のところで検証したとおりである。
生産台数表と販売台数表との比較なので,単純に同一線上で論じることは できないが,それにしても大休の傾向はつかめる。表Iおよび表Illから明ら かなように,近年にいたって自動車工業の構造と本質的部分に基礎的な変化 が生じてきた。つまりその寡占状態に多少の変動がみられ,G Mとフォードの 2社による複占といえる状況が顕在化しているのである。しかし,もっと決 定的には, G Mによる独占的支配がいっそう昂進しているといった方が適切 であろう。例えば1937年であれば,クライスラーを含む3社 で88.6%の販売
表皿 主要メーカーの販売台数と市場占拠率
年 次 G M フ ォ ー ド クライスラー 販売台数(台)Iシェア
(%) 販売台数(台)1シェア
(%) 販売台数(台 1シェア
) (彩) 1925 745,905 19,97 1,494,911 40.02 134,474 3.60 1927 1,277,198 43.49 273,741 9.32 182,627 6.22 1929 1,482,004 32.31 1,435,886 31.30 375,381 8.18 1931 865,724 43.88 490,546 24.86 245,005 12.42 1933 652,023 41.44 325,506 20.69 399,912 25.41 1935 1,276,117 39.24 911,837 28.04 739,371 22.73 1937 1,636,671 41.79 836,696 21.37 996,005 25.44
〔出所〕:AlfredD. Chandler, Jr., Giant Enterprise, 1964, p. 3.
(2)井上昭一「独占企業の生成と組織・管理」(今井俊一絹著「硯代企業の組織と 管理」ミネルヴァ書房, 1977年)
プライス・リーダーシップ(1J(井上) (171)5 シェア (GMは41.79彩)であったものが, 1978年にいたっては, G Mとフ ォードの2社だけで85.5彩の生産シェア (GMだけで57.6彩)を占有するに いたっているのである。
独占資本の支配は,競争を排除しないばかりか,・販路・原料資源•投資圏 などをめぐってかえって激化し,多くの鋭く激しい矛盾や紛争をもたらす。
いわゆるビッグ・スリー間で暗黙のうちに了解され, 実施されていた競争 は,価格競争ではなく非価格なそれであって,価格以外の手段でお互いの市 場を浸食することについては,何ら制約がないに等しい。その競争は参加諸 資本の優勝劣敗関係を内包し,シェアはたえず力関係によって変動する。し たがって市場の固定的分割はありえず,つねに市場の再分割を求めてホット な競争が行なわれているのである。その結果,今日のアメリカ自動車工業界 はG Mとフォードを一方の独占の極 (85.5彩)とし,クライスラー,アメリ
カン・モークース社 (AmericanMotors Corp.,以下AMCと略称),さら に1978年から生産活動に入ったアメリカ V W社 (VolkswagenMfg. Co. of America)を含めた3社が非独占の極 (14.5彩)に位置する, 両極分解
という様相を呈している。ここでは G Mとフォードの独占2社以外のメー カー,すなわちクライスラー, AMCおよびアメリカ V Wを順次みること によって,アメリカ自動車工業の集中度と両極分解を浮彫化してみよう。
(クライスラー〕
一般に,アメリカ自動車工業における GM,フォードならぴにクライスラ ーの3社を総称してビッグ・スリーと呼ぶことは常識であるが,私は今日の クライスラーの業績からして,同社をビッグ・スリーの一員に含めておくこ とに疑問をいだかざるをえない。
販売台数なり売上高という単に量的な面からすれば,クライスラーは国内 ではGM,フォードに次ぐ第3位の自動車メーカーであり,アメリカ鉱工業 企業のなかでも10位に入る大企業であることはまぎれもない事実であるが,
その事実にはビッグたる質的内容がともなっていないのである(表lVおよび
v参照)。ビッグにはビッグとしての質・量両面の条件が充足されていなけ
6(172)
表F自動車メーカーの業績表(1978年) 売上高純利益総資産自己資本売上利益率利自益己(彩資率) 本1株当たり純益 従業員数 I'6878 (千ドル)(千ドル)(千ドル)(千ドル)(%) '78年(ドル)成長率(彩) G M 63,221,100 3,508,000 30,598,000 17,569,900 839,000 5.5 20.0 12.24 7.35 フォード42,784,100 1,588,900 22,101,400 9,686,300 506,531 3.7 16.4 13.35 11.29 クライスラー16,340,700 △204,600 6,981,200 2,926,500 157,958 △3.54 A .M C 2,585,428 ※36,690 994,071 357,880 27,517 1.4 10.3 ※1.21 7.09 (注〕:各社共に従業員数は年間平均数。 :△は欠損(マイナス)を示す。 :AMCは1978年9月30日に終る会計年度の数字。 :※は特別収益が表示純利益の10彩以上あることを示す。 (出所〕:FortuneMay 7, 1979, pp. 270‑‑4より作成。
濤泣嘩演 ゜ 中
プライス・リーダーシップ(1)(井上) (173)7 表V アメリカ鉱工業企業売上高ペスト10(1978年)
順位 企 業 名 ( 業 種 )
I 売て千土ドル高) 1 純(千利ドル益) 売上(利%)益率 1 G M(自動車) 63,221,100 3,508,000 5.5 2 ェクソン(石油) 60,334,527 2,763,000 4.6 3 フォード(自動車) 42,784,100 1,588,900 3.7 4 モービル(石油) 糾,736,045 1,125,638 3.2 5 テキサコ(石油) 28,607,521 852,461 3.0 6 スクンダード・オイル・オプ・カリフォルニア(石油) 23,232,413 1,105,881 4.8 7 IBM(電算機) 21,076,089 3,110,568 14.8 8 GE(電機) 19,653,800 1,229,700 6.3
,
ガルフ・オイル(石油) 18,069,000 791,000 4.4 10 クライスラー(自動車) 16,340,700 △204,600〔注〕:△は欠損を示す。
〔出所〕:Fortune, May 7, 1979, p.町o.
ればならない。また従来であれば,アメリカのピッグ・スリーといえば,そ れはそのまま世界のビッグ・スリーを意味したものであるが,現在のクライ スラーについては,これもあてはまらない(表VI参照)。 そ れ は と も か く と して,クライスラーがビッグ・スリーの名にふさわしくない理由として,私 はとくに次の三点を指摘しておきたい。
H工 場 施 設 の 売 却
1978年2月,.クライスラーは南米ベネズエラのパレンシアの乗用車・トラ ック組立工場全施設とコロンビアのボゴクの組立会社クライスラー・コロモ トレス社へのクライスラー出資分全株を G Mに 売 却 し に さらに同年8月 10日にいたっては, クライスラー •UK (イギリス), クライスラー・フラ
ンス(フランス)およびクライスラー・エスパーニャ(スペイン)の欧州拠点と もいうべき3製造子会社とそれに付随する販売子会社の経営権をフランス第 2位の自動車メーカー,プジョー・シトロエン・グループに2億3000万ドル
8(174) 第 24巻 第 3 号
表v.r 世界メーカー別生産台数ベスト10(単位:台)
1978
~
順位 1977
メーカー(国名) 1(総前年比薮)1(乗前年用比車) メーカー(国名) i喜I年 嘉I喜贔忍
1 G M(米) 6,702,835 5,259,657 G M(米) 6,875,555 5,284,498 (107.5) (107.5) (102.6) (100.5) 2 フォード(米) 3,741,880 2,555,867 フォード(米) 3,790,440 2,557,197 (127.2) (124.4) (101.3) (100.1) 3 トヨク(日) 2,720,758 1,884,260 トヨタ(日) 2,929,157 2,039,115 (109.4) (108.9) (107.7) (108.2) 4 日産(日) 2,278,051 1,615,866 日産(日) 2,392,598 1, 733, 132 (98.9) (100.3) (105.0) (107.3) 5 ルノー(仏) 1,737,707 1,584,201 ルノー(仏) 1. 71(988, 398 1,57(939,3.638)
(104.7) (105.5) .9)
6 クライスラー 1,710,360 1,236,359 プジョー(仏) 1,691,819 1,471,999
(米) (96.3) (92. 7) (104.9) (103.9) 7 プジョー(仏) 1,612,813 1,417,050 クライスラー 1,61(494,3.448) 1,126,168 (97.6) (96. 7) (米) (91.1) 8 vw(西独) 1,302,749 1,208,867 vw(西独) 1,393,625 1,300,558 (99.1) (99.0) (107.0) (107.6)
,
フィアット(伊) 1,173,486 1,057,261 フィアット(伊) 1,232,071 1,104,026 (98.3) (96.3) (105.0) (104.4) 10 オペル(西独) 925,167 858,956 三菱(日) 972,818 628,886 (100.4) (100.7) (125.3) (129.3)〔注〕:共産国および海外子会社生産分を除く。
[出所J:井上昭一「アメリカ自動車工業日誌」関西大学経済・政治研究所,近刊予定
で 売 却 し て し ま っ た 。 海 外 の 生 産 拠 点 , と り わ け 欧 州 子 会 社3社 を 手 放 し た ことは,一時はフォードを追い越したほどの実績を誇り,その後も常にNo.3 の 地 位 に 恥 じ な い 業 績 を あ げ て い た ク ラ イ ス ラ ー が 昔 日 の 面 影 を 失 な い , 名 実 と も に 世 界 企 業 の 座 か ら ー ア メ リ カ 国 内 メ ー カ ー に 転 落 し た こ と を 意 味 す
る。
このクライスラーの欧州子会社の身売りは, 1985年 を 目 途 に し て , 現 在 推 進 中 の 乗 用 車 の 小 型 車 化 投 資 資 金 の 取 得 が 目 的 で あ る 。 自 動 車 工 業 は 今 後 ま すます膨大な開発投資を必要とすることから, 80年 代 後 半 の 生 き 残 り を 目 指
プライス・リーダーシップ〔1](井上) (175)9 して,こうした世界的な規模での自動車工業の再編成が一段と活発化するこ とは必至であろう。
クライスラーは近年莫大な額の赤字決算(例えば, 1974年5210万ドル, 75 年2億5900万ドル, 78年2億500万ドルの欠損)を余儀なくされているが,
その大きな原因として①78年型車の販売不振②海外子会社が軒並み不振であ ったことがあげられる。海外子会社のうちでは,とくにイギリスのクライス ラー •UK が極度の不振で,イギリス政府の資金援助のもとに生産している
(3)
ほどである。
またアメリカ国内では, 1985年を目標に乗用車の省エネルギー化 (27.5マ イル/ガロン=11.7キロ/リットル)が進められており,各社とも燃費効率の よい小型車の開発に巨額の投資を行っている。アメリカの自動車業界がこう した小型化のために投入する資金は, 85年までの総計で800億ドル近くにな るといわれ,アメリカ航空宇宙局 (NASA)のアボロ計画に要した450億ド
(4)
ルを大幅に上回る空前ともいえる規模である。クライスラーも85年までに75 億ドルを投ずる計画を立てているが, GMやフォードに比べ資金調達力が弱
く,厳しい状況に追いこまれている。そのためにクライスラーは,戦後営々 として築いてきたイギリス,フランス,スペインの欧州3拠点の子会社を売 却せざるをえなかったわけで,生き残るための必死の闘いは,まさに「トカ ゲのシッポ切り」にもたとえられようか。
このようなときだけに,今回の措置はクライスラーにとっては「足手まと いの海外子会社を整理できるうえ, 2億3000万ドルのカネが入る一石二鳥の
(5)
魅力ある取引」という見方も成り立つかもしれない。
自動車工業が省エネルギー対策,安全性の問題など研究開発の面で,ます ますカネのかかる産業になりつつあるなかで,クライスラーがプジョー・シ (3) この点に関しては,井上昭一「ジェネラル・モークーズの世界戦略」(井上清・
儀我壮一郎編著「転換期の「多国籍企業」」ミネルヴァ書房, 1977年)の中で少 し触れておいた。参照願いたい
(4) 「エコノミスト」1979年3月27日号。
(5) 「毎日新聞」1978年8月12日号。
10(176) 第 24 巻 第 3 号
トロエン・グループから2億3000万ドルの現金のほかに,同グループの株式 を180万株(増資により発行される新株,全体の15%)取得することは,技 術開発面で協力をえられるなどのメリットもあるだろう。ということは逆に いえば, クライスラーはもはや独自の力で政府のエネルギー規制に適合しう る研究開発費を工面し,技術を開発する能力を喪失してしまったことにほか ならず,ビッグの名を冠するに値しないのである。
に)子会社への資本参加要請
1978年3月, クライスラーはオーストラリアの現地法人クライスラー・オ ーストラリア社 (CAL)に対して,三菱自動車工業ならびに三菱商事が資本 参加するよう要請してきた。 CALは1974年 ま で は 黒 字 経 営 を 続 け て き た が, 77年には大型車の販売不振のために2780万豪ドルの赤字を出し, 78年に も2050万豪ドルの欠損を出した。
CALが発行する議決権付普通株式2000万株(発行価額2700万豪ドル)を 第三者割当てという形で三菱自エと同商事がそれぞれ1000万株ずつ引受け,
(6)
これによって両社の CALの持株比率は合わせて33.7%になった。
クライスラー・オーストラリアヘの三菱の資本参加ならぴに前述の欧州3 拠点を手放したことによって,クライスラーはカナダとメキシコを除いて海 外拠点から大幅に撤退し,もはや独占3社の一角を占有しているという状況 にない。
従来より国内の一つの州と同一視されているカナダは別にして, クライス ラー・ファミリーの中で孤軍奮闘しているメキシコ子会社について少し述べ ておこう。親会社のクライスラーをはじめ子会社が経営危機に陥っているな かで,ただひとりメキシコ子会社だけが業績好調で同国の最有カメーカーに 発展した。 8年前の1971年にクライスラーが支配権を獲得した当時には,同 社は破産寸前の状態にあったのに, 78年の純利益は3000万ドルにものぽっ た。同年,乗用車・トラック合わせて7万8695台生産したが,それはメキシ
(6) 「日刊工業新聞」 1979年4月6日号。
プライス・リーダーシップ〔1〕(井上) (177)11 コで販売された全自動車の22%に相当した。ちなみにフォードは19%, GM
(7)
は14%である。
しかし,いかんせん,メキシコ子会社だけでは現在のクライスラーの窮状 を救うことはまず不可能に近い。
匡財務状態の悪化
クライスラーをビッグ・スリーの一員からはずす決定的な理由として,同 社の財政状態の慢性的な悪化を指摘しておかねばならない。 1979年7月31
日,アメリカ財務省は, クライスラーの経営悪化がアメリカ経済全体,同社 労働者,下請け業者,その他部品供給先に与える影響を懸念しており,こう
した観点から連邦準備制度とともに連邦政府による同社救済が妥当かどうか
(8)
包括的な検討を行っていると発表した。
クライスラーはこの財務省発表に先立ち, 1979年 の 第2四半期 (4 6
月)の決算が税引き後で 2億710万 ド ル の 大 幅 欠 損 に な っ た と 公 表 し て い る。これは同社史上最悪のものであり,わずか3カ月間で78年1年間の赤字 2億500万ドルを上回る,いよいよ深刻な経営ピンチに直面したことになる。
同社は79年第1四半期 (1 3月)にも 5000万 ド ル 以 上 の 赤 字 を 出 し て お り, 7月から8月にかけて2万数千人の労働者のレイオフも発表した。
第3四半期 (7 9月)にも,同社の業績が飛躍的に向上するような明る い材料はなく,大幅欠損が避けられない見通しである,そのために8月2日 に,同社取締役会は普通株配当を無配とすると発表した。ただし,第2四半 期の普通株配当については6月11日に1株当たり10セントを支払っている。
また第3四半期の優先株配当については,取締役会は優先株の四半期定例配
(9)
当を1株当たり 68.75セントに設定, 9月15日に支払うことを決定した。
さて,クライスラーのこの経営危機は,端的にいって自動車需要の構造変化 にのり遅れた結果である。早くから小型車開発の立ち遅れが指摘されながら
(7) 「日刊自動車新聞」 1979年8月7日号。
(8) 「毎日新聞」1978年8月1日号 (9) 「日刊工業新聞」1979年8月4日号。
12(178) 第 24巻 第 3 号
も, GMやフォードが国内での新車開発と生産ラインの増強を小型車にシフ トし,消費者の大型・中型車離れを的確につかみ,次々と新小型車を市場に送 りこんだのとは対照的である。欧州子会社や日本の提携先からの輸入(=自 社輸入)車だけで対応しようとしたのがクライスラーであり,これは明らか に経営戦略の失敗といえよう。したがって,この点でクライスラーの苦境の 主因が,とくに日本などからの小型車攻勢にあるとの議論は首肯できない。
アメリカ市場での小型車志向は,政府の燃費効率の改善令=省エネルギー 化に対応しようとする消費者の新しい構造的ニーズであり,輸入小型車を抑 えれば,それに比例してアメリカのメーカーの大型車が売れるという性格の ものではなかろう。政府による小型車の開発・商品化奨励策に適合して作ら れたアメリカ製の小型車も,エネルギー不安を背景に売れ行き好調である。
GM, フォードの小型車はもちろん, クライスラーの「オムニ」「ホライズ ン」の双子の小型車も供給不足の状態にさえある。ただこの両車種の場合,
搭載するエンジンを西ドイツのV Wから年間30万台の契約で購入している ために,市場性を発揮したからいって簡単に増産に踏み切ることができない 事情がある。 GM,フォードに比べ小型車の車種構成が貧弱なのが,クライス
ラーの退潮を早めたといって"よいだろう。結論的にいえば,今回の経営危機 は, 60年代の海外進出=資本輸出, 70年代の燃料効率のよい小型車生産への 転換競争にいずれも立ち遅れたクライスラーの経営方針や開発ボリシーに欠 陥があったわけである。
このようなクライスラーの財務状況の悪化などを理由にして,アメリカで 発行される債券の格付けを行っているムーディーズ・インペスクーズ・サー ビス社は,財務省発表と同じ7月31日,クライスラーの優位弁済債券と優先 株の格付けを従来の BAからBに格下げするとともに, クライスラーの販 売金融会社であるクライスラー・フィナンシャル社の優位弁済債券の格付け を BAAから BAに,同社の劣位弁済債券を BAからBにそれぞれ格下げ
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したと発表した。
(10) 「日刊自動車新聞」1979年8月2日号。