• 検索結果がありません。

こぺる No.065(1998)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "こぺる No.065(1998)"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

h日(毎月1回25日発行)ISSN 0919 4剖3

8

1998

とべる刊行会

NO. 65

部落のいまを考える⑪ 部落問題と 〈共同幻想論〉をめぐって 原田琢也 ひろば⑪ ルキノ・ヴイスコンティは二度ベルを鳴らす 武田秀夫

(2)

最近は、「人間と差別」についてずいぶん伸びやかに議論されるようになってきたとい うのに、部落問題に関しては相変わらず対話はとぎれがちで、議論が起こりそうにあり ません。どうも既成の発想にしがみついている人が多いからではないでしょうか。 そこで今年は、運動団体に身をおいて活動している方に討論の素材を提供してもらい、 そのあと「発想の転換」について意見交換したいと思います。 言うまでもないことですが、部落問題全国交流会は結論を出したり、方針をまとめあげ る場ではありません。あくまでも参加者それぞれが個人の資格で出会い、議論すること を過して思索を深めるきっかけが生まれればと考えて開いてきたものです。みなさんの 参加を心からお待ちしております。 パネルディスカッションと討官命 テーマ:「発想の転換を求めて」 パネラー:山下力(奈良県連) 戸田政敏(失岡支部) 司 会:勝田敬一 分散会:コ}デイネーター(住田一郎・畑中敏之・原口孝博・山城弘敬) 日 程: 9月12日出 14時 開会 14時半講演と報告(予定)と全体討論 16時 分散会 18時 夕 食 18時 半 分 散 会 21時 懇 親 会 9月13日(日) 9時 分散会 11時 全 体 討 論 12時 解 散

人間と差別をめぐって

15回 部 落 問 題 全 国 交 流 会

N 臼 時/9月12日出午後 2時∼13日間正午 場 所/本願寺門徒会館(京都・西本願寺の北側) 京都市下京区花屋町通り堀川西入ル柿本町 Tel 075-361-4436 交 通/JR京都駅より市バス9・28・75系 統 西 本 願 寺 前 下 車 費 用/A 8,000円(夕食・宿泊・朝食・参加費込み) B 4,000円(夕食・参加費込み) 申 込 み / 阿 昨 社 干602-0017京都市上京区衣棚通上御霊前下ル土木ノ下町73-9 Tel (075)414-8951 FAX (075) 414 8952 葉書または封書に、住所・氏名(フリガナ付) ・性別(宿泊な さる方のみ) ・電話番号・参加の形(上記A・Bのいずれか) を書いて、申し込んで下さい。 締切り/8月28日働 五条通

会館

i

i

西 本 願 寺 堀 l 通II ・各地で発行されたビラ・パン 7・通信・新聞などを多数ご 持参ください。また第1日目 の夜には恒例の怒親会を聞き ます。各地の名産・特産の持 ち込み大歓迎ですので、よろ 七条通 ーーーーー ーーーーー四ーーーー

-~

(3)

部落のいまを考え る ⑨

部落問題と︿共同幻想論﹀

をめぐって

原田琢也︵中学校教員︶ はじめに 一一月二八日、﹁差別は幻想か?﹂と題してもたれた ?﹂ぺる﹄合評会に参加した。話題提供者は住田一郎さ ① ん。タイトルからして原口孝博さんの﹁共同幻想論﹂が とりあげられるだろうことは容易に察しがついた。住固 さんも原口さんも、私が常々注目している論者である。 どんな議論が展開されるのか、会場に着く前から楽しみ で あ っ た 。 当日は、福岡から遠路はるばる原口さんもお越しにな っており、議論は私の期待どおりに、いやそれ以上に、 刺激的で白熱したものとなった。私は、自分自身がおぼ ろげながら考えてきたことと、眼前に展開されている議 論とがどういう関係にあるのか、また、私が考えてきた ことをこの議論の坦上にのせれば、どういう結論が導き 出されるのか、それを考えるのに夢中であった。おかげ で、その場で議論に参画しておきながら、議論の詳細に ついては思い出せないでいる。よって、ここで当日の議 論そのものを再現することはできない。 だが、私はこの時より、どうしてもこのテ l マ に つ い て、自分の考えを書いてみたいという気持ちにかられて いた。その作業が私の手に余るものであることは、百も 承知の上である。この議論の行く先をたどって行けば、 私自身長い間気になりながら、一言葉でうまく言い当てる ことすらできないでいた心中のわだかまりを、一気に解 消することができるのではないか、そういう予感がして ならないのだ。さらに、現在までのところ、私の知る限 りでは、両者の議論はうまく噛みあっているとは言いが たい。それは、﹁こペる﹂六二号の住田さんの論考﹁差 こぺる 1

(4)

② 別は幻想か﹂で、いっそう明確になった。私自身、自分 一 人 の 力 で 全 て を 語 り 尽 く す 自 信 な ど 全 く な い の だ が 、 ただ、議論を一歩でも前へ進めたいという一心で、とり あえず現在の時点で気づいていることだけでも、書いて み よ う と い う 気 に な っ た の で あ る 。 争 点 原 口 さ ん の 、 ﹁ 部 落 ﹂ や ﹁ 部 落 民 ﹂ の よ う で あ る 。 のとらえ方は、次 : : : 私 も 客 観 的 事 実 と し て は ﹁ ﹁ 部 落 ﹂ も ﹁ 部 落 民 ﹂ も実在しない﹂と考える。現在の通説的﹁部落史﹂ i や 解 放 理 論 の 枠 組 み は 、 ﹁ ﹃ 部 落 ﹂ や ﹁ 部 落 民 ﹂ な る ものを血縁的系譜で捉える認識︵差別を合理化する 認識︶を基本にして成り立っている﹂し、先に述べ たように私達自身もそれに囚われているのが現実で はあるが、﹁血縁的系譜の連続の有無を実際に証明 すること自体に無理があ﹂る以上、﹁部落﹂も﹁部 落民﹂も実体的・具体的事実として近世被差別身分 ︵例えばエタ身分︶からの血縁的な連続性があると ③ は 言 え な い 。 ︹ ﹁ ・ : ﹂ は 、 省 略 を 表 す 。 以 下 同 じ 。 ︺ 誤解を恐れずに言えば、今の私は﹁血縁的連続性は ある﹂と考えている。但し、先にも述べたように実 体的・具体的事実としての血縁的連続性ではない。 いうならば私達日本人の遠い先祖が何らかの共同体 や国家を形成した時から形を変えながらも連綿と維 持され、今なお私達の意識・無意識の中で身につけ てしまっている共同幻想︵共同体意識・共同的差別 観 念 ︶ と し て の 連 続 性 で あ 旬 。 要するに、﹁部落﹂や﹁部落民﹂など実在しない、ある 人々を﹁部落民﹂だと意識することも、みずからを﹁部 落民﹂だと意識することも、ともに﹁観念的迷妄﹂であ り 、 ﹁ 共 同 幻 想 ﹂ に す ぎ な い と い う の で あ る 。 それに対して、住固さんは、次のように反論する。 もしこの論が正しいとするなら、同じく森崎茂さん の主張を受けて小林記者が紹介する﹁﹃部落民は存 在しない﹄という考え方を徹底的に突き詰めるなら ば、名乗るか名乗らないかということは問題になり ょうがない。なぜなら、﹃部落民﹄は現実の人間と して存在しないのだから。﹁私は﹁部落民﹂だ﹄と 告げることは、それが存在するという考え方をぎり ぎりのところで認めてしまう、つまり、﹁部落民﹂

(5)

の存在を実体化してしまうことにな﹂り、私が提起 する﹁カムアウト﹂は自家撞着に陥ってしまう。そ ︿ み れ故、私とすればこの見解に与することはできない ③ の で あ る 。 住固さんは、原口さんの論を自論に対するアンチテーゼ と 位 置 づ け る 。 たしかに、両者の見解は、一見、真っ向から対立して いるかに見える。しかし、私にしてみれば、このレベル における対立は、全く無用であると思えるのである。な ぜなら、私は、﹁部落﹂や﹁部落民﹂が︿幻想﹀である からこそ、﹁カムアウト﹂することに意味があるのだ、 と 考 え て い る か ら で あ る 。 議論の整理 私が言っていることは、矛盾したことであると受け取 られるかもしれない。しかし、実はそうではない。以下 に 述 べ る 二 つ の 混 同 を さ け て 考 え て も ら 詠 え れ ば 、 き っ と お 分 か り い た だ け る こ と と 思 う 。 一つは、﹁社会理論﹂と﹁生き方の理論﹂の混同であ る。日の前の現状が、客観的に、どのような仕組みで作 り出されているのかを説明しようとする理論を、﹁社会 理論﹂と呼ぶことにする。それに対して、その客観的な 状況の中で、自分がどのようにかかわり、どのように生 きようとするのかについての理論を、仮に、﹁生き方の 理論﹂と呼ぶことにする。両者は峻別されねばならない。 ﹁ ﹃ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹄ は ︿ 幻 想 ﹀ で あ る ﹂ と い う テ l ゼ は 、 ﹁ 社 会理論﹂の領域に属する。それに対して、﹁差別と闘う ために、私はカムアウトする﹂というのは、﹁生き方の 理 論 ﹂ の 領 域 に 属 す る こ と が ら で あ る 。 もう一つの混同は、﹁部落﹂・﹁部落民﹂・﹁部落差 別﹂という三つの概念の間での混同である。例えば、住 田さんの論文のタイトルは、﹁差別は幻想か﹂となって いる。しかし、原口さんは、﹁部落﹂と﹁部落民﹂の二 つ に つ い て は ︿ 幻 想 ﹀ だ と 言 っ て い る が 、 ﹁ 部 落 差 別 ﹂ については、決して︿幻想﹀だとは言つてはいないので ある。﹁部落﹂・﹁部落民﹂と﹁部落差別﹂の聞の区別 を 、 は っ き り さ せ ね ば な ら な い 。 四 ︿幻想﹀という言葉について こべる ︿幻想﹀とは、あまりにも刺激的な言葉である。︿幻 3

(6)

想﹀という言葉の発するイメージが先走りし、議論を空 転させているところも、なきにしもあらずである。﹁幻 想 だ ! ﹂ と 一 一 百 わ れ れ ば 、 全 く の 誤 解 や 勘 違 い を し て い る のだと、指摘されているように感じられるかもしれない。 だが、決してそういうことではない。ここでは、もう少 しわかりやすい例を引き、︿幻想﹀という言葉の意味を 考えてみたいと思う。 私は、中学校の英語の教師である。とはいえ、正式に は﹁英証巴という教科など、実在しないことはご存じで あろうか。文部省の定める学習指導要領では、私たちが ﹁英語﹂と呼んでいる教科は、﹁選択教科外国語﹂となっ ているのである。だから、英語に限らず、たとえば中国 語やフランス語などを中学校で教えたとしても、制度上、 なんらさしっかえないのである。だが、私たちの多くは、 中学校で英語が教えられることを、ごくあたりまえのこ とのように感じている。これは、︿幻想﹀である。 では、たとえば、私が学校で、来年から中国語を教え ることを提案したとする。だが、結果は、火を見るより も明らかである。その提案は、門前払いを食らうにちが いない。その理由は、まずは、あまりにも多くの者が、 中学校で英語が教えられることを当たり前のことと考え ているからである。だが、ことはそれだけでは終わらな い。英語が、世界で最も多くの者によって、話されてい るからでもない。最も多くの者によって話されている言 語は、むしろ中国語の方である。その理由は、英語の持 つ、文化資本としての価値の高さに求められる。簡単に 言ってしまえば、この世の中をわたっていく上で、英語 を学んでおくほうが、中国語を学んでおくより、得をす ることが多いということである。では、文化資本として の価値の高さは、何によって担保されているというのか。 誤解を恐れず、思い切って単純に言ってしまえば、それ は英語を話す人々の、政治的、経済的、社会的優位性に よって担保されているといえるのである。英語を話す 人々の政治的、経済的、杜会的優位性ゆえに、英語とい う言語は多くの時と場で用いられるようになり、その有 用性をますます高め、それゆえにまた、英語を話す人々 の社会的地位をさらに押し上げ、そういう絶え間ない循 環の結果、英語は、﹁世界共通語﹂としての地位を獲得 し て き た の で あ る 。 だから、︿幻想﹀を﹁幻想だ!﹂と見抜けたとしても、 それだけで即、︿幻想﹀から解き放たれるわけではない のである。︿幻想﹀が︿幻想﹀としてあるその背後には、

(7)

客観的事実としての社会の構造や権力関係が横たわって い る も の で あ り 、 こ の 点 に お い て 、 ︿ 幻 想 ﹀ と 、 ﹁ 誤 解 ﹂ や ﹁ 勘 違 い ﹂ は 大 き く 異 な る の で あ る 。 五

それでは、このあたりで、私論︵試論︶を提示するこ と に す る 。 ま ず 最 初 、 私 も 原 口 さ ん と 同 じ く 、 ﹁ ﹃ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹄ は ︿ 幻 想 ﹀ ﹂ で あ る ﹂ と い う 前 提 か ら 出 発 す る こ と に す る 。 すると、それは多くの人々にとっては違和感を覚えるこ と と な る の で 、 ﹁ ︿ 幻 想 ﹀ で は な い ︿ 実 体 ﹀ だ ! ﹂ と い う 異議申し立てが、すぐに返ってくることが予想される。 だ が 、 よ く よ く 考 え て み れ ば 、 こ の 段 階 で 、 ﹁ ︿ 幻 想 ﹀ か ︿実体﹀かをめぐる議論﹂が沸き起こるのは、まさに ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ が 根 強 い ︿ 幻 想 ﹀ で あ る こ と の 裏 返 し で も あ る 。 な ぜ な ら 、 多 く の 人 々 の 心 中 に は 、 ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ を︿実体﹀であると感じる︿感勧﹀が形成されているの であり、そのような状態を指して、︿幻想﹀と呼んでい るからである。︿感覚﹀は、社会的に構成されるもので ある。どういう社会のしくみが、多くの人々の心中に、 そういう︿感覚﹀を形成してきたのかを問うてみること は 、 意 味 の あ る こ と で あ る 。 そ こ で 、 ﹁ ﹃ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹄ は 幻想ではない!﹂と叫びたくなるはやる気持ちは一時的 に抑え、差別社会のメカニズムをより明らかにするため に、あえて議論の焦点をずらしていくのである。つまり、 ﹁ ︿ 幻 想 ﹀ か ︿ 実 体 ﹀ か ﹂ を め ぐ る 議 論 は 、 た と え そ れ が 抜き差しならない重大な関心事であったとしても、とり あえずは一旦留保?判断停止︶し、﹁どうして︿幻想﹀ であるはずものが、︿実体﹀であるかのように思えてし まうのか﹂という聞いへと、議論の矛先をシフトさせて いくのである。誤解のないように申し添えておくが、こ の こ と は 、 ﹁ ﹃ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹄ を ︿ 実 体 ﹀ で あ る と 思 う な ! ﹂ ということでは、全くないのである。むしろ逆に、︿実 体﹀であるように思えてならない現状があることを肯定 的にとらえ、その現状がつくられるメカニズムに迫ろう と し て い る の で あ る 。 このことを、原口さんは、次のように表現している。 それなのに何故、現在の﹁部落﹂の居住者や﹁部落 民﹂と自己認定する人々が自分達の先祖の悲惨と苦 痛に満ちた歴史や十字架を一身に背負い、いくら証 明できないと言われでも、自己の内部に部落民性を こぺる 5

(8)

抱え込んでしまうのか。︵あるいは、自分は違うと 思っている人々は、何故非﹁部落民﹂としての自己 規定を受け入れ、それに疑問を抱かないのか︶。問 ⑦ 題 は こ こ か ら で あ る 。 さ て 、 そ れ で は 、 ︿ 幻 想 ﹀ で あ る は ず の ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ が、なにゆえに︿実体﹀であるかのように思われるのだ ろうか。人の心は、いわばスクリーンのようなものであ る 。 多 く の 人 々 の 心 と い う ス ク リ ー ン に 、 ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ という﹁虚像﹂をしっかりと映し出す、強烈な装置があ るのである。それを、この社会に実在する﹁差別の構 造 ﹂ ︵ H 仕組み、システム︶と呼ぶことにする。私たち の関心は、この﹁差別の構造﹂の究明に注がれねばなら な い 。 こ こ が 、 ﹁ 社 会 理 論 ﹂ の 領 域 の 入 り 口 な の で あ り 、 そ う い う 意 味 で 、 ﹁ 問 題 は こ こ か ら ﹂ な の で あ る 。 ﹁差別の構造﹂を少しでも明らかにするべく、今まで にも多くの研究成果が蓄積されているし、もちろん今後 も研究は進められていくに違いない。そして、私自身も 微力ながら、この方向での研究にかかわってきてはいる。 ここには、そう簡単には言い尽くせない、大きな領野が 広がっているのだ。だが、この小論においては、私たち は、この広大な領野を横目で見ながら、議論を先に進め な け れ ば な ら な い 。 そ こ で 、 ま た も や 、 ﹁ ﹃ 差 別 の 構 造 ﹄ とは何なのか﹂という問いを一旦留保し、議論の矛先を、 ﹁ 社 会 理 論 ﹂ の 領 域 か ら 、 ﹁ 生 き 方 の 理 論 ﹂ の 領 域 へ と シ フ ト さ せ て い く こ と に な る 。 ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ が 、 ﹁ 差 別 の 構 造 ﹂ と い う ︿ 実 体 ﹀ が も たらした︿幻想﹀であったとしても、そのような状況の 中で、個々人が、どのように生きるべきなのかという判 断は、自動的に導き出されるものではない。私と原口さ んは、この次元で軌を分かつことになる。原口さんの考 え は こ う で あ る 。 部落差別の︵原因︶となっているのが、虚像として の﹁共同幻想﹂であり﹁関係の中の幻像﹂であるな ら ば 、 そ の 大 元 で あ る ︿ 共 同 幻 想 ﹀ 、 ︿ 関 係 の 中 の 幻 像﹀そのものをそのまま歴史的な︿観念﹀の問題 ︵ 頭 の 書 き 換 え ︶ と し て 撃 て ば よ い の で す 。 ー ま た 、 誰かが主観的に﹁部落や部落民というものは関係の 幻像であり、事実として存在しない﹂と本当に考え ることができるならば、それはそのまま︵誰もがそ う考える︶客観的事実に必ずなり得るはずであって、 私達自身が再び、幻像を現在の部落︵地域︶や部落 民︵住民︶に実体化して考える︵観念の癌き場所を、

(9)

観念自体を問わぬまま認めてしまう︶必要は、本当 ③ の と こ ろ な い は ず で す 。 ここまでの説明でもうお分かりいただけると思うが、私 の考えでは、部落差別の原因、そして﹁幻像﹂であるは ず の ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ を 実 体 化 さ せ て い る 原 因 は 、 ﹃ 共 同 幻 想﹄や﹁関係の中の幻像﹄なのではなく、まぎれもない ︿実体﹀としての﹁差別の構造﹂なのである。だから、 ﹁︿観念﹀の問題︵頭の書き換え︶として撃って﹂も、 ﹁誰かが主観的に﹃部落や部落民というものは関係の幻 像であり、事実として存在しない﹄と本当に考えること ができた﹂としても、客観的に実在する﹁差別の構造﹂ は、びくともせず温存されたままとなるのである。たと え今、頭の中にある﹁幻像﹂をかき消せても、また新た な﹁幻像﹂が立ち現れることになるだろう。うち消して も 、 う ち 消 し て も 、 ﹁ 差 別 の 構 造 ﹂ が 実 在 す る 限 り 、 ﹁ 幻 像﹂は立ち現れ続けるのであり、この葛藤は、永遠に続 くことになづてしまう。だから、﹁頭の書き換え﹂で、 ﹁幻像﹂がない状態が、﹁客観的事実に必ずなり得るは ず﹂という原口さんの考え方には、賛同できない。この 点が、私の考えと原口さんの考えの最大の相違点である。 と こ ろ で 、 ﹃ こ ぺ る ﹄ 六 四 号 に 、 萩 原 幸 枝 さ ん の ﹁ ﹃ 少 数者の意味﹄を読んで﹂という論考が掲載されてい旬。 その論考の後半で、萩原さんも、︿共同幻想論﹀につい て 言 及 し て い る 。 氏 の 論 調 は 、 ‘ 原 口 さ ん と 同 じ 方 向 に 向 かいながら、さらにその論を深化させようとしているよ う に 、 私 に は 感 じ ら れ る 。 萩 原 さ ん は 、 、 つ ノ 。 以下のように言 あたかも血肉化しているように思えるその︿部落民 性﹀や︿部落的なもの﹀と名づけられているものの ほんとうの正体は何かというふうに考えていけばい いのではないでしょうか。/﹁部落民﹂と名づけら れている人々が、自分たちを結びつけている共同体 の 鮮 と な る も の を ︿ 部 落 民 性 ﹀ や ︿ 部 落 的 な も の ﹀ と呼ぴ、︿部落民としてのアイデンティティ﹀を築 こうとするとき、すでにそこに︿共同幻想﹀を再生 産する芽がひそんでいるのです。けっして共同化で きないようなそれ自体、それ以外のものではあり得 ないようなものとして、そのことを名づけることが、 つ ま り は そ の 正 体 を つ か ま え る と い う こ と な の で す 。 それができれば︿部落的なもの﹀という言葉がもっ 暖味な概念は必然的に解体されるほかなくなります。 それはわたしたちをとらえて離さない︿部落的なも こベる 7

(10)

⑬ の ﹀ の 終 需 H 解 体 を 意 味 す る の で す 。 ︹ ﹁ / ﹂ は 改 行 を 意 味 す る ︺ 私は、﹁部落民性﹂や﹁部落的なもの﹂という言葉で表 されるものは、﹁部落﹂の︿文化﹀と関係が深いのでは ないかと考えている。ここでいう︿文化﹀とは、一般的 に用いているものとは違い、やや社会学的な意味におけ る︿文化﹀である。私は、︿文化﹀には次の二つの側面 があると考えている。一つ目は、経験の蓄積により、あ る集団の成員の無意識に、ある程度共通の︿感覚﹀を形 成していくという側面である。さらに、二つ目は、ある 程度共通の︿感覚﹀は、その集団の成員の︿行為﹀を、 ある程度規定していき、結果的に集団の︿文化﹀の構造 を再生産していくという側面である。︿文化﹀は、決し て目には見えないが、個々人の無意識に、実在している も の な の で あ る 。 ところで、差別の結果、﹁部落﹂とされる地域の内と 外とでは、円滑なコミュニケーションが成立しにくい状 況がつくられてきたことは、誰もが認める事実であろう。 そうすれば﹁部落﹂とされる地域には、﹁部落﹂とされ ない地域とは異質の︿文化﹀が形成され、﹁部落民﹂と される人々には、﹁部落民﹂ではないとされる人々とは 異質の︿感覚﹀が形成されたとしても、全く不思議なこ とではない。現代社会は、極めて合理的、効率的、能力 主義的な杜会であり、時として息苦しさを感じてしまう のは私だけではあるまい。そのような社会にあって、異 質な︿文化﹀を形成している﹁部落﹂は、たしかに人間 味あふれ、心暖まるところなのかもしれない。また、 ﹁部落民﹂にとっては、それは誇りにできることである かもしれない。しかし、現代社会が、合理的、効率的、 能力主義的であり続けるのは、現代社会を生きる私たち が、そのような状況に息苦しさを感じながらも、他の人 に負けたくない、落ちこぼれたくないという一心で、よ り合理的、効率的に仕事をこなし、﹁能力が高い﹂と評 価されるよう努力していることによって裏打ちされてい るのである。ということは、﹁部落民性﹂や﹁部落的な もの﹂は、現代社会の支配的な価値の尺度で測ってみれ ば、ある面、羨望のまなざしで見られるところはあるに せ よ 、 結 局 は 、 ﹁ 低 い ﹂ 、 ﹁ 遅 れ た ﹂ も の と 位 置 づ け ら れ てしまうことになりかねない。私は、このあたりに、現 代社会の差別意識や﹁差別の構造﹂の核心が潜んでいる よ う な 気 が し て な ら な い の で あ る 。 萩 原 さ ん は 、 ﹁ そ の こ と を 名 づ け る こ と が 、 つ ま り は

(11)

その正体をつかまえるということなのです。それができ れば︿部落的なもの﹀という言葉がもっ暖昧な概念は必 然的に解体されるほかなくなります﹂とおっしゃる。が、 私には、﹁名づける﹂ことにより、一足飛びにこの構造 が 解 消 さ れ る と は 思 え な い 。 では大元の﹁差別の構造﹂を打破するために、私たち 一人ひとりは、どのような﹁生き方﹂を選びとっていけ ば よ い の か 。 私 た ち は 、 ﹁ 差 別 の 構 造 ﹂ に 照 射 さ れ 、 ﹁ 部 落民とされる人々﹂と﹁部落民とされない人々﹂に、む りやり二分されてしまっているのである。その背後には、 おそらく︿文化﹀の異質性という問題が潜んでいるので あろう。そして、さらにそういう状況は、差別ゆえに、 コミュニケーションが円滑にはかられてこなかったこと から、つくり出されているのだと考えられる。そうすれ ば、そのような状況を打開するためには、それぞれがそ れぞれの立場を踏まえて両側から歩みだし、﹁差別の構 造﹂を乗り越えるべくコミュニケーションを進めること が、今最も求められることとなるはずである。つまり、 藤田さんの言う﹁両側から超える﹂というところに帰結 することになる。そして、それを実現するためには、時 と場によっては、住田さんが常々強調されている﹁カム アウト﹂が、必要になってくることもあるのではないか と 思 う の で あ る 。 ただここで大切なことは、﹁カムアウト﹂が、﹁部落 ︵ 民 ︶ ﹂ が ︿ 実 体 ﹀ だ か ら な さ れ る わ け で は な く 、 む し ろ 逆 に 、 ﹁ 部 落 ︵ 民 ︶ ﹂ が ︿ 幻 想 ﹀ で あ る か ら こ そ な さ れ る という点である。﹁幻像﹂であるはずの﹁部落︵民こが まるで︿実体﹀であるかのように立ち現れるのは、﹁差 別の構造﹂が個々人に及ぼす差別的な﹁枠付けの力﹂ ︵ H 他者規定︶によるものである。﹁部落民とされた 人々﹂は、他者規定を鵜呑みにしている限り、自分で自 分の主人公とはなりえない。﹁カムアウト﹂するという ことは、﹁部落民﹂であることを自ら名乗ることである が、この場合は、差別される﹁客体﹂としての他者規定 を受け入れたことを表明するのではなく、逆にそのよう な 他 者 規 定 を 返 上 し 、 ﹁ 差 別 の 構 造 ﹂ と 向 き 合 う ﹁ 主 体 ﹂ として、自己を再び規定しなおしたことを表明するもの ⑪ となるのである。自己が自己を、あえて﹁部落民﹂と規 定しなおしたのであるから、あくまでもそれは主観的世 界のことであり、やはり﹁部落民﹂は︿実体﹀ではない。 ﹁ 部 落 民 ﹂ は 、 ︿ 幻 想 ﹀ で あ る 。 ま た 、 そ う で な け れ ば 、 ﹁ カ ム ア ウ ト ﹂ す る 意 味 が な く な る の で あ る 。 こべる 9

(12)

一」ー− ノ、 おわりに 私論は、あくまでも試論である。ここに提示したのは、 ﹁考え方﹂の一つのモデルにすぎない。全く不完全なも のなのだが、それをあえて公にしたのは、少なくともこ のような方向で考えていくことにより、無用の対立を避 け 、 ﹁ 共 同 幻 想 論 ﹂ を ベ l スにことの核心に一歩迫れる とともに、﹁カムアウト﹂するということに、さらに積 極的な意味を持たせることができると考えたからである。 ところで、私論では、﹁差別の構造﹂という語が鍵概 念になっているにもかかわらず、議論を進める都合から、 その詳細にあえて立ち入らず、括弧にくくったままここ まで来てしまっている。現代社会における﹁差別の構 造﹂は、いくつもの相が複雑に絡まりあった複合体であ り、簡単に全体を言い尽くせるような代物ではない。こ の点については、精綴な研究の積み重ねが急がれる。 文中にもふれたように、私は、﹁差別の構造﹂の中で は、︿文化﹀の果たす役割が最も大きいのではないかと 考 え て い る 。 住 田 さ ん は 、 ︿ 文 化 ﹀ 、 の 問 題 を 、 ﹁ 文 化 的 い びつさ︵貧困の文化︶﹂という言葉で表現し、その正体 ⑫ に 迫 る た め に も ﹁ 系 譜 巴 に こ だ わ る べ き だ と 一 言 う 。 も ち ろん︿文化﹀は、代々受け継がれるものであり、系譜論 か ら の 読 み 解 き が 必 要 な こ と は 一 言 、 つ ま で も な い 。 だ が 、 いつの社会にも、ある文化を﹁優れたもの﹂と位置づけ、 逆にある文化を﹁劣ったもの﹂と位置づけながら、社会 構造を維持・再生産していこうとする文化装置︵たとえ ば学校︶が機能しているものであり、そういう社会的な 装置との関係で、︿文化﹀の問題をとらえる必要もある ように思うのである。︿文化﹀は、人の内に内面化 ︵ H 血肉化︶されるものであり、一見、血縁的系譜によ って受け継がれているように思われるのだが、もちろん 遺伝子によって受け継がれるわけではなく、身体の ︿内﹀と︿外﹀を循環し、その都度再生産を繰り返しな がら受け継がれているのである。だから、私はあえて、 ︿文化﹀を﹁部落民﹂という概念に付着させて考えるの で は な く 、 ﹁ 部 落 民 ﹂ の 外 に あ り 、 ﹁ 部 落 民 ﹂ を 枠 付 け て くる﹁差別の構造﹂の機能との関係で、位置づける方が よ い の で は な い か と も 思 う の で あ る 。 注 ① ︿ 共 同 幻 想 論 ﹀ は 、 も と も と 吉 本 隆 明 氏 に よ っ て 提 起 さ

(13)

れた論であるが、本稿では、原口孝博氏によって提起され た も の に 限 定 し て 論 ず る 。 ②住田一郎﹁差別は幻想か﹂﹃こぺる﹄六二号︵一九九八 年 五 月 ︶ 。 ③原口孝博﹁部落差別と共同体意識の関連について﹂﹃こ ぺ る ﹄ 三 八 号 ︵ 一 九 九 六 年 五 月 ︶ 、 七 頁 上 段 一 八 行 。 ④原口前掲論文、八頁上段一一行。 ⑤住田前掲論文、八頁上段七行。ここで触れられている ﹁記事﹂は、読売新聞西部本社版の﹁文化﹂欄、小林清人 ﹁﹃部落﹂をめぐる思考の余白血﹂中︵一九九七年一 O 月 二 三 日 ︶ で あ る と 思 わ れ る 。 ⑥私はかつて、教師の︿感覚﹀が、生徒、同僚教師、管理 職、地域の人々、などとのせめぎあいの過程を経て形成さ れていることを、エスノグラフィックなタッチで描いてみ たことがある。教師の︿感覚﹀は、学校文化が身体化 ︵日内面化︶したものであるが、逆に、教師の︿感覚﹀を 通して、学校文化は維持・再生産されているのであった。 この循環を繰り返す中で、﹁学校という異空間﹂は、形成 されていくのである。詳しくは、拙稿﹁なぜ学校は異質な 空 間 な の か ? ﹂ ﹁ 学 校 と い う ︿ 病 い ﹀ ﹂ ︵ 批 評 社 ︶ を 参 照 さ れ た い 。 ⑦原口前掲論文、八頁上段二行。 ③原口孝博﹁部落差別と共同性をどう考えるか﹂﹁こぺる﹄ 五 回 号 ︵ 一 九 九 七 年 九 月 ︶ 、 一 五 頁 上 段 一 八 行 。 ⑨萩原幸枝﹁﹃少数者の意味﹂を読んで﹂で﹂ぺる﹄六四号 ︵ 一 九 九 八 年 七 月 ︶ 。 ⑬荻原前掲論文、一一頁下段一八行。 ⑪この点について、萩原さんは以下のように述べている ︵ 萩 原 前 掲 論 文 、 一 二 頁 ︶ 。 しかし、人が名づけることと、自分が自分に名づける こととは決定的にその意味が違ってきます。自分の在 り 方 を 決 定 づ け て し ま う か ら で す 。 言 、 つ ま で も あ り ま せんが人共同幻想﹀はそれ自体として生き延びること はできないものです。かならず人間の生の一部として 存在するわけですから、自分が自分に名づけるという ことは自ら︿共同幻想﹀の継承者・体現者となること を 選 択 す る と い う こ と に な り ま す 。 ﹁カムアウト﹂について、私の解釈とは全く対称的な解 釈 が な さ れ て い る こ と に な る 。 ⑫住田一郎﹁部落を名乗る意味||畑中敏之著﹃﹁部落史﹂ の 終 わ り ﹂ を 読 ん で ﹂ ﹁ ﹁ 同 和 は こ わ い 考 ﹂ 通 信 ﹂ ︵ 藤 田 敬 一 発 行 ︶ 九 九 号 ︵ 一 九 九 五 年 一 O 月 ︶ 。 こぺる 11

(14)

ひろば⑪

ルキノ・ヴィスコンティは

二度ベルを鳴らす

武田秀夫︵﹁霞塾﹂主宰︶ 自宅から一一十分ほどのところに小さなマンションを買 ったら、友人が﹁ほう!セカンドハウスですか﹂とか らかう。﹁なあに、いつまでも塾をやっているわけにも いかないし、となると、教室併設の現在の家に夫婦が老 後二人だけでいるのもナンだからいずれはと思っていた だけのこと、このトシで又々借金さ﹂としきりに弁解し ながら内心に赤くなるのはなぜか。 子どものころから転々と引越しをくりかえし、いつに なっても仮の宿という感覚が抜けずにきたのだが、平日 の昼間マンションにやってきての仕事の合聞に一息っき、 ベランダ越しに多摩川の流れや対岸の正陵の緑を眺めて つ い す み か いると、﹁ふむ、これが終の栖か﹂と一種自足した気分 がやってくる。それはそれでワルくないのだが、一方で なんとなくうしろめたく思う気持ちもあって顔がおのず と赤らむようでもあるのだ。 結婚して家を構え、子育ての後に夫婦で老後をすごす。 絵に描いたような成行きに、気がついたら、なっている。 くりかえすようだが、そのことに不足はない。にもかか わらずそこはかとなくはずかしい。この奇妙な感覚はど こ か ら く る の だ ろ う 。 子どものころにギリシアの英雄物語に材をとった映画 を見た覚えがある。内容はすっかり忘れたが一つのシー ンが印象に残っている。故郷に帰還したヒーローが酒杯 を手に炉辺にくつろぎ述懐するのだ。 ﹁男には、二つの心がある。こうして暖炉の火をみつ めつつ睦まじく妻子とすごしたいと願う心と、すぐにで も再び大海に漕ぎ出し冒険の旅に出たいと憧れる心と、 二つのものが同時に男にはあるのだ﹂ そのしみじみとした調子に子どもの自分はいたく感動 したのだが、思えば、人生のトパ口にようやく立ったと 一言うのさえおこがましいヒヨッコのくせに、一人前の男 らしく同感々々と映画館の暗闇でうなずいていたその図 はなんともはや滑稽の極みと言わざるをえない。妙な子 どももあったものだ||。 そうそう、ロッサナ・ポデスタという女優が出ていた 気がする。もしそうだとすると、一九五六年に公開され た﹁トロイのへレン﹂︵ロパ l ト・ワイズ︶が相当する。

(15)

となると十七歳!おやおや高校生になってまでそんな 映画を見ていたのかとあきれるが、こと映画に関するか ぎ り 、 ﹁ キ ン グ ・ コ ン グ ﹂ ︵ ジ ョ ン ・ ギ ラ l ミ ン 一 九 七 六年︶や﹁スーパーマン﹂︵リチャ l ド・ドナ

i

一 九 七八年︶などという作品を中年になっても心躍らせて見 に出かけるという退行をやってのけるところが自分には あるから、高校生のころに、ドストエフスキーを読み、 ﹁ 嘆 き の テ レ l ズ﹂︵マルセル・カルネ一九五四年︶を 深刻な顔で味わいながらその一方で平然と﹁トロイのへ レン﹂を見ていたということは大いにありうるのだ。 ちなみに双葉十三郎は大冊﹁西洋シネマ大系ぼくの 採点表 I ﹂︵トパーズ・プレス︶の中でこう書いている。 ﹁ヘレンのロッサナ・。ホデスタは腕に種痘のあとがみ えるが、なかなか美しい﹂ 少年のころに抱懐した﹁放浪?ワルくないじゃない か﹂という不逢の思いがいまなお種痘のあとほどにのこ っていて、それが現在のわが自足をチクリチクリとやる の か も し れ な い 。 エルマンヌ・オルミの﹁木靴の樹﹂︵一九七八年イ タリア映画︶をようやくビデオで見ることができた。刺 激されてルキノ・ヴイスコンテイの﹁揺れる大地﹂︵一 九四八年︶、﹁郵便配達は二度ベルを鳴らす﹂︵一九四二 年 ︶ を 見 直 し た 。 ﹁木靴の樹﹂の冒頭、次の言葉が画面にあらわれる。 ﹁十九世紀末ロンパルデイア地方の酪農場に農業に従 事する四軒の家族が暮らしていた。家や土地、樹木、一 部の家畜、農具は地主の所有であった。そして収穫の三 分の二は地主のものと決まっていた﹂ そうした苛酷な状況下にありながら、農民たちは共同 でトウモロコシを収穫し、歌いながら共同作業場で葉を むしる。幼な子は母親の背に眠り、少しでも手助けので きる年長の子供は労働に参加し、大人たちの語る怖い話 や 艶 笑 曹 に 耳 を 傾 け る 。 干し草が男たちの手によって集められ、子供たちはふ かふかの干し草の山に身を投げて遊び、その子供たちの 上にまた干し草が投げられる。小馬が生まれ、子供たち はそれを真近かに見、アヒルの首が切られ、子供たちは おびえつつその血を受ける皿を父親に差し出す。男も女 も、大人も子供も、人間も家畜も、誕生も死も、全てが 共同の場にあり、隠されることも隔てられることもない。 貧しいが、人聞が生きていく場所、生き合っていく場所 がそこにはあり、映画を見る者は、いまは失われてしま った懐かしいものをそこに見て、深々とした郷愁を味わ こベる 13

(16)

わ ず に い ら れ な い 。 ところが、農民の一人が司祭から子供を学校に通わせ る よ う に と 言 わ れ る 。 ﹁私は学校へなど行っていませんよ﹂と父親は訴える が、司祭は、﹁屈理屈はよしなさい。神はお前の子に知 恵をさずけた。神に選ばれた子供なんだよ。神の意志に 逆らってはいけない﹂とにべもない。 ﹁悩みが尽きないな。次の子供が生まれようとしてい るし。農民の子供が学校なんて、考えられん﹂ そうぼやきながらも父親は工面して子供を六キロ離れ た学校にやるのだが、ある日木靴が割れて、子供は雪の 道をはだしでとぼとぼと帰ってくる。その痛さ、切なさ。 敗戦直後に小学生だったぽくなどには身を切られるよう にその子供の悲しみがわかる。あのころの冬の寒さとき たら、ほんとうに泣きたいようだつた。そして、ゴムの 長靴がどれほどほしかったことか。父親は悩んだ末に夜 中こっそりと川岸のポプラの木を切り倒して子供のため に木靴をつくってやるのだが、地主にそれが知れて農場 追放の憂き目に会い、荷馬車一台にわずかの家財道具を 乗せて去っていく。その一家を、農場に残った農民たち は窓の内からそっと見送るしかない。﹁神の意志に逆ら わず﹂子供を学校にやったばかりに起きたこの悲劇。夜 の中を、この農民一家はどこへ落ちて行くのだろう||。 ﹁木靴の樹﹂はベルガモ地方の農民たちを出演者とし て一九七八年に撮影された三時間に及ぶ叙事詩だが、そ れからさかのぼること三十年、一九四八年に、ルキノ・ ヴィスコンティはイタリア共産党から与えられたわずか の資金をもってシチリアに渡り、その地の漁民を出演者 として一大叙事詩﹁揺れる大地﹂を完成させた。 その﹁揺れる大地﹂においても、漁民たちの船や漁具 は全て仲買人たちのもので、せっかく獲った魚は彼らの 手によって徹底的に買いたたかれる。怒った若い漁民の 一人が銀行から金を借りて独立し仲買人たちの支配・搾 取に家族ぐるみで対抗しようとするが、無理をして嵐の 海に出漁したために船のマストを折り網を流して無惨な 敗北を喫する。自暴自棄に陥った若者はそれでもやがて 屈辱に耐えて仲買人たちに頭を下げ船に乗り、もう一度 海につながって生きる場を再建しようとするが、その弟 は、二ゑの窮状を出稼ぎによって救うべくいかがわしい 手配師に従い、こっそりと故郷の町を去っていく。 この﹁揺れる大地﹂においても祖父と母親、多くの子 供たちが一つ家に住み労働を共にする。そしてその労働 は歌とともにあり、貧しいがたしかに人が生き合う場所

(17)

がそこにはあり、幼ない者たちがとても大切にされてい る。この光景もまた激しくぼくたちの郷愁を誘わずにお カ な し 。 しかしその共同的な場も抑圧と貧困のゆえにひびを入 れられ、若者が一人二人と落ちていく。この﹁揺れる大 地﹂の心優しい弟もまたどこへ落ちていくのだろうか。 ヴィスコンテイはその後、傑作﹁若者のすべて﹂︵一 九 六

O

年︶において、南イタリアの故郷からミラノの町 へと出てきた一家の悲劇、つまりは﹁揺れる大地﹂の家 族のその後、都会における放浪を描いたことを考えれば、 ヴイスコンティからオルミへとつながるイタリア映画の 中に、人が生き合う共同的な場に対する激しい執着・愛 惜の情と、そこから剥落し放浪せざるをえなくなった者 への愛憐の情とが脈々と流れつづけていた、そのことに あらためて気づかされるのである。 ﹁赤い貴族﹂ヴイスコンテイはムッソリ l ニのファシ ズム体制下の一九四二年、ジェ l ムズ・ケインの犯罪小 説﹁郵便配達は二度ベルを鳴らす﹂に材を借りたシャー プな抵抗映画﹁妄執﹂によって監督としての第一歩を踏 み出すが、その主人公ジ l ノはハーモニカ片手に旅行鞄 一つで放浪する若者である。沖仲士や機械工をしながら 旅をする彼がいかなる過去をもって放浪しはじめたかを 映画は語らないが、共同体から剥落せざるをえなかった あの﹁木靴の樹﹂の農民や﹁揺れる大地﹂の漁民とおそ らくは出自を同じくしつつ、しかも、強いられて始めた はずの放浪にかえって自由を見出す若者として造型され ているところが見る者の注意をひく。が、ファシズム体 制下にこのような一種の﹁自由人﹂、体制の外に生きる 人物を主人公にすえることのもつ抵抗的な意味は、今日、 なかなかにわかりにくい。 ジ l ノは旅の途次、街道筋の食堂の女ジョパンナに心 をひかれ、海の音をきくかのように自分の耳に押しあて ていた大きな巻貝を女の耳にあててやりながら﹁どうだ い、俺と一緒に来ないか﹂とささやく。しかし女は﹁貧 乏 を お そ れ ﹂ ︵ ジ l ノの言葉である︶、家と夫を捨てるこ と が で き な い 。 ﹁だめ。私にとって一からやり直しと同じよ。あの人 と出会った時、私はどん底だった。お金はないし将来の あてはなし、途方に暮れていた。男のあんたとは違うわ。 生きていく場所が私には必要なのよ。旅から旅へのその 日暮らしはできない。だからここで我慢する﹂ やむなくジ l ノはジヨパンナのもとを去り﹁海を見 に﹂旅立っていくが、二文無しのまま乗った列車からほ こぺる 15

(18)

うり出されそうになった時、 け ら れ る 。 スペインという旅の男に助 スペインは祭りの場などで小鳥をつかつて占いをしな がら諸国を経めぐる芸人である。﹁俺はあの女と一緒に いたい。今は戻りたい気持ちで一杯だ﹂と苦しむジ l ノ に む か つ て 彼 は さ と す よ う に 一 言 う 。 ﹁そのうちに俺が世の中は色恋だけではないというこ とを教えてやる。今は、お前は、できるかぎり遠くへ行 くことだ。船に乗れ。海の空気が妄執を払い、お前はま た 自 由 に な れ る さ ﹂ 色恋以外のこととは何か。 スペインのつかう小鳥はフランス革命にゆかりのロベ ス ピ エ l ルと命名され、そのロベスピエ l ルがくちばし にくわえて差し出すおみくじを民衆に売って歩く。 ﹁おめでとう!緑の色だ。希望の色だ!﹂ ファシズム体制下に官憲の干渉を受けながらつくられ たこの映画において明確な説明は避けられているが、ど うやらこの放浪する芸人スペインは無名の民衆の中から 生まれた生え抜きのオルグ、抑圧された民衆の間を経め ぐって希望を説きつつ権力の支配をくぐり抜けすり抜け ていく心優しき遊行の煽動者なのではないだろうか。 しかしジ 1 ノはスペインの忠告に従わずに女のもとに 戻り、その夫を殺害し、ようやくジョパンナとともに新 たな生きる場を求めて旅立とうとした矢先に事故に遭遇 しジヨパンナを失ってしまう。 抑圧と貧窮のゆえに共同体から脱落し放浪を強いられ た者。強いられた放浪に自由を見出し旅を生きる場とす る者。﹁生きていく場所が必要だ﹂と泣くジヨパンナ。 ﹁旅はもういやだ﹂と叫ぶジ i ノ 。 ﹁ は っ き り 言 、 つ が 、 俺 は君と違う﹂と言い残して街道を去っていくスペイン。 イタリアの民衆の苦しみがその葛藤に凝縮され、後の ﹁揺れる大地﹂﹁若者のすべて﹂﹁木靴の樹﹂へと引き継 がれていくことになるのだ。 ﹁終の栖﹂となるはずのわがマンションの隣りに新し いマンションが建つらしく、隣接する雑木林が今月に入 っ て 無 残 に 切 り 払 わ れ た 。 林の中にいるようだと喜んだのも束の間、切り株の露 出した林の跡を、巣をうばわれた鳥たちが低く悲しげに 飛ぴめぐっている。自分の住むところもそうした雑木林 を切り払い崖をくずして建ったものであるはずだから文 句のつけようがないのだが、なんともつらい眺めである。 ﹁ ふ む 、 こ れ が お 前 の 終 の 栖 か ﹂ ささやく声を、ぼくは意識せざるをえない。

(19)

鴨水記 マ高温多湿の土地に住みながら夏な のに背広・ネクタイ姿でがんばって いる人を見ると﹁みんな大変なん だ﹂と妙に同情してしまいます。 ﹁みんな一緒﹂でないと落ち着かな い気風のこの国では、まわりが背 広・ネクタイ姿の中で一人だけ開襟 シャツを着るのはやはり無理なんで しょうね。どこかの中央省庁が﹁地 球温暖化防止のために﹂を大義名分 にノーネクタイを奨励したというニ ユ ー ス を 見 て 笑 っ て し ま い ま し た 。 マ第弘回﹃こぺる﹂合評会︵ 6 ・

m

︶ は 、 6 月号﹁部落問題の新しい 局面、又は位相﹂の筆者吉田智弥さ んに話題を提供していただきました。 論点は多岐にわたりましたけれど、 部落問題をめぐる最近の論調、たと えば﹁ケガレ意識﹂批判が部落解放 運動にとってどんな意味があるのか、 きちんと議論されていないとの指摘 はもっともな意見です。もし﹁ケガ レ意識﹂が部落差別の本質を規定し ているとするなら、運動団体はその 克服のために力を集中すべきであっ て、仏式葬儀におけるキヨメの塩の 廃止といった程度で済む問題である わけがない。ところが一方では、相 変わらず﹁格差 H 差別﹂論が強調さ れ、格差是正の事業要求路線が罷り 通っている。これでは、まじめに部 落問題の解決を考えている人は混乱 するしかない。﹁知ったかぶりの思 いつき﹂もほどほどにしてもらわな い と 困 り ま す 。 ところで、吉田さんは﹁ケガレ意 識﹂を︿秩序逸脱﹀性と捉えなおし、 異議申し立てとしての反差別闘争が ﹁体制秩序に風穴をあけてきた﹂と ころに被差別部落の︿秩序逸脱﹀性 があるとして高く評価しておられま す。︿秩序逸脱﹀性とは、朝田善之 助さんのいう﹁反社会﹂に通じるも のでしょうが、さて、それを﹁体 制・権力・支配文化﹂への抵抗とし て捉えてよいかどうかは大いに疑問 であって、もっと具体的に論じる必 要があるのではないでしょうか。 マ前号本欄に、部落解放同盟委員長 の交代について﹁背景がわかりにく い﹂と書いたあと、 ﹃部落解放運 動・情報﹄誌︵阻 0 7 4 4 3 3 8555 ︶の﹁第日回全国大会・上 田氏退任の意味﹂という文章を読み ました。内部事情に詳しい人の筆に なるものらしく、上回さんは私と同 年で引退する歳ではないのにという 疑 問 が 解 け ま し た 。 ︵ 藤 田 敬 ご ※ 8 月 の ﹃ こ ぺ る ﹄ 合 評 会 は 、 お 休 み に さ せ て い た だ き ま す 。 編集・発行者 こベる刊行会(編集責任藤田敬一) 発行所京都市上京区衣棚通上御霊前下ル上木ノ下町73-9 阿件社 Tel. 075 414 8951 Fax 075 414-8952 定価300円(税込)・年間4000円郵便振替 010107 6141 第65号 1998年8月25日発行

Z

5

(20)

佑 藤

~

----"

f

t

.

.

l

l

六 五 号 一 九九八年八月 二 十 五 日 発 行 ︵ 毎月 一 回 二 十 五 日 発 行 ︶ − 部 落史を読む︷座談会 ・ ﹃ 京 都 の 鰭 落 史 ﹄ を め ぐ っ て ︾

1

歴史の中に自然と人間の営みを考える 網野善彦+藤田 敏 一 + 師 岡 佑 行 部 落 史 編 纂 の き っ か け / 進歩史観から落ちこぼれたもの|差別史研究の意味 / 西日本と東日本 / 近世政治起源説の背景 / 部落史の本史と前史 / 部 落 史 研 究 の 視座 / 時代区分をめぐって/歴史の中の自然 と 人間 | 既 成 の イ メ ー ジ を 問 う / 日 本 史 の 常 識 を 疑 う / 近代人の錯覚 / 賎 民 と い う言 葉 / 人 間 へ の 眼 差 し の 問 題 と し て / 賎 視 と 特 権 / 中 世 か ら 近 世 へ / 政治権力をどう見るか/暮しの中の交 り / 非人とかわた / なぜ町をムラと呼ぶか/新し い 部 落 史 像 へ / 叙 述 へ の 注 文

2

過 去 と 対 話 す る 豊 か な 感 性 を 井 上 清 + 藤田敬 一 + 師 岡 佑 行 な ぜ 水 平 社 が 京 都 で 生 ま れ た の か / 部落 H 貧困観への疑問 / 融 和 事 業 の 重 要性 / 権 力 を ど う み る か / 素通りした戦争責任 / 知 ら れ ざ る オ l ル ロ マ ン ス 事 件 − 部 落 史 を 考 え る た め Z

1

日本中世における聖別と賎視の諸相 網野善彦 日 本 と い う 国 号 / 列島における国家と社 会 の せ め ぎ あ い / 触 繊 観 念 の 制 度 化 / 聖なる者の奴縛 / 臓能集団の形成 / 神 仏 の 奴 鱒 / 亙女と縛打 / ﹁ 東 国 国 家 ﹂ の 独自性 / 畏 怖 か ら 忌 避 へ / 鎌倉仏教と ﹁ 悪 人 ﹂

2

誕 生 か ら 葬 送 へ 横 井 清 稀 薄 化 し た 部 落 の イ メ ー ジ / 歴 史 を 揚 る と い う こ と / 度 障 壁 と 隠 亡 / ﹃ 蘭 学 事始 ﹄ 完成の顛末/歴史や文化への豊かな想像 − 歴 史 と 現 実 の 狭 間 体験的部落史像 の 検 証 か ら 藤 田 敏 一 部落史の原風景 / 公認された部落史像 / 部 落 史 と の再会/部落史像の転換に向 け て

A5 判 ・ ニ 二 八頁・定価︵本体 二 四 O O 円 + 貌 ︶

阿昨社

京 都 市 上 京 区 衣 個 通 上 御 霊 前 下 ル 上 木 ノ 下 町 七 三 l 九 百 ︵ O 七 五 ︶ 四 一 四 1 八 九 五 一 則 ︵ O 七 五 ︶ 四 一 四 l 八 九 五 二 一 九 九 三 年 五 月 二 十七日第 一 二 種郵 便 物 認可 定価 三 百円 ︵ 本 体 二 八 六 円 ︶

参照

関連したドキュメント

PowerSever ( PB Edition ) は、 Appeon PowerBuilder 2017 R2 日本語版 Universal Edition で提供される PowerServer を示しており、 .NET IIS

Appeon and other Appeon products and services mentioned herein as well as their respective logos are trademarks or registered trademarks of Appeon Limited.. SAP and other SAP

III.2 Polynomial majorants and minorants for the Heaviside indicator function 78 III.3 Polynomial majorants and minorants for the stop-loss function 79 III.4 The

191 IV.5.1 Analytical structure of the stop-loss ordered minimal distribution 191 IV.5.2 Comparisons with the Chebyshev-Markov extremal random variables 194 IV.5.3 Small

なぜ、窓口担当者はこのような対応をしたのかというと、実は「正確な取

In Subsection 1.2 we prove the existence theorem under an assumption on the boundary data g that is reminiscent of the compatibility conditions in the theory of 1st

のようにすべきだと考えていますか。 やっと開通します。長野、太田地区方面  

“Breuil-M´ezard conjecture and modularity lifting for potentially semistable deformations after