4 部グラフ K
3,3,1,1の内在キラル性について
首都大学東京 理学研究科 数理科学専攻 博士前期課程2年 梁昌樹
(Ryang Chang Su)2020
年
1月
10日
1
導入
3次元ユークリッド空間R3に埋め込まれた抽象グラフを空間グラフという. 空間グラフを用いた抽象グラ フGの内在的性質の研究について, 以下のようなことが知られている. Kuratowski [7]は,Gが平面に埋め込 めないことと,Gが5頂点完全グラフK5,または完全2部グラフK3,3の細分を含まないことが必要十分条件 であることを示した. また, Conway–Gordon [1]は, 6頂点完全グラフK6の任意の空間グラフに含まれてい る絡み目に対し, それらの絡み数の和が奇数であることを示すことで, K6の絡み目内在性, すなわち任意の埋 め込みに対し非自明な絡み目が存在することを明らかにした. 同様に, 7頂点完全グラフK7の任意の空間グ ラフに含まれている結び目に対し,それらのArf不変量の和が奇数であることを示すことで,K7の結び目内在 性,すなわち任意の埋め込みに対し非自明な結び目が存在することを明らかにした. その後Foisy [5]は完全4
部グラフK3,3,1,1の結び目内在性を明らかにしたが,その証明のアイデアはConway–Gordonのものとは異な
る. なぜならばK3,3,1,1に対しては, Kohara–Suzuki [6]が結び目のArf不変量の和が奇数とならない埋め込 みの例を発見しており, Conway–Gordonのアイデアはうまく機能しなかったからである.
また, Flapan–Weaver [4]は, 4n+3頂点完全グラフK4n+3(n ∈N)がintrinsically chiral, すなわち任意 の埋め込みがその鏡像とisotopyで移り合わないことを証明しており, Flapan–Fletcher [2]は, 完全m部グ ラフKi1,i2,...,im(i1, i2, . . . , im, m ∈ N)がintrinsically chiralであるかどうかを判定できる定理を証明して いる. その後, Flapan–Fletcher–Nikkuni [3]は, 上記の定理を他のグラフに一般化することを目的として, K8n−1(n ∈N)がintrinsically chiralであることの, より一般的で簡単な別証明を与えた. 実際, Conway–
Gordonの定理が保証する, 奇数個のArf不変量が1となる結び目の存在を足がかりに, 一般化されたSimon
不変量[9]を用いて矛盾を導いている.
本論文ではK3,3,1,1のWu不変量[10]を用いてK3,3,1,1がintrinsically chiralであることの別証明を試み た. ただしK3,3,1,1はKohara–Suzukiの埋め込みをもつので, Flapan–Fletcher–Nikkuniのアイデアは機能
しない. そこでK3,3,1,1の対称性が高くないことに着眼し,図1を射影図に持つ任意の埋め込みがその鏡像と
isotopyで移りあわないことを証明した. さらに, Flapan–Flethcer–Nikkuniのアイデアに相当するものを発 見し,図1以外の射影図をもつ埋め込みの場合にも拡張しようと試みた. 残念ながら一般の場合の証明はまだ 完成していない.
本論文の構成は以下のとおりである. 第2章ではTaniyamaによるspecial cohomology groupsおよびWu 不変量の定義を紹介する. 第3章では向きづけられた有限単純グラフとその埋め込みから, Wu不変量を具体
図1
的に計算する方法を示す. 第4章ではK3,3,1,1の縮約Wu不変量を計算できるよう準備を行い, 第5章で主結 果を示す. 第6章には都合によって本論には導入しなかったが,主結果を導くのに用いた様々な例を整理した.
本論文を作成するにあたり,ご指導を頂いた横田佳之教授と, 論文の副査を担当してくださった相馬輝彦教 授,高津飛鳥准教授に心より感謝いたします.
2 Wu
不変量の定義
本章では, Taniyama [10]に従って, Wu不変量を定義する. 位相空間Xに対し,
· · · →Ai+1(X)−−−→∂i+1 Ai(X)−→∂i Ai−1(X)→ · · ·
をX のZ上特異鎖複体の系列とする. 連続な対合T : X →X, すなわちT2 =idX をみたす写像に対し, Ai(X)の部分群
Ai(X, T) :={a∈Ai(X)|T(a) =−a} を考えると,∂i(Ai(X, T))⊂Ai−1(X, T)であるから,鎖複体の系列
· · · →Ai+1(X, T)−−−→∂i+1 Ai(X, T)−→∂i Ai−1(X, T)→ · · ·
をえる. これをXのZ上歪対称特異鎖複体といい,この鎖複体に対するコホモロジー群をH∗(X, T)と表し, XのZ上歪対称コホモロジー群という.
また, 位相空間Y と埋め込みf : X → Y に対し, 埋め込み f ×f : X ×X → Y ×Y および対合 σX :X×X →X×X,σY :Y ×Y →Y ×Y を
(f ×f)(x1, x2) := (f(x1), f(x2)), σX((x1, x2)) := (x2, x1), σY((y1, y2)) := (y2, y1)
によって定義する. このときf ×f はσX, σY に関して同変,すなわち(f×f)◦σX =σY ◦(f ×f)である. いま位相空間W の2点の配置空間を
C2(W) :={(x, y)|x, y∈W, x̸=y}
とおくと,f×f :C2(X)→C2(Y)は準同型写像(f×f)#:H2(C2(Y), σY)→H2(C2(X), σX)を誘導する. 以下,OをRN(N ∈N)の原点,Spをp∈R3を中心とする単位球面とし, σ:SO →SOを対心写像,すな わち任意のx∈SOに対しσ(x) =−xをみたす写像とする.
命題2.1 ([11, Theorem 1]). H2(C2(R3), σR3)∼=H2(SO, σ).
証明. R3×R3の対角集合を
∆ ={(x, x)∈R3×R3|x∈R3}
とし,
U :={(x1, x2)∈R3×R3| −x1=x2,|x1|2+|x2|2= 2}
を考える. Ai(U, σR3)とAi(SO, σ)を同一視できるので,σR3 に関する同変ホモトピーFt:C2(R3)×[0,1]→ U を構成すればよい. 実際, 任意のx = (x1, x2) ∈ C2(R3)に対し, x1 とx2の中点をOxとおき, 写像 π : C2(R3) →∆ をπ(x) := (Ox, Ox)と定義すると, 同変ホモトピー (図2参照)gt : C2(R3)×[0,1] → SOx×SOxとして
gt(x) :=π(x) + (t( 1
dx−1) + 1)(x−π(x)) 及び,同変ホモトピーht:SOx×SOx×[0,1]→U として
ht(y) :=y−t(π(x)) が存在する. ここでdx = √
|x1−Ox|2+|x2−Ox|2 とする. したがって同変ホモトピーFt : C2(R3)× [0,1]→U が
Ft(x) :=
{
g2t(x) if 0≤t≤12, h2t(g1(x)) if 12 ≤t≤1.
で与えられる.
図2
命題2.2 ([11, Proposition 3]). H2(SO, σ)∼=Z.
証明. SOを立方体の境界と同一視し, 6個の正方形による胞体分割を考える. ここでαi(i∈ {1,2,3})を立方 体の向かい合う2胞体の和,βi(i∈ {1,2, . . . ,6})を立方体の向かい合う1胞体の和とし,それぞれ図3,4のよ うに向きづけられているとする. このときA2(SO, σ) =⟨α1∗, α2∗, α3∗⟩,A1(SO, σ) =⟨β1∗, β2∗, . . . , β6∗⟩と なる. コバウンダリ作用素の定義に従って計算すると,以下の結果が得られる.
δ(β1∗) =δ(β3∗) =α1∗+α2∗, δ(β2∗) =δ(β4∗) =α1∗−α3∗, δ(β5∗) =δ(β6∗) =α2∗+α3∗.
したがって
H2(SO, σ) =⟨α1∗, α2∗, α3∗⟩/⟨α1∗+α2∗, α1∗−α3∗, α2∗+α3∗⟩ ∼=⟨α1∗⟩ ∼=Z が成り立つ.
図3
図4
H2(C2(R3), σR3)∼=Zであることから,向きづけられたグラフGとその埋め込みに対し不変量を定義する ことができる.
定義 2.3. τ をH2(C2(R3), σR3)の取りうる生成元の一つとする. このとき(f ×f)#は生成元の取り方 によらずH2(C2(G), σG)の元(f ×f)#(τ)によってきまる. L(G) := H2(C2(G), σG)をlinking module, L(f) := (f×f)#(τ)をWu不変量とよぶ.
積複体G×Gの部分複体
D2(G) :={(α, β)|α, βはGの単体, α∩β =∅}
を考える.
命題2.4 ([8, Lemma 2.1]). D2(G)はC2(G)のσGに関して同変なdeformation retractである.
証明. C2(G)から D2(G) へのσG に関する同変ホモトピーが存在することを示せばよい. Gの頂点を vi(i= 1,2, . . . , n)とする. p∈GがGの辺vivjをt: (1−t) (t∈[0,1])に内分するとき,xij(p) =tと定義 する. このときp, q∈G(p̸=q)に対し,射影π:C2(G)→D2(G)を以下のように与える.
Case 1 : p, q∈vivj (i, j∈ {1,2,· · ·, n})の場合(図5(左)).
(π(p, q), π(q, p)) :=
((0, . . . ,
i
ˇ1, . . . ,0),(0, . . . ,
j
ˇ1, . . . ,0)) if xij(p)>xij(q),
((0, . . . ,
j
ˇ1, . . . ,0),(0, . . . ,
i
ˇ1, . . . ,0)) if xij(p)<xij(q).
Case 2 : p∈vivj, q∈vivk (i̸=j, i̸=k, i, j, k∈ {1,2,· · ·, n})の場合(図5(右)).
(π(p, q), π(q, p)) :=
((0, . . . , xij(p), . . . , xji(p), . . . ,0),(0, . . . ,
k
ˇ1, . . . ,0)) ifxij(p)>xik(q),
((0, . . . ,
j
ˇ1, . . . ,0),(0, . . . ,
k
ˇ1, . . . ,0)) ifxij(p) =xik(q) andj ̸=k, ((0, . . . ,
j
ˇ1, . . . ,0),(0, . . . , xik(q), . . . , xki(q), . . . ,0)) ifxij(p)<xik(q).
図5 Case 3 : p∈vivj, q∈vkvlの場合
(π(p, q), π(q, p)) = ((0, . . . , xi(p), . . . , xj(p), . . . ,0),(0, . . . , xk(q), . . . , xl(q), . . . ,0)).
このとき同変ホモトピーh:C2(G)×[0,1]→D2(G)を
h(p, q, t) = ((1−t)p+tπ(p, q),(1−t)q+tπ(q, p)) とすればよい.
コホモロジー群はホモトピー不変なので,命題2.4からL(G)をH2(D2(G), σG)と定義してもよい. この章 の最後にL(f)がambient isotopy不変量であることを示す.
定義 2.5. 埋め込みf, g:G→R3がweakly homotopicであるとは,任意のt∈[0,1]と非交和なGの単体 の対α, βに対しht(α)∩ht(β) =∅をみたすようなfとgの間のホモトピーht:G→R3が存在することを いう.
命題 2.6 ([10, Propositon 1.5]). 埋め込みf, g : G → R3 がweakly homotopicならば, f ×f, g×g : D2(G)→C2(R3)はσG, σR3に関して同変ホモトピックである.
証明. ht:G→R3をf とgとの間のweak homotopyとする. (α, β)∈D2(G)に対し, x∈α, y∈βとする と,ht(x)̸=ht(y). したがってσG, σR3 に関して同変なホモトピーht×ht:D2(G)→C2(R3)があり,これ は(ht×ht)(x, y) = (ht(x), ht(y))をみたす.
系2.7 ([10, Corollary 1.6]). L(f)はfのweak homotopy不変量である.
Taniyama [9]により, 二つの埋め込みがweakly homotopicならばambient isotopicであることが知られ ているので,系2.7からL(f)はambient isotopy不変量であることがわかる.
3 Wu
不変量の計算
本章では, Taniyama [10]に従って, Wu不変量の計算方法を示す.
Gの向きづけられた辺の集合を{e1, e2, . . . en}, 頂点の集合を{v1, v2, . . . , vm}とする. 2胞体 ei×ej ∈ D2(G)の向きを,図6のようにeiとejの向きによって定める.
図6
ei, ej (i, j∈ {1,2, . . . , n}, ei∩ej =∅)に対し, ホモロジカルな2胞体の和をEei,ej =ei×ej+ej×eiと おくとき,σG(Eei,ej) =−Eei,ej であるから,各Eei,ej はA2(D2(G), σG)の基の一つとなる. いまEei,ejの双 対Eei,ej :A2(D2(G), σG)→Zを,
Eei,ej(Eek,el) :=
{
1 if ei=ek andej =el, 0 otherwise
と定義する. このとき各Eei,ej はA2(D2(G), σG)の基の一つとなる.
1胞体ei×vs, vt×ej ∈D2(G)の向きを,図7のようにei, ejの向きによって定める.
図7
ei, vs(1≤i≤n,1≤s≤m, vs∈/ ei)に対し,ホモロジカルな1胞体の和をVei,vs =ei×vs−vs×eiとお くとき,σG(Vei,vs) =−Vei,vs であるから,各Vei,vsはA1(D2(G), σG)の基の一つとなる. いまVei,vsの双対 Vei,vs :A1(D2(G), σG)→Zを,
Vei,vs(Vej,vt) :=
{
1 if ei=ej,vs=vt, 0 otherwise
と定義する. このとき各Vei,vsはA1(D2(G), σG)の基の一つとなる. 最後にコバウンダリ作用素δ1:A1(D2(G), σG)→A2(D2(G), σG)を
δ1(Vei,vs) = ∑
I(j)=vs
ei∩ej=∅
Eei,ej − ∑
T(j)=vs
ei∩ej=∅
Eei,ej
と 定 義 す る. こ こ で I(j) は ej の 始 点, T(j) = s は ej の 終 点 を 表 す. し た が っ て 定 義 か ら L(G)は⟨Eei,ej | δ1(Vei,vs)⟩と表すことができる.
以後, 射影図において, 交差点の上下の情報を付加したものを図式と呼ぶ. いま空間グラフf(G)の 図式D 上の一つの交差点 P に対応する符号c(P)を図 8のように定め, ei, ej (1 ≤ i, j ≤ n)に対し l(f(ei), f(ej)) :=∑
c(P)とおく. ここで和はf(ei)とf(ej)のDにおける交差点をとることとする.
図8
命題3.1 ([10, Proposition 2.1]).
L(f) =
∑
ei,ej∈E(G) ei∩ej=∅
l(f(ei), f(ej))Eei,ej
が成り立つ. ただし,ここでブラケットはA2(D2(G), σG)/δ1A1(D2(G), σG)の剰余類を表すこととする.
証明. 任意の元(x, y)∈D2(G)に対して, 連続写像γ◦(f×f) :D2(G)→SOを γ◦(f×f)(x, y) = f(x)−f(y)
|f(x)−f(y)| と定義する.
必要に応じて,Gの辺を細分することで, 次を仮定してよい.
• 各辺の射影図に高々1つの交差点のみ含まれる.
• 交差点が含まれる辺に隣接する辺には交差点が含まれない.
このとき,図式から,D2(G)の同変胞体分割が定まり,そのγ◦(f×f)による像を,SOの同変胞体分割とする. いまSO内の北極と南極を内部に含む同変2胞体をCN+CSとする. このとき(γ◦(f×f))−1(CN+CS) は共通部分を持たない同変2胞体の和集合となる. A2(D2(G), σG)の基をEik,jlとし,その双対をEik,jlとす る. またCN+CSの双対をCN +CS とする. このときCN+CSはH2(SO, σ)の生成元であるので,
L(f) = (γ◦(f×f))#[
CN +CS]
=
∑
i,j
∑
k,l
deg((γ◦(f ×f))#)Eik,jl
=
∑
i,j
∑
k,l
l(f(eik), f(ejl))Eik,jl
=
∑
i,j
l(f(ei), f(ej))Ei,j
が成り立つことがわかる.
定義3.2. ε:L(G)→Zを準同型写像とする. ei, ej ∈E(G) (ei∩ej =ϕ)に対し,ε(ei, ej) :=ε([Eei,ej])と おくと,
ε(L(f)) = ∑
ei,ej
l(f(ei), f(ej))ε(ei, ej)
と表せる. この整数ε(L(f))をεに関するf の縮約Wu不変量と呼び,Lε(f)で表す.
注意3.3. Linking moduleは自由加群なので,任意の元を基の線形結合で一意に表すことができる. 任意の元
に対し,その基の線形結合の係数の和を対応させる写像がεである.
4 K3,3,1,1
の縮約
Wu不変量
以後,G=K3,3,1,1とする. まず4つの頂点集合とその元に対し記号を対応付ける.